説明

ジスルフィド結合交換反応を利用した蛋白質の立体構造形成促進試薬

【課題】蛋白質の立体構造形成反応を促進するための、ジスルフィド交換反応促進剤を提供する。
【解決手段】還元試薬としての式で示される、Cys−Argジペプチド誘導体、および酸化試薬としての式で示されるArg−Cys誘導体、およびその立体異性体を含む、ジスルフィド交換反応促進剤。また、該ジスルフィド交換反応促進剤、または蛋白質の立体構造形成剤を用いて、蛋白質の立体構造を形成するリフォールディング工程を含む、蛋白質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛋白質の立体構造形成反応の促進を目的としたジスルフィド交換反応促進剤、および当該ジスルフィド交換反応促進剤を含む蛋白質の立体構造形成促進剤、並びに当該ジスルフィド交換反応促進剤(または、当該蛋白質の立体構造形成促進剤)を用いて蛋白質の立体構造を形成する工程を含む、蛋白質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
病気の診断・治療技術の研究開発、および創薬には、関連蛋白質の構造と機能の解明が極めて重要であり、かつ治療薬としての蛋白質を大量に提供しなければならない。とりわけ、蛋白質は立体構造形成(フォールディング)されてはじめて酵素などとしてその特有の機能を発現することができるようになるため、目的の蛋白質を収率良く且つ迅速に得ることができる合成・生産方法が求められている。
【0003】
現在、様々な蛋白質が遺伝子工学の手法をはじめとした種々の方法で合成・生産されている。しかしながら、通常、高収率で目的蛋白質に正しい立体構造をとらせることは容易ではなく、特に大量合成を目的とした高濃度条件下では、蛋白質を構成するポリペプチド鎖間での会合が原因となり、蛋白質の凝集や沈殿を生じ易い。例えば汎用される組換え蛋白質の合成方法として、遺伝子操作を行なった大腸菌などの原核生物あるいは酵母などの真核生物や無細胞抽出系などで人為的に目的蛋白質を発現させる方法では、目的蛋白質が誤って立体構造形成(ミスフォールディング)され、不活性になった状態の蛋白質、すなわち封入体(不活性凝集体)として得られることが多い。このため、変性アンフォールディングさせた後、本来の立体構造にリフォールディングさせるという手法が必要となる。
【0004】
これまでに、蛋白質の立体構造形成(フォールディング)反応を促進するための試薬(剤)が知られているが(特許文献1および2)、リゾチームなどの分子内にジスルフィド結合を含む蛋白質の場合には、ジスルフィド結合が正しく結合されず、誤った立体構造が形成され、蛋白質の凝集が起こり、その結果、目的蛋白質の収率が低いという問題が存在していた。
【0005】
ここで、正しいジスルフィド結合の形成および蛋白質の天然型立体構造への変換は、蛋白質の立体構造形成(フォールディング)における可逆的なチオール(SH)/ジスルフィド(SS)交換反応の結果であり、そしてこれは生物学的な環境におけるレドックスポテンシャルに対して熱力学的におよび速度論的に関連する。
【0006】
グルタチオン(γ−Glu−Cys−Gly)は、細胞中に存在する最も豊富なチオール化合物の1つであり、小胞体内の蛋白質中でのジスルフィド結合の形成において大きな役割を果たしている。GSSG(酸化型グルタチオン)は、蛋白質中でのジスルフィド結合の形成において酸化試薬として機能し、一方でGSH(還元型グルタチオン)は、蛋白質中で間違って架橋したジスルフィド結合を切断する還元試薬として機能し、これらの作用により、蛋白質の熱力学的に安定な立体構造形成をもたらす(非特許文献1)。これ故、グルタチオンは、実験室レベルでのジスルフィド含有蛋白質の立体構造形成(フォールディング)反応において汎用されている(非特許文献2および3)。
【0007】
一般に、ジスルフィド結合形成を伴わない蛋白質の立体構造形成(フォールディング)反応は数分以内に終結する。しかし、ジスルフィド結合含有蛋白質は立体構造形成のために数時間を要する。その主な理由は、立体構造形成途中で間違った位置にジスルフィド結合が形成されるためであり、それらの開裂と天然型ジスルフィド結合の形成反応のために長い反応時間を必要とする(非特許文献4)。即ち、一般に、この反応中間体におけるジスルフィド結合交換反応が正しい立体構造形成のための律速段階であるからである。それ故、ジスルフィド結合を有する蛋白質の立体構造形成反応は、通常、レドックス試薬を共存させることで、間違ったジスルフィド結合を有する反応中間体のジスルフィド結合交換反応を引き起こし、結果として、天然型の立体構造への移行を促進することができる。この時、レドックス試薬は反応中間体とジスルフィド交換反応を行い、その中間体と交差ジスルフィド結合を有する分子種を形成する。従って、正しい天然型のジスルフィド結合形成を加速するためには、この交差ジスルフィド中間体の寿命を短くすることであり、即ち、交差ジスルフィド結合の反応活性を高める必要がある。このことから、従来のようなレドックス試薬そのものの性質(酸化還元電位)に着眼した反応試薬の開発ではなく、反応中間体の化学的性質に着目した試薬開発が必要である。
【0008】
ジスルフィド結合を有する蛋白質の精製に関する反応試薬としては2種類が挙げられる。これは、システインのSH基を保護して、変性蛋白質の溶解性を上昇させる試薬である。例えば、TAPS−スルホネート(和光純薬)およびS−スルフォン化試薬が知られている。しかしながら、いずれの試薬の場合も、それらによって化学修飾された蛋白質を単離後、リフォールディング反応を行わなければならず、操作が煩雑である。また、単離後のジスルフィド結合形成には還元試薬(例えば、2−メルカプトエタノール、還元型グルタチオン(GSH))を別途添加する必要があり、根本的な解決にはならない。
【0009】
即ち、ジスルフィド結合形成反応には、いわゆるレドックス試薬(例えば、グルタチオン系(GSH/GSSG)、またはチオール化合物の酸化還元体系(DTTred/DTTox、Cysred/Cysox))が必要であるが、正しい立体構造の目的蛋白質の収率が低いあるいはジスルフィド結合交換反応が遅い等の課題を有する(非特許文献5および6)。また、グルタチオンの性質については酸化還元電位の解釈がなされているのみであり、含有する個々のアミノ酸の役割あるいは反応活性への最適化はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−073815号公報
【特許文献2】特開2010−132649号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Hwang, C. et. al., Science, 257, 1496-1502 (1992)
【非特許文献2】Konishi, Y. et. al., Biochemistry, 21, 4734-4740 (1982)
【非特許文献3】Lyles, M. et. al., Biochemistry, 30, 613-619 (1991)
【非特許文献4】Arolas, J. L., et. al., Trends Biochem. Sci., 31, 292-301 (2006)
【非特許文献5】Wedemeyer, W. J., et. al., Biochemistry, 39, 4207-4216 (2000)
【非特許文献6】Chatrenet, B. et. al., J. Biol. Chem., 268, 20998-20996 (1993)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、立体構造形成反応の中間体の溶解性を高め、また、反応中心である交差ジスルフィド中間体上の硫黄原子周辺への正電荷の局在化により、ジスルフィド交換反応を促進することで、溶解性の低い反応中間体の存在時間を短縮して当該中間体の凝集を抑え、正しい天然型の立体構造形成を効率良く且つ迅速に行うことができる剤(試薬)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
酸化還元試薬を用いた蛋白質のフォールディング(立体構造形成)反応の律速段階は、蛋白質と試薬との交差ジスルフィド結合への蛋白質内チオール基(RS)の求核反応である。よって、交差ジスルフィド結合の硫黄原子周辺に正電荷を局在化させることで、負電荷を有するチオール基による求核反応の反応速度を増大し得ると期待できる。本発明者は式(I)で示される化合物中のシステイン残基の近傍に正電荷を帯びる官能基を有する分子(基)を配置することで、硫黄原子周辺に正電荷を局在化できると考えた。そして、鋭意研究した結果、システイン残基の隣接位置に正電荷を帯びる官能基を有するアルギニン残基を有するペプチドまたはその誘導体等であって、立体構造形成反応の条件に相当する中性からアルカリ性において分子全体における官能基の電荷の総和が±0以上(チオール基のSは考慮しない)である化合物が、優れたジスルフィド交換反応促進剤として機能し、その結果、蛋白質の立体構造形成促進剤として機能することを見出した。すなわち、本発明は以下の通りである。
【0014】
ジスルフィド交換反応促進剤
[1] 還元試薬としての式(I):
【化1】

[式中、
およびXはそれぞれ独立して、水素原子、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜6のアシル基、炭素数1〜6のアルコキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基、天然型アミノ酸残基もしくは非天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体、天然型アミノ酸もしくは非天然型アミノ酸またはそれらの誘導体からなるペプチド残基またはそのペプチド残基誘導体であり;
Yは、ヒドロキシル基、ヒドラジノ基、炭素数1〜6のアルコキシ基、適宜1もしくは2個の置換基(当該置換基は、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜6のアシル基、炭素数1〜6のアルコキシカルボニル基、およびアラルキルオキシカルボニル基からなる群から独立して選ばれる)で置換されたアミノ基、天然型アミノ酸残基もしくは非天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体、天然型アミノ酸もしくは非天然型アミノ酸またはそれらの誘導体からなるペプチド残基またはそのペプチド残基誘導体であり;
Argは、Cysとα結合またはγ結合し;ここで、
中性または塩基性において分子全体における官能基の電荷の総和が0以上である]
で示されるペプチド、その立体異性体もしくはそのペプチド誘導体、またはそれらの塩もしくは溶媒和物から選択される少なくとも1種の化合物;および、適宜、酸化試薬としての式(II):
【化2】

[式中、
、XおよびYが前記に定義する通りであり;
Argが、Cysとα結合またはγ結合し、ここで、
中性または塩基性において分子全体における官能基の電荷の総和が0以上である]
で示されるペプチド、その立体異性体もしくはそのペプチド誘導体、またはそれらの塩もしくは溶媒和物から選択される少なくとも1種の化合物、
を含む、ジスルフィド交換反応促進剤。
【0015】
[2] XおよびXがそれぞれ独立して、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数1〜4のアシル基、炭素数1〜4のアルコキシカルボニル基、中性もしくは塩基性の天然アミノ酸残基またはそれらの誘導体であり;
Yが、ヒドロキシル基、ヒドラジノ基、炭素数1〜4のアルコキシ基、適宜1もしくは2個の置換基(当該置換基は、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数1〜4のアシル基、炭素数1〜4のアルコキシカルボニル基、およびアラルキルオキシカルボニル基からなる群から独立して選ばれる)で置換されたアミノ基、中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体である、
[1]記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【0016】
[3] 前記天然型アミノ酸残基が、L−ArgおよびL−Lysからなる群から選ばれる塩基性アミノ酸残基である、[1]または[2]のいずれか記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【0017】
[4] 中性または塩基性において分子全体における官能基の電荷の総和が1以上である、[1]乃至[3]のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【0018】
[5] ArgがCysとα結合する、[1]乃至[4]のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【0019】
[6] さらに少なくとも1種類の別の酸化試薬を含む、[1]乃至[5]のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【0020】
[7] 前記還元試薬と前記酸化試薬との重量比が0.01〜20である、[1]乃至[6]のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【0021】
[8] 更に適宜、緩衝液、塩類、緩衝剤、塩基類、酸類、有機溶媒、界面活性剤、pH調整剤、蛋白質安定化剤からなる群から選ばれる添加剤を含む、[1]乃至[7]のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【0022】
[9] (a)前記還元試薬、および適宜前記緩衝液、塩類、緩衝剤、塩基類、酸類、有機溶媒、界面活性剤、pH調整剤、蛋白質安定化剤からなる群から選ばれる添加剤;並びに、
(b)前記還元試薬、および適宜前記緩衝液、塩類、緩衝剤、塩基類、酸類、有機溶媒、界面活性剤、pH調整剤、蛋白質安定化剤からなる群から選ばれる添加剤;
を、同一容器形態でまたはそれぞれ別個に包装された形態で含む、[1]乃至[8]のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【0023】
蛋白質の立体構造形成剤
[10] [1]乃至[9]のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤、および適宜少なくとも1つの更なる蛋白質の立体構造形成促進剤を含む、蛋白質の立体構造形成剤。
【0024】
[11] 前記蛋白質の立体構造形成がリフォールディングである、[10]記載の蛋白質の立体構造形成剤。
【0025】
蛋白質の製造方法
[12] [1]乃至[9]のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤または[10]もしくは[11]のいずれか記載の蛋白質の立体構造形成剤を用いて蛋白質の立体構造を形成する工程を含む、蛋白質の製造方法。
【0026】
本発明は、さらに下記の態様の発明を提供するものである。
新規ペプチ
[13] 式:
【化3】

で示されるペプチド、その立体異性体もしくはそのペプチド誘導体、またはそれらの塩もしくは溶媒和物から選択される少なくとも1種。
【0027】
[14] L−ArgおよびL−Cysから構成されるペプチドである、[13]記載のペプチド。
【発明の効果】
【0028】
本発明のジスルフィド交換反応促進剤を使用することにより、正しい天然型の立体構造形成を効率良く且つ迅速に行うことができ、目的とする天然型蛋白質の収率を大きく向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】フォールディング剤(2mM 還元型グルタチオン/1mM 酸化型グルタチオン)を用いて、還元変性プロウログアニリンのフォールディングにおけるジスルフィド結合形成を示す(実験例2)図面である。
【図2】フォールディング剤(2mM 還元型ECR/1mM 還元型ECR)を用いて、還元変性プロウログアニリンのフォールディングにおけるジスルフィド結合形成を示す(実験例2)図面である。
【図3】フォールディング剤(2mM 還元型RCG/1mM 還元型RCG)を用いて、還元変性プロウログアニリンのフォールディングにおけるジスルフィド結合形成を示す(実験例2)図面である。
【図4】フォールディング剤(2mM 還元型グルタチオン/1mM 酸化型グルタチオン、2mM 還元型RCG/1mM 還元型RCG)を用いて、フォールディングにおける円二色性スペクトル解析による二次構造形成への効果を比較した結果を示す(実験例3)図面である。
【図5】フォールディング剤(open bar; 2mM 還元型グルタチオン/1mM 酸化型グルタチオン、cross-hatched bar; 2mM 還元型ECR/1mM 還元型ECR、shaded bar; 2mM 還元型RCG/1mM 還元型RCG)を用いて、各種濃度(0.1〜1.6 mg/mL)の還元変性リゾチームにおけるフォールディング収率を比較した結果を示す(実験例4)図面である。
【図6】フォールディング剤(open bar; 2mM 還元型グルタチオン/1mM 酸化型グルタチオン、shaded bar; 2mM 還元型RCG/1mM 還元型RCG)を用いて、各種濃度(0.1〜0.4 mg/mL)の還元変性プロウログアニリンにおけるフォールディング収率を比較した結果を示す(実験例5)図面である。
【図7】フォールディング剤(1mM 酸化型グルタチオン、1mM酸化型RCG)を用いて、還元変性プロウログアニリンにおけるフォールディング時の正しいジスルフィド結合の選択能の比較(実験例6)を示す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に、本発明をさらに詳細に説明する。
(定義)
以下に、本明細書および特許請求の範囲中で使用する用語の定義を示す。特に断らなければ、本明細書中の基または用語について示す最初の定義を、個別にまたは別の基の一部として本明細書中の基または用語に適用する。
【0031】
I.ジスルフィド交換方法
還元試薬
用語「式(I)で示されるペプチド」とは、下式:
【化4】

で示されるペプチド、すなわち式(I−A)および(I−B)で示されるペプチドを意味する。ここで、上記一般式の表示は、当該有機化学分野で通常使用されるとおり、各アミノ酸残基のアミノ基を左側に、カルボキシル基を右側に配置する。また、「Cys」および「Arg」はそれぞれシステイン残基およびアルギニン残基を意味する。よって、式(I−A)のペプチドは、システインのカルボキシル基とアルギニンのアミノ基とがペプチド結合したジペプチドをコア部分として有する化合物を、一方で式(I−B)のペプチドはアルギニンのカルボキシル基とシステインのアミノ基とがペプチド結合したジペプチドをコア部分として有する化合物を意味する。
また、当該式(I)で示されるペプチドは、システイン残基の側鎖にあるチオール基が遊離であることから、本明細書中「還元型ペプチド」とも呼称し、ジスルフィド交換反応における還元試薬として作用する。
【0032】
上記式(I)中、Argは、Cysとα結合またはγ結合のいずれでも形成し得るが、製造(特に、化学合成)上の簡便さおよび原料物質の入手の容易さ等の観点から、α結合が好ましい。ここで、Cysとα結合またはγ結合を形成する場合とは、アルギニンのそれぞれ主鎖または側鎖のアミノ基部分がCysのカルボキシル基部分と結合する場合を指称する。具体的な構造式を以下に示す。
【化5】

ここで、本発明におけるジスルフィド交換反応においては、式(I)における構成アミノ酸の立体配置は限定されるものではない。よって、構成アミノ酸であるシステインおよびアルギニン、並びにX、YおよびZ基がとり得る天然アミノ酸などはL−体もしくはD−体またはDL−ラセミ体のいずれであってもよい。よって、分子全体でこれらアミノ酸の各立体異性体のいずれかの組み合わせを含み、用語「立体異性体」とはこれらの組み合わせを含むことを意図する。
【0033】
上記式(I)中、「X」基とは、上記式(I−A)および式(II−A)においてはシステイン残基、あるいは上記式(I−B)および式(II−B)においてはアルギニン残基の、それぞれのアミノ基と結合する基を意味する。X基は、水素原子、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜6のアシル基、炭素数1〜6のアルコキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基、天然型アミノ酸残基もしくは非天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体、天然型アミノ酸もしくは非天然型アミノ酸またはそれらの誘導体からなるペプチド残基またはそのペプチド残基誘導体のいずれかの基であり得る。後述する通り、本発明のジスルフィド交換反応においては、中性または塩基性において分子全体における官能基の電荷の総和は0以上(好ましくは1以上)であることが好ましく、またシステイン残基のチオール基の周りの立体的阻害要因は小さいことが好ましい。よって、X基は、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数1〜4のアシル基、炭素数1〜4のアルコキシカルボニル基、中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体であることが好ましく、水素原子、中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基がより好ましい。
ここで、Xがアミノ酸残基であると呼称するときは、そのカルボキシル基部分でアミド(ペプチド)結合を形成する場合を指す。
【0034】
また、「X」基とは、上記式(I−A)および(II−A)におけるアルギニン残基の側鎖または主鎖のアミノ基と結合する基を意味する。X基は、水素原子、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜6のアシル基、炭素数1〜6のアルコキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基、天然型アミノ酸残基もしくは非天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体、天然型アミノ酸もしくは非天然型アミノ酸またはそれらの誘導体からなるペプチド残基またはそのペプチド残基誘導体のいずれかの基であり得る。前述のとおり、本発明のジスルフィド交換反応においては、分子全体における官能基の電荷の総和は0以上(好ましくは1以上)であることが好ましく、またシステイン残基のチオール基の周りの立体的阻害要因は小さいことが好ましい。よって、X基は、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数1〜4のアシル基、炭素数1〜4のアルコキシカルボニル基、中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体であることが好ましく、水素原子、中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基がより好ましい。また、Z基は、アルギニン残基の側鎖のアミノ基と結合する基であることが好ましい。
ここで、Xがアミノ酸残基であると呼称するときは、そのカルボキシル基部分でアミド(ペプチド)結合を形成する場合を指す。
【0035】
また、「Y」基とは、上記式(I−A)および式(II−A)においてはアルギニン残基、あるいは上記式(I−B)および式(II−B)においてはシステイン残基の、それぞれのカルボキシ基と結合する基を意味する。Y基は、ヒドロキシル基、ヒドラジノ基、炭素数1〜6のアルコキシ基、適宜1もしくは2個の置換基(当該置換基は、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜6のアシル基、炭素数1〜6のアルコキシカルボニル基、およびアラルキルオキシカルボニル基からなる群から選ばれる)で置換されたアミノ基、天然型アミノ酸残基もしくは非天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体、天然型アミノ酸もしくは非天然型アミノ酸またはそれらの誘導体からなるペプチド残基またはそのペプチド残基誘導体のいずれかの基であり得る。前述のとおり、本発明のジスルフィド交換反応においては、分子全体における官能基の電荷の総和は0以上(好ましくは1以上)であることが好ましく、またシステイン残基のチオール基の周りの立体的阻害要因は小さいことが好ましい。よって、Y基は、ヒドロキシル基、ヒドラジノ基、炭素数1〜4のアルコキシ基、適宜1もしくは2個の置換基(当該置換基は、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数1〜4のアシル基、炭素数1〜4のアルコキシカルボニル基、およびアラルキルオキシカルボニル基からなる群から独立して選ばれる)で置換されたアミノ基、中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体であることが好ましく、ヒドロキシル基、ヒドラジノ基、炭素数1〜4のアルコキシ基、アミノ基、中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基がより好ましい。
ここで、Yがアミノ酸残基であると呼称するときは、そのアミノ基部分でアミド(ペプチド)結合を形成する場合を指す。
【0036】
1実施態様において、X、XおよびY基の組み合わせとしては、
およびXがそれぞれ独立して、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数1〜4のアシル基、炭素数1〜4のアルコキシカルボニル基、中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体であり;
Yが、ヒドロキシル基、ヒドラジノ基、炭素数1〜4のアルコキシ基、適宜1もしくは2個の置換基(当該置換基は炭素数1〜4のアルキル基または炭素数1〜4のアシル基から独立して選ばれる)で置換されたアミノ基、中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体である。
【0037】
別の1実施態様においては、
およびXがそれぞれ独立して、水素原子、または中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基であり;
Yが、ヒドロキシル基、ヒドラジノ基、炭素数1〜2のアルコキシ基、アミノ基、または中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基である。
【0038】
更に別の1実施態様においては、
が、水素原子、または中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基であり;
Yが、ヒドロキシル基、ヒドラジノ基、炭素数1〜2のアルコキシ基、アミノ基、または中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基であり;そして、
基が、アルギニン残基の側鎖のアミノ基と結合する基であって水素原子である。
【0039】
更に別の1実施態様においては、式(I)で示されるペプチドは、式:
【化6】

である。
【0040】
用語「炭素数1〜4のアルキル基」または「炭素数1〜6のアルキル基」とは、炭素数が1〜4個または1〜6個の直鎖または分枝鎖の炭化水素基を意味し、具体例としてはメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、t−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、n−ヘキシル基などが挙げられる。メチル基、エチル基が好ましい。
【0041】
用語「炭素数1〜4のアシル基」または「炭素数1〜6のアシル基」とは、カルボニル基(オキソ基)に結合した前記炭素数1〜4または1〜6のアルキル基を意味し、具体例としてはアセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、イソブチリル基、バレリル基、イソバレリル基、ピバロイル基、n−ペンチルカルボニル基、n−ヘキシルカルボニル基等が挙げられる。アセチル基、プロピオニル基が好ましい。
【0042】
用語「炭素数1〜4のアルコキシ基」または「炭素数1〜6のアルコキシ基」とは、酸素原子に結合した前記炭素数1〜4または1〜6のアルキル基を意味し、具体例としてはメトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、イソブトキシ基、t−ブトキシ基、n−ペントキシ基、イソペントキシ基、ネオペントキシ基、n−ヘキシルオキシ基などが挙げられる。メトキシ基、エトキシ基が好ましい。
【0043】
用語「炭素数1〜4のアルコキシカルボニル基」または「炭素数1〜6のアルコキシカルボニル基」とは、カルボニル基(オキソ基)に結合した前記炭素数1〜4または炭素数1〜6のアルコキシ基を意味し、具体例としては、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、n−プロポキシカルボニル基、イソプロポキシカルボニル基、n−ブトキシカルボニル気、イソブトキシカルボニル木、t−ブトキシカルボニル基(Boc基)、n−ペントキシカルボニル基、n−ヘキシルオキシカルボニル基などが挙げられる。メトキシ基、エトキシ基、t−ブトキシカルボニル基が好ましい。
【0044】
用語「アラルキルオキシカルボニル基」とは、カルボニル基(オキソ基)に結合したアラルキルオキシ基を意味し、具体例としては、ベンジルオキシカルボニル基(Z基)、モノ−もしくはジ−クロロ置換ベンジルオキシカルボニル基(例えば、2−、3−、4−、2,4−、2,6−、または3,4−置換体を含む)等が挙げられる。ベンジルオキシカルボニル基が好ましい。
【0045】
用語「適宜1もしくは2個の置換基で置換されたアミノ基」とは、無置換アミノ基または1もしくは2個の置換基で置換されたアミノ基を意味する。当該置換基としては、前記炭素数1〜6(炭素数1〜4)のアルキル基、前記炭素数1〜6(炭素数1〜4)のアシル基、前記炭素数1〜6(炭素数1〜4)のアルコキシカルボニル基、およびアラルキルオキシカルボニル基からなる群から選ばれる基を含む。具体例としては、モノメチルアミノ基、モノエチルアミノ基、モノn−プロピルアミノ基、モノイソプロピルアミノ基、モノn−ブチルアミノ基、モノイソブチルアミノ基、モノt−ブチルアミノ基、モノペンチルアミノ基、モノシクロヘキシルアミノ基、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、ジn−プロピルアミノ基、ジイソプロピルアミノ基、ジn−ブチルアミノ基、ジイソブチルアミノ基、ジt−ブチルアミノ基、モノアセチルアミノ基、モノプロピオニルアミノ基、モノブチリルアミノ基、モノ(t−ブチルオキシカルボニル)アミノ基、モノ(ベンジルオキシカルボニル)アミノ基などが挙げられる。モノメチルアミノ基、モノエチルアミノ基、モノn−プロピルアミノ基、モノイソプロピルアミノ基、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、モノアセチルアミノ基、モノ(t−ブチルオキシカルボニル)アミノ基、モノ(ベンジルオキシカルボニル)アミノ基が好ましい。
【0046】
用語「天然型アミノ酸残基」とは、蛋白質構成アミノ酸の残基を意味し、一般的に用いられる中性、塩基性、または酸性のアミノ酸残基に分類される。具体的には、中性のアミノ酸残基(例えば、グリシン(Gly)、アラニン(Ala)、バリン(Val)、ロイシン(Leu)、イソロイシン(Ile)、フェニルアラニン(Phe)、プロリン(Pro)、トリプトファン(Trp)、メチオニン(Met)、セリン(Ser)、トレオニン(Thr)、アスパラギン(Asn)、グルタミン(Gln));塩基性のアミノ酸残基(例えば、アルギニン(Arg)、リシン(Lys)、ヒスチジン(His));および、酸性のアミノ酸残基(例えば、アスパラギン酸(Asp)およびグルタミン酸(Glu))が挙げられる。これらアミノ酸は、D−体とL−体とを含むが、入手し易さ等の観点からL−体が好ましい。なお、本願明細書中、上記アミノ酸の表記として3文字表記とは別に、1文字表記を適宜使用する。
【0047】
中性のアミノ酸残基としては、Gly、Ala、Val、Leu、Ileが好ましく、GlyまたはAlaがより好ましい。
【0048】
塩基性のアミノ酸残基としては、Arg、Lysが好ましい。
【0049】
用語「非天然型アミノ酸残基」とは、蛋白質構成アミノ酸ではないアミノ酸の残基を意味する。当該非天然型アミノ酸は、天然に存在するかまたは化学合成によって得られ、商業主(例えば、アルドリッチ社)から入手可能である。具体例としては、オルニチン(Orn)、フェニルグリシン、2−アミノ酪酸、β−アラニン、2,4−ジアミノ酪酸、2,3−ジアミノプロピオン酸、ホモセリン、アロイソロイシン、サルコシン、N−メチルバリン、ノルバリン等を含む。オルニチン(Orn)が好ましい。
【0050】
用語「天然型アミノ酸残基もしくは非天然型アミノ酸残基の誘導体」とは、上記「天然型アミノ酸残基」または「非天然型アミノ酸残基」の誘導体を意味し、例えばこれらアミノ酸残基のアミノ基上の1つまたは2つの水素原子がアルキル基またはアシル基で置換されたもの、あるいはカルボキシル基上のヒドロキシル基がアルコキシ基またはアミノ基で置換されたものを挙げられる。
【0051】
用語「天然型アミノ酸もしくは非天然型アミノ酸またはそれらの誘導体からなるペプチド残基またはそのペプチド残基誘導体」とは、上記天然型アミノ酸残基もしくは非天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体の2種以上がペプチド結合を形成しているペプチド残基またはその誘導体を意味する。該ペプチド残基としては、ジペプチドまたはトリペプチドを含む。また、その誘導体とは、上記「天然型アミノ酸残基もしくは非天然型アミノ酸残基の誘導体」において定義するのと同様に、構成アミノ酸残基のアミノ基上の1つまたは2つの水素原子がアルキル基またはアシル基で置換されたもの、あるいはカルボキシル基上のヒドロキシル基がアルコキシ基またはアミノ基で置換されたものを挙げられる。
【0052】
用語「中性または塩基性において分子全体における官能基の電荷の総和」とは、本発明におけるジスルフィド交換反応を行う中性または塩基性の条件下での、式(I)(後述の式(II)を含む)の分子全体における(正電荷を帯びる官能基上の正電荷の数の総和)から(負電荷を帯びる官能基上の負電荷の数の総和)を減じることによって算出される電荷を意味する。
例えば、正電荷を帯びる官能基としては、アミノ基(これは、例えばリシンまたはオルニチンの側鎖に存在する)(アルキル等によって置換されたアミノ基を含む))、グアニジノ基(これは、例えばアルギニンの側鎖に存在する)などを含み、ここで、これら各基の正電荷数は+1と数える。負電荷を帯びる官能基としては、カルボキシル基(これは、例えばグルタミン酸またはアスパラギン酸の側鎖に存在する)、スルフォン酸基(SO)などを含み、ここで、カルボキシル基またはスルフォン酸基の負電荷数はそれぞれ−1または−2と数える。また、中性基とは、上記中性または塩基性の条件下で正電荷を帯びる官能基または負電荷を帯びる官能基以外の基(例えば、アルキル基、アリール基、ヒドロキシル基、ジスルフィド基)を意味し、アミノ基とカルボキシル基またはスルフォン酸基との結合基である、アミド基(-C(=O)NH2-)(これは、例えばアスパラギンまたはグルタミンの側鎖に存在する)またはスルホンアミド基(-S(=O)2NH2-)をも含む。
【0053】
例えば、下記構造式の還元型α-(Arg-Cys-Gly)の場合では、正電荷を帯びる官能基についてはアミノ基が1つおよびグアニジノ基が1つであることから、正電荷を帯びる官能基上の正電荷の数の総和は+2と計算する。一方、負電荷を帯びる官能基についてはカルボキシ基が1つであることから、負電荷を帯びる官能基上の負電荷の数の総和は−1と計算する。よって、この分子全体における官能基の電荷の総和は+1と算出する。なお、システインの側鎖上のチオール(SH)基は、交差ジスルフィド結合を形成した段階でジスルフィド(S−S)になるため、考慮しない。
同様に、還元型α-(Glu-Cys-Arg)の場合では、正電荷を帯びる官能基についてはアミノ基が1つおよびグアニジノ基が1つであることから、正電荷を帯びる官能基上の正電荷の数の総和は+2と計算し、一方、負電荷を帯びる官能基についてはカルボキシ基が2つであることから、負電荷を帯びる官能基上の負電荷の数の総和は−2と計算する。よって、この分子全体における官能基の電荷の総和は±0と算出する。
同様に、還元型α-(Glu-Cys-Gly)(還元型α-グルタチオン)の場合では、正電荷を帯びる官能基についてはアミノ基が1つであることから、正電荷を帯びる官能基上の正電荷の数の総和は+1と計算し、一方、負電荷を帯びる官能基についてはカルボキシ基が2つであることから、負電荷を帯びる官能基上の負電荷の数の総和は−2と計算する。よって、この分子全体における官能基の電荷の総和は−1と算出する。
【化7】

【0054】
本願発明の式Iで示される化合物は、ジスルフィド交換反応において還元試薬として作用するジスルフィド交換反応促進剤として使用される。
ここで、蛋白質が立体構造形成(フォールディング)する場合のジスルフィド交換反応のメカニズムは、後述の用語「ジスルフィド交換反応促進剤」の定義にて詳述するとおりであり、蛋白質のフォールディング(立体構造形成)反応の律速段階は、蛋白質と本発明の試薬との交差ジスルフィド結合への蛋白質内チオール基(RS)の求核反応である。よって、交差ジスルフィド結合の硫黄原子周辺に正電荷を帯びた官能基を有する分子(基)を配置することで、硫黄原子周辺に正電荷を局在化させ、結果負電荷を有する蛋白質内チオール基による求核反応の反応速度を増大し得ると期待できる。従って、式(I)の分子におけるシステイン残基に隣接するアルギニン残基上のグアニジノ基の正電荷の大きさを保持するかまたは増大する基を有する分子(基)が好ましい。
よって、分子全体における官能基の電荷の総和が±0以上、好ましくは+1以上であることが好ましく、例えば、電荷の総和が−1の還元型(Glu-Cys-Gly)(還元型グルタチオン)と対比して、電荷の総和が±0の還元型(Glu-Cys-Arg)および電荷の総和が+1の還元型(Arg-Cys-Gly)が好ましく、還元型(Arg-Cys-Gly)がより好ましい。
【0055】
用語「ペプチド誘導体」とは、式(I)で示されるペプチドの誘導体を意味し、具体的にはその構成アミノ酸残基のアミノ基上の1つまたは2つの水素原子が他の基(例えば、アルキル基、アシル基)で置換されたもの、あるいはカルボキシル基上のヒドロキシル基が他の基(例えば、アルコキシ基、アミノ基)で置換されたものを挙げられる。
【0056】
用語「塩」とは、塩基との塩(例えば、有機塩基(例えば、アンモニア、トリエチルアミン、ピリジン)との塩;無機塩基(例えば、アルカリ金属(例えば、ナトリウム、カリウム)またはアルカリ土類金属(例えば、マグネシウム、カルシウム)との塩);酸との塩(例えば、有機酸(例えば、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、酒石酸、リンゴ酸、マンデル酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸)との塩;無機酸(例えば、塩酸、リン酸、硝酸、硫酸、亜硫酸)との塩)を含むが、これらに限定されない。
【0057】
用語「溶媒和物」とは、水和物;および、有機溶媒、例えば飽和炭化水素(例えば、ペンタン、ヘキサン)、芳香族炭化水素(例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン)、ハロゲン化炭化水素(例えば、ジクロロメタン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン)、エーテル類(例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン)、ケトン類(例えば、アセトン)、エステル類(例えば、酢酸エチル)、ニトリル類(例えば、アセトニトリル)、アミン類(例えば、ピリジン)、酸類(例えば、ギ酸、酢酸)、アルコール類(例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、t−ブタノール)、または極性非プロトン性溶媒(例えば、N,N−ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF))から選ばれる1種または2種以上の混合物を含むが、これらに限定されない。水和物、アルコールとの溶媒和物が好ましい。
【0058】
用語「ジスルフィド交換反応促進剤」とは、ジスルフィド(−S−S−)結合を有する対象の蛋白質のS−S結合の形成あるいは交換反応を促進する試薬(剤)を意味する。ジスルフィド交換反応のメカニズムは下記の模式図1および2のとおりである。ここで、ジスルフィド結合を有する蛋白質が立体構造形成(本明細書中、「フォールディング」と呼称する場合があり、「リフォールディング」を含む)する場合、特にアンフォールディングされた蛋白質のリフォールディングを行う場合、蛋白質のジスルフィド結合の再形成が必要となる。かかる再形成反応には、ジスルフィド試薬によるチオール・ジスルフィド交換反応が必要である。ここで、本ジスルフィド交換反応を支配しているのは、蛋白質のSと酸化試薬のRS−SR結合との分子間求核攻撃反応の速度論的要因、蛋白質内Sによる交差ジスルフィド結合(RS−S)への分子内求核攻撃反応、および蛋白質側の熱力学的要因であると考えられる。
【0059】
具体的には、本願発明のジスルフィド交換反応試薬による蛋白質のフォールディング(立体構造形成)は、最初に蛋白質のシステイン残基のチオール基が酸化型試薬のジスルフィド結合を分子間求核攻撃することにより交差ジスルフィド結合が形成される(下記の模式図1)。そして、Step 2およびStep 4においてRの正電荷のためSによる分子内求核攻撃が起こりやすいため、ジスルフィド交換反応速度が速くなる。そして、形成されたSS結合の様式が正しい天然型の場合にはフォールディング反応は終了する。
一方、誤った結合様式の場合には、下記の模式図2のように更なるSS交換反応が進行する。ここで、Step 3'においては、上記模式図1におけるStep 2およびStep 4と同様にRの正電荷のためSによる分子内求核攻撃が起こりやすいため、ジスルフィド交換反応速度が速くなる。
【化8】

【化9】

【0060】
酸化試薬
本願発明のジスルフィド交換反応には、上記式(I)で示す還元試薬に加えて、酸化試薬をさらに適宜含み得る。当該酸化試薬としては、一般に知られるいずれかの酸化試薬であってもよく、例えば酸化型グルタチオン(GSSG)、DTTox、Cysoxなどを含むが、これらに限定されない。本願発明のジスルフィド交換反応中では、使用する単量体の還元試薬は溶液中に存在する酸素によって二分子由来の酸化体である酸化試薬を与えることもでき、またこれら還元試薬と酸化試薬との間の反応は可逆反応である。
【0061】
また、酸化試薬としては、上記式(I)(式(I−A)または(I−B))で示される各ペプチドがシステイン残基の側鎖にあるチオール基がジスルフィド結合してシステイン型の2分子由来の酸化体を形成している、下記式(II):
【化10】

で示されるペプチド、すなわち式(II−A)および(II−B)で示されるペプチド、その立体異性体もしくはそのペプチド誘導体、またはそれらの塩もしくは溶媒和物から選択される少なくとも1種の化合物を含む。ここで、式(II)中の各基の定義は式(I)中の対応する各基の定義と同義である。また、ArgとCysとの結合がα結合またはγ結合であるかの点についても式(I)の場合に対応する。
また、当該式(II)で示されるペプチドは、システイン残基の側鎖にあるチオール基が酸化されていることから、本明細書中、「酸化型ペプチド」とも呼称する。
【0062】
上記式(I)の化合物と同様、上記式(II)中、Argは、Cysとα結合またはγ結合のいずれでも形成し得るが、製造(特に、化学合成)上の簡便さおよび原料物質の入手の容易さ等の観点から、α結合が好ましい。具体的な構造式を以下に示す。
【化11】

【0063】
加えて、本願発明における酸化試薬としては、上記酸化型グルタチオンの単量体である還元型グルタチオン(GSH)などと、上記式Iの単量体化合物との組み合わせによるヘテロ二量体をも含む。
【0064】
1実施態様においては、式(II)で示されるペプチドは、式:
【化12】

である。
【0065】
別の1実施態様においては、本願発明のジスルフィド交換反応促進剤は、上記の還元型(Arg−Cys−Gly)および酸化型(Arg−Cys−Gly)を含む。
【0066】
本発明のジスルフィド交換反応促進剤中に酸化試薬を含む場合には、還元試薬と酸化試薬との配合比は対象蛋白質によって適宜変えることができるため特に制限されないが、通常重量比が0.01:1〜20:1であり、好ましくは1:1〜1:10である。
【0067】
ジスルフィド交換反応を行うに際して使用する本発明のジスルフィド交換反応促進剤の割合としては、特に制限されるものではないが、対象蛋白質を含む溶液(例えば、リフォールディング緩衝液)中に配合される還元試薬(例えば、還元型の式(I)のペプチド)および酸化試薬(例えば、酸化型の式(II)のペプチド)の濃度(総濃度)としては通常、0.001〜50mg/mL、好ましくは0.01〜10mg/mL、より好ましくは0.05〜3mg/mLを挙げることができる。
【0068】
対象蛋白質を含む溶液(例えば、リフォールディング緩衝液)中に含まれる対象蛋白質の濃度としては、通常0.001〜50mg/mL、好ましくは0.01〜10mg/mL、より好ましくは0.05〜3mg/mLを挙げることができる。
【0069】
用語「立体構造形成剤」とは、蛋白質の立体構造形成反応に関与する剤を意味する。本発明の立体構造形成剤は、上述の本発明のジスルフィド交換反応促進剤、すなわち還元試薬としての式(I)の化合物等および酸化試薬(例えば、式(II)の化合物等)以外に、1つ以上の公知の更なる蛋白質の立体構造形成促進剤を含んでもよい。該公知の更なる蛋白質の立体構造形成促進剤としては、酸化試薬(例えば、酸化型グルタチオン(GSSG)、DTTox、Cysox)、還元試薬(例えば、2−メルカプトエタノール、還元型グルタチオン(GSH)、DTTred、Cysred)などが挙げられる。
【0070】
用語「アンフォールディングされた蛋白質」とは、蛋白質本来の立体構造が破壊された状態の蛋白質を意味し、つまり変性状態にある蛋白質の全てを意味する。例えば、遺伝子組み換えの手法により産生された蛋白質、および変性剤を用いて完全にアンフォールディング処理した蛋白質を含む。
【0071】
用語「リフォールディング」とは、上記アンフォールディングされた蛋白質を再び立体構造形成(フォールディング)させることを言い、再生方法とも言う。
【0072】
用語「蛋白質の製造方法」とは、上記蛋白質のジスルフィド交換反応を含めた蛋白質の立体構造形成反応を含む、蛋白質を産生、再生産あるいは再生する方法を総称する。
【0073】
本発明において、立体構造形成される対象の蛋白質は、少なくとも1つのジスルフィド結合を有するものであればよく、天然または人造(化学合成法、発酵法、遺伝子組み換え法)などの由来や製造方法の別にかかわらず、ペプチド、ポリペプチド、蛋白質、およびこれらの複合体(例えば、(ポリ)ペプチドまたは蛋白質と化合物との複合体、(ポリ)ペプチドまたは蛋白質と糖類との複合体、(ポリ)ペプチドまたは蛋白質と金属との複合体、(ポリ)ペプチドまたはタンパク質と補酵素との複合体など)が含まれる。なお、蛋白質の種類は問わず、例えば細胞内蛋白質、細胞外蛋白質、膜蛋白質、および核内蛋白質のいずれも含まれる。例えば、リゾチーム、リボヌクレアーゼを含む。
【0074】
また、対象蛋白質には、リフォールディングする対象の蛋白質を含み、大腸菌などの原核生物や酵母などの真核生物や無細胞抽出系などの異種発現系を用いて遺伝子工学的に生産された組み換え体である。かかる組み換え体は、しばしば不溶性で不活性の凝集体、いわゆる封入体として得られるため、本発明のフォールディング技術が好適に使用できる。
【0075】
リフォールディングする際のアンフォールディングされた蛋白質とは、いかなる方法でアンフォールディングされた蛋白質でもよいが、リフォールディング効果の観点から好ましいのは、塩酸グアニジン、尿素、もしくはチオ尿素、またはこれらの併用でアンフォールディングされたタンパク質である。より好ましいのは、塩酸グアニジン、尿素、チオ尿素またはこれらの合計の濃度が通常0.5モル/L以上(例えば、塩酸グアニジンで2モル/L以上、尿素で3乃至4モル/L以上)の水溶液中でアンフォールディングされた蛋白質である。なお、蛋白質が、分子内にジスルフィド結合を含むものである場合には、塩酸グアニジンや尿素といった上記アンフォールディング剤以外に、さらにメルカプト試薬(2−メルカプトエタノール、ジチオスレイトール、システインまたはチオフェノールなどの還元試薬)を加えてアンフォールディングされた蛋白質であってもよい。
【0076】
本発明において対象とする蛋白質は、その分子量を特に制限するものではないが、通常1,000〜10,000,00程度のペプチドおよび蛋白質を挙げることができる。立体構造形成(特に、リフォールディング)効果の点から、好ましくは分子量5,000〜250,000の蛋白質である。本発明の立体構造形成剤を用いた立体構造形成方法によれば、高いフォールディング効果を得ることができるので、分子量5,000未満のペプチドに対しても有効である。なお蛋白質の分子量は、一般的なゲル電気泳道法などで測定することができる。
【0077】
II.立体構造形成方法
本発明の立体構造形成方法は、対象蛋白質を立体構造形成させ、活性を有する正常蛋白質を産生する方法であり、対象蛋白質を前述する本発明の立体構造形成剤の存在下で処理する工程を有することを特徴とする。
【0078】
この立体構造形成を行なう工程において、使用される立体構造形成剤の割合としては制限されないが、前述するように、対象蛋白質を含む溶液(例えば、リフォールディング緩衝液)に配合される式(I)のペプチドなどおよび式(II)のペプチドなどの濃度(総濃度)として、通常0.01〜100ミリモル/L、好ましくは0.05〜10ミリモル/L、より好ましくは0.1〜5ミリモル/Lを挙げることができる。ここで、上記対象蛋白質を含む溶液(例えば、リフォールディグ緩衝液)中に含まれる対象蛋白質の濃度としては、通常0.001〜50mg/mL、好ましくは0.01〜10mg/mL、より好ましくは0.05〜3mg/mLを挙げることができる。
【0079】
立体構造形成(リフォールディングを含む)に使用される立体構造形成(フォールディング)緩衝液としては、目的の蛋白質の機能を失わせるような機能及び組成でなければ特に限定されない。例えば、トリス緩衝液、MES緩衝液、およびトリシン緩衝液などのアミン系緩衝液、リン酸緩衝液、または各種Good's bufferなどを挙げることができる。緩衝液は、pH1〜12に調整することができるが、好ましくはpH7〜10の範囲、より好ましくはpH7〜9の範囲である。
【0080】
当該緩衝液には、公知の還元試薬(例えば、還元型グルタチオン)および/または酸化試薬(例えば、酸化型グルタチオン)を添加することができるほか、種々の添加剤を添加することが可能である。かかる添加剤としては、塩化ナトリウム、塩化カルシウムなどの塩類;クエン酸塩、リン酸塩、および酢酸塩などの緩衝剤;水酸化ナトリウムなどの塩基類;塩酸や酢酸などの酸類;メタノール、エタノール、プロパノールなどの有機溶媒などを挙げることができる。また、上記緩衝剤には、公知の還元試薬(例えば、還元型グルタチオン)または/および公知の酸化試薬(例えば、酸化型グルタチオン)、または種々の添加剤のほか、界面活性剤、pH調整剤、または蛋白質安定化剤を配合することもできる。
【0081】
ここで、界面活性剤としては、ノニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤および両性界面活性剤のいずれも使用することができる。
【0082】
ノニオン性界面活性剤としては、例えば、高級アルコールアルキレンオキサイド(以下、「AO」と略記する)付加物[炭素数8〜24の高級アルコール(デシルアルコール、ドデシルアルコール、ヤシ油アルキルアルコール、オクタデシルアルコールおよびオレイルアルコールなど]のエチレンオキサイド(以下、「EO」と略記する)1〜20モル付加物など]、炭素数6〜24のアルキルを有するアルキルフェノールのAO付加物、ポリプロピレングリコールEO付加物およびポリエチレングリコールPG付加物、プルロニック型界面活性剤、および脂肪酸AO付加物、多価アルコール型非イオン性界面活性剤などが挙げられる。好ましくは、蛋白質との相互作用が少ない点で、ノニオン性界面活性剤である。
【0083】
カチオン性界面活性剤としては、例えば、第4級アンモニウム塩型カチオン性界面活性剤およびアミン塩型カチオン性界面活性剤などが挙げられる。アニオン性界面活性剤としては、例えば、炭素数8〜24の炭化水素基を有する、エーテルカルボン酸またはその塩、硫酸エステルもしくはエーテル硫酸エステルおよびそれらの塩、スルホン酸塩、スルホコハク酸塩、脂肪酸塩、アシル化アミノ酸塩、並びに天然由来のカルボン酸およびその塩(例えば、ケノデオキシコール酸、コール酸、デオキシコール酸など)が挙げられる。両性界面活性剤としては、例えば、ベタイン型両性界面活性剤およびアミノ酸型両性界面活性剤が挙げられる。
【0084】
界面活性剤を用いる場合、対象タンパク質を含む溶液(例えば、リフォールディング緩衝液)中のその含有量としては、通常20重量%以下、好ましくは0.001〜10重量%、より好ましくは0.01〜5重量%を挙げることができる。基本的に各界面活性剤の臨界ミセル濃度以下が好ましい。
【0085】
pH調整剤としては、Tris(トリスヒドロキシメチルアミノメタン)、HEPES(4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルホン酸)、およびリン酸緩衝剤(リン酸1水素2ナトリウム+リン酸2水素1ナトリウム)などを挙げることができる。本発明において、フォールディング操作はpH7〜10、好ましくはpH7〜9で行われる。このため、pH調整剤を添加する場合、その添加量は、このpH範囲に調整するように調節される。
【0086】
蛋白質安定化剤としては、還元試薬、ポリオール類、金属イオン、キレート試薬、およびアミノ酸もしくはペプチドなどが挙げられる。ここで還元試薬としては、2−メルカプトエタノール、ジチオトレイトール、アスコルビン酸、還元型グルタチオンおよびシステインなどが;ポリオール類としてはグリセリン、ブドウ糖、ショ糖、エチレングリコール、ソルビトールおよびマンニトールなどが;金属イオンとしてはマグネシウムイオン、マンガンイオンおよびカルシウムイオンなどの2価金属イオンなどが挙げられる。キレート試薬としてはエチレンジアミン4酢酸(EDTA)およびグリコールエーテルジアミン−N,N,N’,N’−4酢酸(EGTA)などが挙げられる。また、アミノ酸もしくはペプチドとしてはアルギニン、ポリアルギニン、ポリリジンなどが挙げられる。
【0087】
蛋白質安定化剤を用いる場合、対象蛋白質を含む溶液(例えば、リフォールディング緩衝液)中のその含有量として、通常10重量%以下、好ましくは0.001〜10重量%、より好ましくは0.01〜1重量%を挙げることができる。
【0088】
なお、対象蛋白質を含む溶液(例えば、リフォールディング緩衝液)中には、その他、アンフォールディング剤、すなわち変性剤(例えば、グアニジン塩酸や尿素)が含まれていてもよい。
【0089】
本発明において対象蛋白質を立体構造形成剤の存在下で処理する工程には、該蛋白質と立体構造形成剤とを接触条件に置く工程、具体的には両者をフォールディング緩衝液中に配合して撹拌などにより混合する工程が含まれる。また、その後、立体構造形成をより充分に進めるために必要により一定時間静置することも含まれる。静置時間は例えば1〜50時間を挙げることができる。また温度条件としては、0〜100℃の範囲で、対象とする蛋白質の耐熱性に応じて適宜選択することができる。通常は4〜50℃の範囲である。
【0090】
III.蛋白質製造方法
本発明の蛋白質製造方法は、上記の立体構造形成方法(例えば、リフォールディング方法)を用いて、対象蛋白質を立体構造形成する工程を含む方法であり、正常蛋白質を再生する方法と言い換えることもできる。
【0091】
本発明の蛋白質製造方法は、対象蛋白質を前述する本発明の立体構造形成剤の存在下で処理する工程を有するものであればよく、他の工程の有無を特に制限するものではない。例えば、下記の工程において、通常の蛋白質(例えば、遺伝子組み換えにより調製された変性蛋白質)の立体構造形成を行う場合には(a)の蛋白質をアンフォールディングする工程は含まないが、リフォールディングする場合には(a)の工程を含む。
【0092】
(a)蛋白質をアンフォールディングする工程、
(b)対象蛋白質(上記工程でアンフォールディングされた蛋白質を含む)を、本発明のジスルフィド交換反応促進剤(または立体構造形成剤)の存在下で処理して立体構造形成する工程、
(c)上記工程で立体構造形成されたタンパク質を精製する工程。
【0093】
対象の蛋白質が、例えば大腸菌や酵母や無細胞抽出系などの異種発現系を用いて遺伝子工学的に生産された組み換え体である場合は、本発明の蛋白質製造方法は、下記の(1)〜(5)の工程を含む方法であってもよい。
【0094】
(1)蛋白質産生菌の培養工程:大腸菌などの蛋白質産生菌を培養し、組み換え体を産生する。
(2)溶菌工程:溶菌剤などを用いて蛋白質産生菌体内から蛋白質封入体を取り出す。
(3)適宜アンフォールディング工程:上記蛋白質封入体の懸濁液(例えば10mg蛋白質/mL)に、0.5モル/L以上のアンフォールディング剤(変性剤)、および必要に応じて20ミリモル/L以下の還元試薬を加え軽くかきまぜ、室温あるいは50℃程度に加熱し、数分から30分程度放置する。かかる工程により、封入体中に存在する蛋白質の分子内または分子間ジスルフィド結合が化学的に還元され、切断される。
(4)フォールディング工程:上記(2)または(3)の工程で調製したアンフォールディングされた蛋白質懸濁液に、本発明のフォールディング剤を添加してアンフォールディング剤濃度を希釈し低下させるか、またはアンフォールディングされた蛋白質懸濁液を透析してアンフォールディング剤濃度を希釈し低下させ、これに本発明のフォールディング剤を添加して、フォールディングを行う。
(5)精製工程:上記で得られた蛋白質懸濁液から、目的とする正常蛋白質(リフォールディング蛋白質)を、カラムクロマトグラフィーなどを用いて精製する。
【0095】
上記の(1)の蛋白質産生菌培養工程における蛋白質産生菌(宿主)としては、以下の細菌細胞を例示することができる。細菌細胞としては、大腸菌、連鎖球菌属(Streptococci)、ブドウ球菌属(Staphylococci)、エシェリヒア属菌(Escherichia)、ストレプトミセス属菌(Streptomyces)およびバチルス属菌(Bacillus)細胞、真核細胞;例えば酵母細胞およびアスペルギルス属(Aspergillus)細胞、昆虫細胞;例えばドロソフィラS2(Drosophilla S2)細胞、スポドプテラSf9(Spodoptera Sf9)細胞、動物細胞;例えば、CHO、COS、Hela、C127、3T3、BHK、293およびボウズ(Bows)メラノーマ細胞、並びに植物細胞などが挙げられる。
【0096】
上記cDNAは、組み換え手法、直接RT−PCR方法、化学合成法などのいずれの方法であってもよい。組み換え手法の1例を下記に示す。
上記(1)工程の蛋白質産生菌の培養方法にあたり、目的蛋白細胞をコードするcDNAを含有する発現ベクターは、(i)目的蛋白質産生細胞からメッセンジャーRNA(mRNA)を分離し、該mRNAから単鎖のcDNAを、次に二重鎖DNAを合成し、該相補DNAをファージまたはプラスミドに組み込む。(ii)得られた組み換えファージまたはプラスミドで宿主を形質転換し、培養後、目的蛋白質の一部をコードするDNAプローブとのハイブリダイゼーション、あるいは抗体を用いたイムノアッセイ法により目的とするDNAから目的とするクローン化DNAを切り出し、該クローン化DNAまたはその一部を発現ベクター中のプロモーターの下流に連結することによって製造することができる。その後、適当な方法により、宿主を発現ベクターで形質転換し培養する。培養は通常15〜43℃で3〜24時間行い、必要により通気、攪拌を加えることもできる。
【0097】
上記の(2)の溶菌工程で採用される溶菌方法としては、超音波による物理的破砕、リゾチーム等の溶菌酵素による処理、界面活性剤等の溶菌剤による処理などのいずれもが使用できる。生産性の観点から溶菌剤による処理が好ましい。また、有用な蛋白質を変性させないといった点からは、対イオンがギ酸、酢酸などのカルボン酸イオンである第4級アンモニウム型カチオン性界面活性剤などの溶菌剤を挙げることができる。
【0098】
上記の(3)のアンフォールディング工程において使用されるアンフォールディング剤としては、塩酸グアニジン、尿素およびチオ尿素などの変性剤を挙げることができる。かかる変性剤は、一種単独で使用することもできるが、両者を組み合わせて用いることもできる。なお、蛋白質が、分子内にジスルフィド結合を含む蛋白質である場合には、上記変性剤以外に、さらに還元試薬として2−メルカプトエタノール、ジチオトレイトール、アスコルビン酸、還元型グルタチオンおよびシステインなどを加えてもよい。
【0099】
上記(5)の精製工程において、カラムクロマトグラフィーに使用される充填剤としてはシリカ、デキストラン、アガロース、セルロース、アクリルアミド、ビニルポリマーなどが挙げられる。商業的に入手できる市販品としては、Sephadex シリーズ、Sephacryl シリーズ、Sepharose シリーズ(以上、Pharmacia社)、Bio-Gel シリーズ(Bio-Rad社)などを挙げることができる。
【0100】
IV.製造方法
1.還元試薬の製造
本発明の式(I)の化合物(単量体)は、商業的に入手可能であるか、あるいは一般的な有機化学の方法により容易に製造することができる。
【0101】
式(I)の化合物の一般的な製造法の1例を以下に示すが、この方法に限定されることを意図するものではない。また、必要に応じて一般的な分離、分割のための手法を用いて目的の化合物を得ることができる。例えば、式(I-A)の化合物の製造法を下記スキーム1に示す。
【化13】

(ステップ1)
N末端保護(P)のXアミノ酸誘導体と、C末端保護(P)のCys誘導体とを、汎用される脱水縮合剤(例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC))を用いてカップリング反応する。
(ステップ2)
別途、N末端保護(P)のArg誘導体と、C末端保護(P)のYアミノ酸誘導体とを、上記脱水縮合剤を用いてカップリング反応する。
(ステップ3)
上記ステップ1および2で製造した各カップリング生成物の保護基PおよびPをそれぞれ脱保護した後に、上記脱水縮合剤を用いてカップリング反応させ、次いで保護基PおよびPを脱保護することにより、目的の式(I-A)の化合物を得ることができる。
【0102】
また、式(I-B)の化合物の製造法を下記スキーム2に示す。
【化14】

(ステップ1)
N末端保護(P)のXアミノ酸誘導体と、C末端保護(P)のArg誘導体とを、汎用される脱水縮合剤(例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC))を用いてカップリング反応する。
(ステップ2)
別途、N末端保護(P)のCys誘導体と、C末端保護(P)のYアミノ酸誘導体とを、上記脱水縮合剤を用いてカップリング反応する。
(ステップ3)
上記ステップ1および2で製造した各カップリング生成物の保護基PおよびPをそれぞれ脱保護した後に、上記脱水縮合剤を用いてカップリング反応させ、次いで保護基PおよびPを脱保護することにより、目的の式(I-B)の化合物を得ることができる。
【0103】
なお、上記脱保護基としては、ペプチド合成において汎用される脱保護基を含み、例えば、N末端保護基(例えば、Boc(t-ブチルオキシカルボニル)基、Z(ベンジルオキシカルボニル)基、Fmoc((9−フルオレニルメチルオキシカルボニル)基)、C末端保護基(例えば、OBzl(ベンジルエステル)基、OtBu(t-ブチルエステル)基)、およびアミノ酸側鎖の保護基(Tos(トシル)基、Pbf(4−メトキシトリチル)基、OcHex(シクロヘキシルエステル)基、MeBzl(メチルベンジル)基、Trt(トリチル)基)を含むが、これらに限定されない。
【0104】
次に、具体的なα-Arg-Cys-Gly(α-RCG)の製造法を下記スキーム3に示す。
【化15】

(ステップ1)
N末端をBoc保護および側鎖SH基をMeBzl保護したCys誘導体と、C末端をBzl保護したGly誘導体とを、有機溶媒(無水溶媒が好ましい)中、当量もしくは過剰量のDCCの存在下、カップリング反応させ、次いでトリフルオロ酢酸(TFA)処理によりBoc脱保護し、さらにトリエチルアミンを用いて中和することにより、Cys-Gly誘導体を得る。
(ステップ2)
上記ステップ1で得た生成物と、別途調製したArg誘導体とを、ステップ1と同様にDCCの存在下、カップリング反応させ、次いでフッ化水素(HF)で処理することにより、脱保護(Tos、MeBzl、Bzl)して、目的のα-Arg-Cys-Glyを得る。
【0105】
また、α-Arg-Cys-Gly(α-RCG)の別製造法を下記スキーム4に示す。
【化16】

(ステップ1)
N末端をFmoc保護および側鎖SH基をTrt保護したCys誘導体と、C末端をBzl保護したGly誘導体とを、有機溶媒(無水溶媒が好ましい)中、当量もしくは過剰量のDCCの存在下、カップリング反応させ、次いでピペリジン処理することによりFmocを脱保護して、Cys-Gly誘導体を得る。
(ステップ2)
上記ステップ1で得た生成物と、別途調製したArg誘導体とを、ステップ1と同様にDCCの存在下、カップリング反応させ、次いでピペリジン処理、続いてTFA/TIS(トリイソプロピルシラン)/水で処理後に、HPLC精製を行って、目的のα-Arg-Cys-Glyを得る。
【0106】
また、具体的なα-Glu-Cys-Arg(α-ECR)の製造法を下記スキーム5に示す。
【化17】

(ステップ1)
N末端をBoc保護および側鎖SH基をMeBzl保護したCys誘導体と、C末端をBzl保護および側鎖グアニジノ基をTos保護したArg誘導体とを、有機溶媒(無水溶媒が好ましい)中、当量もしくは過剰量のDCCの存在下、カップリング反応させ、次いでトリフルオロ酢酸(TFA)処理によりBoc脱保護し、さらにトリエチルアミンを用いて中和することにより、Cys-Arg誘導体を得る。
(ステップ2)
上記ステップ1で得た生成物と、別途調製したGlu誘導体とを、ステップ1と同様にDCCの存在下、カップリング反応させ、次いでフッ化水素(HF)で処理することにより、脱保護(OcHex、Tos、MeBzl、Bzl)して、目的のα-Glu-Cys-Argを得る。
【0107】
また、α-Glu-Cys-Arg(α-ECR)の別製造法を下記スキーム6に示す。
【化18】

(ステップ1)
N末端をFmoc保護および側鎖SH基をTrt保護したCys誘導体と、C末端をtBu保護および側鎖グアニジノ基をPbf保護したArg誘導体とを、有機溶媒(無水溶媒が好ましい)中、当量もしくは過剰量のDCCの存在下、カップリング反応させ、次いでピペリジンを処理後して、Cys-Arg誘導体を得る。
(ステップ2)
上記ステップ1で得た生成物と、別途調製したGlu誘導体とを、ステップ1と同様にDCCの存在下、カップリング反応させ、次いでピペリジン処理、続いてTFA/TIS(トリイソプロピルシラン)/水で処理後に、HPLC精製を行って、目的のα-Glu-Cys-Argを得る。
【0108】
2.酸化試薬の製造
酸化試薬として使用可能な本発明の式(II)の化合物(式(I)の化合物の2分子由来(ホモタイプ)の酸化体)、または本発明の式(I)の化合物と公知の還元試薬(例えば、GSH)との組み合わせのヘテロタイプの酸化体は、一般的な有機化学の方法により容易に製造することができる。
【0109】
具体的には、上記の式(I)の化合物および/または公知の還元試薬を中性または塩基性の緩衝液中に溶解し、その後室温で空気中、適当な時間(約12時間から約1週間)放置することで酸化反応することにより、容易に製造することができる。当該酸化試薬の反応濃度は、反応溶媒中、約1ミリモル/L〜約1モル/Lで実施することができる。当該製造反応を促進するのに、反応溶液中に酸化剤(例えば、鉄)または酸素をバブルすることができる。
【実施例】
【0110】
以下に、実施例を挙げて本願発明を更に具体的に説明するが、本願発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0111】
(実施例1)
酸化型α-Arg-Cys-Gly(酸化型α-RCG)の製造
還元型α-Arg-Cys-Gly(10mg、0.030mmol)を0.1M Tris-HCl (pH 8.0)(150μL)中に溶解し、室温で10日間、暗室で静置させた。反応の完結後に、反応溶媒を減圧留去し、残渣をHPLC精製を行うことにより、酸化型α-Arg-Cys-Glyを定量的に得た。得られた生成物を各種分光学的な手法により確認した。
MS (MH+1) 理論値: 668.30;実測値: 667.75。
【0112】
(実施例2)
ジスルフィド結合反応の反応速度実験
一般に、蛋白質のジスルフィド結合形成反応は遅く、また、反応副生成物としての間違ったジスルフィド結合種を架け直す必要もあるため、ジスルフィド形成促進試薬として、反応速度の加速は重要な課題である。そこで、まずジスルフィド結合反応の反応速度実験を行った。
【0113】
ここで、グルタチオンは、生体内において、蛋白質の正しいフォールディング(立体構造形成)に必須である天然型のジスルフィド結合形成を促進するトリペプチドであり、故に、試験管内における研究において汎用的に採用されている。しかしながら、グルタチオンを使用した蛋白質内の正しいジスルフィド結合形成のための条件の最適化は困難を伴い、多くの場合、低い収率しか得られない。此の収率の低下は、主に、蛋白質内の間違ったジスルフィド結合種の形成に起因する。つまり、グルタチオン分子による蛋白質内の正しいジスルフィド結合選択能は不十分であり、蛋白質内の正しいジスルフィド結合選択を目的とした分子種の開発が望まれる。
本発明では、フォールディング促進分子の能力を評価するため、分子内ジスルフィド結合を3つ含むプロウログアニリンを採用し、種々のフォールディング促進分子におけるプロウログアニリンのフォールディング速度を指標とした。
【0114】
操作
蛋白質としてプロウログアニリンを用いて、還元型グルタチオン(「GSH」ともいう)、酸化型グルタチオン(「GSSG」ともいう)(以上、ペプチド研究所(株))、および還元型グルタミルシステイニルアルギニン(還元型ECR)、酸化型グルタミルシステイニルアルギニン(酸化型ECR)、および還元型アルギニルシステイニルグリシン(還元型RCG)、酸化型アルギニルシステイニルグリシン(酸化型RCG)のフォールディング剤としての機能を評価した。
(1)実験操作
大腸菌発現系より、プロウログアニリンを大量に発現させ、得られた菌体内封入体(不活性凝集物)を還元変性試薬(8 M 尿素, 20 mM ジチオスレイトール, 0.1 M Tris-HCl(pH 8.0) )にて還元変性させ、続いて得られた完全還元変性したプロウログアニリンを逆相HPLC(日立ハイテク(株))と逆相カラムCosmosil 5C18-AR-2(8 x 250 mm)(ナカライテスク(株))によって精製、減圧乾燥することで、減圧乾燥状態の還元変性プロウログアニリンを調製した。得られた還元変性プロウログアニリン(20 nmol)にフォールディング剤として還元型/酸化型グルタチオン、還元型/酸化型ECR、還元型/酸化型RCGを含む下記組成からなるフォールディング反応溶液を加え、室温でのフォールディング反応におけるジスルフィド結合形成の速度的効果を評価した。また、反応におけるプロウログアニリンのフォールディング中間体の同定、定量はHPLCに付属する吸光度計(波長220 nm)を用いた。
<フォールディング反応溶液>
(1)2 mM GSH, 1 mM GSSG, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0)(コントロール)
(2)2 mM 還元型ECR, 1 mM 酸化型ECR, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0)
(3)2 mM 還元型RCG, 1 mM 酸化型RCG, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0)
【0115】
(2)実験結果
各種のフォールディング剤について、プロウログアニリンのリフォールディングにおけるジスルフィド形成の形成速度を調査した結果を図1〜3に示す。
蛋白質内の正しいジスルフィド結合形成を伴ったリフォールディング反応における主な問題点は、変性状態から天然状態(活性状態)に遷移する際の反応中間体(ジスルフィド結合が掛け違った分子種など)が如何に早く消失して天然構造をとるかである。
【0116】
図1〜2において、還元変性状態のジスルフィド結合を全く持たないプロウログアニリンをR、リフォールディング中間体の間違ったジスルフィド結合を有するプロウログアニリンをI、そして天然型の正しいジスルフィド結合を有するプロウログアニリンをNとして示す。ここで、各保持時間は標準物質(参考文献:Biochemistry 1998, 37, 8498-8507; THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY 2000, 275, 25155-25162)によって確認し、具体的には、Rが約28.0分、Iが約24.0分から約26.5分の間の分子種群、およびNが約25.5分である。
そこで図1において、還元型/酸化型グルタチオンの存在下で、リフォールディングにおける中間体の存在は、リフォールディング後30分くらいまで観測された。
【0117】
リフォールディングにおいて溶解性の上昇を目的として汎用されるアルギニンをリード化学種内に置換したRCG、ECRを創製した。図2において、還元型/酸化型ECRを使用したリフォールディングにおけるプロウログアニリンのジスルフィド結合形成を示す。ここで、フォールディング中間体であるIはリフォールディング後10分以内に消失した。これは、グルタチオンより早いリフォールディング効果を示す。さらに、図3において、還元型/酸化型RCGを使用したリフォールディングにおけるプロウログアニリンのジスルフィド結合形成を示す。その結果、5分以内にフォールディング中間体であるIの消失を観測した。これは、既存のグルタチオン酸化還元系より遥かに早い正しいジスルフィド結合形成であり、その他リフォールディング効果を得るため、蛋白質構造形成においても円二色性測定を用い、グルタチオン酸化還元系での反応と比較した。
【0118】
(実験例3)
実施例2にて前述するように、還元型/酸化型RCGを使用したフォールディングにおけるジスルフィド結合形成は既存のグルタチオン酸化還元系と比べ、かなり早いジスルフィド結合形成を示した。しかしながら、蛋白質の構造形成には、正しいジスルフィド結合だけでなく、αヘリックスやβシートといった正しい二次構造形成も同様に必須であり、生理活性発現構造の構築に重要である。そこで、本実験例では、正しい二次構造形成が行われた際、αヘリックスの波長(222 nm)に特徴的なスペクトルを有する蛋白質として、実験例1と同様に、プロウログアニリンを採用し、還元型/酸化型グルタチオン、還元型/酸化型RCGによる二次構造形成を比較することで、フォールディング剤としての機能を比較した。なお、各種化学種はいずれも実験例2で使用したものと同一の化合物を用いた。
【0119】
(1)実験操作
実験例2と同様に、得られた還元変性プロウログアニリン(2 nmol)にフォールディング剤として還元型/酸化型グルタチオン、還元型/酸化型RCGを含む下記組成からなるフォールディング反応溶液を加え、室温におけるフォールディング反応における二次構造形成の速度的効果を見積もった。また、フォールディングにおけるプロウログアニリンの二次構造形成は円二色性スペクトル測定器(JASCO(株))を用いて波長を222 nmに固定することで、二次構造形成速度を見積もった。
<フォールディング反応溶液>
(1)2 mM GSH, 1 mM GSSG, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0, 300 μL)(コントロール)
(2)2 mM 還元型RCG, 1 mM 酸化型RCG, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0, 300 μL)
【0120】
(2)実験結果
各種のフォールディング剤について、プロウログアニリンのフォールディングにおけるジスルフィド形成の速度的効果を測定した結果を図4に示す。
その結果、還元型/酸化型RCGはフォールディングにおいて完全な二次構造形成に至るまで、還元型/酸化型グルタチオン(Kgsh=1.29×10-3 s-1)に比べ、遥かに早いことを明らかにした(Krcg=3.69×10-3 s-1)。つまり、還元型/酸化型RCGは還元型/酸化型グルタチオンに比べ、1)ジスルフィド結合形成、2)二次構造形成の二点において優位な差を得ることが出来、フォールディング速度において優れたフォールディング剤であった。
【0121】
(実験例4)
実施例2、3にて前述するように、RCGは、グルタチオンと比べ、フォールディングにおけるジスルフィド結合形成や二次構造形成の速度を約3倍促進する分子種である。また、高濃度の蛋白質下における蛋白質のフォールディングは困難とされている(参考文献:Biosci Biotechnol Biochem. (2000). 64, 1159-65; Journal of Biotechnology 130 (2007) 153-160)。そこで、フォールディング剤としての機能を比較するため、還元型/酸化型グルタチオン(GSH/GSSG)、還元型/酸化型ECR、還元型/酸化型RCGのフォールディングにおいて、リゾチーム(生化学工業(株))におけるフォールディング収率を求めた。なお、各種化学種はいずれも実験例2で使用したものと同一の化合物を用いた。
【0122】
(1)実験操作
5 mgリゾチームに還元変性試薬(8 M 尿素, 20 mM ジチオスレイトール, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.3) )を加え、3時間40℃の恒温装置に静置した。その後、10 mM HClに対し透析を行い、HPLCによる220 nmにおける吸光度により濃度測定を行い、凍結乾燥させた。得られた還元変性リゾチーム0.1〜1.6 mgに、下記の組成からなるフォールディング溶液を1 mL加え、48時間、常温で静置した。
<フォールディング反応溶液>
(1)2 mM GSH, 1 mM GSSG, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0)(コントロール)
(2)2 mM 還元型ECR, 1 mM 酸化型ECR, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0)
(3)2 mM 還元型RCG, 1 mM 酸化型RCG, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0)
【0123】
48時間後、得られた反応液を15,000×g、4℃の条件で遠心分離し、採取した可溶性画分(遠心上清)についてHPLCに供することで、フォールディング収率を評価した。また、HPLCに供することで、生成蛋白質が天然型のジスルフィド結合を形成したのかどうかを評価することができる。リゾチームのフォールディング収率は、HPLCにおける220 nmの吸光度を基に、還元変性状態のリゾチーム濃度を100重量%とした場合の相対値(%)として算出した。
【0124】
(2)実験結果
各種のフォールディング剤について、リゾチームのフォールディング収率における結果を図5に示す。その結果、還元型/酸化型グルタチオンに比べ、還元型/酸化型ECRの収率は変わらなかったが、還元型/酸化型RCGの収率は 0.2, 0.4, 0.8, 1.6 mg/mLにおいて130, 131, 171, 185%上がった。つまり、還元型/酸化型RCGは還元型/酸化型グルタチオンに比べ、フォールディング収率において優れたフォールディング剤であった。従来、アルギニンなど数百mMの添加剤を加え、フォールディングの収率を上げる方法が知られている。本発明は、従来の方法で知られているフォールディング収率より効果的であり、さらに、微量な(数mM)フォールディング剤で効果を示すことから優位なフォールディング試薬であると考えられる。
【0125】
(実験例5)
実施例2にて前述するようにリゾチームを採用することで、フォールディング収率におけるRCGの効果を示した。そこで、汎用性を高めるため、本実験例では、実験例3と同様にして、蛋白質としてプロウログアニリンを用いて、還元型/酸化型グルタチオン(GSH/ GSSG)、還元型/酸化型RCGのフォールディング剤としての機能を収率の点から比較した。なお、各種化学種はいずれも実験例2で使用したものと同一の化合物を用いた。
【0126】
(1)実験操作
実験例2で示した手法により調製した還元変性プロウログアニリン0.1〜0.4 mgに、下記の組成からなるフォールディング溶液を1 mL加え、48時間、常温に静置した。
<フォールディング反応溶液>
(1)2 mM GSH, 1 mM GSSG, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0)(コントロール)
(2)2 mM 還元型RCG, 1 mM 酸化型RCG, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0)
【0127】
(2)実験結果
RCGとグルタチオンにおけるフォールディング収率における結果を図6に示す。その結果、還元型/酸化型グルタチオンに比べ、還元型/酸化型RCGの収率は 0.2, 0.4 mg/mLにおいて114、143%上がった。つまり、還元型/酸化型RCGは還元型/酸化型グルタチオンに比べ、フォールディング収率において優れたフォールディング剤であった。RCGによるプロウログアニリンにおけるフォールディング収率は、リゾチームと同様に、グルタチオンに比べ、上昇した。これは汎用的に多くの蛋白質のフォールディング収率を上昇させると考えられる。
【0128】
(実験例6)
蛋白質としてリゾチーム、プロウログアニリンを用いて、酸化型RCG/還元型RCGの酸化型/還元型グルタチオンと比べた、フォールディング効果における収率の上昇を確認した。また、プロウログアニリンにおいては、酸化型RCG/還元型RCGは酸化型/還元型グルタチオンに比べ、フォールディング速度を約3倍促進させた。そこで、RCGは、蛋白質内の正しいジスルフィド結合の選択能を促進できるのではないかと考え、RCG分子による蛋白質内ジスルフィド結合交換能について評価した。ここで、プロウログアニリンは、アルギニルエンドペプチターゼによる酵素処理により分子内ジスルフィド結合の架橋位置を決定することができ、且つ、生成したジスルフィド異性体の存在比を正確に評価できる故、フォールディングにおける正しいジスルフィド結合選択能を評価することができる。そこで、還元型試薬を共存させない蛋白質内ジスルフィド交換反応を抑えた実験、つまり酸化型試薬だけを用いたプロウログアニリンの構造形成実験に於ける天然型の生成比を調べることで、RCG分子による天然型ジスルフィド結合の選択能を評価することにした。この目的のため、フォールディング促進試薬として、酸化型のみ、即ち、酸化型グルタチオンあるいは酸化型RCGのみを採用し(還元型を共存させない)、プロウログアニリンのフォールディング反応を行った。
【0129】
(1)実験操作
実験例2で示した手法により調製した還元変性プロウログアニリン(20 nmol)に、下記の組成からなるフォールディング溶液を1 mL加え、48時間、常温に静置した。
<フォールディング反応溶液>
(1)1 mM GSSG, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0)(コントロール)
(2)1 mM 酸化型RCG, 0.1 M Tris-HCl (pH 8.0)
【0130】
(2)実験結果
酸化型RCGと酸化型グルタチオンによるフォールディングにおける蛋白質内の正しいジスルフィド結合の選択能の結果(HPLCによる)を図7に示す。また、正しいジスルフィド結合をN、間違ったジスルフィド結合をIと示す。各保持時間は上記実施例2に記載する通りである。その結果、酸化型グルタチオンの場合(A)にはI:Nが6:5であったのに対して、酸化型RCGの場合(B)にはI:Nが5:11であった。つまり、酸化型RCGは酸化型グルタチオンに比べて正しい天然型ジスルフィド結合の形成速度が約2倍上がった。つまり、酸化型RCGは酸化型グルタチオンに比べ、正しいジスルフィド結合を形成させる能力に優れたフォールディング剤である。
【産業上の利用可能性】
【0131】
本発明のジスルフィド交換反応促進剤を使用することにより、正しい天然型の蛋白質の立体構造形成が速く且つ収率良く得られ、工業的利用価値が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元試薬としての式(I):
【化1】

[式中、
およびXはそれぞれ独立して、水素原子、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜6のアシル基、炭素数1〜6のアルコキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基、天然型アミノ酸残基もしくは非天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体、天然型アミノ酸もしくは非天然型アミノ酸またはそれらの誘導体からなるペプチド残基またはそのペプチド残基誘導体であり;
Yは、ヒドロキシル基、ヒドラジノ基、炭素数1〜6のアルコキシ基、適宜1もしくは2個の置換基(当該置換基は、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜6のアシル基、炭素数1〜6のアルコキシカルボニル基、およびアラルキルオキシカルボニル基からなる群から独立して選ばれる)で置換されたアミノ基、天然型アミノ酸残基もしくは非天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体、天然型アミノ酸もしくは非天然型アミノ酸またはそれらの誘導体からなるペプチド残基またはそのペプチド残基誘導体であり;
Argは、Cysとα結合またはγ結合し;ここで、
中性または塩基性において分子全体における官能基の電荷の総和が0以上である]
で示されるペプチド、その立体異性体もしくはそのペプチド誘導体、またはそれらの塩もしくは溶媒和物から選択される少なくとも1種の化合物;および、適宜、酸化試薬としての式(II):
【化2】

[式中、
、XおよびYが前記に定義する通りであり;
Argが、Cysとα結合またはγ結合し、ここで、
中性または塩基性において分子全体における官能基の電荷の総和が0以上である]
で示されるペプチド、その立体異性体もしくはそのペプチド誘導体、またはそれらの塩もしくは溶媒和物から選択される少なくとも1種の化合物、
を含む、ジスルフィド交換反応促進剤。
【請求項2】
およびXがそれぞれ独立して、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数1〜4のアシル基、炭素数1〜4のアルコキシカルボニル基、中性もしくは塩基性の天然アミノ酸残基またはそれらの誘導体であり;
Yが、ヒドロキシル基、ヒドラジノ基、炭素数1〜4のアルコキシ基、適宜1もしくは2個の置換基(当該置換基は、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数1〜4のアシル基、炭素数1〜4のアルコキシカルボニル基、およびアラルキルオキシカルボニル基からなる群から独立して選ばれる)で置換されたアミノ基、中性もしくは塩基性の天然型アミノ酸残基またはそれらの誘導体である、
請求項1記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【請求項3】
前記天然型アミノ酸残基が、L−ArgおよびL−Lysからなる群から選ばれる塩基性アミノ酸残基である、請求項1または2のいずれか記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【請求項4】
中性または塩基性において分子全体における官能基の電荷の総和が1以上である、請求項1乃至3のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【請求項5】
ArgがCysとα結合する、請求項1乃至4のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【請求項6】
さらに少なくとも1種類の別の酸化試薬を含む、請求項1乃至5のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【請求項7】
前記還元試薬と前記酸化試薬との重量比が0.01〜20である、請求項1乃至6のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【請求項8】
更に適宜、緩衝液、塩類、緩衝剤、塩基類、酸類、有機溶媒、界面活性剤、pH調整剤、蛋白質安定化剤からなる群から選ばれる添加剤を含む、請求項1乃至7のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【請求項9】
(a)前記還元試薬、および適宜前記緩衝液、塩類、緩衝剤、塩基類、酸類、有機溶媒、界面活性剤、pH調整剤、蛋白質安定化剤からなる群から選ばれる添加剤;並びに、
(b)前記還元試薬、および適宜前記緩衝液、塩類、緩衝剤、塩基類、酸類、有機溶媒、界面活性剤、pH調整剤、蛋白質安定化剤からなる群から選ばれる添加剤;
を、同一容器形態でまたはそれぞれ別個に包装された形態で含む、請求項1乃至8のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤、および適宜少なくとも1つの更なる蛋白質の立体構造形成促進剤を含む、蛋白質の立体構造形成剤。
【請求項11】
前記蛋白質の立体構造形成がリフォールディングである、請求項10記載の蛋白質の立体構造形成剤。
【請求項12】
請求項1乃至9のいずれか1項記載のジスルフィド交換反応促進剤または請求項10もしくは11のいずれか記載の蛋白質の立体構造形成剤を用いて蛋白質の立体構造を形成する工程を含む、蛋白質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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