説明

ステンレス材の窒化処理方法および窒化処理材

【課題】窒化処理を施した表層が割れないようにしたステンレス材の窒化処理方法およびこの窒化処理方法により窒化処理を施した窒化処理材を提供する。
【解決手段】窒化処理ガス雰囲気においてステンレス材を加熱して均熱保持する加熱工程(ステップS3〜ステップS5)と、ステンレス材を冷却する冷却工程(ステップS6)とを有するステンレス材の窒化処理方法において、加熱工程の窒化処理ガスは、アンモニアガスと窒素ガスとの混合ガスであり、加熱工程の加熱温度は、ステンレス材が窒素に対してオーステナイト相となる温度であり、冷却工程の冷却は、徐々に冷却する徐冷であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化処理ガス雰囲気においてステンレス材を加熱して表層に窒素原子を浸透させるステンレス材の窒化処理方法および窒化処理材に関し、特に、窒化処理を施した表層が割れないようにしたステンレス材の窒化処理方法および窒化処理材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、窒化処理ガス雰囲気で鉄鋼部材を加熱して鉄鋼部材の表層に窒素原子を浸透させる窒化処理方法においては、窒化処理ガスとしてアンモニア(NH)ガスが用いられる。この窒化処理方法では、窒化処理を行うべき鉄鋼部材は、アンモニアガス雰囲気において、例えば500℃〜580℃で50時間〜72時間加熱される。
【0003】
この加熱により、アンモニアガスは窒素原子と水素原子とに分解される。そして、分解された窒素原子を母材である鉄鋼部材の表層に固溶させ、この固溶させた窒素原子を母材に拡散させる。
【0004】
また、加熱処理の時間を短くするために、窒素原子だけでなく炭素原子も同時に鉄鋼部材に侵入させるガス軟窒化処理と呼ばれる窒化処理方法が適用されることがある。このガス軟窒化処理では、窒化処理ガスとして、アンモニアガスに加えて、例えば一酸化炭素などの浸炭性ガスを含むガスが使用される。ガス軟窒化処理によれば、数時間程度の短い時間で窒化処理が可能になる。
【0005】
しかしながら、ガス軟窒化処理では、処理温度が低く短時間の処理であるため窒素原子は深さ方向に拡散し難い。また、ガス軟窒化処理では、鉄鋼部材の加熱中に窒素原子が鉄鋼部材の表層から大気中に放出されて脱窒素を発生しやすい。このため、窒化後の鉄鋼部材において表面からの硬化深さが浅くなってしまい、鉄鋼部材の表層の硬さが低くなってしまう。
【0006】
これを解決するために、鉄鋼部材の表層の深部まで均一かつ高密度に窒素原子を短時間で浸透させることができる窒化処理方法が開発されている(例えば、特許文献1参照)。この窒化処理方法は、第一窒化処理工程と第二窒化処理工程とを連続して処理するものとしている。
【0007】
第一窒化処理工程では、アンモニアガスを高濃度に含む窒化処理ガス雰囲気で、鉄鋼部材をレーザ加熱により部分的に加熱する。第二窒化処理工程では、第一窒化処理工程の窒化処理ガスよりもアンモニアガスを低濃度に含む窒化処理ガス雰囲気で、鉄鋼部材をレーザ加熱により部分的に加熱する。これにより、第一窒化処理工程で、鉄鋼部材の表層に多数の窒素原子を固溶させ、続いて第二窒化処理工程で、鉄鋼部材の表層に固溶した窒素原子を表層内において均一に拡散させるようにしている。
【0008】
この窒化処理方法によれば、第二窒化処理工程において、鉄鋼部材の表層から窒化処理ガス雰囲気に放出される窒素原子の数と、窒化処理ガスから鉄鋼部材の表層に侵入する窒素原子の数とのバランスが保たれる。このように、第二窒化処理工程では、鉄鋼部材の表層中の窒素原子の数を一定に維持したまま、窒素原子が表層において拡散される。
【0009】
これにより、図5(b)に示すように、鉄鋼部材100の表層101の表面部101aから深部101bに至るまで、効率良く短時間で均一かつ高密度に窒素原子を拡散させることができる。このため、図5(a)に示すように、鉄鋼部材100の表層101の深部101bまで、母材102に比べて高い硬度を保有することができるようになる。
【0010】
また、この窒化処理方法では、鉄鋼部材の加熱は、レーザ加熱または高周波誘導加熱により局所的に行われている。このため、鉄鋼部材の冷却時には急冷されるので、鉄鋼部材の全体を加熱する場合に比べて処理時間の長時間化を抑えることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2007−238969号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上述のような窒化処理方法にあっては、窒素原子が厚く高密度に拡散した硬度の高い表層101と、窒素原子の拡散していない硬度の低い母材102とが直接接して積層している。このため、表層101と母材102との間で硬さおよび熱膨張率について急激な勾配を有するようになるので、例えば、この鉄鋼部材100が加熱されたときに、表層101に亀裂が入るおそれがあるという問題があった(図5(a)参照)。
【0013】
また、上述した窒化処理方法をステンレス材に対して適用した場合、窒化処理ガスの窒化ポテンシャルが高いので、加熱されたステンレス材の表層に多数の窒素原子が入り込む。そして、窒素原子はステンレス材に含有されるクロム原子に化合し、表層において窒化クロム(CrN)を生成する。
【0014】
ここで、クロム原子と窒素原子との結合力は鉄原子と窒素原子との結合力に比べて強いので、大部分の窒素原子はクロム原子に化合する。このため、自由な窒素原子は殆ど存在せず、窒素原子が母材の深部に拡散する前にクロム原子に捉えられてしまう。さらに、上述した窒化処理方法では冷却時に急冷されるので、窒素原子や窒化クロムが拡散する時間が非常に短くなってしまう。
【0015】
自由な窒素原子が少ないことおよび窒素原子や窒化クロムの拡散する時間が短いことにより、窒化クロムが厚く高密度に拡散した硬度の高い表層と、窒素クロムの拡散していない硬度の低い母材とが直接接して積層するようになる。よって、表層と母材との間で硬さおよび熱膨張率について急激な勾配を有するようになるので、例えば、このステンレス材が加熱されたときに、表層に亀裂が入るおそれがあるという問題があった。
【0016】
さらには、冷却時に急冷することにより、ステンレス材にマルテンサイトが含まれるおそれがある。この場合は、マルテンサイトが含まれない場合に比べて靱性が劣るおそれがあるという問題があった。
【0017】
本発明は、上述のような従来の問題を解決するためになされたもので、窒化処理を施した表層が割れないようにしたステンレス材の窒化処理方法および窒化処理材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明に係るステンレス材の窒化処理方法は、上記目的達成のため、(1)窒化処理ガス雰囲気においてステンレス材を加熱して均熱保持する加熱工程と、前記ステンレス材を冷却する冷却工程とを有するステンレス材の窒化処理方法において、前記加熱工程の前記窒化処理ガスは、アンモニアガスと窒素ガスとの混合ガスであり、前記加熱工程の加熱温度は、前記ステンレス材が窒素に対してオーステナイト相となる温度であり、前記冷却工程の冷却は、徐々に冷却する徐冷であることを特徴とする。
【0019】
図4に示すように、ステンレス材の窒素含有率は、フェライト相(α相)では最大でも0.1wt%であるのに対し、オーステナイト相(γ相)では最大で2.8wt%となる。このため、本発明の構成では、加熱工程においてステンレス材がオーステナイト相にまで加熱されるので、窒化処理ガスの窒素原子がステンレス材の表層に容易かつ多量に入り込むようになる。
【0020】
表層に入り込んだ窒素原子の中の一部の窒素原子は、クロムと化合して窒化クロムを生成する。また、表層に入り込んだ窒素原子の中の窒化クロムを生成しなかった窒素原子は、窒素原子のままでステンレス材に固溶する。
【0021】
窒化処理ガスはアンモニアガスと窒素ガスの混合ガスであるので、アンモニアガスのみからなる場合に比べて窒化ポテンシャルが低い。このため、過剰な窒素原子がステンレス材の表層に入り込むことが抑制されるので、高密度の窒化層が厚くなって表層が割れやすくなることを防止できる。
【0022】
冷却工程では、ステンレス材が徐冷されるので、固溶した窒素原子が徐々に析出するようになる。析出した窒素原子はクロムと化合して、窒化クロムを生成する。この窒化クロムが表層から母材に向けて、微細分散されて拡散する。
【0023】
このため、表層と母材との間に緩衝層が形成されるようになる。この緩衝層は、表層側には高密度に微細分散された窒化クロムを含有するとともに、母材側には低密度に微細分散された窒化クロムを含有するものとなる(図1(a)参照)。この緩衝層は、表層側と母材側とで窒化クロムの濃度勾配を有している。
【0024】
窒化クロムの密度と相関して、表層の硬度は高く、母材の硬度は低くなる。緩衝層は、表層側は硬度が高く、母材側は硬度が低くなるように、硬度の勾配を有する。このため、緩衝層の濃度勾配により緩衝層は高靱性を有するようになり、表層と母材との間でクッションとして作用するようになる。これにより、従来のように高密度の窒化層からなる表層が母材に直接形成されている場合に比べて、表層が割れにくくなる。
【0025】
上記(1)に記載のステンレス材の窒化処理方法においては、(2)前記徐冷は、前記ステンレス材がフェライトを含む組織となる冷却速度であることが好ましい。この構成により、冷却速度が緩やかであるので、従来のようにステンレス材を急冷してマルテンサイトが含まれる場合に比べ、靱性を向上することができる。
【0026】
上記(1)または(2)に記載のステンレス材の窒化処理方法においては、(3)前記徐冷は4℃/分〜5℃/分の冷却速度であることが好ましい。
【0027】
ここで、冷却速度が4℃/分より遅いと、室温に放置する自然冷却よりも遅くなることから、保温しながら冷却しなければならず、自然冷却よりもコストが掛かってしまう。また、冷却速度が5℃/分より早いと、ステンレス材にマルテンサイトが生じてステンレス材の靱性が低下してしまうおそれがある。
【0028】
このため、徐冷の冷却速度は、好ましくは4℃/分〜5℃/分であり、より好ましくは4.5℃/分程度である。この構成により、高靱性のステンレス材を安価に得ることができる。
【0029】
上記(1)から(3)に記載のステンレス材の窒化処理方法においては、(4)前記加熱工程の前記加熱温度は590℃から前記ステンレス材の融点までの範囲内であることが好ましい。この構成により、ステンレス材を窒素に対するオーステナイト相にすることができる。
【0030】
上記(1)から(4)に記載のステンレス材の窒化処理方法においては、(5)前記加熱工程で前記均熱保持する時間は30分〜3時間であることが好ましい。
【0031】
ここで、均熱保持する時間が30分より短いと、窒素原子のステンレス材の表層への入り込み数が不十分になり、表層の強度が低下してしまう。また、均熱保持する時間が3時間より長いと、窒素原子のステンレス材の表層への入り込み数が過剰になり、高密度の窒化層が厚くなって表層が割れやすくなってしまう。
【0032】
このため、均熱保持する時間は、好ましくは30分〜3時間であり、より好ましくは2時間である。この構成により、ステンレス材の表層の強度および靱性を最適化することができる。
【0033】
上記(1)から(5)に記載のステンレス材の窒化処理方法においては、(6)前記窒化処理ガスの前記アンモニアガスの含有率は10体積%〜95体積%であることが好ましい。
【0034】
ここで、窒化処理ガスのアンモニアガスの含有率が10体積%より少ないと、窒化処理ガス中の窒素原子の量が不十分で窒化ポテンシャルが低すぎるので、ステンレス材の表層の窒化が不十分で強度が不足してしまう。また、窒化処理ガスのアンモニアガスの含有率が95体積%より多いと、窒化処理ガス中の窒素原子の量が多すぎて窒化ポテンシャルが高すぎるので、窒素原子のステンレス材の表層への入り込み数が過剰になり、高密度の窒化層が厚くなって表層が割れやすくなってしまう。
【0035】
このため、窒化処理ガスのアンモニアガスの含有率は、好ましくは10体積%〜95体積%であり、より好ましくは50体積%である。この構成により、窒化処理ガスの窒化ポテンシャルを最適化して、ステンレス材の表層の強度および靱性を最適化することができる。
【0036】
上記(1)から(6)に記載のステンレス材の窒化処理方法においては、(7)前記ステンレス材はフェライト系であることが好ましい。これにより、フェライト系ステンレス材において表層が割れにくい窒化処理材を得ることができる。
【0037】
本発明に係る窒化処理材は、上記目的達成のため、(8)上記(1)ないし上記(7)のいずれかに記載のステンレス材の窒化処理方法により窒化処理を施されたステンレス材からなる窒化処理材であって、表層と、緩衝層と、母材とが順に積層されてなるとともに、前記表層は、高密度に微細分散された窒化クロムを含有し、前記緩衝層は、前記表層に接する表層側と前記母材に接する母材側とを有し、前記表層側が高密度に微細分散された前記窒化クロムを含有するとともに、前記母材側が低密度に微細分散された前記窒化クロムを含有し、前記表層側から前記母材側に向かって前記窒化クロムの濃度が低濃度に変化する前記窒化クロムの濃度勾配を有することを特徴とする。
【0038】
この構成により、緩衝層の窒化クロムの濃度勾配により緩衝層は高靱性を有するようになる。この緩衝層が表層と母材との間でクッションとして作用するようになるので、従来のように高密度の窒化層からなる表層が母材に直接形成されている窒化処理材に比べて、表層が割れにくい窒化処理材を得ることができる。
【発明の効果】
【0039】
本発明によれば、窒化クロムの濃度勾配により高靱性を有する緩衝層を表層と母材との間に備えるようになるので、この緩衝層が表層と母材との間でクッションとして作用するようになる。これにより、窒化処理を施した表層が割れないようにしたステンレス材の窒化処理方法およびこの窒化処理方法により窒化処理を施した窒化処理材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の実施の形態に係る窒化処理材の表層、緩衝層、母材を示す図であり、(a)は表面からの深さと、黒点で模式的に示す窒化クロムの分布密度および材質の硬さとの関係を示す模式図であり、(b)は断面を示す顕微鏡写真である。
【図2】本発明の実施の形態に係るステンレス材の窒化処理方法の手順を示すフローチャートである。
【図3】本発明の実施の形態に係るステンレス材の窒化処理方法により窒化処理を施す際の処理時間と温度との関係を示すグラフである。
【図4】本発明の実施の形態に係る鉄−窒素系状態図である。
【図5】従来の窒化処理材の表層および母材を示す図であり、(a)は表面からの深さと硬さとの関係を示す模式図であり、(b)は断面を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下、本発明の窒化処理材の実施の形態について、図面を参照して説明する。
【0042】
まず、本実施の形態に係る窒化処理材1の構成について説明する。
【0043】
図1(b)に示すように、この窒化処理材1は、フェライト系のステンレス材からなり、表層2と、緩衝層3と、母材4とが順に積層されて構成されている。図1(a)に示すように、表層2は、高密度に微細分散された窒化クロム5を含有する。
【0044】
緩衝層3は、表層2に接する表層側3aと母材4に接する母材側3bとを有する。表層側3aは、高密度に微細分散された窒化クロム5を含有するとともに、母材側3bは低密度に微細分散された窒化クロム5を含有する。これにより、緩衝層3は、表層側3aから母材側3bに向かって窒化クロム5の濃度が低濃度に変化する窒化クロム5の濃度勾配を有している。
【0045】
また、窒化クロム5の密度と相関して、表層2の硬度は高く、母材4の硬度は低くなっている。緩衝層3は、表層側3aは硬度が高く、母材側3bは硬度が低くなるように、硬度の勾配を有している。
【0046】
本実施の形態に係る窒化処理材1によれば、窒化クロム5の濃度勾配により高靱性を有する緩衝層3を表層2と母材4との間に備えるようになるので、この緩衝層3が表層2と母材4との間でクッションとして作用するようになる。これにより、従来のように高密度の窒化層からなる表層が母材に直接形成されている窒化処理材に比べて、表層2が割れにくい窒化処理材1を得ることができる。
【0047】
次に、本発明の実施の形態に係るステンレス材の窒化処理方法により、ステンレス材に窒化処理を施して上述した窒化処理材1を形成する方法について、図2に示すフローチャートを参照して説明する。
【0048】
ステンレス材の窒化処理方法は、準備工程と、加熱工程と、冷却工程とを備え、これらを同じ密閉炉にて順に処理するものとしている。また、本実施の形態では、ガス窒化法により窒化処理を行うものとしている。この窒化処理方法により、ステンレス材に窒化処理を施して窒化処理材1を得ることができる。
【0049】
まず、準備工程では、密閉炉に処理対象であるフェライト系のステンレス材が載置され(ステップS1)、窒化処理ガスとしてアンモニアガスと窒素ガスとの混合ガスが密閉炉内に導入される(ステップS2)。この窒化処理ガスのアンモニアガスの含有率は、50体積%となっている。
【0050】
加熱工程は、窒化処理ガス雰囲気においてステンレス材を加熱して均熱保持するものとされている。加熱工程では、まず密閉炉内の加熱が開始される(ステップS3)。図3に示すように、密閉炉の加熱は、昇温期20と、均熱保持期21との2つの段階を経て行われる。
【0051】
昇温期20では、ステンレス材を820℃まで急速に加熱する(ステップS4)。均熱保持期では、ステンレス材を820℃に2時間維持する(ステップS5)。加熱により、窒化処理ガス中のアンモニアガスが窒素ガスと水素ガスとに分解される。
【0052】
ここで、ステンレス材の窒素含有率は、フェライト相(α相)11では最大でも0.1wt%であるのに対し、オーステナイト相(γ相)10では最大で2.8wt%となる(図4参照)。そして、ステンレス材はオーステナイト相10まで加熱されるので、表層2から窒素原子が容易に入り込むようになる。表層2に入り込んだ窒素原子の一部は、ステンレス材の成分であるクロムと化合して窒化クロム5を生成する。また、表層2に入り込んでクロムと化合しなかった窒素原子は、窒素原子のままステンレス材に固溶する。
【0053】
さらに、冷却工程では、密閉炉内の徐冷が行われる(ステップS6)。本実施の形態では、820℃から20℃までを約3時間程度で緩やかな早さ、すなわち約4.4℃/分の冷却速度で冷却されるようにしている(図3中、符号22)。また、冷却工程においては、密閉炉には窒素ガスのみが充填される。
【0054】
ステンレス材が徐冷されることにより、表層2で固溶していた窒素原子が析出し、クロムと化合して窒化クロム5を生成する。この窒化クロム5が微細分散されて、表層2から深部に向けて拡散する。
【0055】
このため、表層2と母材4との間に、表層側3aには高密度に微細分散された窒化クロム5を含有するとともに、母材側3bには低密度に微細分散された窒化クロム5を含有する緩衝層3が形成されるようになる。この緩衝層3は、表層側3aと母材側3bとで窒化クロム5の濃度勾配を有している。これにより、図1(b)に示す窒化処理材1を得ることができる。
【0056】
以上のように、本実施の形態に係るステンレス材の窒化処理方法によれば、窒化処理ガスはアンモニアガスと窒素ガスの混合ガスであるので、アンモニアガスのみからなる場合に比べて窒化ポテンシャルが低い。このため、過剰な窒素原子がステンレス材の表層2に入り込むことが抑制されるので、高密度の窒化層が厚くなって表層2が割れやすくなることを防止できる。
【0057】
また、本実施の形態に係るステンレス材の窒化処理方法によれば、加熱工程の加熱温度は820℃であるので、ステンレス材を窒素に対するオーステナイト相10にすることができる。よって、窒化処理ガスの窒素原子がステンレス材の表層2に容易かつ多量に入り込むようになる。
【0058】
また、本実施の形態に係るステンレス材の窒化処理方法によれば、加熱工程において、均熱保持する時間は2時間であるので、ステンレス材の表層2の強度および靱性を最適化することができる。
【0059】
また、本実施の形態に係るステンレス材の窒化処理方法によれば、加熱工程において、窒化処理ガスのアンモニアガスの含有率は50体積%であるので、窒化処理ガスの窒化ポテンシャルを最適化して、ステンレス材の表層2の強度および靱性を最適化することができる。
【0060】
また、本実施の形態に係るステンレス材の窒化処理方法によれば、冷却工程では、ステンレス材が徐冷されるので、固溶した窒素原子が徐々に析出するようになる。析出した窒素原子はクロムと化合して、窒化クロム5を生成する。この窒化クロム5が表層2から母材4に向けて、微細分散されて拡散する。このため、表層2と母材4との間に、窒化クロム5の濃度勾配を有する緩衝層3が形成されるようになる。この緩衝層3の濃度勾配により緩衝層3は高靱性を有するようになり、表層2と母材4との間でクッションとして作用するようになる。
【0061】
また、本実施の形態に係るステンレス材の窒化処理方法によれば、冷却工程での徐冷は、冷却速度が緩やかであるので、従来のようにステンレス材を急冷してマルテンサイトが含まれる場合に比べ、靱性を向上することができる。さらに、徐冷の冷却速度は、4.4℃/分程度であるので、高靱性のステンレス材を安価に得ることができる。
【0062】
ここで、上述した本実施の形態のステンレス材の窒化処理方法においては、加熱工程の加熱温度を820℃としたが、本発明に係るステンレス材の窒化処理方法においては、これに限られず、例えば、加熱工程の加熱温度を590℃からステンレス材の融点までの範囲内としてもよい。この場合も、ステンレス材を窒素に対するオーステナイト相10にすることができる。
【0063】
また、上述した本実施の形態のステンレス材の窒化処理方法においては、加熱工程の均熱保持時間を2時間としたが、本発明に係るステンレス材の窒化処理方法においては、これに限られず、例えば、加熱工程の均熱保持時間を30分〜3時間としてもよい。
【0064】
ここで、均熱保持する時間が30分より短いと、窒素原子のステンレス材の表層2への入り込み数が不十分になり、表層2の強度が低下してしまう。また、均熱保持する時間が3時間より長いと、窒素原子のステンレス材の表層2への入り込み数が過剰になり、高密度の窒化層が厚くなって表層2が割れやすくなってしまう。
【0065】
このため、均熱保持する時間は、好ましくは30分〜3時間であり、より好ましくは2時間である。この構成により、ステンレス材の表層2の強度および靱性を最適化することができる。
【0066】
また、上述した本実施の形態のステンレス材の窒化処理方法においては、加熱工程の窒化処理ガスのアンモニアガスの含有率を50体積%としたが、本発明に係るステンレス材の窒化処理方法においては、これに限られず、例えば、加熱工程の窒化処理ガスのアンモニアガスの含有率を10体積%〜95体積%としてもよい。
【0067】
ここで、窒化処理ガスのアンモニアガスの含有率が10体積%より少ないと、窒化処理ガス中の窒素原子の量が不十分で窒化ポテンシャルが低すぎるので、ステンレス材の表層2の窒化が不十分で強度が不足してしまう。また、窒化処理ガスのアンモニアガスの含有率が95体積%より多いと、窒化処理ガス中の窒素原子の量が多すぎて窒化ポテンシャルが高すぎるので、窒素原子のステンレス材の表層2への入り込み数が過剰になり、高密度の窒化層が厚くなって表層2が割れやすくなってしまう。
【0068】
このため、窒化処理ガスのアンモニアガスの含有率は、好ましくは10体積%〜95体積%であり、より好ましくは50体積%である。この構成により、窒化処理ガスの窒化ポテンシャルを最適化して、ステンレス材の表層2の強度および靱性を最適化することができる。
【0069】
また、上述した本実施の形態のステンレス材の窒化処理方法においては、冷却工程の冷却速度を約4.4℃/分としたが、本発明に係るステンレス材の窒化処理方法においては、これに限られず、例えば、冷却工程の冷却速度を4℃/分〜5℃/分としてもよい。
【0070】
ここで、冷却速度が4℃/分より遅いと、室温に放置する自然冷却よりも遅くなることから、保温しながら冷却しなければならず、自然冷却よりもコストが掛かってしまう。また、冷却速度が5℃/分より早いと、ステンレス材にマルテンサイトが生じてステンレス材の靱性が低下してしまうおそれがある。
【0071】
このため、徐冷の冷却速度は、好ましくは4℃/分〜5℃/分であり、より好ましくは4.5℃/分程度である。この構成により、高靱性のステンレス材を安価に得ることができる。
【0072】
また、上述した本実施の形態のステンレス材の窒化処理方法においては、フェライト系のステンレス材を用いたが、本発明に係るステンレス材の窒化処理方法においては、これに限られず、例えば、マルテンサイト系のステンレス材を用いてもよい。
【0073】
以上説明したように、本発明に係るステンレス材の窒化処理方法および窒化処理材は、窒化処理を施した表層が割れないようにしたステンレス材の窒化処理方法および窒化処理材全般に有用である。
【符号の説明】
【0074】
1 窒化処理材(ステンレス材)
2 表層
3 緩衝層
3a 表層側
3b 母材側
4 母材
5 窒化クロム
10 オーステナイト相(γ相)
11 フェライト相(α相)
S3 加熱工程
S6 冷却工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化処理ガス雰囲気においてステンレス材を加熱して均熱保持する加熱工程と、前記ステンレス材を冷却する冷却工程とを有するステンレス材の窒化処理方法において、
前記加熱工程の前記窒化処理ガスは、アンモニアガスと窒素ガスとの混合ガスであり、
前記加熱工程の加熱温度は、前記ステンレス材が窒素に対してオーステナイト相となる温度であり、
前記冷却工程の冷却は、徐々に冷却する徐冷であることを特徴とするステンレス材の窒化処理方法。
【請求項2】
前記徐冷は、前記ステンレス材がフェライトを含む組織となる冷却速度であることを特徴とする請求項1に記載のステンレス材の窒化処理方法。
【請求項3】
前記徐冷は、4℃/分〜5℃/分の冷却速度であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のステンレス材の窒化処理方法。
【請求項4】
前記加熱工程の前記加熱温度は、590℃から前記ステンレス材の融点までの範囲内であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1の請求項に記載のステンレス材の窒化処理方法。
【請求項5】
前記加熱工程で前記均熱保持する時間は30分〜3時間であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1の請求項に記載のステンレス材の窒化処理方法。
【請求項6】
前記窒化処理ガスの前記アンモニアガスの含有率は、10体積%〜95体積%であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1の請求項に記載のステンレス材の窒化処理方法。
【請求項7】
前記ステンレス材はフェライト系であることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1の請求項に記載のステンレス材の窒化処理方法。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1の請求項に記載のステンレス材の窒化処理方法により窒化処理を施されたステンレス材からなる窒化処理材であって、
表層と、緩衝層と、母材とが順に積層されてなるとともに、
前記表層は、高密度に微細分散された窒化クロムを含有し、
前記緩衝層は、前記表層に接する表層側と前記母材に接する母材側とを有し、前記表層側が高密度に微細分散された前記窒化クロムを含有するとともに、前記母材側が低密度に微細分散された前記窒化クロムを含有し、前記表層側から前記母材側に向かって前記窒化クロムの濃度が低濃度に変化する前記窒化クロムの濃度勾配を有することを特徴とする窒化処理材。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−246524(P2012−246524A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−117986(P2011−117986)
【出願日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】