説明

ステンレス繊維基材の摩擦材

【課題】 高速・高負荷時における制動力の低下の少ないステンレス繊維基材の摩擦材を提供する。
【解決手段】 繊維基材と摩擦調整剤と結合剤とを有し、繊維基材としてステンレス繊維を含んでいるステンレス繊維基材の摩擦材であって、摩擦調整剤としてコークスを含み、かつカシューダストを含んでいない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維基材と摩擦調整剤と結合剤とを有し、繊維基材としてステンレス繊維を含んでいるステンレス繊維基材の摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、様々な摩擦材が知られており、例えば特許文献1,2に記載の摩擦材が知られている。
特許文献1に記載の摩擦材は、繊維基材としてステンレス繊維を含み、かつスチール繊維を含んでいないステンレス繊維基材の摩擦材である。ステンレス繊維基材の摩擦材は、スチール繊維基材の摩擦材に比べて押圧力に対する歪み量がリニアであって、とりわけ高速・高温時の押圧力における歪み量がリニアである。そのためステンレス繊維基材の摩擦材は、ドライバーにおける効きフィーリングがスチール繊維基材の摩擦材に比べて優れている。
しかしステンレス繊維基材の摩擦材は、スチール繊維基材の摩擦材に比べて摩擦係数が高いために、高速・高負荷時において高い熱を発生する傾向にある。そして有機材であるカシューダストが摩擦調整剤として摩擦材に含まれているために、カシューダストが高速・高負荷時にて発生した熱によって溶融し、摩擦材摺動面に被膜を形成し、高速・高負荷時における効きダレ(制動力の低下)の原因になっていた。
【0003】
特許文献2に記載の摩擦材は、摩擦調整剤として平均粒子径50〜150μmの石油コークスを有している。したがって摩擦材は、石油コークスによって高温域における耐摩耗性が高くなり、高温域における摩擦係数が高くなっている。しかし特許文献2に記載の摩擦材は、ステンレス繊維基材の摩擦材ではなく、スチール繊維基材の摩擦材であって、ステンレス繊維基材の摩擦材に比べて摩擦係数が低かった。
【特許文献1】特開2005−24005号公報
【特許文献2】特開2004−155843号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、高速・高負荷時における制動力の低下の少ないステンレス繊維基材の摩擦材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決するために本発明は、各請求項に記載の通りの構成を備えるステンレス繊維基材の摩擦材であることを特徴とする。
すなわち請求項1に記載の発明によると、繊維基材としてステンレス繊維基材を含んでいるステンレス繊維基材の摩擦材であって、摩擦調整剤としてコークスを含み、かつカシューダストを含んでいない。
したがって本発明に係る摩擦材は、ステンレス繊維を含んでいるために、スチール繊維を主とする摩擦材等に比べて摩擦係数が高い。しかし摩擦係数が高いために高速・高負荷時に高熱を発生する傾向にある。ところが摩擦材には、有機材であるカシューダストが含まれていない。そのため高速・高負荷時の高熱によってカシューダストが溶融し、カシューダストが原因で効きダレが生じるという現象が発生せず、制動力の低下が少ない。
【0006】
また摩擦材には、カシューダストに代えてコークスが含まれており、コークスによってカシューダストの特質が代替されている。例えば、カシューダストは、摩擦材内の気孔率を向上させる特質を有しているが、コークスは、多孔質であって摩擦材内の気孔率を確保できる。そのため摩擦材の気孔率が十分に高くなり、フェード現象が抑制され得る。またカシューダストは、摩擦材の弾性率を向上させる特質を有しているが、コークスもゴム変性フェノール樹脂との併用によって摩擦材の弾性率を向上させる性質を有していることが実験からわかった。そのためカシュ−ダストを用いなくても、摩擦材の弾性率の向上によって、ブレーキ鳴きを抑制し得るという効果も奏する。
【0007】
請求項2に記載の発明によると、コークスの平均粒子径が500〜3000μmである。
したがってコークスの平均粒子径を500μm以上にすることによって、気孔率を効果的に高くすることができる。したがってフェード現象を効果的に抑制することができる。
またコークスの平均粒子径を3000μm以下にすることによって、ステンレス繊維の分散の妨げを小さくすることができる。したがってステンレス繊維が十分に均一されないことで生じ得る摺動面への条跡を小さくすることができる。またステンレス繊維が十分に分散されないことで生じるメタルキャッチによって発生するブレーキ振動を抑制することもできる。
なお従来技術の一つである特許文献2に係る摩擦材に含まれている石油コークスは、摩擦係数を高くするために平均粒子径が150μm以下のものに限定していた。
【0008】
請求項3に記載の発明によると、コークスが、石油コークスであることを特徴とする。
したがって他のコークスを使用する場合に比べて材料コストを安価にすることができる。
【0009】
請求項4に記載の発明によると、ステンレス繊維を5〜15体積%含み、コークスを5〜20体積%含んでいる。
したがって摩擦材は、ステンレス繊維によって十分に摩擦係数が高くなる。そしてコークスによって十分に気孔率が高くなる。
【0010】
請求項5に記載の発明によると、結合剤として、ゴム変性フェノール樹脂を含んでいる。
したがって摩擦材は、カシューダストに代えてコークスとゴム変性フェノール樹脂とを含んでいる。そのため摩擦材は、カシューダストを有している場合と同じ程度に高い弾性率を得ることができ、ブレーキの鳴きを十分に抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明にかかる摩擦材は、繊維基材と摩擦調整剤(充填材)と結合剤を主成分に有している。
繊維基材には、ステンレス繊維が含まれており、好ましくはスチール繊維が含まれていない。また繊維基材としては、ステンレス繊維以外の無機繊維あるいは有機繊維が適宜含まれていても良い。
例えば、無機繊維としては、銅繊維,ガラス繊維,セラミックス繊維(アルミナ−シリカ系セラミックス繊維など),チタン酸カリウム繊維などが適宜含まれ、有機繊維としては、アラミド繊維などが適宜含まれていても良い。
ステンレス繊維の添加量は、5〜15体積%であることが好ましく、繊維基材全体の添加量は、摩擦材の10〜50体積%であることが好ましい。
【0012】
摩擦調整剤(充填剤)としては、コークスが含まれており、かつカシューダストが含まれていない。摩擦調整剤としては、コークス以外の無機充填材、有機充填材、潤滑剤などが適宜含まれていても良い。
例えば、無機充填剤としては、アブレーシブ(アルミナ等など),炭酸カルシウム,水酸化カルシウム,雲母(マイカ),カオリン,タルク、硫酸バリウムなどが適宜含まれていても良い。
有機充填剤としては、ラバーダストなどが適宜含まれていても良い。しかしカシューダストよりも融点の低い有機充填物が含まれていないことが好ましい。
潤滑剤としては、黒鉛(グラファイト),三硫化アンチモン,二硫化モリブデン,二硫化亜鉛などが適宜含まれていても良い。
その他の摩擦調整剤(充填剤)としては、酸化鉄,非鉄金属粉などが適宜含まれていても良い。
【0013】
コークスは、平均粒径の下限が500μmであることが好ましく、より好適には1000μmである。そして平均粒径の上限が3000μmであることが好ましく、より好適には上限が2000μmである。
コークスの含有量は、摩擦材全体の5〜20体積%であることが好ましく、より好適には7〜14体積%である。
コークスの種類としては、コストの関係から石油コークスが好ましく、より好適には、無機添加剤などを含有していない石油コークスである。
グラファイトの配合量は、5〜10体積%であることが好ましい。
【0014】
結合剤としては、ゴム変性フェノール樹脂を用いるが、ゴム変性フェノール樹脂に加えてフェノール樹脂,イミド樹脂,メラミン樹脂,エポキシ樹脂などの中から一種あるいは二種以上含んでいても良い。
好ましくは、結合材として弾性変形に富むゴム変性フェノール樹脂を含み、より好ましくは、ゴム変性フェノール樹脂以外の結合材を含んでいない形態である。
ゴム変性フェノール樹脂の添加量は、摩擦材全体の5〜30体積%であることが好ましく、より好適には10〜20体積%である。
【0015】
摩擦材の製造方法は、先ず、摩擦材原料を乾式にて均一に混合し、原料混合物を得る。混合機としては、アイリッヒミキサー、ユニバーサルミキサー、レーディゲミキサーなどを利用することができる。
次に、原料混合物を予備金型にて予備成形し、予備成形体を得る。
そして予備成形体を成形用金型にて加圧加熱成形し、成形体を得る。加圧加熱成形の成形温度は、130〜200℃、成形圧力は、10〜50MPa、成形時間は、2〜15分である。
次に、成形体を140〜400℃、2〜48時間によって硬化させる。
【0016】
なお本発明のステンレス繊維基材の摩擦材は、自動車、大型トラック、鉄道車両、各種産業機械等のブレーキライニング、クラッチフェーシング、ディスクパッド、制輪子等の各種用途に幅広く用いることができる。
【実施例】
【0017】
以下に、本発明に係る実施例1〜3と比較例を具体的な数字を用いて説明する。
実施例1〜3に係る摩擦材と、比較例に係る摩擦材は、表1に示す原料成分と配合量にて配合された原料混合物から形成されている。
【0018】
【表1】

【0019】
実施例1〜3に係る摩擦材と比較例に係る摩擦材は、表1に示すように基材(繊維基材)としてステンレス繊維を含み、かつスチール繊維を含んでいない。
実施例1〜3に係る摩擦材は、摩擦調整剤としてコークスを含み、かつカシューダストを含んでいない。そして結合剤としてゴム変性フェノール樹脂を含んでいる。一方、比較例は、摩擦調整剤としてカシューダストを含み、結合剤としてストレートフェノール樹脂を含んでいる。
【0020】
実施例1〜3に含まれるコークスは、石油コークスであって、平均粒径が1500±100μmのものを使用した。
実施例1〜3に係る摩擦材は、コークスの配合量が異なっており、実施例1が最も多く(14体積%)、実施例2(10体積%)、実施例3(7体積%)の順に少ない。
【0021】
実施例1〜3と比較例に係る摩擦材の製造方法は、いずれも同じであって、表1に示す原料をユニバーサルミキサーによって5分間乾式にて混合し、原料混合物を得た。そして原料混合物を成形温度160℃、成形圧力200kgf/cm、成形時間10分にて加圧加熱成形し、成形体を得た。その後、成形体を230℃、3時間の条件にて硬化させた。
【0022】
次に、摩擦材の特性を測定し、その測定結果を表2と図1にまとめた。
各特性は、以下のように測定した。
<30kN時圧縮変形量> 摩擦材に30kNの圧力を加え、その時の圧縮方向の変形量を測定し、表2にまとめた。
<JASO一般性能> JASO C−402に従って第1効力試験、第2効力試験、軽積載時効力試験、第1フェードリカバリ試験、第2フェードリカバリ試験、最終効力試験、ウォータリカバリ試験を行い、これら試験における最大摩擦係数を測定し、表2にまとめた。
<第2効力 V=130km試験> JASO C―402に従って初速度130km時における第2効力試験を行い、各液圧(ペダル踏力)における摩擦係数を測定して図1にプロットし、最低摩擦係数を表2にまとめた。
【0023】
【表2】

【0024】
表2の測定結果から以下のことがわかった。
圧縮変形量は、実施例1が最も大きく、実施例2,3の順に小さかった。したがってコークスの配合量が多いほど、摩擦材の弾性変形量が大きくなることがわかった。また実施例1〜3に係る摩擦材は、結合剤としてゴム変性フェノール樹脂を有している。そのためゴム変性フェノール樹脂によっても弾性変形量が増加していることがわかる。
このことからコークスとゴム変性フェノール樹脂を十分に有する摩擦材は、比較例とほぼ同じ圧縮変形量を得ることがわかった。すなわちカシューダストを有していなくても、コークスとゴム変性フェノール樹脂によって十分な圧縮変形量を得ることがわかった。
【0025】
JASO一般性能による最大摩擦係数は、実施例1〜3と比較例との間において差が表れなかった。
第2効力における摩擦係数は、図1に示すように比較例では、高い液圧時において摩擦係数が減少してしまうことがわかった。一方、実施例1〜3では、液圧によらず摩擦係数がほぼ一定であることがわかった。詳しくは、比較例では、1〜3MPaにおいて摩擦係数がほぼ一定であるが、3MPaよりも液圧が高いと液圧の上昇に伴なって摩擦係数が低くなる。特に液圧が6MPaよりも大きい場合において摩擦係数が大きく下がってしまうことがわかった。一方、実施例1〜3に係る摩擦材は、低い液圧においても高い液圧においても十分に高い摩擦係数を維持できることがわかった。
【0026】
上記の原因は、カシューダストであると考えられる。すなわち比較例では、摩擦材に高い液圧が加わって摩擦材が高温になった際に、有機物であるカシューダストが溶融する。そしてカシューダストが摩擦材摺動面に被膜を形成し、効きダレ(制動力の低下)現象を起こしている。一方、実施例1〜3に係る摩擦材には、カシューダストが含まれていないために、このような効きダレ現象が現れない。したがって図1のような結果になったと考えられる。
第2効力の最低摩擦係数は、図1における最低の摩擦係数であって、表2に示すように比較例に係る摩擦材よりも実施例1〜3に係る摩擦材の方が大きいことがわかった。
【0027】
コークスの粒子径による摩擦材の特性の違いを調べるために、下記の摩擦材を準備した。
先ず、「実施例に係る摩擦材」として平均粒子径500〜3000μmのコークスを7〜14体積%含んでいる摩擦材を複数準備した。そして「粒径の小さいコークスを含む摩擦材」として500μmよりも小さい粒径のコークスを7〜14体積%含んでいる摩擦材と、「粒径の大きいコークスを含む摩擦材」として3000μmよりも大きい粒径のコークスを7〜14体積%含んでいる摩擦材とをそれぞれ複数種類準備した。
【0028】
次に、各摩擦材の気孔率を測定し、フェード性能を測定した。
その結果、実施例に係る摩擦材の気孔率は、11〜19体積%であった。一方、粒径の小さいコークスを含む摩擦材の気孔率は、11体積%以下であった。そして小さいコークスを含む摩擦材は、実施例に係る摩擦材に比べて、フェード時におけるガス抜け性が低く、フェード性能が良くないことがわかった。
したがってコークスの平均粒子径を500μm以上にすることによって、摩擦材の気孔率を十分に大きくでき、フェード性能が高くなることがわかった。
【0029】
次に、摩擦材を圧接させたロータの摺動面の条跡を表面粗さ計と目視にて測定した。
その結果、実施例に係る摩擦材を圧接させたロータの摺動面には、条跡がほとんど現れず、摩擦材によって摺動面全体が均一に削れられたことがわかった。一方、粒径の大きいコークスを含む摩擦材を圧接させたロータの摺動面には、条跡が現れることがわかった。
この原因は、摩擦材の製造過程において、粒子径の大きいコークスがステンレス繊維の均一分散を妨害し、ステンレス繊維の不均一にてロータに条跡が現れたと考えられる。
またステンレス繊維が密になった部分は、ロータに対してメタルキャッチが強くなるためにブレーキ振動の発生原因になる。そのためコークスの平均粒子径を3000μm以下にすることによってブレーキ振動を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施例1〜3と比較例における第2効力での液圧と摩擦係数との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維基材と摩擦調整剤と結合剤とを有し、前記繊維基材としてステンレス繊維を含んでいるステンレス繊維基材の摩擦材であって、
前記摩擦調整剤としてコークスを含み、かつカシューダストを含んでいないことを特徴とするステンレス繊維基材の摩擦材。
【請求項2】
請求項1に記載のステンレス繊維基材の摩擦材であって、
コークスの平均粒子径が500〜3000μmであることを特徴とするステンレス繊維基材の摩擦材。
【請求項3】
請求項1または2に記載のステンレス繊維基材の摩擦材であって、
コークスが、石油コークスであることを特徴とするステンレス繊維基材の摩擦材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のステンレス繊維基材の摩擦材であって、
ステンレス繊維を5〜15体積%含み、
コークスを5〜20体積%含んでいることを特徴とするステンレス繊維基材の摩擦材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のステンレス繊維基材の摩擦材であって、
結合材として、ゴム変性フェノール樹脂を含んでいることを特徴とするステンレス繊維基材の摩擦材。



【図1】
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【公開番号】特開2007−56063(P2007−56063A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−239840(P2005−239840)
【出願日】平成17年8月22日(2005.8.22)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】