説明

ステンレス鋼の表面処理方法

ステンレス鋼の表面処理方法
ステンレス鋼の表面処理方法では、熱的に生成された酸化物の層を、熱酸化物層から鉄イオンを溶解するのに有効な組成物に接触させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸洗いの代わりとなるステンレス鋼の表面処理のための方法に関する。この方法では、溶接された継ぎ目及び熱処理された表面の領域におけるスケールや、焼きなまし色/焼き戻し色が、酸化物の耐腐食層へと変えられる。この方法の目的は、金属の消耗のない、改良された耐腐食性である。この方法では、ステンレス鋼の表面は水性かペースト状の溶液/混合物で処理される。この混合物は、典型的には、錯化剤と酸化剤の組み合わせを含む。
【背景技術】
【0002】
たびたびステンレス鋼とも呼ばれる、錆びない鋼は、鉄及びクロムに加えて、さらに、ニッケル、モリブデン、チタン、銅及びその他のような元素を含んでいてもよい鉄の合金である。その処理が本発明の対象の一部をなす、ステンレス鋼合金の必須成分は、鋼の耐腐食性の増強を確保するために約12重量%の最小濃度で存在する元素クロムである。合金中に存在するクロムは、表面において周囲からの酸素と反応し、ワーク材料の表面上に酸化物層を形成する。当該ワーク材料に存在する合金中の約12重量%のクロム含有量により、形成された酸化クロムが常に不浸透性の層を形成することができ、それにより、ワークを腐食から保護する。この保護層は不動態層として知られている。
【0003】
このような不動態層は、一般的には約10分子層の厚さであり、酸化クロムに加えて、10〜55重量%の濃度で酸化鉄を特に含む。不動態層の中の酸化鉄の割合が低いほど、層の耐薬品性は高くなる。
【0004】
200℃より高い温度での酸化性雰囲気下でのステンレス鋼の熱処理は、ワーク材料の進行性の熱酸化をもたらし、酸化物層を形成する。この酸化物層は、基本的に、合金中に存在する各金属の酸化物からなり、その各酸化物の量的比率は、合金中の各金属の量的比率に基本的に対応する。従って、熱的に生成された酸化物の層は、合金にもよるが、約87重量%以内の酸化鉄を含む。これらの酸化物層は、温度の上昇及び処理時間の経過により厚さが成長し、黒色又は灰色の被覆物に至るまでの変色をもたらす。これらは、スケール及び焼きなまし色/焼き戻し色として知られている。
【0005】
このタイプの酸化物層(それらは明らかに酸化クロムより多く酸化鉄を含んでいる)は、腐食に対する耐久性がない。従って、これらの範囲のステンレス鋼は、一般の使用について十分には耐腐食性を有していない。湿った環境では、酸化鉄は水と反応して水酸化鉄と錆びを形成する。
【0006】
ステンレス鋼表面からのスケール及び焼きなまし色/焼き戻し色の一貫した完全な除去は、ステンレス鋼の耐腐食性の原因である完全な不動態層のその後の形成の絶対的な前提条件である。先行技術では、熱酸化物は、研削、ブラッシング、若しくは粒子ブラストによる機械的な洗浄、又は、化学的酸洗い若しくは電解酸洗いによって除去されている。機械的な方法は、洗浄効果が不完全で不十分であり、角、溝及び穴のような到達困難な領域に届かないという欠点を有している。また、小さく、影響を受けやすいワークは容易に破損される。
【0007】
電解酸洗いは、直流電流の媒介により、表層の酸化物層も取り除く電気化学的な溶解を通して金属の最表層のアノード除去をもたらす無機酸の水性混合物を利用する。これらの方法は、直流電流と電解質を通す薄い酸化物層の場合にのみ適用することができる。それらはさらにプラント技術にかなりの設備投資を要求する。それらは、危険物質を使用し、処理して廃棄するのにコスト高であり不便である重金属を含む排水を生じさせる。
【0008】
酸洗いの化学的方法は、酸化物層及びワーク材料の最表層の金属を化学的に溶かして金属的に清浄な表面を形成する。それに続いて均質な不動態層を、ワーク材料を腐食から効果的に保護するために、この金属的に清浄な表面上に形成することができる。化学的酸洗いは、到達困難な領域を含めてワークの全表面を処理することができる。欠点は、酸化物及びワーク材料を溶解することが、人間と環境に相当な危険を示すような、極めて活性が高く危険性が高い化学薬品を必要とするという事実である。
【0009】
ステンレス鋼の化学的酸洗いの基本的な要素は、フッ化水素酸(HF)、若しくは水溶液中でフッ化水素酸を生じる、フッ化水素酸の塩類のフッ化物と、硝酸若しくは過酸化水素のような酸化剤である。フッ化水素酸は、皮膚との比較的軽い接触ですら致命的になりえるという点で、極めて有毒である。硝酸は、酸洗いに使用する際に、肺に非常に有害な亜硝酸ガスを放出する。フッ化水素酸と硝酸は、発煙性の酸であり、そのため、作業場の環境中の空気は、吸引され、特別に処理されなければならない。化学的酸洗いに配置された作業員は、呼吸装置を備えるか、又は備えていない、適切な保護服を着用しなければならず、定期的な医療モニタリングに従う。
【0010】
化学的酸洗いに使用される化学薬品の生産、輸送、保管及び使用を管理する厳密な安全規則がある。化学的酸洗いにおいて生じた排水は、酸洗い液中の高濃度の酸とともに、クロム、鉄、ニッケル、モリブデンのような、合金中の高濃度の重金属をも含んでいる。それらには、廃棄するための高価で不便な化学処理が必要であり、生じた固形物は特別な廃棄物として埋め立てられなければならない。消費した酸洗い溶液は、危険な特別な廃棄物として廃棄されなければならない。
【0011】
日常生活と産業の全ての領域におけるステンレス鋼の使用の大幅な増加と、それに付随する酸洗いの必要の増加を考慮すると、パフォーマンスの点でステンレス鋼の酸洗い方法に匹敵するが、人間と環境に無害な方法は、緊急の需要がある。
【0012】
本発明は、化学的なステンレス鋼表面の処理方法であって、人間と環境に無害であり、達成できる耐腐食性が、得られる耐腐食性の点では先行技術の方法と少なくとも同等でありながら、先行技術のプロセスよりも大きく明確に優れた、処理方法を提供する。
【発明の開示】
【0013】
ステンレス鋼の酸洗いのために従来使用された方法は全て、環境中からの酸素に曝されることにより、清浄な金属表面がその後徐々に所望の品質の不動態層を形成することを目的として、ワーク材料の最表層を含む、既に存在する酸化物層を除去するという概念に基づいている。
【0014】
本発明は、問題を解決するため、新規であり、従来使用されていない方法を採用する。
【0015】
本発明は、基本的に、熱的に生成された既に存在する酸化物層を除去する必要がないという発想から生じる。その代わりに、熱的に生成された酸化物の層における酸化クロムの酸化鉄に対する濃度比が、完全な不動態層におけるその比に少なくとも相当するものである程度まで、熱的に生成された酸化物の層の中の酸化鉄の濃度を減少させることで十分である。熱的に生成された酸化物の層から酸化鉄を選択的に除去することを可能にするため、鉄の酸素との親和力よりも大きな鉄との選択的化学親和力を備える薬品が必要である。これは、酸化鉄を離ればなれに分割することを可能にする。その後、鉄は、熱的に生成された酸化物の層から選択的に除去することができる。
【0016】
驚くべきことに、例えば、有機錯化剤と酸化剤の特定の組み合わせを有する水溶液は、これらの求められる特性を有している。本発明の方法は、ヘマタイトを除く鉄の全ての酸化状態から鉄を選択的に除去することを提供する。ただし、ヘマタイトは、腐食する条件の下でさえ化学的に十分に安定している。従って、ヘマタイトの残留物は、ステンレス鋼の耐腐食性に対する悪影響を有さない。
【0017】
従って本発明は、熱的に生成された酸化物の層を、該熱酸化物層から鉄イオンを選択的に溶解するのに有効な組成物に接触させることを特徴とする、ステンレス鋼の表面処理方法を提供する。
【0018】
2つの前提条件が本発明の理解のために重要であると考えられる。一つは、本発明に従って処理される表面は、熱的に生成された酸化物の層が表れたステンレス鋼表面である。熱的に生成された酸化物の層は、そもそも、主としてステンレス鋼表面を不動態化するはたらきを持つような酸化物を含む層ではない。その反対に、熱的に生成された酸化物の層は、変色をもたらし、かつ、それら自身が腐食に影響を受けやすく、及び/又は、ステンレス鋼表面の腐食感受性を増幅するという、無用で厄介な酸化物層である。従って、耐腐食性を改善する手段の一部として、熱的に生成された酸化物の層は除去されるのが、先行技術において常に存在する絶対的な要求である。本発明は、原理的に先行技術と概念上で異なっているだけではなく、その結果として実際に使用される水溶液の点でも異なっている。これは、先行技術が酸洗い、すなわち、熱酸化物層が完全に除去されるという結果を伴う、ステンレス鋼表面の除去、処理を含んでいるからである。このような方法は、例えば、同一出願人による、ドイツの実用新案DE 92 14 890 U1に記載されている。その文献では、スケール残留物も溶接された継ぎ目に関する変色も観察できなくなるまで、ステンレス鋼表面はリン酸と硫酸を含む溶液により、除去されるように処理される。本発明はそのため、いかなる酸洗い除去も、除去も含んでいない。従って、本発明に従う水溶液中の可能な酸の成分は、常に、重大な除去を起こさないようなものに定められる。これは、例えば、比較的強い酸、すなわち、硝酸/硫酸/リン酸の場合には、本発明に従って作業をする際にこれらの酸を省略することができることを意味する。ただし、熱的に生成された酸化物の層のかなりの除去がない限り、少量は許容することができる。本発明に従えば、比較的弱い酸は、例えばクエン酸の場合は約5重量%以内であるように、比較的低濃度で使用することができる。
【0019】
本発明の目的に用いることができる溶液は、同一出願人による、DE 10 2007 010 538 A1によって異なる方法のために既に提案されている。その方法は、熱酸化物層が最初に形成される温度にステンレス鋼表面が曝された結果として発生することがある無用の着色からステンレス鋼表面を保護するための、最適化された不動態化用の水溶液によるステンレス鋼表面の前処理に関する。従ってその方法は、本発明のプロセスにより処理される、熱的に生成された酸化物の層をまさに発生させない目的を有している。
【0020】
ここでの熱的に生成された酸化物の層は、典型的にはステンレス鋼の熱処理又は溶接の際に生じる種類のスケールや焼きなまし色/焼き戻し色である。これらの表面層は、それらが表面へもたらす変色によって一般に識別される。その表面はさらに、麦わら色の着色を有することがあり、その変色は、表面の熱処理の継続時間及び強度に依存しており、茶色や青色の色相へとさらに移行することがあり得る。
【0021】
高度に合金化された鋼は、約350℃から1200℃以上までの範囲内の焼きなまし/焼き戻し(高温)において、以下のような焼きなまし色/焼き戻し色及び層の厚さを生じさせることが通常観察される。

【0022】
従って、本発明に従って使用される溶液又は混合物の化学組成物は、表面の測定可能な消耗があるものではなく、酸化物層の表面からの鉄イオンの溶け出しが起こるように選択される。従って、本発明のプロセスは、実際には酸洗いプロセスに似ている。しかしながら、先行技術の酸洗いとは対照的に、熱酸化物層が溶けきることはない。従って、本発明は先行技術において用いられる酸洗い液の欠点を伴わないような混合物を利用することができる。
【0023】
この表面からの鉄イオンの溶け出しは、好ましくは、選択的に起こる。ここでの「選択的に」とは、錯化剤が鉄に対して、熱酸化物層中のその他の構成要素(例えばクロム又はニッケル)に対してよりも強い親和力(すなわち、より強い錯化力)を有することを意味する。
【0024】
本発明の溶液/混合物は、典型的には鉄のための錯化剤及び酸化剤の組み合わせを含む。錯化剤は典型的には水溶液中の鉄イオンを錯化することができる化合物である。有用な錯化剤には、特に、ヒドロキシカルボン酸、ホスホン酸、及びさらに有機ニトロスルホン酸が含まれる。
【0025】
好ましい錯化剤は、多座錯化剤である。これらの多座錯化剤は、鉄イオンとキレート錯体を形成することができる。これにより、熱酸化物層中の酸化クロムの酸化鉄に対する比を増加させることができる。
【0026】
適切な錯化剤の例は、さらに、1、2、又は3個のヒドロキシル基と、1、2、又は3個のカルボキシル基とを有するヒドロキシカルボン酸又はその塩を含む。クエン酸は特に適切なヒドロキシカルボン酸である。さらなる適切な錯化剤は、一般式R’−PO(OH)を有するホスホン酸である。ここで、R’は、一価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。一般式R’’[−PO(OH)を有するジホスホン酸も本発明に従って使用することができる。ここで、R’’は、二価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。これらのホスホン酸及び/又はジホスホン酸に加えて又はそれに代えて、これらのホスホン酸及びジホスホン酸の、それぞれの1種以上の塩も、使用することもできる。そのような酸の特に好ましい例は、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸(HEDP)又はその塩である。さらなる適切な錯化剤は、有機ニトロスルホン酸、例えば、ニトロアルキルスルホン酸及びニトロアリールスルホン酸、並びにそれらの塩の部類に属する。メタ−ニトロベンゼンスルホン酸は、特に好ましいニトロアリールスルホン酸である。使用される置換若しくは非置換のアルキル基又はアリール基は、その酸又は塩が水性の溶液/混合物に十分な溶解度を有するように選択されなければならない。従って、炭化水素鎖は12個以下の炭素原子を有するものとすることが好ましい。
【0027】
本発明の組成物は、さらに酸化剤を含んでいてもよい。適切な酸化剤は、例えば、硝酸塩、過酸化化合物、ヨウ素酸塩、セリウム(IV)化合物を、それぞれの酸又は対応する水溶性の塩の形で含む。過酸化化合物の例は、例えば、過酸化物、過硫酸塩、過ホウ酸塩、又は過酢酸塩のような過カルボン酸塩である。酸化剤は、単独でも混合物の形でも用いることができる。
【0028】
ここで使用される「ステンレス鋼」との用語は、相当の比率(例えば約13重量%以上)でクロムを含む鉄合金を指すものと理解される。
【0029】
本発明の溶液/混合物は、さらに、水性の組成物の表面張力を減少させるための1種以上の湿潤剤を含んでいてもよい。適切な湿潤剤の例は、例えば、錯化剤に関して既に記載したニトロアルキルスルホン酸又はニトロアリールスルホン酸を含み、その他に、H−(O−CHR−CH−OHの一般式を有するアルキルグリコール(ここで、Rは水素又は1、2、又は3個の炭素原子を有するアルキル基であり、nは好ましくは1〜5の整数、例えば2又は3である。)である。
【0030】
本発明の目的のための表面処理に有用な、特に適切な組成物は、以下の組成を有する。
すなわち、
少なくとも一種の、1〜3個のヒドロキシル基と1〜3個のカルボキシル基とを有するヒドロキシカルボン酸又はその塩を0.5〜10重量%、特には、3.0〜5.0重量%、
少なくとも一種の、一般構造R’−PO(OH)(ここで、R’は、一価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するホスホン酸若しくはその塩、及び/又は、一般構造R’’[−PO(OH)(ここで、R’’は、二価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するホスホン酸若しくはその塩を0.2〜5.0重量%、特には、0.5〜3.0重量%、
少なくとも一種の、ニトロアリールスルホン酸若しくはニトロアルキルスルホン酸又はその塩を0.1〜5.0重量%、特には、0.5〜3.0重量%、
少なくとも一種の、一般構造H−(O−CHR−CH−OH(ここで、Rは水素又は1〜3個の炭素原子を有するアルキル基であり、nは1〜5である。)を有するアルキルグリコールを0.05〜1.0重量%、特には、0.1〜0.5重量%、並びに、
酸化剤を0.2〜20重量%、特には、0.5〜15重量%、
を含むものであり、その組成物の残部は水である。
【0031】
これらの組成物は追加的に、0.02重量%から2.0重量%の濃度で、好ましくは0.05重量%から1.0重量%の濃度で、さらに湿潤剤を含んでいてもよい。これらの組成物は、任意に一種以上の増粘剤も含んでいてもよい。適切な増粘剤の例は、メチルセルロース及び珪藻土である。そのような増粘剤は混合物の粘性を増加させる役目をする。
【0032】
本発明の方法は、一般的には室温から95℃の温度で行われる。ただし、処理熱酸化物層の相当の除去がないことが常に確保されなければならないものの、その他の温度も考えられる。
【0033】
本発明の表面処理は、典型的には0.5〜7時間にわたって行われる。
【0034】
その表面処理に続いて、ステンレス鋼表面は、一般に水で、典型的には脱イオン水により、洗浄される。
【0035】
酸洗いプロセスは、浸漬液中で行うことができ、又は、洗浄される表面上に対して液体を吹き付けること、滴らせること、若しくは拭くこと、若しくは、適切な増粘剤(メチルセルロース)によりやや濃化された塗り広げられるペーストを塗布することにより行うことができる。
【0036】
浸漬液の適用温度は、好ましくは50℃から95℃の範囲であり、好ましくは50℃から70℃までの範囲である。処理時間は、スケーリングの度合い、処理される合金、及び用いられる温度により依存し、3時間から5時間の範囲である。比較的低い温度では、処理時間は比較的長くすることができる。50℃よりも低い温度は、液の外側での適用の場合にのみ使用される。浸漬液の温度は、浴液のいかなる生物分解をも避けるため、維持された基礎の上で、少なくとも50℃であるべきである。
【0037】
本発明は、さらに、ステンレス鋼のワークの表面(この表面は、熱的に生成された酸化物の層を含む。)の処理のために、鉄のための錯化剤を含んでおり、フッ化水素酸又はフッ化物イオン並びにさらに他のハロゲン化物イオン及び無機酸が基本的にない組成物の使用をも提供する。
【0038】
錯化剤に関して、以上までで説明及び指摘した、組成物のさらなる構成要素、並びに表面処理に関係する手順、前提条件及び特徴は、この方法に適用される。
【0039】
「フッ化水素酸及び/又はフッ化物イオンが基本的にない」という文は、例えばこの組成物がフッ化水素酸を従来の酸洗い剤に存在する組成では含んでいないという意味に理解される。しかしながら、この組成物は完全にフッ化水素酸を含まないことが好ましい。典型的には、この組成物は事実上いかなる無機酸も含まない。
【実施例】
【0040】
実施例1
【0041】
冷間圧延された表面を有し、等級1.4301(AISI 304)である、1mm厚さのステンレス鋼パネル6枚を、1枚のパネルから切り抜き、その後、二つ一組で溶接して3つの試料(A、B、及びC)を形成した。続いて、各試料をアルカリ脱脂し、脱イオン水で洗浄し、乾燥した。
【0042】
試料Aは未処理のままとした。
【0043】
試料Bを、5重量%の塩酸及び15重量%の硝酸、残部水を含む酸洗い溶液に室温で3時間浸漬し、その後、脱イオン水で洗い流し、20重量%の硝酸、残部水を含む不動態化溶液に室温で30分間浸漬した。
最後に、この試料を脱イオン水で洗浄し、乾燥した。
【0044】
試料Cを、以下の組成の溶液に、70℃で3時間浸漬した。
クエン酸 3.3%
ニトロアルキルスルホン酸 2.1%
ヒドロキシエタンジホスホン酸 3.5%
エチレングリコール 0.2%
湿潤剤 0.1%
硝酸マグネシウム六水和物 25%
残部脱イオン水
その後、試料Cを脱イオン水で洗浄し、乾燥した。
【0045】
続いて、試料A、B及びCについて、20000ppmの塩化物を含んでいる人工海水中のAg/AgCl電極に対する孔食電位の動電位測定を、ミリボルトで行った。この測定は、3箇所の部位、すなわち、熱の影響を受けないブランク領域、熱影響領域、及び溶接された継ぎ目の領域において行った。結果を表1に示す。
【0046】
表1 ワーク材料1.4301の孔食電位
【表1】

【0047】
実施例2
【0048】
冷間圧延された表面を有し、等級1.4571(AISI 316 TI)である、1.2mm厚さのステンレス鋼パネル6枚を、1枚のパネルから切り抜き、その後、二つ一組で溶接して3つの試料(D、E、及びF)を形成した。続いて、各試料をアルカリ脱脂し、脱イオン水で洗浄し、乾燥した。
【0049】
試料Dは未処理のままとした。
【0050】
試料Eは試料Bのように処理した。
【0051】
試料Fは試料Cのように処理した。
【0052】
続いて、試料D、E及びFについて、熱の影響を受けないブランク領域、熱影響領域、及び溶接された継ぎ目において、実施例1に記載した孔食電位の測定を行った。
結果を表2に示す。
【0053】
表2 ワーク材料1.4571の孔食電位
【表2】

【0054】
2つの実施例は、本発明の方法(試料C及びF)により処理された表面上において得られた孔食電位は、先行技術の酸洗いプロセス(試料B及びE)の孔食電位と同じかそれよりも高かったことを示している。
【0055】
本発明の方法は、先行技術を代表する酸洗いプロセスに対して、以下の多くの顕著な利点を有する。
【0056】
・使用される化学薬品は危険物質ではない。生産、輸送、保管及び使用はいずれの制限又は特別な警戒を受けない。本発明のプロセスは、どのような場所でも実施することができ、人間と環境のための特別な保護対策は必要としない。
【0057】
・使用される化学薬品は生物分解性であり、また、生じた洗浄水と同様に、廃棄するための特別な費用や不便を必要としない。
【0058】
・使用される化学薬品は、気体としてもにおいとしても大気に悪影響を与えない。
【0059】
・本発明の方法は、既に存在する熱酸化物層から、もっぱら鉄を選択的に溶解する。クロム、ニッケル、モリブデン及びその他の重金属、並びにワーク表面の金属は一般に溶け出さず、放出されない。従って、それらは薬品液や洗浄水に移行しない。既に存在する酸化物層から溶け出した鉄の量は、ごく微量であるため、洗浄水中の鉄の法令による制限には遙かに及ばない。従って、洗浄水は特別な処理を必要としないし、廃棄すべき固形物すなわち重金属を含む有害物を生じない。
【0060】
・溶解する鉄の量は、金属蓄積に起因する溶液の消耗には微量すぎる。処理された表面に付着し、それによりすくい出される化学薬品を、未使用の化学薬品によって補充することにより、溶液中の鉄の濃度は臨界濃度の10%未満に明確に維持される。洗浄水の再利用によって、蒸発を経由して化学薬品を再生することは、容易に可能である。
【0061】
・本発明の方法は、ワーク表面の金属が冒されるものではなく、そのため、この処理は表面の外観及び質に悪影響がない。
【0062】
・既存の酸化物層は除去されないので、ステンレス鋼の十分な耐腐食性は、追加の不動態化処理の必要や、新たな不動態層の形成のための遅延時間なしで、処理の直後から確保される。耐腐食性は、環境からの酸素の有効性に関係なく、直ちに確保される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱的に生成された酸化物の層を組成物で処理するステンレス鋼の表面処理方法であって、前記熱酸化物層を、前記熱酸化物層から鉄イオンを溶解するのに有効な組成物に接触させることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記組成物が、鉄イオンと錯体を形成することができる錯化剤を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記組成物が、さらに酸化剤を含むことを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記組成物が、
少なくとも一種の、1〜3個のヒドロキシル基と1〜3個のカルボキシル基とを有するヒドロキシカルボン酸又はその塩と、
少なくとも一種の、一般構造R’−PO(OH)(ここで、R’は、一価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するホスホン酸若しくはその塩、及び/又は、一般構造R’’[−PO(OH)(ここで、R’’は、二価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するホスホン酸若しくはその塩と、
少なくとも一種の、ニトロアリールスルホン酸若しくはニトロアルキルスルホン酸又はその塩と
からなることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記酸化剤が、硝酸塩、過酸化物、過硫酸塩、過ホウ酸塩、過カルボン酸塩、ヨウ素酸塩、及びセリウム(IV)化合物、からなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物を、それぞれの酸及び/又は塩の形で、含むことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記水溶液が、
少なくとも一種の、1〜3個のヒドロキシル基と1〜3個のカルボキシル基とを有するヒドロキシカルボン酸又はその塩を0.5〜10重量%、
少なくとも一種の、一般構造R’−PO(OH)(ここで、R’は、一価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するホスホン酸若しくはその塩、及び/又は、一般構造R’’[−PO(OH)(ここで、R’’は、二価のアルキル、ヒドロキシアルキル又はアミノアルキル基である。)を有するホスホン酸若しくはその塩を0.2〜5.0重量%、
少なくとも一種の、ニトロアリールスルホン酸若しくはニトロアルキルスルホン酸又はその塩を0.1〜5.0重量%、
少なくとも一種の、一般構造H−(O−CHR−CH−OH(ここで、Rは水素又は1〜3個の炭素原子を有するアルキル基であり、nは1〜5である。)を有するアルキルグリコールを0.05〜1.0重量%、並びに、
酸化剤を0.2〜20重量%
含むものであり、前記溶液の残部が、任意に一種以上の増粘剤を加えることもできる水であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記熱的に生成された酸化物の層を、0.5〜7時間、前記組成物と接触させることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記接触を室温から95℃の範囲の温度で行うことを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
鉄のための錯化剤を含んでおり、フッ化水素酸又はフッ化物イオンが実質的にない組成物の使用であって、ステンレス鋼であるワークの、熱的に生成された酸化物の層を含む表面を処理するための使用。

【公表番号】特表2012−506951(P2012−506951A)
【公表日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−533578(P2011−533578)
【出願日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際出願番号】PCT/EP2009/007402
【国際公開番号】WO2010/049065
【国際公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【出願人】(507313294)ポリグラット ゲーエムベーハー (8)
【Fターム(参考)】