説明

ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤおよびその製造方法

【課題】 ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤに係わり、溶接した際に生成するスラグ中の水に可溶性の6価Cr量の低減を図ったステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】 オーステナイト系ステンレス鋼外皮内にフラックスが充填され、該外皮およびフラックスに含有されるCrを合計で12〜32質量%含有するステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、外皮およびフラックスに合計で、Nを0.005〜0.06%、Na化合物およびK化合物のNa換算値およびK換算値の1種または2種の合計で0.01〜0.5%を含有し、Caが0.01%以下で、前記Cr、N、Na換算値、K換算値およびCaが下記式のD値で60以下であることを特徴とする。
D=1.5Cr−800N+1950Ca+87(Na+K)・・・(式)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤに係わり、溶接した際に生成するスラグの水に可溶性の6価Cr(以下、溶出Crという。)量の低減を図ったステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フラックス入りワイヤは、高能率で良好な溶接作業性が得られることから、被覆アーク溶接棒の需要から置換が進み、特にステンレス鋼の溶接の場合、最も使用量が多い溶接材料である。また、生成するスラグ量が被覆アーク溶接やサブマージアーク溶接に比べ大幅に少ないことから、産業廃棄物として処理されるスラグの低減につながり、造船、建築、車両、容器など多くの分野で使用されている。
【0003】
しかし、溶接スラグの生成量が少ないながらもそのスラグには、有害とされる溶出Crが含有されている。産業廃棄物規制の一例として、東京都特別管理産業廃棄物の鉱さいでは、令第2条の4第5号ホにより、溶出Crは1.5mg/リットル以下とされており、溶出Crを非常に低い量に抑える必要がある。
【0004】
この課題を解決する技術として例えば、特許文献1に、Si、Ti、Zr、Cr、NaおよびK量を適正化することで、溶接スラグの溶出Cr量を低減できるステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤが提案されている。しかし、前記技術に記載の溶接スラグの溶出Cr量では環境問題に厳しい規制のかけられた産業廃棄物として適合できない場合があった。
【0005】
また特許文献2には、Mn濃度およびpHを適正化することで、溶接ヒュームからの溶出Cr量を抑制することができるステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤが提案されている。しかし、前記技術では、溶接ヒュームの溶出Crを減少することができても、溶接スラグの溶出Crを低減できないといった課題があった。
【0006】
【特許文献1】特許第3765772号公報
【特許文献2】特開2007−50452号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを用いて溶接した場合に、生成する溶接スラグの溶出Cr量の低減を図ったステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤおよびその製造方法を提供ことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するためにオーステナイト系ステンレス鋼外皮に充填するフラックスの金属およびスラグ剤成分について種々検討を行った。その結果、溶接スラグの溶出Cr量を低減するためには、外皮およびフラックスにNを添加することが有効であることが判明した。Nは、Crと反応して水に不溶性の3価Crの安定化を行い、溶接スラグの溶出Cr量を低減することが明らかとなった。
【0009】
一方、Nの添加は、スラグ剥離性が低下するといった課題が生じたので、更なる検討を加えた。その結果、3価Crの安定化を促進するNに対し、フラックス中に一定量のNa化合物およびK化合物を加えることにより、スラグ剥離性を損なうことなく、溶接スラグの溶出Cr量を低減することが可能になることを見出した。
【0010】
さらに、外皮およびフラックスのCaを低くすることによって溶接スラグの溶出Cr量を低減することも見出した。
【0011】
前記の知見によって、ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤのCr量に対し、N量を適量含有させることで溶接スラグの溶出Crを低減でき、Na化合物およびK化合物からNaおよびKを適量添加し、Caを低くすることで、溶接スラグの溶出Cr量を低減できることが明らかとなった。
【0012】
また製造方法から、溶接スラグの溶出Cr量低減の検討を行った結果、ワイヤの製造過程で、フラックス入りワイヤ素線を水素ガス雰囲気で焼鈍することにより、Crの過還元を行い、溶接スラグの溶出Cr量を更に低減できることを見出した。
【0013】
本発明は以上の知見によりなされたもので、その要旨とするところは次の通りである。
【0014】
(1)オーステナイト系ステンレス鋼外皮内にフラックスが充填され、該外皮およびフラックスに含有されるCrを合計で12〜32質量%含有するステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、外皮およびフラックスに合計で、Nを0.005〜0.06%、Na化合物およびK化合物のNa換算値およびK換算値の1種または2種の合計で0.01〜0.5%を含有し、Caが0.01%以下で、前記Cr、N、Na換算値、K換算値およびCaが下記式(A)のD値で60以下であることを特徴とするステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ。
D=1.5Cr−800N+1950Ca+87(Na+K)・・・式(A)
また、(2)フラックス入りワイヤ素線を水素ガス雰囲気で焼鈍することも特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明のステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤおよびその製造方法によれば、溶接時に生成する溶接スラグの溶出Cr量を低減することができ、溶出Crによる環境汚染を抑制することができるという顕著な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼外皮および充填フラックスの各成分組成それぞれの共存による単独および相乗効果によりなし得たものであるが、以下にそれぞれの各成分組成の添加理由および限定理由を述べる。
【0017】
Crは、ステンレス鋼として最も重要な耐食性を得る目的で添加する。外皮およびフラックスに含有されるCrが12質量%(以下、%という。)未満の場合、生成した溶接スラグの溶出Cr量が1ppm以下となるため課題とならない。一方、32%を超えるとワイヤ製造の縮径時に断線して製造できない。従って、Crは12〜32%とする。
Nは、Crと反応して、水に不溶性の窒化Crを生成し、3価Crの安定化を促進するため溶接スラグの溶出Cr量を低減させる。外皮およびフラックスの合計でNが0.06%を超えると、溶接金属とスラグの間に窒化層が形成するため、スラグの焼付きが生じてスラグ剥離性が悪くなる。一方、0.005%未満では、溶接スラグの3価Crが安定して存在しにくくなるため、溶出Cr量が高くなる。また効果が得られる、より好ましい範囲は0.01〜0.03%である。
【0018】
Na化合物およびK化合物のNa換算値およびK換算値の1種または2種の合計は、アーク長を調整し、アーク安定性を改善する。また、結合力の弱いガラス質なスラグを生成し、スラグの焼付きを低減するため、スラグ剥離性が向上する。従って0.01%以上添加する。一方、0.5%を超えて添加すると、ヒュームの発生量が多くなる。また、スラグ中に共存するNaOおよびKOが3価Crと反応し、溶接スラグの溶出Crを生成するようになる。従って、Na化合物およびK化合物のNa換算値およびK換算値の1種または2種の合計は0.01〜0.5%とする。また効果が得られる、より好ましい範囲は0.1〜0.3%とする。
【0019】
Caが0.01%を超えるとの酸化反応を促進し、スラグ量が過剰になるため、スラグ被包性が悪くなり、ビード形状が凹凸になりビード外観が悪くなる。また、Caは溶接熱で酸化Caとなりスラグ中に共存し3価Crと反応して溶出Crを生成するため、できるだけ低いことが好ましい。
Cr、N、Na換算値、K換算値およびCaが下記式(A)のD値で60以下とする。
【0020】
D=1.5Cr−800N+1950Ca+87(Na+K)・・・式(A)
図1にD値と溶接スラグの溶出Cr量の関係を示す。図1から明らかなようにD値が低くなるにしたがい溶接スラグの溶出Cr量を低減できる。Cr、N、Na換算値、K換算値およびCaから算出されるD値は、フラックス入りワイヤのCr量に対する溶接スラグの溶出Cr量を低減するための指標であり、D値を60以下とすることによって溶接スラグの溶出Cr量を大幅に低減することができる。
【0021】
Na化合物およびK化合物のNa換算値およびK換算値の1種または2種の合計が適正であっても、D値が60を超えるとCr、N、Na、KおよびCaの相乗効果による溶接スラグの溶出Cr量低減効果が不十分であり、溶接スラグの溶出Cr量が多くなる。従ってD値は60以下とする。また効果が得られる、より好ましい範囲は45以下とする。
本発明のステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤとしては、通常用いられるワイヤであれば良く、前記成分の他、溶接対象鋼板成分および溶接金属の機械的性能を満足するために、ワイヤおよびフラックスの合計でC:0.01〜0.1%、Si:0.1〜0.9%、Mn:0.5〜4.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Ni:6〜25%、Mo:5%以下、必要に応じてCu:3%以下を含む。また、フラックスにスラグ剤として、TiO、SiO、ZrO、Al、FeO、Fe、MgOおよび各種金属弗化物などを合計で3.0〜10%程度使用することができる。
【0022】
ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤの製造工程で、フラックス入りワイヤ素線を水素ガス雰囲気で焼鈍することによって、ワイヤ中のCrを過剰に還元させ、溶接後に生成するスラグ中の酸化Crを安定した3価Crとすることができる。Arなどの不活性ガス雰囲気やアンモニア分解ガスなどの活性ガス雰囲気および大気雰囲気では、ワイヤ中のCrが不安定に酸化され、溶接スラグの溶出Cr量が多くなる。図1にフラックス入りワイヤ素線(1.4mm径)を水素ガス雰囲気で焼鈍(焼鈍条件1050℃×1min)した(白丸印)場合と焼鈍なし(黒丸印)の場合との溶接スラグの溶出Cr量の測定結果を示す。前記D値が高い場合においても水素ガス雰囲気で焼鈍することによって溶接スラグの溶出Cr量が低くなることがわかる。
【0023】
フラックス入りワイヤ素線の焼鈍条件は、トンネル型の連続型焼鈍装置や固定炉装置など種々あるが、雰囲気が水素ガスであれば装置形態は問わない。焼鈍温度は800〜1200℃程度とし、保持時間はワイヤ径により異なるが、一例として2mm程度のワイヤ径であれば1分程度行い、その後水冷にて急冷する。長時間焼鈍や複数回の繰り返し焼鈍を行っても、溶着金属性能や溶接作業性には影響しない。
【0024】
以上、本発明のステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤおよびその製造方法の構成要件の限定理由を述べたが、フラックス入りワイヤの製造方法について更に言及すると、例えば外皮を帯鋼より管状に成形する場合には、配合、撹拌、乾燥した充填フラックスをU形に成形した溝に充填した後丸形に成形し、所定のワイヤ径まで伸線する。この際、成形した外皮シームを溶接することで、シームレスタイプのフラックス入りワイヤとすることもできる。また外皮がパイプの場合には、パイプを振動させてフラックスを充填し、伸線途中でワイヤ素線を水素ガス雰囲気で焼鈍したのち所定のワイヤ径まで伸線する。
充填フラックスは、供給、充填が円滑に行えるように、固着剤(珪酸カリおよび珪酸ソーダの水溶液)を添加してボンドフラックス状にして用いることもできる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【0026】
表1に示す化学成分のオーステナイト系ステンレス鋼外皮を用いて表2に示す組成のステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを各種試作した。ワイヤ径は1.2mmとした。なお、フラックス充填率は20〜23%とした。また、ワイヤ製造時の焼鈍はワイヤ素線径1.4mmで水素ガス雰囲気により1000℃×1minの条件で行った。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
ヒューム発生量の測定は、SUS304の板厚20mmを用い、JIS Z 3930に従い、1分間当りのヒューム発生量の測定を行い700mg/min以下を良好とした。
【0030】
溶接スラグの溶出Cr量の測定は、SM490B鋼の板厚20mmを用い、2層バタリングを行い、3層目から生成したスラグを採取して分析に供した。採取したスラグの溶出Cr量の分析方法は、JIS K 0120に規定する6価Cr分析方法に準拠し、ジフェニルカルバジド吸光光度法によって、溶出Cr量を検出した。溶接スラグの溶出Cr量は30ppm以下を良好とした。
【0031】
溶接条件は、溶接電流:180〜250A、シールドガス:COにて実施した。それらの結果を表3にまとめて示す。
【0032】
【表3】

【0033】
表2中ワイヤNo.1〜8が本発明例、ワイヤNo.9〜13は比較例である。本発明であるワイヤNo.1〜8は、Cr、N、Na化合物およびK化合物のNa換算値およびK換算値の合計量、CaおよびD値が適正であるので、アークが安定でヒューム発生量が少なくスラグの溶出Cr量も少ないなど極めて満足な結果であった。
なお、フラックス入りワイヤ製造工程で水素ガス雰囲気での焼鈍をしなかったワイヤNo.8は、ワイヤNo.1〜7に比べて若干スラグの溶出Cr量が高くなった。
【0034】
比較例中ワイヤNo.9は、Nが高いため、スラグの剥離性が悪かった。
【0035】
ワイヤNo.10は、Caが高いので、スラグ被包性が悪くビード外観が不良であった。また、溶出Cr量も高かった。
【0036】
ワイヤNo.11は、Nが低くD値が高いので、溶出Cr量が高かった。
【0037】
ワイヤNo.12は、Na化合物およびK化合物のNa換算値およびK換算値の合計量低いので、アークが不安定でスラグ剥離性が悪かった。また水素ガス雰囲気での焼鈍をしていないので、D値が低いにもかかわらず溶出Cr量がやや高かった。
【0038】
ワイヤNo.13は、Na化合物およびK化合物のNa換算値およびK換算値の合計量高いので、ヒューム発生量が高かった。また、溶出Cr量も高かった。
【0039】
ワイヤNo.14は、D値が高いので、溶出Cr量が高かった。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】D値と溶接スラグの溶出Cr量の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼外皮内にフラックスが充填され、該外皮およびフラックスに含有されるCrを合計で12〜32質量%含有するステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、外皮およびフラックスに合計で、Nを0.005〜0.06%、Na化合物およびK化合物のNa換算値およびK換算値の1種または2種の合計で0.01〜0.5%を含有し、Caが0.01%以下で、前記Cr、N、Na換算値、K換算値およびCaが下記式(A)のD値で60以下であることを特徴とするステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ。
D=1.5Cr−800N+1950Ca+87(Na+K)・・・式(A)
【請求項2】
ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤの製造方法において、請求項1に記載のフラックス入りワイヤ素線を水素ガス雰囲気で焼鈍することを特徴とするステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−154183(P2009−154183A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−334777(P2007−334777)
【出願日】平成19年12月26日(2007.12.26)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】