説明

ステンレス鋼製品の耐食性改善方法

【課題】高度の耐食性を容易に熱交換器の排ガス通路等に付与できる、ステンレス鋼製品の耐食性改善方法を提供すること。
【解決手段】ロウ付け及び/又は溶接組み立て後のステンレス鋼製品(ワーク)の耐食性改善方法であって、下記工程を順次経る。
(1)ワークのめっき予定部位の不動態膜を除去してステンレス基材面を形成する不動態膜除去工程、
(2)めっき予定部位にNi−P系の無電解めっき層を形成する無電解めっき工程、
(3)ステンレス鋼製品を加熱処理して前記無電解めっき層とステンレス基材との間に相互拡散を生じさせる拡散処理工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼製品の耐食性改善方法に関する。特に、排気再循環装置(EGR)等における排ガス熱交換器等の高耐食性が要求される自動車用排気系部品に好適な発明に係る。
【0002】
自動車用排気系部品としては、EGRクーラ・パイプ・バルブ・バイパスバルブやその他排気管、エキゾーストストマニホールド等を挙げることができる。さらに、自動車用排気系部品以外のステンレス鋼製品としては、燃料配管等を挙げることができる。
【0003】
ここでは、排ガス熱交換器を例に採り説明する。
【背景技術】
【0004】
上記で例示したような自動車用排気系部品における排ガス熱交換器では、硫化物を含む高温(400℃以上)のEGRガスおよびその凝縮水に晒されるので、高い耐食性が要求される(特許文献1段落0002)。
【0005】
このため、排ガス熱交換器における耐食性向上に関連する先行技術文献としては、例えば、特許文献1・2等がある。
【0006】
特許文献1には、ステンレス鋼板の熱交換器の成形プレート(部品)の耐腐食性改善が要求されるロウ付け面に、電解Crめっき層(Cr系ロウ材層)と無電解Ni−Pめっき層(Ni系ロウ材層)を形成後、成形プレート(部品)を組み立て、真空炉で組み立て品のNi系ロウ材層を溶融させて、ロウ付け面にNi−Cr−P系合金層を形成する熱交換器の製造方法が開示されている(要約等)。
【0007】
特許文献2には、ステンレス鋼板の熱交換器の成形プレート(部品)に無電解Ni−Pめっき層(Ni系ロウ材層)を形成後、成形プレート(部品)を組み立て、真空炉で組み立て品のNi系ロウ材層を溶融させて、内部拡散によるNi富裕化層を形成する熱交換器の製造方法が開示されている。
【0008】
しかし、特許文献1・2のいずれも、電解乃至無電解めっきを製品組み立て前に行ないめっき層をロウ材として使用する技術であり、本発明の新規性・進歩性(特許法第29条第1・2項)に影響を与えるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−28775号公報
【特許文献2】特開2004−205059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記にかんがみて、先行技術文献に開示若しくは示唆されておらず、高度の耐食性を容易に熱交換器の排ガス通路等に付与できる、ステンレス鋼製品の耐食性改善方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意開発に努力をする過程で、ロウ付けによる製品組立後、無電解めっきを施し、所定条件で加熱処理すれば、良好な耐食性を得ることができるとの知見に基づいて、下記構成のステンレス鋼製品の耐食性改善方法に想到した。
【0012】
ロウ付け及び/又は溶接組み立て後のステンレス鋼製品(ワーク)の耐食性改善方法であって、
(1)該ワークのめっき予定部位の不動態膜を除去してステンレス基材面を形成する不動態膜除去工程
(2)該不動態膜除去工程直後に、前記めっき予定部位にNi−P系の無電解めっき層を形成する無電解めっき工程、
(3)該無電解めっき工程後に、ステンレス鋼製品を熱処理して前記無電解めっき層とステンレス基材面との間で相互拡散を生じさせる拡散処理工程、の各工程を経ることを特徴とする。
【0013】
本発明に係るステンレス鋼製品の耐食性改善方法は、上記構成(発明特定事項)により、熱交換器等のステンレス鋼製品に、後述の実施例で示す如く、容易に高度の耐食性を付与可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明を適用する排ガス熱交換器の一例を示す縦断面図である。
【図2】図1の2−2線断面である。
【図3】図1の伝熱管構成部の分解斜視図である。
【図4】本発明の無電解めっきに先立つ不動態膜除去工程の詳細流れ図である。
【図5】本発明の拡散処理工程の熱処理前後における相互拡散の説明モデル図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。ここでは、図1〜3に示す排ガス熱交換器(多管式)を例に採り説明する。
【0016】
図例の熱交換器11は、角筒胴体14内に、両端に配された導入側・導出側保持板13、15を介して、複数本の伝熱管群19、19・・・が配設されている。角筒胴体14の両端には四角錐台状の導入側・導出側整流筒部(整流部)21、23が接続され、さらに、各整流筒部21、23の端部には導入側・導出側フランジ25、27を備えて、第一流体(高温ガス)が伝熱管群19、19…内を導通可能となっている。
【0017】
また、角筒胴体14の上下には、導入・排出ノズル29、31を備え伝熱管群19、119…の外側に第二流体(冷却水)を導通可能となっている。
【0018】
なお、各伝熱管19は、伝熱効率向上の観点から伝熱管本体19a内に矩形波形の波板の伝熱フィン19bを備えたものである。
【0019】
これらの相互部品間は、殆どがロウ付け接合されている(一部溶接接合されている。)。即ち、フランジと整流筒部、整流筒部と角筒胴体、角筒胴体14と導入・排出ノズル29、31、等は全周に亘り、さらに、伝熱フィン19bと伝熱管本体19aはそれぞれ接合部において、ロウ付け固定されている(図1・2の薄墨着色部)。
【0020】
そして、本実施形態ではロウ付けは、高温流体(排ガス:800℃前後)が流れることを想定して、融点(液相温度)1000℃以上のNi合金ロウを使用する。ロウ付け時の加熱温度は1050〜1200℃とする。
【0021】
ここで、ステンレス鋼としては、汎用の下記フェライト系又はオーステナイト系のステンレス鋼に適用することが望ましい。即ち、本発明は、Cr含量25%以下、さらには、20%以下のフェライト系、又は、Ni含量25%(さらには20%)以下かつCr含量26%以下(さらには20%)以下のオーステナイト系など、インコネルなどの高Ni材に比して低耐食であるステンレス鋼に適用することが、効果が顕著となる。
【0022】
・フェライト系:SUS430・436・444・445系等
・オーステナイト系:SUS304・310・316・321系等
そして、上記構成の熱交換器(ワーク)は、下記のような各工程を経て耐食性を向上させる。
【0023】
(1)不動態膜除去工程:
ワークのめっき予定部位の不動態膜を除去してステンレス基材(以下「SUS基材」)面を形成する。不動態膜を除去しておかないと、無電解めっき層と基材面との間に実用的な密着性を確保し難い。
【0024】
具体的は、図3に示すような流れで行なう。例えば、硫酸浴浸漬することにより、不動態膜を除去する。ここで、各浸漬条件は、下記の範囲でステンレス鋼の種類に応じて適宜選定する。
【0025】
硫酸浴浸漬・・・濃度10〜50%(望ましくは30〜40%)の硫酸浴を用いて、約1分以内(望ましくは約30秒)浸漬する。
【0026】
なお、電解洗浄でも不動態膜の除去は可能であるが、熱交換器の複数の伝熱管内の不動態膜を除去することは不可能である。熱交換器のロウ付け及び/又は溶接組み立て後に適用することを前提とする本発明では、各伝熱管内に相手電極を配置することは実質的に不可能である。
【0027】
(2)無電解めっき工程:
不動態膜除去工程直後に、前記めっき予定部位にNi−P系の無電解めっき層を形成する。
【0028】
通常、次亜リン酸塩浴の酸性浴を使用して、膜厚2〜50μm(望ましくは5〜20μm)の無電解めっき層を得る。また、無電解めっき層は、該無電解めっき層を形成するNi−P合金組成が、Ni:87〜98質量%、P:2〜13質量%(さらには、Ni:90〜96質量%、P:4〜10質量%)となるものが望ましい。P濃度が高いと非晶質となり緻密なめっき層を生産性良好に得やすい。逆にP濃度が低いと、緻密なメッキ層を得難く、拡散処理工程(熱処理)後の耐食性(耐酸性等)に問題が発生し易くなる。
【0029】
なお、本実施形態の好適な次亜リン酸塩浴の一例を下記する(日本化学会編「化学便覧 応用編 改定3版」(昭55-3-15)丸善、p.1158参照)。
【0030】
塩化Ni 50gL-1
次亜リン酸ナトリウム 10gL-1
クエン酸ナトリウム 10gL-1
pH 4−6
温度 85〜93℃
めっき速度 7.5〜15μmh-1
【0031】
(3)拡散処理工程:
該無電解めっき工程後に、ステンレス鋼製品を熱処理して無電解めっき層とSUS基材との間に相互拡散を生じさせて無電解めっき層の基材との密着性を向上させる工程である(図5参照)。
【0032】
ここで、上記相互拡散層を得るには、真空炉内で、無電解めっき層の溶融温度(Ni−P合金の融点)で±50℃以内 (望ましくは±10℃以内)の範囲の加熱温度から適宜選定する。処理時間は、熱処理温度および無電解めっき層の種類(P含有率、厚み)によるが、2〜30minの範囲から適宜選定する。
【0033】
無電解めっき層の溶融温度に近い温度に加熱することで、無電解めっき層とSUS基材表面との間に相互拡散が発生する(図5)。
【0034】
即ち、比較的めっき層が薄かったり(例えば、5μm)、熱処理温度が高かったり、時間が長かったりすると、図5(A)に示す如く、相互拡散層が形成される。なお、この相互拡散層は、Ni濃度が表面側からSUS基材側に向かって漸減乃至Fe濃度がSUS基材側から表面側に向かって漸減する機能的傾斜層となる。
【0035】
また、比較的めっき層が厚かったり(例えば15μm)、熱処理温度が低かったり、時間が短かったりすると、図5(B)に示す如く、電解めっき層のNi拡散量が少なく逆にSUS基材からのFe、Crの侵入も少なく、表面側にNi富裕層として残り、該Ni富裕層とSUS基材との間に相互拡散層が形成される。
【0036】
無電解めっきの溶融温度以上に加熱することにより、めっき工程中に発生した欠陥(空孔)を消失させる。特に、低Pタイプの無電解めっきではめっき層が緻密でないため溶融温度以上とすることが必須である。
【0037】
高Pタイプの無電解めっきにより緻密で欠陥がないめっき層が形成されている場合、無電解めっきの溶融温度以上でなくても(液相が形成されなくても)、無電解めっきの溶融温度近傍であれば、相互拡散層が形成される。即ち、上記溶融温度のマイナス側の熱処理温度範囲で行なう加熱処理も本発明の範囲に含まれる。
【0038】
なお、熱処理温度が高すぎると、特に、SUS基材がフェライト系の場合、950℃以上では、金属組織の肥大化が進行して、強度的に悪影響を与えるおそれがある。さらに、それ以上の熱処理温度とすると、Ni合金ロウ(例えば、液相:1140℃)を再溶融させてしまい、熱処理前のロウ付け品質を維持し難い。
【0039】
こうして形成したステンレス鋼製品は、下記実施例で示す如く、高耐食性を示す。
【0040】
なお、上記では、本発明の効果が顕著となるロウ付け(一部溶接)組み立て後の排ガス熱交換器(ステンレス鋼製品)について説明したが、本発明はロウ付け組立後のステンレス鋼製品には勿論、溶接のみで組み立て後のステンレス鋼製品にも勿論適用可能である。
【実施例】
【0041】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0042】
市販のSUS304(オーステナイト系)のSUS鋼板から塑性加工等を経た成形部品をロウ付け(Ni合金ロウ;液相1040℃)を用いて、1050℃でロウ付けを行って組み立てた熱交換器を、前記無電解Ni浴を使用して、無電解めっき(めっき膜厚:5μm)を行なった。
【0043】
該熱交換器を三室構成(準備室、加熱室、冷却室)の真空加熱炉を用いて下記条件で拡散処理(熱処理)を行なった。
【0044】
(1)めっき後の熱交換器を治具にセットする。
【0045】
(2)規定数量(例えば100個)の個数のワーク(熱交換器)を準備室へ搬送する。
【0046】
(3)準備室および加熱室を真空雰囲気とする。
【0047】
(4)加熱室へワークを搬入後、加熱室の室温を常温から850℃まで30分かけて昇温する(昇温工程)。
【0048】
(5)室温850℃を15分維持する(均熱工程)。無電解めっき層を固体拡散させて母材(SUS基材)との密着性を確保するためである。
【0049】
(6)室温850℃を895℃まで10分かけて昇温する(除昇温工程)。過昇温させないように徐々に昇温させる。
【0050】
(7)室温を895℃で5分間維持して相互拡散層を形成する(拡散温度維持工程)。長時間行なうと、相互拡散層が拡大してNi富裕層が残らない。
【0051】
(8)冷却室にワークを搬送し、常温N2を吹き込んでなるべく早く冷却させる。冷却速度が遅すぎると、上記同様相互拡散層が拡大してNi富裕層が残らない。
【0052】
以上の条件で調製した実施例、比較例(無処理)の各熱交換器について、下記耐食性試験を行なった。
【0053】
排気ガスから発生する凝縮水を模擬して、硫酸、塩酸、ギ酸、酢酸などを含有する試験液(pH1.5)を調製し、該試験液に実施例、比較例の各熱交換器について、浸漬試験を行なった。
【0054】
その結果、比較例の腐食減量は、1×10-2g・m-2・h-1であったのに対し、実施例の腐食減量は1×10-4g・m-2・h-1であった。
【0055】
なお、本発明の如く、組み立て後、無電解めっき層を形成後、拡散処理を行う耐食性改善方法を経て熱交換器を製造すると、組み立て前に無電解めっき層を形成後、拡散処理を行う乃至従来のような場合に比して、下記のような有利な点を有する。
【0056】
1)特許文献1・2の構成部品レベルでロウ付け用の無電解めっき層を施して組み立てるとめっきの膜厚バラツキが組み立て時のばらつきとなって表れるためロウ付け時のクリアランス管理が難しくなる。
【0057】
2)同じく、製品状態でめっきをした方がめっき加工コストを低減できる。(ex 構成品レベルでめっきをすると、約20点の部品のめっきが必要。)。
【0058】
3)製品状態でめっきした方がめっきしたい場所にのみめっきする工法設定が容易となる(例えば。排ガス側流路にめっき液をポンプで循環するなどの工法が考えられる。)。特許文献1・2の如く、構成部品レベルで実施するとマスキング作業が必要であり、その工数(コスト)は非常に高くなる。
【0059】
4)同じく、Ni−P無電解めっき層をロウ材とした場合、その融点は880〜900℃程度であるが(特許文献1参照)、実使用温度が高い場合、耐熱強度を確保し難くなる(一般的に使用されるNi合金ロウの溶融温度は例えば固相950℃−液相1040℃というように、Ni−P合金よりも高い領域にある。)。
【0060】
5)Ni−P無電解めっきを施したうえで上記に示すような一般的なNi合金ロウのロウ付け作業温度(ex:1130℃)まで温度を上げると、製品の接合ロウを再溶融させることで、拡散処理工程(熱処理)前のロウ付け品質(例えば接合強度等)を維持し難くなる。
【符号の説明】
【0061】
11 熱交換器
13 導入側保持板
15 導出側保持板
17 角筒胴体
19 伝熱管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロウ付け及び/又は溶接組み立て後のステンレス鋼製品(ワーク)の耐食性改善方法であって、
(1)該ワークのめっき予定部位の不動態膜を除去してステンレス基材面を形成する不動態膜除去工程、
(2)該不動態膜除去工程直後に、前記めっき予定部位にNi−P系の無電解めっき層を形成する無電解めっき工程、
(3)該無電解めっき工程後に、ステンレス鋼製品を熱処理して前記無電解めっき層とステンレス基材面との間で相互拡散を生じさせる拡散処理工程、
の各工程を経ることを特徴とするステンレス鋼製品の耐食性改善方法。
【請求項2】
前記ステンレス鋼製品のステンレス鋼がフェライト系又はオーステナイト系であることを特徴とする請求項1記載のステンレス鋼製品の耐食性改善方法。
【請求項3】
前記不動態膜除去工程を、硫酸浴浸漬をして行うことを特徴とする請求項1又は2記載のステンレス鋼製品の耐食性改善方法。
【請求項4】
前記無電解めっき層を構成するNi−P合金の組成を、Ni:87〜98質量%、P:2〜13質量%とすることを特徴とする請求項1、2又は3記載のステンレス鋼製品の耐食性改善方法。
【請求項5】
前記拡散処理工程の熱処理温度を、無電解めっき層の溶融温度(Ni−P合金の融点:液相温度)の±50℃以内の範囲で設定することを特徴とする請求項1〜4いずれか一記載のステンレス鋼製品の耐食性改善方法。
【請求項6】
前記拡散処理工程の熱処理温度を、850〜950℃の範囲で設定することを特徴とする請求項1〜5いずれか一記載のステンレス鋼製品の耐食性改善方法。
【請求項7】
排ガス用熱交換器の製造方法であって、請求項1〜6のいずれか一記載のステンレス鋼製品の耐食性改善方法を経ることを特徴とする排ガス用熱交換器の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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