説明

スフィンゴ脂質の富化方法

【課題】有機溶媒抽出や濃縮等を行うことなく食品組成物としてそのまま用いることができる麹において、煩雑な工程を経ることなく安全なスフィンゴ脂質を大量かつ安定的に富化する方法を提供する。
【解決手段】蒸きょうした製麹原料に麹菌を植菌して培養を行う製麹において、カリウム塩、ナトリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩及び鉄塩からなる群から選択される1種又は2種以上の無機塩類の存在下で製麹を行うことを特徴とする、麹中のスフィンゴ脂質を富化する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、麹中のスフィンゴ脂質を富化する方法に関する。
【0002】
スフィンゴ脂質とは、スフィンゴイド塩基(長鎖塩基)を構造骨格としてもつ複合脂質の総称である。動物細胞のスフィンゴ脂質の骨格はスフィンゴシンであるが、植物や真菌では主にフィトスフィンゴシンである(非特許文献1)。
【0003】
スフィンゴ脂質には、スフィンゴイド塩基のアミノ基にアシル基がアミド結合したセラミドや、セラミドに糖、リン、硫黄、アミノ酸など様々な極性基が付加した複合スフィンゴ脂質などがある。なかでも糖が結合したスフィンゴ糖脂質は、真核生物やバクテリアの一部などに普遍的に存在しており、糖鎖部分の構造は様々であることが知られている。グルコースが結合したグルコシルセラミドは、セレブロシドとも呼ばれ、植物、真菌、動物に共通してみられる代表的なスフィンゴ糖脂質である(非特許文献2)。
【0004】
セラミドはヒトの皮膚の角質層の細胞間脂質の主成分として約50%を占め、皮膚の保湿性や柔軟性にかかわっていると言われている。加齢により減少し、しわ、ドライスキン、肌荒れの原因となるほか、アトピー性皮膚炎にも関与していると考えられている。従来はセラミドを補充する方法として、安価な供給源である牛脳由来のスフィンゴ脂質が用いられていたが、BSE(牛海綿状脳症)発症の原因であるプリオンが脳幹部位に蓄積していることが明らかとなって以来、食品・化粧品用途での利用は不可能となっている。また、合成セラミドは安全性の観点から食品素材としては利用の制限がある。
【0005】
牛脳の代替供給源として、現在では主に農産加工副産物である大豆油さいやビール粕、米や小麦などの穀類の胚芽、コンニャク芋などが利用されているが、含有量が微量であり、食品としてそのまま利用しにくいことから、有機溶媒などによる抽出・濃縮が行なわれている。このため製造に多大なコストがかり、製品が非常に高価であるという問題があった(特許文献1、2)。
【0006】
また、酵母、キノコなどの真菌類からもセレブロシドの抽出が行われている。酵母においてはセレブロシドが存在する種は限られているため(非特許文献3)、サッカロミセス・クルイベリ(Saccharomyces kluyveri)やクルイベロミセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)といったセレブロシド生産菌を用い、液体培養下で様々な環境ストレス付与や培地への塩類添加を行い、生産量、蓄積量を高める製造方法も検討されている(特許文献3、4)。
【0007】
例えば環境ストレスの付与として、培地への食塩添加についての報告があり、これにより菌体重量あたりのセレブロシド含量が増加している(特許文献3)。また、窒素源として培地中へ硫酸アンモニウムを添加する方法や、あるいはナトリウム源として各種ナトリウム化合物を添加する方法も検討されており、いずれも菌体あたりのセレブロシド量が増加するという報告がある(特許文献4)。したがって、酵母においては培地中への塩類添加により、環境ストレスの付与、あるいは栄養源の補給がなされ、これによりセレブロシドが菌体内に蓄積すると考えられる。
【0008】
このように、酵母においては、培養条件の違いによって菌体量あたりのスフィンゴ脂質量は変動することから、様々な高生産法についての検討がなされてきた。しかしながら、こうしたスフィンゴ脂質を富化した酵母においても、菌体からのセレブロシドの回収のため、有機溶媒抽出や冷凍処理などが用いられており、工程が煩雑であり、多大なコストがかかるほか、環境への負荷も懸念されるなどの問題があった。
【0009】
一方、国内で伝統的な発酵食品の製造に利用されてきた麹菌についても、液体培養時にセラミドやセレブロシドといったスフィンゴ脂質を生産するという報告がある(非特許文献4、5)。しかし、仮に麹菌の液体培養において培養条件の検討を行い、麹菌のスフィンゴ脂質含量を増加させたとしても、菌体だけをろ過回収して食するような食経験が無いため、有機溶媒抽出等の処理が必要となり、前述のような問題点が生じる。
【0010】
一方で、麹菌の固体培養物は、伝統的に「麹」として丸ごと食する食習慣があるため、食品として麹菌スフィンゴ脂質を利用するには非常に適している。
【0011】
しかしながら固体培養時、すなわち麹にした際のスフィンゴ脂質の生産能力や分子種についての報告は無く、高生産のための培養条件の検討はもちろん、麹をスフィンゴ脂質供給源として利用するための検討さえ行なわれてきていない。
【0012】
麹菌による固体培養(すなわち、製麹)については、一般に酵素生産や種麹としての胞子着生を目的として行われてきた。製麹時の塩類添加としては、種麹製造における木灰添加が一般に知られている。木灰の添加は、灰のアルカリ度による防腐作用、pH調節、物理的効果、栄養的効果などの効果があると考えられている(非特許文献6)。また、味噌麹や清酒麹製造などで、一部で製麹時の塩類添加が検討されており、炭酸カルシウムや硫酸カルシウム、硫酸マグネシウムの添加により、プロテアーゼやアミラーゼの生産が高まることが知られている。また、米麹のアルカリ性プロテアーゼ生成は、硝酸塩、酸性アミノ酸ナトリウム等の含窒素化合物を添加製麹することにより促進され、リン酸二水素カリウムを共存させることにより更に高まるという報告がある(非特許文献6)。その他塩類添加に関しては、焼酎麹の製造において、硝酸ナトリウムおよび炭酸カルシウムの添加により脂肪酸の生成が抑制される、という報告もある。(非特許文献6)。
【0013】
以上のように、製麹時における培地への塩類添加は、胞子着生や酵素生産が目的で行われてきている。すなわち麹菌の固体培養において、スフィンゴ脂質含量を高めるという観点では、何ら製麹条件(固体培養条件)の検討はなされてきていない。
【0014】
【特許文献1】特開平4−282317号公報
【特許文献2】特開平11−279586号公報
【特許文献3】特開2005−185126号公報
【特許文献4】特開2006−55070号公報
【非特許文献1】Chem.Phys.Lipids,5,6−43(1970)
【非特許文献2】CMLS,Cell.Mol.Life Sci.,60,919−941(2003)
【非特許文献3】FEMS Yeast Research,2,533−538(2002)
【非特許文献4】日本農芸化学誌,第49巻,第4号,205−212(1975)
【非特許文献5】Biochimica et Biophysica Acta,486,161−171(1977)
【非特許文献6】麹学,日本醸造協会発行,村上英也 編著(1986)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
スフィンゴ脂質を効率的に取得するためには、真菌類などの微生物が適しているが、酵母やキノコ類は上述のような課題を有し、またその形態や香味ゆえにいずれも食品としてはそのまま使用しづらい。そこで本発明は、有機溶媒抽出や濃縮等を行うことなく食品組成物としてそのまま用いることができる麹において、煩雑な工程を経ることなく安全なスフィンゴ脂質を大量かつ安定的に富化する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは上記課題を解決するべく検討を重ねた結果、カリウム塩、ナトリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩の一種又は二種以上の存在下で製麹を行うことにより、製造される麹中のスフィンゴ脂質が効率的に富化されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
すなわち、本発明は以下の特徴を包含する。
(1)蒸きょうした製麹原料に麹菌を植菌して培養を行う製麹において、カリウム塩、ナトリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩及び鉄塩からなる群から選択される1種又は2種以上の無機塩類の存在下で製麹を行うことを特徴とする、麹中のスフィンゴ脂質を富化する方法。
(2)カリウム塩又はナトリウム塩の存在下で製麹を行うことを特徴とする上記(1)記載の方法。
(3)製麹原料は米であることを特徴とする上記(1)記載の方法。
(4)製麹原料を蒸きょうした後、麹菌の植菌前または植菌後盛りまでに無機塩類を添加することを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれか記載の方法。
(5)無機塩類の添加濃度は、製麹原料1kgあたりイオン換算で1〜360mmolであることを特徴とする上記(4)記載の方法。
(6)蒸きょう前の製麹原料の浸漬時に無機塩類を添加することを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれか記載の方法。
(7)無機塩類の添加濃度は、製麹原料1kgあたりイオン換算で50〜500mmolであることを特徴とする上記(6)記載の方法。
(8)スフィンゴ脂質はセレブロシドであることを特徴とする上記(1)〜(7)のいずれか記載の方法。
(9)製麹に使用する麹菌はアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)又はアスペルギルス・ソーエ(Aspergillus sojae)であることを特徴とする上記(1)〜(8)のいずれか記載の方法。
(10)蒸きょうした製麹原料の水分量が30〜36重量%であることを特徴とする上記(1)〜(9)のいずれか記載の方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、食用としてそのまま食することができる麹中のスフィンゴ脂質を簡便かつ安価に富化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本明細書で使用する「製麹」とは、蒸きょうした製麹原料に麹菌を植菌して培養する、当業者に公知の製麹方法(例えば、蓋麹法、箱麹法、床麹法、機械麹法など)を指す。これらの製麹方法は、製麹原料を水洗いし、水に浸漬し、蒸きょうした後、麹菌を植菌して培養する工程を含み、その間、一般的に「引き込み」、「盛り」、「仲仕事」、「仕舞仕事」といった処理を含んでいる。
【0020】
「盛り」とは、「床もみ」(すなわち種麹植菌)後、麹菌の生育が旺盛になりかけたものを小区分に分けて品温管理をしやすくする作業を指す。一般的に製麹において、盛りまでを「床時代」、盛り以降を「棚時代」と呼ぶ。床時代とは床もみを行った後、蒸した製麹原料を堆積し、布などで包むなどして湿度を維持し、乾燥を防ぐ工程であり、乾燥が進む原因となる手入れをほとんど行わず、切り返しを行うのみで培養を行う。
【0021】
床時代における製麹温度は、使用する麹菌の菌体生育の至適温度に応じて、一般的には28〜42℃、例えば30〜37℃とされる。ただし、床時代の製麹温度をおよそ38℃以上の比較的高温とする場合、麹菌が生育阻害を受ける虞がある。なお、製麹温度とは、麹の品温を意味する。製麹温度は、麹菌の生育に伴う発酵熱を制御することによって、又は製麹における周囲温度を制御することによって調節することができる。
【0022】
床時代の所要時間は、一般的には18時間〜20時間である。生育が旺盛になった状態のまま長時間放置すると発酵熱を除くことができず、品温が制御できなくなるうえに、原料が密集しているため製麹の生育が抑制されてしまうため、この時点で盛りを行い、棚時代に移行する。
【0023】
一方、棚時代は、麹を薄く盛り、麹の水分蒸発を進める工程であり、この培養工程の中で、「仲仕事」、「仕舞仕事」と呼ばれる手入れ作業が行われる。上記非特許文献6によれば、出麹までに蒸発する総水分量の75%が仲仕事までの間に蒸発することが記載されている。
【0024】
製麹の詳細については、例えば上記非特許文献6及び発酵ハンドブック((財)バイオインダストリー協会 発酵と代謝研究会編,2001年)などを参照されたい。
【0025】
本発明の麹中のスフィンゴ脂質を富化する方法(以下、本発明の方法ともいう)において、下記で特に規定されない限り、製麹は時間、湿度、温度条件などに関し、上記のような当業者に公知の製麹と同様にして行うことができる。すなわち、麹菌接種後、培養初期(すなわち床時代)は湿度を高く(例えば85%以上)に維持し、培養後半(すなわち、棚時代、例えば植菌後約20時間以降)には湿度を落とし(例えば75〜50%)、例えば30〜40℃で43〜48時間製麹を行うことができる。
【0026】
具体的に本発明の方法は、カリウム塩、ナトリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩及び鉄塩からなる群から選択される1種又は2種以上の無機塩類の存在下で製麹を行うことを特徴とする。
【0027】
本発明の方法で使用される製麹原料は、麹菌を生やして麹にできるものであれば特に制限されず、例えば穀類、擬穀類、豆類、ゴマ類、芋類等を使用することができる。具体的に、穀類としては、白米、玄米、黒米、赤米、大麦、小麦などを、擬穀類としてはソバ、アマランサス、キヌアなど、豆類としては大豆、小豆、黒豆、ヒヨコ豆などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。麹の原料として穀類、例えばイネ科植物を使用することが好ましく、イネ科植物として白米や、大麦などの麦類を使用することが特に好ましい。本発明において、製麹原料として米を使用することが最も好ましい。
【0028】
本発明の方法において特に好ましい塩類は、カリウム塩、ナトリウム塩である。カリウム塩としてはリン酸カリウム、塩化カリウム、硝酸カリウム、硫酸カリウム、酢酸カリウム、クエン酸カリウムなどが挙げられ、最も好ましいものとして硝酸カリウム、クエン酸カリウムが挙げられる。また、ナトリウム塩としては硝酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、酒石酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、塩化ナトリウムなどが挙げられ、最も好ましいものとしてリン酸ナトリウムが挙げられる。
【0029】
本発明の方法において、無機塩類を添加する時期は、培養期間中であれば特に限定されないが、蒸きょう前の製麹原料の浸漬時、製麹原料を蒸きょうした後の麹菌の植菌前、又は植菌後盛りまで若しくは植菌直後であることが好ましい。より好ましくは、製麹原料を蒸きょうした後の麹菌の植菌前、又は植菌後盛りまで若しくは植菌直後である。ここで、「製麹原料を蒸きょうした後の麹菌の植菌前」とは、蒸し原料の放冷途中または放冷後、種麹の添加前のことをいう。「植菌後盛りまで」とは、種麹の添加後で盛り工程の終了時までのことをいう。「植菌直後」とは、床もみ(植菌)した後、床培養を開始する前のことをいう。また、「蒸きょう前の製麹原料の浸漬時」とは、原料穀類への吸水工程時のことをいう。
【0030】
本発明の方法において、無機塩類の添加濃度は、使用する無機塩類や製麹原料、無機塩類の添加時期などに応じて変動しうる。例えば、本発明において、米を製麹原料として用い、無機塩類を蒸きょうした後の麹菌植菌前、又は植菌後盛りまで若しくは植菌直後に添加する場合には、使用する無機塩類に応じて以下の添加濃度とすることができる:カリウム塩、米1kgあたりカリウムイオン換算で1〜360mmol、好ましくは4mmol〜240mmol、さらに好ましくは12mmol〜120mmol;ナトリウム塩、米1kgあたりナトリウムイオン換算で1〜200mmol、好ましくは4mmol〜160mmol、さらに好ましくは12mmol〜120mmol;マグネシウム塩、米1kgあたりマグネシウムイオン換算で1〜100mmol、好ましくは4mmol〜40mmol;カルシウム塩、米1kgあたりカルシウムイオン換算で1〜100mmol、好ましくは1mmol〜20mmol;鉄塩、米1kgあたり鉄イオン換算で0.01〜1mmol、好ましくは0.03mmol〜0.3mmol。
【0031】
また、本発明において、米を製麹原料として用い、無機塩類を蒸きょう前の製麹原料の浸漬時に添加する場合には、使用する無機塩類に応じて以下の添加濃度とすることができる:カリウム塩、米1kgあたりカリウムイオン換算で50〜500mmol、好ましくは80〜250mmol。
【0032】
なお、上記濃度範囲は例示であり、使用する無機塩類や製麹原料、無機塩類の添加時期などに応じて、当業者は適宜適切な添加濃度を選択することができる点に留意すべきである。
【0033】
本発明の方法に用いることができる麹菌は、スフィンゴ脂質を生産できるものであれば特に限定されないが、例えばアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)や、その近縁のアスペルギルス・ソーエ(Aspergillus sojae)などを挙げることができる。A.オリゼとして具体的には市販の種麹や、登録番号RIB40、NBRC4214、JCM2228又はATCC36261で指定される特定の菌株などを用いることができる。また、A.ソーエとしては、市販の種麹や、登録番号JCM2226、NBRC4239又はNBRC5241で指定される特定の菌株などを用いることができる。A.オリゼとしてNBRC4214、JCM2228が、そしてA.ソーエとしてJCM2226が白米、大麦の両方の麹においてセレブロシド生産量が高いことから、本発明で使用するのに特に適している。また、上記麹菌以外の麹菌として、大麦麹の場合にA.オリゼは登録番号NBRC4255、ATCC11494、ATCC16868、NBRC5786、JCM2245、NBRC5240などを、米麹の場合にA.オリゼは登録番号JCM2227、JCM2173、JCM2229、NBRC4261などを使用することができる。
【0034】
本発明の方法において、蒸きょうした製麹原料の水分量が30〜36重量%であることが好ましい。蒸きょう後の製麹原料の水分量が30重量%未満であると、発芽および菌体生育が抑制されてしまう虞があり、又は36重量%を超えると、発芽は早まるが菌体生育が緩慢になる虞があるからである。
【0035】
本発明の方法においては、棚時代を高湿度(例えば85%以上)条件下で行うことが好ましい。これにより、棚時代における麹水分の蒸散を抑制することができ、その結果、スフィンゴ脂質を効率的に富化することができる。
【0036】
また本発明の方法においては、棚時代を、製麹時間が46時間以上となるまで行うことが好ましい。これにより、製造される麹中のスフィンゴ脂質を経時的に富化することができる。
【0037】
上記のようにして製造される麹は、スフィンゴ脂質(特にセレブロシド)を豊富に含むものである。具体的には、本発明の方法は、無機塩類を添加しない製麹によって製造された米麹、あるいは従来の製麹によって製造された市販の米麹に比べて、添加する無機塩類の種類及び濃度に応じて、米麹中のスフィンゴ脂質の総量をそれぞれ最大で約2.2倍、および10.6倍まで富化することができた(実施例5、図6)。なお、麹中のスフィンゴ脂質の量は、薄層クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーなどを使用することによって測定することができる。
【0038】
このように、本発明の方法は、有機溶媒を用いた抽出や濃縮を行うことなくそのまま食用として用いることができる麹において、煩雑な条件でストレスをかける工程などを必要とせず、安全性が高いスフィンゴ脂質を効率的に富化することができる。
【0039】
本発明の方法により富化されたスフィンゴ脂質を含む麹は、飲食品原料の一部として用いたり、或いは飲食品の製造工程又は製造後に添加又は配合してもよいし、飲食品としてそのまま使用してもよい。そのような飲食品は、健康食品、機能性食品、特定保健用食品、栄養補助食品などとして提供することもできる。
【0040】
飲食品の形態は特に制限されるものではなく、例えばこれに制限されるものではないが、ヨーグルト、ドリンクヨーグルト、ジュース、牛乳、豆乳、酒類(アルコール性飲料)、コーヒー、紅茶、煎茶、ウーロン茶、スポーツ飲料等の各種飲料や、クッキー、パン、ケーキ、煎餅などの焼き菓子、羊羹などの和菓子、プリン、ゼリー、アイスクリーム類などの冷菓、チューインガム、キャンディ等の菓子類や、クラッカー、チップス等のスナック類や、うどん、そば等の麺類や、かまぼこ、ハム、魚肉ソーセージ等の魚肉練り製品や、みそ、しょう油、ドレッシング、マヨネーズ、甘味料等の調味類や、豆腐、こんにゃく、その他佃煮、サラダ、スープ等の各種総菜などを例示することができる。
【0041】
また、飲食品中の有効成分としてのスフィンゴ脂質富化麹の摂取量は、通常、0.7〜1.4g/日、好ましくは1.1〜2.2g/日程度とすることができる。
【0042】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例】
【0043】
A.オリゼは液体培養時、グルコシルセラミドやセラミドといったスフィンゴ脂質を生産することが知られており、A.ニガー(A.niger)はその他にガラクトシルセラミドも生産するという報告がある(上記非特許文献2)。すなわち、麹菌は種によって異なる分子種を生産すると考えられる。現在、各種麹菌が上記以外に、どのような複合スフィンゴ脂質を生産しているかについては未解明であるため、以下の実施例では、代表的な麹菌としてA.オリゼを選び、スフィンゴ脂質の中でも分析例が多いグルコシルセラミド、すなわちセレブロシド量を測定することで、総スフィンゴ脂質量の評価を行った。
【0044】
[実施例1] 米麹セレブロシド標準品の精製と構造解析
米麹セレブロシド標準品の調製法を以下に示した。A.オリゼ(A.oryzae)を使用して製麹した米麹5.4kgを粉砕し、5倍量のクロロホルム−メタノール(2:1)で2回抽出、濾過して得られた抽出液を濃縮、乾固後、0.2M KOH−メタノール溶液にて37℃で2時間振盪し、グリセロ脂質を分解しアルカリ安定脂質を得た。中和後、濃縮、乾固し、クロロホルム−メタノール−0.8%NaCl(8:4:3)に再溶解した。振盪混合し、遠心分離後、下層を濃縮した。
【0045】
これをケイ酸カラムクロマトグラフィーに供し、クロロホルム−メタノールを用いて遊離脂肪酸等を除いた。再度ケイ酸カラムクロマトグラフィーに供した後、セレブロシド画分として白色の固形油脂状物407.9mgを得た。その後、わずかに混在する遊離脂肪酸を除去するため、さらにHPLC−示差屈折検出器((株)島津製作所製)を用いて精製を行なった。カラムはYMC Pack ODS−A;20×250mm、カラムオーブンは40℃、移動相にはメタノールを用いて、アイソクラティック溶出を行い、流速6ml/minとした。得られた精製品は、薄層クロマトに供したところ単一スポットとなり、また以下に示すように主要分子がグルコシルセラミドと同定されたため、これを標準品としてセレブロシドの定量を行った。
【0046】
主要分子種の構造解析を行った。すなわち、HPLC−示差屈折検出器((株)島津製作所製)を用いて、前述の条件で、精製セレブロシドに含まれる主要分子を分取した。得られた主要3分子(保持時間28.7分、32.1分、37.4分)について、構造解析を実施した。
【0047】
保持時間28.7分の分子をメタノールに溶解し、HRESI−MS(+)を測定した。この結果、m/z 776.57456に(M+Na)イオンが観測され、分子式はC4379NO(C4379NONa cald 776.56525(Δ+4.57mmu))と決定した。
【0048】
次にこの分子を重ピリジン(CN)に溶解し、核磁気共鳴(NMR)解析を行った。H及び13C NMRスペクトルの特徴からこの分子がセレブロシドであると同定された。まず糖部分のH、13C化学シフト値及びJHH値から、構成糖はグルコースであり、これがβ−結合(J1”,2”=7.8Hz)で長鎖塩基と結合していること(=β−グルコシルセラミド)が判明した。次にH−H COSY、HMQC、HMBCスペクトルを測定し、脂肪酸及び長鎖塩基部分の構造について解析を行った。
【0049】
脂肪酸についてはH−H COSYスペクトルにおいてH−2’(δ5.10)−H−3’(δ6.10、J3’,4’=15.7Hz)−H−4’(δ6.16)というvicinal spin結合が観測されること、またH NMRで末端メチルはδ0.85にtripletとして観測されることから、直鎖の2−ヒドロキシ、3−トランス脂肪酸であることが明らかとなった。次に脂肪酸の炭素数を明らかにするために、この分子をメタノール性0.9N HClを用いて100℃、18時間還流することで分解(メタノリシス)し、脂肪酸メチルエステルとした。ヘキサン抽出で脂肪酸メチルエステルを精製後、これをトリメチルシリル(TMS)誘導体化し、GC/MS解析を実施した。この結果、m/z 369に(M−15)+のピークが観測され、この分子を構成する脂肪酸炭素数はC18と決定した。
【0050】
長鎖塩基についてはH−H COSYスペクトルにおいてH−1(δ 4.23、δ4.69)−H−2(δ4.79)−H−3(δ 4.74)−H−4(δ5.99、J4,5=15.8Hz)−H−5(δ5.92)−H−6(δ2.14)−H−7(δ 2.14)−H−8(δ5.24)というvicinal spin networkが観測されること及びHMBCスペクトルで9−CH(δ1.60)からC−8(δ123.3)、C−9(δ13.5)にH−13C遠隔スピン結合が観測されることから、9−メチル−4トランス、8−トランス−スフィンガジエニン構造を有していることが明らかとなった。またH NMRで末端メチルはδ0.85にtripletとして観測されるため、アルキル鎖部分は直鎖であることも明らかであった。この時点で既に脂肪酸の炭素数は明らかとなっているため、長鎖塩基を構成する炭素数は分子式から糖(C6)及び脂肪酸(C18)の炭素数を引いたC18であると決定された。その結果、この分子の構造は図1に示すように18h:1−9Me d18:24t,8t−Glcであることが一義的に決定された。また、この構造は真菌類に特徴的な構造であった(非特許文献2)。
【0051】
保持時間32.1分の分子をメタノールに溶解し、HRESI−MS(+)を測定した。この結果、m/z 778.58403に(M+Na)イオンが観測され、分子式はC4381NO(C4381NONa cald 778.58090(Δ+3.13mmu))と決定した。
【0052】
次にこの分子を重ピリジン(CN)に溶解し、核磁気共鳴(NMR)解析を行った。H及び13C NMRスペクトルは18h:1−9Me d18:24t,8t−Glc(保持時間28.7分)によく類似していた。糖部分のH、13C化学シフト値及びJHH値はほぼ同一であることから、構成糖はグルコースであり、これがβ−結合(J1”,2”=7.8Hz)で長鎖塩基と結合していること(=β−グルコシルセラミド)が判明した。次にH−H COSY、HMQC、HMBCスペクトルを測定し、脂肪酸及び長鎖塩基部分の構造について解析を行った。
【0053】
脂肪酸についてはH−H COSYスペクトルにおいてH−2’(δ4.56)−H−3’(δ2.12)というvicinal spin結合が観測されたこと、またH NMRで末端メチルがδ0.85にtripletとして観測されることから、直鎖の2−ヒドロキシ脂肪酸であることが明らかとなった。次に脂肪酸の炭素数を明らかにするためにメタノリシスを行い、脂肪酸メチルエステルとした。ヘキサン抽出で脂肪酸メチルエステルを精製後、これをトリメチルシリル(TMS)誘導体化し、GC/MS解析を実施した。この結果、m/z 371に(M−15)のピークが観測され、この分子を構成する脂肪酸炭素数はC18と決定した(=2−ヒドロキシステアリン酸)。
【0054】
長鎖塩基についてはH−H COSYスペクトル及びHMBCスペクトルにおいて18h:1−9Me d18:24t,8t−Glcとまったく同じ相関が認められることから、この分子の長鎖塩基も9−メチル−4トランス、8−トランス−スフィンガジエニン構造を有していることが明らかとなった。またH NMRで末端メチルはδ0.85にtripletとして観測されるため、アルキル鎖部分も直鎖であることも明らかであった。既に脂肪酸の炭素数は明らかとなっているため、長鎖塩基を構成する炭素数は分子式から糖(C6)及び脂肪酸(C18)の炭素数を引いたC18あると決定された。その結果、この分子の構造は図1に示すように18h:0−9Me d18:24t,8t−Glcであることが一義的に決定された。また、この構造は真菌類に特徴的な構造であった(非特許文献2)。
【0055】
保持時間37.4分の分子をメタノールに溶解し、HRESI−MS(+)を測定した。この結果、m/z792.60158に(M+Na)イオンが観測され、F5の分子式はC4483NO(C4483NONa cald 792.59655(Δ+0.94mmu))と決定した。
【0056】
次にこの分子を重ピリジン(CN)に溶解し、核磁気共鳴(NMR解析)を行った。H及び13C NMRスペクトルは18h:0−9Me d18:24t,8t−Glc(保持時間32.1分)によく類似していた。糖部分のH、13C化学シフト値及びJHH値についても18h:0−9Me d18:24t,8t−Glcと同一であることから、構成糖もグルコースであり、これがβ−結合(J1”,2”=7.8Hz)で長鎖塩基と結合していること(=β−グルコシルセラミド)が判明した。次にH−H COSY、HMQC、HMBCスペクトルを測定し、脂肪酸及び長鎖塩基部分の構造について解析を行った。
【0057】
脂肪酸についてはH−H COSYスペクトルにおいて18h:0−9Me d18:24t,8t−Glcと同様にH−2’(δ4.56)−H−3’(δ2.12)というvicinal spin結合が観測されること、またH NMRで末端メチルがδ0.85にtripletとして観測されることから、直鎖の2−ヒドロキシ脂肪酸であることが明らかとなった。次に脂肪酸の炭素数を明らかにするために、メタノリシスを行い、脂肪酸メチルエステルとした。精製後トリメチルシリル(TMS)誘導体化し、GC/MS解析を実施した。この結果、m/z 399に(M−15)のピークが観測され、F5を構成する脂肪酸炭素数はC20と決定した(=2−ヒドロキシアラキジン酸)。
【0058】
長鎖塩基についてはH−H COSYスペクトルでH−1(δ4.23、δ4.69)−H−2(δ4.79)−H−3(δ4.74)−H−4(δ5.99、J4,5=15.8Hz)−H−5(δ5.92)−H−6(δ2.16)−H−7(δ2.16)−H−8(δ5.46)−H−9(δ5.46)というvicinal spin networkが観測されること及び18h:0−9Me d18:24t,8t−Glcで観測された9−CH3の信号が観測されないことから、4トランス、8−トランス−スフィンガジエニン構造を有していることが明らかとなった。またH NMRで末端メチルはδ0.85にtripletとして観測されるため、アルキル鎖部分は直鎖であることも明らかであった。既に脂肪酸炭素数は明らかとなっているため、長鎖塩基を構成する炭素数は分子式から糖(C6)及び脂肪酸(C20)の炭素数を引いたC18であると決定され、この結果、この分子の構造は図1に示すように20h:0 d18:24t,8t−Glcであることが一義的に決定された。また、この構造は真菌類及び植物に特徴的な構造であり(非特許文献2)、米由来のセレブロシドも含まれていると考えられる。
【0059】
続いて、セレブロシドの精製品をLC/MS(LCMS−2010EV島津製作所)によって分析し、主要3分子の量比を調べた。イオン化モードはESI(−)、カラムはCadenza CD−C18 150×2mm、移動相はTHF/メタノール(1/9 v/v)を用いてアイソクラティック溶出を行い、流速は0.2ml/mlとした。その結果、それぞれの分子種の量比は、以下のとおりであることが示唆された。このことから、真菌に特徴的な分子である18h:0−9Me d18:24t,8t−Glcが、米麹中のセレブロシドの大半を占めることが示された。
【0060】
【表1】

【0061】
[実施例2] 米麹、大麦麹中のセレブロシド含量の測定法
実施例3〜6におけるセレブロシドの定量は、各検体から有機溶剤を用いて抽出後、実施例1で得られたセレブロシドを標準品として用い、薄層クロマトグラフィー(TLC)又は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって行った。TLCとHPLCのどちらの測定法においても、定量値がほぼ一致していることを確認した(図2)。
【0062】
また、麹からのセレブロシドの抽出は以下に示すように単回、又は繰り返し抽出により行った。単回抽出は、より簡便な方法によって、各実験区におけるセレブロシド含量の比較を行うために実施し、繰り返し抽出は実際に麹に含まれるセレブロシド含量を定量する目的で実施した。各抽出法で得られる定量値について、比較データの一例を図2に示した。検討の結果、麹中のセレブロシド含量によって、単回抽出の抽出効率は変動し、繰り返し抽出で得られる米麹中のセレブロシド含量は、単回抽出で得られる定量値の約1.5〜2倍程度に相当する事が示された。
【0063】
単回抽出によるセレブロシド量の測定法を以下に示した。麹を凍結乾燥後、粉砕物1gに対してクロロホルム−メタノール溶液(2:1)3mlを添加し、40℃で30分間超音波処理を行った。これを遠心分離して得られた上清1mlに対し、0.8%NaCl溶液を250μl添加後、振盪混合した。これを遠心分離して得られた下層を回収し、一定量を測定に用いた。
【0064】
繰り返し抽出による総セレブロシド含量の測定法を以下に示した。米麹を凍結乾燥後、粉砕物1gに対し、クロロホルム−メタノール溶液(2:1)3mlを添加し、40℃で30分間超音波処理を行い、遠心分離後に上清を得た。計3回の抽出を行った後、上清全量に1/4量の0.8%NaCl溶液を添加し、振盪混合した。これを遠心分離して得られた下層を回収した。上清にクロロホルムを添加して、さらに2回の抽出を行った。下層全量を一定量に合わせ測定を行い、乾燥麹1gあたりに含まれる総セレブロシド量を算出した。
【0065】
TLC−デンシトメトリー法によるセレブロシド定量法を以下に示す。抽出した試料をケイ酸薄層クロマトグラフィー(メルク社製、商品名:HPTLC silica−60 F254)にかけた。クロロホルム−メタノール(95:15)で展開後、オルシノール硫酸試薬(オルシノール:0.2%w/v、硫酸:11.4%v/v)を噴霧し、加熱後に出現する赤紫色のセレブロシドのスポットについて、デンシトメトリーを用いて定量を行った。
【0066】
HPLC−コロナCAD検出器によるセレブロシド定量法を以下に示した。定量法は、HPLC−蒸発光散乱検出器法(J.Oleo Sci.,Vol.53,No.3,p.127−133,2004)を基に、より検出感度を上げるために検出部分を改良して行った。すなわち移動相は、A液:クロロホルム、B液:95%メタノール、を用いて、グラジエント溶出を行った(表2)。カラムは、シリカカラム:Inertsil SIL−100A(4.6×150mm、5μm)を用い、カラムオーブン:40℃、流速:1ml/minとした。また、検出器については蒸発光散乱検出器よりも感度、定量範囲、再現性が優れているとされるコロナCAD検出器を用いた。コロナCAD検出器は、ガス:窒素ガス、操作時ガス圧:35psiとした。
【0067】
【表2】

【0068】
[実施例3] 各種麹菌のセレブロシド生産量
蒸米および蒸大麦に対し、各種市販種麹10株及び菌株保存機関より入手した各種麹菌55株(A.oryzae、A.sojae)を0.1%の割合で接種し、品温35℃、相対湿度80%以上とし、46時間製麹した。得られた麹を凍結乾燥し、粉砕後に乾燥麹中のセレブロシド量を実施例1の単回抽出及びTLCによって測定した。
【0069】
図3に、大麦麹及び米麹に含まれる各種麹菌(A.oryzae、A.sojae)のセレブロシド生産量を示した。原料が米の場合においても、大麦の場合においても、セレブロシド含量が高い株について、菌株名と入手元の菌株保存機関における識別番号を記した。A.oryzaeにおいてはNBRC4214、JCM2228、ATCC36261を、A.sojaeとしてはJCM2226が、米、大麦、いずれの培地においてもセレブロシド生産量が特に高いことが示された。また、全ての菌株において原料を大麦にした場合の方が、米の場合より生産量が高く(1.1倍〜4倍程度)なった。
【0070】
[実施例4] 米麹における各種塩類添加検討
各種塩類を添加し、製麹を行った場合のセレブロシド含量の変化について評価した。原料米としてコシヒカリ(水分12.5%)を用いて、水分量30%の蒸米を調製した。この蒸米1kgに対し、40mlの割合で各種塩類の溶液(リン酸カリウム、塩化カリウム、硝酸カリウム、硫酸二カリウム、酢酸カリウム、クエン酸三カリウム、リン酸ナトリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、硫化鉄、硫化亜鉛、硫化マンガン)溶液を添加し、均一になるように混合した。リン酸カリウムはpH5.8となるようにリン酸一カリウムとリン酸二カリウムを用いて調製した。得られた蒸米に対し、粉末型麹菌(A.oryzae:NBRC4214)を0.1%の割合で接種し、品温35℃、相対湿度80%以上とし、32時間後に品温を40℃として88時間製麹した。調製した米麹のセレブロシド量は実施例1の単回抽出及びTLCによって測定した。
【0071】
調製した米麹のセレブロシド量を図4に示した(グラフ中の各種塩類量は白米1kgに対する添加量を示している)。その結果、クエン酸カリウム、硝酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウムなどの塩類においてセレブロシド量増加が顕著にみられ、いずれも濃度依存的にセレブロシド量が増加していた。
【0072】
[実施例5] 米麹でのカリウム塩添加濃度検討
実施例4において、クエン酸カリウム、硝酸カリウム、リン酸カリウム等のカリウム塩において顕著な効果がみられたことから、これらのカリウム塩の最適添加量を調べた。すなわち、原料米としてコシヒカリ(水分12.5%)を用いて、水分量30%の蒸米を調製した。この蒸米1kgに対し、40mlの割合で各カリウム塩溶液(クエン酸三カリウム、硝酸カリウム、リン酸カリウム)を添加し、均一になるように混合した。リン酸カリウムはpH5.8となるようにリン酸一カリウムとリン酸二カリウムを用いて調製した。各カリウム塩の添加濃度は白米1kgあたり、リン酸カリウム:4〜40mmol、硝酸カリウム:40〜160mmol、クエン酸三カリウム:20〜120mmolとした。得られた蒸米に対し、粉末型麹菌(A.oryzae:NBRC4214)を0.1%の割合で接種し、品温35℃、相対湿度80%以上とし、32時間後に品温を40℃として88時間製麹した。
【0073】
調製した米麹のセレブロシド量は実施例1の単回抽出及びTLCによって測定した。出麹サンプルのセレブロシド量を図5に示した(グラフ中の塩類量は白米1kgに対する添加量)。いずれの実験区においても、コントロール(水添加)と比較して、セレブロシド量が増加していた。リン酸カリウムは20mmol添加、硝酸カリウムは80mmol添加、クエン酸カリウムは40mmol添加時にセレブロシド量が最大となった。無添加の米麹と比較すると、セレブロシド量の増加はリン酸カリウム添加で1.3倍、硝酸カリウム添加で2.0倍、クエン酸カリウム添加で2.1倍であった。
【0074】
さらに、各カリウム塩添加で最も効果の見られた濃度(リン酸カリウム20mmol、硝酸カリウム80mmol、クエン酸カリウム40mmol添加)、コントロール(水添加)、一般製麹条件(46時間:市販米麹)における総セレブロシド量を、実施例1の繰り返し抽出及びHPLCによって測定し麹1gあたりの総セレブロシド量を測定した。結果を図6に示した。その結果、最も効果の高かったクエン酸カリウム添加において、総セレブロシド量がコントロールの2.2倍、さらに一般的製麹条件(46時間:市販米麹)に比べて10.6倍にまで達することが示された。
【0075】
[実施例6] 浸漬時カリウム塩添加濃度検討
実施例4、5では、植菌時に塩類を添加しているが、原料を浸漬する際に塩類添加した場合でも、効果が見られるか検討を行った。原料米としてコシヒカリ(水分12.5%)を用い、実施例4で顕著な効果が見られたカリウム塩溶液(リン酸カリウム、硝酸カリウム、クエン酸三カリウム)を浸漬・吸水させて蒸米を調製した。リン酸カリウムはpH5.8となるようにリン酸一カリウムとリン酸二カリウムを用いて調製した。蒸米水分量は30〜33%で、蒸米水分量より算出したカリウム塩添加濃度は白米1kgあたり、リン酸カリウム:250mmol、470mmol、硝酸カリウム:200mmol、クエン酸三カリウム:80mmolとした。得られた蒸米に対し、粉末型麹菌(A.oryzae:NBRC4214)を0.1%の割合で接種し、品温35℃、相対湿度80%以上とし、32時間後に品温を40℃として88時間製麹した。調製した米麹のセレブロシド量は実施例1の単回抽出及びTLCによって測定した。
【0076】
調製した米麹のセレブロシド量を図7に示した(グラフ中の添加量は白米1kgあたりの添加量を示した)。その結果、カリウム塩類を添加した米麹はコントロール(添加なし)の米麹と比較して、セレブロシド量が増加していた。このことから、カリウム塩の添加が原料浸漬時であっても、植菌時添加と同様にセレブロシド量が増加することが確認できた。コントロールの米麹と比較すると、セレブロシド量の増加は、浸漬時のカリウム塩がリン酸カリウムの場合1.9倍、硝酸カリウムで2.2倍、クエン酸カリウムにおいても2.2倍であった。
【0077】
[比較例1] 各種液体培地における菌体あたりのセレブロシド量
培地条件の違いが菌体あたりのセレブロシド量に及ぼす影響を評価するために、CZAPEK DOX培地(2%Glucose、0.3%NaNO、0.2%KCl、0.1%KHPO、0.05%MgSO・7HO)、デキストリン・ペプトン培地(2%デキストリン、1%ペプトン、0.5%KHPO、0.1%NaNO、0.05%MgSO・7HO)、麦芽エキス培地(2%モルトエキス)及びポテトデキストロース培地(2.4%ポテトデキストロース)に対し、胞子数が10/mlとなるように粉末型麹菌(A.oryzae:NBRC4214)を接種し、30℃、120rpmで72hr培養した。培養後、菌体を回収・洗浄後、凍結乾燥し、実施例1の単回抽出及びTLCによって乾燥菌体あたりのセレブロシド量を求めた。
【0078】
各培地における乾燥菌体当たりのセレブロシド量を図8に示す。図8から分かるとおり、酵母における報告と同様に、麹菌においても培養条件の違いによって菌体量あたりのスフィンゴ脂質量は変動することがわかった。これは、単純に菌体量が増えればスフィンゴ脂質も増大するというものではないことを示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明にかかるスフィンゴ脂質富化麹の製造方法は、煩雑な工程を必要とせず、従来微生物によるスフィンゴ脂質製造において行われていたような、有機溶媒を用いた抽出や濃縮をすることも必要としないため、労力とコストを低減できるばかりでなく、食品組成物として安全性が高く、非常に有用なスフィンゴ脂質富化麹を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】図1は、米麹由来のグルコシルセラミド主要分子種の構造を示す。
【図2】図2は、セレブロシドの測定における薄層クロマトグラフィー(TLC)と高速液体クロマトグラフィー(HPLC)との比較を示す。
【図3】図3は、各種麹菌のセレブロシド生産量を示す。
【図4】図4は、製麹において各種塩類溶液を添加することにより調製した米麹中のセレブロシド量の比較を示す。
【図5】図5は、製麹におけるカリウム塩添加量とセレブロシド量との関係を示す。
【図6】図6は、実施例において最も効果が認められた濃度の各カリウム塩存在下で製麹を行った際の、米麹中の総セレブロシド量の比較を示す。
【図7】図7は、製麹原料浸漬時に各種塩類を添加した場合におけるセレブロシド量を示す。
【図8】図8は、各種液体培地における乾燥菌体当たりのセレブロシド量を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸きょうした製麹原料に麹菌を植菌して培養を行う製麹において、カリウム塩、ナトリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩及び鉄塩からなる群から選択される1種又は2種以上の無機塩類の存在下で製麹を行うことを特徴とする、麹中のスフィンゴ脂質を富化する方法。
【請求項2】
カリウム塩又はナトリウム塩の存在下で製麹を行うことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
製麹原料は米であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
製麹原料を蒸きょうした後、麹菌の植菌前または植菌後盛りまでに無機塩類を添加することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
無機塩類の添加濃度は、製麹原料1kgあたりイオン換算で1〜360mmolであることを特徴とする請求項4記載の方法。
【請求項6】
蒸きょう前の製麹原料の浸漬時に無機塩類を添加することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
無機塩類の添加濃度は、製麹原料1kgあたりイオン換算で50〜500mmolであることを特徴とする請求項6記載の方法。
【請求項8】
スフィンゴ脂質はセレブロシドであることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
製麹に使用する麹菌はアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)又はアスペルギルス・ソーエ(Aspergillus sojae)であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
蒸きょうした製麹原料の水分量が30〜36重量%であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−41972(P2010−41972A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−209021(P2008−209021)
【出願日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】