説明

スルホ基を有する色素化合物の製造方法

【課題】 環境に対する負荷を低減し、工業的規模で経済的に、安定した品質のスルホ基を有する色素化合物の製造方法を提供すること。
【解決手段】 原料の色素化合物(例えば、原料(1)−1)を芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物(例えば、1)の存在下でスルホ化し、さらに水を加えた後、50〜80℃の範囲で加熱処理する工程を含むことを特徴とするスルホ基を有する色素化合物(例示化合物3)の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はスルホ基を有する色素化合物の製造方法に関する。さらに詳しくは、染料、カラーマーキング材料、インク、転写式ハロゲン化銀写真感光材料などの分野で有用なスルホ基を有する色素化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
色素化合物にスルホ基を導入して水溶性を付与すること、あるいは導入したスルホ基を手がかりとしてさらにこれらの誘導体を合成して、性能を変化させることはこれまでにも幅広く行われている。色素化合物にスルホ基を導入する例として、例えば特許文献1にはメチン色素を、特許文献2にはアントラピリドン色素を、特許文献3にはアゾメチン色素を、非特許文献1にはインダンスレン色素を、特許文献4にはアントラキノン色素をスルホ化する例が開示されている。
【0003】
スルホ化反応の条件は、基質である色素化合物の性質や導入するスルホ基の数によって様々である。一般にスルホ化剤としては硫酸あるいは発煙硫酸を用いる場合が多い。しかしながら、スルホ化反応中に基質である色素化合物が分解したりする場合には選択できる反応条件は限られる。例えば非特許文献2には、1−ナフトニトリルのスルホ化をクロロスルホン酸を用いて行うと5−シアノ−1−ナフタレンスルホン酸が得られるが、硫酸を用いるとシアノ基が加水分解されてしまうことが報告されている。色相その他の性能を制御するために種々の官能基を有している色素化合物をスルホ化する場合には、適用できる反応条件が限定されることは容易に類推できる。またスルホ基を多く導入するためには、換言すれば複数個のスルホ基を一度に導入するには、スルホ化剤の増量、反応温度のアップ、反応時間の延長など反応条件を厳しくする必要があり、条件の選択はより難しくなる。
【0004】
反応条件を温和化するために溶媒を用いることは、一般的に行われる手法である。スルホ化反応においても、ハロゲン系溶媒や酢酸、無水酢酸、酢酸エチル、二硫化炭素、濃硫酸などが使用される(例えば非特許文献2参照)。また、特許文献5には、色素化合物をスルホ化の溶媒にニトロベンゼンあるいはスルホランを使用することが開示されている。
しかしながら、有機ハロゲン化物、特に有機塩素化合物は環境に対する負荷が大きく、近年強く要求されている、化学製造プロセスの環境に対する負荷の低減に逆行するものである。従って、廃棄物が少なく、環境に有害な溶剤や反応剤等を可能な限り使用しないクリーンな化学反応が強く求められている。
【特許文献1】特開2001−64528号公報
【特許文献2】特開2001−139836号公報
【特許文献3】特開平6−25259号広報
【特許文献4】特開昭51−73530号公報
【特許文献5】特開2004−35773号公報
【非特許文献1】Ukr. Khim. Zh., 第57巻,969頁(1991年)
【非特許文献2】日本化学会編,新実験化学講座14 有機化合物の合成と反応 (III),丸善,1779頁(1987年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らの検討によれば、ニトロベンゼンあるいはスルホランを共存させて色素化合物のスルホ化を行う特許文献5に記載の方法は、目的とするスルホ基の導入数を超える過剰なスルホ化反応が起こりやすく、種々の問題を引き起こすことが明らかとなった。過剰にスルホ化された副生成物は必ずしも精製で除去できるものでなく、これらが混入した色素化合物を例えば染料、カラーマーキング材料、インク、転写式ハロゲン化銀写真感光材料等に用いると、これらの副生成物である過剰にスルホ化された不純物が徐々に分解して硫酸イオンを遊離し、これが共存する物質を酸性化して品質劣化、故障の原因となる。これはスルホ化反応が可逆反応であることからも理解できるが(例えば、鈴木弘著,“有機化学”,実教出版,227頁(1978年)参照)、この品質劣化は、スルホ化された色素化合物をインクに代表される水溶液として使用する場合、特に問題になることが判った。このようにスルホ基を有する色素化合物の従来の製造方法は、安全性、品質、安定性、環境への配慮等などを考慮すると決して有利な方法とは言えなかった。
【0006】
従って、本発明が解決しようとする課題は、上述、並びに前述のごとき問題点を克服し、環境に対する負荷を低減し(例えば環境負荷の高い溶剤等を可能な限り用いることなく)、工業的規模で経済的に、安定した品質のスルホ基を有する色素化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の事情に鑑み、スルホ基を有する色素化合物の製造方法について鋭意研究した結果、以下の新規な手段によって上述の課題が解決されることを確認し、本発明を完成するに至ったものである。
(1)原料の色素化合物を芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物の存在下でスルホ化し、さらに水を加えた後、50〜80℃の範囲で加熱処理する工程を含むことを特徴とするスルホ基を有する色素化合物の製造方法。
(2)前記原料の色素化合物が、分子内に少なくとも1つの芳香族基を有する色素化合物であることを特徴とする(1)に記載の製造方法。
(3)前記スルホ基を有する色素化合物が、少なくとも1つの芳香族基を有する色素化合物であって、該芳香族基の1つの芳香環が有するスルホ基は1つ以下であることを特徴とする(1)に記載の製造方法。
(4)前記原料の色素化合物が、下記一般式(1)で表わされる化合物であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項に記載の製造方法。
一般式(1)
A−N=N−B
一般式(1)中、AおよびBは、各々独立に、置換基を有してもよい複素環基を表わす。
(5)スルホ化剤が、三酸化硫黄であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1項に記載の製造方法。
(6)前記芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物がニトロベンゼンおよび/またはスルホランであることを特徴とする(1)〜(5)のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、環境に対する悪影響が問題になっている有機塩素化合物や安全上の問題がある二硫化炭素の使用が回避でき、過剰にスルホ化された成分の混入、それに伴う製品品質劣化といった問題を解決することができる。さらに、本発明によれば、工業的規模で経済的に、安定した品質でスルホ基を有する色素化合物を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下において、本発明の製造方法について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施態様に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施態様に限定されるものではない。なお、本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0010】
本発明の製造方法が対象とする色素化合物は特に限定されないが、例えば横手正夫、芝宮福松著,“合成染料”(1978年,日刊工業新聞社)、あるいはP.F.Gordon,P.Gregory著,“Organic Chemistry in Color”(1987年,Springer-Verlag)等に記載されている色素の構造による分類において、いずれに属する構造を有していてもよい。ただし、本発明においてはスルホ化反応を行ってスルホ基を導入することを目的としているため、スルホ化されうる構造を有していること、より具体的には分子内に少なくとも1つの芳香族基を有していることが通常は必要である。この場合、得られたスルホ基を有する色素化合物は、分子内に少なくとも1つの芳香族基を有することになる。
本発明の製造方法は、製造しようとするスルホ基を有する色素化合物が有する芳香族基を構成する1つの芳香環が有するスルホ基の数が1つ以下である場合(ただし、好ましくはいずれかの芳香環には1つのスルホ基を有する)に特に効果的に本発明の効果が奏される。
【0011】
本発明において、芳香族基としては芳香族複素環基も含まれるが、好ましくは炭化水素系の芳香族基である。
炭化水素系の芳香族基としてはフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基を好ましく挙げることができるが、より好ましくはフェニル基である。これらの芳香族基は置換基を有していてもよく、具体的にはp−トリル基、2,4,6−トリメチルフェニル基、o−クロロフェニル基、p−メトキシフェニル基、2,6−ジエチル−4−メチルフェニル基、2,4,6−トリイソプロピルフェニル基等が挙げられる。また炭化水素系の芳香族基が芳香族複素環と縮合していてもよく、この場合の具体例としては2−ベンゾチアゾリル基、2−ベンゾオキサゾリル基等が挙げられる。
【0012】
本発明においては、より好ましい色素化合物の具体例として、下記一般式(1)で表わされる化合物が挙げられる。
一般式(1)
A−N=N−B
一般式(1)中、AおよびBは各々独立に、置換基を有してもよい複素環基を表わす。
【0013】
本発明においてはスルホ化反応を行ってスルホ基を導入することを目的としているため、AまたはBの少なくとも一方にスルホ化されうる部位を有していること、あるいはスルホ化されうる芳香族基を置換基として有していることが必要である。複素環基としては5員環または6員環のものが好ましく、単環構造であっても2つ以上の環が縮合した多環構造であってもよい。
複素環の環構成原子としては窒素原子、酸素原子、硫黄原子のいずれかを少なくとも1つ含むものが好ましい。
【0014】
AおよびBで表わされる複素環基の具体例としてはチエニル基、フリル基、ピロリル基、イミダゾリル基、ベンズイミダゾリル基、ピラゾリル基、インダゾリル基、チアゾリル基、ベンゾチアゾリル基、イソチアゾリル基、ベンゾイソチアゾリル基、オキサゾリル基、ベンゾオキサゾリル基、イソオキサゾリル基、1,2,4−チアジアゾリル基、1,3,4−チアジアゾリル基、1,2,4−オキサジアゾリル基、1,3,4−オキサジアゾリル基、トリアゾリル基、ピリジル基、ピラジル基、ピリミジル基、ピリダジル基、キノリル基、イソキノリル基、フタラジニル基等を挙げることができる。好ましくはチエニル基、ピロリル基、イミダゾリル基、ベンズイミダゾリル基、ピラゾリル基、チアゾリル基、ベンゾチアゾリル基、オキサゾリル基、ベンゾオキサゾリル基、イソオキサゾリル基、1,2,4−チアジアゾリル基、1,3,4−チアジアゾリル基、1,2,4−オキサジアゾリル基、1,3,4−オキサジアゾリル基、トリアゾリル基、ピリジル基、ピリミジル基、キノリル基、イソキノリル基であり、より好ましくはピロリル基、イミダゾリル基、ベンズイミダゾリル基、ピラゾリル基、チアゾリル基、ベンゾチアゾリル基、トリアゾリル基、ピリジル基、ピリミジル基、キノリル基、イソキノリル基であり、さらに好ましくはイミダゾリル基、ベンズイミダゾリル基、ピラゾリル基、ベンゾチアゾリル基、ピリジル基である。
【0015】
本発明における一般式(1)で表わされる色素化合物の具体例としては、例えば特開2001−279145号公報、特開2002−371079号公報、特開2002−371214号公報に記載の色素化合物が挙げられるこれらに記載されている色素化合物のうち、スルホ基を有するものはこれをそのままスルホ化反応の原料として使用してもよいし、スルホ基を取り除いた構造を有する色素化合物をスルホ化反応の原料として使用してもよい。複数個のスルホ基を有する場合には、スルホ基の一部を取り除いた色素化合物をスルホ化反応の原料として使用することもできる。なお一般式(1)で表わされる化合物は、置換基の種類によっては1個または2個以上の不斉炭素を有する場合があるが、該不斉炭素に基づく任意の光学異性体またはジアステレオ異性体はいずれも本発明の範囲に包含される。また純粋な形態の異性体のほか、それらの任意の混合物、ラセミ体なども本発明の範囲に包含される。一般式(1)で表わされる化合物が1個または2個以上の二重結合を含む場合には、該二重結合に基づく任意の幾何異性体も本発明の範囲に包含される。また一般式(1)で表わされる化合物には互変異性体が存在する場合があるが、本明細書に記載された化学構造式は便宜上これらの互変異性体の1つを記載したものであることを理解すべきである。いずれの互変異性体も本発明の範囲に包含されることはいうまでもない。
【0016】
一般式(1)で表わされる化合物のうち、特に好ましい化合物は、下記一般式(1A)で表わすことができる。
【0017】
【化1】

【0018】
一般式(1A)中、R1は水素原子または置換基を表し、該置換基としてはアルキル基、シクロアルキル基、アラルキル基、アリール基、ヘテロ環基またはアシル基が好ましい。これらの各置換基は、さらに置換されていてもよい。R2は水素原子または置換基を表し、該置換基としてはハロゲン原子またはシアノ基が好ましい。R3は水素原子または置換基を表し、該置換基としてはアルキル基、シクロアルキル基、アラルキル基、アルケニル基、アリール基、ヘテロ環基、カルボキシル基、またはスルホ基が好ましい。これらの各置換基は、さらに置換されていてもよい。RaおよびRbは各々独立に水素原子または置換基を表し、該置換基としては、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、シクロアルケニル基、アリール基、ヘテロ環基、ハロゲン原子、スルホニル基、アシル基、カルボキシル基、スルホ基、カルバモイル基、スルファモイル基、ニトロ基、シアノ基、アミノ基、アシルアミド基、スルホンアミド基、カルバモイルアミノ基、スルファモイルアミノ基が好ましく、これらの各置換基は、さらに置換されていてもよい。
【0019】
1およびA2は、いずれもが置換されていてもよい炭素原子であるか、あるいはこれらの一方が置換されていてもよい炭素原子であり、他方が窒素原子である。
aおよびRbは、−N(R4)(R5)で表わされる基が中でも好ましい。ここで、R4およびR5は、各々独立に、水素原子、アルキル基、シクロアルキル基、アラルキル基、アルケニル基、アリール基、ヘテロ環基、スルホニル基、アシル基、カルボキシル基、スルホ基、またはカルバモイル基を表す。各置換基はさらに置換されていてもよい。ただし、R4とR5が共に水素原子でない場合が好ましい。
【0020】
なお、一般式(1A)におけるR1〜R5、A1、A2は少なくとも1つのアリール基であるかアリール部位を有する基であることが特に好ましい。
以下に本発明の一般式(1)で表わされる化合物のうち、好ましい代表的な化合物例を示すが、これによって本発明が限定されることはない。
【0021】
【化2】

【0022】
上記以外に、特開2002−371079号公報に記載の例示化合物1−1〜8−3を具体的に挙げることができる。
これらの化合物は、上記公報および特開2002−322151号公報に記載の合成法もしくはこれに準じた方法で容易に合成することができる。
【0023】
次に本発明の製造方法、製造条件などについて説明する。
本発明はスルホ基を有する色素化合物の製造において、芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物の存在下にスルホ化し、その後さらに水を加えた後、50〜80℃の温度範囲で加熱処理する工程を含むことを特徴とする。水を加えることによって、スルホ化反応を停止することができる。
【0024】
本発明で使用する芳香族ニトロ化合物の例としてはニトロベンゼン、m−ジニトロベンゼン、2−ニトロトルエン、4−ニトロトルエン、2−クロロニトロベンゼン、4−クロロニトロベンゼン、2−フルオロニトロベンゼン、4−フルオロニトロベンゼン等が挙げられる。好ましくはニトロベンゼン、2−ニトロトルエン、2−クロロニトロベンゼン、4−フルオロニトロベンゼンであり、より好ましくはニトロベンゼン、2−クロロニトロベンゼン、4−フルオロニトロベンゼンであり、なおより好ましくはニトロベンゼンである。
スルホン化合物の例としてはジメチルスルホン、ジエチルスルホン、スルホラン、2,4−ジメチルスルホラン等が挙げられる。好ましくはジメチルスルホン、スルホラン、2,4−ジメチルスルホランであり、より好ましくはスルホラン、2,4−ジメチルスルホランであり、なおより好ましくはスルホランである。
これら芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物は各々単独で用いても、複数のものを組み合わせて使用してもよい。
【0025】
スルホ化反応を実施するにあたっては、原料の色素化合物を芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物と混合し、これにスルホ化剤を添加、反応せしめることが好ましい。色素化合物と混合する芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物の量は、色素化合物の構造、物性に依存するため好ましい範囲を数値として示すことは困難であるが、好ましくは色素化合物を均一に分散あるいは溶解できる必要量以上である。必要量をこえて大過剰(例えば質量で15倍以上)に使用すると反応速度の低下を招きやすく、後の操作も煩雑になり、廃棄物量の増大やコストアップにつながるため工業スケールでの製造ではかえって障害となる。本発明において所望の数のスルホ基を導入した色素化合物を得るためには、原料の色素化合物(スルホ基を全く有さないか有していても目的とするスルホ基の導入数よりスルホ基の少ない色素化合物)を分散あるいは溶解する量以上で、かつ得られた所望の色素化合が析出する量以下となるように芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物を使用することが好ましい。
【0026】
本発明におけるスルホ化剤としては、例えば日本化学会編 “新実験化学講座14 有機化合物の合成と反応 III ”,1776頁(1978年,丸善)に記載されている反応剤、具体的には発煙硫酸、三酸化硫黄、クロロ硫酸、フルオロ硫酸、アミド硫酸等が挙げられるが、本発明においては発煙硫酸または三酸化硫黄の使用が好ましく、三酸化硫黄がより好ましい。
ただし発煙硫酸は三酸化硫黄を濃硫酸に添加したものと考えることができるので、発煙硫酸を反応剤として使用した場合でも、三酸化硫黄がスルホ化剤として使用されたものとみなすことができる。
【0027】
本発明において用いられるスルホ化剤の使用量は導入するスルホ基1つあたり1.01〜6.0当量の範囲が好ましく、より好ましくは1.1〜5.0当量、さらに好ましくは1.5〜4.5当量、最も好ましくは2.0〜4.0当量である。
【0028】
本発明におけるスルホ化の反応温度は0〜100℃の範囲が好ましく、より好ましくは15〜80℃、さらに好ましくは30〜65℃である。反応時間は原料の色素化合物の構造、仕込み量、反応で使用する芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物の量、反応温度により異なるが、1〜12時間が好ましい。反応途中では原料の色素化合物中のスルホ化可能な位置のすべてにスルホ基が導入されずに、目的物よりスルホ基の導入が少ない色素化合物が初期には生成し、段階的にスルホ化反応が進行するが、これらは高速液体クロマトグラフィー(HLPC)等により検出・追跡することができる。過剰反応生成物も同様の手法で検出可能であり、これらの分析結果をもとに最適な反応条件を設定することができる。
【0029】
スルホ化反応を行った後は、まず水を加えて過剰のスルホ化剤を分解しすることで反応を停止する。水を加える際は急激な発熱を避けるため、反応混合物の内温は20〜50℃の範囲を保つことが好ましい。その後、反応混合物を50〜80℃の範囲で加熱処理する。加熱処理温度は55〜75℃がより好ましく、55〜65℃がさらに好ましい。この操作を行うことにより、目的とするスルホ基の導入数を超える過剰なスルホ化反応生成物が消失し、目的とする個数のスルホ基を有する色素化合物の生成率が向上することが、本発明者らの検討から明らかとなった。
なお、本発明においては、目的とするスルホ基の個数は、同一の芳香環に対して、1つ以下であり、これより多く同一の芳香環に導入されると、2個目以上のスルホ基が離脱しやすいことを見出したものであり、本発明における上記の加熱処理により、効果的に同一の芳香環のスルホ基が1つとなる。
【0030】
上記のように、特に同一の芳香環に、複数のスルホ基が導入された副生成物の混入抑制は目的とするスルホ基を有する色素化合物の品質向上、品質安定につながり、本発明の製造方法の大きな利点である。
上記の加熱処理を行う時間は1〜8時間の範囲が好ましく、より好ましくは30分〜6時間、さらに好ましくは1〜4時間である。
【0031】
反応混合物から目的物を単離する方法としては、酸析、晶析、塩析、抽出等に代表される化学工学的に常套の分離・精製手段を適用することが可能である。例えば加熱処理後の反応混合物に濃塩酸、硫酸、メタンスルホン酸等の酸、あるいは貧溶媒を添加、必要に応じて冷却することで目的とするスルホ基を有する色素化合物をプロトン型として析出せしめ、これを通常の固液分離によって単離する等の方法を採用することができる。スルホ基の対イオンをナトリウムイオンとする場合には、例えば加熱処理後の反応混合物を水酸化ナトリウム水溶液で中和し、その後酢酸ナトリウム等の塩化合物を加えて塩析、あるいは貧溶媒を添加、必要に応じて冷却・晶析することでスルホ基の対イオンがナトリウムイオンとなった色素化合物を析出せしめ、これを通常の固液分離によって単離してもよい。
【実施例】
【0032】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0033】
スルホ化反応の進行はHPLCによって追跡し、それぞれのピークの帰属はLC−MSによって分子量からスルホ基の個数を決定した。なお、スルホ基の個数が同じでもスルホ基の置換位置が異なる異性体混合物が存在しうるが、スルホ基の個数が同じものを合計して生成率とした。
【0034】
(実施例1)
実施例1において、以下の反応式にしたがって合成を行った。
【0035】
【化3】

【0036】
<合成法>
原料の色素化合物(1)−1(14.0g)とスルホラン(50mL)からなる混合物に、内温30℃以下で三酸化硫黄(13g)を滴下し、反応混合物を内温65℃で2.5時間攪拌した。反応混合物を40℃まで冷却し、蒸留水(15mL)を加えて反応を停止したのち、55℃〜60℃で4時間攪拌を継続した。この間の反応プロファイルをHPLCで追跡した。10%水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH1.0まで中和、さらに28%ナトリウムメトキシド/メタノール溶液を加えてpH2.2まで中和し、メタノール(40mL)を添加した。析出した無機塩を濾過して除去し、濾液に無水酢酸カリウム(7.8g)を添加した。さらにメタノール(40mL)、エタノール(160mL)をこの順に滴下し、反応混合物を内温0〜10℃で攪拌した。析出した結晶を濾過して集め、エタノールで洗浄、乾燥して目的とする例示化合物1を暗赤色粉体として得た(収量18.4g)。
【0037】
<反応評価結果>
反応混合物に蒸留水を加えて反応を停止した時点での反応混合物をLC−MSで分析した。LC条件は逆相HPLC、LC−MS測定ではイオン化法としてESI−nega法を利用した。複数個のスルホ基が導入された反応生成物はMS測定において2価アニオン(M−2H)2-として検出され、それらの値からテトラスルホ体(目的とするスルホ化数を有する色素化合物)とペンタスルホ体(過剰スルホ化体であり、4個あるベンゼン環の1つにスルホ基が2個導入されたもの)を帰属した。LC測定条件は以下の通りである。
カラム: C1カラム
溶離液: 水/アセトニトリル混合溶媒
検出波長: 550nm
【0038】
【表1】

【0039】
次に55℃〜60℃で加熱処理を行った際の反応プロファイルを以下に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
上記の通り、反応混合物の加熱処理によって過剰スルホ化体であるペンタスルホ体が消失し、テトラスルホ体の含量が増加することがわかった。
【0042】
(比較例1)
実施例1に記載した例示化合物1の合成例において、蒸留水(15mL)を加えて反応を停止し、その後55℃〜60℃での加熱処理を行うことなく10%水酸化ナトリウム水溶液で中和、以下同様の操作を行い例示化合物1を合成した。得られた例示化合物1をHPLCで分析した結果、過剰スルホ化体であるペンタスルホ体含量が9.8%、テトラスルホ体含量は78.2%であった。このものを10質量%濃度になるよう純水に溶解し、当該水溶液の70℃加熱に伴うペンタスルホ体の含量変化と硫酸イオン生成量、pH変動を調べた。
【0043】
図1の左グラフは硫酸イオン生成量とペンタスルホ体の減少量との関係、図1の右グラフは溶液pHと硫酸イオンの生成量との関係を表わしたものである。硫酸イオンの分析はイオンクロマトグラフィーで行った。ペンタスルホ体が減少すると同時に硫酸イオンが生成し、水溶液のpHが低下することが確認された。
【0044】
<テトラスルホ体、ペンタスルホ体単独での安定性評価>
ペンタスルホ体、テトラスルホ体それぞれをLCで分取して、各成分単独での安定性を1.0質量%水溶液として分析した。
図2上段左グラフはペンタスルホ体水溶液の熱経時プロファイル、図2上段右グラフは当該水溶液の熱経時による硫酸根量の変化を表わしたものである。ペンタスルホ体は安定性が低く、70℃、2週間の処理で硫酸根を放出してテトラスルホ体に変化することが明らかとなった。
テトラスルホ体についても同様の評価を行った。図2下段左グラフはテトラスルホ体水溶液の熱経時プロファイル、図2下段右グラフは当該水溶液の熱経時による硫酸根量の変化を表わしたものである。テトラスルホ体は70℃、2週間の経時でも安定であり、硫酸根の放出もなかった。
【0045】
以上の実施例1、比較例1より、スルホ化反応後に水を加えて反応を停止し、その後加熱処理することで過剰にスルホ基を有す(同一のベンゼン環に2個のスルホ基を有す)ペンタスルホ体が安定なテトラスルホ体に変化し、目的とするスルホ基を有する色素化合物の生成率が向上することがわかる。実施例1の方法で合成した例示化合物1は10質量%水溶液状態でも安定であり、pHの低下も見られなかった。
【0046】
(実施例2)
実施例2において、以下の反応式にしたがって合成を行った。
【0047】
【化4】

【0048】
原料の色素化合物(1)−2(3.0g)とスルホラン(9mL)からなる混合物に、内温30℃以下で三酸化硫黄(1.8mL)を滴下した。反応混合物を内温60℃で2.5時間攪拌ののち40℃まで冷却し、蒸留水(3.5mL)を加えて反応を停止した。反応混合物を55〜60℃で2時間攪拌ののち25℃まで冷却、4規定水酸化リチウム水溶液を加えてpH6.0まで中和し、1−ブタノールを加えて抽出した。上層の1−ブタノール層を分取し、1−ブタノール層を20%塩化リチウム水溶液で洗浄した。1−ブタノールを留去したのち、残渣に内温50℃で酢酸エチルを加えると結晶が析出した。反応混合物を50℃で30分攪拌ののち20℃まで冷却した。析出した結晶を濾過して集め、酢酸エチルおよびアセトニトリルでこの順に洗浄、乾燥して例示化合物2を暗赤色粉体として得た(収量4.1g)。
得られた例示化合物2は7.5質量%水溶液状態で70℃、15日間の経時でも安定であり、pHの低下も見られなかった。
【0049】
(実施例3)
実施例3において、以下の反応式にしたがって合成を行った。
【0050】
【化5】

【0051】
原料の色素化合物(1)−1(5.0g)とニトロベンゼン(15mL)からなる混合物に、内温20℃以下で三酸化硫黄(4mL)を滴下した。反応混合物を内温30℃で4時間攪拌の後、蒸留水(10mL)をゆっくり加えて反応を停止した。反応混合物を55〜60℃で2時間攪拌ののち25℃まで冷却、10%水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH6.0まで中和し、メタノール(10mL)を滴下した。反応混合物25℃まで冷却ののち、析出した無機塩を濾過して除去し、濾液にエタノール(75mL)を25℃にて滴下すると結晶が析出した。析出した結晶を濾過して集め、エタノールで洗浄、乾燥して例示化合物3を暗赤色粉体として得た(収量5.5g)。
得られた例示化合物3は10質量%水溶液状態で70℃、2週間の経時で安定であり、pHの低下は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の製造方法によれば、染料、カラーマーキング材料、インク、転写式ハロゲン化銀写真感光材料などの分野で有用なスルホ基を有する色素化合物を、工業的規模で経済的に、安定した品質で製造することができる。また、本発明の製造方法によれば、環境に対する悪影響が問題になっている有機塩素化合物や安全上の問題がある二硫化炭素の使用を回避することができ、過剰にスルホ化された成分の混入、それに伴う製品品質劣化といった問題も解決することができる。したがって、本発明の産業上の利用可能性は高い。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】左グラフは硫酸イオン生成量とペンタスルホ体の減少量との関係、右グラフは溶液pHと硫酸イオンの生成量との関係を表わしたものである。
【図2】上段左グラフはペンタスルホ体水溶液の熱経時プロファイル、上段右グラフは当該水溶液の熱経時による硫酸根量の変化を表わしたもの、下段左グラフはテトラスルホ体水溶液の熱経時プロファイル、下段右グラフは当該水溶液の熱経時による硫酸根量の変化を表わしたものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料の色素化合物を芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物の存在下でスルホ化し、さらに水を加えた後、50〜80℃の範囲で加熱処理する工程を含むことを特徴とするスルホ基を有する色素化合物の製造方法。
【請求項2】
前記原料の色素化合物が、分子内に少なくとも1つの芳香族基を有する色素化合物であることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記スルホ基を有する色素化合物が、少なくとも1つの芳香族基を有する色素化合物であって、該芳香族基の1つの芳香環が有するスルホ基は1つ以下であることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記原料の色素化合物が、下記一般式(1)で表わされる化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
一般式(1)
A−N=N−B
[一般式(1)中、AおよびBは、各々独立に、置換基を有してもよい複素環基を表わす。]
【請求項5】
スルホ化剤が、三酸化硫黄であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記芳香族ニトロ化合物および/またはスルホン化合物がニトロベンゼンおよび/またはスルホランであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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