セルロースの改質方法、改質セルロース、セロウロン酸、セルロース微結晶
【課題】分子量低下を抑えつつセルロースを改質する方法を提供する。
【解決手段】本発明のセルロースの改質方法は、N−オキシル化合物と、アルデヒド基を酸化する酸化剤とを含む中性又は酸性の反応溶液中で、アルカリ処理セルロース又は再生セルロースを酸化させる工程を有することを特徴とする。
【解決手段】本発明のセルロースの改質方法は、N−オキシル化合物と、アルデヒド基を酸化する酸化剤とを含む中性又は酸性の反応溶液中で、アルカリ処理セルロース又は再生セルロースを酸化させる工程を有することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースの改質方法、改質セルロース、セロウロン酸、セルロース微結晶に関するものである。
【背景技術】
【0002】
天然に多量に存在するバイオマスであるセルロースは、その安全性、強度など利点を生かし、種々の分野で用いられている。また、化学改質によって新たな機能を付加した様々な改質セルロースが利用されており、代表的な例として、セルロースの水酸基を接点としてカルボキシル基を化学的に導入することが成されている。
【0003】
例えば特許文献1,2に記載の処理方法は、主酸化剤として次亜塩素酸ナトリウムを用いてβ−グルコースの1級水酸基をカルボキシル基に酸化するものである。この処理方法によれば、アルカリとモノクロロ酢酸を用いる部分カルボキシメチル化や、クロロホルム中にN2O4を添加するカルボキシル化のように毒物や劇物を使用しないため、安全で効率的にカルボキシル基を導入することができる。
【特許文献1】特開平10−251302号公報
【特許文献2】特開2001−49591号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来の処理方法では、触媒量のNaBrとTEMPOを含むアルカリ処理セルロースや再生セルロースの水分散液に、次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)水溶液を主酸化剤として加えて酸化反応(TEMPO触媒酸化反応)を進める。この処理方法では、反応中にカルボキシル基の生成によってpHが低下するため、希水酸化ナトリウム水溶液(通常、0.5M程度のNaOH)を常に添加して反応系のpHを8〜11に維持する。
【0005】
図9,10に、次亜塩素酸ナトリウムを主酸化剤とし、臭化ナトリウム(NaBr)とTEMPOを触媒量加えることによって、セルロースの1級水酸基をアルデヒド基を経てカルボキシル基に酸化する機構を示す。上記の方法を再生セルロースあるいはマーセル化セルロース(5%以上のNaOH水溶液で膨潤させた後、水洗したセルロース)に適用した場合には、セルロースのC6位の1級水酸基のみを全て、選択的にアルデヒド基を経てカルボキシル基に酸化することにより、水溶性のセロウロン酸が得られる。また、天然セルロースに適用した場合には、セルロースの結晶構造を維持しながら、セルロースの表面に位置するC6位の1級水酸基のみを、選択的にカルボキシル基あるいはアルデヒド基に酸化することができ、C6位の水酸基がカルボキシル基又はカルボキシル基のナトリウム塩で置換された改質セルロースを得ることができる。
【0006】
しかし、本発明者らがさらに研究を重ねたところ、上記従来の処理方法及びこれにより得られる改質セルロースにおける課題も明らかになってきた。以下、かかる課題について詳細に説明する。
【0007】
(1)まず、従来の処理方法により得られる改質セルロースでは、処理前よりも大きく重合度(分子量)が低下してしまうことが判明した。例えば、再生セルロースを処理すると、未処理時には350以上である重合度が40程度にまで低下する。
そこで本発明は、分子量の低下を抑制できるセルロースの改質方法を提供することを目的の一つとする。
【0008】
(2)また、従来の処理方法では、TEMPO触媒酸化反応中に、反応液のpHを常に一定にする必要がある。そのために、反応溶液にpHメーターを設置し、希NaOH水溶液を滴下し続けるオープン型の反応系を構成しなければならず、反応容器を密閉できないことで、反応により生じるガスの処理や、反応効率の点でも不利である。
そこで本発明は、反応系の改善によりpH管理を容易にするとともに反応容器の密閉を可能にしたセルロースの改質方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明のセルロースの改質方法は、N−オキシル化合物と、アルデヒド基を酸化する酸化剤とを含む中性又は酸性の反応溶液中で、アルカリ処理セルロース又は再生セルロースを酸化させる工程を有することを特徴とする。
【0010】
本発明の改質方法では、N−オキシル化合物の存在下、アルデヒド基を酸化する酸化剤を用いて、アルカリ処理セルロースや再生セルロースの酸化処理を行うので、セルロースのC6位水酸基をカルボキシル基にまで酸化することができ、C6位にアルデヒド基が生成するのを防ぐことができる。
【0011】
ここで、従来の処理方法では、pH8〜11の弱アルカリ性条件でTEMPO触媒酸化を行うため、図11中央に示すように、C6位にアルデヒド基(CHO基)が中間体として生成する。このアルデヒド基には、pH8〜11の条件で極めて容易にベータ脱離反応が起こる。その結果、図11右側に示すように、セルロースの分子鎖が切断され、得られる改質セルロースの分子量が著しく低下すると考えられる。
これに対して本発明の改質方法では、上述したようにアルデヒド基が生成するのを防ぐことができ、仮にアルデヒド基が短時間存在したとしても、反応溶液のpHが中性又は酸性であるため、弱アルカリ〜強アルカリ性で起きるベータ脱離反応が生じることはない。したがって本発明によれば、アルデヒド基の反応によるセルロース分子鎖の切断を防ぐことができ、重合度の高い改質セルロースを得ることができる。
【0012】
また、アルデヒド基が速やかに酸化されることで、セルロースの表面にマイナス荷電を有するカルボキシル基のみが生成されるので、不水溶性の改質セルロースを水等に分散させた場合には、カルボキシル基による荷電反発作用によって改質セルロースを均一に分散させることができる。
【0013】
前記反応溶液に緩衝液を添加することが好ましい。このような方法とすることで、pH維持のために酸やアルカリを添加する必要が無くなり、pHメーターも不要になる。したがって、本発明に係る改質方法では反応容器を密閉することができる。
そして、反応容器を密閉すれば、反応系に対する加温や加圧が可能である。また反応溶液から発生するガスが系外に放出されることがないため安全面でも優れた改質方法となる。また酸化剤の分解によって生じるガスが大気に放散されることがないため、酸化剤の使用量を少なくすることができるという利点もある。
【0014】
前記酸化剤としては亜ハロゲン酸又はその塩を用いることができる。また、前記酸化剤として、過酸化水素と酸化酵素の混合物、又は過酸を用いることもできる。
これらの酸化剤を用いることで、1級水酸基をカルボキシル基に酸化することができ、C6位のアルデヒド基の生成を効果的に防ぐことができる。
【0015】
前記反応溶液のpHを4以上7以下とすることが好ましい。このような範囲とすることで、効率よく酸化剤をセルロースに作用させることができ、セルロースの改質を短時間で効率よく実施することができる。
【0016】
前記反応溶液に次亜ハロゲン酸又はその塩を添加することが好ましい。このような改質方法とすることで、反応速度を著しく向上させることができ、処理効率を大きく向上させることができる。
【0017】
前記N−オキシル化合物が、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)であることが好ましい。また、本発明に係る改質方法では、N−オキシル化合物として4−アセトアミドTEMPOを用いることで、処理効率を向上させることができる。
【0018】
次に、本発明の改質セルロースは、セルロースのC6位水酸基の全てあるいは50%以上が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されていることを特徴とする水溶性のセロウロン酸である。あるいは表面に位置するセルロースのC6位水酸基の少なくとも一部が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されていることを特徴とする水不溶性の改質セルロースである。
本発明に係る改質セルロースは、先に記載の本発明の改質方法により得られる改質セルロースであり、改質対象物によって種々の形態を採りうる。
例えば、再生セルロースを用いた場合には、従来の処理方法を用いた場合よりも重合度の高いセロウロン酸が得られる。また、アルカリ処理したセルロースを用いた場合には、不水溶性のセルロース微結晶を得ることができる。このセルロース微結晶は、その表面に導入されたカルボキシル基の荷電反発作用によって、水等の分散媒に均一に分散させることができるものである。
【0019】
なお、金属塩としては、先の改質方法で得られる典型的なものはナトリウム塩であるが、他の金属であってもよく、金属の置換によって不水溶性となったり、機能性を付与された改質セルロースも本発明の範囲に含まれる。置換可能な金属としては、カリウム、リチウムなどのアルカリ金属のほか、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、シリカ、チタン、バナジウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、銀、バリウムなど様々なものが挙げられる。これらの金属は、用途および必要物性などにより自在に選択することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明のセルロースの改質方法によれば、セルロースの1級水酸基がカルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換され、従来に比して重合度の高い改質セルロースを得ることができる。かかる改質方法は、セロウロン酸の調製やセルロース微結晶の機能化に適用することができる。
本発明の改質セルロースは、改質処理時の低分子化が抑えられた重合度の高いものであるため、高分子量のセロウロン酸となる。また、機能化されたセルロース微結晶となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
【0022】
(セルロースの改質方法)
本発明に係るセルロースの改質方法は、改質対象物であるアルカリ処理セルロースや再生セルロースに、反応溶液が中性又は酸性である条件下で、N−オキシル化合物を酸化触媒に用いて、アルデヒド基を酸化する酸化剤を作用させることで上記のセルロースを酸化させるものである。
【0023】
本発明に係る改質方法を適用できるセルロースとしては、植物資源からリグニン等の不純物を除去、精製して得る天然セルロースをいったん溶媒に溶解させて得られる再生セルロース(ビスコースレーヨン、銅アンモニアレーヨン(キュプラ)、テンセル、ポリノジック、リョセル等)のほか、セルロース(天然セルロース、再生セルロース)をアルカリ処理したものを挙げることができる。
【0024】
天然セルロースは、植物、動物、バクテリア産生ゲル等のセルロースの生合成系から単離した精製セルロースである。具体的には、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンターやコットンリント等の綿系パルプ、麦わらパルプやバガスパルプ等の非木材系パルプ、バクテリアセルロース、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロースなどを例示することができる。
【0025】
セルロースのアルカリ処理は、例えばセルロースに対してアルカリ溶液を散布したり湿潤させる方法や、アルカリ水溶液にセルロースを浸漬又は懸濁する方法により行うことができる。
アルカリとしては、通常、アルカリ金属成分、例えばアルカリ金属水酸化物(水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムなど)、アルカリ金属炭酸水溶液(炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムなど)を使用できる。これらのアルカリ金属化合物は単独で又は2種以上混合して用いてもよい。これらのうちでも、アルカリ金属水酸化物、特に水酸化ナトリウムを用いることが好ましい。用いるアルカリの濃度は、セルロースを膨潤させてセルロースI型の結晶構造を非晶あるいはセルロースII型に変換するのに必要な濃度であり、6%以上30%以下が望ましい。アルカリ処理時間は1分以上1日以下が望ましい。アルカリ処理後はろ過等により水で洗浄してアルカリを除去し、未乾燥状態で次の酸化反応に供する。
【0026】
セルロースを酸化する工程において、反応溶液におけるセルロースの分散媒には、典型的には水が用いられる。反応溶液中のセルロース濃度は、試薬(酸化剤、触媒等)の十分な溶解が可能であれば特に限定されない。通常は、反応溶液の重量に対して5%程度以下の濃度とすることが好ましい。
【0027】
また、繊維状のセルロースの改質処理を行う場合には、叩解等の表面積を拡大する処理を施してもよい。これにより反応効率を高めることができ、生産性を高めることができる。なお、セルロースは、単離、精製の後やアルカリ処理の後、ネバードライ状態で保存したものを用いることが好ましい。ネバードライ状態で保存することで、ミクロフィブリルの集束体を膨潤しやすい状態に保持することができるので、反応効率を高めることができる。
【0028】
反応溶液に添加される触媒としては、N−オキシル化合物が用いられている。N−オキシル化合物としては、TEMPO(2,2,6,6−テトラメチルピペリジンーN−オキシル)及びC4位に各種の官能基を有するTEMPO誘導体を用いることができる。特に、TEMPO及び4−アセトアミドTEMPOは、反応速度において好ましい結果が得られている。
N−オキシル化合物の添加は触媒量で十分であり、具体的には、反応溶液に対して0.1〜4mmol/lの範囲で添加すればよい。好ましくは、0.1〜2mmol/lの添加量範囲である。
【0029】
酸化剤としては、水酸基の酸化によって生成するアルデヒド基も酸化することができる酸化剤が用いられる。このような酸化剤としては、亜ハロゲン酸又はその塩(亜塩素酸ナトリウムなど)、過酸化水素と酸化酵素(ラッカーゼ)の混合物、過酸などを例示することができる。なお、過酸としては、過硫酸(過硫酸水素カリウムなど)、過酢酸、過安息香酸など、種々のものを用いることができる。酸化剤の含有量は、1〜50mmol/lの範囲とすることが好ましい。
【0030】
このようにアルデヒド基をカルボキシル基に酸化することができる酸化剤を用いることで、C6位のアルデヒド基の生成を防ぐことができる。
図1は、本発明におけるカルボキシル基の生成機構を示す図である。図1に示すように、N−オキシル化合物を触媒とした酸化反応では、グルコース成分の1級水酸基が選択的に酸化されてアルデヒド基を含む中間体が生成する可能性がある。しかし本発明では、アルデヒド基を酸化する酸化剤を含むため、この中間体のアルデヒド基は速やかに酸化され、カルボキシル基に変換される。これにより、アルデヒド基を含まない改質セルロースを得ることができる。
【0031】
また、上述した酸化剤を主酸化剤として用いるのを前提として、次亜ハロゲン酸又はその塩を添加することが好ましい。例えば、少量の次亜塩素酸ナトリウムを添加することで、反応速度を大きく向上させることができる。
図2は、次亜塩素酸ナトリウムを含む場合の反応機構を示す図である。図2に示すように、反応溶液に添加された次亜塩素酸ナトリウムは、TEMPOの酸化剤として機能し、酸化されたTEMPOがセルロースのC6位の1級水酸基を酸化してC6位にアルデヒド基を生成する。そして、生成したアルデヒド基は、主酸化剤である亜塩素酸ナトリウムによって迅速にカルボキシル基に酸化される。また、アルデヒド基の酸化の際に、亜塩素酸ナトリウムが次亜塩素酸ナトリウムに変化する。さらに、生成した次亜塩素酸ナトリウムはTEMPOの酸化剤として補充される。
このように、反応溶液に次亜塩素酸ナトリウムを添加することで、TEMPOの酸化反応を促進することができ、反応速度を高めることができる。
【0032】
なお、次亜ハロゲン酸塩等を添加量を多くしすぎると、これらが主酸化剤として機能するためにセルロースの低分子化が生じたりして所望の改質セルロースを得られなくなるおそれがある。そこで、次亜ハロゲン酸塩等の添加量は、1mmol/l程度以下とすることが好ましい。
【0033】
本発明において、反応溶液のpHは、中性から酸性の範囲で維持される。より具体的には、4以上7以下のpH範囲とすることが好ましい。特に、反応溶液のpHが8以上とならないように留意すべきである。これは、セルロースのC6位に一時的に生成するアルデヒド基によるベータ脱離反応が生じないようにするためである。
【0034】
さらに、反応溶液に緩衝液を添加することが好ましい。緩衝液としては、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液、トリス緩衝液等、種々の緩衝液を用いることができる。
緩衝液を用いて反応中のpH変化を抑えるようにすることで、pHを維持するための酸やアルカリの連続的な添加が不要になり、またpHメーターの設置も不要になる。そして、酸やアルカリの添加が不要であることから、反応容器を密閉することができる。
【0035】
ここで、図3(a)は、本発明の改質方法を実施するための装置の一例を示す図である。図3(b)は、従来の処理方法を実施するための装置を示す図である。
図3(a)に示すように、本発明の製造方法では、反応容器100に改質対象物(セルロース)、触媒、酸化剤、緩衝液等を含む反応溶液110が収容されており、さらにキャップ101により反応容器100は密閉されている。また、温浴槽120のような加熱装置を用いて、反応容器100を加熱することができ、反応温度を上昇させることができる。また場合によっては、反応容器100に内部を加圧する加圧装置を併設してもよい。
【0036】
一方、図3(b)に示す従来の処理方法では、反応溶液210を収容した反応容器200の上部は開口しており、この開口部を介して、併設されたpH調整装置250のpH電極251や、pH調整用の希NaOH溶液を供給するノズル252が反応溶液210内に設置されている。このように従来の処理方法では、反応容器210をオーブン型にせざるを得ないため、共酸化剤である次亜塩素酸ナトリウムの分解により発生した塩素ガスが大気中に一部放出されてしまう。そうすると、放出された塩素ガスを処理する装置が必要になったり、酸化剤の損失により次亜塩素酸ナトリウムを必要以上に添加しなければならなくなる。
【0037】
このように、本発明に係る改質方法では、反応容器100を密閉することができるので、反応溶液110の温度を上昇させて反応効率を高めることができる。したがって本発明によれば、セルロースを効率よく短時間で改質することができる。一方、従来の処理方法でも反応溶液210の温度を上昇させることは可能であるが、塩素ガスの放出量が増えるため、排ガス処理や酸化剤の使用量の点で好ましくない。
【0038】
本発明のセルロースの改質方法では、改質対象物であるセルロースの態様によって異なる形態の改質セルロースを得ることができる。なお、先に説明した改質処理の条件は、以下に示す改質対象物に合わせて適宜変更すべきものである。
【0039】
まず、再生セルロースを改質対象物とした場合には、高分子量のセロウロン酸を得ることができる。このセロウロン酸は、種々の用途、例えば、製紙用添加剤、糊剤、接着剤、乳化剤や保護コロイド、懸濁剤、合成洗剤のビルダー、粘性安定剤(乳剤、クリーム、ジャムなど安定剤)、結合剤、粘調剤などとして用いることができる。
【0040】
さらに、アルカリ処理したセルロースを改質対象物とした場合には、不水溶性のセルロース微結晶が得られる。このセルロース微結晶は、セルロースII型の結晶構造を有する10〜500nmサイズの微結晶(ナノクリスタル)であり、従来得られていない新規物質である。
このアルカリ処理したセルロースから得られるセルロース微結晶は、それ自体は不水溶性であるが、軽微な分散処理によって媒体中に分散させることができる。すなわち、セルロース微結晶が媒体に分散されたセルロース微結晶分散液を得ることができる。
【0041】
分散に用いる媒体(分散媒)としては、通常は水が好ましいが、水以外にも目的に応じて親水性の有機溶媒を用いることができる。このような親水性有機溶媒としては、水に可溶のアルコール類(メタノール、エタノール、イソプロパノール、イソブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、エチレングリコール、グリセリン等)、エーテル類(エチレングリコールジメチルエーテル、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン)やN,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキサイド等を例示することができる。さらに、複数種の親水性有機溶媒を混合したものであってもよい。
【0042】
分散工程において用いる分散装置としては、一般的なバス型超音波照射装置や家庭用ミキサーで十分であるが、超音波ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、二軸混練り装置等の装置を用いてもよい。これらのほかにも、家庭用や工業生産用に汎用的に用いられる分散装置で容易にセルロース微結晶分散液を得られる。
【0043】
(改質セルロース)
次に、以上に説明した本発明の改質方法により得られる改質セルロースは、表面に位置するセルロースのC6位水酸基の少なくとも一部が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されている改質セルロースとして特定することができる。また本発明のセロウロン酸は、セルロースのC6位水酸基の全て又は50%以上が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されているセロウロン酸として特定することができる。
あるいは、表面に位置するセルロースのC6位水酸基の少なくとも一部がカルボキシル基の金属塩で置換され、かつアルデヒド基の含有量が0.05mmol/g未満である改質セルロース又はセロウロン酸として特定することができる。
【0044】
すなわち、改質セルロースの表面あるいはセロウロン酸において、C6位のアルデヒド基が全く無い、あるいは全く無いとみなせるものである。なお、アルデヒド基が全く無いとみなせる場合というのは、アルデヒド基の含有量が0.05mmol/g未満であることに対応する。
このような範囲とすることで、アルデヒド基に起因する重合度の低下が抑えられ、所望の改質効果を得ることができる。アルデヒド基の量は、より好ましくは0.01mmol/g以下であり、さらに好ましくは、0.001mmol/g以下である。
なお、現在知られている測定方法におけるアルデヒド基の検出限界が0.001mmol/g程度であるから、望ましい態様としては、測定を行ってもアルデヒド基が検出されない改質セルロースである。
また、従来の処理方法では、TEMPO触媒酸化において、必ずカルボキシル基とアルデヒド基の双方が生成する。したがって本発明の改質セルロースは、上記の特徴によって従来の処理方法で得られる改質セルロースとは明確に異なるものとして特定することができる。
【0045】
また、本発明に係る改質セルロースは、C6位のアルデヒド基を含まないものであることで、加熱による変性を生じにくいものとなっている。すなわち、従来の処理方法でセルロースを処理すると、高温に加熱したときに着色を生じる改質セルロースとなるが、本発明に係る改質セルロースでは、このような着色は生じない。したがって本発明によれば、加熱される用途にも好適に用いることができる改質セルロースを得ることができる。
【0046】
なお、従来の処理方法で得られる改質セルロースに着色が生じるのは、以下の理由によると考えられる。従来の処理方法で得られる改質セルロースの表面に生成するアルデヒド基は、0.5mmol/g以下(通常0.3mmol/g以下)とカルボキシル基に比べて少量であるが、洗浄後の改質セルロースの表面にも残存している。そのために、アルデヒド基を有する還元糖におけるキャラメル化と同様の反応により着色が生じると考えられる。
【0047】
なお、本発明に係る改質セルロースにおいて、カルボキシル基含有量は0.05mmol/g〜5mmol/gであることが好ましく、0.05mmol/g〜1mmol/gであることがより好ましい。さらには、0.05mmol/g〜1mmol/gであることが望ましい。
また、金属塩を形成する金属としては、ナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、シリカ、チタン、バナジウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、銀、バリウムなどを挙げることができる。これらの金属は必要とされる物性や用途に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
(実施例1)
本実施例では、本発明に係るセルロースの改質方法を用いたセロウロン酸の製造方法について説明する。
【0050】
再生セルロース(旭化成社製ベンリーゼ:重合度680)1gを、pH4.8に調整した0.1M酢酸水溶液に分散させた。
三角フラスコに入れた分散液に、4−アセトアミド−TEMPOを0.096g(0.45mmol)、次亜塩素酸ナトリウムの9%溶液を0.83ml(1mmol)、市販の80%亜塩素酸ナトリウムを1.70g(15mmol)添加して反応溶液を調製した。その後、三角フラスコを密閉し、60℃に保持した状態でマグネチックスターラーで攪拌した。
【0051】
次に、エタノール:水=3:1の溶液に反応溶液を注入し、反応溶液中の固形分をエタノール:水=3:1の洗浄液によってろ過あるいは遠心分離洗浄した。次いで、得られた固形分を乾燥させることで、セルロースをTEMPO酸化させたセロウロン酸を得た。
【0052】
そして、得られたセロウロン酸を水に溶解させ、13C−NMRスペクトルを測定した。測定結果を図4に示す。図4に示すように、60ppm付近のセルロースのC6位のピークが全く観測されていないことから、上記の製造手順により均一な化学構造を有するセロウロン酸が得られていることが確認された。
【0053】
また、本発明者らは、触媒及び緩衝液の種類、及び反応時間を上記の製造手順から変更してセロウロン酸を調製した。
具体的には、触媒の種類(TEMPO、4−アセトアミド−TEMPO)と、緩衝液の種類(pH4.8酢酸緩衝液、pH6.8リン酸緩衝液)とをそれぞれ組み合わせた4種類の反応溶液を用い、反応時間(8時間、24時間、72時間)を変えてセロウロン酸を調製した。
そして、得られたセロウロン酸について、カルボキシル基の量の測定と、重合度の測定を行った。
【0054】
カルボキシル基の量は、以下の手法により測定することができる。
まず、乾燥重量を精秤したセロウロン酸試料から0.5〜1重量%のスラリーを60ml調製し、0.1Mの塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して電気伝導度を測定する。測定はpHが11になるまで続ける。そして、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下式を用いて官能基量を決定する。この官能基量がカルボキシル基の量である。
官能基量(mmol/g)=V(ml)×0.05/セルロースの質量(g)
【0055】
図5は、上記各試料についてのカルボキシル基量の測定結果を示すグラフである。
図5に示す結果から、4−アセトアミド−TEMPOを用いた場合、初期(反応時間が短い条件)では、pH4.8の酢酸緩衝液の方が効率が高くなるが、24時間以上の条件では酢酸緩衝液とリン酸緩衝液で差がないことが確認された。これに対して、TEMPOを用いた場合には、pH6.8のリン酸緩衝液を用いた場合の方が反応効率が高くなった。
【0056】
なお、上記と同様の式からアルデヒド基の量も測定することができる。上記のカルボキシル基量の測定に供したセルロース試料を、酢酸でpH4〜5に調整した2%亜塩素酸ナトリウム水溶液中でさらに48時間常温で酸化し、上記手法によって再び官能基量を測定する。測定された官能基量から上記カルボキシル基の量を引いた量がアルデヒド基の量である。
【0057】
次に、重合度の測定結果について説明する。本願明細書において重合度とは、「1本のセルロース分子中に含まれる平均グルコース成分の数」であり、重合度に162をかければ分子量となる。本実施例では、0.5Mの銅エチレンジアミン溶液に、前もって水素化ホウ素ナトリウムで還元して、残存アルデヒド基をアルコールに還元した後に各酸化セルロース試料を溶解させ、粘度法にて重合度を求めた。銅エチレンジアミン溶液はアルカリ性であるため、酸化セルロース中にアルデヒド基が残存していた場合には、溶解過程でベータ脱離反応が起こって分子量が低下してしまう可能性があるために、予め還元処理してアルデヒド基をアルコール性水酸基に変換しておいた。0.5Mの銅エチレンジアミン溶液に溶解させたセルロースの粘度から、セルロースの重合度を求める式については、以下の文献を参考にした。
【0058】
(文献)Isogai, A., Mutoh, N., Onabe, F., Usuda, M., “Viscosity measurements of cellulose/SO2-amine-dimethylsulfoxide solution”, Sen’i Gakkaishi, 45, 299-306 (1989).
【0059】
図6は、重合度の測定結果を示すグラフである。図6に示すように、いずれの条件においても、セロウロン酸の重合度は、改質処理を施さないセルロース(重合度680)に比べて低下しており、130〜220程度である。しかし、従来の処理方法で得られるセロウロン酸の重合度は40程度であるから、本発明に係る改質方法により得られるセロウロン酸は従来品に比して十分に高い重合度を有している。
【0060】
(実施例2)
本実施例では、本発明に係るセルロースの改質方法を用いたセルロース微結晶の機能化について説明する。
【0061】
本実施例では、改質対象物として、以下の手順でアルカリ処理したセルロースを用いた。
針葉樹漂白クラフトパルプと、広葉樹クラフトパルプをそれぞれ20%水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、これらを水洗浄してアルカリ処理セルロース(マーセル化セルロース)を得た。そして、このアルカリ処理セルロースを、上記実施例1で用いた反応溶液によって改質処理した。得られた改質セルロースは、実施例1で調製したセロウロン酸と異なり、精製後も水には溶解しないものであった。
【0062】
また、得られた改質セルロースについて、カルボキシル基量の測定と、X線回折パターンの測定を行った。
図7は、カルボキシル基量の測定結果を示すグラフである。図7に示すように、アルカリ処理セルロースを用いた場合には、再生セルロースを用いた場合と比べるとカルボキシル基の導入量は少ないことが確認された。また、X線回折パターンの測定結果から、本実施例の改質セルロースはセルロースII型の結晶形を有しており、改質処理後もその結晶化度を維持していることが確認された。
【0063】
次に、得られた改質セルロースを水に分散させ、超音波照射処理したところ、透明な分散液が得られた。
図8は、かかる水分散液の乾燥物の電子顕微鏡写真である。図8に示すように、本実施例で得られた改質セルロースは、10〜500nm程度のサイズのセルロース微結晶(ナノクリスタル)であることが判明した。
このように、本発明に係るセルロースの改質方法をアルカリ処理セルロースに適用することで、セルロースII型の結晶形を有し、表面にカルボキシル基が導入されたセルロース微結晶及びその分散液を調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明に係る改質方法におけるカルボキシル基の生成機構を示す図
【図2】本発明に係る改質方法におけるセルロースの酸化機構を示す図
【図3】本発明に係る改質方法及び従来の処理方法で使用される装置を示す図
【図4】実施例1に係るNMRスペクトル測定結果を示すグラフ
【図5】実施例1に係るセロウロン酸のカルボキシル基量測定結果
【図6】実施例1に係るセロウロン酸の重合度測定結果
【図7】実施例2に係る改質セルロースのカルボキシル基量測定結果
【図8】実施例2に係る改質セルロースの電子顕微鏡写真
【図9】従来処理方法におけるセルロースの酸化機構を示す図
【図10】従来処理方法におけるセルロースの酸化機構を示す図
【図11】ベータ脱離反応による分子鎖の切断を説明する図
【符号の説明】
【0065】
100 反応容器、101 キャップ、110 反応溶液、120 加熱装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースの改質方法、改質セルロース、セロウロン酸、セルロース微結晶に関するものである。
【背景技術】
【0002】
天然に多量に存在するバイオマスであるセルロースは、その安全性、強度など利点を生かし、種々の分野で用いられている。また、化学改質によって新たな機能を付加した様々な改質セルロースが利用されており、代表的な例として、セルロースの水酸基を接点としてカルボキシル基を化学的に導入することが成されている。
【0003】
例えば特許文献1,2に記載の処理方法は、主酸化剤として次亜塩素酸ナトリウムを用いてβ−グルコースの1級水酸基をカルボキシル基に酸化するものである。この処理方法によれば、アルカリとモノクロロ酢酸を用いる部分カルボキシメチル化や、クロロホルム中にN2O4を添加するカルボキシル化のように毒物や劇物を使用しないため、安全で効率的にカルボキシル基を導入することができる。
【特許文献1】特開平10−251302号公報
【特許文献2】特開2001−49591号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来の処理方法では、触媒量のNaBrとTEMPOを含むアルカリ処理セルロースや再生セルロースの水分散液に、次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)水溶液を主酸化剤として加えて酸化反応(TEMPO触媒酸化反応)を進める。この処理方法では、反応中にカルボキシル基の生成によってpHが低下するため、希水酸化ナトリウム水溶液(通常、0.5M程度のNaOH)を常に添加して反応系のpHを8〜11に維持する。
【0005】
図9,10に、次亜塩素酸ナトリウムを主酸化剤とし、臭化ナトリウム(NaBr)とTEMPOを触媒量加えることによって、セルロースの1級水酸基をアルデヒド基を経てカルボキシル基に酸化する機構を示す。上記の方法を再生セルロースあるいはマーセル化セルロース(5%以上のNaOH水溶液で膨潤させた後、水洗したセルロース)に適用した場合には、セルロースのC6位の1級水酸基のみを全て、選択的にアルデヒド基を経てカルボキシル基に酸化することにより、水溶性のセロウロン酸が得られる。また、天然セルロースに適用した場合には、セルロースの結晶構造を維持しながら、セルロースの表面に位置するC6位の1級水酸基のみを、選択的にカルボキシル基あるいはアルデヒド基に酸化することができ、C6位の水酸基がカルボキシル基又はカルボキシル基のナトリウム塩で置換された改質セルロースを得ることができる。
【0006】
しかし、本発明者らがさらに研究を重ねたところ、上記従来の処理方法及びこれにより得られる改質セルロースにおける課題も明らかになってきた。以下、かかる課題について詳細に説明する。
【0007】
(1)まず、従来の処理方法により得られる改質セルロースでは、処理前よりも大きく重合度(分子量)が低下してしまうことが判明した。例えば、再生セルロースを処理すると、未処理時には350以上である重合度が40程度にまで低下する。
そこで本発明は、分子量の低下を抑制できるセルロースの改質方法を提供することを目的の一つとする。
【0008】
(2)また、従来の処理方法では、TEMPO触媒酸化反応中に、反応液のpHを常に一定にする必要がある。そのために、反応溶液にpHメーターを設置し、希NaOH水溶液を滴下し続けるオープン型の反応系を構成しなければならず、反応容器を密閉できないことで、反応により生じるガスの処理や、反応効率の点でも不利である。
そこで本発明は、反応系の改善によりpH管理を容易にするとともに反応容器の密閉を可能にしたセルロースの改質方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明のセルロースの改質方法は、N−オキシル化合物と、アルデヒド基を酸化する酸化剤とを含む中性又は酸性の反応溶液中で、アルカリ処理セルロース又は再生セルロースを酸化させる工程を有することを特徴とする。
【0010】
本発明の改質方法では、N−オキシル化合物の存在下、アルデヒド基を酸化する酸化剤を用いて、アルカリ処理セルロースや再生セルロースの酸化処理を行うので、セルロースのC6位水酸基をカルボキシル基にまで酸化することができ、C6位にアルデヒド基が生成するのを防ぐことができる。
【0011】
ここで、従来の処理方法では、pH8〜11の弱アルカリ性条件でTEMPO触媒酸化を行うため、図11中央に示すように、C6位にアルデヒド基(CHO基)が中間体として生成する。このアルデヒド基には、pH8〜11の条件で極めて容易にベータ脱離反応が起こる。その結果、図11右側に示すように、セルロースの分子鎖が切断され、得られる改質セルロースの分子量が著しく低下すると考えられる。
これに対して本発明の改質方法では、上述したようにアルデヒド基が生成するのを防ぐことができ、仮にアルデヒド基が短時間存在したとしても、反応溶液のpHが中性又は酸性であるため、弱アルカリ〜強アルカリ性で起きるベータ脱離反応が生じることはない。したがって本発明によれば、アルデヒド基の反応によるセルロース分子鎖の切断を防ぐことができ、重合度の高い改質セルロースを得ることができる。
【0012】
また、アルデヒド基が速やかに酸化されることで、セルロースの表面にマイナス荷電を有するカルボキシル基のみが生成されるので、不水溶性の改質セルロースを水等に分散させた場合には、カルボキシル基による荷電反発作用によって改質セルロースを均一に分散させることができる。
【0013】
前記反応溶液に緩衝液を添加することが好ましい。このような方法とすることで、pH維持のために酸やアルカリを添加する必要が無くなり、pHメーターも不要になる。したがって、本発明に係る改質方法では反応容器を密閉することができる。
そして、反応容器を密閉すれば、反応系に対する加温や加圧が可能である。また反応溶液から発生するガスが系外に放出されることがないため安全面でも優れた改質方法となる。また酸化剤の分解によって生じるガスが大気に放散されることがないため、酸化剤の使用量を少なくすることができるという利点もある。
【0014】
前記酸化剤としては亜ハロゲン酸又はその塩を用いることができる。また、前記酸化剤として、過酸化水素と酸化酵素の混合物、又は過酸を用いることもできる。
これらの酸化剤を用いることで、1級水酸基をカルボキシル基に酸化することができ、C6位のアルデヒド基の生成を効果的に防ぐことができる。
【0015】
前記反応溶液のpHを4以上7以下とすることが好ましい。このような範囲とすることで、効率よく酸化剤をセルロースに作用させることができ、セルロースの改質を短時間で効率よく実施することができる。
【0016】
前記反応溶液に次亜ハロゲン酸又はその塩を添加することが好ましい。このような改質方法とすることで、反応速度を著しく向上させることができ、処理効率を大きく向上させることができる。
【0017】
前記N−オキシル化合物が、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)であることが好ましい。また、本発明に係る改質方法では、N−オキシル化合物として4−アセトアミドTEMPOを用いることで、処理効率を向上させることができる。
【0018】
次に、本発明の改質セルロースは、セルロースのC6位水酸基の全てあるいは50%以上が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されていることを特徴とする水溶性のセロウロン酸である。あるいは表面に位置するセルロースのC6位水酸基の少なくとも一部が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されていることを特徴とする水不溶性の改質セルロースである。
本発明に係る改質セルロースは、先に記載の本発明の改質方法により得られる改質セルロースであり、改質対象物によって種々の形態を採りうる。
例えば、再生セルロースを用いた場合には、従来の処理方法を用いた場合よりも重合度の高いセロウロン酸が得られる。また、アルカリ処理したセルロースを用いた場合には、不水溶性のセルロース微結晶を得ることができる。このセルロース微結晶は、その表面に導入されたカルボキシル基の荷電反発作用によって、水等の分散媒に均一に分散させることができるものである。
【0019】
なお、金属塩としては、先の改質方法で得られる典型的なものはナトリウム塩であるが、他の金属であってもよく、金属の置換によって不水溶性となったり、機能性を付与された改質セルロースも本発明の範囲に含まれる。置換可能な金属としては、カリウム、リチウムなどのアルカリ金属のほか、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、シリカ、チタン、バナジウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、銀、バリウムなど様々なものが挙げられる。これらの金属は、用途および必要物性などにより自在に選択することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明のセルロースの改質方法によれば、セルロースの1級水酸基がカルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換され、従来に比して重合度の高い改質セルロースを得ることができる。かかる改質方法は、セロウロン酸の調製やセルロース微結晶の機能化に適用することができる。
本発明の改質セルロースは、改質処理時の低分子化が抑えられた重合度の高いものであるため、高分子量のセロウロン酸となる。また、機能化されたセルロース微結晶となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
【0022】
(セルロースの改質方法)
本発明に係るセルロースの改質方法は、改質対象物であるアルカリ処理セルロースや再生セルロースに、反応溶液が中性又は酸性である条件下で、N−オキシル化合物を酸化触媒に用いて、アルデヒド基を酸化する酸化剤を作用させることで上記のセルロースを酸化させるものである。
【0023】
本発明に係る改質方法を適用できるセルロースとしては、植物資源からリグニン等の不純物を除去、精製して得る天然セルロースをいったん溶媒に溶解させて得られる再生セルロース(ビスコースレーヨン、銅アンモニアレーヨン(キュプラ)、テンセル、ポリノジック、リョセル等)のほか、セルロース(天然セルロース、再生セルロース)をアルカリ処理したものを挙げることができる。
【0024】
天然セルロースは、植物、動物、バクテリア産生ゲル等のセルロースの生合成系から単離した精製セルロースである。具体的には、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンターやコットンリント等の綿系パルプ、麦わらパルプやバガスパルプ等の非木材系パルプ、バクテリアセルロース、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロースなどを例示することができる。
【0025】
セルロースのアルカリ処理は、例えばセルロースに対してアルカリ溶液を散布したり湿潤させる方法や、アルカリ水溶液にセルロースを浸漬又は懸濁する方法により行うことができる。
アルカリとしては、通常、アルカリ金属成分、例えばアルカリ金属水酸化物(水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムなど)、アルカリ金属炭酸水溶液(炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムなど)を使用できる。これらのアルカリ金属化合物は単独で又は2種以上混合して用いてもよい。これらのうちでも、アルカリ金属水酸化物、特に水酸化ナトリウムを用いることが好ましい。用いるアルカリの濃度は、セルロースを膨潤させてセルロースI型の結晶構造を非晶あるいはセルロースII型に変換するのに必要な濃度であり、6%以上30%以下が望ましい。アルカリ処理時間は1分以上1日以下が望ましい。アルカリ処理後はろ過等により水で洗浄してアルカリを除去し、未乾燥状態で次の酸化反応に供する。
【0026】
セルロースを酸化する工程において、反応溶液におけるセルロースの分散媒には、典型的には水が用いられる。反応溶液中のセルロース濃度は、試薬(酸化剤、触媒等)の十分な溶解が可能であれば特に限定されない。通常は、反応溶液の重量に対して5%程度以下の濃度とすることが好ましい。
【0027】
また、繊維状のセルロースの改質処理を行う場合には、叩解等の表面積を拡大する処理を施してもよい。これにより反応効率を高めることができ、生産性を高めることができる。なお、セルロースは、単離、精製の後やアルカリ処理の後、ネバードライ状態で保存したものを用いることが好ましい。ネバードライ状態で保存することで、ミクロフィブリルの集束体を膨潤しやすい状態に保持することができるので、反応効率を高めることができる。
【0028】
反応溶液に添加される触媒としては、N−オキシル化合物が用いられている。N−オキシル化合物としては、TEMPO(2,2,6,6−テトラメチルピペリジンーN−オキシル)及びC4位に各種の官能基を有するTEMPO誘導体を用いることができる。特に、TEMPO及び4−アセトアミドTEMPOは、反応速度において好ましい結果が得られている。
N−オキシル化合物の添加は触媒量で十分であり、具体的には、反応溶液に対して0.1〜4mmol/lの範囲で添加すればよい。好ましくは、0.1〜2mmol/lの添加量範囲である。
【0029】
酸化剤としては、水酸基の酸化によって生成するアルデヒド基も酸化することができる酸化剤が用いられる。このような酸化剤としては、亜ハロゲン酸又はその塩(亜塩素酸ナトリウムなど)、過酸化水素と酸化酵素(ラッカーゼ)の混合物、過酸などを例示することができる。なお、過酸としては、過硫酸(過硫酸水素カリウムなど)、過酢酸、過安息香酸など、種々のものを用いることができる。酸化剤の含有量は、1〜50mmol/lの範囲とすることが好ましい。
【0030】
このようにアルデヒド基をカルボキシル基に酸化することができる酸化剤を用いることで、C6位のアルデヒド基の生成を防ぐことができる。
図1は、本発明におけるカルボキシル基の生成機構を示す図である。図1に示すように、N−オキシル化合物を触媒とした酸化反応では、グルコース成分の1級水酸基が選択的に酸化されてアルデヒド基を含む中間体が生成する可能性がある。しかし本発明では、アルデヒド基を酸化する酸化剤を含むため、この中間体のアルデヒド基は速やかに酸化され、カルボキシル基に変換される。これにより、アルデヒド基を含まない改質セルロースを得ることができる。
【0031】
また、上述した酸化剤を主酸化剤として用いるのを前提として、次亜ハロゲン酸又はその塩を添加することが好ましい。例えば、少量の次亜塩素酸ナトリウムを添加することで、反応速度を大きく向上させることができる。
図2は、次亜塩素酸ナトリウムを含む場合の反応機構を示す図である。図2に示すように、反応溶液に添加された次亜塩素酸ナトリウムは、TEMPOの酸化剤として機能し、酸化されたTEMPOがセルロースのC6位の1級水酸基を酸化してC6位にアルデヒド基を生成する。そして、生成したアルデヒド基は、主酸化剤である亜塩素酸ナトリウムによって迅速にカルボキシル基に酸化される。また、アルデヒド基の酸化の際に、亜塩素酸ナトリウムが次亜塩素酸ナトリウムに変化する。さらに、生成した次亜塩素酸ナトリウムはTEMPOの酸化剤として補充される。
このように、反応溶液に次亜塩素酸ナトリウムを添加することで、TEMPOの酸化反応を促進することができ、反応速度を高めることができる。
【0032】
なお、次亜ハロゲン酸塩等を添加量を多くしすぎると、これらが主酸化剤として機能するためにセルロースの低分子化が生じたりして所望の改質セルロースを得られなくなるおそれがある。そこで、次亜ハロゲン酸塩等の添加量は、1mmol/l程度以下とすることが好ましい。
【0033】
本発明において、反応溶液のpHは、中性から酸性の範囲で維持される。より具体的には、4以上7以下のpH範囲とすることが好ましい。特に、反応溶液のpHが8以上とならないように留意すべきである。これは、セルロースのC6位に一時的に生成するアルデヒド基によるベータ脱離反応が生じないようにするためである。
【0034】
さらに、反応溶液に緩衝液を添加することが好ましい。緩衝液としては、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液、トリス緩衝液等、種々の緩衝液を用いることができる。
緩衝液を用いて反応中のpH変化を抑えるようにすることで、pHを維持するための酸やアルカリの連続的な添加が不要になり、またpHメーターの設置も不要になる。そして、酸やアルカリの添加が不要であることから、反応容器を密閉することができる。
【0035】
ここで、図3(a)は、本発明の改質方法を実施するための装置の一例を示す図である。図3(b)は、従来の処理方法を実施するための装置を示す図である。
図3(a)に示すように、本発明の製造方法では、反応容器100に改質対象物(セルロース)、触媒、酸化剤、緩衝液等を含む反応溶液110が収容されており、さらにキャップ101により反応容器100は密閉されている。また、温浴槽120のような加熱装置を用いて、反応容器100を加熱することができ、反応温度を上昇させることができる。また場合によっては、反応容器100に内部を加圧する加圧装置を併設してもよい。
【0036】
一方、図3(b)に示す従来の処理方法では、反応溶液210を収容した反応容器200の上部は開口しており、この開口部を介して、併設されたpH調整装置250のpH電極251や、pH調整用の希NaOH溶液を供給するノズル252が反応溶液210内に設置されている。このように従来の処理方法では、反応容器210をオーブン型にせざるを得ないため、共酸化剤である次亜塩素酸ナトリウムの分解により発生した塩素ガスが大気中に一部放出されてしまう。そうすると、放出された塩素ガスを処理する装置が必要になったり、酸化剤の損失により次亜塩素酸ナトリウムを必要以上に添加しなければならなくなる。
【0037】
このように、本発明に係る改質方法では、反応容器100を密閉することができるので、反応溶液110の温度を上昇させて反応効率を高めることができる。したがって本発明によれば、セルロースを効率よく短時間で改質することができる。一方、従来の処理方法でも反応溶液210の温度を上昇させることは可能であるが、塩素ガスの放出量が増えるため、排ガス処理や酸化剤の使用量の点で好ましくない。
【0038】
本発明のセルロースの改質方法では、改質対象物であるセルロースの態様によって異なる形態の改質セルロースを得ることができる。なお、先に説明した改質処理の条件は、以下に示す改質対象物に合わせて適宜変更すべきものである。
【0039】
まず、再生セルロースを改質対象物とした場合には、高分子量のセロウロン酸を得ることができる。このセロウロン酸は、種々の用途、例えば、製紙用添加剤、糊剤、接着剤、乳化剤や保護コロイド、懸濁剤、合成洗剤のビルダー、粘性安定剤(乳剤、クリーム、ジャムなど安定剤)、結合剤、粘調剤などとして用いることができる。
【0040】
さらに、アルカリ処理したセルロースを改質対象物とした場合には、不水溶性のセルロース微結晶が得られる。このセルロース微結晶は、セルロースII型の結晶構造を有する10〜500nmサイズの微結晶(ナノクリスタル)であり、従来得られていない新規物質である。
このアルカリ処理したセルロースから得られるセルロース微結晶は、それ自体は不水溶性であるが、軽微な分散処理によって媒体中に分散させることができる。すなわち、セルロース微結晶が媒体に分散されたセルロース微結晶分散液を得ることができる。
【0041】
分散に用いる媒体(分散媒)としては、通常は水が好ましいが、水以外にも目的に応じて親水性の有機溶媒を用いることができる。このような親水性有機溶媒としては、水に可溶のアルコール類(メタノール、エタノール、イソプロパノール、イソブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、エチレングリコール、グリセリン等)、エーテル類(エチレングリコールジメチルエーテル、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン)やN,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキサイド等を例示することができる。さらに、複数種の親水性有機溶媒を混合したものであってもよい。
【0042】
分散工程において用いる分散装置としては、一般的なバス型超音波照射装置や家庭用ミキサーで十分であるが、超音波ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、二軸混練り装置等の装置を用いてもよい。これらのほかにも、家庭用や工業生産用に汎用的に用いられる分散装置で容易にセルロース微結晶分散液を得られる。
【0043】
(改質セルロース)
次に、以上に説明した本発明の改質方法により得られる改質セルロースは、表面に位置するセルロースのC6位水酸基の少なくとも一部が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されている改質セルロースとして特定することができる。また本発明のセロウロン酸は、セルロースのC6位水酸基の全て又は50%以上が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されているセロウロン酸として特定することができる。
あるいは、表面に位置するセルロースのC6位水酸基の少なくとも一部がカルボキシル基の金属塩で置換され、かつアルデヒド基の含有量が0.05mmol/g未満である改質セルロース又はセロウロン酸として特定することができる。
【0044】
すなわち、改質セルロースの表面あるいはセロウロン酸において、C6位のアルデヒド基が全く無い、あるいは全く無いとみなせるものである。なお、アルデヒド基が全く無いとみなせる場合というのは、アルデヒド基の含有量が0.05mmol/g未満であることに対応する。
このような範囲とすることで、アルデヒド基に起因する重合度の低下が抑えられ、所望の改質効果を得ることができる。アルデヒド基の量は、より好ましくは0.01mmol/g以下であり、さらに好ましくは、0.001mmol/g以下である。
なお、現在知られている測定方法におけるアルデヒド基の検出限界が0.001mmol/g程度であるから、望ましい態様としては、測定を行ってもアルデヒド基が検出されない改質セルロースである。
また、従来の処理方法では、TEMPO触媒酸化において、必ずカルボキシル基とアルデヒド基の双方が生成する。したがって本発明の改質セルロースは、上記の特徴によって従来の処理方法で得られる改質セルロースとは明確に異なるものとして特定することができる。
【0045】
また、本発明に係る改質セルロースは、C6位のアルデヒド基を含まないものであることで、加熱による変性を生じにくいものとなっている。すなわち、従来の処理方法でセルロースを処理すると、高温に加熱したときに着色を生じる改質セルロースとなるが、本発明に係る改質セルロースでは、このような着色は生じない。したがって本発明によれば、加熱される用途にも好適に用いることができる改質セルロースを得ることができる。
【0046】
なお、従来の処理方法で得られる改質セルロースに着色が生じるのは、以下の理由によると考えられる。従来の処理方法で得られる改質セルロースの表面に生成するアルデヒド基は、0.5mmol/g以下(通常0.3mmol/g以下)とカルボキシル基に比べて少量であるが、洗浄後の改質セルロースの表面にも残存している。そのために、アルデヒド基を有する還元糖におけるキャラメル化と同様の反応により着色が生じると考えられる。
【0047】
なお、本発明に係る改質セルロースにおいて、カルボキシル基含有量は0.05mmol/g〜5mmol/gであることが好ましく、0.05mmol/g〜1mmol/gであることがより好ましい。さらには、0.05mmol/g〜1mmol/gであることが望ましい。
また、金属塩を形成する金属としては、ナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、シリカ、チタン、バナジウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、銀、バリウムなどを挙げることができる。これらの金属は必要とされる物性や用途に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
(実施例1)
本実施例では、本発明に係るセルロースの改質方法を用いたセロウロン酸の製造方法について説明する。
【0050】
再生セルロース(旭化成社製ベンリーゼ:重合度680)1gを、pH4.8に調整した0.1M酢酸水溶液に分散させた。
三角フラスコに入れた分散液に、4−アセトアミド−TEMPOを0.096g(0.45mmol)、次亜塩素酸ナトリウムの9%溶液を0.83ml(1mmol)、市販の80%亜塩素酸ナトリウムを1.70g(15mmol)添加して反応溶液を調製した。その後、三角フラスコを密閉し、60℃に保持した状態でマグネチックスターラーで攪拌した。
【0051】
次に、エタノール:水=3:1の溶液に反応溶液を注入し、反応溶液中の固形分をエタノール:水=3:1の洗浄液によってろ過あるいは遠心分離洗浄した。次いで、得られた固形分を乾燥させることで、セルロースをTEMPO酸化させたセロウロン酸を得た。
【0052】
そして、得られたセロウロン酸を水に溶解させ、13C−NMRスペクトルを測定した。測定結果を図4に示す。図4に示すように、60ppm付近のセルロースのC6位のピークが全く観測されていないことから、上記の製造手順により均一な化学構造を有するセロウロン酸が得られていることが確認された。
【0053】
また、本発明者らは、触媒及び緩衝液の種類、及び反応時間を上記の製造手順から変更してセロウロン酸を調製した。
具体的には、触媒の種類(TEMPO、4−アセトアミド−TEMPO)と、緩衝液の種類(pH4.8酢酸緩衝液、pH6.8リン酸緩衝液)とをそれぞれ組み合わせた4種類の反応溶液を用い、反応時間(8時間、24時間、72時間)を変えてセロウロン酸を調製した。
そして、得られたセロウロン酸について、カルボキシル基の量の測定と、重合度の測定を行った。
【0054】
カルボキシル基の量は、以下の手法により測定することができる。
まず、乾燥重量を精秤したセロウロン酸試料から0.5〜1重量%のスラリーを60ml調製し、0.1Mの塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して電気伝導度を測定する。測定はpHが11になるまで続ける。そして、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下式を用いて官能基量を決定する。この官能基量がカルボキシル基の量である。
官能基量(mmol/g)=V(ml)×0.05/セルロースの質量(g)
【0055】
図5は、上記各試料についてのカルボキシル基量の測定結果を示すグラフである。
図5に示す結果から、4−アセトアミド−TEMPOを用いた場合、初期(反応時間が短い条件)では、pH4.8の酢酸緩衝液の方が効率が高くなるが、24時間以上の条件では酢酸緩衝液とリン酸緩衝液で差がないことが確認された。これに対して、TEMPOを用いた場合には、pH6.8のリン酸緩衝液を用いた場合の方が反応効率が高くなった。
【0056】
なお、上記と同様の式からアルデヒド基の量も測定することができる。上記のカルボキシル基量の測定に供したセルロース試料を、酢酸でpH4〜5に調整した2%亜塩素酸ナトリウム水溶液中でさらに48時間常温で酸化し、上記手法によって再び官能基量を測定する。測定された官能基量から上記カルボキシル基の量を引いた量がアルデヒド基の量である。
【0057】
次に、重合度の測定結果について説明する。本願明細書において重合度とは、「1本のセルロース分子中に含まれる平均グルコース成分の数」であり、重合度に162をかければ分子量となる。本実施例では、0.5Mの銅エチレンジアミン溶液に、前もって水素化ホウ素ナトリウムで還元して、残存アルデヒド基をアルコールに還元した後に各酸化セルロース試料を溶解させ、粘度法にて重合度を求めた。銅エチレンジアミン溶液はアルカリ性であるため、酸化セルロース中にアルデヒド基が残存していた場合には、溶解過程でベータ脱離反応が起こって分子量が低下してしまう可能性があるために、予め還元処理してアルデヒド基をアルコール性水酸基に変換しておいた。0.5Mの銅エチレンジアミン溶液に溶解させたセルロースの粘度から、セルロースの重合度を求める式については、以下の文献を参考にした。
【0058】
(文献)Isogai, A., Mutoh, N., Onabe, F., Usuda, M., “Viscosity measurements of cellulose/SO2-amine-dimethylsulfoxide solution”, Sen’i Gakkaishi, 45, 299-306 (1989).
【0059】
図6は、重合度の測定結果を示すグラフである。図6に示すように、いずれの条件においても、セロウロン酸の重合度は、改質処理を施さないセルロース(重合度680)に比べて低下しており、130〜220程度である。しかし、従来の処理方法で得られるセロウロン酸の重合度は40程度であるから、本発明に係る改質方法により得られるセロウロン酸は従来品に比して十分に高い重合度を有している。
【0060】
(実施例2)
本実施例では、本発明に係るセルロースの改質方法を用いたセルロース微結晶の機能化について説明する。
【0061】
本実施例では、改質対象物として、以下の手順でアルカリ処理したセルロースを用いた。
針葉樹漂白クラフトパルプと、広葉樹クラフトパルプをそれぞれ20%水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、これらを水洗浄してアルカリ処理セルロース(マーセル化セルロース)を得た。そして、このアルカリ処理セルロースを、上記実施例1で用いた反応溶液によって改質処理した。得られた改質セルロースは、実施例1で調製したセロウロン酸と異なり、精製後も水には溶解しないものであった。
【0062】
また、得られた改質セルロースについて、カルボキシル基量の測定と、X線回折パターンの測定を行った。
図7は、カルボキシル基量の測定結果を示すグラフである。図7に示すように、アルカリ処理セルロースを用いた場合には、再生セルロースを用いた場合と比べるとカルボキシル基の導入量は少ないことが確認された。また、X線回折パターンの測定結果から、本実施例の改質セルロースはセルロースII型の結晶形を有しており、改質処理後もその結晶化度を維持していることが確認された。
【0063】
次に、得られた改質セルロースを水に分散させ、超音波照射処理したところ、透明な分散液が得られた。
図8は、かかる水分散液の乾燥物の電子顕微鏡写真である。図8に示すように、本実施例で得られた改質セルロースは、10〜500nm程度のサイズのセルロース微結晶(ナノクリスタル)であることが判明した。
このように、本発明に係るセルロースの改質方法をアルカリ処理セルロースに適用することで、セルロースII型の結晶形を有し、表面にカルボキシル基が導入されたセルロース微結晶及びその分散液を調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明に係る改質方法におけるカルボキシル基の生成機構を示す図
【図2】本発明に係る改質方法におけるセルロースの酸化機構を示す図
【図3】本発明に係る改質方法及び従来の処理方法で使用される装置を示す図
【図4】実施例1に係るNMRスペクトル測定結果を示すグラフ
【図5】実施例1に係るセロウロン酸のカルボキシル基量測定結果
【図6】実施例1に係るセロウロン酸の重合度測定結果
【図7】実施例2に係る改質セルロースのカルボキシル基量測定結果
【図8】実施例2に係る改質セルロースの電子顕微鏡写真
【図9】従来処理方法におけるセルロースの酸化機構を示す図
【図10】従来処理方法におけるセルロースの酸化機構を示す図
【図11】ベータ脱離反応による分子鎖の切断を説明する図
【符号の説明】
【0065】
100 反応容器、101 キャップ、110 反応溶液、120 加熱装置
【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−オキシル化合物とアルデヒド基を酸化する酸化剤とを含む中性又は酸性の反応溶液中で、アルカリ処理セルロース又は再生セルロースを酸化させる工程を有することを特徴とするセルロースの改質方法。
【請求項2】
前記反応溶液に緩衝液を添加することを特徴とする請求項1に記載のセルロースの改質方法。
【請求項3】
前記酸化剤として亜ハロゲン酸又はその塩を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のセルロースの改質方法。
【請求項4】
前記N−オキシル化合物が、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)、又は4−アセトアミド−TEMPOであることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のセルロースの改質方法。
【請求項5】
表面に位置するセルロースのC6位水酸基の少なくとも一部が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されていることを特徴とする改質セルロース。
【請求項6】
セルロースのC6位水酸基の全てあるいは50%以上が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されていることを特徴とするセロウロン酸。
【請求項7】
表面に位置するセルロースのC6位水酸基の少なくとも一部が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されていることを特徴とする不水溶性のセルロース微結晶。
【請求項1】
N−オキシル化合物とアルデヒド基を酸化する酸化剤とを含む中性又は酸性の反応溶液中で、アルカリ処理セルロース又は再生セルロースを酸化させる工程を有することを特徴とするセルロースの改質方法。
【請求項2】
前記反応溶液に緩衝液を添加することを特徴とする請求項1に記載のセルロースの改質方法。
【請求項3】
前記酸化剤として亜ハロゲン酸又はその塩を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のセルロースの改質方法。
【請求項4】
前記N−オキシル化合物が、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)、又は4−アセトアミド−TEMPOであることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のセルロースの改質方法。
【請求項5】
表面に位置するセルロースのC6位水酸基の少なくとも一部が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されていることを特徴とする改質セルロース。
【請求項6】
セルロースのC6位水酸基の全てあるいは50%以上が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されていることを特徴とするセロウロン酸。
【請求項7】
表面に位置するセルロースのC6位水酸基の少なくとも一部が、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩のみで置換されていることを特徴とする不水溶性のセルロース微結晶。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−209217(P2009−209217A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−51351(P2008−51351)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
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