説明

セルロースナノファイバーの製造方法

【課題】天然セルロースの化学的および機械的損傷を抑制するとともに、環境への負荷を軽減することができる、セルロースナノファイバーの製造方法を提供する。
【解決手段】ニトロキシラジカル誘導体、ハロゲン化アルカリ(例えば、臭化アルカリ)および酸化剤を含む水系媒体中でリグノセルロースを処理してリグニンとヘミセルロースを除去しながら同時に酸化セルロースを得ることにより、パルプ化、漂白処理およびセルロースの酸化を一段階で行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はセルロースナノファイバーの製造方法に関する。より詳しくは、本発明はリグノセルロースから直接セルロースナノファイバーを製造するためのセルロースナノファイバーの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
天然セルロースは、幅約3〜20ナノメートルの結晶性ミクロフィブリルからなる。セルロースナノファイバーは、この天然セルロースのミクロフィブリルを利用したナノファイバーであり、従来のセルロース材料に比べて高強度、耐熱性に優れており、現在さまざまな分野への応用が期待されている。
【0003】
これまで、本発明者らは、木材または草本類などのリグノセルロースから精製された天然セルロースを水系媒体中に分散させ、触媒量の2,2,6,6−テトラメチルピペリジノオキシラジカル(以下「TEMPO」という。)および臭化ナトリウムとともに、酸化剤である次亜塩素酸ナトリウムを加えて、セルロースミクロフィブリルの表面にカルボキシル基を導入した幅約3〜4ナノメートル、長さ数ミクロン、結晶化度70%以上のセルロースシングルミクロフィブリルを単離することに成功し、これを解繊処理することにより、セルロースナノファイバーが得られることを見出した。
【0004】
しかし、この方法において出発原料となる天然セルロースを得るためには、通常、木材または草本類などのリグノセルロースを水酸化ナトリウムと硫化ナトリウムとを含む水溶液中170℃で数時間処理して脱リグニン処理してパルプ化し、得られた未漂白クラフトパルプを塩素処理−アルカリ抽出−二酸化塩素処理−アルカリ抽出−二酸化塩素処理といった多段漂白法により漂白する必要がある。このように、リグノセルロースからセルロースを単離するためには多数の工程を必要とし、その過程で、天然のセルロースミクロフィブリルが化学的および機械的損傷を受けることは避けられない。またこれらの処理にはエネルギーも必要であり、環境への負荷も大きい。
【0005】
ところで、未漂白クラフトパルプ(残存リグニン量約3%)をTEMPOとラッカーゼを用いて脱リグニン処理と漂白処理とを行う方法が知られている(非特許文献1:Barreca A. M.ら、バイオキャタリシス・アンド・バイオトランスフォーメーション(Biocatalysis and Biotransformation)、2004年、第22巻、第2号、p105−122)。この方法は、次亜塩素酸塩を用いておらず、あくまでも未漂白クラフトパルプの漂白処理として検討されている。得られた物質も漂白クラフトパルプであり、ナノファイバー化できるような繊維ではない。
【非特許文献1】Barreca A. M.ら、バイオキャタリシス・アンド・バイオトランスフォーメーション(Biocatalysis and Biotransformation)、2004年、第22巻、第2号、p105−122
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような背景のもと、天然セルロースの化学的および機械的損傷を抑制するとともに、環境への負荷を軽減することができる、セルロースナノファイバーの製造方法の提供が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特殊な酸化条件を用いることにより、リグノセルロースから直接酸化セルロースを得ることができ、パルプ化、漂白処理およびセルロースの酸化を一段階で行えることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下に示したセルロースナノファイバーの製造方法、セルロースナノファイバー、セルロースナノファイバー懸濁液にかかるものである。
[1]ニトロキシラジカル誘導体、ハロゲン化アルカリ(例えば、臭化アルカリ)および酸化剤を含む水系媒体中でリグノセルロースを処理して酸化セルロースを得ることを含む、セルロースナノファイバーの製造方法。
[2]前記処理によって得られた酸化セルロースを解繊処理することを含む、[1]記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
[3]前記酸化セルロースは、セルロースミクロフィブリルの表面にカルボキシル基が導入されたものである、[1]または[2]記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
[4]前記酸化セルロース中の残存リグニン含有量が5%以下であり、カルボキシル基量が0.8mmol/g以上である、[1]〜[3]のいずれか1項に記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【0009】
[5]リグノセルロース1gに対し、ニトロキシラジカル誘導体0.00125〜0.125g、ハロゲン化アルカリ(例えば、臭化アルカリ)0.0125〜1.25gおよび酸化剤5〜100mmolを含む水系媒体中でリグノセルロースを処理して酸化セルロースを得ることを含む、[1]〜[4]のいずれか1項に記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
[6]前記ニトロキシルラジカル誘導体が2,2,6,6−テトラメチルピペリジノオキシラジカルである、[1]〜[5]のいずれか1項に記載の製造方法。
[7]前記ハロゲン化アルカリが臭化ナトリウムである、[1]〜[6]のいずれか1項に記載の製造方法。
[8]前記酸化剤が次亜塩素酸ナトリウムである、[1]〜[7]のいずれか1項に記載の製造方法。
[9]前記酸化剤が亜塩素酸ナトリウムである、[1]〜[7]のいずれか1項に記載の製造方法。
【0010】
[10][1]〜[9]のいずれか1項に記載の方法で製造しうるセルロースナノファイバー。
[11][10]記載のセルロースナノファイバーが水系媒体中に分散してなるセルロースナノファイバー懸濁液。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、リグニンとヘミセルロースの除去を進めながら、リグノセルロースから直接酸化セルロースを得ることができる。本発明によれば、高温での薬品処理や多段漂白などを必要とせず、酸化セルロースを得ることができるので、天然セルロースのミクロフィブリル形態の化学的および機械的損傷を抑制することができる。また、本発明によれば、簡便な方法で酸化セルロースを得ることができるので、環境への負荷を軽減することができる。また、本発明の好ましい態様によれば、リグノセルロースとヘミセルロースの効率的な除去を進めながら酸化セルロースを得ることができるので、製造コストを削減することができる。
さらに本発明の好ましい態様によれば、セルロースナノファイバーの製造を常温で行うことができるので、天然セルロースの損傷を最小限に抑えることができる。したがって、本発明の方法は、製造コストおよびエネルギーの点でも優位性がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明のセルロースナノファイバーの製造方法、セルロースナノファイバーおよびその懸濁液について詳細に説明する。
【0013】
まず、本発明のセルロースナノファイバーの製造方法について説明する。
本発明のセルロースナノファイバーの製造方法は、ニトロキシラジカル誘導体、ハロゲン化アルカリ(例えば、臭化アルカリ)および酸化剤を含む水系媒体中でリグノセルロースを処理して酸化セルロースを得ることを含む。
【0014】
本発明によれば、リグノセルロースからリグニンおよびヘミセルロースの除去を進めながら直接酸化セルロースを得ることができるので、パルプ化、漂白処理およびセルロースの酸化を一段階で行うことができる。これにより、セルロースナノファイバーの製造過程において天然セルロースのミクロフィブリル形態が化学的および機械的に損傷することを抑制することができる。また、製造工程の簡略化によって、製造コストを削減できるとともに、環境への負荷も軽減することができるといった利点がある。
【0015】
なお、「酸化セルロース」とは、セルロースの構成糖であるグルコピラノース環の少なくとも一部にカルボキシル基が導入された化合物をいう。酸化セルロース中の残存リグニン含有量は5%以下であることが好ましく、カルボキシル基量は0.7mmol/g以上が好ましい。
【0016】
本発明において、出発原料となるリグノセルロースは特に制限されるものではなく、木材や草本類などのほか、リグニンが残存する未漂白パルプなどであってもよい。本発明に用いられるリグノセルロースは、乾燥したものであってもよいし、未乾燥のものであってもよい。なお、本明細書においてリグノセルロースの重量を論じるときは、絶乾重量を基準とする。すなわち、「リグノセルロース1g」は、リグノセルロースの絶乾重量1gを意味する。
【0017】
本発明に用いられるニトロキシラジカル誘導体は、一般に酸化触媒として用いられるニトロキシラジカルを有する化合物であれば特に制限されない。中でも、本発明において用いられるニトロキシラジカル誘導体は、水溶性の化合物であることが好ましく、特にピペリジンニトロキシラジカル化合物およびピロリジンニトロキシラジカル化合物であることが好ましい。例えば、次式で表されるピペリジンニトロキシラジカル化合物およびピロリジンニトロキシラジカル化合物などが挙げられる。
【化1】

【0018】
これらのニトロキシラジカル誘導体の中でも、本発明においてはピペリジンニトロキシラジカル化合物を使用することが好ましく、特にTEMPO(2,2,6,6−テトラメチルピペリジノオキシラジカル)または4−アセトアミド−TEMPOが好ましく用いられる。
ニトロキシラジカル誘導体の使用量は、リグノセルロース1gに対し、0.00125〜0.125gが好ましく、より好ましくは0.075〜0.025g、さらに好ましくは0.01〜0.015gである。
【0019】
本発明に用いられるハロゲン化アルカリとしては、特に限定されるものではなく、フッ化アルカリ、臭化アルカリ、塩化アルカリ、ヨウ化アルカリなどが挙げられる。中でも臭化アルカリ、例えば臭化カリウム、臭化ナトリウムが好ましく、臭化ナトリウムを用いることがより好ましい。
ハロゲン化アルカリの使用量は、例えば臭化アルカリの場合は、リグノセルロース1gに対し、0.0125〜1.25gが好ましく、より好ましくは0.05〜0.25g、さらに好ましくは0.1〜0.15gである。
【0020】
本発明に用いられる酸化剤としては、次亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸ナトリウム、次亜臭素酸ナトリウム、亜臭素酸ナトリウムなどが挙げられる。これらの中でも、次亜塩素酸ナトリウムおよび亜塩素酸ナトリウムが好ましく、次亜塩素酸ナトリウムが特に好ましい。
酸化剤の使用量は、リグノセルロース1gに対し、5〜100mmolが好ましく、より好ましくは10〜35mmol、さらに好ましくは19〜26mmolである。
【0021】
本発明において、リグノセルロースの処理は水系媒体中で行う。ここで、水系媒体とは、水を50重量%以上含む媒体を意味する。例えば、水系媒体としては、水、または水と水に溶解する有機溶媒との混合媒体が挙げられる。水に溶解する有機溶媒としては、酢酸、ギ酸、アセトン、メチルエチルケトン、テトラヒドロフランなどが挙げられる。中でも、TEMPO酸化に安定な有機溶媒である酢酸、ギ酸などの有機酸系溶媒が好ましい。これらの中でも、本発明に用いられる水系媒体としては、水が好ましい。
【0022】
本発明において水系媒体の使用量は特に制限されないが、反応の効率化および均一化の観点から、リグノセルロース1gに対し、10〜200ml程度であることが好ましく、20〜150mlがより好ましく、40〜100mlがさらに好ましい。
【0023】
リグノセルロースを処理する間、水系媒体のpHは、酸化剤が作用するのに適した範囲に保持することが好ましい。例えば、酸化剤として次亜塩素酸ナトリウムを用いるときは、処理中の水系媒体のpHを8〜11に保持することが好ましい。また例えば、酸化剤として亜塩素酸ナトリウムを用いるときは、処理中の水系媒体のpHを4〜7に保持することが好ましい。水系媒体のpHは使用する酸化剤の種類によって適宜選択すればよい。水系媒体のpHの調整は、アンモニア、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなどの塩基性物質、あるいは酢酸、シュウ酸、コハク酸、グリコール酸、リンゴ酸、クエン酸、安息香酸等の有機酸及び、硝酸、塩酸、硫酸、リン酸等の無機酸等の酸性物質を適宜添加して行うことができる。
【0024】
本発明によれば、上記のように、ニトロキシラジカル誘導体、臭化アルカリおよび酸化剤を含む水系媒体中でリグノセルロースを処理することにより、リグノセルロースからリグニンとヘミセルロースを除去しながらセルロースを単離するとともに、得られたセルロースを酸化することができる。しかも、本発明の好ましい態様によれば、セルロースの酸化は、極めて位置特異的に行うことができる。
【0025】
本発明の一実施態様におけるセルロースの酸化反応機構は次式に示したとおりである。
【化2】

【0026】
本発明の一実施態様においては、上記のとおり、リグノセルロースをニトロキシラジカル誘導体、臭化アルカリおよび酸化剤の存在下で処理することにより、リグノセルロースから分離したセルロースのグルコピラノース環の炭素6位を選択的にカルボキシル基に変換することができる。本発明においては、このようにして酸化セルロースを得ることができる。
【0027】
得られた酸化セルロースは、カルボキシル基の電気的反発作用によって繊維間の凝集が抑制され、水系媒体中に安定に分散することができる。酸化セルロース中のカルボキシル基量は、ナノファイバー化が可能な範囲であればよい。カルボキシル基量は、0.7mmol/g以上が好ましく、より好ましくは1mmol/g以上である。本発明によれば、ナノファイバー化に十分な量のカルボキシル基を導入することができる。なお、カルボキシル基量の上限は特に制限されない。例えば、グルコピラノース環の炭素6位のすべてにカルボキシル基が導入されてもよい。
【0028】
本発明によれば、上記の方法によりセルロースナノファイバーを得ることができる。得られるセルロースナノファイバーは、好ましくは幅3〜20nmのミクロフィブリル形態を有している。また本発明の好ましい態様によれば、上記の方法により、幅3〜4nm、長さ2〜3μm、結晶化度70〜90%のミクロフィブリルの形態を有するセルロースシングルミクロフィブリルを得ることができる。
本発明の好ましい態様によれば、セルロースの酸化反応によってセルロースミクロフィブリルの表面にカルボキシル基を導入することができるので、カルボキシル基の電気的反発作用によって一本一本のミクロフィブリルが分離したセルロースナノファイバーを得ることができる。
【0029】
本発明において、上記処理は温和な反応条件下で行うことができる。反応温度は通常4〜100℃の範囲であり、好ましくは常温で行う。反応時間は、リグノセルロースの種類や反応条件によっても異なるが、通常30分〜3時間であり、1〜2時間であることが好ましい。また反応を均一に行うため、スターラー、スクリュー型攪拌機、混練機などの攪拌装置を用いて攪拌しながら反応させることが好ましい。
【0030】
本発明の好ましい態様によれば、本発明の方法は、このように温和な反応条件で処理することができるため天然セルロースのミクロフィブリル形態の損傷が少なく、天然セルロースの繊維形状、結晶化度または結晶形を維持することができる。
【0031】
本発明の方法においては、前記処理によって得られた酸化セルロースを解繊処理することが好ましい。解繊処理は、前記処理後の反応液中に残存する繊維状固形分を濾過などによって回収し、水などの水系媒体で洗浄してから行うことが好ましい。
【0032】
本発明において解繊処理は公知の手段を用いることができ、特に制限されないが、水系媒体中で処理する湿式解繊処理であることが好ましい。水系媒体としては、水を用いることが好ましい。例えば、水系媒体中で攪拌装置などの機械的手段によって解繊処理するほか、超音波処理、回転刃つきのミキサー、高圧ホモジナイザー、混練装置などを用いることができる。この際、水系媒体中の固形分濃度は、0.01〜5重量%が好ましく、0.1〜3重量%がより好ましく、0.2〜2重量%がさらに好ましい。
【0033】
本発明によれば、このようにして、セルロースナノファイバーを懸濁液の状態で得ることができる。懸濁液は白色ないしは無色透明で高粘度の液体である。なお、セルロースナノファイバーの生成は透過型電子顕微鏡などによって確認することができる。得られたセルロースナノファイバーは、懸濁液を凍結乾燥などの方法で単離して用いることもできるし、懸濁液の状態で種々の用途の塗布剤などして使用することができる。
【0034】
上記のとおり、本発明によれば、リグノセルロースから直接一段階で酸化セルロースを得ることができ、パルプ化工程、漂白処理工程(多段漂白)、酸化処理工程を必要とする従来方法に比べて、セルロースナノファイバーの製造を極めて簡略化することができる。本発明によれば、天然セルロースの化学的および機械的損傷を抑制できるとともに、環境への負荷を軽減することができ、コストを削減することができる。
【0035】
このようにして得られる本発明のセルロースナノファイバーは、従来のセルロース材料に比べて高強度、耐熱性に優れており、電子機器材料、高純水製造用の生分解性分離膜、有機または無機複合体化による担持用材、再生医療用人工骨などに利用できる可能性がある。
【0036】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0037】
<セルロースナノファイバーの製造>
リグノセルロース試料として、針葉樹由来のサーモメカニカルパルプ(以下「TMP」という)を使用した。TMPは、針葉樹木材チップを熱水中で機械的に解繊することによって得られる繊維である。元の針葉樹のセルロース、ヘミセルロース、リグニン含有量比率とTMPの含有比率は、サーモメカニカルパルプ製造中に変化していない。
まず、TEMPO(0.0625g)、NaBr(0.625g)をイオン交換水(375mL)中に溶かし、その中に、絶乾重量で5gの未乾燥 TMPを分散させた。リグニン量によっても上下するが、市販の約12%NaClO水溶液を、NaClO分として100mmol〜130mmolになるように測り取り、TMP、TEMPO、NaBrを含む常温の水分散液中に、スターラーで攪拌している状態で添加した。pHスタット(東亜電波社製:pHを一定に保つようにアルカリや酸を常に添加する装置)を用いて、反応中は反応液がpH10を保つように、0.5M NaOH水溶液を添加するようにセットした。酸化反応が進むとセルロースミクロフィブリル表面にカルボキシル基(R−COOH)が生成するために、pHが下がってくる。これを0.5M NaOH水溶液で中和してpHを10に保つことになる。酸化反応の終点をNaOH水溶液の消費が止まった時点とすると、酸化反応は2〜3時間で終了した。
反応後に反応液中に残存している繊維状固形分(TEMPO酸化物)を、G3のガラスフィルター上で蒸留水によって十分に濾過洗浄を行った。
【0038】
(1)TEMPO酸化物の性状
上記方法で得られた固形分の収率はおよそ40%であり、これはTMPのセルロース含有量と近かった。得られたTEMPO酸化物のカッパー価(リグニン量の目安)を測定し、残存リグニン量を評価したところ1%以下であり、ほぼ完全に漂白(すなわち、脱リグニン)されていることを確認した。TEMPO酸化物のエックス線回折パターンを測定したところ、セルロースI型の結晶性を示し、結晶化度は元のT
MPよりも増加していた。これは元のTMPのうち、非晶性のリグニンとヘミセルロースがTEMPO触媒酸化反応で除去されたため、相対的に結晶性のセルロースI成分が増加したことにより説明できる。し
たがって、TEMPO酸化反応過程で非晶性のヘミセルロース、リグニンが除去され、ほぼセルロースのみからなるTEMPO酸化物が得られたことになる。
【0039】
(2)TEMPO酸化物中のカルボキシル基量
上記TEMPO酸化物0.3gを精秤し、pH3に調製後、0.05M NaOH水溶液を定速注入し、伝導度測定(東亜DKK社製伝導度装置pH/ion/EC/DO meter MN-60Rを用いて常温で測定)を行い、伝導度の変化の無い範囲をカルボキシル基の量とした。この伝導度滴定により、TMPのTEMPO触媒酸化反応で固形分として回収されたセルロース部分に導入されたカルボキシル基量が、ナノファイバー化するのに十分な量(通常1mmol/g以上)であることを確認した。
【0040】
(3)TEMPO酸化物のナノファイバー化
上記TEMPO酸化物を蒸留水で分散させ、固形分濃度0.01%にした分散液を超音波ホモジナイザーで1分ほど処理すると、完全に透明な分散液が得られた。親水化処理したカーボングリッドに上記分散液をキャストし、酢酸ウラニルによって染色したものを透過型電子顕微鏡で観察したところ、TMPが幅約4ナノメートルのナノファイバーに変化していることを確認した。透過型電子顕微鏡像を図1に示す。
【実施例2】
【0041】
<NaClO添加量とTEMPO酸化物の収率およびリグニン含有量との関係>
NaClOの添加量を1.63、3.26、6.52、13.04、19.56、26.08mmol/gとしたこと以外は、実施例1と同様にしてTEMPO酸化物を得た。得られたTMPO酸化物の収率およびリグニン含有量を測定した。なお、リグニン含有量は、ミクロカッパー価法を用いて求めた。具体的には、80mLのイオン交換水に、1g以下の未乾燥試料を加え、スターラーで攪拌しながら、4規定の硫酸10mLと0.1規定の過マンガン酸カリウム水溶液10mLを加えて反応を開始した(リグニンは過マンガン酸カリウム酸化で酸化されやすい二重結合、ベンゼン環を有しており、これらが優先的に酸化分解されて二酸化炭素と水にまで酸化される:リグニンが存在しているために黄褐色であったリグノセルロースは、過マンガン酸カリウム酸化でリグニンが分解されるために多糖が残るので白色パルプ状懸濁液となる)。反応開始5分後に水温を測定した。この試料懸濁液反応開始から10分後に1規定のヨウ化カリウム水溶液を2mL加えて反応を停止した。この白色懸濁液に0.05規定のチオ硫酸ナトリウム水溶液を用いて、ヨウ素の黄褐色が消えるまで滴定した。終点近くでデンプン水溶液を数滴滴下することで、青色になるので、無色になるところを終点とした。
【0042】
以上の実験結果から、消費した過マンガン酸カリウムの量を計算した。その値から、過マンガン酸カリウムの消費量が30〜70%になるように、改めて出発試料の量を増減させて調整し、上記の過マンガン酸カリウムによる酸化を再度行った。その結果得られた0.1規定の過マンガン酸カリウム水溶液の消費量から、下式より、試料中に残存するリグニン含有量を求めた。
【0043】
まず、下式(1)より、仮カッパー価を求めた。
仮カッパー価=(p/w)×f (1)
p:消費された0.1規定の過マンガン酸カリウム水溶液の量(mL)
w:試料の絶乾重量(g)
f:過マンガン酸カリウム消費量の補正係数
【0044】
続いて、温度補正を下式(2)に従って行った。
カッパー価=仮カッパー価×(1+0.013×(25−反応温度)) (2)
【0045】
得られたカッパー価を用いて、下式(3)により試料中に残存するリグニン含有量を求めた。
リグニン含有量(%)=カッパー価×0.15 (3)
【0046】
なお、試料の重量1g以下の試料に適用可能な、本ミクロカッパー価法によるリグニン含有量測定方法は、木質科学実験マニュアル(文永堂、日本木材学会編、122ページ、2000年4月出版)に記載されている。
【0047】
結果を図2に示した。図2中、●は収率、▲はリグニン含有量を示す。この結果を、TEMPOを用いずにNaClOを26.08mmol/gを用いた以外は、実施例1と同様にして得られた生成物と比較した(◆は収率、■はリグニン含有量を示す)。
【0048】
図2に示されるように、NaClOの添加量が増加するに従って、リグニン含有量および収率が減少し、NaClO添加量が約20mmol/gでリグニン含有量はほぼ0%になった。なお、収率の減少は、TEMPO酸化物からリグニンが除去されたためであると考えられる。
これに対し、TEMPOを用いなかった場合では、NaClOを25mmol/g以上添加してもリグニン含有量は約5%程度にしかならず、リグニンを完全に除去することはできなかった。すなわち、TEMPOと臭化ナトリウムとNaClOを組み合わせることにより、結果的に効率的にリグニン、ヘミセルロースを除去してセルロースの純度を向上させることができる。
【実施例3】
【0049】
<NaClO添加量と繊維成分中のカルボキシル基量との関係>
NaClOの添加量を1.63、3.26、6.52、13.04、19.56、26.08mmol/gとしたこと以外は、実施例1と同様にしてTEMPO酸化物を得た。実施例1と同様にして、得られたTMPO酸化物のカルボキシル基量を測定した。結果を図3に示す。図3に示したとおり、NaClOの添加量を5mmol/g以上とすることによりリグニン除去は完全ではないが、ナノファイバー化に十分な量のカルボキシル基量を導入することが示された。NaClOの添加量が19mmol/g以上であれば、リグニンを完全に除去してなおかつナノファイバー化に十分なカルボキシル基量を導入したセルロース(リグニンやヘミセルロースを含まない純粋なセルロース)を調製することができた。
【実施例4】
【0050】
<NaClO添加量と結晶化度との関係>
NaClOの添加量を1.63、3.26、6.52、13.04、19.56、26.08mmol/gとしたこと以外は、実施例1と同様にしてTEMPO酸化物を得た。得られたTEMPO酸化物の結晶化度を、赤外分光分析用のKBrペレット製造用プレス機でペレット状に成形し、理学RINT 2000 X線回折装置を用いて反射法によりX線回折パターンを測定し、そのパターンから常法により求めた(Seagalら、Textile Research Journal、29巻、786ページ、1959年)。詳細な測定条件は、ニッケルフィルター処理した銅−Kα線を線源に用い、40kV、40mAの条件で回折角2θを5°〜35°まで測定した。結果を図4に示す。図4に示したとおり、NaClOの添加量を増加させるに従って結晶化度は僅かに増加した。これは、TEMPO酸化過程で非晶性のリグニン、ヘミセルロースが除去され、結晶性のセルロースが残存しているためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の方法により、セルロースナノファイバーの製造を極めて簡略化することが可能になる。得られるセルロースナノファイバーは、電子機器材料、高純水製造用の生分解性分離膜、有機または無機複合体化による担持用材、再生医療用人工骨などに利用できる可能性があり、本発明の有用性は高い。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】実施例1で得られた解繊処理後のナノファイバーの透過型電子顕微鏡像である。
【図2】NaClO添加量とTEMPO酸化物の収率およびリグニン含有量との関係を示したグラフである。
【図3】NaClO添加量と繊維成分中のカルボキシル基量との関係を示したグラフである。
【図4】NaClO添加量と結晶化度との関係を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニトロキシラジカル誘導体、臭化アルカリおよび酸化剤を含む水系媒体中でリグノセルロースを処理して酸化セルロースを得ることを含む、セルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項2】
前記処理によって得られた酸化セルロースを解繊処理することを含む、請求項1記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項3】
前記酸化セルロースは、セルロースミクロフィブリルの表面にカルボキシル基が導入されたものである、請求項1または2記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項4】
前記酸化セルロース中の残存リグニン含有量が5%以下であり、カルボキシル基量が0.7mmol/g以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項5】
リグノセルロース1gに対し、ニトロキシラジカル誘導体0.00125〜0.125g、臭化アルカリ0.0125〜1.25gおよび酸化剤5〜100mmolを含む水系媒体中でリグノセルロースを処理して酸化セルロースを得ることを含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項6】
前記ニトロキシルラジカル誘導体が2,2,6,6−テトラメチルピペリジノオキシラジカルである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記臭化アルカリが臭化ナトリウムである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記酸化剤が次亜塩素酸ナトリウムである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記酸化剤が亜塩素酸ナトリウムである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法で製造しうるセルロースナノファイバー。
【請求項11】
請求項10記載のセルロースナノファイバーが水系媒体中に分散してなるセルロースナノファイバー懸濁液。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−308802(P2008−308802A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−160604(P2007−160604)
【出願日】平成19年6月18日(2007.6.18)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】