説明

セルロースナノファイバーの製造方法

【課題】高分子量であり、かつ成形体としたときの着色も防止されたセルロースナノファイバーを製造する方法を提供する。
【解決手段】本発明のセルロースナノファイバーの製造方法は、セルロースを、次亜ハロゲン酸を含む酸化剤とN−オキシル化合物とを含む第1の反応溶液中で酸化させる第1の酸化工程と、前記第1の酸化工程で得られた酸化セルロースを、アルデヒド基を酸化する酸化剤を含む第2の反応溶液中で酸化させる第2の酸化工程と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースナノファイバーの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、セルロースなどの天然繊維材料をTEMPO(2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル)触媒の存在下で酸化させ、機械的な解繊処理を施すことで、直径数ナノメートルの高結晶性極細繊維(ナノファイバー)を製造する方法をすでに提案した(特許文献1参照)。この製造方法により、水中で1本1本のセルロースナノファイバーが分離され、種々の用途への応用展開が可能な新規材料であるセルロースナノファイバー分散液を得ることができた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−001728号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1記載の方法では、得られるナノファイバーの重合度が低くなってしまうという課題があった。また、ナノファイバー分散液から液体成分を除去してフィルムなどのナノファイバー成形体を作製した場合に、ナノファイバー成形体が加熱時に着色されてしまうという課題があった。
【0005】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み成されたものであって、高分子量であり、かつ加熱時の着色も防止されたセルロースナノファイバーを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のセルロースナノファイバーの製造方法は、上記課題を解決するために、セルロースを、N−オキシル化合物と前記N−オキシル化合物の再酸化剤とを含む第1の反応溶液中で酸化させる第1の酸化工程と、前記第1の酸化工程で得られた酸化セルロースを、アルデヒド基を酸化する酸化剤を含む第2の反応溶液中で酸化させる第2の酸化工程と、を有することを特徴とする。
この製造方法によれば、第1の酸化工程においてセルロースC6位の水酸基を酸化させてアルデヒド基及びカルボキシル基をセルロースに導入し、さらに第2の酸化工程において第1の酸化工程で生成されたアルデヒド基をカルボキシル基に酸化するので、セルロースナノファイバーの特性上必要な酸化処理を第1の酸化工程で迅速に行うことができ、低分子化や着色の原因となるアルデヒド基を第2の酸化工程でカルボキシル基に置換することができる。これにより、高分子量であり、かつ加熱時の着色も防止されたセルロースナノファイバーを製造する方法が実現される。
【0007】
前記第1の酸化工程が終了した後、前記第1の反応溶液にアルデヒド基を酸化させる前記酸化剤を添加するとともに、pHを調整し、連続して前記第2の酸化工程を実行することもできる。
この製造方法によれば、第1の酸化工程を行った後、酸化セルロースの単離を行うことなく連続して第2の酸化工程を実行するので、製造工程の効率を向上させ、短時間にセルロースナノファイバーを製造することができる。
【0008】
また本発明のセルロースナノファイバーの製造方法では、前記第1の反応溶液のpHが8以上12以下であり、前記第2の反応溶液のpHが3以上7以下であることが好ましい。
この製造方法によれば、第1の酸化工程ではセルロースC6位の水酸基を酸化させる反応を効率良く進行させ、第2の酸化工程ではアルデヒド基を酸化してカルボキシル基とする反応を効率良く進行させることができる。これにより、高分子量であり、かつ加熱時の着色も防止されたセルロースナノファイバーを効率良く製造することができる。
【0009】
前記第1の酸化工程において、前記セルロースに0.3mmol/g以上1mmol/g以下のカルボキシル基を導入することが好ましい。
この製造方法によれば、軽微な解繊処理で容易に分離、分散可能なセルロースナノファイバーを製造することができる。
さらに好ましくは、第2の酸化工程の終了後におけるカルボキシル基量が0.7mmol/g以上となるように第1及び第2の酸化工程を実施する。これにより、高い収率でセルロースナノファイバーを製造することが可能になる。
【0010】
前記第1の酸化工程の処理時間が20分以下であり、前記第2の酸化処理工程の処理時間が180分以下であることが好ましい。
この製造方法によれば、従来知られているセルロースナノファイバーの製造方法に比して、製造時間を大幅に短縮することなく、高分子量であり、かつ加熱時の着色も防止されたセルロースナノファイバーを製造することが可能である。
【0011】
前記第1及び第2の酸化工程の合計処理時間が120分以下であることが好ましい。
この製造方法によれば、従来知られているセルロースナノファイバーの製造方法に比して確実に製造時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明のセルロースナノファイバーの製造方法を示す図。
【図2】実施例で作製した分散液の写真。
【図3】実施例で作製した分散液の写真。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
本実施形態のセルロースナノファイバーの製造方法は、図1に示すように、セルロースを、N−オキシル化合物と前記N−オキシル化合物の再酸化剤とを含む第1の反応溶液中で酸化させる第1の酸化工程ST11と、前記第1の酸化工程で得られた酸化セルロースを、アルデヒド基を酸化する酸化剤とN−オキシル化合物とを含む第2の反応溶液中で酸化させる第2の酸化工程ST12と、第2の酸化工程ST12で得られた酸化セルロースを媒体に分散させる分散処理工程ST13とを有する。
【0014】
<第1の酸化工程>
まず、第1の酸化工程ST11について説明する。
第1の酸化工程ST11では、まず、水中に天然セルロースを分散させた分散液を調製する。天然セルロースは、植物、動物、バクテリア産生ゲル等のセルロースの生合成系から単離した精製セルロースである。具体的には、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンターやコットンリント等の綿系パルプ、麦わらパルプやバガスパルプ等の非木材系パルプ、バクテリアセルロース、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロースなどを例示することができる。
【0015】
また、単離、精製された天然セルロースに対して、叩解等の表面積を拡大する処理を施してもよい。これにより反応効率を高めることができ、生産性を高めることができる。また、天然セルロースは、単離、精製の後、未乾燥状態で保存したものを用いることが好ましい。未乾燥状態で保存することで、ミクロフィブリルの集束体を膨潤しやすい状態に保持することができるので、反応効率を高めるとともに、繊維径の細いセルロースナノファイバーを得やすくなる。
【0016】
第1の酸化工程ST11で用いられる第1の反応溶液における天然セルロースの分散媒には典型的には水が用いられる。第1の反応溶液中の天然セルロース濃度は、試薬(酸化剤、触媒等)の十分な溶解が可能であれば特に限定されない。通常は、反応溶液の重量に対して5%程度以下の濃度とすることが好ましい。
【0017】
第1の反応溶液に添加される触媒としては、N−オキシル化合物が用いられる。N−オキシル化合物としては、TEMPO(2,2,6,6−テトラメチルピペリジンーN−オキシル)及びC4位に各種の官能基を有するTEMPO誘導体を用いることができる。TEMPO誘導体としては、4−アセトアミドTEMPO、4−カルボキシTEMPO、4−フォスフォノオキシTEMPO、4−アミノ−TEMPO、4−(2−ブロモアセトアミド)−TEMPO、4−ヒドロキシTEMPO、4−オキシTEMPOなどを挙げることができる。特に、TEMPO及び4−アセトアミドTEMPOは、反応速度において好ましい結果が得られている。
N−オキシル化合物の添加は触媒量で十分であり、具体的には、反応溶液に対して0.1〜4mmol/Lの範囲で添加すればよい。好ましくは、0.1〜2mmol/Lの添加量範である。
【0018】
第1の酸化工程ST11における酸化剤としては、次亜ハロゲン酸又はその塩(次亜塩素酸又はその塩、次亜臭素酸又はその塩、次亜ヨウ素酸又はその塩など)が用いられる。酸化剤の含有量は、1〜50mmol/Lの範囲とすることが好ましい。
次亜ハロゲン酸塩としては、次亜塩素酸の場合に、次亜塩素酸リチウム、次亜塩素酸カリウム、次亜塩素酸ナトリウムなどのアルカリ金属塩や、次亜塩素酸カルシウム、次亜塩素酸マグネシウム、次亜塩素酸ストロンチウムなどのアルカリ土類金属塩、次亜塩素酸アンモニウムなどを例示することができる。また、これらに対応する次亜臭素酸塩、次亜ヨウ素酸塩を用いることもできる。
上記のうちでも、第1の酸化工程ST11における好ましい酸化剤は次亜ハロゲン酸アルカリ金属塩であり、より好ましい酸化剤は次亜塩素酸アルカリ金属塩(次亜塩素酸ナトリウムなど)である。
【0019】
さらに、第1の酸化工程ST11では、N−オキシル化合物に、臭化物やヨウ化物を組み合わせた触媒成分を用いてもよい。例えば、アンモニウム塩(臭化アンモニウム、ヨウ化アンモニウム)、臭化又はヨウ化アルカリ金属(臭化リチウム、臭化カリウム、臭化ナトリウムなどの臭化物、ヨウ化リチウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウムなどのヨウ化物)、臭化又はヨウ化アルカリ土類金属(臭化カルシウム、臭化マグネシウム、臭化ストロンチウム、ヨウ化カルシウム、ヨウ化マグネシウム、ヨウ化ストロンチウムなど)を用いることができる。これらの臭化物及びヨウ化物は、単独又は2種以上の組み合わせで使用することができる。
【0020】
第1の酸化工程ST11では、第1の反応溶液のpHは、酸化剤である次亜ハロゲン酸塩が作用するのに適したpH8〜12の範囲に保持される。さらには、pH10〜11の範囲に保持することが好ましい。
反応溶液のpHは、塩基性物質(アンモニア、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなど)又は酸性物質(酢酸、シュウ酸、コハク酸、グリコール酸、リンゴ酸、クエン酸、安息香酸等の有機酸、あるいは硝酸、塩酸、硫酸、リン酸等の無機酸)を適宜添加することで調整することができる。
【0021】
[第1の酸化工程ST11の具体例]
第1の酸化工程ST11では、具体的には、セルロース原料を水に懸濁したものに、N−オキシル化合物(TEMPO等)及びアルカリ金属臭化物(又はアルカリ金属ヨウ化物)と、酸化剤としての次亜塩素酸ナトリウム(次亜塩素酸塩)とを添加した第1の反応溶液を調製し、0℃〜室温(10℃〜30℃)の温度条件下、必要に応じて攪拌しながら酸化反応を進行させる。
【0022】
反応終了後は、必要に応じて酸化剤(次亜塩素酸ナトリウムなど)を分解する処理を行い、その後、第1の反応溶液のろ過と水洗洗浄を繰り返すことで、精製した繊維状TEMPO触媒酸化セルロースを得る。
なお、詳しくは後述するが、第1の反応溶液からの酸化セルロースの抽出を行わずに、使用後の第1の反応溶液を利用して第2の反応溶液を調製し、第2の酸化工程ST12を連続して実行することもできる。
【0023】
第1の酸化工程ST11では、反応の進行に伴ってカルボキシル基が生成するために反応溶液のpHが低下する。そこで、酸化反応を十分に進行させるために、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ金属成分を含む水溶液などを反応溶液に添加し、反応系をアルカリ性領域(pH8〜12、好ましくはpH10〜11)の範囲に維持することが好ましい。
また第1の酸化工程ST11では、酸化反応の進行に伴って反応溶液のpHが低下するため、pH低下の進行が認められなくなった時点を反応終点とすることができる。
【0024】
なお、第1の酸化工程ST11における反応温度は室温より高くすることもでき、高温で反応させることで反応効率を高めることができる。その一方で、次亜塩素酸ナトリウムから塩素ガスが発生しやすくなるので、高温で反応させる場合には塩素ガスの処理系を用意することが好ましい。
【0025】
<第2の酸化工程>
次に、第2の酸化工程ST12について説明する。
第2の酸化工程ST12に供される原料は、先の第1の酸化工程ST11によって得られた酸化セルロースである。すなわち、天然セルロースを原料とし、N−オキシル化合物とその再酸化剤(次亜ハロゲン酸又はその塩)とを含む第1の反応溶液中で酸化処理された酸化セルロースである。
【0026】
第2の酸化工程ST12で用いられる酸化剤は、アルデヒド基を酸化してカルボキシル基に変換することができる酸化剤である。具体的には、亜ハロゲン酸又はその塩(亜塩素酸又はその塩、亜臭素酸又はその塩、亜ヨウ素酸又はその塩など)、過酸(過酸化水素、過酢酸、過硫酸、過安息香酸など)が含まれる。これらの酸化剤は単独又は2種以上の組み合わせで使用することができる。また、ラッカーゼなどの酸化酵素と組み合わせて用いてもよい。酸化剤の含有量は、1〜50mmol/Lの範囲とすることが好ましい。
【0027】
亜ハロゲン酸塩としては、例えば亜塩素酸の場合、亜塩素酸リチウム、亜塩素酸カリウム、亜塩素酸ナトリウムなどのアルカリ金属塩や、亜塩素酸カルシウム、亜塩素酸マグネシウム、亜塩素酸ストロンチウムなどのアルカリ土類金属塩、亜塩素酸アンモニウムなどを例示することができる。また、これらに対応する亜臭素酸塩、亜ヨウ素酸塩を用いることもできる。
第2の酸化工程ST12における好ましい酸化剤としては、亜ハロゲン酸アルカリ金属塩であり、亜塩素酸アルカリ金属塩を用いることがより好ましい。
【0028】
第2の酸化工程では触媒は不要であるが、第1の酸化工程と同一のN−オキシル化合物やその他の触媒が含まれていてもよい。また、N−オキシル化合物とともに用いられる臭化物やヨウ化物が含まれていてもよい。
例えば、第1の酸化工程ST11で酸化処理した後、洗浄、単離を行わずに続けて第2の酸化工程を行うと、第1の酸化工程ST11から酸化セルロースとともにN−オキシル化合物が持ち込まれる。第2の反応溶液にN−オキシル化合物が含まれていても、第2の酸化工程の反応にはほとんど影響しない。
【0029】
第2の酸化工程ST12では、上記のアルデヒド基をカルボキシル基に酸化することができる酸化剤を用いることで、第1の酸化工程ST11においてセルロースのC6位に生成したアルデヒド基をカルボキシル基に変換する。これにより、アルデヒド基によって引き起こされるベータ脱離反応を防止することができ、高分子量のセルロースナノファイバーを得ることが可能になる。
【0030】
また、第2の反応溶液に緩衝液を添加することも好ましい。緩衝液としては、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液、トリス緩衝液等、種々の緩衝液を用いることができる。
緩衝液を用いて反応中のpH変化を抑えるようにすることで、pHを維持するための酸やアルカリの連続的な添加が不要になり、またpHメーターの設置も不要になる。そして、酸やアルカリの添加が不要であることから、反応容器を密閉することができる。
【0031】
なお、第2の酸化工程ST12で用いられる第2の反応溶液には、次亜ハロゲン酸又はその塩が含まれていてもよいが、その含有量は可能な限り少なくする(例えば1mmol/L以下とする)ことが好ましい。これらの酸化剤はTEMPOを酸化させてN−オキソアンモニウムカチオンを発生させ、セルロースC6位の一級アルコールを酸化させる。そのため、次亜ハロゲン酸又はその塩が含まれていると、第2の酸化工程ST12においてもセルロースC6位へのアルデヒド基及びカルボキシル基の導入が進行する。したがって、酸化セルロース表面におけるカルボキシル基量の変動やアルデヒド基の残留を回避するためには、次亜ハロゲン酸又はその塩の含有量は可能な限り少なくすることが好ましい。
【0032】
また本発明において、第1の酸化工程ST11と第2の酸化工程ST12とを連続して行ってもよい。この場合、第1の酸化工程ST11が終了した後、使用後の第1の反応溶液のpHを調整する工程と、第1の反応溶液にアルデヒド基を酸化する酸化剤を添加して第2の酸化工程で用いられる第2反応溶液を調整する工程と、を実施し、第1の反応溶液から第2の反応溶液を調製する。
これにより、第2の酸化工程ST12で用いられる触媒(N−オキシル化合物)や副酸化剤(次亜塩素酸ナトリウム)に第1の酸化工程ST11で用いたものをそのまま用いることができ、さらに第1の酸化工程ST11の後に酸化セルロースを抽出する処理(洗浄、単離)も不要になるため、極めて効率良くセルロースナノファイバーを製造することが可能になる。
【0033】
[第2の酸化工程ST12の具体例]
第2の酸化工程ST12では、具体的には、第1の酸化工程ST11で得られた酸化セルロースを水に懸濁したものに、酸化剤としての亜塩素酸ナトリウム(亜塩素酸塩)を所定量添加した第2の反応溶液を調製し、室温〜100℃程度の温度条件下、必要に応じて攪拌しながら酸化反応を進行させる。酸化反応終了後のTEMPO酸化セルロースを抽出する処理は、上述した第1の酸化工程ST11と同様である。
【0034】
第2の酸化工程ST12では、反応溶液のpHは中性から酸性の範囲で維持される。より具体的には、3以上7以下のpH範囲とすることが好ましい。特に、反応溶液のpHが8以上とならないように留意すべきである。このようなpH範囲とすることで、第1の酸化工程ST11で生成されたセルロースのC6位のアルデヒド基によるベータ脱離反応を生じないようにしつつアルデヒド基をカルボキシル基に酸化することができ、高分子量のセルロースナノファイバーを製造することができる。
【0035】
[分散工程]
次に、分散工程ST13では、酸化処理工程で得られた酸化セルロース又は精製工程を経た酸化セルロースを、媒体中に分散させる。
分散に用いる媒体(分散媒)としては、水系溶媒が用いられる。本実施形態における水系溶媒は、不可避的に混入する成分を除いて水のみである溶媒、若しくは20重量%未満の水と相溶性のアルコール等の有機溶媒と水との混合溶媒である。上記分散媒としては、典型的には、水が用いられる。
【0036】
分散工程ST13において用いる分散装置(解繊装置)としては、種々のものを使用することができる。例えば、家庭用ミキサー、超音波ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、二軸混練り装置、石臼等の解繊装置を用いることができる。これらのほかにも、家庭用や工業生産用に汎用的に用いられる解繊装置で容易にセルロースナノファイバーの分散液を得られる。また、各種ホモジナイザーや各種レファイナーのような強力で叩解能力のある解繊装置を用いると、より効率的に繊維径の細いセルロースナノファイバーが得られる。
【0037】
セルロースナノファイバー水分散液の濃度は、特に限定されないが、0.05重量%以上2重量%以下の範囲とすることが好ましい。さらに好ましくは0.1重量%以上0.5重量%以下である。かかる範囲とすることで、セルロースナノファイバーをゲル化させることなく均一に水中に分散させることができる。
【0038】
上記の分散工程ST13により、セルロースナノファイバーが媒体に分散されたセルロースナノファイバー分散液が得られる。このセルロースナノファイバー水分散液は、セルロースの一部においてC6位の1級水酸基がカルボン酸ナトリウム塩(カルボキシル基のナトリウム塩)に酸化されたセルロースナノファイバーが、カルボキシル基の荷電反発力によって水系溶媒中に均一に分散されたものである。
【0039】
以上に説明した本実施形態の製造方法において、まず、第1の酸化工程ST11では、第1の反応溶液にTEMPOの再酸化剤となる次亜ハロゲン酸又はその塩を用いており、これらの酸化剤が効率良く作用するpH8〜11の環境下で反応を進行させるので、セルロースの酸化処理を効率良く進行させることができる。本発明における第1の酸化工程ST11は、用いる酸化剤の量やセルロースの処理量にもよるが、数分から20分程度で処理を終了させることができる。
【0040】
一方、第1の酸化工程ST11では、アルデヒド基を含む酸化セルロースが生成する。上記の酸化剤によって酸化されたTEMPOはセルロースC6位の一級水酸基をアルデヒド基に酸化させ、このアルデヒド基の一部は酸化されてカルボキシル基となるが、すべてのアルデヒド基が酸化されることはなく、必ず残存してしまう。アルデヒド基が残存していると、アルカリ性の第1の反応溶液中でアルデヒド基に起因するベータ脱離反応が生じ、セルロースの分子鎖が切断されて酸化セルロース(セルロースナノファイバー)が低分子化してしまう。また、アルデヒド基を含むセルロースナノファイバーを乾燥固化させて成形体とすると、加熱時に着色が生じてしまう。
【0041】
そこで本発明では、第2の酸化工程ST12において、第1の酸化工程ST11で得られた酸化セルロースのアルデヒド基を酸化させることとした。この第2の酸化工程ST12によって、アルデヒド基をほぼ含まない酸化セルロースを得ることができ、アルデヒド基のベータ脱離反応に起因する酸化セルロースの低分子化や、アルデヒド基に起因する加熱時の着色を防止することができる。さらに本発明では、第2の反応溶液はpH3〜7に調製されるため、第2の酸化工程ST12の処理中にもアルデヒド基のベータ脱離反応が生じるのを防止することができる。
【0042】
このように本実施形態の製造方法によれば、1本1本が分離されたセルロースナノファイバーの分散液を短い時間で効率良く製造することができる。また、本実施形態の製造工程で得られるセルロースナノファイバーは、高分子量であり、かつ成形体としたときの着色も防止されたものとなる。
【0043】
特に、セルロースナノファイバーの製造に要する時間を著しく短縮できる点は、本実施形態の大きな特徴である。具体的には、第1の酸化工程ST11のみによってセルロースナノファイバーを製造した場合と、第2の酸化工程ST12のみによってセルロースナノファイバーを製造した場合のいずれに対しても時間を短縮する効果が得られる。
【0044】
まず、第2の酸化工程ST12のみによりセルロースナノファイバーを製造する場合には、第2の反応溶液に亜ハロゲン酸又はその塩などの酸化剤が用いられ、pHが3〜7の範囲とされるため、TEMPOの酸化反応が進行しにくく、セルロースの酸化反応自体が非常に低速になる。例えば、均一に分散されたセルロースナノファイバー水分散液(濃度0.1%(g/mL))を得るためには、24時間程度の長時間の酸化処理が必要である。
【0045】
また、第1の酸化工程ST11のみによりセルロースナノファイバーを製造する場合にも、2時間程度の酸化処理が必要である。これは、第1の酸化工程ST11のみではセルロースのC6位にアルデヒド基を含むセルロースナノファイバーが生成され、このアルデヒド基はセルロースナノファイバーを凝集させる作用を奏するために、良好に分散させるためには多くのカルボキシル基をセルロース表面に導入する必要があるからである。
【0046】
これらに対して、本実施形態のセルロースナノファイバーの製造方法では、第1の酸化工程ST11は数分から20分程度で完了させることができ、その後の第2の酸化工程ST12も、60〜180分程度で完了させることができる。したがって、1時間〜3時間程度の酸化処理でセルロースナノファイバーを製造することができ、第2の酸化工程ST12のみでセルロースナノファイバーを製造する場合はもちろんのこと、条件によっては第1の酸化工程ST11のみでセルロースナノファイバーを製造する場合に対しても製造時間を短縮することができる。
【0047】
これは、本実施形態の場合には、第2の酸化工程ST12においてアルデヒド基をカルボキシル基に酸化させるため、第1の酸化工程ST11においてセルロースの酸化を過度に進行させる必要が無く、そのために第1の酸化工程ST11の処理時間を短縮できること、及び、第2の酸化工程ST12ではセルロースC6位の水酸基を酸化させる必要はなく、第1の酸化工程ST11で生成したアルデヒド基のみを酸化させればよいことから、第2の酸化工程ST12の処理時間も大幅に短縮できることによる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
本実施例では、第1の酸化工程、第2の酸化工程、及び分散工程を順次実施することで、表1に示す種々の条件のセルロースナノファイバー水分散液を作製した。
【0050】
「第1の酸化工程」
漂白処理後に湿潤状態で保存しておいた針葉樹漂白クラフトパルプ(乾燥重量で1g)、TEMPO(0.016g;0.1mmol)、臭化ナトリウム(0.1g;1mmol)を密栓可能な三角フラスコに入れ、脱イオン水(100mL)を加えて攪拌した。その後、次亜塩素酸ナトリウム水溶液(有効塩素濃度2M)を所定量(0.63〜1.25mL;1.3〜2.5mmol)加えて第1の反応溶液を調製し、反応を開始させた。反応中はカルボキシル基の生成に伴ってpHが低下するため、0.5M水酸化ナトリウムを滴下してpHを10に保った。pHが低下しなくなった時点で反応終了(反応開始から10分、15分、120分)と見なした。
その後に、亜塩素酸ナトリウムで処理しない酸化パルプ(表1に示す酸化セルロース1,3,5)についてはガラスフィルターでろ過して、脱イオン水により十分に洗浄した。洗浄後、固形分重量10〜15%となるまでパルプ試料を脱水してから冷蔵保存した。
【0051】
「第2の酸化工程」
TEMPO触媒酸化が終了した時点で1M酢酸を滴下してpHを3.5まで一度下げてから、0.5M水酸化ナトリウムによりpHを5まで上昇させた(緩衝作用を持たせるため)。ここに亜塩素酸ナトリウム(有効塩素量80%、1.13g;10mmol)を加えて第2の反応溶液を調製し、密栓した。
水浴で50℃に加熱して3時間攪拌した後、室温まで冷やし、1Mチオ硫酸ナトリウムを無色化するまで加えて、残留している亜塩素酸ナトリウムを還元した。その後、ガラスフィルターでろ過して、脱イオン水により十分に洗浄した。洗浄後、固形分10〜15%となるまで酸化パルプ(表1に示す酸化セルロース2,4)を脱水してから冷蔵保存した。
また、上記と同様の工程により、第1の酸化工程を経ないで第2の酸化工程(酸化処理時間を24時間とした)のみで、針葉樹漂白クラフトパルプ(乾燥重量1g)を酸化処理した酸化パルプ(表1に示す酸化セルロース6)を作製し、脱水してから冷蔵保存した。
【0052】
「分散工程」
湿潤状態で保存していたクラフトパルプ(表1に示す天然セルロース)及び酸化パルプ(表1に示す酸化セルロース1〜6)に水を加えて0.1%(w/v)濃度で20mLとした後、0.05M水酸化ナトリウムでpHを8とした。このパルプスラリーに対して、メカニカルホモジナイザー(エクセルオートホモジナイザー、日本精機製作所)で5分間処理してから、超音波ホモジナイザー(US−300T、日本精機製作所)で3分間処理する工程を合計2回繰り返した。
【0053】
「カルボキシル基及びアルデヒド基量の測定」
上記の手順により作製したセルロースナノファイバーについてカルボキシル基量及びアルデヒド基量を測定した。測定したカルボキシル基量及びアルデヒド基量を表1に示す。
まず、カルボキシル基の量は、以下の手法により測定することができる。
乾燥重量を精秤したパルプ試料から0.5〜1重量%の分散液を60ml調製し、0.1Mの塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して電気伝導度を測定する。測定はpHが11になるまで続ける。そして、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下式を用いて官能基量を決定する。この官能基量がカルボキシル基の量である。
官能基量(mmol/g)=V(ml)×0.05/セルロースの質量(g)
【0054】
上記と同様の式からアルデヒド基の量も測定することができる。上記のカルボキシル基量の測定に供したパルプ試料を、酢酸でpH4〜5に調整した2%亜塩素酸ナトリウム水溶液中でさらに48時間常温で酸化し、上記手法によって再び官能基量を測定する。測定された官能基量から上記カルボキシル基の量を引いた量がアルデヒド基の量である。
【0055】
「重合度」
また、本実施例では、各パルプ試料についてセルロースの重合度を測定した。重合度の測定結果を表1に示す。
なお、重合度とは、「1本のセルロース分子中に含まれる平均グルコース成分の数」であり、重合度に162をかければ分子量となる。本実施例では、0.5Mの銅エチレンジアミン溶液に、前もって水素化ホウ素ナトリウムで還元して、残存アルデヒド基をアルコールに還元した後に各酸化セルロース試料を溶解させ、粘度法にて重合度を求めた。銅エチレンジアミン溶液はアルカリ性であるため、酸化セルロース中にアルデヒド基が残存していた場合には、溶解過程でベータ脱離反応が起こって分子量が低下してしまう可能性があるために、予め還元処理してアルデヒド基をアルコール性水酸基に変換しておいた。0.5Mの銅エチレンジアミン溶液に溶解させたセルロースの粘度から、セルロースの重合度を求める式については、以下の文献を参考にした。
【0056】
(文献)Isogai, A., Mutoh, N., Onabe, F., Usuda, M., “Viscosity measurements of cellulose/SO2-amine-dimethylsulfoxide solution”, Sen’i Gakkaishi, 45, 299-306 (1989).
【0057】
【表1】

【0058】
図2及び図3は、本実施例で作製した各分散液の写真である。図2に示す(a)〜(e)の分散液は、それぞれ表1に示す天然セルロース、酸化セルロース1〜4に対応する。図3に示す(f)、(g)の分散液は、それぞれ酸化セルロース6,7に対応する。
図2に示すように、カルボキシル基量が多いものほど凝集性が低下し、均一な分散液が得られることが分かる。また、(b)の酸化セルロース1と(c)の酸化セルロース2との比較、並びに、(d)の酸化セルロース3と(e)の酸化セルロース4との比較から、時間が短縮された第1の酸化工程のみでは、セルロースナノファイバーの分散性は不十分なものとなりやすいが、第2の酸化工程を追加実施することで、セルロースナノファイバーの分散性が著しく改善されることが分かる。
【0059】
なお、第2の酸化工程の処理時間のみを変更した酸化セルロース4と酸化セルロース5とは、ほぼ同等の結果となった。このことから、本発明に係るセルロースナノファイバーの製造方法では、第2の酸化工程の処理時間は60分以下で十分であり、それ以上の処理時間としても得られるセルロースナノファイバーの特性にはほとんど影響しないことが確認された。
【0060】
また、図2(e)と図3(f)、(g)との比較から、第1の酸化工程を15分、第2の酸化工程を60分行った酸化セルロース4は、第1の酸化工程のみを60分行った酸化セルロース6と同等の透明な分散液が得られ、第2の酸化工程のみを24時間行った酸化セルロース7よりもセルロースナノファイバーの分散性を高められることが確認された。
【0061】
また本実施例の試験結果から、セルロースナノファイバーを効率良く製造するには、第1及び第2の酸化工程によって導入されるカルボキシル基量を0.7mmol/g以上とする必要があることが確認された。より具体的には、導入されるカルボキシル基量が0.7mmol/g未満である場合には、酸化セルロースを十分に解繊することができないためにセルロースナノファイバーの収率が急激に低下し、5%以下となってしまう。
【符号の説明】
【0062】
ST11 第1の酸化工程、ST12 第2の酸化工程、ST13 分散工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースを、N−オキシル化合物と前記N−オキシル化合物の再酸化剤とを含む第1の反応溶液中で酸化させる第1の酸化工程と、
前記第1の酸化工程で得られた酸化セルロースを、アルデヒド基を酸化する酸化剤を含む第2の反応溶液中で酸化させる第2の酸化工程と、
を有することを特徴とするセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項2】
前記第1の酸化工程が終了した後、前記第1の反応溶液にアルデヒド基を酸化させる前記酸化剤を添加するとともに、pHを調整し、連続して前記第2の酸化工程を実行することを特徴とする請求項1に記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項3】
前記第1の反応溶液のpHが8以上12以下であり、前記第2の反応溶液のpHが3以上7以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項4】
前記第1の酸化工程において、前記セルロースに0.3mmol/g以上1mmol/g以下のカルボキシル基を導入することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項5】
前記第1の酸化工程の処理時間が20分以下であり、前記第2の酸化処理工程の処理時間が180分以下であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項6】
前記第1及び第2の酸化工程の合計処理時間が120分以下であることを特徴とする請求項5に記載のセルロースナノファイバーの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−46793(P2011−46793A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−194865(P2009−194865)
【出願日】平成21年8月25日(2009.8.25)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】