説明

セルロース含有材料から有用物質を生産する方法及びその利用

【課題】イオン液体を用いてセルロースをより分解するのにより実用的なセルロース含有材料の処理方法を提供する。
【解決手段】セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料にイオン液体を浸透させる工程と、前記セルロース含有材料を含む固相と、セルラーゼ及びキシラナーゼとを含む酵素群とを接触させて前記固相中のセルロースを分解する工程と、前記セルロース分解工程で得られたセルロース分解産物を含む炭素源を用いて微生物の発酵によって有用物質を生産する工程と、を備えるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース含有材料から有用物質を生産する方法及びその利用に関し、特に、イオン液体を用いて、セルロース含有材料から有用物質を生産する方法及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
有限である石油資源を代替するものとして、植物の光合成作用に由来するバイオマスへの期待が高まってきており、バイオマスをエネルギーや各種材料に利用するための各種の試みがなされている。また、バイオマスを利用し、化成品やバイオ燃料に利用しようとする試みであるバイオリファイナリーの重要性が指摘され、実用化に向けた技術開発が進められている。バイオマスを、エネルギー源やその他の原料として有効利用するためには、バイオマスを動物や微生物が容易に利用可能な炭素源にまで分解・糖化することが必要である。実用化のために解決すべき課題としては、木質系又は草本系のバイオマスの主成分であるセルロース、なかでも結晶性セルロースの効率的な分解方法の開発が挙げられる。
【0003】
現状の糖化プロセスでは、バイオマスを高温・高圧処理や酸処理により前処理してセルロースを分離後、セルラーゼを作用させている。しかしながら、前処理に多大なエネルギーがかかるうえに大量のセルラーゼが必要となっているため、実用化において大きな課題となっている。
【0004】
近年、イオン液体がセルロースを可溶化することが報告されている。例えば、クロライド系のイオン液体に100℃程度の条件下でセルロースを可溶化させる性質が見出されている(特許文献1、非特許文献1)。また、非クロライド系イオン液体が、よりマイルドな条件でセルロースを可溶化できることもわかってきている(特許文献2、非特許文献2、3、4)。
【0005】
さらに、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで糖化する試みもなされているが、イオン液体中ではセルラーゼが不活性化されるという報告がなされている(非特許文献2,4)。イオン液体でセルロースを可溶化するという前処理を施した後、可溶化後のセルロースを水などの親水性溶媒で洗浄してイオン液体を取り除き、その後、水に投入することで、セルラーゼで分解できることが報告されている(非特許文献5)。
【0006】
さらにまた、イオン液体でセルロースを膨潤化し、その後イオン液体を除去した後に、酵素処理を行うという手法も試みられている(特許文献3、4、非特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【特許文献2】特開2006−137677号公報
【特許文献3】米国特許出願公開第US2008/0227162号明細書
【特許文献4】米国特許出願公開第US2008/0190013号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】R D. Rogerら、J. Am. Chem. Soc. 124(18),4974-4975, 2002
【非特許文献2】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 55(1), 2090, 2006
【非特許文献3】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 56(1), 2198-2199, 2007
【非特許文献4】R D. Rogerら、Green Chem., 5, 443-447, 2003
【非特許文献5】C A. Schallら、Biotechnol. Bioeng., 95(5), 904-910,2006
【非特許文献6】Q. Liら、Bioresour Technol., Vol.100, p3570-3575, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記各種文献は、それぞれ、イオン液体が、セルロース含有材料の前処理のエネルギーコスト改善に寄与することを開示している。しかしながら、イオン液体による前処理後のセルロースをセルラーゼによって分解し、さらにその分解物から有用物質を生産するという、セルロース含有材料の利用プロセス全体を通じて有用な手法や材料は未だに提供されていない。
【0010】
そこで、本明細書の開示は、イオン液体を用いてセルロース含有材料から有用物質を生産するためのより実用的な方法等を提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、セルロース含有材料を完全には溶解することなくセルロース含有材料を膨潤ないし構造緩和するようにイオン液体と接触させることで、セルロース含有材料を固相として維持して回収し、前記固相中のセルロースを、特定の酵素の組み合わせを用いて分解することで、前記固相中のセルロースを効率的に分解できるという知見を得た。また、本発明者らは、こうした酵素の組み合わせを微生物の細胞表層等に提示させて前記固相に接触させるとともに当該微生物にセルロース分解産物を直接利用させるようにすることで、当該固相から直接有用物質を効率的に生産できるという知見を得た。本明細書の開示は、これらの知見に基づいて提供される。
【0012】
本明細書の開示によれば、有用物質の生産方法であって、セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料にイオン液体を浸透させる工程と、前記セルロース含有材料を含む固相と、セルラーゼ及びキシラナーゼとを含む酵素群とを接触させて、前記固相中のセルロースを分解する工程と、前記セルロース分解工程で得られたセルロース分解産物を含む炭素源を用いて微生物の発酵によって有用物質を生産する工程と、を備える、生産方法が提供される。
【0013】
前記酵素群は、Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼI(CtCel9A)及びClostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCbhA)のいずれか一方又は双方、Phanerochaete chrysosporium由来のセロビオヒドロラーゼ II(PcCBH II)、Trichoderma reesei由来のエンドグルカナーゼII(TrEG II)、及びTrichoderma reesei由来のキシラナーゼII(TrXyn II)を含有していてもよい。前記酵素群は、さらに、Aspergillus aculeatus由来のβグルコシダーゼ(AaBGA)を含んでいてもよい。また、前記セルロース含有材料は結晶性セルロースを含有していてもよい。
【0014】
前記分解工程に先立って、前記固相とイオン液体とを固液分離する工程を備えていてもよい。また、セ前記酵素群の酵素の少なくとも一部は、前記1又は2以上の微生物が細胞表層に提示又は細胞外に分泌することで供給されてもよい。また、前記酵素群の酵素は、いずれも、前記微生物が細胞表層に提示することで供給されてもよい。さらに、前記イオン液体は、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテートを含むことができる。前記微生物は、酵母であってもよい。
【0015】
前記生産方法は、さらに、前記固液分離工程で分離した前記イオン液体を前記浸透工程に供給する工程、を備えることもできる。
【0016】
本明細書の開示によれば、セルロース含有材料を分解するための酵素製剤であって、Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I (CtCel9A)及びClostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCbhA)のいずれか一方又は双方、Phanerochaete chrysosporium由来のセロビオヒドロラーゼ II(PcCBH II)、Trichoderma reesei由来のエンドグルカナーゼII(TrEG II)、Aspergillus aculeatus由来のβグルコシダーゼ(AaBGA)及びTrichoderma reesei由来のキシラナーゼII(TrXyn II)を含有する酵素製剤が提供される。前記酵素製剤は、Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCbhA)を含むことが好ましく、Aspergillus aculeatus由来のβグルコシダーゼ(AaBGA)を含むことが好ましい。
【0017】
本明細書の開示によれば、セルロース含有材料を分解するための微生物製剤であって、Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I (CtCel9A)及びClostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCbhA)のいずれか一方又は双方、Phanerochaete chrysosporium由来のセロビオヒドロラーゼ II(PcCBH II)、Trichoderma reesei由来のエンドグルカナーゼII(TrEG II)、Aspergillus aculeatus由来のβグルコシダーゼ(AaBGA)及びTrichoderma reesei由来のキシラナーゼII(TrXyn II)を含み、これらの酵素のうち1又は2以上の酵素を細胞表層に提示又は細胞外に分泌する1又は2以上の微生物を含む、微生物製剤が提供される。前記微生物は、酵母であってもよい。
【0018】
本明細書の開示によれば、セルロース分解産物の生産方法であって、セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料にイオン液体を浸透させる工程と、前記セルロース含有材料を含む固相とセルラーゼ及びキシラナーゼを含む酵素群とを接触させて、前記固相中のセルロースを分解する工程と、を備える、方法が提供される。
【0019】
前記イオン液体は、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテートを含むことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本明細書の開示の有用物質の生産方法のフローの例を示す図である。
【図2】実施例1で作製した形質転換酵母に導入する遺伝子の種類及びベクターを示す図である。
【図3】糖化酵素分泌型酵母培養上清の組み合わせによる糖化試験結果を示す図である。
【図4】前処理の相違と酵素の組み合わせとの関係を、糖化率で評価した結果を示す図である。
【図5】糖化酵素分泌型酵母培養上清の組み合わせによる糖化試験結果を示す図である。
【図6】好適な糖化酵素の組み合わせによる同時糖化発酵によるエタノール変換効率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本明細書の開示は、セルロース含有材料からの有用物質の生産方法、セルロースの分解用の酵素製剤、微生物製剤及びセルロース分解産物の生産方法等に関する。本明細書の開示によれば、セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料に前記イオン液体を浸透させることで、セルロース含有材料のセルロースを含むマトリックスの少なくとも一部が崩壊すると考えられる。これにより、セルラーゼがその基質であるセルロース等にアクセスしやすい状態が形成される。さらに、その後、こうした状態のセルロース含有材料を含む固相を回収して、この固相と特定組み合わせの酵素とを接触させることにより、この固相中のセルロースを効果的に分解できる。特に、酵素群に含まれるキシラナーゼが、イオン液体によって少なくとも部分的に崩壊したセルロース含有マトリックスの構成成分であるヘミセルロースの一種であるキシロースを分解することができる。このため、部分的に崩壊したマトリックスの崩壊が促進され、セルロースに対するセルラーゼ等のアクセスビリティを向上させ、セルロースの分解が促進される。この結果、微生物が生産する程度の少ない酵素量であっても、固相中のセルロースを効果的に分解できる。
【0022】
なお、水性媒体などの、セルロース含有材料に対して貧溶媒であってセルロース分解産物に対して親溶媒である溶媒を供給することにより、イオン液体が浸透されたセルロース含有マトリックスに対して失活することなくセルラーゼが作用することができる。同様に、こうした酵素群を分泌ないし表層提示する微生物の発酵・増殖抑制も防止される。
【0023】
また、イオン液体を浸透させて、セルロース含有マトリックスを少なくとも部分的に崩壊させるとともに、セルロース含有材料を固相として回収することにより、簡易にかつ低コストでイオン液体を再利用できる。また、イオン液体との接触工程は、高温高圧を要しないため、従来に比して低エネルギーコストとなっている。
【0024】
以下、本明細書に開示される各種の実施形態について適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本明細書に開示されるセルロース含有材料からの有用物質の生産方法のフローの一例を示す図である。
【0025】
(セルロース含有材料)
本明細書において、セルロースとは、グルコースがβ-1,4-グルコシド結合により重合した重合体及びその誘導体をいう。セルロースにおけるグルコースの重合度は特に限定しないが、好ましくは200以上である。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、若しくはエステル化などの誘導体が挙げられる。また、セルロースは、その部分分解物である、セロオリゴ糖、セロビオースを含んでいてもよい。さらに、セルロースは、配糖体であるβグルコシド、リグニン及び/又はヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロース、さらにペクチンなどとの複合体であってもよい。セルロース は、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよいが、好ましくは結晶性セルロースを含む。さらに、セルロースは、天然由来のものでも、人為的に合成したものでもよい。セルロースの由来も特に限定しない。植物由来のものでも、真菌由来のものでも、細菌由来のものであってもよい。
【0026】
本明細書において、セルロース含有材料とは、上記したセルロースを含むものであればよい。したがって、セルロースは結晶性セルロースであっても非結晶性セルロースであってもよい。セルロース含有材料は、セルロースのほかヘミセルロースやリグニンを含むいわゆるリグノセルロースを含むものであってもよい。なお、リグノセルロースには、通常、結晶性セルロースを含有している。セルロース含有材料としては、綿や麻などの天然繊維品、レーヨン、キュプラ、アセテート、リヨセルなどの再生繊維品、稲ワラ、麦ワラなどの各種ワラ、籾殻、バガス、木材チップなどの農産廃棄物、古紙、建築廃材などの各種廃棄物などを含むバイオマス(木質系及び草本系)が挙げられる。なかでも、イオン液体[Bmim][OAc]による処理は、ハード系バイオマス(木質系バイオマス)に効果的である。
【0027】
本明細書に開示される各種実施形態に適用されるセルロース含有材料は特に限定されない。後述する実施例においても開示するように、イオン液体は、セルロース含有材料が結晶性セルロースを含んでいても、セルロースがリグニンやヘミセルロースとマトリックスを構成していても、セルロース含有材料に浸透しその一部を少なくとも崩壊できることがわかっている。すなわち、結晶性セルロースのように、水素結合により強固に相互作用して結晶性の高い領域を形成していても、イオン液体は浸透し、その構造を緩和してセルラーゼによる分解を促進できる。また、本発明者らの検討によれば、イオン液体による浸透工程を実施する場合、イオン液体のセルロースを含むマトリックスへの作用を考慮すると、セルロース含有材料は水に不溶性あるいは難溶解性のものであることが好ましい。かかるセルロース含有材料としては、例えば、結晶性セルロースを含有するセルロース含有材料、セルロースのほかリグニン及び/又はヘミセルロースを含有する植物細胞壁由来のセルロース含有マトリックスを含む材料が挙げられる。典型的には、草本系や木質系のバイオマスが挙げられる。セルロース含有材料は、浸透工程に先立って、粉砕、細断等により、微細化されていてもよい。セルロース含有材料は、粉末の形態を取ることが好ましいが、その平均粒経が、4mm以下であることが好ましい。典型的には、1000μm以下であることが好ましい。また、平均粒経は、粉砕操作を考慮すると100μm以上であることが好ましく、150μm以上であることが好ましく、250μm程度であってもよい。
【0028】
(セルロース含有材料からの有用物質の生産方法)
(浸透工程)
本明細書に開示されるセルロース含有材料から有用物質を生産する方法(以下、単に、本生産方法という。)は、セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、を備えることができる。以下、この工程を浸透工程という。この浸透工程では、液相であるイオン液体と固相であるセルロース含有材料とを接触させる。なお、イオン液体は、カチオン成分とアニオン成分とを備え、常温、典型的には100℃以下でも液体として存在する塩である。イオン液体については後段で詳述する。
【0029】
イオン液体は、セルロース含有材料のセルロースを含むマトリックスに浸透性を有しており、セルロース含有材料の少なくとも一部を崩壊させその構造を緩和することができる。本明細書において、浸透とは、セルロース含有材料中のセルロースを含むマトリックスの構造緩和を意図しており、セルロース含有材料中のセルロースの全てを溶解することまでを意図するものではない。したがって、浸透の結果、セルロースの一部が溶解することを排除するものではない。本明細書の開示を拘束するものではないが、セルロースは、多くの場合、疎水性領域と親水性領域とを併せ持つ高分子材料である。イオン液体は、カチオン成分とアニオン成分とを含み、多くの材料に対して高い溶解性や浸透性を発揮する。したがって、イオン液体がセルロースのどの部分と作用するかは不明であるが、セルロースのいずれかの領域に親和性を有するため、セルロース系含有マトリックスに浸透し、その少なくとも一部を緩和ないし崩壊するものと考えられる。また、セルロース含有材料が、セルロース以外にヘミセルロースやリグニンを含むセルロース含有マトリックスを備えている場合には、同様に、これらの成分のいずれかの領域と相互作用して、セルロース含有マトリックスに浸透し、その一部を緩和ないし崩壊するものと考えられる。
【0030】
浸透工程で用いるイオン液体は、特に限定しないが、セルロース含有材料に浸透するものであればよい。こうしたイオン液体であれば、そのカチオン成分やアニオン成分の組み合わせにより、セルロースを含むマトリックスを少なくとも部分的に崩壊できると考えられる。こうしたイオン液体としては、親水性イオン液体を用いることが好ましい。本明細書において、親水性イオン液体は、水と二相分離せずに混合するイオン液体をいうものとする。また、親水性イオン液体は、少なくとも、微生物による発酵温度の範囲で水と混合するイオン液体であればよい。セルロース含有材料へ浸透性を有する親水性イオン液体は、例えば、セルロース含有材料と混合したとき、セルロース含有材料を懸濁ないし分散することができるようなイオン液体が挙げられる。
【0031】
親水性イオン液体としては、特に限定されないが、例えば、第四級アンモニウム塩、第四級ホスホニウム塩、炭化水素基等で置換された置換イミダゾリウム塩、置換ピリジニウム塩、置換ピペリジニウム塩(脂環式第4級アンモニウム塩)、第三級スルホニウム塩等が挙げられ、本発明のイオン液体としては、第四級アンモニウム塩、第四級ホスホニウム塩、置換イミダゾリウム塩、置換ピリジニウム塩及び置換ピペリジニウム塩が好ましく用いられる。第4級アンモニウム塩、第4級ホスホニウム塩、置換イミダゾリウム塩、置換ピリジニウム塩及び置換ピペリジニウム塩をそれぞれ一般式(I)〜(V)として表す。
【0032】
【化1】

【0033】
親水性イオン液体の構成カチオン種としては、一般式(I)に示すように、同一または相異なる4つ置換基が窒素原子に結合したアンモニウムカチオン、一般式(II)に示すように、同一または相異なる4つの置換基がリン原子に結合したホスホニウムカチオン、一般式(III)に示すように、イミダゾール環の2つの窒素原子が同一又は相異なる置換基と結合したイミダゾリウムカチオン、一般式(IV)に示すように、ピリジン環上の窒素原子が置換基と結合したピリジニウムカチオン、一般式(V)に示すように、ピペリジン環上の窒素原子が置換基と結合したピペリジニウムカチオン、同一または相異なる3つの置換基がイオウ原子に結合したスルホニウムカチオンなどが挙げられる。なお、環状構造を有するカチオン種にあっては、各種環上の炭素原子に低級アルキル等の置換基が結合されていてもよい。
【0034】
好ましい構成カチオン種としては、イミダゾール環の2つの窒素原子が同一又は相異なる置換基と結合したイミダゾリウムカチオン、ピリジン環上の窒素原子が置換基と結合したピリジニウムカチオン及びピペリジン環上の窒素原子が置換基と結合したピペリジニウムカチオンが挙げられる。なお、これらの環状体は、2個が連結されるなどの多環構造を形成していてもよい。
【0035】
これらのカチオン種における置換基(一般式(I)〜(V)中においてはR1〜R4で表される。)としては、それぞれ独立に炭素数1〜8程度であって、直鎖状又は分岐状のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基等であることが好ましい。好ましいアルキル基としては、炭素数1〜6、より好ましくは炭素数1〜4の直鎖状のアルキル基が挙げられる。具体的には、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基などが挙げられる。また、置換基には、メチル基、エチル基、n−プロピル基、n−ブチル基の炭素数1〜4程度のアルキル基を備えるアルコキシ基を有していてもよい。好ましくは、2−メトキシエチル基のように、アルキル鎖の末端にアルコキシ基を備える。
【0036】
好ましいカチオン種としては、例えばN-メチルイミダゾリウム、N-エチルイミダゾリウム、1,3−ジメチルイミダゾリウム、1,3−ジエチルイミダゾリウム、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム、1−プロピル−3−メチルイミダゾリウム、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウム、1,2,3−トリメチルイミダゾリウムおよび1,2,3,4−テトラメチルイミダゾリウムなどが挙げられる。また、N−プロピルピリジニウム、N−ブチルピリジニウム、1,4−ジメチルピリジニウム、1−ブチル−4−メチルピリジニウムおよび1−ブチル−2,4−ジメチルピリジニウムなどが挙げられる。さらに、トリメチルアンモニウム、エチルジメチルアンモニウム、ジエチルメチルアンモニウム、トリエチルアンモニウム、テトラメチルアンモニウム、トリエチルメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム等が挙げられる。
【0037】
カチオンは、1種を用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。好ましいのはイミダゾリウムカチオンである。例えば、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムカチオンなどの非対照イミダゾリウムカチオン、1−(2−メトキシ)エチル−3−メチルイミダゾリウムカチオンなどの非対照イミダゾリウムカチオン等が挙げられる。
【0038】
アニオン種としては、例えば、ハロゲンアニオン、カルボキシレートアニオン、スルホネートアニオン、リン酸アニオンが挙げられる。ハロゲンアニオンとしては塩素アニオン、臭素アニオンおよびヨウ素アニオンなどが挙げられる。カルボキシレートアニオンとしては、炭素数1〜18のモノカルボキシレートアニオンおよびジカルボキシレートアニオン、例えばホルメートアニオン、アセテートアニオン、フマレートイオアニン、オキサレートアニオン、ラクテートアニオンおよびピルベートアニオン等が挙げられる。スルホネートアニオンとしては、スルホン酸アニオン、メタンスルホン酸アニオン、オクタンスルホン酸アニオン、ドデカンスルホン酸アニオンおよびエイコサンスルホン酸アニオンなどが挙げられる。リン酸アニオンとしては、リン酸アニオン、メチルリン酸モノエステルアニオン、エチルリン酸モノエステルアニオン、プロピルリン酸モノエステルアニオン、ブチルリン酸モノエステルアニオン、メチルリン酸ジエステルアニオン、エチルリン酸ジエステルアニオン、プロピルリン酸ジエステルアニオン、ブチルリン酸ジエステルアニオンなどが挙げられる。これらのうち、好ましくは、各種リン酸アニオン、カルボキシレートアニオン、ハロゲンアニオンである。
【0039】
このようなイオン液体としては、例えば、イミダゾリウムカルボキシレート、イミダゾリウムクロライド及びイミダゾリウムジアルキルホスフェートなどが挙げられ、更に好ましくは、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジアルキルホスフェート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムホルメート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムアセテート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムフマレート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムラクテート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドである。特に好ましくは、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジアルキル(特にはジエチル)ホスフェート、1−エチル3−メチルイミダゾリウムホルメート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドが挙げられる。
【0040】
浸透工程で用いるイオン液体としては、少なくとも1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート([Bmim][OAc])を含むことが好ましい。[Bmim][OAc]は、単独で用いることができるが、[Bmim][OAc]の作用を阻害しない範囲で他のイオン液体と2種類以上を組み合わせて用いることもできる。[Bmim][OAc]の有するアニオンとカチオンの作用によれば、ソフトバイオマスであってもハードバイオマスであっても効果的にセルロースの結晶構造を崩壊させることができる。また、[Bmim][OAc][によれば、固液分離によってセルロース含有材料から[Bmim][OAc]を分離することで、[Bmim][OAc]が残留していても、セルラーゼがセルロースを効果的に分解できる。このため、イオン液体の洗浄工程を省略又は回避でき、セルロース含有材料の処理工程、分解工程を簡略化することができる。また、親水性イオン液体である[Bmim][OAc]は、セルロース含有材料に対して貧溶媒でありセルロース分解産物に親溶媒である溶媒、例えば、水と自由に混合する。このため、セルロース含有材料に浸透した[Bmim][OAc]は、セルラーゼを含む水と混合すると考えられる。本発明者らは、親水性イオン液体は酵素反応を阻害し、セルロース含有材料中に[Bmim][OAc]が残留していると、酵素反応が進行しないと考えられた。しかしながら、本発明者らの予想に反して、[Bmim][OAc]がセルロース含有材料に浸透し、セルラーゼの基質であるセルロースに極めて近接して存在していても、セルラーゼのセルロース分解反応が阻害されることなく、セルロースが効果的に分解されることがわかった。
【0041】
イオン液体の純度は高いことが好ましい。イオン液体の合成工程の不純物は、イオン液体と親水性溶媒とを混合して得られる媒体のpHに大きく影響し、結果として酵素の触媒活性に大きく影響する場合があるからである。本発明者らによれば、例えば、イミダゾリウム系カチオンを用いるイオン液体の場合、純度が低いほど水や緩衝液などの親水性溶媒と混合したときのpHがアルカリにシフトしやすく、セルラーゼによるセルロース分解活性が低下する傾向があることがわかっている。
【0042】
セルロース含有材料とイオン液体とを接触させる方法は特に限定されない。セルロース含有材料はイオン液体が浸透されれば足り、必ずしもイオン液体中にセルロース含有材料が浸漬され、分散され、あるいは懸濁された状態であることを要しない。セルロース含有材料にイオン液体を浸透させるには、例えば、十分量のイオン液体の液相中にセルロース含有材料を供給し浸漬するようにしてもよいし、セルロース含有材料に対してイオン液体を噴霧等によりセルロース含有材料に浸透させるのに必要量程度供給してもよい。
【0043】
セルロース含有材料中にイオン液体を浸透させるための処理条件は適宜設定することができる。適度に、例えば、150℃以下程度の範囲で加熱してもよい。好ましくは40℃以上、より好ましくは50℃以上、さらに好ましくは80℃以上に加熱する。加熱を行うことで、イオン液体のセルロース含有材料への浸透を促進することができる。150℃を超えると、セルロース含有材料の種類によっては好ましくない反応が生じる可能性があり、40℃未満では、加熱の効果が得られにくいからである。加熱時間は、用いるセルロース含有材料の大きさ(粉砕されている場合は、平均粒子径、チップ等の場合には、平均長さ等)や起源(ソフトバイオマス、ハードバイオマス、さらにはその中での分類まで含む)に応じて適宜決定するが、セルロースのイオン液体側の溶解が多くならない範囲とすることが好ましい。セルロースの溶解が進行し、イオン液体側へのセルロースの溶解量が増えると、後段での分解工程に供するセルロースが減少し、利用率が低下するからである。例えば、温度は80℃以上とすることが好ましい。好ましくは130℃以下である。また、加熱温度にもよるが、加熱時間は2時間以下とすることができる。さらに、加熱時間は1時間以下であってもよく、30分程度であっても1時間による処理と同等の糖化効率を得ることができる。
【0044】
セルロース含有材料へのイオン液体の浸透を促進するために、セルロース含有材料とイオン液体とを混合(攪拌)してもよいし、プレス処理してもよいし、粉砕処理してもよいし、超音波処理を行ってもよい。加熱を含めたこれらの各種処理は、単独で採用してもよいが、適宜組み合わせて採用してもよい。処理の種類は、用いるセルロース含有材料や用いるイオン液体の量によっても適宜変更される。
【0045】
なお、イオン液体の使用量をできるだけ低減するには、浸透に必要量程度のイオン液体をセルロース含有材料に供給してもよいし、後述するように、十分量のイオン液体に浸漬したセルロース含有材料を、その後、ろ過や遠心分離等の固液分離手段によりイオン液体から分離してもよい。
【0046】
このような浸透工程の実施により、セルロース含有材料にはイオン液体が浸透され、セルロース又はセルロースを含有するマトリックス中にイオン液体が保持され、その結果、そのセルロース含有マトリックスが緩んだようになるものと考えられる。イオン液体によってセルロース含有材料の構造が緩和されることにより、後段で水性媒体などの溶媒と接触したとき、セルロースの親水性領域がセルラーゼを含む溶媒に露出されやすくなり、セルラーゼによって分解されると考えられる。また、セルロースの疎水性領域もイオン液体による緩和により前記溶媒に露出されやすくなりセルラーゼによって分解されると考えられる。こうした浸透工程を経てイオン液体が浸透されたセルロース含有材料は、その後、セルラーゼによるセルロースの分解に供することができる。
【0047】
(固液分離工程)
本生産方法においては、浸透工程後に、さらに、セルロース含有材料を含む固相とイオン液体とを固液分離する工程を備えることができる。こうした固液分離によって、イオン液体を効果的に再利用に都合のよい形で回収することができるとともに、セルロース含有材料から過剰のイオン液体を除去することで、後段でのセルロース分解工程におけるセルラーゼによるセルロースの分解効率を向上させることができる。なお、浸透工程において、セルロース含有材料にイオン液体が浸透できる量又はそれに近い量のみが供給されている場合には、固液分離工程は必ずしも要しない。
【0048】
固液分離工程における固液分離の方法は特に限定しない。ろ過、圧搾、遠心分離、沈降分離等が挙げられる。良好な分離のために、適宜ろ過時においてプレス等してもよい。また、圧搾等のように、イオン液体により少なくとも部分的に構造が緩和したセルロース含有材料を固液分離しつつ粉砕、すりつぶし等してもよい。固液分離工程の実施により、セルロース含有材料から液相としてイオン液体が分離され、セルロース含有材料は固相として分離される。なお、分離されたセルロース含有材料には、緩和されたセルロースにイオン液体がなんらかの形態で保持された状態で残留していると考えられる。セルロース含有材料に残留したイオン液体は、セルラーゼによる分解工程において、セルロースの酵素への暴露に対して有利に作用していると考えられる。
【0049】
こうして分離された固相は、セルラーゼによる分解に適した状態にセルロースの構造が緩和されているため、効果的にセルラーゼによる分解が可能となっている。
【0050】
(洗浄工程)
本生産方法は、固液分離工程後に、必要に応じて、固相をイオン液体の親溶媒で洗浄する工程を備えることもできる。こうすることで、固相からイオン液体を効果的に除去することができる。こうした洗浄工程によれば、セルラーゼによるセルロースの分解工程に先立って、イオン液体を回収できるため、セルラーゼを含むセルロース分解反応液からイオン液体を回収するよりも有利であり、イオン液体の回収率及び再利用率を向上させることができる。イオン液体の親溶媒は、イオン液体が親水性イオン液体であれば、例えば、水性の液体であって、水又は水と相溶性のある有機溶媒との混液が挙げられる。有機溶媒としては、炭素数が1〜4程度の低級アルコールが挙げられる。
【0051】
洗浄工程は、例えば、固相に対して用いたイオン液体親溶媒を供給して、固相と接触させた後、先に説明した固液分離手法を適宜用いてイオン液体親溶媒を回収する方法を採用できる。
【0052】
(セルロース分解工程)
セルロース分解工程は、分離した固相と、セルラーゼとキシラナーゼとを含む酵素群とを接触させて固相中のセルロースを分解する工程である。セルラーゼは、セルロースをグルコースにまで加水分解するのに作用する各種の酵素の総称である。セルラーゼとしては、狭義には、β1,4−エンドグルカナーゼ(エンドグルカナーゼ;EC3.2.1.4)、グルカン1,4−βグルコシダーゼ(EC3.2.1.74)、セルロース1,4−βセロビオシダーゼ(セロビオヒドロラーゼ;EC3.2.1.91)、βグルコシダーゼ(EC3.2.1.21)等が挙げられる。また、セルラーゼは、天然由来であっても人工的に改変されたものであってもよい。天然由来のものとしては、特に限定しないが、Clostridium属、Trichoderma属、Aspergillus属及びPhanerochaete属に由来するセルラーゼを好ましく用いることができる。また、70℃以上で高い活性を示し、90℃から100℃でも活性を維持する耐熱性セルラーゼを用いることもできる。例えば、Pyrococcus属に代表される超好熱性古細菌由来のセルラーゼであってもよい。本発明においては、上記した狭義のセルラーゼを1種類又は2種類以上を組み合わせて用いることができる。異種のセルラーゼでなく、同種であっても2種類以上組み合わせてもよい。また、由来の異なるセルラーゼを組み合わせて用いることもできる。また、セルラーゼは、適当な担体に保持された形態であってもよい。
【0053】
(セロビオヒドロラーゼ)
例えば、セロビオヒドロラーゼ(CBH)としては、GHF6に属するCBHが挙げられる。GHF6に属するCBHは、一般に、セルロースをその非還元末端から切断してセロビオースを生成するII型(CBH II)であるとされている。GHF6に属するCBHとしては、各種微生物に由来するものが知られている(http://www.cazy.org/fam/GH6.html)。例えば、P. chrysosporium、A. oryzae及びT. reeseiに由来するCBHが挙げられる。例えば、P. chrysosporiumに由来する配列番号2で表されるアミノ酸配列(Accession No.:AAB32942)からなるPcCBHII、T. reeseiに由来する配列番号4で表されるアミノ酸配列(Accession NO.:AAA34210)からなるTrCBH IIが挙げられる。
【0054】
本明細書において、例えば、「P. chrysosporiumに由来するCBH」とは、P. chrysosporiumに分類される微生物(野生株であっても変異株であってもよい。)が生産するCBH又は当該微生物の生産するタンパク質をコードする遺伝子を利用して遺伝子工学的手法によって得られたCBHをいう。したがって、P. chrysosporiumから取得したCBHをコードする遺伝子(又はその改変遺伝子)を導入した形質転換体によって生産された組換体タンパク質であるCBHも、P. chrysosporiumに由来するCBHに該当する。したがって、「P. chrysosporiumに由来するCBH」には、P. chrysosporiumと同属で異種の菌株や同種で他の菌株からそれぞれ取得されるCBHが含まれる。
【0055】
また、CBHとしては、GHF7やGHF9に属するCBHが挙げられる。こうしたCBHは、一般に、セルロースをその還元末端から切断してセロビオースを生成するI型(CBH I)であるとされている。GHF7に属するCBHとしては、各種微生物に由来するものが知られている(http://www.cazy.org/fam/GH7.html)。また、GHF9に属するCBHとしては、Clostridium thermocellumに由来するセロビオヒドロラーゼが挙げられる。例えば、配列番号6で表されるアミノ酸配列(Accession No.:ABN51650)からなるCtCel9Kや配列番号8で表されるアミノ酸配列(Accession NO.:CAA56918)からなるCtCbhAが挙げられる。
【0056】
(エンドグルカナーゼ)
エンドグルカナーゼ(EG)としては、GHF5に属するEGが挙げられる。GHF5に属する第1のEGとしては、Trichoderma属、Phanerochaete属、Aspergillus属等の各種セルラーゼ生産微生物に由来するものが知られている(http://www.cazy.org/fam/GH5.html)。なかでも、T. reeseiに由来するEGから選択される1又は2以上とすることができる。例えば、配列番号10で表されるアミノ酸配列(Accession NO.:ABA64553)からなるT. reeseiに由来するTrEG IIが挙げられる。EGとしては、また、GHF8に属し、Clostridium cellulolyticumに由来し、配列番号12で表されるアミノ酸配列(Accession No.:AAA73867.1)からなるエンドグルカナーゼであるCel8Cが挙げられる。
【0057】
さらに、EGとしては、GHF12に属し、T. reeseiに由来し配列番号14で表されるアミノ酸配列((Accession No.:ABV71388)からなるTrEGIII、GHF12に属し、Phanerochaete chrysosporiumに由来し配列番号16で表されるアミノ酸配列(特開2009-247324 参照)からなるPcEGIII、GHF12に属し、Aspergillus niger由来し配列番号18で表されるアミノ酸配列(Accession No.:CAA11964)からなるAnEGIIIが挙げられる。
【0058】
(βグルコシダーゼ)
βグルコシダーゼ(BGL)としては、特に限定しないで、各種のセルラーゼ生産微生物に由来するものを用いることができる。例えば、Aspergillus aculeatusに由来し配列番号20で表されるアミノ酸配列(Accession No.:BAA10968)からなるAaBGAが挙げられる。
【0059】
(キシラナーゼ)
キシラナーゼは、ヘミセルロースの構成成分であるβ-1,4-D-キシランのβ-1,4結合を加水分解する酵素であり、ヘミセルラーゼに包含される酵素である。キシラナーゼは、セルラーゼ生産微生物に由来するものを用いることができる。例えば、T. reesei由来し配列番号22で表されるアミノ酸配列(Accession No:AAB50278)からなるキシラナーゼIIが挙げられる。
【0060】
なお、本生産方法に用いるのに好ましい酵素は、当該酵素について特定されたある種のアミノ酸配列などの公知又は新規の配列情報と一定の関係を有するとともに、それぞれ固有の酵素活性を有するタンパク質であってもよい。例えば、すなわち、例示される酵素のアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。各アミノ酸配列に対するアミノ酸の変異は、すなわち、欠失、置換若しくは付加は、いずれか1種類であってもよいし、2種類以上が組み合わされていてもよい。また、これらの変異の総数は、特に限定されないが、好ましくは、1個以上10個以下程度である。より好ましくは、1個以上5個以下である。アミノ酸置換の例としては、保存的置換が好ましく、具体的には以下のグループ内での置換が挙げられる。(グリシン、アラニン)(バリン、イソロイシン、ロイシン)(アスパラギン酸、グルタミン酸)(アスパラギン、グルタミン)(セリン、トレオニン)(リジン、アルギニン)(フェニルアラニン、チロシン)。また、例示される酵素について開示される特定のアミノ酸配列に対して70%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつセルラーゼ活性を有するタンパク質が挙げられる。同一性は好ましくは80%以上であり、より好ましくは85%以上であり、さらに好ましくは、90%以上であり、一層好ましくは95%以上である。最も好ましくは、98%以上である。さらに例示される酵素について開示される特定のアミノ酸配列をコードする塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAによってコードされ、固有のセルラーゼ活性を有するタンパクが挙げられる。ストリンジェントな条件とは、たとえば、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、塩基配列の同一性が高い核酸、すなわち、所定の塩基配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましく95%以上、一層好ましくは98%以上の同一性を有する塩基配列からなるDNAの相補鎖がハイブリダイズし、それより相同性が低い核酸の相補鎖がハイブリダイズしない条件が挙げられる。より具体的には、ナトリウム塩濃度が15〜750mM、好ましくは50〜750mM、より好ましくは300〜750mM、温度が25〜70℃、好ましくは50〜70℃、より好ましくは55〜65℃、ホルムアミド濃度が0〜50%、好ましくは20〜50%、より好ましくは35〜45%での条件をいう。さらに、ストリンジェントな条件では、ハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄条件が、通常はナトリウム塩濃度が15〜600mM、好ましくは50〜600mM、より好ましくは300〜600mM、温度が50〜70℃、好ましくは55〜70℃、より好ましくは60〜65℃である。なお、以上のことから、さらなる他の一態様として、所定の塩基配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましく95%以上、一層このましくは98%以上の同一性を有する塩基配列を有するDNAによってコードされ、親配列に由来する固有の酵素活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0061】
なお、本明細書において同一性又は類似性とは、当該技術分野で知られているとおり、配列を比較することにより決定される、2以上のタンパク質あるいは2以上のポリヌクレオチドの間の関係である。当該技術で“同一性 ”とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きのそのような配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の配列不変性の程度を意味する。また、類似性とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きの部分的な配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の相関性の程度を意味する。より具体的には、配列の同一性と保存性(配列中の特定アミノ酸又は配列における物理化学特性を維持する置換)によって決定される。なお、類似性は、後述するBLASTの配列相同性検索結果においてSimilarity と称される。同一性及び類似性を決定する方法は、対比する配列間で最も長くアラインメントするように設計される方法であることが好ましい。同一性及び類似性を決定するための方法は、公衆に利用可能なプログラムとして提供されている。例えば、AltschulらによるBLAST (Basic Local Alignment Search Tool) プログラム(たとえば、Altschul SF, Gish W, Miller W, Myers EW, Lipman DJ., J. Mol. Biol., 215: p403-410 (1990), Altschyl SF, Madden TL, Schaffer AA, Zhang J, Miller W, Lipman DJ., Nucleic Acids Res. 25: p3389-3402 (1997))を利用し決定することができる。BLASTのようなソフトウェアを用いる場合の条件は、特に限定するものではないが、デフォルト値を用いるのが好ましい。
【0062】
(イオン液体で浸透処理したセルロース含有材料の分解に適した酵素製剤)
これらのセルラーゼ及びキシラナーゼについては、セルラーゼとキシラナーゼとを含む酵素製剤として用いることができる。より好ましくは、セロビオヒドロラーゼ、エンドグルカナーゼ及びβグルコシダーゼを全て含み、さらにキシラナーゼを含む酵素製剤であることが好ましい。より好ましくは、Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCBH I)(CBHA)、Phanerochaete chrysosporium由来のセロビオヒドロラーゼ II(PcCBH II)、Trichoderma reesei由来のエンドグルカナーゼII(TrEG II)、Aspergillus aculeatus由来のβグルコシダーゼ(AaBGA)及びTrichoderma reesei由来のキシラナーゼII(TrXyn II)を含む酵素製剤である。こうした酵素製剤は、イオン液体による浸透処理後のセルロース含有材料に適した酵素製剤である。さらに、この製剤には、1又は2以上のエンドグルカナーゼIIIを含んでいてもよい。この酵素製剤は、以下に記載の微生物製剤を培養した培養上清あるいはその粗精製物等であってもよい。
【0063】
(イオン液体で浸透処理したセルロース含有材料の分解に適した微生物製剤)
これらのセルラーゼ及びキシラナーゼは、微生物によって供給されるものであってもよい。すなわち、後段の発酵工程で用いる微生物がその細胞外に分泌した形態や細胞表層に提示した形態であってもよい。こうした形態でセルラーゼ及びキシラナーゼを提供することで、セルロース分解物であるグルコース等を微生物が効率的にかつ直接利用できるため、セルロース分解工程と発酵工程とを同時進行させるCBP(糖化発酵連結プロセス)を高効率にかつ市販の酵素製剤を用いることなく低コストで実現できる。
【0064】
本微生物製剤は、セルラーゼ及びキシラナーゼを含む酵素群を、細胞外に分泌可能又は細胞表層に提示可能な1又は2以上の微生物は、イオン液体による浸透処理後のセルロース含有材料の糖化発酵に適した微生物製剤である。この微生物製剤によれば、この微生物のこの微生物製剤は、より好ましくは、セルラーゼとしてセロビオヒドロラーゼ、エンドグルカナーゼ及びβグルコシダーゼを全てとキシラナーゼとを生産する1又は2以上の微生物を含んでいる。さらに好ましくは、Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCBH I)(CBHA)、Phanerochaete chrysosporium由来のセロビオヒドロラーゼ II(PcCBH II)、Trichoderma reesei由来のエンドグルカナーゼII(TrEG II)、Aspergillus aculeatus由来のβグルコシダーゼ(AaBGA)及びTrichoderma reesei由来のキシラナーゼII(TrXyn II)を生産する1又は2以上の微生物を含んでいてもよい。さらにまた、エンドグルカナーゼIIIを生産する1又は2以上の微生物を含んでいてもよい。
【0065】
微生物製剤は、セルラーゼ及び/又はキシラナーゼを細胞表層に提示する微生物を含むことが好ましい。こうした微生物を用いることで、少ない発現量のセルラーゼ等で効率的にセルロースの分解物を利用できる。また、好ましいセルラーゼ及びキシラナーゼの組み合わせを全て単一の微生物の細胞表層に提示させることが好ましい。
【0066】
こうした微生物製剤をセルロース分解工程で用いる場合、同時に発酵工程も実現することになる。したがって、固相と微生物製剤とを、セルラーゼ等の作用できる組成であるとともに用いる微生物の生育ないし増殖に適した組成の親水性溶媒、典型的には使用する微生物の培地となり得る液体中で接触させるようにする。なお、微生物については、発酵工程にて説明する。
【0067】
セルラーゼやキシラナーゼを酵母等の細胞外に分泌させるには、公知の分泌シグナルペプチドをセルラーゼ等に付与したものを酵母で生産させるようにすればよい。例えば、酵母におけるタンパク質の分泌生産には、酵母において機能するシグナルペプチドを付与するなどすればよい。例えば、酵母に由来するシグナルペプチド配列としては、例えば酵母インベルターゼリーダー、α因子リーダー、またはRhizopus oryzae やC. albicansグルコアミラーゼリーダーなどが挙げられる。また、セルラーゼは各種形態で酵母等の細胞表層に保持される。一つは、セルラーゼを、そのまま公知の酵母細胞表層提示システムを用いて酵母の細胞表層に保持させる形態である。2種類以上のセルラーゼ及びキシラナーゼは、同一酵母の細胞表層に保持されてもよく、また、それぞれ別の酵母の細胞表層に保持されてもよい。
【0068】
セルラーゼ等を酵母の細胞表層に提示する場合、セルラーゼ等は、さらに、細胞表層提示に必要な細胞表層結合ドメインを有することが好ましい。酵母表層提示システムとしては、例えば、表層タンパク質であるα−アグルチニン又はそのレセプターを利用することができる。例えば、分泌シグナルに加えて凝集性タンパク質であるα−アグルチニンC末端側の320アミノ酸残基からなるペプチドが利用される。所望のタンパク質を細胞表層に提示するためのポリペプチドや手法は、WO01/79483号公報や、特開2003−235579号公報、WO2002/042483号パンフレット、WO2003/016525号パンフレット、特開2006−136223号公報、藤田らの文献(藤田ら,2004. Appl Environ Microbiol 70:1207-1212および藤田ら, 2002. Appl Environ Microbiol 68:5136-5141.)、村井ら, 1998. Appl Environ Microbiol 64:4857-4861.に開示されている。例えば、シグナル配列は、ベクターに組み込まれる要素であってもよいが、セルラーゼ遺伝子の一部であってもよい。アグルチニンを利用したタンパク質の細胞表層提示システムは、例えば、インビトロジェン社からpYD1ベクター及びEBY100サッカロマイセス・セレビジエを含む酵母用ディスプレイキットとして入手することができる。また、細胞表層提示システムとしては、このほか、SAG1、FLO1〜FLO11などの細胞表層タンパク質を用いるシステム等を用いることができる。また、特開2008-263975号公報に記載の方法を採用してもよい。
【0069】
セルラーゼを酵母の細胞表層に保持させる他の一つの形態は、セルロソームのスキャホールディンタンパク質由来のタンパク質を介して保持させる形態である。セルロソームを利用した細胞表層提示は、特開2009-33993号公報及び特開2009-142260号公報に開示される方法を採用できる。すなわち、酵母の細胞表層にセルロソームのスキャホールディンタンパク質由来のタンパク質をセルラーゼの保持用の骨格タンパク質として表層提示させる。一方、セルラーゼにこうした骨格タンパク質に結合可能にドッケリンドメインを付与することで、セルラーゼを骨格タンパク質を介して表層提示できる。
【0070】
なお、セルロソームは、嫌気性細菌や嫌気性糸状菌によって菌体外に形成され、通常、微生物表面に結合して又は培養液中に存在している。セルロソームとしては、各種の嫌気性微生物等、公知のセルロソーム生産微生物が生産するセルロソーム及び将来的に明らかにされるセルロソーム並びにこれらの改変体のいずれであってもセルラーゼの保持用の骨格タンパク質の取得源として用いることができる。セルロース分解能力の高さ等を考慮すると、クロストリジウム・サーモセラム等の好熱嫌気性微生物やクロストリジウム・セルロリティカム等のクロストリジウム属菌の生産するセルロソーム又はその改変体を用いることができる。
【0071】
セルラーゼ保持用の骨格タンパク質に対してセルラーゼを保持させるには、骨格タンパク質を表層提示した酵母等でセルラーゼを細胞外に分泌生産させることで、その骨格タンパク質にセルラーゼ等を保持させることができる。また、細胞外で生産したセルラーゼを、保持用の骨格タンパク質を細胞表層に発現した酵母と接触させて、当該保持用の骨格タンパク質に保持させてもよい。
【0072】
セルラーゼをコードする遺伝子は、データベースから取得したセルラーゼの塩基配列等に基づいて取得できる。すなわち、所定の酵母から抽出したDNA、各種cDNAライブラリー又はゲノムDNAライブラリー等由来の核酸を鋳型としたPCR増幅やハイブリダイゼーションにより核酸断片として得ることができる。あるいはセルラーゼ遺伝子は、化学合成法等の当技術分野で公知の各種の核酸配列合成法によって、核酸断片として合成してもよい。
【0073】
微生物の遺伝的改変のための組換えベクターの作製、組換え体宿主としての酵母等の取り扱いに必要な一般的な操作は、当業者間で通常行われているものであり、たとえば、T.Maniatis,J. Sambrookらの実験書(Molecular Cloning, A Laboratory Manual、Cold Spring Harbor Laboratory、1982,1989、2001)等を適宜参照することにより当業者であれば実施することができる。酵母を含む各種細胞に対するこうした遺伝子導入による外来タンパク質の発現のための各種操作は、例えば、Molecular Cloning A Laboratory Manual second edition(Maniatis et al.,Cold Spring Harbor Laboratory press.1989)等のプロトコールに従うことができる。また、ベクターの導入方法としては、従来公知の各種方法、例えば、リン酸カルシウム法、トランスフォーメーション法や、トランスフェクション法、接合法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、酢酸リチウム法または他の方法が挙げられる。このような手法は、上記した実験書等に記載される。ベクターを導入した酵母等につき、マーカー遺伝子を用いた選抜及び活性発現による選抜により、必要なタンパク質を発現する酵母を得ることができる。
【0074】
セルロース分解工程で固相に対してセルラーゼとともにキシラナーゼを作用させることは、イオン液体を浸透させてセルロースを含むマトリックスを緩和させた固相中のセルロースの分解に極めて効果的である。本発明者らによれば、イオン液体を浸透させたセルロース含有材料を含む固相に対して、セロビオヒドロラーゼ、エンドグルカナーゼ及びβグルコシダーゼを含む酵素群を適用して、その量を10倍〜100倍まで増量して分解効率の向上を目指したにもかかわらず、分解効率について改善が得られなかった。これに対して、これら4種のセルラーゼに加えてキシラナーゼはごく微量(0.1μg程度)の添加によって分解効率の向上を確認でき、さらに、添加量に応じた分解率の向上を確認できた。これは、イオン液体がセルロースを含むマトリックスに浸透して構造が緩和されるが、固相中にセルロースとともに維持されたキシロースがキシラナーゼにより分解され、セルロースに対するセルラーゼのアクセスビリティが一層向上し、分解効率が向上したものと考えられる。
【0075】
浸透処理後のセルロース含有材料に対しては、イオン液体の効率的な回収及び再利用の観点から、固液分離を実施後のセルロース含有材料にセルラーゼを供給し分解工程を実施することが好ましい。
【0076】
浸透処理後のセルロース含有材料には、緩和されたセルロース又はセルロース含有マトリックス中にイオン液体が保持されている。固液分離後であっても、セルロース又はセルロース含有マトリックス中にはイオン液体が保持されたままとなっているといえる。こうした状態のセルロースに対してセルラーゼによる分解を実施しても、イオン液体のセルラーゼへの悪影響が抑制されているか、あるいはイオン液体によるセルロースの構造緩和によるセルラーゼのアタック性向上効果が、イオン液体のセルラーゼへの悪影響を上回っていると考えられる。したがって、本セルロース分解工程は、洗浄工程を実施しない場合には、イオン液体の存在下に、セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで分解する工程であるといえる。
【0077】
また、セルラーゼは、セルロース含有材料に対する貧溶媒であってセルロースの分解産物に対する親溶媒である溶媒の存在下に、固相に接触されることが好ましい。こうした溶媒を用いることで、セルロース分解産物を溶媒である液相に確保できるとともに、セルロース含有材料中の未分解部分や本来的にセルラーゼでは分解不能な残渣(例えば、リグニン等)を固相に保持することができる。
【0078】
こうした溶媒としては、通常親水性溶媒を用いることができる。また、親水性溶媒は、用いるセルラーゼの至適pHを含む酵素活性に適したpH範囲に一致する範囲に緩衝能を有する緩衝液を用いることが好ましい。一般的なセルラーゼやキシラナーゼの典型的な好適pHは4〜6程度であるため、例えば、クエン酸緩衝液(クエン酸及びクエン酸ナトリウム)、酢酸緩衝液(酢酸−酢酸ナトリウム)、クエン酸−リン酸緩衝液(クエン酸−リン酸二水素ナトリウム)等が挙げられる。こうした緩衝液の濃度やpHを適宜調製して、親水性溶媒相のpHを4以上6以下、より確実には、4.0以上6.0以下となるように設定することが好ましい。なお、疎水性イオン液体の特性の変動によるpHシフトやpH変動の酵素活性及び分解効率への悪影響を抑制又は回避するためにも十分なpH調整能力のある親水性溶媒を用いることが好ましい。親水性溶媒には、適切な塩濃度を形成するための酸、アルカリあるいは塩類が含まれていてもよい。酵素反応に必要な金属イオンを含めることもできる。
【0079】
セルラーゼによるセルロース分解のための温度や時間は特に限定されない。セルラーゼの種類にもよるが、通常、30℃〜70℃程度、好ましくは35℃〜45℃程度で、pH2以上6以下程度とし、数時間から数十時間程度実施する。好熱性セルラーゼを用いる場合は、70℃以上100℃以下であってもよい。
【0080】
本セルロース分解工程によれば、イオン液体によりセルロースマトリックスの構造が緩和されかつセルロースやキシロースが親水性溶媒との界面に露出されているため、キシラナーゼがキシロースを攻撃しやすくなっているとともに、この結果、一層セルラーゼがセルロースを攻撃しやすくなっていて、親水性溶媒中のセルラーゼがセルロースを効率的に分解することができる。そして、分解の結果得られるグルコースなどセルロースの低分子化物(二糖やオリゴ糖を含む分解産物)は、親水性溶媒に溶解し、親水性溶媒から回収することができる。また、セルロースやキシロースの低分子化に伴って、新たなセルラーゼやキシラナーゼのアクセス箇所が親水性媒体に露出されるため、セルラーゼによる分解が促進される。特に、用いるイオン液体が親水性イオン液体のときには、セルロース含有材料中のセルロースやキシロースは、セルラーゼが存在する親水性媒体に露出されやすくなっている。また、これらの中間分解産物は、親水性溶媒中のセルラーゼやキシラナーゼによってさらに低分子化される。なお、キシロース以外のヘミセルロースやリグニンなどのセルロース含有材料由来のセルロース以外の炭素源は固相として親水性媒体中に残存される。
【0081】
以上のことから、セルロース分解工程の実施により、親水性溶媒中に、固相としてのセルラーゼ分解残渣と、溶質としてのセルロース分解産物及びキシロース分解産物が得られることになる。
【0082】
(セルロース分解産物の回収工程)
セルロース分解工程の実施後は、必要に応じて、セルロース分解産物の回収工程を実施することができる。親水性溶媒相を適当な固液分離手段で回収することで、セルロース等の分解産物を分解残渣と容易に分離できる。回収した親水性溶媒相は、イオン液体を固液分離後に分解工程に供されたセルロース含有材料であれば、十分にイオン液体の濃度が低減されたものとなっているため、そのまま、たとえば後段で説明する有用物質の生産方法における発酵工程等に利用できる。また、必要に応じて濃縮されてもよい。なお、親水性溶媒相にはセルラーゼが含まれているが、セルラーゼを固相に固定化して用いる等により、公知の方法でセルラーゼの分離回収も可能である。
【0083】
(発酵工程)
発酵工程は、セルロース分解工程で得られたセルロース等の分解産物を含む炭素源を利用して微生物の発酵により有用物質を生産させる工程である。本生産方法において用いるセルロース分解産物は、セルロース分解工程後の親水性溶媒相、その濃縮物、又は親水性溶媒相から分離回収されたものであってもよい。上述したように親水性溶媒相は、イオン液体の含有量が十分に低減されている場合、そのままであっても発酵工程に供することができる。したがって、例えば、セルロース分解工程後の親水性溶媒相等を発酵用の培地の一部として用いることができる。なお、発酵工程に先立って、非セルロース画分の回収工程を実施してもよいが、発酵工程後に、非セルロース画分の回収工程を実施することもできる。
【0084】
発酵工程で用いる微生物は、特に限定しないで、セルロースの分解産物を資化可能であって生産しようとする有用物質の種類に応じて適宜選択される。セルロース分解産物は、グルコースが主であるが、分解工程の実施態様によっては、二糖、オリゴ糖、ヘミセルロース由来のキシラン等であってもよい。例えば、酵母やカビなどの真菌類や大腸菌等の微生物が挙げられる。微生物は、野生型であってもよいし、遺伝子工学的技術等によって人為的にセルロース分解産物を効率的に資化可能に改変されたり、有用物質を生産可能に改変されたりしたものであってもよい。
【0085】
例えば、酵母としては、特に限定されないで公知の各種酵母を利用できる。サッカロマイセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)等のサッカロマイセス属の酵母、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等のシゾサッカロマイセス属の酵母、カンジダ・クルゼイ(Candida krusei)、キャンディダ・シェハーテ(Candida shehatae)等のキャンディダ属の酵母、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)、ピヒア・スティピティス(Pichia stipitis)等のピヒア属の酵母、ハンセヌラ(Hansenula)属の酵母、トリコスポロン(Trichosporon)属の酵母、ブレタノマイセス(Brettanomyces)属の酵母、パチソレン(Pachysolen)属の酵母、ヤマダジマ(Yamadazyma)属の酵母、クルイベロマイセス・マーキシアヌス(Kluyveromyces marxianus)、クルイベロマイセス・ラクティス(Kluveromyces lactis)等のクルイベロマイセス属の酵母が挙げられる。なかでも、工業的利用性等の観点からサッカロマイセス属酵母が好ましく、サッカロマイセス・セレビジエがより好ましい。
【0086】
また、酵母としては、遺伝子工学的な改変により、乳酸などの有機酸、C3〜C5アルコールなど工業原料等にもなる化合物を生産する酵母も利用できる。こうした酵母によれば、セルロースを原料として直接有用物質を生産できる。例えば、乳酸生産酵母などの形質転換酵母は、例えば、特開2003−334092、特開2004−187643、特開2005−137306、特開2006−6271、特開2006−20602、特開2006−42719、特開2006−75133、特開2006−296377等に開示されており、本発明においてはこれらの形質転換酵母を用いることができる。これらの公報に記載の内容の全ては引用により本明細書の一部に組み込まれる。
典型的には、エタノールを生産するS. cerevisiaeなどの酵母が挙げられる。また、有機酸を生産する酵母や乳酸菌であってもよい。
【0087】
セルロース分解工程において、微生物製剤を用いた場合には、セルロース分解工程は同時に発酵工程でもある。
【0088】
発酵工程は、用いる微生物の種類や生産しようとする有用物質に応じて実施すればよい。発酵のための培養は、静置培養、振とう培養または通気攪拌培養等を用いることができる。通気条件は、嫌気条件下、微好気条件下及び好気条件等、適宜選択することができる。培養温度も、特に限定しないが、25℃〜55℃等の範囲とすることができる。また、培養時間も必要に応じて設定されるが、数時間〜150時間程度とすることができる。また、pHの調整は、無機あるいは有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。なお、変換工程終了後、培養液から微生物を除去してエタノール等の有用物質含有画分を回収する工程、さらにこれを濃縮する工程を実施してもよい。
【0089】
有用物質としては特に限定しないが、グルコースを利用して微生物が生成可能なものが好ましい。例えば、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール等の低級アルコール、イソプレノド合成経路の追加によるファインケミカル(コエンザイムQ10、ビタミン及びその原料等)、乳酸等の有機酸、解糖系の改変によるグリセリン、プラスチック・化成品原料など、バイオリファイナリー技術が対象とする材料が挙げられる。
【0090】
(非セルロース画分の回収工程)
セルロース分解工程実施後の任意のタイミング、例えば、発酵工程前、あるいは発酵工程後において、必要に応じて親水性溶媒中の固相残渣を固液分離して回収することもできる。回収した固相は、セルラーゼ及びキシラナーゼによる分解残渣であり、セルロース含有材料中の非セルロース画分(典型的にはリグニンであり、キシラナーゼ以外のヘミセルラーゼを用いない場合には、ヘキシロース以外のミセルロースも含まれる。)を回収できる。この残渣は、芳香族系高分子であるリグニンを高率で含有しており、かつ、過度な縮合等が抑制されているため、多種の用途に利用が可能である。また、リグニンを分解する酵素と接触させることで、フェノール系化合物を得ることもできる。さらに、この固相残渣に、セルロースを含有する場合には、再度、セルラーゼと接触させてセルロース分解工程を繰り返し実施して、セルロースの利用率を向上させることができる。
【0091】
(イオン液体の供給(再利用)工程)
本生産方法は、さらにまた、固液分離工程後の任意のタイミングで、セルロース含有材料を含む固相と分離したイオン液体を接触工程に供給して再利用する工程を備えていてもよい。イオン液体の再利用は、工程全体のコストを大きく低下させることができる。固液分離工程で液相として分離回収されたイオン液体は、再び、浸透工程に供給して用いることもできる。また、再利用工程は、洗浄工程で回収したイオン液体を合わせて利用することもできる。洗浄工程では、イオン液体をその親溶媒に溶解した状態で含有しているため、浸透工程への再利用にあたっては、適宜親溶媒を除去あるいは分離することが好ましい。
【0092】
以上説明したように、本明細書に開示される有用物質の生産方法によれば、従来に比してより効率的に得られたセルロース分解産物を利用するため、有用物質の生産コストを効果的に低減することができる。
【0093】
(セルロース含有材料の分解産物の生産方法)
本明細書の開示によれば、前記浸透工程と、セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼを用いて分解する工程と、を備えるセルロース含有材料の分解産物の生産方法が提供される。本明細書に開示される生産方法によれば、セルロース含有材料中のセルロースやキシロースは、イオン液体によりセルラーゼによる分解に適した状態に緩和され、セルラーゼやキシラナーゼに暴露されやすい状態となっているため、セルラーゼ及びキシラナーゼにより効率的に分解される。また、セルロース含有材料中にイオン液体が残留保持されていたとしても、酵素反応への悪影響が回避又は抑制されているため、イオン液体の除去を高精度に行う必要がないため、工程を簡略化できる。
【0094】
本明細書に開示されるセルロース分解産物の生産方法における浸透工程及び分解工程は、有用物質の生産方法について説明した各種の態様をそのまま適用することができる。また、適宜、固液分離工程、洗浄工程及び再利用工程を実施してもよい。なお、セルロースの分解産物としては、セルロースの低分子化されたものであればよい。より具体的には、最終分解産物であるグルコースのほか、セロビオース及びセロオリゴ糖が挙げられる。
【0095】
以上説明したように、本明細書に開示されるセルロース分解産物の生産方法によれば、用いたイオン液体及びセルロースやキシロースなどの分解産物の回収等が容易となっている。また、キシラナーゼを用いることで少ない酵素量で効果的にセルロースを分解することができる。以上のことから、より実用的なセルロース含有材料の利用が可能となる。
【実施例】
【0096】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0097】
(1)糖化酵素分泌生産酵母の構築(その1)
イオン液体処理バイオマスに好適なセルロース分解酵素の組合せを検討する目的で、セルラーゼを分泌生産することを特徴とする遺伝子組換え酵母を作成した。ベクターの構築には、大腸菌Escherichia coli JM 109株(東洋紡)を使用し、培養にはLB培地を使用した。ベクターに導入するインサート断片はSaccharomyces cerevisiae YPH 499株(Stratagene、MATa, ura3-52, lys2-801, ade2-101, trp1-Δ63, his3Δ200, leu2Δ1)のゲノムDNAからPCRによって取得した。
なおS. cerevisiae YPH 499株の培養には、YPD培地(Yeast extrsct 10 g/l、Pepton 20 g/l,D-Glucose 20 g/l)を用いた。
【0098】
市販ベクターであるpAUR112をベースに、酵母染色体導入用ベクターを構築した。本ベクター中にSaccharomyces cerevisiae TDH3プロモーター、分泌シグナル、マルチクローニングサイト、CYC1ターミネーターを順次導入し、得られた最終ベクターをpAUR112-GAPSSRGベクターと名づけた。
【0099】
以下の表に示す7種類の糖化酵素遺伝子を、PCR法によって取得した。図2に示すようにして、得られたPCR増幅断片をIn Fusion PCR Cloning(Clontech)により、pAUR112-GAPSSRGベクター中に導入した。ライゲーション溶液は、大腸菌(ECOSTM Competent E. coliDH5α;ニッポンジーン)へ形質転換し、アンピシリンを終濃度50 μg/mlとなるように添加したLBプレートにて生育した各クローンについて、コロニーPCR法によって、目的とするクローンを選抜した。目的クローンをアンピシリンが含有されたLB培養液にて培養し、本培養液からプラスミドDNAを抽出し、この混合DNA溶液を以後の実験に用いた。また、目的とするベクターであるかを、遺伝子配列解析装置ABI PRISM 310 Genetic Analyzer (Applied Biosystems)によって確認した。
【0100】
【表1】

【0101】
宿主酵母を、YPD培養液2 mlにて30℃にて振とう培養し、O.D. 600nm = 0.8になった培養液をFrozen-EZ Yeast Transformation IIキット(ZYMO RESERCH)を用いてコンピテントセルを調整した。続いて、約0.5μgのプラスミドDNA溶液をプロトコールに従って形質転換し、選抜培地に播種したプレートを、30℃にて静置培養した。選抜培地は、オーレオバチシン選抜培地を使用した。得られたコロニーを新しい選抜培地に再度播種し、安定した形質を示すものを選抜した。
【0102】
各遺伝子組み換え酵母をYPD培養液2 mlにて、30℃、17時間振とう培養し、得られた菌体を集菌した後、Genとるくん-酵母用-(タカラバイオ)に従ってゲノムDNAを調整した。調整したゲノムを鋳型にし、PCRによって目的とする糖化酵素遺伝子が導入しているかの確認を行った。PCR反応には増幅酵素として、Ex-Taq DNA polymerase(タカラバイオ)を使用した。反応組成は定法に従い、PCRの反応条件としては、96℃ 2分の熱処理を行った後、96℃で30秒、53℃で30秒、72℃で60秒の3つの温度変化を1サイクルとし、これを25サイクル繰り返し、最後に4℃とした。反応液に色素を添加し、電気泳動にて目的断片の有無を確認した。
【実施例2】
【0103】
(2)糖化酵素分泌型酵母培養上清溶液での酵素組合せ評価(その1)
イオン液体処理としては、1-Butyl-3-methylimidazolium acetate ( [Bmim][OAc])を使用した。すなわち、イオン液体 1.0 g をバイアル瓶に採取し、これに50 mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径250 μm程度に調整されたバガス粉末を使用した。これを120℃にて30分間処理し、9 mlの滅菌水にて、Filter membraneを用いて、洗浄した。処理試料に100 mM クエン酸緩衝液(pH 5.0)1 mlを添加した後、上述の実施例1で構築した糖化酵素分泌型酵母培養上清溶液1mlずつを添加し、滅菌水にて全量10 mlとした。
【0104】
培養上清溶液の調製としては、上述の実施例1で構築した各遺伝子組み換え酵母それぞれを、YPD培養液5 mlにて、30℃、63時間振とう培養し、得られた菌体を集菌し、培養上清溶液を得た。本溶液について、一般的に報告されているセルロース分解性試験を行い、セルロース分解活性が確認された糖化酵素分泌型酵母培養上清溶液1 mlを使用した。
【0105】
イオン液体処理バガスへの酵母上清溶液添加においては、今回構築した7種類のセルラーゼ分泌株(2種類のセロビオヒドラーゼI型糖化酵素、以下CBHIと称す、2種類のセロビオヒドラーゼII型糖化酵素、以下CBHIIと称す、2種類のエンドグルカナーゼI型糖化酵素、以下EGIと称す、1種類のベータグルコシダーゼ糖化酵素、以下BGLと称す)から考えられる8種類の組合せを実施した(表2参照)。
【0106】
【表2】

【0107】
なお、本試験のコントロールとして、市販のセルロース分解酵素を使用した。本セルラーゼ混合溶液は、Trichoderma reesei ATCC 26921からなるNovozyme-Celluclast (Sigma-Aldrich) と Aspergillus nigerからなるNovozyme 188 (Sigma-Aldrich) を 5:1 の割合で混合させたものを、6 FPU / g バイオマスになるよう添加した。
【0108】
糖化反応の試料より、0, 3, 8, 24, 48, 72時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF-5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロースを100とした場合の糖への変換効率を、以下の計算式に従って算出した。
グルコース変換効率 (%) = [produced glucose] / [glucose units in cellulose] ´ 100
【0109】
各組み合わせ毎の糖化率の経時変化及び糖化効果を併せて図3に示す。図3に示すように、Clostridium thermocellum由来CBHA, Phanerochaete chrysosporium由来CBH II, Trichoderma reesei由来EGII, Aspergillus aculeatus由来BGLの組合せにおいて、高い糖化効率を示すことが確認された。本組合せをBest Mix Ver.1と名づけた。なお本試験における市販酵素(6 FPU / g バイオマス)を添加したセルロース糖化効率は79.6 %であった。
【実施例3】
【0110】
(3)バイオマス前処理の違いにおける好適組合せ(Best mix ver.1)の効果評価
上記実施例2にて得られた好適組合せ(Best mix ver.1;Clostridium thermocellum由来CBHA, Phanerochaete chrysosporium由来CBH II, Trichoderma reesei由来EG II, Aspergillus aculeatus由来BGL)について、他のバイオマス前処理での効果を比較した。なお、一般的な前処理方法として知られる希硫酸処理を実施した。
【0111】
また実施例2の結果より、高い糖化効率を示さないNegativeな組合せ(Negative Mix)として、Clostridium thermocellum由来Cel9K, Trichoderma reesei由来CBH II, Clostridium cellloyticum由来Cel8C, Aspergillus aculeatus由来BGLの混合溶液についても同様に試験を実施した。
【0112】
イオン液体処理としては、 [Bmim][OAc]を使用し,実施例2と同様にして行った。
【0113】
希硫酸処理としては、一般的な手法に従い、H2SO4 2 % (wt./vol.) 1 mlをバイアル瓶に採取し、これに50 mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径250μm程度に調整されたバガス粉末を使用した。これを120℃にて90分間オートクレーブ処理し、9 mlの滅菌水にて、Filter membraneを用いて、洗浄した。処理試料に100 mM クエン酸緩衝液(pH 5.0)1 mlを添加した後、上述の実施例1で構築した糖化酵素分泌型酵母培養上清溶液1mlずつを添加し、滅菌水にて全量10 mlとした。
【0114】
培養上清溶液の調製としては、上述の実施例2で同定した各遺伝子組み換え酵母それぞれを、YPD培養液5 mlにて、30℃、17時間振騰培養し、得られた菌体を集菌し、培養上清溶液を得た。本溶液について、一般的に報告されているセルロース分解性試験を行い、セルロース分解活性が確認された糖化酵素分泌型酵母培養上清溶液1 mlを使用した。
【0115】
なお本試験のコントロールは、実施例2と同様にして準備した。
【0116】
糖化反応の試料より、24, 48時間後にサンプリングし、実施例2と同様にして溶液中のグルコース濃度を測定し、糖への変換効率を算出した。前処理の違いによるバガスのセルロース糖化効率を図4に示す。
【0117】
図4に示すように、イオン液体処理バガスにおける、好適糖化酵素組合せ(Best mix ver.1;Clostridium thermocellum由来CBHA, Phanerochaete chrysosporium由来CBH II, Trichoderma reesei由来EG II, Aspergillus aculeatus由来BGL)は、Negative Mixよりも5倍の向上効果を示しており、この値は、希硫酸処理での双方の差である2倍程度よりもはるかに高い効果が示されていた。また糖化効率自体も希硫酸処理に比べ、[Bmim][OAc]処理のときでは2倍以上の糖化効率が確認された。このことより、本好適糖化酵素組み合わせは、特にイオン液体処理において高い糖化効果を示す可能性が確認された。
【実施例4】
【0118】
(4)糖化酵素分泌生産酵母の構築(その2)
上記実施例2にて得られた好適組合せ(Best mix ver.1;Clostridium thermocellum由来CBHA, Phanerochaete chrysosporium由来CBH II, Trichoderma reesei由来EG II, Aspergillus aculeatus由来BGL)について、セルロース糖化効率をさらに高めるため、新たな糖化酵素の選抜を実施した。実施にあたり、新たに5種類の糖化酵素分泌生産酵母を構築した。
【0119】
新たに追加する糖化酵素としては、以下の表に示す5種類の糖化酵素とした。この中で、Trichoderma reesei由来EG II、Trichoderma reesei由来Xylanase II(Xyn II)については、酵母のコドンユーセージに合うよう設計し、新たに全合成した遺伝子を利用した。新たに全合成した両遺伝子(Trichoderma reesei由来EG II、Trichoderma reesei由来Xylanase II)の塩基配列は配列番号23及び配列番号24で表される。残り3種類のEndoglucanase III(EG III)については、PCR法によって遺伝子を取得した。得られた遺伝子断片をIn Fusion PCR Cloning(Clontech)により、pAUR112-GAPSSRGベクター(図2)中に導入した。ライゲーション溶液は、大腸菌(ECOSTM Competent E. coliDH5α;ニッポンジーン)へ形質転換し、アンピシリンを終濃度50 μg/mlとなるように添加したLBプレートにて生育した各クローンについて、コロニーPCR法によって、目的とするクローンを選抜した。目的クローンをアンピシリンが含有されたLB培養液にて培養し、本培養液からプラスミドDNAを抽出し、この混合DNA溶液を以後の実験に用いた。また、目的とするベクターであるかを、遺伝子配列解析装置ABI PRISM 310 Genetic Analyzer (Applied Biosystems)によって確認した。
【0120】
【表3】

【0121】
宿主酵母への形質転換、選抜は、実施例1と同様にしておこなった。また、選抜した遺伝子組み換え酵母については、実施例1と同様にして目的断片の有無を確認した。
【実施例5】
【0122】
(5)糖化酵素分泌型酵母培養上清溶液での酵素組合せ評価(その2)
実施例2にて得られた好適組合せ(Best mix ver.1;Clostridium thermocellum由来CBHA, Phanerochaete chrysosporium由来CBH II, Trichoderma reesei由来EG II, Aspergillus aculeatus由来BGL)について、セルロース糖化効率をさらに高めるため、上記実施例4で構築した糖化酵素分泌酵母上清溶液を用いて、イオン液体処理バイオマスに対して、新たな糖化酵素好適組合せの検討を実施した。
【0123】
イオン液体処理としては、 [Bmim][OAc]を使用し,実施例2と同様にして行った。培養上清溶液の調製としては、上述の実施例4で構築した各遺伝子組み換え酵母それぞれを、実施例2と同様にして、糖化酵素分解活性が確認されたセルラーゼ分泌型酵母培養上清溶液1 mlを使用した。なお本試験のコントロールは、実施例2と同様にして準備した。糖化反応の試料より、0, 24, 48, 72時間後にサンプリングし、実施例2と同様にしてグルコース濃度を測定し、糖への変換効率を算出した。各酵素の組み合わせ毎の糖化率の経時変化を図5に示す。
【0124】
図5に示すように、Trichoderma reesei 由来Xylanase(コドンを酵母に改変), Trichoderma reesei由来EG II(コドンを酵母に改変), Clostridium thermocellum由来CBHA, Phanerochaete chrysosporium由来CBH II, Aspergillus aculeatus由来BGLの組合せにおいて、市販酵素(6 FPU / g バイオマス)を添加したセルロース糖化効率に迫る高い糖化効率を示すことが確認された。本好適な糖化酵素組合せをBest Mix Ver.2と名づけた。一方で、3種類のエンドグルカナーゼ(EG III)を加えた試験系では、大きな糖化向上効果が認められなかった。
【実施例6】
【0125】
(6)好適な糖化酵素組合せによる同時糖化発酵評価
続いて、上述の好適な糖化酵素組合せでの糖化発酵試験を試みた。
イオン液体としては、[Bmim][OAc]を使用した。イオン液体 2.0 g をバイアル瓶に採取し、これに100 mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径250 μmのバガス粉末を使用した。これを120℃にて30分間処理し、18 mlの滅菌水にて、Filter membraneを用いて、洗浄した。処理試料に5×YP培地 2 ml、アンピシリン 1ml (最終濃度 50 μg/ml)、上述の実施例5にて同定された好適な糖化酵素の組合せ(Trichoderma reesei 由来Xylanase, Trichoderma reesei由来EG II,Clostridium thermocellum由来CBHA, Phanerochaete chrysosporium由来CBH II, Aspergillus aculeatus由来BGL)のそれぞれの酵母とその培養上清の混合溶液を添加し、滅菌水にて全量が10 mlになるよう調製した。
【0126】
なお本試験において、市販のセルロース分解酵素に非組換え酵母を混合させた試料をポジティブ・コントロールとして使用した。本セルラーゼ混合溶液は、Treichoderma reesei ATCC 26921からなるNovozyme-Celluclast (Sigma-Aldrich) と Aspergillus nigerからなるNovozyme 188 (Sigma-Aldrich) を 5:1 の割合で混合させたものを、6 FPU / g バイオマスになるよう添加した。またネガティブ・コントロールとして、酵母菌株を加えていない試料も調整した
【0127】
同時糖化発酵条件としては、35℃、300rpmにて実施した。一定時間ごとにサンプリングし、溶液中のエタノール濃度を測定した。測定にはバイオセンサBF-5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。得られたエタノール濃度をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロースを100とした場合のエタノール変換効率を算出した。その結果を図6に示す。図6に示すように、今回の選抜によって同定された5種類の糖化酵素の好適組合せの培養液と酵母を加えた試験区では、市販酵素を添加していないにも関わらず、最大で50%程度のエタノール生産収率が確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有用物質の生産方法であって、
セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料にイオン液体を浸透させる工程と、
前記セルロース含有材料を含む固相と、セルラーゼ及びキシラナーゼを含む酵素群と、を接触させて、前記固相中のセルロースを分解する工程と、
前記セルロース分解工程で得られたセルロース分解産物を含む炭素源を用いて微生物の発酵によって有用物質を生産する工程と、
を備える、生産方法。
【請求項2】
前記酵素群は、Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼI(CtCel9A)及びClostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCbhA)のいずれか一方又は双方、Phanerochaete chrysosporium由来のセロビオヒドロラーゼ II(PcCBH II)、Trichoderma reesei由来のエンドグルカナーゼII(TrEG II)、及びTrichoderma reesei由来のキシラナーゼII(TrXyn II)を含有する、請求項1に記載の生産方法。
【請求項3】
前記酵素群は、Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCbhA)を含む、請求項1又は2に記載の生産方法。
【請求項4】
前記酵素群は、さらに、Aspergillus aculeatus由来のβグルコシダーゼ(AaBGA)を含む、請求項1〜3のいずれかに記載の生産方法。
【請求項5】
前記セルロース含有材料は結晶性セルロースを含有する、請求項1〜4のいずれかに記載の生産方法。
【請求項6】
前記分解工程に先立って、前記固相とイオン液体とを固液分離する工程を備える、請求項1〜5のいずれかに記載の生産方法。
【請求項7】
前記酵素群の酵素の少なくとも一部は、前記微生物が細胞表層に提示又は細胞外に分泌することで供給される、請求項1〜6のいずれかに記載の生産方法。
【請求項8】
前記酵素群の酵素は、いずれも、前記微生物が細胞表層に提示することで供給される、請求項7に記載の生産方法。
【請求項9】
前記イオン液体は、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテートを含む、請求項1〜8のいずれかに記載の生産方法。
【請求項10】
さらに、前記固液分離工程で分離した前記イオン液体を前記浸透工程に供給する工程、を備える、請求項1〜9のいずれかに記載の生産方法。
【請求項11】
セルロース含有材料を分解するための酵素製剤であって、
Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼI(CtCel9A)及びClostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCbhA)のいずれか一方又は双方、Phanerochaete chrysosporium由来のセロビオヒドロラーゼ II(PcCBH II)、Trichoderma reesei由来のエンドグルカナーゼII(TrEG II)、及びTrichoderma reesei由来のキシラナーゼII(TrXyn II)を含有する酵素製剤。
【請求項12】
Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCbhA)を含む、請求項11に記載の酵素製剤。
【請求項13】
Aspergillus aculeatus由来のβグルコシダーゼ(AaBGA)を含む、請求項11又は12に記載の酵素製剤。
【請求項14】
セルロース含有材料を分解するための微生物製剤であって、
Clostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I (CtCel9A)及びClostridium thermocellum由来のセロビオヒドロラーゼ I(CtCbhA)のいずれか一方又は双方、Phanerochaete chrysosporium由来のセロビオヒドロラーゼ II(PcCBH II)、Trichoderma reesei由来のエンドグルカナーゼII(TrEG II)、及びTrichoderma reesei由来のキシラナーゼII(TrXyn II)を含み、これらの酵素のうち1又は2以上の酵素を細胞表層に提示又は細胞外に分泌する1又は2以上の微生物を含む、微生物製剤。
【請求項15】
セルロース分解産物の生産方法であって、
セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料にイオン液体を浸透させる工程と、
前記セルロース含有材料を含む固相と、セルラーゼ及びキシラナーゼを含む酵素群と、を接触させて、前記固相中のセルロースを分解する工程と、
を備える、方法。

【図1】
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【図6】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−125154(P2012−125154A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−276690(P2010−276690)
【出願日】平成22年12月13日(2010.12.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21〜22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)/イオン液体を利用したバイオマスからのバイオ燃料生産技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】