説明

セルロース系バイオマスからの糖およびアルコールの製造方法

【課題】 セルロース系バイオマスに対して高い糖化能を有する酵素を生産する微生物を開発し、当該微生物の生産する酵素を用いて、効率的にセルロース系バイオマスを糖化しうる方法を提供すること。こうして製造された糖化されたセルロース系バイオマスを発酵することによるエタノールの製造方法を提供すること。
【解決手段】 Aspergillus属に属する微生物由来のβ-グルコシダーゼ遺伝子をTrichoderma属に属する微生物に導入して形質転換体を得た。この形質転換体が生産する糖化酵素を用いることにより、セルロース系バイオマスを効率的に糖化しうることを見出した。また、こうして糖化したセルロース系バイオマスを発酵させることにより、効率的にエタノールを製造しうることを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルラーゼ生産菌が生産する酵素を用いてセルロース系バイオマスを糖化することによる糖の製造方法、並びに、該方法により製造された糖を発酵することによるエタノールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食糧や飼料と競合しない、農産廃棄物や木材などのセルロース系バイオマスから、エタノールなどの化学品を開発するための数多くの試みがなされてきた。例えば、木材などを硫酸で糖化し、グルコースやキシロースのような単糖類とした後に、この単糖類を酵母やバクテリアで発酵させ、エタノールを得る方法が開発されてきた(非特許文献1から3)。しかしながら、この方法には、使用した強酸を回収して再利用することが困難である点や、廃棄物処理する場合の環境性の点などにおいて問題があった。
【0003】
そこで、より温和で環境に優しいバイオマスの糖化方法として、酵素を用いる方法も開発されてきた。この方法においては、一般的に、各種微生物が生産するセルラーゼやヘミセルラーゼが使用されている。セルラーゼは、種々の作用機作を有する酵素タンパク質から構成されている。バイオマス中のセルロースに作用する酵素としては、非結晶性セルロースに作用してセルロース鎖に切れ目を入れるエンドグルカナーゼ(EG)、並びに、結晶性および非結晶性のセルロース繊維の末端から、セロビオース単位で糖を切り出すセロビオヒドロラーゼ(CBH)がある。また、これら酵素の作用により生成したセロビオースを加水分解してグルコースを生成するβ-グルコシダーゼ(BGL)がある。一方、バイオマス構成成分であるヘミセルロースに作用するヘミセルラーゼとして、キシラナーゼやβ-キシロシダーゼなどがある。セルロース系バイオマスの糖化酵素には、以上のような酵素などが含まれるが、実際には、これらの各酵素は、さらに、糖質加水分解酵素ファミリーにより分類される多数の成分から構成されており、非常に複雑である。
【0004】
セルラーゼ生産菌としては、Trichoderma属に属する菌株、例えば、Trichoderma reeseiTrichoderma virideが有名であり、工業的に使用されてきた(非特許文献4)。しかしながら、Trichoderma属に属する菌株により生産されるセルラーゼを用いたバイオマス糖化に関する研究が進む中で、このセルラーゼの最大の欠点として、β-グルコシダーゼ活性が他の酵素活性(エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼ活性など)に比べ相対的に低いことがクローズアップされてきた。これに伴い、β-グルコシダーゼ活性を強化した改良品として、例えば、Cellic CTec(Novozymes社)やAccellerase1500(Genencor社)が開発された。
【0005】
しかしながら、バイオエタノールの実用化のためには、その製造コストをさらに低減させる必要があり、この目的を達成するために、これら改良型酵素と比較して、より少量でバイオマス糖化を完結させることが可能な、新たな高機能糖化酵素の開発が強く望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Jonathan R. Mielenz, (2001) Current Opinion in Microbiology, p324-329
【非特許文献2】種田大介、OHM2006年11月号、オーム社、p42-45
【非特許文献3】種田大介、バイオリファイナリー技術の工業最前線、シーエムシー出版、第2章3、濃硫酸法バイオエタノール製造プロセス
【非特許文献4】森川 康、セルロース利用技術の最先端、2008、シーエムシー出版、p362-376
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、セルロース系バイオマスに対して高い糖化能を有する酵素を生産する微生物を開発し、当該微生物の生産する酵素を用いて、効率的にセルロース系バイオマスを糖化しうる方法を提供することにある。さらなる本発明の目的は、こうしてセルロース系バイオマスから得られた糖を発酵することによる、エタノールの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、まず、高活性の糖化酵素を産生する微生物の開発を試みた。ここで、本発明者らは、Aspergillus属に属する微生物由来のβ-グルコシダーゼが、Trichoderma属に属する微生物が本来持っているβ-グルコシダーゼと比較して、セロビオースに対する比活性が極めて高いことに注目した。そして、Aspergillus属に属する微生物由来のβ-グルコシダーゼ遺伝子をTrichoderma属に属する微生物に導入することにより、当該微生物が生産する酵素の改良を行った。この形質転換においては、導入したβ-グルコシダーゼが効果的に発現しうるよう、セルロースにより誘導されるプロモーターを用いるなどの工夫を行った。
【0009】
次いで、こうして作製した形質転換体を培養し、その培養上清に含まれる酵素の糖化能の検討を行った。この糖化能の検討に際しては、バイオマスの前処理が糖化に与える影響についても調査した。その結果、当該形質転換体により生産される酵素が、高いβ-グルコシダーゼ活性とともに、高いキシラナーゼ活性を示し、従来の各種糖化酵素と比較して、極めて高い糖化能を有することを見出した。
【0010】
このように本発明者らは、Aspergillus属に属する微生物由来のβ-グルコシダーゼ遺伝子を導入して、Trichoderma属に属する微生物が生産する糖化酵素を改良することに成功し、こうして改良した糖化酵素を利用することにより、効率的に、セルロース系バイオマスから糖を製造することが可能であること、さらに、こうして得られた糖を発酵することにより、効率的に、エタノールを製造することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、より詳しくは、下記の発明を提供するものである。
【0012】
(1) Aspergillus属に属する微生物に由来するβ-グルコシダーゼ遺伝子が導入されたTrichoderma属に属する微生物の形質転換体が生産するセルロース系バイオマスの糖化酵素で、セルロース系バイオマスを糖化する工程を含む、セルロース系バイオマスからの糖の製造方法。
【0013】
(2) 形質転換体が下記の特徴を有する、(1)に記載の方法。
(a)その培養上清のセロビオースに対するβ-グルコシダーゼ比活性が、7.0U/mg以上である
(b)その培養上清のキシラナーゼ比活性が、10.0U/mg以上である
【0014】
(3) Aspergillus属に属する微生物に由来するβ-グルコシダーゼ遺伝子が、セルロースにより誘導されるプロモーターによって発現制御されている、(1)または(2)に記載の方法。
【0015】
(4) プロモーターがxyn3遺伝子のプロモーターである、(3)に記載の方法。
【0016】
(5) セルロース系バイオマスを糖化する前に、アルカリ処理する工程を含む、(1)から(4)のいずれかに記載の方法。
【0017】
(6) Aspergillus属に属する微生物がAspergillus aculeatusである、(1)から(5)のいずれかに記載の方法。
【0018】
(7) Trichoderma属に属する微生物がTrichoderma reeseiHypocrea jecorina)である、(1)から(6)のいずれかに記載の方法。
【0019】
(8) (1)から(7)のいずれかの方法を実施することにより得られた糖を発酵する工程を含む、エタノールの製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明における、Aspergillus属に属する微生物由来のβ-グルコシダーゼ遺伝子が導入されたTrichoderma属に属する微生物は、高いβ-グルコシダーゼ活性および高いキシラナーゼ活性を示す酵素を産生することができる。本発明の形質転換体が産生する酵素を用いれば、従来のセルラーゼと比較して、極めて少量でセルロース系バイオマスの糖化を完結させることができる。さらに、こうしてセルロース系バイオマスから得られた糖を発酵させることにより、効率的にエタノールを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】Aspergillus aculeatusのβ-グルコシダーゼ遺伝子の発現カセットの構築を示す図である。
【図2】Aspergillus aculeatusのβ-グルコシダーゼ遺伝子を導入したTrichoderma reeseiの培養上清をSDS-PAGEに供した結果を示す電気泳動写真である。
【図3】ユーカリの前処理サンプル(Y24)を用いた糖化反応の結果を示す図である。
【図4】ユーカリの前処理サンプル(Y42)を用いた糖化反応の結果を示す図である。
【図5】ユーカリの前処理サンプル(Y44)を用いた糖化反応の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明においては、Aspergillus属に属する微生物に由来するβ-グルコシダーゼ遺伝子が導入されたTrichoderma属に属する微生物が生産するセルロース系バイオマスの糖化酵素が用いられる。
【0023】
一般的に、セルロースを分解する酵素をセルラーゼ、ヘミセルロースを分解する酵素をヘミセルラーゼと称するが、本発明における「セルロース系バイオマスの糖化酵素」は、これら酵素の双方を含む意である。
【0024】
本発明に用いるβ-グルコシダーゼ遺伝子の由来する「Aspergillus属に属する微生物」としては、その産生するβ-グルコシダーゼのセロビオースに対する比活性が、Trichoderma属に属する微生物が産生するβ-グルコシダーゼの場合と比較して高い微生物であれば特に制限はないが、好ましくは、Aspergillus aculeatusである。Aspergillus aculeatusのβ-グルコシダーゼI(BGL1)は、Trichoderma reesei由来のβ-グルコシダーゼI(BGL1)と比較して、セロビオースに対する比活性が極めて高いという特性を有する(本発明者らによる測定の結果、Trichoderma reesei由来のBGL1は、比活性が19U/mgであるのに対し、Aspergillus aculeatus由来のBGL1は、比活性が186U/mgであった)。本発明に用いるβ-グルコシダーゼ遺伝子は、目的の活性を有する限り、天然型の配列を有する遺伝子であってもよく、変異体であってもよい。なお、Aspergillus aculeatus由来のβ-グルコシダーゼ(BGL1)のcDNAの塩基配列を配列番号:1に、該cDNAがコードするアミノ酸配列を配列番号:2に示した。
【0025】
本発明において宿主として用いる「Trichoderma属に属する微生物」としては、Aspergillus属に属する微生物に由来するβ-グルコシダーゼ遺伝子の導入により、セルロース系バイオマスの糖化能を高めることが可能なものであれば特に制限はない。好ましくは、Trichoderma reeseiであり、より好ましくはTrichoderma reeseiに由来する変異株であるPC-3-7株およびその派生株である。
【0026】
Aspergillus属に属する微生物に由来するβ-グルコシダーゼ遺伝子によるTrichoderma属に属する微生物の形質転換においては、形質転換体の産生する酵素が優れた糖化活性を示すことができるよう、Trichoderma属に属する微生物が本来有する酵素活性を減少させることなく、外因性のβ-グルコシダーゼ遺伝子を発現させることが必要である。この目的のため、本発明においては、外因性のβ-グルコシダーゼ遺伝子を発現させるプロモーターとして、当該β-グルコシダーゼ遺伝子を、Trichoderma属に属する微生物が本来有するセルラーゼ遺伝子と同時に発現させることが可能なプロモーターを用いることが好ましい。このようなプロモーターとしては、例えば、セルロースにより誘導されるプロモーターが挙げられる。具体的には、xyn3遺伝子のプロモーターを好適に用いることができる。
【0027】
また、相同組み換えにより、β-グルコシダーゼ遺伝子をTrichoderma reeseiのゲノムDNAに導入する場合においては、xyn3遺伝子領域を標的領域とすることができる。Trichoderma reeseiは、キシラナーゼ遺伝子として、xyn3遺伝子以外に、xyn1遺伝子とxyn2遺伝子の2種の遺伝子を保有しており、この2種のキシラナーゼ(XYN IとXYN II)は、バイオマス中のヘミセルロースの糖化能力が高い。従って、相同組み換えによりxyn3遺伝子の機能が抑制されたとしても、バイオマス中のヘミセルラーゼの糖化に必要なキシラナーゼ量は十分確保されると考えられる。さらに、このxyn1遺伝子とxyn2遺伝子はキシランなどによっても誘導されるので、必要とあればセルロースなどにキシランなどを添加して培養すれば、キシラナーゼ活性は大幅に増強される(実施例5および実施例6にその一例を示した)。一方、セルロース分解に必須なセルラーゼ成分の遺伝子領域(例えば、エンドグルカナーゼ遺伝子やセロビオハイドラーゼ遺伝子などの遺伝子領域)を、相同組み換えの標的領域とした場合には、セルロースの分解に大きな負の影響を与えるため、好ましくない。
【0028】
xyn3遺伝子領域を相同組み換えの標的領域とする場合には、組み換えベクターは、「xyn3遺伝子のプロモーター領域-β-グルコシダーゼ遺伝子-xyn3遺伝子のターミネーター領域」からなる構造を含むことができる。本実施例に示した通り、xyn3配列とその上流下流3kbを含んでいるベクターである「pBxyn3ag-D0」において、そのxyn3領域とβ-グルコシダーゼ遺伝子(例えば、Aspergillus aculeatus由来bgl1 cDNA)を置き換えることにより、相同組み換えベクターを構築することができる。遺伝子組み換えや宿主へのベクターの導入などの一般的な遺伝子操作は、当業者に公知の手法を用いることができる。
【0029】
こうして作製された形質転換体は、高いβ-グルコシダーゼ活性および高いキシラナーゼ活性を示す酵素を産生することができる。また、このような手法で作成された形質転換体は、ヘミセルラーゼの加水分解に必要なβ-キシロシダーゼの生産能も十分保持しており、この形質転換体が産生した酵素にはバイオマス糖化に十分と思われるβ-キシロシダーゼ活性が含まれている。
【0030】
本発明における形質転換体は、好ましくは、(a)その培養上清のセロビオースに対するβ-グルコシダーゼ比活性が、7.0U/mg以上(好ましくは、8.0U/mg以上、9.0U/mg以上)であり、かつ、(b)その培養上清のキシラナーゼ比活性が、10.0U/mg以上(好ましくは、15.0U/mg以上、20.0U/mg以上、24.0U/mg以上)、という特徴を有するものである。本発明における形質転換体は、さらに、好ましくは、(c)その培養上清のFPU比活性が、1.7U/mg以上(好ましくは、2.0U/mg以上)であり、(d)その培養上清のCMCase比活性が、45U/mg以上(好ましくは、50U/mg以上)であり、(e)β-キシロシダーゼ比活性が0.2U/mg以上(好ましくは、0.4U/mg以上、0.8U/mg以上、1.5U/mg以上)である、という特徴をも有するものである。
【0031】
糖化酵素を生産させるための形質転換体の培養は、当業者において、通常用いられる培養条件で実施することができる。培養に用いる糖源としては、各種セルロース、例えば、アビセル、濾紙粉末、セルロースを含むバイオマスなどが、窒素源としては、例えば、ポリペプトン、肉汁、CSL、大豆かすなどが用いられる。その他、この培地には目的とするセルラーゼを生産する上で必要とされる成分を添加することができる。さらに、各種キシラン成分を培地に添加することで、キシラナーゼを増産することも可能である。これら菌株の培養には、振とう培養、撹拌培養、撹拌振とう培養、静置培養、連続培養など、様々な培養方式を採用しうるが、好ましくは、振とう培養または撹拌培養である。培養温度は、通常、20℃〜35℃、好ましくは25℃〜31℃であり、培養時間は、通常、4〜10日、好ましくは4〜9日である。
【0032】
本発明においては、こうして形質転換体に産生させた糖化酵素を用いて、セルロース系バイオマスを糖化する。本発明において使用するセルロース系バイオマスとしては、草本植物であっても、木本植物であってもよく、また、それらの加工物や廃棄物であってもよい。草本植物としては、イネ、エリアンサス、ムギ、サトウキビ、ヨシ、ススキ、トウモロコシ、ソルガム、ネピアグラス、スイッチグラス、ミスカンサスなどを挙げることができ、一方、木本植物としては、スギ類、ユーカリ、ヒノキ、マツ類、米ツガ、ポプラ、シラカバ、ヤナギ、クヌギ、ナラ類、カシ、シイ、ブナ、アカシア、タケ、ササ、アブラヤシ、サゴヤシなどを挙げることができるが、これらに制限されない。
【0033】
一般的に、バイオマスは、そのままの形では、セルラーゼによる糖化を受け難い。このため、セルラーゼによる糖化を行う前に、セルロース系バイオマスを、酵素による糖化を受けやすい形態へと変化させるための処理を行うことが好ましい。本発明における、セルロース系バイオマスの前処理方法としては、特に制限はないが、メカノケミカル粉砕法、水熱処理、アルカリ処理(例えば、苛性ソーダ(NaOH)、KOH、Ca(OH)2、Na2SO3、NaHCO3、NaHSO3、Mg(HSO3)2、Ca(HSO3)2、アンモニア類(NH3、NH4OH)など)、希硫酸処理、水蒸気爆砕処理、ソルボリシス処理、微生物処理、またはこれらの複合処理が挙げられる。
【0034】
このような前処理を行うことにより、原料バイオマス中に存在するセルロースおよびヘミセルロースが、処理方法や処理条件に依存して、固形分残渣側に残存したり、加水分解されて可溶化画分に移行したりする。ここで、前処理方法や条件の設定により、セルロースやヘミセルロースを加水分解し、オリゴ糖あるいは単糖として可溶化画分に回収する方法も検討されているが、一般的に前処理条件が過酷になると、バイオマス中の各種成分が過分解を受け、その結果として、酢酸、蟻酸、フルフラール、ヒドロキシメチルフルフラール、リグニン分解物などのアルコール発酵工程における阻害物質を生成し、好ましくない。従って、バイオマス中のセルロースおよびヘミセルロースを構成する糖分を糖化液中に高収率で単糖として回収するためには、(1)前処理による固形分残渣側にできるだけセルロースおよびヘミセルロースを残すことと、および(2)残したセルロースおよびヘミセルロースができるだけ酵素による糖化を受けやすい形態とすること、のバランスが重要である。
【0035】
本発明における形質転換体から生産される糖化酵素は、高いキシラナーゼ活性および高いβ-キシロシダーゼ活性を有しており、ヘミセルロースをも効率的に糖化することが可能である。このため、セルロース系バイオマスの前処理によって、セルロースのみならず、ヘミセルロースを高収率で回収することができれば、最終的なエタノールの製造効率を顕著に向上させることができる。ヘミセルロースを高収率で回収するために好ましい前処理方法は、アルカリ処理である。
【0036】
原料バイオマスの粉砕物を水熱処理、苛性ソーダ処理、希硫酸処理、アンモニア処理する際は、例えば、スラリー濃度として1〜30(w/v)%、好ましくは3〜20(w/v)%で耐圧性の反応容器(オートクレーブ)に仕込み、バッチワイズに所定温度で所定時間処理する。また、流通式装置により、同等な条件の基で連続的に処理することも可能である。
【0037】
ここで水熱処理の場合、温度は、通常、150〜250℃、より好ましくは200〜230℃である。処理時間は、通常、3〜60分、より好ましくは5〜30分である。
【0038】
苛性ソーダ処理の場合、苛性ソーダ濃度は、通常、0.1〜3(w/v)%、より好ましくは0.3〜1(w/v)%である。処理温度は、通常、50〜230℃、より好ましくは80〜210℃である。処理時間は、通常、3分〜1時間、より好ましくは5〜30分である。希硫酸処理の場合、硫酸濃度は、通常、0.3〜3(w/v)%、より好ましくは0.5〜1(w/v)%である。処理温度は、通常、100〜200℃、より好ましくは150〜180℃である。処理時間は、通常、3〜30分、より好ましくは3〜15分である。
【0039】
アンモニア処理の場合、アンモニア濃度は、通常、1〜10(w/v)%、より好ましくは3〜5(w/v)%である。処理温度は、通常、室温から170℃、より好ましくは50〜170℃である。処理時間は、通常、5分〜14日、より好ましくは3〜14日である。
【0040】
水蒸気爆砕の条件は、1.25MPaの場合、通常、3〜30分、好ましくは5〜15分である。2.33MPaの場合、通常、3〜20分、より好ましくは5〜10分である。2.8MPaの場合、通常、1〜15分、より好ましくは3〜10分である。3.35MPaの場合、通常、1〜10分、より好ましくは3〜10分である。
【0041】
このようにして原料バイオマスを前処理した後、ろ過、遠心分離などにより固液分離し、前処理固形物とろ液を得る。ここで、原料バイオマスおよび前処理固形物中のセルロースおよびヘミセルロースを定量分析する方法としては種々の方法を採用できるが、世界的に標準処方として使用される米国NREL(NationalRenewable Energy Laboratory)のLaboratory Analytical Procedure(LAP) Determination of Structural Carbohydrates and Lignin in Biomassに準拠した方法が好適である。この方法は、原料バイオマス、および前処理固形物を硫酸で加水分解した後に、これらサンプルに含まれるグルコース、キシロース、マンノース、ガラクトースなどの構成糖の含量をHPLC法で分析定量し含有率を求める方法である。この方法において、求められたグルコースは、セルロースに由来するもの、それ以外のキシロース、マンノース、ガラクトースなどの成分はヘミセルロースに由来のものとみなして各々の含有率を求める。
【0042】
こうして前処理したセルロース系バイオマスを、本発明の形質転換体から産生された糖化酵素により糖化する場合の条件は、次の通りである。基質濃度は、通常、1〜20(w/v)%、好ましくは、5〜10(w/v)%程度である。pHは、通常、3〜9、好ましくは、4〜6の範囲である。温度は、10〜80℃、好ましくは、40〜60℃である。酵素濃度は、バイオマス前処理物の乾物重量当りのタンパク質量基準で、1〜20mg/g-バイオマス重量、好ましくは1〜10mg/g-バイオマス重量である。これら条件下、例えば、振とう、または静置で、糖化反応を進行させることができる。また、この糖化反応において、雑菌汚染を防止する目的でアジ化ナトリウムなどの殺菌剤を添加することもできる。この際は、後の糖化液の発酵工程に悪影響を及ぼさない化合物と濃度を選択することが好ましい。糖化率は、糖化液中の生成物を各種還元糖定量法やHPLC法で分析することにより求めることができる。
【0043】
こうして得られた糖化液を発酵させることにより、エタノールを製造することができる。糖化液からのエタノールの製造は、一般的な方法を適用することができる。エタノールの製造に用いる微生物としては、例えば、Saccharomyces属、Zymomonas属、Pichia属、Zymobacter属、Corynebacterium属、Kluyveromyces属、およびEscherichia属に属する微生物が挙げられるが、これらに制限されない。糖をエタノールに変換するための代謝系に関連する遺伝子を組み込んだ微生物あるいはこれらの変異株を利用することも可能である。糖化液に、これら微生物を植菌して培養することにより、エタノールを製造することが可能である。用いる糖化液は、糖濃度が3〜15%で、pHは3〜7が好ましい。培養温度は、20〜40℃が好ましい。エタノール発酵は、回分法でも連続法でも行うことが可能である。エタノール発酵は、上記のセルロース系バイオマスの糖化反応と同時に行うことができる(並行複発酵)。この場合は、糖化反応の条件とエタノール発酵の条件を組みあわせ、全体として生産性が最も高くなる糖濃度、温度、pHなどの条件が適宜選択すればよい。
【実施例】
【0044】
以下、実施例および比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0045】
[実施例1]
下記に記載するオリゴヌクレオチドプライマー「X3aabgl1-s:5’-tgagtttcaattgaggcggacaatATGAAGCTCAGTTGGCTTGAG-3’(配列番号:3)」および「X3aabgl1-a:5’-ctgccatacccatgtagcagagcatTCATTGCACCTTCGGGAGCG-3’(配列番号:4)」を用いて、Aspergillus aculeatusBGLIのcDNAの挿入されたプラスミドベクター「pABG7」を鋳型に、PCRを行った。
【0046】
In-fusion PCR反応を使用してpBxyn3ag-D0のxyn3遺伝子部分とPCR産物であるAspergillus aculeatus由来のbgl1遺伝子とを置換えるために、プライマーにおいては、PCR産物の両末端に、pXyn3aq-D0と24bpの相同領域が付加するように設計した(図1)。
【0047】
PCRの反応条件は、98℃10秒、55℃5秒、72℃3分の3段階の反応を1サイクルとし、これを30サイクル繰返した。また、PCR反応には、PrimeSTAR HS DNA polymerase(タカラバイオ社)を使用した。
【0048】
[実施例2]
得られたPCR増幅断片(bgl1cDNA, 2583bp)を、Inverse PCRによって、オリゴヌクレオチドプライマー「SX3inverse:5’-ATGCTCTGCTACATGGGTATGGCAGGGTCGG-3’(配列番号:5)」および「AX3inverse:5’-ATTGTCCGCCTCAATTGAAACTCAGTGGAAAGATGGTAG-3’(配列番号:6)」を用いて増幅したべクターに連結した。
【0049】
Inverse PCRの条件は、98℃で1分の後、「98℃で10秒、68℃で10分」の2段階の反応を1サイクルとし、これを40サイクル繰返した。PCR反応には、PrimeSTAR GXL DNA polymerase(タカラバイオ社)を使用した。
【0050】
PCR増幅断片のべクターへの連結には、In-fusion kit(TaKaRa社)を使用した。In-fusion反応は、100ngのPCR産物、400ngの増幅ベクター、5×In-fusion buffer 2μL、水2μL、In-fusion enzyme 1μLを混和し、37℃で30分保温した後、50℃で15分保温することにより行った。得られたT.reesei発現カセットのxyn3上流配列、bgl1cDNA配列、マーカー配列(amdS:3089bp)の塩基配列決定を行い、PCRエラーがないことを確認した。塩基配列の決定には、CEQTM2000XL DNA Analysis System(BECKMAN COULTER社)を使用し、操作の詳細は、付属の取扱説明書に従った。
【0051】
[実施例3]
実施例2で構築したベクターを、それぞれTrichoderma reesei PC-3-7株(WT)に導入した。導入は、プロトプラストPEG法で行った。形質転換体をアセトアミド資化能用選択培地で選抜した。培地の組成は次の通りである。
【0052】
2% グルコース、1.1M ソルビトール、2% agar、0.2% KH2PO4(pH5.5)、0.06% CaCl2・2H2O、0.06% CsCl2、0.06% MgSO4・7H2O、0.06% Acetamide solution、0.1% Trace element
得られた9株の形質転換体のBGL1の発現を確認するために、胞子106個を、Trichoderma reesei用液体培地5mLを含むφ20試験管に植菌した。培地の組成は次の通りである。
【0053】
1% Avicel、0.14% (NH4)2SO4、0.2% KH2PO4、0.03% CaCl2・2H2O、0.03% MgSO4・7H2O、0.1% Bacto Polypepton、0.05% Bacto Yeast extract、0.1% Tween 80、0.1% Trace element、pH4.0 終濃度で50mM Tartrate buffer
なお、Trace elementの組成は次の通りである。
【0054】
6mg H3BO3、26mg (NH4)6MO7O24・4H2O、100mg FeCl3・6H2O、40mg、CuSO4・5H2O、8mg MnCl2・4H2O、200mg ZnCl2を蒸留水で100ml
120spm、28℃で3日間培養した培養液を、10000rpm、5分、4℃で遠心分離し、培養上清10μLを採取し、SDS-PAGEに供した。その結果を図2に示す。形質転換体には、PC-3-7株に見られない130kDa程度の分子量のややスメアなタンパク質バンドが認められたことから、A.aculeatus由来BGL1が発現していることが判明した。
【0055】
また、8番の形質転換体では、XYNIIIのタンパク質を示すバンドが消失していることから、相同組換えが生じたと考えられ、一方、6番の形質転換体では、このバンドが存在していることから、非相同組換えが生じたと考えられた。それぞれの形質転換体からゲノムDNAを調製して、PCRを行った結果、実際に、8番の形質転換体では、相同組換えが生じており、一方、6番の形質転換体では、非相同組換えが生じていることが、確認された。
【0056】
[実施例4]
Trichoderma reesei PC-3-7株(WT)と実施例3で作製された、相同組換えが生じた形質転換体および非相同組換えが生じた形質転換体のそれぞれの胞子107個をTrichoderma reesei用液体培地(実施例3と同様)50mLを含む300mL三角フラスコに植菌した。220rpm、28℃で7日間培養後、培養液を3000rpm、15分遠心し、分離した培養上清をさらに、Miracloth(コスモバイオ社)にて濾過し、得られた濾液を酵素液として使用した。
【0057】
[実施例5]
実施例3で作製した相同組換えの形質転換体の胞子107個を、Trichoderma reesei用液体培地(実施例3と同様)に0.5%バーチウッドキシランを添加した培地を50mL含む300mL三角フラスコに植菌した。220rpm、28℃で7日間培養後、培養液を3000rpm、15分遠心し、分離した培養上清をさらに、Miracloth(コスモバイオ社)にて濾過し、得られた濾液を酵素液として使用した。
【0058】
[実施例6]
実施例4および5で得られた酵素液について、FPU活性、CMC分解活性、セロビオースを基質としたBGL活性、キシラナーゼ活性、およびβ-キシロシダーゼ活性を測定した(表1)。比較例として、Accellerase1500(Genencor社)とCellic CTec(Novozymes社)について同様に活性測定した。ここで、FPU活性は、NREL(National Renewable Energy Laboratory:USA)のMeasurment of Cellulase Activities Laboratory Analytical Procedure(LAP)に準拠して測定した。CMC分解活性は、Sigma社のカルボキシメチルセルロース(Low viscosity)を用い、基質濃度1(w/v)%、pH5.0、50℃、15分間の反応により生成した還元糖を3,5-ジニトロサリチル酸を用いる定量法(DNS法)でグルコースを標準にして定量し測定した。BGL活性は、基質セロビオース濃度20mM、pH5.0、50℃、10分間の反応により生成したグルコースを酵素法(和光純薬:グルコースCIIテストワコー)で定量し測定した。キシラナーゼ活性は、Sigma社のBirchwood xylanを用い、基質濃度1(w/v)%、pH5.0、37℃、10分間の反応により生成したキシロースをDNS法によりキシロースを標準にして定量し測定した。β-キシロシダーゼ活性は、Sigma社の4-Nitrophenyl β-D-xylopyranosaideを用い、基質濃度1mM、pH5.0、50℃、10分間の反応により生成した4-Nitrophenylを定量し測定した。また、タンパク質量は、Bio-rad Laboratories, Inc.のQuick Start Bradford Protein Assay キットによりBovine Gamma Globulinを標準として定量した。これらの酵素活性の値とタンパク質量から比活性(U/mg)を求めた。得られた結果を表1に示した。
【0059】
【表1】

【0060】
[実施例7]
稲わら(多収穫米K226)粉砕物(100〜200μm)21gを0.5(w/v)%苛性ソーダ溶液700mlにスラリー濃度3%(w/v)になるように懸濁し、バッチ式前処理装置(東洋高圧社製)で100℃で5分間加熱処理した。その後、この処理物を濾過し、水で洗浄した。こうして得られた処理物(サンプルNo.K107)の組成は、セルロース52.6(w/w)%、ヘミセルロース24.2(w/w)%、リグニン3.8(w/w)%、灰分5.4(w/w)%であった。
【0061】
また、同じ稲わら粉砕物21gを1(w/v)%希硫酸溶液700mlにスラリー濃度3%(w/v)になるように懸濁し、同様に、バッチ式前処理装置(東洋高圧社製)で170℃、5分間加熱処理し、同様な処理物(サンプルNo.K11)を調製した。この前処理物の組成は、セルロース49.4(w/w)%、ヘミセルロース0.3(w/w)%、リグニン20.9(w/w)%、灰分23.9(w/w)%であった。このようにして調製した稲わら前処理物K107およびK11を用いて、夫々基質濃度5(w/v)%、最終アジ化ナトリウム濃度0.02(w/v)%、最終酢酸緩衝液濃度100mM(pH5)の反応系を構築した。この反応系に、実施例5で調製した各種酵素液を、種々の酵素濃度で添加し、振とうしながら、50℃で72時間、糖化反応を行った。その後、HPLC法によって、生成したグルコースおよびキシロースを定量し、糖化率を求めた。基質としたバイオマス前処理物に含まれるセルロースおよびヘミセルロースを単糖に換算し、それらに対する遊離生成糖の割合として糖化率を算出した。次に、このようにして求めた糖化率を反応に用いた酵素量に対してプロットし、80%糖化率を示す酵素量を算出した。その結果を表2および表3にまとめた。ヘミセルラーゼが大部分残存しているアルカリ処理稲わらでは、本発明の形質転換体から生産されるセルラーゼは、最新型市販酵素と比較して、2.9〜8.9倍高機能であることが判明した。ヘミセルロースがほとんど残存していない希硫酸前処理稲わらでは、最新型市販酵素と比較して、0.95〜2.4倍であった。
【0062】
なお、ここで得られた前処理物の分析は、NRELのLAP法に準拠して以下の方法で行った。前処理物を恒温乾燥機にて水分含量がおよそ10%以下になるように乾燥し、100μmのメッシュを通る程度にミルミキサーなどで粉砕した。この粉砕物を水分含量計にかけて水分を測定した。この粉砕物約100mgを耐圧ガラス管に秤り取り、72%硫酸を1mL加え、ガラス棒で1分間よく混合し、恒温水槽で30℃にて60分間インキュベートした。インキュベート中に、時々、ガラス棒で混合した。60分後、28mLの純水を加えてよく混合し、オートクレーブで121℃にて1時間処理した。よく冷めた後、絶乾したガラスフィルター(Whattman、ポアサイズ1.0mm)でろ過し、残渣をガラスフィルターごと絶乾した秤量ビンに移した。残渣は、一旦、70〜80℃で乾燥させて水分を蒸発させた後、105℃にて3時間以上乾燥し、乾燥重量を測定した。ろ液に、炭酸カルシウムを少しずつ加え、pH試験紙で確認しながら、pHを5-6に調整した。これを遠心分離(2000rpm、5分間)し、その上清を0.2μmのシリンジフィルターに通し、ポストカラム法による蛍光検出器を用い、HPLC法(カラム:Asahipak NH2P-50 4E、4mmx250mm、Lot:080806、Shodex)にて、サンプル中の糖類を定量分析した。得られた定量値から、グルコースについてはセルロース由来と、キシロース、マンノース、およびガラクトースなどはヘミセルラーゼ由来とみなし、含有率(w/w)を求めた。以下の実施例におけるセルロースおよびヘミセルロースの定量もこの方法で行った。
【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【0065】
[実施例8]
ユーカリ粉砕物21gを1%(w/v)希硫酸溶液700mlにスラリー濃度3%(w/v)になるように懸濁し、バッチ式前処理装置(東洋高圧社製)で180℃、5分間加熱処理した。その後、この処理物を濾過し、水で洗浄した。こうして得られた前処理物(サンプルNo.Y42)の組成は、セルロース57.8(w/w)%、ヘミセルロース0.2(w/w)%、リグニン36.4(w/w)%、灰分0.4(w/w)%であった。
【0066】
また、ユーカリ粉砕物21gを水700mlにスラリー濃度3%(w/v)になるように懸濁し、バッチ式前処理装置(東洋高圧社製)で220℃、15分間加熱処理した。その後、この処理物を濾過し、水で洗浄した。こうして得られた前処理物(サンプルNo.Y44)の組成は、セルロース60.9(w/w)%、ヘミセルロース0.6(w/w)%、リグニン34.1(w/w)%、灰分0.3(w/w)%であった。
【0067】
このようにして調製したユーカリ前処理物Y42およびY44を用いて、夫々基質濃度5(w/v)%、最終アジ化ナトリウム濃度0.02(w/v)%、最終酢酸緩衝液濃度100mM(pH5)の反応系を構築した。この反応系に、実施例5で調製した各種酵素液を、種々の酵素濃度で添加し、振とうしながら、50℃で72時間、糖化反応を行った。その後、HPLC法によって、生成したグルコースおよびキシロースを定量し、糖化率を求めた。基質としたバイオマス前処理物に含まれるセルロースおよびヘミセルロースを単糖に換算し、それらに対する遊離生成糖の割合として糖化率を算出した。次に、このようにして求めた糖化率を反応に用いた酵素量に対してプロットし、80%糖化率を示す酵素量を算出した。その結果を表4および表5にまとめた。希硫酸処理ユーカリ前処理物では、本発明の形質転換体から生産されるセルラーゼは、最新型市販酵素と比較して、1.8〜2.0倍高機能であることが判明した。水熱処理ユーカリ前処理物では、最新型市販酵素と比較して、2.0倍であった。
【0068】
【表4】

【0069】
【表5】

【0070】
[実施例9]
スギチップを2L容の水蒸気爆砕装置(月島機械製)に200g充填し、240℃(3.35MPa)にて10分間水蒸気にて過熱処理した。その後、爆砕処理して前処理物を調製した。この前処理物(サンプルNo.EC11)の組成は、セルロース40.1(w/w)%、ヘミセルロース0.4(w/w)%、リグニン53.4(w/w)%、灰分0.1(w/w)%であった。
【0071】
このようにして調製したスギ前処理物EC11を用いて、夫々基質濃度5(w/v)%、最終アジ化ナトリウム濃度0.02(w/v)%、最終酢酸緩衝液濃度100mM(pH5)の反応系を構築した。この反応系に、実施例5で調製した各種酵素液を、種々の酵素濃度で添加し、振とうしながら、50℃で72時間、糖化反応を行った。その後、HPLC法によって、生成したグルコースおよびキシロースを定量し、糖化率を求めた。基質としたバイオマス前処理物に含まれるセルロースおよびヘミセルロースを単糖に換算し、それらに対する遊離生成糖の割合として糖化率を算出した。次に、このようにして求めた糖化率を反応に用いた酵素量に対してプロットし、80%糖化率を示す酵素量を算出した。その結果を表6にまとめた。爆砕処理スギ前処理物では、本発明の形質転換体から生産されるセルラーゼは、最新型市販酵素と比較して、1.7〜2.2倍高機能であることが判明した。
【0072】
【表6】

【0073】
[実施例10]
実施例7で用いた稲わら粉砕物15gを1(w/v)%希硫酸溶液700mlに懸濁し、バッチ式前処理装置(東洋高圧社製)で170℃で5分間加熱処理した。その後、この処理物を濾過し、水で洗浄した。こうして得られた前処理物(サンプルNo.K135)の組成はセルロース49.6(w/w)%、ヘミセルロース0.6(w/w)%、リグニン22.6(w/w)%、灰分24.4(w/w)%であった。また、同じ稲わら粉砕物150gを水5Lにスラリー濃度3%(w/v)になるように懸濁し、流通式前処理装置(東洋高圧社製)で210℃で10分間加熱処理した。その後、この処理物を濾過し、水で洗浄した。こうして得られた前処理物(サンプルNo.K143)の組成は、セルロース47.5(w/w)%、ヘミセルロース9.6(w/w)%、リグニン14.7(w/w)%、灰分14.8(w/w)%であった。
【0074】
実施例7記載のK107およびここで調製したK135、K143の3種のサンプルを基質として用い、糖化試験を行った。即ち、調製した稲わら前処理物3種(K107,K135,K143)のそれぞれ100mg(乾燥物基準)を20ml容ポリ瓶に秤量した。ポリ瓶に、400mM酢酸緩衝液(pH5.0)0.5ml、2(w/v)%アジ化ナトリウム溶液0.02ml、実施例4、5で調製した2種の酵素(T.reesei株PC-3-7(WT)、BGL相同組換え体)と2種の市販酵素(Accellerase1500:Genencor社、Cellic CTec:Novozymes社)のそれぞれタンパク質量3mgに相当する量を加え、最終的に水で2mlとした。これを50℃で72時間、150ストローク往復振とうで反応させた。反応終了後、反応液を沸騰水中で5分間加熱し、その後、遠心分離(13,000rpm,5分)を行い、上清液を得た。この上清液における生成還元糖を、グルコースを標準としてDNS法で定量した。その後、反応に供した前処理物中のホロセルロース含量に対する生成還元糖量を計算し、糖化率(%)とした。得られた結果を表7に示した。
【0075】
【表7】

【0076】
以上の結果より、T.reeseiBGL組換え株の酵素は、苛性ソーダ処理、希硫酸処理、水熱処理のいずれの前処理物を用いても、最新の市販糖化酵素に比べ極めて高い糖化性能を示すことが判明した。
【0077】
[実施例11]
エリアンサス粉砕物(100-200μm)150gを0.5%(w/v)苛性ソーダ溶液5Lにスラリー濃度3%(w/v)になるように懸濁し、流通式前処理装置(東洋高圧社製)で140℃で12分間加熱処理した。その後、この処理物を濾過し、水で洗浄した。こうして得られた前処理物(サンプルNo.E70)の組成は、セルロース55.6(w/w)%、ヘミセルロース23.2(w/w)%、リグニン8.8(w/w)%、灰分2.0(w/w)%であった。
【0078】
また、エリアンサス粉砕物21gを1%(w/v)希硫酸溶液700mlにスラリー濃度3%(w/v)になるように懸濁し、バッチ式前処理装置(東洋高圧社製)で170℃、5分間加熱処理した。その後、この処理物を濾過し、水で洗浄した。こうして得られた前処理物(サンプルNo.E82)の組成は、セルロース51.6(w/w)%、ヘミセルロース2.2(w/w)%、リグニン35.4(w/w)%、灰分5.5(w/w)%であった。
【0079】
また、エリアンサス粉砕物21gを水700mlにスラリー濃度3%(w/v)になるように懸濁し、バッチ式前処理装置(東洋高圧社製)で200℃、15分間加熱処理した。その後、この処理物を濾過し、水で洗浄した。こうして得られた前処理物(サンプルNo.E81)の組成は、セルロース50.9(w/w)%、ヘミセルロース7.2(w/w)%、リグニン29.8(w/w)%、灰分2.2(w/w)%であった。
【0080】
こうして調製した3種のエリアンサスの前処理サンプルを用い、実施例10と同様に、4種の酵素(T.reesei株PC-3-7(WT)、BGL相同組換え体、Accellerase1500(Genencor社)、Cellic CTec(Novozymes社)の糖化性能を比較評価した。得られた結果を表8に示した。
【0081】
【表8】

【0082】
この結果から、エリアンサスの場合においても、T.reeseiBGL組換え株の酵素は、苛性ソーダ処理、希硫酸処理、水熱処理のいずれの前処理物を用いても、最新の市販糖化酵素に比べ極めて高い糖化性能を示すことが判明した。
【0083】
なお、エリアンサスについては上記の3方法、即ち、苛性ソーダ処理、希硫酸処理、水熱処理および、その他、アンモニア処理、爆砕処理を行い前処理物を調製した。その際の苛性ソーダ処理、希硫酸処理、水熱処理、アンモニア処理については実施例7記載の前処理方法に準拠し、薬品濃度、処理温度、処理時間を変えて行った。また、爆砕処理については同様に実施例9記載の方法に準拠して行った。
【0084】

(1)水熱処理
水熱処理で得られた結果を表9に示した。
【0085】
【表9】

(2)苛性ソーダ処理
苛性ソーダ処理で得られた結果を表10に示した。
【0086】
【表10】

【0087】
(3)希硫酸処理
希硫酸処理で得られた結果を表11に示した。
【0088】
【表11】

【0089】
(4)アンモニア処理
アンモニア処理で得られた結果を表14に示す。尚、アンモニア処理の場合、サンプルNo.39,40,41,42,43,44についてはサンプルを1L容ポリ瓶に入れ密栓後、所定温度で処理した。No.45,46については実施例7記載のオートクレーブを用いて処理した。得られた結果を表12に示した。
【0090】
【表12】

【0091】
(5)爆砕処理
爆砕処理で得られた結果を表13に示した。
【0092】
【表13】

【0093】
[実施例12]
ユーカリ粉砕物(100-200μm)21gを0.5%(w/v)苛性ソーダ溶液700mlに懸濁し、流通式前処理装置(東洋高圧社製)で200℃で10分間加熱処理した。その後、この処理物を濾過し、水で洗浄した。こうして得られた前処理物(サンプルNo.Y24)の組成は、セルロース64.8(w/w)%、ヘミセルロース12.1(w/w)%、リグニン9.7(w/w)%、灰分1.6(w/w)%であった。
【0094】
実施例8記載のY42、Y44およびここで調製したY24を基質として用い、実施例10と同様な反応系を組み、4種の酵素(T.reesei株PC-3-7(WT)、BGL相同組換え体、Accellerase1500:Genencor社、Cellic CTec:Novozymes社)を作用させた。24、48、72時間目に反応液各250μlを採取して、加熱処理および遠心分離を行った。遠心分離後の上清液中の還元糖をDNS法で定量し、糖化の変化パターンを比較した。得られた結果を図3から5に示した。
【0095】
この結果から、ユーカリの場合においても、本発明の酵素、T.reeseiBGL組換え株の酵素は苛性ソーダ処理、希硫酸処理、水熱処理の何れの前処理物においても、最新の市販糖化酵素に比べ極めて高い糖化性能を示した。
【0096】
[実施例13]
実施例9記載のEC11を基質に用い、実施例10と同様に、4種の酵素(T.reesei株PC-3-7(WT)、BGL相同組換え体、Accellerase1500(Genencor社)、Cellic CTec(Novozymes社)の糖化性能を比較評価した。得られた結果を表14に示した。
【0097】
【表14】

【0098】
この結果から、杉の場合においても、T.reeseiBGL組換え株の酵素は、爆砕前処理物を用いた場合、最新の市販糖化酵素に比べ極めて高い糖化性能を示すことが判明した。
【0099】
[実施例14]
Sigma社のCellulose Powderを基質として用い、実施例8記載の方法で4種の酵素について糖化性能を比較評価した。得られた結果を表15に示した。
【0100】
【表15】

【0101】
この結果から、セルロースパウダーの場合においても、T.reeseiBGL組換え株の酵素は、最新の市販糖化酵素に比べ極めて高い糖化性能を示すことが判明した。
【0102】
[実施例15]
実施例7記載の稲わらの前処理物K107の10g(乾燥重量基準)を、500ml容ポリ瓶に秤採った。ポリ瓶に、50mM酢酸緩衝液(pH5.0)を160ml、2(w/v)%アジ化ナトリウム溶液を2ml、実施例4で調製したT.reeseiのBGL相同組換え株の酵素をタンパク質量80mg相当分、を加え、さらに水分が合計で200mlになるように水を添加した。この反応液を50℃、100ストローク往復振とうで72時間反応させた。この反応液を沸騰水中で5分加熱処理した後、遠心分離(13000rpm、5分)し、上清液180mlを得た。このサンプルについて、HPLC法で生成物を定量したところ、グルコースが28.9mg/ml、キシロースが12.0mg/mlであった。この結果から稲わら前処理物K107、10g(乾燥重量基準)からグルコースが5.20g、キシロースが2.16gが調製できた。
【0103】
[実施例16]
実施例10記載のユーカリの水熱処理物Y44、7g(乾燥重量基準)を200ml容ポリ瓶に秤り採った。ポリ瓶に、50mM酢酸緩衝液(pH5.0)を80ml、2(w/v)%アジ化ナトリウム溶液を1ml、実施例4で調製したT.reeseiのBGL相同組換え株の酵素をタンパク質量50mg相当分、を加え、さらに水分が合計で100mlになるように水を添加した。この反応液を50℃、100ストローク往復振とうで72時間反応させた。この反応液を沸騰水中で5分加熱処理した後、遠心分離(13000rpm、5分)し、上清液93mlを得た。このサンプルについて、HPLC法で生成物を定量したところ、グルコースが42.5mg/mlとなった。この結果から、ユーカリ前処理物7gからグルコースが3.95g調製できた。
【0104】
[実施例17]
実施例15で調製した苛性ソーダ処理稲わら(K107)の酵素糖化液180mlをロータリーエバポレーターにて濃縮し、得られた濃縮液34mlを滅菌吸引濾過装置により無菌濾過し31mlの無菌濾液を得た。この濾液の糖組成はHPLC法による分析からグルコース153mg/ml、キシロース64mg/mlであった。
【0105】
300mlの三角フラスコに20mlの培地溶液を入れ滅菌し、ここに25 mlの無菌濾液を無菌的に添加した。糖以外の培地成分(終濃度)は、酵母エキス(0.45%)とペプトン(0.75%)であり、培地溶液のpHは5.0に調整した。ここに、5mlの別途種培養(2%グルコース、0.45%酵母エキスおよび0.75%ペプトン、pH5.0、48時間)した酵母Kluyveromyces cellobiovorus(ATCC60381)の培養液を5ml添加し、アルコール発酵(フラスコを100rpmで振とうさせ、28℃で72時間)を行わせた。 培養後、上清液を分析したところ、グルコースとキシロースはすべて消失しており、エタノール濃度は4.4%(w/v)であった。このアルコール収率は理論量の80%であった。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明の形質転換体が産生するセルラーゼは、高いβ-グルコシダーゼ活性および高いキシラナーゼ活性を示すため、これを用いることにより、少量でセルロース系バイオマスの糖化を完結させることができる。さらに、こうして糖化したセルロース系バイオマスを発酵させることにより、エタノールを製造することができる。本発明によれば、低価格でバイオエタノールを製造することが可能となるため、バイオエタノールの産業化に大きく貢献しうるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Aspergillus属に属する微生物に由来するβ-グルコシダーゼ遺伝子が導入されたTrichoderma属に属する微生物の形質転換体が生産するセルロース系バイオマスの糖化酵素で、セルロース系バイオマスを糖化する工程を含む、セルロース系バイオマスからの糖の製造方法。
【請求項2】
形質転換体が下記の特徴を有する、請求項1に記載の方法。
(a)その培養上清のセロビオースに対するβ-グルコシダーゼ比活性が、7.0U/mg以上である
(b)その培養上清のキシラナーゼ比活性が、10.0U/mg以上である
【請求項3】
Aspergillus属に属する微生物に由来するβ-グルコシダーゼ遺伝子が、セルラーゼにより誘導されるプロモーターによって発現制御されている、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
プロモーターがxyn3遺伝子のプロモーターである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
セルロース系バイオマスを糖化する前に、アルカリ処理する工程を含む、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
Aspergillus属に属する微生物がAspergillus aculeatusである、請求項1から5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
Trichoderma属に属する微生物がTrichoderma reeseiHypocrea jecorina)である、請求項1から6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかの方法を実施することにより得られた糖を発酵する工程を含む、エタノールの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−16329(P2012−16329A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−156839(P2010−156839)
【出願日】平成22年7月9日(2010.7.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人 地域資源循環技術センター バイオエタノール通信 2010 no.4 2010年1月12日 社団法人 日本農芸化学会 日本農芸化学会 2010年度(平成22年度)大会 講演要旨集 2010年3月5日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】