説明

セレブロシドの発酵生産方法

【課題】 クルイベロマイセス・ラクティスを用いて、乳製品の製造工程で大量に生じるホエーから、糖脂質の一種であるセレブロシドを高い生産性で製造する方法を提供すること。
【解決手段】 ホエーあるいはホエー派生物を含む液体培地でセレブロシド生産能を有するクルイベロマイセス・ラクティスを培養することを特徴とするセレブロシドの生産方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セレブロシドの発酵生産方法に関し、詳しくはクルイベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)を用いたセレブロシドの発酵生産方法に関する。さらに詳しくは、ホエーあるいはホエー派生物を含む液体培地で、クルイベロマイセス・ラクティスを培養してセレブロシドを効率良く生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セレブロシドは、生物界に広く存在する糖脂質の一種である。この物質は、皮膚の保湿、保護作用や肌荒れ防止・改善等の効果を有することが知られ、化粧品素材、食品素材などとして注目されている。
従来、天然のセレブロシドの原料として牛脳が主に用いられてきたが、牛脳抽出物は、いわゆる「狂牛病」の感染が否定できないため、牛脳以外の天然物から得られるセレブロシドが求められている。
牛脳以外の原料としては、小麦等の穀物類を用いる方法が知られている(例えば、特許文献1および2参照)。しかしながら、植物原料からの収量は極めて低いために、セレブロシドのコストを上昇させる要因の一つとなっている。
【0003】
また、クルイベロマイセス・ラクティスを含む一部の酵母がセレブロシドを生産することも、従来から知られている(非特許文献1参照)。しかしながら、酵母のセレブロシド生産量も工業的な利用に供するには十分でなく、生産性を向上させる製造法が望まれている。
その例として、耐塩性酵母デバリオマイセス・ハンセニを2M NaClを含む培地で培養したとき、高含量のセレブロシドが検出されるという報告がある(非特許文献2参照)。
【0004】
一方、ホエーは牛の乳などの獣乳からチーズ等の乳製品を製造する際に副生する液体であり、一般に噴霧乾燥したホエーパウダーとして流通している。ホエーは、主な成分として、乳糖、ホエータンパク質、灰分等から構成されている。また、ホエーに類似したものとして、乳またはホエーから限外濾過(UF)等の技術によってタンパク質を回収することで得られる透過液(パーミエート)がある。これらのホエー派生物は、乳糖と灰分を主成分とする。
ホエーおよびホエー派生物は、食品素材として用いることが可能であるが、チーズ等の乳製品を製造する際に大量に生じるため、付加価値が低く、産業上の高度な利用が望まれている。なお、ホエーやホエー派生物を主な炭素源として含む培地で微生物を培養するバイオマス生産の方法は従来から知られている(非特許文献3参照)。
【0005】
【特許文献1】特開平11-92781号公報
【特許文献2】特開2002-30093号公報
【非特許文献1】FEMS Yeast Res., Vol. 2, No. 4, p. 533-538(2002)
【非特許文献2】生活衛生, Vol. 36, p. 89-94(1992)
【非特許文献3】Whey and lactose processing, Elsevier Science Publishers(1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、クルイベロマイセス・ラクティスを用いて、セレブロシドを高い生産性で製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の目的を達成するために鋭意検討したところ、ホエーあるいはホエー派生物を含む液体培地でクルイベロマイセス・ラクティスを培養する方法に加え、高窒素源濃度、高NaCl濃度、高pHのホエーあるいはホエー派生物を含む培地で培養を行うことにより、従来よりもセレブロシド含量の高い酵母菌体が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、請求項1に係る本発明は、ホエーあるいはホエー派生物を含む液体培地でセレブロシド生産能を有するクルイベロマイセス・ラクティスを培養することを特徴とするセレブロシドの生産方法である。
請求項2に係る本発明は、液体培地が、ホエー濃度が乳糖換算で0.5〜20%に相当するホエーあるいはホエー派生物を含む液体培地である請求項1記載のセレブロシドの生産方法である。
請求項3に係る本発明は、液体培地が、ホエーあるいはホエー派生物と共に窒素源として硫酸アンモニウムを1〜5%含む液体培地である請求項1または2記載のセレブロシドの生産方法である。
請求項4に係る本発明は、液体培地が、さらに塩化ナトリウムを0.2〜2%含む液体培地である請求項1〜3のいずれかに記載のセレブロシドの生産方法である。
請求項5に係る本発明は、液体培地が、初期pHが7.5〜9.0の液体培地である請求項1〜4のいずれかに記載のセレブロシドの生産方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、化粧品、食品など広範な産業分野において有用なセレブロシドを、安価、かつ安定的に供給される原料を用いる発酵生産法によって、従来よりも高い生産性で得ることができる。他面では、チーズ等の乳製品を製造する際に大量に生じるホエーあるいはホエー派生物について、産業上の高度な利用を図り、付加価値を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について詳しく説明する。
本発明に用いる酵母は、セレブロシド生産能を有する酵母であり、好ましくは、クルイベロマイセス・ラクティスである。例えば乳製品中に存在するクルイベロマイセス・ラクティスも使用可能であるが、さらに好ましくは、クルイベロマイセス・ラクティス
NBRC0433株、同0648株、同1090T株、同1267株、同1673株、同1903株、同ATCC12426株などが挙げられる。
【0011】
この酵母の培養には液体培地が用いられ、該培地には炭素源としてホエーまたはホエー派生物を含むことが必要である。ホエーなどとしては、甘性ホエー、酸性ホエー、ホエーパーミエイトなどが挙げられる。これらは、液状あるいは粉状のものをそのまま使用することができるが、除タンパク処理したものがより好適である。培地のホエー等の濃度については、乳糖に換算して0.5〜20%とするのがよく、2〜15%がさらに好ましい。
培地成分としては、炭素源の他に、上記酵母の生育に有用な窒素源、無機塩類などを含むことが望ましい。
【0012】
目的とするセレブロシドを高い生産性で得るためには、炭素源以外に、窒素源として硫酸アンモニウム、コーンスティープリカーなどの所定量を単独で、あるいは2種以上を組み合わせて培地成分として用いるべきである。具体的には、培地に硫酸アンモニウム0.5〜5%、コーンスティープリカー0.5〜10%を添加する。
培地中の窒素源濃度に比例してセレブロシド生産量は増加するため、上記酵母の生育に悪影響を及ぼさない範囲で多量の窒素源を加えるべきで、硫酸アンモニウム1〜5%、コーンスティープリカー5〜10%を添加することがより好ましい。
さらに、塩化ナトリウムの添加によりセレブロシド生産量を増加させることができることが判明したため、他のナトリウム源についても試験した。その結果、ハロゲン化物である塩化ナトリウムの他に、硝酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムなどの酸素酸塩、クエン酸ナトリウム、酒石酸ナトリウム、リンゴ酸ナトリウムなどの有機酸塩がセレブロシドの生産量を増加させることが分かった。培地に添加するナトリウム源の量については、適宜決定すればよいが、通常はナトリウム濃度として200〜400mM、好ましくは250〜350mMである。なお、重量%に換算すると、塩化ナトリウムの場合は、0.2〜2%、好ましくは1〜2%の範囲で添加すると良い。
【0013】
その他の培地成分として、リン酸一カリウム0.05〜1%、好ましくは0.075%、硫酸マグネシウム0.05〜1%、好適には0.075%などを添加することができる。
また、培地の初期pHは7.5〜9.0に調整することが望ましく、好ましくは8.0〜9.0とする。pH調節剤としては水酸化ナトリウム、アンモニア、炭酸ナトリウムなどを用いることができ、水酸化ナトリウムが好ましい。
この液体培地に、セレブロシド生産能を有するクルイベロマイセス・ラクティスを接種し、15〜35℃の温度、好ましくは15〜25℃で振盪培養する。培養時間は、セレブロシドが十分に生産されるまで、通常は24〜72時間、好ましくは24〜48時間である。
【実施例】
【0014】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、これらによって本発明が何ら限定されるものではない。
【0015】
なお、実施例におけるセレブロシドの定量はHPLC-ELSD法(J.Oleo Sci., Vol. 53, No.3, p.127-133(2004))により行った。また、実施例におけるセレブロシド含量の比較は以下の薄層クロマトグラフ法(TLC法)に従って行った。
【0016】
乾燥菌体0.1gにクロロホルム:メタノール(1:1)2ml、メタノール性0.8M KOH 2mlを加え、超音波破砕機(商品名:SONIFIER 450、BRANSON社製)により破砕した。次いで、これを42℃で30分加温後、クロロホルム5ml、蒸留水2.25mlを加えて混合し、3000rpm、15分の条件で遠心分離した。分離後の下層を採取して濃縮乾固した後、クロロホルム:メタノール(2:1)0.1mlに溶解し、下記の条件でTLC分析を行った。
【0017】
展開溶媒: クロロホルム:メタノール:水(65:16:2)
検出試薬: p-アニスアルデヒド:硫酸:エタノール(1:1:18)
発色後、デンシトメーター(商品名:二波長フライングスポットスキャナ CS-9000、島津製作所製)によりセレブロシド含量を比較した。また、セレブロシド標品としてGlucocerebrosides(Sigma社製)を使用した。
【0018】
比較例1
独立行政法人製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門(NBRC)より入手したクルイベロマイセス・ラクティスNBRC1267株をYPD培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、2%グルコース)3mlに接種し、25℃で24時間振盪培養したものを種培養液とした。
粉末ホエー(商品名:よつ葉ホエーパウダー、よつ葉乳業(株)製)2.6%還元液(2%ラクトースに相当)を、121℃で15分加熱処理した後、遠心分離により沈殿物を除去し、これを除タンパクホエーとした。
これに、0.5%硫酸アンモニウム、1%コーンスティープリカー、0.075%リン酸一カリウムおよび0.075%硫酸マグネシウムを添加し、水酸化ナトリウムを用いてpHを5.5に調整してから蒸気滅菌(121℃、15分)した。滅菌した液体培地40mlを200ml容三角フラスコに入れ、上記の種培養液0.4mlを接種し、25℃で24時間振盪培養した。
培養終了後、酵母菌体を回収して前述のHPLC-ELSD法により分析した結果、乾燥菌体1gあたり1.1mgのセレブロシドを含んでいることが分かった。
【0019】
実施例1(硫酸アンモニウムの濃度による影響)
液体培地に加える硫酸アンモニウムの濃度を1%、2%、5%、10%としたこと、並びに一部は48時間培養としたこと以外は比較例1と同様にして培養を行った。培養終了後の菌体について、前述のTLC法によりセレブロシド含量を分析し、比較例1における測定値と比較した。結果を表1に示す。
【0020】
【表1】

ND:Not Determined
【0021】
以上の結果より、硫酸アンモニウム濃度が1%以上、特に2〜5%において菌体あたりのセレブロシド生産量が増加することが明らかになった。しかし、硫酸アンモニウム濃度が10%では、菌体の生育が著しく阻害された。
【0022】
実施例2(塩化ナトリウムの添加による影響)
培地に0.2〜5%の塩化ナトリウムを添加したこと、並びに一部は48時間培養としたこと以外は比較例1と同様にして培養を行った。培養終了後の菌体について、前述のTLC法によりセレブロシド含量を分析し、比較例1における測定値と比較した。結果を表2に示す。
【0023】
【表2】

ND:Not Determined
【0024】
以上の結果より、0.2%以上の塩化ナトリウムを培地に添加することによって、菌体あたりのセレブロシド生産量が増加することが明らかになった。しかし、塩化ナトリウム濃度が5%では、菌体の生育が阻害された。セレブロシドの生産性は塩化ナトリウム濃度が0.2〜2%のときに良好であることがわかる。
【0025】
実施例3(各種ナトリウム源の添加による影響)
下記組成の培地に所定量の各種ナトリウム源を添加した培地を用い、培養時間を48時間としたこと以外は比較例1と同様にして培養を行った。培養終了後の菌体について、前述のHPLC-ELSD法によりセレブロシド含量を分析し、無添加の比較例における測定値と比較した。結果を表3に示す。
【0026】
培地の組成
4% ラクトース(5%ホエーパウダー)
1.0% コーンスティープリカー
0.5% 硫酸アンモニウム
0.075%リン酸一カリウム
0.075%硫酸マグネシウム
pH 5.5
【0027】
【表3】

【0028】
表3から明らかなように、各種のナトリウム源の所定量(表中の濃度は、Na濃度として300mMに相当し、これはNaCl 1.75%に相当する)を培地に添加することによって、無添加の比較例よりも菌体あたりのセレブロシド生産量が増加することが明らかになった。
【0029】
実施例4(初期pHによる影響)
培地に水酸化ナトリウムを添加して培地の初期pHを6.5〜9.0となるように調整したこと以外は比較例1と同様にして培養を行った。培養終了後の菌体について、前述のTLC法によりセレブロシド含量を分析し、比較例1における測定値と比較した。結果を表4に示す。
【0030】
【表4】

【0031】
以上の結果より、培地の初期pHが7.5以上、特に8.0〜9.0のとき、菌体あたりのセレブロシド生産量が増加することが明らかになった。
【0032】
実施例5(高pH、かつ塩化ナトリウムの添加による影響)
培地初期pHを8.5となるように調整し、かつ1〜2%の塩化ナトリウムを添加したことおよび一部は48時間培養としたこと以外は比較例1と同様に培養を行った。培養終了後の菌体について、前述のTLC法によりセレブロシド含量を分析し、比較例1における測定値と比較した。結果を表5に示す。
【0033】
【表5】

【0034】
以上の結果より、培地の初期pHを8.5とし、1〜2%の塩化ナトリウムを添加することで菌体あたりのセレブロシド生産量がさらに増加することが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によって、乳製品の製造工程で大量に生じるホエーを炭素源として含む培地を用いて発酵生産を行うことにより、化粧品、食品など幅広い産業分野において有用なセレブロシドを、従来よりも高い生産性で製造することができる。それ故、本発明は化粧品産業、食品産業などに貢献することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホエーあるいはホエー派生物を含む液体培地でセレブロシド生産能を有するクルイベロマイセス・ラクティスを培養することを特徴とするセレブロシドの生産方法。
【請求項2】
液体培地が、ホエー濃度が乳糖換算で0.5〜20%に相当するホエーあるいはホエー派生物を含む液体培地である請求項1記載のセレブロシドの生産方法。
【請求項3】
液体培地が、ホエーあるいはホエー派生物と共に窒素源として硫酸アンモニウムを1〜5%含む液体培地である請求項1または2記載のセレブロシドの生産方法。
【請求項4】
液体培地が、さらにナリウム源として、ハロゲン化物、酸素酸塩および有機酸塩の中から選ばれた少なくとも1種のナトリウム化合物をナトリウム濃度として200〜400mM含む液体培地である請求項1〜3のいずれかに記載のセレブロシドの生産方法。
【請求項5】
液体培地が、初期pHが7.5〜9.0の液体培地である請求項1〜4のいずれかに記載のセレブロシドの生産方法。

【公開番号】特開2006−55070(P2006−55070A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−240263(P2004−240263)
【出願日】平成16年8月20日(2004.8.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年3月5日 社団法人日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2004年度(平成16年度)大会講演要旨集」に発表
【出願人】(591181894)よつ葉乳業株式会社 (7)
【出願人】(504300088)国立大学法人帯広畜産大学 (96)
【Fターム(参考)】