説明

センシングユニット及びこれを備えるセンシング装置、並びに、標的物を検出する方法

【課題】レーザー光の直接照射による微小球の移動、蛍光色素の退色、微小光共振体の劣化などを抑制すると共に、簡単な構成により、1つのセンシング基板上で複数の微小光共振体を用いた発光スペクトルの検出を可能にする。
【解決手段】センシング装置において、複数の微小光共振体20が平面状の光導波路基板18上に配置される。標的物の検出にあたっては、光源14からの光を光導波路基板18に入射し、エバネッセント場を介して光導波路基板18から微小光共振体20に光を導入する。導入された光により生じる蛍光光又はラマン散乱光を微小光共振体20内においてウィスパリングギャラリーモードで共振させ、光検出器16によって微小光共振体20からの発光スペクトルを測定して、標的物が表面に吸着する前の微小光共振器20から測定される発光スペクトルからのピーク波長の変化に基づいて、標的物を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小光共振体を用いたセンシングユニット及びこれを備えるセンシング装置、並びに、微小光共振体に結合した標的物を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微小球や微小円盤などを用いた微小光共振体は、共鳴的な光の再循環によって光を微小体積中に閉じ込め、微視的光放出体、レーザー、及び熱や力学センサー等への可能性を持つ用途が示されている(非特許文献1参照)。この光の再循環は、微小光共振体の内部に維持される光の波長及び伝播方向について、幾何学的依存性の境界条件を負わせる。したがって、ある種の光学的モード、いわゆる「ウィスパリングギャラリーモード(囁きの回廊、Whispering Gallery Mode)」(以下、「WGM」と記載する。)のみが効率的に励起される。この許容されるモードのエネルギレベルは、微小光共振体の幾何学的性質と光学的性質に強く依存するため、後者を利用して、微小光共振体は、例えば力(例えば非特許文献2参照)、あるいは微小光共振体の置かれた環境中の化学的濃度の変化(例えば非特許文献3参照)の感知などに使用され得る極めて高感度の微視的光学センサーとなり得る。また、微小光共振体は、例えば表面に特異的に結合する分子の吸着により、結果として生じるキャビティーの周囲の屈折率変化を検出することによって、生物学的分子の検出にも使用され得る。
【0003】
Kuwata-Gonokamiらは、このWGMを集積するために蛍光色素をドープしたポリスチレン(PS)微小球体を微小光共振体として使用することを提案している(非特許文献4参照)。蛍光色素分子を励起する為に極めて短いレーザーパルスを微小球体に照射し、光学的に屈折率の高い微小球体に侵入させる。レーザーパルスにより微小球体の内部で励起された蛍光色素分子は、蛍光を全内部反射の条件を満たす方向に再放射する。これにより、蛍光色素分子の放射波長範囲の全てのキャビティーモードが励起可能状態となる。この研究では高い押上げ強度においてレーザー発振が観測されている。また、Kuwata-GonokamiらはPS微小球体を直列に配置し、互いに接する微小球を伝搬するWGM発光を用いた非線形光学素子を提案している(特許文献1参照)。
【0004】
一方で微小球を用いた微小共振体については、内部に励起する光を導入し、WGM発光を取り出す方法について幾つかの試みがなされてきた。Vollmerらは、微小球体中のWGMの発生、検出のために、光学ファイバーの非被覆コアとシリカ微小球体との間の減衰場カップリングを使用することを提案している(非特許文献5参照)。この場合、光はファイバーの高屈折率のコアから高屈折率の微小球体内部へ移動することができる。また、Z.Guoらによって、カップリング効率及びキャビティー内に生成されるWGMの周波数が、光学ファイバーとキャビティーとの距離に大きく依存することが示されている(非特許文献6参照)。すなわち、微小球体及び光学ファイバーは、それらの間の距離を一定に保つために固体の台上に固定されなければならない。Vollmerらは、300μmの直径のシリカ球体の外表面へのウシ血清アルブミン(BSA)の吸着によるWGMバイオセンシングを示すことができた。彼らは、センサーの感度が、球体の半径をRとして1/Rに比例することを示した。
【0005】
最近、Teraokaらは、WGM発光に基づくバイオセンサーの感度の向上方法を提案した(非特許文献7参照)。Teraokaらは、シリカ微小球体を高屈折率物質、この場合にはポリスチレンにより被覆した。Teraokaらは、この被覆された微小球体に、光ファイバーを用いて光を導入することによって、生物学的分子の検出感度が顕著に向上されると主張している。
【0006】
Woggonらは、ポリマーラテックスビーズへのドーピングに半導体量子ドットを使用することを提案している(非特許文献8及び9参照)。Kuwata-Gonokamiらの研究と同様に、ラテックスビーズの内部のWGMが、適切な波長の光による半導体量子ドットの励起によって集積される。一般的に、量子ドットの放射バンド幅は、数十ナノメーターであり、ほとんどの蛍光色素分子のそれよりも短い。しかしながら、量子ドットの特筆すべき優位性は、光退色に対する極めて高い安定性である。最近、Woggonらは、この構成を結合微小光共振体におけるWGM励起についても使用している(非特許文献10参照)。
【0007】
またMalekiらは、球体形状を有する単一微小球体のバイオセンシングへの使用方法を提案している(特許文献2参照)。吸着物の検出は、分子が微小球体表面に吸着した際に起こるWGM波長のシフトに基づく。実験的な設定は、WGMを誘起し変換器として働く単一の微小球体を必要とする。WGM発光は、光ファイバーによって微小球体と結合した入射レーザー光の微小球体中の内部全反射によって生成される。出力信号もまた、光ファイバーによって集められ、分光器に導入される。キャビティーモードの波長シフトは、分子が微小球体に結合しているか否かに関する情報を与える。同様に、Kerlらは微小光共振体からの発光スペクトルをアレイ型検出器によって収集し、標的となる吸着物が微小光共振体に吸着した際のスペクトルの赤方もしくは青方偏移を用いたバイオセンシング方法を提案している(特許文献3参照)。さらにGuoらによる光ファイバーと接した微小球による細菌類の検出方法の提案も行われている(特許文献4参照)。
【0008】
一方で、最近、Himmelhausらは、複数の微小光共振体が凝集した微小球体のクラスターを用いて、WGM発光の指紋スペクトルを採取し、生物学的分子の吸着挙動をとらえることを提案している(非特許文献11および特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平5−061080号公報
【特許文献2】米国特許第6,490,039号明細書
【特許文献3】特表2008−500518号公報
【特許文献4】特表2008−513776号公報
【特許文献5】特表2010−512731号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Nature 424, pp839-846, 2003
【非特許文献2】Opt. Express 15, 6, pp. 3597-3606, 2007
【非特許文献3】Opt. Lett. Vol. 31, pp. 1896-1898, 2006
【非特許文献4】Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 31, pp. L99-L101, 1992
【非特許文献5】Appl. Phys. Lett., 80, pp. 4057-4059, 2002
【非特許文献6】J. Phys. D: Appl. Phys., 39, pp. 5133-5136, 2006
【非特許文献7】J. Opt. Soc. Am., B 23, 7, pp. 1434-1441, 2006
【非特許文献8】Appl. Phys. Lett., 76, pp. 1353-1355, 2000
【非特許文献9】Appl. Phys. Lett., 80, pp. 3253-3255, 2002
【非特許文献10】Opt. Lett., 30, pp. 2116-2118, 2005
【非特許文献11】Sensors 10, pp. 6257-6274, 2010
【非特許文献12】Appl. Phys. Lett., 94, 031101 (2009)
【非特許文献13】Macromol., 32, 2317 (1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述した技術は何れも、単一の微小光共振体からのWGM発光を扱うものであり、例えば光ファイバーを用いたWGM発光の検出においては1本の光ファイバーにつき一個の微小光共振体しか標的物の検出に用いることができない。このことはプリズムを用い、プリズム界面における全反射を用いた場合においても同じである。これらの微小光共振体への光導入方法では、例えば微小流路中に複数の微小光共振体を配置し、同一基板上の異なる場所における標的物の検出を行う場合、複数の光ファイバーや光検出器切り替えのシャッターなどが必要となり、装置が複雑になる問題が生じる。また、生体細胞など自発的に吸着しない生体試料を対象とする場合においては、微小光共振体を生体試料に近付けて接触させる必要が生じるが、光ファイバーに固定した微小光共振体を使用する場合、何らかの手段を講じて生体細胞を微小光共振体まで移動させる必要がある。
【0012】
一方で、Kuwata−GonokamiらやHimmelhausらの関連技術(非特許文献11および特許文献1、5参照)においては、レーザー光を直接的に微小光共振体に照射している。このような方法では、基板上に分散配置させた微小光共振体のうちの望む微小光共振体に光を照射することが可能であるため、生きている生体細胞直近の微小光共振体を選択して励起することが可能である。しかしながら、この場合、レーザー強度が強いと、レーザーの直接照射による微小光共振体自身の移動や蛍光色素分子の退色、レーザー光照射による微小光共振体の劣化、レーザーによる環境の温度上昇に起因する微小光共振体の直径の変化、レーザーによる生体細胞試料の破壊などの問題が生じてしまう。
【0013】
よって、本発明の目的は、従来技術において標的物を高感度で検出しようとした場合に生じる課題を解決するために、レーザー光の直接照射による微小球の移動、蛍光色素の退色、微小光共振体の劣化などを抑制すると共に、簡単な構成により、1つのセンシング基板上で複数の微小光共振体を用いた発光スペクトルの検出を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的に鑑み、本発明は、第1の態様として、光源からの光を伝搬する平板状の光導波路基板と、該光導波路基板上に配置されており、ウィスパリングギャラリーモードで光を共振させることができる複数の微小光共振体とを備え、前記光導波路基板からエバネッセント場を介して前記微小光共振体に導入された光により生じる蛍光光又はラマン散乱光を前記微小光共振体内においてウィスパリングギャラリーモードで共振させるようになっているセンシングユニットを提供する。
【0015】
上記センシングユニットでは、前記微小光共振体が蛍光色素によって染色されていることが好ましい。また、前記微小光共振体は、球形状、円筒形状、リング形状又は円盤形状とすることができる。
【0016】
本発明は、第2の態様として、上記センシングユニットと、発光スペクトルを検出する光検出器とを備え、該光検出器によって前記微小光共振体からの光スペクトルを測定するセンシング装置を提供する。
【0017】
上記センシング装置は、標的物が表面に吸着する前の前記微小光共振体から測定される発光スペクトルからのピーク波長の変化に基づいて、標的物を検出することができる。
【0018】
また、上記センシング装置は、前記光検出器と光導波路基板とを相対移動させるための移動装置をさらに備えることが好ましい。さらに、前記微小光共振体及び前記光導波路基板とが流体セル中に配置されることが好ましい。
【0019】
本発明は、第3の態様として、平面状の光導波路基板上に配置された複数の微小光共振体に光を導入し、該微小光共振体からの発光スペクトルを測定することにより前記微小光共振体に結合した標的物を検出する標的物検出方法であって、光源からの光を伝搬する前記光導波路基板からエバネッセント場を介して前記複数の微小光共振体に導入するステップと、前記微小光共振体に導入された光により生じる蛍光光又はラマン散乱光を前記微小光共振体内においてウィスパリングギャラリーモードで共振させるステップと、光検出器によって前記微小光共振体からの発光スペクトルを測定するステップと、前記標的物が表面に吸着する前の前記微小光共振器から測定される発光スペクトルからのピーク波長の変化に基づいて、標的物を検出するステップとを含む標的物検出方法を提供する。
【0020】
上記標的物検出方法は、前記光導波路基板と前記光検出器とを相対移動させ、前記光検出器によって、前記光導波路基板上の前記複数の微小光共振体の各々からの発光スペクトルを順次測定するステップをさらに含むことが好ましい。
【0021】
また、前記標的物を検出するステップでは、前記微小光共振器の周囲への標的物の吸着によって、前記微小光共振器のウィスパリングギャラリーモードプロファイルが変化して、前記微小光共振器からの発光スペクトルのピーク波長が変化することに基づいて、前記標的物を検出することが好ましい。この場合、前記標的物が前記微小光共振器の周囲へ吸着する前の状態で前記微小光共振器から測定される第1の発光スペクトルのピーク波長を予め取得、記憶するステップをさらに含み、前記標的物を検出するステップでは、前記微小光共振器から測定される第2の発光スペクトルのピーク波長を取得して、前記第1の発光スペクトルと前記第2の発光スペクトルとを比較し、発光スペクトルの少なくとも一部において前記第1の発光スペクトルのピーク波長と前記第2の発光スペクトルのピーク波長とのシフト量が閾値を越えたときに、前記標的物が検出されたと判定することがさらに好ましい。
【0022】
本発明によるセンシングユニット、センシング装置及び標的物検出方法は、生物学的分子やその集合体、あるいは化学物質のような標的物の検出のために、平面状の光導波路基板上に配置された複数の微小光共振体を用いる。検出の際には、例えば、微小光共振体への標的物の吸着により微小光共振体のWGMが変化して微小光共振体からの発光スペクトルのピーク波長がシフトすることを利用して、標的物の存在を検出する。
【0023】
本発明では、平面状の光導波路基板を伝搬される光がエバネッセント場を介して光導波路基板上に配置された複数の微小光共振体に導入され、導入された光により励起された蛍光光又はラマン散乱光を微小光共振体内においてWGMで共振させている。そして、微小光共振体のWGMが微小光共振体の表面への標的物の吸着により変化することを利用して、微小光共振体からの発光スペクトルのピーク波長の変化により標的物を検出することを可能とさせている。
【0024】
一般に、蛍光色素で染色した微小光共振器にレーザー光を直接的に照射すると、蛍光色素の退色が起こりやすく、安定性に欠けるために繰り返しの測定には不向きである。また、標的物の検出感度を高めようとする場合、入射するレーザー光の出力を上げる必要が生じるが、強い光を入射すると、微小光共振体の破壊や移動が起こってしまい、標的物の検出を行うことが困難になる。さらに、レーザー光を照射し続けることにより周囲環境の温度や微小光共振器自身の温度が変化してしまうため、レーザー出力を抑えて照射しなければならない。一方で、光ファイバーやプリズムによる微小光共振体への光導入方法は、微小光共振体に直接的に光を照射しない間接的な光導入方法であるが、プリズムや光ファイバーには一つの微小光共振体しか取り付けることができず、複数の微小光共振体を基板上に配置してセンシングを行うことは技術的に極めて困難である。
【0025】
これに対して、本発明では、平面状の光導波路基板上に複数の微小光共振体を配置し、光導波路基板を伝搬される光をエバネッセント場を介して微小光共振体に導入しており、間接的な光照射を行っている。したがって、蛍光色素の退色や微小光共振体の破壊又は移動を低減させることが可能となり、簡便に共振光を捉えることが可能となる。また、微小光共振体を光導波路基板上に配置し、微小光共振体を配置する基板自体を光の導波路として利用することで、測定位置に対する自由度が高くなる。例えば、光導波路基板における光の伝搬方向と微小光共振体の位置を移動装置を用いて制御することで、光導波路基板上に複数の測定箇所を設け、各測定箇所に配置された微小光共振体を用いて、異なる物質の検出が可能となる。さらに、本発明と類似の標的物検出方法として、金属の表面プラズモンを利用したSPR(表面プラズモン共鳴:Surface Plasmon Resonance)や、水晶振動子を利用したQCM(Quartz crystal microbalance)が、利用されているが、SPRでは、金属コートした基板が必要であり、QCMでは、振動子の発振を捉えるための配線が必要となる。これに対して、本発明はWGM発光を利用したものであり、光を使用しているので、配線が不要で、基板に対する金属のコーティングの必要がない。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、平面状の光導波路基板を伝搬される光がエバネッセント場を介して光導波路基板上に配置された複数の微小光共振体に導入され、導入された光により励起された蛍光光又はラマン散乱光が微小光共振体内においてWGMで共振させられる。したがって、各々の微小光共振体からの発光の検出感度は、従来技術のように光ファイバーを用いた場合と同等である一方、光導波路基板上に複数の微小光共振体が配置されているので、光ファイバーなどの交換なしに光導波路基板を検出器に対して移動させるだけで、複数の微小光共振体の各々からの発光を測定することができる。また、基板上に固定化した微小光共振体に直接的にレーザー光を導入しWGMを励起させるのではなく、平面状の光導波路基板中を伝搬させた励起光によって光導波路基板の界面で発生するエバネッセント光を活用して、これを微小光共振体に導入する。したがって、蛍光色素の退色や微小光共振体の破壊や移動が低減される。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】微小光共振体からのWGM発光を測定するための装置の全体構成を示す構成図である。
【図2】平面状の光導波路基板を用いた微小光共振体への光結合方法の原理を示す模式図である。
【図3】移動装置によって、複数の微小光共振体を配置した光導波路基板を光検出器に対して移動するようにしたセンシング装置の構成を示す斜視図である。
【図4】WGM発振による標的物検出方法の原理を説明するための説明図である。
【図5】ナイルレッドをドープしたポリスチレン微小光共振体の超純水中におけるWGM発光スペクトルを示すグラフである。
【図6】ポリスチレン微小光共振体からのWGM発光スペクトルと、ポリスチレン微小光共振体にBSAを吸着させたときのWGM発光スペクトルとのPBS緩衝液中における測定結果を示すグラフである。
【図7】空気中においてポリスチレン微小光共振体にピコ秒パルスレーザー光を照射したときのWGM発光スペクトルの入射パルスエネルギー依存性を示すグラフである。
【図8】(a)CWのアルゴンイオンレーザーからの光を微小光共振体へ直接的に入射したときのWGM発光スペクトルの時間変化を測定したグラフと、(b)平面状光導波路基板を使用して同じ出力のレーザー光を微小光共振体へ導入したときのWGM発光スペクトルの時間変化を測定したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照して、本発明によるセンシングユニット及び標的物検出方法を用いたセンシング装置の実施の形態を説明する。
【0029】
最初に、図1を参照して、センシング装置10の全体構成を説明する。
センシング装置10は、センシングユニット12と、光源14と、光検出器16とを備え、センシングユニット12は、平面状の光導波路基板18と、光導波路基板18上に配置された複数の微小光共振体20とを含む。
【0030】
光導波路基板18は、光導波路としての機能を果たすものであれば、任意のものを使用することができ、例えば透明な硝子基板とすることができる。好ましくは、光導波路基板18として、厚さ0.17mm〜1mmのカバーガラスもしくはスライドガラス等が用いられるが、光が伝搬可能であれば、透明な高分子フィルム等を光導波路基板18として使用することも可能である。また、光導波路基板18には、効率よく光を伝搬することを可能にするために、表面に光屈折率の材料(例えばTiO2など)を薄くコーティングしておくことが好ましい。
【0031】
微小光共振体20は、境界内面で光を全反射させながら閉環状の光路内で循環させるいわゆるウィスパリングギャラリーモードで、導入された光により励起された光を共振させるものである。本微小光共振体としては、形状が均一で且つ直径2μm〜20μmの範囲の粒径を有する微小球などを使用することが好ましいが、光の再循環を可能にするものであれば、球体、円盤、円筒、リングなどの任意の形状のものを微小光共振体として使用可能である。また、微小光共振体の材質は高分子微粒子又はシリカ等の無機物粒子が使用され、例えばポリスチレンラテックス粒子、シリカ粒子等が好ましく用いられる。実施の形態では、微小光共振体20として、安価に入手できる高分子の微小球を用いている。微小光共振体20は、正又は負に帯電させることが好ましい。
【0032】
微小光共振体20として、微小球を使用することができるため、局所的な領域における標的物の検出も可能となる。
【0033】
また、微小光共振体20は、蛍光色素によって染色されていることが好ましい。用いられる微小光共振体20の直径と使用する励起光の波長を適切に選択することが可能であれば、蛍光色素を用いずとも微小光共振体20を構成する材料のラマン散乱光によって共振を起こすことも可能であるが、蛍光色素を用いて微小光共振体20を染色することが好ましい。以下では、説明を簡単にするために、微小光共振体20が蛍光色素によって染色されており、蛍光色素から励起された蛍光が微小光共振体20内で共振するものとして説明するが、微小光共振体20の材料からのラマン散乱光が微小光共振体20内で共振するようにしてもよいことはもちろんである。
【0034】
高分子微粒子を用いた微小光共振体の作製は例えば非特許文献12等に従って行えばよい。すなわち、超純水で希釈したポリスチレンラテックス粒子の分散水溶液を攪拌しながら、その上に、ナイルレッド、ローダミン、クマリンなどの有機蛍光色素のキシレン飽和溶液を数μl滴下して、キシレン層と水層の界面を利用して高分子微粒子を染色し、染色した微粒子を正または負の電荷を有する高分子電解質水溶液に浸漬、攪拌、遠心分離、超純水で洗浄することにより、正もしくは負に帯電させた高分子微粒子を作製する。
【0035】
光導波路基板18の表面を洗浄した後、非特許文献13等に従って、その表面を正若しくは負の電荷を有する高分子電解質で被覆し、その際に、微小光共振体20である微粒子とは反対の電荷を帯びるようにして被覆しておくことが好ましい。これにより、光導波路基板18と微小光共振体20とを静電的に固定することが可能となる。
【0036】
なお、微小光共振体20は、発光の検出の際に個々の微小光共振体20からの発光を検出するので、光導波路基板18上に孤立して分散配置されていることが好ましいが、複数の微小光共振体20が互いに接触している状態であっても発振波長の周波数変化の検出には特段の支障がなく、複数の微小光共振体20が互いに接触して配置されていてもよい。
【0037】
光源14としてはレーザーが用いられ、CWレーザー、パルスレーザーいずれでもよいが、蛍光色素を励起するに必要な波長を発振するものが好ましく用いられる。
【0038】
光源14からの光は、例えば図2に示されているように、光導波路基板18の端部に光導波路基板18と同じ材質の直角プリズム22を設置し、直角プリズム22のプリズム面から光源14からのレーザー光を光導波路基板18内に入射し伝搬させる。光導波路基板18と直角プリズム22との間には、光の損失を低減させるために、屈折率のマッチング液を薄く塗布することが好ましい。
【0039】
光導波路基板18の界面では、伝搬光のエバネッセント光が染み出しており、このエバネッセント光が微小光共振体20である微小球内に入ると、蛍光色素が発する蛍光のうち、微小光共振体20である微小球のウィスパリングギャラリーモードの光(以下、WGM光と記載する。)が共鳴的に微小球内部を循環し、微小球は共振器として機能する。すなわち、光導波路基板18内を伝搬される光はエバネッセント場を介して微小光共振体20に導入され、導入された光により励起された光が微小共振体20内でWGMで共振する。
【0040】
このように、センシング装置10では、微小光共振体20の上部に光学系を有さず、微小光共振体20へのレーザー光の導入のために光ファイバーを使用していないため、生体試料や微小流路をはじめ、多彩な機能性材料・測定材料を取り扱うことが可能となる。
【0041】
光検出器16は、微小光共振体20の共振光を検出するためのものであり、好ましくは、一定領域のスペクトルを短時間で収集するために、使用する蛍光色素の蛍光波長域又は微小光共振体20の材料のラマン散乱光の波長域を検出可能範囲に含むCCD検出器などが光検出器16として用いられる。
【0042】
センシング装置10は、微小光共振体20と光検出器16との間に、対物レンズ24と、励起光カットフィルタ26と、光ファイバー28と、分光器30とをさらに備えることが好ましい。微小光共振体20内で発生した共振光は、対物レンズ24を通じて観測され、励起光カットフィルタ26を用いて励起光となるレーザー光の波長を除去した後、光ファイバー28を通って分光器30に導入される。励起光カットフィルタ26としては、例えばダイクロイックフィルタを用いることができる。また、分光器30は、WGM発光のピーク波長のシフトを計測するために少なくとも0.05nmより細かい波長分解能が必要であり、分光器30内部で使用する分散グレーティングの刻線は2400l/mm程度であることが好ましい。
【0043】
さらに、特定の微小光共振体20からの発光を選別するために、励起光カットフィルタ26と分光器30との間に、空間的にフィルタ(空間フィルタ)32を配置してもよい。
【0044】
センシング装置10は移動装置34をさらに備え、光導波路基板18と光源14及び光検出器16とを相対移動できるようにすることがさらに好ましい。例えば、図3に示されているように、光学顕微鏡の試料ステージを移動装置34として使用し、この試料ステージ上に光導波路基板18を配置すればよい。これにより、光導波路基板18上に配置された複数の微小光共振体20に光源14からの光を選択的に伝搬させると共に選択された微小光共振体20からの光を光検出器16によって検出することが可能となる。
【0045】
次に、図4を参照して、センシング装置10における標的物検出方法の原理を説明する。
平面導波路となる平面状の光導波路基板18の屈折率n1は光導波路基板18の外部の屈折率n2より高くしておくと、光導波路基板18の界面で全反射し、内部を伝搬する。このとき光導波路基板18の界面ではごくわずかに光がにじみ出す現象が起きる。この光はエバネッセント光と呼ばれ、その厚みは光の波長以下で、可視光なら1μm以下という極めて薄い層状に発生する。このエバネッセント光が光導波路基板18上に配置された微小光共振体20に導入される。微小光共振体20に導入された光は、微小光共振体20の内部の蛍光色素を励起し、広帯域にわたる強い蛍光を発生するが、この蛍光波長のうち、特定の波長を有する一連の定常波が微小光共振体20と外部環境との境界の内部の円周に沿って形成される。これらの定常波は、微小光共振体20の周囲に沿って形成されるモードであり“囁きの回廊モード”(WGM)と称される。検出対象となる標的物が、この微小光共振体に吸着すると、微小球体の直径はもとのRからΔRだけ変化する。これに伴って、観測されるスペクトルのピーク波長はλからΔλだけシフトしてλ+Δλとなる。センシング装置10では、このピーク波長の差異を活用して標的物の検出を行う。
【実施例】
【0046】
図5は、ナイルレッドで染色したポリスチレン微小球を微小光共振体20として使用し、微小光共振体20を平面状の光導波路基板18上に分散配置して固定し、超純水環境下で測定した微小光共振体20からのWGM発光スペクトルを示す。光源14として使用された励起レーザーはCWのArイオンレーザー(波長514nm、出力9mW)であり、測定に要する露光時間は10秒である。図5に示されているように蛍光色素分子からの広帯域の蛍光の上に多数の鋭いピークが現れた形状が観察される。
【0047】
図6には、ナイルレッドで染色したポリスチレン微小球を微小光共振体20として使用し、微小共振体20を平面状の光導波路基板18上に分散配置して固定した場合に、PBS緩衝液中で測定された微小光共振体20からのWGM発光スペクトルとこのPBS緩衝液中に牛血清アルブミン(BSA)水溶液1mg/mlを20μl滴下したときに測定された微小光共振体20からのWGM発光スペクトルとが合わせて示されている。測定された各々の発光スペクトルのピークの波長位置は、微小光共振体20である微小球の直径と密接に関連しており、微小光共振体20に分子が吸着すると微小光共振体20の直径がわずかに変化するために、図6に示されているように、スペクトル上に現れるWGM発光のピーク位置がシフトして観測される。この時に光源14として使用された励起レーザーはCWのArイオンレーザー(波長514nm、出力9mW)で露光時間は各30秒であったが、1時間以上レーザー光を照射し続けても、微小光共振体20であるポリスチレン微小球の移動や劣化は認められず、蛍光色素の退色も認められなかった。
【0048】
図7は、図6と同様の条件下で、光源14として使用される励起レーザーとしてピコ秒のパルスレーザー(波長532nm、25ps)を使用した場合に、空気中で微小光共振体20からのWGM発光スペクトルを測定したときの測定結果であり、微小光共振体20のWGM発光スペクトルの入射パルスエネルギー依存性を示している。入射パルスエネルギー依存性を明確にするために縦軸方向に発光スペクトルを示してある。光源14としてパルスレーザーを使用すると、CWレーザーの場合とは異なり、微小球共振体20に入射するパルスレーザーの出力がある閾値を超えると、微小光共振体20である微小球がレーザー共振器として働き、特定のWGMの発光モードだけが強く観測され、微小光共振体20である微小球からのレーザー発振が観測される。直接微小光共振体20にパルスレーザー光を照射しレーザー発振を起こそうとした場合、100μJ程度の出力で微小光共振体20の破壊がおこるために安定したレーザー発振を行うことは困難であるが、平面状の光導波路基板18を使用して微小光共振体20にレーザー光を入射した場合にはレーザー光の出力を上げても、微小光共振体20の移動や破壊は認められなかった。
【0049】
(比較例)
図8には、(a)CWのArイオンレーザー光(波長514.5nm、出力9mW)を微小光共振体20へ直接照射したときの微小光共振体20のWGM発光スペクトルを連続測定した結果と、(b)平面状光導波路基板18を用いて微小光共振体20へCWのArイオンレーザー光を入射したときの微小光共振体20のWGM発光スペクトルを連続測定した結果とがそれぞれ示されている。レーザー光を直接照射した場合、環境の温度上昇などの要因によって微小光共振体20である微小球が移動してしまい、数分でスペクトルの消失が起こってしまう(図8(a))。標的物の吸着を検出するには、吸着前後のWGM発光スペクトルのピーク波長の変化を測定することが必要であることから、微小光共振体20である微小球が移動してしまうレーザー光の直接照射は、標的物の検出には不向きである。これに対して、平面状の光導波路基板18を使用して微小光共振体20である微小球にレーザー光を入射する場合は、同じレーザーの出力を使用しても微小光共振体20の移動は起こらず、安定して連続測定が可能である(図8(b))。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によるセンシングユニットを用いたセンシング装置は、高感度かつ高速に極微量の生体分子や環境化学物質を検出可能な小型なマルチセンサーとして利用することができる。また、一つの平面状光導波路基板上に複数の微小光共振体を配置することが可能であり、高価な試料や極微量の試料の検出に有効である。微小光共振体として用いる微小球や蛍光色素などは安価な市販品を利用することが可能である。利用可能な市場は、バイオセンサー、化学センサー、マイクロ流路、バイオチップ、DNAシーケンサーなどが想定される。
【符号の説明】
【0051】
10 センシング装置
12 センシングユニット
14 光源
16 光検出器
18 光導波路基板
20 微小光共振体
34 移動装置




【特許請求の範囲】
【請求項1】
光源からの光を伝搬する平板状の光導波路基板と、該光導波路基板上に配置されており、ウィスパリングギャラリーモードで光を共振させることができる複数の微小光共振体とを備え、前記光導波路基板からエバネッセント場を介して前記微小光共振体に導入された光により生じる蛍光光又はラマン散乱光を前記微小光共振体内においてウィスパリングギャラリーモードで共振させるようになっていることを特徴とするセンシングユニット。
【請求項2】
前記微小光共振体が蛍光色素によって染色されている、請求項1に記載のセンシングユニット。
【請求項3】
前記微小光共振体は、球形状、円筒形状、リング形状又は円盤形状である、請求項1又は請求項2に記載のセンシングユニット。
【請求項4】
請求項1から請求項3の何れか一項に記載のセンシングユニットと、発光スペクトルを検出する光検出器とを備え、該光検出器によって前記微小光共振体からの光スペクトルを測定することを特徴とするセンシング装置。
【請求項5】
前記センシング装置は、標的物が表面に吸着する前の前記微小光共振体から測定される発光スペクトルからのピーク波長の変化に基づいて、標的物を検出する、請求項4に記載のセンシング装置。
【請求項6】
前記光検出器と光導波路基板とを相対移動させるための移動装置をさらに備える、請求項4又は請求項5に記載のセンシング装置。
【請求項7】
前記微小光共振体及び前記光導波路基板とが流体セル中に配置される、請求項4から請求項6の何れか一項に記載のセンシング装置。
【請求項8】
平面状の光導波路基板上に配置された複数の微小光共振体に光を導入し、該微小光共振体からの発光スペクトルを測定することにより前記微小光共振体に結合した標的物を検出する標的物検出方法であって、
光源からの光を伝搬する前記光導波路基板からエバネッセント場を介して前記複数の微小光共振体に導入するステップと、
前記微小光共振体に導入された光により生じる蛍光光又はラマン散乱光を前記微小光共振体内においてウィスパリングギャラリーモードで共振させるステップと、
光検出器によって前記微小光共振体からの発光スペクトルを測定するステップと、
前記標的物が表面に吸着する前の前記微小光共振器から測定される発光スペクトルからのピーク波長の変化に基づいて、標的物を検出するステップと、
を含むことを特徴とする標的物検出方法。
【請求項9】
前記光導波路基板と前記光検出器とを相対移動させ、前記光検出器によって、前記光導波路基板上の前記複数の微小光共振体の各々からの発光スペクトルを順次測定するステップをさらに含む、請求項8に記載の標的物検出方法。
【請求項10】
前記標的物を検出するステップでは、前記微小光共振器の周囲への標的物の吸着によって、前記微小光共振器のウィスパリングギャラリーモードプロファイルが変化して、前記微小光共振器からの発光スペクトルのピーク波長が変化することに基づいて、前記標的物を検出する、請求項8又は請求項9に記載の標的物検出方法。
【請求項11】
前記標的物が前記微小光共振器の周囲へ吸着する前の状態で前記微小光共振器から測定される第1の発光スペクトルのピーク波長を予め取得、記憶するステップをさらに含み、
前記標的物を検出するステップでは、前記微小光共振器から測定される第2の発光スペクトルのピーク波長を取得して、前記第1の発光スペクトルと前記第2の発光スペクトルとを比較し、発光スペクトルの少なくとも一部において前記第1の発光スペクトルのピーク波長と前記第2の発光スペクトルのピーク波長とのシフト量が閾値を越えたときに、前記標的物が検出されたと判定する、請求項10に記載の標的物検出方法。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−96707(P2013−96707A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−236593(P2011−236593)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】