説明

タンパク質の安定性を体系的に制御するための方法

タンパク質の安定性を制御するための方法および組成物が記載され、抗体、および、例えば、「免疫グロブリン様」フォールドを有する、抗体様構造を持つタンパク質が特に重要視される。この安定性の制御は、同じ機能を有するが、異なる安定性を有するタンパク質について、異なる用途を促進する。本明細書中に記載される、タンパク質の安定性を制御するためのアプローチは、特定の用途のために安定性を最適化するために、抗体のようなタンパク質を構成するポリマーのアミノ酸配列を改変することである。標的タンパク質中で置換されたときに、タンパク質分子の安定性を制御して、例えば、その貯蔵寿命および/または半減期の変化をもたらすアミノ酸を同定するための方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連特許出願に対する相互参照)
本願は、2008年7月14日出願の米国仮出願第61/080,563号および2009年2月6日出願の米国仮出願第61/150,562号に対する優先権を主張し、これらの出願の内容は、その全体が本明細書中に参考として援用される。
【0002】
米国政府は、米国エネルギー省と、Argon National Laboratoryの運営者であるユーシカゴ アルゴン,エルエルシー(UChicago Argonne,LLC)との間の契約番号DE−AC02−06CH11357に従い、本発明における権利を有する。
【0003】
(背景)
タンパク質(抗体、および抗体様の構造を持つタンパク質(例えば、「免疫グロブリン様」フォールドを有するもの)を特に重要視する)の安定性を制御するための方法および組成物が記載される。このようなタンパク質の安定性の制御は、同じ機能を有するが、多様な安定性を有するタンパク質について多様な利用を促進する。
【背景技術】
【0004】
タンパク質の不安定性は、機能の変更または喪失をもたらす折り畳みの変化に起因して貯蔵寿命を減らす。抗体または任意の他のタンパク質の安定化は、伝統的に、潜在的に時間がかかり、かつ費用を要するが、成功する保証がほとんどない試行錯誤のプロセスである。理論上、N個のアミノ酸のポリペプチドは、19個の選択的なアミノ酸配列を示し得る。これらの配列の多くは、機能的な抗体または他のタンパク質を生成せず、そして、安定性を制御するために「総当り(brute force)」法で実験的に対処されなければならない、多数のアミノ酸の置き換えを試験する実験的な労力を最小にするための見通しはほとんど明らかになっていない。結晶化タンパク質のX線解析によって決定された構造は、必ずしも、溶液中のそのタンパク質を正確に描出するものではない。例えば、タンパク質において最も一般的な原子である水素は、X線解析では見えない。コンピュータを使用した解析は、タンパク質の安定性を信頼性をもって最適化できない。
【0005】
抗体は、高等な生物によって生成されるタンパク質分子である。これらは、「軽」鎖および「重」鎖を含む。抗体は、ウイルス、細菌および真菌による感染に対する自然応答を提供する、適応免疫系の土台である。抗体は、ワクチンによって誘起され得、ポリオのような疾患に対する免疫を生じる。同様に、関心のある特定の分子を認識する抗体を含む抗血清は、検出法が望まれている分子を動物に接種することによって作製され得る。この能力は、関節リウマチおよびいくつかのがんのような疾患に対する処置を提供する、数十億ドルの免疫診断産業および新興の免疫治療の分野の土台である。
【0006】
抗体は、治療、診断、画像診断、バイオレメディエーション、センサおよび研究の用途において広く用いられる。抗体は、特に治療用途において非常に成功している。米国食品医薬品局(FDA)は、23の抗体を認可し(代表的な抗体の例については表4を参照のこと)、そして、約200の抗体が臨床開発中である。抗体治療の世界的な市場は、250億ドルと推定された(2007)。市場は、2012年までに、450億ドルに達すると予測される。8つの抗体が、年間10億ドル以上の売上げ収入として定義される大ヒットのレベルの売上げに達している(表4において強調されている)。抗体治療は、製薬産業における最も急速に成長している部門の一つである。抗体治療の市場についての平均年間成長率(AAGR)は11.5%である。
【0007】
抗体は、コンビナトリアル生化学の究極の例である。人間は各々が、10億のオーダーの異なる抗体を生成し、コンビナトリアル化学の尽力によって生成されてきたあらゆるライブラリーの多様性を超えるライブラリーを生じることができると考えられる。抗体の結合部位は、2つのタンパク質ドメインまたはモジュールの接合部に形成される。したがって、これらのドメインの異なる組み合わせが、結合部位におけるアミノ酸残基の異なる組み合わせにつながる。異なるパターンのアミノ酸は、異なる結合特異性を生じる。
【0008】
抗体は、免疫グロブリンフォールド(the immunoglobulin fold)と呼ばれる構造を示すいくつかの比較的小さいβ−サンドイッチドメインから構成される。このフォールドを共有し、かつ、進化的に抗体との関連性を有し得る他の周知のタンパク質の例としては、腫瘍壊死因子、Cu、Zn−スーパーオキシドジスムターゼおよびトランスサイレチンが挙げられる。抗体は一般に、軽鎖からのドメインと重鎖からのドメインの2つの可変ドメインの並置から結合部位を生じることによって機能する。抗体の結合部位を構成するモジュールは、可変ドメインとして知られる。「可変」とは、いくつかの遺伝子によって生成されるアミノ酸配列の違いを示し、この違いが各モジュールについて選択的なアミノ酸配列を提供する。モジュールの一方は、重鎖可変ドメインとして知られ、そしてもう一方は軽鎖可変ドメインとして知られ、抗体を組み立てる2つのタイプのポリペプチド鎖を指している。軽鎖は、そのタンパク質の出発点における1つの可変ドメインと、それに続く1つの定常ドメインから構成される。重鎖は、その抗体の出発点における1つの可変ドメインと、それに続く3つもしくは4つの定常ドメインとから構成される。
【0009】
定常ドメインは、高度に多様な一次構造(アミノ酸配列)を有する可変ドメインとは対照的に、アミノ酸のバリエーションをほとんど示さないのでこのように呼ばれる。
【0010】
一次構造の可変性は、(1)多くの抗体を生成する動物が、軽鎖および重鎖の可変ドメインについて複数のバージョンの遺伝子を含むこと、ならびに(2)抗体を生成する細胞が、複製の早期段階の間に非常に誤りが起こりやすくプログラムされており、高い比率の体細胞変異につながること、を含む、いくつかの原因から生じる。体細胞変異の1つの結果は、抗体特異性の多様性である。体細胞変異の別の結果は、安定性の喪失;すなわち、機能喪失率の増大につながる、温度もしくは他の要因に対する耐性の低下である。
【0011】
すべての哺乳動物の免疫系には類似性が存在する。マウスでは、およそ100の軽鎖可変ドメインが、200を超える重鎖ドメインと組み合され得る。
【0012】
ヒトは、それぞれ、少なくとも50の軽鎖可変ドメイン遺伝子と少なくとも40の重鎖可変ドメイン遺伝子を有する。この基本的な一群は、わずか2000の異なる組み合わせ、すなわち2000の異なる結合部位を生じる。しかしながら、抗体を生成する細胞が成熟するにつれ、さらなる機構、主として突然変異が、数十億の異なる組み合わせを生じる。これらの潜在的な結合部位の多くは、体内の分子と反応する場合、コレクションから排除される。
【0013】
モノクローナル抗体は、一般に、単一の親細胞のクローンに由来する1タイプの免疫細胞によって生成されるために同一であるという意味で、単一特異性の抗体と考えられる。モノクローナル抗体を作製するためには、細胞のクローンが調製され、このクローンの細胞はすべて、同じ抗体を生成する。これを達成するための方法は、最初に、関心のある抗原(「標的抗原」)を用いてマウスを免疫することである。いくらかの時間の後、標的抗原に結合する抗体を生成する多数の細胞が、このマウスの脾臓に見出され得る。脾細胞が、研究室のがん細胞株のうち、抗体を生成するタイプの細胞に融合されると、関心のある抗体を生じ、そして、無限に増殖および分裂し得る(「不死の」)ハイブリッド細胞がいくらか得られる。このように、モノクローナル抗体は、本質的にあらゆる抗原に対して生成され得る。
【0014】
抗体型の試薬を取得するための別の現代の戦略は、通常は、ヒトの抗体生成細胞から、軽鎖および重鎖の可変ドメインのアミノ酸配列の情報を含むRNA断片を回収することである。このRNAは、相補鎖DNA(cDNA)を作製するために使用される。これらの軽鎖および重鎖のcDNA断片は一緒に連結され、そして、細菌を攻撃するウイルスの表面上に露出されるタンパク質の遺伝子中に挿入される。これにより、その表面上に多数の異なる軽鎖および重鎖の可変ドメインの組み合わせを示すかまたは提示する、ファージとして知られるウイルスのライブラリーが生じる。固定された標的分子に露出されると、これらのウイルスの一部は、標的に結合する可能性がある。標的分子から除去され、そして、細菌に感染させるために使用されると、抗体型の粒子を作製する大量のウイルスが生じる。主として、抗体型の粒子をコードするDNAは、E.coliに移され得、そして、抗体(タンパク質)が細菌によって生成される。実際、この手順はしばしば、有用でない非常に不安定な構築物を生じる。結果として、ファージディスプレイとして知られるこの技術の、scFv構築物(一本鎖抗体可変フラグメント)を生成するとてつもなく大きい潜在能力は、不安定性の問題が解決されなければ、達成され得ない。
【0015】
scFv構築物は、大きな表面対容積比と、VHドメインおよびVLドメインを接合するための長い柔軟なリンカーの使用に起因して、本来不安定である。実際、あらゆる抗体の安定性は、生理学的に有用な平均を超えた安定性を求める進化上の圧力がないことに起因して限られている。上記の平均的な安定性を有する抗体の潜在的な利点としては、研究および開発のパイプラインの生産性の改善、すなわち、より多くの成功と単純化された処方(formulation)が挙げられ、治療、診断、バイオセンサ、または、安定化された抗体によってのみ可能である他の用途のいずれの目的のためであれ、より低コストの抗体生産につながる。より長期の貯蔵寿命を有するより安定な抗体もまた、患者の安全性の向上をもたらし、製品の失効に起因した廃棄物をできる限り少なくする。最後に、安定な抗体の使用は、新たな免疫治療戦略の開発を可能にする。
【0016】
安定性は、熱力学平衡の点で、または、高温、pHの変動もしくは他の変化(challenge)への耐性によって測定され得る。用語「安定性」は、温度、pHおよびイオン強度のような環境因子の変化に応じて、タンパク質がその本来備わっている高次構造および機能を維持する能力をいう。
【0017】
自然な抗体(IgG)の平均血清半減期は23日である。市販の抗体の大半は、これよりもかなり短い半減期を有する(代表的な例については表5を参照のこと)。安定性は、抗体の操作(engineering)の間に弱められるようである。安定性は、すべての段階において重要である:製造、保存、調合(formulation)、輸送、投薬および薬物動態。安定性が常に重要な問題として考えられていたわけではないので、過去15年間、数多くの、多大な費用を要した失敗があった。
【0018】
安定性に対する懸念に起因して、抗体は、長期保存のために冷蔵(refrigeration)を必要とする;これは、抗体の用途を制御された環境に限定する。安定性を高めるための従来のアプローチは、抗体をコードする遺伝子がランダムに突然変異誘発に供されて、数百(または数千)の変異体のライブラリーを作製し、この変異体の各々が安定性について試験される、ランダム突然変異誘発である。この方法は、多大な費用を要し、時間がかかり、かつ、高度に予測不可能である。ランダム突然変異誘発の他には、これまでのアプローチは大まかに3つのカテゴリーに分類することができる:(1)ドメイン特異的な変更、(2)「指向された」進化;および(3)ハイスループットな総当り法(brute force)。
【0019】
ドメイン特異的な変更。このカテゴリーは、抗体の安定化に関する文献の大部分を構成する。これは、抗体の体系的な安定化のための戦略を表すものではなく、むしろ、特定の場合において有用な多様な改変の収集物(compilation)である。例えば、κ軽鎖における、4位のメチオニンのロイシンによる置き換えは、おそらくは、より短いロイシン側鎖を固定することからのより小さなエントロピーペナルティーに起因して、改善された安定性をもたらすと報告された。別の例は、重鎖可変ドメインにおける3つのアミノ酸に注目した。
【0020】
別の戦略は、所望の特異性を持つ抗体に由来するループを、適切な安定性を持つ異なる抗体のフレームワークに移すことを含むが、この戦略は、対応する抗体ドメインのフラグメントが正確に同じ高次構造を有する場合、そして、移されたループ内のアミノ酸が、安定性の喪失の原因とならない場合に成功する可能性がある。しかしながら、特異性および高い親和性の原因となるアミノ酸は、通常、変異誘発によって導入され、そして、しばしば不安定になっている。
【0021】
いくつかの場合においては、そのドメイン内のβストランド間にあるターン内の選択した位置のアミノ酸を改変することによって、折り畳みを改善することが可能である。しかしながら、このアプローチは一般化されていない。特定の位置で最も一般的に見られるアミノ酸を同定するコンセンサスな(consensus)統計値が、安定化のための有用な指標として報告されている。これは、生殖系列の配列からの逸脱を元に戻す範囲において、妥当であり、安定性を改善し得る場合も多いが、逆の効果も有し得る。しかしながら、前の段落において触れたように、κ可変ドメインの4位におけるコンセンサスメチオニンは、めったに観察されないロイシンと比較すると不安定である。コンセンサスアプローチは、有用ではあるものの、抗体の構造が、最大の安定性を有するように進化したのではなく、十分なレベルの安定性を有するようにのみ進化したという事実によって制限される。
【0022】
上に引用した例は各々が、ケースバイケースを原則として親和性に対する可能な増強を提供する。しかし、全体として、これらの方法は、あらゆる抗体がこれらの方法によって有意に安全性を改善され得ると仮定する根拠を提供しない。
【0023】
指向された進化(Directed Evolution)。従来、「指向された進化」という呼称は、微生物の生存に重要な酵素が、突然変異および応力の変化に供される結果、生存細胞が、より活発な形態のその酵素を有する細胞となるアプローチにつけられる。抗体は細菌の生存にとって重要ではないので、この呼称は厳密ではない描写である。この場合、その正当化の根拠は、一本鎖可変ドメイン結合フラグメント(scFv)のファージディスプレイライブラリーを過酷な条件に供することに基づく。抜粋(exception)は、エラープローンPCR(error prone PCR)を用いてプリオンに結合する抗体の改変体のライブラリーを構築し、ピコモル濃度の親和性を持つ抗体の選択をもたらす。効率的ではあるが、一般的なアプローチは、不安定なscFv構築物のファージディスプレイライブラリーを選ぶ。同時に、ライブラリーの多様性は消失し、したがって、有用な特異性および親和性を持つ抗体構築物を捕捉できる確率が低下する。必要とされているのは、有用性を持つ抗体を同定する確率を最大にし、安定化が第二段階として実行されるアプローチである。
【0024】
ハイスループットな総当り法(brute force)。増大する数の分子生物学の研究室にとってロボティクスが利用できることは、多数の部位特異的突然変異の効果の大規模スクリーニングを可能にしている。システムは、Fabの安定性および発現レベルを改善することが報告されている。このアプローチの重要な要素は、可変ドメインの一次構造のデータベースを分析して、高い可変性の位置を同定することであった。配列アラインメントのための自動化された方法が使用され、そして、可変性が、情報理論から導き出された測定基準(metric)であるShannonのエントロピーとして評価される。最も高いエントロピーの位置が、最も大きいアミノ酸の変化に耐性であると報告される。Fabにおける45の位置を同定する、ロボティクス法および飽和突然変異誘発は、評価のための改変体を構築するために使用されたが、これもまた、ロボティクスによって行なわれる。飽和突然変異誘発は、850を超える変異体の構築および評価をもたらした。明らかに、この方法は非常に労力を要し、そして、すべての将来のFab安定化プロジェクトが、同じレベルの労力を要求される。
【0025】
表面上、このアプローチは穏当に見えるが、いくつかの欠陥が存在するようである。最も高いエントロピーの位置がアミノ酸の変化に耐性であるという推論は妥当である;これらが、変化を安定化させるためのスクリーニングのための最適な位置であるという示唆は、あまり妥当でない。アミノ酸の変化に対する耐性は、変化がほとんど重要でなく、安定性に対してかなりの寄与を果たすことは疑わしいことを意味する。さらに、高い可変性の位置の大部分は、相補性決定領域内に位置しており;したがって、この戦略によって導入されたアミノ酸のバリエーションの多くは、結合特性に影響し得る位置にある。加えて、データベースは、多くの「無意味な」配列;すなわち、フレームシフトを組み込み、人工的な可変性を生じたmRNAベースの配列を含む。自動化されたデータ収集の方法は、これらを取り除きそうもない。最後に、自動化された方法は、挿入/欠失の一貫しない位置決定に起因して、相補性決定領域の端に人工的な可変性を作製する。
【0026】
残念なことに、前の段落に記載した3つの方法はいずれも、多大な費用を要し、時間がかかり、そして、予測不可能である。
【0027】
不安定性の問題に対するアプローチは、適切な調合賦形剤(formulation excipient)および他の調合条件(formulation condition)を提供することである。しかしながら、多くの抗体は、本来不安定であり、賦形剤の使用にもかかわらず、安定な調合物(formulation)を生じない。いくつかの微生物は、水の沸点を超える温度でも成長する。それゆえ、動物タンパク質の不安定性は、不可侵の物理学の法則に起因するものではない−−ポリマーは安定であり、折り畳みは安定ではない。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0028】
(概要)
本明細書中に記載される、タンパク質の安定性を制御するためのアプローチは、特定の用途のために安定性を最適化するために、抗体のようなタンパク質を構成するポリマーのアミノ酸配列を改変することである。標的タンパク質中で置換されたときに、タンパク質分子の安定性を制御して、例えば、その貯蔵寿命および/または半減期の変化をもたらすアミノ酸を同定するための方法が提供される。この方法は、タンパク質が免疫グロブリン様フォールドを有する場合、例えば、抗体の場合に特に有用である。この方法の使用は、制御可能な安定性を持つ、操作されたタンパク質をもたらす。
【0029】
標的タンパク質分子の安定性を所望のレベルに制御するための方法であって、この方法は、以下の工程を包含する:
(a)ヒト、マウスおよび他の動物由来のタンパク質のアミノ酸配列のデータベースをコンパイルして、アミノ酸のバリエーション(variation)がない位置、高度なアミノ酸バリエーションの位置、および中程度のバリエーションの位置を同定する工程;
(b)標的タンパク質中の選択したアミノ酸残基を、関連するデータベースにおいてその位置で観察される適合性のある(compatible)アミノ酸で置き換えて、置換タンパク質分子を得る工程;
(c)置換タンパク質分子の安定性および機能を決定する工程;
(d)置換タンパク質分子の安定性を標的タンパク質分子と比較して、安定性が制御されるかどうか、そして、その機能にネガティブな結果がないかどうかを決定する工程;
(e)所望のレベルの安定性が達成されるまで、工程(a)〜(d)を繰り返す工程。
【0030】
標的タンパク質分子は抗体であり得る。標的抗体分子の安定性を所望のレベルに制御する方法であって、この方法は、以下の工程を包含する:
(a)ヒト、マウスおよび他の動物由来の抗体の可変ドメインのアミノ酸配列のデータベースをコンパイルする工程;
(b)特定の位置に、ある種の(certain)アミノ酸がないこと、または、ほぼないこと(1%未満)が、機能的な可変ドメインの生成との非両立性に起因すること、そして、その位置におけるこのようなアミノ酸の存在が、進化的選択または免疫系の品質制御プロセスによって排除されているということを仮定する工程;
(c)標的抗体分子中の選択したアミノ酸残基を、関連するデータベースにおいてその位置で観察される適合性のあるアミノ酸で置き換えて、置換抗体分子を得る工程;
(d)置換抗体分子の安定性および機能を決定する工程;
(e)置換抗体分子の安定性を標的抗体分子と比較して、安定性が制御されるかどうか、そして、その機能にネガティブな結果がないかどうかを決定する工程;
(f)所望のレベルの安定性が達成されるまで、工程(a)〜(e)を繰り返す工程。
【0031】
制御には、機能を保存しながら安定性を高めることが含まれる。置き換えられるアミノ酸は、抗体の可変鎖内に存在し得る。アミノ酸の置き換えは、部位特異的突然変異誘発によってなされ得る。タンパク質は、細菌細胞、酵母細胞、植物細胞または動物細胞中で生成され得る。高められた安定性は、タンパク質の治療、診断および他の使用を促進し得る。
【0032】
安定性は、熱力学平衡の点で、または、高温、pHの変動もしくは他の変化への耐性によって測定され得る。用語「安定性」は、温度、pHおよびイオン強度のような環境因子の変化に応じて、タンパク質がその本来備わっている高次構造および機能を維持する能力をいう。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】図1は、安定性および親和性の関数としての抗体の有用性を示す。ΔGは、折り畳みの際の自由エネルギーの変化である;Kは、抗体とその同系抗原との間の相互作用についての親和性定数である;「有用」は、治療および診断の用途において、製造、調合、保存等における使用のために十分な親和性および安定性を有することを意味する。
【図2】図2は、ヒトκ−4アミロイド軽鎖のマルチプルアラインメント(登場順に、それぞれ、配列番号60〜64)と、アミノ酸の置き換えによる安定性の改善を示す。
【図3】図3は、アミロイド軽鎖の熱力学的安定性の上首尾の増加を示す。軽鎖可変ドメインの折り畳まれていない形態の割合が、折り畳まれた際に、通常は隠されているトリプトファン残基が、溶媒中の水分子と接触することを可能にした場合に生じる蛍光の増加によって観察された。可変ドメインの「超安定」形態の改善された頑健性は、アミロイドを形成する軽鎖可変ドメインに対応する「不安定な」改変体と比較した場合に、本来備わっている形態の、折り畳まれていない形態に対する比率において、10億倍の改善をもたらす。
【図4】図4は、タンパク質の疎水性コアへの接近がアンフォールディング(unfolding)によって可能となったときの、付加された色素の増強された蛍光によって測定した、アミロイド軽鎖の熱的安定性の増加を示す。ずっと左まで延びた曲線は、アミロイド軽鎖に対応する不安定な可変ドメインによって得られたものである;理解されるように、アンフォールディングは、35℃より低い温度で起こり、このタンパク質が生理学的な体温において不安定であったことを示す。これに対し、ずっと右に延びた曲線は、70℃(約160°F)の温度に達するまで、実質的に生理学的な温度を超過した状態で、識別可能なアンフォールディングを示さない。対照(非病的)タンパク質改変体(黒丸および白三角)は、およそ47℃(117°F)でアンフォールディングを示したが、これもまた、生理学的に得られる温度を著しく上回る温度である。他の曲線は、アミロイド原性(amyloidogenic)κ−4軽鎖で見られる1以上のアミノ酸のバリエーションを組み込んだ可変ドメイン構築物を表す。
【図5】図5は、抗体の熱的安定性(T)と熱力学的安定性(C)との間の相関関係を示す。
【図6】図6は、抗ラミニン抗体の安定性の増大が、必ずしも、ラミニンに対する結合の顕著な減少によって達成されないことを示す。曲線は、Biacore機器のセンサに対する、3つの改変体抗ラミニンscFv構築物の結合を表す。ラミニンがセンサに吸着された;0秒時点で抗体構築物が添加された。応答の増大は、ラミニンに対する抗体の結合を示す。理解されるように、最初の応答は、3つすべての抗体について同一であった;野生型、15−9;55位のグルタミンがアラニンによって置き換えられた変異体(Q55A)、そして、70位のアスパラギン酸がアスパラギンによって置き換えられた変異体(D70N)。75秒に、過剰のバッファーが添加された;応答単位の減少は、ラミニン−抗体複合体の解離に対応する。観察されるように、D70N変異体は、元の抗体について観察されたものと同じ解離速度を示す。Q55A変異体は、同じか、または、わずかに遅い解離速度を示す。抗体の親和性定数は、解離速度に対する結合速度の比によって決定される。それゆえ、2つの安定化された変異体の親和性は、少なくとも、元の抗体の親和性と同等である。
【図7】図7は、熱的安定性および熱力学的安定性の増大が、プロテアーゼに対する抵抗性を高めることを実証する。レーン1=分子量標準、レーン2=VH2野生型、レーン3=VH2−6、レーン4=VH2−15。
【図8】図8は、クプレドキシン(cupredoxin)(Azurin)と、抗体可変ドメイン(VL)との間の構造の類似性を示す。
【図9】図9は、6つのクプレドキシン(セルロプラスミン)ドメインと、C末端の2つのラクトアドヘリン様ドメインから構成される第VIII因子の構造を図示する。中央領域は特徴づけされていない。
【発明を実施するための形態】
【0034】
(詳細な説明)
一般にはタンパク質の、そして、具体的には抗体様の構造を有する(例えば、「免疫グロブリン様」フォールドを有する)タンパク質の安定性を制御するための方法が記載される。安定性の制御は、同じ機能を有するタンパク質の多様な用途を促進する。例えば、長い半減期は、治療用抗体には望ましいが、放射線治療または画像診断のような特定の用途にはより短い半減期が望ましい。本明細書中に記載される方法および組成物の一局面は、本発明の結果として、1つの抗体から多種多様な製品が出現し得ることである。非常に短い半減期は、特定の場合、例えば、凝固能力の適度に速い回復を可能にしつつ、緊急時の血液凝固を防ぐために望ましくあり得る。
【0035】
安定性が増大した抗体の使用には、多数の利点がある。高度に安定な抗体は、凝集物をほとんど生じず、分解および沈殿する傾向が少なく、収率の増加、したがって、生産コストの低下につながる。安定な抗体はまた、液体処方物(formulation)を可能にし、したがって、凍結乾燥を回避する。液体処方物は、投与が容易であり、製造にあまり費用がかからないので、凍結乾燥処方物よりも好ましい。しかしながら、現在市販される抗体のおよそ半分は、液体形態で処方されるには十分安定でないので、凍結乾燥形態で提供される。凍結乾燥は、抗体を多様な程度に変性させ得る。さらに、凍結乾燥した抗体の再構成の際には、凝集および沈殿の結果として多様な程度の損失がある。増大した安定性は、より長い貯蔵寿命と、より長い血清半減期を与えることが期待され、この後者は、減少した投薬量と、より低い頻度の投与とを可能にする。このことは、続いて、低減された副作用をもたらすだけでなく、処置のコストも低下させる。さらに、安定化された抗体は、かなり高い温度にも耐えることができ、それゆえ、周囲の温度が高い可能性がある現場での用途(化学物質、爆薬および感染性因子を検出するためのセンサなど)に適している。
【0036】
本明細書中に記載される方法は、同じ抗体から多様な用途のための多種多様な製品を作製するために、抗体の安定性を細かく調整することを可能にする(表6を参照のこと)。例えば、大半の治療用途は、中程度の半減期の抗体を必要とする。一方で、画像診断、放射線治療、および、体内から迅速に排除される抗体を使用することが望ましい特定の短期間の治療などの用途には、短い半減期を有する抗体が好ましい。一方で、診断およびバイオセンサの用途は、著しくより高い安定性を有する抗体を必要とする。それゆえ、ひとたび高い親和性の抗体が同定および特徴付けられると、本明細書中に記載される方法は、多様な用途に適した、安定性のレベルのみが異なる同じ抗体の多種多様な形態を誘導するために使用され得る。
【0037】
タンパク質の折り畳み(3次元構造)の同定は、その二次構造要素の3D組織化を明らかにする情報を提供するが、必ずしも、最終的にはタンパク質の特性を説明するために必要とされ得る三次構造の全体的な詳細な説明は提供しない。それにもかかわらず、新規タンパク質の一次構造から、そのタンパク質が公知の構造および機能の他のタンパク質と折り畳みを共有していると認識することは、タンパク質パートナーとの相互作用および小さな分子リガンドの結合を含む機能の構造的決定要素として同定された特定のアミノ酸についての配列の詳細な説明を可能にする。それゆえ、このような認識が、機能を定義するための仮説に直接つながり得るという点で、配列から折り畳みを認識する能力における改善から直接的な利益が存在する。多くの抗体可変ドメインの3次元構造が公知であり、アミノ酸置き換えの候補を作製するための追加の手引きを提供する。任意の他のタンパク質ファミリーよりも多くの一次構造のデータが、軽鎖および重鎖可変ドメインについて利用可能である。これは、抗体生成細胞のがん(骨髄腫)を有する患者によって生成され、かつその病理学的特性が安定性と相関している可変ドメインのアミノ酸配列からなるデータベースの存在に起因するものである。1つの抗体についての安定化プロセスの間に実験的に特徴付けられたアミノ酸の変化はすべて、その後のすべての抗体の安定化に対して、多様な程度に寄与する。これは、このタイプの分子がそうでなければならないように、このタイプの分子がすべてペプチドの名簿(roster)に沿って全く同じ位置にある特定のアミノ酸残基を有し、その結果、すべてのVLが、同じ種内のすべてのVHと共に組み合わされ(assemble)得ることに起因する。単一の可変ドメイン、FvおよびscFv構築物、Fabのような抗体のフラグメント、ならびに完全抗体(例えば、抗ボツリヌス毒素および抗炭疽芽胞)を含むあらゆる立体配置の抗体が、安定性を向上する方法に適している。
【0038】
用語「抗体」は、本明細書において、最も広い意味で用いられ、具体的には、全長抗体、抗体フラグメント、キメラ抗体、ヒト化抗体およびヒト抗体を包含する。「抗体フラグメント」およびそのあらゆる文法的な変形は、本明細書中で使用される場合、インタクトな抗体のうちの、そのインタクトな抗体の抗原結合部位または可変領域を含む部分として定義され、ここで、この部分は、そのインタクトな抗体のFc領域の定常重鎖ドメイン(すなわち、抗体のアイソタイプに依存して、CH2、CH3およびCH4)を含まない。抗体フラグメントの例としては、Fab、Fab’、Fab’−SH、F(ab’)およびFvフラグメント;ディアボディ(diabody);連続アミノ酸残基の1つの中断のない配列からなる一次構造を有するポリペプチドであるあらゆる抗体フラグメント(本明細書中では「一本鎖抗体フラグメント」または「一本鎖ポリペプチド」と呼ばれ、これには、以下が挙げられるがこれらに限定されない:(1)一本鎖Fv(scFv)分子、(2)1つの軽鎖可変ドメインのみを含む一本鎖ポリペプチド、または、軽鎖可変ドメインの3つのCDRを含むそのフラグメントであって、重鎖部分が会合していないもの、および(3)1つの重鎖可変領域のみを含む一本鎖ポリペプチド、または、重鎖可変領域の3つのCDRを含むそのフラグメントであって、軽鎖部分が会合していないもの);ならびに、抗体フラグメントから形成された多重特異性(multispecific)または多価(multivalent)の構造が挙げられる。
【0039】
タンパク質の折り畳みの安定性は、機能的な折り畳みと、折り畳みの間のエントロピーの変化を維持する、アミノ酸側鎖間の様々な相互作用(例えば、水素結合ならびに静電相互作用、ファンデルワールス相互作用および疎水性相互作用)の総計によって決定される。安定性は、有利な相互作用の数を増やし、そして/または、不利な相互作用を排除することによって改善され得る。このような改善された安定性は、抗体親和性を改善するための、逆構造活性相関法(SAR)と呼ばれ得るものの使用を可能にする。
【0040】
SARアプローチは、製薬業界では一般的な慣例である。代表的には、薬物候補の同定の後に、化学的な特徴が体系的に変えられる。これらのバリエーションのうちのいくつかが、その生理学的標的に対する薬物の結合特性を改善する。次に、これらの化学的変化が、最適化された薬物を作製するために組み合わされる。抗体の結合特性を改善する場合、アミノ酸の変化は、標的分子と接触する可能性のある位置において、1回に1つ引き起こされる。変化は、化学的性質(電荷、疎水性およびサイズ)におけるバリエーションを含む。これらの変化のうちのいくつかは、結合特性を改善し得、そして、抗体構築物の可変ドメインにおいて組み合わされたときに、累積的に結合特性を増強することが予測され得る。これらの変化のうちのいくつかは、安定性を消失させ得るが、多種多様な安定化を行うアミノ酸の変化を組み合わせることによって作製された超安定化出発構築物を使用することにより、この安定性の損失は、部分的に相殺され得る。改善された結合特性を持つ改変体が不十分な安定性を示す場合、さらなる安定化を行うバリエーションが、本明細書中に記載される方法によって導入され得る。
【0041】
抗体の有用性は、特定の抗原に対する親和性と、安定性に依存する。図1に示されるように、より低い親和性および安定性を有する抗体は、一般に、有用でないか、または、有用性が限られる。より高い親和性を有するが、より低い安定性を有する抗体は、その安定性が顕著に改善される場合にのみ実現され得る潜在能力を有する。より高い安定性を有するが、より低い親和性を有する抗体もまた、その親和性が改善される場合にのみ実現され得る潜在能力を有する。最後に、より高い親和性およびより高い安定性を有する抗体は、多くの用途にとって理想的である。親和性を増大させるためには多数の方法が利用可能であるが、安定性を増大させるために使用され得る方法は非常に限定される。安定性を増大するために現在使用される方法の多くは、ランダムで、多大な費用を要し、時間がかかり、かつ、予測不可能である。一方、本明細書中に記載される方法は、体系的であり、安価であり、迅速で、かつ、予測可能である。
【0042】
抗体軽鎖は、がんの多発性骨髄腫および他の状態のように、抗体を生成する細胞が悪性になると、過剰生産される。いくつかの場合、軽鎖は凝集し、死の決定的な原因となり得る。これらの凝集物の一部は、タンパク質によって形成される原線維であるアミロイドと呼ばれる。アミロイド原線維は、他の疾患において見られ、少なくとも20の異なるタンパク質によって生成される。主要な例は、アルツハイマー病で死亡する患者の脳において見られる斑の土台となるアミロイドである。
【0043】
免疫グロブリン軽鎖によるアミロイドの形成は、特有の臨床的な難題をもたらした。異なる患者によって生成される軽鎖が決まって非常に多いアミノ酸バリエーションを示すという事実に起因して、免疫グロブリン生成細胞の癌を有する患者の10 15%における致命的な合併症であるアミロイド形成の「原因」と考えられ得る特定のアミノ酸バリエーションを同定することは不可能であった。ついに、本願の発明者らは、原線維形成の原因が、免疫系による極めて多様な結合特性の基礎となる天然に存在する変異による、積み重なった不安定化作用であったことを実証した。軽鎖を生成する細胞の悪性の結果として軽鎖が過剰生成されない限り、軽鎖の安定性の低下は、生物学的に問題ではない。
【0044】
たとえ、1つの生殖系列遺伝子産物の安定性を改善するアミノ酸の置き換えが、必ずしもすべての生殖系列産物において同じ結果を有するとは限らないとしても、すべてのヒト抗体が有限数の生殖系列遺伝子から構築されるので、あらゆる抗体を顕著に安定化することが必要とされる研究は、オープンエンドのプロジェクト(open ended project)とはならない。結局、新しい抗体を安定化することが必要とされる研究の多くは、それ以前の研究の結果によって大きく左右され、アミノ酸バリエーションの新たなスクリーニングは、比較的ほとんど必要とされない。
【0045】
操作した抗体の融点は、用途の基準である。例えば、65℃の融点(T)は、治療用途のための操作抗体に容認される。しかしながら、診断用途は、65℃〜70℃のT値を有する操作抗体を必要とし、そして、現場で展開される(field−deployed)バイオセンサとしての使用には、80℃程度の高いT値を有する抗体が必要とされる。
【0046】
機能的な抗体の軽鎖および重鎖可変ドメインの融点は、およそ25℃〜70℃の範囲である。抗体を生成するB細胞が、非常に不安定な重鎖可変ドメインを、同じ程度に不安定な軽鎖可変ドメインと組み合わせる場合、おそらく機能的な抗体は生じない。しかしながら、1つのドメインがおよそ50℃〜70℃の範囲の融点を持つ良好な安定性を有する一方で、他のドメインが十分とはいえない安定性;すなわち、25℃と40℃との間の融点を有する抗体を見出すのは珍しいことではない。延長された血清半減期が必須ではないが故に、このような抗体は免疫学的に機能的であり、免疫系は、絶えず、必要に応じた抗体を生成する。しかしながら、ドメインのうちの1つがかなり不安定な抗体は、生産品質、貯蔵寿命および用途の範囲を含む制限に起因して、十分とはいえないバイオテクノロジー上の有用性を有する。
【0047】
その結果、抗体中のドメインについての最適および/または最低限の融点は、治療、診断またはバイオセンサなど、その意図される用途の直接的な関数となる。いくつかの治療上有用な抗体がすでに臨床上使用されており、そして、数百の抗体が薬物開発の進行過程(pipeline)にあるので、極端なレベルの安定性が必要とされないことは明白である。それゆえ、生理学的温度が37℃であることを考慮すると、治療用抗体のドメインの最低限の融点が45℃〜50℃の範囲にあると推定するのは妥当である。上限は60〜80℃の間と推定され得る。バイオセンサにおける多くの潜在的な抗体の用途は、抗体が、かなりの時間にわたって高温に耐えることを必要とする。120°Fの現実に即した温度への曝露は、80℃(176°F)を超える融点を有するドメインから構成される抗体によって耐えられる。十分に制御された臨床研究環境における従来の免疫診断の用途は、治療用抗体の融点範囲に匹敵する融点範囲を必要とする。しかしながら、両方の可変ドメインの融点がおよそ60℃〜80℃の範囲にある抗体は、試薬の冷蔵での輸送および冷蔵での保存を最小限度に抑えられた診断用途の開発を可能にする。上で引用した例の各々において、明記された上限は、上限を超える安定性が有害であると意味することは意図されない。むしろ、上限は、その融点をさらに上げるための追加の実験が、特定の用途にはほとんど利益をもたらさない、安定性のレベルを表している。結果として、所与の抗体の意図される使用は、可変ドメインの最適な安定性、ならびに、特定の融点目標を満たすことに付随する労力/コストを規定する。
【0048】
可変ドメインの融点を上昇させ得る可能性のあるアミノ酸の変化の選択は、標的タンパク質のアミノ酸配列の、そのホモログ(すなわち、可変ドメインが共通の進化上の関係性を有するタンパク質)のアミノ酸配列との比較に基づく。3次元構造が未知のタンパク質の場合、少なくとも25%の配列同一性という要件が、標的タンパク質と、その見かけ上のホモログが同じ構造を有することを実質的に保証する。抗体の可変ドメインの場合、これらのホモログは、同じ基本構造が見られる免疫グロブリンスーパーファミリー内の、他の抗体可変ドメイン、ならびに、T細胞受容体のような多くのタンパク質によって代表される。しかしながら、配列同一性が低いと、特定のアミノ酸の変化による潜在的な安定化の効果が、そのタンパク質内の別の位置における二次的な補足的な変化との関係でのみ認識され得る可能性が増大する。逆に、高い配列同一性(>90%)を有するホモログは、明らかに、ほんの少しの情報の内容にしか相当しない。融点を上昇させる能力についてスクリーニングされるアミノ酸変化の名簿をコンパイルするために使用されるホモログについての好ましい配列同一性の範囲は、40〜90%である。
【0049】
本明細書中に記載される戦略は、「遺伝的」指向型と呼ばれ得、そして、あらゆる従来のアプローチとは異なる。本明細書中に記載される方法は、各位置におけるアミノ酸の可変性を評価するための、分子のホモログのスクリーニングに基づく。ホモログタンパク質は、その最初の進化上の分岐以降に生じてきた保存的アミノ酸置換によって関連付けられる。あるアミノ酸側鎖の、同じ物理化学的なグループ内の別のアミノ酸側鎖に代えての置き換えが、保存的置換である。ホモログポリペプチド内の各位置で観察されるアミノ酸は、3次元構造と適合性のあるアミノ酸を代表する。ホモログ(すなわち、同じ進化上の前駆物質から進化し、そしておそらくは類似の3次元構造を共有するタンパク質)の認識の基準としては、保存的なアラインメント(すなわち、配列内の挿入または欠失の最低限の使用)における、アミノ酸についての統計的に有意な割合が同一であることが挙げられる。遠いホモログは必ずしも類似の3D構造を有さないが、少なくとも25%の配列同一性を有するホモログとの比較という制限は、対応する位置のアミノ酸が類似の構造的役割を果たす可能性を高める。
【0050】
多くのホモログ(共通の進化上の前駆物質を持つタンパク質)は、統計的に有意な配列同一性を有さない。25%の同一性というカットオフを使用すると、2つの配列が、安定性を向上もしくは減損し得るアミノ酸のバリエーションにも関わらず同じ折り畳みを有するタンパク質をコードするという確実性を与える。全体的な配列同一性よりも重要なのは、特定のアミノ酸変化が観察される頻度である。例えば、配列の80%が位置Nにアルギニンを有し、そして、一例のSerが存在する場合、おそらく、本質的には、Serの出現が偶然の突然変異または配列決定時の誤りに起因するものと考えて、Serは無視し、わざわざそれをArgの代わりに置き換えた結果をスクリーニングしないのが合理的である。しかしながら、配列の15%がSerを有する場合、その置換の結果をスクリーニングすることが有用であろう。
【0051】
あらゆる既知の進化上許容されるアミノ酸の置き換えのリストの作成は、根源となる19の代替物と比較してスクリーニングされるべきアミノ酸のバリエーションの数をかなり減らす。しかしながら、データベース内に見られるバリエーションの総数は多大であり得る。実際、観察されるバリエーションの数が多ければ多いほど、アミノ酸の変化の物理化学的結果をスクリーニングするための潜在的な実験作業はより多量となるが、タンパク質の安定性を首尾よく制御する可能性はより高くなる。類似した環境の生態的地位の生物から、または、似た生理学的体温の動物から得られたホモログは、平均して、同等の熱的安定性を示す。このように、アミノ酸変化のうちいくつかは、物理化学的な影響をほとんど示さない可能性がある。しかしながら、不安定化にするアミノ酸変化が存在する配列では、必然的に、代償するための1以上の安定化する変化が存在する。進化の間、安定化する変化または不安定化する変化は、いずれかの順序で(in either order)生じ得るが、重度の不安定化する変化は、おそらく、そのタンパク質の偶発的な過剰安定改変体においてのみ首尾よく起こり得る。
【0052】
アミノ酸のバリエーションのスクリーニングは、安定性の目標を達成するために必要とされる、ケースバイケースで変わり得る実験作業を最低限にするために優先順位を決定され、そして、実験的に評価される。用途に依存して、最初の安定性は、向上、低減、または、他の方法で改変される必要があり得る。例えば、将来、現場展開可能な(field−deployable)バイオセンサで使用される予定の抗体の熱的安定性は、治療用抗体に必要とされるよりも顕著により高いことが要求される。優先順位の決定は、ポリペプチド鎖内の各位置におけるアミノ酸のバリエーションの数に基づく。明白な優先順位の決定の有効性は、そのタンパク質配列データベース内に、そのタンパク質構造についての進化の結果の代表的なサンプリングを提供するために十分な数のホモログが存在することに依存する(すなわち、1000のオーダーで)。データベースは、最も大量にサンプリングしたタンパク質ファミリーを代表する抗体可変ドメインについて>100,000のアミノ酸配列を含む。
【0053】
アミノ酸の変化による結果の実験的評価の優先順位は、(a)各位置で見られるバリエーションの量、および(b)その位置の構造的な場所;すなわち、そのアミノ酸の変化が機能に干渉する可能性、そして、治療用抗体の場合には免疫原性に基づく。
【0054】
多様性が認められない位置では、スクリーニングにおいて突然変異は加えない。多様性が認められないということは、その位置についての重要な構造または機能的役割を暗示しており、そして、置き換えの増強を見つける可能性が低いが、不可能ではないと考えられる。しかしながら、タンパク質配列データベースは、アミノ酸の置き換えの選択について手引きを提供しておらず;ランダムなスクリーニングは、安定化のための発明者らの戦略には含まれない。
【0055】
バリエーションが見出された位置におけるアミノ酸の変化のスクリーニングは、観察された異なるアミノ酸の数によって優先順位が決定される。部位特異的突然変異によるアミノ酸の変化は、最も高い優先順位を与えられた、より少数のバリエーションを有する位置に基づいて体系的に割り当てられる。例えば、スクリーニングの最初のラウンドは、実験容量(experimental capacity)が満たされるまで、タンパク質内のある位置に2、3またはそれを超える代替的なアミノ酸を有する部位から作成されたリストを用いて行われる。「実験容量」は、単一の技術者が手動で作業する場合には20の突然変異であり得るが、突然変異がロボティクスにより行われる場合には、96の倍数であり得る。観察されたアミノ酸の変動のうちの最も多い数を有する位置は、バリエーションの寛容性が高い位置であり、そして、安定化するバリエーションまたは不安定化するバリエーションを見出す可能性は、選択肢の数が増えるにつれて減少するものと考えられる。バリエーションが多い部位(>10の異なるアミノ酸)では、構造的に不適切な可能性が高いアミノ酸変化(すなわち、タンパク質の疎水性コアへの荷電残基の導入、または、外部への疎水性残基の導入)に対してより低い優先順位が与えられる。一般に、タンパク質内部の疎水性置換は、超可変の位置においてより高い優先順位が与えられる。
【0056】
単一部位突然変異スクリーニングにおいて安定性を変化させるものとして同定されるアミノ酸のバリエーションは、累積的な安定性の変化を達成するため、単一のタンパク質において組み合わされる。タンパク質上の機能的な部位が関与するアミノ酸の変化は使用されない。構造特性における無関係な変更が関与するアミノ酸の変化は、累積的である可能性が高く;同じ原子に対して水素結合を形成する2つの側鎖のような、競合的な相互作用を導入するアミノ酸の変化は、完全に累積的である見込みはない。
【0057】
本明細書中に記載される方法は、適時で、費用効果的で、かつ、予測可能な様式で、抗体を安定化する。この方法は、あらゆる抗体の安定化に適しており、そして、一般に、必要な遺伝的情報を入手してから、約3ヶ月以内にまたはそれ以前に完遂され得る。この期間は、増強するアミノ酸置換のデータベースが大きくなるにつれ、体系的に減少する。
【0058】
ある実施形態では、記載される方法によって操作されたタンパク質の安定性は、その元の相対物と比較して、安定性の2,000倍の増加をもたらした。
【0059】
別の例では、癌である多発性骨髄腫の致命的な合併症、ヒト抗体軽鎖によるアミロイドフィブリル形成の構造的な基礎が同定された。ヒト軽鎖可変ドメインは、7つの安定化アミノ酸置換の組み合わせによって操作された。この構築物は、折り畳まれていない状態に比した通常の構造の改善された割合という点で、元の可変ドメインを1,000,000倍を上回って安定であった。
【0060】
安定性の首尾よい制御の例としては、以下が挙げられる:抗ラミニン抗体:ラミニンに対するその結合能を損ねることなく、安定性が1000倍改善;抗ボツリヌス神経毒(BoNT)および抗炭疽菌芽胞抗体:軽鎖は非常に不安定であった;Tを50℃まで増大させることに成功した;抗BoNT抗体における安定化アミノ酸変化の組み合わせは、65℃のTをもたらした。
【0061】
(方法)
タンパク質間でアミノ酸配列の類似性を評価するために開発された、FASTA[LipmanおよびPearson(1988)Improved tools for biological sequence comparison.Proc.Natl.Acad.Sci.USA 85:2444]、BLASTまたはPsi−BLAST[Altschul S.F.,Madden T.L.,Schaffer(Altschul et al,1990)A.A,Zhang J.,Zhang Z.,Miller W.,およびLipman D.J.(1997)Gapped BLAST and PSI−BLAST:a new generation of protein database search programs.Nucl.Acids Res.25:3389−3402]のような標準的なアルゴリズムを用いて、見込みのあるホモログの複合配列アラインメントがまとめられる。表3は一例を示す。BLASTと比較して、Psi−BLASTは、検索がより遠い進化上の関係性まで拡張することを可能にする。ホモログは、共通の進化の系統(descent)を有するタンパク質である。アラインメントは、そのタンパク質の既知の3次元構造と一致する位置との整合性(compliance)を保証するように、(アミノ酸鎖長の差を代償する)挿入および欠失の配置について最適化される。この情報は、これまでの段落において引用されたアルゴリズムによっては使用されない。
【0062】
関心のあるタンパク質の3次元構造が既知であるか、または、そのホモログのタンパク質の構造が既知である場合、折り畳まれたタンパク質のコアに荷電したアミノ酸を導入するか、または、その外部に疎水性アミノ酸を導入する、アミノ酸の変化は排除される。
【0063】
アミノ酸の変化は体系的に優先順位が決定され、選択肢が最小の位置から出発して、タンパク質内部のアミノ酸変化により高い優先順位を置く。多数の既存の抗体の構造が、内部および外部のアミノ酸の同定のための徹底的な手引きを提供する。一般に、抗体の軽鎖および重鎖可変ドメインにおいて見られるおよそ120のアミノ酸位置の約半分のみが、アミノ酸置換のための優先順位が高い位置を表す。
【0064】
タンパク質工学(protein engineering)の十分に確立された標準的な技術[Raffen R.,Dieckman L.J.,Szpunar M.,Wunschl C.Pokkuluri P.R.Dave P.Wilkins−Stevens P,Cai X.,Schiffer M,およびStevens F.J.(1999)Physicochemical consequences of amino acid variations that contribute to fibril formation by immunoglobulin light chains.Protein Sci.8:509−517]を用いて、アミノ酸の交換を組み込んだ部位特異的改変体が作製される。
【0065】
元の(標的)配列および単一のアミノ酸変化が組み込まれた改変体に対応するタンパク質をコードする遺伝子が、クローニングされ、そして、発現させられた。その発現収量(タンパク質産生レベル)が元のタンパク質で見られるものよりも少なかった改変体は除かれた。なぜなら、これらの改変体は不安定化されている可能性があるからである。タンパク質の収量レベルが元のタンパク質で観察されるものと匹敵するか、またはそれよりも良い改変体タンパク質構築物が精製された。
【0066】
元のタンパク質と改変体の安定性が定量化された。安定性は、熱力学平衡の点で、または、高温、pHの変動もしくは他の変化(challenge)への耐性によって測定され得る。用語「安定性」は、温度、pHおよびイオン強度のような環境因子の変化に応じて、タンパク質がその本来備わっている高次構造および機能を維持する能力をいう。しかしながら、2つのタンパク質は、類似の熱力学的安定性(折り畳まれていないタンパク質に対する、適切に折り畳まれたタンパク質の割合)を有するが、例えば、温度およびpHに対するその応答は異なる場合があることに留意することが重要である。
【0067】
いくつかのアミノ酸の変化は、タンパク質の機能に対してネガティブな結果を有し得る。このような改変体はさらには検討されない。同じドメインにおいて機能的な結果を伴うことなく安定性を改善するアミノ酸のバリエーションが組み合わされる。
【0068】
安定化するバリエーションは、(a)適切な方法によって決定された所望のレベルの安定化が達成される(すなわち、熱力学的安定性について、化学変性剤中で折り畳まれないこと、熱的安定性について、高温に対する曝露の関数として折り畳まれないこと、pHの変化の際の機能または折り畳みの保存など)か、あるいは、(b)同定されたバリエーションのプールが、安定化目標(タンパク質の最終的な用途によって決定されるもの)に到達することなく使い果たされるまで、繰り返し組み合わされた。安定化の所望されるレベルはケースバイケースで変わる。例えば、治療用途で使用される予定の抗体は、65℃の軽鎖および重鎖の融点を有することが最適であり得る。空港またはオフィスビルのような快適な環境で使用される予定の抗体ベースのバイオセンサは、75℃の融点で適切に作動し得るが、より厳しい現場の状況下で作動する予定のバイオセンサは、少なくとも85℃の融点を有する抗体を必要とし得る。
【0069】
安定化目標が達成されなかった場合、工程は反復される。
【0070】
安定化された抗体は、所定の設計細目を満たす親和性および速動性の特性を保証するために試験される。体系的なアミノ酸の変化は、親和性、速動性(kinetic)および特異性を改善する置き換えを同定するために使用され得る。
【0071】
(バイオセンサの開発)
抗体は、免疫診断産業において広く使用される。しかしながら、各診断試験は、臨床研究室における別個の分析の実行を必要とする。使用されるプロトコールには甚だしいバリエーションが存在する。緊急の懸念が、バイオテロリズムおよび生物兵器の脅威に対処するための、抗体の使用に対して、新たな課題を提起している。この状況において、脅威の本質は、既知の先験的観念(a priori)ではなく、炭疽菌、ボツリヌス毒素、リシン、エボラウイルス、ならびに、単独で、そして組み合わせて使用され得るいくつかの他の因子が挙げられ得る。臨床研究室に戻ってではなく、懸念がある場所で、これら全ての因子を同時に試験するための手段に対する必要性が存在する。
【0072】
今日までに、3つの技術的欠陥が現場展開可能で複合的な抗体ベースのセンサを実行できないものとしている:(1)低い安定性が、抗体によって許容される温度のストレスを制限しており、(2)機能的な不均質性が、多くのアッセイのプロトコールを両立しないものにしており、そして(3)不可欠なコントロールタンパク質が、捕捉抗体と同じ安定性の問題を抱えている。
【0073】
これらの3つの欠陥は、本明細書中に記載される方法の応用によって修正可能である。なぜなら:(1)安定化は、研究室以外での抗体の用途を可能にし、(2)過剰安定化は、適切な安定性を保ちつつ結合特性を改善するような接触残基の改変を可能にし、そして(3)抗イディオタイプscFv構築物の安定化がコントロールを提供する、からである。
【0074】
要するに、抗体の安定化能は、免疫診断および免疫治療のための従来の用途に対して直接的に関係性があるだけでなく、新たな機会を生み出す。これらの機会としては、バイオセンサの開発が挙げられるがこれに限定はされない。
【実施例】
【0075】
(実施例1)
図2は、多様な骨髄腫患者からのアミロイド軽鎖(ヒトκ−4)配列の複合アラインメントの一例を示す。上の配列は、このタンパク質に起因する臨床上の問題を経験しなかった骨髄腫患者によって産生されたアミロイド軽鎖の配列である。便宜上、これは、「ネイティブ(native)」なタンパク質と考えられ、それゆえ、正常な安定性のベースラインを提供する。他の4つの配列(正常なタンパク質の配列からの差異のみが列挙される)は、正常なタンパク質と同じ生殖系列遺伝子によってコードされる、異なる骨髄腫患者によって産生された4つのアミロイド形成κ−4軽鎖の配列である。別々に考えると、これらの配列は全て、顕著に低下した安定性を有する。しかしながら、これらは全て安定性を改善したいくつかのバリエーションを組み込んでおり、そして、これらのバリエーションは、下線によって示される。これらの変化を7つ組み合わせた場合、結果は、正常のものより約1,000,000倍高い熱力学的安定性を有したκ−4鎖であり、これは最も安定性が低いアミロイド軽鎖より1,000,000,000倍高かった(図3)。熱力学的安定性は、所与の温度においてそのタンパク質の本来備わっている(native)形態と折り畳まれていない形態との間の平衡をいう。
【0076】
変異体のパネルをまた、高温に対するタンパク質の耐久性を示す熱的安定性の決定に供した。熱的安定性は、半分の分子が変性される温度として定義される、「融点」(Tm)を測定することによって決定する。ネイティブなタンパク質および変異体の熱変性曲線は、変異体構築物のいくつかが、ネイティブなタンパク質よりも熱変性に対してより抵抗性であることを示す(図4)。Raffenら(1999)においてLen(患者の姓の省略形)と称される「ネイティブ」なタンパク質は、臨床上の合併症を有さない患者によって、大量に産生された。すなわち、このタンパク質は、病変の起源の実験的研究のための極めて適したコントロールである。図5に示されるように、安定性の2つの基準(Tm値によって表される熱的安定性と、C値によって表される熱力学的安定性)の間には良好な相関性が存在するが、予想されたとおり、エンタルピーおよびエントロピーの影響に対して、種々のアミノ酸が様々に寄与することから、この相関性は絶対的なものではない。
【0077】
(実施例2)
表1に示されるように、ヒトκ−1抗体軽鎖可変ドメインの安定性の変化における変化をスクリーニングするために、11のアミノ酸変化が提唱された。これらの変化のうち4つは、安定性を増大することが分かった(太字で強調される)。この4つのアミノ酸変化は、タンパク質の構造内に分散しており;したがって、安定性の変化は、単一のドメイン内で組み合わされた場合に相加的となることが予測された。
【0078】
13位におけるバリンによるアラニンの置き換え、47位におけるイソロイシンによるロイシンの置き換え、73位におけるロイシンによるフェニルアラニンの置き換え、そして、78位におけるバリンによるロイシンの置き換えは、この予測を確認し、タンパク質の熱力学的安定性における2000倍の改善をもたらした。改変された可変ドメインは、50%が折り畳まれていない状態を達成するために、約1モルの上昇した変性濃度を必要とし、これは、−5.0kcal/モルの折り畳みの自由エネルギー変化に相当する増大した安定性を示す。元のドメインの熱力学的平衡定数は、6×10であった;すなわち、タンパク質の折り畳まれていない形態に対する正確に折り畳まれた形態の割合が6×10であった。この4つのアミノ酸変化を組み込んだ改変体においては、この割合は1.5×10まで増大し、これは、予測された2000倍の増加に相当する。これらの結果は、熱力学的安定性が、単一部位の突然変異誘発による安定化として同定されたアミノ酸変化を組み合わせることによって、体系的に改善され得ることを示す。安定性を低下させたアミノ酸の置き換えもまた有益である。なぜなら、これらは、他の抗体の可変ドメインにおけるアミノ酸を不安定化させることを示し得るからである。上記実験は、6週間で完了した。
【0079】
(実施例3)
抗体は、機能を損なうことなく安定化されなければならない。このことを検討するために、2つの抗ラミニンscFv構築物を、多様なアミノ酸の置き換えを用いて改変し、そして、安定性の1000倍の改善を達成した。安定化する変異を、単一のドメインにおいて組み合わせ、元の抗ラミニン構築物で得られたものと比較して、およそ10倍の収量の増加をもたらした。ラミニンに対する変異体の結合を、Biacore機器を用いてモニターした。図6に示されるように、ネイティブなタンパク質と変異体との間には、ラミニンに対する結合に顕著な差はなかった。このことは、改善された安定性が、性能を犠牲にすることなく達成され得ることを示す。関心のある標的について、アミノ酸置換の代替的な選択、そして/または、一より多くの有用な抗体/scFvが利用できることで、この出現(occurrence)を最小限度に抑える。
【0080】
(実施例4)
抗体の治療用途について、タンパク質が体内で生き延びる能力は、臨床上の有効性と直接的な関係性を有する。ヒトの血清は、他のタンパク質を分解させる酵素であるプロテアーゼを含む。折り畳まれていないタンパク質は、プロテアーゼに対してより攻撃を受けやすい部位を露出し、そして、より迅速に破壊される。改善された熱的安定性および熱力学的安定性は、図7に示されるように、プロテアーゼに対する抵抗性を増強する。
左から右に、分子量標準物質、1:20の酵素対タンパク質の比でトリプシンと共にインキュベーションした後の、野生型重鎖可変ドメイン(VH2−wt)、単一のアミノ酸変化によって不安定化されたドメイン(VH2−6)、そして、単一のアミノ酸変化によって安定化されたドメイン(VH2−15)が示される。示されるように、野生型形態は、かなり多くの断片(下側のバンド)の生成を明らかにする。不安定化された形態は、完全に、より小さい断片へと変換されるが、安定化された改変体は、断片化をほとんど示さない。
【0081】
(実施例5)
表2は、本明細書中に記載される方法による安定化についての候補の抗体の数個の例を提供する。これらの例は、タンパク質の構造データベースから取得したもので、潜在的な治療および診断の用途の抗体を含む。潜在的な商業上の重要性を有する、多数のさらなる抗体の候補は、特許権を認められたタンパク質配列のデータベースにおいて見出され得る。
【0082】
(実施例6)
免疫グロブリン様の構造を有する多くのタンパク質が、治療上関連性があり、そして、安定性の向上の候補である。例えば、タンパク質である第VIII因子は、血液凝固経路の主要な成分である。多数の変異または多型によるアミノ酸のバリエーションが、血友病を生じる。結果として、第VIII因子またはその誘導体の製造は、主要な製薬における成果である。なぜなら、血友病患者は、継続的に(on an on−going basis)第VIII因子の補充を必要としているからである。このタンパク質の構造の研究は、この分子の機能的に重要な部分が、タンパク質であるクプレドキシンおよびラクトアドヘリンに関連するドメインから構成されることを明らかにした(図8)。クプレドキシンおよびラクトアドヘリンのドメインはまた、免疫グロブリンに対して進化上の関係性を有し得る。抗体の可変ドメインの安定性が改善され得る容易さ(facility)との類似性によって、第VIII因子のA1、A2、A3、C1およびC2ドメインは、顕著な安定性向上に適切である(図9)。
【0083】
ヒト凝固タンパク質第VIII因子(gi|182803)の8つの免疫グロブリン様ドメインの安定化のための候補アミノ酸変化を以下に記載する(表3)。アミノ酸配列は、存在する2つのクプレドキシンドメインの各々を示すためにドメインA1、A2およびA3が細分(例えば、A1aおよびA1b)されていることを除いて、第VIII因子についての従来の呼称に基づいて提示される。各表の一番上の列は、ヒト第VIII因子において見られるドメインのアミノ酸配列を提供する。その下には、約50%の配列同一性の近似カットオフによって制限された、およそ35の他の種によって産生された少なくとも1つのホモログにおいて観察される代替的なアミノ酸をまとめる。いくつかの場合、ヒトタンパク質において見られるアミノ酸は、最も一般的なものではなかった。同一性の基準を下げることによって、さらなる候補の変化が獲得され得る。
【0084】
以前は、全てのタンパク質安定化プロジェクトが、高リスクで、潜在的に長期間にわたり、費用のかかる、成功の保証のない仕事と考えられた。実験上の戦略は、通常、「推測と確認(guess−and−check)」であった。最新の結果は、少なくともタンパク質のいくつかのクラスが、安定性を改善するために効率的に改変され得ることを示唆している。
【0085】
(材料および方法)
(scFV)
Bot1またはAnx1 scFVをコードする合成DNAを、Blue Heron Biotechnologyから入手した。このコーディング配列を、E.coliにおける発現のために最適化し、そして、発現ベクターpET22b内へのサブクローニングのために末端の制限酵素認識部位(restriction site)を含ませた。各scFV由来の個々のVHおよびVLドメインをまた、E.coli発現ベクターpASK40の改変バージョン内へのサブクローニングのための制限酵素認識部位を含むプライマーを用いて、PCRによって増幅させた[Skerra A.,Pfitzinger I.およびPluckthun A.(1991)The functional expression of antibody Fv fragments in Escherichia coli:improved vectors and a generally applicable purification technique.Biotechnology(NY)9:273−8]。pASK40への改変は、(サブクローニングを補助するための)制限酵素認識部位の追加、そして、(固定化された金属アフィニティークロマトグラフィーによる精製のための)pASK40ベクターへの6つのC末端ヒスチジン残基をコードする残基の追加を含んだ。
【0086】
(熱変性によるVLおよびVHの安定性の分析)
VLおよびVHドメインの相対的な安定性を、タンパク質色素SYPRO Orange[Niesen F.H.,Berglund H.およびVedadi M.(2007)The use of differential scanning fluorimetry to detect ligand interactions that promote protein stability.Nat Protoc 2:2212−21]の存在下でのタンパク質の熱変性により分析した。簡単に述べると、PBS中10〜20μMタンパク質サンプルであり、かつ5×SYPRO Orangeを含む40μlを、492nmの励起および580nmの発光を有する、MX4000 qPCRシステム(Stratagene)において、1℃の増分で、25℃から90℃まで加熱した。タンパク質が折り畳まれていないことは、色素SYPRO Orangeが変性したタンパク質に結合した際の蛍光の増加として検出した。遷移中間点は、プログラムPrism 4(GraphPad Software)(Altschul,et al.,1997)を用いて、ボルツマン方程式に対するデータの非線形最小二乗曲線のあてはめによって決定した。
【0087】
(部位特異的突然変異誘発)
Raffenら(1999)に記載されるこの技術を用いて、タンパク質内の個々のアミノ酸置換の結果を検討した。
【0088】
(データベースの検索)
NCBIのウェブサイト(www.ncbi.nlm.nih.gov)(Altschul,1997)を介した全ての配列検索にPsi−BLASTを用いた。アラインメントおよび記述(description)の数を5000に設定した以外は、デフォルトのパラメータを使用した。配列の同一性の程度および期待値は、有効なアラインメントのパラメータとして使用しなかった;推定のマッチングに対する、問合せ配列の50%を上回るアラインメントを必要とした。Psi−BLASTの繰り返しは、収束、すなわち、最も高いスコアのマッチングの配列同一性の程度が25%を下回るまで続けた。アラインメントは、多重アラインメントのコンセンサス(consensus)によって示唆されるとおりに行った小さな修正を除いて、Psi−BLASTによって提供されるとおりに使用した。Psi−BLASTによって可能性のあるホモログとして同定された配列のアラインメントをまた、Profile Multile Alignment with predicated Local Structure(PROMALS)[Pei J.およびGrishin N.V.(2007).PROMALS:towards accurate multiple sequence alignments of distantly related proteins.Bioinformatics 23:802−808]によっても整列させた。このPROMALSはまた、二次構造予測からの情報および隠れマルコフモデルも含む。PROMALSシステムは、本質的に、低レベルの同一性を持つ配列のアラインメントを容易にするために、二次構造予測およびプロファイル対プロファイルの隠れマルコフモデルアプローチを用いる。
【0089】
本明細書中に引用された、刊行物、特許出願および特許を含む全ての参考文献は、各々の参考文献が、個々に、かつ、具体的に、参考として援用されるように示されるのと同じ程度に、本明細書中で使用される材料および方法について、本明細書により参考として援用される。
【0090】
【表1】

【0091】
【表2】

【0092】
【表3A】

【0093】
【表3B】

【0094】
【表3C】

【0095】
【表3D】

【0096】
【表3E】

【0097】
【表3F】

【0098】
【表3G】

【0099】
【表3H】

【0100】
【表4】

【0101】
【表5】

【0102】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的タンパク質分子の安定性を所望のレベルに制御するための方法であって、該方法は、以下:
(a)ヒト、マウスおよび他の動物由来の該タンパク質のアミノ酸配列のデータベースをコンパイルして、アミノ酸のバリエーションがない位置、高度なアミノ酸バリエーションの位置、および中程度のバリエーションの位置を同定する工程;
(b)該標的タンパク質中の選択したアミノ酸残基を、関連するデータベースにおいてその位置で観察される適合性のあるアミノ酸で置き換えて、置換タンパク質分子を得る工程;
(c)該置換タンパク質分子の安定性および機能を決定する工程;
(d)該置換タンパク質分子の安定性を該標的タンパク質分子と比較して、安定性が制御されるかどうか、そして、その機能にネガティブな結果がないかどうかを決定する工程;
(e)該所望のレベルの安定性が達成されるまで、工程(a)〜(d)を繰り返す工程
を包含する、方法。
【請求項2】
前記標的タンパク質分子が抗体である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記制御が、元の前記標的タンパク質分子の安定性と比較して安定性を高めることである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
置き換えられるアミノ酸が、抗体の可変ドメイン内にある、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記アミノ酸の置き換えが、部位特異的突然変異誘発によって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記安定性が熱的安定性である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
請求項1に記載の方法によって生成された、置換タンパク質分子。
【請求項8】
治療的使用を促進するレベルまで高められた安定性を有する、請求項7に記載の置換タンパク質分子。
【請求項9】
抗体である、請求項7に記載の置換タンパク質分子。
【請求項10】
請求項7に記載の置換タンパク質分子を含む、薬学的組成物。
【請求項11】
前記置換タンパク質分子が抗体である、請求項10に記載の薬学的組成物。
【請求項12】
制御可能な安定性を有するタンパク質であって、該タンパク質は、標的タンパク質中に保存的アミノ酸残基置換を含む、タンパク質。
【請求項13】
前記標的タンパク質中の異なる置換から複合的な(multiple)安定性が生じる、請求項12に記載の複数のタンパク質。
【請求項14】
前記安定性が、前記標的タンパク質の安定性と比較して改善される、請求項12に記載のタンパク質。
【請求項15】
折り畳まれていない構造に対する折り畳まれた構造の比によって測定した場合に、前記標的タンパク質よりも1,000,000倍を上回ってより安定な軽鎖ドメインを形成するアミロイドを含む、請求項12に記載のタンパク質。
【請求項16】
高められた安定性を有するタンパク質を得るための方法であって、該方法は、以下:
(a)標的タンパク質のホモログを調べることによって、進化的に許容されるアミノ酸置換を決定する工程;
(i)折り畳まれたタンパク質のコアに、荷電したアミノ酸を導入するアミノ酸置換を排除する工程;および
(ii)折り畳まれたタンパク質の外部に、親水性アミノ酸を導入するアミノ酸置換を排除する工程;
(b)該アミノ酸置換の優先順位を決定する工程;
(c)該アミノ酸置換を組み込んで、改変体タンパク質を生成する工程;
(d)該改変体タンパク質を精製する工程であって、該クローニングされた遺伝子によって生成される発現レベルが、少なくとも該標的タンパク質の発現レベル程度に良好となる、工程
を包含する、方法。
【請求項17】
前記ホモログが少なくとも25%の配列同一性を有する、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記安定性が高められる、請求項16に記載の方法。
【請求項19】
高められた熱的安定性を有するタンパク質を含む、バイオセンサ。
【請求項20】
現場展開可能である、請求項19に記載のバイオセンサ。
【請求項21】
標的抗体分子の安定性を所望のレベルに制御する方法であって、該方法は、以下:
(a)ヒト、マウスおよび他の動物由来の抗体可変ドメインのアミノ酸配列のデータベースをコンパイルする工程;
(b)特定の位置に、ある種のアミノ酸がないこと、または、ほぼないこと(1%未満)が、機能的な可変ドメインの生成との非両立性に起因すること、そして、該位置におけるこのようなアミノ酸の存在が、進化的選択または免疫系の品質制御プロセスによって排除されているということを仮定する工程;
(c)該標的抗体分子中の選択したアミノ酸残基を、関連するデータベースにおいてその位置で観察される適合性のあるアミノ酸で置き換えて、置換抗体分子を得る工程;
(d)該置換抗体分子の安定性および機能を決定する工程;
(e)該置換抗体分子の安定性を該標的抗体分子と比較して、安定性が制御されるかどうか、そして、その機能にネガティブな結果がないかどうかを決定する工程;
(f)該所望のレベルの安定性が達成されるまで、工程(a)〜(e)を繰り返す工程
を包含する、方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2011−528035(P2011−528035A)
【公表日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−518754(P2011−518754)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【国際出願番号】PCT/US2009/045595
【国際公開番号】WO2010/008690
【国際公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【出願人】(511004818)ユーシカゴ アルゴン, エルエルシー (1)
【Fターム(参考)】