説明

タンパク質アレイ及びその作製方法

【課題】タンパク質を小領域に高密度で配向制御固定化することのできるタンパク質アレイ用基材、及びそれにタンパク質を固定化したタンパク質アレイを提供する。
【課題解決手段】一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物を平面状基材表面に導入してタンパク質アレイ用基材とし、該基材上のポリマー化合物の一級アミノ基に、タンパク質主鎖のカルボキシル末端を結合させて、タンパク質が高密度にかつ均一に配向した状態で整列固定化されたタンパク質アレイを作成する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、タンパク質アレイ用基材、タンパク質アレイ、及び該タンパク質アレイの作製方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来、平面状基材の特定の場所にタンパク質を固定化することにより、酵素電極、タンパク質アレイ等として利用することが試みられている。例えば酵素電極は、平面状の電極の上に酵素を固定化し、その酵素の反応産物を電極で測定することにより、直接には測定困難な基質(グルコース等)の量を明らかにするというものである。また、最近急速に開発されつつある、狭い意味でのいわゆるタンパク質アレイ(チップ)は、多種類のタンパク質を小さな基板上の特定の場所に整然と並べて固定化し、それらと相互作用する対象を一度に選別・調査するというものである。このようなタンパク質アレイの性能は、固定化された状態でのタンパク質の性質・機能と、固定化されるタンパク質の密度によって決まるが、次にそれらはタンパク質の固定化方法及び基板の性質よって決まる。
【0003】
固定化の方法としては、初期には、例えばグルタールアルデヒドのような複数の官能基を有する化合物とタンパク質を構成するアミノ酸の側鎖との間の反応性を利用して、タンパク質同士及び基板との間に架橋結合を形成させることにより、タンパク質を基材上に固定化するということが行われた。しかし、このような方法では、固定化されたタンパク質の性質は均一ではなく、また、固定化の結果タンパク質の性質を阻害してしまう恐れがあった。
【0004】
これらの問題を解消するために、官能基を持つSAM(膜自己形成能力を持つ分子)を基材上に配置し、その官能基とタンパク質を構成するアミノ酸の側鎖との間に結合を形成させることにより、タンパク質を固定化するという方法が考えられ、タンパク質アレイ作製に用いられている。しかし、この方法では、基板の表面には厚さ方向にほぼ1分子のタンパク質しか固定化できず、単位表面積当たりのタンパク質の固定化密度がせいぜい、数ng(数十fmoles)/mm程度に限定される。このことは、整列化したタンパク質そのものもしくはタンパク質と特異的に結合する物質の検出に適用できる方法が非常に限定されるなど、利用面での大きな制限となる。
【0005】
一方、これまでに、本発明者らは、シアノシステイン残基を介したアミド結合形成反応を利用して、タンパク質主鎖のカルボキシ末端のカルボキシル基を介して固定化する方法を開発し(特許文献1参照)、さらに、タンパク質をカルボキシ末端の一箇所で且つ主鎖を介して、担体上の一級アミノ基に結合させる固定化手段を開発している(特許文献2参照)。
このような手段によれば、タンパク質をカルボキシ末端の一箇所で且つ主鎖を介して結合することにより、変性の可逆性を高めることができ、固定化タンパク質の熱殺菌を可能にする固定化酵素を作製できるなどの利点が得られる。
しかし、この方法においては、担体上の一級アミノ基の密度が低く、このためタンパク質の固定化密度も低くなり、タンパク質アレイとしての利用する場合、その性能の点で未だ十分満足できるものではなかった。
【特許文献1】特開平10−45798号公報
【特許文献2】特許第3047020号公報
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、タンパク質アレイの作成において、タンパク質固定化手段として上記タンパク質主鎖のカルボキシ末端の一箇所で配向制御固定化する手段を採用するとともに、これをさらに発展せしめ、単位面積あたりの固定化量を増大させ、アレイ基材上の小さな領域に、高密度でタンパク質を固定化でき、かつ、これにより基板上のタンパク質の固定領域数を増大させる手段を開発することを課題とするものであり、このことにより、例えば、タンパク質アレイにおける検出系の拡大、検出感度の増大等を通じてタンパク質アレイの利用分野の拡大に大きく貢献しようとするものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明者等は上記課題を解決するため、平面状基材にタンパク質を整然と並べて固定化し、タンパク質アレイを作製する際に、単位面積当たりの固定化量(すなわち、タンパク質の固定化密度)を、単分子吸着レベルの100から1000倍(すなわち数μg/mm程度)に高めることを目的に鋭意研究を行った結果、一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物を平面状基材表面に導入し、導入したポリマー化合物の一級アミノ基に、タンパク質主鎖のカルボキシル末端を結合させることにより、平面状基材にタンパク質を整然と並べてながら、極めて高密度に固定化できることを見いだし、本発明を完成させるに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(13)に示されるとおりである。
(1) 一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物を基材上に結合させたことを特徴とする、タンパク質アレイ用基材。
(2) 一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物と結合する基材が、吸水性を有することを特徴とする、請求項1に記載のタンパク質アレイ用基材。
(3) 一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物が、ポリアリルアミンであることを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれかに記載のタンパク質アレイ用基材。
(4) 一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物が、ポリリジンであることを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれかに記載のタンパク質アレイ用基材。
(5) 上記(1)〜(4)のいずれかに記載のタンパク質アレイ用基材に、一般式(I)
NH−R−COOH・・・ (I)
〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表す。〕
で示されるタンパク質を整列固定化したタンパク質アレイであって、上記担体に結合させたポリマー化合物の一級アミノ基に、一般式(I)で表されるタンパク質主鎖のカルボキシ末端がペプチド結合により、固定化されていることを特徴とするタンパク質アレイ。
(6)上記(1)〜(4)に記載のタンパク質アレイ用基材上に、一般式(IV)
NH−R−CONH−R−COOH ・・・・ (IV)
〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表し、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ上記一般式(IV)で表されるタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。〕で示されるタンパク質を、タンパク質アレイ用基材上に整列配置、吸着させ、上記一般式(IV)で示されるタンパク質が吸着状態で固定化されていることを特徴とする、タンパク質アレイ。
(7) 固定化されるタンパク質が、リンカーペプチドのアミノ酸配列を有する、上記(5)又は(6)に記載のタンパク質アレイ。
(8)上記(1)〜(4)のいずれかに記載のタンパク質アレイ用基材上に、一般式(I)
NH−R−COOH・・・ (I)
〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表す。〕
で示されるタンパク質を整列固定化したタンパク質アレイを作成する方法であって、該タンパク質アレイ用基材に整列配置、吸着された、一般式(II)



〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表し、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ一般式(II)で表されるタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。〕
で示されるタンパク質と、該タンパク質アレイ用基材上のポリマー化合物とを反応させ、該ポリマー化合物の一級アミノ基に、一般式(II)のタンパク質主鎖のカルボキシ末端をペプチド結合させることを特徴とする、タンパク質アレイの作製方法。
(9) 上記一般式(II)のタンパク質が、一般式(III)



〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表し、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ上記一般式(III)で表されるタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。〕で示されるタンパク質を、タンパク質アレイ用基材上に整列配置、吸着させ、シアノ化試薬と反応させることにより形成されたものである、上記(8)に記載のタンパク質アレイの作製方法。
(10)上記(1)〜(4)のいずれかに記載のタンパク質アレイ用基材上に、一般式(IV)
NH−R−CONH−R−COOH ・・・・ (IV)
〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表し、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ上記一般式(IV)で表されるタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。〕で示されるタンパク質を、タンパク質アレイ用基材上に整列配置、吸着させることにより、吸着状態で固定化することを特徴とする、タンパク質アレイの作製方法。
(11) 固定化されるタンパク質が、リンカーペプチドのアミノ酸配列を有する上記(8)から(10)のいずれか記載のタンパク質アレイの作製方法。
(12) 該タンパク質アレイ用基材上にタンパク質を整列配置する手段が、マイクロキャピラリーもしくは針状物してあることを特徴とする、(8)〜(11)のいずれかに記載のタンパク質アレイの作製方法。
(13)該タンパク質アレイ用基材上にタンパク質を、整列配置する手段が、インクジェット方式であることを特徴とする、上記(8)〜(11)のいずれかに記載のタンパク質アレイの作製方法。
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
【発明の実施の形態】
本発明は、基材表面に一級アミノ基を繰り返し構造中に有するポリマー化合物を結合させることにより、タンパク質アレイ用基材を作成し、このタンパク質アレイ用基材上の特定位置において、該ポリマー化合物の一級アミノ基を利用してタンパク質を吸着させ、また、さらに該1級アミノ基にタンパク質主鎖のカルボキシ末端をペプチド結合により結合させることにより、該基材上にタンパク質を整列固定化して、タンパク質アレイとするものである。本発明においては、上記ポリマー化合物の使用により、基材表面の一級アミノ基の密度は増大しており、タンパク質は、アレイ基材上の極めて小さな領域おいて高密度かつその機能を保持したまま均一な配向状態で固定化でき、また、アレイ基材上のタンパク質の固定化領域数も増大せしめることができる。
【0010】
本発明において、タンパク質アレイ用基材に固定化されるタンパク質には、特に制限はなく、例えば、生体内生理活性タンパク質、酵素、抗原等あらゆるタンパク質を用いることができる。また、本明細書において、固定化されるタンパク質にはペプチドも包含される。
以下に、基材表面のポリマー化合物の該1級アミノ基に、タンパク質をペプチド結合により結合させることにより、タンパク質アレイとする手段について詳細に説明する。
【0011】
1.タンパク質アレイ用基材
本発明の上記課題を達成するためには、タンパク質アレイ用基材として、負に帯電した数μg/mm2程度もしくはそれ以上のタンパク質をイオン相互作用により吸着できるに十分なほど高密度に一級アミノ基を保有することが要求されるが、この性能を満たす基材は、市販品中には見いだすことができない。 そこで、本発明においては、一級アミノ基の繰返し構造を有するポリマー化合物を平面状基材に導入することにより、高密度に一級アミノ基の導入を行う。
このポリマー化合物を導入させるための平面状基材の形態としては、板状体膜状、あるいはシート状等のものが挙げられ、これを例示すれば、ナイロン膜、ニトロセルロース膜、及びポリマー化合物に対して結合性を持っているガラス等を挙げることができるが、例えば、Hybond N(商品名;ファルマシアより販売されているナイロン膜)やトランスブロット(商品名;バイオラッドより販売されているニトロセルロース膜)等が市販されており、これらを利用できる。なお、固定化に用いられるタンパク質は主に水系の緩衝液に溶解させたものが用いられることから、平面状基材としては、親水性及び吸水性を持つことが望ましい。
【0012】
本発明におけるポリマー化合物としては、一級アミノ基を繰返し構造中に有し、一級アミノ基以外の部分が、固定するタンパク質の側鎖もしくはアミノ末端のα―アミノ基もしくはカルボキシ末端のカルボキシル基と反応性の無いものであればどのようなものでも用いることができる。
一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物としては、例えば、ポリアルキレン鎖、ポリアミド鎖、ポリエステル鎖、ポリスチレン鎖等を有するもの等が挙げられ、以下の一般式で表される繰り返し構造を有する。
【0013】
【化1】



〔 上記式(IV)中、Xは、例えば、ポリアルキレン鎖、ポリアミド鎖、ポリエステル鎖、ポリスチレン鎖等を構成するモノマー残基を表す。また、NH基は、該モノマー残基中に含まれる基であってもよいし、これらポリマー化合物の主鎖から分枝した側鎖中に含まれる基であってもよい。〕
本発明においては、これらのポリマー化合物のうち、ポリアルキレン鎖を有するものとして、例えば、ポリアリルアミンを挙げることができるが、このポリマー化合物は単位質量当たりの一級アミン含量が高く、本発明において好ましいものとして用いることができる。また、本発明はこれに限定されず、例えば、一級アミノ基を側鎖に有するビニル化合物と他のビニル化合物との共重合体、あるいはポリリジンなど各種のポリマー化合物が利用できる。
【0014】
一級アミノ基を繰り返し構造中に有するポリマー化合物は、種々の方法を用いて、平面状基材への結合することができる。この結合手段は、上記ポリマー化合物を安定的に基材表面に保持しうる手段であればいずれでもよく、例えば、イオン結合、共有結合、疎水結合、吸着、接着、被覆等の化学的あるいは物理的結合手段が挙げられ、これらを基材の素材に応じて選択すればよい。これら結合手段について具体的に例示すると、例えば基材としてセルロース膜を用いる場合にはBrCNで処理することにより、一級アミンに対して活性な状態にすることができる。また、ガラス表面に対しては、アルデヒド基を有するシリル化化合物でガラス表面を処理することにより、アルデヒド基と一級アミンとの間にシッフ塩基による結合を形成させ、これを還元することにより、強固な結合体を形成することができる。また、ナイロン膜を用いる場合には、適当な濃度の一級アミンを繰り返し有するポリマー化合物を含む水溶液中にナイロン膜を浸し、十分平衡化させた表面密度を均一化した後、水洗し、風乾した後、紫外線を数十秒照射することにより、室温での通常の操作、また、1MKCLによる洗浄等では乖離しない程度の強固な結合を形成することができる。
【0015】
いずれの結合操作をとるにしても、基材表面に導入する一級アミノ基を有するポリマー化合物の量を調整することにより、タンパク質の固定化反応に利用できる一級アミノ基の表面密度を変化させることができる。
【0016】
2.基材に固定化されるタンパク質の合成
本発明においては、タンパク質中のシステイン残基のスルフヒドリル基をシアノ化した、シアノシステイン残基を介するアミド結合形成反応を利用して、基材にタンパク質を固定する。
このシアノシステイン残基を介したアミド結合形成反応は、



(式中、Rは任意のアミノ酸残基の連鎖、Xは、OHもしくは任意のアミノ酸残基もしくは任意のアミノ酸残基の連鎖、NH−Bは任意の一級アミノ基を有する化合物を表す。)で表される。
【0017】
このアミド結合形成反応は、



(式中、Rは任意のアミノ酸残基の連鎖、Wは、OHもしくは任意のアミノ酸残基もしくは任意のアミノ酸残基の連鎖、ZはWの2−イミノチアゾリン−4−カルボキシリル誘導体を表す。)で表されるペプチド鎖切断反応(G.R.Jacobson, M.H.Schaffer, G.R.Stark, T.C.Vanaman, J.Biological Chemistry, 248, 6583−6591(1973)参照)及び、



(式中、Rは任意のアミノ酸残基の連鎖、Wは、OHもしくは任意のアミノ酸残基もしくは任意のアミノ酸残基の連鎖を表す。)で示されるチオシアノ基が脱離する、β−脱離反応でシアノシステイン残基がデヒドロアラニンに転換する反応(Y.Degani, A.Patchornik, Biochemistry, 13,1−11(1974)参照)の反応と競争的に起こることから、反応収率に関して問題が生じていたが、この問題に関しては、
【0018】
一般式(II)



で示される配列で示されるタンパク質[上記式中、Rは任意のアミノ酸配列を、Rは中性付近で強く負に荷電し且つ式(II)のタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を、nは自然数を表す]を使用し、該タンパク質のカルボキシ末端側を、担体上の、正に帯電する一級アミノ基側に静電相互作用によって吸着させた後、上記反応式(a)のアミド結合形成反応を行うことにより、副反応を抑制し効率よくアミド結合を形成できることを本発明者等は明らかにしており、これを利用して固定化タンパク質を効率よく製造する方法も開発している(特願2002−148950、特許第3047020号公報参照)。
【0019】
本発明においても、基本的にはこの方法を使用するものである。
したがって、本発明においては、一般式(I)
NH−R−COOH・・・・(I)
(式1中、R1は任意のアミノ酸配列を表す。)
で示されるタンパク質をタンパク質アレイ用基材に固定化するにあたって、まず、
一般式(III)



〔式(III)中、Rは任意のアミノ酸配列、Rは、中性付近で強く負に荷電し、且つ上記一般式(III)の物質の等電点を酸性にできる任意のアミノ酸残基の連鎖を表す。〕で示される配列のタンパク質を合成する。
【0020】
この一般式(III)で表されるタンパク質の構造中、アミノ酸配列Rは中性付近で強く負に荷電しており、中性条件では正に帯電する上記一級アミノ基を繰り返し構造中に有するポリマー化合物と静電相互作用が生じる。したがって、一般式(III)で表されるタンパク質は、そのカルボキシル末端側が、基材上のポリマー化合物の一級アミノ基側に吸着されることにより、以下に説明するペプチド(アミド)結合生成反応により、タンパク質主鎖のカルボキル末端を該一級アミノ基と効率よく結合させることができる。
【0021】
さらに、本発明においては、上記一般式(III)Rのカルボキシ末端側にリンカーペプチドとなるアミノ酸配列を含んでいてもよい。この場合のタンパク質は以下の一般式(V)で表される。



(式中、R及びR は、前記一般式(III)のR及びRとそれぞれ同一であり、Rは、固定化しようとするタンパク質と上記ポリマー化合物結合担体との間のリンカーペプチドとなるアミノ酸配列を表す。)Rは任意でありそのアミノ酸の種類、数ともに限られないが、例えばGly−Gly−Gly−Gly−Gly−Gly等が最も単純な配列の一つである。
【0022】
本発明において、このようなタンパク質は、遺伝子工学的に公知の技術により容易に作製することができる。
例えば、上記一般式(V)で示される融合タンパク質をコードする遺伝子DNAを調製する場合には
一般式(1)で表されるタンパク質をコードする遺伝子DNAと 一般式(VI)



(式中、Rは上記一般式(V)のRとそれぞれ同一であり、Rは、中性付近で強く負に荷電し、且つ上記一般式(III)の物質の等電点を酸性にできる任意のアミノ酸残基の連鎖を表す。)
で示されるペプチド配列をコードする遺伝子DNAとを結合することにより、上記一般式(V)で示される融合タンパク質をコードする遺伝子DNAを合成し、合成したDNAを適切な発現ベクターに組み込み、これを大腸菌などの宿主に形質導入し、形質転換した宿主において発現させ、その後、発現したタンパク質を分離精製することにより得ることができる。このような融合タンパク質は公知技術(例えば、M. Iwakura et al., J. Biochem. 111:37−45 (1992)参照)を利用することにより、実施することができる。また、上記タンパク質は、遺伝子工学的手法と慣用のタンパク質合成技術との組み合わせ、または、蛋白合成技術のみによっても作製することができる。
【0023】
一方、上記一般式(III)および(V)におけるRとしては、アスパラギン酸やグルタミン酸を多く含む配列が好適である。好ましくは、下記一般式(II)あるいは(VII)で表されるシアノ化タンパク質の等電点を4〜5の間の値になるように、アスパラギン酸やグルタミン酸を多く含む配列をデザインすればよい。 そのような配列のうち好適な列としてアラニル−ポリアスパラギン酸をあげることができる。その理由は、シアノシステイン残基の次のアミノ酸残基をアラニンにすることにより、シアノシステイン残基を介したアミド結合形成反応が生じやすいことと、アミノ酸側鎖の中でアスパラギン酸のカルボキシル基が最も酸性であるからである。
【0024】
3.タンパク質の固定化
次に、本発明においては、上記のようにして調製した固定化用タンパク質をタンパク質アレイ用基材に配置、吸着させるが、その方法には特に制限はなく、基材上の特定の場所にタンパク質溶液をスポットできる方法であればいかなる方法も用い得る。例えば、ピン等の針状物、インクジェット、キャピラリー等を用いる方法があるが、いずれの方法を用いてもよい。また、ピッキングロボットを用いることも可能である。以下に一例として、キャピラリーを用いてスポットする方法について詳述する。
【0025】
キャピラリー中に、一般式(III)で示される固定化用タンパク質の溶液を充填し、上方から適当な圧力を加えることによってタンパク質溶液を意図する場所に適量スポットすることが可能である。また、固定化用の基板が吸水性の性質を持つ場合には、10μl程度の量のタンパク質溶液であれば上から圧力を加えなくても、溶液が基板に迅速に吸収されていく。その時、タンパク質溶液の溶媒は、スポットされた場所を中心に全方向に拡散していくが、タンパク質は静電相互作用により一級アミンに吸着するので、スポットされた場所に留まる。そのため、タンパク質を小さな領域に高密度で吸着させることが可能である。更に、スポットする位置を制御することにより、任意のパターン形状にタンパク質を整列固定化することができる。このことは、例えば、コンピュータ上で作図したパターンをインクジェットプリンターで印刷する様にしてコンピュータ制御により行うこともできる。従って、整列化に用いられる方法ならばどのような方法でも適用可能であり、このことで本発明が制限を受けないことは自明である。
【0026】
4.タンパク質の固定化
別法として説明するように、上記スポットしたタンパク質を吸着固定化させることによりそのままタンパク質アレイとしてもよいが、この段階ではあくまでも静電相互作用等非共有結合によりタンパク質が基材に結合しており、結合強度が低いので、タンパク質を強固に固定化するためには、更に、タンパク質のカルボキシ末端のカルボキシル基と基材上のポリマーの一級アミノ基との間にアミド結合を形成させる。その反応を起こさせるためには、固定化用タンパク質のカルボキシ末端に導入したシステイン残基のスルフヒドリル基をシアノ化しシアノシステインに変換する必要がある。
この結合を達成させるためには、上記一般式(III)あるいは一般式(V)のタンパク質中のシステイン残基のスルフヒドリル基をシアノ化しシアノシステインに変換する必要があり、一般式(III)のシアノ化により得られるシアノ化タンパク質は以下の一般式(II)で表されるタンパク質である。



[上記式中、R、Rは一般式(III)のR、Rとそれぞれ同じであり、 Rは任意のアミノ酸配列を、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ一般式(II)の化合物の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。]
【0027】
また、一般式(V)のシアノ化により得られるシアノ化タンパク質は以下の一般式(VII)で表されるタンパク質である。



〔式中、R、R はRは、前記一般式(V)のR、R及びRとそれぞれ同一であり、 Rは任意のアミノ酸配列を、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ一般式(II)の化合物の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。また、Rは、固定化しようとするタンパク質と上記ポリマー化合物結合担体との間のリンカーペプチドとなるアミノ酸配列を表す。)
このシアノ化反応は、市販のシアノ化試薬を用いて行うことができる。シアノ化試薬としては、通常、2−ニトロ−5−チオシアノ安息香酸(2−nitro−5−thiocyanobennzoic acid (NTCB)) (Y.Degani, A.Ptchornik, Biochemistry, 13,1−11 (1974)参照)または、1−シアノ−4−ジメチルアミノピリジニウムテトラフルオロ硼酸(1−cyano−4dimethylaminopyridinium tetrafluoroborate(CDAP))などを用いる方法が簡便である。
【0028】
NTCBを用いたシアノ化は、pH7.0の10mM燐酸緩衝液中で効率よく行うことができる。このシアノ化反応の後、溶媒を弱アルカリにすることにより、固定化反応が進行する。即ち、シアノシステイン残基直前のアミノ酸残基のカルボキシル基と担体の一級アミノ基との間にアミド結合が形成される。このことは、緩衝液をpH9.5の10mM硼酸緩衝液に換えること等で可能である。
上記固定化反応に必要なシステイン残基のスルフヒドリル基のシアノシステインの変換は、既に本発明者らが明らかにしているように、タンパク質を固定化する基材に吸着させる前でも、後でも、あるいは吸着と同時に行ってもよい(特願2002−148950 参照)。一般式(II)及び(VII)で表されるシアノ化後のタンパク質も中性付近で強く負に帯電するアミノ酸配列を有しているため、シアノ化後のタンパク質を基材に整列配置、吸着させてもタンパク質主鎖のカルボキシ末端側が担体上のポリマー化合物の一級アミノ基側に吸着し、上記アミド形成反応により、タンパク質主鎖のカルボキシ末端のみで該一級アミノ基と結合し、これにより、タンパク質を均一な配向状態で、かつ高密度に整列固定化されたタンパク質アレイを得ることができる。
【0029】
また、本発明で用いるシアノシステインが関与する反応には、副反応として加水分解反応が起こりうるが、このような副反応から生成する反応物は全て溶媒に溶けるため、反応後、タンパク質固定化反応後のタンパク質アレイを適当な溶媒で洗うことにより副反応生成物を取り除くことができる。
【0030】
以上の手段により得られる本発明のタンパク質アレイ上に整列固定化された各位置においては、以下の一般式(VII)あるいは(VIII)で示されるように、ポリマー化合物の繰り返し構造部分の一級アミノ基に、タンパク質主鎖のカルボキシ末端の一箇所で結合し、該ポリマー化合物は、イオン結合、共有結合、疎水結合あるいは吸着、接着、被覆等の化学的あるいは物理的結合手段等により基材に結合しているものである。
【0031】
【化2】



【化3】



以上においては、基材表面のポリマー化合物の該1級アミノ基に、タンパク質をペプチド結合により結合させることにより、タンパク質アレイとする手段について詳細に説明したが、別法として、本発明のタンパク質アレイにおいては、このような化学結合を省いてもよい。すなわち、上記したことから明らかなように、固定化するタンパク質に、中性付近で強く負に荷電し、かつタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を付加せしめれば、負に帯電した該アミノ酸配列と、正に帯電する一級アミノ基を有するポリマー化合物との間で静電相互作用が生じ、タンパク質は、そのカルボキシル末端側が、基材上のポリマー化合物の一級アミノ基側に吸着される。したがって、化学的結合を伴わなくても、基材上にタンパク質を固定することが可能である。
【0032】
この場合においては、一般式(IV)
NH−R−CONH−R−COOH ・・・・ (IV)
〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表し、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ上記一般式(IV)で表されるタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。〕で示されるタンパク質を用い、タンパク質アレイ用基材上に整列配置、吸着させて固定化する。この吸着のみによる固定化は、結合強度が低いものの、タンパク質の付加配列中にシステインを必要とせず、また、シアノ化、アミド形成反応も必要でなく、タンパク質アレイの作成が極めて簡便であるという利点がある。
以上、本発明のタンパク質アレイ用基材、及び固定化用タンパク質を用いて、上記の操作により固定化を行うことにより、実施例に示されるように、タンパク質を数μg/mm程度の高密度に固定化した、タンパク質アレイを作製することができる。
【0033】
【実施例】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
本実施例においては、一級アミノ基を繰り返し構造中に有するポリマー化合物として、日東紡で市販しているL型ポリアリルアミンを用いた。これを、市販されている平面状基材であるナイロン膜(Hybond N、ファルマシアより購入)及びニトロセルロース膜(トランスブロット、バイオラッドより購入)に結合させることにより、タンパク質アレイ用基材を作製した。
本実施例において、固定化に用いるために調製されたタンパク質は、緑色蛍光タンパク質(配列番号1)に、リンカーペプチド部分のアミノ酸配列(Gly−Gly−Gly−Gly−Gly−Gly)、システイン(Cys)及び中性付近で強く負に荷電し、かつ得られるタンパク質の等電点を酸性にするためのアミノ酸配列(Ala−Asp−Asp−Asp−Asp−Asp−Asp)が順次付加されたタンパク質(配列番号3)、並びに赤色蛍光タンパク質((配列番号2)に、上記と同様な配列が付加されたタンパク質(配列番号4)であり、固定化されるタンパク質は、緑色蛍光タンパク質、および赤色蛍光タンパク質に各々リンカーペプチドが付加されたタンパク質である。
緑色蛍光タンパク質及び赤色蛍光タンパク質は、自然光の下、それぞれ黄色及び赤色を示すため、実験を肉眼でモニターできるという利便性があるため、本実施例において用いたが、本発明に利用される固定化反応がタンパク質の種類に依存しないことは、既に明らかにされている(特願2002−148950、特許第3047020号公報参照)。
【0034】
【実施例1】
〔1〕ナイロン膜を使用したタンパク質アレイ用基材の作製
1%のL型ポリアリルアミンを含む水溶液中にナイロン膜(約4cmx3cm)を浸し、一晩(12時間以上)室温で緩やかに撹拌しながら保つことにより、ポリアリルアミンを十分しみこませた。これを、純水で2回水洗し、数時間風乾させた後、トランスイルミネーター(UVP社、360nm)を用いて紫外線を30秒間照射し、ポリアリルアミンをナイロン膜に結合させた。ナイロン膜に一級アミノ基が導入されていることを確かめるために、トリニトロベンゼンスルホン酸(TNBS; 2,4,6−trinitrobenzensulfonic acid)を用いた着色反応(参考文献:Robert Fields, Methods in Enzymology,25, p464−468(1971))で調べた。図1は、ポリアリルアミン処理をしていないナイロン膜(A)及びポリアリルアミン処理を施したナイロン膜(B)のTNBSを用いた着色反応の結果を示している。未処理のナイロン膜は、黄色く着色したが(図1−(A))、ポリアリルアミン処理をしたナイロン膜は、1級アミンに特徴的な着色である朱色に非常に強く着色し、高い1級アミノ基含量を示した(図1−(B))。
なお、作製した基材は、少なくとも1週間室温で放置しても、タンパク質の固定化能に変化は認められなかった。
【0035】
〔2〕ニトロセルロース膜を使用したタンパク質アレイ用基材の作製
実施例1と同様に、1%のL型ポリアリルアミンを含む水溶液中にニトロセルロース膜(約4cmx3cm)を浸し、一晩(12時間以上)室温で緩やかに撹拌しながら保つことにより、ポリアリルアミンを十分しみこませた。これを、純水で2回水洗し、数時間風乾させた後、トランスイルミネーター(UVP社、360nm)を用いて紫外線を30秒間照射し、ポリアリルアミンをニトロセルロース膜に結合させた。ニトロセルロース膜に一級アミノ基が導入されていることを確かめるために、TNBSを用いた着色反応で調べた。図2は、ポリアリルアミン処理をしていないニトロセルロース膜(A)及びポリアリルアミン処理を施したニトロセルロース膜(B)のTNBSを用いた着色反応の結果を示している。未処理のニトロセルロース膜では、着色が見られなかったが(図2−(A))、ポリアリルアミン処理をしたニトロセルロース膜は、1級アミンに特徴的な着色である朱色に非常に強く着色し、高い1級アミノ基含量を示した(図2−(B))。なお、作製した基材は、少なくとも1週間室温で放置しても、タンパク質の固定化能に変化は認められなかった。
【0036】
〔3〕固定化用緑色蛍光タンパク質の調製
緑色蛍光タンパク質(配列番号1)のカルボキシ末端側の8個のアミノ酸配列とGly−Gly−Gly−Gly−Gly−Gly−Cys−Ala−Asp−Asp−Asp−Asp−Asp−Aspで示されるアミノ酸配列とを結合したアミノ酸配列をコードするDNA配列を化学合成し、これと、緑色蛍光タンパク質のアミノ末端側の8個のアミノ酸配列部をコードするDNA配列を化学合成したものを、それぞれをプライマーDNAとしてPCR反応を行うことで、固定化用緑色蛍光タンパク質(配列番号3)に該当するアミノ酸配列をコードする遺伝子を合成し、発現ベクターpUC18のEcoRIとHindIII部位に組み込み、組み換えプラスミドを作製した。これを大腸菌株JM109株に導入し、発現させた後、以下に述べる様にして分離精製した。
なお、緑色蛍光タンパク質(配列番号1)をコードする遺伝子は、QUANTUM社より市販されているものを購入し用いたが、遺伝子の入手方法により本発明は限定されない。
【0037】
固定化用緑色蛍光タンパク質を発現する組み換え大腸菌を、2リッターの培地(20gの塩化ナトリウム、20gの酵母エキス、32gのトリプトン、100mgのアンピシリンナトリウムを含んでいる)で、37℃で一晩培養した後、培養液を20分間低速遠心(毎分5000回転)することにより、湿重量約5gの菌体を得た。これを、40mlの1mMのエチレンジアミン4酢酸(EDTA)を含む10mM燐酸緩衝液(pH7.0) (緩衝液1)に懸濁し、フレンチプレスに菌体を破砕した後、20分間遠心分離し(毎分20,000回転)、上清を分離した。得られた上清に、最終濃度が2%になるようにストレプトマイシン硫酸を加え、4℃で20分間撹拌後、20分間遠心分離し(毎分20,000回転)、上清を分離した。得られた上清に、最終濃度が40%になるよう硫酸アンモニウムを加え、4℃で20分間撹拌後、20分間遠心分離し(毎分20,000回転)、上清を分離した。得られた上清に、最終濃度が90%になるよう硫酸アンモニウムを加え、4℃で30分間撹拌後、20分間遠心分離し(毎分20,000回転)、沈殿を分離した。沈殿を40mlの緩衝液1に溶解し、4lの緩衝液1に対して、3回透析した。
【0038】
透析したタンパク質溶液を、あらかじめ50mM のKClを含む緩衝液1で平衡化したDEAEトヨパール(東ソー株式会社より購入)のカラム(200ml)にアプライし、500mlの50mM のKClを含む緩衝液1を流した後、緩衝液1を用いて、50mMから500mMのKCl濃度勾配をかけることにより、タンパク質を溶出させ、固定化用緑色蛍光タンパク質を含む画分を分離した。分離した画分を、緩衝液1に対して透析した後、あらかじめ50mM のKClを含む緩衝液1で平衡化したSuperQトヨパール(東ソー株式会社より購入)のカラム(200ml)にアプライし、500mlの50mM のKClを含む緩衝液1を流した後、緩衝液1を用いて、50mMから500mMのKCl濃度勾配をかけることにより、タンパク質を溶出させ、固定化用緑色蛍光タンパク質を含む画分を分離した。この段階で、タンパク質は均一化でき、約100mgの均一な、固定化用緑色蛍光タンパク質が得られた。
得られたタンパク質を、緩衝液1に対して保存し、透析済みサンプルを4℃で保存し、以後の実験に用いた。固定化用緑色蛍光タンパク質の濃度は、配列番号1で示される緑色蛍光タンパク質の分子吸光係数=22,000を用いて、280nmの吸光度より決定した。
【0039】
〔4〕固定化用の赤色蛍光タンパク質の作製
赤色蛍光タンパク質(配列番号2)のカルボキシ末端側の8個のアミノ酸配列とGly−Gly−Gly−Gly−Gly−Gly−Cys−Ala−Asp−Asp−Asp−Asp−Asp−Aspで示されるアミノ酸配列とを結合したアミノ酸配列をコードするDNA配列を化学合成し、これと、赤色蛍光タンパク質(配列番号1)のアミノ末端側の8個のアミノ酸配列部をコードするDNA配列を化学合成したものを、それぞれをプライマーDNAとしてPCR反応を行うことで、固定化用赤色蛍光タンパク質(配列番号3)に該当するアミノ酸配列をコードする遺伝子を作製し、発現ベクターpUC18のEcoRIとHindIII部位に組み込み、組み換えプラスミドを作製した。これを大腸菌株JM109株に導入し、発現させた後、以下に述べる様にして分離精製した。なお、当業者であれば、配列番号2で示されるタンパク質をコードする遺伝子が入手できれば、配列番号4で示される本発明に係る固定化用のタンパク質を容易に作製できる。なお、赤色蛍光タンパク質(配列番号2)をコードする遺伝子は、QUANTUM社より市販されているものを購入し用いたが、遺伝子の入手方法により本発明が制限されないことは明白である。
【0040】
固定化用赤色蛍光タンパク質を発現する組み換え大腸菌を、2リッターの培地(20gの塩化ナトリウム、20gの酵母エキス、32gのトリプトン、100mgのアンピシリンナトリウムを含んでいる)で、37℃で一晩培養した後、培養液を20分間低速遠心(毎分5000回転)することにより、湿重量約5gの菌体を得た。これを、40mlの1mMのエチレンジアミン4酢酸(EDTA)を含む10mM燐酸緩衝液(pH7.0) (緩衝液1)に懸濁し、フレンチプレスに菌体を破砕した後、20分間遠心分離し(毎分20,000回転)、上清を分離した。得られた上清に、最終濃度が2%になるようにストレプトマイシン硫酸を加え、4℃で20分間撹拌後、20分間遠心分離し(毎分20,000回転)、上清を分離した。得られた上清に、最終濃度が40%になるよう硫酸アンモニウムを加え、4℃で20分間撹拌後、20分間遠心分離し(毎分20,000回転)、上清を分離した。得られた上清に、最終濃度が90%になるよう硫酸アンモニウムを加え、4℃で30分間撹拌後、20分間遠心分離し(毎分20,000回転)、沈殿を分離した。沈殿を40mlの緩衝液1に溶解し、4lの緩衝液1に対して、3回透析した。
【0041】
透析したタンパク質溶液を、あらかじめ50mM のKClを含む緩衝液1で平衡化したDEAEトヨパール(東ソー株式会社より購入)のカラム(200ml)にアプライし、500mlの50mM のKClを含む緩衝液1を流した後、緩衝液1を用いて、50mMから500mMのKCl濃度勾配をかけることにより、タンパク質を溶出させ、固定化用赤色蛍光タンパク質を含む画分を分離した。分離した画分を、緩衝液1に対して透析した後、あらかじめ50mM のKClを含む緩衝液1で平衡化したSuperQトヨパール(東ソー株式会社より購入)のカラム(200ml)にアプライし、500mlの50mM のKClを含む緩衝液1を流した後、緩衝液1を用いて、50mMから500mMのKCl濃度勾配をかけることにより、タンパク質を溶出させ、固定化用赤色蛍光タンパク質を含む画分を分離した。この段階で、タンパク質は均一化でき、約20mgの均一な、固定化用緑色蛍光タンパク質が得られた。
【0042】
得られたタンパク質を、緩衝液1に対して保存し、透析済みサンプルを4℃で保存し、以後の実験に用いた。固定化用赤色蛍光タンパク質の濃度は、配列番号2で示される赤色蛍光タンパク質の分子吸光係数=36,000を用いて、280nmの吸光度より決定した。
【0043】
〔5〕タンパク質のアレイ用基材上への整列化
上記〔1〕及び〔2〕において作製したポリアリルアミン結合ナイロン膜基材及び同ニトロセルロース膜基材上に、固定化用の緑色蛍光タンパク質もしくは固定化用の赤色蛍光タンパク質の静電相互作用による吸着整列化をキャピラリーを用いて行った。
キャピラリーとしては、開口部の直径が約0.5mmの市販されているピペットマン用のチップ、及び、開口部の直径が約0.2mmの製図作画用インクピンの先端部分を用いた。
開口部の直径が約0.5mmのキャピラリーの場合、緑色蛍光タンパク質については、2mg/ml, 1mg/ml, 0.5mg/mlの3種類の濃度のタンパク質溶液を、赤色蛍光タンパク質については、0.5mg/ml, 0.25mg/ml, 0.125mg/mlの3種類の濃度のタンパク質溶液を準備し、それぞれ4μlを、それぞれ4カ所にスポットし、平面状基板上への吸着の状況を調べた。なお、自然光下においては、赤色蛍光タンパク質の方が、緑色蛍光タンパク質よりも強い発色を示し、より少量のタンパク質量でも検出できることから、より微量のタンパク質を用いた実験を赤色蛍光タンパク質を用いて行った。
【0044】
直径が約0.2mmのキャピラリーについては、赤色蛍光タンパク質についてのみ行い、0.4mg/ml, 0.2mg/mlの2種類の濃度のタンパク質溶液を準備し、それぞれ0.5μlを、0.4mg/mlのものについては3カ所、0.2mg/mlのものについては2カ所それぞれ、スポットし、各基材上への吸着の状況を調べた。
ポリアリルアミン結合ナイロン膜基材及びニトロセルロース膜基材はいずれも吸水性を示し、数μl程度のタンパク質溶液を用いる限り、キャピラリーの開口部を膜に接触させるだけで全量が膜に吸収された。その際、静電相互作用により、タンパク質はスポットした場所にとどまり、そのスポットの大きさは、用いたタンパク質溶液の濃度に依存して広がりを見せたが、約2μg/mmのタンパク質の量を用いる限りは、開口部より小さい領域にとどまることが明らかとなった(図3,図4及び図5参照)。一方、タンパク質以外の溶液(溶媒)はスポットした場所を中心に全方向に拡散した。
【0045】
なお、以下の〔7〕に示す固定化反応を施す前に、1MのKClで十分洗うことにより、ポリアリルアミン結合基材上へ吸着したタンパク質は、基材から脱離した。このことは、付加されたアミノ酸配列中のAla−Asp−Asp−Asp−Asp−Asp−Aspに由来する陰荷電と基板上のポリアリルアミンに由来する陽荷電との静電相互作用で固定化用タンパク質が基板に素早く吸着することを示しており、静電相互作用を用いてあらかじめ整列化することの有用性が確認された。
【0046】
〔7〕固定化反応
上記〔6〕において、固定化用緑色蛍光タンパク質もしくは固定化用赤色蛍光タンパク質を吸着したポリアリルアミン結合基材を、5mMの2−ニトロ−5−チオシアノ安息香酸(NTCB)を含む10mM燐酸緩衝液(pH7.0)に浸し、室温で4時間穏やかに攪拌し、システイン残基のSH基のシアノ化反応を行わせた。その後、10mM燐酸緩衝液(pH7.0)で洗った後、10mM硼酸緩衝液(pH9.5)に浸し、室温で24時間穏やかに攪拌させることにより、固定化反応を行った。固定化反応が終了した後、基材を、1MKClを含む10mM燐酸緩衝液(pH7.0)に浸し24時間以上穏やかに攪拌させることにより、未反応タンパク質及び副反応生成物を除去した。その結果、図3,4,及び5に示すように平板状の小さな領域にそれぞれのタンパク質が高密度で固定化されることが明らかとなった。
【0047】
図3は、ポリアリルアミン結合ナイロン膜基材(A)及びポリアリルアミン結合ニトロセルロース膜基材(B)それぞれに、開口部の直径が約0.5mmのキャピラリーを用い、2mg/ml, 1mg/ml, 0.5mg/mlの3種類の濃度の緑色蛍光タンパク質を、それぞれ4μlずつ、4カ所にスポットし、固定化した結果を示す。対象として行った、ポリアリルアミンで処理していないナイロン膜(C)及びニトロセルロース膜(D)に同様にタンパク質をスポットし、固定化を行った結果も示している。ポリアリルアミンで処理していないニトロセルロース膜においては、非特異的な吸着が見られ、大きく広がった薄いスポットが認められた。また、ポリアリルアミンで処理していないナイロン膜においては、非特異的吸着が非常に少なかった。一方、ポリアリルアミン結合ナイロン膜基材及びポリアリルアミン結合ニトロセルロース膜基材においては、用いたタンパク質溶液の濃度に依存したスポットの広がりが見られた。スポットの直径から面積を求め、固定化に用いた全タンパク質量を考慮すると、固定化されたタンパク質の密度は、いずれのスポットにおいても、約2.8〜2.2μg/mmの値であった。
【0048】
図4は、ポリアリルアミン結合ナイロン膜基材(A)及びポリアリルアミン結合ニトロセルロース膜基材(B)それぞれに、開口部の直径が約0.5mmのキャピラリーを用い、0.5mg/ml, 0.25mg/ml, 0.125mg/mlの3種類の濃度の赤色蛍光タンパク質、それぞれ4μlずつ、4カ所にスポットし、固定化した結果を示す。対象として行った、ポリアリルアミンで処理していないナイロン膜(C)及びニトロセルロース膜(D)に同様にタンパク質をスポットし、固定化を行った結果も示している。緑色蛍光タンパク質と同様、ポリアリルアミンで処理していないニトロセルロース膜においては、非特異的な吸着が見られ、大きく広がった薄いスッポトが認められた。また、ポリアリルアミンで処理していないナイロン膜においては、非特異的吸着が非常に少なかった。一方、ポリアリルアミン結合ナイロン膜基材及びポリアリルアミン結合ニトロセルロース膜基材においては、用いたタンパク質溶液の濃度に依存したスポットの広がりが見られたが、直径1mm以下にスポットであった。各スポットにおいて、固定化されたタンパク質の密度は、約2.8〜2.2μg/mmの値であった。
【0049】
図5は、ポリアリルアミン結合ナイロン膜基材に、開口部の直径が約0.2mmのキャピラリーを用い、0.4mg/ml, 0.2mg/mlの2種類の濃度の赤色蛍光タンパク質を、それぞれ0.5μlずつ、0.4mg/mlのものについては3カ所、0.2mg/mlのものについては2カ所それぞれ、スポットし、固定化した結果を示す。0.5μlx0.2mg/mlをスポットした場合は、用いたキャピラリーの直径と同じ直径約0.2mmの円形のスポットに固定化させることができた。この場合も、固定化されたタンパク質の密度は約2μg/mmであった。
【0050】
いずれのスポットにおいても、上述した固定化反応のプロセスを経た後においても、大きさ、色の強さ、共にほとんど変化はなかった。このことは、吸着させたタンパク質のほとんどを固定化されたことを示している。また、実施例1及び2で作製した基板を用いることにより、基材面積mmあたり約2μgのタンパク質を固定化できることが明らかとなった。この値は、市販のタンパク質アレイで、表面に厚さ方向にほぼ1分子のタンパク質を固定化して作製した場合の固定化密度と比較すると、その約100倍から1000倍の高密度に相当する。また、基材上でのスポットの大きさに関して言えば、市販のタンパク質アレイでは、最も小さいものは約0.1mm程度であり、本実施例においては、最小約0.2mmではあったが、これは、用いたキャピラリーの開口部(0.2mm)の大きさに依存したものであって、開口部のより小さいキャピラリーもしくはピンなどを用いるか、あるいは、インクジェット方式によって吸着させれば、さらに小さな領域に固定化させることができる。
【0051】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明によれば、タンパク質アレイ用基材上の極めて小さな領域に、高い密度でタンパク質を整列させながら配向制御固定化することが可能であり、これにより、例えばタンパク質アレイを種々の物質の検出用に用いる場合において、一度に多くの検出試験を行うことができるとともに、検出感度も向上させることができる。更に、触媒機能を有するタンパク質もしくは特定物質と結合機能を有するタンパク質を整列固定化し、回路を形成させることにより、ミクロリアクターもしくはミクロセパレーター等新たなミクロプロセス基材を創成できる。また、本発明のタンパク質アレイにおいて固定化されるタンパク質は、カルボキシ末端の一箇所のみで基板に配向制御固定化しているため、固定化されたタンパク質の性質は均一であり、且つ溶液中におけるのと同様の性質が保たれ、したがって、タンパク質は生体内におけるのと同様な構造、形態を有するので、生体内物質等の検出等による診断等においても極めて有効である。
【0052】
【配列表】



















【図面の簡単な説明】
【図1】ポリアリルアミン処理をしていないナイロン膜(A)及びポリアリルアミン処理を施したナイロン膜(B)のTNBSを用いた着色反応の結果を示す図である。
【図2】ポリアリルアミン処理をしていないニトロセルロース膜(A)及びポリアリルアミン処理を施したニトロセルロース膜(B)のTNBSを用いた着色反応の結果を示す図である。
【図3】ポリアリルアミン結合ナイロン膜基材(A)及びポリアリルアミン結合ニトロセルロース膜基材(B)それぞれに、開口部の直径が約0.5mmのキャピラリーを用い、2mg/ml, 1mg/ml, 0.5mg/mlの3種類の濃度の緑色蛍光タンパク質を、それぞれ4μlずつ、4カ所にスポットし、固定化した結果、及びポリアリルアミンで処理していないナイロン膜(C)及びニトロセルロース膜(D)に同様にタンパク質をスポットし、固定化を行った結果をそれぞれ示す図である。
【図4】ポリアリルアミン結合ナイロン膜基材(A)及びポリアリルアミン結合ニトロセルロース膜基材(B)それぞれに、開口部の直径が約0.5mmのキャピラリーを用い、0.5mg/ml, 0.25mg/ml, 0.125mg/mlの3種類の濃度の赤色蛍光タンパク質、それぞれ4μlずつ、4カ所にスポットし、固定化した結果、及びポリアリルアミンで処理していないナイロン膜(C)及びニトロセルロース膜(D)に同様にタンパク質をスポットし、固定化を行った結果をそれぞれ示す図である。
【図5】ポリアリルアミン結合ナイロン膜基材に、開口部の直径が約0.2mmのキャピラリーを用い、0.4mg/ml, 0.2mg/mlの2種類の濃度の赤色蛍光タンパク質を、それぞれ0.5μlずつ、0.4mg/mlのものについては3カ所、0.2mg/mlのものについては2カ所それぞれ、スポットし、固定化した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物を基材上に結合させたことを特徴とする、タンパク質アレイ用基材。
【請求項2】
一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物と結合する基材が、吸水性を有することを特徴とする、請求項1記載のタンパク質アレイ用基材。
【請求項3】
一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物が、ポリアリルアミンであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のタンパク質アレイ用基材。
【請求項4】
一級アミノ基を繰返し構造中に有するポリマー化合物が、ポリリジンであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のタンパク質アレイ用基材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質アレイ用基材に、一般式(I)
NH−R−COOH・・・ (I)
〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表す。〕
で示されるタンパク質を整列固定化したタンパク質アレイであって、上記担体に結合させたポリマー化合物の一級アミノ基に、一般式(I)で表されるタンパク質主鎖のカルボキシ末端がペプチド結合により、固定化されていることを特徴とするタンパク質アレイ。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質アレイ用基材上に、一般式(IV)
NH−R−CONH−R−COOH ・・・・ (IV)
〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表し、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ上記一般式(IV)で表されるタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。〕で示されるタンパク質が、タンパク質アレイ用基材上に整列配置、吸着されて固定化されていることを特徴とする、タンパク質アレイ。
【請求項7】
固定化されるタンパク質が、リンカーペプチドのアミノ酸配列を有する、請求項5又は6に記載のタンパク質アレイ。
【請求項8】
請求項1〜4に記載のタンパク質アレイ用基材上に、一般式(I)
NH−R−COOH・・・ (I)
〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表す。〕
で示されるタンパク質を整列固定化したタンパク質アレイを作成する方法であって、該タンパク質アレイ用基材に整列配置、吸着された、一般式(II)



〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表し、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ一般式(II)で表されるタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。〕
で示されるタンパク質と、該タンパク質アレイ用基材上のポリマー化合物とを反応させ、該ポリマー化合物の一級アミノ基に、一般式(II)のタンパク質主鎖のカルボキシ末端をペプチド結合させることを特徴とする、タンパク質アレイの作製方法。
【請求項9】
上記一般式(II)のタンパク質が、一般式(III)



〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表し、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ上記一般式(III)で表されるタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。〕で示されるタンパク質を、タンパク質アレイ用基材上に整列配置、吸着させ、シアノ化試薬と反応させることにより形成されたものである、請求項8に記載のタンパク質アレイの作製方法。
【請求項10】
請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質アレイ用基材上に、一般式(IV)
NH−R−CONH−R−COOH ・・・・ (IV)
〔式中、Rは任意のアミノ酸配列を表し、Rは中性付近で強く負に荷電しかつ上記一般式(IV)で表されるタンパク質の等電点を酸性にし得るアミノ酸配列を表す。〕で示されるタンパク質を、タンパク質アレイ用基材上に整列配置、吸着させることにより、固定化することを特徴とする、タンパク質アレイの作製方法。
【請求項11】
固定化されるタンパク質が、リンカーペプチドのアミノ酸配列を有する請求項8から10のいずれか記載のタンパク質アレイの作製方法。
【請求項12】
該タンパク質アレイ用基材上にタンパク質を整列配置する手段が、マイクロキャピラリーもしくは針状物してあることを特徴とする、請求項8〜11のいずれかに記載のタンパク質アレイの作製方法。
【請求項13】
該タンパク質アレイ用基材上にタンパク質を、整列配置する手段が、インクジェット方式であることを特徴とする、請求項8〜11のいずれかに記載のタンパク質アレイの作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2004−347317(P2004−347317A)
【公開日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−106450(P2003−106450)
【出願日】平成15年4月10日(2003.4.10)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】