説明

タンパク質分析用試薬

【課題】特定のタンパク質を高感度かつ簡便に測定することができる手段を提供する。
【解決手段】本発明は、一般式(I):
A−S−B (I)
[式中、
Aは疎水性の芳香族基または複素環基を有する蛍光団を含む蛍光化合物を表し、
Bは標的タンパク質と結合可能な10〜60アミノ酸からなるペプチドを表し、
はスペーサーを表す。]
を有する、タンパク質の検出または定量に用いるための蛍光試薬、ならびに該蛍光試薬を用いるタンパク質検出方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般式(I):
A−S−B (I)
[式中、
Aは疎水性の芳香族基または複素環基を有する蛍光発光団を含む蛍光化合物を表し、
Bは標的タンパク質と結合可能な10〜60アミノ酸からなるペプチドを表し、
はスペーサーを表す。]
を有する、タンパク質の検出または定量に用いるための蛍光試薬、ならびに該蛍光試薬を用いるタンパク質検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、癌マーカータンパク質のように疾患の指標となるタンパク質の構造決定が進み、そのようなタンパク質を定性分析または定量分析することにより疾患を検出しようとする試みが広く行われている。とりわけ、癌の増殖および転移に密接に関連する血管新生に関わる分子についての研究が進み、VEGF(血管内皮増殖因子)、エフリン、アンジオポエチンなどの分子が癌の病理に深く関わっていることが明らかになっている。この文脈ではVEGFは特に注目され、該分子の定性分析および定量分析をはじめとするハイスループット解析のための方法が求められている。
【0003】
一方、DNAチップ技術の発展により、RNAの発現を網羅的に解析するトランスクリプトーム解析が盛んに行われるようになってきた。しかしながら、このような手法により得られるRNA発現プロファイルとタンパク質発現プロファイルとは必ずしも一致するわけではなく、現在ではその相関は50%以下であると見積もられている。したがって、RNAの網羅的解析だけでなく、タンパク質発現そのものの解析を行うことが重要であると考えられている。
【0004】
タンパク質発現に関しては、二次元電気泳動法や質量分析法などが著しく発達しており、また、プロテインチップのように、核酸解析に匹敵するハイスループット分析法が現れている。今後、そのような技術的発展の成果を医療および健康管理の現場で活用するために、前述のVEGFのような疾患マーカーとなりうるタンパク質についての簡便かつ迅速な分析技術を確立することが必要となっている。
【0005】
試料中のタンパク質を定量するための代表的な方法としては、(1)吸光光度法、(2)Biuret試薬を用いるBiuret法、(3)フェノール試薬とBiuret法を組み合わせたLowry法、(4)Bradford法などが挙げられる。また、特定のタンパク質を特異的に測定する方法として、(5)ELISA法が用いられている。これらの手法の特徴は以下に示すとおりである。
【0006】
(1)吸光光度法:タンパク質中に含まれるチロシンおよびトリプトファンに起因する280nm付近での吸収を利用して、タンパク質濃度を算出する方法である。タンパク質の種類によって、チロシンおよびトリプトファンの含有量が異なるため、同じ濃度であっても280nmでの吸光度(A280nm)は変動しうるので、通常、対照濃度(1mg/mLなど)でのA280nmを1.0として、試料中のタンパク質濃度を算出する。操作が簡便であり、かつ測定後に試料の回収が可能である。タンパク質の種類によりA280nmが変動する。280nm付近の光を吸収しないタンパク質(例えば、コラーゲン、ゼラチン)については測定を行うことができない。紫外光を吸収する物質の混入により定量が妨害される。
【0007】
(2)Biuret法:アルカリ性条件下でタンパク質をCu2+溶液と反応させ、Cu2+がポリペプチド鎖中の窒素原子と配位結合することにより呈する赤色を、540nmにおける吸光度から測定することで、タンパク質濃度を算出する方法である。タンパク質の種類による発色率の違いが少ない。操作が簡単である。感度が低い。したがって低濃度試料の測定には使用することができない。
【0008】
(3)Lowry法:タンパク質をフェノール試薬(リンモリブデン酸とリンタングステン酸を酸性溶液に溶解させたもの)と反応させ、フェノール試薬がタンパク質中のチロシン、トリプトファンおよびシステインと反応することにより呈する青色を検出することで、タンパク質濃度を測定する方法である。ペプチド結合に由来する発色が強いため、Biuret法よりもはるかに感度が高く、最も一般的に使用されている方法である。還元反応により呈色が起こるため、他の還元物質による干渉を受ける。操作が煩雑で測定までに時間がかかる。タンパク質の種類によって発色率が異なる。
【0009】
(4)Bradford法:酸性溶液中でCoomassie Brilliant Blue G−250(トリフェニルメタン系青色色素)がタンパク質に結合することにより起こる色調変化(赤紫色から青色へ、極大吸収波長:465nmから595nmにシフト)を利用して、タンパク質を定量する。混入物質による影響を受けにくい。操作が簡単である。タンパク質の種類によって発色率が異なる。界面活性剤の混入により発色が阻害される。
【0010】
(5)ELISA法:特定のタンパク質に特異的に結合する抗体を利用して、対象となるタンパク質の定量を行う免疫学的方法である。特定のタンパク質の濃度を測定することができる。測定に時間がかかる。
【0011】
これらの手法に存在する様々な欠点を勘案すると、タンパク質を検出・測定するための新たな手法が必要であることが理解されよう。
【0012】
ここで、種々の化学物質の測定に、蛍光測定法が用いられている。蛍光測定法は、高感度であること、必要とされる試料が少量であること、大掛かりな装置や熟練した技術を必要としないこと、などの利点を有する。
【0013】
蛍光測定法を利用したタンパク質定量については、これまでも報告されている。蛍光色素とタンパク質との直接的な結合を用いる方法としては、例えば、フルオレサミンを利用した方法(フルオレサミンが第1級アミンと結合すると、495nmの強い蛍光を発する蛍光物質となることを利用する)、シアニン色素を用いる方法、アゾール誘導体を用いる方法などがある(特許文献1)。しかしながら、これらの方法では、タンパク質の種類によって検出率が異なること、検量線が直線とならないこと、色素同士の会合により測定誤差が生じること、ストークスシフトが小さいことなどの問題点がある。さらに、これらの検出方法ではすべてのタンパク質を非特異的に検出する。蛍光測定を利用し、かつ特定のタンパク質を特異的に検出するための方法としては、標識プローブペプチドを用いる方法(特許文献2)、標識抗体を用いる方法(特許文献3)などが開発されている。
【0014】
【特許文献1】特開2006−234772号公報
【特許文献2】特開2002−14102号公報
【特許文献3】特開2004−77387号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
そこで本発明は、特定のタンパク質を高感度かつ簡便に測定することができる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、標的タンパク質に特異的に結合可能なペプチドを蛍光化合物と連結した本発明の蛍光試薬は、標的タンパク質の不存在下では顕著な蛍光を生じないが、これを標的タンパク質に作用させると、該蛍光試薬中のペプチド部分が標的タンパク質に結合することにより、蛍光化合物が標的タンパク質と相互作用して蛍光化合物の蛍光団近傍が疎水的環境となり、それにより蛍光化合物からの蛍光が生じることを見出し、本発明を完成させた。
【0017】
すなわち、本発明は以下の特徴を有する。
(1)一般式(I):
A−S−B (I)
[式中、
Aは疎水性の芳香族基または複素環基を有する蛍光団を含む蛍光化合物を表し、
Bは標的タンパク質と結合可能な10〜60アミノ酸からなるペプチドを表し、
はスペーサーを表す。]
によって表され、かつBに結合した標的タンパク質がAの疎水性基と相互作用するときに蛍光が生じる、タンパク質分析用蛍光試薬。
【0018】
(2)固相に結合するための基Cをさらに有し、一般式(II):
A−S−B−S−C (II)
[式中、
Aは疎水性の芳香族基または複素環基を有する蛍光団を含む蛍光化合物を表し、
Bは標的タンパク質と結合可能な10〜60アミノ酸からなるペプチドを表し、
Cは固相に結合する部分を表し、
およびSはスペーサーを表す。]
によって表される、上記(1)に記載の蛍光試薬。
【0019】
(3)前記スペーサーSおよび/またはSが、置換もしくは非置換のアルキレン、オキシアルキレンまたはペプチドである、上記(1)または(2)に記載の蛍光試薬。
【0020】
(4)前記蛍光化合物Aの疎水性の芳香族基または複素環基が、置換または非置換の、ナフチル、アントラニル、ピレニル、ビフェニル、クマリン、ダンシル、ベンゾチアゾリル、フルオレセイン、ローダミン、ピリジン、ビピリジン、キノリルおよびフェナントロリルからなる群より選択される基である、上記(1)〜(3)のいずれか1つに記載の蛍光試薬。
【0021】
(5)前記蛍光化合物Aがフルオレセイン、ダンシル、ローダミンまたはそれらの蛍光性誘導体である、上記(1)〜(4)のいずれか1つに記載の蛍光試薬。
(6)前記ペプチドBと結合可能な標的タンパク質が、VEGFである、上記(1)〜(5)のいずれか1つに記載の蛍光試薬。
(7)前記ペプチドBが、配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列を含む、上記(6)に記載の蛍光試薬。
【0022】
(8)前記一般式(II)中、S−B−S−Cに対応する部分が配列番号3に示すアミノ酸配列を有するペプチドである、上記(7)に記載の蛍光試薬。
(9)前記基Cが、第1級アミノ基、チオール基、カルボキシル基、水酸基、またはエポキシ基を有する基である、上記(2)〜(8)のいずれか1つに記載の蛍光試薬。
(10)上記(1)〜(9)のいずれか1つに記載の蛍光試薬を固相上に含む、固定化蛍光試薬。
(11)上記(1)〜(9)のいずれか1つに記載の蛍光試薬を用いる、タンパク質検出方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、特定のタンパク質について、効率よく、高感度の検出および測定を実現することができる。さらに、本発明を、疾患関連遺伝子発現のハイスループット解析に用いることにより、疾患の診断、予防および治療に役立てることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明において「蛍光」とは、ある分子に特定の波長の光(励起光)を照射した際に該分子から発せられる照射光とは異なる波長の光、またはそのような光を発することを意味する。本発明において「蛍光化合物」、「蛍光分子」、「蛍光色素」などの用語は相互に交換可能に用いられ、いずれも特定の条件で蛍光を発することが可能な化合物を意味する。
【0025】
本発明において、ペプチドについて標的タンパク質と「結合可能な」とは、該ペプチドが標的タンパク質と何らかの様式で結合し得ることを意味し、結合には共有結合およびイオン結合、疎水的結合、ファンデルワールス力による結合などの非共有結合が含まれる。結合は特異的であることが好ましい。この場合「特異的」とは、該ペプチドが標的タンパク質とは結合するが、それ以外のタンパク質とは実質的に結合しないことを意味する。標的タンパク質に特異的に結合する分子は、それ以外のタンパク質に対する結合と比較して、標的タンパク質に対して、好ましくは100倍以上、1000倍以上、または10000倍以上の強度で結合する。
【0026】
本発明では、標的タンパク質は、例えば、結合可能なリガンドを有する受容体タンパク質、接着タンパク質、抗原または抗体などのように、タンパク質間相互作用が可能なタンパク質である。標的タンパク質は、例えば疾患と関連するものであってもよい。そのようなものには、その存在量の増減が疾患の存在を示唆するタンパク質のように、疾患の診断に使用可能なタンパク質が含まれる。標的タンパク質としては、上皮増殖因子(EGF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、脳由来増殖因子(BDGF)、血管内皮増殖因子(VEGF)などの増殖因子、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチンなどの細胞接着因子、インスリン、ソマトスタチン、ソマトトロンビン、性腺刺激ホルモン放出因子などのホルモン、LDLなどのリポタンパク質、種々の腫瘍マーカー、抗体などが挙げられる。本発明の実施形態では、標的タンパク質は血管内皮増殖因子(VEGF)である。
【0027】
一般式(I)または(II)で表される本発明の蛍光試薬中、Aは疎水性の芳香族基または複素環基を有する蛍光団を含むいずれかの蛍光化合物である。Aとして用いることができる分子としては、ナフタレン系化合物、アントラセン系化合物、ピレン系化合物、ビフェニル系化合物、クマリン系化合物、ベンゾチアゾール系化合物、ビピリジン系化合物、キノリン系化合物、フェナントロリン系化合物などの多環芳香族/複素環化合物のうち、蛍光を発するものが挙げられる。通常用いられる蛍光化合物であるフルオレセイン、ローダミン、ダンシル、Alexa、FITC、Cy3なども、Aとして用いることができる。好ましい蛍光化合物はフルオレセイン、ローダミン、ダンシル、またはそれらの蛍光性誘導体である。
【0028】
本発明の蛍光試薬中、Bは標的タンパク質に結合可能なペプチドである。例えばペプチドは、標的タンパク質との結合ドメインに由来する配列を有している。該ペプチドの長さは好ましくは10〜60アミノ酸長、より好ましくは15〜40アミノ酸長である。特定のタンパク質に特異的に結合することが可能なペプチドの配列は種々知られており、また当業者はそのようなペプチドを適宜特定することができる。例えば、標的タンパク質がVEGFである場合、Bとして用いることができるペプチドのアミノ酸配列はRGWVEICAADDYGRCL(配列番号1)またはGNECDIARMWEWECFERL(配列番号2)、あるいはこれらのアミノ酸配列に対して80%以上、好ましくは90%以上の同一性を有する配列である。Bとしては、標的タンパク質に特異的に結合する抗体のFabドメインなども用いることができる。
【0029】
本発明の蛍光試薬中、Cは該融合分子を固相に結合するために用いることができる基であれば特に制限されない。好ましい基Cは、第1級アミノ基、チオール基、カルボキシル基、水酸基、またはエポキシ基を有する基である。このような官能基を有する化合物は、それぞれ対応する結合基を用いて活性化された固体担体表面に結合し、したがって本発明の蛍光試薬を固相に固定化することが可能である。例えば、アミノ基と結合可能な基はホルミル基、エステル基、活性化BrCN基などであり、チオール基と結合可能な基はジスルフィド基などであり、カルボキシル基と結合可能な基は水酸基、アミノ基などであり、エポキシ基と結合可能な基は水酸基、アミノ基などである。
【0030】
本発明の蛍光試薬中、SおよびSはそれぞれA−BおよびB−Cを連結する役割を持つスペーサーである。好適には、該スペーサーは置換もしくは非置換のアルキレン、オキシアルキレンまたはペプチドであり、好ましくはグリシンを含むリンカーペプチドである。例えば、該スペーサーは、配列GPGSGを有するペプチドである。
【0031】
本発明の蛍光試薬のペプチド部分は、化学合成されたものでも、宿主細胞により組換え的に発現された後に精製されたものでもよい。
【0032】
本発明の蛍光試薬を固定化するための固相は、その上で標的タンパク質の結合により生じる蛍光の測定を行うことができるものであれば特に制限されない。固相の材料は、ガラス、プラスチック、金または銀の薄膜を蒸着したガラス表面でありうる。好ましい固相としては、スライドガラス、プラスチックプレート、表面プラズモン共鳴分析用の金基板などが挙げられる。しかしながら、固相の形状および材質は特に制限されるものではない。
【0033】
本発明には、上記の蛍光試薬を固相上に含む、固定化蛍光試薬も包含される。
本発明の蛍光試薬に関して、蛍光化合物A、スペーサーS、タンパク質結合ペプチドB、スペーサーSおよび基Cの間は、共有結合であっても、非共有結合であってもよい。スペーサーSおよびSがペプチドである場合、それらとペプチドBの間は好ましくはペプチド結合である。化合物Cと固相との結合も、共有結合であっても非共有結合であってもよい。
【0034】
本発明の蛍光試薬は、疎水的環境では蛍光化合物の蛍光強度が増大することを利用している。すなわち、本発明は、理論に拘束されないが、以下のメカニズムを有すると考えられる:標的タンパク質に結合可能なペプチドを蛍光化合物と連結した蛍光試薬は、標的タンパク質の不存在下では顕著な蛍光を生じない。しかしこれを標的タンパク質に作用させると、該蛍光試薬中のペプチド部分が標的タンパク質に結合することにより、蛍光化合物が標的タンパク質と相互作用して蛍光化合物の蛍光団近傍が疎水的環境となり、それにより蛍光化合物からの蛍光が生じる。本発明のメカニズムの概略を図1に示す。この場合、相互作用とは、標的タンパク質と蛍光化合物との間に何らかの物理的および/または化学的作用が生じている状態を指し、例えば、標的タンパク質が、イオン結合、疎水的結合、ファンデルワールス力による結合などにより非共有的に結合している状態がこれに含まれる。
【0035】
本発明の蛍光試薬においては任意の蛍光化合物を用いることができる。また、ペプチド部分として標的タンパク質に特異的に結合可能なペプチドを用いることができる。したがって、本発明の標的タンパク質の検出または定量は、ストークスシフトが十分に大きく、蛍光強度が十分に強い、検出が容易な蛍光化合物を用いて行うことができ、かつ標的タンパク質に特異的な検出を行い得る点で、既存の蛍光測定法によるタンパク質検出と比較して有利である。
【0036】
本発明の蛍光を用いたタンパク質検出または測定は、市販の通常用いられる機器を使用して行うことができる。例えば、用いることができる機器としては、マイクロプレートリーダー、蛍光分光光度計、蛍光顕微鏡などが挙げられる。
【0037】
上記のとおり、蛍光測定は、検出感度が高く、微量の試料のみしか必要とせず、また一般的な機器により実施可能である。そのため、これを特定のタンパク質の特異的検出に応用した本発明の蛍光試薬を用いることにより、非常に効率のよいタンパク質測定を実現することができる。
【0038】
本発明には、本発明の蛍光試薬を用いたタンパク質の検出方法が含まれる。タンパク質の検出は液相において行ってもよいし、蛍光試薬を固相に固定化して固相上で行ってもよい。本発明の検出方法は、例えば、本発明の蛍光試薬を被験試料と接触させるステップ、本発明の蛍光試薬からの蛍光を検出/測定するステップ、得られた蛍光強度を適切な対照と比較することにより、試料中の標的タンパク質の有無または濃度を決定するステップを含む。適切な対照としては、標的タンパク質を含まないことが知られている対照試料と接触させた場合の蛍光強度、または既知濃度の標的タンパク質が含まれる標準試料を用いて得られた蛍光強度などが挙げられる。
【実施例】
【0039】
実施例1:フルオレセインを用いた蛍光試薬
(1)蛍光試薬の作製
本発明の蛍光試薬中のAの蛍光化合物としてフルオレセインを用い、Bのタンパク質結合ペプチドとしてVEGF結合ペプチド(配列番号1)を用い、Cの固相結合基としてアミノ基を有するリジンを用い、かつSおよびSのスペーサーとしてそれぞれGPGSGおよびGPGSの配列を有するペプチドを用いた。かかる蛍光試薬は自動ペプチド合成機を用いて合成した。該蛍光試薬の構造を以下に示す。
【0040】
フルオレセイン−GPGSG−RGWVEICAADDYGRCL−GPGS−K
該蛍光試薬のHPLCにおけるクロマトグラムを図2に示す。クロマトグラフィーの条件は以下のとおりである:
カラム:Supelco Discovery HS C18 4.6mm I. D.×7.5cm Particle 3μm
圧力:7.6MPa
カラム温度:27.4℃
溶離液:0.1% TFA
該蛍光試薬のマススペクトルを図3に示す。
【0041】
(2)蛍光スペクトル測定
上記(1)で作製した蛍光試薬に関して、VEGFの存在・不存在による蛍光強度の変化を確認するために、蛍光スペクトル測定を行った。VEGFとしてはヒトVEGF121を用いた。VEGFはPERPROTECH社から入手した。蛍光スペクトル測定は、蛍光分光光度計(日本分光(株)製)を用いて行った。測定の条件は以下のとおりである:
蛍光試薬:10μM(リン酸緩衝生理食塩液中)
VEGF121:0〜500ng/mL
測定温度:25℃
励起波長:494nm
【0042】
VEGFの存在下および不存在下での蛍光スペクトル測定の結果を図4に示す。VEGFが存在する場合のVEGF濃度は500ng/mLである。VEGFの添加により、蛍光強度が顕著に増大したことが見て取れる。
【0043】
530nmでの蛍光強度をVEGF濃度に対してプロットした結果を図5に示す。蛍光強度とVEGF濃度との間に、直線的な相関関係があることが見て取れる。このことは、本発明の蛍光試薬が、標的タンパク質の定量に有用であることを示している。
【0044】
(3)蛍光試薬の固相への固定化
まず、以下の2種類の試薬を用いて金基板上に単分子膜コーティングを施した。
【0045】
【化1】

【0046】
試薬1および試薬2はDOJINDOから入手した。試薬1(1.9mM)および試薬2(0.1mM)の混合溶液(エタノール中)2mLに金基板(GE Healthcare社製)を浸漬し、室温で12時間放置した。基板をエタノールで洗浄後、Ar気流下で30分間乾燥した。その後、基板をBiacore T100用センサーチップに装着した。
【0047】
単分子膜を構成する上記試薬2のカルボキシル基と、本発明の蛍光試薬の基Cに該当するリジン残基のアミノ基との共有結合によって、金基板上に蛍光試薬を固定化した。まず、EDC/NHS(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩/N−ヒドロキシスクシンイミド)によって試薬2のカルボキシル基の反応活性化を行った。続いて反応活性化された金基板と本発明の蛍光試薬とを接触させ、該蛍光試薬を金基板上に固定化した。最後に、未反応のカルボキシル基をブロッキングするために、エタノールアミンを添加した。
【0048】
固定化反応を表面プラズモン共鳴によりモニタリングした。反応条件は以下のとおりである:
EDC:1.0mM(HO中)
NHS:1.0mM(HO中)
蛍光試薬:100μg/mL(酢酸緩衝液(10mM、pH4.0)中)
エタノールアミン:1.0M(pH8.5)
フロー溶液:リン酸緩衝生理食塩液(0.01M、pH7.4)
流速:5.0μL/分
分析装置:Biacore T100
モニタリングの結果を図6に示す。
【0049】
(4)固定化された本発明の蛍光試薬とVEGFとの結合
上記(3)で固相に固定化された蛍光試薬と、VEGF121との結合を、表面プラズモン共鳴を用いてモニタリングした。反応条件は以下のとおりである:
VEGF121:5.0、2.5、1.2、0.7または0μg/mL(リン酸緩衝生理食塩液(0.01M、pH7.4)中)
流速:30μL/分
分析装置:Biacore T100
結果を図7に示す。VEGFの濃度増加にしたがってシグナル強度が増大している。
【0050】
(5)固定化された本発明の蛍光試薬の蛍光スペクトル測定
上記(3)で基板に固定化した本発明の蛍光試薬について、種々の濃度のVEGF存在下での蛍光スペクトルを測定した。測定条件は以下のとおりとした:
VEGF:0、0.15、0.30、0.50、1.00μg/mL(リン酸緩衝生理食塩液(pH7.4)中)
励起波長:470nm
【0051】
結果を図8に示す。VEGF濃度が上昇するに従い、本発明の蛍光試薬の蛍光強度が増大しているのが見て取れる。このことは、固相に固定化した本発明の蛍光試薬が、標的タンパク質の定量に有用であることを示している。
【0052】
(6)血清中のVEGFとの結合による蛍光強度の増大
本発明の蛍光試薬について、VEGFを添加した血清の付加による蛍光強度の増大を確認した。上記(3)で基板に固定化した本発明の蛍光試薬に、VEGF未添加(0μg/mL)またはVEGF添加(0.2μg/mL)のラット血清((株)日本バイオテスト研究所)を加えた、蛍光スペクトルを測定した。励起波長は470nmとした。
【0053】
結果を図9に示す。VEGFを添加した血清の場合に、顕著に蛍光強度が高いことが見て取れる。このことは、本発明の蛍光試薬が、血清等の生体試料での測定においても阻害物質に影響されないこと、したがってそのような生体試料での標的タンパク質の分析にも有用であることを示している。
【0054】
実施例2:ダンシルを用いた蛍光試薬
(1)蛍光試薬の作製
本発明の蛍光試薬中のAの蛍光化合物としてダンシルを用いた蛍光試薬を実施例1と同様にして作製した。該蛍光試薬の構造を以下に示す。
ダンシル−GPGSG−RGWVEICAADDYGRCL−GPGS−K
【0055】
(2)蛍光スペクトル測定
VEGFの濃度に依存したダンシル蛍光試薬の蛍光強度の増大を、蛍光スペクトル測定により測定した。測定条件は以下のとおりである:
蛍光試薬:10μM(リン酸緩衝生理食塩液中)
VEGF121:0〜1μg/mL
測定温度:25℃
励起波長:350nm
【0056】
蛍光スペクトルを図10に示す。VEGF濃度の増大に伴ってダンシルの蛍光強度が増大しているのが見て取れる。
【0057】
510nmでの蛍光強度をVEGF濃度に対してプロットした結果を図11に示す。蛍光強度とVEGF濃度との間に、直線的な相関関係があることが見て取れる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明により、特定のタンパク質の定量のための高感度かつハイスループットな手段を実現することができる。また、そのような手段は、疾患の検出・診断のための効率のよい方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の蛍光試薬と標的タンパク質との結合による蛍光発生の概略を表す図である。
【図2】HPLCでの本発明の蛍光試薬のクロマトグラムである。
【図3】本発明の蛍光試薬のマススペクトルである。
【図4】VEGF添加前後における本発明の蛍光試薬の蛍光スペクトルである。
【図5】VEGFと混合したときの、本発明の蛍光試薬の530nmにおける蛍光強度のVEGFに対するプロットである。
【図6】本発明の蛍光試薬の基板上への固定化反応を表す表面プラズモン共鳴の結果である。
【図7】基板上に固定化された本発明の蛍光試薬とVEGFとの結合を表す表面プラズモン共鳴の結果である。
【図8】基板上に固定化された本発明の蛍光試薬の蛍光スペクトルである。
【図9】基板上に固定化された本発明の蛍光試薬に、VEGF含有血清を付加したときの蛍光スペクトルである。
【図10】種々のVEGF濃度での本発明のダンシル蛍光試薬の蛍光スペクトルである。
【図11】VEGFと混合したときの、本発明のダンシル蛍光試薬の510nmにおける蛍光強度のVEGFに対するプロットである。
【配列表フリーテキスト】
【0060】
配列番号1〜3:VEGF結合性ペプチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I):
A−S−B (I)
[式中、
Aは疎水性の芳香族基または複素環基を有する蛍光団を含む蛍光化合物を表し、
Bは標的タンパク質と結合可能な10〜60アミノ酸からなるペプチドを表し、
はスペーサーを表す。]
によって表され、かつBに結合した標的タンパク質がAの疎水性基と相互作用するときに蛍光が生じる、タンパク質分析用蛍光試薬。
【請求項2】
固相に結合するための基Cをさらに有し、一般式(II):
A−S−B−S−C (II)
[式中、
Aは疎水性の芳香族基または複素環基を有する蛍光団を含む蛍光化合物を表し、
Bは標的タンパク質と結合可能な10〜60アミノ酸からなるペプチドを表し、
Cは固相に結合する部分を表し、
およびSはスペーサーを表す。]
によって表される、請求項1に記載の蛍光試薬。
【請求項3】
前記スペーサーSおよび/またはSが、置換もしくは非置換のアルキレン、オキシアルキレンまたはペプチドである、請求項1または2に記載の蛍光試薬。
【請求項4】
前記蛍光化合物Aの疎水性の芳香族基または複素環基が、置換または非置換の、ナフチル、アントラニル、ピレニル、ビフェニル、クマリン、ダンシル、ベンゾチアゾリル、フルオレセイン、ローダミン、ピリジン、ビピリジン、キノリルおよびフェナントロリルからなる群より選択される基である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の蛍光試薬。
【請求項5】
前記蛍光化合物Aがフルオレセイン、ダンシル、ローダミンまたはそれらの蛍光性誘導体である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の蛍光試薬。
【請求項6】
前記ペプチドBと結合可能な標的タンパク質が、VEGFである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光試薬。
【請求項7】
前記ペプチドBが、配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列を含む、請求項6に記載の蛍光試薬。
【請求項8】
前記一般式(II)中、S−B−S−Cに対応する部分が配列番号3に示すアミノ酸配列を有するペプチドである、請求項7に記載の蛍光試薬。
【請求項9】
前記基Cが、第1級アミノ基、チオール基、カルボキシル基、水酸基、またはエポキシ基を有する基である、請求項2〜8のいずれか1項に記載の蛍光試薬。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の蛍光試薬を固相上に含む、固定化蛍光試薬。
【請求項11】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の蛍光試薬を用いる、タンパク質検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−186357(P2009−186357A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−27552(P2008−27552)
【出願日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「高集積・複合MEMS製造技術開発事業 バイオ材料(タンパク質など)の選択的修飾技術」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】