説明

タンパク質産生新規ヒト細胞株、新規ヒト細胞株の選択方法、新規ヒト細胞株の使用、それらからのタンパク質産生方法及び精製方法、及び新規ヒト細胞株を利用した薬学組成物

【解決手段】 細胞内総タンパク質量が100万細胞につき0.1〜1mg前後のヒト細胞株を形質転換することで樹立された新規ヒト細胞株であり、この新規ヒト細胞株中に所望のタンパク質生産遺伝子を導入し、その後培養することで前記タンパク質生産遺伝子由来のタンパク質を高効率で継続的に生成することが可能であることを特徴とする前記新規ヒト細胞株。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
基礎出願
本明細書は、2004年3月1日に出願された、同時係属である日本国特許出願番号第2004−056551号、発明の名称「タンパク質産生新規ヒト細胞株、新規ヒト細胞株の選択方法、新規ヒト細胞株の使用、それらからのタンパク質産生方法及び精製方法、及び新規ヒト細胞株を利用した薬学組成物」に対してパリ優先権を主張するものである。
【0002】
本発明は、薬剤や機能性食品などに応用可能なタンパク質の効率的かつ経済的な生産方法に関するものであり、より詳しくは、目的タンパク質生産遺伝子を導入することで当該目的タンパク質を生産することができるヒト細胞株、その選択及び使用に関するものである。また、この本発明は、そのようにして同定されるヒト細胞株を用いたタンパク質の生産方法にも関する。
【背景技術】
【0003】
一般に、タンパク質生産系は、大腸菌などの微生物に遺伝子を導入し、発現させるものである。しかし、複合タンパク質(糖鎖を有するタンパク質など)の生産を微生物で行うことは細胞構造上困難である。また、酵母や一部の動物細胞(ハムスター細胞)を用いて、複合タンパク質を生産する事業等も行われている。しかしながら、生産に関与する細胞固有の糖修飾が行われ、医療等で期待するヒト由来の複合タンパク質とは性質が異なってしまうという問題点がある。
【0004】
研究レベルでは、ヒト細胞に遺伝子導入して、タンパク質を生産した報告もあるが、その生産期間は一ヶ月程度と一過性であり、工業利用するための長期間、安定した生産に成功した例はない。
【0005】
すなわち、前述した従来の方法では、次のような問題点がある。
【0006】
まず、微生物などの原核細胞を用いたタンパク質生産系では、構造の単純なタンパク質しか生産できず、例えば、酵素の作用部分(活性中心を含む)の構造の一部などがあげられる。これは、微生物の細胞内のタンパク質合成系が高等動物細胞とは異なっているためと考えられており、結果として、分子量が大きいタンパク質の立体構造を構築することが困難であるためである。
【0007】
また、糖鎖などタンパク質以外の物質とタンパク質が結合した複合タンパク質の場合には、微生物自体が複合タンパク質を合成する細胞器官を有せず、原理的に合成不可能であった。
【0008】
また、酵母やヒト以外の動物細胞、昆虫細胞を利用したタンパク質生産は、前述の微生物の場合とは異なり、複合タンパク質の合成器官も細胞内に存在し、極めて高度なタンパク質合成が可能である。しかしながら、酵母由来の糖鎖、ヒト以外の異種細胞由来の独自の糖鎖修飾などが生じてしまい、ヒト由来の遺伝子産物を取得することは困難であった。
【0009】
こうした問題点は、ヒト細胞(高等動物細胞の細胞)を用いて、標的タンパク質遺伝子を導入、発現することにより解決が可能である。しかしながら、現在のところ、一過性的な発現の例はあるが、工業生産が可能になるための1年以上に渡り、長期的なタンパク質生産が困難であること、タンパク質の生産性が導入後およそ2ヶ月以内で消失してしまうこと、発現タンパク質の生産量が少ないなどの問題がある。
【0010】
これに対して、ヒト由来の複合タンパク質を生産するための方法として、ヒト細胞株における内因性遺伝子の活性化による方法が提案されている(特表2001−511342号明細書(特許文献1))。しかし、これら技術は、内因性遺伝子の活性化によるヒト細胞株中でのヒト蛋白質の生産であるから、目的タンパク質に合わせてヒト細胞株を選ぶ必要があり、その選択が問題になる。そして、生産するタンパク質に応じて生産効率が変動して安定せず、大抵の場合その効率は低くならざるを得ない。また、当該ヒト細胞株を用いてヒト由来以外の複合タンパク質を生産することはできない等、応用性が低い。
【0011】
上述した問題を解決し、そのようなタンパク質の長期及び安定産生を実現する複合タンパク質産生方法が非常に望まれていた。
【0012】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、ヒト細胞が形質転換した細胞株を使用して、遺伝子導入によりその遺伝子に由来したタンパク質を長期、安定的に生産できる新規ヒト細胞株、その選択方法、使用、その細胞株を用いたタンパク質の生産方法、そのタンパク質を用いた薬剤組成物を提供することをその目的とするものである。
【0013】
なお、本発明に関連する先行特許文献としては上記特許文献1以外にも以下の、特開2002−51780、特表2001−500381、特開平8−163982、特表2003−509025、特開平5−310795、特開平6−141882、特表平8−501695、特開平6−78759、特開2003−274963、特開2002−58476、特表2000−506379があるが、いずれも上記本発明の目的を達成するものではない。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0014】
細胞内総タンパク質量が100万細胞につき0.1〜1mg前後のヒト細胞株を形質転換することで樹立された新規ヒト細胞株であり、この新規ヒト細胞株中に所望のタンパク質生産遺伝子を導入し、その後培養することで前記タンパク質生産遺伝子由来のタンパク質を高効率で継続的に生成することが可能であることを特徴とする前記新規ヒト細胞株が提供される。
【0015】
また、この発明の別の実施形態によれば、特定のヒト細胞株を形質変換することで樹立された新規ヒト細胞株であり、この新規ヒト細胞株中に所望のタンパク質生産遺伝子を導入し、無血清培養することで前記タンパク質生産遺伝子由来のタンパク質を少なくとも2ヶ月以上の期間を通して、継続的に100万細胞当たり一日につき1ng〜10μgの量生産することが可能であることを特徴とする前記新規ヒト細胞株が提供される。
【0016】
この発明の更なる実施形態によれば、(a)細胞内総タンパク質量が100万細胞につき0.1〜1mg前後のヒト細胞株を選択し、(b)そのうち倍加時間18〜24時間で限界希釈法によるクローニング効率が90%以上の細胞株を発ガン物質により変異させ、その変異されたヒト細胞株のうち倍加時間18〜24時間で限界希釈法によるクローニング効率が90%以上の細胞株を新規ヒト細胞株として選択する工程を含む新規ヒト細胞株の選択方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明者らは、ヒト細胞を形質転換し、培地交換によって無限増殖する細胞株を使用して、ヒト細胞株で長期、安定的にタンパク質生産が行われる細胞株の選択方法について検討を重ね、以下に述べるいくつかの細胞の性質を併せ持ち、かつ、遺伝子導入に耐えうる細胞株を選択に成功した。次に、導入用遺伝子の検討や細胞培養用の培地成分の検討、無血清細胞培養技術の確立を行い、最終的にヒト細胞株によるタンパク質の製造技術を完成したものである。
【0018】
すなわち、本発明のヒト細胞株の選択・同定に当たっては、種々のタンパク質を生産することが目的であるため、人体の種々の臓器由来のヒト細胞株の中から、細胞自身のタンパク質生産量の多い細胞株を選択した。次に、タンパク質生産用のヒト細胞株が外来遺伝子導入や発現のための培養操作が行われ、細胞の生存、増殖に対する負荷が発生することから、培養器中に細胞が一個しか存在しない状態からでも高効率で倍加、増殖するクローンを選択した。この発明の実施例では、倍加時間18〜24時間で限界希釈法によるクローニング効率が90%以上の細胞株についてこの条件に適合しているとした。
【0019】
さらに、本発明の実施例では、ほ乳動物細胞でタンパク質を生産するための遺伝子であるサイトメガロウイルス由来のプロモーター、G418薬剤耐性遺伝子とヒト抗体重鎖遺伝子を組み換えたベクターを構築し、タンパク質生産の候補となるヒト細胞株に導入、発現させ効率を調べた。これらの過程を経て、最終的に少なくとも2月以上、好ましくは1年以上の培養期間にわたり、安定的かつ継続的に100万細胞当たり一日につき1ng〜10μgという高効率で導入遺伝子由来のタンパク質を生産するヒト細胞株SC−01MFP、SC−02MFP細胞の分離、樹立に成功した。
【0020】
なお、本実施例に係るSC−01MFP、SC−02MFP細胞は、ヒト由来のタンパク質だけでなく、その他の生物種由来のタンパク質も合成、製造可能である。
【0021】
以下、本発明をその実施形態及び実施例に従い詳細に説明する。
【0022】
本発明は、ヒト細胞株によるタンパク質の製造手法であり、細胞を使用したタンパク質の合成には、用いるヒト細胞株の性質に大きく依存する。そこで、本発明者は、種々のヒト由来の細胞株から以下のようにして、長期、安定的なタンパク質生産を可能とするヒト細胞株を分離、選択し、変異株を取得した。
【0023】
タンパク質生産用に用意したヒト細胞株は、ヒト血球系細胞株4種(ヒト白血病T細胞株PEER、ヒト白血病細胞株SK-729-2、ヒト骨髄腫細胞株KMS−12BM、RPMI8226)、ガン細胞株4種(ヒト胃ガン細胞株TMK−1、ヒト肺ガン細胞株A549、ヒト乳ガン細胞株MCF-7、ヒト肺ガン細胞株PC−8)である。これらの細胞のうち、リンパ球系の浮遊細胞については、基本合成培地としてRPMI1640培地を用いた。ガン細胞は、接着細胞であるため、ERDF培地を用いた。なお、増殖因子としてウシ胎児血清(FBS)を使用した。
【0024】
タンパク質生産用ヒト細胞株の選択には、まず、細胞内タンパク質総量を基準にした。タンパク質の生産性は、細胞内タンパク質の総量が多い細胞ほど、外来遺伝子の導入によるタンパク質の生産量が高いという発明者らの知見に基づくものである。したがって、まず、本発明においては、細胞内タンパク質総量が100万細胞につき0.1〜1mg前後若しくはそれ以上であることを基準とし、その基準を満たすヒト細胞株を選択した。
【0025】
次に、細胞の増殖特性、クローニング効率を選択基準とした。遺伝子の導入に成功した細胞株は、培養初期の段階で一個の状態から増殖する必要があること、遺伝子導入操作による細胞への物理的負荷に耐えて増殖する必要があることがあるとの発明者らの知見に基づくものである。本発明においては、倍加時間18〜24時間でクローニング効率が90%以上の細胞株を選択するというきわめて高い基準を適用した。
【0026】
これらの評価及び分取は、限界希釈法による細胞クローニング、フローサイトメーターを用いた細胞機能解析技術により行った。
【0027】
また、このようにして得られた変異細胞株を発ガン物質であるニトロソグアニジン(MNNG)添加培地にて、細胞の変異を誘発させ、再度、細胞増殖特性の高いクローンを限界希釈法によるクローニングを行い、上記と同じ条件でクローニング効率が90%以上のものを選択した。
【0028】
一方、このようにして選択されたヒト細胞株をタンパク質生産を医薬や食品素材の生産手段とするには、ウシ胎児血清などを含む培養培地での生産では、異種タンパク質や成分不明のタンパク質の混在により、目的タンパク質のみを分離・精製することが困難になる。また、高密度培養の際に、血清由来の増殖阻害因子が作用する場合もあり、無血清培養化は必要不可欠である。そこで、予め、タンパク質生産用のヒト細胞株を無血清培養可能にするため、そのような細胞株を選択することとした。この例では、増殖因子として、インスリン、トランスフェリン、エタノールアミン、亜セレン酸ナトリウムを用いた。
【0029】
次に、得られたクローンを実際に、ほ乳動物細胞でタンパク質を生産するための遺伝子であるサイトメガロウイルス由来のプロモーター、G418薬剤耐性遺伝子とヒト抗体重鎖遺伝子を組み換えたベクターを構築し、タンパク質生産の候補となるヒト細胞株に導入、発現させ効率を調べた。
【0030】
このようにして、タンパク質発現が2ヶ月以上継続すること、好ましくは半年以上、より好ましくは1年以上タンパク質生産量が安定していることを基準に、そのような基準を満たす形質転換ヒト細胞株を、タンパク質生産用ヒト細胞株として樹立した。結果的にヒト骨髄腫由来RPMI8226細胞株から樹立されたものをSC−01MFP細胞株(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1に所在する独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにおいて受領番号:FERM BP−10077によって2004年7月28日付けで全指定国に対して寄託済み)と命名し、ヒト骨髄腫由来KMS−12BM細胞株から樹立されたものをSC−02MFP細胞株(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1に所在する独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにおいて受領番号:FERM BP−10078によって2004年7月28日付けで全指定国に対して寄託済み)と命名した。
【0031】
この発明は、このようにして選択された新規ヒト細胞株、この新規ヒト細胞株を選択するための方法、この新規ヒト細胞株の使用、タンパク質生産方法及び精製方法、当該タンパク質を利用した薬剤組成物に関するものである。
【0032】
実施例
次に本発明の実施形態に従う新規ヒト細胞株の選択及びその結果の例、当該新規ヒト細胞株を用いたタンパク質生産の例、その他の実施例を説明する。ただし、本発明の要旨はこれらの実施例によって限定されるものではなく、あくまでも代表的な実施例に過ぎない。
【実施例1】
【0033】
SC−01MFP細胞株によるヒト抗体重鎖タンパク質の生産
SC−01MFP細胞株の細胞密度を生理食塩水(PBS)で1×10^7cells/mlに調製した。この細胞縣濁液をサンプルチューブに500μl添加し、サイトメガロウイルスプロモーターとG418薬剤耐性遺伝子、抗体重鎖遺伝子を併せ持つ組み換え遺伝子ベクターを1μl(終濃度1μg/ml)添加した。これを遺伝子導入装置(電気穿孔法による)用の0.4cmキュベットに移した。キュベットをGene Pulserの電極にキュベットを差し込み、電圧を0.3kV(0.875kV/cm)に設定し300μFの条件で電圧を印加した。
【0034】
続いて、RPMI1640培地に移し5分間放置し、この遠心管を400×gで5分間遠心した。遠心上清を抜いて5mlの15%FBS−RPMI培地で懸濁後、96穴マルチプレートに100μl/wellずつ分注した。2〜4日後、GENETICIN;抗生物質G−418硫酸塩(終濃度2μg/ml)を添加し、遺伝子導入された細胞以外を死滅させる選択培養を行った。
【0035】
数週間の間、GENETICINを含む培地で培地交換を継続した。数週間(2〜4週間)で細胞の増殖が認められるため、この抗体重鎖(γ鎖)タンパク質量を酵素抗体法を用いて確認した。この結果を表1にしめす。本実施例で行った方法により、SC−01MFP細胞株に抗体重鎖タンパク質遺伝子を導入したところ、導入40日以降から1年以上にわたり、1〜2μg/ml/10^7細胞程度の生産量を維持し続けながら生育した。
【0036】
表1の各クローンは、いずれも遺伝子導入後、各培養日数を経過した時の生産量であり、代表的なタンパク質発現クローンの例である。なお、遺伝子導入していないSC−01MFP細胞株は抗体重鎖タンパク質を生産しない。したがって、本データに記載したクローンはいずれも遺伝子導入により発現したものと判断できた。
【0037】
少なくとも2ヶ月或いはそれ以上、好ましくは半年以上、及びより好ましくは1年以上の安定タンパク質産生は、工業レベルでの安定性生産として考えられるため、本実施例のSC−01MFP細胞株は、この基準を満たしており、本発明の目的のひとつを達成するものとして確認された。
【0038】
【表1】

【実施例2】
【0039】
SC−01MFP細胞株によるヒトインターロイキン1α(IL−1)タンパク質の生産
SC−01MFP細胞株の細胞密度を生理食塩水(PBS)で1×10^7cells/mlに調製した。この細胞縣濁液をサンプルチューブに500μl添加し、サイトメガロウイルスプロモーターとヒトIL−1遺伝子を併せ持つ組み換え遺伝子ベクターを1μl(終濃度3μg/ml)添加した。これを遺伝子導入装置(電気穿孔法による)用の0.4cmキュベットに移した。キュベットをGene Pulserの電極にキュベットを差し込み、電圧を0.3kV(0.875kV/cm)に設定し300μFの条件で電圧を印加した。
【0040】
続いて、RPMI1640培地に移し5分間放置し、この遠心管を400×gで5分間遠心した。遠心上清を抜いて5mlの15%FBS‐RPMI培地で懸濁後、96穴マルチプレートに100μl/wellずつ分注した。2〜4日後、GENETICIN;抗生物質G‐418硫酸塩(終濃度2μg/ml)を添加し、遺伝子導入された細胞以外を死滅させる選択培養を行った。
【0041】
数週間の間、GENETICINを含む培地で培地交換を継続した。数週間(2〜4週間)で細胞の増殖が認められるため、このIL−1タンパク質量をIL−1特異的な酵素抗体法を用いて確認した。この結果を表2にしめす。表2の各クローンは、いずれも遺伝子導入後、120日以上経過した時の生産量であり、代表的なタンパク質発現クローンの例である。なお、遺伝子導入していないSC−01MFP細胞株はヒトインターロイキン1αを生産しない。したがって、本データに記載したクローンはいずれも遺伝子導入により発現したものと判断できた。
【0042】
さらに、このヒトインターロイキン1アルファ、それらの一部、及び生理学的に許容可能な担体を有する組成物は、本発明に従った薬学組成物の1実施形態である。しかしながら、本発明の薬学組成物は、このヒトインターロイキン1アルファを用いたこの例に限定されるものではない。
【0043】
【表2】

【実施例3】
【0044】
SC−01MFP細胞株によるクラゲGFP蛍光色素の生産
SC−01MFP細胞株の細胞密度を生理食塩水(PBS)で1×10^7cells/mlに調製した。この細胞縣濁液をサンプルチューブに500μl添加し、サイトメガロウイルスプロモーターとクラゲGFP(緑色蛍光色素タンパク質)を併せ持つ組み換え遺伝子ベクターを1μl(終濃度3μg/ml)添加した。これを遺伝子導入装置(電気穿孔法による)用の0.4cmキュベットに移した。キュベットをGene Pulserの電極にキュベットを差し込み、電圧を0.3kV(0.875kV/cm)に設定し300μFの条件で電圧を印加した。
【0045】
続いて、RPMI1640培地に移し5分間放置し、この遠心管を400×gで5分間遠心した。遠心上清を抜いて5mlの15%FBS‐RPMI培地で懸濁後、96穴マルチプレートに100μl/wellずつ分注した。2〜4日後、GENETICIN;抗生物質G‐418硫酸塩(終濃度2μg/ml)を添加し、遺伝子導入された細胞以外を死滅させる選択培養を行った。
【0046】
数週間の間、GENETICINを含む培地で培地交換を継続した。数週間(2〜4週間)で細胞の増殖が認められるため、このGFP発現を落射型倒立蛍光顕微鏡による緑色蛍光を励起させ、タンパク質の生産を確認した。この結果を図1Bにしめす。図1A及び図1Bのデータは、遺伝子導入後、90日以上経過した時のGFP発現クローン像であり、代表的なタンパク質発現クローンの例である。
【0047】
写真右のように、蛍光顕微鏡の蛍光励起により、GFP発現細胞は蛍光を発する。なお、遺伝子導入していないSC−01MFP細胞株はGFPタンパク質を生産しない。したがって、本データに記載したクローンは遺伝子導入により発現したものと判断できた。
【実施例4】
【0048】
SC−02MFP細胞株によるヒト抗体重鎖タンパク質の生産
SC−02MFP細胞株の細胞密度を生理食塩水(PBS)で1×10^7cells/mlに調製した。この細胞縣濁液をサンプルチューブに500μl添加し、サイトメガロウイルスプロモーターとG418薬剤耐性遺伝子、抗体重鎖遺伝子を併せ持つ組み換え遺伝子ベクターを1μl(終濃度1μg/ml)添加した。これを遺伝子導入装置(電気穿孔法による)用の0.4cmキュベットに移した。キュベットをGene Pulserの電極にキュベットを差し込み、電圧を0.4kV(1.0kV/cm)に設定し300μFの条件で電圧を印加した。
【0049】
続いて、RPMI1640培地に移し5分間放置し、この遠心管を400×gで5分間遠心した。遠心上清を抜いて5mlの15%FBS‐RPMI培地で懸濁後、96穴マルチプレートに100μl/wellずつ分注した。2〜4日後、GENETICIN;抗生物質G‐418硫酸塩(終濃度2μg/ml)を添加し、遺伝子導入された細胞以外を死滅させる選択培養を行った。
【0050】
数週間の間、GENETICINを含む培地で培地交換を継続した。数週間(2〜4週間)で細胞の増殖が認められるため、この抗体重鎖(γ鎖)タンパク質量を酵素抗体法を用いて確認した。この結果を表3にしめす。
【0051】
【表3】

【実施例5】
【0052】
ヒト抗体重鎖タンパク質を発現しているSC−01MFP細胞株の無血清培養
ヒト抗体重鎖タンパク質の遺伝子をSC−01MFP細胞株に導入し、長期的に発現している細胞クローンを細胞密度1×10^5cells/mlに調製した。次に、基本合成培地ERDF培地(極東製薬)に終濃度として、インスリン10μg/ml、トランスフェリン20μg/ml、エタノールアミン20μM、亜セレン酸ナトリウム25nMを添加したITES‐ERDF培地もしくは、基本合成培地ERDF培地のみで培養した。図2A及び2Bに示すように、ERDF培地のみ、もしくは、ITES‐ERDF培地で当該クローンは通常、細胞培養で用いる牛胎児血清(FBS)を含むERDF培地と同等以上の細胞増殖が認められた。
【実施例6】
【0053】
ヒト抗体重鎖タンパク質を発現しているSC−01MFP細胞株の高密度大量培養
ヒト抗体重鎖タンパク質の遺伝子をSC−01MFP細胞株に導入し、長期的に発現している細胞クローンを細胞密度0.2×10^7cells/ml〜1×10^7cells/mlに調製した。次に、基本合成培地ERDF培地(極東製薬)に終濃度として、10%の牛胎児血清を添加するか、インスリン10μg/ml、トランスフェリン20μg/ml、エタノールアミン20μM、亜セレン酸ナトリウム25nMを添加したITES‐ERDF培地もしくは、基本合成培地ERDF培地のみでホローファイバーカートリッジ(米国、スペクトラム社、400−011)に接種した。接種後、高密度大量培養装置(米国、スペクトラム社、セルマックスシステム)を用いて培養した。
【0054】
図3に示すように、抗体重鎖遺伝子を発現するSC−01MFP細胞株は、大量培養された(10^7〜10^8cells/ml)。この大量培養された時の生産タンパク質濃度は、10μgから1mg程度であった。
【0055】
以上説明した構成によれば、以下のような効果を得ることができる。
【0056】
すなわち、機能性食品や高度医療分野では、人体の生理機能を調節する糖タンパク質などの複合タンパク質や一分子中に多くの機能を有する高機能タンパク質の生産が必要不可欠である。しかしながら、現在のところ、主として微生物が利用されており、この方法では複合タンパク質の生産は困難である。また、酵母やハムスター細胞のような高等細胞を用いた場合、複合タンパク質は生産できるが、その生産されたタンパク質は、使用した細胞に根ざす糖修飾が行われてしまうため、期待する生理機能や分子構造をもつ複合タンパク質にはならない。
【0057】
これらの問題は、ヒト細胞を生産に用いることにより原理的に解決可能である。しかしながら、研究レベルでは、一過性的にヒト細胞を用いて複合タンパク質の生産が可能であるが、工業レベルで要求される長期、安定生産は不可能であった。
【0058】
人体内では、さまざまな生理機能を有するタンパク質が循環しており、ヒト細胞はこれを生産している。これは、微生物などと異なり、ヒト細胞がこうしたタンパク質を生産するしくみを有するためである。ただし、人体から分離したばかりのヒト細胞には寿命があるため、例え生産ターゲットとなる遺伝子が導入できても、工業生産の条件となる生産量の安定性と長期生産性が維持できないことはよく知られている。
【0059】
本特許では、生体タンパク質をはじめとして、分子設計を行った複合機能を有する高機能タンパク質、糖鎖や脂質を含む複合タンパク質を工業生産するためのヒト細胞株を取得し、その生産手法を確立することを目的とした。これらの技術の確立により、医薬生産、食品素材の生産、化成品の生産などへと応用可能となる。
【0060】
なお、本発明は、生物医薬としてのタンパク質医薬の生産、機能性食品などに利用可能な機能性成分の製造、生体成分を含む化粧品の素材としてのタンパク質の生産、医学、薬学、化学、生物学の分野における各種疾患、細胞間生理作用の解明、ゲノム情報からタンパク質の発現研究などに利用可能である。ただし、これらの適用範囲は例示であり、タンパク質の取得に関わる全般の領域に適用可能であり、技術的な応用範囲はこの限りではない。
【0061】
さらに、本発明の実施形態の前述の説明は、実例及び説明を目的とするものである。本発明の実施形態を網羅し、開示された形態へ限定することを意図したものではなく、明らかに多くの修正や変更が可能である。そのような修正や変更は当業者には明らかであり、添付された請求項によって定義されるように、本発明の範囲内で含まれることが意図されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1A】図1Aは、透過顕微鏡写真(左)による写真、図1Bは、落射蛍光顕微鏡写真(右)による写真であり、これらはクラゲGFPを発現した本発明のSC−01MFP細胞株を示している。
【図1B】図1Aは、透過顕微鏡写真(左)による写真、図1Bは、落射蛍光顕微鏡写真(右)による写真であり、これらはクラゲGFPを発現した本発明のSC−01MFP細胞株を示している。
【図2A】図2Aは、ヒト抗体重鎖タンパク質を発現しているSC−01MFP細胞株の無血清培養の細胞増殖(左)を示したグラフ、図2Bは、それらの細胞生存率(右)を示したグラフである。
【図2B】図2Aは、ヒト抗体重鎖タンパク質を発現しているSC−01MFP細胞株の無血清培養の細胞増殖(左)を示したグラフ、図2Bは、それらの細胞生存率(右)を示したグラフである。
【図3】図3は、遺伝子導入ヒト細胞株の高密度大量培養の結果を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質を高効率で継続的に生産することが可能である新規ヒト細胞株であって、
細胞内総タンパク質量が100万細胞につき0.1〜1mg前後のヒト細胞株を形質転換することで樹立された新規ヒト細胞株であり、
この新規ヒト細胞株中に所望のタンパク質産生遺伝子を導入し、培養することを特徴とする前記新規ヒト細胞株を有するものである。
【請求項2】
請求項1記載の新規ヒト細胞株において、この新規ヒト細胞株は、ヒト骨髄腫由来RPMI8226細胞株から樹立されたものである。
【請求項3】
請求項1記載の新規ヒト細胞株において、この新規ヒト細胞株は、ヒト骨髄腫由来KMS−12BM細胞株から樹立されたものである。
【請求項4】
請求項1記載の新規細胞株において、
前記ヒト細胞株は、細胞内総タンパク質量が100万細胞につき0.1〜1.0mg前後のヒト細胞株のうち、倍加時間が18〜24時間で、限界希釈法によるクローニング効率が90%以上の細胞クローンを発ガン物質によって変異させ、その変異させたヒト細胞株のうち倍加時間が18〜24時間で、限界希釈法によるクローニング効率が90%以上の細胞株を選択することで樹立されたものである。
【請求項5】
請求項4記載の新規ヒト細胞株において、
前記発ガン物質は、ニトロソグアニジン(MNNG)、フォルボールエステル(PMA)、エチルメタンスルフォン酸(EMS)から選択されたものである。
【請求項6】
請求項1記載の新規ヒト細胞株において、
前記新規ヒト細胞株は、タンパク質生産遺伝子を導入しタンパク質を発現したクローンを、増殖因子を含む基本合成培地ERDFで培養若しくは、増殖因子を含まない基本合成培地ERDFで培養することで、所望のタンパク質を高効率で継続的に生成することが可能である。
【請求項7】
継続的に100万細胞当たり一日につき1ng〜10μgの目的タンパク質を生産することが可能である新規ヒト細胞株であって、
前記ヒト細胞株は、特定のヒト細胞株を形質転換することで樹立されたであり、前記新規ヒト細胞株中に所望のタンパク質生産遺伝子を導入し、無血清培養することを特徴とする新規ヒト細胞株。
【請求項8】
目的タンパク質を生産するための新規ヒト細胞株を選択する方法であって、
(a)細胞内総タンパク質量が100万細胞につき0.1〜1mg前後のヒト細胞株を選択する工程と、
(b)そのうち、倍加時間が18〜24時間で、限界希釈法によるクローニング効率が90%以上の細胞クローンを発ガン物質によって変異させ、その変異させたヒト細胞株のうち倍加時間が18〜24時間で、限界希釈法によるクローニング効率が90%以上の細胞株を、タンパク質を生産するための新規ヒト細胞株として選択する工程と
を含む方法。
【請求項9】
請求項8記載の新規ヒト細胞株を選択する方法において、
前記発ガン物質は、ニトロソグアニジン(MNNG)、フォルボールエステル(PMA)、エチルメタンスルフォン酸(EMS)から選択されたものである。
【請求項10】
請求項8記載の新規ヒト細胞株を選択する方法において、
前記新規ヒト細胞は、所望のタンパク質生産遺伝子を導入し、タンパク質を発現したクローンを、増殖因子を含む基本合成培地ERDFで培養すること、若しくは、増殖因子を含まない基本培地ERDFで培養することで、前記タンパク質由来のタンパク質を高効率で継続的に生産することが可能である。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれかの新規ヒト細胞株の使用する工程を有する、タンパク質を生産する方法。
【請求項12】
タンパク質を生産する方法であって、
請求項1記載の新規ヒト細胞株に所望のタンパク質生産遺伝子を導入する工程と、
前記導入した細胞を培養し、前記所望のタンパク質を高効率で継続的に生成する工程と
を有するタンパク質を生産する方法。
【請求項13】
請求項12記載の方法において、
サイトメガロウイルス由来のプロモーターと生産タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを用いて達成され、所望のタンパク質を生産するものである。
【請求項14】
請求項12記載の方法において、
前記新規ヒト細胞株は、所望のタンパク質生産遺伝子を導入し、タンパク質を発現するものであり、
増殖因子を含む基本合成培地ERDFで培養する、若しくは、増殖因子を含まない基本培地ERDFで培養するものである。
【請求項15】
請求項14記載のタンパク質生産方法において、
前記増殖因子は、インスリン、トランスフェリン、エタノールアミン、亜セリン酸ナトリウムを含むものである。
【請求項16】
請求項14記載のタンパク質生産方法において、
前記新規ヒト細胞株は、所望のタンパク質生産遺伝子を導入し、タンパク質を発現するものであり、
無血清高密度大量培養(1mlあたり10の7乗から10の8乗)するものである。
【請求項17】
タンパク質の精製方法であって、
請求項1〜7のいずれかに記載の新規ヒト細胞株を用いてタンパク質を生産する工程と、
前記タンパク質生産遺伝子を導入された前記ヒト細胞株からの前記タンパク質を精製する工程と
を有するタンパク質の精製方法。
【請求項18】
請求項17記載の精製方法であって、さらに、
タンパク質生産遺伝子を導入し、前記タンパク質を発現したクローンを、増殖因子を含む基本合成培地ERDFで培養すること、若しくは、増殖因子を含まない基本培地ERDFで培養することで、前記所望のタンパク質を高効率で高純度に生成する工程を有する精製方法。
【請求項19】
請求項1記載の新規ヒト細胞株から生成したタンパク質、またはその一部、及び生理学的に許容可能な担体を含む薬学的組成物。
【請求項20】
請求項1〜19のいずれか記載の新規ヒト細胞株において、
前記ヒト細胞株は、SC−01MFP(受領番号:FERM BP−10077)と命名されたタンパク質生産細胞株である。
【請求項21】
請求項1〜19のいずれか記載の新規ヒト細胞株において、
前記ヒト細胞株は、SC−02MFP(受領番号:FERM BP−10078)と命名されたタンパク質生産細胞株である。

【図1A】
image rotate

【図1B】
image rotate

【図2A】
image rotate

【図2B】
image rotate

【図3】
image rotate


【公表番号】特表2007−535298(P2007−535298A)
【公表日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−526459(P2006−526459)
【出願日】平成16年10月27日(2004.10.27)
【国際出願番号】PCT/JP2004/016276
【国際公開番号】WO2005/083060
【国際公開日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】