説明

チタン製刃物及びその製造方法

【目的】 実用上十分に硬い刃先を有するチタン又はチタン合金製の刃物及びその製造方法を提供する。
【構成】 チタン又はチタン合金の素材の刃先形成予定領域に窒素ガスを含むシールドガスの雰囲気下でレーザビーム3を照射し、この部分を溶融凝固させて硬化処理する。必要に応じてこの硬化処理を複数回繰り返し、その後、この部分を刃先に成形する。これにより、極めて高硬度の刃先を有するチタン又はチタン合金製刃物を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、産業用、家庭用又はレジャー用に使用されるチタン又はチタン合金製の刃物及びその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、チタン(Ti)又はチタン合金製の刃物が製造販売されているが、これらの刃物は刃先が硬化処理を受けてないため、硬度が高いとされるチタン合金製刃物であっても、その刃先は実用に耐え得る硬度になっていない。このため、従来のチタン又はチタン合金製刃物はアクセサリーの域を出ていない。
【0003】而して、チタン又はチタン合金の硬化処理方法としては、窒化処理、メッキ処理又はアーク溶融処理等が公知である。窒化処理は、チタン又はチタン合金材の表面を窒化させ、硬質の表面層を得るものである。メッキ処理はチタン又はチタン合金材の表面に硬質のメッキ層を形成するものである。アーク溶融処理は、シールドガス中に窒素ガスを混合させた状態で、チタン又はチタン合金材をアーク溶融させ、溶融金属に窒素を固溶させることにより硬化させる方法である。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、従来の窒化処理による硬化方法は、処理時間が長いと共に、深い硬化層を得ることが困難である。また、メッキ処理による硬化方法は、深い硬化層を得ることができないと共に、硬化層の密着性も刃物に使用するには問題が多い。更に、従来のアーク溶融による硬化方法においても、単にアーク溶融させるだけでは、刃物として必要な硬度を得ることができない。
【0005】刃物として、実用に耐え得る硬さは、Hv600乃至800程度である。このような硬度の硬化層が刃先に少なくとも数mmの深さで形成されていることが必要である。また、この硬化層に割れ等の欠陥が存在していては刃物として実用に供し得ないことは勿論である。しかしながら、前述の如く、従来の硬化処理方法を適用しても、チタン又はチタン合金から実用に耐え得る硬さの刃先を得ることはできない。
【0006】本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、十分な硬度を有する刃先を持ち、割れ等の欠陥が存在しないチタン製刃物及びその製造方法を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】本願第1発明に係るチタン製刃物は、チタン又はチタン合金からなる刃物であって、その刃先が窒素ガスを含有するシールドガス中でレーザ照射による溶融を一旦受けて硬化していることを特徴とする。
【0008】本願第2発明に係るチタン製刃物は、チタン又はチタン合金からなる刃物であって、その刃先が窒素ガスを30体積%以上含有するシールドガス中でアークによる溶融を一旦受けて硬化していることを特徴とする。
【0009】本願第3発明に係るチタン製刃物の製造方法は、チタン又はチタン合金の素材の刃先形成予定部分を200℃以上に予熱する工程と、窒素ガスを含有するシールドガス中で前記刃先形成予定部分にレーザ照射して局部的に溶融させた後凝固させる工程と、この凝固部に刃先を成形する工程とを有することを特徴とする。本願第4発明に係るチタン製刃物の製造方法は、チタン又はチタン合金の素材の刃先形成予定部分を200℃以上に予熱する工程と、窒素ガスを30体積%以上含有するシールドガス中で前記刃物形成予定部分にアークを形成して局部的に溶融させた後凝固させる工程と、この凝固部に刃先を成形する工程とを有することを特徴とする。
【0010】
【作用】
レーザビームによる溶融凝固処理本願第1発明及び第3発明においては、チタン又はチタン合金素材の刃先形成予定部分に窒素を含有するシールドガス中でレーザビームを照射して、この部分を一旦溶融させ、凝固させることにより、硬化させる。これにより、前記素材の厚さ方向に深い硬化層を得ることができる。
【0011】レーザビームの照射により刃先形成予定部分を溶融させる際に、通常のレーザ溶接のように、シールドガスとしてHeガス又はArガスを使用したのでは、レーザ溶融部は硬化しない。このため、シールドガスとして、純窒素ガス又は窒素ガスとアルゴンガスとの混合ガス等のように窒素を少なくとも含有するガスを使用する。しかし、純窒素ガスの方がチタン又はチタン合金を高効率で硬化させることができるので、純窒素ガスを使用することが好ましい。このように、窒素を少なくとも含有するシールドガス中でレーザビームにより溶融させることにより、素材の溶融部にシールドガス中の窒素が固溶し、この部分が硬化される。
【0012】レーザ溶融においては、アーク溶融に比して、溶湯とシールドガスとの間の反応時間が短いため、シールドガス条件等にもよるが、1回の溶融及び凝固では刃物に要求される硬さが得られないことがある。このため、同一部分を複数回照射して、溶融凝固を複数回繰り返すことが好ましい。このように、複数回溶融凝固を繰り返すことにより、硬度が次第に高まり、所望の硬度を得ることができる。レーザ溶融により刃先部分を硬化させる本願第3発明においては、先ず、チタン又はチタン合金の素材を200℃以上の温度に予熱する。レーザビームにより溶融凝固処理した部分の硬度がHv600以上になると、この溶融凝固処理した部分に、割れが発生し易くなる。このため、レーザビームの照射に先立ち、少なくとも刃先形成予定部分を200℃以上に予熱する必要がある。
【0013】次いで、図1に示すように、チタン又はチタン合金の素材1を銅の当金2で四方から囲み、雰囲気を窒素ガス又は窒素ガスを含む混合ガスとし、素材1の上端面に、レーザビーム3を照射する。これにより、素材1の上端面を溶融させ、次いで、レーザビーム3の照射を停止してこの溶融部分を凝固させる。
【0014】このようにして、素材1の上端面にレーザビーム3を照射して溶融凝固させた場合に形成されるビード4の形状を図2に示す。レーザビーム3の照射条件は、この図2に示すビード4の形状が残る程度のものであり、レーザビームの照射条件が強すぎて素材1の上端部が溶け落ちてしまわないようにする必要がある。なお、レーザビーム3の照射が不足すると、素材1の厚さ方向に十分な溶融部を形成することができないことは勿論である。このようなレーザビーム3による溶融及び凝固処理を複数回繰り返す。
【0015】次いで、図3に示すように、素材1の上端部のレーザビームの照射を受けた部分を通常のグラインダを使用して研削し、刃先5を成形する。これにより、刃先5がレーザビーム3による溶融凝固処理を受けて硬化した刃物が製造される。この刃物は、図2に示すように、レーザビームによる溶融によってビード4が比較的深く形成されるため、図3に示すように、その刃先5の比較的広範囲が硬化処理を受けた領域となり、耐久性が優れた刃物が得られる。
アークによる溶融凝固処理次に、本願第2発明及び第4発明について説明する。この第2発明及び第4発明においては、レーザビームの替わりにアークを形成して素材の上端面を溶融させる。具体的な方法は、レーザビームの場合と同様である。また、シールドガス中に、少なくとも窒素ガスを30体積%以上含有させる。これにより、素材の溶融部に窒素が固溶して、この部分が硬化する。
【0016】この場合に、この溶融凝固部を十分に硬化させるために、窒素ガスを少なくとも30体積%含有するシールドガスを使用する。また、アーク溶接においては、溶湯とシールトガスとの反応時間が長いので、純窒素ガスをシールドガスとして使用すると、溶融凝固部に窒素が過剰に添加され、この溶融凝固部に脆弱なTiN化合物が生成する。これにより、刃先部が脆化するため、好ましくない。従って、シールドガス中の窒素含有量は30乃至70体積%とする。
【0017】本願第4発明においても、硬化処理部の割れ発生を防止するため、アーク溶融に先立ち、少なくともこの刃先形成予定領域を200℃以上に予熱する。
【0018】
【実施例】以下、本発明の実施例について説明する。
実施例1(レーザビームによる硬化処理)先ず、チタン合金をレーザビームにより硬化処理した実施例について説明する。使用した素材は、Ti−6重量%Ar−4重量%V合金である。この素材の厚さは5mm、幅が30mm、長さが200mmである。この素材を図1に示す装置により、板厚中央部を溶融凝固処理した。下記表1はレーザ照射条件を示す。溶融凝固を1回又は複数回繰り返した場合の硬化処理部の硬度を測定した結果を下記表2に示す。但し、表2において、硬度の測定値は溶融凝固部で3点測定したときの平均値である。
【0019】
【表1】


【0020】
【表2】


【0021】この表2から明らかなように、シールドガスが30%N2の場合よりも50%N2の方が硬化は効率的に進行し、更に50%N2よりも100%N2の方が高効率で硬化が進行する。また、硬化処理の回数が増加するにつれて、硬化部の硬度が上昇する。刃物として、所望の硬度を得るためには、この条件では、3回以上硬化処理を行うことが好ましい。特に、シールドガスが100%N2の場合には、硬化処理を3回以上繰り返すことにより、Hv600以上の硬度を得ることができる。
【0022】図4はこの実施例のNo.8の条件で製造した刃物について、横軸に刃先先端からの距離をとり、縦軸に硬度をとってその硬度分布を示すグラフ図である。この図に示すように、刃先先端から極めて長い距離にわたって高い硬度を保持し、硬化処理された部分が極めて広いことを示している。即ち、硬化処理表面から深さ方向に5mm以上の距離にわたって硬度Hvが600以上であり、表面に近いほど高硬度となっていて、刃物の刃先として極めて好ましい分布を示している。
実施例2(アークによる硬化処理)使用した素材の組成及び形状は実施例1の場合と同様である。素材の上端面の溶融は、TIG(Tungsten Inert Gas)溶接法を応用し、タングステンを電極とするアーク溶融により硬化処理した。使用したシールドガスは不活性(inert)ガスではなく、下記表3に示すように、純窒素ガス又は窒素ガスを含むものである。下記表3にTIG溶融条件を示す。また、各硬化処理における得られた硬化部の硬度測定結果を下記表4に示す。この測定結果は、溶融凝固部の3点の測定結果の平均値である。
【0023】
【表3】


【0024】
【表4】


【0025】この表4から明らかなように、シールドガス中の窒素ガスが20%の場合には、十分な硬度が得られない。一方、30%又は50%の窒素ガスを混合したシールドガスを使用し、1回又は2回硬化処理を施すことにより、高硬度の硬化部を得ることができた。しかしながら、100%N2ガスをシールドガスとした場合には、高硬度の硬化部を得ることができるものの、溶融凝固部に割れが発生し、刃物の刃先として不適であった。
【0026】図5はこのアーク溶融による硬化処理を行った場合の硬度分布を、横軸に表面からの距離をとり、縦軸に硬度Hvをとって示すグラフ図である。この図から明らかなように、硬化部の深さは、レーザビームによる溶融凝固処理の場合に比して浅く、表面から2mmまでの部分で硬化していた。しかし、表面部においては、Hv750以上の極めて高い硬度が得られた。
【0027】なお、本発明はTIG溶融に限らず、種々のアーク溶融を適用することができる。また、素材としては、上記実施例はチタン合金であるが、これに限らず、純チタンを素材としてもよく、同様に高硬度の刃先を得ることができる。
【0028】
【発明の効果】本発明によれば、所定のシールドガスのもとで、レーザビーム又はアークにより溶融凝固処理を施すので、極めて高硬度の刃先を得ることができ、チタン又はチタン合金本来の優れた性質を生かして、実用性が優れた刃物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明方法を説明するための模式図である。
【図2】本発明方法により形成された溶融ビードを示す模式図である。
【図3】本発明方法により得られた刃先を示す模式図である。
【図4】レーザビーム溶融の場合の硬度分布を示すグラフ図である。
【図5】アーク溶融の場合の硬度分布を示すグラフ図である。
【符号の説明】
1;素材
2;銅当金
3;レーザビーム
4;ビード
5;刃先

【特許請求の範囲】
【請求項1】 チタン又はチタン合金からなる刃物であって、その刃先が窒素ガスを含有するシールドガス中でレーザ照射による溶融を一旦受けて硬化していることを特徴とするチタン製刃物。
【請求項2】 チタン又はチタン合金からなる刃物であって、その刃先が窒素ガスを30乃至70体積%以上含有するシールドガス中でアークによる溶融を一旦受けて硬化していることを特徴とするチタン製刃物。
【請求項3】 チタン又はチタン合金の素材の刃先形成予定部分を200℃以上に予熱する工程と、窒素ガスを含有するシールドガス中で前記刃先形成予定部分にレーザ照射して局部的に溶融させた後凝固させる工程と、この凝固部に刃先を成形する工程とを有することを特徴とするチタン製刃物の製造方法。
【請求項4】 前記刃先形成予定部分をレーザ照射により局部的に溶融させて凝固させる工程は、これを複数回繰り返すことを特徴とする請求項3に記載のチタン製刃物の製造方法。
【請求項5】 チタン又はチタン合金の素材の刃先形成予定部分を200℃以上に予熱する工程と、窒素ガスを30乃至70体積%以上含有するシールドガス中で前記刃物形成予定部分にアークを形成して局部的に溶融させた後凝固させる工程と、この凝固部に刃先を成形する工程とを有することを特徴とするチタン製刃物の製造方法。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【図4】
image rotate


【図5】
image rotate