説明

チューブ状リン酸カルシウム及びその製造方法

【課題】生体材料、クロマト用充填剤、蛍光材料等の機能性材料としての利用が期待できるリン酸カルシウムのチューブ状中空粒子及びその製造方法の提供。
【解決手段】チューブ状リン酸カルシウムは、長径(長さ)の平均値が200nm以上1000nm以下、短径の外径の平均値が30nm以上100nm以下、短径の内径の平均値が29nm以上99nm以下であり、その製造方法は、リン酸を含有する水溶液又は懸濁液とカルシウム化合物を含有する水溶液又は懸濁液とを反応させるもの。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸カルシウムのチューブ状(管状)中空粒子に関する。より詳しくは、生体材料、クロマト用充填剤、触媒材料、蛍光材料等の機能性材料として期待できる、チューブの平均断面径が100nm以下のナノサイズであるリン酸カルシウムのチューブ状中空粒子、及びリン酸カルシウムのチューブ状中空粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸カルシウムは、リン酸あるいはリン肥の原料であるリン鉱石の主成分として種々のものが古くより知られている。そして蛍光体原料として大量に使用されているアパタイト(Ca10(PO46(OH,F,Cl)2)は、その中でも最も良く知られたリン酸カルシウムといえる。
【0003】
このアパタイトには、陰イオンに水酸基を有する水酸アパタイト(HAp)、フッ素を含むフッ素アパタイト(FAp)、塩素を含有する塩素アパタイト(CAp)がある。また生体硬組織に近いものとして、これらの陰イオンあるいはリン酸根の一部を置換して炭酸根を含有した炭酸含有アパタイトが知られている。
近年になり、骨や歯などの生体硬組織の代替材料やクロマトの充填材への応用という観点から、特に水酸アパタイトや炭酸含有水酸アパタイトが注目されている。
【0004】
アパタイト以外のリン酸カルシウムとしては、非晶質リン酸カルシウム、リン酸八カルシウム(Ca82(PO46・5H2O)、リン酸三カルシウム(Ca3(PO42)、リン酸四カルシウム(Ca4(PO42O)及びリン酸一水素カルシウム等があり、そのリン酸一水素カルシウムには、含水物のCaHPO4・2H2O(brushite)と無水物のCaHPO4(monetite)とがある。
【0005】
これらのうちリン酸三カルシウム(TCP)には高温型のα相と低温型であるβ相とが知られており(α−、β−Ca3(PO42)、物性、溶解性、生体親和性が水酸アパタイトに似ているという特徴がある。またTCPは水分の存在下でゆっくりと水酸アパタイトに変化する性質を有していることから、生体適合性が良く骨組織再生に適しているといわれている。
【0006】
アパタイトの合成方法としては、沈殿法、加水分解法、水熱合成法等の湿式合成法や固相反応による乾式法による合成が検討されている。沈殿法は塩基性条件下でカルシウム塩水溶液とリン酸塩水溶液との混合を行なう合成方法である。加水分解法は、CaHPO4・2H2Oなどを加水分解することにより合成する方法である。水熱合成法は主として大型の結晶を合成する方法として知られているが、硝酸カルシウム水溶液とリン酸水素アンモニウム水溶液とを混合して水熱処理を行なうことにより微粒子を合成することもできる。
【0007】
さらに特殊な方法としてゾル−ゲル法がある。この方法は、カルシウムジエトキシドのエチレングリコール溶液と亜リン酸トリエチルのエタノール溶液の混合液に、水と酢酸とエタノールとの混合液を滴下して加水分解と重縮合を行って板状の水酸アパタイトを合成する方法である。
【0008】
ところで、本発明のチューブ状リン酸カルシウムとして最も重要となるナノサイズ(通常は100nm以下の大きさのことをいう)の断面を有するチューブ構造は、近年のナノテクノロジーの進展に伴い「ナノチューブ」と称され、世界で注目を集めている。これまでに報告された「ナノチューブ」には、カーボン、チタニア、シリカ、酸化タングステン等を材料とするものがあり、それらは構成元素と形態から、カーボンナノチューブ(CNT)、チタニアナノチューブ、シリカナノチューブ、酸化タングステンナノチューブなどと呼ばれ、さらには有機系のナノチューブに関する報告も見られる。そしてこれらの粒子は、その構成元素や構造、形態に由来する特有の機能を発現し、様々な分野への応用が検討されている。
【0009】
例えば、カーボンナノチューブにおいては、電界放出ディスプレー(FED)、平面蛍光管、冷陰極管のカソード(陰極)デバイス、X線発生源、半導体素材、集積回路、高速スイッチング素子、燃料電池の電極、原子間力顕微鏡の探針、ナノピンセット、高強度材料等々への活用が期待されている。
【0010】
チタニアナノチューブでは、アナターゼ型の結晶構造をなす直径数nmの酸化チタンナノチューブが合成されており、磁性、光学特性、化学触媒特性等の各種の特性に基づいた種々の応用が考えられている。また、金属や金属化合物をドープすることにより、光学的バンドギャップの拡大、耐熱温度の向上、電気抵抗値の低下などが確認されているほか、ガスセンサーとしての研究も進められている。
【0011】
最近話題となっている酸化タングステンナノチューブは、外径が300〜1000nm、長さが2〜20μmであり、ナノチューブと呼ぶにはやや大きいが、可視光下において従来の窒素ドープ型酸化チタンの約8倍の光触媒活性を発現しているといわれる。
このように「ナノチューブ」の応用領域は,電子材料、電極材料、化学触媒、光触媒、光学材料、テンプレート、強化素材と幅広く、今後さらなる応用分野の発展・拡大が期待されている。
【0012】
本発明の対象物質であるリン酸カルシウムについても中空構造をなす粒子に関し種々の技術が開発され開示されている。まず、中空球状粒子としては、特許文献1にリン酸カルシウムに発泡剤・結合剤を使用して少なくとも1個の開口を有する中空球と、その製造方法が開示されており、その方法には乾式と湿式とがある。実施例で得られた中空球の粒子径は30〜250μmであり、開口径は10〜40μmである。
【0013】
特許文献2には、第三リン酸カルシウムと水酸化アパタイトからなる中空カプセル及びその製造方法が開示されている。そこには炭酸カルシウムの水性懸濁液と水溶性リン酸類あるいはその水溶性塩の水溶液とを反応させて、リン酸カルシウムの結晶層を炭酸カルシウム粒子表面に形成させた後、水不溶性リン酸カルシウム塩あるいはその水性懸濁液を反応させて内部の炭酸カルシウムを溶出させ、第三リン酸カルシウム及び/又は水酸化アパタイト結晶層の壁材を形成させる方法が提案されている。
【0014】
特許文献3には、バテライト型炭酸カルシウムを核材として使用することにより、走査型電子顕微鏡により調べた球に換算した平均粒子径が2.0μm以下の楕円球状の中空構造のリン酸カルシウムが開示されている。
【0015】
本発明に直接関連するチューブ状のリン酸カルシウムに関しては、特許文献4、5がある。これらの特許文献では、チューブ状粒子の長径(長さ)の平均粒子径は0.1〜1000μm、短径(外径)の平均粒子径は0.05〜100μm、短径(内径)の平均粒子径は0.02〜95μm、内径/外径比は0.05〜0.95であり、特許文献4では「電子顕微鏡写真により測定したチューブ状複合体合成無機微粒子の体積の平均値」を「電子顕微鏡写真により測定したチューブ状複合体合成無機微粒子の長径の平均粒子径より算出した体積」で除した形状係数fを満足する粒子であるとしている。
【0016】
そして、前記特許文献4では、長径の平均径が0.6〜750μm、短径の平均径が0.12〜50μmの針状のコア粒子にオルト燐酸、燐酸ナトリウムと塩化カルシウムの水溶液、フッ化ナトリウムの水溶液等を滴下し、コア粒子をヒドロキシアパタイト、燐酸一水素カルシウム、アモルファス燐酸カルシウム等で処理し、その後、有機酸及び/又は無機酸で処理することでコア粒子を溶解除去してチューブ状の無機微粒子を調製する多くの実施例が開示されている。
【0017】
その多くの実施例で得られた燐酸カルシウム系のチューブ状微粒子の平均長径は0.6〜750μm、平均外径は0.14〜56μm、平均内径は0.08〜38μmとなっている。最も小さなチューブ状微粒子が製造できるのが実施例9であり、そこでは他の実施例に比し、極端に小さなチューブ状微粒子が得られているものの、それでも各平均粒子径は長径0.6μm、外径0.14μm、内径0.09μmである。なお、平均内径が一番小さいのは実施例4であるが、それでも0.08μmである。
【0018】
特許文献5についても調製方法は特許文献4と同様であり、その実施例で得られた燐酸カルシウム系のチューブ状微粒子の中で最も大きい粒子で平均長径は800μm、平均外径は56μm、平均内径は38μm、最も小さい粒子で平均長径は0.5μm、平均外径は0.12μm、平均内径は0.07μmとなっている。
以上のとおりであるから、引用文献4及び5には、概念的には前記のとおりの平均粒径の燐酸カルシウム系のチューブ状微粒子は開示されているものの、実際には本発明にあるような短径の外径の平均値が30nm以上100nm以下、短径の内径の平均値が29nm以上99nm以下のチューブ状リン酸カルシウムについては開示するところはなく、それを製造する技術も開示されていない。
【0019】
非特許文献1では、炭酸カルシウム(アラゴナイト)をリン酸一水素カルシウム二水和物でリン酸化した後、酢酸により炭酸カルシウムを溶解して合成された長径10μm、短径1〜2μm程度の大きさのマカロニ状中空凝集体が報告されている。このマカロニ状中空凝集体の外層部には電子顕微鏡により薄片状粒子が確認されており、EDXスペクトルから検出されたPとCaの特性X線の元素比からカルシウム欠損ハイドロキシアパタイト(DAp)であるとしている。
【0020】
特許文献6には、平均長径が0.1〜1000μm、平均短径が0.01〜100μm、アスペクト比が3〜100を有する棒状中空重合体粒子が開示されている。この粒子は炭酸カルシウムの粒子表面にリン酸カルシウムが含有されている棒状無機粒子をコアとし、有機重合体をシェルとするコア/シェル状有機−無機複合体を生成し、棒状無機微粒子のみを溶解・除去して中空化することを特徴とする方法によって製造される。実施例で得られた粒子の平均長径は2.2〜25.1μm、平均短径は0.6〜1.2μm、アスペクト比は3.7〜22.8となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】特開昭63−198970号公報
【特許文献2】特開平10−202093号公報
【特許文献3】特開平11−171514号公報
【特許文献4】特開平7−196305号公報
【特許文献5】特開平7−196314号公報
【特許文献6】特開2001−253966号公報
【非特許文献】
【0022】
【非特許文献1】無機マテリアル、Vol.5、28−35(1998)
【0023】
このように、チューブ状(管状、マカロニ状とも呼ばれる)リン酸カルシウムはこれまでも開示・報告されているが、実際に製造されたものは、いずれもその長径はミクロン〜サブミクロンサイズ、短径の平均外径は0.12μm以上、平均内径は0.07μm以上である「マイクロチューブ」であり、これまでナノサイズと言える所謂「リン酸カルシウムナノチューブ」と呼べるものは知られていない。
【0024】
また、それらの製造方法は、コア粒子の外面にリン酸カルシウムを析出させ、製造工程の後半で有機酸や無機酸で処理することによりこのコア粒子を溶解除去してチューブ状の粒子を作製するものであり、コア粒子を使用することなく、また酸によるコア粒子の溶解除去なしにリン酸を含有する水溶液(懸濁液)とカルシウムを含有する水溶液(懸濁液)との反応のみにより製造するものではない。
【0025】
以上のとおりであるから、リン酸カルシウム系のチューブ状微粒子に関し、本発明に最も近い技術を開示する引用文献4及び5においても、短径の外径の平均値が30nm以上100nm以下、短径の内径の平均値が29nm以上99nm以下のチューブ状リン酸カルシウムについて具体的に開示するところはなく、それを製造する技術も開示されていないのであり、現状では短径の外径の平均値が30nm以上100nm以下、短径の内径の平均値が29nm以上99nm以下のチューブ状リン酸カルシウムは存在せず、それを製造する技術も開発されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
このような事情に鑑み、本発明者らはこれまで作られたことがないリン酸カルシウムからなる「ナノチューブ」、すなわち、これまでにない、より小さなチューブ構造をしたリン酸カルシウム、具体的には、短径の平均外径及び平均内径がこれまでにない小さな「リン酸カルシウムナノチューブ」を合成すべく鋭意検討を行い、本発明に到達した。
【0027】
したがって、本発明は、これまでにない、より小さな「リン酸カルシウムナノチューブ」を提供することを解決すべき課題とするものである。
また、その製造方法については、従前のようにコア粒子を使用し、後の工程で有機酸や無機酸でそのコア粒子を溶解除去する工程を必要とする複雑なものではなく、このような工程を必要としない、より簡便な方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明は、ナノサイズのチューブ状リン酸カルシウム及びチューブ状リン酸カルシウムの製造方法を提供するものであり、そのチューブ状リン酸カルシウムは、長径(長さ)の平均値が200nm以上1000nm以下、短径の外径の平均値が30nm以上100nm以下、短径の内径の平均値が29nm以上99nm以下であることを特徴とするものである。さらに短径の内径/外径比が、0.7以上1.0未満であることを特徴とするものである。
このようなチューブ状リン酸カルシウムは、従来の技術では製造が不可能であった形状と大きさを有するものであり、そのチューブ状リン酸カルシウムは、リン酸カルシウムの中でも比較的安定で、生体材料としても有望な水酸アパタイトである。なお、ここでいう水酸アパタイトとは、その水酸基あるいはリン酸根の一部を炭酸根で置換した炭酸含有水酸アパタイトも含まれる。
【0029】
そして、その製造方法は、リン原料としてのリン酸を含有する水溶液又は懸濁液と、カルシウム原料としてのカルシウム化合物を含有する水溶液又は懸濁液とを反応させることにより合成することを特徴とする。
リン原料は、リン酸、縮合リン酸、及びそれらの塩、リン酸一水素カルシウムからなる群から選ばれる水溶液又は懸濁液であり、並びにカルシウム原料は、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、塩基性炭酸カルシウムからなる群から選ばれる水溶液又は懸濁液であることが好ましい。
特に、リン原料がリン酸水溶液、カルシウム原料が水酸化カルシウム及び/又は炭酸カルシウム懸濁液であることが、リン酸カルシウム以外の陽イオンや陰イオンが混入することがなく、また経済性の点でも好ましい。
【発明の効果】
【0030】
本発明のナノサイズの短径を有するチューブ状リン酸カルシウム、すなわち「リン酸カルシウムナノチューブ」は、チューブの平均長径(長さ)が200nm以上1000nm以下、短径の平均外径が30nm以上100nm以下、短径の平均内径が29nm以上99nm以下であり、これは従前に知られていない形状と大きさを有するものである。特にチューブ状粒子を構成するリン酸カルシウムが水酸アパタイトであることがよく、その場合には生体材料や機能性材料としての応用が期待できる極めて有望な材料といえる。
【0031】
そして、本発明のチューブ状リン酸カルシウムの製造方法は、コア粒子を使用することなく、かつ有機酸や無機酸でコア粒子を溶解除去することもなく、反応条件を制御しながらリン酸イオンとカルシウムイオンとを直接反応させることのみにより合成するものであり、従来の製造方法のようにコア粒子を使用し、後の工程で有機酸や無機酸でその粒子を溶解除去する方法とは異なり、工業的にも簡便な方法である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】実施例1で合成されたリン酸カルシウムナノチューブの走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】実施例1で合成されたリン酸カルシウムナノチューブの粉末X線回折図である。
【図3】実施例4で合成されたリン酸カルシウムナノチューブの透過型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下に、本発明の実施の形態及び詳細について説明するが、本発明はそれらによって何等限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載によって特定されるものであることはいうまでもない。
本発明のチューブ状リン酸カルシウムは、チューブの長径(長さ)の平均値が200nm以上1000nm以下、短径の外径の平均値が30nm以上100nm以下、短径の内径の平均値が29nm以上99nm以下、平均アスペクト比が4〜20であり、従来の技術では製造が不可能であった形状と大きさを有するものである。なお、そのチューブの平均壁厚は1nm以上15nm以下、内径/外径の平均値は0.7以上1.0未満が好ましい。
【0034】
その製造方法は、リン酸を含有する水溶液又は懸濁液とカルシウムを含有する水溶液又は懸濁液とを反応させるものであり、リン酸を含有する水溶液又は懸濁液としては、リン酸、縮合リン酸、及びそれらの塩、リン酸一水素カルシウム等が使用できる。これらの中でピロリン酸のような縮合リン酸は水と反応しリン酸となるので、実質的にはリン酸と同等である。またリン酸塩としては、ピロリン酸、ヘキサメタリン酸、トリポリリン酸などのナトリウム、カリウム、アンモニウム塩などをあげることができる。
【0035】
さらに、リン酸一水素カルシウムとしては、含水物のCaHPO4・2H2O(brushite)と無水物のCaHPO4(monetite)とがあり、いずれも使用することができ、後述する実施例においても中間体としてしばしば生成する。
これらのリン原料は単独で使用することはもちろん、適宜組み合わせて使用することもでき、その場合は水溶液であっても懸濁液であっても良い。
【0036】
カルシウム化合物としては、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、塩基性炭酸カルシウム、塩化カルシウム、硫酸カルシウム等があげられる。炭酸カルシウムには結晶構造の異なるカルサイト、アラゴナイト、バテライトをはじめ、非晶質炭酸カルシウム、含水炭酸カルシウム等、種々のものが知られているが、いずれを使用してもかまわない。また塩基性炭酸カルシウムとは、Ca3(CO32(OH)2・nH20(n=0〜2)なる組成の物質である。
【0037】
上記したリン原料、カルシウム原料の選択にあたっては、リン原料としては生成物に不用な元素が混在せず水溶液となるリン酸、縮合リン酸が、カルシウム原料としては水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、塩基性炭酸カルシウムから選択して組み合わせることが好ましい。
これらのリン原料とカルシウム原料とを限られた条件で反応させることにより、水酸アパタイトナノチューブを製造でき、具体的には次のような方法をあげることができる。
【0038】
第1法:常温にてリン酸(塩)水溶液を撹拌しながら、カルシウム化合物を加え溶解して、リン酸カルシウム水溶液又は懸濁液を調製する。この水溶液を、別に用意したカルシウム化合物水溶液又は懸濁液に温度を30〜70℃の範囲で維持しながら添加する。
第2法: 液温を30〜70℃の範囲に維持したカルシウム化合物水溶液又は懸濁液を撹拌しながら、リン酸(塩)水溶液を添加する。この懸濁液を20℃以下に冷却し、再度リン酸(塩)溶液を添加する。次にこの懸濁液を30〜70℃まで加温し、そのまま0〜25時間保持し熟成する。
【0039】
第3法: 液温を0〜20℃の範囲に維持したカルシウム化合物水溶液又は懸濁液を撹拌しながら、リン酸(塩)水溶液を添加する。この懸濁液を30〜70℃まで加温し、そのまま0〜30時間保持し熟成する。
第4法:液温を30〜70℃の範囲に維持したカルシウム化合物を含有する水溶液又は懸濁液を撹拌しながら、リン酸(塩)水溶液を添加し、そのまま0〜30時間保持し熟成する。
第5法:リン酸一水素カルシウムとカルシウム化合物の混合懸濁液を、30〜70℃の温度に1〜50時間保持し熟成する。
【0040】
上記の方法においてリン酸塩水溶液等を添加するときは滴下することが好ましい。またリン原料としてリン酸塩や縮合リン酸塩を使用する場合はpH10以上の高pHが維持される場合があるので、必要に応じ塩酸等の酸によりpHを調整する。なお熟成時間はその時の反応条件に依存し、第2法、第3法、第4法において比較的高温での反応では熟成を必要としない場合があることから、そのときの熟成時間は0時間としている。
【0041】
これらの方法により得られた粒子は、いずれも、外径が30〜100nm、内径が29〜99nm、壁厚が1〜15nm、内径/外径比が0.7以上1.0未満、長径(長さ)が200〜1000nmのチューブ状の形態の粒子であり、X線回折により調べたところ、粒子径が小さく壁厚も薄いため幅広のピークとなったが、リン酸カルシウムの一種である水酸アパタイト(JCPDSカード番号 01−072−1243)あるいは炭酸含有水酸アパタイト(JCPDSカード番号 00−19−272)に極めて近い回折パターンを示した。
【実施例】
【0042】
本発明について、複数の実施例を挙げて更に具体的に説明するが、本発明は、この実施例によって何ら限定されるものではなく、特許請求の範囲によって把握されるものであることはいうまでもない。
【0043】
[実施例1]
〈カルサイトの調製〉
容量3リットルの筒型セパラブルフラスコに水道水1Lを入れ、その中に工業用生石灰150gを投入した。10分間静置後20分間撹拌して、100meshの篩により粗粒分を除去した。こうして得られた水酸化カルシウム懸濁液に液量が2Lとなるように水道水を加え15℃に調整後、500rpmで撹拌しながら炭酸ガスを1.0L/分の流速で導入して、カルサイトの懸濁液を作製し、スラリーの固形分濃度を5.0質量%に調整した。
【0044】
(第1法)
脱イオン水957.5gを入れた容量2リットルのビーカーに試薬リン酸42.5g加え4.25質量%のリン酸水溶液を調製した。このリン酸水溶液を容量2リットルのビーカーに700mLとり300rpmで撹拌しながら、5.0質量%のカルサイト懸濁液300gを加えて溶解し、リン酸カルシウム懸濁液を調製した。
次に、容量3リットルのビーカーに固形分濃度5.0質量%のカルサイト懸濁液700mLを入れ、50℃に保ち300rpmで攪拌しながら、先のリン酸カルシウム懸濁液の全量を8mL/minの速度で滴下した。生成物を走査型電子顕微鏡で観察したところ、その結果は図1に示す通りであり、外径が60nm、内径が50nm、長径(長さ)が300〜400nmのチューブ状の形態の粒子であった。またX線回折を行なったところ、水酸アパタイトに極めて近いパターンを示した。
なお、得られたリン酸カルシウムナノチューブの粉末X線回折図は図2に示すとおりである。
【0045】
[実施例2]
(第2法)
容量3リットルのビーカーに固形分濃度5.0質量%のカルサイト懸濁液1kgを入れ、300rpmで撹拌しながら50℃を維持して4.25質量%のリン酸水溶液250mLを8mL/minの速度で滴下した。次にこのスラリーを10℃まで冷却し4.25質量%のリン酸水溶液450mLを8mL/minの速度で滴下し、その後、40℃/時間の速度で50℃まで加温しそのまま15時間保持した。
生成物を走査型電子顕微鏡で観察したところ、外径が60nm、内径が50nm、長径(長さ)が300〜400nmのチューブ状の形態の粒子であった。
【0046】
[実施例3]
(第3法)
容量3リットルのビーカーに固形分濃度5.0質量%のカルサイト懸濁液1kgを入れ、300rpmで撹拌しながら10℃を維持して4.25質量%のリン酸水溶液700mLを8mL/minの速度で滴下した。このときの生成物をX線回折により調べるとカルサイトとCaHPO4・2H2O(brushite)の混合物であった。このスラリーを40℃/時間の速度で50℃まで加温しそのまま20時間保持した。
生成物を走査型電子顕微鏡で観察したところ、外径が60nm、内径が50nm、長径(長さ)が300〜400nmのチューブ状の形態の粒子であった。
【0047】
[実施例4]
(第3法)
容量3リットルのセパラブルフラスコに固形分濃度5.0質量%のカルサイトのスラリー608gを入れ、撹拌しながら試薬水酸化カルシウム15gと水道水735gを加えた。引き続き300rpmで撹拌しながら10℃に調整・維持して、5.0質量%のリン酸水溶液700gを18mL/minの速度で滴下した。このときの生成物をX線回折により調べるとカルサイトとCaHPO4・2H2O(brushite)の混合物であった。このスラリーを2℃/分の速度で50℃まで加温しそのまま5時間保持した。
生成物を透過型電子顕微鏡で観察したところ、その結果は図3に示す通りであり、外径が40〜90nm、壁厚が1〜2nm、長径(長さ)が400〜700nmのチューブ状の形態の粒子であった。
【0048】
[実施例5]
(第3法)
容量3リットルのセパラブルフラスコに固形分濃度5.0質量%のカルサイトのスラリー608gを入れ、撹拌しながら試薬水酸化カルシウム15gと水道水735gを加えた。引き続き300rpmで撹拌しながら10℃に調整・維持して、5.0質量%のリン酸水溶液700gを18mL/minの速度で滴下した。このスラリーを2℃/分の速度で30℃まで加温しそのまま20時間保持して熟成した。
生成物を透過型電子顕微鏡で観察したところ、外径が40〜90nm、壁厚が1〜2nm、長径(長さ)が300〜600nmのチューブ状の形態の粒子であった。
【0049】
[実施例6]
〈アラゴナイトの調製〉
容量3リットルの筒型セパラブルフラスコに水道水2Lを入れ、その中に試薬水酸化カルシウム150gを投入した。この水酸化カルシウム懸濁液を300rpmで撹拌しながら炭酸ガスを1.0L/分の流速で導入して、アラゴナイトの懸濁液を作製し、スラリーの固形分濃度を10.0質量%に調整した。
【0050】
(第3法)
容量3リットルのセパラブルフラスコに固形分濃度10質量%のアラゴナイトのスラリー307gを入れ、撹拌しながら試薬水酸化カルシウム15gと水道水985gを加えた。引き続き300rpmで撹拌しながら10℃に調整・維持して、5.0質量%のリン酸水溶液700gを18mL/minの速度で滴下した。このときの生成物をX線回折により調べるとアラゴナイトとCaHPO4・2H2O(brushite)の混合物であった。このスラリーを2℃/分の速度で50℃まで加温しそのまま4時間保持した。
生成物を透過型電子顕微鏡で観察したところ、外径が50〜80nm、壁厚が1〜2nm、長径(長さ)が300〜800nmのチューブ状の形態の粒子であった。
【0051】
[実施例7]
〈塩基性炭酸カルシウムの調製〉
容量3リットルの筒型セパラブルフラスコに水道水1Lを入れ、その中に工業用生石灰150gを投入した。10分間静置後20分間撹拌して、100meshの篩により粗粒分を除去した。こうして得られた水酸化カルシウム懸濁液に液量が2Lとなるように水道水を加え10℃に調整後、500rpmで撹拌しながら炭酸ガスを0.2L/分の流速で導入して、塩基性炭酸カルシウムの懸濁液を作製し、スラリーの固形分濃度を5.0質量%に調整した。
【0052】
[第4法]
容量3リットルのビーカーに固形分濃度5.0質量%の塩基性炭酸カルシウムのスラリー1000mLを入れ、300rpmで撹拌しながら50℃に調整・維持して、5.0質量%のリン酸水溶液600mLを8.0mL/minの速度で滴下し、そのまま50℃の温度を18時間維持した。
生成物を走査型電子顕微鏡で観察したところ、滴下直後でもチューブ状の粒子が少量観察され、18時間後では、外径が60〜90nm、壁厚が2〜5nm、長径(長さ)が200〜500nmのチューブ状の形態の粒子が形成された。
【0053】
[実施例8]
(第4法)
容量3リットルのセパラブルフラスコに固形分濃度5.0質量%のカルサイトのスラリー313g、試薬水酸化カルシウム7.7g、水道水800gを入れ、300rpmで撹拌しながら10℃に調整・維持して、5.0質量%のピロリン酸ナトリウム水溶液700gを8.0mL/minの速度で滴下し、引き続き2N塩酸を滴下してpH6.5〜7.0の範囲に調整しながら、温度を50℃まで上昇させ、そのまま5時間保持し熟成した。
生成物を走査型電子顕微鏡で観察したところ、外径が50〜70nm、壁厚が3〜8nm、長径(長さ)が500〜800nmのチューブ状の形態の粒子が形成された。
【0054】
[実施例9]
(第5法)
容量2リットルのビーカーに固形分濃度5.0質量%のアラゴナイトの懸濁液を1000mL入れ、300rpmで撹拌しながら試薬リン酸一水素カルシウム(brushite)37.5gを加えて混合した。そのまま撹拌しながら、その時のスラリー温度18℃を50℃まで加温し20時間熟成した。
生成物を走査型電子顕微鏡で観察したところ、外径が40〜60nm、壁厚が2〜10nm、長径(長さ)が300〜700nmのチューブ状の形態の粒子が生成した。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明のチューブ状リン酸カルシウムは、ナノサイズの口径を有するいわゆる「ナノチューブ」と呼ばれる中空構造を有するものであり、その大きさや形状に由来する様々な機能や効果を発揮するものである。
すなわち、クロマト用充填剤、蛍光材料、吸着剤、濾過剤、濾過助剤、徐放体、芳香剤、吸液剤、微生物飼育材、微生物担体、化学触媒、触媒担体、光触媒機能向上材、医薬担体、農薬担体、植物成長剤、成形助材、セラミック原料、各種キャリアーをはじめ、プラスチック・ゴム・塗料・インキ・シーリング材及び製紙等の機能性充填材としての用途が期待できる。特に水酸アパタイトは生体適合性に優れ、またチューブ状の構造は生体組織との一体化を予感させることから、生体材料、医療材料、歯科材料、生体適合コーティング材料、生体足場材料、遺伝子デリバリー担体、生体機能性材料等の分野への応用で有望と考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長径(長さ)の平均値が200nm以上1000nm以下、短径の外径の平均値が30nm以上100nm以下、短径の内径の平均値が29nm以上99nm以下であることを特徴とするチューブ状リン酸カルシウム。
【請求項2】
短径の内径/外径比が、0.7以上1.0未満である請求項1に記載のチューブ状リン酸カルシウム。
【請求項3】
リン酸カルシウムが水酸アパタイトである請求項1に記載のチューブ状リン酸カルシウム。
【請求項4】
リン原料としてリン酸を含有する水溶液又は懸濁液と、カルシウム原料としてカルシウム化合物を含有する水溶液又は懸濁液とを反応させることにより合成することを特徴とする請求項1〜3に記載のチューブ状リン酸カルシウムの製造方法。
【請求項5】
リン原料が、リン酸、縮合リン酸、及びそれらの塩、リン酸一水素カルシウムからなる群から選ばれる水溶液又は懸濁液である請求項4に記載のチューブ状リン酸カルシウムの製造方法。
【請求項6】
カルシウム原料が、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、塩基性炭酸カルシウムからなる群から選ばれる水溶液又は懸濁液である請求項4又は請求項5に記載のチューブ状リン酸カルシウムの製造方法。
【請求項7】
リン原料がリン酸水溶液、カルシウム原料が水酸化カルシウム及び/又は炭酸カルシウム懸濁液であることを特徴とする請求項4に記載のチューブ状リン酸カルシウムの製造方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−11971(P2011−11971A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−126449(P2010−126449)
【出願日】平成22年6月2日(2010.6.2)
【出願人】(000227250)日鉄鉱業株式会社 (82)