説明

テトラヒドロピランを溶媒とする水素化ホウ素化合物による還元反応

【課題】本発明は、カルボニル化合物をテトラヒドロピランの存在下で水素化ホウ素化合物により還元し、該アルコール化合物を製造する方法に関する。
【解決手段】溶媒として毒性の低いテトラヒドロピランを使用することによって生体への安全性が高まり、また、反応溶媒と抽出溶媒を同一のものとすることができるので反応工程の簡素化、エネルギーコストの低減などが実現できるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボニル化合物をテトラヒドロピラン中で水素化ホウ素化合物により還元し、アルコール化合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、水素化ホウ素化合物によるカルボニル化合物の還元反応は水、アルコールなどのプロトン性溶媒中で行われるのが一般的であった(Reduction in Organic Chemistry, Ellis Horwood Ltd., Chichester (1984):非特許文献1)。
しかし、原料化合物が水に溶解しにくい有機化合物である場合には、まず水と相溶する有機溶媒に溶解させた後に、水を添加して還元反応を行う方法を用いる。このような水と相溶する有機溶媒としては、例えばテトラヒドロフラン(Bull. Chem. Soc. Jpn., 78 p307 (2005):非特許文献2)、ジエチレングリコールジメチルエーテル(ジグライム)などが挙げられる。
このように、水と相溶する有機溶媒を用いた水素化ホウ素化合物の還元反応の場合には、反応により生成したアルコール化合物は、反応溶媒を濃縮し、酢酸エチルなどの抽出溶媒を加え、抽出分離することにより得られる。これらの操作においては、蒸発潜熱の高い水を留去した後に、さらに反応溶媒と異なる抽出溶媒を用いなければならないため、反応工程の煩雑化やエネルギーコストの点が問題となっている。
【0003】
また、特開平1−108218号公報(特許文献1)には、有機塩素を含有するエポキシ樹脂に、環状エーテルを主体とする溶媒中で、アルカリ金属および金属水酸化物を作用させてエポキシ樹脂を精製する方法が記載されている。
上記特許文献1には環状エーテルの例示中にテトラヒドロピランも挙げられているが、テトラヒドロピランを実際に用いた例は開示されていない。また、この文献に記載の発明では、環状エーテルはエポキシ樹脂に含まれる有機塩素などの不純物を精製するための目的で使用されており、カルボニル化合物の還元反応に用いることは知られていない。
【0004】
【非特許文献1】Reduction in Organic Chemistry, Ellis Horwood Ltd., Chichester (1984)
【非特許文献2】Bull. Chem. Soc. Jpn., 78 p307 (2005)
【特許文献1】特開平1−108218号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、カルボニル化合物をプロトン性溶媒存在下で水素化ホウ素化合物により還元する方法における上記の問題点を解決し、安全かつ効率的にアルコール化合物を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意努力した結果、カルボニル化合物と水素化ホウ素化合物の還元反応において、溶媒として毒性の低いテトラヒドロピランを使用することによって生体への安全性が高まり、また、反応溶媒と抽出溶媒を同一のものとすることができるので反応工程の簡素化、エネルギーコストの低減などが実現できるようになることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は以下のアルコール化合物の製造方法に関するものである。
[1]下記式(1)
【化1】

(式中、R1及びR2はそれぞれ独立して水素原子または炭化水素基(但し、異種元素を含んでもよい。)を表し、R1とR2は結合して環を形成してもよい。)
で示されるカルボニル化合物をテトラヒドロピラン中、
下記式(2)
【化2】

(式中、Mは1価の陽イオンとなり得る金属または原子団を表す。)
で示される水素化ホウ素化合物で還元することを特徴とする
下記式(3)
【化3】

(式中の記号は前記と同じ意味を表す。)
で示されるアルコール化合物の製造方法。
[2]前記式(2)におけるMが、リチウム、ナトリウム、カリウムまたは4級アンモニウム化合物である前記1に記載のアルコール化合物の製造方法。
[3]水素化ホウ素化合物が、水素化ホウ素ナトリウムまたは水素化ホウ素カリウムであり、還元反応を水の存在下にて行う前記1に記載のアルコール化合物の製造方法。
[4]水を0.1質量%以上存在させて還元反応を行う前記3に記載のアルコール化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明のテトラヒドロピランを反応溶媒とするアルコール化合物の製造方法においては、反応溶媒と抽出溶媒を同一のものとすることが可能となるため、反応工程の簡素化、エネルギーコストの低減などが実現できるようになる。また、反応溶媒に毒性の低いテトラヒドロピランを用いることにより、生体への安全性も高まる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、本発明の具体的内容について詳細に説明する。
本発明は、下記式(1)
【化1】

(式中、R1及びR2はそれぞれ独立して水素原子または炭化水素基(但し、異種元素を含んでもよい。)を表し、R1とR2は結合して環を形成してもよい。)
で示されるカルボニル化合物をテトラヒドロピラン中で水素化ホウ素化合物により還元し、下記式(3)
【化3】

(式中、R1及びR2は前記と同じ意味を表す。)
で示されるアルコール化合物を製造する方法であり、反応溶媒であるテトラヒドロピランを抽出溶媒としても用いることを特徴とする。
【0010】
[カルボニル化合物]
本発明で使用されるカルボニル化合物については、特に制限はない。
また、上記式(1)におけるR1及びR2は同一でも異なっていても良い。従って、本発明が適用されるカルボニル化合物には、R1及びR2の少なくとも一方が水素原子であるアルデヒド類、両者が炭化水素基であるケトン類がすべて含まれる。炭化水素基は、例えば、アルキル基、アルケニル基(還元反応による影響が問題とならない場合はアルキニル基でもよい。)、アリール基を含み、また、これらの組み合わせ(例えば、アラルキル基)であってもよい。
【0011】
なお、本発明において炭化水素基とは、還元反応を妨げない限りにおいて異種元素を含んでもよい。異種元素としては、特に限定されず、同じ異種元素を複数含んでもよいし、異なる種類の元素を複数含んでもよい。異種元素は、例えば、O、N、S、ハロゲン等であるが、エーテル結合(還元反応による影響が問題とならない場合に限る)やスルフィド結合等のように炭素鎖中の炭素を置換したものでもよいし、>C=Oや水酸基等のように炭素鎖状の水素を置換したものでもよい。従って、本発明が適用されるカルボニル化合物には、カルボニル基を分子中に2個以上含む化合物も含まれる。また、R1及びR2は結合して環を形成してもよい。
【0012】
具体的には、例えば、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、ブチルアルデヒド、クロトンアルデヒド、3−フェニルプロピオンアルデヒド、プロピオンアルデヒド、バレルアルデヒド、シクロヘキサンカルボアルデヒド、フェニルアセトアルデヒドなどの脂肪族アルデヒド化合物、グリオキザール、マロンアルデヒド、スクシンアルデヒド、グルタルアルデヒドなどの多価脂肪族アルデヒド化合物、ベンズアルデヒド、アニスアルデヒド、p−クロロベンズアルデヒド、p−メチルベンズアルデヒド、バニリン、2−ナフタレンアルデヒドなどの芳香族アルデヒド化合物、テレフタルアルデヒド、フタルアルデヒド、イソフタルアルデヒド、1,2−ナフタレンジカルボアルデヒドなどの芳香族多価アルデヒド、フルフリルアルデヒド、ピリジンアルデヒド、ニコチンアルデヒド、2−ホルミルチオフェン、5−ホルミルインドール、3−ホルミルチアゾリジン、5−ホルミルピリミジン、2−ホルミルピラジンなどの複素環式アルデヒド化合物、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、イソホロン、シクロペンタノン、シクロヘキサノン、シクロヘキシルアセトン、アセチルアセトン、アセト酢酸メチルなどの脂肪族ケトン化合物、アセトフェノン、プロピオフェノン、ベンゾフェノンデオキシベンゾイン、アセトナフトフェノン、ブチロナフトフェノン、インデン−1−オン、フルオレン−9−オンなどの芳香族ケトン化合物などを用いることができる。
【0013】
[水素化ホウ素化合物]
本発明で使用される水素化ホウ素化合物は、下記式(2)
【化2】

(式中、Mは1価の陽イオンとなり得る金属または原子団を表す。)
で示される水素化ホウ素化合物である。
【0014】
このような水素化ホウ素化合物としては、Mが金属である水素化ホウ素化合物としては、水素化ホウ素リチウム、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素カリウムなどが挙げられる。また、Mが1価の陽イオンとなり得る水素化ホウ素化合物としては、有機アンモニウムを有する水素化ホウ素化合物(本願において水素化ホウ素アンモニウム等と言う。)、例えば、水素化ホウ素テトラメチルアンモニウム、水素化ホウ素テトラエチルアンモニウム、水素化ホウ素テトラブチルアンモニウム、水素化ホウ素トリメチルオクチルアンモニウム、水素化ホウ素トリメチルベンジルアンモニウムなどを用いることができる。
これらの中でも特に、水を共存させる系においては水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素カリウムが好ましく、水を共存させない系においては水素化ホウ素リチウムが好ましい。
【0015】
水素化ホウ素化合物の添加量としては、水素化ホウ素化合物は4つのヒドリドを有するので、カルボニル化合物に対して、少なくとも0.25mol当量必要である。
【0016】
[反応溶媒]
本発明では、反応溶媒としてテトラヒドロピランを用いる。但し、反応の妨げにならない限りにおいて他の溶媒を含んでもよい。例えば、テトラヒドロピランと水との混合溶媒を用いることができる。水素化ホウ素リチウムなど水と激しく反応する水素化ホウ素化合物は使用できないが、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素カリウム、水素化ホウ素アンモニウム化合物などは用いることができる。
【0017】
テトラヒドロピランと水の量比としては、テトラヒドロピランに対して、水を0.1質量%以上存在させることにより反応促進効果が認められ、5〜5000質量%使用することが好ましく、10〜1000質量%使用することがさらに好ましい。
テトラヒドロピランと水との混合溶媒系では、カルボニル化合物の還元反応の反応速度を向上させることができ、また、生成したアルコール化合物を含む反応溶媒を濃縮したり、別途抽出溶媒を加えたりすることなしに直接抽出分離することができる。
【0018】
反応温度は、テトラヒドロピランと水との混合溶媒が固化しない温度から共沸温度までの間で行うことができ、好適には0〜75℃である。
【実施例】
【0019】
以下、代表的な例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら制限されるものではない。
なお、実施例における各成分の分析は、ガスクロマトグラフィー装置として6890N(アジレント・テクノロジー(株)製)を用い、分析カラムとしてDB−1カラム(J&W Scientific社製,長さ30m、直径0.32mm、膜厚1μm)を用いた。
【0020】
[実施例1]
容量100mlのナスフラスコに撹拌子、3−フェニルプロピオンアルデヒド1.34g(10mmol)、水素化ホウ素ナトリウム0.19g(5mmol)を加え、表1に示す割合で水とテトラヒドロピラン(THP)の量比を変え、室温で20分反応させた。反応後、生成した3−フェニルプロパノールをGCで定量した。結果を表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
[実施例2]
容量100mlのナスフラスコに撹拌子、カルボニル化合物10mmol、テトラヒドロピラン20ml、水20ml、水素化ホウ素ナトリウム(SBH)を加え、室温で激しく撹拌反応させた。反応後、生成したアルコールをGCで定量した。結果を表2に示す。
【0023】
【表2】

【0024】
[実施例3]
容量100mlのナスフラスコに撹拌子、アセトフェノン1.20g(10mmol)、テトラヒドロピラン20ml、水20ml、水素化ホウ素ナトリウム0.38g(10mmol)を加え室温で激しく撹拌しながら6時間反応させた。反応液を分液ロートに移し、水を分離し、飽和食塩水20mlで分液した。THP溶液を濃縮、乾固し1−フェニルエタノール1.08g(収率88%)を得た。
【0025】
[実施例4]
容量100mlのナスフラスコに撹拌子、アセトフェノン1.20g(10mmol)、テトラヒドロピラン20ml、水素化ホウ素リチウム0.21g(10mmol)を加え還流下、2時間反応させた。反応後、GCで定量すると1−フェニルエタノールの収率は95%であった。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明のテトラヒドロピランを反応溶媒とするアルコール化合物の製造方法においては、反応溶媒と抽出溶媒を同一のものとすることが可能となるため、反応工程の簡素化、エネルギーコストの低減などが実現できるようになる。また、反応溶媒に毒性の低いテトラヒドロピランを用いることにより、生体への安全性も高まる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)
【化1】

(式中、R1及びR2はそれぞれ独立して水素原子または炭化水素基(但し、異種元素を含んでもよい。)を表し、R1とR2は結合して環を形成してもよい。)
で示されるカルボニル化合物をテトラヒドロピラン中、
下記式(2)
【化2】

(式中、Mは1価の陽イオンとなり得る金属または原子団を表す。)
で示される水素化ホウ素化合物で還元することを特徴とする
下記式(3)
【化3】

(式中の記号は前記と同じ意味を表す。)
で示されるアルコール化合物の製造方法。
【請求項2】
前記式(2)におけるMが、リチウム、ナトリウム、カリウムまたは4級アンモニウム化合物である請求項1に記載のアルコール化合物の製造方法。
【請求項3】
水素化ホウ素化合物が、水素化ホウ素ナトリウムまたは水素化ホウ素カリウムであり、還元反応を水の存在下にて行う請求項1に記載のアルコール化合物の製造方法。
【請求項4】
水を0.1質量%以上存在させて還元反応を行う請求項3に記載のアルコール化合物の製造方法。

【公開番号】特開2008−1631(P2008−1631A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−172566(P2006−172566)
【出願日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】