説明

テラヘルツ波発生方法と装置

【課題】簡単かつ安定に、テラヘルツ波の単一周波数を変化させる。
【解決手段】第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bとを差周波混合部に入射し、両レーザビームを該差周波混合部内で重ねることで、両レーザビームの周波数差を周波数とするテラヘルツ波を発生させる。各レーザビームは周波数勾配方向に空間的な広がりを持つとともに、その空間的な周波数分布は、周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、これにより、両レーザビームの重なり領域の各位置で両レーザビームの周波数差が同一となり、該重なり領域から単一周波数のテラヘルツ波を発生させる。第1レーザビームと第2レーザビームを周波数勾配方向に互いに対し空間的にシフトさせることで、重なり領域における周波数差を変化させ、これにより、単一周波数を変化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、第1レーザビームと第2レーザビームとを差周波混合部に入射し、両レーザビームを該差周波混合部内で重ねることで、両レーザビームの周波数差を周波数とするテラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生方法と装置に関する。
【背景技術】
【0002】
テラヘルツ波は、電波と赤外線の中間に位置する電磁波であり、周波数が0.3〜10THzであり波長が30μm〜1mmである。このテラヘルツ波は、電波のように紙やプラスチック等様々な物質に対して透過性を持つとともに、光のように適度な空間分解能も兼ね備える。さらに、テラヘルツ波は、物資に対し固有の吸収スペクトルを有することから、例えば、分光測定により、小包などに隠された物質の種類を同定し、爆発物などの危険物を検知するような応用が期待できる。これを、実現するには、様々な周波数でテラヘルツ波を発生するテラヘルツ波発生装置が不可欠である。
【0003】
これまで、分光測定に適したテラヘルツ波発生装置には、レーザ光で差周波混合部を励起する手法が広く用いられており、主に次の2つに分類できる。
【0004】
(差周波混合による単一周波数発生)
周波数・波長が異なる2つの単一周波数レーザ光を利用して、差周波混合の原理で単一周波数のテラヘルツ波を発生させる(例えば、下記特許文献1)。さらに、片方のレーザ光の周波数を制御して周波数の差を変化させることにより、テラヘルツ波の周波数を変化させる。
【0005】
(フェムト秒レーザによる広域発生)
広域のフェムト秒パルスレーザを用いて、広域帯のテラヘルツ波パルスを発生させる手法がある(例えば、下記特許文献2)。
【0006】
【特許文献1】特開平2002−341392
【特許文献2】特開平2002−223017
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した「差周波混合による単一周波数発生」においては、レーザ光の波長を限定するとレーザの強度およびテラヘルツ波の出力も低下するという問題がある。また、レーザ自体の周波数を制御するため、安定性が低いという問題がある。
【0008】
上述した「フェムト秒レーザによる広域発生」においては、一度に様々な周波数成分のテラヘルツ波を得ることができるが、1つのパルスに全ての周波数成分が含まれるため、分光情報を得るためには、フーリエ変換により周波数成分を切り分ける必要がある。
【0009】
そこで、本発明の目的は、周波数成分を切り分けることなく簡単かつ安定に、テラヘルツ波の周波数を変化させることができるテラヘルツ波発生方法と装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明によると、第1レーザビームと第2レーザビームとを差周波混合部に入射し、両レーザビームを該差周波混合部内で重ねることで、両レーザビームの周波数差を周波数とするテラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生方法であって、
第1レーザビームは所定方向に空間的な広がりを持つとともに、第1レーザビームの空間的な周波数分布は、前記所定方向である周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、第2レーザビームも前記周波数勾配方向に空間的な広がりを持つとともに、第2レーザビームの空間的な周波数分布も、前記周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、これにより、両レーザビームの重なり領域の各位置で両レーザビームの周波数差が同一となり、該重なり領域から単一周波数のテラヘルツ波を発生させ、
第1レーザビームと第2レーザビームを前記周波数勾配方向に互いに対し空間的にシフトさせることで、前記重なり領域における前記周波数差を変化させ、これにより、前記単一周波数を変化させる、ことを特徴とするテラヘルツ波発生方法が提供される。
【0011】
また、上記目的を達成するため、本発明によると、第1レーザビームと第2レーザビームから両レーザビームの周波数差を周波数とするテラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生装置であって、
レーザ生成誘導装置と差周波混合部とを備え、
前記レーザ生成誘導装置は、第1レーザビームと第2レーザビームを生成し互いに重なるように前記差周波混合部へ案内し、
前記差周波混合部は、入射される第1レーザビームと第2レーザビームの重なり領域において、両レーザビームの周波数差を周波数とするテラヘルツ波を発生させ、
第1レーザビームは所定方向に空間的な広がりを持つとともに、第1レーザビームの空間的な周波数分布は、前記所定方向である周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、第2レーザビームも前記周波数勾配方向に空間的な広がりを持つとともに、第2レーザビームの空間的な周波数分布も、前記周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、これにより、前記重なり領域の各位置で両レーザビームの周波数差が同一となり、該重なり領域から単一周波数のテラヘルツ波が発生するようになっており、
第1レーザビームと第2レーザビームを前記周波数勾配方向に互いに対し空間的にシフトさせるシフト装置をさらに備え、
前記シフトにより、前記重なり領域における前記周波数差を変化させ、これにより、前記単一周波数が可変となっている、ことを特徴とするテラヘルツ波発生装置が提供される。
【0012】
上述の本発明のテラヘルツ波発生方法と装置では、第1レーザビームは所定の周波数勾配方向に空間的な広がりを持つとともに、第1レーザビームの空間的な周波数分布は、前記周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、第2レーザビームも前記周波数勾配方向に空間的な広がりを持つとともに、第2レーザビームの空間的な周波数分布も、前記周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、これにより、両レーザビームの重なり領域の各位置で両レーザビームの周波数差が同一となり、該重なり領域から単一周波数のテラヘルツ波を発生させ、第1レーザビームと第2レーザビームを前記周波数勾配方向に互いに対し空間的にシフトさせることで、前記重なり領域における前記周波数差を変化させ、これにより、前記単一周波数を変化させるので、周波数成分を切り分けることなく簡単かつ安定に、テラヘルツ波の周波数を変化させることができる。
【0013】
本発明の好ましい実施形態によると、前記レーザ生成誘導装置は、
所定の周波数帯域を持つレーザ光を発生させる帯域レーザ発生部と、
前記レーザ光が入射されることで、空間的な広がりを持つとともに前記周波数分布を有する勾配レーザビームを生成する周波数勾配生成部と、
前記勾配レーザビームを第1レーザビームと第2レーザビームとに分離するビーム分離部と、
第1レーザビームと第2レーザビームを前記差周波混合部へ案内する案内光学部と、を有する。
【0014】
このようなレーザ生成誘導装置の構成により、前記周波数勾配方向に前記周波数分布を有する第1レーザビームおよび第2レーザビームを生成することができる。
【0015】
本発明の好ましい実施形態によると、前記案内光学部は、光路に関して前記ビーム分離部と前記差周波混合部との間に設けられ、前記ビーム分離部からの第2レーザビームを反射させる反射ミラーを有し、
前記シフト装置は、前記反射ミラーを移動させることで、前記反射した第2レーザビームが前記差周波混合部へ入射する位置を変化させる。
【0016】
このように、前記シフト装置が、前記反射ミラーを移動させることで、前記反射した第2レーザビームが前記差周波混合部へ入射する位置を変化させることができる。
【発明の効果】
【0017】
上述した本発明によると、周波数成分を切り分けることなく簡単かつ安定に、テラヘルツ波の周波数を変化させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明を実施するための最良の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、各図において共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0019】
(原理)
本発明は、図1に示す特性を持つ第1レーザビームと第2レーザビームを利用する。
図1に示すように、第1レーザビームと第2レーザビームの各々は、周波数勾配方向(図1の横軸方向に対応)に空間的な広がりを持つとともに、その空間的な周波数分布は、前記周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する線形的分布である。第1レーザビームと第2レーザビームの各々の空間的形状は、例えば楕円形状であってよく、この楕円の長軸方向が前記周波数勾配方向に相当してよい。
このような第1レーザビームと第2レーザビームとを、それぞれの周波数勾配方向を同じ向きにして、重ねると、両レーザビーム1a,1bの重なり領域の各位置で両レーザビーム1a,1bの周波数差が同一となる(図2(A)を参照)。即ち、図2(A)において、第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bとは互いに重なっており、重なり領域の各位置(位置x)で、周波数差が同一となる。
図2(A)の状態から、第1レーザビームと第2レーザビームを前記周波数勾配方向に互いに対し空間的にシフトさせることで、前記重なり領域における前記周波数差を変化させる。例えば、図2(A)の状態から、図2(B)のように第2レーザビームを左にシフトさせると、前記周波数差が小さくなる。一方、図2(A)の状態から、図2(C)のように第2レーザビームを右にシフトさせると、前記周波数差が大きくなる。
このような重なり領域を差周波混合部内に位置させるとともに、上述のように前記周波数差を変化させることで、可変な単一周波数のテラヘルツ波を発生させることができる。
【0020】
図3は、本発明の実施形態によるテラヘルツ波発生装置10の構成図である。図3に示すように、レーザ生成誘導装置3、差周波混合部5およびシフト装置7を備える。
レーザ生成誘導装置3は、上述の第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bを生成し互いに重なるように前記差周波混合部5へ案内する。前記差周波混合部5は、入射される第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bの重なり領域において、両レーザビーム1a,1bの周波数差を周波数とするテラヘルツ波6を差周波混合により発生させる。シフト装置7は、第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bを前記周波数勾配方向に互いに対し空間的にシフトさせる。
この構成により、第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bとをそれぞれの周波数勾配方向を同じ向きにして重ね、両レーザビーム1a,1bを前記周波数勾配方向に互いに対し空間的にシフトさせることができる。これにより、前記重なり領域の各位置において両レーザビーム1a,1bの周波数差を同じにしつつ、当該周波数差を変化させることができる。従って、該周波数差に等しい単一周波数のテラヘルツ波6を発生させる場合に、該単一周波数を変化させることができる。
【0021】
テラヘルツ波発生装置10の構成をより詳しく説明する。
【0022】
前記レーザ生成誘導装置3は、帯域レーザ発生部9、周波数勾配生成部11、ビーム分離部12および案内光学部13を有する。
帯域レーザ発生部9は、所定の周波数帯域を持つレーザ光を発生させる。帯域レーザ発生部9は、例えば、フェムト秒レーザやその他の所定の周波数帯域(好ましくは、広帯域)のレーザ光を発生させるレーザ発生部である。
周波数勾配生成部11には、帯域レーザ発生部9からのレーザ光が入射される。周波数勾配生成部11は、入射されるレーザ光から勾配レーザビームを生成する回折格子などの分散素子であってよい。勾配レーザビームは、前記周波数勾配方向に空間的な広がりを持つとともに前記周波数分布を有する。
ビーム分離部12は、前記勾配レーザビームを第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bとに分離する。ビーム分離部12は、例えば、ビームスプリッタであり、勾配レーザビームを好ましくは1対1の強度割合で第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bとに分離する。
案内光学部13は、ビーム分離部12で分離された第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bを、前記差周波混合部5へ案内する。図3の例では、案内光学部13は、ビーム分離部12で分離された第2レーザビーム1bを反射させる第1反射ミラー13aおよび第2反射ミラー13bと、ビーム分離部12で分離された第1レーザビーム1aを反射させる第3反射ミラー13cおよび第4反射ミラー13dと、第2反射ミラー13bで反射された第2レーザビーム1bと第4反射ミラー13dで反射された第1レーザビーム1aとを結合させるように差周波混合部5へ案内するビームスプリッタ13eと、を有する。なお、図3の例では、案内光学部13は、シリンドリカルレンズ13fをさらに有する。この構成で、第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bとが、前記差周波混合部5において互いに重なるように前記差周波混合部5に案内される。
【0023】
差周波混合部5は、入射される第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bの重なり領域において、両レーザビーム1a,1bの周波数差を周波数とするテラヘルツ波6を発生させる。図4は、図3のIV−IV線断面図であり、差周波混合部5の構成例を示す。図3の例では、差周波混合部5は、低温成長のガリウムヒ素(LT−GaAs)基板16の表面に金属ストリップライン電極15a,15bが取り付けられたものであり、光伝導アンテナと呼ばれる非線形光学素子の1つである。この電極15a,15b間に電圧を印加した状態で、第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bとが互いに重なるように電極15a,15b間に照射される。すると、キャリアが生成され、レーザビームの照射領域全てにおいて、一方の電極15aから他方の電極15bへ向けて電流が流れる。このときの吸収の非線形性から、差周波混合が生じて、光の周波数差に相当する周波数を持つテラヘルツ波6が発生する。
【0024】
シフト装置7は、上述の第2反射ミラー13bを移動させることで、前記反射した第1レーザビーム1aが前記差周波混合部5へ入射する位置を前記周波数勾配方向に関して変化させる。シフト装置7が第2反射ミラー13bを移動させる方向は、第2反射ミラー13bへ第2レーザビーム1bが入射してくる方向またはこれと逆方向である。これにより、差周波混合部5における第2レーザビーム1bの位置が、図3の上下方向に移動させられる。
好ましくは、シフト装置7は、第2反射ミラー13bだけでなく、第1反射ミラー13aも同じ方向にかつ同じ距離だけ移動させる。これにより、第2レーザビーム1bと第1レーザビーム1aとの光路差が生じることを防止できる。即ち、ビーム分離部12から差周波混合部5までの第1レーザビーム1aの第1光路と、ビーム分離部12から差周波混合部5までの第2レーザビーム1bの第2光路とは、同じ距離に設定されるが、シフト装置7が、第2反射ミラー13bと第1反射ミラー13aを同じ方向にかつ同じ距離だけ移動させることで、第1反射ミラー13aと第2反射ミラー13bを移動させても第1光路と第2光路に差が生じない。従って、第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bが、パルスレーザである場合にも、発生するテラヘルツ波6の損失を防ぐことができる。
シフト装置7は、例えばサーボモータにより第1反射ミラー13aと第2反射ミラー13bを駆動するものであってよい。
【0025】
なお、図3(および後述の図8)において、ビーム平行器(例えば、シリンドリカルレンズ)14は、回折格子などの分散素子11から広がりながら進行するレーザ光を平行光にする。
【0026】
上述の本発明の実施形態では、第1レーザビーム1aは所定の周波数勾配方向に空間的な広がりを持つとともに、第1レーザビーム1aの空間的な周波数分布は、前記周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、第2レーザビーム1bも前記周波数勾配方向に空間的な広がりを持つとともに、第2レーザビーム1bの空間的な周波数分布も、前記周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、これにより、両レーザビーム1a,1bの重なり領域の各位置で両レーザビーム1a,1bの周波数差が同一となり、該重なり領域から単一周波数のテラヘルツ波6を発生させ、第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bを前記周波数勾配方向に互いに対し空間的にシフトさせることで、前記重なり領域における前記周波数差を変化させ、これにより、前記単一周波数を変化させるので、周波数成分を切り分けることなく簡単かつ安定に、テラヘルツ波6の周波数を変化させることができる。
【0027】
次に、図3の構成を用いた実験結果について述べる。
【0028】
図5(A)は、単一周波数が0.7THzのテラヘルツ波6を発生させるための上述の第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bの波長分布を示す。第1レーザビーム1aは、801nm〜810nmまでの波長成分を持ち、上述の周波数勾配方向に12mmの空間領域に広がっている。第2レーザビーム1bは、799nm〜810nmまでの波長成分を持ち、上述の周波数勾配方向に14mmの空間領域に広がっている。両レーザビーム1a,1bともほぼ線形的に分布している。両レーザビーム1a,1bが重なる周波数勾配方向の領域寸法は、12mmである。
図5(B)は、図5(A)の場合における両レーザビーム1a,1bの周波数差分布を示す。図5(B)に示すように、両レーザビーム1a,1bが重なる領域内の全体において、周波数差は0.7THzである(波長差にすると約1.5nmである)。この結果は、上述した本発明の原理と一致している。
【0029】
図6(A)は、図3の構成を用いて発生させたテラヘルツ波6の測定結果を示す。図6(A)は、発生するテラヘルツ波6の周波数が0.6THzとなるようにシフト装置7によるシフトを行った場合である。図6(A)に示すテラヘルツ波6の波形は、周期が1.6psの速い振動が振幅変調されたようなパルス形状であり、その包絡線の幅は8psである。この時間波形を元に高速フーリエ変換を用いて計算されたテラヘルツ波6のスペクトルを図6(B)に示す。図6(B)に示すように、中心周波数は0.6THzであり、線幅は80GHzであった。
【0030】
図7(A)は、第2レーザビーム1bのシフト量に対するテラヘルツ波6のスペクトルを示す。シフト量は、固定されている第1レーザビーム1aの位置を基準とする。周波数が、0.31THz〜1.69THzまで同調されることを確認した。その内、強度が最大になるのは、0.68THzのときであった。この測定結果から得られるビームシフト量と中心周波数の対応を図7(B)に示す。実線で示される計算値は、図5(A)で示した第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bの波長・周波数成分から導出された。実験結果は、計算値に近い値を示しており、上述した本発明の原理が実証されたと言える。
【0031】
(本発明の従来技術との比較)
本発明の最大の特長は、広帯域のレーザ光による励起で、単一周波数のテラヘルツ波6を発生させることである。従来のフォトミキサーと呼ばれる差周波発生方法では、帯域が非常に狭い連続光のレーザを用いていたが、その分レーザの強度が低くなり、充分な強度のテラヘルツ波6が得られないという欠点が挙げられる。また、広帯域のフェムト秒レーザの光を、光伝導素子に直接集光させる方法が広く利用されているが、その場合、発生するテラヘルツ波6の帯域も1THz程度と広くなり、分光用のデバイスとして利用するためには、波形自体をサンプリングする必要があった。
これらに対して、本発明は、広帯域のレーザ光の波長を限定することなく、ほぼ全ての波長成分を利用して、同一周波数を持つテラヘルツ波6を発生させることが可能なため、レーザ光の利用率が高く、より効率的な発生手法であると言える。さらに、片方のレーザ光のビーム(第2レーザビーム1b)を空間的にシフトするだけでテラヘルツ波6の周波数が同調されるため、従来のようにレーザ本体を制御して光の波長を変える必要が無く、より安定かつ高速に同調することが可能である。また、図3中で示した勾配レーザビームを形成するための回折格子などの周波数勾配生成部11の波長分解能をさらに高めれば、テラヘルツ波6の線幅をより狭くすることが期待でき、分光測定のためのテラヘルツ波発生装置として充分利用できる。
【0032】
(本発明の応用例)
図8は、上述した本発明の応用例を示す図である。図8に示すように、テラヘルツ波発生装置10は、ビーム走査装置17を有する。
【0033】
ビーム走査装置17の走査原理について説明する。
図9は、テラヘルツ波ビームの走査原理を示す図である。この図は、テラヘルツ波ビーム6をそれぞれ(A)左側、(B)正面、(C)右側に向ける場合を示している。
この図において、2aは第1レーザビーム1aの波面、2bは第2レーザビーム1bの波面、6aはテラヘルツ波6の波面、θは差周波混合部5への第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bとの間の相対的入射角(この例では第1レーザビーム1aの入射角)、θはテラヘルツ波6の放射角である。
【0034】
図9(A)と図9(C)に示すように、片方の第1レーザビーム1aの入射角をわずかに傾けると、もう一つの第2レーザビーム1bとの間に生じる位相差4が位置によって線形的に変化する。このとき、2次の非線形光学効果に基づき、第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bから生じる電磁波は数1の式(1)で表される。
【0035】
【数1】

【0036】
ここで、E、Eはそれぞれ第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bの電界、|E|、|E|はそれらの振幅、ω、ωはそれらの角周波数、tは時間、そしてΔφは第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1b間の位相差を示している。各項に含まれる角周波数に着目するとわかるように、式(1)の各項はそれぞれ直流、第2高調波、和周波、そして差周波成分の信号を表している。ここでは差周波混合によりテラヘルツ波6を発生させることから、第4項の式が数2の式(2)のように書き換えられる。
【0037】
ここで、ωTはテラヘルツ波6の角周波数である。このとき、ω−ω=ω・・・式(2a)を満たす。
式(2)が意味するものは、発生するテラヘルツ波6の位相が、第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bの位相差に等しくなることである。したがって、図9(A)や図9(C)のように、片方の第1レーザビーム1aの入射方向を傾けると、各位置から発生するテラヘルツ波6の位相も変化し、全体から放射するテラヘルツ波6のビームの波面6aが傾斜するため、進行方向が傾く。従って、片方の第1レーザビーム1aの入射角θを制御することで、テラヘルツ波ビーム6の走査(図で左右に振ること)ができることになる。
【0038】
さらに、ビーム走査装置17の最大の特長は、テラヘルツ波ビーム6の走査角の大きさにある。
図9(A)において、第1レーザビーム1aの入射を左に傾けることにより生じる第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1b間の位相差は数2の式(3)で表現される。
【0039】
ここで、kはレーザ光の波数、xは素子上の位置である。また、素子全体から発生するテラヘルツ波ビーム6の位相分布も、同様に数2の式(4)で表される。
【0040】
ここで、kはテラヘルツ波6の波数である。式(1)と式(2)で説明した位相関係より、φ(x)=Δφ(x)・・・式(2b)となることから、これと式(3)、(4)を組み合わせることで、数2の式(5)の関係が導かれる。
【0041】
【数2】

【0042】
一般に、テラヘルツ波ビーム6の発生には赤外線レーザが用いられ、さらに、テラヘルツ波ビーム6の波長は赤外線に比べて数百倍も長い。つまり式(5)中のk/kの値が非常に大きいことから、テラヘルツ発生器への第1レーザビーム1aと第2レーザビーム1bと間の相対的入射角(すなわち、第1レーザビーム1aの入射角θ)をわずかに変えるだけで、その数百倍の放射角θでテラヘルツ波ビーム6が走査されることを意味する。
【0043】
図10は、第1レーザビーム1aの入射角θとテラヘルツ波6の放射角θとの関係を示す図である。
この図に示すように、第1レーザビーム1aの入射角θを±0.1°振ると、1THzの場合に、テラヘルツ波ビーム6の走査範囲(放射角)は±40°にも及び、広角度のビーム走査が可能となる。
【0044】
上述のビーム走査装置17は、図8のように、レーザ光偏向装置19と共焦点レンズ系21を有する。
レーザ光偏向装置19は、第4反射ミラー13dを回転駆動することで、第1レーザビーム1aの入射角θを変化させる。代わりに、レーザ光偏向装置19は、第4反射ミラー13dとビームスプリッタ13eとの間などに配置され、第1レーザビーム1aの進行方向を変更する装置(例えば、電気光学変更器、音響光学偏向器、)であってもよい。
共焦点レンズ系21は、共通焦点23bとこれより上流側に位置する第1焦点23aとの間に位置し、第1焦点23aを通過した第1レーザビーム1aを共通焦点23bに集光させるようになっている。この例で、共焦点レンズ系21は、2枚の凸レンズ21a,21b(又は凸レンズ群)からなり、それぞれ焦点距離F,Fを有し、その間隔がF+Fに設定されている。焦点距離F,Fは、同一であるのが好ましいが、相違してもよい。
【0045】
図8の構成により、上述のテラヘルツ波装置の効果に加えて、第4反射ミラー13dを、ある角度だけ回転駆動させると、その数百倍の角度でテラヘルツ波6の放射方向が変更される。
【0046】
なお、ビーム分離素子25は、レーザ光の一部をプローブ光8aとして取り出すものである。26a,26bは放物面鏡、27はダイポールアンテナである。
【0047】
本発明は上述した実施の形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更を加え得ることは勿論である。
【0048】
(1)テラヘルツ波のみならず、ミリ波(30GHz〜300GHz)のビーム走査にも適用できる。
(2)非線形光学素子には、非線形光学結晶、光伝導素子を含む。
(3)テラヘルツ波が発生する非線形光学素子は、アレー構造であってもよい。
(4)アレー構造の場合の素子数は2つ以上であれば幾つでもよい。
(5)レーザ光の帯域は可視光や赤外線である。
(6)レーザ光偏向装置として、電気光学偏向器、音響光学偏向器、回転ミラーがこれに含まれる。
(7)レンズの代わりに、反射鏡を用いてもよい。
(8)2次元方向のテラヘルツ波ビーム走査も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明に使用する線形的な周波数分布を有するレーザビームを示す。
【図2】図1の周波数分布を有する2つのレーザビームを用いて、単一周波数のテラヘルツ波を発生させる説明図である。
【図3】本発明の実施形態によるテラヘルツ波発生装置の構成図である。
【図4】図3のIV−IV線断面図であり、差周波混合部の構成例を示す。
【図5】本発明の原理を示す実験結果である。
【図6】図3の構成を用いて発生させたテラヘルツ波の測定結果を示す。
【図7】ビームシフト量とテラヘルツ波周波数との関係を示す図である。
【図8】本発明の応用例を示す図である。
【図9】テラヘルツ波ビームの走査原理を示す図である。
【図10】第1レーザビームの入射角θとテラヘルツ波の放射角θとの関係を示す図である。
【符号の説明】
【0050】
1a 第1レーザビーム、1b 第2レーザビーム、2a 第1レーザビームの波面、2b 第2レーザビームの波面、3 レーザ生成誘導装置、4 位相差、5 差周波混合部、6 テラヘルツ波、6a テラヘルツ波ビームの波面、7 シフト装置、9 帯域レーザ発生部、10 テラヘルツ波発生装置、11 周波数勾配生成部、12 ビーム分離部、13 案内光学部、13a 第1反射ミラー、13b 第2反射ミラー、13c 第3反射ミラー、13d 第4反射ミラー、13e ビームスプリッタ、13f シリンドリカルレンズ、14 ビーム平行器、15a,15b 金属ストリップライン電極、16 ガリウムヒ素基板、17 ビーム走査装置、19 レーザ光偏向装置、21 共焦点レンズ系、21a,21b 凸レンズ、23a 第1焦点,23b 共通焦点,25 ビーム分離素子、26a,26b 放物面鏡、27 ダイポールアンテナ、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1レーザビームと第2レーザビームとを差周波混合部に入射し、両レーザビームを該差周波混合部内で重ねることで、両レーザビームの周波数差を周波数とするテラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生方法であって、
第1レーザビームは所定方向に空間的な広がりを持つとともに、第1レーザビームの空間的な周波数分布は、前記所定方向である周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、第2レーザビームも前記周波数勾配方向に空間的な広がりを持つとともに、第2レーザビームの空間的な周波数分布も、前記周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、これにより、両レーザビームの重なり領域の各位置で両レーザビームの周波数差が同一となり、該重なり領域から単一周波数のテラヘルツ波を発生させ、
第1レーザビームと第2レーザビームを前記周波数勾配方向に互いに対し空間的にシフトさせることで、前記重なり領域における前記周波数差を変化させ、これにより、前記単一周波数を変化させる、ことを特徴とするテラヘルツ波発生方法。
【請求項2】
第1レーザビームと第2レーザビームから両レーザビームの周波数差を周波数とするテラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生装置であって、
レーザ生成誘導装置と差周波混合部とを備え、
前記レーザ生成誘導装置は、第1レーザビームと第2レーザビームを生成し互いに重なるように前記差周波混合部へ案内し、
前記差周波混合部は、入射される第1レーザビームと第2レーザビームの重なり領域において、両レーザビームの周波数差を周波数とするテラヘルツ波を発生させ、
第1レーザビームは所定方向に空間的な広がりを持つとともに、第1レーザビームの空間的な周波数分布は、前記所定方向である周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、第2レーザビームも前記周波数勾配方向に空間的な広がりを持つとともに、第2レーザビームの空間的な周波数分布も、前記周波数勾配方向に周波数の大きさが漸増する分布であり、これにより、前記重なり領域の各位置で両レーザビームの周波数差が同一となり、該重なり領域から単一周波数のテラヘルツ波が発生するようになっており、
第1レーザビームと第2レーザビームを前記周波数勾配方向に互いに対し空間的にシフトさせるシフト装置をさらに備え、
前記シフトにより、前記重なり領域における前記周波数差を変化させ、これにより、前記単一周波数が可変となっている、ことを特徴とするテラヘルツ波発生装置。
【請求項3】
前記レーザ生成誘導装置は、
所定の周波数帯域を持つレーザ光を発生させる帯域レーザ発生部と、
前記レーザ光が入射されることで、空間的な広がりを持つとともに前記周波数分布を有する勾配レーザビームを生成する周波数勾配生成部と、
前記勾配レーザビームを第1レーザビームと第2レーザビームとに分離するビーム分離部と、
第1レーザビームと第2レーザビームを前記差周波混合部へ案内する案内光学部と、を有する、ことを特徴とする請求項2に記載のテラヘルツ波発生装置。
【請求項4】
前記案内光学部は、光路に関して前記ビーム分離部と前記差周波混合部との間に設けられ、前記ビーム分離部からの第2レーザビームを反射させる反射ミラーを有し、
前記シフト装置は、前記反射ミラーを移動させることで、前記反射した第2レーザビームが前記差周波混合部へ入射する位置を変化させる、ことを特徴とする、請求項3に記載のテラヘルツ波発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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