説明

ディストーション装置

【課題】広い入力レベル範囲にわたって心地よい歪み音を簡単な構成で得ることができるようにしたディストーション装置を提供すること。
【解決手段】入力Xに対して歪みが付与された出力Y=AX+BSX(ここで、A,Bは定数であり、Sは、入力Xの符号に応じて+1または−1となる値である。)を出力させる。このための演算手段の一実施形態は、入力Xの絶対値を求める絶対値演算部30と、入力Xと絶対値演算部30の出力を乗算する乗算部26と、入力Xに定数Aを乗算する乗算部27と、乗算部26の出力に定数Bを乗算する乗算部28と、乗算部27の出力と乗算部28の出力を加算する加算部31を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディストーション装置に関し、特に、広い入力レベル範囲にわたって心地よい歪み音を得ることができるようにしたディストーション装置に関する。
【背景技術】
【0002】
楽音発生装置のDSP(digital signal processor)にはディジタル的に楽音信号にレベル制御系や時間制御系や周波数特性制御系などのエフェクト処理を施すエフェクタ機能が備えられる。エフェクタ機能にはディストーション・サウンドを発生させるためのディストーショ系の処理も含まれ、これを達成するディストーション装置には様々な方式が存在する。
【0003】
例えば、入力レベルが最大値あるいは最小値を超えた場合、オーバフローリミッタによるオーバフローリミットを効かせて、それ以上では出力として取り得る最大値または最小値を出力させることにより歪みを付与する方式がある。
【0004】
また、入力レベルがある程度以上に大きくなったときに出力が徐々に圧縮される形で変化するような非線形入出力特性にし、急激に出力がクリップされないようにした方式もある。この方式では、簡単には、入力をX、出力をYとしたとき、Y=aX+bXとなる非線形入出力特性とされ、入力Xの最大値±1の範囲で出力Yが1以上あるいは−1以下にならないように定数a、bが設定される。なお、ここでは、入力Xの正側と負側で特性が対称となることを満たす最低の次数、つまり非線形特性が入力Xの正側と負側で対称であり、かつ入力Xに最大限広い範囲で歪みを付与することができるものとしてXを利用している。
【0005】
また、本発明者は、滑らかでかつ任意の非線形入出力特性が得られるようにしたディストーション装置を特許文献1で提案した。この特許文献1で提案したディストーション装置では、入力をX、出力をY、係数A,A,A,・・・,Aとしたとき、Y=A+A+A+・・・+Aとなる非線形入出力特性にしている。
【特許文献1】特開平9−330082号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、オーバフローリミッタを用いる方式では、入力レベルが最大値あるいは最小値を超えた場合に急激に出力がクリップされるため、ディジタルの特徴である楽音の折り返しノイズが発生し、不快な音色になってしまうという問題が生じる。
【0007】
また、Y=aX+bXとなる非線形入出力特性を利用する方式では、入力レベルがある程度以上になったら出力が徐々に変化し、急激なクリップがなされないので、折り返しノイズを含む不快な音色が発生されるのを抑制することができる。この非線形特性は、半導体を使用したアナログエフェクタや真空管アンプでの非線形入出力特性に相通じるものがある。しかしながら、Xを利用した非線形入出力特性を用いても、入出力特性がリニアに近い領域が広く、その結果、良好なディストーション・サウンドが得られる入力レベルは狭い範囲に限られるという課題がある。つまり、比較的小さい入力レベルでは出力波形が殆ど歪まず、ディストーション・サウンドとして適度な歪が得られるのは狭い入力レベル範囲でしか得られない。また、入力レベルがその範囲を超えてさらに大きくなると入力時点でクリップされて不快な歪み音が発生してしまう。一般的には、入力Xのべき乗数が大きい関数を使用するほどリニアに近い領域が広くなり、良好なディストーション・サウンドが得られる入力レベルは狭くなる。
【0008】
この出力波形のクリップを避けるために、ディストーション装置における歪み回路の前段にAGC(automatic gain controller)やコンプレッサなどの入力レベル調整回路が設けることも考えられるが、これでは全体の回路規模が大きくなってしまうという課題がある。
【0009】
また、特許文献1で提案したディストーション装置は、より良いディストーション効果を得ようとすると多くの乗算器および加算器が必要であり、回路規模が大きくなってしまう。
【0010】
本発明の目的は、上記課題を解決し、広い入力レベル範囲にわたって心地よい歪み音を簡単な構成で得ることができるようにしたディストーション装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明は、入力された楽音信号に対して歪みが付与された楽音信号を出力するディストーション装置において、入力をX、出力をYとしたとき、Y=AX+BSX(ここで、A,Bは定数であり、Sは、入力Xの符号に応じて+1または−1となる値である。)となる非線形入出力特性を示す演算手段を備える点に第1の特徴がある。
【0012】
また、本発明は、前記演算手段が、入力Xの絶対値を求める絶対値演算部と、入力Xと前記絶対値演算部の出力を乗算する乗算部と、入力Xに定数Aを乗算し、前記乗算部の出力に定数Bを乗算し、両者を加算する演算部とを有する点に第2の特徴がある。
【0013】
さらに、本発明は、前記演算手段が、入力Xの2乗を求める2乗演算部と、入力Xの符号に応じて+1あるいは−1の値をストアするレジスタ部と、前記2乗演算部の出力と前記レジスタ部にストアされた値を乗算する乗算部と、入力Xに定数Aを乗算し、前記乗算部の出力に定数Bを乗算し、両者を加算する演算部とを有する点に第3の特徴がある。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、Xを利用した非線形入出力特性を用いているので、比較的小さい入力レベルから広い入力レベル範囲にわたって良好なディストーション・サウンドを簡単な構成で得ることができ、出力波形がクリップされるまでの入力レベルの余裕度を大きくすることができる。また、Xをそのまま利用した場合には入力Xの正側と負側で入出力特性が非対称になってしまうが、本発明ではXで入力の符号が保存されるようにしているので、入力の正側と負側で特性を対称とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明を説明する。図1は、本発明が適用された楽音発生装置を示すブロック図である。楽音発生器(TG)から送出されるディジタル信号、その他から出力されるアナログ信号がA/D変換されて得られるディジタル信号などの入力XをDSP11に入力する。DSP11は、CPU12から入力されるプログラムを格納してエフェクタとしても機能し得るものであり、コントロールパネル13からの指示に基づいて入力Xに種々のデジタル処理を施して、あるいは入力Xをそのまま出力Yとして送出する。
【0016】
DSP11のエフェクタとしての機能は、入力Xに対して出力Yを故意に歪ませてディストーション・サウンドを出力させるためのディストーション装置を含み、ディストーション装置は、本発明にしたがって、Y=AX+BSXとなる非線形入出力特性を提供する。ここで、A,Bは定数であり、Sは、入力Xの符号に応じて+1または−1となる値である。また、入力Xおよび出力Yは、−1≦X≦+1とする。
DSP11でディジタル処理した出力をD/Aコンバータ14でアナログ信号に変換し、アンプで増幅した後、スピーカ15に送出する。スピーカ15は入力されたアナログ信号に従って外部に楽音を出力する。
【0017】
このように、Xを利用した非線形入出力特性を用いることにより、入出力がほぼリニアな関係となる領域を狭くできる。また、入力Xの符号付き2乗信号を用いることにより、入力Xの正側と負側で同じように歪みを付与することができるので、最大限広い入力レベル範囲にわたり自然かつ良好なディストーション・サウンドを得ることができる。また、入力Xの上限付近だけで非線形を示す入出力特性を利用して歪みを付与するものと異なり、比較的小さい入力レベルで適度な歪みを付与することができるので、出力波形がクリップされるまでの入力レベルの余裕度を大きくすることができる。
【0018】
図2は、本発明に係るディストーション装置の実施形態を示す機能ブロック図である。本実施形態は、データをストアするためのレジスタ21〜24、乗算器25〜28、シフタ29、絶対値演算器30、および加算器31を備える。
【0019】
入力のディジタル信号を、まず、入力レジスタ(INPUT)21にストアし、これからから読み出した信号を乗算器25に入力して1以下の係数(GAIN)を乗算する。次に、乗算器25の出力をシフタ29に入力してビットをシフトする。シフタ29は入力のビットをシフトして入力のレベルを例えば4倍にする。乗算器25およびシフタ29は、入力レベルを調整するために設けてある。
【0020】
次に、シフタ29の出力をレジスタ22にストアし、そらから読み出した出力を絶対値演算器30に入力してその絶対値を算出する。次に、絶対値演算器30の出力とそれに対応するレジスタ22の出力とを乗算器26に入力して両者を乗算し、その乗算結果をレジスタ23にストアする。乗算器25およびシフタ29でレベル調整された入力をX、入力Xの符号(正負)に応じて+1または−1となる値をSすると、レジスタ23にストアされる信号は、符号付きXであるSXとなる。
【0021】
次に、レジスタ22から読み出したデータを乗算器27に入力して係数Aを乗算し、レジスタ23から読み出したデータを乗算器28に入力して係数Bを乗算する。次に、乗算器27の出力と乗算器28の出力を加算器31に入力し、その出力を出力レジスタ(OUTPUT)24にストアする。
【0022】
ここで、出力レジスタ(OUTPUT)24にストアされる信号Yは、Y=AX+BSX(ここで、Sは、入力Xが正のとき+1、負のとき−1となる値である)となる。つまり、以上の一連の処理を行う簡単な構成でY=AX+BSXの非線形入出力特性を得ることができる。
【0023】
図3は、本発明に係るディストーション装置の他の実施形態を示す機能ブロック図である。図3において図2と同一あるいは同等部分には同じ符号を付してある。本実施形態は、データをストアするためのレジスタ21〜24、乗算器25,27,28,32,33、シフタ29、加算器31、および符号レジスタ34を備える。
【0024】
本実施形態において、シフタ29までの処理は図2と同様であるので説明を省略する。本実施形態では、シフタ29の出力をレジスタ22にストアし、それから読み出した2つの出力を乗算器32に入力して互いに乗算してXを得ている。ただし、このままでは入力Xの符号が失われてしまうので、別に符号レジスタ34を設け、入力Xの符号を抽出してストアしている。符号レジスタ34にストアされる値は、入力Xが正のとき+1、負のとき−1である。
【0025】
次に、乗算器32の出力と符号レジスタ34の出力を乗算器33に入力して両者を乗算し、その乗算結果をレジスタ23にストアする。乗算器25およびシフタ29でレベル調整された入力をX、入力Xの符号(正負)に応じて+1または−1となる値をSすると、レジスタ23にストアされる信号は、図2の実施形態と同様にSXとなる。
【0026】
次に、レジスタ22から読み出したデータを乗算器27に入力して係数Aを乗算し、レジスタ23から読み出したデータを乗算器28に入力して係数Bを乗算する。次に、乗算器27の出力と乗算器28の出力を加算器31に入力し、その出力を出力レジスタ(OUTPUT)24にストアする。以上の一連の処理でも、簡単な構成でY=AX+BSXとなる非線形の入出力特性を得ることができる。
【0027】
図4は、非線形入出力特性の例を示し、特性(1a)は2乗(Y=2X+(−1)SX)を用いた場合、特性(2a)は3乗(Y=(3/2)X+(−1/2)X)を用いた場合である。なお、この場合の定数A,Bは、特性が点(X=1,Y=1)を通り、X=1で曲線の傾きが0となることを条件として求められる。図5は、図4における入力Xが正の部分において上記特性(1a)と特性(2a)の非線形特性の小入力レベル部分を合わせたとき、つまり、入力X=0における両者の特性曲線の傾きを同じにしたときの特性(1b)、(2b)を示す。これにより特性(1b)と特性(2b)の曲線率(曲がり具合)の全体的な相違を容易に把握できる。なお、図5には、同じ傾きの直線のリニア特性(3b)も合わせて示している。図5において、特性(1b)はY=(3/2)X+(−3/4)SX、特性(2b)はY=(3/2)X+(−1/2)X、特性(3b)はY=(3/2)Xとなる。
【0028】
図4、図5から、2乗を用いた場合には3乗を用いた場合に比べて全体的に曲線率が大きいので、より小さい入力レベルで歪みを与えることができ、広い入力レベル範囲で歪み効果を得ることができることが分かる。
【0029】
また、図5から分かるように、特性(2b)では入力レベルを0.6程度以上に調整しないと歪みを感じることができない。しかし、入力レベルを0.6程度に調整すると、例えば2音や3音が同時に弾かれたときに入力レベルが1以上になってクリップされてしまう。つまり、入力レベルのダイナミックレンジを大きくとることができない。
【0030】
これに対して、特性(1b)では特性(2b)の入力レベル0.6程度と同じ歪み率を得るには入力レベルを0.3程度に調整しておけばよく、入力レベルにはまだかなりの余裕があるので、例えば2音や3音が同時に弾かれてもクリップされることがなくなる。したがって、この場合、0.3程度に入力レベルを調整して適度の歪みを感じることができるとともに入力レベルのダイナミックレンジを大きくとることができるので、広い範囲の入力レベルで心地よい歪み音を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明が適用された楽音発生装置を示すブロック図である。
【図2】本発明に係るディストーション装置の実施形態を示す機能ブロック図である。
【図3】本発明に係るディストーション装置の他の実施形態を示す機能ブロック図である。
【図4】非線形入出力特性の例を示す特性図である。
【図5】図4の非線形入出力特性において小レベル部分を合わせたときの特性を示す特性図である。
【符号の説明】
【0032】
11・・・DSP、12・・・CPU、13・・・コントロールパネル、14・・・D/Aコンバータ、15・・・スピーカ、21〜24・・・レジスタ、25〜28,32,33・・・乗算器、29・・・シフタ、30・・・絶対値演算器、31・・・加算器、34・・・符号レジスタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力された楽音信号に対して歪みが付与された楽音信号を出力するディストーション装置において、入力をX、出力をYとしたとき、
Y=AX+BSX(ここで、A,Bは定数であり、Sは、入力Xの符号に応じて+1または−1となる値である。)となる非線形入出力特性を示す演算手段を備えることを特徴とするディストーション装置。
【請求項2】
前記演算手段は、入力Xの絶対値を求める絶対値演算部と、入力Xと前記絶対値演算部の出力を乗算する乗算部と、入力Xに定数Aを乗算し、前記乗算部の出力に定数Bを乗算し、両者を加算する演算部とを有することを特徴とする請求項1に記載のディストーション装置。
【請求項3】
前記演算手段は、入力Xの2乗を求める2乗演算部と、入力Xの符号に応じて+1あるいは−1の値をストアするレジスタ部と、前記2乗演算部の出力と前記レジスタ部にストアされた値を乗算する乗算部と、入力Xに定数Aを乗算し、前記乗算部の出力に定数Bを乗算し、両者を加算する演算部とを有することを特徴とする請求項1に記載のディストーション装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−195272(P2006−195272A)
【公開日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−7962(P2005−7962)
【出願日】平成17年1月14日(2005.1.14)
【出願人】(000001410)株式会社河合楽器製作所 (563)
【Fターム(参考)】