説明

デファレンシャル装置のアクスル軸組付方法及び組付治具

【課題】オイルシールの損傷を防止しながらアクスル軸の組付が効率よくできるデファレンシャル装置のアクスル軸組付方法を提供する。
【解決手段】アクスル軸40の挿入前にデファレンシャル装置1のオイルシール50に組付治具60を仮保持する。組付治具60は、オイルシールの外側面と内周面を一体に覆うカバー部61と、当該カバー部から半径方向外方に延びる把手部62とを有し、カバー部にアクスル軸が通過可能なスリット部63が形成される。組付治具を仮保持したデファレンシャル装置に対し、アクスル軸を挿入し、アクスル軸のスプライン部41aがオイルシールを通過しかつスプライン部がデフサイドギヤのスプライン孔に嵌合終了する前に、把手部をアクスル軸の半径方向に引っ張ることにより、組付治具を取り外す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はデファレンシャル装置へのアクスル軸の組付方法、特にオイルシールの損傷を防止しながらアクスル軸を組み付ける方法及び組付治具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、変速機ケースと一体に形成されたハウジング内に、差動ギヤ機構を備えたデフケースを収容し、このデフケースの軸方向両端部を軸受を介してハウジングにより回転自在に支持するとともに、軸受の外側にオイルシールを配置し、ハウジングからのオイル漏れを防止したデファレンシャル装置が知られている。差動ギヤ機構を構成するデフサイドギヤにはスプライン孔が形成され、両側より挿入されたアクスル軸の軸端部にはスプライン部が形成され、アクスル軸のスプライン部をデフサイドギヤのスプライン孔に嵌合させることで、アクスル軸とデフサイドギヤとが連結されている。オイルシールの外周部はハウジングの開口部に嵌着され、オイルシールの内周部(シールリップ部)はアクスル軸に設けられた円筒状のシール部に摺接している。
【0003】
アクスル軸をデファレンシャル装置に組み付ける場合、アクスル軸の軸端部のスプライン部をハウジングの開口部を通してデフサイドギヤのスプライン孔に嵌入するが、その際、アクスル軸の軸心とデフサイドギヤの軸心との間にずれがあると、アクスル軸のスプライン部がオイルシールを損傷させ、シール不良等の問題が発生する。オイルシール損傷の原因としては、アクスル軸のスプライン部がオイルシールのシールリップ部に接触すること以外に、スプライン部の先端にCリングが装着されている場合には、このCリングもシールリップ部を損傷させる原因になる。さらに、オイルシールの損傷以外にも、アクスル軸がオイルシールのシールリップ部に衝突すると、シールリップ部の外周に取り付けられているバネが外れる可能性もある。特に、アクスル軸のデファレンシャル装置側(インナー側)にジョイント部を介して重いインナー軸が首振り可能に取り付けられている場合には、このインナー軸を手で支えながらデファレンシャル装置に中心を合わせて挿入する必要があり、その作業は多大の労力と細心の注意とを必要とし、作業性が悪く、シールリップ部の損傷回避は一層困難となる。
【0004】
このような問題を解決するため、特許文献1には、オイルシールより内径が小さいプロテクタをオイルシールの外側に配置し、プロテクタの内周面でアクスル軸の先端を案内して、オイルシールの損傷を防止する構造が開示されている。特許文献2には、オイルシールのシールリップ部と同心でアクスル軸の外周を案内するガイド部材をハウジングに固定した構造が提案されている。特許文献3には、アクスル軸のスプライン部に保護体を嵌挿し、アクスル軸の組付時に保護体をスプライン部より外側のジャーナル部まで押し出し、保護体をブッシュとして利用する構造のデファレンシャル装置が提案されている。
【0005】
特許文献1では、オイルシールとは別体のプロテクタをオイルシールの外側に装着する必要があり、部品数の増加と共に、プロテクタとの干渉防止のため、アクスル軸の外周にプロテクタの内周部が嵌合する溝を形成する必要があり、アクスル軸に対して追加加工を必要とし、コスト上昇を招く欠点がある。特許文献2では、別体のガイド部材をハウジングに固定する必要があり、特許文献1と同様に、構造の複雑化とコスト上昇を招く欠点がある。さらに、特許文献3では、保護体をオイルシールの損傷防止の他にジャーナル部の焼き付き防止用ブッシュとして用いているが、保護体が追加部品となるだけでなく、現実には保護体がなくてもオイルの潤滑によってジャーナル部の焼き付きは防止できる。また、アクスル軸のスプライン部とジャーナル部の径寸法に制約があるため、設計の自由度が低い。
【0006】
以上のように、従来技術ではオイルシールの損傷防止を主たる機能とする部品(プロテクタ、ガイド部材、保護体)、つまりデファレンシャル装置としての作動上必須でない部品が、組付完了後もデファレンシャル装置内に残るという不具合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−296742号公報
【特許文献2】実公昭64−4585号公報
【特許文献3】特開平6−201023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、オイルシールの損傷を防止しながら、アクスル軸を効率よく組み付けることができるデファレンシャル装置のアクスル軸組付方法及び組付治具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するため、第1の発明は、デフケースを軸受を介して回転自在に支持したハウジングの開口部にオイルシールを設け、アクスル軸を前記ハウジングの開口部から挿入し、前記アクスル軸の先端部に設けたスプライン部をデフサイドギヤのスプライン孔に嵌合させると共に、前記アクスル軸の外周シール面を前記オイルシールでシールしてなるデファレンシャル装置において、前記オイルシールの外側面と内周面を一体に覆いかつ前記アクスル軸を半径方向に通過可能なスリット部を有する円環状の組付治具を、前記アクスル軸の挿入前に前記オイルシールに仮保持する工程と、前記組付治具を仮保持したデファレンシャル装置に対し、前記アクスル軸を前記組付治具の中を通して挿入する工程と、前記アクスル軸のスプライン部が前記組付治具を通過した後、前記組付治具を前記スリット部を介して前記アクスル軸の半径方向に取り外す工程と、前記組付治具を取り外した後、前記アクスル軸のスプライン部を前記デフサイドギヤのスプライン孔に嵌合させる工程と、を有することを特徴とする、デファレンシャル装置のアクスル軸組付方法を提供する。
【0010】
第2の発明は、デフケースを軸受を介して回転自在に支持したハウジングの開口部にオイルシールを設け、アクスル軸を前記ハウジングの開口部から挿入して、前記アクスル軸の先端部に設けたスプライン部をデフサイドギヤのスプライン孔に嵌合させると共に、前記アクスル軸の外周シール面を前記オイルシールでシールしてなるデファレンシャル装置において、前記アクスル軸の挿入前に前記オイルシールに仮保持されるアクスル軸用組付治具であって、前記オイルシールの外側面と内周面を一体に覆う円環状のカバー部と、前記カバー部に形成され前記アクスル軸が半径方向に通過可能なスリット部とを有し、前記組付治具を仮保持したデファレンシャル装置に対し、前記アクスル軸を前記組付治具の中を通して挿入し、前記アクスル軸のスプライン部が前記組付治具を通過しかつ前記スプライン部が前記デフサイドギヤのスプライン孔に嵌合終了する前に、前記スリット部を介して前記アクスル軸の半径方向に取り外し可能とした、組付治具を提供する。
【0011】
本発明では、まずアクスル軸の挿入前に組付治具をオイルシールに仮保持する。組付治具は、オイルシールの外側面と内周面を一体に覆うカバー部と、カバー部に形成されアクスル軸が通過可能なスリット部とを有している。そのため、カバー部をオイルシールの内径側に嵌め込むことにより、組付治具を簡単に仮保持できる。組付治具を仮保持したデファレンシャル装置に対しアクスル軸を挿入すると、組付治具がオイルシールの外側面と内周面とを覆っているので、アクスル軸の軸心がオイルシールの軸心とずれていても、アクスル軸のスプライン部がオイルシールのシールリップ部を損傷することなく挿入できる。アクスル軸のスプライン部が組付治具を通過した後、組付治具を半径方向に引っ張れば、組付治具はスリット部を介してアクスル軸から簡単に外れる。組付治具を取り外すタイミングは、アクスル軸のスプライン部が組付治具を通過した後でかつスプライン部がデフサイドギヤのスプライン孔に嵌合終了する前であればよく、例えばスプライン部がデフケースのシャフト受部に挿入された段階でもよいし、スプライン部の一部がデフサイドギヤのスプライン孔に嵌合し始めている段階でもよい。このようにスプライン部をデフケースのシャフト受部などで支持しておけば、アクスル軸を支えなくても組付治具を簡単に取り外すことができる。組付治具を取り外した後、アクスル軸を押し込むと、アクスル軸のスプライン部はデフサイドギヤのスプライン孔に円滑に嵌合し、組付が完了する。
【0012】
上述のように本発明の組付治具は、組付完了状態ではデファレンシャル装置内部に残存しないので、デファレンシャル装置の作動上、何らの障害をもたらすことがなく、かつ部品数を増加させることもない。本発明の組付治具は、既存のデファレンシャル装置にそのまま適用でき、デファレンシャル装置やアクスル軸を構成する各部品の寸法や形状を変更する必要がない。特に、オイルシールの内径が同等のものであれば、デファレンシャル装置、アクスル軸の相違に関係なく、同じ組付治具を利用できる。さらに、組付治具を繰り返し使用することも可能であり、低コストである。
【0013】
組付治具としては、樹脂や薄肉金属板などの弾性変形自在な材料により一体形成するのがよい。特に、オイルシールと接触する組付治具の表面を、R面などの滑らかな表面としておき、オイルシールの傷付きを極力防止できるようにするのがよい。
【0014】
組付治具のスリット部の間隔をアクスル軸のスプライン部の直径より狭くかつカバー部の弾性変形によりアクスル軸が通過可能な間隔に設定するのがよい。組付治具を半径方向に引っ張れば、スリット部が開くので、組付治具をアクスル軸から簡単に取り外すことができる。スリット部の間隔をスプライン部の直径と同寸又はそれより幅広としてもよいが、スリット部を介してスプライン部がオイルシールと干渉する可能性が生じる。そこで、スリット部の間隔をスプライン部の直径より狭くし、組付治具の弾性変形によりアクスル軸が通過可能な間隔に設定することで、オイルシールの保護効果を高めることができる。
【0015】
組付治具のカバー部は、オイルシールの外側面を覆うフランジ部と、オイルシールの内周面を覆う筒状部と、フランジ部と筒状部とを繋ぐテーパ状のガイド部とを一体に有する構造としてもよい。アクスル軸がオイルシールに対し軸心がずれた状態で挿入されたとき、アクスル軸のスプライン部が組付治具のガイド部に衝突するが、この場合には、フランジ部がオイルシールにかかるショックを軽減すると共に、ガイド部が筒状部へとアクスル軸を案内するので、アクスル軸を正確に保持しながら挿入する必要がなく、作業性が向上する。
【0016】
カバー部の筒状部の先端部外周面に、オイルシールのシールリップ部に係止されるR面を持つリブを形成してもよい。組付治具はオイルシールに仮保持されるが、組付治具の筒状部をオイルシールの中に挿入するだけでは、アクスル軸が組付治具に接触した弾みで脱落することがある。そこで、カバー部の筒状部の外周面にシールリップ部に係止されるリブを設けることで、脱落を規制できると共に、リブの表面はR面であるため、組付治具を取り外す際にシールリップ部を傷つけることがない。
【発明の効果】
【0017】
以上のように、本発明によれば、組付治具をオイルシールに仮保持し、この組付治具によってアクスル軸を挿入する際にオイルシールを覆うようにしたので、アクスル軸の軸心がデフサイドギヤの軸心とずれた状態で挿入された場合でも、オイルシールの損傷を確実に防止でき、アクスル軸の組付作業性が向上する。また、アクスル軸のスプライン部が組付治具を通過した後でかつデフサイドギヤのスプライン孔に嵌合する前に組付治具を取り外すので、デファレンシャル装置に機能上不必要な部品が残存することがない。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】変速機用デファレンシャル装置の一例の一部断面図である。
【図2】図1の一部拡大図である。
【図3】組付治具を仮保持した状態の拡大断面図である。
【図4】組付治具の正面図、側面図、平面図、A−A断面図、B−B断面図である。
【図5】デファレンシャル装置へのアクスル軸の組付工程を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は本発明が適用される公知のデファレンシャル装置の構造を示し、この例は2WD用の変速機に設けられたデファレンシャル装置である。変速機としては2WD用に限らず4WD用でもよく、手動変速機、自動変速機、無段変速機のいずれでもよい。変速機の具体的構造は、既に公知であるため省略する。デファレンシャル装置1のハウジング2は、図中右側のコンバータハウジング21と、左側のミッションケース22とで構成されており、その中にデフケース30が収容されている。デフケース30の軸方向両端部は、一対の軸受(この例ではローラベアリング)31を介してハウジング2により回転自在に支持されている。デフケース30の内部には、ピニオン軸33によって支持された一対のピニオンギヤ34と、これらピニオンギヤ34にかみ合う一対のデフサイドギヤ35とが収容されている。デフケース30の外周部には、デフリングギヤ36がボルト37により固定されている。
【0020】
デフサイドギヤ35の中心部にはスプライン孔35aが形成され、このスプライン孔35aにハウジング2の左右の開口部2aから挿入されたアクスル軸40の軸端部のスプライン部41aが嵌合し、デフサイドギヤ35とアクスル軸40とが連結されている。軸受31の軸方向外側には、ハウジング2の開口部2aとアクスル軸40との周方向隙間をシールするオイルシール50が配置され、ハウジング2からのオイル漏れを防止している。
【0021】
アクスル軸40は周知のように、インナー軸41と、このインナー軸41とジョイント42を介して連結されたドライブシャフト43とを備えており、ジョイント42の周囲はブーツ44で覆われている。そのため、インナー軸41はドライブシャフト43に対して首振り自在である。インナー軸41の軸端部には、上述の通りスプライン部41aが形成されており、このスプライン部41aに連設してジャーナル部41b、シール部41cが設けられている(図2,図3参照)。この実施例では、ジャーナル部41bの外径はスプライン部41aの外径より少し大きく、シール部41cの外径はジャーナル部41bの外径より大きい。スプライン部41aとジャーナル部41bとの間にはテーパ部41dが形成され、ジャーナル部41bとシール部41cとの間にもテーパ部41eが形成されている。スプライン部41aの先端近傍には周溝41fが形成され、この周溝41fにCリング45が嵌着されている。Cリング45はデフサイドギヤ35のスプライン孔35aの奥側縁部に節度感をもって係合する。ジャーナル部41bの外周を微小な隙間をもって包囲するデフケース30の部位には、内周に螺旋状の潤滑溝を有するシャフト受部30aが設けられている。シャフト受部30aの外周に軸受31の内輪が嵌着され、シャフト受部30aは軸受31によって安定に支持されている。
【0022】
オイルシール50は、図2のように、内周部にシールリップ部51を有し、シールリップ部51の軸方向外側にダストリップ部52を有し、外周部には金属環53を埋設した嵌め合い部54を有している。シールリップ部51の外周には、所定のシール圧を得るためのバネ55が取り付けられている。この例では、ダストリップ部52がインナー軸41に形成された段付部41gの外周面に接触しているが、ダストリップ部52及び段付部41gは必要に応じて設けられる。嵌め合い部54がハウジング2の開口部2aに嵌着され、シールリップ部51がアクスル軸40のシール部41cに摺接して所定のシール効果を発揮する。
【0023】
本実施例では、ハウジング2(ミッションケース22)に、軸受31とオイルシール50との間の空間へ潤滑油を導く潤滑穴23が形成されている。この空間に供給された潤滑油は、デフケース30のシャフト受部30aとアクスル軸40のジャーナル部41bとの間を通ってデフケース30の内部へ導かれ、ピニオンギヤ34及びデフサイドギヤ35の潤滑に使用される。
【0024】
図4は、本発明のアクスル軸組付方法で使用される組付治具60の一例を示す。この組付治具60は、PPやPE等の樹脂材料で一体成形されたものであり、オイルシール50の外側面と内周面を一体に覆うカバー部61と、当該カバー部61から半径方向外方に延びる把手部62とを有する。カバー部61には、アクスル軸40(特にジャーナル部41b)が通過可能なスリット部63が形成されている。スリット部63は、把手部62が延びるカバー部61の部位と反対側の位置に形成され、図4では90°の開き角度に形成されている。
【0025】
組付治具60のカバー部61は、オイルシール50の外側面を覆うフランジ部61aと、シールリップ部51の内周面を覆う筒状部61bと、フランジ部61aと筒状部61bとの間を繋ぐガイド部61cとを一体に有する。ガイド部61cは、フランジ部61aから筒状部61bに向かって漸次小径となるテーパ状に形成されている。フランジ部61aは円板状に形成されており、その外径はハウジング2の開口部内径(オイルシール50の最大径)より大きい。筒状部61bの内径はジャーナル部41bの外径より大きく、シール部41cの外径より小さい。筒状部61bの先端部外周面には、オイルシール50のシールリップ部51に係止されるR面を持つリブ61dが形成されている。
【0026】
図4の(a)に示すように、組付治具60のスリット部63には、カバー部61から対向方向に延びる一対の爪部61eが形成されている。これら爪部61eは半径方向の弾性を持ち、自由状態における爪部61eの間隔Dは、アクスル軸40のスプライン部41aの直径より狭く、かつ爪部61eの弾性変形によりジャーナル部41bが通過可能な間隔に設定されている。爪部61eの先端部は、オイルシール50を損傷しないように内側に湾曲している。スリット部63と180°位相の異なるカバー部61の部位には、平坦部61fが形成されている。平坦部61fの外周にはリブ61dが形成されていない。つまり、係止用のリブ61dは、スリット部63と平坦部61fとを除く筒状部61bの外周面に円弧状に形成されている。
【0027】
次に、図3、図5を参照しながら、本発明にかかるアクスル軸の組付方法を説明する。図3及び図5の(a)は、デファレンシャル装置1のハウジング2の一方の開口部2a(オイルシール50が既に嵌着されている)に組付治具60を仮保持した状態を示す。ここで、組付治具60のカバー部61がオイルシール50の内周部に嵌め込まれ、筒状部61bの先端部外周面に形成したリブ61dがシールリップ部51に係止されて保持されている。仮保持状態において、組付治具60のフランジ部61aがオイルシール50のダストリップ部52の外側を覆っている。ハウジング2の開口部2aの前方にはアクスル軸40が待機している。図5の(a)ではアクスル軸40のインナー軸41の軸心C1とオイルシール50の軸心C2とが一致した状態を示しているが、実際には図3のようにずれΔCが発生することが多い。
【0028】
図5の(b)は、ハウジング2の一方の開口部2aに対し、アクスル軸40の先端部を挿入した状態を示す。アクスル軸40とオイルシール50の軸心がずれた状態でアクスル軸40を挿入しても、アクスル軸40のスプライン部41aが組付治具60のテーパ状ガイド部61cによって筒状部61bへと案内されるため、円滑に挿入される。やがて、スプライン部41aは組付治具60を通過し、デフケース30のシャフト受部30aに挿入される。つまり、オイルシール50の外側面と内周面とが組付治具60によって覆われているので、スプライン部41aがオイルシール50と接触せず、スプライン部41aの先端部に装着されたCリング45もオイルシール50に接触しない。そのため、アクスル軸40の挿入に際してオイルシール50は全く損傷を受けない。なお、組付治具60の筒状部61bの内径はデフケース30のシャフト受部30aの内径に近いので、スプライン部41aはシャフト受部30aの端面に衝突することなく、シャフト受部30aの中に円滑に挿入される。
【0029】
図5の(c)は、アクスル軸40のスプライン部41aがデフケース30のシャフト受部30aに支持された状態で、組付治具60を取り外す状態を示す。取り外しに先立って、組付治具60を軸方向外側へずらしてリブ61dとシールリップ部51との係合を外した状態とし、把手部62を引っ張れば、スリット部63に設けられた一対の爪部61eがジャーナル部41bを乗り越えることで、簡単に取り外すことができる。リブ61dとシールリップ部51との係合を外す際、リブ61dはR面を持つので、シールリップ部51を傷つける恐れがない。
【0030】
組付治具60を取り外した後、アクスル軸40を押し込むと、アクスル軸40のスプライン部41aはデフケース30のシャフト受部30aに沿って案内され、シャフト受部30aの奥側に位置するデフサイドギヤ35のスプライン孔35aに円滑に嵌合させることができる。この時、アクスル軸40のシール部41cがシールリップ部51の中に挿入されるが、シール部41cの先端には予めテーパ面41eが形成されているので、シールリップ部51を損傷することがない。このようにしてアクスル軸の組付を完了する。
【0031】
前記説明では、組付治具60の取り外し方法として、組付治具60を軸方向外側へずらした後で把手部62を引っ張る方法を示したが、この方法に代えて次のような方法を用いることもできる。すなわち、組付治具60がオイルシール50に仮保持された状態で、一旦把手部62を押し込む。そのため、爪部61eがシールリップ部51によって内側へ押し撓められると同時に、筒状部61bが横長な楕円状に変形し、筒状部61bの下縁側(平坦部61f)とオイルシール50のシールリップ部51との間により大きな隙間が生じるために、筒状部61bの下縁側がシールリップ部51から自然に軸方向外側へ外れる。この状態で、把手部62を引っ張ると、筒状部61bの下縁側がシールリップ部51から既に外れているので、爪部61eがアクスル軸41bのジャーナル部41bを乗り越えるだけで、簡単に取り外すことができる。
【0032】
本発明のアクスル軸組付方法及び組付治具は、スプライン部41aとシール部41cとの直径差が小さいデファレンシャル装置、換言すればデフサイドギヤ35のスプライン孔35aとオイルシール50のシールリップ部51との直径差が小さいデファレンシャル装置に好適である。なぜなら、スプライン部とシール部との直径差が小さい場合には、アクスル軸の挿入時にスプライン部がオイルシールと干渉する可能性が高くなり、オイルシールの損傷が発生しやすくなるからである。このような場合でも、本発明の組付治具を用いてアクスル軸を組み付けることにより、オイルシールを損傷せずに簡単に組み付けることができる。
【0033】
組付治具を取り外すタイミングとして、図5の(c)ではアクスル軸のスプライン部41aがデフケース30のシャフト受部30aに挿入された段階(スプライン部がデフサイドギヤのスプライン孔35aに嵌合される前)としたが、スプライン部41aやジャーナル部41bの軸方向寸法によっては、スプライン部の一部がデフサイドギヤのスプライン孔に嵌合した段階で取り外しても良い。
【0034】
組付治具60の形状として、図4に記載の例はほんの一例に過ぎず、本発明の機能(オイルシールの損傷防止と取り外し容易性)を達成できるものであれば、任意に変更できる。例えば、組付治具60を取り外すための把手部62を左右一対設け、取り外し時に両把手部を内側に押し込んでカバー部の直径を小さくした状態でオイルシールから軸方向外側に外し、その後、半径方向に取り外しても良い。スリット部63に向かって突出する一対の爪部61eを省略し、ガイド部61全体が撓むようにしてもよい。その場合、カバー部61のうち、スリット部63と対向する部分を切り欠いて、カバー部61に半径方向の弾性をさらに付与してもよい。
【0035】
前記実施例では、FF車用変速機のハウジングに配置されたデファレンシャル装置に適用した例を示したが、FR車用変速機や4輪駆動車用変速機などの他のデファレンシャル装置に適用することも可能である。デフケースを回転支持する軸受としてローラベアリングを用いた例を示したが、ボールベアリングであってもよいことは勿論である。オイルシールの形状は、実施例のものに限定されるものではなく、公知の任意の構造であってもよい。アクスル軸としては、実施例のようなインナー軸に限らず、例えばドライブシャフトであってもよい。
【符号の説明】
【0036】
1 デファレンシャル装置
2 ハウジング
2a 開口部
30 デフケース
30a シャフト受部
31 軸受
35 デフサイドギヤ
35a スプライン孔
40 アクスル軸
41 インナー軸
41a スプライン部
41b ジャーナル部
41c シール部
45 Cリング
50 オイルシール
51 シールリップ部
52 ダストリップ部
60 組付治具
61 カバー部
61a フランジ部
61b 筒状部
61c ガイド部
62 把手部
63 スリット部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
デフケースを軸受を介して回転自在に支持したハウジングの開口部にオイルシールを設け、アクスル軸を前記ハウジングの開口部から挿入し、前記アクスル軸の先端部に設けたスプライン部をデフサイドギヤのスプライン孔に嵌合させると共に、前記アクスル軸の外周シール面を前記オイルシールでシールしてなるデファレンシャル装置において、
前記オイルシールの外側面と内周面を一体に覆いかつ前記アクスル軸を半径方向に通過可能なスリット部を有する円環状の組付治具を、前記アクスル軸の挿入前に前記オイルシールに仮保持する工程と、
前記組付治具を仮保持したデファレンシャル装置に対し、前記アクスル軸を前記組付治具の中を通して挿入する工程と、
前記アクスル軸のスプライン部が前記組付治具を通過した後、前記組付治具を前記スリット部を介して前記アクスル軸の半径方向に取り外す工程と、
前記組付治具を取り外した後、前記アクスル軸のスプライン部を前記デフサイドギヤのスプライン孔に嵌合させる工程と、を有することを特徴とする、デファレンシャル装置のアクスル軸組付方法。
【請求項2】
デフケースを軸受を介して回転自在に支持したハウジングの開口部にオイルシールを設け、アクスル軸を前記ハウジングの開口部から挿入して、前記アクスル軸の先端部に設けたスプライン部をデフサイドギヤのスプライン孔に嵌合させると共に、前記アクスル軸の外周シール面を前記オイルシールでシールしてなるデファレンシャル装置において、前記アクスル軸の挿入前に前記オイルシールに仮保持されるアクスル軸用組付治具であって、
前記オイルシールの外側面と内周面を一体に覆う円環状のカバー部と、前記カバー部に形成され前記アクスル軸が半径方向に通過可能なスリット部とを有し、
前記組付治具を仮保持したデファレンシャル装置に対し、前記アクスル軸を前記組付治具の中を通して挿入し、前記アクスル軸のスプライン部が前記組付治具を通過しかつ前記スプライン部が前記デフサイドギヤのスプライン孔に嵌合終了する前に、前記スリット部を介して前記アクスル軸の半径方向に取り外し可能とした、組付治具。
【請求項3】
前記スリット部の間隔は前記アクスル軸のスプライン部の直径より狭くかつ前記カバー部の弾性変形により前記アクスル軸が通過可能な間隔に設定されていることを特徴とする、請求項2に記載の組付治具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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