説明

ナス半身萎凋病抑制剤及びナス半身萎凋病抑制方法

【課題】 環境汚染・生態系破壊・人体への悪影響の懸念がある化学農薬を使用せずに、細菌を用いた生物資材でもって、ナスビのナス半身萎凋病を効果的に抑制するナス半身萎凋病抑制剤及びその抑制方法を提供する。
【解決手段】 バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)菌の培養物と、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルム(Clostridium thermocellum biovar)SK522(受託番号 微工研条寄第3459号)と高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクス(Thermus aquaticus biovar)SK542(受託番号 微工研条寄第3382号)との共生培養物を混合した液状混合培養物に、ナス苗の根を浸漬してこれら菌を接種させた後にナス苗を畑土壌に植生する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はナスビの収穫に大きな影響を与えるナス半身萎凋病の発生を、バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)を有効菌として用いて、又はこの菌と好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)と、高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)
とを60℃以上の高熱性環境下で培養した共生培養物を混合して利用して、または、これら複数の培養物を炭酸カルシウム等の適当な担体に含有させた複合菌含有物を利用してナス半身萎凋病を抑制する技術に関する。本明細書・特許請求の範囲及び要約書中の細菌名の英文字の下線は、細菌名表記がイタリックであることを示す。
【背景技術】
【0002】
現在、環境問題が大きな関心事となっている。色々な汚染物質による地球環境汚染が深刻化の度合いを深めているからである。農業分野は特にその危険性が指摘されている。それは農産物の増収を目的に化学肥料、化学農薬を多量に使用してきた過去の歴史の結末に他ならない。特に化学農薬が地球環境汚染、生態系の破壊、人体への悪影響等の元凶となっている事例も少なくなく、そのため、2003年には農薬法の一部改正が施行されて、いくつかの化学農薬が登録を抹消された。土壌消毒剤として長年使用されてきた臭化メチルがオゾン層破壊物質として使用が禁止されたのはその一例である。このため化学農薬の使用量は年々減少傾向にある
最近の農業は地球環境保全に立脚した農業形態を目指している。有機農業への傾斜が強まっているのはこのためである。堆厩肥の活用や穀物や野菜などの害虫・病原菌に対する生物的防除の取組みなど、有機資材の活用を基本に、化学肥料や化学農薬などの化成品の使用を低減し、バランスの良い資材の施用で、健全で永続的に安定した営農は今や農業分野での基本理念となっている。
【0003】
このような中で、生物的防除剤への関心が高まっている。特にバチルス・チューリンジェンシス菌を活用した生物農薬の研究開発は世界的な規模で進められおり、実用化されたものも多い。しかし、これは殺虫剤としての活用が主で、細菌やカビなどの植物病原菌に対してはあまり開発が進んでいないのが現状である。
【0004】
このような現状に鑑み、発明者らはバチルス・チューリンジェンシス菌を他の菌と複合させることにより、作物病害に対して防除的な効果を増強させ、且つ、土壌の化学的・物理的・生物的環境を改善し、地力増強、品質改善などの付随効果も期待される新しい土壌改良剤の発明に至った。
【0005】
ナス半身萎凋病菌は前作で感染した状態で収穫し、完全な殺菌駆除をせず放置すると、残渣とともに土壌中で生存し続ける感染力の強い菌で、多くの作物に感染する。新しくナスの栽培を始めた時、前作の生存菌がナスの根から侵入し、導管を上昇して感染発病する。気温20〜24℃の比較的低温条件で多発することが多く、28℃以上ではほとんど発病しない。病状は下葉に黒褐色の細長い筋条の病斑を生じ、次第に小葉の葉脈が葉周辺の縁から黄褐色に変わりやがて萎れ始める。症状が進行すると、下葉全体が灰緑色〜淡褐色となり青枯れ状に萎凋し枯れ死する。また、葉柄、果梗、クラウンの導管が褐変し、根は黒褐色に腐敗する。勿論収穫に多大な害をもたらす。
【0006】
従来、植物及び果実における真菌感染または細菌感染による病害を抑制する方法として、抗菌活性を有するバチルス・チューリンジェンシス株AQ52(NRRL寄託番号B21619)の菌の培養物を用いる方法が特表2001−524806号公報で知られている。
【0007】
このバチルス・チューリンジェンシス株は、他の細菌株との組み合わせによってトマト植物の焼き枯れ病の抑制、ビートアワヨトウ幼虫の生育阻害を示す。しかしながらナス半身萎凋病に有効とまでは知られていない。また、このナス半身萎凋病を効果的に抑制する細菌は知られていなかった。
【特許文献1】特表2001−524806号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は従来の問題を解消し、ナス半身萎凋病を有効に抑制しうる細菌を用いたナス半身萎凋病抑制剤及び抑制方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる課題を解決した本発明の構成は、
1) バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)を有効菌とするナス半身萎凋病抑制剤
2) バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)を培養した培養物と、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)を60℃以上の高熱性環境下で共生培養した共生培養物とを混合した培養混合物を有効成分とする、ナス半身萎凋病抑制剤
3) バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の培養物と、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)の共生培養物とを、粉粒状担体に含有させた複合菌含有物を有効成分とする、ナス半身萎凋病抑制剤
4) 前記3)の担体が、粒度調整した炭酸カルシウム、消石灰、硫酸カルシウム、石灰岩粉、ドロマイト岩粉、貝化石粉末、カニ・エビ・シャコ・貝殻等の甲殻・貝殻粉末、ゼオライト、パーライト、バーミキュライト、珪藻土、木炭、くん炭、粉砕ピートモスのいずれか、あるいはこれらの混合物である、前記3)記載のナス半身萎凋病抑制剤
5) バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の液状培養物に、ナス苗の根を浸漬後同ナス苗を土壌に植生する、ナス半身萎凋病抑制方法
6) バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の培養物と、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)の共生培養物とを混合した液状培養物にナス苗の根を浸漬した後同ナス苗を畑土壌に植生する、ナス半身萎凋病抑制方法
にある。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)を有効菌として利用することで、及びこの菌と好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)、及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)を複合菌として利用することでナス半身萎凋病を効果的に抑制することができた。また、その使用方法として別個に培養した上記3菌株の培養混合物、あるいは上記3菌株を別個に培養した培養物を粒度調整した炭酸カルシウム等の適当な担体に含有させて土壌又は栽培土に散布、又は漉き込むことによってナス半身萎凋病が発生し難い畑、土壌にできる。また、バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株の単独菌の培養物に、又は上記3菌株を別個に培養して混合した培養混合物にナス苗の根を浸した後、再度、畑や土壌に戻すことによってもナス半身萎凋病を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の培養物と、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)、及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)
の共生培養物を混合して、複合菌混合培養物として畑や土壌に散布するか、または前記3菌を別個に培養した培養物を炭酸カルシウム等の適当な担体に含有せしめて複合菌含有物として畑や土壌に散布することが最も望ましい。散布の時期としてナスを播種する1〜2週間前に直接畑や土壌に散布することが最も好ましい。
【実施例1】
【0012】
以下、本発明の実施例1について詳しく説明する。
図1は、実施例1に用いたバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の細菌の寒天培地培養3日後の形状を示す説明図である。
図2は、実施例1で使用した抗菌活性試験用角型シャーレ寒天培地を示す説明図である。
図3は、実施例1のナス苗の菌液への接触要領を示す説明図である。
【0013】
図中、Pは4号ポット、Yは直径30cm×深さ8cmの円形状プラスチック容器、Nは根の先端を切ったナス苗、Sは4号ポットP内の培養土、Bはプラスチック容器Y内の菌液、Kは抗菌活性試験用の長さ144mm×幅104mm×高さ16mmの角型シャーレ内の寒天培地、Aは同培地に設けた内径8mmで深さ5mmの孔である。
【0014】
(バチルス・チューリンジェンシスN−029株)
本発明に使用するバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の性状について説明する。
【0015】
生態学的性状
*グラム染色 陽性
*通性好気性
*運動性 陽性
*桿菌(単連鎖あり)
*胞子形成(楕円形、芽胞位置 偏在)
*胞子の横に不定形(いびつな球形、ダルマ型、ハート型のParasporal crystalを作る(図1参照)
【0016】
【表1】

【0017】
生化学的性状テストの結果は下記の表2のとおりである。
【0018】
【表2】

【0019】
本発明に使用するバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の特性は下記の表3のとおりである。
【0020】
【表3】

【0021】
本発明に使用するバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の寄託の情報
寄託所:独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター
受託番号:FERM AP−21647
分類学上の位置:バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis
識別のための表示:N−029
【0022】
(クロストリジュウム・サーモセルムSK522菌株)
本発明に使用する好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)の性状について説明する。
【0023】
菌学的性質
旺盛なる繊維素分解力と弱又は微弱なるリグニン可溶化能を有する(随伴菌なしで単独では生育ができない)。
【0024】
生態学的性状
*グラム染色 陰性
*嫌気性
*直桿状(わずかに湾曲するものあり)。単独、ときどき2連。
*運動性 見られない
*胞子 末端に楕円、または円形の胞子を形成
【0025】
生理生化学的性質は次のとおりである。
酵素作用等
本菌は繊維素分解酵素を持ち、その酵素で繊維素の巨大分子の末端から分解していく。その性質を下記の表4に繊維素の基質を主体として示す。
【0026】
【表4】

【0027】
生産物試験
また、本菌は繊維素や他の物質を旺盛に分解して様々な産生物質を作る。下記の表5にそれらを示す。
【0028】
【表5】

【0029】
本菌の生育条件を下記の表6に示す。
【0030】
【表6】

【0031】
本菌の特性は下記の表7のとおりである。
【0032】
【表7】

【0033】
本発明に使用する好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)に関する寄託の情報
寄託所:微工研条寄(現:特許生物寄託センター)
受託番号:第3459号(FERM BP−3459)
分類学上の位置:好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルム(Clostridium thermocellum
識別のための表示:SK−522
【0034】
(サーマス・アクアティクスSK542菌株)
本発明に使用する高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)の性状について説明する。
【0035】
菌学的性質
強いタンパク質分解力を持ち、黄色色素(カロチノイド系色素)を産生する。また、好熱性繊維素分解菌との共生培養によって、好熱性繊維素分解菌のリグニン可溶化能を顕著に増強する。
【0036】
生態学的性状
*グラム染色 陰性
*絶対好気性
*長桿状、0.4〜0.6×3.0〜5.0μ(培養が古くなると糸状、長さ20〜130μ)
*鞭毛なし
*運動性 見られない
*内生胞子 なし
*増殖 活発。ジェネレーションタイム20〜50分。
【0037】
生理生化学的性質は次のとおりである。
【0038】
本菌の様々な物質(酵素)に対する作用状況を下記の表8に示す。
酵素作用等
【0039】
【表8】

【0040】
生産物試験
本菌の生産物試験の結果を下記の表9に示す。
【0041】
【表9】

【0042】
生育条件
本菌の生育条件を下記の表10に示す。
【0043】
【表10】

【0044】
本菌の特性は下記の表11のとおりである。
【0045】
【表11】

【0046】
本発明に使用する高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)に関する寄託の情報
寄託所:微工研条寄(現:特許生物寄託センター)
受託番号:第3382号(FERM BP−3382)
分類学上の位置:高熱性タンパク質分解菌サーマスアクアティックス(Thermus aquaticus
識別のための表示:SK−542
【0047】
菌の分離と培養
バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)のスクリーニング方法
試験に供する多くのバチルス・チューリンジェンシス菌を収集するため、日本各地で215個の土壌サンプルを採取した。その土壌サンプルから定法に従って63株のバチルス・チューリンジェンシス菌を分離した。それらのバチルス・チューリンジェンシス菌を使って、ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)との抗菌活性試験を実施したところ、ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)に抗菌活性を示すバチルス・チューリンジェンシス菌が7菌株見出された。その中で東京都荒川区荒川自然公園で採取した土壌から分離したバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)が最も強い抗菌活性を示したことからこの菌だけをスクリーニングしたものである。
以下、バチルス・チューリンジェンシス(Bacillusthuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)のスクリーニング方法について説明する。
【0048】
バチルス・チューリンジェンシス菌の分離
サンプル土壌1gを容量50mlの遠心チューブに入れ、9mlの滅菌水を加えてボルテックミキサーで1分間攪拌後1分間静置して、その上澄水5mlを容量15mlの遠心チューブに分取し、65℃のインキュベーターに30分間静置して殺菌した。この液から1mlを容量15mlの遠心チューブに分取し、滅菌水でこの液の10倍希釈溶液、10倍希釈溶液、10倍希釈溶液を作製し、その希釈溶液をそれぞれ200μlずつ分取し、バチルス・チューリンジェンシス寒天培地(細菌用魚肉エキス10g、ポリペプトン10g、塩化ナトリウム2g、寒天20gを蒸留水に溶解し、全体を1リットルとしてオートクレーブ滅菌して作製)に塗抹し、インキュベーターで28℃で3日間培養した。培養後、出現したコロニーを滅菌した竹串で一部取り、位相差顕微鏡下で1000倍に拡大してクリスタルの有無を観察した。およそ視界内に8割以上のクリスタルが形成されている菌がバチルス・チューリンジェンシス菌であることから、63菌株についてこれを確認した。
【0049】
バチルス・チューリンジェンシス菌ストック菌液の作製
これら63菌株のコロニーから、それぞれ滅菌した竹串でバチルス・チューリンジェンシス菌を寒天培地に画線培養し、単コロニーを分離した。その単コロニーから1白金耳を1ml滅菌水に懸濁し、うち200μlをバチルス・チューリンジェンシス寒天培地に植菌し7日間培養した。
このようにして培地表面に生成した菌体をスパーテルで掻き取り、その菌体重量を測定、その重量の3倍の滅菌水に懸濁した菌液を作製、これをバチルス・チューリンジェンシス菌ストック菌液とし、合計63菌株のストック菌液を作製した。
【0050】
病原菌の培養
ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)をポテトデキストロースブロス培養液(DIFCO社製PDB培地24gを蒸留水に溶解して全体を1リットルにしてオートクレーブ滅菌して作製)に1白金耳植菌し、150rpm、24℃で14日間振盪培養した。このようにして得られた菌液を、滅菌した2重ガーゼで濾過して短菌糸菌液を作製、それをもとに、短菌糸菌液10倍、10倍、10倍希釈溶液を作製した。この菌液各200μlを滅菌コンラージでポテトデキストロースブロス寒天培地(DIFCO社製PDA培地39gを蒸留水に溶解して全体を1リットルにしてオートクレーブ滅菌して作製)に塗抹し、24℃にて3日間静置培養した後、菌数を測定した。その結果、ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)の短菌糸菌液中の菌数は約4×10/mlであった。菌数が所定量だったため、この短菌糸菌液の原液をそのまま試験に供した。
【0051】
抗菌活性試験用混合培地
抗菌活性試験で使用した混合培地の組成、及び作成法を下記の表12に示す。この培地はバチルス・チューリンジェンシス菌とナス半身萎凋病病原菌が丁度拮抗する培地組成である。角型シャーレ(長さ144mm×幅104mm×深さ16mm)に下記の表12に示す混合培地を40ml注入して固化せしめた寒天培地に金属製のペニシリンカップ(外径8mm×長さ10mm)で径8mm×深さ5mmの孔Aを28個穿った抗菌活性試験用寒天培地Kを作製し、抗菌活性試験に供した(図2参照)。
【0052】
抗菌活性の判定方法
抗菌活性試験方法は、図2に示す孔Aにバチルス・チューリンジェンシス菌液とナス半身萎凋病病原菌菌液を所定量混合して充填し、所定温度、所定時間培養して、どちらの菌がより強く増殖しているかで当該バチルス・チューリンジェンシス菌の抗菌活性の強弱を判定するものである。バチルス・チューリンジェンシス菌が強い抗菌活性があると、バチルス・チューリンジェンシス菌特有の茶褐色のコロニーが大きく現れ、逆にナス半身萎凋病病原菌の増殖が強い(逆に言えば、バチルス・チューリンジェンシス菌の抗菌活性がない)場合にはナス半身萎凋病病原菌特有の白色の菌糸が大きく増殖して現れる。それによってバチルス・チューリンジェンシス菌のナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)に対する抗菌活性の強弱が判定でき、最終的に最強のバチルス・チューリンジェンシス菌をスクリーニングすることができる。これらは全て目視による観察によって判定した。
【0053】
【表12】

【0054】
抗菌活性試験
215個のサンプル土壌から分離した63菌株のバチルス・チューリンジェンシス菌のストック菌液を使って、それぞれの100倍希釈溶液を作製し、その25μlと、短菌糸濃度を100個/25μlに調整したナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)菌液25μlを混合し、図2に示す抗菌活性試験用寒天培地Kの孔Aへ充填し、24℃にて3日間培養した。培養後の孔中で、どの菌がより強く増殖しているかを目視観察した。全部で63菌株のバチルス・チューリンジェンシス菌株を試験した結果、ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)に対して7菌株のバチルス・チューリンジェンシス菌が抗菌活性を有していることが分かった。その中でバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)が半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)を強く抑制して増殖し、その褐色のコロニーを極めて大きく拡大していたことから最大の抗菌活性を有すると判定し、バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)をナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)に対して最も大きな抑制効果がある有効菌としてスクリーニングした。
【0055】
ナス半身萎凋病ポット試験
抗菌活性試験によりナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)に対して最も抗菌活性が大きく表れたバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)について、単独で使用した場合と他の菌と複合して使用した場合とでナス半身萎凋病の抑制効果にどのような差異があるかを、実際の土(培養土)でナスを栽培してのポット試験で比較検討した。
【0056】
ポット試験用菌液の作製
ポット試験に先立って、試験に必要なそれぞれの菌液を作製した。
【0057】
BT菌菌液
バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)をバチルス・チューリンジェンシス菌培養液( 魚肉エキス10g、ポリペプトン10gを蒸留水に溶解して1000ccとし、オートクレーブ滅菌したもの)8mlに植菌し、28℃で、120rpm、18時間、振盪培養で前培養(少量培養)した。その後、この培養液を800mlにスケールアップして24時間、120rpm、28℃で振盪培養してBT菌菌液とした。
【0058】
SK菌菌液
好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)、及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)を共生E培地(リン酸水素二カリウム5g、尿素2g、硫安2g、ペプトン5g、酵母エキス5g、セルロース15g、炭酸カルシウム2gを蒸留水に溶解して1リットルとしてオートクレーブ滅菌して作製)で7日間培養した培養液をSK菌菌液とした。
【0059】
病原菌菌液
ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)を前記のポテトデキストロースブロス液体培地(PDB培地)600mlに植菌し、150rpm、14日振盪培養した。この液を二重ガーゼで2回濾過し、濾液を遠心機で3000rpm、5分、4℃で遠心し、集菌後、2回滅菌水で遠心洗浄した。その後、ペレットの湿重を測定し、5.00gであったため、10倍量の滅菌水50mlに懸濁し、ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)原液とした。菌原液の菌数を前記のポテトデキストロースブロス寒天培地(PDA培地)で測定した結果、菌数2×10spo/mlであったので、滅菌水で希釈して1×10spo/mlに調整した液を作製、この病原菌菌液をポット試験用ナスへの病原菌の接種源とした。spoは胞子数の単位である。
これらの菌液はポット試験前に全てを作製、準備して試験に供した。
【0060】
ポット試験
前記で作製した菌液を使用してポット試験を実施した。ポット試験の手順を日程に従って説明する。
【0061】
ポット試験用ナス苗の育苗(平成20年4月8日〜6月18日)
タキイ種まき培土(
野菜・草花全般)をオートクレーブで滅菌し、3×3×5cm128マスの苗箱に敷き詰め、4月8日に播種、5月19日に清新産業株式会社製のJAくみあい園芸培養土をオートクレーブで滅菌した滅菌培養土を充填した4号ポットPに移植し、本葉5〜6葉期になるまで育苗したものを使用した。
【0062】
バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)、及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)、及びナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)の接種(平成20年6月18、19日)
【0063】
ナス苗根部の先端切断
ナス苗を4号ポットPより取り出し、水道水で根を洗浄し、根の先端を約5分の1、アルコールで滅菌したハサミで切断した。
【0064】
ナス苗根部のBT菌菌液への接触
BT菌菌液200ccをプラスチック製の円形のプラスチック容器Y(直径30cm×深さ8cm)に入れ、根の先端を切ったナス苗Nの根全体を円形のプラスチック容器YのBT菌菌液に10分間浸した後、再び4号ポットPに戻して、滅菌した新しい培養土をポット上端まで充填し、十分散水した(図3参照)。
翌日、再びナス苗Nを4号ポットPより取り出し、前日の手順に従ってナス苗根部を別のプラスチック製の円形のプラスチック容器Y(直径30cm×深さ8cm)に入れた、ナス半身萎凋病病原菌菌液200ccに10分間浸し、再度4号ポットPに戻し、新しい培養土Sをポット上端まで充填し、十分散水した。試験の概要を図3に示す。
【0065】
ナス苗根部のSK菌菌液への接触
SK菌菌液200ccを図3の円形のプラスチック容器Yに入れ、根の先端を切ったナス苗Nの根全体を円形のプラスチック容器Yの菌液に10分間浸した後、再び4号ポットPに戻して、滅菌した新しい培養土Sをポット上端まで充填し、十分散水した。
翌日、再びナス苗Nを4号ポットPより取り出し、前日の手順に従ってナス苗根部を図3の円形のプラスチック容器Yに入れた、ナス半身萎凋病病原菌菌液200ccに10分間浸し、再度4号ポットPに戻し、滅菌した新しい培養土Sをポット上端まで充填し、十分散水した。
【0066】
BTSK混合菌液の作製、及びナス苗根部のBTSK混合菌液への接触
図3の円形のプラスチック容器YにBT菌菌液100ccと、SK菌菌液100ccを入れてよく混合し、BTSK菌液を作製した。この混合菌液200ccに先端を切ったナス苗Nの根全体を10分間浸した後、再び4号ポットPに戻して、滅菌した新しい培養土Sをポット上端まで充填し、十分散水した。
翌日、再びナス苗Nを4号ポットPより取り出し、前日の手順に従ってナス苗根部を図3の円形のプラスチック容器Yに入れた、ナス半身萎凋病病原菌菌液200ccに10分間浸し、再度4号ポットPに戻し、滅菌した新しい培養土Sをポット上端まで充填し、十分散水した。
【0067】
ナス苗根部の化学農薬希釈液への接触
病害の発生に対して効果の比較のためにタケダ園芸製の化学農薬ベンレート水和剤(粉末)の1000倍液を使用した。調整したナス半身萎凋病病原菌菌液を図3の円形のプラスチック容器Yに200cc入れ、この菌液に根の先端を切ったナス苗Nの根全体を10分間浸した後、再び4号ポットPに戻して、滅菌した新しい培養土Sをポット上端まで充填し、十分散水した。
翌日、ポットより再びナス苗Nを掘り起こして取り出し、図3の円形のプラスチック容器Yにベンレート水和剤の1000倍液を200cc入れ、このベンレート希釈液に根の先端を切ったナス苗Nの根全体を10分間浸した後、再び4号ポットPに戻して、滅菌した新しい培養土Sをポット上端まで充填し、十分散水した。
【0068】
これらの試験の概要を下記の表13に示す。
【0069】
【表13】

【0070】
表中○はそれぞれの菌の使用、×は不使用を表す。各試験区の内容はブランク区、バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)菌区(BT菌区)、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)、及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)共生菌区(SK菌区)、バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)と、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)、及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)の混合菌区(BTSK菌区)、化学農薬ベンレート水和剤(粉末)の1000倍液施用区(化学農薬区)、ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)区(病原菌区)の6試験区で、各試験区について1区画5ポット(1ポットにナス苗1株栽培)ずつを試験した。各試験区のナス苗はブランク区を除いて防除のための菌液に接触させた後、前述で調整したナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)菌液に浸したが、化学農薬区のみは通常の化学農薬施用の慣例に従って、ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)菌液に浸した翌日に化学農薬ベンレートの1000倍液に接触させて試験した。
【0071】
1.判定(平成20年7月10日)
接種より、21日後の7月10日にそれぞれのナス苗の葉を1枚ずつ病徴調査を実施、それぞれの葉の黄変・褐変、枯死程度により、下記の表14に示すような判定基準に従って0〜4の発病指数で病徴を判定し、各株ずつそれを集計して下記の計算式に従って発病度、及び防除価を算出した。
【0072】
【表14】

なお、病徴指数については整数の間に少数で示される病徴指数も採用した。
【0073】
発病度=Σ(発病指数別株数×指数)/(4×調査株数)×100
防除価=100−(当該菌区発病度/病原菌区発病度)×100
下記の表15に試験結果を示す。
【0074】
【表15】

【0075】
試験結果
ブランク区(試験番号0)はこの試験区で栽培した5ポットのナス苗の根部が菌との接触の全くない試験区で、発病は全く見られなかった。試験土壌が健全な土壌であったことが分かる。
一方、ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)菌液のみにナス苗を接触させた病原菌区(試験番号5)は65.2の発病度を示した。当該病原菌がナス苗に対して強い感染力を持っていたことがわかる。
これに対してナス半身萎凋病を抑制する効果を目的にBT菌液、SK菌液、BTSK菌液にナス苗を接触させて、しかる後にナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)に接触させた各試験区は使用した材料によって発病の抑制効果にバラツキがあった。この試験方法はナス苗がナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)に感染する前に有効菌を施用して、ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)の感染発病を防止する効果を見るために実施した試験方法である。
その結果、BT菌区(試験番号1)は、抗菌活性試験でナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)に対して強い抗菌活性を持つことが明らかになったバチルス・チューリンジェンシス菌だけの試験区で、ポット試験でも47.1の防除価が得られた。
また、SK菌区(試験番号2)は好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)、及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)を共生培養して得られた共生複合菌の培養液を使用した試験区で、30.7の防除価が得られた。SK共生菌は植物の生育を促し、強い体質の植物を成長させるのに大きな効果を持つ共生菌で、植物を強壮にすることにより耐病性を付与する働きを持つ。その結果、バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)を使用したBT菌区には及ばないものの、30.7の防除価を示した。
【0076】
しかし、これらの有効菌を個別に使用した試験結果(試験番号1、2)は、確かに病原菌区に比較して発病率は抑えられたものの、ベンレート水和剤の1000倍液を施用した化学農薬区(試験番号4)の防除価80.7に比べると防除価は半分以下でそれほど大きな効果には至っていない。これに比較してバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)菌と好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)、及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)共生菌を混合して使用した試験区(試験番号3、BTSK菌区)は防除価が68.7で、化学農薬区(ベンレート1000倍液施用)には及ばないものの、BT菌区(防除価47.1)、SK菌区(防除価30.7)よりも高い防除価を示した。バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)と、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)、及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)共生菌との複合的な相乗効果によりかなり発病度が低下することが明らかとなった。
【0077】
ここでバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)が、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)、及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)共生菌との混合により、ナス半身萎凋病病原菌(Verticillium dahliae NBRC9765)に対して強い抗菌活性を持つ結果となった、これらの複合菌の相乗効果について述べる。
【0078】
SK共生菌の相乗効果
嫌気性の好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar
SK522、微工研条寄第3459号)と、絶対好気性の高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティックス(Thermus aquaticus biovar SK542 受託番号FERM BP−3382)との共生培養の特殊効果について説明する。
好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)と高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティックス(Thermus aquaticus biovar SK542 受託番号FERM BP−3382)の高温環境下での共生培養物は、嫌気性の好熱性繊維素分解菌SK522菌株単独ではほとんど不可能な天然の難分解性有機物の分解発酵を顕著に増強する。以下、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar
SK522、微工研条寄第3459号)をSK522、絶対好気性の高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティックス(Thermus aquaticus biovar SK542 受託番号FERM BP−3382)をSK542と略記する。
【0079】
まず、SK542菌株の増殖はSK522菌株の欠如するタンパク分解活性を補充する。しかも、イナワラ、ムギワラ、モミガラ、牧草等の堆・厩肥をはじめ廃木材、都市下水汚泥等の難分解性有機物の分解発酵は、すべて固体発酵の状態で、かなり通気のよい環境下に置かれている。そして、初期の段階におけるSK542菌株の増殖は発酵過程にある有機物を高温嫌気的環境へと変移せしめ、これによって通常の自然環境ではなかなか単独での増殖が困難なSK522菌株の自然界での生育が可能となる。
【0080】
リグニンの可溶化
ここで、特に注目されることは、SK542菌株によってSK522菌株のリグニン可溶化能が顕著に増強されることである。難分解性有機物は、実際には繊維素がリグニン、その他の有機成分と強く結合した状態で存在する。こうした天然のリグノセルロースは繊維素分解力の旺盛なるSK522菌株であっても、その単独施用ではほとんど分解が不可能である。リグニンの化学構造は、未だ完全に明らかにされていないが、ベンゼン環に炭素数3つの側鎖を持つフェニルプロパンが基本単位になって、この単位体がパーオキシダーゼによって触媒されるラジカル反応によりランダムに三次元的に重合した高分子化合物である。微生物の分解に対する抵抗がきわめて強く、きわめて分解が困難であることはよく知られている。ところが、本願発明で使用するSK522菌株は弱または微弱ではあるが、リグニンを可溶化する。そして、このリグニン可溶化能が、SK542菌株と共生培養することによって、たとえば、イナワラリグニンの50%以上が10日前後の短日時において可溶化されることが分かっている。その作用効果は50〜80℃以上という高温期段階で発揮され、分解発酵へその腐植化が急速に進行する。
【0081】
黄色色素の産生
SK542菌株をはじめ、サーマス属(genus Thermus)の産生する黄色色素はカロチノイド系不溶性色素である。菌体中のこの黄色色素が他の微生物等による分解を受け、水溶性の低分子量体のものとなり、植物体に吸収され、必要部位に移行し、丁度都合のよい前駆物質となる。すなわち、このような黄色色素が、ほかの溶菌した細胞内容物や分泌物、それに発酵生産物等とともに根茎葉部位の増大繁茂を促すだけでなく、花芽の形成、着花、果実の肥大等の生殖生長の代謝系に深く関与しており、果実の味、色沢、貯蔵性等品質向上に大きな役割をもつ。
【0082】
微生物生態系の混合複合化
また、この黄色色素を含むSK542菌株の菌体を施用すると、それを基質として繁殖する一般の従属栄養微生物、土壌有効菌等の増殖を促す。さらに重要なことは、堆肥の製造現場、あるいは自然界の植物体の腐植化の過程では、SK522菌株のような好熱性微生物が、すぐに増殖活性化するわけではない。当初は、一般の常温性従属栄養微生物が増殖し、これらの作用による発酵熱が蓄積されて品温の上昇に役立つものであり、単一菌株の好熱性繊維素分解菌や少数の微生物のみが、天然の難分解性有機資材の腐植化に関与するわけではない。微生物フローラの混合複合化、多様化が必要で、様々なタイプの有効菌が多く、さらに「エサ(基質)」も適度にあるという複合的内容が望ましい。こうして、難分解性有機物の高温分解は、SK522菌株を中心とする細菌フローラがまず形成され、その腐植化過程が単純な構成成分の変化だけでなく、きわめて複雑な微生物フローラの相互作用やその変遷等が深い関わりをもって最も効率よく進行するのである。
【0083】
このように、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)と、高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティックス(Thermus aquaticus biovar SK542 受託番号FERM BP−3382)の高温環境下での共生培養により増殖した共生菌は植物繊維素の軟らかいセルロース部位は勿論、難分解性のリグニンをも高効率で分解するために土壌に残留せる繊維素の分解効率を高め、腐植を増大せしめ、土壌地力を増強するのに大きな役割を果たす。
また、前述しているように高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティックス(Thermus aquaticus biovar SK542 受託番号FERM BP−3382)の産生するカロチノイド系の黄色色素は他の微生物等による分解を受け、ほかの溶菌した細胞内容物や分泌物、それに発酵生産物等とともに植物の自立強壮体質への向上に大きな役割をもつ。即ち、病気に罹患することが少ない植物体を育成する力を持っているのである。
【0084】
バチルス・チューリンジェンシス菌の他の菌との相乗効果
このように好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)と、高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティックス(Thermus aquaticus biovar SK542 受託番号FERM BP−3382)の高温環境下での共生培養により増殖した共生菌による植物体そのものの基礎体力の増強と相まって、バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)菌によるナス半身萎凋病の抑制効果は一層増強される。
【0085】
ここで、生物的防除がいかに環境保全的な特性を持ちながら農業の健全化に寄与しているか、その特性が何に由来するものであるか、そのために生物的防除はどのような要件を満たさなければならないかを述べる。
【0086】
化学農薬は即効性があり、病害菌に対して劇的な効果があり、安価で使い易いという、農業従事者にとって極めて大きな利点を有する。しかし、その利点が逆に弊害をも生み出す欠点にもなっている。そして、それは地球環境破壊、生態系の破壊という人類の生存にとって致命的な欠点である。化学農薬は害虫や病原菌の壊滅を劇的にするために毒性の強い人工的な薬剤を含んでいる場合が多く、その特殊性の故にオゾン層を破壊して地球環境の危険性を増幅したり、また、一般の生物にもその毒性が強く作用する場合が多く、生態系の破壊という危険な因子を内包している。そのことは即、我々人類の生命の存亡にかかわる重大な因子となる場合がしばしばである。
また、化学農薬を使い続けることによって、有害生物、有害病害菌とともにミミズなどの有効生物、有効微生物までも絶滅しかねない弊害を持ち、圃場そのものの疲弊につながる危険性が大きい。最近のあいつぐ化学農薬の規制はこのような化学農薬の危険な実態が根底にある。我々はこのような実態に深く思いを廻らし、今こそ恒久的に地球環境保全、生態系の破壊防止のために安全な農業資材の使用という命題に全力を傾注しなければならない。
【0087】
このような実態を背景として化学農薬の使用は年々減少しており、それに代替する資材として、生物的防除剤への関心が高まっている。その理由として生物的防除剤は有害生物のみに作用し、生態系を破壊しない、地球環境保全的な特性を持つからである。その作用も化学農薬のように即効性があるわけでなく、また効果も緩慢で、遅効性である。しかし、この柔らかな効果がかえって地球環境保全的な利点を持つ。しかも、それを長く使い続けることによって圃場には有効菌が増殖し、その有効菌の働きで圃場は次第に地力を増強し、有害生物、有害菌の少ない、病気の出ない健全な土壌となる。もし、生物的防除剤に化学農薬並みの激烈な効果が認められたら、それは他の生物や人間への悪影響の懸念を払拭しきれないため化学農薬並みに徹底的な影響調査が必要とされている。化学農薬はその効果が激烈なものがAランク(ほとんどの病害菌が死滅するが動物や人間にも害がある場合がある)、効果が柔らかいものがBランク(効果は若干弱いが、動物や人間に対する害が少ない)とされており、生物的防除剤はCランクくらいが最も適切(効果は化学農薬よりは弱いが、動物や人間には全く無害である)とされている。
【0088】
本発明が化学農薬の防除価より若干小さいのは生物的防除剤の宿命であり、むしろ、他の生物的防除剤の非力な効果に比べたら、化学農薬に迫るくらいの防除結果が得られており、極めて有効な生物的防除剤と言えるであろう。
生物的防除効果としてはこれくらいの効果が最適であることは言うまでもない。
【0089】
その意味で本発明は「化学農薬ほどの劇的な効果はないが、その効果はCランクくらいで、長く使い続けることにより効果を持続させ、動物や人間に無害で生態系を破壊しない最も妥当な生物的防除剤的効能を持った、土壌改良剤としては新しいタイプの発明と言える。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明のナス半身萎凋病抑制剤は、今回はナス半身萎凋病だけにその効果を確認したが、まだ試験を実施していない他の多くの作物病害を抑制する可能性を秘めている。最終的には、他のBT菌や抗菌性微生物を添加することにより、リスクの大きい化学農薬の代替剤として環境保全的特性を持った万能薬的な作物病害抑制剤としての展開が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】実施例1に用いたバチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の細菌の寒天培地培養3日後の形状を示す説明図である。
【図2】実施例1で使用した抗菌活性試験用角型シャーレ寒天培地を示す説明図である。
【図3】実施例1のナス苗の菌液への接触要領を示す説明図である。
【符号の説明】
【0092】
A 孔
B 菌液
K 寒天培地
N ナス苗
P 4号ポット
S 培養土
Y プラスチック容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)を有効菌とするナス半身萎凋病抑制剤。
【請求項2】
バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)を培養した培養物と、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)を60℃以上の高熱性環境下で共生培養した共生培養物とを混合した培養混合物を有効成分とする、ナス半身萎凋病抑制剤。
【請求項3】
バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の培養物と、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)の共生培養物とを、粉粒状担体に含有させた複合菌含有物を有効成分とする、ナス半身萎凋病抑制剤。
【請求項4】
請求項3の担体が、粒度調整した炭酸カルシウム、消石灰、硫酸カルシウム、石灰岩粉、ドロマイト岩粉、貝化石粉末、カニ・エビ・シャコ・貝殻等の甲殻・貝殻粉末、ゼオライト、パーライト、バーミキュライト、珪藻土、木炭、くん炭、粉砕ピートモスのいずれか、あるいはこれらの混合物である、請求項3記載のナス半身萎凋病抑制剤。
【請求項5】
バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の液状培養物に、ナス苗の根を浸漬後同ナス苗を土壌に植生する、ナス半身萎凋病抑制方法。
【請求項6】
バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)N−029株(受託番号 FERM AP−21647)の培養物と、好熱性繊維素分解菌クロストリジュウム・サーモセルムSK522(Clostridium thermocellum biovar SK522、微工研条寄第3459号)及び高熱性タンパク質分解菌サーマス・アクアティクスSK542(Thermus aquaticus biovar SK542、微工研条寄第3382号)の共生培養物とを混合した液状培養物にナス苗の根を浸漬した後同ナス苗を畑土壌に植生する、ナス半身萎凋病抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−64958(P2010−64958A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−230061(P2008−230061)
【出願日】平成20年9月8日(2008.9.8)
【特許番号】特許第4287899号(P4287899)
【特許公報発行日】平成21年7月1日(2009.7.1)
【出願人】(390015738)中村産業株式会社 (2)
【Fターム(参考)】