ナス科植物に対する増収及び疫病発病抑制効果、並びにマメ科植物に対する連作による収量低下防止効果を示す微生物菌株並びに栽培方法

【課題】ナス科植物、特にトウガラシ属の育苗時及び定植後初期生育時の栽培技術に関し、低コストで栽培することができ、生育促進及び疫病発病抑制の双方に高い効果を併せ持つ菌株を提供する。また、マメ科植物、特にダイズ属の連作圃場における収量低下防止効果を有する菌株を提供する。
【解決手段】Arthrobacter属oxydans種受託番号FERM P−22038の微生物菌株、並びに微生物菌株をナス科植物又はマメ科植物の種子に接種し、その種子を生育させる栽培方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、トウガラシ、ピーマンなどのナス科植物及びダイズなどのマメ科植物の栽培において、好適に利用されうる微生物菌株、及びそれを利用した栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
京都の伝統野菜である伏見甘長トウガラシや万願寺トウガラシの産地の多くでは、ポットで育成された苗をハウス内圃場に定植する半促成栽培または促成栽培が行われている。このような栽培方法は、出荷時期を通常より前進させて収益性を高めることができるが、育苗が12月あるいは1月から3ヶ月以上に渡ることにより、低温による苗の生育不良が多発し、しかも多大な労力を要する。また、定植時期も早春の低温期(2月から3月)であるため、定植後1〜2ヶ月間の初期生育が遅く、栽培期間が長くなり、生産効率が悪い。さらに、この時期には土壌病害の疫病が多発しやすい。疫病が発生すると、多くの個体を枯死させて収穫不能に至らしめるため、農家は深刻な被害を受けることになる。そのため、土壌病害に強い健全な苗を育成するための技術開発が求められている。
【0003】
微生物を利用した野菜等の生育促進技術としては、植物共生菌類であるVA菌根菌が地力増進法による政令指定土壌改良資材として市販され、流通している(非特許文献1)。菌類以外では植物生育促進根圏細菌と呼ばれる微生物群を使った生育促進技術の研究事例が海外では多く、わが国では少ないながら見られる(非特許文献2)。一方、微生物を使って病害を防除しようとする生物防除技術はわが国でも数多くの研究がなされ(非特許文献3)、現在、農薬関連企業等を中心に農薬登録に向けての取組が行われている。
【0004】
更に、このように生育促進効果及び病害防除効果のいずれか一つを示す微生物とは異なり、発明者等が調査した限り両方の目的を果たす唯一の資材として、植物生育促進リゾバクテリアとキチンなどの有機土壌改良剤とを含む組成物(特許文献1)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2003−529539
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】政令指定土壌改良資材一覧(特徴・施用方法・取扱会社)、[online]、[平成22年5月31日検索]、インターネット<http://www.japan-soil.net/dokai-shizai/2_shizai.htm>
【非特許文献2】ホウレンソウにおける植物生育促進根圏細菌利用法の開発、[online]、[平成22年5月31日検索]、インターネット<http://www.cgk.affrc.go.jp/seika/seika_print/materials/report_06/report_2007_06f.pdf>
【非特許文献3】生物農薬を用いた病害虫防除技術、[online]、[平成22年10月19日検索]、インターネット<http://www.pref.saga.lg.jp/web/library/at-contents/shigoto/nogyo/nougyougijutsu/jizoku/pdf/A7.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、生育促進効果を示す微生物と病害防除効果を示す微生物を各々使用することは、農家にとって著しいコスト高になる。また、特許文献1に記載の組成物は、対象とする植物の範囲が広すぎて実施例で確認されている植物以外の植物についての効果が不明であるうえ、植物に対する処理方法の記載も不明瞭である。
それ故、この発明の第一の課題は、ナス科植物、特にトウガラシ属の育苗時及び定植後初期生育時の栽培技術に関する上記の課題を解決し、生育促進及び疫病発病抑制の双方に高い効果を併せ持つ菌株を提供することにある。第二の課題は、マメ科植物、特にダイズ属の連作圃場における収量低下防止効果を有する菌株を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
その課題を解決するこの発明の菌株は、
ナス科植物の生育を促進し、疫病の発生を抑制する性質を有するとともに、マメ科植物の連作による収量低下を防止する性質を併せもつArthrobacter属oxydans種受託番号FERM P−22038の微生物菌株である。
前記ナス科植物がトウガラシ属であるとき、あるいは前記マメ科植物がダイズ属であるとき、特にこの発明の作用効果が顕著である。
また、前記菌株の発明と関連する発明は、前記微生物菌株をナス科植物又はマメ科植物の種子に接種し、その種子を生育させることを特徴とする栽培方法である。
【発明の効果】
【0009】
この発明の菌株は、ナス科植物の生育を促進し且つ疫病の発生を抑制する性質を有する。そのため、この発明の菌株をナス科植物の栽培に利用すると生育を促進することができるとともに疫病の発生を抑制することもでき、農家は安定して効率よく低コストで栽培できる。また、この発明の菌株は、マメ科植物の連作圃場における収量低下を防止する性質をも有する。そのため、この発明の菌株をマメ科植物の栽培に利用すると同一の圃場を長年連続して使用することができる。
【実施例】
【0010】
−実施例1−
(1)根圏細菌の分離
高い生産性を維持しているトウガラシ、ナス及びネギの現地圃場から定植後約1ヶ月の生育旺盛な株を採取し、水中分画法により分離源を調製した。次に、キングB寒天培地を用い、希釈平板法により30℃、24〜48時間培養した。培養後に形成されたコロニーの中からUV照射下で蛍光を発するコロニーを釣菌し、表1に示すようにトウガラシ、ナス及びネギの株からそれぞれ188、196、200株、計584株の分離菌株を得た。蛍光性細菌は、植物との親和性に優れ、植物の生育に好影響を及ぼす可能性が高いことが経験的に知られていることによる。
これらの分離菌株をスキムミルク分散媒に懸濁後、−80℃で凍結保存し、以下の検定に供した。
【0011】
【表1】

【0012】
(2)分離菌株のトウガラシに対する生育促進効果による1次選抜(幼苗検定)
分離菌株は多数であるため、その中から生育促進効果を持つ菌株を効率よく選抜する必要がある。そのため、以下の手順で、分離菌株を接種したトウガラシを実験室内のグロースチャンバーで生育させ、発芽後間もない幼苗の段階で選抜を行った。
【0013】
分離菌株とともに凍結されたスキムミルク分散媒を室温で溶かし、水で薄めて平面培地に接種し、増殖して出現するコロニーのうち典型的な形態のものを選んで菌株毎にベクトン・デイツキンソン・アンド・カンパニ−製の液体培地トリプチケースソイブロスを用いて30℃で24時間振とう培養した。そして、遠心分離機により沈殿させて集めた菌体を滅菌水中に懸濁させ、約109cfu/mlに調製した。この懸濁液の中にトウガラシ種子(品種「伏見甘長とうがらし」、タキイ種苗株式会社)を1時間浸漬することにより、菌株をトウガラシ種子に接種した。
【0014】
別途、バイアル瓶(ガラス製、内径35mm×高さ75mm)に瓶容量の1/3程度バーミキュライトを入れ、これに養分として市販の液体肥料ハイポネックス(登録商標)2000倍液を10ml注加した。そして、分離菌株を接種した前記トウガラシ種子を瓶内のバーミキュライトに播種した。グロースチャンバー内(25℃、16時間明/8時間)で14日間生育させた後、茎葉重及び根重を測定した。接種効果の判定にあたっては対照として無接種区を設け、これと比較した。
【0015】
グロースチャンバー内での幼苗検定の結果、対照と比較して茎葉重は同程度だが根重が有意に増加した菌株(生育促進タイプ)や、根重は同程度だが茎葉重は有意に減少した菌株(生育抑制タイプ)が認められた。この中から比較的高い生育促進効果を示した6菌株を1次選抜菌株として(表2)、ポット試験による2次選抜に供した。
【0016】
【表2】

【0017】
(3)分離菌株のトウガラシに対する生育促進効果による2次選抜(ポット試験)
1次選抜した菌株の生育促進効果をさらに詳細に検定するために、接種したトウガラシを通常の栽培(育苗)条件に近い環境(ガラス温室内)で以下の手順でポット試験に供した。
1次選抜された菌株を1次選抜時と同様にトウガラシ種子に接種した。菌株の接種されたトウガラシ種子を培土(商品名「プロソイル」、新東化学工業株式会社製)を充填したビニルポット(φ7.5cm)に播種し、ガラス温室内で1ヶ月間生育させた後、茎葉部、根部の新鮮重を測定した。測定値を無接種の対照区と比較することにより生育促進効果を判定した。
1次選抜菌株の多くは茎葉重、根重ともに対照区を上回ったが、その中でKP9670株の根部に対する生育促進効果が顕著であった(表3)。
【0018】
【表3】

【0019】
(4)分離菌株の疫病発病抑制効果の検定
生育促進効果と疫病発病抑制効果を併せ持つ菌株を得るため、1次選抜により得た菌株のトウガラシ疫病発病抑制効果を以下の要領でポット試験により検定した。
分離菌株を1次選抜時と同様に前記トリプチケースソイブロスを用いて30℃で24時間振とう培養した。得られた菌体の滅菌水懸濁液(約109cfu/ml)の中に前記と同一種のトウガラシの3週間齢の幼苗の根部を1時間浸漬することによって、分離菌株を幼苗の根部に接種した。
【0020】
別途、トウガラシ疫病菌(Phytophthora capsici P−04株)を小麦ふすま・バーミキュライト培地で2週間培養後、培地もろとも培養物をホモジナイザーで粉砕し、培土(商品名「プロソイル」、新東化学工業株式会社製)に0.5%(w/v)の割合で混合することにより、病土を調製した。そして、この病土をビニルポット(φ7.5cm)に充填した。
【0021】
次に、菌株を接種した前記トウガラシ幼苗を、前記ビニルポット内の疫病病土に植え付け、発病率(萎凋株率)を経時的に調査し、病土植え付け後2週間の病状進展曲線下面積(area under disease progress curve、AUDPC)を無接種の対照区と比較することにより、疫病発病抑制効果を評価した。
その結果、表4に示すように、1次選抜して得た菌株の内、KP9670株はAUDPC値が最も小さい、即ち最も高い発病抑制効果を示した。これらのことから、本菌株がトウガラシ苗の生育促進効果と疫病発病抑制効果を併せ持つ菌株として有望であると考えられた。
【0022】
【表4】

【0023】
(4)KP9670株接種がトウガラシの収量に及ぼす影響
トウガラシ苗の生育促進効果と疫病発病抑制効果を併せ持つ菌株として選抜したKP9670株の圃場における増収効果を検討した
KP9670株を1次選抜時と同様にトウガラシ種子に接種した。KP9670株の接種されたトウガラシ種子を培土(商品名「プロソイル」、新東化学工業株式会社製)を充填したビニルポット(φ7.5cm)に播種し、ガラス温室内で1ヶ月間生育させた後、ハウス内圃場(灰色低地土)に定植し、京都府慣行の施肥、栽培管理を行った。定植してから28日後に収穫を開始し、7〜10日おきに40日間にわたって収穫し、1個体当たりの収穫果数及び1個体当たりの果実の重量を測定し、無接種の対照区と比較することにより増収効果を判定した。
【0024】
その結果、KP9670株接種区は収穫果数、果実の重量で無接種の対照区を上回り、高い増収効果が確認された。また、秀品率も対照区より高かった。尚、秀品率は、長さが15cm前後で曲がりのないまっすぐな果実を秀品と定義し、全収穫物のうち秀品果実の占める重さの割合として求めた。
【0025】
【表5】

【0026】
(5)KP9670株の同定
KP9670株の形態特徴、生化学性状及び16SrRNA遺伝子の塩基配列から菌種を同定した。
本菌株は、グラム染色陽性の短桿菌であるが、増殖初期にV字型を示すなど細胞形状は一定しない。芽胞は形成せず、好気的に生育する。グルコースを利用せず、カタラーゼ陽性で、運動性は示さず、4℃及び41℃では生育しない。オキシダーゼ陽性、ゼラチン液化陰性、アルギニンデヒドロゲナーゼ陰性、脱窒反応陰性、デンプン分解陽性、レバン産生陰性の性状を示し、キングB寒天培地で培養すると微弱な蛍光色素産生が見られた。また、16SrRNA遺伝子の部分塩基配列(下記)を調べ、BLAST検索した結果、既知のアルスロバクター・オキシダンス(Arthrobacter oxydans) DSM20119株の塩基配列と99.7%の相同性を示した。
以上の結果から、KP9670株をArthrobacter oxydans Sgurosと同定した。KP9670株は、受託番号FERM P−22038として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されている。
【0027】
−実施例2−
(1)KP9670株の培養
KP9670株をジャガイモ・ペプトン液体培地(ジャガイモ200gの煎汁1000ml中に以下の成分を溶解:ペプトン5.0g、リン酸2ナトリウム・12水塩3.0g、リン酸1カリウム0.5g、塩化ナトリウム3.0g、pH7.0)で28℃、24時間振とう培養した。5℃で冷却しながら10000Gで20分間遠心分離し、上清(培地)を除去した後、沈殿(菌体)を培地と同量の滅菌水に懸濁した。遠心分離及び滅菌水への菌体の懸濁をさらに2回繰り返すことによって培地成分の除去、即ち菌体洗浄を行い、最終的に培地と同量の滅菌水に菌体を懸濁した。この懸濁液の菌濃度は1.0×109cfu/mlであり、これを接種源とした。
【0028】
(2)ダイズのセル苗育苗段階でのKP9670株接種効果
72穴のセルトレイにナプラ養土(Sタイプ、ヤンマー製)を充填し、ダイズ(品種:新丹波黒)を1穴に1粒ずつ播種した。覆土した直後に、覆土した上から前記接種源、即ちKP9670株の菌体懸濁液を1穴につき2ml注いだ。その後、温室内で適宜水を注ぎながら10日間育成することにより、圃場に定植できる段階にまで生長させた。そして、茎葉重、根重、茎葉長及び出芽率を測定したところ、同菌株を接種した苗は、対照(無接種)に比べて出芽率が高く、茎葉長は低く根重が重い苗、即ち徒長が抑えられた健全苗であった(表6)。なお、接種方法は、播種後に菌体懸濁液を注ぐ方法だけでなく、同懸濁液に種子を短時間浸漬後、播種する方法によっても全く同じ効果が得られた。
【0029】
【表6】

【0030】
(3)ダイズの連作圃場におけるKP9670株接種効果
連作による顕著な収量低下が起きている圃場について、土壌タイプが異なる2箇所(灰色低地土及び褐色低地土)を供試し、(2)の方法によりKP9670株を接種・育苗したダイズセル苗を2010年6月下旬に栽植密度2000株/10aで定植した。供試圃場には、牛糞バーク堆肥を2010年5月上旬に1t/10a、硫安(N含有率20%)を基肥としてを2010年5月下旬に1kg/10a、追肥として開花期(2010年8月中旬)に2kg/10a(それぞれ窒素成分量)施用した。その他の栽培管理は京都府内の慣行基準(京の豆栽培の手引き、京都府農林水産部、2006年)に従った。灰色低地土圃場は子実収量(粗子実重)、褐色低地土圃場はエダマメ収量(莢重)で接種効果を評価した。
【0031】
【表7】

【0032】
【表8】

【0033】
その結果、灰色低地土・連作圃場では、対照区(無接種)の子実収量が21.7kg/株であったのに比べ、KP9670接種区では2倍以上の46.3kg/株に増加した(表7)。対照区の子実収量は10a換算すると43.3kgとなり、府平均収量約100kgの半分程度の極めて低収の圃場であると判断できる。このような収量レベルになると効果的な対策が見あたらず、栽培放棄されるのが通常であることから、本菌株接種による増収効果の意義は大きい。褐色低地土・連作圃場では、対照区(無接種)のエダマメ収量が103.6g/株であったのに比べ、KP9670株接種区では約22%増の126.9g/株に増加した(表8)。対照区のエダマメ収量は10a換算すると207.2kgとなり、府平均の約400kgの半分程度の極めて低収な圃場である。低収のエダマメ収穫の場合でも本菌株の接種効果が見られることが確認された。
【0034】
(4)ダイズの非連作圃場におけるKP9670株接種効果
接種方法及び栽培方法は(3)と同じ方法により、ダイズを連作していない灰色低地土の圃場(前作が野菜作の畑地)を供試して、本菌株の接種効果を確認した。その結果、対照区(無接種)の子実収量が75.0kg/株であったのに比べ、KP9670株接種区では90.8kg/株に増加した(表9)。対照区の子実収量は10a換算すると150.0kgとなり、府平均収量約100kgより生産性の高い圃場と判断できることから、収量低下が起こっていない圃場でも接種効果が発現することが確認できた。
【0035】
【表9】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナス科植物の生育を促進し、疫病の発生を抑制する性質を有するとともに、マメ科植物の連作による収量低下を防止する性質を併せもつArthrobacter属oxydans種受託番号FERM P−22038の微生物菌株。
【請求項2】
前記ナス科植物がトウガラシ属である請求項1に記載の微生物菌株。
【請求項3】
前記マメ科植物がダイズ属である請求項1に記載の微生物菌株。
【請求項4】
請求項1に記載の微生物菌株をナス科植物又はマメ科植物の種子に接種し、その種子を生育させることを特徴とする栽培方法。

【公開番号】特開2012−135300(P2012−135300A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−136886(P2011−136886)
【出願日】平成23年6月21日(2011.6.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、農林水産省、委託プロジェクト研究「地域内資源を循環利用する省資源型農業確立のための研究開発」委託研究、並びに平成22年度、農林水産省、新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業「転換畑連作ダイズの収量低下防止・回復技術の実用化」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591097702)京都府 (19)
【Fターム(参考)】