説明

ナノファイバー強化タンパク質多孔膜

【課題】高い通液性と、高い膜強度とを有する濾過膜およびその製造方法を提供する。
【解決手段】平均繊維直径100nm以下のカチオン性高分子ナノファイバーと、タンパク質とを含有し、該タンパク質が架橋されている多孔膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノファイバーで強化したタンパク質多孔膜およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、粒子直径2〜100nmの粒子を除去できる限外濾過膜、および100〜1000nmの粒子を除去できる精密濾過膜など、浄水のための濾過膜が数多く開発されている。一般に濾過膜の濾液の水質は、濾過膜の孔径が小さいほど優れている。
【0003】
しかしながら、濾過膜の孔径が小さいと、濾過膜に一定の流量で通液させるために高い圧力をかける必要があり、設備コストやランニングコストの上昇が生じるとともに、濾過圧力をかけるための動力を組み込むために装置が大型化するなどの問題があった。
【0004】
それらを解決する手段として、フェリチンなどのタンパク質を厚み10nm〜10μmに薄膜化し、互いに架橋させることで、純粋なタンパク質の自立性薄膜を得る方法が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
特許文献1に記載の薄膜は4GPa以上という高いヤング率を持ち、かつ厚み60nmの場合に90kPaの圧力下で流速5000L・m−2・h−1という高い通液性を持つので、通液させるために高い圧力をかける必要がないという特長を持つ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−131725号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の薄膜は、膜強度がそれほど高くなく、特に圧力がかかる用途などで使用が制限されることがあった。
【0008】
また、特許文献1の薄膜を製造する際には、ある種の金属硝酸塩若しくは塩酸塩の希薄液を中性若しくは弱塩基性pHに保つことにより金属水酸化物のナノストランドを作る必要がある。そのため、該希薄液を使うことによる生産速度の制限や、pHの調整が不適切だと膜の精製ができないなどの欠点がある。
【0009】
したがって、本発明の課題は、高い通液性を有するとともに、高い膜強度を持つ濾過膜およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の観点から種々の物質を探索した結果、表面にカチオン性の電荷を多く持つ高分子ナノファイバー、とりわけキチンナノファイバーを使ってタンパク質の膜を強化することにより、本発明の課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は以下に関する。
【0012】
1.平均繊維直径100nm以下のカチオン性高分子ナノファイバーと、タンパク質とを含有し、該タンパク質が架橋されている多孔膜。
2.カチオン性高分子ナノファイバーが多糖類ナノファイバーであり、タンパク質が球状タンパク質である前項1に記載の多孔膜。
3.多糖類ナノファイバーがキチンナノファイバーであり、球状タンパク質がフェリチンである前項2に記載の多孔膜。
4.カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質とが架橋されている前項1〜3のいずれか1項に記載の多孔膜。
5.カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質との質量比が1:9〜9:1である前項1〜4のいずれか1項に記載の多孔膜。
6.分離膜用の材料であることを特徴とする前項1〜5のいずれか1項に記載の多孔膜。
7.以下の工程(1)〜(3)を含む、平均繊維直径100nm以下のカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質とを含有する多孔膜の製造方法。
(1)平均繊維直径100nm以下のカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質との混合懸濁液を攪拌し、該カチオン性高分子ナノファイバーにタンパク質を吸着させる吸着工程
(2)前記混合懸濁液を多孔支持体の上に濾別する濾別工程
(3)前記多孔支持体の上に濾別された濾別物中のタンパク質を架橋させる架橋工程
8.工程(3)において、さらにカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質とを架橋させる前項7に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の多孔膜は、高い通液性と、高い膜強度とを有しているため、水などの濾過膜として優れている。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の多孔膜の模式図である。
【図2】キチンナノファイバーとフェリチンとを混合し、架橋させた膜(実施例1)の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。なお、倍率は1万倍である。
【図3】キチンナノファイバーにフェリチンを吸着させた状態の透過型電子顕微鏡(TEM)写真である。黒い粒がフェリチンである。なお、倍率は5万倍である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0016】
本発明の多孔膜は、平均繊維直径100nm以下のカチオン性高分子ナノファイバーと、タンパク質とを含有しており、該タンパク質は架橋している。
【0017】
(カチオン性高分子ナノファイバー)
本発明で用いるカチオン性高分子ナノファイバーは、平均繊維直径が100nm以下であり、50nm以下であることが好ましく、20nm以下であることがより好ましい。また、5nm以上であることが好ましい。カチオン性高分子ナノファイバーの平均繊維直径は、電子顕微鏡により、実施例において後述する方法で測定することができる。
【0018】
カチオン性高分子ナノファイバーの平均繊維直径を100nm以下とすることにより、均質で緻密な膜を作るのが容易となる。また、5nm以上とすることにより、カチオン性高分子ナノファイバーを安価かつ容易に得ることができる。
【0019】
カチオン性高分子ナノファイバーは、表面にカチオン性の電荷を持つもので、本発明の効果を妨げないものであれば、特に制限されることはないが、多糖類ナノファイバーが好ましく、多糖類ナノファイバーの中でも、水に難溶または不溶のものがより好ましい。
【0020】
前記多糖類ナノファイバーとしては、例えば、キチンナノファイバー、キトサンナノファイバーおよびカチオンで化学修飾したセルロースナノファイバーを挙げることができる。また、架橋剤等を使ってタンパク質と架橋させることが可能な多糖類ナノファイバーであれば、さらに好ましい。これらの多糖類ナノファイバーは、1種で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0021】
カチオン性高分子ナノファイバーの表面におけるカチオン性の電荷量が低いと、水中で均一に分散せずに凝集し、またはタンパク質の吸着が不十分となるので、カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質が十分混合した状態になりにくい。したがって、キチンナノファイバーは、前記多糖類ナノファイバーの中でも表面にカチオン性の電荷量が極めて高いことから、特に好ましい。また、キチンナノファイバーは、カニやエビなどの殻に大量に含まれるので、調製が容易であるという利点も有する。
【0022】
キチンにはカニなどが産するアルファキチンとイカなどが産生するベータキチンとがある。ベータキチンはアルファキチンより蟻酸などに溶けやすいなどの違いがあるが、本発明の効果を損なわない範囲であればどちらも使用することができる。一般的には、強度と耐薬品性の点から、アルファキチンの方が好ましい。
【0023】
キチンナノファイバーとしては、後述する方法により得られるキチンナノファイバーが好ましく利用でき、カチオン性の電荷量をさらに高めた改質キチンナノファイバーがより好ましく利用できる。
【0024】
(カチオン性高分子ナノファイバーの製造方法)
カチオン性高分子ナノファイバーを製造する方法は、特に制限されない。カチオン性高分子ナノファイバーは、それを含む生物から抽出することもできるし、合成または半合成で得た高分子をナノファイバーに加工することもできる。
【0025】
合成または半合成で得た高分子をナノファイバーに加工する場合、カチオン性の高分子を使用してもよいし、カチオン性以外の高分子を使用して、ナノファイバーに加工した後でカチオン化して使用してもよい。
【0026】
カチオン性高分子ナノファイバーの製造方法としては、例えば、生物からキチンナノファイバーを得る方法が挙げられる。
【0027】
キチンは、カニおよびエビなどの甲殻類の殻などに含まれる生体高分子であり、10nm程度の直径と、数mmの長さを有している。キチンは生体内では、タンパク質およびミネラル分などを結着成分として互いに強固かつ複雑に結着しているため、甲殻類の殻のような強靭な立体構造物となっている。
【0028】
甲殻類の殻を、Biomacromolecules 2009,10,1584−1588に挙げられているように、ミルで粉砕し、アルカリと混合して十分に攪拌、洗浄し、続けて酸と混合して十分に攪拌、洗浄することにより、タンパク質と、炭酸カルシウムなどのミネラル塩とが除去されて、純粋なキチンナノファイバーの懸濁液を得ることができる。
【0029】
キチンナノファイバーを得る方法として、具体的には、例えば、次の工程(i)および(ii)を含む方法が挙げられる。
(i)キチン粉末を分散させたキチン分散液を調製する。キチン分散液は、キチン粉末の濃度が1質量%、酢酸の濃度が0.5質量%になるように水に混ぜることで調製することができる。キチン粉末は、試薬として販売されている精製αキチン粉末だけでなく、天然のカニ殻などから製造したキチン粉末を使用してもよい。
【0030】
天然のカニ殻などからキチン粉末を製造する方法としては、具体的には、例えば、次の方法が挙げられる。まず、カニ殻をグラインダーで粉砕し、粉砕したカニ殻を5質量%の水酸化カリウム水溶液中に6時間還流する。該水酸化カリウム水溶液を濾液と濾別物とに濾別し、濾別物を純水で洗浄し、7質量%の塩酸水溶液中に2日間浸漬する。該塩酸水溶液を濾液と濾別物とに濾別し、濾別物を純水で洗浄し、5質量%の水酸化カリウム水溶液中に2日間還流する。該水酸化カリウム水溶液を濾液と濾別物とに濾別し、濾別物を純水で洗浄し、さらに濾別物を80℃の1.7質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液中に6時間浸漬する。得られた懸濁液を濾液と濾別物とに濾別し、濾別物を純水で洗浄し、乾燥することで、天然のカニ殻からキチン粉末を得ることができる。なお、濾別物とは、濾別後に得られた不溶物をいう。
【0031】
(ii)工程(i)で得られたキチン分散液を攪拌した後、キチンを摩砕して解繊することで、キチンナノファイバーが得られる。攪拌時の温度は室温〜40℃とすることが好ましい。キチンの解繊は、市販の石臼式摩砕機(例えば、スーパーマスコロイダー、増幸産業製)を用いて行うことができる。摩砕時の砥石の回転数は1000〜1500rpmで行うことが好ましく、摩砕回数は1〜3回が好ましい。摩砕時の温度は室温〜60℃とすることが好ましい。
【0032】
この他、キチンやキトサン等を適当な溶媒に溶かしてエレクトロスピニング法により繊維にする方法も挙げられる。この方法で作ったナノファイバーも本発明に使用することが可能である。しかし、エレクトロスピニング法を使った場合には繊維強度が低く、繊維直径を100nm以下にすることが難しく、または量産が困難であるという問題があるため、先に挙げた甲殻類の殻から得る方法が優れている。
【0033】
(タンパク質)
本発明で用いるタンパク質は、球状タンパク質が好ましい。球状タンパク質を用いることにより、均質な膜とすることが容易となる。また、球状タンパク質は、その幾何学構造から、後の工程で濾別した場合に規則的に充填されやすく、充填されたタンパク質同士の間に一定の隙間ができ、その隙間がタンパク質の架橋後には多孔膜の孔として機能するため、多孔膜として優れたものとなる。球状タンパク質は、球に近い形をして、水中ではコロイド状に分散する。
【0034】
タンパク質のサイズは、直径2〜200nmが好ましく、直径5〜100nmがより好ましい。
【0035】
タンパク質の直径を2nm以上とすることにより、架橋したときにタンパク質の間の隙間を十分確保することができ、通液性を向上することができる。
【0036】
また、タンパク質の直径を200nm以下とすることにより、後に多孔膜にすることが容易となり、さらに架橋したときにタンパク質間の隙間が広くなり過ぎるのを防ぎ、粒子捕集性能に優れた多孔膜を得ることができる。
【0037】
また、タンパク質は、水中で均質に分散する性能を有する、親水性タンパク質が好ましい。水中で均質に分散することにより、後に製膜したときに、極度に大きな塊が生じる可能性が少なくなり、厚さが面積方向にわたって均一な多孔膜を得ることができる。
【0038】
ただし、非親水性タンパク質であっても、適当な分散剤などを添加することで、水中にほぼ均質に分散することができるものであれば、利用することができる。
【0039】
また、カチオン性高分子ナノファイバーに吸着しやすいタンパク質が好ましいことから、アニオン性のタンパク質が好ましい。
【0040】
本発明に用いるタンパク質としては、例えば、フェリチン、アポフェリチン、チトクロームc、ミオグロビンおよびグルコースオキシダーゼなどのアニオン性のタンパク質が挙げられる。中でも、フェリチンは、生体内に豊富であり、直径のサイズが揃った球状タンパク質を安価に大量に得ることができるため、好ましい。
【0041】
なお、自然界に存在するタンパク質でなくとも、前記の特性を有するものであれば、既存のタンパク質やアミノ酸を使って半合成したタンパク質および遺伝子組換生物により合成したタンパク質も使用することができる。
【0042】
タンパク質は、1種で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0043】
(多孔膜)
本発明の多孔膜は、図1に示すように、カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質がほぼ均質に混ざった状態で混在し、互いに架橋された構造を持つことが好ましい。ここで、架橋とは、タンパク質同士の架橋、およびカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質のとの架橋をいうが、カチオン性高分子ナノファイバー同士の架橋が含まれていてもよい。
【0044】
タンパク質だけが架橋した薄膜の膜強度は、おおむねタンパク質同士の架橋強度を超えることはないが、本発明の多孔膜は、タンパク質に加えてカチオン性高分子ナノファイバーを含むため、該ファイバーの持つ強度が加わることにより、高い膜強度を有する。
【0045】
本発明の多孔膜の膜強度は特に限定されないが、カチオン性高分子ナノファイバーにアルファキチンナノファイバー、タンパク質にフェリチンを使用する場合には、50kPa以上であることが好ましい。膜強度は実施例で後述する方法により測定することができる。
【0046】
本発明の多孔膜におけるカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質との混合比率は、質量比で1:9〜9:1であることが好ましく、2:8〜8:2であることがより好ましい。
【0047】
カチオン性高分子ナノファイバーの混合比率を前記下限以上とすることにより、得られる多孔膜の強度が良好となり、多様な用途に用いることができる。また、多孔膜化するときに膜の厚さを均一にすることが容易となり、膜にピンホールやひび割れが生じるのを防ぎ、濾過性能を均一化することができる。
【0048】
カチオン性高分子ナノファイバーの混合比率を前記上限以下とすることにより、膜を緻密に構成することが容易となり、孔を小さくすることが容易となるとともに架橋が十分となり、膜の強度を向上することができる。
【0049】
なお、本発明の効果を妨げない範囲で、カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質との混合懸濁液に任意成分を加えることも可能である。任意成分としては、例えば、膜強度をより高めるための別のナノファイバー、色素、界面活性剤およびpH調整剤が挙げられる。
【0050】
界面活性剤およびpH調整剤などの、カチオン性高分子ナノファイバーのタンパク質吸着力を落とす効果があるものを加える場合には、添加量を十分に調整する必要がある。
【0051】
本発明の多孔膜における任意成分の含有量は、通常は50質量%以下であることが好ましく、10質量%以下であることがより好ましい。任意成分として、例えば色素を使う場合、これにより多孔膜の外観を改善する効果が期待できる。
【0052】
本発明の多孔膜の膜厚最適範囲は、使用するカチオン性高分子ナノファイバーおよびタンパク質の種類、並びにその混合比によっても異なる。一般的には、使用するカチオン性高分子ナノファイバーよりも大きく、使用するタンパク質の直径または厚さの2倍よりも大きく、使用するタンパク質の直径または厚さの100倍よりも小さいことが好ましい。
【0053】
例えば、カニ殻から採取したキチンナノファイバーは繊維直径10nm程度、フェリチンは直径12nm程度であるので、両者を混合した多孔膜であれば、厚さ24〜1200nmの範囲であることが好ましい。
【0054】
多孔膜の膜厚を前記下限以上とすることにより、タンパク質同士の隙間の構造が不定形となるのを防ぎ、安定した濾過性能を得ることができ、製膜が容易である。また、多孔膜の膜厚を前記上限以下とすることにより、膜の圧力損失を抑え、通液性を向上させることができる。
【0055】
なお、前記膜厚の下限値および上限値は、あくまでもカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質とを含有する多孔膜についてのものである。
【0056】
本発明の多孔膜は、本発明の効果を妨げない範囲で適当な支持体、例えば、目の粗い別の膜や成形体と積層することが可能であり、当該支持体と合わせた厚さがこの範囲の上限を超えるのは差支えない。
【0057】
本発明の多孔膜の空隙率は、特に限定されないが、カチオン性高分子ナノファイバーにアルファキチンナノファイバーを使用し、タンパク質にフェリチンを使用する場合には、40〜98%であることが好ましく、60〜90%であることが好ましい。
【0058】
(製造方法)
本発明の多孔膜は、以下の工程(1)〜(3)を含む製造方法により得られる。
(1)平均繊維直径100nm以下のカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質との混合懸濁液を攪拌し、該カチオン性高分子ナノファイバーにタンパク質を吸着させる吸着工程
(2)前記混合懸濁液を多孔支持体の上に濾別する濾別工程
(3)前記多孔支持体の上に濾別された濾別物中のタンパク質を架橋させる架橋工程
以下、各工程に分けて説明する。
【0059】
(1)平均繊維直径100nm以下のカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質との混合懸濁液を攪拌し、該カチオン性高分子ナノファイバーにタンパク質を吸着させる吸着工程
工程(1)では、まず、カチオン性高分子ナノファイバーを水に懸濁したカチオン性高分子ナノファイバー懸濁液を作製する。カチオン性高分子ナノファイバー懸濁液中のカチオン性高分子ナノファイバーの含有量は、0.001〜1質量%であることが好ましく、0.003〜5質量%であることがより好ましい。
【0060】
前記濃度を1質量%以下とすることにより、わずかな液量誤差の影響が大きくなるのを防ぎ、均質な膜を作るのが容易となる。また、前記濃度を0.001質量%以上とすることにより、濾過する液量を抑え、時間や材料などの工程上の無駄を省くことができる。
【0061】
次に、タンパク質を水に懸濁したタンパク質懸濁液を調製する。タンパク質懸濁液中のタンパク質の濃度は、0.001〜5質量%であることが好ましく、0.005〜1質量%であることがより好ましい。
【0062】
さらに、前記カチオン性高分子ナノファイバー懸濁液とタンパク質懸濁液とを混合して十分に攪拌する。カチオン性高分子ナノファイバー懸濁液とタンパク質懸濁液との混合比率は、先に説明したカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質の混合比率の範囲となるよう調整する。
【0063】
攪拌は、カチオン性高分子ナノファイバーにタンパク質が十分に吸着するまで続ける。カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質とが吸着しているか否かの確認は、透過型電子顕微鏡等で確認することができる。
【0064】
攪拌時間は、カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質との組み合わせにもよるが、カチオン性高分子ナノファイバーにアルファキチンナノファイバーを使用し、タンパク質にフェリチンを使用する場合には、15分以上が適当である。
【0065】
攪拌時間の上限値は特に規定されず、カチオン性高分子ナノファイバーにアルファキチンナノファイバーを使用し、タンパク質にフェリチンを使用する場合には混合後30日間経っても混合直後との違いがほとんど見られないことが確認できている。攪拌を止めると、タンパク質を吸着したカチオン性高分子ナノファイバーが沈殿することがあるが、再び攪拌すれば問題なく使用できる。
【0066】
攪拌速度は、通常50〜500rpmとすることが好ましく、200〜400rpmとすることがより好ましい。また、攪拌時の温度は5〜40℃とすることが好ましい。
【0067】
(2)混合懸濁液を多孔支持体の上に濾別する濾別工程
工程(2)では、カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質の混合懸濁液を、多孔支持体の上に濾別する。工程(2)で用いる多孔支持体は、後にそのまま多孔膜の支持体として使用することもでき、または多孔膜を多孔支持体から剥離して自立膜として使うこともできるので、その目的に応じて検討すべきである。
【0068】
後に多孔膜を多孔支持体から剥離する場合には、多孔支持体は表面が平滑であることが好ましい。例えば、多孔支持体として、フィルムに円筒状孔を空けたポリカーボネート膜が好ましい。
【0069】
後に多孔膜を多孔支持体から剥離しない場合でも、均一な多孔膜を作るために、多孔支持体表面が平滑である方が好ましい。
【0070】
後に多孔膜を多孔支持体から剥離しない場合には、カチオン性高分子ナノファイバーおよびタンパク質の少なくとも一方と架橋できる材質であれば、使用中の想定外の剥離が少なくなるのでより好ましい。カチオン性高分子ナノファイバーおよびタンパク質の少なくとも一方と架橋できる材質としては、例えば、キチンナノファイバー単独で作った薄膜、絹などのタンパク質を含んだ繊維の織布、不織布および紙を挙げることができる。
【0071】
多孔支持体の開孔率は、特に規定されないが有効濾過面積に対して2〜90%が好ましく、5〜80%がより好ましい。当該開孔率を90%以下とすることにより、カチオン性高分子ナノファイバーおよびタンパク質との接触点を十分に確保することができ、架橋が十分となるとともに、多孔支持体の強度を向上することができる。また、当該開孔率を2%以上とすることにより、通液性が良好となる。
【0072】
また、多孔支持体の孔径は、特に限定されないが、カチオン性高分子ナノファイバーにアルファキチンナノファイバーを使用し、タンパク質にフェリチンを使用する場合には、0.05〜1.0μmであることが好ましく、0.1〜0.45μmであることがより好ましい。当該孔径を0.05μm以上とすることにより、カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質の混合懸濁液の濾過時間を短縮することができる。当該孔径を0.45μm以下とすることにより、カチオン性高分子ナノファイバーの捕集が十分となる。
【0073】
(3)多孔支持体の上に濾別された濾別物中のタンパク質を架橋させる架橋工程
工程(3)では、多孔支持体の上に濾別された濾別物中のタンパク質同士を架橋させる。タンパク質同士を架橋するとともに、さらにカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質とを架橋させることが好ましい。このことにより、さらに多孔膜の膜強度を向上させることができるからである。また、カチオン性高分子ナノファイバー同士で架橋していてもよい。
【0074】
タンパク質同士は、架橋剤を用いて架橋させることができる。架橋剤としては、タンパク質同士だけを架橋する架橋剤を使用することもできるが、カチオン性高分子ナノファイバー同士、およびカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質をも架橋できる架橋剤を用いるのがより好ましい。
【0075】
前記架橋剤としては、例えば、二官能性の架橋剤であるグルタルアルデヒド、種々のイミドエステル類、N−ヒドロキシスクシンイミドエステルおよびカルボジイミド類が挙げられる。イミドエステル類としては、例えば、コハク酸イミドエステルが挙げられる。カルボジイミド類としては、例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミドが挙げられる。架橋剤の種類にもよるが、架橋剤としては、0.5〜25質量%の水溶液を用いることが好ましい。
【0076】
架橋の条件は、用いるカチオン性高分子ナノファイバー、タンパク質の種類等により異なり、特に限定されない。具体的には、例えば、カチオン性高分子ナノファイバーにアルファキチンナノファイバーを使用し、タンパク質にフェリチンを使用し、架橋剤としてグルタルアルデヒドを使用する場合には、架橋剤として、濃度1〜10質量%のグルタルアルデヒド水溶液を用いるのが好ましい。そのグルタルアルデヒド水溶液を、工程(2)で濾別された濾別物の上に静かに注ぎ込み、30分から2時間放置することで架橋させることができる。また、架橋時の温度は5〜40℃とすることが好ましい。
【0077】
架橋剤を用いる方法以外にも、例えば、熱架橋およびガンマ線架橋なども使用することができる。この架橋が十分であれば、膜の強度が低くならず、さらに多孔膜の孔構造を維持でき、多孔膜として良好に使用できる。
【0078】
本発明の多孔膜によれば、粒子径1.5〜20nmの粒子を高い捕集効率で捕集することができる。
【0079】
このような本発明の多孔膜は、水用の濾過膜として使用した場合に最も効果を発揮する。ただし、用途はそれに限定されるものではなく、有機溶媒または気体用の濾過膜、反応触媒担持体として使用することもできる。
【実施例】
【0080】
以下において、実施例等を参照して本発明をさらに詳細に説明するが、これらの記載により本発明の範囲が限定されることはない。
【0081】
<使用した材料等>
50mg/mLの馬脾臓フェリチン溶液、金ナノコロイド水溶液は、シグマアルドリッチジャパン株式会社から購入した。キチンは、ナカライテスク株式会社の精製αキチンを使用した。その他の薬品は和光純薬工業から購入したものを使用した。
純水および超純水としては、ミリポア製「DirectQ UV」(商品名)を用いて製造した精製水を使用した。超純水は、比抵抗値18MΩ・cm以上の水質であり、純水は、比抵抗値0.5MΩ・cm以上、18MΩ・cm未満の水質である。
【0082】
<物性の評価方法>
実施例および比較例で得られた多孔膜の物性値を下記の方法にて測定した。
【0083】
1)カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質の混合比率
懸濁液中のカチオン性高分子ナノファイバーの量は、一次懸濁液を濾液と濾別物とに濾別し、得られた濾別物を乾燥させ、その質量から求めた。そして、多孔膜中のカチオン性高分子ナノファイバーの量は、用いた材料が全て多孔膜に含まれているものとして求めた。
【0084】
多孔膜製造工程の濾液に含まれるタンパク質の量は、あらかじめ検量線を作成しておき、紫外可視吸収スペクトル装置を使って求めた波長520nmの光の吸光度から求めた。そして多孔膜中のタンパク質の量は、用いたタンパク質の量から多孔膜製造工程の濾液に含まれるタンパク質の量を引いた値と等しいとして求めた。
【0085】
そして、{多孔膜中のタンパク質の量÷(多孔膜中のタンパク質の量+カチオン性高分子ナノファイバーの量)}×100%をタンパク質の比率とした。
【0086】
2)粒子捕集効率
粒子径10nmの金ナノコロイド溶液を得られた膜に通過させて、その濾過前後の液濃度を、紫外可視吸収スペクトル装置を使って求めた波長520nmの光の吸光度から求め、{1−(濾過後の濃度)÷(濾過前の濃度)}×100%を粒子捕集効率とした。
【0087】
3)通水性試験
膜を多孔支持体から剥離せずにアドバンテック東洋製ステンレスシリンジホルダーKS−25に装着し、これを東洋精機製ストログラフに取り付け、膜表面に超純水で圧力0.03MPaで加圧し、出てくる水の流量を求めた。
【0088】
また、同様の方法で、膜を装着しないKS−25単体での水の流量を別途求め、膜を装着した時の流量からKS−25単体の流量を引いた値を、膜の流量とした。その値を単位面積・単位時間あたりに換算し、その大小を比較した。
【0089】
4)膜強度試験
得られた多孔膜を多孔支持体から慎重に剥離し、その多孔膜で内径が5mmで外径が7mmのプラスチックチューブの端部を塞ぎ、その上に内径が7mmで外径が10mmの別のプラスチックチューブを連結し、次いで、内径が7mmで外径が10mmのプラスチックチューブに超純水を注意深く注ぎ込んだ。
【0090】
さらに内径が7mmで外径が10mmのプラスチックチューブを窒素ガスで徐々に加圧し、膜が破れた時点での圧力を読み取り、その圧力と水柱の高さの合計から膜の破れた圧を求め、その大小を比較した。
【0091】
<実施例1>
〔原料液の製造〕
カチオン性高分子ナノファイバーの原料として、ナカライテスク社製のカニ殻由来の乾燥キチン粉末(商品コード07946−62)を使用し、タンパク質として、フェリチンを使用した。
【0092】
2リットルの純水にキチン粉末20gを分散させ、さらに酢酸10gを添加し、1時間攪拌した。得られた分散液を石臼式摩砕機(増幸産業製「スーパーマスコロイダー」(商品名))で粉砕し、分散液中のキチンを解繊することで、キチンナノファイバー一次懸濁液を得た。なお、解繊時の砥石の回転数は1500rpmとした。
【0093】
解繊後のキチンを電界放出型電子顕微鏡で観察し、無作為に選んだ50本の繊維の径を求めたところ、繊維径の最小値及び最大値が10〜20nmの範囲に入ることがわかった。また、均一かつ高いアスペクト比のナノファイバーであることがわかった。前記一次懸濁液を純水で希釈して、キチン濃度0.05mg/mLのキチンナノファイバー希釈懸濁液を得た。
【0094】
キチンナノファイバー希釈懸濁液50mLに対して、濃度5mg/mLに調整したフェリチン水溶液を1mL添加し、十分に攪拌し、多孔膜原料液を得た。なお、キチンとフェリチンの混合比率は、液に含まれるそれぞれの乾燥質量から計算して求めた。
【0095】
〔多孔膜製造〕
多孔支持体に孔径0.2μmのポリカーボネート多孔平膜(アドバンテック東洋(株)製ポリカーボネートタイプメンブレンフィルター)を用いた。多孔膜原料液3mLを、有効濾過面積9.6cmの多孔支持体に通過させ、その濾別物を多孔支持体ごと濃度10質量%のグルタルアルデヒド水溶液に浸漬し、1時間、室温(25℃)にて放置することで架橋し、キチンナノファイバーとフェリチンとの混合多孔膜を得た。得られた多孔膜の物性値を表1に示す。
【0096】
<実施例2>
多孔膜製造工程で、多孔膜原料液を3mLから6mLに変えた以外は、全て実施例1と同じ方法で製膜した。得られた多孔膜の物性値を表1に示す。
【0097】
<実施例3>
多孔膜原料液の製造工程で、フェリチン水溶液の濃度を5mg/mLから10mg/mLに変えた以外は、全て実施例1と同じ方法で製膜した。この方法では、多孔膜製造工程で、ポリカーボネート多孔平膜に捕集されずに濾液側に流出するフェリチンがいくらか見られたが、膜自体は問題なくできた。得られた多孔膜の物性値を表1に示す。
【0098】
<実施例4>
多孔膜原料液の製造工程で、キチンナノファイバー希釈懸濁液の濃度を0.005質量%から0.001質量%に変えた以外は、全て実施例1と同じ方法で製膜した。得られた多孔膜の物性値を表1に示す。
【0099】
<比較例1>
キチン濃度0.005質量%の懸濁液50mLの代わりに、超純水50mLを使用した以外は実施例1と同じ方法で製膜を試みた。しかし、ポリカーボネート多孔平膜上にフェリチンは全く濾別されず、全て濾液として流出してしまい、製膜することができなかった。
【0100】
<比較例2>
キチンナノファイバーの代わりに、精製セルロース(旭化成ケミカルズ(株)製「セオラス(登録商標)」PH101)で作ったナノファイバーを使用した以外は、実施例1と同じ方法で製膜を試みた。しかし、ポリカーボネート多孔膜上には精製セルロースで作ったナノファイバーが濾別され、フェリチンは濾別されずに濾液側に流出してしまい、フェリチンが架橋された膜を製膜することができなかった。
【0101】
<比較例3>
フェリチン水溶液の代わりに、超純水を使用した以外は、実施例1と同じ方法で製膜を試みた。ポリカーボネート多孔膜上に濾別されたキチンはシート状であった。得られた多孔膜の物性値を表1に示す。
【0102】
<比較例4>
キチンナノファイバーの代わりに、濃度4mmol/Lの塩化カドミウム水溶液と、濃度0.6mmol/Lの2−アミノエタノール水溶液を混合して得た水酸化カドミウムナノファイバーを使用した以外は、実施例1と同じ方法で製膜した。製膜後、濃度0.01mol/Lの希塩酸10mlで洗浄して水酸化カドミウムナノファイバーを除去した。得られた膜の物性値を表1に示す。
【0103】
<比較例5>
濃度10質量%のグルタルアルデヒド水溶液に浸漬し、1時間放置する工程を省略した他は、全て実施例1と同じ方法で製膜を試みた。しかし、濾別物は単なる繊維状物の塊であった。そのため、膜強度試験のため多孔支持体から濾別物を剥離しようとしても、膜が形成されておらず、自立膜として剥離させることは不可能だった。
以上の結果から、実施例および比較例において、膜が形成されたことで、タンパク質が架橋されたと判断した。
【0104】
【表1】

【0105】
表1に示すように、本発明の多孔膜である実施例1〜4は、高い流量および膜強度を示すとともに、粒子径10nmの金ナノコロイドに対して65%以上の捕集効果を示し、当該粒子用の濾過膜として用いることができることがわかった。
【0106】
実施例1および実施例2の結果から、多孔膜中のナノファイバーの量を増加させることにより、膜強度が向上することがわかった。また、実施例1および実施例3の結果から、多孔膜中のタンパク質の含有比率を増加させることにより、膜強度が向上することがわかった。
【0107】
さらに、実施例4の結果から、多孔膜中のナノファイバーおよびタンパク質の量を減らし、多孔膜の膜厚を薄くした場合にも、一定以上の粒子捕集効果が得られることがわかった。
【0108】
一方、タンパク質の代わりに超純水を用いてカチオン性高分子ナノファイバーを製膜した比較例3は、粒子径10nmの金ナノコロイドをほとんど捕集せず、当該粒子用の濾過膜としてはほとんど効果がないものだった。
【0109】
また、カチオン性高分子ナノファイバーの代わりに水酸化カドミウムナノファイバーを用いた比較例4は、粒子捕集効率および通水性は実施例1とほぼ同等であったが、膜強度が大きく劣っていた。
【符号の説明】
【0110】
11 カチオン性高分子ナノファイバー
12 タンパク質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均繊維直径100nm以下のカチオン性高分子ナノファイバーと、タンパク質とを含有し、該タンパク質が架橋されている多孔膜。
【請求項2】
カチオン性高分子ナノファイバーが多糖類ナノファイバーであり、タンパク質が球状タンパク質である請求項1に記載の多孔膜。
【請求項3】
多糖類ナノファイバーがキチンナノファイバーであり、球状タンパク質がフェリチンである請求項2に記載の多孔膜。
【請求項4】
カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質とが架橋されている請求項1〜3のいずれか1項に記載の多孔膜。
【請求項5】
カチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質との質量比が1:9〜9:1である請求項1〜4のいずれか1項に記載の多孔膜。
【請求項6】
分離膜用の材料であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の多孔膜。
【請求項7】
以下の工程(1)〜(3)を含む、平均繊維直径100nm以下のカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質とを含有する多孔膜の製造方法。
(1)平均繊維直径100nm以下のカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質との混合懸濁液を攪拌し、該カチオン性高分子ナノファイバーにタンパク質を吸着させる吸着工程
(2)前記混合懸濁液を多孔支持体の上に濾別する濾別工程
(3)前記多孔支持体の上に濾別された濾別物中のタンパク質を架橋させる架橋工程
【請求項8】
工程(3)において、さらにカチオン性高分子ナノファイバーとタンパク質とを架橋させる請求項7に記載の製造方法。

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−75995(P2012−75995A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−221417(P2010−221417)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(311002067)JNC株式会社 (208)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】