説明

ナメクジ及び/又はマイマイの防除剤

【課題】環境汚染のおそれがなく、人やペットに対する毒性が極めて低く、かつ、ナメクジ及びマイマイに対する防除効果に優れた薬剤を提供する
【解決手段】カフェインと、安息香酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム又はクエン酸ナトリウムとを含む防除剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は害虫防除剤に関する。また、本発明は害虫を防除する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ナメクジやマイマイは、湿気の多いときや夜間に活動して、野菜、果実、草花を食し、作物や園芸品に被害を与えることが知られている。
【0003】
ナメクジやマイマイの防除剤として種々の薬剤が市販されている。誘殺作用を有するビスヒドロキシエチルドデシルアミン剤(商品名:ナメシート(住友化学株式会社))、メタアルデヒド剤(商品名:ナメトックス、マイキラー(サンケイ化学株式会社製))、メタアルデヒド混合剤(商品名:グリーンベイト(タケダ園芸株式会社))、リン酸鉄剤(商品名:三共ナメクジ退治(株式会社三共緑化))、殺ナメクジ作用及び忌避作用を有する銅剤(商品名:サンヨール(米澤化学株式会社製))が農薬として市販されている。
【0004】
また、生活害虫防除協議会の自主基準に則って、誘殺作用を有するメタアルデヒド剤(商品名:ナメクジ用駆除剤(株式会社大創産業))やメタアルデヒド混合剤(商品名:ナメクジ退治(キング化学株式会社))、殺ナメクジ作用を有するエトフェンプロックス、テルペノイド(商品名:なめくじドライ(アース製薬株式会社製))や椿油粕剤(商品名:ナメクジ逃げるんです!(吉原製油株式会社))が市販されている。
【0005】
さらに、日用品を利用してナメクジ等を防除する方法も知られており、例えば、幅40mm以上の銅板を果樹の幹に巻きつけ、銅イオンでナメクジやマイマイを忌避する方法や、ビールを入れた容器でナメクジを誘因し、容器内に入り込んだナメクジを溺死させる方法なども知られている。
【0006】
既存の薬剤の問題点として、以下のことが挙げられる。
1.既存の薬剤は一般に毒性が強いため、環境、人体への悪影響が懸念される。特にメタアルデヒド剤は毒性が高く食用作物には使用できず、椿油剤は魚毒性が非常に強く河川のそばで使用することができない。これらの薬剤を米ぬかやふすま等で製剤化した顆粒剤をペットが誤って食べる事故も発生している。
2.リン酸鉄剤は安全性、効果の持続性に優れるがカビが生えやく、カビが生えるとナメクジが食べなくなり効果が激減する。
3.銅剤は表面が酸化することにより銅イオンの放出が減ってしまい、そうなると忌避効果が激減する。
4.米ぬか、ふすま等の誘引剤を含む顆粒剤は、水分を含むとカビが大量に発生し、草花に灰色カビ病などの被害をもたらすことがある。
【0007】
また、既存の防除剤は、誘引剤の効果によりナメクジやマイマイを誘引し、ナメクジやマイマイに防除剤を食べさせることにより防除効果を発揮するものが多く、目の前にいるナメクジを防除するのに即効性のある方法であるとはいえない。これに対し、即効性のある液状散布剤としてメタアルデヒド剤が市販されているが(商品名:マイキラー)、人体やペットに対する毒性が強く、また、白色の液体であるため、散布された草花の外観を損なう問題がある。
【0008】
これらの問題点を解消し得る水溶性防除剤の開発が望まれているが、安全性が高く、効果の高い水溶性防除剤の実用化には至っていない。
【0009】
カフェインはナメクジ、マイマイ(カタツムリ)に神経毒として働き、作物の食害が減ることが報告されている(非特許文献1)。しかしながら、カフェインを有効成分とする防除剤は未だ実用化に至っていない。
【0010】
カフェインは水に溶けにくく、水への溶解度は20℃において約2.1g/100gであり、低温で析出、沈殿を生じやすいことが知られている。また、カフェインの溶解度を高める助剤として安息香酸ナトリウムが知られている(例:日本薬局方:アンカナ20%など)。安息香酸ナトリウムは、防腐剤、防錆剤、食品添加物としても知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Nature 2002 Jun 27;417(6892):915-916
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、環境汚染のおそれがなく、人やペットに対する毒性が極めて低く、植物に散布しても景観を損なわず、かつ、ナメクジ及びマイマイに対する防除効果に優れた、溶液状態での保存安定性の高い薬剤を提供することである。また、本発明の課題は、前記薬剤を用いてナメクジやマイマイを防除する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、食品に含まれる成分であるカフェインと、食品や化粧品の添加物として汎用されているある種の有機酸のナトリウム塩とを含む水溶液が、ナメクジ及びマイマイに対する優れた防除効果を示し、かつ、溶液状態で高い保存安定性を有することを見出した。
【0014】
即ち、本発明は以下のとおりである。
[1]
カフェインと、安息香酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム及びクエン酸ナトリウムからなる群から選ばれる1又は2以上の有機酸ナトリウムとを少なくとも含む、ナメクジ及び/又はマイマイの防除剤。
[2]
前記有機酸ナトリウムが安息香酸ナトリウムである、[1]に記載の防除剤。
[3]
前記カフェインと前記安息香酸ナトリウムとを、安息香酸ナトリウムカフェインの形態で含む、[2]に記載の防除剤。
[4]
さらに展着剤を含む、[1]〜[3]のいずれかに記載の防除剤。
[5]
前記展着剤がポリビニルアルコール及び/又はグリセリンである、[4]に記載の防除剤。
[6]
前記防除剤が水溶液である、[1]〜[5]のいずれかに記載の防除剤。
[7]
[6]に記載の防除剤をナメクジ及び/又はマイマイに作用させることを含む、ナメクジ及び/又はマイマイの防除方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明の防除剤は、カフェインの溶解性が増しているため、有効成分であるカフェインの析出のおそれがなく、溶液状態での保存安定性に優れる。また、環境汚染のおそれがな
く、人やペットに対する毒性が極めて低いので、安全に使用することができる。また、本発明の防除剤は無色の水溶液なので、草花に散布しても着色せず、園芸品等の外観に影響を与えない。さらに、安息香酸やサリチル酸のナトリウム塩が有する防腐効果により、食害された植物組織部分からのカビの発生を抑制することができる。すなわち、本発明の防除剤はナメクジやマイマイに対する防除効果と共に、草花に対する病害予防効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.本発明の防除剤
本発明の防除剤は、カフェインと、安息香酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム及びクエン酸ナトリウム(クエン酸三ナトリウム)からなる群から選ばれる1又は2以上の有機酸ナトリウムとを少なくとも含む。カフェインは市販されているものを使用することができる。有機酸ナトリウムとしては安息香酸ナトリウムが好ましく用いられる。上記有機酸ナトリウムは市販されているものを用いることができる。
ここで、「防除」とはナメクジやマイマイを殺すことと、忌避することの両概念を併せた概念である。「忌避」とは、ナメクジやマイマイを殺さないが、寄せ付けなくすることをいう。
【0017】
本発明の防除剤は、カフェインと安息香酸ナトリウムとを、安息香酸ナトリウムカフェインの形態で含んでいるものであってもよい。
【0018】
本発明の防除剤の形態に特に制限はないが、水溶液、又は用時に水に溶解して用いる剤形であることが好ましく、水溶液であることがより好ましい。
【0019】
本発明の防除剤に含まれるカフェイン濃度に特に制限はないが、本発明の防除剤が水溶液である場合においては、0.05〜20質量%であることが好ましく、0.1〜15質量%であることがより好ましく、0.5〜10質量%であることがさらに好ましく、1〜10質量%であることが特に好ましい。
【0020】
本発明の防除剤に含まれる安息香酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム及びクエン酸ナトリウムからなる群から選ばれる1又は2以上の有機酸ナトリウムの濃度に特に制限はないが、本発明の防除剤が水溶液である場合においては、0.05〜20質量%であることが好ましく、0.1〜15質量%であることがより好ましく、0.5〜10質量%であることがさらに好ましく、1〜10質量%であることが特に好ましい。
【0021】
本発明の防除剤に含まれるカフェインのモル数に対する、安息香酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム及びクエン酸ナトリウムからなる群から選ばれる1又は2以上の有機酸ナトリウムの総モル数の比(有機酸ナトリウム/カフェイン)は0.7〜5であることが好ましく、0.8〜3であることがより好ましく、0.9〜2であることがさらに好ましく、1〜1.5であることが特に好ましい。このような比率にすることで、本発明の防除剤が水溶液の形態であっても、0℃以上の環境でカフェインが析出せず、冬場の低温環境でも安定した溶液状態を保つことができる。
【0022】
本発明の防除剤が水溶液である場合において、カフェインと、安息香酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム及びクエン酸ナトリウムからなる群から選ばれる1又は2以上の有機酸ナトリウムの溶解は任意の方法で行うことができる。例えば、加温した水に安息香酸ナトリウム等の有機酸ナトリウムを溶解させ、当該水溶液にカフェインを徐々に加えて溶解させることで、所定の濃度のカフェインと、安息香酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム及びクエン酸ナトリウムからなる群から選ばれる1又は2以上の有機酸ナトリウムとを含む水溶液を得ることができる。
【0023】
本発明の防除剤には、さらに展着剤を含ませることができる。展着剤を含ませることで、防除剤水溶液に粘性を付与することができ、これによりナメクジやマイマイに付着したカフェインが流れ落ちにくくなり、防除剤の効果を持続させることができる。また、展着剤を添加することで、本発明の防除剤を泡状の水溶液として散布することが可能になり、ナメクジやマイマイを泡で包み込んで本発明の防除剤の効果をより確実に発揮させることもできる。本発明の防除剤に含まれる展着剤に特に制限はないが、界面活性剤、ポリビニルアルコール(PVA)、グリセリンなどを使用することができ、PVA及び/又はグリセリンであることが好ましい。防除剤中の展着剤の濃度に特に制限はないが、本発明の防除剤が水溶液である場合においては、0.1〜10質量%であることが好ましく、0.1〜5質量%であることがより好ましく、0.5〜2質量%であることがさらに好ましい。展着剤の防除剤への添加は、展着剤を防除剤に直接添加することで行ってもよく、又は、展着剤の水溶液を用意しておき、この水溶液を防除剤に添加することで行ってもよい。展着剤としてPVAを用いる場合において、PVAの防除剤への添加は、PVAの水溶液を用意しておき、この水溶液を防除剤に添加することで行うことが好ましい。PVAの水溶液は市販されているものを用いることができる。
【0024】
本発明の防除剤に含まれるカフェインは、コーヒー、緑茶、紅茶、清涼飲料水等に含まれる成分である。また、安息香酸ナトリウムやクエン酸ナトリウムは食品添加物として利用されており、サリチル酸ナトリウム、PVA、グリセリンは化粧品の添加物として利用されている。したがって、本発明の防除剤は、生体に対する安全性が確認された成分からなる安全性の極めて高い薬剤である。
【0025】
2.本発明の防除方法
本発明の防除剤をナメクジやマイマイに作用させることで、ナメクジやマイマイを防除することができる。
【0026】
本発明の防除方法は、水溶液である本発明の防除剤をナメクジやマイマイに直接スプレーし、又は直接塗布することでナメクジやマイマイを殺すこと、及び、草花にあらかじめ散布してナメクジやマイマイを寄せ付けなくすることを含む。
【0027】
また、本発明の防除方法は、水溶液である本発明の防除剤を吸収させた顆粒剤等の物質を、ナメクジやマイマイの生息域周辺に設置して、防除剤成分の拡散によりナメクジやマイマイを防除することも含む。水溶液である本発明の防除剤を吸収させた顆粒剤等の物質は乾燥させた後に設置してもよい。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【0029】
本発明の防除剤の効果を、生息数が多くガーデニングで最も被害が大きいとされているコウラナメクジに対する殺効果及び忌避効果を指標にして調べた。本実施例で使用した本発明の防除剤の成分組成を表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
1.顆粒剤による試験
(1)顆粒剤Aの作製
ふすまと米ぬかの配合比率が重量比で1:1となるように混合し、少量のデンプン、水を加えて練った顆粒剤に水を加えて1mm〜7mm程度に造粒し乾燥させた。これに実施例2の液剤を十分しみこませた後乾燥させた。
【0032】
(2)顆粒剤Bの作製
乾燥したモンモリロナイト、セピオライト、ゼオライト及び炭を等量づつ混合した(粒の大きさ1mm〜10mm程度)。これに実施例2の液剤を十分しみこませた後乾燥させた。
【0033】
プラスチック製の容器(縦8cm×横11cm×高さ5cm)の底面に水で濡らした濾紙を敷き、キャベツ10g(生重)を容器の端に、顆粒剤1gを反対側の端において、虫体の大きさが3cm以上のコウラナメクジ2頭の飼育試験を行った。
比較対照として、メタアルデヒド顆粒剤(商品名:ナメクジ用駆除剤:大創産業製)(比較例1)をキャベツと反対側の端に1gおいたものについても試験を行った。
1日経過後及び5日経過後のコウラナメクジの生存数を調べた結果を表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
顆粒剤A及びBを用いた試験区において、5日経過後にナメクジの状態を観察したところ、2頭共、薬剤が届かないキャベツの芯内部に逃げ込んで生存していた。即ち、ふすまなどの誘引効果にカフェインの忌避効果が勝っていたことが確認できた。なお、比較例1では、飼育1日経過後に1頭が死亡したが2頭目が死亡するまで6日間かかった。無処理区は2頭とも食欲旺盛で虫糞もたくさん観察された。
【0036】
続いて、顆粒剤A及びBを用いた試験区において、キャベツの芯内部に逃げ込んで生存していたナメクジ計4頭に、実施例2の液剤を1頭当たり1回スプレーした。スプレー量
は1回当たり0.8mlであった。スプレー処理した場合の効果は迅速に現れ、処理後1時間経過すると動きが止まって虫体の変形(萎縮)が始まり、翌日に4頭とも死亡した。
【0037】
2.スプレー処理による試験
プラスチック製の容器(縦11cm×横14cm×高さ5cm)の底面に水で濡らした濾紙を敷き、キャベツ10g(生重)を給餌した。各試験区において、虫体の大きさが3cm以上のコウラナメクジ5頭を飼育し、実施例1〜4の液剤を各ナメクジに1回ずつスプレーした。スプレー量は1回当たり0.8mlであった。
【0038】
比較対照として、メタアルデヒド顆粒剤(商品名:ナメクジ用駆除剤:大創産業製)(比較例1)又はりん酸第二鉄顆粒剤(商品名:三共ナメクジ退治 農林水産省登録第22002号:三共緑化製)(比較例2)をキャベツと反対側の端に2gおいたものについても試験を行った。
【0039】
1日経過後、2日経過後、4日経過後のコウラナメクジの生存数を調べた結果を表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
比較例1、2及び無処理の試験区に比べ、実施例1〜4の試験区で優れた殺効果が認められた。尚、10%PVA水溶液や安息香酸ナトリウム1%水溶液をナメクジにスプレーしても、ナメクジは死亡しなかったため、殺効果を発揮する有効成分がカフェインであることも確認した。
【0042】
3.野外試験(実用試験)
実施例4の液剤を使用し、千葉市中央区の家の庭壁に集まるコウラナメクジで野外試験を実施した。実験は降雨後の夜11時から見つけ次第、ナメクジに1、2回スプレーした。スプレー量は1回当たり0.8mlであった。30頭以上のナメクジに散布し、そのすべてが翌日までに死亡していた。殺効果は100%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カフェインと、安息香酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム及びクエン酸ナトリウムからなる群から選ばれる1又は2以上の有機酸ナトリウムとを少なくとも含む、ナメクジ及び/又はマイマイの防除剤。
【請求項2】
前記有機酸ナトリウムが安息香酸ナトリウムである、請求項1に記載の防除剤。
【請求項3】
前記カフェインと前記安息香酸ナトリウムとを、安息香酸ナトリウムカフェインの形態で含む、請求項2に記載の防除剤。
【請求項4】
さらに展着剤を含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の防除剤。
【請求項5】
前記展着剤がポリビニルアルコール及び/又はグリセリンである、請求項4に記載の防除剤。
【請求項6】
前記防除剤が水溶液である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の防除剤。
【請求項7】
請求項6に記載の防除剤をナメクジ及び/又はマイマイに作用させることを含む、ナメクジ及び/又はマイマイの防除方法。

【公開番号】特開2011−32231(P2011−32231A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181321(P2009−181321)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【出願人】(000183646)出光興産株式会社 (2,069)
【Fターム(参考)】