説明

ニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法

【課題】ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、硫化剤を添加して加圧下にニッケル及びコバルトを含む硫化物を製造する方法において、硫化物としてニッケル及びコバルトを高収率で回収するとともに、硫化水素ガスの利用効率を向上させることができるニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法を提供する。
【解決手段】ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、加圧下に硫化剤を添加してニッケル及びコバルトを含む硫化物を製造する方法において、前記硫化剤は、主たる硫化剤として硫化水素ガスを反応容器内の気相中に供給するとともに、前記硫化物を製造する際に反応容器内から排出された未反応の硫化水素ガスを水酸化ナトリウム水溶液で吸収させて回収した水硫化ナトリウムを含む水溶液を液相中に供給することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法に関し、さらに詳しくは、ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、硫化剤を添加して加圧下にニッケル及びコバルトを含む硫化物を製造する方法において、ニッケル及びコバルトを硫化物として高収率で回収するとともに、硫化水素ガスの利用効率を向上させることができるニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、不純物元素を含む硫酸水溶液中に含有される重金属を選択的に沈殿させ回収する方法として、硫化剤を添加して、硫化反応によって重金属を硫化物として沈殿させる方法が広く用いられている。例えば、硫化剤として硫化水素ガスを用いて、気相中の硫化水素濃度を調整して、重金属の硫化を制御する方法(例えば、特許文献1参照。)、又はニッケル、コバルトを含む酸性水溶液に、硫化剤として硫化アルカリを添加し、温度、pHを調整して、ろ過分離性の良好な硫化物沈殿を得る方法(例えば、特許文献2参照。)等が提案されている。しかしながら、いずれの提案においても、以下に示すように、実用上解決すべき課題を有していた。
【0003】
すなわち、硫化剤として硫化水素を用いる方法では、毒性ガスである硫化水素ガスを直接扱うことから実用面では安全に配慮した細かな反応制御が必要となるとともに、未反応の硫化水素ガスが排出されるので、その除害設備が不可欠である。また、硫化水素を用いる硫化反応は、下記の式(1)に示すように、反応により酸を発生し、反応液のpHを低下させる。
【0004】
MSO + HS = MS +HSO ………(1)
(式中のMは、重金属元素、例えばNi、Coを表す。)
【0005】
このため、硫化される元素に応じて、特定のpH以下になると硫化物の再溶解が生じるので、硫化反応は進まなくなる。したがって、効率良く硫化反応を進めるためには、反応液の元素濃度を特定の濃度以下に調整することによってpHの低下を制御するか、または、発生する酸をアルカリの添加によって中和しながら硫化反応を行うことが行なわれる。
【0006】
一方、硫化剤として硫化アルカリ(例えば、NaHS、NaS)を用いる方法では、硫化アルカリは硫化水素ガスをアルカリ水溶液に吸収固定したものであり化学的に安定であることから、大規模な除害設備を持たずに簡便に使用することができる。また、反応においては、硫化アルカリ自体がアルカリ性であるので、硫化水素を用いた場合と異なり反応液のpHの低下が起らず、これに伴なう硫化物の再溶解は起らないという利点を持ち、金属硫化物として高収率で回収することができる。しかしながら、硫化アルカリを用いて生成された硫化物沈殿には、そのS/(Ni+Co)モル比が、例えば、1.1〜1.2程度であり、硫化水素を用いて生成された硫化物と比べて高い数値であるとともに、酸化されやすいという問題がある。すなわち、このような硫化物を用いてニッケル及びコバルトを分離回収する工程においては、酸化に伴なう溶液中の硫酸イオンの増加とともに、イオウ含有量の過多によるイオウ処理負荷の増加が大きな問題となる。例えば、前記硫化物沈殿が塩素等の酸化剤を用いて浸出される工程では、浸出生成液へのイオウの溶解の防止が最も重要な浸出要件となる。
【0007】
ところで、近年、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法として、硫酸を用いた高圧酸浸出法(High Pressure Acid Leach)が注目されている。この方法は、従来の一般的なニッケル酸化鉱の製錬方法である乾式製錬法と異なり、還元及び乾燥工程等の乾式工程を含まず、一貫した湿式工程からなるので、エネルギー的及びコスト的に有利であるという利点を有している。すなわち、前記高圧酸浸出法では、浸出工程において、加圧反応器内の浸出液の酸化還元電位及び温度を制御することにより、主要不純物である鉄をヘマタイト(Fe)の形で浸出残渣に固定することにより、鉄に対し選択的にニッケル及びコバルトを浸出することができるので、非常に大きなメリットがある。
【0008】
前記高圧酸浸出法では、例えば、ニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加し、高温高圧下で浸出し、ニッケル及びコバルトを含む浸出液を得る浸出工程、浸出スラリーの固体と液体を分離する工程、ニッケル、コバルトとともに、不純物元素を含む浸出液のpHを調整し、鉄等の不純物元素を含む中和澱物スラリーと浄液されたニッケル回収用母液を形成する中和工程、及び該ニッケル回収用母液に硫化水素ガスを供給し、ニッケルコバルト混合硫化物と貧液を形成する硫化工程を含む(例えば、特許文献3参照。)。
【0009】
前記硫化工程では、前記ニッケル回収用母液を、耐圧性を有する加圧型の反応容器に導入し、さらに反応容器の気相中に、上記プラントに設けられた硫化水素ガスの合成設備から供給される硫化用ガスを吹き込み、液相での硫化水素による硫化反応を制御することにより、生成されるニッケルコバルト混合硫化物を高収率で回収し、かつニッケル及びコバルトが十分に分離除去された貧液を得ることが、工程を経済的に管理する上で重要な技術課題である。ところが、前述したように、硫化反応が進むにつれてpHが低下し、反応終点では反応終液中のNi濃度が上昇して、Ni回収率が悪化する。そのため、始液のpHが低い場合には終液のpHも低くなり、低いNi回収率となるという問題があった。
【0010】
この解決策として、前述した硫化アルカリを硫化剤として用いる方法において、酸化性を抑制した硫化物を得るため、反応容器内を非酸化性ガス雰囲気下とした後、前記水溶液に硫化アルカリを添加し、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を−300〜100mVに保持しながら硫化物を沈殿生成させる方法が開示されている(例えば、特許文献4参照。)。この方法は、ニッケル及びコバルトを硫化物として高収率で回収することができる点、簡便な除害設備で対応することができる点等の利点があるが、前記ニッケル回収用母液のように比較的ニッケル濃度が低い液では、硫化剤として硫化アルカリの使用はコスト上の問題がある。
【0011】
以上の状況から、ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、硫化剤として硫化水素ガスを添加して加圧下に硫化物を製造する方法をベースとして、ニッケル及びコバルトを硫化物として高収率で回収するとともに、硫化水素ガスの利用効率を向上させることができることが望まれている。
【0012】
【特許文献1】特開2003−313617号公報(第1頁、第2頁)
【特許文献2】特開平6−81050号公報(第1頁、第2頁)
【特許文献3】特開2005−350766号公報(第1頁、第2頁)
【特許文献4】特開2006−144102号公報(第1頁、第2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、上記の従来技術の問題点に鑑み、ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、硫化剤を添加して加圧下にニッケル及びコバルトを含む硫化物を製造する方法において、硫化物としてニッケル及びコバルトを高収率で回収するとともに、硫化水素ガスの利用効率を向上させることができるニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記目的を達成するために、ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、加圧下に硫化剤として硫化水素ガスを添加してニッケル及びコバルトを含む硫化物を製造する方法について、鋭意研究を重ねた結果、前記硫化剤は、主たる硫化剤として硫化水素ガスを反応容器内の気相中に供給するとともに、補助的硫化剤として、前記硫化物を製造する際に反応容器内から排出された未反応の硫化水素ガスを回収した水硫化ナトリウムを含む水溶液を液相中に供給したところ、ニッケル及びコバルトを硫化物として高収率で回収するとともに、硫化水素ガスの利用効率を向上させることができることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、加圧下に硫化剤を添加してニッケル及びコバルトを含む硫化物を製造する方法において、
前記硫化剤は、主たる硫化剤として硫化水素ガスを反応容器内の気相中に供給するとともに、前記硫化物を製造する際に反応容器内から排出された未反応の硫化水素ガスを水酸化ナトリウム水溶液で吸収させて回収した水硫化ナトリウムを含む水溶液を液相中に供給することを特徴とするニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法が提供される。
【0016】
また、本発明の第2の発明によれば、第1の発明において、前記反応容器内の圧力は、100〜300kPaであることを特徴とするニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法が提供される。
【0017】
また、本発明の第3の発明によれば、第1又は2の発明において、前記ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液のpHは、3.0〜3.8であることを特徴とするニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法が提供される。
【0018】
また、本発明の第4の発明によれば、第1〜3いずれかの発明において、前記ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液の温度は、65〜90℃であることを特徴とするニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法が提供される。
【0019】
また、本発明の第5の発明によれば、第1〜4いずれかの発明において、前記ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液は、ニッケル酸化鉱石の高圧酸浸出法による湿式製錬方法において、ニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加し、高温高圧下で浸出する工程で得られた浸出液から、鉄を分離して得られたニッケル回収用母液であることを特徴とするニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0020】
本発明のニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法は、ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、硫化剤を添加して加圧下にニッケル及びコバルトを含む硫化物を製造する方法において、硫化物としてニッケル及びコバルトを高収率で回収するとともに、硫化水素ガスの利用効率を向上させることができるので、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明のニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法について、詳細に説明する。
本発明のニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法は、ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、加圧下に硫化剤を添加してニッケル及びコバルトを含む硫化物を製造する方法において、前記硫化剤は、主たる硫化剤として硫化水素ガスを反応容器内の気相中に供給するとともに、前記硫化物を製造する際に反応容器内から排出された未反応の硫化水素ガスを水酸化ナトリウム水溶液で吸収させて回収した水硫化ナトリウムを含む水溶液を液相中に供給することを特徴とする。
【0022】
本発明において、ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、加圧下に硫化剤を添加してニッケル及びコバルトを含む硫化物を製造する方法において、主たる硫化剤として硫化水素ガスを反応容器内の気相中に供給するとともに、補助的硫化剤として、前記硫化物を製造する際に反応容器内から排出された未反応の硫化水素ガスを水酸化ナトリウム水溶液で吸収させて回収した水硫化ナトリウムを含む水溶液を液相中に供給することが重要である。
すなわち、反応容器内から排出された未反応の硫化水素ガスを水酸化ナトリウム水溶液で吸収させて回収した水硫化ナトリウムを含む水溶液を液相中に供給することにより、硫化水素ガスの利用効率を向上させるとともに、ニッケル及びコバルトの硫化反応の進行に伴う液相のpH低下を抑制し、図1から明らかなように、生成されたNiS及びCoSの溶解度の上昇による再溶解を低減させ、ニッケル及びコバルトを硫化物として高収率で回収することができる。ここで、図1は、pHと各種金属硫化物の液中に溶解する金属濃度の平衡関係を表す図であるが、pHの上昇により、NiS及びCoS沈澱と平衡する液中の金属濃度は著しく低下することが分かる。
【0023】
上記方法において、ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液中のニッケル又はコバルトは、気相中に供給された主たる硫化剤である硫化水素ガスにより、加圧下に、上記式(1)に従って硫化されて、ニッケル及びコバルトの硫化物を生成し沈殿する。
なお、加圧された反応容器内にニッケル及びコバルトを含む硫酸水溶液を導入し、かつ気相中に硫化水素ガスを供給するとき、反応溶液中に溶存する硫化水素濃度は、気相の硫化水素濃度と平衡し、また反応溶液中酸化還元電位は、溶存する硫化水素濃度と線形の関係があるので、硫化反応は、気相の硫化水素濃度に依存する所定の酸化還元電位のもとで行われることになる。
【0024】
したがって、硫化剤として硫化水素ガスの供給のみを用いる従来の方法では、通常、硫化水素ガスを気相中に吹き込んで反応容器内の圧力を所定値に制御しながら、反応容器中に導入する硫酸水溶液のニッケル及びコバルト濃度及び導入流量により決められる投入量の他、温度、pH等の操業条件を所定値に管理するとともに、必要により硫化物種晶を添加して運転することにより、95〜97%程度のニッケル収率が確保されていた。しかしながら、液相への溶存速度律速による液中硫化水素濃度の限界等により、これ以上にニッケル収率を安定的に向上することが困難であった。
【0025】
これに対し、上記方法においては、さらに、補助的硫化剤として、水硫化ナトリウムを含む水溶液を液相に供給する。ここで、液相中に添加された水硫化ナトリウム(NaHS)により、下記の式(2)に従って、上記式(1)で生成された硫酸(HSO)の中和反応が行なわれ、同時に、下記の式(3)に従って、水硫化ナトリウムによる硫化反応により、ニッケル及びコバルトの硫化物を生成し沈殿する。
【0026】
2NaHS + HSO → NaSO + 2HS ………(2)
2NaHS + MSO → NaSO + MS + HS ………(3)
(式中のMは、Ni、Coを表す。)
【0027】
以上のように、上記回収した水硫化ナトリウムを含む水溶液を液相中に供給することにより、上記式(1)で生成された硫酸(HSO)の中和反応が行なわれ、同時に、水硫化ナトリウム(NaHS)による補助的な硫化反応により硫化物を生成するので、pHの低下を抑制し、安定的に反応終液中のニッケル及びコバルト濃度を低く維持することができる。その結果、NiS及びCoSの収率を向上することができる。これにより、本発明の方法では、98%程度以上のニッケル収率が安定的に得られる。
また、上記式(2)、(3)で発生する硫化水素ガスも有効に反応に寄与する。このように、排出された未反応の硫化水素ガスは、水硫化ナトリウムを経由して、硫化反応に利用されるので、硫化水素ガスの利用効率を大幅に向上することができる。
【0028】
上記方法において、水硫化ナトリウムとしては、前記硫化物を製造する際に反応容器から排出された未反応の硫化水素ガスを水酸化ナトリウム水溶液で吸収させて得たものが用いられる。勿論、市販品の硫化アルカリも利用することができるが、本発明の方法では、反応容器から排出された未反応の硫化水素ガスを回収して利用することに意義がある。
上記未反応の硫化水素ガスを水酸化ナトリウム水溶液で吸収する方法としては、特に限定されるものではなく、吸収液として水酸化ナトリウム水溶液を用いたガス吸収塔、洗浄搭(スクラバー)等の通常の反応効率に優れた各種の装置が用いられる。
【0029】
ここで、排ガス中の硫化水素ガスは、下記の式(4)に従って、水硫化ナトリウムを含む水溶液を形成する。このときの、得られる水硫化ナトリウムを含む水溶液の濃度は、特に限定されるものではない。なお、ここでは、排ガス中の硫化水素ガスの除害の目的が十分に達成されるように、水酸化ナトリウム水溶液の濃度及び供給量が調整される。例えば、濃度15〜25質量%の水酸化ナトリウム水溶液を用いて、濃度20〜35質量%の水硫化ナトリウムを含む水溶液が得られる。
【0030】
NaOH + HS → NaHS HO ………(4)
【0031】
上記方法に用いる設備の一例を図を用いて説明する。図2は、本発明の方法に用いる、硫化反応容器と、排ガス中の未反応の硫化水素ガスを水酸化ナトリウム水溶液で吸収し、水硫化ナトリウムを含む水溶液を製造する装置の一例を表す。
図2において、加圧型の硫化反応容器9にニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液からなる反応始液1が導入される。一方、硫化剤として、該反応容器の気相に硫化水素ガス2が、液相に水硫化ナトリウムを含む水溶液3が供給され、ニッケル及びコバルトの硫化反応が行なわれ、ニッケルコバルト混合硫化物を含む反応終液4が排出される。その後、硫化反応容器からの未反応の硫化水素ガスを含む排ガス5は、水酸化ナトリウム水溶液6からなる吸収液を用いたガス洗浄塔7により処理され、大気放出8がなされる除害されたガスと硫化剤として用いられる水硫化ナトリウムを含む水溶液3が得られる。
【0032】
上記反応容器内の圧力としては、特に限定されるものではないが、ニッケル及びコバルトの硫化反応を進行させるため、100〜300kPaであることが好ましい。なお、硫化反応容器としては、多段に連結して用いることが効率的であり、その場合には、第1段を250〜300kPaとし、徐々に圧力を降下させ、最終段では100〜150kPaとすることが好ましい。これによって、硫化水素ガスが効率的に硫化反応に用いられる。
【0033】
上記方法に用いるニッケル及びコバルトを含む硫酸水溶液としては、特に限定されるものではなく、種々のものが用いられるが、この中で、ニッケル酸化鉱石の高圧酸浸出法による湿式製錬方法において、ニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加し、高温高圧下で浸出する工程で得られた浸出液から、鉄を分離して得られたニッケル回収用母液ニッケル回収用母液が好ましく用いられる。すなわち、本発明の方法は、前記高圧酸浸出法によりニッケル酸化鉱石を湿式製錬する方法において、その硫化工程でのニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法として、好ましく適用される。
【0034】
前記高圧酸浸出法によりニッケル酸化鉱石を湿式製錬する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、図3に表す工程フローにより行われる。図3は、高圧酸浸出法によるニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法の実施態様の一例を表す工程図である。
図3において、ニッケル酸化鉱石15は、最初に、浸出工程11で、硫酸を用いた高温加圧浸出に付され、浸出スラリー16が形成される。次いで、浸出スラリー16は、固液分離工程12に付され、多段洗浄された後ニッケル及びコバルトを含む浸出液17と浸出残渣18に分離される。浸出液17は、中和工程13に付され、3価の鉄水酸化物を含む中和澱物スラリー19とニッケル回収用母液20が形成される。最後に、ニッケル回収用母液20は、硫化工程14に付され、ニッケル及びコバルトを含む硫化物21とニッケル等が除去された貧液22に分離される。
【0035】
前記ニッケル回収用母液としては、例えば、前記ニッケル酸化鉱石を高温高圧浸出法により湿式製錬する方法において、浸出及び固液分離工程で、ニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加し、高温高圧下で浸出し、浸出スラリーを多段洗浄しながら、ニッケル、コバルトとともに、鉄、マンガン、マグネシウム、クロム、アルミニウム等の不純物元素を含む浸出液を得て、次いで、中和工程で、この浸出液のpHを調整し、鉄等の不純物元素を含む中和澱物スラリーを分離して得られるものである。なお、上記ニッケル回収用母液中に、ニッケル及びコバルトを含む硫化物からニッケル及びコバルトを回収する工程において技術的問題を誘発する量の亜鉛を含有する場合には、ニッケル及びコバルトを含む硫化物を分離する前に、亜鉛硫化物を分離する硫化工程を別途設けることができる。
また、前記ニッケル回収用母液のニッケルとコバルトの合計濃度としては、特に限定されるものではないが、通常2〜6g/Lである。ここで、ニッケル濃度としては、2〜5g/L、コバルト濃度としては、0.1〜0.6g/Lである。
【0036】
上記方法に用いる硫化水素ガスの供給量としては、特に限定されるものではないが、所望の高収率でニッケル及びコバルトを硫化物として回収するため、反応始液として用いるニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液中に含まれるニッケル及びコバルトを上記式(1)に従って硫化する際に必要とされる反応当量の1.0〜1.1倍程度で十分である。これ以上の過剰の添加は、反応容器からの排出される未反応の硫化水素ガス量の増加につながる。
なお、上記硫化水素ガスとしては、前記高圧酸浸出法の実用プラントにおいて、該プラントに設けられた硫化水素ガスの合成設備から供給される硫化用ガスであり、硫化水素ガス濃度は、操業の定常状態においては95〜100容量%である。
【0037】
上記方法に用いる硫酸水溶液のpHとしては、特に限定されるものではないが、硫化反応を進行させるため、3.0〜3.8であることが好ましい。すなわち、硫酸水溶液のpHが3.0未満では、前段の中和工程で鉄、アルミニウム等を十分に除去できない。一方、硫酸水溶液のpHが3.8を超えると、ニッケルやコバルトの水酸化物の生成が懸念される。
【0038】
上記方法に用いる硫酸水溶液の温度は、特に限定されるものではないが、65〜90℃であることが好ましい。すなわち、硫化反応自体は一般的に高温ほど促進されるが、90℃を超えると、温度を上昇するためにコストがかかること、反応速度が速いため反応容器への硫化物の付着起こること等の問題点も多い。
【実施例】
【0039】
以下に、本発明の実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。なお、実施例及び比較例で用いた金属の分析方法はICP発光分析法で、また、硫化水素ガス濃度分析方法は、UVタイプの測定器で行った。
【0040】
(実施例1、比較例1)
ニッケル酸化鉱石の高圧酸浸出法のプラントで、ニッケルコバルト混合硫化物を製造する際、硫化剤として硫化水素ガスと回収した水硫化ナトリウム水溶液とを供給した場合(実施例1)と、硫化剤として硫化水素ガスのみを供給した場合(比較例1)の操業を行い、反応終液のpH、ニッケル回収率(硫化物としてのニッケル収率)及び硫化水素ガスの利用効率を評価した。
ここで、硫化工程としては、図2に示すものと同様の形式の硫化反応容器(ただし、4段である。)と、排ガス中の未反応の硫化水素ガスから水硫化ナトリウムを含む水溶液を製造するガス洗浄塔を用いた。
なお、通常の操業においては、原量鉱石の組成変動、浸出工程、固液分離工程、中和工程等により、硫化工程へ導入される反応始液の供給流量及び組成が変動するので、その影響をできるだけ除いて両者の評価を行うため、硫化工程へ導入された反応始液の導入流量が350〜400m/H、及びNi濃度が3.7〜4.1g/Lの場合に限定した。このとき、硫化水素ガス濃度としては95〜100容量%、前記反応始液のpHとしては3.1〜3.6、反応温度としては65〜90℃、硫化反応容器の内圧の代表例としては、第1段が270kPa、第2段が220kPa、第3段が180kPa及び第4段が150kPaであった。また、硫化反応容器の気−液界面の面積としては、4段合計で100〜120mであった。また、実施例1では、上記ガス洗浄塔で回収した濃度20〜35質量%の水硫化ナトリウム水溶液を1.5m/Hの流量で供給した。
【0041】
結果を図4、5に示す。図4は、実施例1と比較例1での硫化工程の反応始液と反応終液のpHの関係を、図5は、実施例1と比較例1での反応始液のpHとニッケル回収率の関係を示す。ここで、ニッケル回収率は、反応始液と反応終液のニッケル濃度変化から求めたものである。
図4より、同一の反応始液のpHにおいて、反応終液のpHは、実施例1では比較例1に対し約0.3程度高くなっており、水硫化ナトリウムの添加により、pH低下が抑えられたことが分かる。また、図5より、同一の反応始液のpHにおいて、ニッケル回収率は、実施例1では97.5〜99.5%であり、比較例1の95.0〜97.5%に対し約2%程度高くなっており、水硫化ナトリウムの添加により、安定的に高ニッケル収率が得えられることが分かる。
【0042】
さらに、このときの硫化水素ガスの利用効率としては、比較例1では平均88%であるのに対し、実施例1では平均93%であり、これより、約5%の硫化水素ガスの利用効率の上昇が得られることが確認された。なお、硫化水素ガスの利用効率は、ニッケルの硫化反応に用いられたHSモル数と供給したHSモル数から求めたものである。
【産業上の利用可能性】
【0043】
以上より明らかなように、本発明のニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法は、ニッケル酸化鉱石の高圧酸浸出法による湿式製錬方法において、ニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加し、高温高圧下で浸出する工程で得られた浸出液から、鉄を分離して得られたニッケル回収用母液から、ニッケル及びコバルトを硫化物として回収する硫化工程において好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】pHと各種金属硫化物の液中の金属濃度との関係を表す図である。
【図2】本発明の方法に用いる、硫化反応容器と、排ガス中の未反応の硫化水素ガスを水酸化ナトリウム水溶液で吸収し、水硫化ナトリウムを含む水溶液を製造する装置の一例を示す図である。
【図3】高圧酸浸出法によるニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法の実施態様の一例を表す工程図である。
【図4】実施例1と比較例1での硫化工程の反応始液と反応終液のpHの関係を示す図である。
【図5】実施例1と比較例1での反応始液のpHとニッケル回収率の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0045】
1 反応始液
2 硫化水素ガス
3 水硫化ナトリウムを含む水溶液
4 反応終液
5 未反応の硫化水素ガスを含む排ガス
6 水酸化ナトリウム水溶液
7 ガス洗浄塔
8 大気放出
9 硫化反応容器
11 浸出工程
12 固液分離工程
13 中和工程
14 硫化工程
15 ニッケル酸化鉱石
16 浸出スラリー
17 浸出液
18 浸出残渣
19 中和澱物スラリー
20 ニッケル回収用母液
21 硫化物
22 貧液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液に、加圧下に硫化剤を添加してニッケル及びコバルトを含む硫化物を製造する方法において、
前記硫化剤は、主たる硫化剤として硫化水素ガスを反応容器内の気相中に供給するとともに、前記硫化物を製造する際に反応容器内から排出された未反応の硫化水素ガスを水酸化ナトリウム水溶液で吸収させて回収した水硫化ナトリウムを含む水溶液を液相中に供給することを特徴とするニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法。
【請求項2】
前記反応容器内の圧力は、100〜300kPaであることを特徴とする請求項1に記載のニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法。
【請求項3】
前記ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液のpHは、3.0〜3.8であることを特徴とする請求項1又は2に記載のニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法。
【請求項4】
前記ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液の温度は、65〜90℃であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法
【請求項5】
前記ニッケル及びコバルトを含有する硫酸水溶液は、ニッケル酸化鉱石の高圧酸浸出法による湿式製錬方法において、ニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加し、高温高圧下で浸出する工程で得られた浸出液から、鉄を分離して得られたニッケル回収用母液であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のニッケル及びコバルトを含む硫化物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−126778(P2010−126778A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−303749(P2008−303749)
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】