説明

ニッケル合金の電気化学的手法によるエッチング加工

【課題】モリブデンを含むニッケル合金系耐熱合金の板材に均一な溝構造を加工できるエッチング加工方法を提供する。
【解決手段】モリブデンを含むニッケル合金のパネル1に所定の溝パターンをフォトレジストによって形成するステップと、該パネル1を水溶液槽2内に収容した硫酸と硝酸をほぼ等量混合したエッチング液3中に浸すステップと、水溶液槽2内においてパネル1を陽電極とし対極電極4の陰電極との間に電圧を印加して電気化学反応でエッチング加工し溝を形成するステップと、前記フォトレジストを除去するステップとからなるモリブデンを含むニッケル合金パネルの加工方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ニッケル合金をエッチング加工する技術に関し、特に宇宙用のエンジンの壁構造体に用いられるモリブデンを含むニッケル合金をエッチング加工する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
宇宙機用エンジン特にスクラムジェットエンジンの開発に当たって、その壁は空気あるいは燃焼ガスによって強く加熱をされることから、使用される材料は高温における強度が高いことが要求されると共に、壁には冷却構造を採ることが必要である。これらのことから、冷却構造の適正材料としてニッケル系の耐熱合金が選択され、特に耐熱性の高いモリブデンを含む合金が望まれた。従来、当該宇宙機用エンジンの壁に用いる合金は機械加工により物理的に加工されているが、当該モリブデンを含む合金は物性的にねばく、物理的加工が難しい。宇宙機用エンジンの壁に採用するためには、大きな面積にわたり冷却に必要となる均一な溝構造を加工する必要があることを勘案し、機械加工ではない方法を開発することが求められる。
【0003】
フォトレジストを用いたエッチング加工はLSIなど半導体素子の製造で用いられ、発展した技術であるが、緻密な加工が容易に行えることから半導体分野に限らず広く応用されている。特許文献1にはグラファイトヒータをフォトレジストを用いたエッチング加工で製造する技術が開示されている。まず、図3(a)に示すように異方性熱分解ボロンナイトランド(APBN)からなる基板1の一方の面と他方の面に夫々全面にわたり厚さ20μmの異方性熱分解グラファイト(APG)層21を形成する。次いで、図の(b)に示すようにAPG層21の表面のヒータ形成位置に、NiまたはNi系合金からなるNi触媒層22を例えばスパッタ法により厚さ500nmで形成する。次いで、図の(c)に示すようにこのNi触媒層22の表面にレジスト23を塗布する。次いで、図の(d)に示すようにフォトリソグラフ法によりガラスマスク24を用いてレジスト23に対して所望のパターンを露光し、次いで図の(e)に示すように露光したパターンに基づいてレジスト23を現像し、次いで図の(f)に示すように湿式エッチングを施してNi触媒層22のパタ−ニングを行った。作製したNi触媒層22のパターンの寸法精度は、±1μm以下であった。次に図の(g)に示すようにNi触媒層22のパターンを形成した基板20を水素気流中において1100℃の温度で約7分間保持して熱処理を行い、図の(h)に示すようにNi触媒層22のパタ一ンが形成された箇所のAPG層21をガス化して消滅させて、最後に硝酸系の水溶液を用いてNi触媒層23を剥離して目的のパターンを有するヒータ30を形成するという工程である。
【特許文献1】特開2000−164326号公報 「グラファイトヒータ製造方法」 平成12年6月16日公開 [0024][0025]の記載。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
宇宙機用エンジンの壁に用いられるモリブデンを含む合金には、大きな面積にわたり冷却に必要となる均一な溝構造を加工する必要があることを勘案し、本発明者らは機械加工に代る加工法として化学的なエッチング法によって加工を行うことに想到し、マスク(レジスト)の作成には、均一性の確保の観点からフォトレジストを採用することにし、フォトレジストとエッチング法を応用することにより、大面積の宇宙機用エンジンの壁部材に均一な溝構造の加工を試みた。しかし、従来技術である塩化第二鉄溶液による化学エッチングでは「インコネル600」などのニッケル合金はエッチングできたものの、「ハステロイX」などモリブデンを含む耐熱合金は溶解されず、エッチング加工ができなかった。
【0005】
本発明の課題は、モリブデンを含むニッケル合金系耐熱合金の板材に均一な溝構造を加工できる新たなエッチング加工法を提示することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のモリブデンを含むニッケル合金パネルの加工方法は、モリブデンを含むニッケル合金のパネルに所定の溝パターンをフォトレジストによって形成するステップと、該パネルを硫酸と硝酸をほぼ等量混合した水溶液中に浸すステップと、該水溶液槽内においてパネルを陽電極とし対向電極の陰電極との間に電圧を印加して溝を電気化学的反応で該パネルをエッチング加工するステップと、前記フォトレジストを除去するステップとからなる。
上記水溶液の濃度は1〜10%の範囲で、上記印加電圧についてはカロメル電極では1.1〜1.3V(SCE)の範囲で実行するようにした。
本発明のモリブデンを含むニッケル合金パネルの電気化学的加工システムは、水溶液槽に耐食性材料からなる対向電極と、被加工パネル支持手段と、槽内の水溶液と塩橋を介して配置された参照電極と、被加工パネルの電位と対向電極間の電流を制御する装置とからなるものであって、前記制御装置は参照電極の電位を基準として被加工パネルの電位を調整して制御するようにした。また、参照電極には好ましい一形態としてカロメル電極を採用した。
また、本発明のモリブデンを含むニッケル合金パネルの電気化学的加工システムの使用に際しては、制御装置において、参照電極と被加工パネル間の印加電圧を1.1〜1.3Vとするようにした。
【発明の効果】
【0007】
本発明のモリブデンを含むニッケル合金パネルの加工方法は、モリブデンを含むニッケル合金のパネルに所定の溝パターンをフォトレジストによって形成するステップを踏むことにより、設計通りの溝形状のマスクを被加工パネル面に容易に形成することができる。そして、該パネルを硫酸と硝酸をほぼ等量混合した水溶液中に浸すステップと、該水溶液槽内においてパネルを陽電極とし対向電極の陰電極との間に電圧を印加するステップを踏むことにより、機械加工が難しいモリブデンを含むニッケル合金を電気化学的反応で効果的にエッチング加工することができる。
また、上記方法において水溶液の濃度を1〜10%の範囲とすることにより、適度の電流密度でモリブデンの溶解を可能にすると共に、マスクの浸食を防止することができる。
本発明のモリブデンを含むニッケル合金パネルの電気化学的加工システムは、水溶液槽に耐食性材料からなる対向電極と、被加工パネル支持手段と、槽内の水溶液と塩橋を介して配置された参照電極と、被加工パネルの電位と対向電極間の電流を制御する装置とからなるものであって、前記制御装置は参照電極の電位を基準として被加工パネルの電位を調整して制御するようにしたものであるから、エッチング液中の可溶性成分の濃度比に対応した電流、すなわち適正なエッチング速度の加工が実現できる。また、制御装置において、参照電極と被加工パネル間の印加電圧をカロメル電極の場合1.1〜1.3Vとするようにしたものであるから、電気化学的エッチングを加工精度と加工速度のバランスを保って効果的に実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
図1に示したものは本発明のモリブデンを含むニッケル合金パネルの加工方法を実施するためのシステムの基本構成を示したものである。図中の1は被加工品であるモリブデンを含むニッケル合金パネルである。2はこのパネル1全体を浸漬することのできる大きさの水溶液槽であり、3が硫酸と硝酸が混合された水溶液であるエッチング液。水溶液槽2の底部近傍には被加工品であるパネル1が入れられたときそれと対峙するように対向電極4が配置される。また、5は参照電極であり、この参照電極5の槽と前記水溶液槽2との間に塩橋6が設置される。そして、7はエッチング液を攪拌する攪拌機であり、8は各電極を構成するパネル1、対向電極4そして参照電極5とリード線で接続され、パネル1と参照電極5間の電位差をモニターしながら制御すると共にパネル1と対向電極4間の電流をモニターする制御装置である。
【0009】
電解液の中に2つの電極があると電池を構成し、両電極間には電位差が生じる。この両電極間の電位差は測定することができるが、電気化学的反応を制御するにはこれだけではなく電解液の状態、すなわち可溶性成分の酸化形のものと還元形のものとの濃度比を知ることが必要であり、これを知る手段として参照電極が設置される。ここに用いた参照電極5は水銀を用いたカロメル電極であり、この参照電極の電位を基準とする。カロメル電極は、KClの塩橋6の先端を、測定しようとする溶液3に挿入することにより簡単に1組の電池が構成され、電池となって電位差が測れる。この電位差は溶液中の可溶性成分の酸化形のものと還元形のものとの濃度比を示すものとなる。なお、参照電極はカロメル電極に限られることはなく、銀/塩化銀電極等の使用も可能である。
【0010】
モリブデンを含むニッケル合金パネル1を底部近傍の対向電極4と対峙するように水溶液槽2内のエッチング液3中に浸漬する。該パネル1は上方より、吊り下げ形態で支持してもよいし、水溶液槽2内に配備された支持台上に載置する形態でもよい。エッチング用の水溶液3は硫酸と硝酸の混合液であるが、この実施形態で用いたものは96%以上JIS特級の硫酸と69〜70%特級の硝酸で、これをそれぞれ1〜10%加えた水溶液である。この濃度は10%ではマスクが浸食することがあり。1%未満では、電流密度が下がることがある。標準設定は5%とし、状態をモニターしながら微調整を行う。一般に5%程度が好条件である。対向電極4は液中に浸かる状態におかれるものであるから、エッチング液に対して不活性な材料が選択される。この実施形態では対向電極材料に白金を用いたが、炭素などでも可能である。
【0011】
制御装置8は被加工品であるパネル1の電位を参照電極5の電位より一定量高く保つようにパネル1と参照電極5間の電流を制御するための装置であって、参照電極が本実施形態のように力ロメル電極の場合、パネル1と参照電極5間の電位差を1.1〜1.3V(SCE)に保つ。他の参照電極を用いた場合の電位差は電気化学的計算により求めることができ、因みに水素電極を用いた場合はカルメロ電極の場合より+0.25V高い値となる。この装置は定電流の制御装置でも代替可能と考えられるが、定電流制御とした場合、電極面積による電極上の反応速度の変化に注意が必要である。この電圧を高くするほどパネル1と対極電極4間の電流が大きくなり、エッチングが早く進行する。このエッチングはパネル1−エッチング液4−対極電極4との間でなされる電気化学的反応である。本実施形態で用いたモリブデンを含むニッケル合金パネル1は主成分がニッケルであり、第二成分がクロムそして第三成分がモリブデンとなっている。ただし、本発明はモリブデンが第三成分以下であってもよい。一般金属Mはn個の電子を手放し、n価のイオンMn+となって溶解する。一部の金属は溶解せず金属のまま、或いは酸化物となって残渣として沈殿する。ただし、モリブデンの場合、pHが高いと反応せず、本発明においてエッチング液3に96%以上の硫酸と69〜70%の硝酸の濃度を1%以上としたのはこのためである。本発明の電気化学的加工による目的形状への制御パラメーターとしては、マスク形状、エッチング液の攪拌の程度、そしてエッチング速度すなわちパネル1と参照電極5間の電位差に依存するパネル1と対極電極4間の電流値が存在する。従って、最適な加工を行うためにはこれらを調整制御する必要がある。
【0012】
被加工パネル1は1m×1m程度の片面積を持つものとする。該被加工パネル1には冷却媒体となる液化燃料を流す冷却路となる溝として幅1mm深さ1mm程度の加工を施す。この実施形態ではレジスト材としてはアクリル樹脂系のものを用い、パターンの焼付けと現像というフォトグラフィックの手法で図2Aに示すようなパターンのレジスト11のマスクを形成する。続いて、マスク処理が行われた被加工パネル1を図1のような装置の水溶液槽2内でエッチング液3に浸して支持する。攪拌機7を駆動させてエッチング液3を水溶液槽2内で対流させながら制御装置8のパネル1と参照電極5間の電位差を1.1〜1.3V中の所定値を保つように制御して電気化学的エッチングを実行させる。図2のBに示されるようにレジスト11に覆われていない部分の金属が電気化学的にエッチングされていく。この所定値はエッチング反応速度すなわち、パネル1と対極電極4間の電流をモニターしながら設定する。図2のCに示されるようにエッチングした溝の深さが設定した1mmに達した時点で制御装置をOFFにしてエッチング加工を停止させる。つづいてエッチング加工されたパネル1を水溶液槽2から引き上げ、剥離剤を用いてレジストを剥離させ除去する。最後に水で洗浄して乾燥させ、エッチング加工を終了する。図2のDに示すものが加工を終えたパネル1である。
【0013】
溝加工されたパネル1には図2のEに示すように、蓋体9を鑞付け等の手段で一体的に貼り合わせ、冷却路10を形成する。パネルは宇宙機用エンジンの壁構造となるが、1枚のパネルの大きさは前述の通り1m×1m程度であるため、複数種の溝パターンパネルを加工し、つなぎ合わせて宇宙機用エンジンの壁全体をカバーするように密に冷却路が巡らされるように構成する。
【産業上の利用可能性】
【0014】
本発明は、宇宙機用エンジンの壁冷却構造として開発されたが、同様の事情にある航空機用エンジンの壁構造や原子力関連の熱交換機などにも応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の電気化学的エッチング加工を実施するシステムを示す図である。
【図2】本発明によりモリブデンを含むニッケル合金のパネルに冷却路を形成する過程を説明する図である。
【図3】従来のフォトレジストを用いたエッチング加工を説明する図である。
【符号の説明】
【0016】
1 被加工パネル 2 水溶液槽
3 エッチング液 4 対極電極
5 参照電極 6 塩橋
7 攪拌機 8 制御装置
9 蓋体 10 冷却路
11 レジスト

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデンを含むニッケル合金のパネルに所定の溝パターンをフォトレジストによって形成するステップと、該パネルを硫酸と硝酸をほぼ等量混合した水溶液中に浸すステップと、該水溶液槽内においてパネルを陽電極とし対向電極の陰電極との間に電圧を印加して溝を電気化学的反応でエッチング加工するステップと、前記フォトレジストを除去するステップとからなるモリブデンを含むニッケル合金パネルの加工方法。
【請求項2】
水溶液の濃度が1〜10%の範囲である請求項1に記載のモリブデンを含むニッケル合金パネルの加工方法。
【請求項3】
水溶液槽に耐食性材料からなる対向電極と、被加工パネル支持手段と、槽内の水溶液と塩橋を介して配置された参照電極と、被加工パネルの電位と対向電極間の電流を制御する装置とからなるものであって、前記制御装置は参照電極の電位を基準として被加工パネルの電位を調整して制御することを特徴とするモリブデンを含むニッケル合金パネルの電気化学的加工システム。
【請求項4】
参照電極はカロメル電極である請求項3に記載のモリブデンを含むニッケル合金パネルの加工システム。
【請求項5】
参照電極と被加工パネル間の印加電圧がカロメル電極では1.1〜1.3V(SCE)である請求項3または4に記載のモリブデンを含むニッケル合金パネルの加工システムの制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−113028(P2007−113028A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−303006(P2005−303006)
【出願日】平成17年10月18日(2005.10.18)
【出願人】(503361400)独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 (453)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)