説明

ニッケル粉末の製造方法

【課題】厚膜ペースト、例えばセラミック積層電子部品を製造するための導体ペーストに用いるのに特に適した、高純度、高密度、高分散性で極めて粒度分布の狭い、微細な球状の高結晶性ニッケル粉末を、原料の粒度や分散条件、反応条件の制御を厳密に行う必要なく、ローコストかつ効率的に得る方法を提供することにある。
【解決手段】硝酸ニッケル水和物の融液を、液滴または液流として加熱した反応容器中に導入し、気相中、1200℃以上の温度で、かつ前記温度におけるニッケル−酸化ニッケルの平衡酸素分圧以下の酸素分圧下で熱分解を行うことを特徴とする、高結晶性ニッケル粉末の製造する。前記の熱分解時の酸素分圧が好ましくは10−2Pa以下であり、また、硝酸ニッケル水和物の融液に、ニッケル以外の金属、半金属またはこれらの化合物を添加することにより、高結晶性ニッケル合金粉末または高結晶性ニッケル複合粉末を製造することもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロニクス部品等に用いるのに適した金属粉末の製造方法に関し、特にエレクトロニクス部品に用いる導体ペースト用の導電性粉末として有用な、微細でかつ粒度の揃った、結晶性の高いニッケル粉末の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エレクトロニクス回路形成用導体ペーストに使用される導電性金属粉末としては、不純物が少ないこと、平均粒径が0.01〜10μm程度の微細な粉末であること、粒子形状および粒径が揃っており、凝集のない単分散粒子であることなどが望まれる。またペースト中での分散性が良いことや、不均一な焼結を起こさないよう結晶性が良好であることも要求される。
【0003】
特に積層コンデンサ、積層インダクタ等の積層セラミック電子部品において、内部導体や外部導体の形成に用いられる場合は、導体を薄膜化するためにより微細で、粒径や形状が揃っていると共に、デラミネーション、クラック等の構造欠陥を防止するため焼成中に酸化還元による膨張収縮が起こりにくく、かつ焼結開始温度が高いことが必要である。このため、球状で活性の低い、高結晶性のサブミクロンサイズのニッケル粉末が要求されている。
【0004】
従来このような結晶性の高いニッケル粉末を製造する方法としては、塩化ニッケルの蒸気を高温で還元性ガスにより還元する気相化学還元法(例えば特許文献1参照)、金属化合物を水や有機溶媒に溶解または分散させた溶液または懸濁液を微細な液滴にし、その液滴を望ましくは該金属の融点近傍またはそれ以上の高温で加熱して熱分解することにより、金属粉末を析出させる噴霧熱分解法(例えば特許文献2参照)がある。また、固体の金属化合物粉末を低濃度で気相中に分散させた状態で熱分解する方法(例えば特許文献3、4参照)も知られている。この方法は、熱分解性の金属化合物の粉末を、キャリアガスを用いて反応容器に供給し、低濃度で気相中に分散させた状態で、その分解温度より高く、かつ該金属の融点(Tm)より200℃低い温度(Tm−200℃)以上の温度で加熱することによって、高結晶性金属粉末を得るものである。
【0005】
しかし前記気相化学還元法では、通常、ニッケル化合物としてその蒸気圧の高さから塩化ニッケルが使用されるために、得られる金属ニッケル粉末には塩素が残留する。塩素は電子部品の特性に悪影響を与えるため洗浄除去する必要があるが、洗浄により凝集を生じ易く、また分離に長時間を要したり工程が煩雑になったりする問題がある。さらに、蒸気圧の異なる金属の合金を、正確にコントロールされた組成で作ることは不可能である。
【0006】
一方、噴霧熱分解法によれば、高結晶性または単結晶で、高純度、高密度かつ高分散性の金属粉末や合金粉末が得られる。しかしこの方法は、溶媒を大量に使用するため、熱分解時のエネルギーロスが極めて大きく、また液滴の合一や分裂により生成する粉末の粒度分布が大きくなるので、粒度の揃った粉末を得るためには液滴径、噴霧速度、キャリアガス中での液滴濃度、反応器中での滞留時間等の反応条件の設定が難しく、しかも液滴の分散濃度を上げることができないためコストが高くなる。また、この方法では、溶媒の蒸発が液滴の表面から起こるため、加熱温度が低いと中空になったり割れたりし易い。
【0007】
固体の金属化合物粉末を気相中で熱分解する方法は、噴霧熱分解法と比較すると、溶媒を蒸発させるためのエネルギーロスがない、原料粉末の合一や分裂が起こりにくいため比較的高濃度で気相中に分散させることができ効率が高い、比較的低温でも中実で結晶性の良好な粉末を得やすい、等の利点がある。しかし、分散性をより向上させるためには、反応容器への噴出速度を大きくするなど大きなエネルギーや分散機が必要であり、また極めて微細な金属粉末を製造する場合には、原料粉末もより微細にしなくてはならず、粒度調整や分散が困難になってくる。さらには、ローコストで入手の容易な硝酸ニッケル粉末や硝酸ニッケル水和物粉末を原料粉末として使用する場合、これらの化合物は吸湿性が極めて大きいために粒子が互いに付着しやすく、また分散器やノズルなどにも容易に付着して閉塞させてしまうため、分散させた状態で反応容器に送り込むこと自体が難しいという問題もあった。
【特許文献1】特開平4−365806号公報
【特許文献2】特開平62−1807号公報
【特許文献3】特開2002−20809号公報
【特許文献4】特開2004−99992号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、前記従来の方法の問題点を解決し、特に厚膜ペースト、例えばセラミック積層電子部品を製造するための導体ペーストに用いるのに適した、高純度、高密度、高分散性で極めて粒度分布の狭い、微細な球状の高結晶性ニッケル粉末を、ローコストかつ効率的に得る方法を提供することにある。特に、原料の調製が容易で、また原料の粒度や分散条件、反応条件の制御を厳密に行う必要なく、容易に製造し得る方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1) 硝酸ニッケル水和物の融液を、液滴または液流として加熱した反応容器中に導入し、気相中、1200℃以上の温度で、かつ前記温度におけるニッケル−酸化ニッケルの平衡酸素分圧以下の酸素分圧下で熱分解を行うことを特徴とする、高結晶性ニッケル粉末の製造方法。
【0010】
(2)前記酸素分圧が10−2Pa以下であることを特徴とする、前記(1)に記載の高結晶性ニッケル粉末の製造方法。
【0011】
(3)前記硝酸ニッケル水和物の融液に、還元剤が添加されていることを特徴とする、前記(1)または(2)に記載の高結晶性ニッケル粉末の製造方法。
【0012】
(4)ニッケル以外の金属、半金属及びそれらの化合物の少なくとも1種を添加した硝酸ニッケル水和物の融液を、液滴または液流として加熱した反応容器中に導入し、気相中、1200℃以上の温度で、かつ10−2Pa以下の酸素分圧下で熱分解を行うことを特徴とする、高結晶性ニッケル合金粉末または高結晶性ニッケル複合粉末の製造方法。
【0013】
(5)前記硝酸ニッケル水和物の融液に、更に還元剤が添加されていることを特徴とする、前記(4)に記載の高結晶性ニッケル合金粉末または高結晶性ニッケル複合粉末の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、安価で入手しやすい硝酸ニッケル水和物を原料として用い、その特異な分解挙動を利用することにより、極めて簡単な工程で、平均粒径0.1〜2.0μm程度の微細なニッケル粉末を製造することができる。
【0015】
本発明においては、原料を溶媒に溶解する必要はなく、また液滴径を一定範囲に制御したり、原料粉末の粒度調整を正確に行ったりする必要もなく、簡単に、粒度の揃った単分散粉末が得られる。また気相中での分散条件、反応条件を厳密に制御しなくてもよいので、特殊な装置を使うあるいは、工程の厳密な管理を行う必要がない。また、原料を気相中に高度に分散させるためにキャリアガスを必ずしも必要としない。このためローコストで効率的であり、大量生産が可能になる。
【0016】
得られるニッケル粉末は、球状で極めて均一かつ微細な粒径を有し、高純度、高密度で、凝集のない単分散粉末である。また結晶性が極めて高く、粒子内部に欠陥や粒界をほとんど含まない。このため微粉末であるにもかかわらず焼結開始温度が高く、耐酸化性も良好である。従って、特に厚膜ペースト用に適しており、例えばセラミック積層電子部品の内部導体や外部導体を製造するための導体ペーストに用いた場合、焼成中の酸化還元やセラミック層との焼結収縮挙動の不一致などに起因するデラミネーション、クラック等の構造欠陥の発生を抑制することができ、特性の優れた部品を歩留り良く製造することができる。また原料融液にニッケル以外の金属、半金属またはそれらの化合物の少なくとも1種を添加しておくことにより、微細、高分散性で粒度の揃った、球状で高結晶性のニッケル合金粉末やニッケル複合粉末を容易に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の特徴は、原料に硝酸ニッケル水和物の融液を使用することである。結晶水を持たない硝酸ニッケルおよび硝酸ニッケル水溶液は、加熱すると100℃以上で分解するが、例えば硝酸ニッケル六水和物の結晶は57℃付近に融点を有しており、加熱すると分解する前に融解し、融液となる。この融液をさらに加熱すると500〜600℃で酸化ニッケルの粒子になる性質がある。このとき生成する酸化ニッケルの粒子をSEMなどで観察すると、図1に示されるように、0.1〜0.2μm程度の粒径の揃った微細な一次粒子がゆるく凝集して大きな集合体粒子になっている。本発明者等の研究によれば、この酸化ニッケルの一次粒子径は、硝酸ニッケル水和物の融液を加熱して得られたものであれば、原料の状態や、加熱方法、加熱速度等工程条件の違いによらず同じで、ほぼ0.1〜0.2μmであった。そして前記酸化ニッケルの集合体粒子は、弱い力で解粒することができ、簡単にサブミクロンサイズの微細な粒子にすることができる。このような性質は、一般に入手可能なニッケル化合物の中では、硝酸ニッケル水和物にのみ確認される。
【0018】
本発明は、硝酸ニッケル水和物のこの性質を利用したものである。即ち、硝酸ニッケル水和物の融液を液滴または液流として、加熱した反応容器中に送り、気相中で1200℃以上の温度でかつニッケル金属を生成するような条件下で熱分解を行うが、反応容器中で融液が加熱され昇温していく過程において、500〜600℃で一旦前記のような微細な酸化ニッケルの一次粒子の集合体粒子が生成し、これが反応容器内で気相中に分散した状態で自然に解粒され、次いでさらに高温で酸化ニッケルが還元されて、ニッケル粉末が生成すると推定される。特に、硝酸ニッケル水和物の融液が1200℃以上の高温に加熱された反応容器中に導入される場合には、硝酸ニッケル水和物の融液が急激に加熱されて分解することにより、酸化ニッケルの結晶核が一度に大量に生成し、微細な一次粒子の集合体粒子が形成されると共に、硝酸ニッケルの分解により発生するガスが一次粒子相互間の物質移動を妨げるように作用するため、一次粒子の集合体粒子は簡単に解れて微細な酸化ニッケルの微粒子となり、かつ融着や粒成長をほとんど起こさない。そして気相中でこのような分散状態を保ったまま1200℃以上での高温加熱において還元され、高分散性の微細なニッケル金属粉末が生成する。従って、従来の噴霧熱分解法や、金属化合物粉末を気相中で熱分解する方法に比べて気相中の原料濃度を高くすることができ、かつ分散条件、反応条件を厳密に制御する必要もない。
【0019】
次に、本発明をより具体的に説明する。
[硝酸ニッケル水和物融液]
硝酸ニッケル水和物としては、硝酸ニッケル六水和物が最も容易に入手可能である。硝酸ニッケル水和物を融液にするには、その融点以上の温度で加熱すればよい。硝酸ニッケル六水和物単体の場合は、およそ60℃から160℃の間は分解が起こらず融液の状態ではあるが、貯蔵安定性の点から70〜90℃程度の融液とするのが好ましい。
【0020】
しかし、このような高温の融液を用いることは、その取扱いも、係る生産装置の設計も困難であることから、硝酸ニッケル水和物の融点を低下させ得る化合物を添加することにより、融液の温度を低下させることが好ましい。このような化合物としては、硝酸ニッケル水和物融液と相溶性があり、融点降下を引き起こすような無機塩、例えば硝酸アンモニウムや各種金属の硝酸塩などが挙げられる。例えば硝酸アンモニウムを添加した場合、溶融温度を室温程度にまで低下させることも可能であり、作業性を高めることができる。このような無機塩の添加量は、ニッケル1モルに対して1〜5モル程度が好ましい。
【0021】
また、融液を安定化させ、かつ中間体として生成する酸化ニッケル粒子の還元を確実に行うために、乳酸、クエン酸、エチレングリコール等の還元剤を添加してもよい。これら還元剤の添加量は、ニッケル1モルに対して0.2〜2モル程度が好ましい。
【0022】
本発明においては、前記硝酸ニッケル水和物融液に、ニッケルと合金や固溶体を作る金属、半金属、またはその化合物、または、反応条件でニッケルと固溶しない金属、半金属またはその化合物を添加しておくことにより、ニッケルとこれらの金属や半金属を構成成分とする合金粉末や複合粉末を容易に製造することができる。
【0023】
ニッケルと合金や固溶体を作る金属や半金属としては、特に限定はないが、例えば積層電子部品の導体層を形成するのに用いる場合は銅、コバルト、金、銀、白金族金属、レニウム、タングステン、モリブデン等が使用される。
【0024】
ニッケルと複合粉末を形成する材料としても、特に限定されるものではないが、加熱条件でニッケルと固溶しない高融点金属、金属酸化物、金属複酸化物、半金属酸化物、ガラスを形成する金属酸化物などが挙げられる。複合粉末の形態は限定されず、使用材料やその量、および熱処理温度等により、例えばニッケル粒子表面にこれらの材料が被覆または被着された複合粉末、これらの材料からなる粒子表面にニッケルが被覆または被着された複合粉末、ニッケル粒子の内部にこれらの材料が分散された複合粉末などが生成する。例えば硝酸バリウムと乳酸チタニルを添加し、ニッケルの融点以上の温度で加熱した場合は、ニッケル粒子の表面にチタン酸バリウムの結晶が被覆または被着したニッケル複合粉末となる。
【0025】
これら合金粉末や複合粉末の構成成分であるニッケル以外の他の金属や半金属の原料としては、溶融した状態の硝酸ニッケル水和物に溶解するものあるいは溶融した硝酸ニッケル水和物に均質に分散できるものであれば良く、例えば硝酸塩、乳酸塩、微細な酸化物や金属などの粉末等があげられる。添加量には特に限定は無いが、前述した硝酸ニッケル水和物に特有の性質が失われない程度の量とする必要がある。
【0026】
[融液の反応容器への供給と熱分解]
以下、純ニッケル粉末について説明するが、前記合金粉末、前記複合粉末についてもほぼ同様であり、以下これら合金粉末および複合粉末を含めて単に「ニッケル粉末」という。
【0027】
従来の噴霧熱分解法では、反応容器中に噴霧する際の液滴の径が非常に重要であり、粒径の揃った微細な液滴を連続的に発生させるために、好ましくは超音波噴霧器などが使用される。しかし、本発明においては、前記硝酸ニッケル水和物の性質を利用するので、融液の液滴径は生成粉末の粒径には直接的には関係しない。このため液滴径の厳密な調整は不要である。従って超音波噴霧器に限らず、例えば通常の一流体スプレー、二流体スプレー等によって生成する比較的大きい液滴でも差し支えない。さらには、融液をそのまま液管状やシャワー状の細い液流として供給することでも同様の粉末が生成される。但し、液滴の径や液流の径があまり大きいと反応が遅く、反応容器中での滞留時間(加熱時間)を長くする必要があり、効率が悪くなる。好ましくは一流体スプレー、二流体スプレーを使用する。
【0028】
反応容器は、高温加熱手段を備え、気流ないし重力により反応系外に粉末を排出できる機構が付随するものであれば、特に限定はない。例えば電気炉等で加熱された管状の反応容器を用い、一方の開口部から原料の融液と一定の流速のキャリアガスとを供給して反応容器内を通過させ、生成した金属粉末を他方の開口部から回収する。また、例えば縦型管状の加熱された反応容器の上方開口部から原料の融液をシャワー状に噴霧し、生成した金属粉末を下方の開口部から回収してもよい。加熱は電気炉やガス炉等で反応容器の外側から行うほか、燃料ガスを反応容器に供給しその燃焼炎を用いてもよい。
【0029】
本発明では硝酸ニッケル融液を熱分解して酸化ニッケルとし、次いでこれを還元して高結晶性ニッケル粉末とするために、1200℃以上で加熱される。酸化ニッケルの還元反応は固相反応であるため、短時間で結晶成長が促進され、高結晶性で内部欠陥が少なく、しかも凝集のないニッケル粉末が得られる。加熱温度が1200℃より低いと、高結晶性の金属粉末が得られない。加熱時間は、前記反応と結晶成長に十分な時間であれば特に制限はなく、用いる装置等に応じて適宜設定されるが、通常は反応容器内での滞留時間が0.3〜30秒程度である。
【0030】
特に、表面が平滑な真球状の単結晶金属粉末を得るには、加熱処理をニッケルまたはニッケル合金の融点近傍またはそれ以上の高温、例えば1450〜1800℃程度で行うことが望ましい。しかし、中間体として生成する酸化ニッケル粒子が微細でかつ中実なので、融点より低い温度で加熱した場合も球状の粉末が得られやすい。また、本発明の方法の初期工程は硝酸ニッケル融液の液滴を使用する液相反応であるが、噴霧熱分解法と異なり溶媒を含まないので、加熱温度が低くても中空になったり割れたりすることがなく、緻密な中実のニッケル粉末が得られる。このため、必ずしも融点以上で加熱する必要はない。なお、加熱温度の上限は特に限定されず、ニッケルが気化しない温度であればよいが、1800℃より高温で加熱しても生産コストが高くなるだけで、特に有利な点はない。
【0031】
加熱時の雰囲気は、酸化ニッケルが還元されてニッケル金属を生成し得るような雰囲気とする。具体的には酸化ニッケルが還元されニッケル金属が生成するよう、雰囲気の酸素分圧がその温度におけるニッケル−酸化ニッケルの平衡酸素分圧以下であればよいが、上述の通り本発明においては1200℃以上で加熱することから、酸素分圧を10−2Pa以下とすることが望ましい。特に酸化ニッケルの還元反応を促進し、確実かつ安定的に酸化の少ないニッケル粉末を生成させるためには、10−7Pa以下がより望ましく、更には10−12Pa以下の酸素分圧とすることが望ましい。このため、反応容器内の雰囲気ガスまたはキャリアガスとして窒素、アルゴンなどの不活性ガスを用いるが、雰囲気を弱還元性として生成したニッケル粉末の酸化を防止するために、水素、一酸化炭素、メタン、アンモニアガスなどの還元性ガスや、加熱時に分解して還元性雰囲気を作り出すようなアルコール類、カルボン酸類などの有機化合物を混合してもよい。
【0032】
なお、本発明においてニッケル合金粉末やニッケル複合粉末を生成する際は、厳密に言えば、その組成によって目的とする合金粉末または複合粉末を生成し得る酸素分圧が異なるが、エレクトロニクス部品用途に一般的に使用されている組成のニッケル系合金粉末、複合粉末であれば、酸素分圧は10−2Pa以下であれば生成可能であり、特には10−7Pa以下、更には10−12Pa以下とすることが望ましい。
【0033】
また雰囲気ガスまたはキャリアガスには、ニッケル粉末の表面活性を低下させることを目的として、珪素、イオウ、リンなどの元素を含有させておくこともできる。これらの元素はニッケル粉末表面に作用することによって、その触媒能を低下させることができる。珪素、イオウ、リンなどの元素の供給源としては、これらを含む単体または化合物で、この系中で気体であるか、または気化可能なもの、例えば、シラン類、珪酸エステル類、イオウ単体、硫化水素、酸化イオウ類、チオール類、メルカプタン類、チオフェン類、酸化リン類などが挙げられる。
【0034】
従来の噴霧熱分解法や化合物粉末を熱分解する方法では、加熱工程で液滴や原料粒子が互いに衝突を起こして生成粉末が粗大化しないよう、気相中で高度に分散させる必要があり、このためにキャリアガスを大量に用いたり、高速でキャリアガスを噴出させたりする必要があった。しかし本発明では、前述のように中間体として生成する酸化ニッケル微粒子が気相中に分散した状態で自然に解粒されるため、生成粉末の粒径は、硝酸ニッケル水和物融液を反応容器に送り込み分散させるためのガスの量や流速には本質的に依存しない。従って、キャリアガスは必要に応じて用いればよく、使用する場合、その量および流速は、反応容器の形状、原料融液の供給装置の種類、原料融液の供給速度等に応じて適宜設定される。例えば後述の実施例4では、硝酸ニッケル水和物の融液は一流体スプレーノズルで液滴化され、重力によって反応容器に供給されるため、キャリアガスは不要である。また、実施例1では、融液は二流体スプレーノズルで液滴化され、スプレーに供給した還元性ガスをキャリアとして反応容器に供給される。ただし、生産効率を高くするためには、キャリアガスの量は出来るだけ少なくすることが望ましい。
【実施例】
【0035】
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、以下の実施例において、一流体スプレーノズルとしては、ミーインダストリアル社製の高圧一流体スプレーノズル「ミーフォグ」No.FM−50−B270、二流体スプレーノズルとしては株式会社いけうち製二流体スプレーノズル「微霧発生ノズルBIMシリーズ」No.20075S303を使用した。
【0036】
実施例1
硝酸ニッケル六水和物の粉末を約80℃に加熱して溶融した。この融液を、キャリアガスとして300L/minのフォーミングガス(3%の水素を含有する窒素ガス)を用いて二流体スプレーノズルにより液滴とし、1600℃に加熱された電気炉の中に、1kg/hrの供給速度で供給した。炉内の酸素分圧は10−7〜10−8Paであった。生成した粉末は、バグフィルターで捕集した。得られた粉末をX線回折計(XRD)、透過型電子顕微鏡(TEM)および走査型電子顕微鏡(SEM)で分析したところ、わずかに酸化が見られるものの、金属ニッケルのほぼ単結晶の粒子からなることが確認された。SEMによる観察では、粒子の形状は真球状であり、粒子径0.1〜1.5μm、平均粒径0.32μmの凝集のない粉末であった。
【0037】
実施例2
硝酸ニッケル六水和物の粉末を約80℃に加熱して溶融した。この融液を、キャリアガスとして300L/minのフォーミングガス(4%の水素を含有する窒素ガス)を用いて二流体スプレーノズルにより液滴とし、1600℃に加熱された電気炉の中に、1kg/hrの供給速度で供給した。炉内の酸素分圧は10−12Pa以下であった。生成した粉末は、バグフィルターで捕集した。得られた粉末を調べたところ、粒子の形状は真球状であり、粒子径0.1〜1.5μm、平均粒径0.30μmの凝集のない、ほぼ単結晶のニッケル粉末であった。
【0038】
実施例3
硝酸ニッケル六水和物の粉末に、ニッケル1モルに対して1.5モルの硝酸アンモニウムを添加し、60℃に加熱して溶融した後、室温まで除冷して、硝酸アンモニウム含有硝酸ニッケル六水和物融液を得た。この融液を室温のまま二流体スプレーノズルに供給する以外は、実施例2と同様にしてニッケル粉末を得た。得られた粉末を同様に分析した結果、粒子径0.1〜1.5μmのほぼ単結晶の真球状粒子からなる、平均粒径0.30μmの凝集のないニッケル粉末であった。
【0039】
実施例4
硝酸ニッケル六水和物の粉末に、ニッケル1モルに対して1.2モルの乳酸を還元剤として添加し、60℃に加熱して溶融した。この融液を、1550℃に加熱された電気炉中に、炉の上部に設置した高圧の一流体スプレーノズルから、10kg/hrの供給速度で液滴状として供給した。同時に、電気炉内には10L/minで窒素ガスを流通させた。融液中の乳酸の分解により、炉内の酸素分圧は10−12Pa以下であった。生成した粉末は、バグフィルターで捕集した。得られた粉末を調べたところ、粒子の形状は真球状であり、粒子径0.1〜1.5μm、平均粒径0.30μmの凝集のない、ほぼ単結晶のニッケル粉末であった。
【0040】
実施例5
硝酸ニッケル六水和物粉末と硝酸銅三水和物粉末をそれぞれ、モル換算でニッケル/銅=60/40となるように混合し、更に乳酸をニッケルと銅の合計モル数1に対して1.2モル添加し、70℃に加熱して溶融した。この融液を、1400℃に加熱された電気炉中に、炉の上部に設置した高圧の一流体スプレーノズルから、10kg/hrの供給速度で液滴状として供給した。同時に、電気炉内には10L/minの窒素ガスを流通させた。融液中の乳酸の分解により、炉内の酸素分圧は10−12Pa以下であった。生成した粉末は、バグフィルターで捕集した。得られた粉末をXRD、TEMおよびSEMで分析したところ、粒子径0.1〜2.0μmのほぼ単結晶の真球状粒子からなる、平均粒径0.35μmの凝集のないニッケル/銅合金粉末であることが確認された。XRDのデータを精査したところ、ニッケルや銅のピークは見られず、ほぼニッケル/銅=60/40の合金相のみが確認された。
【0041】
実施例6
硝酸ニッケル六水和物の粉末に硝酸バリウムおよび乳酸チタニルをニッケル:バリウム:チタン=1:0.01:0.01のモル比になるように混合し、更に還元剤として乳酸をニッケル1モルに対して1.2モル添加し、70℃に加熱して溶融した。この融液を、1550℃に加熱された電気炉中に、上部に設置した高圧の一流体スプレーノズルから、10kg/hrの供給速度で液滴状として供給した。同時に、電気炉内には10L/minの窒素ガスを流通させた。融液中の乳酸の分解により、炉内の酸素分圧は10−12Pa以下であった。生成した粉末は、バグフィルターで捕集した。得られた粉末をXRD、TEMおよびSEMで分析したところ、ほぼ単結晶で真球状の金属ニッケル粒子の表面に、均質ではないもののほぼ全面にチタン酸バリウムの結晶が析出しており、粒子径0.1〜1.5μmの範囲に分布をもつ、平均粒径0.30μmの凝集のないチタン酸バリウム被覆ニッケル複合粉末であることが確認された。
【0042】
比較例1
電気炉の温度を1100℃とする以外は実施例4と同様にしてニッケル粉末を製造した。得られた粉末は、不定形で粒度分布が広く、また微結晶の集合体であり、結晶性の低いものであった。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の製造方法で用いる硝酸ニッケル水和物の融液が500〜600℃に加熱された際に生成する酸化ニッケルの粒子の走査電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硝酸ニッケル水和物の融液を、液滴または液流として加熱した反応容器中に導入し、気相中、1200℃以上の温度で、かつ前記温度におけるニッケル−酸化ニッケルの平衡酸素分圧以下の酸素分圧下で熱分解を行うことを特徴とする、高結晶性ニッケル粉末の製造方法。
【請求項2】
前記酸素分圧が10−2Pa以下であることを特徴とする、請求項1に記載の高結晶性ニッケル粉末の製造方法。
【請求項3】
前記硝酸ニッケル水和物の融液に、還元剤が添加されていることを特徴とする、請求項1または2に記載の高結晶性ニッケル粉末の製造方法。
【請求項4】
ニッケル以外の金属、半金属及びそれらの化合物の少なくとも1種を添加した硝酸ニッケル水和物の融液を、液滴または液流として加熱した反応容器中に導入し、気相中、1200℃以上の温度で、かつ10−2Pa以下の酸素分圧下で熱分解を行うことを特徴とする、高結晶性ニッケル合金粉末または高結晶性ニッケル複合粉末の製造方法。
【請求項5】
前記硝酸ニッケル水和物の融液に、更に還元剤が添加されていることを特徴とする、請求項4に記載の高結晶性ニッケル合金粉末または高結晶性ニッケル複合粉末の製造方法。

【図1】
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