説明

ネガティブ選択マーカー遺伝子およびその利用

【課題】目的の細胞におけるネガティブ選択を可能にするマーカー遺伝子を開発する。
【解決手段】レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド、またはレバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチドをコードする遺伝子を、ネガティブ選択マーカーとして用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ネガティブ選択マーカーとして利用可能な遺伝子およびその利用に関するものであり、より詳細には、宿主細胞内で発現させたとき、スクロース存在下で宿主細胞の生育を阻害する遺伝子およびその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
代謝工学的手法を用いた有用物質の生産には、ゲノム上の複数の遺伝子を破壊する技術、および複数の外来遺伝子をゲノム上に導入する技術が用いられている。遺伝子破壊および外来遺伝子導入が行われた細胞株を効率よく選抜するための選択マーカー遺伝子として薬剤耐性遺伝子が用いられる。このような選択マーカーは、選択マーカーを含む細胞を選択する(生存させる)ポジティブ選択マーカーといわれている。
【0003】
近年、技術が高度化し、1つのゲノム上において複数の遺伝子改変を行う必要性が生じてきた。単一の標的に対して複数の遺伝子改変を行う場合には、複数の選択マーカーを組み合わせて使用することが必要である。しかし、選択マーカーとして使用可能な薬剤耐性遺伝子の種類は限られている。このために、使用可能な新たな選択マーカーの開発が望まれている。
【0004】
他のタイプの選択マーカーとして、選択マーカーを含む細胞を排除(殺傷)するネガティブ選択マーカーが知られている。ネガティブ選択マーカー遺伝子としては、Bacillus由来のSacB遺伝子、tetAR遺伝子、rpsL遺伝子等が知られている(非特許文献1)。ネガティブ選択マーカーは単独で用いられても、ポジティプ−ネガティブ選択(PNS)法のような二重選択法としてポジティブ選択マーカーと組み合わせて用いられてもよい。
【0005】
SacB遺伝子は、レバンスクラーゼ(levansucrase)活性を有する酵素の1つであるSacBタンパク質をコードする遺伝子である。SacBタンパク質は、スクロースを分解し、レバン(levan)を生成する。グラム陰性菌は、細胞内においてSacBタンパク質が発現すると、スクロース存在下において生育することができない。このように、スクロース存在下においてSacB遺伝子が導入された細胞株を排除(ネガティブ選択)することにより、目的とする遺伝子改変細胞株を効率よく選択することが可能である(非特許文献2)。
【0006】
グラム陰性菌におけるSacB遺伝子の発現が、スクロース存在下において細胞に致死性を付与する理由は、明らかになっていない。グラム陰性菌において、レバンスクラーゼ活性はペリプラズムに局在していることが知られているので、レバンスクラーゼ活性により生成される高分子量のレバンがペリプラズム内に蓄積することが、細胞に致死性を付与する要因の1つとして考えられる。
【0007】
グラム陽性菌は細胞外膜を有していないのでペリプラズム領域が存在しない。細胞外膜を有していないグラム陽性菌では、SacBタンパク質は細胞外へ放出され、その結果、細胞内においてレバンが生成も蓄積もされ得ないと考えられる。しかし、グラム陽性菌であっても、Corynebacteria、Mycobacteria等の一部の菌においては、SacB遺伝子の発現によって細胞に致死性が付与される(非特許文献3)。非特許文献3に示される結果は、CorynebacteriaおよびMycobacteriaのように、細胞壁中にミコール酸(Mycolic achids)を含むグラム陽性菌においては、ミコール酸に起因して形成された細胞外膜様構造のためにSacBタンパク質が細胞内に留まり、同様に形成されたペリプラズム様領域にレバンが蓄積したからであると考えられる。
【0008】
通常のグラム陽性菌は、細胞壁中にミコール酸を有していないので、細胞内にてレバンが生成も蓄積もされない。そのために、SacB遺伝子が細胞内で発現していたとしても、スクロース存在下で細胞に致死性は付与されない。このことは、通常のグラム陽性菌においては、SacB遺伝子をネガティブ選択マーカーとして使用することができないことを示している。
【0009】
導入したい遺伝子をプロモータとマーカー遺伝子との間に挿入することにより、ポジティブ選択マーカー遺伝子をネガティブ選択マーカーとして用いることができる。同様に、導入したい遺伝子をプロモータとマーカー遺伝子との間に挿入することにより、ネガティブ選択マーカー遺伝子をポジティブ選択マーカーとして用いることができる。もちろん、導入したい遺伝子の挿入部位はプロモータとマーカー遺伝子との間に限られず、マーカー遺伝子の中に目的の遺伝子を挿入しても、マーカー遺伝子の発現を抑えることができる。
【0010】
この観点を利用した、大腸菌にSacB遺伝子をマルチコピー数導入して細胞内に過剰発現させることにより、SacB遺伝子をポジティブ選択マーカーとして用いる技術が報告されている(特許文献1)。
【0011】
また、シグナル配列切断活性を欠失した変異型SacB遺伝子を、細胞壁中にミコール酸を有さないグラム陽性菌にマルチコピー数導入して細胞内に過剰発現させることにより、変異型SacB遺伝子をポジティブ選択マーカーとして用いる技術が報告されている(特許文献2)。
【特許文献1】WO92/14819号公報(公開日:1992年9月3日)
【特許文献2】特表平11−514527号公報(公表日:平成11年12月14日)
【非特許文献1】Reyrat J M et al., Infection and Immunity,Sept.1998;4011−4017
【非特許文献2】Jagar W et al., Journal of bacteriology 1992;5462−5465
【非特許文献3】Pelicic V et al., Journal of bacteriology 1996;1197−1199
【非特許文献4】Borchert T V et al., Journal of bacteriology 1991;276−282
【非特許文献5】Bramucci M G et al., Applied and Environmental Microbiology 1996;3948−3953
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
SacBタンパク質は、そのシグナル配列切断活性を欠失すると、SacB前駆体タンパク質からシグナル配列が切断されないので細胞外に分泌されない(非特許文献4)。もちろん、このような変異型SacBタンパク質は野生型のようなペリプラズム局在性を有していないが、遺伝子を細胞に過剰発現させたことにより細胞質膜近傍に変異型SacBタンパク質が存在し、その結果、細胞質膜および細胞壁近傍にレバンが生成および蓄積されて、変異型SacB遺伝子がポジティブ選択マーカーとして機能したと考えられる(非特許文献5)。
【0013】
しかしながら、変異型SacB遺伝子をポジティブ選択マーカーとして用いるためには、特許文献2に記載されているように、宿主細胞内にマルチコピーの変異型SacB遺伝子が存在していなければならない。シングルコピーの変異型SacB遺伝子をグラム陽性菌細胞に導入した場合では、宿主細胞にスクロース誘因の致死性が観察されない(非特許文献5)。
【0014】
二重選択用マーカーに用いられる選択マーカー遺伝子のうち二度目の選択に用いられるマーカー遺伝子は、宿主細胞内に導入されるコピー数がシングルであることが好ましい。特に、単一の標的に対して複数の遺伝子改変を行う場合には、シングルコピーの遺伝子が存在するだけでマーカーとして機能し得ることは非常に重要である。特許文献2および非特許文献5に記載の方法では、シングルコピーの変異型SacB遺伝子を導入した宿主細胞がスクロース存在下で致死性を示していないので、変異型SacB遺伝子をネガティブ選択マーカー遺伝子として使用することはできない。
【0015】
さらに、近年、異種遺伝子としての選択マーカー遺伝子を形質転換体に残さない技術の開発が熱望されているが、特許文献1および2のような構成を有する選択マーカーではこのような技術に適用することができない。
【0016】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、グラム陽性菌において利用可能なネガティブ選択マーカー遺伝子、およびこれを用いる遺伝子改変技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子は、ネガティブ選択マーカー遺伝子およびポジティブ選択マーカー遺伝子を含む融合遺伝子であって、該ネガティブ選択マーカー遺伝子および該ポジティブ選択マーカー遺伝子はそれぞれ第1および第2のプロモータに作動可能に連結されており、該ネガティブ選択マーカー遺伝子がコードするポリペプチドは、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド、またはレバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチドであることを特徴としている。
【0018】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記第1および第2のプロモータは、グラム陽性菌由来のプロモータであることが好ましい。
【0019】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記ネガティブ選択マーカー遺伝子は、SacB遺伝子、fefA遺伝子、lev遺伝子、mlft遺伝子、lsc遺伝子、lsxA遺伝子からなる群より選択される遺伝子に由来する遺伝子であってもよい。
【0020】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記ネガティブ選択マーカー遺伝子はまた、Bacillus subtilis、Bacillus amyloliquefaciens、Lactobacillus sanfranciscensis、Lactobacillus johnsonii、Lactobacillus reuteri、Leuconostoc mesenteroides、Oenococcus oeni、Paenibacillus polymyxaからなる群より選択される細胞由来の野生型SacB遺伝子に由来する遺伝子であってもよい。
【0021】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記ネガティブ選択マーカー遺伝子はまた、以下の(A)〜(C)のポリペプチドのいずれかをコードしている遺伝子であってもよい:(A)野生型SacB遺伝子がコードするアミノ酸配列において第20位〜第44位に存在するAla−X−Alaの少なくともいずれか一方のAlaが置換されているアミノ酸配列からなるポリペプチド;または(B)上記(A)に示されるポリペプチドのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド;あるいは(C)上記(A)もしくは(B)に示されるポリペプチドのフラグメントであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド。
【0022】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記ネガティブ選択マーカー遺伝子はまた、以下の(A)〜(C)のポリペプチドのいずれかをコードしている遺伝子であってもよい:(A)野生型SacB遺伝子がコードするアミノ酸配列において第20位〜第44位に存在するAla−X−AlaよりもN末端側のアミノ酸が欠損しているアミノ酸配列からなるポリペプチド;または(B)上記(A)に示されるポリペプチドのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチド;あるいは(C)上記(A)もしくは(B)に示されるポリペプチドのフラグメントであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチド。
【0023】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記ネガティブ選択マーカー遺伝子はまた、以下の(A)〜(C)のポリペプチドのいずれかをコードしている遺伝子であってもよい:(A)配列番号1〜8のいずれかに示されるアミノ酸配列において第20位〜第44位に存在するAla−X−Alaの少なくともいずれか一方のAlaが置換されているアミノ酸配列からなるポリペプチド;または(B)上記(A)に示されるポリペプチドのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド;あるいは(C)上記(A)もしくは(B)に示されるポリペプチドのフラグメントであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド。
【0024】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記ネガティブ選択マーカー遺伝子はまた、以下の(A)〜(C)のポリペプチドのいずれかをコードしている遺伝子であってもよい:(A)配列番号1〜8のいずれかに示されるアミノ酸配列において第20位〜第44位に存在するAla−X−AlaよりもN末端側のアミノ酸が欠損しているアミノ酸配列からなるポリペプチド;または(B)上記(A)に示されるポリペプチドのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチド;あるいは(C)上記(A)もしくは(B)に示されるポリペプチドのフラグメントであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチド。
【0025】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記ポジティブ選択マーカー遺伝子は、薬剤耐性遺伝子であってもよい。
【0026】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記ポジティブ選択マーカー遺伝子はまた、グラム陽性菌由来の薬剤耐性遺伝子であってもよい。
【0027】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記ポジティブ選択マーカー遺伝子はまた、エリスロマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、alpha−galactosidase遺伝子、phospho beta−glactosidase遺伝子、alanine racemase遺伝子、thymidylate synthase遺伝子、ochre suppressor遺伝子、amber suppressor遺伝子、asparate aminotransferase遺伝子、nisin immunity遺伝子、lactacin F immunity遺伝子、levanase遺伝子、crythromycin耐性遺伝子、lincomycin耐性遺伝子からなる群より選択される遺伝子であってもよい。
【0028】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子は、グラム陽性菌細胞における二重選択用マーカーとして用いられる遺伝子であってもよい。
【0029】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、上記細胞はまた、Leuconostoc、Pediococcus、Streptococcus、Lactobacillus、Melisscoccus、Enterococcus、Lactococcus、Carnobacterium、Vagococcus、Tetragenococcus、Atopobium、Weissella、Lactosphaera、Oenococcus、Abiotrophia、Paralactobacillus、Granulicatella、Atopobacter、Alkalibacterium、Olsenellaからなる群より選択される細胞であってもよい。
【0030】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子は、異種配列をゲノム中に残すことなく標的細胞のゲノム配列を改変するための遺伝子であってもよい。
【0031】
本発明に係るグラム陽性菌細胞における二重選択用キットは、本発明に係る選択マーカー融合遺伝子を備えていることを特徴としている。
【0032】
本発明に係る目的の細胞を二重選択する方法は、本発明に係る融合遺伝子をグラム陽性菌細胞内に導入する工程;ポジティブ選択のための条件下で該細胞を培養する工程;上記ネガティブ選択マーカー遺伝子を除去する工程;およびネガティブ選択のための条件下で該細胞を培養する工程を包含することを特徴としている。なお、上記ネガティブ選択マーカー遺伝子を除去する工程は、上記融合遺伝子全体を除去する工程であってもよい。
【0033】
本発明に係るネガティブ選択マーカー遺伝子は、該遺伝子がコードするポリペプチドは、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド、またはレバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチドであることを特徴としている。
【0034】
本発明に係る目的の細胞をネガティブ選択するためのキットは、本発明に係るネガティブ選択マーカー遺伝子を備えていることを特徴としている。
【0035】
本発明に係るキットにおいて、上記ネガティブ選択マーカー遺伝子は、上述した特徴を有している遺伝子であればよく、グラム陽性菌由来のプロモータに作動可能に連結されていることが好ましい。また、上記細胞は、上述した特徴を有している細胞であればよい。
【発明の効果】
【0036】
本発明を用いれば、グラム陽性菌細胞をネガティブ選択することが可能である。また、本発明を用いれば、グラム陽性菌細胞を二重選択することが可能である。さらに、本発明は、異種遺伝子としての選択マーカー遺伝子を形質転換体に残さないターゲティング技術として利用され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
〔1.ネガティブ選択マーカー遺伝子〕
本発明者らは、レバンスクラーゼ活性を有しているポリペプチドをコードする遺伝子の特定の変異体が、細胞をネガティブ選択するための選択マーカー遺伝子として機能することを見出した。
【0038】
すなわち、本発明は、細胞をネガティブ選択するためのネガティブ選択マーカー遺伝子を提供する。ネガティブ選択マーカー遺伝子は、この遺伝子を含む細胞を排除(殺傷)するための選択マーカーとして機能する遺伝子であり、この遺伝子を用いて目的の細胞を選択することをネガティブ選択という。具体的には、ネガティブ選択では、ネガティブ選択マーカー遺伝子が導入されていない細胞のみを生育し得る所定の条件下において細胞を培養することによって、ネガティブ選択マーカー遺伝子が導入されている細胞株を排除し、ネガティブ選択マーカー遺伝子が導入されていない目的細胞を選択し得る。
【0039】
なお、グラム陽性菌細胞において使用されているネガティブ選択マーカー遺伝子として、uracylphosphoribosyl transferase(upp)遺伝子、beta−lactamase repressor(blaI)遺伝子、mazF遺伝子等が挙げられる(”mazF,a novel counter−selectable marker for unmarked chromosomal manipulation in Bacillus subtilis.”,Nucleic acids research,vol34(2006)、および”New integrative method to generate Bacillus subtilis recombinant strains free of selection markers.”,Applied environmental microbiology,7241−7250(2004)参照のこと)。
【0040】
本発明に係るネガティブ選択マーカー遺伝子は、レバンスクラーゼの変異体をコードしている。本明細書において使用される場合、特に説明がない限り、「レバンスクラーゼ」は「レバンスクラーゼ活性を有するポリペプチド」が意図され、「レバンスクラーゼポリペプチド」または「レバンスクラーゼタンパク質」と交換可能に使用される。
【0041】
本明細書中で使用される場合、「レバンスクラーゼ活性」は、スクロースを分解し、レバンを生成する活性が意図される。「レバンスクラーゼの変異体」は「変異型レバンスクラーゼ」と交換可能に使用される。変異型レバンスクラーゼは、具体的には、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド、またはレバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチドである。
【0042】
「シグナル配列」は、「シグナル配列からなるポリペプチド」が意図され、分泌タンパク質などが細胞外へ移行する際に必要な配列である。細胞内において合成されるレバンスクラーゼの前駆体は、シグナル配列のプロセッシング部位が切断されることにより成熟配列に変換され、細胞外に分泌される。本明細書中で使用される場合、レバンスクラーゼの「シグナル配列」は、グラム陰性菌または一部のグラム陽性菌においては、細胞内において発現したレバンスクラーゼをペリプラズムまたはペリプラズム様領域に移行させる機能を有するポリペプチドであることが意図され、その他のグラム陽性菌においては、細胞内において発現したレバンスクラーゼを細胞外に移行させる機能を有するポリペプチドであることが意図される。
【0043】
「変異型レバンスクラーゼ」の1つである「レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド」は、レバンスクラーゼ前駆体からシグナル配列が除去されないように、シグナル配列のプロセッシング部位が変異した変異型レバンスクラーゼポリペプチドが意図される。このような変異体においては、レバンスクラーゼ前駆体からシグナル配列が除去され得ないために、レバンスクラーゼポリペプチドの成熟配列を上記のように移行させることができない。
【0044】
また、別の「変異型レバンスクラーゼ」である「レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチド」は、レバンスクラーゼ前駆体からシグナル配列が欠落するように変異した変異型レバンスクラーゼポリペプチドが意図される。このような変異型レバンスクラーゼポリペプチドは、シグナル配列を有していないために、レバンスクラーゼポリペプチドの成熟配列を上記のように移行させることができない。
【0045】
このように「変異型レバンスクラーゼポリペプチド」は、野生型ポリペプチドの有するレバンスクラーゼ活性を保持しているポリペプチドであり、かつシグナル配列の切断活性を有していないかまたはシグナル配列を有していないポリペプチドが意図される。また、「変異型レバンスクラーゼ遺伝子」は、上記変異型レバンスクラーゼポリペプチドをコードする遺伝子であることが意図される。
【0046】
なお、本明細書中で使用される場合、「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用される。また、「遺伝子」は、「ポリヌクレオチド」、「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用される。本明細書中で使用される場合、「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。
【0047】
本発明に係るネガティブ選択マーカー遺伝子としては、上述したように、レバンスクラーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子の変異型遺伝子が採用され得る。レバンスクラーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子として好ましいものは、SacB遺伝子、fefA遺伝子(accession number:AJ508391,Lactobacillus sanfranciscensis由来のlevansucrase)、lev遺伝子(accession number:Q8GGV4,Lactobacillus reuteri由来のlevansucrase)、mlft遺伝子(accession number;AAT81165,Leuconostoc mesenteroides由来のlevansucrase)、lsc遺伝子(accession number:O68609,Pseudomonas syringae由来のlevansucrase)、lsxA遺伝子(accession number:BAA93720,Gluconacetobacter xylinus由来のlevansucrase)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0048】
本発明のネガティブ選択マーカー遺伝子として、SacB遺伝子由来の遺伝子を例に挙げて説明する。
【0049】
上述したように、SacB遺伝子は、レバンスクラーゼ活性を有するポリペプチドの1つであるSacBタンパク質をコードする遺伝子である。SacBタンパク質は、SacB前駆体タンパク質として生成された後にシグナル配列が切断されることにより生成される。SacBタンパク質は、スクロースを分解し、レバンを生成する。野生型SacB遺伝子としては、Bachillus subtilis、Bacillus amyloliquefaciens、Lactobacillus sanfranciscensis、Lactobacillus johnsonii、Lactobacillus reuteri、Leuconostoc mesenteroides、Oenococcus oeni、またはPaenibacillus polymyxaに由来する野生型SacB遺伝子が挙げられるが、これらに限定されない。
【0050】
なお、例示列挙した上記8つの細胞に由来するSacB前駆体タンパク質は、配列番号1〜8に示されるアミノ酸配列として提供され、当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを構成する塩基配列は、配列番号9〜16に示される塩基配列として提供される。上記8つの細胞に由来するSacB遺伝子のうち、Bacillus subtilis由来SacB遺伝子は、29アミノ酸のシグナル配列を有するSacB前駆体タンパク質として細胞内にて合成される。
【0051】
本発明のネガティブ選択マーカー遺伝子は、(A)野生型SacB遺伝子がコードするアミノ酸配列において、第20位〜第44位に存在するAla−X−Alaの少なくともいずれか一方のAlaが置換されているアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子であり得る。すなわち、配列番号1〜8に示されるようなアミノ酸配列として提供される野生型SacB前駆体タンパク質のシグナル配列の切断活性に関与する部位が変異していることにより、シグナル配列の切断活性を有していない変異型SacBタンパク質をコードする遺伝子であり得る。
【0052】
また、本発明のネガティブ選択マーカー遺伝子は、(B)上記(A)に示されるポリペプチドのアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチドをコードする遺伝子であってもよい。
【0053】
さらに、本発明のネガティブ選択マーカー遺伝子は、(C)上記(A)もしくは(B)に示されるポリペプチドのフラグメントであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチドをコードする遺伝子であってもよい。
【0054】
また、本発明のネガティブ選択マーカー遺伝子は、(A)野生型SacB遺伝子がコードするアミノ酸配列において、第20位〜第44位に存在するAla−X−AlaよりもN末端側のアミノ酸が欠損しているアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子であり得る。すなわち、配列番号1〜8に示されるようなアミノ酸配列として提供される野生型SacB前駆体タンパク質のシグナル配列が変異していることにより、シグナル配列を有していない変異型SacBタンパク質をコードする遺伝子であり得る。
【0055】
さらに、本発明のネガティブ選択マーカー遺伝子は、(B)上記(A)に示されるポリペプチドのアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチドをコードする遺伝子であってもよい。
【0056】
さらにまた、本発明のネガティブ選択マーカー遺伝子は、(C)上記(A)もしくは(B)に示されるポリペプチドのフラグメントであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチドをコードする遺伝子であってもよい。
【0057】
ポリペプチドのアミノ酸配列におけるいくつかのアミノ酸が、このポリペプチドの構造または機能に有意に影響することなく容易に改変し得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけではなく、天然のタンパク質において、当該タンパク質の構造または機能を有意に変化させない変異型が存在することもまた周知である。当業者は、周知技術を使用してポリペプチドのアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸を容易に変異させることができる。
【0058】
他の実施形態において、本発明に係る遺伝子の変異型は、上記(A)〜()のポリペプチドをコードする遺伝子であって、(I)当該遺伝子の塩基配列において、1個もしくは数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列からなる遺伝子;(II)当該遺伝子の塩基配列またはその相補配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする遺伝子;または(III)当該遺伝子の塩基配列と少なくとも80%同一な塩基配列からなる遺伝子であり得る。
【0059】
ハイブリダイゼーションは、「Molecular Cloning:A Laboratory Manual 第3版,J.SambrookおよびD.W.Russll編,Cold Spring Harbor Laboratory,NY(2001)」(本明細書中に参考として援用される)に記載されている方法のような周知の方法で行うことができる。
【0060】
本明細書中で使用される場合、「ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件」は、ハイブリダイゼーション溶液(50%ホルムアミド、5×SSC(150mMのNaCl、15mMのクエン酸三ナトリウム)、50mMのリン酸ナトリウム(pH7.6)、5×デンハート液、10%硫酸デキストラン、および20μg/mlの変性剪断サケ精子DNAを含む)中にて42℃で一晩インキュベーションした後、約65℃にて0.1×SSC中でフィルター洗浄することが意図される。
【0061】
本発明は、目的の細胞をネガティブ選択する方法、および目的の細胞をネガティブ選択するためのキットもまた提供する。
【0062】
本発明に係る目的の細胞をネガティブ選択する方法は、本発明に係るネガティブ選択マーカー遺伝子を用いることを特徴としており、具体的には、ネガティブ選択マーカー遺伝子を細胞内に導入する工程、およびネガティブ選択のための条件下で該細胞を培養する工程を包含することが好ましい。本発明に係る目的の細胞をネガティブ選択する方法は、グラム陽性菌細胞をネガティブ選択するために用いられることが好ましい。
【0063】
また、本発明に係る目的の細胞をネガティブ選択するためのキットは、本発明に係るネガティブ選択マーカー遺伝子を備えていることを特徴としている。本発明に係る目的の細胞をネガティブ選択するためのキットは、グラム陽性菌細胞をネガティブ選択するために用いられることが好ましい。なお、本明細書中で使用される場合、「キット」は、各種成分の少なくとも1つが別物質(例えば、容器)中に含有されている形態であることが意図される。
【0064】
本発明に係るネガティブ選択マーカー遺伝子を具体的に説明するために、Bacillus subtilis由来SacB遺伝子に由来する変異型SacB遺伝子を例に挙げて説明したが、本発明において、ネガティブ選択マーカー遺伝子が、上記変異型SacB遺伝子に限定されないことを、本明細書を読んだ当業者は容易に理解する。
【0065】
このように、本発明に係るネガティブ選択マーカー遺伝子を用いれば、目的とする細胞をネガティブ選択することができる。
【0066】
〔2.選択マーカー融合遺伝子〕
本発明はまた、目的の細胞を選択するための選択マーカー融合遺伝子を提供する。本明細書中で使用される場合、「選択マーカー融合遺伝子」は、目的の細胞を複数回選択するためのマーカー遺伝子が意図され、ポジティブ選択マーカー遺伝子とネガティブ選択マーカー遺伝子とを含んでいる。「選択マーカー融合遺伝子」は、「二重選択マーカー融合遺伝子」または「ポジティブ−ネガティブ選択マーカー融合遺伝子」と交換可能に使用される。なお、本明細書中で使用される場合、「二重選択」は、単一のポジティブ選択と単一のネガティブ選択のみからなる選択に限定されず、少なくとも1回のポジティブ選択と少なくとも1回のネガティブ選択を含む選択が意図される。
【0067】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子は、上述したネガティブ選択マーカー遺伝子を含んでおり、ポジティブ選択マーカー遺伝子をさらに含んでいることを特徴としている。なお、ポジティブ選択マーカー遺伝子は、この遺伝子を含む細胞を選択する(生存させる)ための選択マーカーとして機能する遺伝子であり、この遺伝子を用いて目的の細胞を選択することをポジティブ選択という。具体的には、ポジティブ選択では、ポジティブ選択マーカー遺伝子が導入された細胞のみを生育し得る所定の条件下において細胞を培養することによって、ポジティブ選択マーカー遺伝子が導入されていない細胞株を排除し、ポジティブ選択マーカー遺伝子が導入された目的細胞を選択し得る。
【0068】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子に含まれるポジティブ選択マーカー遺伝子は、薬剤耐性遺伝子が好ましく、特にグラム陽性菌由来の薬剤耐性遺伝子がより好ましい。本発明のポジティブ選択マーカー遺伝子としては、好ましくは、エリスロマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、alpha−galactosidase遺伝子、phospho beta−glactosidase遺伝子、alanine racemase遺伝子、thymidylate synthase遺伝子、ochre suppressor遺伝子、amber suppressor遺伝子、asparate aminotransferase遺伝子、nisin immunity遺伝子、lactacin F immunity遺伝子、levanase遺伝子、crythromycin耐性遺伝子、またはlincomycin耐性遺伝子が挙げられるが、これらに限定されない。
【0069】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子に含まれるポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子は、細胞を複数回選択するために、それぞれ第1および第2のプロモータに作動可能に連結されている。
【0070】
本明細書中において使用される場合、「作動可能に連結される(連結されている)」は、目的の配列が、特定の転写翻訳調節配列(例えば、プロモータ、エンハンサなど)の制御下に配置されることにより、その発現が調節され得る構成であることが意図される。目的の遺伝子の上流にプロモータが配置されることにより、目的の遺伝子がプロモータに作動可能に連結される。なお、プロモータは、目的の遺伝子に隣接して配置される必要はない。
【0071】
本明細書中において使用される場合、「プロモータ」は、作動可能に連結されている遺伝子の転写開始に関与する遺伝子であることが意図される。本発明に係る選択マーカー融合遺伝子に含まれる、ネガティブ選択マーカー遺伝子およびポジティブ選択マーカー遺伝子は、それぞれ独立してネガティブ選択マーカータンパク質およびポジティブ選択マーカータンパク質を発現することが好ましいので、それぞれ別個のプロモータに作動可能に連結されていることが好ましい。
【0072】
このため、それぞれのプロモータは、連結されている遺伝子の転写を別個独立に制御する。本発明に係る選択マーカー融合遺伝子において、ネガティブ選択マーカー遺伝子に連結されている第1のプロモータはグラム陽性菌由来のプロモータ(Bacillus subtilis由来のプロモータ)が好ましく、ポジティブ選択マーカー遺伝子に連結されている第1のプロモータはグラム陽性菌由来のプロモータ(Lactococcus由来のプロモータ)が好ましいが、これらに限定されない。
【0073】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子は、グラム陽性菌細胞における二重選択用マーカーとして使用し得る。本明細書中で使用する限り、「二重選択用マーカー」は、細胞をネガティブ選択およびポジティブ選択するために用いられる二機能性マーカー遺伝子であることが意図される。「二重選択」としては、例えば、目的の遺伝子およびマーカー遺伝子がゲノム内に挿入された細胞をポジティブ選択条件下において選択した後に、相同組換えなどによってゲノムからマーカー遺伝子が排除された細胞をネガティブ選択条件下において生育させることによって、目的とする細胞(すなわち、選択マーカー遺伝子をゲノム内に残すことなくターゲティングされた細胞)のみを選択する技術が挙げられるが、これに限定されない。
【0074】
本発明の適用対象として好ましい細胞はグラム陽性菌細胞であることが好ましい。グラム陽性菌は、グラム染色により紫色に染色される細菌をいう。代表的なグラム陽性菌としては、球菌(Micrococcus属、Staphylococcus属、Streptococcus属)、胞子形成桿菌(Bacillus属、Clostridium属)、乳酸菌(Lactobacillus属など)、コリネフォルム細菌(Corynebacterium属など)、放線菌(Streptomyces属)が挙げられる。
【0075】
本発明の適用対象として好ましい細胞は、細胞壁にミコール酸を含まないグラム陽性菌細胞であることがより好ましい。本明細書中で用いられる場合、「細胞壁にミコール酸を含まないグラム陽性菌」には、Corynebacterium属、Mycobacterium属、Nocardia属等は含まれない。
【0076】
本発明の適用対象として好ましい細胞はいわゆる乳酸菌細胞であることがさらにより好ましい。本明細書中で用いられる場合、「乳酸菌」は、炭水化物を分解して乳酸を生成することによってエネルギーを獲得する微生物のうち細菌に属するものが意図される。好ましい乳酸菌としては、Lactobacillus属、Leuconostoc属、Pediococcus属、Streptococcus属、Melisscoccus属、Enterococcus属、Lactococcus属、Carnobacterium属、Vagococcus属、Tetragenococcus属、Atopobium属、Weissella属、Lactosphaera属、Oenococcus属、Abiotrophia属、Paralactobacillus属、Granulicatella属、Atopobacter属、Alkalibacterium属およびOlsenella属が挙げられるが、これらに限定されない。
【0077】
本発明に係る選択マーカー融合遺伝子は、異種配列をゲノム中に残すことなく標的細胞のゲノム配列を改変するために用いられ得る。本明細書中で用いられる場合、「異種配列」は、「異種遺伝子配列」または「外来遺伝子配列」と交換可能に使用され、遺伝子が導入されるべき細胞と異なる細胞に由来する遺伝子配列が意図される。また、「異種配列をゲノム中に残すことなく標的細胞のゲノム配列を改変する」は、異種遺伝子としての選択マーカー遺伝子を形質転換体に残すことなく遺伝子ターゲティングを行うことが意図される。
【0078】
このように、本発明に係る選択マーカー融合遺伝子を用いれば、より精度良く目的とする細胞を選択することができる。
【0079】
〔3.選択マーカー融合遺伝子を含むベクター〕
本発明は、上述した遺伝子を含むベクターを提供する。本発明に係るベクターは、上述した遺伝子を含むものであれば、特に限定されない。例えば、ネガティブ選択マーカー遺伝子または選択マーカー融合遺伝子のcDNAが挿入された発現ベクターなどが挙げられる。本発明に係るベクターの作製方法としては、プラスミド、ファージ、またはコスミドなどを用いる方法が挙げられるが特に限定されない。
【0080】
発現ベクターの場合、ベクターの具体的な種類には特に限定されず、宿主細胞中で発現可能なベクターが適宜選択され得る。すなわち、上記遺伝子を確実に発現し得るように、宿主細胞の種類に応じて目的の遺伝子を各種プラスミド等に組み込んだベクターを発現ベクターとして用いればよい。このような発現ベクターを使用すれば、上記遺伝子を導入した細胞において、当該細胞中に選択マーカー融合遺伝子がコードするポリペプチドを発現させることができる。
【0081】
〔4.グラム陽性菌細胞を二重選択するための方法およびキット〕
本発明は、目的の細胞を二重選択するための方法およびキットを提供する。
【0082】
本発明に係る細胞を二重選択する方法は、上述した選択マーカー融合遺伝子を用いることを特徴としており、具体的には、上述した融合遺伝子を細胞内に導入する工程;ポジティブ選択のための条件下で該細胞を培養する工程;ネガティブ選択マーカー遺伝子を除去する工程;および、ネガティブ選択のための条件下で該細胞を培養する工程を包含することが好ましい。本発明に係る目的の細胞をネガティブ選択する方法は、グラム陽性菌細胞を二重選択するために用いられることが好ましい。選択マーカー融合遺伝子をグラム陽性菌細胞に導入する工程には、当該分野において周知の遺伝子導入技術(例えば、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等)が採用され得る。また、目的遺伝子を標的細胞のゲノムに挿入するための技術もまた、当該分野において周知である。
【0083】
なお、「ポジティブ選択のための条件」は、本発明の選択マーカー融合遺伝子に含まれるポジティブ選択マーカー遺伝子がコードするポリペプチドが発現した細胞が生育可能な条件であって、当該ポリペプチドが発現していない細胞が生育不能な条件が意図される。例えば、上記ポジティブ選択マーカー遺伝子として、エリスロマイシン耐性遺伝子を用いた場合、「ポジティブ選択のための条件」は、エリスロマイシン耐性遺伝子を有さない細胞が生育不能となる量のエリスロマイシンが培地中に含まれることが意図される。
【0084】
また、ネガティブ選択マーカー遺伝子を除去する工程においては、細胞をネガティブ選択することを可能にするために、グラム陽性菌細胞のゲノムに挿入された融合遺伝子のうちネガティブ選択マーカー遺伝子のみを該細胞から除去すればよいが、上記融合遺伝子すべてを除去してもよい。ネガティブ選択マーカー遺伝子の除去は、ゲノム上に組み込まれているネガティブ選択マーカー遺伝子配列を他の塩基配列で(例えば、相同組換えなどによって)置換することによって実現され得る。
【0085】
具体的には、ネガティブ選択マーカー遺伝子の周辺領域の塩基配列を増幅し、増幅した塩基配列を用いて、ゲノム上のネガティブ選択マーカー遺伝子が挿入された領域を相同組換えすることによって、ネガティブ選択マーカー遺伝子をゲノム上から除去する。また、増幅した塩基配列と外来遺伝子とをつないだ遺伝子断片を用いて、ゲノム上のネガティブ選択マーカー遺伝子が挿入された領域を相同組換えすることによって、ネガティブ選択マーカー遺伝子をゲノム上から除去してもよい(図5参照のこと)。
【0086】
さらに、「ネガティブ選択のための条件」は、本発明の選択マーカー融合遺伝子に含まれるネガティブ選択マーカー遺伝子がコードするポリペプチドが発現した細胞が生育不能な条件であって、当該ポリペプチドが発現していない細胞が生育可能な条件が意図される。例えば、上記ネガティブ選択マーカー遺伝子として、Bacillus subtilis由来SacB遺伝子に由来する変異型SacB遺伝子を用いた場合、「ネガティブ選択のための条件」は、変異型SacB遺伝子を有する細胞が生育不能となる量のスクロースが培地中に含まれることが意図される。
【0087】
上述したように、変異型SacB遺伝子がコードするポリペプチドは、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド、またはレバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチドであるので、当該ポリペプチドは細胞内に存在される。これにより、当該細胞を所定濃度のスクロース存在下において培養した場合、上記ポリペプチドが発現した細胞を排除し得、細胞をネガティブ選択することが可能となる。
【0088】
本発明に係るグラム陽性菌細胞における二重選択用キットは、上述した選択マーカー融合遺伝子を備えていることを特徴としている。本発明に係る目的の細胞を二重選択するためのキットは、グラム陽性菌細胞を二重選択するために用いられることが好ましい。これにより、本発明の選択マーカー融合遺伝子を用いてグラム陽性菌細胞を形質転換し、当該グラム陽性菌細胞をポジティブ選択のための条件下で培養することによってポジティブ選択し、当該グラム陽性菌細胞をネガティブ選択のための条件下で培養することによってネガティブ選択することができる。なお、本発明に係る二重選択用キットは、二重選択に供すべき細胞をさらに備えていてもよい。
【0089】
本発明に係るグラム陽性菌細胞を二重選択するための方法およびキットを用いれば、上述した選択マーカー遺伝子を導入したグラム陽性菌細胞をポジティブ選択した後に、さらにネガティブ選択することによって、目的とする細胞を二重選択することが可能である。また、本発明は、選択マーカー遺伝子をゲノム内に残すことなくターゲティングされた細胞のみを選択するための技術に適用され得る。
【0090】
なお、グラム陽性菌細胞を二重選択する方法およびキットは、上述した態様に限定される必要はなく、上述した以外の細胞を二重選択する方法および細胞の二重選択用キットの具体的な態様を、本明細書を読んだ当業者は容易に理解する。
【0091】
以下に、本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、請求項および上記実施形態に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0092】
[1.材料および方法]
〔1−1.変異SacB遺伝子の構築〕
GenBankに登録されているBacillus subtilisのSacB遺伝子配列(GenBank Accession # NP_391325)に基づいて、SacB遺伝子のプロモータ領域を含む領域を増幅するプライマー(SacB_PstI)を合成した。次に、SacB遺伝子のシグナルペプチドプロセッシングサイトの1つ前のアラニンをトリプトファンに置換したプライマー(SacB(W29)_R)を合成した。Bacillus subtilisゲノムDNAをテンプレートとしてPCR増幅により断片1の増幅を行った。
【0093】
PCR増幅を、SacB_PstI_Fプライマー(5’−ggggctgcagaaaaaggcaactttatgcccatgcaacagaaac−3’(配列番号17))、およびSacB(W29)_Rプライマー(5’−ttttggttcgtttctttccaaaacgcttgagtt−3’(配列番号18))を含む、表1に示す反応液を用いて、94℃で2分間の反応後、94℃で30秒間の変性、53℃で30秒間のアニーリング、および74℃で1分間の伸長を30サイクル行い、反応液を4℃で保存した。
【0094】
【表1】

【0095】
PCR反応液を1%アガロースゲルにアプライし、100Vで40分間電気泳動した。目的とする増幅産物のみをアガロースゲルから切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いて精製した。
【0096】
また、SacB(W29)_Rの逆相補配列であるSacB(W29)_F、およびSacB遺伝子の終始コドンまでを増幅するSacB_BamHIを合成した。Bacillus subtilisゲノムDNAをテンプレートとしてPCR増幅により断片2の増幅を行った。
【0097】
PCR増幅を、SacB(W29)_Fプライマー(5’−aactcaagcgttttggaaagaaacgaaccaaaa−3’(配列番号19))、およびSacB_BamHI_Rプライマー(5’−cccggatccggatatcggcattttcttttcgctttttatttg−3’(配列番号20))を含む、表2に示す反応液を用いて、94℃で2分間の反応後、94℃で30秒間の変性、53℃で30秒間のアニーリング、および74℃で1分間の伸長を30サイクル行い、反応液を4℃で保存した。
【0098】
【表2】

【0099】
PCR反応液を1%アガロースゲルにアプライし、100Vで40分間電気泳動した。目的とする増幅産物のみをアガロースゲルから切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて精製した。
【0100】
次に、精製した断片1および断片2を含む混合液をテンプレートとして、SacB_PstI_F、およびSacB_BamHI_Rを用いてPCR増幅を行い、変異型SacB遺伝子断片を作製した。
【0101】
PCR増幅を、表3に示す反応液を用いて、94℃で2分間の反応後、94℃で30秒間の変性、53℃で30秒間のアニーリング、および74℃で1分間の伸長を30サイクル行い、反応液を4℃で保存した。
【0102】
【表3】

【0103】
PCR反応液を1%アガロースゲルにアプライし、100Vで40分間電気泳動した。目的とする増幅産物のみをアガロースゲルから切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて精製し、変異型SacB遺伝子断片を構築した。
【0104】
〔1−2.変異型SacB遺伝子導入ベクターの構築〕
変異型SacB遺伝子断片を、制限酵素(PstIおよびBamHI)を用いて処理した後、1%アガロースゲルにアプライし、100Vで40分間電気泳動した。目的とする断片のみをアガロースゲルから切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いて精製した。また、pUC18(タカラバイオ製)を、制限酵素(PstIおよびBamHI)を用いて処理した後、1%アガロースゲルにアプライし、100Vで40分間電気泳動した。制限酵素(PstIおよびBamHI)で切断されたpUC18のみをアガロースゲルから切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN製)を用いて精製した。
【0105】
制限酵素(PstIおよびBamHI)で切断した変異型SacB遺伝子およびpUC18を、Ligation−convenience kit(ニッポンジーン製)を用いてライゲーションし、得られたプラスミドを用いて大腸菌Chemical competent cell−TOP10(Invitrogen製)を形質転換した。形質転換体細胞を、アンピシリン100ppm含有LB寒天培地に植菌し、変異型SacB/pUC18を構築した。
【0106】
〔1−3.ポジティブ−ネガティブ選択マーカー融合遺伝子の構築〕
変異型SacB遺伝子と共に細胞の二重選択に用いるポジティブ選択マーカーとして、いわゆる乳酸球菌の1つであるLactococcus lacits由来のエリスロマイシン耐性遺伝子を用いた。図2の模式図に示すように、変異型SacB遺伝子およびエリスロマイシン耐性遺伝子が、それぞれBacillus subtilis由来のSacBプロモータおよびLactococcus由来のEmRプロモータに連結された、ポジティブ−ネガティブ選択マーカー融合遺伝子を構築した。
【0107】
ポジティブ選択マーカーとしてのエリスロマイシン耐性遺伝子およびプロモータを以下のように構築した。Lactococcus lactis由来のプラスミドpIL253配列(GenBank Accession# AF041239)に基づいて、配列番号21に示すプロモータ領域を含むエリスロマイシン耐性遺伝子を合成した。なお、合成断片の5’末端にはBamHIを付加し、3’末端にはPstI部位およびSacI部位を付加した。
【0108】
合成断片を、制限酵素(BamHIおよびSacI)を用いて処理した後、1%アガロースゲルにアプライし、100Vで40分間電気泳動した。目的とする断片のみをアガロースゲルから切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いて精製した。また、変異型SacB/pUC18を、制限酵素(BamHIおよびSacI)を用いて処理した後、1%アガロースゲルにアプライし、100Vで40分間電気泳動した。制限酵素(BamHIおよびSacI)で切断された変異型SacB/pUC18のみをアガロースゲルから切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いて精製した。
【0109】
制限酵素(BamHIおよびSacI)で切断したエリスロマイシン耐性遺伝子および変異型SacB/pUC18をLigation−convenience kit(ニッポンジーン製)を用いてライゲーションし、得られたプラスミドを用いて大腸菌Chemical competent cell−TOP10(Invitrogen製)を形質転換した。形質転換体細胞を、アンピシリン100ppmおよびエリスロマイシン500ppm含有LB寒天培地に植菌し、変異型SacB_EmR/pUC18を構築した。
【0110】
〔1−4.大腸菌−Lactobacillus reuteriシャトルベクターへの変異型SacB_EmR断片のクローニング〕
変異型SacB_EmR断片を、図3に示すプラスミドマップで表される大腸菌−Lactobacillus reuteri(L.reuteri)シャトルベクター(pUC18_pGT232)にクローニングした。pGT232(GenBank Accession# U21859)は、L.reuteri 100−23株が保持している機能未知プラスミド(cryptic plasmid)である。
【0111】
クローニングを以下のように行った。変異型SacB_EmR/pUC18を、制限酵素(PstI)を用いて処理した後、1%アガロースゲルにアプライし、100Vで40分間電気泳動した。変異型SacB_EmR断片のみをアガロースゲルから切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いて精製した。
【0112】
また、pUC18_pGT232を、制限酵素(PstI)を用いて処理した後、E.coli alkaline phosphatase(TOYOBO製)を用いて脱リン酸化を行った。脱リン酸化反応液を1%アガロースゲルにアプライし、100Vで40分間電気泳動した。pUC18_pGT232をアガロースゲルから切り出し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いて精製した。
【0113】
制限酵素(PstI)で切断した変異型SacB_EmR断片およびpUC18_pGT232をLigation−convenience kit(ニッポンジーン製)を用いてライゲーションし、得られたプラスミドを用いて大腸菌Chemical competent cell−TOP10(Invitrogen製)を形質転換した。形質転換体細胞を、アンピシリン100ppmおよびエリスロマイシン500ppm含有LB寒天培地に植菌し、変異型SacB_EmR/pUC18_pGT232を構築した。
【0114】
〔1−5.変異型SacB_EmR/pUC18_pGT232のL.reuteriへの導入〕
変異型SacB_EmR/pUC18_pGT232をL.reuteriに導入したクローンを以下のように作製した。
【0115】
変異型SacB_EmR/pUC18_pGT232導入大腸菌からプラスミドを抽出し、エタノール沈殿後、DNAペレットを滅菌水で溶解した。MRS液体培地(Difco製)にL.reuteriを植菌し、OD600=0.8になるまで37℃で静置培養を行った。遠心分離により、培地を除去した後、菌体ペレットを滅菌水で懸濁し、再度遠心分離した。この操作を5回繰り返した。
【0116】
菌体ペレットを30%(wt/vol)PEG1500 250μlで懸濁し、100μlずつ分注した。変異型SacB_EmR/pUC18_pGT232 2μgとL.reuteri受容菌(Japan collection of microorganisms製)とを、0.2cmエレクトロポレーションキュベット(Bio−rad製)に移し、2.5kV、25μF、200ΩにセットしたGene pulser(Bio−rad製)を用いて、電気パルスを印加した。その後、L.reuteri受容菌をMRS液体培地(Difco製)1mlに植菌し、37℃で2時間静置培養を行った。さらに、L.reuteri受容菌をエリスロマイシン8ppm含有MRS寒天培地に植菌し、37℃で一晩培養し、L.reuteri(変異型SacB_EmR/pUC18_pGT232)を作製した。
【0117】
〔1−6.変異型SacB_EmR断片のL.reuteri細胞への導入〕
相同組換えを利用して乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が変異SacB_EmR断片に置換された遺伝子破壊株を作製するために、まず相同組換えによる遺伝子破壊に必要な遺伝子破壊用断片を以下のとおり構築した。
【0118】
相同組換えに必要な2つの相同領域3kbをPCR増幅した。PCR増幅を、Lr_ldh1511_nes_F(5’−tcctggagctcttgcttatgtattgagtgg−3’(配列番号22))、およびldh1511_FR4(5’−catttcgtgaatgcctcgagttcataaaaaccgc−3’(配列番号23))、ならびにldh1511_SF4(5’−gcggtttttatgaactcgaggcattcacgaaatg−3’(配列番号24))、およびLr_ldh1511_nes_R(5’−ttggtgagctcctttctcattggcaatggc−3’(配列番号25))をそれぞれ含む表4に示す反応液を用いて、98℃で30秒間の反応後、98℃で10秒間の変性、48℃で30秒間のアニーリング、および72℃で45秒間の伸長を30サイクル行い、さらに72℃で90秒間の反応後、反応液を4℃で保存した。
【0119】
【表4】

【0120】
各PCR反応液を、Wizard SV PCR&gel clean−up system(Progema製)を用いて精製し、精製した各PCR反応液0.1μlを混合し、第2のPCR反応のテンプレートとして用いた。第2のPCR反応を、Lr_ldh1511_nes_F(5’−tcctggagctcttgcttatgtattgagtgg−3’(配列番号26))、およびLr_ldh1511_nes_R(5’−ttggtgagctcctttctcattggcaatggc−3’(配列番号27))を含む表5に示す反応液を用いて、94℃で2分間の反応後、94℃で10秒間の変性、60℃で30秒間のアニーリング、および72℃で90秒間の伸長を30サイクル行い、さらに72℃で180秒間の反応後、反応液を4℃で保存した。
【0121】
【表5】

【0122】
PCR反応液を、アガロースゲルにアプライし、約6kbのPCR増幅断片のみをアガロースゲルから切り出し、Wizard SV PCR&gel clean−up system(Progema製)を用いて精製した。精製した約6kbのPCR増幅断片を制限酵素(SacI)を用いて処理し、別途制限酵素(SacI)処理したcharomid 9−36(ニッポンジーン製)と混合した後、エタノール沈殿を行った。
【0123】
DNAペレットを滅菌水で溶解後、Ligation convenient kit(ニッポンジーン製)を用いて16℃で30分間ライゲーション反応を行った。このライゲーション産物をLAMBDA INN(ニッポンジーン製)を用いてE.coli DH5α(TOYOBO製)に導入した。導入細胞をLBAp100ppm寒天培地で選抜し、ldh_fragment/charomidを構築した。
【0124】
次に、6kbの増幅断片内のXhoIサイトに変異型SacB_EmR断片の挿入を以下のように行った。変異型SacB_EmR/pUC18をテンプレートとして変異型SacB_EmR断片のPCR増幅を行った。PCR増幅は、SacB_F(XhoI)(5’−atgcctcgagaaaaaggcaactttatgcccatgc−3’(配列番号28))、およびEmR_R(XhoI)(5’−gctcctcgaggcaagtgctgttgcgagtt−3’(配列番号29))を含む表6に示す反応液を用いて、98℃で30秒間の反応後、98℃で10秒間の変性、48℃で30秒間のアニーリング、および72℃で45秒間の伸長を30サイクル行い、さらに72℃で45秒間の反応後、反応液を4℃で保存した。なお、使用したプライマーにはXhoIサイトを付加した。
【0125】
【表6】

【0126】
PCR反応液をWizard SV PCR&gel clean−up system(Progema製)を用いて精製した後、XhoI処理を37℃で終夜行った。XhoI反応液をアガロースゲルにアプライし、目的とする断片のみをゲルから切り出し、Wizard SV PCR&gel clean−up system(Progema製)を用いて精製した。精製した断片をXhoI処理したldh_fragment/charomidと混合した後、エタノール沈殿を行った。DNAペレットを滅菌水で溶解した後、Ligation convenient kit(ニッポンジーン製)を用いて、16℃で30分間ライゲーション反応を行った。ライゲーション産物をLAMBDA INN(ニッポンジーン製)を用いてE.coli DH5 α(TOYOBO製)に導入した。導入細胞をLBAp100ppmEm500ppm寒天培地で選抜を行い、ldh_変異SacB_EmR/charomidを構築した。
【0127】
ldh_変異SacB_EmR/charomidをL.reuteri JCM1112に導入し、変異SacB_EmR断片がゲノムに挿入された乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子破壊株を作製した。
【0128】
[2.結果]
〔2−1.変異型SacB_EmR/pUC18_pGT232を導入したL.reuteriの、スクロース存在下における致死効果〕
L.reuteri(変異型SacB_EmR/pUC18_pGT232)をスクロース添加MRS寒天培地(Difco製)に植菌し、スクロースによる致死効果の検証を以下のように行った。
【0129】
L.reuteri(変異型SacB_EmR/pUC18_pGT232)をエリスロマイシン8ppm含有MRS液体培地(Difco製)11mlで前培養した。翌日、100μlの培養液をエリスロマイシン8ppm含有MRS液体培地(Difco製)11mlへ植え継ぎ、OD600=2.0まで培養し、滅菌水を用いて10−2〜10−5までの段階希釈系列を作製した。これを、0重量%、1重量%、5重量%、10重量%および15重量%のスクロースを添加したエリスロマイシン8ppm含有MRS寒天培地(Difco製)に100μlづつ植菌し、翌日形成されたコロニー数をカウントした。
【0130】
【表7】

【0131】
スクロース添加培地において、スクロース5重量%添加培地において、1/10以下に生育する細胞数を減少させる効果が確認された。これは、変異型SacB遺伝子をグラム陽性菌細胞におけるネガティブ選択マーカーとして使用するのに十分な致死効果であるといえる。よって、変異型SacB_EmRは、グラム陽性菌細胞におけるポジティプ−ネガティブ選択(PNS)のための選択マーカー遺伝子として使用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0132】
本発明を用いれば、これまでになし得なかった、グラム陽性菌のネガティブ選択が可能になるので、新たな遺伝子改変技術の発展に貢献し得る。また、異種遺伝子をゲノム中に残すことなく標的細胞のゲノム配列を改変させることができるので、組換え遺伝子を含まない食品の開発に寄与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0133】
【図1】図1は、変異型SacB遺伝子の構築方法を示す概略図である。
【図2】図2は、変異型SacB遺伝子とエリスロマイシン耐性遺伝子とを含む遺伝子断片を示す模式図である。
【図3】図3は、大腸菌−L.reuteriシャトルベクターのプラスミドマップを示す図である。
【図4】図4は、変異型SacB_EmR断片の構築方法を示す概略図である。
【図5】図5は、変異型SacB_EmR断片の破壊方法を示す概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ネガティブ選択マーカー遺伝子およびポジティブ選択マーカー遺伝子を含む融合遺伝子であって、
該ネガティブ選択マーカー遺伝子および該ポジティブ選択マーカー遺伝子はそれぞれ第1および第2のプロモータに作動可能に連結されており、
該ネガティブ選択マーカー遺伝子がコードするポリペプチドは、
レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド、または
レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチド
である、選択マーカー融合遺伝子。
【請求項2】
前記第1および第2のプロモータは、グラム陽性菌由来のプロモータである、請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項3】
前記ネガティブ選択マーカー遺伝子が、SacB遺伝子、fefA遺伝子、lev遺伝子、mlft遺伝子、lsc遺伝子、lsxA遺伝子からなる群より選択される遺伝子に由来する、請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項4】
前記ネガティブ選択マーカー遺伝子が、Bacillus subtilis、Bacillus amyloliquefaciens、Lactobacillus sanfranciscensis、Lactobacillus johnsonii、Lactobacillus reuteri、Leuconostoc mesenteroides、Oenococcus oeni、Paenibacillus polymyxaからなる群より選択される細胞由来の野生型SacB遺伝子に由来する、請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項5】
前記ネガティブ選択マーカー遺伝子が、
(A)野生型SacB遺伝子がコードするアミノ酸配列において第20位〜第44位に存在するAla−X−Alaの少なくともいずれか一方のAlaが置換されているアミノ酸配列からなるポリペプチド;または
(B)上記(A)に示されるポリペプチドのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していない、ポリペプチド;あるいは
(C)上記(A)もしくは(B)に示されるポリペプチドのフラグメントであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していない、ポリペプチド
をコードする請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項6】
前記ネガティブ選択マーカー遺伝子が、
(A)野生型SacB遺伝子がコードするアミノ酸配列において第20位〜第44位に存在するAla−X−AlaよりもN末端側のアミノ酸が欠損しているアミノ酸配列からなるポリペプチド;または
(B)上記(A)に示されるポリペプチドのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していない、ポリペプチド;あるいは
(C)上記(A)もしくは(B)に示されるポリペプチドのフラグメントであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していない、ポリペプチド
をコードする請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項7】
前記ネガティブ選択マーカー遺伝子が、
(A)配列番号1〜8のいずれかに示されるアミノ酸配列において第20位〜第44位に存在するAla−X−Alaの少なくともいずれか一方のAlaが置換されているアミノ酸配列からなるポリペプチド;または
(B)上記(A)に示されるポリペプチドのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していない、ポリペプチド;あるいは
(C)上記(A)もしくは(B)に示されるポリペプチドのフラグメントであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していない、ポリペプチド
をコードする、請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項8】
前記ネガティブ選択マーカー遺伝子が、
(A)配列番号1〜8のいずれかに示されるアミノ酸配列において第20位〜第44位に存在するAla−X−AlaよりもN末端側のアミノ酸が欠損しているアミノ酸配列からなるポリペプチド;または
(B)上記(A)に示されるポリペプチドのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していない、ポリペプチド;あるいは
(C)上記(A)もしくは(B)に示されるポリペプチドのフラグメントであって、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していない、ポリペプチド
をコードする、請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項9】
前記ポジティブ選択マーカー遺伝子が薬剤耐性遺伝子である、請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項10】
前記ポジティブ選択マーカー遺伝子が、グラム陽性菌由来の薬剤耐性遺伝子である、請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項11】
前記ポジティブ選択マーカー遺伝子が、エリスロマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、alpha−galactosidase遺伝子、phospho beta−glactosidase遺伝子、alanine racemase遺伝子、thymidylate synthase遺伝子、ochre suppressor遺伝子、amber suppressor遺伝子、asparate aminotransferase遺伝子、nisin immunity遺伝子、lactacin F immunity遺伝子、levanase遺伝子、crythromycin耐性遺伝子、lincomycin耐性遺伝子からなる群より選択される、請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項12】
グラム陽性菌細胞における二重選択用マーカーとして用いるための、請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項13】
前記細胞が、Leuconostoc、Pediococcus、Streptococcus、Lactobacillus、Melisscoccus、Enterococcus、Lactococcus、Carnobacterium、Vagococcus、Tetragenococcus、Atopobium、Weissella、Lactosphaera、Oenococcus、Abiotrophia、Paralactobacillus、Granulicatella、Atopobacter、Alkalibacterium、Olsenellaからなる群より選択される、請求項12に記載の融合遺伝子。
【請求項14】
異種配列をゲノム中に残すことなく標的細胞のゲノム配列を改変するための、請求項1に記載の融合遺伝子。
【請求項15】
請求項1に記載の遺伝子を備えている、細胞の二重選択用キット。
【請求項16】
前記細胞がグラム陽性菌細胞である、請求項15に記載のキット。
【請求項17】
前記細胞が、Leuconostoc、Pediococcus、Streptococcus、Lactobacillus、Melisscoccus、Enterococcus、Lactococcus、Carnobacterium、Vagococcus、Tetragenococcus、Atopobium、Weissella、Lactosphaera、Oenococcus、Abiotrophia、Paralactobacillus、Granulicatella、Atopobacter、Alkalibacterium、Olsenellaからなる群より選択される、請求項15に記載のキット。
【請求項18】
目的の細胞を二重選択する方法であって、
請求項1に記載の融合遺伝子を細胞内に導入する工程;
ポジティブ選択のための条件下で該細胞を培養する工程;
前記ネガティブ選択マーカー遺伝子を除去する工程;および
ネガティブ選択のための条件下で該細胞を培養する工程
を包含する、方法。
【請求項19】
前記細胞がグラム陽性菌細胞である、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記細胞が、Leuconostoc、Pediococcus、Streptococcus、Lactobacillus、Melisscoccus、Enterococcus、Lactococcus、Carnobacterium、Vagococcus、Tetragenococcus、Atopobium、Weissella、Lactosphaera、Oenococcus、Abiotrophia、Paralactobacillus、Granulicatella、Atopobacter、Alkalibacterium、Olsenellaからなる群より選択される、請求項18に記載の方法。
【請求項21】
ネガティブ選択マーカー遺伝子を備えている、目的の細胞をネガティブ選択するためのキットであって、
該遺伝子がコードするポリペプチドは、レバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列の切断活性を有していないポリペプチド、またはレバンスクラーゼ活性を有しかつシグナル配列を有していないポリペプチドである
キット。
【請求項22】
前記細胞がグラム陽性菌細胞である、請求項21に記載のキット。
【請求項23】
前記細胞が、Leuconostoc、Pediococcus、Streptococcus、Lactobacillus、Melisscoccus、Enterococcus、Lactococcus、Carnobacterium、Vagococcus、Tetragenococcus、Atopobium、Weissella、Lactosphaera、Oenococcus、Abiotrophia、Paralactobacillus、Granulicatella、Atopobacter、Alkalibacterium、Olsenellaからなる群より選択される、請求項21に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−199963(P2008−199963A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−40045(P2007−40045)
【出願日】平成19年2月20日(2007.2.20)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】