説明

ネスチンを発現する毛包幹細胞

【課題】ネスチン発現毛包幹細胞、この幹細胞を分離する方法、およびこの幹細胞を用いて疾病もしくは障害を治療する方法の提供。
【解決手段】ネスチン発現細胞を分離することによって、毛包幹細胞が哺乳類から分離された。この毛包幹細胞は、自己もしくは異種幹細胞治療のための成体幹細胞の供給源となる。この幹細胞を、哺乳動物に全身的に移植する、または臓器に直接移植することができる。さらに、この幹細胞をin vitroでさらに分化させた後、哺乳動物に全身的に、もしくは直接、移植することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は米国特許法第119条(e)項に基づいて、2001年9月20日提出の米国仮出願第60/323,963号に対して優先権を主張するが、その内容は、参考として本明細書に含まれるものとする。
【0002】
本発明は毛包幹細胞およびその利用に関する。具体的には、本発明は、ネスチンを発現する毛包幹細胞、この幹細胞を分離する方法、およびこの幹細胞を用いて疾病もしくは障害を治療する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
幹細胞治療の重要性は認識されてはいるが、こうした治療のために使用される胚性幹細胞の使用目的が原因となって、幹細胞治療は依然として論議を呼ぶところである。また、たとえば骨髄のような起源からの幹細胞は採取が困難である。異論が多く、利用しにくい幹細胞の起源と同等の利益を与えることができる、成人幹細胞を採取するための利用しやすい起源があれば、当分野にとって有益であると思われる。本発明は、哺乳類毛包に由来する幹細胞の発見によって、このような必要性に対処した。毛に関する簡単な予備知識は、本発明の毛包幹細胞の基礎となる。
【0004】
発毛は特異な周期的再生現象である。毛包は、哺乳類の一生を通じて、成長期(anagen)、退行期(catagen)および休止期(telogen)からなる周期を繰り返し行う。毛包幹細胞の位置および機能は、発毛に関する生物学および病理学のいずれを理解するためにも重大な問題である(Oshima,H.ら、Cell (2001) 104:233-245)。幹細胞の特徴を示す、標識を保持する細胞が、毛包の変化しない上部、いわゆる毛隆起部(バルジ領域)に存在することが見いだされた(Cotsarelis,G.ら、Cell (1990)61:1329-1337)。
【0005】
近年Taylor. G.ら(Cell (2000) 102:451-461)は、毛包バルジ幹細胞は毛包のみならず表皮も生み出すことができることから、ニ分化能を有する可能性があることを報告した。他の実験(Oshimaら、(上記))も、成体ラットの毛包の外毛根鞘上部が多分化能を有する幹細胞を含有し、その幹細胞は毛包マトリクス細胞、皮脂腺基底細胞および表皮に分化することができるという新たな証拠を提供した。最近Toma,J.G.ら (Nature Cell Biology (2001) 3:778-784)は、皮膚由来前駆細胞(SKP)と命名された、哺乳類皮膚真皮から分離された多能性成体幹細胞が、培養中に増殖、分化し、ニューロン、グリア、平滑筋細胞および脂肪細胞を生じることができることを報告した。しかしながら、こうした幹細胞の皮膚内の正確な所在およびその機能は不明であった。
【0006】
神経幹細胞に関連する幹細胞を毛から分離することは、当分野に有益であると考えられる。本発明によって、毛包幹細胞と神経幹細胞の関係性を構築した。
【非特許文献1】Nature Cell Biol. 3 (2001.8.13 published [online]) p.778-784
【非特許文献2】Acta Medica (Hradec Kralove) 41 (1998) p.73-80
【非特許文献3】Mol. Cell. Neurosci. 17 (2001.2) p.259-273
【発明の開示】
【0007】
本発明は、分離された毛包幹細胞、およびその細胞から分化した細胞に関する。細胞はネスチンのようなマーカーに基づいて分離されることが望ましいが、ネスチンが緑色蛍光タンパク質と結合していることがさらに望ましい。
【0008】
本発明の別の態様は、哺乳類から毛包を含有する皮膚を用意すること、およびそれから毛包幹細胞を分離することを含んでなる、毛包幹細胞を分離する方法に関する。
【0009】
本発明の別の態様において、分離された毛包幹細胞を培地中でさらに培養して、分化した細胞を生じさせる。好ましい実施形態において、培地はFBS, BDNF, PDGFもしくはCNTFを含んでなる。さらに好ましい実施形態において、分化した細胞はニューロン、星状膠細胞、平滑筋細胞、または脂肪細胞である。
【0010】
本発明のもう一つの態様は、疾病、なかでも神経疾患または変性疾患を治療する方法に関するが、これは、幹細胞もしくは幹細胞から分化した細胞を、疾病を示す哺乳動物に移植することを含んでなる。この細胞は、自己由来または異種のいずれでもよい。ある実施形態において、細胞は、哺乳動物への全身的な注入によって移植され、別の実施形態では、哺乳動物臓器への細胞の直接注入によって移植される。好ましい臓器または組織は脳、肝臓もしくは心臓血管組織である。選択される疾病はアルツハイマー病、パーキンソン病、加齢に伴う記憶力の低下、脱毛、熱傷、皮膚の老化および皮膚の代替である。
【0011】
発明を実施するための形態
ある態様において、本発明は、分離された毛包幹細胞に関する。毛包細胞はネスチンのような、中枢神経前駆細胞に関するマーカーを発現することが明らかになっている。したがって、本発明のある態様において、こうした毛包細胞はマーカーであるネスチンの発現に基づいて分離される。
【0012】
ネスチンは、中枢神経系前駆細胞に関するマーカーである中間径フィラメントである。詳細には、ネスチン制御配列の制御下にある緑色蛍光タンパク質(GFP)を有するトランスジェニックマウスを作製し、CNS幹細胞の自己再生および多能性を可視化するために使用した。好ましい実施形態において、ネスチンは、分離工程を容易にするために緑色蛍光タンパク質のような検出試薬と結合していてもよいが、このような細胞のための他のマーカーを使用して毛包幹細胞ならびにいかなる他の検出試薬を分離することが意図されている。たとえば、細胞を、in vitroまたはin situでアッセイし、結合する標識された結合パートナー、抗体または核酸についてテストすることができる。毛包幹細胞が固相担体に付着する実施形態において、アッセイは異なるタイプのシグナル分子を利用するが、この場合結合しないシグナル分子を細胞に結合したシグナル分子から分離することができる。たとえば、シグナル分子を放射性同位元素(たとえば125I, 131I, 35S, 32P, 14C または 3H) ;光散乱標識(Genicon Sciences Corporation, San Diego, CA および、たとえば米国特許第6,214,560号を参照されたい);酵素もしくはタンパク質標識(たとえば、GFPまたはペルオキシダーゼ);または別の色素産生標識もしくは色素(たとえばTexas Red)で標識することができる。さらに、FACSもしくは他のセルソーティング機構を用いて細胞を分離することができる。
【0013】
毛包幹細胞の位置は毛周期によって変動する。ネスチン-GFPトランスジェニックマウスにおいて初期成長期には、ネスチン発現細胞は、毛包幹細胞が存在する毛包バルジ内の、皮脂腺のすぐ下にある毛包の不変上部にある。バルジ領域のネスチン発現細胞は、比較的小さい楕円形であって、相互に接続した短い樹状突起によって毛幹を取り囲んでいる。図3は、毛包におけるネスチン発現細胞の位置が、毛周期に依存することを示す。休止期(実施例1および図1)および初期成長期には、GFP陽性細胞、すなわちネスチン発現細胞は、主としてバルジ領域に存在する。図2では、GFP発現毛包幹細胞は、休止期および初期成長期のいずれも観察される。休止期の毛包幹細胞がもっとも原始的で局在しているので、毛周期のいかなる段階からも細胞の採取はできるが、この時期の細胞が採取のために好ましい。
【0014】
中期および後期成長期においては、GFP発現細胞はバルジ領域のみならず上部外毛根鞘に存在するが、毛球には存在しない。このような所見は、外毛根鞘由来のネスチン発現細胞が、毛包幹細胞について観察された挙動と合致することを示唆する。免疫組織化学的染色が示す結果は、実施例3および図4に示すように、ネスチン、GFP、ケラチン5/8およびケラチン15が、毛包バルジ細胞、外毛根鞘細胞および皮脂腺の基底細胞において共存することを明らかにした。こうしたデータはさらに、毛包バルジにおけるネスチン-GFP発現細胞が毛包幹細胞であることを実証した。ネスチン駆動性GFPはまた、図5に示すように毛包間の神経様ネットワークでも高度に発現していることが明らかになった。神経幹細胞、毛包幹細胞および毛包間神経様ネットワークにおいてネスチンが共通して発現することは、これら起源が共通であることを示唆する。実施例6は、ネスチン-GFP幹細胞のニューロスフェアへの変換を示すが、このニューロスフェアは当技術分野で公知の適当な条件下でニューロン細胞、星状膠細胞およびおそらく他の細胞型に分化する。
【0015】
別の態様において、本発明は、哺乳動物から皮膚を用意する、または切除すること、および毛包幹細胞を分離することを含んでなる、毛包幹細胞を分離する方法に関する。皮膚からネスチン発現細胞を分離することが望ましく、それによって毛包幹細胞を分離する。皮膚試料は毛周期のいかなる時期からも採取することができる。皮膚試料は休止期から採取することが望ましいが、それは、毛包幹細胞が優先的にこの時期に局在化され、このため採取が容易であると考えられているためである。こうした論理には制約されないが、休止期に細胞を採取することはまた、もっとも原始的な段階で細胞を採取することを可能にする。しかしながら、上記のように、ネスチン発現細胞は成長期、中期成長期および後期成長期にも見られる。切除された皮膚および分離法を用いて、好ましい実施形態のように、細胞を分離することができるが、他の分離法も考慮される。たとえば、細胞をin situで被験体から採取することができる。
【0016】
この分離された毛包幹細胞は、多能性すなわち多分化能を有することが明らかになった。したがって、毛包幹細胞を分化させる方法に関する本発明のさらなる態様において、分化を目的とし、ニューロン、星状膠細胞、平滑筋細胞、もしくはケラチン生成細胞、および他の細胞の中では脂肪細胞といった、分化した細胞を与える様々の選ばれた条件の下で、毛包幹細胞を培養することができる。ニューロンを生じるための培地は、PDGFもしくはCNTFを包含することができる。星状膠細胞のための培地は、たとえばGFAPを包含する。さらに、平滑筋組織のための培地は、たとえばFBSを包含する。当技術分野で教示される条件のみならず下記の参考文献で論じられる細胞分化のための条件が、本発明の細胞を分化させる方法において検討される。
【0017】
当技術分野で知られているあらゆる方法で移植を行うことができる。ある実施形態において、毛包幹細胞もしくはそれに由来する分化した細胞を被験体に全身的に注入する。別の態様において、毛包幹細胞もしくはそれに由来する分化した細胞を、被験体の臓器または組織に直接注入する。この臓器または組織は、望ましくは、脳、肝臓、または、たとえば心臓のような、心臓血管系に関わる臓器もしくは筋肉である。加えて、合成担体上に付着し増殖した細胞もしくは組織を次に移植することについても検討する。毛包幹細胞もしくはそれに由来する分化した細胞を、その細胞の起源である被験体とは異なる被験体に異種移植することができる。しかしながら、毛包幹細胞が到達しやすいため、ある好ましい実施形態においては、治療されるべき被験体から細胞を得て、必要ならば、分化した細胞を用意するために培養し、次にこの幹細胞もしくは分化した細胞のいずれかを自家移植することができる。本発明の幹細胞は十分に原始的で、したがって被移植体が移植時にこの細胞を拒絶するおそれがないため、毛包幹細胞バンクの利用も考慮される。
【0018】
多数の報告(Mezey,E.ら、Science (2000) 290:1779-1782; Brazelton,T.R.ら、Science (2000) 290:1775-1779; Jiang,Y.ら、Nature (2002) 418:41-49; Krause,D.S.ら、Cell (2001) 105:369-377; Lagasse,E.ら、Nat. Med. (2000) 6:1229-1234; Petersen,B.E.ら、Science (1999) 284:1168-1170; Sata,M.ら、Nat. Med.(2002) 8:403-409; Shimizu,K.ら、Nat. Med. (2001) 7:738-741; Jackson,K.A.ら、J.Clin. Invest. (2001) 107:1395-1402; および Orlic.D.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2001) 98:10344-10349)が、骨髄、皮膚および脳などを含めた様々な組織から得られた成体幹細胞の可塑性を示している。Mezeyら(上記)は、移植された成体骨髄細胞が遊走してマウスの脳に入り、ニューロン特異的抗原を発現する細胞に分化することを明らかにした。Brazeltonら(上記)は、標識された成体マウス骨髄を、致死的照射を受けた正常な成体マウスに注射した後、その脳内でニューロンタンパク質を発現するドナー起源の細胞を観察した。Jiangら(上記)は、初期胚盤胞に注入された時に間葉幹細胞と呼ばれる多能性成体前駆細胞もしくはMAPCと同時精製する細胞が、マウスに注射されたときに、全部ではないが大半の体細胞型をもたらし、肝臓、肺および消化管の上皮の他に、造血系に分化することを報告した。Krauseら(上記)は、成体骨髄細胞が、肝臓、肺、胃腸管および皮膚の上皮細胞に分化することを示した。Lagasseら(上記)は、チロシン血症I型の動物モデルであるFAH(-/-)マウスに注射された成体骨髄細胞が、その肝臓の生化学的機能を回復させることを報告した。
【0019】
Petersenら(上記)は、成体骨髄細胞の注入が、肝細胞の再生に転換することを示した。Sataら(上記)は、骨髄細胞が、マウスの動脈の再構築に寄与する平滑筋細胞(SMC)の大半を生み出すことを示している。Shimizuら(上記)の報告によれば、大動脈同種移植レシピエントへのβガラクトシダーゼ発現細胞の骨髄移植は、内膜細胞が骨髄起源の細胞を包含することを実証した。Jacksonら(上記)は、濃縮された骨髄幹細胞が心筋細胞および内皮細胞に分化し、マウスにおける機能組織の形成に寄与することを明らかにした。
【0020】
Orlicら(上記)は、急性心筋梗塞が存在する場合、サイトカインを介した骨髄細胞の移動は結果的に有意な程度の心筋の再生をもたらすことを報告している。
【0021】
しかしながら、Teradaら、Nature(2002) 416:542-545は、マウス骨髄細胞がインターロイキン-3を含有するin vitro培養において胚性幹細胞と自然発生的に融合することを実証した。さらに、自然発生的に融合した骨髄細胞は、続いてレシピエント細胞の表現型をとることができるが、これは分化と解釈されるであろう。加えて、最近、Wagers,A.J.ら、Science, (2002年9月5日)〔印刷前に電子出版された〕は、in vivoで骨髄幹細胞の、他の細胞型への変換を実証できなかった。これらの結果は成体幹細胞の可塑性に対して懸念を生じさせたが、ネスチンを発現する毛包幹細胞はより原始的な分化を示し、その多能性を維持する。
【0022】
このように、毛包幹細胞が上記の文献で報告された幹細胞と同様の結果を与えること、したがってそれを用いて、胚、骨髄、脳および皮膚のような他の起源に由来する幹細胞に関わる、当技術分野で公知の様々な疾病および症状を治療できることが期待されている。そうしたことから、本発明のある実施形態は、疾病、なかでも神経疾患または変性疾患を治療する方法に関するが、これは、分離された毛包幹細胞を、疾病を示す哺乳動物に移植することを含んでなる。
【0023】
注入され、もしくは移植された本発明の毛包幹細胞は、上記文献に記載のように、適当な条件下で、脳内でニューロンタンパク質を発現する細胞、または体細胞型、造血組織、心筋細胞、内皮組織、心筋組織、肝上皮、肺、消化管、胃腸管、平滑筋組織、皮膚、肝臓組織、動脈および心臓血管組織に関わる細胞に分化可能であることが期待される。ある好ましい実施形態において、毛包幹細胞もしくはそれから分化した細胞は、これらの臓器および/または組織と関連する疾病または障害を治療する方法に使用される。
【0024】
毛包幹細胞は、移植されるとすぐにin vivoで分化し、肝組織、脳組織、心臓血管組織といった組織を修復もしくは再生するために作用することが期待される。別の態様において、毛包幹細胞はin vivoで分化し、その分化した細胞を用いて同様に神経疾患もしくは変性疾患のような疾病を治療することができる。もっと好ましい実施形態において、毛包幹細胞もしくはそれから得られた分化した細胞は、アルツハイマー病、パーキンソン病、および加齢による記憶力低下からなる一群から選択される疾病の治療のために使用される。さらに、毛包幹細胞もしくはそれから得られた分化した細胞を、脱毛の治療のために、もしくは皮膚の代替のために使用することができ、または熱傷もしくは皮膚の老化といった表皮に関する症状を治療するために使用することができる。さらに、毛包幹細胞もしくはそれに由来する分化した細胞によって治療することができる疾病もしくは障害は、心臓血管疾患または肝臓病と関連がある。下記で詳細に述べるように、他の疾病の治療が検討される。
【0025】
さらに、本発明は、下記でより詳細に論じられる疾病を研究し、治療するためにこの発現系を利用することを検討する。本発明はまた、毛包幹細胞の多様な分化能の影響を判定するためにin vivoで幹細胞を利用することも検討する。
【0026】
加えて、下記に詳細に記載するように、上記の特定の疾病および障害に対して、本発明の毛包幹細胞もしくはそれに由来する分化した細胞を、細胞の増殖および/または分化の異常、骨代謝に関連した疾患、心臓血管疾患、その他に内皮細胞異常、肝臓障害もしくは脳障害のために、さらに望ましくは脳または肝臓の障害のために、幹細胞療法に使用することが検討される。
【0027】
細胞増殖性および/または分化性疾患の例としては、癌、たとえば癌腫、肉腫、転移性疾患もしくは造血新生物疾患、たとえば白血病がある。転移性腫瘍は、原発性腫瘍型の多数から発生する可能性があり、これは前立腺、大腸、肺、乳房および肝臓起源の腫瘍を含むがそれに限定されない。
【0028】
本明細書で使用される「癌(cancer)」という用語(これはまた「過剰増殖性」および「新生物性」という語と相互に置き換えて使用される)は、自律的増殖能を有する細胞、すなわち急速に増殖する細胞増殖を特徴とする異常な事態もしくは状態を指示する。癌性の病態は、病的である(すなわち、病的状態の特性を示し、または病的状態を成す、たとえば悪性腫瘍増殖)と分類されることもあるが、あるいは病的でない(すなわち、正常からの逸脱ではあるが病的状態には繋がらない、たとえば創傷修復に伴う細胞増殖)と分類されることもある。この用語は、あらゆるタイプの癌性増殖もしくは発癌プロセス、転移性組織または悪性転換細胞、組織もしくは臓器を、組織病理学的タイプもしくは侵襲性の段階に関わりなく包含するものである。「癌(cancer)」という用語は、様々な臓器系の悪性疾患、たとえば肺、乳房、甲状腺、リンパ、胃腸管および尿生殖路を冒す悪性腫瘍、ならびに、ほとんどの大腸癌、腎細胞癌、前立腺癌および/または精巣腫瘍、肺の非小細胞癌、小腸の癌および食道癌といった悪性疾患を含めた腺癌を包含する。「癌(carcinoma)」という用語は、技術分野で認識され、上皮もしくは内分泌組織の悪性腫瘍を指すが、これには呼吸器系癌、胃腸系癌、尿生殖系癌、睾丸癌、乳癌、前立腺癌、内分泌系癌および黒色腫がある。典型的な癌としては、子宮頸部、肺、前立腺、乳房、頭頸部、大腸および卵巣の組織から生じる癌がある。「癌(carcinoma)」という用語は、また、癌肉腫を包含するが、たとえばこれは、癌および肉腫の組織からなる悪性腫瘍を包含する。「腺癌」という用語は、腺組織から生じた癌、もしくは腫瘍細胞が認識可能な腺構造を形成している癌を表す。「肉腫」という用語は、技術分野で認識され、間葉由来の悪性腫瘍を指す。
【0029】
本発明の毛包幹細胞もしくはそれから生じる分化した細胞を使用して、様々な増殖性疾患を治療することができる。こうした疾患は、造血新生物疾患を包含する。本明細書で使用される「造血新生物疾患」という用語は、たとえば骨髄系、リンパ系もしくは赤血球系から生じる造血器官の過形成/新生細胞、またはその前駆細胞に関わる疾病を包含する。望ましくは、その疾病は、未分化型急性白血病、たとえば赤芽球性白血病および急性巨核芽球性白血病に起因する。他の具体例となる骨髄系疾患には、急性前骨髄性白血病(APML)、急性骨髄性白血病(AML)および慢性骨髄性白血病(CML)があるがこれに限定されない(Vaickus, L.による総説 (1991) Crit Rev. in Oncol./Hemotol. 11:267-297);リンパ性悪性腫瘍には、B細胞性ALLおよびT細胞性ALLを含めた急性リンパ芽球性白血病(ALL)、慢性リンパ球性白血病(CLL)、前リンパ球性白血病(PLL)、毛様細胞白血病(HLL)、およびWaldenstromのマクログロブリン血症(WM)があるがこれらに限定されない。他の悪性リンパ腫としては、非ホジキンリンパ腫およびその亜型、末梢T細胞リンパ腫、成人T細胞白血病/リンパ腫(ATL)、皮膚T細胞リンパ腫(CTCL)、大顆粒リンパ球性白血病(LGF)、ホジキン病およびReed-Sternberg病があるが、それに限定されない。
【0030】
本発明の毛包幹細胞もしくはそれから生じる分化した細胞を使用して、骨代謝関連疾患を治療することができる。「骨代謝」は、たとえば骨形成、骨吸収といった骨格の形成または変性における直接または間接の影響を指すが、これは最終的に血清中のカルシウムおよびリン酸濃度に影響を与えることができる。この用語はまた、骨細胞、たとえば破骨細胞および骨芽細胞、における活性も包含するが、これは、言い換えると、結果的に骨形成および変性をもたらすことができる。たとえば、本発明の毛包幹細胞もしくはそれから生じる分化した細胞を使用して、単球および単核食細胞の破骨細胞への分化を促すように、骨吸収を行う破骨細胞の様々な活性を治療することができる。したがって、本発明の毛包幹細胞もしくはそれから生じる分化した細胞を、骨形成および変性に影響を与えることができる骨細胞の生成に使用することができるが、さらにそれにより骨疾患の治療に使用することができる。こうした疾患の例には、骨粗鬆症、骨異栄養症、骨軟化症、くる病、嚢胞性線維性骨炎、腎性骨異栄養症、骨硬化症、抗痙攣治療、骨減少症、骨線維形成不全、二次性副甲状腺機能亢進症、副甲状腺機能低下症、副甲状腺機能亢進症、肝硬変、閉塞性黄疸、薬物代謝、髄様癌、慢性腎疾患、くる病、サルコイドーシス、グルココルチコイド抵抗症、吸収不良症候群、脂肪便、熱帯性下痢、特発性高カルシウム血症および授乳熱があるがそれに限定されない。
【0031】
本明細書で使用される、心臓に関する疾患、または「心血管疾患」もしくは「心血管障害」は、心臓血管系、たとえば心臓、血管、および/または血液を冒す疾病もしくは障害を包含する。心血管障害は、動脈圧の不均衡、心臓の機能不全、または、血管の閉塞(たとえば血栓による)によって引き起こされると考えられる。心血管障害は、動脈硬化、虚血性再潅流傷害、再狭窄、動脈炎、血管壁再構築、心室再構築、緊急心室ペーシング、冠動脈微小塞栓、頻脈、徐脈、圧負荷、大動脈の湾曲、冠動脈結紮、血管性心疾患、心臓弁膜症、心房細動、QT延長症候群、鬱血性心不全、洞結節機能不全、狭心症、心不全、高血圧、心房細動、心房粗動、心筋症、たとえば拡張型心筋症もしくは特発性心筋症、心筋梗塞、冠動脈疾患、冠動脈痙攣、虚血性疾患、不整脈、および心臓血管発育異常(たとえば、動静脈奇形、動静脈瘻孔、レイノー症候群、神経性胸郭出口症候群、カウザルギー/反射性交感神経性ジストロフィー、血管腫、動脈瘤、海綿状血管腫、大動脈弁狭窄症、心房中隔欠損症、房室管、大動脈縮窄症、エプシュタイン奇形、左心室発育不全症候群、大動脈弓離断症、僧帽弁逸脱症、動脈管、卵円孔開存症、部分的肺静脈還流異常、心室中隔欠損を伴う肺動脈閉鎖症、心室中隔欠損を伴わない肺動脈閉鎖症、胎児循環遺残症、肺動脈弁狭窄症、単心室、全肺静脈還流異常、大血管転位症、三尖弁閉鎖症、総動脈幹、心室中隔欠損症)のような障害を包含するがそれに限定されない。心血管疾患もしくは障害は、内皮細胞異常も包含する。
【0032】
本発明で使用される「内皮細胞異常」は、異常な、無秩序な、または不必要な内皮細胞活性を特徴とする異常、たとえば、増殖、遊走、血管新生、もしくは脈管化;または、細胞表面の接着分子、もしくは血管新生に関与する遺伝子、たとえばTIE-2, FLTおよびFLK、の異常発現を包含する。内皮細胞異常は、腫瘍形成、腫瘍転移、乾癬、糖尿病性網膜症、子宮内膜症、グレーブス病、虚血性疾患(たとえば、アテローム性動脈硬化症)、および慢性炎症性疾患(たとえば、慢性関節リウマチ)を包含する。
【0033】
本明細書に記載の方法によって治療することができる疾患は、既存線維の虚脱および圧縮に伴う細胞外基質の生成と分解の不均衡から生じるような、肝臓における線維性組織の蓄積を包含するがそれに限定されない。本明細書に記載の方法を用いて、生体恒常性を乱すプロセス、たとえば炎症過程、中毒性の損傷もしくは肝臓の血流の変化に起因する組織の損傷、および感染(たとえば、細菌、ウイルスおよび寄生虫感染)を含めて、多種多様の作用因子によって引き起こされる肝細胞の壊死もしくは損傷を治療することができる。たとえば、この方法を用いて、門脈圧亢進症もしくは肝線維症といった肝臓の損傷を治療することができる。
【0034】
さらに、この方法を使用して、先天性代謝異常に起因する肝線維症、たとえば、ゴーシェ病(脂質代謝異常)もしくは糖原病、α-1アンチトリプシン欠損症;外因性物質の蓄積(たとえば貯蔵)による疾患、たとえば、ヘモクロマトーシス(鉄過剰症候群)および銅蓄積症(ウィルソン病)、有毒な代謝物の蓄積をもたらす疾患(たとえばチロシン血症、フルクトース血症およびガラクトース血症)およびペルオキシソーム病(たとえばZellweger症候群)といった蓄積症に起因する線維症を治療することができる。さらに、本明細書に記載の方法は、たとえば、メトトレキサート、イソニアジド、オキシフェニサチン、メチルドーパ、クロルプロマジン、トルブタミドもしくはアルコールといった様々な化学物質もしくは薬物の投与に伴う肝臓損傷、あるいは血管疾患の肝臓での発現、たとえば肝内もしくは肝外のいずれかの胆汁流出の閉塞、または、たとえば、慢性心不全、肝内性肝静脈閉塞症、門脈血栓症もしくはバッド・キアリ症候群に起因する、肝循環の変化に対応する肝臓損傷の治療にも役立つと考えられる。
【0035】
脳に関する疾患は、下記を包含するが、それに限定されない:ニューロンに関わる疾患、およびグリア(たとえば星状膠細胞、乏突起膠細胞、上衣細胞、および小膠細胞)に関する疾患;脳水腫、頭蓋内圧亢進およびヘルニア形成、ならびに水頭症;先天性異常および発達障害、たとえば神経管欠損症、前脳の異常、後頭蓋窩の異常、ならびに脊髄空洞症および水脊髄症;出生時脳損傷;脳血管疾患、たとえば低酸素症、虚血、および梗塞に関連する疾患、これは低血圧、低潅流、および低血流状態−全体的脳虚血および限局性脳虚血−局所血液供給の障害に起因する梗塞形成を包含する、頭蓋内出血、これは脳内(実質内)出血、くも膜下出血および漿果状動脈瘤破裂を包含する、ならびに先天性血管異常、高血圧性脳血管疾患、これには裂孔梗塞、スリット出血、および高血圧性脳症がある;感染症、たとえば急性髄膜炎、これは急性化膿性(細菌性)髄膜炎および急性無菌性(ウイルス性)髄膜炎を包含する、急性限局性化膿性感染症、これには脳膿瘍、硬膜下膿瘍、および硬膜外膿瘍が含まれる、慢性細菌性髄膜脳炎、これは結核およびミコバクテリウム症を含む、神経梅毒、および神経ボレリア症(ライム病)、ウイルス性髄膜脳炎、これは節足動物媒介(Arbo)ウイルス脳炎、単純ヘルペスウイルス1型、単純ヘルペスウイルス2型、水痘帯状疱疹ウイルス(帯状疱疹)、サイトメガロウイルス、灰白髄炎、狂犬病、およびヒト免疫不全ウイルス1を包含するが、後者はさらにHIV-1髄膜脳炎(亜急性脳炎)、空胞脊髄症、AIDS関連ミオパシー、末梢神経障害、および小児におけるAIDSを包含する、進行性多病巣性白質脳障害、亜急性硬化性全脳炎、真菌性髄膜脳炎、他の神経系の感染性疾患;感染性海綿状脳症(プリオン病);脱髄疾患、これは多発性硬化症、異型多発性硬化症、急性散在性脳脊髄炎および急性壊死性出血性脳脊髄炎、ならびに脱髄を伴う他の疾患を包含する;変性疾患、たとえば大脳皮質を冒す変性疾患、これはアルツハイマー病およびピック病を包含する、大脳基底核および脳幹の変性疾患、これはパーキンソニズム、特発性パーキンソン病(振戦麻痺)、進行性核上麻痺、大脳皮質基底核変性症、多系統萎縮症(線条体黒質変性症、シャイ・ドレーガー症候群、およびオリーブ橋小脳萎縮症を包含する)、ならびにハンチントン病を包含する;脊髄小脳変性症、こ
れは脊髄小脳失調を包含し、これはさらにフリードライヒ失調症、および血管拡張性運動失調症を包含する、運動ニューロンを冒す変性疾患、これには筋萎縮性側索硬化症(運動ニューロン疾患)、球脊髄性筋萎縮症(ケネディー症候群)、および脊髄筋萎縮症がある;先天性代謝異常、たとえば白質ジストロフィー、これはクラッベ病、異染性白質萎縮症、副腎脳白質ジストロフィー、ペリツェウス・メルツバッハー病、およびカナバン病を包含する、ミトコンドリア脳筋症、これはリー脳症および他のミトコンドリア脳筋症を含む;中毒性および後天性代謝疾患、これはビタミン欠乏、たとえばチアミン(ビタミンB1)欠乏およびビタミンB12欠乏、を包含する、代謝障害の神経性後遺症(低血糖症、高血糖症および肝性脳症を含む)、中毒性疾患(一酸化炭素、メタノール、エタノールおよび放射線を包含し、さらにメトトレキサートおよび放射線の併用による損傷を包含する);腫瘍、たとえば、神経膠腫、これは星状膠細胞腫(線維性(散在性)星状膠細胞腫および多形性膠芽腫を包含する)、毛様細胞性星細胞腫、多形性黄色星状膠細胞腫、および脳幹膠腫を包含する、乏突起膠腫、ならびに上衣細胞腫および関連する脳質周囲の大量病変、ニューロン腫瘍、低分化新生物、これは髄芽細胞腫、他の実質腫瘍(原発性脳リンパ腫、胚細胞腫瘍、および松果体実質腫瘍を包含する)、髄膜腫、転移性腫瘍、腫瘍随伴症候群、末梢神経鞘腫(シュワン細胞腫、神経線維腫、および悪性末梢神経鞘腫(悪性シュワン細胞腫)を包含する)、ならびに神経皮膚症候群(母斑症)(これは神経線維腫症を包含するが、さらに1型神経線維腫症(NF1)および2型神経線維腫症(NF2)を含む)を包含する、結節硬化症、およびフォンヒッペルリンドウ病。
【0036】
下記の実施例は、本発明を説明することを目的とするが、これを限定するものではない。
【実施例1】
【0037】
休止期ネスチン発現細胞の観察
ネスチンは、中枢神経系(CNS)前駆細胞および神経上皮幹細胞のマーカーとなる中間径フィラメント(IF)遺伝子である(Lendahl,U.ら、Cell (1990) 60:585-596)。ネスチン第2イントロンエンハンサーの制御のもとで強い緑色蛍光タンパク質(EGFP)を有するネスチン-EGFPトランスジェニックマウスを、CNS幹細胞の自己再生および多能性を研究し、可視化するために使用した(Lendahl, U.ら、(上記); Zimmerman,L.ら、Neuron (1994) 12:11-24; およびKawaguchi,A., Molecular and Cellular Neuroscience (2001) 259-273)。
【0038】
ネスチン-EGFPマウスで、毛包間の神経様ネットワークのみならず、毛包幹細胞においてもネスチンの強力な発現が観察された。
【0039】
休止期のネスチン-GFP皮膚試料を、真皮を上に、表皮を下にして、蛍光光学の機能を備えたNikon蛍光顕微鏡下で直接観察した。これらの皮膚検体を観察するために、10X PlanApo 対物レンズ を使用するNikon Optiphotに搭載されたMRC-600共焦点画像処理システム (Bio-Rad)による共焦点顕微鏡法も使用した。ネスチン発現細胞は、皮脂腺の真下の休止期毛包の変化しない上部、およびバルジ領域にもっぱら突出して存在することが明らかになった(図1)。このような細胞は、比較的小さい紡錘形、楕円形もしくは円形をしている(図2)。
【実施例2】
【0040】
毛周期におけるネスチン発現細胞の比較
ネスチン発現細胞の存在する場所が毛周期に左右されることが観察された。このようなネスチン-GFP発現細胞が毛包の発達とどのように関係するのかを明らかにするために、休止期の7-8週齢マウスを脱毛によって成長期に誘導した。脱毛の直前(休止期)、ならびに脱毛後1, 2, 3, 4 および 5日(初期成長期)、8および10日(中期成長期)、15および16日(後期成長期)、ならびに19および20日(退行期)に、皮膚試料(5×5 mm2)を背部の皮膚から切除した。上記のように、休止期には、毛包のネスチン発現細胞は、上部の変化しないバルジ領域にのみ存在する。新たな毛周期を引き起こすと、成長期の毛包が成長し始めた。脱毛の2-3日後、ネスチン-GFP発現細胞から直接増殖した新しいネスチン発現毛包細胞は、バルジに存在した。毛周期が中期および後期成長期となると、ネスチン発現毛包細胞は、外毛根鞘の上部3分の2に特異的に存在し、毛包もしくは毛球の下3分の1には発現しない。ネスチン発現外毛根鞘細胞は全成長期および退行期の間、可視化される。退行期に、毛球マトリクス細胞が退行と変性を受けるとき、外毛根鞘のネスチンGFP発現細胞は残存するが、その後、毛包の縮小につれて減少し、新たな休止期の時期までに最終的にはバルジにのみ見いだされる(図3)。
【0041】
毛周期におけるバルジネスチン-GFP発現細胞の動態的な周期パターンは、これらの細胞が毛包幹細胞であって、新たな毛包構造を形成する生きた幹細胞のはじめての直接的な証拠を与えることを強く示す。ある観察は、毛周期を通じてネスチン-GFP発現細胞を追跡することによって、バルジ細胞が実際に毛包構造を形成することを実証する。本発明者らの結果は、他の発見によって強く支持されている。最近、Oshimaら(上記)は、成体マウス毛包の外毛根鞘上部に、形態形成シグナルに応答して多様な毛包、皮脂腺および表皮を生じる多能性幹細胞が含まれることを報告した。この発見は、外毛根鞘におけるネスチン-GFP発現についての我々の観察と関連性がある。
【実施例3】
【0042】
ネスチン発現毛包幹細胞の詳細な性質検討
上記のネスチン-GFP発現毛包幹細胞の特性をさらに明らかにするために、ネスチン(1:80, Rat401, DSHB, University of Iowa, Iowa City, IA);GFP(1:100, Boehringer Mannheim);ケラチン5/8(1:250, Chemico International, Temecula, CA);およびケラチン15、毛包幹細胞のマーカーとなりうるものの1つ(1:100, Chemico International, Temecula, CA)の共存を、パラフィン包埋野生型C57B16およびネスチン-GFPトランスジェニックマウス皮膚で免疫組織化学的に判定した。DAKO ARK動物研究キット、またはDAKO EnVision Doublestain Systemを、色素原DAB (3, 3-ジアミノベンジジン)もしくはヌクレアファストレッドと共に、免疫組織化学染色に使用した。免疫組織化学染色の結果(図4)、ネスチン、GFP、ならびにケラチン5/8およびケラチン15が毛包バルジ細胞、外毛根鞘細胞および皮脂腺の基底細胞に共存することが明らかになった。これらのデータはさらに、毛包バルジのネスチン-GFP発現細胞が毛包幹細胞であることを実証した。
【0043】
また、何が、毛包と相互に連絡している、表皮、毛包、真皮、皮下および皮筋層を含めた完全な皮膚層に存在するネスチン発現細胞の「神経様」3次元ネットワークに見えるのかを観察した(図5)。このような細胞の正確な同定および機能は、さらに実証の必要がある。これより、毛包幹細胞および毛包間神経様ネットワークでのネスチン発現は、神経幹細胞との関係を示唆した。
【実施例4】
【0044】
毛包幹細胞の分離
上記のネスチン-GFP発現毛包細胞が多能性幹細胞であるかどうかを詳細に確認するために、毛包バルジネスチン-GFP発現幹細胞を分離し、in vitroで培養した。休止期のネスチン-GFP発現トランスジェニックマウス皮膚試料を切除して、細かく刻んだ。次にその細かく切った組織を、トリプシン(0.25%)、コラゲナーゼ(0.4%)およびディスパーゼ(1.0%)混合物で、37℃にて2時間、消化した。バルジ領域にネスチン-GFP発現細胞を有する個々の毛包を、蛍光光学装置付きの解剖顕微鏡下で分離した。つぎに、毛包のバルジ領域にあるネスチン-GFP発現細胞を、蛍光解剖顕微鏡下で、細いシリンジによってさらに分離した。
【実施例5】
【0045】
幹細胞の培養
毛包のバルジ領域から得られたネスチン-GFP発現細胞を、増殖因子を補充せずにM21培地に移したが、この培地は、ニューロスフェアを培養する代表的な神経維持培地である(Uchida,N.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2000) 97:14720-14725)。12日後、ニューロスフェア様コロニーが現れた。別の実験では、毛包バルジ領域から分離されたネスチン-GFP発現細胞を、メチルセルロース(1.2%)含有神経幹細胞培地で、上皮成長因子(EGF)(20 ng/ml)、繊維芽細胞増殖因子(FGF)(20 ng/ml)、および白血病抑制因子(Lif)(10 ng/ml)を2日ごとに補充して、10細胞個/mm2で培養した。培地中にスフェアが出現したら、これを、メチルセルロースを含まない新プレートに移した。初発のスフェアから二次的なスフェアも生成した。次にスフェアの分化能をアッセイした。
【実施例6】
【0046】
分化培養アッセイ
ポリオルニチン/ラミニンをコートしたプレート上にスフェアを蒔き、ウシ胎仔血清(FBS)(5%)、脳由来神経栄養因子(BDNF)(10 ng/ml)、血小板由来成長因子(PDGF)(10 ng/ml)および毛様体神経栄養因子(CNTF)(10 ng/ml)のそれぞれの存在下で、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)-12で培養した。次に、細胞を、ニューロン用マーカー (β-III チューブリン, 1:500, Promega); 星状膠細胞用マーカー(GFAP, 1:300, Sigma); 平滑筋細胞用マーカー (SMA, 1:300, Sigma); およびケラチン生成細胞用マ・BR>[カー (PAN-KERATIN, 1:100, SIGMA)による免疫化学的染色によって分析した。脂肪細胞は、視覚による観察によって判定された(図6)。
【0047】
BDNF存在下で培養したスフェアは、β-III チューブリンおよびGABAに対して免疫陽性であって、このことはニューロンの存在を示唆した。PDGF存在下で培養したスフェアは、主にニューロンを生じたが、GFAP陽性細胞がまばらに存在し、星状膠細胞の存在が示唆された。CNTF存在下で培養した細胞は、ニューロンを示すβ-III チューブリン陽性細胞のみを生じた。FBS存在下で培養したスフェアはすべて平滑筋アクチン(SMA)陽性細胞に分化し、一部ケラチン生成細胞となった。
【0048】
本発明の観察および実験データに基づいて、次のように結論する:1) ネスチン-GFP発現は、バルジ細胞が毛包幹細胞であることを示す。これは、バルジ細胞が実際に幹細胞として機能するという最初の証明である。2)毛包幹細胞がネスチンを発現するという事実は、毛包幹細胞が神経幹細胞と関連することを示唆した。3)毛包は、ネスチン-GFP-発現神経様ネットワークで相互に連結されている。4)毛包幹細胞は、適正な条件下でニューロン細胞を含めた多数の細胞型を形成することができるが、これは毛包幹細胞がin vivoで脳細胞を形成する可能性を示唆する。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】休止期のネスチン-GFPトランスジェニックマウス皮膚における毛包ネスチン-GFP発現細胞。皮膚試料は、ネスチン-GFPトランスジェニックマウスの背部皮膚から切除した直後に、新しく調製した。次に、この皮膚試料を、皮下組織から切り出した後、真皮側を上にして蛍光顕微鏡または共焦点顕微鏡で直接観察した。(a,bおよびc)は蛍光顕微鏡の画像である。(d)は共焦点顕微鏡の画像である。独特な釣り鐘状の構造、および各毛包内の毛包ネスチン-GFP発現細胞(白い矢印)の位置に注意されたい。毛包ネスチン-GFP発現細胞は厳密に皮脂腺の真下に位置する(図1a, 白い点線の外)が、これは毛包幹細胞の位置、しかもいわゆる毛包バルジ領域と同一である。毛包のネスチン-GFP発現細胞が相互にネスチン-GFP発現神経様細胞ネットワーク(灰色の矢印)と結合していることに注目されたい。倍率:a 100倍、b およびc 200倍、d 400倍。
【図2】初期の毛包を形成する毛包幹細胞。休止期のGFP発現毛包幹細胞(白い矢印)。GFP毛包幹細胞は初期成長期の新しい毛包を形成する(灰色の矢印)。原本の倍率400倍。
【図3】共焦点画像は、バルジのネスチン-GFP発現細胞から新しい毛包が成長し、毛周期を通じて発達することを示す。ピンク色の皮膚によって判断される毛周期が休止期にある、6-7週齢C57B16ネスチン-GFPトランスジェニックマウスの背部皮膚をホットワックスで脱毛することによって、成長期の毛包を開始させた。(a)は、脱毛直前の時点の試料であり、もっぱらバルジ領域にのみ存在するバルジ ネスチン-GFP細胞を示す。(b)は、脱毛後2日の試料である。ネスチン-GFPを発現する新しい毛包の芽がバルジ ネスチン-GFP幹細胞から直接、まさに形成されたことに注目されたい。(cおよびd)は脱毛後4日および5日の試料であって、初期成長期の毛包を示す。新しい毛包は成長を続け、ネスチン-GFPの発現につれて発達し続けたことに注意されたい。(e)は脱毛後8日の試料であって、中期成長期の毛包を示す。上部の外毛根鞘でネスチン-GFPを発現するが、毛球ではネスチン-GFPを発現しない、完全に形成された毛包に注目されたい。(fおよびg)は脱毛後19-20日の試料であり、退行期の毛包を示している。この毛包は変性し毛隆起に退行していることに留意されたい。共焦点顕微鏡。倍率:(a, b, cおよびd) 400倍。(eおよびf)100倍。(g)200倍。
【図4】免疫組織化学染色によって判別される、毛包バルジ幹細胞および外毛根鞘細胞におけるGFP、ネスチンならびにケラチン5/8および15の共存。(a)は、ネスチン-GFPを発現する毛包バルジ幹細胞を示す生きた組織の共焦点画像であるが(灰色の矢印)、これは新しい毛包を形成している(白い矢印)。(b)は、ネスチン抗体で免疫組織化学的に染色されたパラフィン包埋組織切片であるが(1:100)、これは(a)におけるネスチン-GFP発現のように正確なネスチン発現パターンを示した。灰色の矢印は、ネスチン陽性毛包バルジ幹細胞を示す。白い矢印は、ネスチン陽性の新たに形成された毛包を示す。(c)および(d)は、ネスチン-GFPトランスジェニックマウス皮膚毛包の、2通りのパラフィン縦断面であって、GFP mAb(1:100)およびケラチン-15 mAb(1:100)を用いて二重免疫組織化学染色されている。GFPは色素原ファストレッドによって検出され、ケラチン-15は色素原DABにより検出される。毛包バルジ幹細胞におけるネスチン-GFPおよびケラチン-15の局在に注目されたい。(e, f,およびg)はネスチン-GFPトランスジェニックマウス皮膚毛包の一連のパラフィン横断面であり、それぞれ、GFP mAb(e, 1:100)、ケラチン5/8 mAb(f, 1:250)およびネスチン mAb(g, 1:100)を用いて二重免疫組織化学染色されている。毛包の外毛根鞘細胞におけるGFP、ケラチン5/8およびネスチンの共存に注目されたい。倍率400倍。
【図5】毛包ネスチン-GFP発現幹細胞および毛包間の神経様細胞ネットワーク。ネスチン-GFPトランスジェニックマウス皮膚から得られた休止期毛包は、GFP発現幹細胞を示す。この幹細胞の独特の構造(白い矢印)が、皮脂腺のすぐ下の毛包バルジ領域にあることに注目されたい。毛包はGFP-発現神経様細胞ネットワークと相互に連絡している(灰色の矢印)。原本の倍率100倍。
【図6】毛包から分離されたネスチン-GFP発現細胞はin vitroで多様な細胞型を生じる。(a)毛包ネスチン-GFP発現細胞から成長したニューロスフェア。(b)コートプレート上にプレーティングした2日後、ニューロスフェアはその表面に付着する;細胞は離れて遊走を始め、そのGFP蛍光は失われる。(c)プレーティングの1週間後、細胞はニューロンのマーカーであるβチューブリン(線維状構造)を発現し始める;一部の細胞は、低レベルのGFPをまだ発現する(明るい、比較的丸いスポット)。(d)プレーティングの2週間後、GABA陽性ニューロン細胞が明瞭に認められる。(e)プレーティングの1週間後、細胞は星状膠細胞マーカーGFAPを発現し始める;一部の細胞はまだ低レベルのGFPを発現する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不変上部毛包内の皮脂腺のすぐ下にある毛包バルジから休止期又は初期成長期細胞周期段階において得られうる分離した哺乳類幹細胞であって、ネスチンを発現する該幹細胞。
【請求項2】
哺乳類幹細胞を分離する方法であって、その皮膚が毛包を含有する哺乳類から皮膚サンプルを提供し、そして不変上部毛包内の皮脂腺のすぐ下にある毛包バルジから細胞を除去することを含み、ここで毛包は細胞周期の休止期又は初期成長期段階にある該方法。
【請求項3】
該分離した細胞を培地中で培養して分化した細胞を製造することをさらに含む、請求項2記載の方法。
【請求項4】
培地がFBS、BDNF、PDGF又はCNTFを含む、請求項3記載の方法。
【請求項5】
請求項2に記載の方法により調製した分離した細胞。
【請求項6】
請求項3又は4に記載の方法により調製した細胞。
【請求項7】
ニューロン、星状膠細胞、平滑筋細胞または脂肪細胞である、請求項6に記載の分化した細胞。
【請求項8】
疾患を示す被験者に請求項1に記載の細胞または請求項2記載の方法によって分離した細胞を投与することを含む方法で分化した細胞の生成により利益を得る疾患の治療のための組成物を調製するための、請求項1記載の細胞または請求項2に記載の方法によって分離した細胞を含む組成物の使用。
【請求項9】
疾患を示す被験者に請求項3または請求項4に記載の方法によって調製した細胞を投与することを含む方法で分化した細胞の生成により利益を得る疾患の治療のための組成物を調製するための、請求項3又は4に記載の方法により調製した細胞を含む組成物の使用。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2009−39125(P2009−39125A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−226841(P2008−226841)
【出願日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【分割の表示】特願2007−101233(P2007−101233)の分割
【原出願日】平成14年9月20日(2002.9.20)
【出願人】(502326772)アンチキャンサー インコーポレーテッド (23)
【Fターム(参考)】