説明

ハイドレートの3相平衡条件の予測方法

【課題】構造Iのメタン+水系又はエタン+水系ハイドレートの3相平衡条件を予測する方法の提供。
【解決手段】構造Iのメタン+水系又は構造Iのエタン+水系において、式(1)温度・圧力条件を求めることにより3相平衡条件を求める方法において、Kihara パラメータ (a, σ,ε)のうち、aは粘性率および第2ビリアル係数により導出した既存の値を用い、σ,εについては、構造Iとなるメタン+水系又はエタン+水系の相平衡条件を再現するKiharaパラメータσ,εを導出する構造Iのメタン+水系又はエタン+水系ハイドレートの3相平衡条件の予測方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハイドレートの相平衡条件の予測方法に関し、より詳しくはvan der Waals‐ Platteeuw のモデルにおいて、Kiharaパラメータを用いたハイドレートの相平衡条件の予測方法であり、典型的にはメタンハイドレート、エタンハイドレートの相平衡条件の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイドレートは、水分子の水素結合により形成されたかご状構造格子の空隙(キャビティ)にメタンなどの分子(ゲスト分子)が包接された化合物である(非特許文献1参照)。 また、近年、 ハイドレートを用いてエネルギー利用技術を高度化する試みが少なからず報告されており、例えば天然ガスの輸送貯蔵媒体(非特許文献2参照)やヒートポンプシステムの作動媒体(非特許文献3参照)としての利用、また海底や永久凍土帯に天然に存在するハイドレートは将来の資源として期待されている。
このようなハイドレート利用技術の開発には、ハイドレート生成系の相平衡条件の理解が重要であり、相平衡条件を求める実験は過去に数多く行われている。
しかし相平衡条件を求める実験には非常に多くのコストと時間がかかるため、相平衡条件を理論的に予測する方法の確立が求められている。
【0003】
van der Waals と Platteeuw は、相平衡条件を予測する統計熱力学モデルを構築し(非特許文献4参照)、シミュレーションのみで容易にゲスト物質多成分系の相平衡条件を予測できる可能性を示した。
現在このモデルに基づく予測法が広く用いられているが、実用上十分な精度での予測を与えない場合もある。その一例が、天然ガスを扱う上で重要なメタン+水系、エタン+水系においては、相平衡条件を広い温度範囲で正確に再現できる Kihara パラメータが報告されていないということである。Kihara パラメータとはゲスト物質固有の値であり、ゲスト物質が単成分の系の実験値にフィッティングすることで導出され、そのまま任意の組成の多成分ゲスト物質の系の計算にも用いられる。
メタンおよびエタンの Kihara パラメータはこれまでいくつか提唱されているが,これらによるメタン+水系,エタン+水系の相平衡条件の予測値は、高温域において実験値との偏差が大きくなる。また、特にメタンおよびエタンのKiharaパラメータの代表的なものにSloan(非特許文献1参照)やBallardとSloan(非特許文献5参照)が提唱したものがあるが、これらのパラメータを定量的に比較検討した報告はない。

【非特許文献1】Sloan, E. D., Jr., Clathrate Hydrates ofNatural Gases, 2nd Ed., Marcel Dekker, New York, NY, 1998.
【非特許文献2】Mori, Y. H., J. Chem. Ind. Eng. (China),54-Supple (2003), 1.
【非特許文献3】Imai, S., Okutani, K, Ohmura, R. andMori., Y. H., J. Chem. Eng. Data, 50 (2005), 1783.
【非特許文献4】van der Waals, J. H. and Platteeuw, J.C., Adv. Chem. Phys., 2 (1959), 1.
【非特許文献5】Ballard, A. L. and Sloan, E. D. Jr., Annals New York Academyof Science, 912 (2000), 702.
【非特許文献6】Soave, G., Chem. Eng. Sci., 27 (1972), 1197.
【非特許文献7】Tee, L. S., Goto, S., Stewart, W. E.,Ind. Eng.Chem. Fund., 5 (1966), 356.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明では、メタン+水系およびエタン+水系の相平衡条件の実測値とvan der Waals− Platteeuwモデルによる予測との整合性を再検討して、広い温度領域で実験値を正確に再現できるようなKiharaパラメータを導出し、実験を必要とすることなく正確に構造Iのメタン+水系又はエタン+水系ハイドレートの3相平衡条件を予測する方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、構造Iのメタン+水系又は構造Iのエタン+水系において、式(1)
【数8】

を成立させる温度・圧力条件について、
式(2)
【数9】

充填率は、
式(3)
【数10】

により求まる。Langmuir定数は、
式(4)
【数11】

により求まる。セルポテンシャルは、
式(5)
【数12】

により求まる。δNは、
式(6)
【数13】

により求まる。及び
式(7)
【数14】

によりハイドレート相および水溶液相の化学ポテンシャルを求め、前記式(1)が成立するときの温度・圧力条件を求めることにより3相平衡条件を求める方法において、Kihara パラメータ (a, σ,ε)のうち、aは粘性率および第2ビリアル係数により導出した既存の値を用い、σ,εについては、構造Iとなるメタン+水系又はエタン+水系の相平衡条件を再現するKiharaパラメータσ,εを導出することを特徴とする構造Iのメタン+水系又はエタン+水系ハイドレートの3相平衡条件の予測方法である。

また、本発明の構造Iのメタン+水系又はエタン+水系ハイドレートの3相平衡条件の予測方法では、
メタンのa[Å]=0.3834、σ[Å]=3.2843ε/KB[K]=151.6773
又は、
エタンa[Å]=0.5651、σ[Å]=3.3658、ε/KB[K]=182.8129
とすることができる。

【発明の効果】
【0006】
本発明の構造Iのメタン+水系又はエタン+水系ハイドレートの3相平衡条件の予測方法は、広い温度領域で実験値とほぼ同じ値を正確に再現できる。

【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明で云う van
der Waals ― Platteeuw のモデルとは、van der WaalsとPlatteeuwはキャビティをつくる水分子の化学ポテンシャルに着目し、
(1)キャビティ中のゲスト分子はホスト分子の格子に影響を及ぼさない。
(2)それぞれのキャビティには最大1つのゲスト分子が入る。
(3)キャビティ中のゲスト分子間の相互作用は無視できる。
(4)古典統計熱力学のみで記述できる。
という4つの仮定を挙げ、ハイドレートを含む系における相平衡条件を予測する統計熱力学モデルを提唱した(非特許文献4参照)。
ハイドレート相と水溶液相が平衡状態にあるとき,それぞれの相の水の化学ポテンシャルは等しいので、式(1)が成立する。
【数15】

が成立する。ハイドレート相の水の化学ポテンシャル[μHyd] は、統計熱力学と Langmuir の吸着論より式(2)のように与えられる。
【数16】

また、水溶液相の水の化学ポテンシャルμliq(ice) は、式(7)より求められる。

【数17】

3相平衡条件は、ある温度における圧力を仮定し、その条件におけるハイドレート相および水溶液相の化学ポテンシャルを式(2)、(7)より求め、圧力を変えてくり返し計算する。
式(1)が成立したときの温度・圧力条件が3相平衡条件である。
Langmuir定数を算出する際の数値積分はシンプソンの方法を、状態方程式はSoave – Redlich – Kwong の状態方程式(非特許文献6参照)を用いる。ハイドレート相の計算における結晶構造の物性値および水溶液相の計算における熱力学量はBallard – Sloanの値を用いる(非特許文献5参照)。
メタン+水系およびエタン+水系における Kihara パラメータは、相平衡条件の実験値
(P, T )と対応する予測値とを最小自乗法を用いてフィッティングすることで導出することができる。

次に本発明のハイドレートの相平衡条件の予測方法について、具体例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0008】
van der Waals− Platteeuw のモデルを用いて3相平衡条件を計算した。
3相平衡条件は、ある温度における圧力を仮定し、その条件におけるハイドレート相および水溶液相の化学ポテンシャルを式(2)、(3)より求め、圧力を変えてくり返し計算した。
式(1)が成立したときの温度・圧力条件が3相平衡条件である。Langmuir定数を算出する際の数値積分はシンプソンの方法を、状態方程式はSoave− Redlich − Kwong の状態方程式を用いた(非特許文献6参照)。ハイドレート相の計算における結晶構造の物性値および水溶液相の計算における熱力学量はBallard − Sloanの値を参照した(非特許文献5参照)。
メタン+水系およびエタン+水系における Kihara パラメータは、相平衡条件の実験値 (P,T)と対応する予測値とを最小自乗法を用いてフィッティングすることで導出した。
【0009】
Kihara パラメータ a, σ,ε のうち、aは粘性率および第2ビリアル係数により導出した既存の値を用い(非特許文献7参照)、構造Iとなるメタン+水系およびエタン+水系の相平衡条件を再現するKiharaパラメータσ,εを導出した。
このKiharaパラメータを表1に示す。
【表1】

Sloanにより提案されたパラメータ、Ballard - Sloanにより提案されたパラメータおよび本発明で導出した Kiharaパラメータを用いて算出したメタン+水系の相平衡条件を図1に、エタン+水系の相平衡条件を図2にそれぞれ示す。
ここでは、平均絶対偏差(AAD)を以下のように定義する。
【数18】

【0010】
本発明で導出したパラメータを用いた計算結果は、メタン+水系のAADが0.016となった。Sloanのパラメータでは0.054,Ballard − Sloanのパラメータでは0.046となった。
本発明で導出したパラメータを用いると、エタン+水系のAADは0.023となり、Sloanのパラメータでは0.082,Ballard - Sloanのパラメータでは0.029となった。
本発明で導出したパラメータを用いると、メタン+水系およびエタン+水系の広い温度領域において良好に相平衡条件の実験値を再現することができることが判明した。図1及び図2からわかる様に、特に高温域において本発明によるパラメータを用いた場合の優位性が顕著であった。

【0011】
しかし、このパラメータはそれぞれ構造Iとなるメタン+水系およびエタン+水系の相平衡条件は非常によく再現できたものの、結晶構造の相転移、特に構造IIとなるメタン+エタン+水系の相平衡条件を再現できなかったため、さらに構造IIのためのKiharaパラメータを導出したが、このパラメータもメタン+エタン+水系における結晶構造の相転移点を正確に再現することができないことが判明した。
また、本発明で用いた方法ではメタン・エタンを含む系においてすべてを満足するような単一の Kihara パラメータは存在しないことが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0012】
本発明の構造Iのメタン+水系又はエタン+水系ハイドレートの3相平衡条件の予測方法は、広い温度領域で実験値を正確に再現できるので、天然に存在するハイドレートの存在領域の探査に役立つ。また、メタンハイドレート、エタンハイドレートを人口的に製造するプロセスの設計に利用できる。

【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】メタン+水系の相平衡条件
【図2】エタン+水系の相平衡条件

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造Iのメタン+水系又は構造Iのエタン+水系において、式(1)
【数1】

を成立させる温度・圧力条件について、
式(2)
【数2】

充填率は、
式(3)
【数3】


により求まる。Langmuir定数は、
式(4)
【数4】

により求まる。セルポテンシャルは、
式(5)
【数5】

により求まる。δNは、
式(6)
【数6】

により求まる。
及び
式(7)
【数7】

によりハイドレート相および水溶液相の化学ポテンシャルを求め、前記式(1)が成立するときの温度・圧力条件を求めることにより3相平衡条件を求める方法において、Kihara パラメータ (a, σ,ε)のうち、aは粘性率および第2ビリアル係数により導出した既存の値を用い、σ,εについては、構造Iとなるメタン+水系又はエタン+水系の相平衡条件を再現するKiharaパラメータσ,εを導出することを特徴とする構造Iのメタン+水系又はエタン+水系ハイドレートの3相平衡条件の予測方法。
【請求項2】
メタンのa[Å]=0.3834、σ[Å]=3.2843ε/KB[K]=151.6773
又は、
エタンa[Å]=0.5651、σ[Å]=3.3658、ε/KB[K]=182.8129
である請求項1に記載した構造Iのメタン+水系又はエタン+水系ハイドレートの3相平衡条件の予測方法。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−290986(P2007−290986A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−118573(P2006−118573)
【出願日】平成18年4月21日(2006.4.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(506139093)
【Fターム(参考)】