説明

バウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法及び装置

【課題】 調整を要するパラメータの数を削減できるようにする。
【解決手段】 バウスラスタを有する2軸2舵船について、左右両舷側の舵3a,3bの舵角を固定した条件の下で、船体1上における上記左右のプロペラ2a,2bと、バウスラスタ4との幾何学的な配置を基に、それぞれの推力を要素とする(F,T,Tと、船体1に作用する前後力Xと横力Yと回頭モーメントNを要素とする(X,Y,N)との伝達マトリックスを示す行列を求める。バウスラスタを有する2軸2舵船に希望する動きを行わせるために船体1に作用させることが要求される力の3方向成分としての前後力Xと、横力Yと、回頭モーメントNが与えられると、これを要素とする(X,Y,N)に、上記伝達マトリックスの逆行列を掛けることで、上記バウスラスタ4及び左右のプロペラ2a,2bでそれぞれ発生させるべき推力(F,T,Tを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船尾部の左右両舷側に1対のプロペラを備え、且つ該各プロペラの後方に個別の舵を備え、更に、船首部にバウスラスタを装備してなる型式の船舶を、ジョイスティックレバーの操作等に応じて船首方位を保持したまま前後、左右、斜め方向に移動させたり、回頭させることができるように、上記左右のプロペラ及びバウスラスタにて各々発生させる推力を制御するために用いるバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
狭い構内を航行する船舶や、作業船等の高い機動性が要求される船舶では、機動性を高めるために、主機によって駆動されるプロペラの他に、船首部の水面下にバウスラスタを装備してなる構成とすることが広く一般的に採用されるようになってきている。
【0003】
又、近年では、上記のようなバウスラスタを具備した船舶にて、船舶の離岸、接岸時の操作性を高めたり、作業船等の船舶の位置や船首方位を調整する場合の操作性を高めるために、船舶の前後左右方向への移動及び回頭を、ジョイスティックレバーでコントロールすることが行われるようになってきている。
【0004】
この種のジョイスティックレバーを用いた船舶のコントロールは、一般に、ジョイスティックレバーを、船舶の移動を希望する前後、左右、斜め方向へ傾けて操作することにより、その傾けた方向に応じて、船舶を回頭させることなく船首方位を保持させた状態で前後、左右、斜め方向の希望する方向へ移動させることができるようにすると共に、上記ジョイスティックレバーを傾けて操作するときの傾斜量(傾斜角度)に応じて、上記船舶を前後、左右、斜め方向の希望する方向へ移動させるときの移動速度を調整できるようにしてある。
【0005】
更に、上記ジョイスティックレバーを、左右方向へ回転させることが可能なグリップ部を具備してなる構成として、該グリップ部を、船舶の回頭を希望する左右いずれかの方向へ回転させる操作を行うことにより、その回転させた方向に応じて、船舶を左右の希望する方向へ回頭させることができるようにすると共に、上記グリップ部を左右方向へ回転操作するときの操作量(回転角度)に応じて、上記船舶を左右の希望する方向へ回頭させるときの回頭速度を調整できるようにしてある。
【0006】
又、上記ジョイスティックレバーに左右方向へ回転可能なグリップ部を備える構成に代えて、船舶の回頭をコントロールするための回頭ダイヤルを上記ジョイスティックレバーとは別途装備してなる構成として、該回頭ダイヤルを回転操作するときの方向と、その操作量(回転角度)に応じて、船舶を左右の希望する方向へ回頭させると共に、その回頭速度を調整できるようにすることも行われている。
【0007】
ところで、複数の推進用のアクチュエータ、たとえば、船体の船尾部の左右両舷側に個別の主機によって駆動される左右1対のプロペラを備えると共に、該各プロペラの後方に個別の舵を備え、且つ船首部にバウスラスタを装備してなる船舶を、移動や回頭等を行わせるときの動きは、上記左右両舷側のプロペラで発生させる推力(スラスト)と、左右両舷側の舵より船体に作用することとなる舵力と、バウスラスタで発生させる推力が複合されることによって決定される。したがって、上述したようなジョイスティックレバーによる船舶のコントロールを、上記バウスラスタを有する2軸2舵船に適用する場合は、ジョイスティックレバーの傾動操作に応じて、上記船舶を船首方位を保持させたまま前後、左右、斜め方向の希望する方向へ希望する移動速度で移動させるために船体に作用させることが要求される前後方向の力(以下、前後力と云う)及び左右方向の力(以下、横力と云う)と、上記ジョイスティックレバーのグリップ部や、回頭ダイヤルの回転操作に応じて、船舶を左右の希望する方向へ希望する回頭速度で回頭させるために船体に作用させることが要求される回頭モーメントとを、上記左右両舷側のプロペラで発生させるべき推力と、左右両舷側の舵より船体に作用させるべき舵力と、バウスラスタで発生させるべき推力とに適切に配分する必要がある。
【0008】
更に、バウスラスタを有する2軸2舵船にて、上記のようなジョイスティックレバーとそのグリップ部や、ジョイスティックレバーと回頭ダイヤルの手動操作を介した船舶の手動操船に代えて、船舶が到達すべき船位や方位をオートパイロットに予め設定して、該オートパイロットにより、上記設定された船位や設定された方位に応じて、船舶を自動操船して、該船舶を、船首方位を保持させたまま前後、左右、斜め方向へ移動させたり、左右方向へ回頭させる場合にも、それぞれの動きを行わせるために船体に作用させることが要求される前後力、横力、回頭モーメントを、該船舶に装備されている左右両舷側のプロペラの推力と、左右両舷側の舵の舵力と、バウスラスタの推力とに適切に配分する必要がある。
【0009】
この種のバウスラスタを有する2軸2舵船に希望する動きを行わせるために、その船体に作用させることが要求される前後力、横力、回頭モーメントを、該船舶に装備されている左右両舷側のプロペラの推力と、左右両舷側の舵の舵力と、バウスラスタの推力とに適切に配分できるようにするための手法としては、以下に示すような推力配分方法が従来提案されている。
【0010】
すなわち、これは、操作量に対応する推力を発生するバウスラスタと左右のプロペラを備える船舶を、与えられた目標推力で航走又は定点保持させるために、上記バウスラスタ及び左右のプロペラに与える操作量を演算して、船舶の推力配分を行う推力配分方法において、上記バウスラスタと左右のプロペラの非線形特性に基いて、バウスラスタ及び左右のプロペラが発生する推力及び船舶の推力に関する力及びモーメントのバランス関係を予め定めておく一方、バウスラスタ及び左右のプロペラが発生する推力を可及的に小さくするためのバウスラスタ及び左右のプロペラの状態に関する状態量及び/又は発生推力に関する所定の評価関数を規定して、上記バランス関係と評価関数とに基いて、上記目標推力との間で該バランス関係を満たし、且つ該評価関数に対して所定の条件を満たすバウスラスタ及び左右のプロペラの推力及び左右の舵の舵角の操作量を演算するようにした手法とされている(たとえば、特許文献1参照)。
【0011】
【特許文献1】特開2004−42885号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところが、上記特許文献1に記載されている推力配分方法は、最終的な操作対象がバウスラスタの推力と、左右両舷側のプロペラの推力と、左右両舷側の舵の舵角とされていて、操作対象の数が多く、しかも、バウスラスタと左右のプロペラの非線形特性に基いて定めるバウスラスタ及び左右のプロペラが発生する推力及び船舶の推力に関する力及びモーメントのバランス関係や、バウスラスタ及び左右のプロペラが発生する推力を可及的に小さくするためのバウスラスタ及び左右のプロペラの状態に関する状態量及び/又は発生推力に関する評価関数を用いるようにしてあるため、調整するパラメータの数が多く、船舶を希望する方向へ動かしたい場合に、バウスラスタ及び左右のプロペラごとに個別にパラメータの調整を行う必要があり、この調整が煩雑なものとなってしまう。そのために、船舶の実際の運用時に、たとえば、ジョイスティックレバーの操作と、船舶の動きにずれが発生した場合には、このずれを修正するための手間が多くなるため、現場の状況に即応することが困難であるという問題がある。
【0013】
そこで、本発明は、バウスラスタを有する2軸2舵船を、ジョイスティックレバーの操作等に伴って船首方位を保持させた状態で前後、左右、斜め方向の希望する方向へ移動させたり、左右の希望する方向へ回頭させるために船体に作用させることが要求される力に応じて、左右両舷側のプロペラ及びバウスラスタで個別に発生させる推力の制御を行う際に、調整が必要とされるパラメータの数を削減できて、バウスラスタを有する2軸2舵船の動きを、希望する動きに一致させるために要するパラメータの調整作業を従来に比して大幅に軽減できるようにするためのバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法及び装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記課題を解決するために、バウスラスタを有する2軸2舵船の左右両舷側の舵を所要の舵角に固定した条件の下で、左右両舷側のプロペラと、バウスラスタとの幾何学的な配置を基に、バウスラスタの推力、左舷側のプロペラの推力、右舷側のプロペラの推力と、上記各推力により船体に作用することとなる前後力、横力、回頭モーメントの伝達マトリックスを示す行列を求め、上記バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持させたまま前後、左右、斜め方向の希望する方向へ希望する移動速度で移動させたり、左右の希望する方向へ希望する回頭速度で回頭させるために船体に作用させることが要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントが与えられると、該要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントを基に、上記伝達マトリックスを示す行列の逆行列を用いて、上記バウスラスタ及び左右両舷側のプロペラでそれぞれ発生させることが要求される推力を求めるようにするバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法及び装置とする。
【0015】
又、上記構成において、バウスラスタの推力、左舷側のプロペラの推力、右舷側のプロペラの推力と、上記各推力により船体に作用することとなる前後力、横力、回頭モーメントの伝達マトリックスを示す行列を、左右両舷側のプロペラを共に正転させる場合と、一方を正転させ且つ他方を逆転させる場合と、一方を逆転させ且つ他方を正転させる場合と、両方とも逆転させる場合についてそれぞれ求め、船体に作用させることが要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントを基に、伝達マトリックスを示す行列の逆行列を用いて求められるバウスラスタ及び左右両舷側のプロペラのうちの左右両舷側のプロペラで発生させることが要求される推力の符号に応じて、上記伝達マトリックスを選択して用いるようにする。
【0016】
更に、上記各構成において、左舷側の舵を面舵に固定し、且つ右舷側の舵を取舵に固定するようにする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、以下のような優れた効果を発揮する。
(1)バウスラスタを有する2軸2舵船の左右両舷側の舵を所要の舵角に固定した条件の下で、左右両舷側のプロペラと、バウスラスタとの幾何学的な配置を基に、バウスラスタの推力、左舷側のプロペラの推力、右舷側のプロペラの推力と、上記各推力により船体に作用することとなる前後力、横力、回頭モーメントの伝達マトリックスを示す行列を求め、上記バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持させたまま前後、左右、斜め方向の希望する方向へ希望する移動速度で移動させたり、左右の希望する方向へ希望する回頭速度で回頭させるために船体に作用させることが要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントが与えられると、該要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントを基に、上記伝達マトリックスを示す行列の逆行列を用いて、上記バウスラスタ及び左右両舷側のプロペラでそれぞれ発生させることが要求される推力を求めるようにするバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法及び装置としてあるので、バウスラスタを有する2軸2舵船に希望する動きを行わせるために船体に作用させることが要求される前後力、横力、回転モーメントが与えられると、バウスラスタと左右両舷側のプロペラでそれぞれ発生させるべき推力を一意に求めることができる。したがって、この求められた推力をそれぞれ発生させるように上記バウスラスタ及び左右両舷側のプロペラを駆動することにより、上記バウスラスタを有する2軸2舵船に対し、上記船体に作用させることが要求される力の3方向成分としての前後力、横力、回頭モーメントに応じた前後力、横力、回頭モーメントを作用させることができる。これにより、ジョイスティックレバーの操作による手動操船を行う場合や、オートパイロットに予め設定した設定船位、設定方位に応じて自動操船を行わせる場合に、上記バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持した状態で前後、左右、斜め方向の希望する方向へ、希望する移動速度で移動させたり、左右の希望する方向へ希望する回頭速度で回頭させることができるようになる。
(2)又、予め左右両舷側の舵の舵角を固定する条件を課すことで、バウスラスタを有する2軸2舵船の船首方位を保持させた状態で希望する方向へ移動させたり、左右の希望する方向へ回頭させるときに、舵の舵角を操作する必要がなくなるため、操作対象の数を減じることができる。更に、左右両舷側のプロペラを正転させる場合に、左右両舷側のそれぞれ対応する舵で生じる舵直圧力の方向を一方向に固定できると共に、舵直圧力の大きさ(強さ)を、対応するプロペラの推力に比例する値として求めることができることから、このときの比例定数を用いることで、該各舵より船体に作用する前後力、横力、回頭モーメントも、対応するプロペラの推力に比例する値として求めることができる。これにより、バウスラスタを有する2軸2舵船に希望する動きを行わせるために船体に作用させることが要求される前後力、横力、回転モーメントが正確に分かっていれば、バウスラスタと左右両舷側のプロペラでそれぞれ発生させるべき推力を求める際に調整するパラメータは、上記比例定数の1つだけとなるため、パラメータの調整に要する作業を大幅に軽減することができる。
(3)したがって、万一、ジョイスティックレバーの操作や、オートパイロットに予め設定してある設定船位、設定方位に応じて、バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持させた状態で希望する方向へ移動させたり、左右の希望する方向へ回頭させるときに、実際に上記バウスラスタを有する2軸2舵船が移動する方向にずれが生じたとしても、本発明では、パラメータとして上記比例定数の1つだけを調整することで、上記ずれを容易に修正することが可能となる。
(4)バウスラスタの推力、左舷側のプロペラの推力、右舷側のプロペラの推力と、上記各推力により船体に作用することとなる前後力、横力、回頭モーメントの伝達マトリックスを示す行列を、左右両舷側のプロペラを共に正転させる場合と、一方を正転させ且つ他方を逆転させる場合と、一方を逆転させ且つ他方を正転させる場合と、両方とも逆転させる場合についてそれぞれ求め、船体に作用させることが要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントを基に、伝達マトリックスを示す行列の逆行列を用いて求められるバウスラスタ及び左右両舷側のプロペラのうちの左右両舷側のプロペラで発生させることが要求される推力の符号に応じて、上記伝達マトリックスを選択して用いるようにすることにより、バウスラスタを有する2軸2舵船に希望する動きを行わせるためのバウスラスタと左右両舷側のプロペラでそれぞれ発生させるべき推力を、左右両舷側のプロペラの正転、逆転の運転状況に応じて確実に求めることができる。
(5)左舷側の舵を面舵に固定し、且つ右舷側の舵を取舵に固定するようにすることにより、バウスラスタを有する2軸2舵船を右方向へ回頭させることが希望される場合に、左舷側のプロペラを正転させることにより、上記左舷側の舵で発生する舵直圧力を、船体を右方向へ回頭させるための力として有効に利用でき、一方、バウスラスタを有する2軸2舵船を左方向へ回頭させることが希望される場合に、右舷側のプロペラを正転させることにより、上記右舷側の舵で発生する舵直圧力を、船体を左方向へ回頭させるための力として有効に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための最良の形態を図面を参照して説明する。
【0019】
図1乃至図2は本発明のバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法及び装置を示すもので、概説すると、図2に示す如く、船体1の船尾部における左右両舷に、図示しない個別の主機によって駆動できるようにしてある左右1対のプロペラ2a,2bを備えると共に、該各プロペラ2a,2bの後方に個別に舵3a,3bを備え、更に、船首部にバウスラスタ4を備えたバウスラスタを有する2軸2舵船について、予め左右両舷側の舵3a,3bを所要の舵角に固定する。そして、上記左右両舷側の舵3a,3bを所要の舵角に固定した条件の下で、船体1上における上記左右のプロペラ2a,2b及び舵3a,3bと、バウスラスタ4との幾何学的な配置を基に、バウスラスタ4の推力Fと、左舷側のプロペラ2aの推力(左舷スラスト)Tと、右舷側のプロペラ2bの推力(右舷スラスト)Tを要素とする(F,T,T(右肩のtは転置を表す。以下同様。)と、上記各推力F及びT及びTにより船体1に作用することとなる前後力Xと横力Yと回頭モーメントNを要素とする(X,Y,N)との伝達マトリックスを示す行列を求める。次いで、上記バウスラスタを有する2軸2舵船を、ジョイスティックレバー5の操作等に応じて船首方位を保持させたまま前後、左右、斜め方向の希望する方向へ移動させたり、左右の希望する方向へ回頭させるために船体1に作用させることが要求される力の3方向成分としての前後力Xと、横力Yと、回頭モーメントNが与えられると、この要求される力の3方向成分を要素とする(X,Y,N)に、上記伝達マトリックスを示す行列の逆行列を掛けることで、上記バウスラスタ4及び左右のプロペラ2a,2bでそれぞれ発生させるべき推力(F,T,Tを求めるようにする。
【0020】
以下、詳述する。
【0021】
最初に、本発明のバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法の導出について説明する。
【0022】
先ず、バウスラスタを有する2軸2舵船の船体1上におけるバウスラスタ4と左右両舷側の各プロペラ2a,2b及び舵3a,3bの幾何学的な配置を、図2に示すように、船体の重心をGとして、該重心Gを原点として船体中心線に沿う船首尾方向をx軸方向とし、これと直行する左右の船幅方向をy軸方向とする船体固定座標上に定める。すなわち、上記左右のプロペラ2aと2bは、上記重心Gより後方へlx離れた位置で、且つ船体中心線より左右両側にそれぞれlyずつ離れた位置にそれぞれ配設してあるものとする。又、上記バウスラスタ4は、上記重心Gよりも前方へlb離れた位置の船体中心線上に配設してあるものとする。なお、左右の舵3aと3bは、それぞれ上記左右のプロペラ2aと2bの直後に設けてあるため、該左右の舵3a,3bによる舵力が船体1に作用する船体固定座標上の位置は、船体固定座標上における上記プロペラ2a,2bの位置と同一と見做すものとする。
【0023】
ここで、一般に、船舶がほぼ停船しているという状態でプロペラの後方に設置されている舵で発生する舵力について考える。ベルヌーイの定理によれば、無限遠方におけるプロペラ後流の速度uは、プロペラへ流入する流速がゼロの場合、次式のようになる。
【数1】

上記におけるTはプロペラの推力(スラスト)、ρは流体(水)の密度、Dはプロペラの直径を示す。
【0024】
一方、舵直圧力Fは、舵に流入する流速をUとすると、次式のように表される。
【数2】

上記におけるAは舵の投影面積、fαは舵直圧力係数、δは舵角を示す。
【0025】
船舶がほぼ停船している状態では、舵に入る主な流れはプロペラ後流であるので、舵位置でのプロペラ後流が無限遠でのk倍であるとして、上記(A1)式と(A2)式を用いてスラストTと、舵直圧力Fとの関係を求めると、次式のようになる。
【数3】

上記(A3)式により、舵角δを固定すれば、スラストTに掛かっている係数は定数になることから、正転するプロペラの後流を受ける舵に発生する舵力は、上記プロペラで発生させるスラスト(推力)Tにほぼ比例することが分かる。
【0026】
そこで、本発明では、上記係数をCとおくことにする。該係数Cは、形状によって決まる値であるが、実際には、形状による値を初期値として、調整によって決まるパラメータである。
【0027】
一方、上記のように船舶がほぼ停船しているという条件の下で、プロペラを逆転させるときには、舵によって生じる舵力はほぼゼロと見做せる。
【0028】
本発明のバウスラスタを有する2軸2舵船の推進力制御方法では、予め、図2に示す如く、左舷側の舵3aを面舵に固定し、且つ右舷側の舵3bを取舵に固定するようにする。このとき左舷側の舵3aの舵角をδとすると、右舷側の舵3bの舵角は−δとなる。なお、上記において左舷側の舵3aを面舵に固定し、且つ右舷側の舵3bを取舵に固定するようにしたのは、バウスラスタを有する2軸2舵船を右方向へ回頭させることが希望される場合に、左舷側のプロペラ2aを正転させることにより、上記左舷側の面舵に固定してある舵3aにて図2に線aで示す如き方向に発生する舵直圧力を、船体1を右方向へ回頭させるための力として有効に利用でき、一方、バウスラスタを有する2軸2舵船を左方向へ回頭させることが希望される場合には、右舷側のプロペラ2bを正転させることにより、上記右舷側の取舵に固定してある舵3bにて図2に線bで示す如き方向に発生する舵直圧力を、船体1を左方向へ回頭させるための力として有効に利用できるためである。
【0029】
上記のように左右両舷側の舵3aと3bの舵角を共に固定した条件の下で、先ず、左右両舷側のプロペラ2aと2bを共に正転させる場合について考える。左舷側のプロペラ2aを正転させて左舷推力Tを発生させると、上記左舷側の舵3aに生じる舵直圧力の大きさ(強さ)は、上記(A3)式によりCTとなるため、該左舷側の舵3aより船体1に作用する前後力XRLと、横力YRLと、回頭モーメントNRLは、それぞれ以下のようになる。
【数4】

同様に、上記左右両舷側の舵3aと3bの舵角を固定した条件の下で、右舷側のプロペラ2bを正転させて右舷スラストTを発生させると、上記右舷側の舵3bにて生じる舵直圧力の大きさ(強さ)は、上記(A3)式によりCTとなるため、該右舷側の舵3bより船体1に作用する前後力XRRと、横力YRRと、回頭モーメントNRRは、それぞれ以下のようになる。
【数5】

したがって、上記左右両舷側のプロペラ2a及び2bを共に正転させて発生させる左舷スラストT及び右舷スラストT、並びに、バウスラスタ4にて発生させる推力Fと、これらの左舷スラストT、右舷スラストT、バウスラスタ推力Fが複合されるよって船体1に作用することとなる前後力X、横力Y、回頭モーメントNとをあわせて行列表示すると、以下のようになり、推力と力の伝達マトリックスが、3×3の正方行列となる。
【数6】

そこで、バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持して前後、左右、斜め方向の希望する方向へ移動させる場合に船体1に作用させることが要求される力の船体固定座標上でのx軸方向成分である前後力X、及び、y軸方向成分である横力Yと、左右の希望する方向へ回頭させる場合に船体1に作用させることが要求される回頭モーメントNが与えられると、上記伝達マトリックスである正方行列の逆行列を用いた以下の(1)式によって、バウスラスタ4に要求される推力Fと、左右両舷側のプロペラ2a及び2bにそれぞれ要求される推力T及びTが与えられるようになる。
【数7】

これにより、バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持した状態で前後、左右、斜め方向の希望する方向に移動させるために船体1に作用させることが要求される力の3方向成分を要素とする(X,Y,N)が与えられると、すなわち、たとえば、移動を希望する方向が前方である場合に(X,0,0)が、又、移動を希望する方向が斜め前方である場合に(X,Y,0)が与えられると、これを上記(1)式の右辺に代入することで、上記バウスラスタを有する2軸2舵船を船首方位を保持した状態で上記したような方向へ移動を行わせるためにバウスラスタ4で出力すべき推力Fと、左右両舷側のプロペラ2a及び2bでそれぞれ出力すべき推力T及びTを、一意に求めることができるようにしてある。
【0030】
なお、船舶を斜め方向に移動させる場合は、船体1が前後方向へ移動するときに生じる抵抗と、左右横方向に移動するときに生じる抵抗との大きさが異なるので、ジョイスティックレバー等の操作によって指示、設定されるバウスラスタを有する2軸2舵船の移動を希望する方向と、該希望する方向へ上記船舶を実際に移動させるために船体1に作用させることが要求される力の方向には差が生じる。そのために、船体1を斜め方向に移動させることが希望される場合には、移動を希望する斜め方向の力を基に、船体1の前後方向移動時に作用する抵抗と、左右横方向移動時に作用する抵抗との大きさの比を考慮して、要求される力のx軸方向成分の値Xと、y軸方向成分の値Yを適宜調節するようにすればよい。
【0031】
上記(1)式は、バウスラスタを有する2軸2舵船にて、左右両舷側のプロペラ2a及び2bを共に正転させる場合の推力と力の伝達マトリックスを基に得られた式である。しかし、上記バウスラスタを有する2軸2舵船を左右の横方向へ移動させる場合等には、片舷側のプロペラ2a又は2bを逆転させて、該片舷側のプロペラ2a又は2bで発生させる推力T又はTが負の値となるようにすることが必要とされる。
【0032】
具体的には、バウスラスタを有する2軸2舵船を右横方向に移動させる場合は、左舷側のプロペラ2aを正転させると共に、右舷側のプロペラ2bを逆転させる必要が生じる。このように右舷側のプロペラ2bを逆転させて右舷推力Tが負の値となるようにすると、右舷側の舵3bの舵力がゼロとなるので、上記(B2)式におけるXRR、YRR、NRRの値はすべてゼロとなる。この際、上記左舷側のプロペラ2aは、正転のままで正の値を有する左舷推力Tを発生させるようにしてあるため、左舷側の舵3aから船体1に対しては、上記(B1)式に示した如き前後力XRL、横力YRL、回頭モーメントNRLが作用するようになる。したがって、以上のような条件の下で、上記(B3)式と同様にして、左右両舷側のプロペラ2a及び2bで発生させる左舷推力T及び右舷推力T、並びに、バウスラスタ4で発生させる推力Fと、船体1に作用することとなる前後力X、横力Y、回頭モーメントNとをあわせて行列表示して、推力と力の伝達マトリックスを3×3の正方行列として求め、しかる後、該伝達マトリックスの逆行列を用いて、バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持して希望する右横方向へ移動させる場合に要求される力の船体固定座標上でのx軸方向成分である前後力Xと、y軸方向成分である横力Yと、希望する方向へ回頭させる場合に要求される回頭モーメントNとから、バウスラスタ4に要求される推力Fと、左右両舷側のプロペラ2a及び2bにそれぞれ要求される推力T及びTを求めるための式を導くと、以下の(2)式となる。
【数8】

一方、バウスラスタを有する2軸2舵船を左横方向に移動させる場合は、左舷側のプロペラ2aを逆転させると共に、右舷側のプロペラ2bを正転させる必要が生じる。このように左舷側のプロペラ2aを逆転させて左舷推力Tが負の値となるようにすると、左舷側の舵3aの舵力がゼロとなるので、上記(B1)式におけるXRL、YRL、NRLの値はすべてゼロとなる。この際、上記右舷側のプロペラ2bは、正転のままで正の値を有する右舷推力Tを発生させるようにしてあるため、右舷側の舵3bから船体1に対しては、上記(B2)式に示した如き前後力XRR、横力YRR、回頭モーメントNRRが作用するようになる。したがって、以上のような条件の下で、上記(B3)式と同様にして、左右両舷側のプロペラ2a及び2bで発生させる左舷推力T及び右舷推力T、並びに、バウスラスタ4で発生させる推力Fと、船体1に作用することとなる前後力X、横力Y、回頭モーメントNとをあわせて行列表示して、推力と力の伝達マトリックスを3×3の正方行列として求め、しかる後、該伝達マトリックスの逆行列を用いて、バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持して希望する左横方向へ移動させる場合に要求される力の船体固定座標上でのx軸方向成分である前後力Xと、y軸方向成分である横力Yと、希望する方向へ回頭させる場合に要求される回頭モーメントNとから、バウスラスタ4に要求される推力Fと、左右両舷側のプロペラ2a及び2bにそれぞれ要求される推力T及びTを求めるための式を導くと、以下の(3)式となる。
【数9】

更に、バウスラスタを有する2軸2舵船を、後方や後方に近い斜め後ろ方向へ移動させる場合には、左右両舷側のプロペラ2a及び2bを、共に逆転させる必要が生じる。この場合には、左舷推力T及び右舷推力Tが共に負の値となり、左右両舷側の舵3a及び3bの舵力が共にゼロとなる。この条件の下で、上記(B3)式と同様にして、左右両舷側のプロペラ2a及び2bで発生させる左舷推力T及び右舷推力T、並びに、バウスラスタ4で発生させる推力Fと、船体1に作用することとなる前後力X、横力Y、回頭モーメントNとをあわせて行列表示して、推力と力の伝達マトリックスを3×3の正方行列として求めた後、該伝達マトリックスの逆行列を用いて、バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持して希望する後方や後方に近い斜め後ろ方向へ移動させる場合に要求される力の船体固定座標上でのx軸方向成分である前後力Xと、y軸方向成分である横力Yと、希望する方向へ回頭させる場合に要求される回頭モーメントNとから、バウスラスタ4に要求される推力Fと、左右両舷側のプロペラ2a及び2bにそれぞれ要求される推力T及びTを求めるための式は、以下の(4)式となる。
【数10】

以上の点に鑑みて、本発明では、バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持した状態で前後、左右、斜め方向の希望する方向へ移動させる場合や、左右の希望する方向へ回頭させる場合には、上記希望する動きを行わせるために船体1に作用させることが要求される前後力X、横力Y,回頭モーメントNが与えられると、移動を希望する方向に応じて上記(1)式〜(4)式を適宜選択して用いることで、上記バウスラスタを有する2軸2舵船に希望する方向への移動や、希望する方向への回頭を行わせるために要求されるバウスラスタ4の推力Fと、左舷側のプロペラ2aの推力Tと、右舷側のプロペラ2bの推力Tを一意に求めるようにしてある。
【0033】
次に、本発明のバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法及び装置の具体的な構成について説明する。
【0034】
本発明の推力制御装置は、図2に示す如く、手動操船用のジョイスティックレバー5を備えると共に、該ジョイスティックレバー5の操作方向と操作量を、バウスラスタを有する2軸2舵船を船首方位を保持した状態で前後、左右、斜め方向の希望する方向へ希望する移動速度で移動させたり、左右の希望する方向へ希望する回頭速度で回頭させるために、船体1に作用させることが要求される力と回頭モーメントに変換して出力できるようにした操作量・要求力変換器6を備える。なお、上記ジョイスティックレバー5は、バウスラスタを有する2軸2舵船の回頭を操作するための回転可能なグリップ部を備えた形式又は回頭ダイヤルを併設した形式のいずれであってもよい。
【0035】
又、自動操船を行うために、バウスラスタを有する2軸2舵船の到達を希望する船位や方位を予め設定すると、該設定船位や設定方位と、実際の船位や船首方位との差分をフィードバックすることで、上記設定船位や設定方位に到達するために船体1に作用させることが要求される力と回頭モーメントを出力する機能を有するオートパイロット7を備える。
【0036】
更に、上記バウスラスタを有する2軸2舵船の手動操船又は自動操船を開始するために、上記操作量・要求力変換器6の出力信号、又は、上記オートパイロット7の出力信号のいずれか一方を制御装置9へ入力させるように切り替えるための入力切替部8を備えると共に、該入力切替部8の下流側に、制御部9を備える。
【0037】
上記制御部9は、上記操作量・要求力変換器6又は上記オートパイロット7より、上記入力切替部8を介して、船体1に作用させることが要求される力と回頭モーメントの情報が入力されると、後述する制御手順に従って、船体1に作用させることが要求される力の船体固定座標上におけるx軸方向成分である前後力Xと、y軸方向成分である横力Yと、要求される回頭モーメントNの3方向成分を基に、上記(1)式〜(4)式のいずれかを用いて、左右両舷側のプロペラ2a及び2bでそれぞれ発生させることが要求される左舷推力T及び右舷推力Tと、バウスラスタ4で発生させることが要求されるバウスラスタ推力Fを、一意に求めることができるようにしてある。
【0038】
上記制御部9の下流側には、推力・回転数変換器10を備えて、該推力・回転数変換器10にて、上記制御部9で求められた左舷推力T及び右舷推力Tと、バウスラスタ推力Fを基に、該各推力T,T,Fを得るために必要とされる上記左舷側のプロペラ2aの回転数と、右舷側のプロペラ2bの回転数と、バウスラスタ4の回転数を、それぞれ算出して、該各算出結果を、左舷側のプロペラ2aを駆動する左舷側主機(図示せず)の運転を制御する左舷主機制御器11aと、右舷側のプロペラ2bを駆動する右舷側主機(図示せず)の運転を制御する右舷主機制御器11bと、バウスラスタ4の運転を制御するバウスラスタ制御器12へ、それぞれ回転数指令として与えることができるようにする。
【0039】
以上の構成としてある推力制御装置を用いて、本発明のバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法を実施する場合は、図1にフローを示す如き手順で行うようにする。
【0040】
すなわち、先ず、本発明のバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法を実施するには、予め、左舷側の舵3aを面舵(舵角δ)に固定し、右舷側の舵3bを取舵(舵角−δ)に固定しておく(ステップ1:S1)。次に、入力切替部8を、手動操船を行う場合には、ジョイスティックレバー5に接続してある操作量・要求力変換器6側に、又、自動操船を行わせる場合には、オートパイロット7側に切り替えて、いずれか一方より出力される、バウスラスタを有する2軸2舵船を船首方位を保持した状態で前後、左右、斜め方向の希望する方向へ、希望する移動速度で移動させたり、左右の希望する方向へ希望する回頭速度で回頭させるために、船体1に作用させることが要求される力と回頭モーメントの情報を、制御部9へ入力させる(ステップ2:S2)。
【0041】
次いで、上記制御部9では、図1におけるステップ3(S3)〜ステップ10(S10)に示した操作を行うようにしてある。具体的には、先ず、該制御部9に、船体1に作用させることが要求される力と回転モーメントに関する情報が入力されると、上記要求される力の船体固定座標上におけるx軸方向成分として要求される前後力Xと、y軸方向成分として要求される横力Yと、要求される回転モーメントNとを求めた後(ステップ3:S3)、上記横力Yの値が、正又は負又はゼロのいずれであるか、すなわち、バウスラスタを有する2軸2舵船に希望されている動きが、右方向への移動(Y>0)か、左方向への移動(Y<0)か、あるいは、左右への移動は希望されていない状態(Y=0)であるかを判断する(ステップ4:S4)。
【0042】
次に、上記ステップ4(S4)において、横力Yの値が正(Y>0)であって、船体1を右方向へ移動させることが希望されていると判断された場合には、上記ステップ3(S3)で求められた前後力X、横力Y、回頭モーメントNを基に、上述した(2)式を用いて、バウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを算出する(ステップ5:S5)。
【0043】
その後、上記ステップ5(S5)で算出された左舷推力T及び右舷推力Tのそれぞれの値の符号についての判定を行い(ステップ6:S6)、一方が正で、且つ他方が負(T・T<0)となっていると判断された場合は、上記ステップ5(S5)で算出されたバウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを、上記推力・回転数変換器10へ出力させるようにする。
【0044】
上記ステップ6(S6)において、上記左舷推力Tの値の符号及び右舷推力Tの値の符号が共に正(T>0,T>0)であると判断された場合には、上記(2)式に代えて、上述した(1)式を用いて、上記ステップ3(S3)で求められた前後力X、横力Y、回頭モーメントNを基に、バウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tの算出を再度行ってから、該(1)式で算出されたバウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを、上記推力・回転数変換器10へ出力するようにしてある(ステップ7:S7)。
【0045】
一方、上記ステップ6(S6)にて、上記左舷推力Tの値の符号及び右舷推力Tの値の符号が、いずれも負又はゼロ(T≦0,T≦0)であると判断された場合は、上記(2)式に代えて、上述した(4)式を用いて、上記ステップ3(S3)で求められた前後力X、横力Y、回頭モーメントNを基に、バウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tの算出を再度行ってから、該(4)式により算出されたバウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを、上記推力・回転数変換器10へ出力するようにしてある(ステップ8:S8)。
【0046】
又、上記ステップ4(S4)において行う上記横力Yの値についての判断により、横力Yの値が負(Y<0)であって、船体1を左方向へ移動させることが希望されていると判断された場合には、上記ステップ3(S3)で求められた前後力X、横力Y、回頭モーメントNを基に、上述した(3)式を用いて、バウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを算出する(ステップ9:S9)。その後は、上記したステップ5(S5)以降の処理手順と同様に、ステップ6(S6)に進んで、上記ステップ9(S9)で算出された左舷推力T及び右舷推力Tのそれぞれの値の符号についての判定を行い、一方が正で、且つ他方が負(T・T<0)となっていると判断された場合は、上記ステップ9(S9)にて上記(3)式を用いて算出されたバウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを、上記推力・回転数変換器10へ出力する。又、上記左舷推力T及び右舷推力Tが共に正(T>0,T>0)であると判断された場合は、上記ステップ7(S7)へ進んで、上記(1)式を用いて再算出したバウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを、上記推力・回転数変換器10へ出力する。更に、上記左舷推力T及び右舷推力Tが、いずれも負又はゼロ(T≦0,T≦0)であると判断された場合は、上記ステップ8(S8)に進んで、上記(4)式を用いて再算出したバウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを、上記推力・回転数変換器10へ出力するようにしてある(ステップ6:S6)。
【0047】
上記ステップ4(S4)において行う上記横力Yの値についての判断により、該横力Yの値がゼロ(Y=0)であって、船体1の左右方向への移動が希望されていないと判断された場合は、続いて上記前後力Xの値の符号についての判断を行う(ステップ8:S8)。そして、該ステップ8(S8)にて、上記前後力Xの符号が正又はゼロ(X≧0)であって前進移動、又は、船位を保持したままで要求される回頭モーメントNに応じてその場回頭が希望されていると判断された場合には、上記ステップ5(S5)に進み、上記(1)式を用いて上記ステップ3(S3)で求められた上記前後力X、横力Y、回頭モーメントNを基に、バウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを算出して、上記推力・回転数変換器10へ出力するようにする。
【0048】
一方、上記ステップ8(S8)にて、前後力Xの符号が負(X<0)であって後進移動が希望されていると判断された場合には、上記ステップ6(S6)に進み、上記(4)式を用いて上記ステップ3(S3)で求められた上記前後力X、横力Y、回頭モーメントNを基に、バウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを算出して、上記推力・回転数変換器10へ出力するようにしてある。
【0049】
その後は、上記推力・回転数変換器10にて、上記制御部9より入力されるバウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tのそれぞれの算出結果に基いて、該各推力F,T,Tを発生させるために必要とされるバウスラスタ4の回転数、左舷側のプロペラ2aの回転数、右舷側のプロペラ2bの回転数をそれぞれ求めた後(ステップ11:S11)、バウスラスタ制御器12と、左舷主機制御器11aと、右舷主機制御器11bへ回転数指令としてそれぞれ与えるようにする(ステップ12:S12)。
【0050】
以上により、上記バウスラスタ4、左舷側のプロペラ2a及び右舷側のプロペラ2bは、上記推力・回転数変換器10で求められた回転数で回転駆動することができるようになることから、該バウスラスタ4、左舷側のプロペラ2a及び右舷側のプロペラ2bでは、上記制御部9におけるバウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tの算出値と同様のバウスラスタ推力F、左舷推力T、右舷推力Tを発生させることができるようになる。したがって、上記バウスラスタを有する2軸2舵船の船体1に対しては、船首方位を保持した状態で前後、左右、斜め方向の希望する方向へ、希望する移動速度で移動させたり、左右の希望する方向へ希望する回頭速度で回頭させるために船体1に作用させることが要求される前後力X、横力Y、回頭モーメントNに応じた前後力X、横力Y、回頭モーメントNを作用させることができるので、上記ジョイスティックレバー5の操作による手動操船を行う場合、又は、オートパイロットに予め設定した設定船位、設定方位に応じて自動操船を行わせる場合のいずれの場合にも、バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持した状態で前後、左右、斜め方向の希望する方向へ、希望する移動速度で移動させることができると共に、左右の希望する方向へ希望する回頭速度で回頭させることができるようになる。
【0051】
このように、本発明のバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法及び装置によれば、バウスラスタを有する2軸2舵船に希望する動きを行わせるために船体1に作用させることが要求される前後力X、横力Y、回転モーメントNが与えられると、左右のプロペラ2aと2bの正転、逆転の組み合わせに応じて上記(1)式〜(4)式を適宜選択して用いることでバウスラスタ4と左右両舷側のプロペラ2a及び2bでそれぞれ発生させるべき推力FとT及びTを一意に求めることができる。
【0052】
又、予め左右両舷側の舵3aと3bの舵角を固定する条件を課すことで、操作対象の数を減じることができると同時に、バウスラスタ4と左右両舷側のプロペラ2a及び2bでそれぞれ発生させるべき推力FとT及びTを求めるために用いる上記(1)式〜(4)式のうち、(1)式〜(3)式中に含まれているC((A3)式の右辺におけるTの係数)を、定数として取り扱うことができるようになる。これにより、バウスラスタを有する2軸2舵船に希望する動きを行わせるために船体1に作用させることが要求される前後力X、横力Y、回転モーメントNが正確に分かっていれば、調整するパラメータは、上記比例定数Cの1つだけとなるため、パラメータの調整に要する作業を大幅に軽減することができる。
【0053】
したがって、万一、ジョイスティックレバー5の操作や、オートパイロットに予め設定してある設定船位、設定方位と、実際にバウスラスタを有する2軸2舵船が移動する方向にずれが生じたとしても、本発明では、パラメータとして上記定数Cの1つだけを調整することで、上記ずれを容易に修正することが可能となる。
【0054】
なお、本発明は、上記実施の形態にのみ限定されるものではなく、ジョイスティック5を介した手動操船と、オートパイロット7による自動操船の双方を実施できるようにしたものを示したが、ジョイスティック5を介した手動操船、又は、オートパイロット7による自動操船のいずれか一方のみによって船首方位を保持した状態での前後、左右、斜め方向の移動や、左右方向への回頭を行うようにしてある形式のバウスラスタを有する2軸2舵船にも適用できること、その他本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々変更を加え得ることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明のバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法及び装置の実施の一形態を示すもので、制御操作のフローを示す図である。
【図2】図1の推力制御方法の実施に用いる装置構成の概要を示す図である。
【符号の説明】
【0056】
1 船体
2a,2b プロペラ
3a,3b 舵
4 バウスラスタ
9 制御部
X 前後力
Y 横力
N 回頭モーメント
左舷側のプロペラの推力
右舷側のプロペラの推力
バウスラスタの推力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バウスラスタを有する2軸2舵船の左右両舷側の舵を所要の舵角に固定した条件の下で、左右両舷側のプロペラと、バウスラスタとの幾何学的な配置を基に、バウスラスタの推力、左舷側のプロペラの推力、右舷側のプロペラの推力と、上記各推力により船体に作用することとなる前後力、横力、回頭モーメントの伝達マトリックスを示す行列を求め、上記バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持させたまま前後、左右、斜め方向の希望する方向へ希望する移動速度で移動させたり、左右の希望する方向へ希望する回頭速度で回頭させるために船体に作用させることが要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントが与えられると、該要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントを基に、上記伝達マトリックスを示す行列の逆行列を用いて、上記バウスラスタ及び左右両舷側のプロペラでそれぞれ発生させることが要求される推力を求めることを特徴とするバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法。
【請求項2】
バウスラスタの推力、左舷側のプロペラの推力、右舷側のプロペラの推力と、上記各推力により船体に作用することとなる前後力、横力、回頭モーメントの伝達マトリックスを示す行列を、左右両舷側のプロペラを共に正転させる場合と、一方を正転させ且つ他方を逆転させる場合と、一方を逆転させ且つ他方を正転させる場合と、両方とも逆転させる場合についてそれぞれ求め、船体に作用させることが要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントを基に、伝達マトリックスを示す行列の逆行列を用いて求められるバウスラスタ及び左右両舷側のプロペラのうちの左右両舷側のプロペラで発生させることが要求される推力の符号に応じて、上記伝達マトリックスを選択して用いるようにする請求項1記載のバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法。
【請求項3】
左舷側の舵を面舵に固定し、且つ右舷側の舵を取舵に固定するようにする請求項1又は2記載のバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御方法。
【請求項4】
バウスラスタを有する2軸2舵船の左右両舷側の舵を所要の舵角に固定した条件の下で、左右両舷側のプロペラと、バウスラスタとの幾何学的な配置を基に、バウスラスタの推力、左舷側のプロペラの推力、右舷側のプロペラの推力と、上記各推力により船体に作用することとなる前後力、横力、回頭モーメントの伝達マトリックスを示す行列を予め求めておき、上記バウスラスタを有する2軸2舵船を、船首方位を保持させたまま前後、左右、斜め方向の希望する方向へ希望する移動速度で移動させたり、左右の希望する方向へ希望する回頭速度で回頭させるために船体に作用させることが要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントが与えられると、該要求される力の3方向成分としての前後力と、横力と、回頭モーメントを基に、上記伝達マトリックスを示す行列の逆行列を用いて、上記バウスラスタ及び左右両舷側のプロペラでそれぞれ発生させることが要求される推力を求める制御部を備えてなる構成を有することを特徴とするバウスラスタを有する2軸2舵船の推力制御装置。

【図1】
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【図2】
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