説明

パラジウムの除去方法

【課題】パラジウム触媒を用いた有機反応液において、医薬品、農薬、電子材料などの分野で問題となる反応生成物中のパラジウムの含有量を、安価な吸着剤により簡便的な操作で除去できる工業的な方法を提供する。
【解決手段】パラジウム触媒を用いた有機反応後の溶液を、活性アルミナを用いて処理する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パラジウム触媒を用いた有機反応後の溶液からパラジウムを除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、リン系配位子とパラジウム化合物からなる触媒を用いた有機反応には、例えば鈴木−宮浦カップリング反応、薗頭クロスカップリング反応、ブッフバルド−ハートウィッグ反応、溝呂木−ヘック反応などがある。これらの反応は、最近では医薬品、農薬、電子材料などの分野で特に有用なトリアルキルホスフィン類とパラジウム化合物からなる触媒を用いたハロゲン化アリールとアミン類のアリールアミノ化反応として知られている。
これらの反応における課題は、目的とする反応生成物に触媒由来のパラジウムが含有することであり、医薬品、農薬、電子材料などの分野ではこのパラジウム含有量の削減が強く求められていた。
【0003】
このため、このパラジウムを除去するための方法が種々検討されており、例えばゼオライト、特に活性白土を用いて吸着除去する方法などが報告されている(例えば、特許文献1参照)。
しかしながら、このゼオライトを用いる除去方法では、吸着剤用として天然ゼオライトを用いた場合であっても比表面積を大きくするなどの処理が必要なために高価になること、また、処理前のパラジウム含有溶液に反応溶媒として用いた水または反応後の水洗などによる水分が混在する場合、パラジウムの除去率が著しく低下するなどの問題があった。このため、混在する水分を共沸溶媒で除去するなどの煩雑な操作が必要のため、経済性ならびに操作面において工業規模の製造プロセスとしては必ずしも未だ満足できるものではなかった。
【特許文献1】特開2005−324078公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、反応生成物溶液中に水分が混在してもパラジウム除去率を低下させず、また工業的にも安価に使用できる吸着剤を用いた、反応生成物溶液からのパラジウムの除去方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、リン系配位子とパラジウム化合物を含む触媒を用いた有機反応後の溶液を、比表面積が1g当たり50〜400mである活性アルミナで処理することを特徴とするパラジウムの除去方法に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、パラジウム含有溶液を工業的に安価に使用できる活性アルミナで処理することにより、処理溶液中に水分が混在していても反応生成物に対するパラジウム量を10ppb以下まで削減した反応生成物を得ることができる。従って、本発明は、工業的に極めて有用な技術である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明で用いられるパラジウムを除去するための溶液としては、リン系配位子とパラジウム化合物を含む触媒を用いた有機反応溶液であり、その反応としては、特に限定するものではない。この有機反応としては、例えば、有機ホウ素化合物とハロゲン化アリールを反応させる鈴木−宮浦クロスカップリング反応、末端アルキンとハロゲン化アリールを反応させる薗頭クロスカップリング反応、ハロゲン化アリールまたはビニルを末端オレフィンと反応させる溝呂木−ヘック反応、ハロゲン化アリールとアミン類を反応させるブッフバルド−ハートウィッグ反応、有機スズ化合物と有機ハロゲン化物を反応させる右田−小杉−スティルカップリング反応などが挙げられ、特に医薬品、農薬、電子材料などの分野で有用なトリアルキルホスフィン類とパラジウム化合物を含む触媒を用いたハロゲン化アリールとアミン類のアリールアミノ化反応が好適に適用される。
【0008】
次に、触媒系を構成するリン系配位子としては、パラジウムに配位可能なリン原子を有するものであれば特に限定されず、例えばトリメチルホスフィン、トリエチルホスフィン、トリイソプロピルホスフィン、トリ−n−ブチルホスフィン、トリ−iso−ブチルホスフィン、トリ−tert−ブチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、トリフェニルホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン、1,1’−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセンなどが挙げられる。中でも、トリメチルホスフィン、トリエチルホスフィン、トリイソプロピルホスフィン、トリ−n−ブチルホスフィン、トリ−iso−ブチルホスフィン、トリ−tert−ブチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィンなどのトリアルキルホスフィン類が好ましく、特に好ましくはトリ−tert−ブチルホスフィンである。
【0009】
また、上記リン系配位子と共に使用されるパラジウム化合物しては、特に限定するものではないが、例えばヘキサクロロパラジウム(IV)酸ナトリウム四水和物、ヘキサクロロパラジウム(IV)酸カリウムなどの4価パラジウム化合物類、塩化パラジウム(II)、臭化パラジウム(II)、酢酸パラジウム(II)、パラジウムアセチルアセトナート(II)、ジクロロビス(ベンゾニトリル)パラジウム(II)、ジクロロビス(アセトニトリル)パラジウム(II)、ジクロロビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(II)、ジクロロテトラアンミンパラジウム(II)、ジクロロ(シクロオクタ−1,5−ジエン)パラジウム(II)、パラジウムトリフルオロアセテート(II)などの2価パラジウム化合物類、トリス(ジベンジリデンアセトン)二パラジウム(0)、トリス(ジベンジリデンアセトン)二パラジウムクロロホルム錯体(0)、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)などの0価パラジウム化合物類が挙げられる。
【0010】
このリン系配位子とパラジウム化合物を含む触媒を用いた有機反応で使用される反応溶媒としては、特に限定するものではないが、ペンタン、ヘキサン、オクタン、シクロヘキサンなどの脂肪族炭化水素系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、酢酸メチル、酢酸エチルなどのエステル系溶媒、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン系溶媒、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドなどの非プロトン性極性溶媒などが挙げられ、これら反応溶媒は単独若しくは混合して用いても差し支えない。使用される反応溶媒の使用量としては、特に限定するものではないが、反応で得られる生成物に対して、通常、1〜200重量倍、好ましくは5〜100重量倍が選ばれる。
【0011】
なお、ハロゲン化アリールとアミン類とのアリールアミノ化反応において、反応中の雰囲気は、窒素、アルゴンなどの不活性ガス雰囲気下であることが好ましく、窒素が最も好ましい。また、常圧下もしくは加圧下いずれでも行うことができる。
また、反応は、好ましくは−20〜250℃、より好ましくは50〜150℃に加熱して反応させることが好ましい。
さらに、反応時間は、用いる原料化合物や反応温度などに依存して変化するため一概に言えないが、通常、1〜48時間である。
【0012】
以上のリン系配位子とパラジウム化合物を含む触媒を用いた有機反応液中のパラジウム含有量は、反応で使用されるパラジウム化合物量にもよるが、通常、0.1ppm〜5重量%の範囲である。なお、このパラジウム処理前の溶液には、水洗、分液後の水分が混在していても差し支えない。
【0013】
なお、得られる有機反応液は、反応終了後、10〜90℃まで冷却し、水を反応溶液に対し1〜200重量倍程度加えて、析出している塩を溶解し、分液により反応液を分取し、この反応液にパラジウム除去用の活性アルミナを添加して、パラジウムの除去を行う。
【0014】
ここで、本発明のパラジウム除去で使用する活性アルミナは特に限定するものではないが、通常、1g当たり50〜400m、好ましくは100〜300mの比表面積を有するものであれば問題ない。1g当たり50m未満の比表面積を有するアルミナの場合、パラジウムの除去率が低下する傾向にあり、一方、400mを超える比表面積を有するアルミナの場合、生成物の収率が低下するため、好ましくない
また、活性アルミナは、表面の処理状態によって酸性、中性、塩基性タイプに分かれるが、どのタイプのものを用いてもよく、通常、工業的に使用される安価な塩基性タイプが選ばれる。
活性アルミナの使用量としては、特に限定するものではないが、処理する反応液に存在する反応生成物1重量部に対して、通常、0.01〜100重量部、好ましくは0.2〜30重量部使用される。0.01重量部未満では、パラジウムの除去率が低下し、一方、100重量部を超えると生成物の収率が低下するため、好ましくない。
【0015】
本発明の方法でパラジウムを除去する方法としては、通常、活性アルミナとパラジウム含有溶液を混合し、所定時間接触させた後、パラジウムが吸着された活性アルミナをろ過、遠心分離などの一般的な分離手段で分離する方法、活性アルミナが充填された塔内にパラジウム含有溶液を通液するなどの方法が挙げられる。これらパラジウムの除去における処理温度としては、特に限定するものではないが、通常、−30〜200℃であり、好ましくは0〜150℃である。処理時間は、特に限定するものではないが、通常、0.1〜48時間、好ましくは0.5〜10時間である。なお、このパラジウム除去処理は、活性アルミナ中のパラジウムが飽和に達するまで活性アルミナを繰り返し使用しても差し支えない。
【実施例】
【0016】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は実施例のみに限定されるものではない。
なお、反応生成物に含有されるパラジウムの含有量は、採取した試料溶液を溶媒除去した後、その残渣を硫酸と硝酸で湿式分解し、メスアップ後、パラジウム(以下、Pdと略記する。)の含有量が1ppm以上の場合はICP−Atomic Emission Spectrometry(以下、ICP−AESと略記する。)で分析し、パラジウム含有量が1ppm以下の場合はICP−Mass Spectrometry(以下、ICP−MSと略記する。)で分析した。
【0017】
調製例1
温度計、冷却管を備えた1.0lの四つ口フラスコに、4,4’−ジブロモビフェニル 25.0g(80mmol)、ジフェニルアミン 27.7g(163mmol)、ナトリウム−tert−ブトキシド 23.1g(240mmol)、o−キシレン 519.5gを仕込み、系内を撹拌しながら、室温下、窒素置換を行った。ついで、酢酸Pd18mg(0.08mmol)、トリ(tert−ブチル)ホスフィン 49mg(0.24mmol)を予め少量のo−キシレン中で加熱攪拌して調製しておいた触媒溶液を、先の四つ口フラスコに加え、内温を約130℃まで加熱し、3時間反応を行った。反応終了後、60℃まで冷却し、水148gを加えて析出している塩を溶解し、分液により反応液 566gを得た。溶液中のテトラ−N−フェニルベンジジンの含有量は38.7gであり、Pdの含有量はICP−AESで分析した結果、テトラ−N−フェニルベンジジンに対して79ppmであった。なお、この得られた反応液中には水分の混在が確認された。
以下、この得られたテトラ−N−フェニルベンジジン反応液を用いてPdの除去を行った。
【0018】
実施例1
温度計、冷却管を備えた100mlの四つ口フラスコに、調製例1で得られたテトラ−N−フェニルベンジジン含有溶液 50gと1g当たり250mの比表面積を有する塩基性タイプの活性アルミナ(和光純薬工業社製、クロマトグラフ用) 10gを仕込み、内温60℃で1時間撹拌した。その後、活性アルミナを減圧濾過し、ろ別した活性アルミナを適当量のo−キシレンで洗浄した後、このろ液を濃縮乾固し、ほぼ定量的にテトラ−N−フェニルベンジジンを回収した。この濃縮乾固後の残渣について、ICP−MS分析を行った結果、Pdの含有量は10ppb以下であり、Pdの除去率は99.9%以上であった。
【0019】
実施例2〜4
実施例1と同様な容器を用い、活性アルミナの種類および処理条件を表1に示した条件に変更した以外は実施例1と同様に行った。結果を、表1に示す。
【0020】
【表1】

【0021】
なお、表1の活性アルミナのうち、塩基性は和光純薬工業社製のクロマトグラフ用、酸性は和光純薬工業社製のスーパーI(酸性)、中性は和光純薬工業社製のスーパーI(塩基性)を用いた。
【0022】
実施例5
直径35mmのガラス製カラムに、1g当たり250mの比表面積を有する塩基性タイプの活性アルミナ(和光純薬工業社製、クロマトグラフ用) 20gを充填し、次に実施例1で得たテトラ−N−フェニルベンジジン含有溶液 50gを室温下、通液した後、カラム中に残存するテトラ−N−フェニルベンジジンを適当量のo−キシレンで洗浄した。カラム処理して得たテトラ−N−フェニルベンジジン溶液を濃縮乾固し、ほぼ定量的にテトラ−N−フェニルベンジジンを回収した。この濃縮乾固後の残渣について、ICP−MS分析を行った結果、Pdの含有量は10ppb以下であり、Pdの除去率は99.9%以上であった。

【0023】
比較例1
温度計、冷却管を備えた100mlの四つ口フラスコに、調製例1で得られたテトラ−N−フェニルベンジジン含有溶液 50gと活性白土(和光純薬工業社製) 10gを仕込み、内温60℃で1時間撹拌した。その後、活性アルミナを減圧濾過し、ろ別した活性アルミナを適当量のo−キシレンで洗浄した後、このろ液を濃縮乾固し、ほぼ定量的にテトラ−N−フェニルベンジジンを回収した。この濃縮乾固後の残渣について、ICP−AES分析を行った結果、Pdの含有量は20ppmであり、Pdの除去率は74.7%であった。
【0024】
比較例2〜4
比較例1と同様な容器を用い、ゼオライトの種類および処理条件を表1に示した条件に変更した以外は比較例1と同様に行った。結果を、表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
表2中の吸着剤は、以下のとおりである。
Y型ゼオライト:東ソー社製、320HOA
L型ゼオライト:東ソー社製、500−KOH
ZSM−5 :東ソー社製、ZSM−5
【0027】
比較例5
直径35mmのガラス製カラムに、活性白土 20gを充填し、次に調製例1で得たテトラ−N−フェニルベンジジン含有溶液 50gを室温下、通液した後、カラム中に残存するテトラ−N−フェニルベンジジンを適当量のo−キシレンで洗浄した。カラム処理して得たテトラ−N−フェニルベンジジン溶液を濃縮乾固し、ほぼ定量的にテトラ−N−フェニルベンジジンを回収した。この濃縮乾固後の残渣について、ICP−AES分析を行った結果、Pdの含有量は25ppmであり、Pdの除去率は68.4%であった。
【0028】
比較例6
温度計、冷却管を備えた100mlの四つ口フラスコに、調製例1で得られたテトラ−N−フェニルベンジジン含有溶液 50gと1g当たり20mの比表面積を有する塩基性タイプのアルミナ(和光純薬工業社製) 10gを仕込み、内温60℃で1時間撹拌した。その後、アルミナを減圧濾過し、ろ別したアルミナを適当量のo−キシレンで洗浄した後、このろ液を濃縮乾固し、ほぼ定量的にテトラ−N−フェニルベンジジンを回収した。この濃縮乾固後の残渣について、ICP−AES分析を行った結果、Pdの含有量は66ppmであり、Pdの除去率は16.5%であった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明のパラジウムの除去方法は、リン系配位子とパラジウム化合物を含む触媒を用いた有機反応、例えば有機ホウ素化合物とハロゲン化アリールを反応させる鈴木−宮浦クロスカップリング反応、末端アルキンとハロゲン化アリールを反応させる薗頭クロスカップリング反応、ハロゲン化アリールまたはビニルを末端オレフィンと反応させる溝呂木−ヘック反応、ハロゲン化アリールとアミン類を反応させるブッフバルド−ハートウィッグ反応、有機スズ化合物と有機ハロゲン化物を反応させる右田−小杉−スティルカップリング反応などにおいて、パラジウムの除去として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン系配位子とパラジウム化合物を含む触媒を用いた有機反応後の溶液を、比表面積が1g当たり50〜400mである活性アルミナで処理することを特徴とするパラジウムの除去方法。
【請求項2】
リン系配位子が、トリアルキルホスフィン類である請求項1記載のパラジウムの除去方法。
【請求項3】
リン系配位子が、トリ−tert−ブチルホスフィンである請求項1または2記載のパラジウムの除去方法。
【請求項4】
パラジウム化合物が、ヘキサクロロパラジウム(IV)酸ナトリウム四水和物、もしくはヘキサクロロパラジウム(IV)酸カリウムからなる4価パラジウム化合物類;塩化パラジウム(II)、臭化パラジウム(II)、酢酸パラジウム(II)、パラジウムアセチルアセトナート(II)、ジクロロビス(ベンゾニトリル)パラジウム(II)、ジクロロビス(アセトニトリル)パラジウム(II)、ジクロロビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(II)、ジクロロテトラアンミンパラジウム(II)、ジクロロ(シクロオクタ−1,5−ジエン)パラジウム(II)、もしくはパラジウムトリフルオロアセテート(II)からなる2価パラジウム化合物類;トリス(ジベンジリデンアセトン)二パラジウム(0)、トリス(ジベンジリデンアセトン)二パラジウムクロロホルム錯体(0)、もしくはテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)からなる0価パラジウム化合物類の群から選ばれた少なくとも1種である請求項1記載のパラジウムの除去方法。
【請求項5】
有機反応が、ハロゲン化アリールとアミン類との反応である請求項1〜4いずれかに記載のパラジウムの除去方法。
【請求項6】
活性アルミナの添加量が、反応溶液中の反応生成物1重量部に対し0.01〜100重量部である請求項1〜5いずれかに記載のパラジウムの除去方法。


【公開番号】特開2008−260704(P2008−260704A)
【公開日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−103489(P2007−103489)
【出願日】平成19年4月11日(2007.4.11)
【出願人】(507119250)東ソー有機化学株式会社 (14)
【Fターム(参考)】