説明

パーム油の脱酸油の製造方法及びカロテンの製造方法

【課題】カロテンを含有するパーム油に低級1価アルコールを添加して遊離脂肪酸をエステル化するエステル化工程を経てカロテンを製造する際に、前記カロテンの変質や分解を抑制することができ、簡便に、効率よく脱酸油を製造できる脱酸油の製造方法、及び前記脱酸油から、純度が高く、高品質なカロテンを安定的に高収率で製造できるカロテンの製造方法の提供。
【解決手段】カチオン交換樹脂を用いて、カロテンを含有するパーム油に低級1価アルコールを添加して遊離脂肪酸をエステル化するエステル化工程を含む脱酸油の製造方法であって、前記パーム油に含まれる鉄が前記カチオン交換樹脂に、該カチオン交換樹脂の交換容量(meq/mL)に対して0.5%以上付着したときに、前記エステル化工程をポリリン酸系キレート剤の存在下で行う脱酸油の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カロテンを含有するパーム油の脱酸油の製造方法及び前記脱酸油からのカロテンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パーム油には、カロテンなどの有用成分が含まれている。これらの有用成分を得るには、低級アルコールを添加して油脂中のトリグリセリドを、グリセリンと低級アルコールの脂肪酸エステルとに変換し、このエステル部から抽出する必要がある。カロテンを製造するためには、このエステル製造工程において、パーム油中のカロテンに変質や分解が生じないようにすることが重要である。
【0003】
通常、パーム油の搾油は圧搾法で行われ、該圧搾法で得られたパーム油には、水分や繊維等の懸濁固形物、土壌の金属等の夾雑物、ガム質(リン脂質を主体とする成分)などが含まれており、これらの不要成分が、カロテンの抽出工程に悪影響を及ぼす。
そのため、カロテンの製造に用いられるパーム油は、通常、遠心分離やろ過等により固形物等の除去を行うなどの精製を行っているが、その分離が十分でない場合は、土壌に含まれる金属等が残存する。また前記搾油工程の配管やタンク、そして輸送時のタンカー等を経由することで、更に金属等の不要成分が混入することが知られている。
【0004】
パーム油に含まれる遊離脂肪酸を低減する方法としてカチオン交換樹脂を用いる方法が提案されている(特許文献1参照)。この方法は、強酸性のカチオン交換樹脂の存在下、低級1価アルコールでパーム油中の遊離脂肪酸をエステル化することにより、遊離脂肪酸の含量が低減されたパーム油(以下、「脱酸油」とも称する。)を製造する方法であり、遊離脂肪酸の含量を低減すると共に金属イオンを除去することができ、その後に前記脱酸油を、アルカリ触媒を使用して低級1価アルコールによりアルコーリシスすることでカロテンの製造に適したカロテン含有脂肪酸エステルを得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭61−168696号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、カロテンを含有するパーム油の製造時において、前記カチオン交換樹脂を用いた遊離脂肪酸のエステル化による脱酸油の製造方法を用いた場合に、該カチオン交換樹脂を長期間使用していくうちにカロテンの収率が低下する問題が生じること、そして、その原因が前記カチオン交換樹脂にパーム油に含まれる金属が付着し、これによりカロテンが変質及び分解してしまうことにあるという新たな課題を見出した。
【0007】
本発明は、前記カチオン交換樹脂を用いた遊離脂肪酸のエステル化によるカロテンを含有するパーム油の脱酸油の製造方法における、該カロテンの変質及び分解の問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、カロテンを含有するパーム油に低級1価アルコールを添加して遊離脂肪酸をエステル化するエステル化工程を経て脱酸油を製造する際に、前記カロテンの変質や分解を抑制することができ、簡便に、効率よく脱酸油を製造できる脱酸油の製造方法、及び前記脱酸油から、純度が高く、高品質なカロテンを安定的に高収率で製造できるカロテンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、以下のような知見を得た。即ち、カチオン交換樹脂を用いて、カロテンを含有するパーム油に低級1価アルコールを添加して遊離脂肪酸をエステル化するエステル化工程を含む脱酸油の製造方法において、前記パーム油に含まれる金属の中でも、特に鉄がカロテンの変質及び分解に関与していること、前記パーム油に含まれる鉄が、前記カチオン交換樹脂の交換容量(meq/mL)に対して0.5%以上付着したときに、前記カロテンの変質及び分解の問題が実用上顕在化すること、そして前記エステル化工程をポリリン酸系キレート剤の存在下で行うことにより、前記カロテンの変質や分解を抑制することができ、簡便に、効率よく脱酸油を製造できることを知見し、本発明の完成に至った。
【0009】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> カチオン交換樹脂を用いて、カロテンを含有するパーム油に低級1価アルコールを添加して遊離脂肪酸をエステル化するエステル化工程を含む脱酸油の製造方法であって、前記パーム油に含まれる鉄が前記カチオン交換樹脂に、該カチオン交換樹脂の交換容量(meq/mL)に対して0.5%以上付着したときに、前記エステル化工程をポリリン酸系キレート剤の存在下で行うことを特徴とする脱酸油の製造方法である。
<2> ポリリン酸系キレート剤が、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸である前記<1>に記載の脱酸油の製造方法である。
<3> ポリリン酸系キレート剤の添加量が、前記パーム油に対して100ppm以上である前記<1>又は<2>に記載の脱酸油の製造方法である。
<4> パーム油に脱ガム処理を施す脱ガム工程を更に含む前記<1>から<3>のいずれかに記載の脱酸油の製造方法である。
<5> 前記<1>から<4>のいずれかに記載の脱酸油の製造方法により脱酸油を製造する脱酸油製造工程と、前記脱酸油に低級1価アルコールを添加してアルコーリシスすることによりパーム油脂肪酸低級1価アルコールエステルを得るアルコーリシス工程と、前記パーム油脂肪酸低級1価アルコールエステルからカロテンを精製する精製工程と、を含むことを特徴とするカロテンの製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、カロテンを含有するパーム油に低級1価アルコールを添加して遊離脂肪酸をエステル化するエステル化工程を経て脱酸油を製造する際に、前記カロテンの変質や分解を抑制することができ、簡便に、効率よく脱酸油を製造できる脱酸油の製造方法、及び前記脱酸油から、純度が高く、高品質なカロテンを安定的に高収率で製造できるカロテンの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、本発明のパーム油の脱酸油の製造方法の脱ガム工程に用いられる装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(脱酸油の製造方法)
本発明のカロテンを含有するパーム油の脱酸油の製造方法は、エステル化工程を少なくとも含み、必要に応じて、更に、脱ガム工程、脱水工程等のその他の工程を含む。
【0013】
<エステル化工程>
前記エステル化工程は、カチオン交換樹脂を用いて、カロテンを含有するパーム油に低級1価アルコールを添加して遊離脂肪酸をエステル化する工程である。
前記エステル化工程は、前記パーム油に含まれる鉄が前記カチオン交換樹脂に、該カチオン交換樹脂の交換容量(meq/mL)に対して0.5%以上付着したときに、前記エステル化工程をポリリン酸系キレート剤の存在下で行われる。
【0014】
−パーム油−
本発明において前記パーム油としてはカロテンを含有するものであれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、遊離脂肪酸の含有量が酸価10以下であるものが好ましい。また、カロテン含有量は500ppm以上であるものが好ましく、550ppm以上であるものがより好ましい。前記パーム油は、カロテン以外に、リコペン、ビタミン等のその他の成分を含有していてもよい。
なお、前記パーム油中に、土壌の金属等の夾雑物やリン脂質を主体とする成分であるガム質などの不要成分が混入している場合には、前記エステル化工程の前に予め脱ガム処理、ろ過を行なっておくことが好ましい。
【0015】
前記パーム油中に含まれる金属(無機性固形分)としては、例えば、マグネシウム、アルミニウム、カリウム、カルシウム、シリカ、鉄、銅などが挙げられる。これらの中でも、カロテンの変質や分解に関与する金属は、鉄である。本発明の脱酸油の製造方法によれば、鉄が前記パーム油に含まれていても、カロテンの変質や分解を抑制することができる点で有利である。
ただし、上記金属類は、カチオン交換樹脂のエステル化触媒としての寿命に影響するため、より少ないほうが好ましい。前記パーム油中の金属の含有量は、カリウム、カルシウム等のアルカリ金属、アルカリ土類金属として、10ppm以下が好ましく、1ppm以下がより好ましい。
鉄としては、1ppm以下が好ましく、0.5ppm以下がより好ましい。前記パーム油中の金属分は、遠心分離法、ろ過法、イオン交換樹脂等による吸着法などの方法により低減できる。
前記パーム油の入手方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、カロテンを含有する市販品も入手可能である。
【0016】
前記パーム油は、そのまま前記エステル化工程に用いてもよいが、予め水や前記不要成分を除去したものを用いてもよい。
前記不要成分を除去する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、水和脱ガム処理する方法、静置分離する方法、ろ過装置を用いる方法、遠心分離する方法などが挙げられる。
また、前記パーム油は、更に後述する脱ガム工程を経たものを用いることが好ましい。
【0017】
−低級1価アルコール−
前記低級1価アルコールとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、炭素数が1〜4のアルコールが好ましく、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、前記低級1価アルコールは、メタノールが好ましい。
【0018】
前記パーム油への前記低級1価アルコールの添加量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記パーム油100質量部に対して、5質量部〜30質量部が好ましく、10質量部〜28質量部がより好ましく、15質量部〜26質量部が更に好ましい。
【0019】
前記低級1価アルコール中の水分量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、低いほど好ましい。具体的には、1,500ppm以下が好ましく、1,000ppm以下がより好ましく、600ppm以下が更に好ましい。
また、前記低級1価アルコール中の水分量の下限としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、検出限界程度(0ppm)であってもよい。これらの中でも、前記低級1価アルコール中の水分量は、100ppmが好ましい。
【0020】
−カチオン交換樹脂−
通常カチオン交換樹脂を用いたパーム油中の遊離脂肪酸のエステル化工程において、前記パーム油に含まれる鉄が、該カチオン交換樹脂の交換容量(meq/mL)に対して0.5%以上付着したときに、カロテンの変質や分解などの問題が生じる。
これに対し、本発明の前記脱酸油の製造方法は、前記エステル化工程に用いるカチオン交換樹脂に、前記パーム油に含まれる鉄が、該カチオン交換樹脂の交換容量(meq/mL)に対して0.5%以上付着したときに、カロテンの変質や分解を抑制することができる点で有利である。
前記鉄の付着量が、0.5%未満の場合は、前記ポリリン酸系キレート剤を添加してもよく、添加しなくてもよい。
なお、カチオン樹脂の交換容量の単位、meq/mLのmeqとは、ミリ当量のことであり、1eq=1mol/(イオン価数)と表すことができる。
【0021】
前記カチオン交換樹脂の交換容量に対する金属付着率は、次式により算出することができる。
金属付着率(%)=樹脂への金属付着量(mmol)/[樹脂の交換容量(meq/mL)×樹脂量(mL)×金属のイオン価]
前記カチオン交換樹脂における鉄の付着量を測定する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記カチオン交換樹脂から樹脂を抜き出して該樹脂中の金属を酸水溶液で脱離させた廃液、若しくは該樹脂そのものを灰化させたものを、フェナントロリン吸光光度法、ICP発光分光法等により測定する方法、前記カチオン交換樹脂から樹脂を抜き出して、基準油脂分析試験法2.6.3.8.に基づいて樹脂を灰化させ、灰化物を5質量%硝酸水溶液に溶解させ、この硝酸水溶液をICP発光分光法により測定する方法などが挙げられる。これらの方法により、前記カチオン交換樹脂中における鉄の付着量(mmol)を算出することができる。
【0022】
前記カチオン交換樹脂における鉄の付着量の上限としては、特に制限はないが、鉄の付着量が多くなるとエステル化反応が進行し難くなるため、前記カチオン交換樹脂の交換容量(meq/mL)に対して10%以下であることが好ましい。
なお、前記鉄の付着量が多い場合は、前記ポリリン酸キレート剤の添加量を適宜増やすことが好ましい。
【0023】
前記カチオン交換樹脂としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、母剤がスチレン系であることが好ましい。
また、前記カチオン交換樹脂は、架橋剤を含むことが好ましい。前記架橋剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、ジビニルベンゼンが好ましい。
【0024】
前記カチオン交換樹脂における前記架橋剤の含有率(架橋度)としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、3質量%〜10質量%が好ましく、3質量%〜9質量%がより好ましく、4質量%〜8質量%が更に好ましく、4質量%が特に好ましい。前記架橋度が、3質量%未満であると、樹脂強度が弱くなることがあり、10質量%を超えると、前記遊離脂肪酸のエステル化効率が悪くなることがある。一方、前記架橋度が、特に好ましい割合であると、前記遊離脂肪酸のエステル化効率が高く、かつ、前記パーム油に含まれるカロテンの変質や分解の抑制作用を向上させることができ、樹脂の機械的強度が十分に優れる。
【0025】
前記カチオン交換樹脂の具体的な例としては、製品名で、ダイヤイオンSK104H、ダイヤイオンSK106、ダイヤイオンSK1B、ダイヤイオンSK110(以上、三菱化学株式会社製)、ダウエックス(ダウケミカル社製)、アンバーライト(ローム・アンド・ハース社製)などが挙げられる。
【0026】
前記カチオン交換樹脂は、使用性の観点から、カラムに充填して用いられることが好ましく、カラムにイオン交換樹脂を充填し反応物を流通する連続式反応器(固定床連続式反応器、脱酸塔ともいう)を用いることがより好ましい。
【0027】
前記カチオン交換樹脂は、前処理としてアルコールで洗浄しておくことが好ましい。
前記洗浄用アルコールとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記パーム油に添加するアルコールと同様のものなどが挙げられる。
前記洗浄は、洗浄の前後で前記洗浄用アルコール中の水分量が変化しなくなるまで行うことが好ましい。これにより、前記カチオン交換樹脂中の水分が、前記洗浄用アルコールで置換され、遊離脂肪酸のエステル化を更に効率よく行うことができるようになる点で好ましい。
前記カチオン交換樹脂への前記洗浄用アルコールの添加量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記カチオン交換樹脂容量の2倍量〜5倍量が好ましい。
【0028】
前記カチオン交換樹脂が、カラムに充填されている場合、前記エステル化におけるカラム温度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、40℃〜70℃が好ましく、50℃〜60℃がより好ましく、60℃〜65℃が更に好ましい。
【0029】
また、前記パーム油の前記カラム中の平均滞留時間としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、60分間〜480分間が好ましく、100分間〜360分間がより好ましく、100分間〜240分間が更に好ましい。
【0030】
−ポリリン酸系キレート剤−
前記ポリリン酸系キレート剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸(HEDP)等のホスホン酸類;トリポリリン酸塩、ピロリン酸塩、メタリン酸、ヘキサメタリン酸等の無機リン酸化合物;N,N,N’,N’−エチレンジアミンテトラキス(メチレンホスホン酸)(EDTMP)、ニトリロトリス(メチレンホスホン酸)(NTMP)、ジエチレントリアミンペンタ(メチレンホスホン酸)(DTPMP)等の有機リン酸化合物などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、前記ポリリン酸キレート剤は、HEDP、トリポリリン酸ナトリウム(STPP)、ピロリン酸ナトリウムが好ましく、下記構造式(1)で表されるHEDPが特に好ましい。
【化1】

【0031】
前記パーム油中の前記ポリリン酸系キレート剤の濃度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記パーム油に対して、100ppm以上が好ましく、500ppm以上がより好ましい。前記濃度が、100ppm以上であると、カロテンの変質や分解を抑制する本発明の効果をより安定して得ることができる。
前記ポリリン酸系キレート剤の濃度の上限としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、1,000ppm以下であることが好ましい。前記濃度が、1,000ppmを超えても、濃度に見合う効果が得られず、コスト的に不利となることがある。
【0032】
前記ポリリン酸系キレート剤を添加する方法としては、前記エステル化工程が前記ポリリン酸系キレート剤の存在下で行うことができれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記パーム油に予め添加する方法、前記低級1価アルコールに添加する方法などが挙げられるが、前記エステル化工程の前に、予め脱ガム工程を行う場合は、脱ガム工程の後に前記ポリリン酸系キレート剤を添加することが好ましい。
前記カチオン交換樹脂として前記固定床連続式反応器を用いる場合、前記ポリリン酸系キレート剤と、前記パーム油及び/又は前記低級1価アルコールとは、同時に供給してもよく、別々に供給してもよい。例えば、パーム油及び/又は低級1価アルコールの供給ラインにポリリン酸系キレート剤を供給する方法、前記パーム油の供給口とは別個に前記ポリリン酸系キレート剤の供給口を設け、これらを異なるラインで供給する方法などが挙げられる。このように、パーム油及び供給ラインに供給する場合はラインミキサーなどで攪拌混合することが好ましい。また、前記ポリリン酸系キレート剤をパーム油の貯蔵タンクに添加してもよく、この場合は、攪拌機により混合することが好ましい。
【0033】
<脱ガム工程>
前記脱ガム工程は、前記パーム油に脱ガム処理を施す工程である。前記脱酸油の製造方法は、前記エステル化工程の前に、脱ガム工程を含むことが、カロテンの変質及び分解の抑制作用を向上させることができる点で好ましい。
一般に、脱ガム工程を経ても前記ガム質の一種である前記金属塩の除去は不十分であるため、前記脱酸油の製造方法は、前記脱ガム工程を経たパーム油を用いた場合であっても、該金属塩によるカロテンの変質や分解を抑制できる点で有利である。
【0034】
前記脱ガムを行う方法としては、特に制限はなく、従来公知の方法の中から適宜選択することができる。例えば、前記パーム油にリン酸を水溶液として添加し、このパーム油をろ過する方法などが挙げられる。前記ろ過の方法としては、例えば、珪藻土などをろ過助剤としたリーフろ過など公知の方法で行うことができる。
【0035】
<脱水工程>
前記脱水工程は、前記エステル化工程により遊離脂肪酸がエステル化されることにより得られるエステルを含むパーム油の脱酸油を脱水する工程である。例えば、前記脱酸油を後述するカロテンの製造方法に用いる場合、前記脱酸油を脱水しておくことにより、効率よくアルコーリシスすることができる点で好ましい。
【0036】
前記脱水を行う方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、真空下での薄膜蒸留、大気圧下150℃での蒸発及び過剰メタノールを前記パーム油に添加混合して静置分離し、上層の水分を多く含有するメタノール層を除くなどの方法が挙げられる。
【0037】
−脱酸油−
前記脱酸油は、前記エステル化工程、更に必要に応じて、及び前記脱ガム工程を経て得られたものであり、カロテンの変質や分解が抑制されるため、カロテンを豊富む。このため、後述するカロテンの製造方法に好適に用いられる。また、前記脱酸油は、脱酸率が高い点でも好ましい。
【0038】
−−脱酸率−−
前記脱酸油の脱酸率としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、70%以上が好ましく、80%以上がより好ましく、90%以上が更に好ましい。前記脱酸率が、70%未満であると、前記脱酸油からカロテンを製造する際、アルコーリシス工程でアルカリ触媒を使用してアルコーリシスを行う場合のアルカリ触媒量が多量に必要となり、カロテンの製造効率が悪くなることがある。
なお、前記脱酸率とは、前記パーム油中の前遊離脂肪酸に対するエステル化された遊離脂肪酸の割合(質量%)を意味する。
【0039】
前記脱酸率を確認する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、パーム油の酸価及び脱酸油の酸価を、それぞれ「基準油脂分析試験法2.3.1.−1996 酸価」に準じて分析し、次式により求める方法などが挙げられる。
脱酸率(%)=(パーム油の酸価)/(脱酸油の酸価)×100
【0040】
−−カロテン残存率−−
前記脱酸油におけるカロテン残存率を求める方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記パーム油のカロテン濃度及び前記脱酸油のカロテン濃度から、次式により求める方法などが挙げられる。
カロテン残存率(%)=脱酸油カロテン濃度/パーム油カロテン濃度×100
【0041】
前記パーム油又は脱酸油のカロテン濃度を分析する方法としては、特に制限はなく、公知の方法の中から適宜選択することができ、例えば、ヘキサンに懸濁した前記パーム油又は脱酸油の吸光度を測定し、該測定に用いたパーム油又は脱酸油の希釈率と、該測定に用いたパーム油又は脱酸油の質量とから、次式によりそれぞれ求めることができる。
カロテン濃度(%)=(吸光度×希釈率)/(質量(g)×2,500)
【0042】
(カロテンの製造方法)
本発明のカロテンの製造方法は、脱酸油製造工程と、アルコーリシス工程と、精製工程と、を少なくとも含み、必要に応じて、更にその他の工程を含む。
前記脱酸油製造工程は、本発明の前記脱酸油の製造方法により行なわれるため、詳細な説明は省略する。
【0043】
<アルコーリシス工程>
前記アルコーリシス工程は、前記脱酸油製造工程で得られた脱酸油に、更にアルコールを添加してアルコーリシスする工程である。これにより、前記脱酸油中のトリグリセリドが分解し、脂肪酸低級アルキスエステルを主成分とする油相と、グリセリンを主成分とする相とに分離することができる。なお、この分離の際、前記カロテンは、前記油相に移行する。
【0044】
前記アルコーリシスに用いるアルコールとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、低級アルコールが好ましい。
前記低級アルコールとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、炭素数が1〜4のものが好ましく、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、前記低級アルコールは、メタノールが好ましい。
【0045】
前記脱酸油への前記アルコーリシス用アルコールの添加量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記脱酸油100質量部に対して、5質量部〜50質量部が好ましく、10質量部〜40質量部がより好ましい。
【0046】
前記アルコーリシスの温度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、50℃〜100℃が好ましく、60℃〜80℃がより好ましい
【0047】
前記アルコーリシスの反応時間としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、15分間〜90分間が好ましく、40分間〜70分間がより好ましい。
【0048】
前記アルコーリシスは、触媒の存在下で行うことが好ましく、前記触媒としては、アルカリ触媒が好ましい。
前記アルカリ触媒としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、ナトリウムメチラートなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、前記触媒は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが好ましい。
【0049】
前記脱酸油への前記触媒の添加量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記脱酸油100質量部に対して、0.1質量部〜0.5質量部が好ましく、0.2質量部〜0.3質量部がより好ましい。
【0050】
前記脱酸油に対し前記アルコーリシスを行うことにより、脱酸油中のカロテンはパーム油脂肪酸の低級1価アルコールエステルを主成分とする油相に移行し、後述する精製工程におけるカロテンの精製がより容易化される。また、カロテンの変質や分解の抑制作用が向上し、カロテンの製造効率が向上する点で好ましい。
【0051】
<カロテンの精製工程>
前記精製工程は、前記脱酸油の前記アルコーリシス工程を経た前記パーム油脂肪酸低級1価アルコールエステルからカロテンを精製する工程である。これにより、カロテンの濃縮物或いは精製物を得ることができる。
前記パーム油脂肪酸低級1価アルコールエステルからカロテンを精製する方法としては、特に制限はなく、公知の方法の中から適宜選択することができ、例えば、特開2002−226723号公報、特開昭61−115062号公報、特開昭62−241970号公報、特開2004−175805号公報、米国特許第5,157,132号明細書に記載の方法などが挙げられる。
【0052】
前記カロテンの精製方法の具体例としては、以下のとおりである。前記アルコーリシス工程により得られた、カロテンを含有するパーム油脂肪酸低級1価アルコールエステルと、メタノール水溶液などの親水性溶媒とを混合する。この混合物を、カロテンを0.8質量%以上含有する濃カロテンエステル相と、カロテンを150ppm以下含有する脱カロテンエステル相とに分離し、前記濃カロテンエステル相から分子蒸留によりパームエステルを除去し、濃縮カロテンを得ることができる。前記濃縮カロテンでは、エステル成分を5質量%以下にまで濃縮することができる。前記濃縮カロテンを、更にクロマトグラフ法により精製して、ステロイドやスクワレン等の他の微量成分を除去し、精製カロテンを得ることができる。
クロマトグラフの溶媒としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、アセトンとヘキサンとの混合溶媒などが挙げられる。
得られた精製カロテンは、クロマトグラフで使用した溶媒を留去し、必要に応じ植物油が添加され、油懸濁カロテンとすることができる。
【0053】
<用途>
前記脱酸油の製造方法は、カロテンを含有するパーム油に低級1価アルコールを添加して遊離脂肪酸をエステル化するエステル化工程を経て脱酸油を製造する際に、前記カロテンの変質や分解を抑制することができ、簡便に、効率よくカロテンを含有する脱酸油を製造できることから、特に純度が高く、高品質なカロテンを安定的に高収率で製造する方法として好適に利用可能である。
【実施例】
【0054】
以下に本発明の実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0055】
(実施例1〜8、比較例1〜5、及び参考例1〜5)
<カチオン交換樹脂への金属イオンの置換>
カチオン交換樹脂(製品名:ダイヤイオンSK104H、交換容量=1.2meq/mL、架橋度(ジビニルベンゼン)4質量%、三菱化学株式会社製)40mLをカラム(直径8cm、長さ30cm)に充填し、カチオン交換樹脂の4倍量のメタノール(関東化学株式会社製)で予め洗浄した。次いで、カラム温度60℃にて、表2〜4に示す種類の金属種をカチオン交換樹脂に置換させるため、表1に示す種類と濃度の金属塩水溶液を、空間速度SV=0.3(1/hr.)で300mL通液させた。前記金属塩水溶液の前記カラム中の平均滞留時間は180分間とした。その後、カチオン交換樹脂を純水で洗浄後、メタノールで十分に置換することで鉄イオン吸着のカチオン交換樹脂を調製した。
【0056】
【表1】

【0057】
通液後の金属塩水溶液は、カチオン交換樹脂中の水素イオンと、金属イオンとの置換により、一部が塩化水素に変化する。したがって、通液後の金属塩水溶液をそれぞれ一部採取し、表1に示す各金属塩水溶液中の酸量を0.1N 水酸化カリウム水溶液で滴定し、次式により樹脂の金属置換率を算出した。
金属付着率(%)=樹脂への金属付着量(mmol)/[樹脂の交換容量(meq/mL)×樹脂量(mL)]
=金属塩水溶液中の酸量(mmol)/[1.2(meq/mL)×40mL×金属のイオン価]
【0058】
<パーム油のエステル化>
パーム油(KLK社製、無機性固形分:2.0質量%)を用いて、特開2001−262179号公報に記載の方法で脱ガムを行った。即ち、図1に示すように、貯蔵タンク1からパーム油100質量部を、ポンプ2を作動させ、パイプ11を通し、途中で加熱器3により60℃に加熱し、これを分散槽4に送る。一方、タンク5から75質量%リン酸水溶液0.1質量部を、タンク6からケイソウ土0.04質量部を、それぞれパイプ16、17を通して分散槽4に送る。この分散槽4で、パーム油にリン酸水溶液及びケイソウ土を添加し混合攪拌する。そして、リン酸水溶液等が混合されたパーム油を、パイプ12を通してプレコート槽7に送り、更にポンプ8によりパイプ13を通してろ過器9に送る。ここで、ガム質がろ過により除去される。ろ過後のパーム油を、パイプ14を通して貯蔵タンク10に送り、ここに貯蔵した。
【0059】
脱ガム後のパーム油60gに、前記パーム油に対して20質量%のメタノール(関東化学株式会社製)と、表2〜4に示す種類と添加量の金属キレート剤をそれぞれ添加し混合した。この混合液を、前記金属イオンが置換されたカチオン交換樹脂を40mL充填したカラムに、空間速度SV=0.5(1/hr.)で通液させた。なお、前記カラム温度は60℃とし、パーム油の前記カラム中の平均滞留時間は120分間とした。
カチオン交換樹脂への通液前のパーム油と、通液後の脱酸油とについて、以下に示す方法でカロテン残存率及び脱酸率を確認した。
【0060】
<カロテン濃度の測定>
カチオン交換樹脂への通液前のパーム油と、実施例1〜8、比較例1〜5、及び参考例1〜5の通液後の各脱酸油とを、それぞれ約100mgを正確に量り、シクロヘキサン(特級、関東化学株式会社製)で希釈して正確に50mLとし、分光光度計(製品名:UV−2200、株式会社島津製作所製)を用いて波長448nmで吸光度を測定した。なお測定の際、パーム油及び各脱酸油は、波長448nmにおける吸光度が0.2〜0.8となるように希釈した。測定した吸光度の値と、パーム油又は脱酸油の希釈率と、パーム油又は各脱酸油の質量とにより、次式によりパーム油及び各脱酸油のそれぞれのカロテン濃度を算出した。
カロテン濃度(%)=(吸光度×希釈率)/(質量(g)×2,500)
【0061】
<カロテン残存率の算出>
カロテン残存率は、前記算出した、パーム油及び各脱酸油のカロテン濃度の値を用いて次式により算出し、下記評価基準に基づいて評価した。結果を表2〜4に示す。
カロテン残存率(%)=パーム油カロテン濃度/脱酸油カロテン濃度×100
[評価基準]
◎: 100%≧カロテン残存率>92%
○: 92%≧カロテン残存率>87%
△: 87%≧カロテン残存率>82%
×: 82%≧カロテン残存率
【0062】
<脱酸率の算出>
パーム油及び実施例1〜8、比較例1〜5、及び参考例1〜5の各脱酸油中の酸価を分析し、次式により、脱酸率を求めた。酸価の分析は、「基準油脂分析試験法2.3.1.−1996 酸価」に準じて行った。結果を表2〜4に示す。
脱酸率(%)=(脱酸油の酸価)/(パーム油の酸価)×100
【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【0065】
【表4】

【0066】
これらの結果より、鉄が0.5%以上付着したカチオン交換樹脂を用いた場合であっても、ポリリン酸系キレート剤を添加してパーム油のエステル化を行うことで、カロテンの変質や分解が生じることなく、また、そのカロテン残存率は非常に高いことから、効率よくカロテン含有量の高い脱酸油の製造ができることがわかった。
【0067】
実施例1〜8、比較例1〜5、及び参考例1〜5に使用したキレート剤は、以下のとおりである。
HEDP(*1):1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸、60質量%水溶液、東京化成工業株式会社製
STPP(*2):トリポリリン酸ナトリウム、純度:53.0+質量%(Pとして)、関東化学株式会社製
ピロリン酸(*3):純度:93質量%、純正化学株式会社製
EDTA・2Na(*4):エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム二水和物、特級、関東化学株式会社製
クエン酸(*5):和光純薬株式会社製
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の脱酸油の製造方法は、カロテンを含有するパーム油に低級1価アルコールを添加して遊離脂肪酸をエステル化するエステル化工程を経てカロテンを製造する際に、前記カロテンの変質や分解を抑制することができ、簡便に、効率よくカロテンを含有する脱酸油を製造できることから、カロテンの製造方法に好適に利用可能である。
また、本発明のカロテンの製造方法は、前記脱酸油の製造方法により得られた脱酸油を原料とすることで、特に純度が高く、高品質なカロテンを安定的に高収率で製造する方法として好適に利用可能である。
【符号の説明】
【0069】
1、10 貯蔵タンク
2、8 ポンプ
3 加熱器
4 分散槽
5、6 タンク
7 プレコート槽
9 ろ過器
11、12、13、14、15、16、17 パイプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン交換樹脂を用いて、カロテンを含有するパーム油に低級1価アルコールを添加して遊離脂肪酸をエステル化するエステル化工程を含む脱酸油の製造方法であって、
前記パーム油に含まれる鉄が前記カチオン交換樹脂に、該カチオン交換樹脂の交換容量(meq/mL)に対して0.5%以上付着したときに、前記エステル化工程をポリリン酸系キレート剤の存在下で行うことを特徴とする脱酸油の製造方法。
【請求項2】
ポリリン酸系キレート剤が、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸である請求項1に記載の脱酸油の製造方法。
【請求項3】
ポリリン酸系キレート剤の濃度が、前記パーム油に対して100ppm以上である請求項1又は2に記載の脱酸油の製造方法。
【請求項4】
パーム油に脱ガム処理を施す脱ガム工程を更に含む請求項1から3のいずれかに記載の脱酸油の製造方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の脱酸油の製造方法により脱酸油を製造する脱酸油製造工程と、
前記脱酸油に低級1価アルコールを添加してアルコーリシスすることによりパーム油脂肪酸低級1価アルコールエステルを得るアルコーリシス工程と、
前記パーム油脂肪酸低級1価アルコールエステルからカロテンを精製する精製工程と、
を含むことを特徴とするカロテンの製造方法。


【図1】
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【公開番号】特開2012−7005(P2012−7005A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141771(P2010−141771)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(000006769)ライオン株式会社 (1,816)
【Fターム(参考)】