説明

ヒトのNARP症候群の原因であるミトコンドリアATP6遺伝子変異の酵母内でのモデリング、及び医薬品のスクリーニングのためのその使用

ヒトにおけるNARP症候群の原因であるミトコンドリアATP6遺伝子変異のトリプトファン136 (W136)、ロイシン183 (L183)又はロイシン247 (L247)コドンの少なくとも1つの変異を含む改変酵母細胞、及び酸化的リン酸化経路を介するATP生成の欠陥を伴うミトコンドリアの病変、例えばNARP症候群に対して作用する医薬品をスクリーニングするためのその使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトにおけるNARP症候群の原因であるミトコンドリアATP6遺伝子変異の等価物を有する酵母株、及び酸化的リン酸化経路を介するATP生成の欠陥を伴うミトコンドリアの病変、例えばNARP症候群に対して作用する医薬品をスクリーニングするためのその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
NARP (神経性薄弱運動失調網膜色素変性症(Neuropathy, Ataxia and Retinitis Pigmentosa))は、遅い発達を特徴とし、網膜色素変性症(RP)、認知症、運動失調、神経性近位筋脱力及び感覚性ニューロパシーを伴う母系遺伝による遺伝性症候群である(概説としてSchonら, J. Bioenerg. Biomembr., 1994, 26, 291〜299; Graeber, M.B.及びMuller, U., J. Neurol. Sci., 1998, 153, 251〜263)。この疾患は、通常、小児に生じる病変であるが、成人における希な症例も報告されている。臨床発現は多様であり、多少は重篤な形になり得る。つまり、眼に関する症状発現は、網膜の単純な「霜降り」的な変化から、黄斑症を伴う重篤なRPまでの範囲であり得る。同様に、単純な偏頭痛から重篤な認知症及びリー病(亜急性壊死性脳脊髄症; Ortizら, Arch., Ophtalmol., 1993, 111, 1525〜1530)までにわたる広い範囲の神経性症状発現がある。視力及び聴力がともに影響を受けるアッシャー症候群、又は逆性RPともよばれる黄斑ジストロフィーのような多くの網膜色素変性症に関連する症候群が存在する。
【0003】
1990年に、Holtら(Am. J. Hum. Genett., 46, 428〜433)は、NARP症候群/リー病を示す患者のミトコンドリアDNAにおけるt8993g突然変異(又はT8993G)の存在について、初めて記載した。その後、Tatuch及びRobinson (Biochem. Biophys. Res. Commun., 1993, 192, 124〜128)により、この変異が、ミトコンドリアATPシンターゼ複合体の減損によるATP合成の低下をもたらすという仮説が立てられた。この変異は、ATPシンターゼの組み立て/安定性の欠如の原因であると考えられる(Nijtmansら, J. Biol. Chem., 2001, 276, 6755〜6762)。他のATP6遺伝子突然変異も、NARP症候群/リー病に関連して検出されている;t8993c、t9176g、t9176c及びt8851c (Schonら, Cell & Dev. Biol., 2001, 12, 441〜448)。よって、単純な点突然変異が、多くの多少は深刻な形であるこの症候群の原因である。この病変の症状発現が非常に多様であることは、患者におけるこの変異がヘテロプラズミックな性質である、すなわち変異及び野生型のミトコンドリアDNA分子が細胞又は組織に共存することによる。変異ミトコンドリアDNAの負荷量(load)は、観察される症状の重篤さに密接に関連する(Uzielら, J. Neurol. Neurosurg. Psychiatry, 1997, 63, 16〜22; Carelliら, Arch. Neurol., 2002, 59, 264〜270)。例えば、変異ミトコンドリアDNAの割合が非常に高い場合(>90〜95%)、リー脳症が観察される。変異がより低い割合で存在する場合(<75%)、NARP症候群が発生する(概説として、Shoffnerら, Neurology, 1992, 42, 2168〜2174; Ortizら, Arch., Ophtalmol., 1993, 111, 1525〜1530; Wallace DC, Science, 1999, 283, 1482〜1488; 概説として、Graeber, M.B.及びMuller, U., J. Neurol. Sci., 1998, 153, 251〜263)。
【0004】
t8993g変異の標的であるATPシンターゼ複合体は、ミトコンドリア内膜に位置する(図1及び2)。これは、細胞が代謝物の化学エネルギーを抽出し、かつこのエネルギーをATP分子に貯蔵することを可能にするプロセスである酸化的リン酸化の最後の工程を触媒する。ATPを合成するために、ATPシンターゼ複合体は、内膜の両側で、この膜に位置する別の複合体である呼吸複合体により生じる電気化学的プロトン勾配を用いる(図1)。呼吸複合体は、ミトコンドリアで酸化される基質の還元等価物を酸素に運ぶ。これらの運搬は、内部から(ミトコンドリアマトリクス)細胞小器官の外膜と内膜との間の空間(膜間腔)への内膜を介するプロトン輸送(水素イオン、H+)に連結している。このことにより、内膜の外周囲でのプロトン濃度が、その内周囲でのものよりも高くなる。ATPシンターゼの膜ドメイン(Fo)は、ミトコンドリアマトリクスへのプロトンのチャネルを介する返還を可能にする。この輸送は、ミトコンドリアマトリクス内の膜の外側に位置するATPシンターゼの触媒ドメインF1でのATP合成に連結する。ATPシンターゼは、ロータリータービンのように動作する:Foにおけるプロトンの通過は、酵素の部分複合体(ローター)の回転と連結している。この回転は、ADP及び無機ホスフェートからのATPの合成を促進するF1におけるコンホメーションの変化をもたらす(Boyer P.D., Annu, Rev., Biochem., 1997, 66, 717〜747)。新しく合成されたATP分子は、内膜に位置する特定の輸送体を介して(ADP/ATPトランスロカーゼ)、細胞全体にエネルギーを供給するようにミトコンドリア区画を離れる。ATPシンターゼは、約600 KDaの質量について、約20種の異なるタンパク質サブユニットを含む。ヒトでは、2つのATPシンターゼサブユニット(Atp6p及びAtp8p)がミトコンドリアゲノムによりコードされ、他のサブユニットの全ては核遺伝子によりコードされている。核起源のサブユニットは、細胞質ゾルで合成され、次いで、ミトコンドリアに運び込まれるが、ミトコンドリアゲノムによりコードされるAtp6p及びAtp8pサブユニットは、ミトコンドリア内部で実際に合成される。
【0005】
NARP症候群に関連するt8993g変異は、ミトコンドリアATP6遺伝子内に位置する。該遺伝子は、Foを横切るプロトン輸送に必須であるATPシンターゼサブユニット6 (Atp6p)をコードする(図2)。t8993g変異は、細菌からヒトまでの全ての既知のAtp6pの配列において保存されているロイシン残基のアルギニンへの置換をもたらす。このロイシン残基は、Atp6p領域において、膜を貫通し、かつATPシンターゼプロトン輸送活性に必須であると考えられている。大腸菌(Escherischia coli)の細菌又はNARPサイブリッド(t8993g対立遺伝子において100%までミトコンドリアが富化されたヒト細胞)で行われた研究は、t8993g変異がATPシンターゼプロトンチャネルの機能に明らかに影響し、かつこの欠陥が疾患の主な原因であることを示す(Schonら, Cell & Dev. Biol., 2001, 12, 441〜448; Nijtmansら, J. Biol. Chem., 2001, 276, 6755〜6762)。
【0006】
現在のところ、NARP症候群の治療のための効果的な医薬品も、治療上の興味対象の分子を大々的にスクリーニングするのに適するこの症候群についての細胞モデルも存在しない。
【0007】
実際に、ヒト細胞に由来するサイブリッドの使用は、分裂速度が遅く(少なくとも24時間の倍加時間)、複雑な複合培養培地を必要とし、微生物の混入に感受性であり、かつ固形(寒天)培地上で培養できない哺乳動物細胞の、長時間で難しく、面倒で高価な細胞培養工程を含む。さらに、サイブリッドは、NARP症候群の研究については比較的感受性でない細胞である。
【0008】
さらに、細菌はミトコンドリアを有さず、この点において、細菌は、ミトコンドリアの病変に対するATP6遺伝子の病原性変異の影響を研究するために良好なモデルではない。さらに、細菌と真核生物細胞(哺乳動物、酵母細胞)のATPシンターゼは同様に機能するが、これらは、かなりの構造的な違いを有する。特に、細菌には等価物が存在しない約10個の付加的な又は「過剰な」サブユニットが真核生物ATPシンターゼに存在する(Velours, J.及びArselin, G., J. Bioenerg. Biomembr., 2000, 32, 383〜390)。
【0009】
単細胞真菌であるパン酵母サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)は、ミトコンドリアの研究のための参照モデルとして約10年を超えて用いられている。ある決定的な利点は、酵母の良好な発酵能力であり、これによりこの生物はミトコンドリアエネルギー系を不活性化する変異があっても生存可能である。よって、ミトコンドリア経路を介してATPをもはや合成しない変異体の生存を適切に維持可能である。特に、酵母は、ミトコンドリアDNA変異体の単離及び研究のための良好なモデルである。酵母ミトコンドリアゲノムは、ヒトにおけるのと同様に、小さい環状二本鎖DNA分子である。酵母において、このゲノムは(図3)、ミトコンドリアエネルギー系の7つのサブユニットをコードする:1つの複合体IIIサブユニット(シトクロムb)、3つの複合体IVサブユニット(Cox1p、Cox2p、Cox3p)及び3つのATPシンターゼサブユニット(Atp6p、Atp8p及びAtp9p)。これは、ミトコンドリアのタンパク質合成系に必要とされるいくつかの遺伝子も含む:ミトリボソームの1つのタンパク質サブユニット(Var1)及びRNA成分(15S及び21S)、並びにミトコンドリアゲノムの全てのオープンリーディングフレームを翻訳するのに充分な一連の24個のトランスファーRNA。よって、ミトコンドリアゲノムは、酸化的リン酸化の発現のためにのみ必要とされる。このことが、酵母が、その良好な発酵能力のおかげで、ミトコンドリア遺伝子の喪失の下で生存可能である理由である。
【0010】
ミトコンドリアゲノムの多くのコピーが細胞当たりに存在し、ヒト細胞には数千、酵母には約50である。しかし、t8993g変異のようなミトコンドリアゲノムの変異は哺乳動物細胞においてはヘテロプラズミックであるが、ヘテロプラズミー(heteroplasmy)は、通常、酵母において不安定である。その結果、酵母において、全てのミトコンドリアDNA分子が所定の変異を有する純粋な(ホモプラズミックな)クローンを得ることができる。このことにより、ミトコンドリアDNAの所定の変異の影響を正確に分析することが可能になる。酵母は、遺伝子銃法によりミトコンドリアゲノムにある特定の変異を導入できる希な生物の一つである(Bonnefoy, N及びFox, T.D., Methods Cell. Biol., 2001, 65, 381〜396)。
【0011】
ミトコンドリアDNAの部位特異的突然変異誘発は、酵母においてよく習熟された技術であり、多くの変異がこのDNA、特にCOB-BOX及びCOX2遺伝子に既にうまく導入されている(Bonnefoyら, Mol. Cell. Biol., 2001, 21, 2359〜2372)。しかし、現在までに、ミトコンドリアATPシンターゼ遺伝子にいずれの特定の変異をうまく導入できていない。
【0012】
実際に、1970年代に、ミトコンドリアDNAの有害な点突然変異(mit-)が、ミトコンドリア遺伝子及びそれらの伝達を支配する法則をよりよく理解可能とする観点から、研究された(Slonimski, P.P.及びTzagoloff, A., Eur., J. Biochem., 1976, 61, 27〜41)。変異体は、op1核の関係において単離された。ミトコンドリアゲノム喪失変異(ρ-o)は、この関係において致死的であり、よって選択可能でない。利点は、mit-変異の取得を促進することである。なぜなら、該変異は、ρ-o変異(10-2)よりもさらに低い頻度(10-5〜10-8)であるようだからである。このアプローチを用いて、数百のmit-変異体が単離され、特徴決定された。しかし、得られた変体は、いずれも、ミトコンドリアATPシンターゼ遺伝子(ATP6、ATP8及びATP9)のいずれにも影響しなかった。これらの研究は、これらの遺伝子におけるmit-突然変異が、ミトコンドリアゲノムの維持と適合しないことを教示した。この教示は、ATPシンターゼの核変異(特にATP16及びATP3遺伝子において)が、ρ-o細胞のみの蓄積とともに、ミトコンドリアゲノムを広く不安定化するという事実により、その後、補強された(Velours, J.及びArselin, G., J. Bioenerg. Biomembr., 2000, 32, 383〜390)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以前の研究に基づくこのよく確立された教示に反して、本発明者らは、安定な形で、ミトコンドリアATPシンターゼ遺伝子内にmit-変異を得ることが可能であることを示した。
実際に、本発明者らは、ATP6遺伝子突然変異の取得を促進する系を開発した。この系を用いて、本発明者らは、ヒトにおけるNARP症候群の原因であるミトコンドリアATP6遺伝子変異の等価物を有する酵母株を構築することに初めて成功した。分析により、これらの変異が、ヒトにおけるのと同様に、酵母ATPシンターゼの機能を多少大きく損なうことを示した。これらの変異のうち3つは、非発酵性炭素源(例えばグリセロール)を用いて非常に遅い成長を示す。一方、これらの変異は、酵母において発酵によるATPの効率的な生成を可能にする基質であるグルコースの存在下で通常は成長し、機能的ATPシンターゼ複合体の存在を必要としない。
【課題を解決するための手段】
【0014】
結果として、これらの酵母変異体は、特に化学ライブラリーのスクリーニングによる、NARP症候群に随伴する突然変異により引き起こされる有害事象を低減可能な医薬品の探索のために有利に用いることができる。これらの酵母変異体は、ATPシンターゼの機能又はミトコンドリアにおけるATPの充分な生成のいずれかを、酸化的リン酸化のもの以外の経路を介して回復させることにより、変異による影響を修正可能な分子を同定することを可能にする。ATPシンターゼの機能を回復可能な分子は、NARP症候群の治療のための医薬品として用い得る可能性がある。ミトコンドリアにおけるATP生成を回復可能な分子は、NARP症候群の治療だけでなく、酸化的リン酸化経路を介するATP生成の欠陥に関係する他のミトコンドリアの病変の治療のための医薬品としても用い得る可能性がある。そのような病変は、特に、呼吸複合体不全に関する病変、例えばLHON (レーバー遺伝性視神経萎縮症(Leber's Hereditary Ootic Neuropathy))、MILS (母系遺伝リー症候群(Maternally Inherited Leigh Syndrome))、MERRF (赤色ぼろ線維・ミオクローヌスてんかん症候群(Myoclonic Epilepsy with Ragged-Red Fibers))、及びHSP (遺伝性痙性対麻痺(Hereditary Spastic Paraplegia))の症候群である。
【0015】
薬剤は、酵母変異体の呼吸成長を回復するそれらの能力について選択される。酵母細胞を用いるスクリーニング技術は、良く習熟されており、酵母モデル及び哺乳動物モデルの両方において活性な抗プリオン分子の同定に、既にうまく用いられている(Bachら, Nature Biotechnology, 2003, 21, 1075〜1081)。酵母を用いるこのようなスクリーニングは、実行が単純で、迅速で、比較的安価で、かつ自動化が容易であり、よって、数万の分子を長くて数ヶ月で試験できる。
【0016】
よって、本発明の主題は、ミトコンドリアATP6遺伝子のトリプトファン136 (W136)、ロイシン183 (L183)又はロイシン247 (L247)コドンの変異を含むことを特徴とする改変酵母細胞である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
定義:
用語「酵母細胞」「酵母株」「細胞」「酵母」及び「株」は、本発明の関係において等価であるとみなされ、区別することなく用いられる。以下で定義される酵母株rho+、rho0及びrho-についても同じである。
【0018】
rho++)株:野生型株と同様に無傷で機能的なミトコンドリアDNAを含む酵母株。
rho00)株:非発酵性炭素源含有培地で成長できず、かつミトコンドリアタンパク質合成がないことを特徴とする、ミトコンドリアDNAを欠く酵母株。
【0019】
合成rho--)株:そのミトコンドリアが外因性DNA (異種DNA)で、特に上記の遺伝子銃酵母細胞打ち込み法により形質転換された、最初はrho0であった酵母株。この形質転換は、特に細菌ベクター(プラスミド)のような任意のDNAフラグメントを複製して維持できる酵母細胞の能力により可能になる。天然のrho-株でのように、ミトコンドリアに人工的に導入されたDNAは、細胞小器官において、rho+野生型株のミトコンドリアに存在するものと等価なDNAの集団(mass)を生成するように複製される。興味対象の遺伝子は、よって、比較的高いコピー数(約1 kbの興味対象の遺伝子について3000を超える)で合成rho-株に存在する。よって、(天然の) rho-細胞のものに近いこれらの特徴により、このような細胞は、同様に、合成rho-細胞と呼ばれる。
【0020】
mit-株:ミトコンドリアエネルギー系のサブユニットの1つをコードするミトコンドリア遺伝子の配列内に局所的な変更(ヌクレオチド置換、短い欠失又は挿入)を含む酵母株。
【0021】
ミトコンドリア形質転換体:特に、上記の遺伝子銃法に従って酵母細胞への打ち込みにより得られる形質転換体。rho0株の打ち込みにより、合成rho-形質転換体であるミトコンドリア形質転換体が作製される。任意のベクターを打ち込みに用いることができるが、ミトコンドリア形質転換体を同定するためには、酵母ミトコンドリアゲノムマーカー、例えばCOX2遺伝子、又は該遺伝子のフラグメントを含むベクターが必要である。
ミトコンドリア組換え体:これらは、合成rho-株をrho+株と接触させた後に、相同組換えにより得られる。
【0022】
分子ライブラリー又は化学ライブラリー:それらの構造、起源又は機能の点で関連する分子の集団、特にそれらの元素構成の組織的又は無作為な置換により互いに異なる分子を含むコンビナトリアルライブラリー、例えばペプチド、オリゴヌクレオチド(アプタマー)及びオリゴ糖のようなオリゴマーのライブラリー、或いはオリゴマー以外の環状又は非環状であってよい有機分子、特に小有機分子、すなわち2500 Da未満、好ましくは2000 Da未満、好ましくは1500 Da未満、より好ましくは1000 Da未満、さらにより好ましくは750 Da未満の分子質量の有機分子のライブラリー。
【0023】
ATP6遺伝子:サッカロミセス・セレビシエ(NCBIアクセッション番号NC_001224.1)のミトコンドリアゲノムの28487位〜29266位、又は添付の配列表の配列番号1の配列に対応する遺伝子。コドン136 (配列番号1のヌクレオチド配列の406位〜408位)はtgaであり、これはトリプトファン(W)残基を規定する。コドン183 (配列番号1のヌクレオチド配列の547位〜549位)はttaであり、これはロイシン(L)残基を規定する。コドン247 (配列番号1のヌクレオチド配列の739位〜741位)はttaであり、これはロイシン(L)残基を規定する。
【0024】
Atp6p:ATP6遺伝子によりコードされるタンパク質。エス・セレビシエ酵母のAtp6pの配列は、Swiss-Protアクセッション番号P00854であり、添付の配列表の配列番号2に相当する。136位のアミノ酸はトリプトファン(W)残基であり、183位及び247位のアミノ酸はロイシン(L)残基である。
【0025】
コドンの変異:コドンの1又は複数のヌクレオチドの置換又は欠失、及びコドンへのヌクレオチド配列の挿入。
【0026】
本発明によると、ATP6遺伝子変異は有害な変異、すなわちAtp6p ATPシンターゼの活性を損なう変異である。この減損は、当業者に知られる任意の技術により、インビトロ又はインビボで評価できる。インビトロでの技術(単離されたミトコンドリアを用いる)のうち、特に、ATPシンターゼ複合体によるATP合成の測定、ミトコンドリア電位の分析、及び呼吸基質としてのNADHの存在下でのミトコンドリアによる酸素消費速度の測定が挙げられる。インビボでの技術のうち、特に、酵母の呼吸成長、すなわち非発酵性炭素源の存在下での成長の分析が挙げられる。
【0027】
上記の細胞のある有利な実施形態によると、上記の変異は、トリプトファン又はロイシンコドンの、アルギニン又はプロリンコドン、好ましくはアルギニンコドン、好ましくはagaコドンでの置換である。
上記の変異は、好ましくは、W136R、L183R及びL247Rからなる群より選択される。
【0028】
上記の細胞の別の有利な実施形態によると、これは、サッカロミセス・セレビシエのrho+株、例えば、特にW303-1B株(MATα, leu2-3, leu2-112, trp1-1, ura3-1, his3-11, his3-15, ade2-1, can1-100; ATCC # 201238)に由来する。
【0029】
本発明による酵母株は、そのミトコンドリアに変異ATP6遺伝子のみを含むミトコンドリア形質転換体(合成rho-株)を、野生株(野生型ATP6遺伝子を含む野生型ミトコンドリアを含有するrho+株)と交雑させ、ATP6遺伝子のコドン136、183又は247の変異を含む変異ミトコンドリアゲノムを含有する1倍体組換え体(サイトダクタント(cytoductant))を単離することにより作製される。
【0030】
或いは、酵母株は、変異体の単離を促進するために、2工程で作製できる。第1の工程において、ミトコンドリアATP6遺伝子を欠失させ、呼吸機能に依存しない遺伝子マーカー、例えば特にARG8mで置換する。この工程は、そのミトコンドリアにATP6遺伝子不活性化カセットを含有するミトコンドリア形質転換体(合成rho-株)を、野生株と交雑させ、ATP6遺伝子が遺伝子マーカーで置換された変異ミトコンドリアゲノムを含有する1倍体組換え体(サイトダクタント)を単離することにより行われる。第2の工程において、第1の工程で得られた組換え体を、そのミトコンドリアに変異ATP6遺伝子のみを含有するミトコンドリア形質転換体(合成rho-株)と交雑させる。1倍体組換え体(サイトダクタント)は、コドン136、183又は247において遺伝子マーカーがATP6遺伝子に置換された変異ミトコンドリアゲノムを含有する。
【0031】
核酸は、Current Protocols in Molecular Biology (Frederick M. AUSUBEL, 2000, Wiley and son Inc, Library of Congress, USA)、及びMolecular Cloning: A Laboratory Manual, 第3版(Sambrookら, 2001. Cold Spring Harbor, New York: Cold Spring Harbor Laboratory press)に記載されるような標準的なプロトコルを用いて、通常の分子生物学的方法に従って操作される。
【0032】
ミトコンドリアの形質転換、及びミトコンドリアゲノム操作は、Bonnefoy N及びFox T.D., Mol. Gen. Genet., 2000, 262, 1036〜1046、及びMethods Cell. Biol., 2001, 65, 381〜396に記載されるような通常の技術に従って行われる。
【0033】
本発明の主題は、酸化的リン酸化経路を介するATP生成の欠陥を伴うミトコンドリアの病変に対して作用する医薬品のスクリーニングのための、上記で定義される改変酵母細胞の使用でもある。
【0034】
これらの病変は、特にNARP症候群のようなミトコンドリアエネルギー系の機能不全、ATPシンターゼ機能不全、並びに呼吸複合体機能不全に関するLHON症候群(レーバー遺伝性視神経萎縮症)、MILS症候群(母系遺伝リー症候群)、MERRF症候群(赤色ぼろ線維・ミオクローヌスてんかん症候群)、及びHSP症候群(遺伝性痙性対麻痺)に関する。
【0035】
本発明の主題は、
a) 上記で定義される改変酵母細胞を、試験分子の存在下で、非発酵性炭素源を含有する培地中で培養し、
b) 上記の改変酵母細胞の成長を回復し得る分子を同定する
ことを含むことを特徴とする、酸化的リン酸化経路によるATP生成の欠陥を伴うミトコンドリアの病変に対して作用する医薬品のスクリーニングのための方法でもある。
【0036】
変異酵母細胞株、特にL183R、L247R及びW136R変異体において、ATPシンターゼ機能不全は、グリセロールのような非発酵性炭素源を用いての非常に遅い成長により反映される。その結果、これらの酵母変異体により、変異により引き起こされる有害な影響を低減できる分子を同定することが可能になる。スクリーニングは、非発酵性炭素源含有培養培地中での変異体の成長の回復に対して行われる。
【0037】
本発明によると、培養培地は液体又は固体である。好ましくは、寒天培地のような固形培地である。培養培地が液体である場合、試験分子は培地に添加される。培養培地が固体である場合、酵母は、培地の表面に植菌され、試験分子は、特に、例えば試験分子を含有するフィルタ(多孔性膜)により酵母に試験分子を与えることにより、酵母と接触する。培養は、対応する非改変酵母(変異が導入された酵母)の成長を可能にする条件下で行われる。酵母の成長の回復は、当業者に知られる任意の適切な技術、例えば特に分光法(液体培養培地の場合は培養物の光学密度の測定)、又は培養培地表面での成長ハロの視覚化(寒天培養培地)により測定される。
【0038】
上記の方法のある有利な実施形態によると、上記のミトコンドリアの病変は、NARP、LHON (レーバー遺伝性視神経萎縮症)、MILS (母系遺伝リー症候群)、MERRF (赤色ぼろ線維・ミオクローヌスてんかん症候群)、及びHSP (遺伝性痙性対麻痺)からなる群より選択される症候群である。
【0039】
上記の方法の別の有利な実施形態によると、工程a)における接触は、試験分子を含有するフィルタを、上記の改変酵母が植菌された固形培地(寒天培地)に与えることにより行われる。
例えば、上記のBachらに記載される原理に従うスクリーニング試験が構想できる。このために、変異体の細胞の層を、非発酵性炭素源(グリセロール)を含有する寒天培地の表面に置くことができる。それぞれ所定の量の分子を含有するフィルタを、その後、規則正しい様式で、細胞層の上に置く。薬剤は培養培地中を拡散し、濃度勾配がフィルタの周りに構成される。分子が変異の影響を打ち消すことができれば、フィルタの周囲に成長ハロが形成される(図10)。酵母を用いるこのようなスクリーニングは、実行が非常に単純であり、数万の分子を長くて数ヶ月で試験できる。
【0040】
上記の方法の別の有利な実施形態によると、上記の非発酵性炭素源は、グリセロール、エタノール及びラクテートからなる群より選択される。これらの化合物は、グリセロール及びラクテートについて20 g/l程度、及びエタノールについて30 ml/l程度の培養培地中の最終濃度で用いられる。
【0041】
試験分子のタイプのうち、特に次のものが挙げられる。
- 変異により改変されたAtp6p領域の付近でATPシンターゼに特異的に結合可能であり、かつATPシンターゼの機能を回復可能である小分子。実際に、Atp6pタンパク質における別個の変化は、変異の存在を補償できる。その結果、そのような分子は、変異により引き起こされる束縛を緩和することを可能にする別個のコンホメーション変化を誘導することにより、ATPシンターゼ機能を回復できた。L183R変異の場合、これらの分子により標的にされ得る変異の付近の残基は、179位、180位、183位及び226位のアミノ酸を含む。ATPシンターゼの機能を回復可能なこれらの分子は、NARP症候群の治療のための医薬品として用い得る可能性がある。
【0042】
- ミトコンドリアATPシンターゼ複合体の機能不全により引き起こされた変異の代謝抑制物質、すなわち酸化的リン酸化経路を介するATP合成の欠陥を修正可能な分子、特にミトコンドリアにおけるATP合成についての代替の経路を刺激可能な分子。実際に、ミトコンドリアへα−ケトグルタレートを輸送する内膜タンパク質であるOdc1pの、変異酵母株t8993gにおける過剰発現は、クレブスサイクルにおける基質レベルのADPリン酸化を介してミトコンドリアでのATPの生成の増加をもたらす。つまり、Odc1p発現の妨害をもたらす分子は、クレブスサイクルにおけるミトコンドリア内のATP生成を増加でき、よって、t8993g変異により引き起こされるATPシンターゼ機能不全を補償できた。ミトコンドリアによるATP生成を回復可能なこれらの分子は、NARP症候群だけでなく、特に呼吸複合体機能不全に関する他のミトコンドリアの病変、例えばLHON (レーバー遺伝性視神経萎縮症)、MILS (母系遺伝リー症候群)、MERRF (赤色ぼろ線維・ミオクローヌスてんかん症候群)、及びHSP (遺伝性痙性対麻痺)の各症候群の治療のための医薬品として用い得る可能性がある。
【0043】
上記の規定に加えて、本発明は、ヒトにおけるNARP症候群の原因であるミトコンドリアATP6遺伝子変異の等価物を有する変異酵母株の構築、遺伝子及び分子の特徴決定並びに使用について示す実施例、並びに添付の図面に言及する以下の記載から明らかになるその他の規定も含む。添付の図面において:
- 図1は、ミトコンドリアエネルギー変換機構及びその形成を制御する遺伝子の模式図を示す。
【0044】
- 図2は、ATPシンターゼ及びNARP症候群に関連するt8993g変異の構造を示す。A. ATPシンターゼの構造:Atp6pサブユニットは、ATPシンターゼのFoセクターの一部分である。Atp6p/Atp9pアセンブリは、プロトンチャネルを構成する。B. NARP症候群に関連する変異:NARP症候群に関連するt8993g変異は、Atp6pサブユニットの保存されたロイシン残基の、アルギニンでの置換をもたらす(ヒトにおいて156位;酵母で183位)。構造モデルにおいて、このロイシン残基は、Atp6pサブユニットとAtp9pサブユニットの輪との間の界面で内膜に位置する。
【0045】
- 図3は、ミトコンドリアATP6遺伝子の欠失と、この遺伝子のARG8m遺伝子マーカーでの置換とを含むMR10変異体の構築と遺伝子及び分子の分析とを示す。
A. MR10変異体の構築。ミトコンドリアATP6遺伝子を、MR6株(arg8::HIS3 [rho+ FY1679];野生型ミトコンドリアゲノム及び核ARG8遺伝子を欠失させた) から欠失させ、アルギニン生合成に関与するミトコンドリアタンパク質(Arg8p)をコードする核のARG8遺伝子のミトコンドリアバージョンであるARG8m遺伝子マーカーに置き換えた。このようにして得られた変異株は、MR10 (rho+, Δatp6::ARG8m)と呼ぶ。
【0046】
B. MR6株と比較したMR10変異体の成長表現型。MR6とは異なって、MR10は非発酵性炭素源(グリセロール)からもはや成長可能でない。一方、MR6とは異なって、MR10は、アルギニンの外部添加をせずに、グルコース(発酵性糖)の存在下で成長可能である。
【0047】
C. MR6株(rho+)及びミトコンドリアDNAを有さない株(rhoo)との比較による、MR10株(rho+, Δatp6::ARG8m)のゲノムDNAのサザンブロッティング分析。Swa Iで消化したDNAを、ATP6又はARG8m遺伝子に特異的な放射性標識プローブとハイブリッド形成させた。得られたハイブリッド形成シグナルにより、MR10株におけるATP6のARG8mでの置換が確認される。
【0048】
D. MR10変異体の遺伝的相補性。そのミトコンドリアにATP6遺伝子のみを含有する合成ρ-株(SDC30)との交雑によるMR10変異株の遺伝的相補性試験により、MR10の呼吸成長欠陥が、実際に、ATP6遺伝子の不活性化によるものであることが確認される。
【0049】
E. MR6及びMR10株から抽出されたタンパク質の、Atp9p及びAtp6pタンパク質に指向された抗体を用いるウェスタンブロッティングによる分析。Atp6pタンパク質の蓄積がないことが、MR10株において観察される。
【0050】
F. 放射性標識及びSDS-PAGE電気泳動によるMR6株(W.T.)及びMR10株(Δatp6)におけるミトコンドリアタンパク質合成の分析。Atp6pタンパク質合成がないことが、MR10株において観察される。
【0051】
- 図4は、酵母ATP6遺伝子に変異を導入するために用いる方策を示す。t8993g変異の等価物(tta183 - > aga183; L183 > R)を、酵母ミトコンドリアゲノムに、SDC31株(ρ-, ATP6-L183R)をMR10株(ρ+, atp6::ARG8m)と交雑させることにより導入した。SDC31とMR10の間の交雑により導かれた接合細胞において、親のミトコンドリアは融合し、次いで、SDC31及びMR10のミトコンドリアDNAを組み換えることができる。二重交差により、ARG8mがtta- >aga変異を有するATP6遺伝子に置き換えられる。SDC31株の核におけるkarI-I変異により、MR10株の核、及び変異ATP6遺伝子を含有する組換えミトコンドリアゲノムを有する1倍体クローンを得ることが可能であった。ARG8m遺伝子を失うと、後者はアルギニンの非存在下では成長できない。MR14と呼ばれるこれらのNARP変異体(ρ+, ATP6-L183R)のうちの1つを、その後の分析のために選択した。
【0052】
- 図5は、酵母t8993g変異体(MR14変異体)の分子及び遺伝子の分析を示す。A. コドン183の周囲のATP6遺伝子の領域のヌクレオチド配列のクロマトグラフィー。野生型(MR6)において、このコドン(tta)はロイシン残基を規定する。変異体(MR14)において、このコドンはagaに改変され、これはアルギニンを規定する。B. そのミトコンドリアにATP6遺伝子のみを含有する合成ρ-株(SDC30)との交雑によるt8993g変異体(MR14)の相補性。グリセロールでのMR14の成長は、非常に遅くなる。SDC30株は、この培地中で成長できない。グリセロールでの成長は、交雑により回復され、このことは、MR14変異体の呼吸欠陥表現型が実際にt8993g変異によるものであり、かつそれ単独によるものであることを示す。
【0053】
- 図6は、t8993g変異(L183 > R)が、酵母の呼吸成長を大きく損なうことを示す。野生株(MR6)、欠損株Δatp6::ARG8m (MR10)及びt8993g変異のtta183 > aga等価物を有するMR14変異体を、発酵性(グルコース)又は非発酵性(グリセロール)炭素源含有培地で、28℃又は37℃にて培養した。MR14変異株は、非発酵性炭素源(グリセロール)含有培地での高い成長の欠陥を、28℃及び37℃の両方において示す。グリセロールでの非常にわずかな成長が、インキュベーションの7日後に観察されるのみであるが、野生株の成長は、長くて3日後に既に完了している。一方、MR14は、発酵性経路(グルコース)を介して正常に成長する。
【0054】
- 図7は、野生型(MR6)及びt8993g変異体(MR14)株の呼吸鎖及びATPシンターゼ複合体の活性を示す。ミトコンドリアは、YPGALA中で培養された野生型(MR6)及びt8993g変異体(MR14)株から単離した。種々の因子を、以下の濃度で加えた:タンパク質(0.15 mg/ml)、NADH (段階(state) 4; 4 mM)、ADP (段階3; 400μm)、オリゴマイシン(oligo; 6μg/ml)、CCCP (3μM)、アスコルベート(Asc; 15 mM)、TMPD (1.4 mM)。呼吸係数(RCR)は、段階4呼吸速度に対する段階3呼吸速度の比である。N: 当てはまらず。培養物中で示されるρ-oのパーセンテージが小さい。MR14変異体の場合、段階4呼吸速度は、MR6について測定された段階4呼吸速度に比較してほぼ3倍近く低い(298に対して81 O.min-1.mg-1)。
【0055】
- 図8は、ローダミン123を用いる蛍光光度法によるミトコンドリア内膜へのエネルギー付与の分析を示す。種々の因子を、野生型株MR6 (WT)及びMR14変異体(T8993G)の無傷のミトコンドリアに加えた:ローダミン123 (0.5μg/ml)、ミトコンドリアタンパク質(Mito; 0.3 mg/ml)、エタノール(EtOH; 10μl)、オリゴマイシン(oligo; 6μg/ml)、シアン化カリウム(KCN; 0.2 mM)、及びカルボニルシアニドm-クロロフェニルヒドラゾン(CCCP; 3 mM)。
【0056】
- 図9は、BN-PAGE法によるATPシンターゼ複合体の分析を示す。野生型株(MR6)及びt993g変異体のミトコンドリアを単離し、次いで、記載する濃度でジギトニンを用いて可溶化した。遠心分離の後に、複合体をBN-PAGEにより分離し、ゲルをクーマシーブルーで染色するか、又はATPアーゼ活性を明らかにするためにATP-Mg2+及びPb2+とインキュベートした。
【0057】
- 図10は、NARP症候群に対して作用する分子の酵母を用いるスクリーニングを示す。工程1: 変異体を、グルコース含有培地で培養する。工程2:変異体細胞を、炭素源としてグリセロールを含有する寒天培地の表面の層で培養する。工程3:試験化合物の1つを特定の量でそれぞれ含有するフィルタを、ペトリ皿上に置き、分子が培地に拡散し、フィルタの周囲に濃度勾配を形成する。工程4:皿をインキュベートする。ハロは、変異の影響を打ち消し得る物質を含有するフィルタの周囲に出現する(薬剤C5)。
【0058】
- 図11は、t8993g変異体の復帰変異体の配列を示す。t8993g酵母変異体の細胞を、非発酵性炭素源(グリセロール、培地N3)を含有する、すなわち、t8993g変異体の成長を可能にしない条件の栄養培地の表面での濃密層で培養した。数日間のインキュベーションの後に、充分な呼吸能力を回復した復帰変異体のクローンが出現するのが観察される。これらの復帰変異体のATP6遺伝子を、PCRにより増幅して配列決定した。「第1部位」抑制物質は、Atp6pの野生型配列に存在するロイシン以外のアミノ酸、すなわちリジン、イソロイシン又はセリンでのアルギニン183の置換をもたらす。「第2部位」抑制物質は、セリンでのアルギニン残基179、プロリン又はグリシンでのアラニン残基180、セリンでのイソロイシン残基226の置換をもたらす。
【0059】
- 図12は、Odc1pの過剰発現によるt8993g変異体の代謝抑制を示す。
A. 代謝抑制のメカニズムの模式図。全ての細胞において、ミトコンドリア内膜を横切るシトレート/マレエート又はオキサロアセテート対の交換は、Odc1pにより触媒される。グリオキシレートサイクルの間に生成されるシトレートは、Odc1pによりミトコンドリアに運び込まれ(Palmieriら, J. Biol., Chem., 2001, 276, 1916〜1922)、TCAサイクル(クレブスサイクル)に入って、基質レベルのADPリン酸化に連結するスクシネートの生成をもたらし得る。マレエート又はオキサロアセテートは、その後、Odc1pにより細胞質ゾルに輸送され、グリオキシレートサイクルに入ることができる。この反応サイクルは、逆行の応答が活性化される細胞内のペルオキシソームの増殖により増加するアセチル-CoAの脂肪酸分解を介する生成により、それ自体で永続させることができる(概説として、Butow, R.A.及びAvadhani, N.G. Moll.Cell 2004, 14, 1〜15を参照)。RCは、呼吸鎖を示す。
【0060】
B. Odcp1の過剰発現によるt8993g変異の部分的相補性。野生株(MR6)、t8993g変異株(MR14)、及びOdc1pを過剰発現するt8993g変異株(MR14/ODC1)を、グルコース含有培地(YPGA)中で一晩培養した。培養物を系列希釈し、各希釈の一滴を、YPGA培地及び炭素源としてグリセロールを含有する培地(培地N3)の上に置いた。皿を、その後、36℃にてインキュベートし、7日間のインキュベーションの後に写真撮影をした。Odc1pに指向された抗体を用いるウェスタンブロッティングによるMR6、MR14及びMR14/ODC1株から抽出したタンパク質の分析により、Odcp1がMR14/ODC1株で過剰発現されることが確認される。
【実施例】
【0061】
実施例1:ヒトにおけるNARP症候群の原因であるATP6遺伝子変異のエス・セレビシエのミトコンドリアゲノムへの導入
核酸は、Current Protocols in Molecular Biology (Frederick M. AUSUBEL, 2000, Wiley and son Inc, Library of Congress, USA)及びMolecular Cloning: A Laboratory Manual, 第3版, (Sambrookら, 2001, Cold Spring Harbor, New York: Cold Spring Harbor Laboratory Press)に記載されるような標準的なプロトコルを用いて、通常の方法に従って操作する。
【0062】
1) 材料及び方法
1.1) 分子生物学及び遺伝学実験技術
a) 酵母及び細菌株、プラスミド
以下の酵母及び細菌株並びにプラスミドを用いた。
- MR6: mat α, ade2, leu2, ura3, trp1, his3, arg8::HIS3 [rho+FYI679]
- DFS160: mat α, ade2, leu2, ura3, kar1-1, Δarg8::URA3 [rhoo]
- SDC30: mat α, ade2, leu2, ura3, Δarg8::URA3 [rho- ATP6, COX2]
- NB40-3c: mat α, lys2, leu2, ura3, his3deltaHinDIII, arg8::hisG [rho+ cox2-62]
- 大腸菌XL1-Blue: recA1, endA1, gyrA9, thi-1, hsdR17, supE44, relA1, lac [F' proAB lac lqZΔM15 Tn 10 (Tet')]
- pJM2 (Mulero JJ.及びFox T.D., Mol. Biol. Cell., 4, 1327〜1335).
【0063】
b) 酵母用の培養培地
酵母株を、以下の培地で培養する。
- YPGA: 1% (w/v)酵母エキス、1%バクトペプトン、2%グルコース、20 mg/lアデニン
- YPGALA: 1%酵母エキス、1%バクトペプトン、2%ガラクトース、30 mg/lアデニン
- N3: 1%酵母エキス、1%バクトペプトン、10 mM Na2HPO4、40 mM KH2PO4、20 ml/lグリセロール;2%の寒天を混合して培地を固化させる。
細菌は、LB培地:5 g/l NaCl、0.5%酵母エキス、0.3 N NaOH、1%バクトトリプトンで培養する。
【0064】
c) ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によるDNA増幅
PCRによるDNAの増幅は、増幅されるべきヌクレオチド配列を有するDNA 100 ng、2つの増幅プライマーのそれぞれを25 pmol、各dNTP 200μM、及び酵素1単位を含有する製造業者により提供される50μlの緩衝液中で、pFUポリメラーゼ(STRATAGENE)を用いて行った。以下のプログラムを用いた:[95℃-2分; 55℃-30秒; 72℃-1分30秒]×1; [95℃-30秒; 55℃-45秒; 72℃-1分30秒]×28; [95℃-30秒; 55℃-30秒; 72℃-15分]×1。
【0065】
d) DNAフラグメントの精製
DNAフラグメントを、それらをUV (254 nm)の下で視覚化するために0.5μg/mlのエチジウムブロミドを含有する1%アガロースTBEゲル(89 mMホウ酸、25 mM EDTA、89 mM Trisベース)で分離した。興味対象のフラグメントを、QIAquick Gel Extraction (登録商標)キット(QIAGEN)を供給業者の指示に従って用いて精製した。
【0066】
e) DNAフラグメント末端の脱リン酸化
DNAフラグメントの末端を、2単位のアルカリホスファターゼ(仔ウシ小腸ホスファターゼ, BIOLABS)を含有する20 mM Tris-HClバッファー、pH 8中で、37℃にて1時間脱リン酸化した。反応を、2μlの0.5 M EDTA pH 8及び15μlの10% SDSを加えることにより停止した。混合物を70℃にて15分間インキュベートし、次いで、フェノール、さらにクロロホルムで処理した。水相中のDNAを、2容量のエタノール及び1/10容量の3 M酢酸ナトリウム、pH 5.2を添加することにより沈殿させた。沈殿物を70%エタノールで洗浄し、真空乾燥して水に溶解した。
【0067】
f) DNAフラグメントライゲーション
供給業者(GIBCO)の推奨に従ってT4ファージリガーゼを用いて、DNAフラグメント間のホスホジエステル結合の形成を触媒した。
【0068】
g) 突然変異誘発
部位特異的突然変異誘発は、Gene Editor In Vitro Site-Directed Mutagenesis System (登録商標)キット(PROMEGA)を供給業者の指示に従って用いて、プラスミド中にクローニングされた遺伝子に対して行う。
【0069】
h) エレクトロポレーションによる細菌の形質転換
大腸菌XL1-Blue株を、37℃にて振とうしながらLB培地中で、0.5〜1のOD600nmに到達するまで培養する。細胞を滅菌水で4℃にて数回洗浄し、次いで、10% (w/v)のグリセロールの溶液中で濃縮する。次いで、細胞を一定量に分け、-80℃にて保存する。エレクトロポレーションを、ECM 395マシン(BTX)を用いて行う。40μlのコンピテント細胞を100 ngのプラスミドDNAと混合し、放電し(2.5 kV)、LB培地を加える。細胞懸濁物を、その後、37℃にて1時間インキュベートし、形質転換体の選択のために、100μg/mlのアンピシリンを含有するLB培地で培養する。
【0070】
i) プラスミドDNAの調製
プラスミドを、h)に示すようにしてエレクトロポレーションにより形質転換された大腸菌XL1-Blue株で増幅させる。プラスミドDNAを、次いで、Plasmid Midi Kit (登録商標) (QIAGEN)を供給業者の推奨に従って用いて、細菌から抽出する。
【0071】
j) 酵母細胞の通常の形質転換(核形質転換)
実験の1日前に、形質転換されるべき細胞の新鮮な培養物を1滴、YPGA培地上に置く。次の日に、細胞を楊枝で採取し、100μlの0.2 N酢酸リチウム、pH 5、40%ポリエチレングリコール4000、100℃にて20分間予め変性させたキャリアDNA 50μg及び細胞に導入するプラスミドのDNA 50 ng〜1μgを含有する100 mM DTTバッファーに混合する。45℃にて30分間インキュベーションした後に、細胞をリンゲルバッファーで洗浄し、次いで、形質転換体の選択に適する培地に培養する。
【0072】
k) ミトコンドリア形質転換体の取得
Biolistic PDS-1000/HeTMシステム(BIO-RAD)を、以前に記載されたプロトコル(Bonnefoy, N.及びFox, T.D., Methods Cell Biology, 2001, 65, 381〜396)に従って用いて、遺伝子銃打ち込みにより、プラスミドDNAを、ミトコンドリアDNAを完全に欠く(ρo)酵母株(DFS160)のミトコンドリアに導入する。
【0073】
l) 酵母株の交雑及び1倍体サイトダクタント組換え体の単離
用いた手順は、(Bonnefoy, N.及びFox, T.D., Methods Cell Biology, 2001, 65, 381〜396)に記載されるものである。
【0074】
m) 酵母ゲノムDNAのサザンブロッティングによる分析
酵母ゲノムDNAの抽出を、YPGA培地で一晩培養した細胞に対して行った。細胞を遠心分離により採集し、2%のTriton-X100、1%のSDS を含有する0.1 M NaClバッファー0.2 ml及び0.2 mlのフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール混液(50/48/2)に入れる。500μlのガラスビーズ(直径0.45 mm)を加える。混合物を2分間ボルテックスし、0.2 mlの10 mM TrisHClバッファー、pH 8、1 mM EDTAを加える。水相を遠心分離により分離し(10000×gにて5分間)、そこに含まれる核酸を、20μlの8M酢酸アンモニウム及び1 mlのエタノールの添加により沈殿させる。沈殿物を遠心分離により採集し、70%エタノールで洗浄し、次いで、30μgのRnアーゼAを含有する10 mM TrisHCl、pH 8、1 mM EDTA 400μlに溶解して37℃にて15分間インキュベートする。試料のDNAを、2.5容量のエタノール及び1/10容量の3 M酢酸ナトリウムをpH 5.2にて加えることにより沈殿させる。これを70%エタノールで洗浄し、乾燥させ、最後に50μlの水に溶解する。
【0075】
DNAは、適切な制限酵素を用いて消化し、得られたDNAフラグメントをアガロースゲル電気泳動により分離し、ニトロセルロースメンブレンにブロットし、特異的放射性標識プローブとハイブリッド形成させる。次いで、興味対象のフラグメントを視覚化するために、メンブレンの放射能写真を撮影する。
【0076】
n) 遺伝的相補性試験
呼吸欠陥酵母変異体及びそのミトコンドリアにATP6遺伝子のみを含有する合成ρ-株(SDC30株)を別々に、寒天培地(YPGA)中で一晩培養する。次いで、「ドロップ−トゥ−ドロップ」交雑をYPGA培地上で行う。一晩のインキュベーションの後に、交雑を、グリセロール含有培地(N3)上のベルベットの切片を用いて複製する。グリセロール上で成長可能な交雑に由来する細胞の存在は、2つの株のミトコンドリアDNAの組換えにより野生型ミトコンドリアゲノムが再構築された組換え体の存在を示す。
【0077】
1.2) 生化学的技術
a) 全酵母タンパク質の抽出
細胞をYPGALA培地で培養し、吸光度が2単位の650 nmでの光学密度(OD)になったときに採集する。細胞を水で2回洗浄し、次いで、10 OD/mlの密度で水に溶解する。細胞溶解を、7.4%β-メルカプトエタノールを含有する150μlの1.85 M NaOHバッファーを1 mlの細胞懸濁物に加えることにより行う。4℃にて10分間インキュベーションを行い、150μlの3Mトリクロロ酢酸(TCA)を、タンパク質を沈殿させるために添加する。4℃にてさらに10分間インキュベーションし、次いで、混合物を10000×gで5分間遠心分離する。ペレットを、TCAの全ての痕跡を除くために-20℃にてアセトンで洗浄する。ペレットを、その後、250μlの5% SDSに溶解し、超音波処理し、100℃にて5分間インキュベーションする。タンパク質試料を、最後に、遠心分離(10000×gにて5分)により採集する。
【0078】
b) 35Sで放射性標識したメチオニン及びシステインの組み込みによるミトコンドリアタンパク質合成の分析
手順は、Lefebvre-Legendreら, J. Biol. Chem., 2001, 276, 6789〜6796に記載されるものである。実験は、YPGALA培地中で指数増殖期にある細胞を用いて行う。細胞を水で洗浄し、1%ガラクトース及び分析される株の栄養要求性マーカーに対応する栄養素(10×LSM:5 mg/l H3Bo3、0.33 mg/l CuCl2、1 mg/l KI、5.2 mg/l MnCl2.4H2O、2.35 mg/l Na2MoO4.2H2O、3.4 mg/l ZnCl2、2 mg/l FeCl3.6H2O、20 mg/lパントテン酸カルシウム、20 mg/l塩化チアミン、20 mg/lピリドキシン、5 mg/lニコチン酸、0.2 mg/lビオチン、200 mg/lメソイノシトール、54 g/l (NH4)H2PO4、3.65 g/l MgCl2.6H2O、14.58 g/l NH4Cl、9 g/l KH2PO4、0.9 g/l NaCl、1.188 g/l CaCl2.2H2O)を含有する1×LSMに溶解し、40分間インキュベートする。この工程は、細胞においてシステイン及びメチオニンの欠乏を引き起こすことを意図する。シクロヘキシミドを、ミトコンドリア外の細胞質ゾルタンパク質合成を阻害するために、その後、250μg/mlの濃度で加える。よって、放射活性は、ミトコンドリアゲノムによりコードされるタンパク質によってのみ取り込まれる。5分後に、0.5 mCiのプロミックス(L-[35S]メチオニン及びL-[35S]システイン, AMERSHAM)を加え、試料を30℃にて10分間インキュベートする。カザミノ酸の1%溶液を、放射性標識アミノ酸の取り込みを停止し、翻訳生成物の終結を可能にするために加える。細胞を採集し、1%カザミノ酸溶液中で2回連続して洗浄し、0.25 Mマンニトール、20 mM Tris-サルフェート、pH 7.4、1 mM EDTA、1 mM PMSFバッファーに溶解する。ガラスビーズ(直径0.45 mm)を加え、細胞を破砕するために、試料を5分間ボルテックスする。破砕された物質を、低速(750×g、4℃にて5分間)で遠心分離して、細胞破片を除去する。上清を高速(12 000×g、4℃にて20分間)で遠心分離して、ミトコンドリア膜を採集する。試料の放射活性を測定し、そこに含まれる放射性標識タンパク質を、次いで、SDS-PAGEゲル、その後ゲルの放射能写真により分析する。
【0079】
c) 電気泳動、免疫検出及びタンパク質のアッセイ
変性アクリルアミドゲルタンパク質電気泳動(SDS-PAGE)を、Laemmli, Nature, 1970, 227, 680〜685の手順に従って行った。用いた非変性ゲル電気泳動技術(BN-PAGE)は、Schaggerら, Anal, Biochem, 1994, 217, 220〜230に記載されるものである。BN-PAGEゲルのATPアーゼ活性は、Grandier-Vazeille及びGuerin, Anal. Biochem., 1996, 242, 248〜254に記載される方法により検出した。特異的抗体を用いるニトロセルロースメンブレン上でのタンパク質の検出は、Paumardら, EMBO J., 2002, 21, 221〜230に記載される方法により行った。抗原−抗体複合体は、ECL+ (登録商標)キット(AMERSHAM)を用いて明示した。タンパク質は、Lowryら, J. Biol. Chem., 1951, 193, 265〜275の方法でアッセイした。
【0080】
2) 結果
a) ミトコンドリアATP6遺伝子の欠失及びARG8m遺伝子マーカーでの置換によるMR10変異体酵母の構築
ヒトにおけるのと同様に、酵母におけるATP6遺伝子は、ミトコンドリアゲノム内に位置する。酵母において、ATP6は、COX1遺伝子(複合体IVのサブユニットをコードする)、ATP8遺伝子(ATPシンターゼのサブユニットをコードする)、及び特定の株では、エンドデオキシリボヌクレアーゼをコードするENS2遺伝子を含有する多シストロン性転写ユニットの一部分である(図3A)。ヒトにおいて、NARP症候群の原因である主な変異は、ミトコンドリアゲノムの8993位での単純なヌクレオチド変化(tからg)である(t8993gという)。この変化は、ヒトAtp6pタンパク質のロイシン残基156がアルギニンで置き換えられることをもたらす(図2)。このロイシン残基は、酵母Atp6pタンパク質で保存されているが、異なる位置にある(183位)。酵母においてこの残基をアルギニンに置換するために、二重のヌクレオチド変更が必要である:tta- >aga。さらに、NARP症候群に関連するその他の変異が、ヒトにおいて検出されている:t8993c、t9176g、t9176c及びt8851c (表I)。
【0081】
ATP6への変異の導入を促進するために、酵母株(MR10)を、まず、MR6株(野生型ミトコンドリアゲノム及び核ARG8遺伝子が欠失している;arg8::HIS3 [rho+FY1679])から構築した。MR10において、ATP6遺伝子は欠失し、呼吸機能に依存しない遺伝子マーカーであるARG8m遺伝子で置換されている(Bonnefoy, N.及びFox. T.D., Methods Cell Biology, 2001, 65, 381〜396)。ARG8m遺伝子は、核ARG8遺伝子のミトコンドリアバージョン(再コードバージョン)であり、アルギニン生合成に関与するミトコンドリアタンパク質(Arg8p)をコードする。
【0082】
ARG8mを含むATP6遺伝子の不活性化のためのカセット(atp6::ARG8m)を、以下のオリゴヌクレオチドを用いるPCRにより構築した。
- ATP6-PRO (配列番号3):
gcgggatcctttattatagtttaatactccatatgtaaattattttattttataattttattttataatttaagcatatacagcttcg、及び
- ATP6-Ter (配列番号4):
gcctagataataagatataattatgattaattattataagttatatagttttataaatttataattattatgacacatttagaaagaa。
【0083】
これらのオリゴヌクレオチドは、それらの5'末端に、BamH I及びXba I部位をそれぞれ有する。PCR産物をBamH I及びXba Iで消化し、次いで、以前に記載された(Mulero, J.J.及びFox, T.D., Mol. Cell. Biol., 1993, 4, 1327〜1335)プラスミドpJM2のBamH I及びXba I部位にクローニングした。得られたプラスミドを、DFS160株のrhooミトコンドリアに、打ち込みにより導入した。得られた合成ρ-株を、MR6株と交雑させた。接合細胞において、親のミトコンドリアは融合し、次いで親のミトコンドリアDNAは組換えられ得る。二重交差により、ATP6がARG8mで置換される。DFS160株は、核変異kar1-1を有し、この影響は、核融合を遅延させ、1倍体クローンの生成をもたらす(Bonnefoy, N.及びFox, T.D., 2001, Methods Cell Biology, 2001, 65, 381〜396)。MR6株の核及び組換えミトコンドリアゲノムを有する1倍体クローンΔatp6::ARG8mを、このようにして得た。MR10 (matα, ade2, leu2, ura3, trp1, his3, arg8::HIS3 [rho+ FY1679; Δatp6::ARG8m])と呼ばれるこれらのクローンのうちの1つを、その後の分析のために選択した。
【0084】
b) MR10変異体の遺伝子及び分子の分析
MR6株に比較したMR10変異体の成長表現型の分析(図3B)は、MR10が非発酵性炭素源(グリセロール)からもはや成長できないことを示す。一方、MR6とは異なって、MR10は、アルギニンの外部添加なしで、グルコース(発酵性糖)の存在下で成長可能である。
【0085】
ATP6又はARG8m遺伝子に特異的な放射性標識プローブを用いるサザンブロッティングによるMR6及びMR10株並びにミトコンドリアDNAを欠く株(rhoo)のSwa Iで消化したゲノムDNAの分析により、MR10株におけるATP6のARG8mでの置換が確認される(図3C)。
そのミトコンドリアにATP6遺伝子のみを含有する合成ρ-株(SDC30)との交雑によるMR10変異体の遺伝的相補性により、MR10の呼吸成長欠陥が、実際に、ATP6遺伝子の不活性化によるものであることが確認される(図3D)。
【0086】
Atp9p及びAtp6pタンパク質に指向された抗体を用いるウェスタンブロッティングによるMR6及びMR10株から抽出されるタンパク質の分析は、MR10株におけるAtp6pタンパク質の蓄積がないことを示す(図3E)。
放射性標識及びSDS-PAGE電気泳動によるMR6及びMR10株におけるミトコンドリアタンパク質合成の分析は、MR10株におけるAtp6pタンパク質の合成がないことを示す(図3F)。
【0087】
c) ヒトにおけるNARP症候群の原因である変異を有する酵母ATP6遺伝子変異体の構築
ヒトにおけるNARP症候群の原因である5つの変異のそれぞれの等価物(表I)を、プラスミドpJM2にクローニングされた酵母ATP6遺伝子に別々に導入した。酵母ATP6遺伝子を、その5'末端にBamH I制限部位をそれぞれ有するオリゴヌクレオチドATP6-up (配列番号5: gcggaccccaaaggaggag)及びATP6-down (配列番号6: cgggatcccagtggggaaggagtgaggt)を用いて増幅した。PCR産物をBamH Iで消化し、pJM2のBamH I部位にクローニングして、プラスミドpSDC21を得た。変異は、その後、プラスミドpSDC21にクローニングされたATP6遺伝子に、別々に導入された。種々の変異(t8993g (pSDC22)、t8993c、t9176g、t9176p及びt8851c)を有する5つのプラスミドを、その後、遺伝子銃打ち込みにより、ミトコンドリアDNAを完全に欠く(ρo)酵母株(DFS160)のミトコンドリア内に別々に導入した。そのミトコンドリアに種々の変異プラスミドの1つをそれぞれ含有する得られた5つの合成rho-株を単離した。そのミトコンドリアにプラスミドpSDC22を含有する株を、SDC31 (matα, ade2, leu2, ura3, Δarg8::URA3 [rho- atp6 t8993g, COX2]又は(ρ-, ATP6-L183R))と命名した。
【0088】
d) MR10変異体のミトコンドリアゲノムへの変異ATP6遺伝子の導入による酵母変異体の構築
次いで、5つのミトコンドリア形質転換体(ρ-; ATP6-L183R (SDC31); ρ-, ATP6-L183P; ρ-, ATP6-L247R; ρ-, ATP6-L183R; ρ-, ATP6-L134R)を、MR10株(ρ+, Δatp6::ARG8m)と交雑させることにより、酵母ミトコンドリアゲノムに5つの変異を導入した。合成rho-株(L183R変異の場合にSDC31)とMR10株との交雑に由来する接合細胞において、親のミトコンドリアは融合する(図4)。このことにより、合成rho-株(SDC31)とMR10株のミトコンドリアDNA間の接触がもたらされ、次いで、これらのDNAは組換えられ得る。二重交差により、5つの変異の1つを有するATP6遺伝子でのARG8mの置換がもたらされる。合成rho-株(SDC31)の核におけるkar1-1変異により、MR10株の核と、変異ATP6遺伝子を有する組換えミトコンドリアゲノムとを有する1倍体クローンを得ることができた。ARG8m遺伝子を喪失すると、アルギニンの非存在下で成長できない。それぞれの変異について、組み換え体(MR14、RKY20-1、RKY-25-4、RKY38-1及びRKY39-1; 表I)の1つを、その後の分析のために選択した。
【0089】
e) ATP6遺伝子変異体の遺伝子及び分子の分析
変異の周囲のATP6遺伝子の領域を、MR6 (野生型)及び変異体において配列決定した。クロマトグラフ(図5A)は、野生型においてロイシン残基を特定するコドン(tta)が存在することを示す。野生型(MR14)では、このコドンはagaに改変され、これはアルギニンを特定する。
【0090】
グリセロール上でのt8893g (MR14)、t9176g (RKY25-4)及びt8851c (RKY39-1)変異体の成長は、非常に遅くなっている(図5B、表I)。SDC31株(ρ-, ATP6-L183R)は、この培地上で成長できない(図5B)。一方、t8993c (RKY20-1)及びt9176c (RKY39-1)変異体は、酵母の呼吸成長に対して顕著な影響を有さない(表I)。
【0091】
そのミトコンドリアにATP6遺伝子のみを含有する合成ρ-株(SDC30)との交雑による変異の相補性試験は、グリセロール上での成長が、交雑により回復することを示す(図5B)。この試験は、変異体の呼吸欠陥表現型が、実際に、変異によるものであり、該変異単独によるものであることを示す。
【0092】
実施例2:酵母におけるATP6遺伝子変異の影響の分析
1) 材料及び方法
a) 酵母ミトコンドリアの抽出
ミトコンドリアの抽出に用いる方法は、Guerinら, Methods Enzymol., 1979, 55, 149〜159により記載されるものである。YPGALA培地中で指数増殖期にある酵母を、遠心分離(2000×gにて5分)により採集し、水で洗浄し、次いで、0.5 M β-メルカプトエタノールを含有する0.1 M Tris-HClバッファー、pH 9.3に溶解して30℃にて10分間インキュベートする。細胞を、その後、0.5 M KClを含有する10 mM Tris-HClバッファー、pH 7で洗浄し、1.35 Mソルビトール、1 mM EGTA及び10 mMクエン酸を含有し、2 mg/mlの20 000 Uザイモリエース(ICN)を含有する30 mMリン酸ナトリウムバッファー、pH 5.8 (乾燥重量1グラム当たり10 ml)に再懸濁して30℃にて20〜40分間インキュベートする。この段階において、細胞はプロトプラスト、すなわち細胞壁が消化された細胞とよばれる。プロトプラストを遠心分離(750×g、4℃にて5分間)により採集し、次いで、0.75 Mソルビトール、0.4 Mマンニトール及び0.1% (w/v) BSAを含有する10 mM Tris-マレエートバッファー、pH 6.8で洗浄する。これらを、その後、0.6 Mマンニトール及び2 mM EGTAを含有する10 mM Tris-マレエートバッファー、pH 6.8を用いて溶解する。得られた溶解物のミトコンドリアを、その後、示差的遠心分離により回収する。最初の低速遠心分離(750×gにて10分)により、核及び細胞壁の破片を除去することが可能になるが、ミトコンドリアは上清画分中に残る。上清を回収し、高速(12000×gにて10分)で遠心分離することにより、ミトコンドリアを採集する。ミトコンドリアのペレットを、0.6 Mソルビトール及び2 mM EGTAを含有する10 mM Tris-マレエートバッファー、pH 6.8に溶解する。
【0093】
b) ミトコンドリア酸素消費速度の測定
ミトコンドリア酸素消費速度を、Rigoulet, M.及びGuerin, M., FEBS Lett., 1979, 102, 18〜22に記載される手順に従って、3 mMのPi/Tris、pH 6.8を含有する0.6 Mマンニトール/0.3 mM EGTA/10 mM Tris-マレエートバッファー、pH 6.8中でクラーク電極(GILSON)を用いるポーラログラフィにより測定する。
【0094】
c) ミトコンドリア電位の分析
ミトコンドリア電位の変動を、Emausら, Biochem. Biophys. Acta, 1986, 850, 436〜448により記載される手順に従って、3 mMのPi/Tris、pH 6.8を含有する0.6 Mマンニトール/0.3 mM EGTA/10 mM Tris-マレエートバッファー、pH 6.8中のローダミン123 (SIGMA)を用いて、SFM25蛍光計(KONTRON)を用いて分析した。
【0095】
d) ミトコンドリアATP合成及び加水分解活性の測定
ミトコンドリアATP加水分解活性を、Somlo M., Eur. J. Biochem., 1968, 5, 276〜284により記載される手順に従って、オリゴマイシンの存否の下で、0.2 M KCl及び3 mM MgCl2を含有する10 mM Tris-HClバッファー、pH 8.4中で測定した。ミトコンドリアATP合成活性は、Schwimmerら, J. Biol. Chem., 2005, 280, 30751〜30759に記載されるプロトコルに従って測定した。より具体的には、このミトコンドリアATP合成活性は、3 mMのPi/Tris、pH 6.8を含有する0.6 Mマンニトール/0.3 mM EGTA/10 mM Tris-マレエートバッファー、pH 6.8中で、呼吸基質としてNADH (4 mM)を用い、ADP (1 mM)の存在下で測定する。ADPの添加の後に、反応媒体の画分を15秒ごとにサンプリングし(1分から2分)、過塩素酸(7%)及びEDTA (25 mM)と直ちに混合する。試料を遠心分離し(15000 gにて5分)、上清を、0.3 Mの3-モルホリノプロパンスルホン酸を含有するKOHの2N溶液を用いてpH 6に調整する。試料のATPを、BIOTHEMAにより提供されるキットを用いて生物発光により測定する。
【0096】
e) 非変性ゲル電気泳動(BN-PAGE法)
野生型株(MR6)及びt8993g変異体のミトコンドリアを単離し、ジギトニン(0.75%〜2% w/v)で可溶化した。遠心分離の後に、複合体を、非変性ゲル電気泳動(BN-PAGE法)により、Paumardら, EMBO, J., 2002, 21, 221〜230により記載される手順に従って分離し、次いで、クーマシーブルーを用いてゲルを染色した。
【0097】
2) 結果
a) 酵母の呼吸成長に対する変異の影響
野生型株(MR6)、欠失株Δatp6::ARG8m (MR10)、並びにt8993g (MR14)、t8993c (RKY20-1)、t9176g (RKY25-4)、t9176c (RKY38-1)及びt8551c (RKY39-1)変異体を、グルコースを含有する培地(YPGA)中で一晩培養した。培養物を系列希釈し、各希釈液の一滴をYPGA培地及び炭素源としてグリセロールを含有する培地(N3)の上に置いた。その後、皿を、28℃又は37℃にてインキュベートし、4〜7日間のインキュベーションの後に写真を撮影した。YPGAの皿は、28℃にて4日間インキュベーションした後に写真を撮影した(図6、表I)。
【0098】
【表1】

【0099】
t8993g変異の等価物(tta183>aga)を有するMR14変異株は、非発酵性炭素源(グリセロール)を含有する培地上で、28℃及び37℃の両方において高い成長欠陥を示す。7日間のインキュベーションの後に、非常にわずかな成長しかグリセロール上で観察されないが、野生型株の成長は、せいぜい3日後に既に完了している(図6)。一方、MR14は、発酵経路(グルコース)を介して通常は成長する(図6)。MR14の呼吸成長の欠陥は、そのミトコンドリアにATP6遺伝子のみを含有する株(合成ρ-)であるSDC30との成長により完全に補完される(図5)。このことにより、t8993g変異が、実際に、単独で、観察される呼吸成長欠陥の原因であると結論付けることができる。
t8993g変異と同様に、t9176g及びt8851c変異は、酵母の呼吸成長に非常に大きく影響する(表I)。
【0100】
一方、t8993c及びt9176c変異は、酵母の呼吸成長に対して何ら著しい影響を示さない(表I)。
【0101】
b) 呼吸活性に対するt8993g変異の影響
t8993g変異を有するMR14株、及び親のMR6株からミトコンドリアを単離した(これら2つの株は、t8993g変異の点でのみ遺伝子的に異なる)。ミトコンドリア酸素消費速度(呼吸)を、その後、オキシグラフィにより測定した。簡単に、NADHを、呼吸基質としてミトコンドリア懸濁物に加える。次いで、状態3 (リン酸化する状態)を確立するために、ADPを加える。この添加の後に、呼吸速度の増加が、添加されたADPをリン酸化するATPシンターゼによる電気化学的プロトン勾配の消費に続いて、通常、観察される。そして、呼吸鎖が、このプロトン消費を補償するようにより迅速に機能する。全ての添加されたADPがリン酸化されたときに、呼吸速度は基底の状態(非リン酸化状態4)に減少して戻る。MR6野生型株についての状態3及び状態4の呼吸速度(これは、呼吸制御比RCRと呼ばれる)は、2.4の値であり、これは野生型ミトコンドリアに典型的である(図7)。MR14変異体の場合、状態4呼吸速度は、MR6について測定された状態4呼吸速度に比較して、ほぼ3倍、より低い(81に対して298 O.min-1.mg-1)。さらに、ADPの添加は、呼吸速度に対してほとんど影響がないことが注目される。プロトンが膜を横切って自由に通過することを可能にするプロトンイオノフォアである脱共役剤(CCCP:カルボニルシアニドm-クロロフェニルヒドラゾン)の存在下で、呼吸速度は、最大である(Vmax)。呼吸速度は、野生型において4倍刺激される(状態4に比較して)。同様の割合での変異体における呼吸の刺激も観察される。
【0102】
c) ATPシンターゼ複合体によるATP合成の測定
ATPシンターゼ複合体によるATP合成の活性化を、過剰のADPの存在下、すなわち状態3 (リン酸化する状態)で測定した。測定を、ATPシンターゼプロトンチャネルの特異的阻害剤であるオリゴマイシンの存否の下で行うことにより、ATPシンターゼ複合体の活性による測定されるATP合成の速度の割合を決定する(他のミトコンドリア内反応は、ATPを合成可能である)。親の株について、得られた値は737±45 nmol.min-1.mg-1であった(図7)。これらの条件下で、ATP合成の速度は、変異体においてより低く、59±7 nmol.min-1.mg-1であった(図7)。
【0103】
d) ミトコンドリア電位の分析
ミトコンドリア電位を、この電位に感受性である蛍光プローブであるローダミン123を用いる方法により分析した(図8)。ミトコンドリア電位の増加は、ローダミン123がミトコンドリアに捕捉されることによる蛍光の減少を伴うミトコンドリア内へのローダミン123の侵入をもたらす。つまり、ミトコンドリア電位の変動が、蛍光の変動を測定することにより検出できる。より具体的には、呼吸鎖が作動するようにエタノールをミトコンドリアに加えることにより、内膜にエネルギーが与えられ、よって蛍光が減少する(図8)。その後、ATPシンターゼの機能を誘導するようにADPを加える。このATPシンターゼは、ADPをリン酸化し、そのようにすることにより、プロトン勾配を消費し、これは蛍光の増加に反映される。添加されたADPがリン酸化されるので、電位は再び増加し(ATPシンターゼにより消費されるプロトンがだんだん少なくなる)、添加された全てのADPがリン酸化されると、電位は最初の値に戻る。MR14変異体について、ADPの添加は、非常にわずかな電位の減少しか引き起こさず、これは非常にゆっくりと最初の電位の値に戻る。この観察により、ATPシンターゼ機能の欠陥が示される。この欠陥をより明確に規定するために、ミトコンドリア膜のATPによるエネルギー付与を分析した。この場合、ATPシンターゼを、リバースモード、すなわちそれがATPを加水分解する場合において研究した。通常、ATPの加水分解では、ATPシンターゼはミトコンドリアからプロトンを排出する。この作動モードにおいて、ATPシンターゼは、よって、ミトコンドリア内膜の外側に正のエネルギーを与える。野生型において、ATPの添加の直後に(呼吸鎖を阻害するためのKCNの存在下)、大きく安定なミトコンドリア電位が確認される。その後のオリゴマイシンの添加(ATPシンターゼプロトンチャネルの阻害剤)により、予測されるように、この電位が失われ、このことにより、電位の喪失が実際にATPシンターゼの活性に連結していることが示される。
【0104】
MR14変異体においても、ATPの添加の直後に蛍光の減少が観察されるが、この減少はより小さい。さらに、オリゴマイシンを添加することなく、最初の蛍光の値に徐々に復帰する。変異体におけるATPシンターゼは、よって、ミトコンドリア内膜に正しくエネルギーを与えることができない。これらの観察は、t8993g変異がATPシンターゼ機能の主要な欠陥の原因であることを示す。他の変異体を用いて行われた同様の研究は、t9176g変異体がATPシンターゼ機能を廃止し、t8993c変異は実際にATPシンターゼ機能に影響を与えるが、t8993g変異よりもかなり少ない程度であることを示す。
【0105】
e) t8993g変異は、ATPシンターゼの組み立て及び安定性に影響しない
ATPシンターゼ複合体の組み立て又は安定性に対するt8993g変異の影響を研究した。野生型株(MR6)及び変異体株(MR14)からのミトコンドリアを、多重タンパク質複合体内の相互作用を保持し得る濃度でジギトニンを用いて処理した。ミトコンドリアを、その後、非変性ゲル電気泳動(BN-PAGE法)により分析した。結果は、ATPシンターゼ複合体が、変異体において完全に組み立てられ、正常に蓄積されることを示す(図9)。
【0106】
実施例3:NARP症候群のような酸化的リン酸化に欠陥を伴うミトコンドリア病変に対して作用する分子のスクリーニング
t8993g、t9176g及びt8851c変異体は、ATPシンターゼの機能不全により非発酵性炭素源から非常にゆっくりと成長する。よって、これらの酵母変異体を用いて、ATPシンターゼの機能又はミトコンドリアによるATPの生成を回復することによる変異の影響を修正可能な分子を同定する。ATPシンターゼ機能を回復し得る分子は、NARP症候群の治療用の医薬品として用い得る可能性がある。ミトコンドリアによるATP生成を回復可能な分子は、酸化的リン酸化経路を介するATP生成の欠陥を伴うミトコンドリア病変の治療用の医薬品として用い得る可能性がある。これらは、特にNARP症候群のようなミトコンドリアエネルギー系の機能不全に関する病変、ATPシンターゼ機能不全に関する病変、及び呼吸複合体機能不全に関するLHON (レーバー遺伝性視神経萎縮症)、MILS (母系遺伝リー症候群)、MERRF (赤色ぼろ線維・ミオクローヌスてんかん症候群)及びHSP (遺伝性痙性対麻痺)症候群である。
【0107】
スクリーニング試験の原理は、Bachら, Nature Biotechnology, 2003, 21, 1075〜1081に記載されている。より具体的には、スクリーニングは、以下の工程に従って行われる(図10):工程1:変異体を、グルコースを含有する培地で培養する。工程2:変異細胞を、グリセロールのような非発酵性炭素源を含有する寒天培地の表面の層で培養する。工程3:試験分子の1つを特定の量でそれぞれ含有するフィルタをペトリ皿に置き、該分子が培地中を拡散して、フィルタの周囲で濃度勾配を確立する。工程4:皿をインキュベートする。これらの条件下で、成長ハロが、変異の影響を打ち消し得る物質を含有するフィルタの周囲に出現するのが観察される(薬剤C5)。
【0108】
実施例4:t8993g変異の遺伝子内サプレッサーの証明
t8993g変異の遺伝子内サプレッサー、すなわち充分なATPシンターゼ機能を回復することを可能にするATP6遺伝子における変異を探索した。このために、t8993g酵母変異体の細胞を、非発酵性炭素源を含有する栄養培地(グリセロール、N3培地)の表面の密な層に、すなわちt8993g変異体の成長を可能にしない条件下で培養した。2〜3日のインキュベーションの後に、充分な呼吸能力を回復した復帰変異体のクローンが出現する(図11)。復帰変異体のATP6遺伝子をPCRにより増幅し、配列決定した。この分析により、種々の遺伝子内サプレッサーが明らかになった(図11)。いくつかのものは、t8993g変異により改変されたコドンのレベルであった。これらの「第1部位」サプレッサーは、アルギニン183の、Atp6pの野生型配列に存在するロイシン以外のアミノ酸、すなわちリジン、イソロイシン又はセリンでの置換をもたらす。これらの結果は、タンパク質のこの位置でのロイシンの存在が、ATPシンターゼ機能にとって絶対的に必須でないことを示す。他の復帰変異体において、サプレッサー変異は、T8993G変異により改変されるもの以外のコドンに位置した。これらの「第2部位」サプレッサーは、アルギニン残基179のセリンでの置換、アラニン残基180のプロリン又はグリシンでの置換、又はイソロイシン残基226のセリンでの置換をもたらす(図11)。よって、Atp6pタンパク質における別個の変更が、183位でのアルギニンの存在を補償することを可能にするようである。
【0109】
これらの結果は、t8993g変異により改変されたAtp6p領域の付近においてATPシンターゼに特異的に結合可能な小分子が、t8993g変異により引き起こされた束縛を緩和することを可能にすることにより、ATPシンターゼの機能を回復し得ることを示す。これらの分子は、NARP症候群の治療のために用い得る可能性がある薬理学的標的の1つを表す。このような分子は、ATPシンターゼ機能不全により非発酵性炭素源で非常にゆっくりと成長するt8993g、t9176g及びt8851c酵母変異体を用いる実施例3に記載されるスクリーニングアッセイにより選択され得る。これらの分子の1つによるATPシンターゼ機能の回復は、変異体の成長の回復により反映され、これは寒天培地上で容易に検出できる。
【0110】
実施例5:t8993g変異の代謝サプレッサーの証明
ATPシンターゼ集合の欠陥を引き起こす核の変異の修正機構(マルチコピーサプレッションによる)が証明されている(Schwimmerら, J. Biol. Chem., 2005, 280, 30751〜30759)。この変異(Δfmcという)は、ATPシンターゼのセクターF1の組み立てに必須のミトコンドリアマトリクスタンパク質(Fmc1p)をコードする核のFMC1遺伝子のヌル対立遺伝子(完全欠失)である(Lefebvre-Legendreら, J. Biol. Chem., 2001, 276, 6789〜6796)。Δfmc1変異体は、37℃付近の温度にて強い呼吸成長欠陥を示す。28℃では、これは正常に成長し、このことは、Fmc1pがATPシンターゼ集合の熱感受性工程に必須であることを示す。Δfmc1変異体の呼吸成長は、細胞におけるOdc1pの過剰発現により、その遺伝子のコピー数の増加により回復される(Schwimmerら, 2005, 上記)。Odc1pタンパク質は、ミトコンドリア内膜に位置するジカルボキシレート(α-ケトグルタレート及びα-ケトアジペート)輸送体である(Palmieriら, J. Biol., Chem., 2001, 276, 1916〜1922)。Odc1pを過剰発現するΔfmc1株において、FMC1の不活性化によるATPシンターゼの欠陥は、まだ存在する。Odc1pの過剰発現の後の細胞質ゾルとミトコンドリアマトリクスとの間のジカルボキシレートのフラックスの増加は、α-ケトグルタレートの酸化的脱炭酸のクレブスサイクル反応に連結するADPリン酸化を介するATPのミトコンドリア内の生成をより大きくすることを可能にする(「基質レベルリン酸化」、図12)。よって、これは、ATPシンターゼ欠陥をΔfmc1変異体においてバイパスすることにより作用する代謝サプレッションの機構である。
【0111】
t8893g変異により引き起こされるATPシンターゼの機能不全に対するOdcp1の過剰発現の影響を、インビトロ及びインビボで分析した。
【0112】
野生型株(MR6)、t8993g変異体株(MR14)及びOdc1pを過剰発現するt8993g変異体株(MR14/ODC1)を、グルコース含有培地(YPGA)で一晩培養した。培養物を系列希釈し、各希釈物の一滴を、YPGA培地、及び炭素源としてグリセロールを含有する培地(N3)に置いた。その後、皿を36℃にてインキュベートし、次いで、7日間のインキュベーションの後に写真撮影した(図12)。インビボでは、呼吸成長の改善は、Δfmc1変異体の場合よりもかなり効率的でなく、37℃に近い温度でのみ実際に著しい(図12)。Odc1pに指向された抗体を用いるウェスタンブロッティングによるMR6、MR14及びMR14/ODC1株から抽出したタンパク質の分析により、Odcp1がMR14/ODC1株において過剰発現されることが確認される(図12)。
【0113】
ミトコンドリアを、以下の物質:0.15 mg/mlのタンパク質、4 mM NADH (状態4)、400μM ADP (状態3)、6μg/mlのオリゴマイシン、3μM CCCP、15 mMアスコルベート(Asc)、1.4 mM TMPD、5 mMα-ケトグルタレート(α-KG) (表II及びIII)の存在下で、YPGAL中で37℃にて培養した野生型株(MR6)、t8993g変異株(MR14)、及びOdc1pを過剰発現するt8993g変異体株(NARP 2m ODC)から単離した。
【0114】
インビトロでは、Odc1pを過剰発現するt8993g変異体株から単離したミトコンドリアは、α-ケトグルタレートを呼吸基質として用いたときに、対応する野生型株のミトコンドリアを用いて測定されるものに近いATPシンターゼ活性を有する(表III)。
【0115】
【表2】

【0116】
【表3】

【0117】
これらの結果は、Odc1pの過剰発現の2つの明確な有利な効果を明らかに示す:(i) 呼吸複合体、特に複合体IVがさらに蓄積し、(ii) 基質レベルADPリン酸化によるATP生成のフラクションが著しく増加する。
【0118】
これらのデータは、ATPシンターゼ機能を回復しないが、ATP生成の別のミトコンドリア供給源を刺激することにより作用する機構、すなわちADPリン酸化に連結したα-ケトグルタレートの酸化的脱炭酸の反応を介して、t8993g変異のようなATPシンターゼを不活性化する変異を補償し得ることを示す。このような機構は、ATPシンターゼ以外の酵素、特に呼吸複合体に影響する変異による酸化的リン酸化の欠陥も補償できる。呼吸複合体は、しばしば、LHON (レーバー遺伝性視神経萎縮症)、MILS (母系遺伝リー症候群)、MERRF (赤色ぼろ線維・ミオクローヌスてんかん症候群)、又はHSP (遺伝性痙性対麻痺)のような病変に関与する。つまり、上記で証明したような機構によりt8993g変異をバイパス可能な分子は、酸化的リン酸化経路を介するATP生成を損なう変異に関連するその他の病変に対しても作用し得る。
【図面の簡単な説明】
【0119】
【図1】ミトコンドリアエネルギー変換機構及びその形成を制御する遺伝子の模式図を示す。
【図2】ATPシンターゼ及びNARP症候群に関連するt8993g変異の構造を示す。
【図3】ミトコンドリアATP6遺伝子の欠失と、この遺伝子のARG8m遺伝子マーカーでの置換とを含むMR10変異体の構築と遺伝子及び分子の分析とを示す。
【図4】酵母ATP6遺伝子に変異を導入するために用いる方策を示す。
【図5】酵母t8993g変異体(MR14変異体)の分子及び遺伝子の分析を示す。
【図6】t8993g変異(L183 > R)が、酵母の呼吸成長を大きく損なうことを示す。
【図7】野生型(MR6)及びt8993g変異体(MR14)株の呼吸鎖及びATPシンターゼ複合体の活性を示す。
【図8】ローダミン123を用いる蛍光光度法によるミトコンドリア内膜へのエネルギー付与の分析を示す。
【図9】BN-PAGE法によるATPシンターゼ複合体の分析を示す。
【図10】NARP症候群に対して作用する分子の酵母を用いるスクリーニングを示す。
【図11】t8993g変異体の復帰変異体の配列を示す。
【図12】Odc1pの過剰発現によるt8993g変異体の代謝抑制を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミトコンドリアATP6遺伝子のトリプトファン136 (W136)、ロイシン183 (L183)又はロイシン247 (L247)コドンの少なくとも1つの変異を含むことを特徴とする改変酵母細胞。
【請求項2】
前記変異が、トリプトファン又はロイシンコドンの、アルギニン又はプロリンコドンでの置換であることを特徴とする請求項1に記載の細胞。
【請求項3】
W136R、L183R及びL247Rからなる群より選択される変異を含むことを特徴とする請求項2に記載の細胞。
【請求項4】
サッカロミセス・セレビシエのrho+株に由来することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞の、酸化的リン酸化経路を介するATP生成の欠陥を伴うミトコンドリアの病変に対して作用する医薬品のスクリーニングのための使用。
【請求項6】
前記病変が、NARP症候群であることを特徴とする請求項5に記載の使用。
【請求項7】
a) 請求項1〜4のいずれか1項に記載の改変酵母細胞を、試験分子の存在下で、非発酵性炭素源を含有する培地中で培養し、
b) 前記改変酵母細胞の成長を回復させ得る分子を同定する
ことを含むことを特徴とする、酸化的リン酸化経路を介するATP生成の欠陥を伴うミトコンドリアの病変に対して作用する医薬品のスクリーニング方法。
【請求項8】
工程a)における前記培養培地が、寒天培地であることを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記非発酵性炭素源が、グリセロール、エタノール及びラクテートからなる群より選択されることを特徴とする請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
前記病変がNARP症候群であることを特徴とする請求項7〜9のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3−1】
image rotate

【図3−2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公表番号】特表2009−535048(P2009−535048A)
【公表日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−508422(P2009−508422)
【出願日】平成19年5月3日(2007.5.3)
【国際出願番号】PCT/FR2007/000757
【国際公開番号】WO2007/125225
【国際公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【出願人】(506020388)ユニヴェルシテ ヴィクトル スガラン ボルドー 2 (3)
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITE VICTOR SEGALEN BORDEAUX 2
【住所又は居所原語表記】146,rue Leo Saignat,F−33076 Bordeaux Cedex,FRANCE
【出願人】(502205846)サントル ナショナル ドゥ ラ ルシェルシュ シアンティフィク (154)
【Fターム(参考)】