説明

ヒト型シトクロムcおよび真核生物由来タンパク質の製造方法

【課題】 遺伝子工学的手法を用いて、真核生物に由来する天然タンパク質の構造と機能を保持したタンパク質(組換えタンパク質)、特にヒト型シトクロムcなどのヘムタンパク質を大量に製造するための方法に関する。また上記タンパク質を遺伝子工学的手法によって製造する上で有用な遺伝子カセットおよびそれを含有する発現ベクターを提供する。
【解決手段】本発明の製造方法は、配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子と真核生物由来のタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを用いて形質転換されたシュワネラ属に属する細菌を培養し、得られた培養物から当該細菌のペリプラズム内に産生された真核生物由来のタンパク質を採取する工程を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子工学的手法を用いて、真核生物に由来する天然タンパク質の構造と機能を保持したタンパク質(組換えタンパク質)を大量に製造するための方法に関する。特に本発明は、ヒトに由来するシトクロムcなどのヘムタンパク質を、遺伝子工学的手法を用いて大量に製造するための方法に関する。また本発明は、上記真核生物に由来するタンパク質を遺伝子工学的手法によって製造する上で有用な遺伝子カセットおよびそれを含有する発現ベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
シトクロムcは、細胞呼吸における酸化還元反応をつかさどる電子伝達系の酵素(可溶性タンパク質)である。最近ではアポトーシスへの関与も指摘されているが、以前より脳血流、脳軟化症などの脳血管障害、一酸化炭素中毒症、肺疾患による呼吸困難などの組織酸素欠乏状態に起因する諸症状の改善に有効であることが知られており、現に組織呼吸賦活剤として、臨床においても使用されている(例えば、非特許文献1など)。しかしながら、従来ヒト型シトクロムcの工業的生産技術はなく、上記医薬品も供給源の制約からウマ心筋由来のシトクロムcを原料としている。かかるウマ型シトクロムcはヒト型シトクロムcと12箇所のアミノ酸残基の差異があるため、ウマ型シトクロムcを由来とする医薬品は、ヒトに対して抗原性のおそれがある。例えば、上記組織呼吸賦活剤の使用上の注意として、過敏症としてショック症状、時に顔面浮腫、発疹、麻疹などの症状が、胃腸に対しては吐き気、腹痛、下痢などの症状が、さらに精神・神経系に対しては頭痛、痺れ感、頭重感、不安感などの症状が現れることが知られている(非特許文献1)。
【0003】
また試薬として販売されているシトクロムcの値段も、ウシ型シトクロムcが1gあたり6万円程度であるのに対し、ヒト型シトクロムcは10μgあたり7〜9万円と非常に高いのが現状である。
【0004】
このため、遺伝子工学的手法によってヒト型シトクロムcを工業的に製造する方法の開発が求められている。この目的で、遺伝子組換え法によるヒト型シトクロムcの合成法として、酵母を用いる方法が報告されているが、生産効率が低いという問題がある(特許文献1)。従って、シトクロムcを生産能力の高い原核生物、例えば大腸菌で合成することが望まれているが、現在のところシトクロムcを大腸菌で効率的に合成することに成功したとの報告はない。
【0005】
また特許文献2には、シトクロムcをコードするDNAの5’末端に、紅藻、特にスサビノリに由来するシグナルペプチドをコードするDNAを結合させたベクターを用いて、大腸菌などの原核生物に利用して、ほ乳類を含む真核生物のシトクロムcを製造する方法が記載されている。しかしながら、その生産効率は必ずしも高くなく、スサビノリ由来のリコンビナントシトクロムcでついても、その収量は培養物10リットルにつきわずか約2mgにすぎない。
【非特許文献1】組織呼吸賦活剤「チトレスト」(持田製薬株式会社)添付文書
【特許文献1】特開昭64−37291号公報
【特許文献2】特開2002−218979号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、遺伝子組換え法を用いて、動物や植物などの真核生物に由来するタンパク質を、その構造と機能を保持した活性型タンパク質として製造する方法を提供することを目的とする。具体的には、本発明は、シトクロムcなどのヘムを共有結合したタンパク質や、プロテインキナーゼなどの分子内または分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質などを、その構造並びに機能・活性を保持した状態で発現製造するための方法を提供することを目的とする。さらに本発明は、上記ヘムタンパク質など、外来タンパク質の遺伝子工学的手法を用いた製造に有効に利用することができる遺伝子カセット、ならびに当該遺伝子カセットを含む発現ベクターを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記従来の問題に鑑み、真核生物に由来するタンパク質、特にヘムタンパク質であるヒト型シトクロムcを、遺伝子組換え法によって簡便にしかも大量に製造する方法を開発すべく研究を重ねてきた。その結果、分泌シグナル遺伝子として、シュワネラ属に属する微生物に由来する特定のシグナルペプチドをコードする遺伝子を用いることによって、シュワネラ属に属する細菌のペリプラズム内に、ヘムを正常に結合した活性型のシトクロムcを大量に産生させることができることに成功した。大腸菌ではヘムをタンパク質に結合させるための酵素が不足しているのに対して、シュワネラ属はペリプラズムで恒常的にその酵素群を有している。そのため、ヘムをペリプラズムに輸送することは、活性型のシトクロムcを産生する第一条件となる。また、逆に言えば、活性型シトクロムcが産生できたということは、上記シグナルペプチドが、当該ペリプラズムにシトクロムcのヘム結合前の前駆体を移行させるのに有効に機能していると言える。
【0008】
また、本発明者らは、上記特定のシグナルペプチドをコードする遺伝子を用いることによって同様に、シュワネラ属に属する細菌のペリプラズム内に真核生物に由来するプロテインキナーゼ2を、その活性を正常に保持した状態で産生させることに成功した。一般に、大腸菌などのグラム陰性菌のペリプラズムでのタンパク質発現は、細胞質内での発現に比べてプロテアーゼによる影響が少なく、生成したタンパク質が消化される危険性は少ない。さらにペリプラズムは、細胞質内とは異なり、還元的環境であるため、間違った分子内あるいは分子間ジスルフィド結合を作る可能性がなくなる。そのため、本発明の方法によって正常な活性を有するプロテインキナーゼが産生できたということは、上記シグナルペプチドの働きによって、タンパク質がシュワネラ属に属する細菌のペリプラズムに移送されたことにより、プロテアーゼの消化から逃れ、誤ったジスルフィド結合の形成を抑えたことを意味するものと考えられる。
【0009】
これらのことから、本発明者らは、ヘムタンパク質やプロテインキナーゼなどの真核生物由来タンパク質について、シュワネラ属のシグナルペプチドをコードする遺伝子をシグナル遺伝子として用い、かつシュワネラ属に属する細菌を宿主として用いることにより、そのヘム結合構造やジスルフィド結合構造などの構造、ならびに機能・活性を維持した状態で、遺伝子工学的に容易にかつ収率よく製造することができることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明はかかる知見に基づくものであり、具体的には下記の態様を包含する:
(I)真核生物由来タンパク質の製造方法
I-1.配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子と真核生物由来のタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを用いて形質転換されたシュワネラ属に属する細菌を培養し、得られた培養物から当該細菌のペリプラズム内に産生された真核生物由来のタンパク質を採取する工程を有する、真核生物由来タンパク質の製造方法。
I-2.シグナルペプチドをコードする遺伝子が、配列番号2に記載する塩基配列を有するか、または当該塩基配列において1〜数個の塩基が置換されてなる塩基配列を有するものであるI-1に記載する製造方法。
I-3.真核生物由来のタンパク質がヘムタンパク質または分子内または分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質であるI-1またはI-2に記載する製造方法。
I-4.ヘムタンパク質がヒト型シトクロムcであるI-3に記載する製造方法。
I-5.後述するIII-1に記載するシュワネラ属に属する細菌用の外来タンパク質発現ベクターを用いて、シュワネラ属に属する細菌を形質転換する工程を有するI-1乃至I-4いずれかに記載する製造方法。
【0011】
(II)外来タンパク質発現用遺伝子カセット
II-1.下記(1)〜(3)のいずれか1つの塩基配列を有することを特徴とする、シュワネラ属に属する細菌のペリプラズム内で外来タンパク質を産生させるために用いられる外来タンパク質発現用遺伝子カセット:
(1) (a) シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーターと、その下流に連結された、(b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子を含む塩基配列、
(2) (b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子の3’末端に、(c) 外来タンパク質構造遺伝子の5’末端が、アミノ酸フレームが一続きになるように連結してなる塩基配列、
(3) (a) シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーターと、その下流に連結された、(b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子の3’末端に、(c) 外来タンパク質構造遺伝子の5’末端が、アミノ酸フレームが一続きになるように連結してなる塩基配列。
【0012】
II-2.上記(2)の塩基配列を有する遺伝子カセットであって、シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーターの下流に連結して用いられることを特徴とする、II-1に記載する外来タンパク質発現用遺伝子カセット。
II-3.シグナルペプチドをコードする遺伝子が、配列番号2に記載する塩基配列を有するか、または当該塩基配列において1〜数個の塩基が置換されてなる塩基配列を有するものであるII-1またはII-2に記載する遺伝子カセット。
II-4.外来タンパク質がヘムタンパク質または分子内または分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質であるII-1乃至II-3のいずれかに記載する遺伝子カセット。
II-5.ヘムタンパク質がヒト型シトクロムcであるII-4に記載する遺伝子カセット。
【0013】
(III)外来タンパク質発現ベクター
III-1.II-1乃至II-5のいずれかに記載する外来タンパク質発現用遺伝子カセットを含む、シュワネラ属に属する細菌用の外来タンパク質発現ベクター。
【0014】
(IV)形質転換体
IV-1.III-1に記載する外来タンパク質発現ベクターで形質転換されたシュワネラ属に属する細菌。
【0015】
(V)外来タンパク質の製造方法
V-1.III-1に記載する外来タンパク質発現ベクターを用いてシュワネラ属に属する細菌を形質転換し、次いで形質転換された当該細菌を培養し、得られた培養物から当該細菌のペリプラズム内に産生された外来タンパク質を採取する工程を有する、外来タンパク質の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明において、分泌シグナル遺伝子として、配列番号2に記載するシュワネラ属に属する微生物に由来するシグナルペプチドをコードする遺伝子を用いることによって、シュワネラ属に属する細菌のペリプラズム内に、ヒト型シトクロムc等のヘムを正常に結合した活性型ヘムタンパク質などの真核生物に由来するタンパク質を、天然の構造および機能を保持した状態で収率よく産生させることが可能になった。すなわち、本発明が提供する技術を用いることにより、従来遺伝子組換え法では天然の構造や活性を保持した状態で製造することが困難であった、ヘムタンパク質(特に、ヒト型シトクロムc)を簡単に大量に製造することができる。
【0017】
大腸菌ではヘムをタンパク質に結合させるための酵素が不足しているのに対して、シュワネラ属はペリプラズムで恒常的にその酵素群を有している。そのため、ヘムをペリプラズムに輸送することは、活性型のシトクロムcを産生する第一条件となる。また、シュワネラ属のペリプラズムでのタンパク質発現は、細胞質内での発現に比べてプロテアーゼによる影響が少ないため、大腸菌で発現していないように見えるタンパク質でも、当該発現系では正常に取得することが可能である。さらに、従来の大腸菌での発現は、細胞質内で発現させるため、間違った分子内あるいは分子間ジスルフィド結合を作る可能性があるのに対して、ペリプラズムは還元的環境にあるため、正常なジスルフィド結合を作ることができる。加えて、本発明が提供するシグナルペプチドは、タンパク発現後、宿主によって自動的に切断されるため、目的のタンパク質を成熟型として取得することができる。さらに、ペリプラズムで発現したタンパク質は、ペリプラズム画分を抽出することで取得できるため(Davidson, V. L. and Sun, D. (2002) Lysozyme-Osmotic Shock Methods for Localization of Periplasmic Redox Proteins in Bacteria. Meth. Enzymol. Vol. 353, pp. 121-130.)、宿主由来のタンパク質の混入が少なく、精製過程を少なくすることができるものと期待される。
【0018】
また本発明が提供する遺伝子カセットによれば、上記方法によるタンパク質の製造方法を簡便に実施することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
(I)真核生物由来タンパク質の製造方法
本発明の真核生物由来タンパク質の製造方法は、シュワネラ属に由来するシグナルペプチドをコードする遺伝子と真核生物に由来する目的のタンパク質をコードする遺伝子とをシュワネラ属に属する細菌(宿主)内で発現可能な状態で含む発現ベクターを用いて形質転換した、シュワネラ属に属する細菌を培養し、当該細菌のペリプラズム内に産生されるタンパク質を培養物から採取することを特徴とするものである。
【0020】
本発明が対象とするタンパク質は、例えば真核生物(ヒトを含む脊椎動物および昆虫を含む無脊椎動物などの動物;植物;キノコ、カビおよび酵母を含む菌類;藻類を含む原生生物)に由来するものであれば特に制限されることはない。ここで真核生物としては、ヒトを含む脊椎動物および昆虫を含む無脊椎動物などの動物;植物;キノコ、カビおよび酵母を含む菌類;藻類を含む原生生物を挙げることができるが、好ましくは動物および植物、より好ましくはヒトを含む脊椎動物である。
【0021】
タンパク質として具体的には、従来、大腸菌などの原核細胞や酵母などの真核細胞を用いた遺伝子組み換え法では製造が難しかったヘムタンパク質を好適に例示することができる。ヘムタンパク質は、分子中に鉄ポルフィリン錯体(ヘム)を有するタンパク質であり、これらのヘムタンパク質には、例えば酵素分子の運搬や貯蔵に関わるヘモグロビンやミオグロビン、様々な酸化反応を触媒するペルオキシダーゼ・カタラーゼ・チトクロームp-450、電子伝達に関わるシトクロム類などが含まれる。好ましくはシトクロム類である。当該シトクロム類は、含有するヘムの種類によって、シトクロムa1やシトクロムa3などのシトクロムa(フォルミルポルフィリン鉄);シトクロムb2、シトクロムb5、シトクロムb559およびシトクロムb563などのシトクロムb(プロトポルフィリン鉄);シトクロムc1、c2、c6、c551およびc553やシトクロムfなどのシトクロムc(メソポルフィリン誘導体鉄);ならびにシトクロムd(ジヒドロポルフィリン誘導体鉄)に分類することができる。好ましくは真核生物に由来するシトクロムcである。当該シトクロムcとしては動植物のミトコンドリア内膜に存在する電子伝達系の酵素(膜タンパク質)を挙げることができる。
【0022】
対象とするタンパク質として、より好ましくは脊椎動物、特にヒトのミトコンドリアに存在するシトクロムc(ヒト型シトクロムc)を挙げることができる。ヒト型シトクロムcは104残基のアミノ酸からなる分子量約13,000の塩基性タンパク質であり、そのアミノ酸配列(配列番号3)および塩基配列(配列番号4)はすでに公知である(Matsubara, H. et al., J. Biol. Chem. 238, 2732, 1963)(GeneID:54205)。
【0023】
また対象とするタンパク質は、これに限らず、他にもプロテインキナーゼのような細胞質内の発現ではプロテアーゼの影響を受けるもの、あるいは分子内もしくは分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質を挙げることができる。
【0024】
なお、これらのタンパク質をコードする遺伝子(DNA)は、その公知の塩基配列に基づいて化学的に合成することもできるし、またそのcDNAライブラリーから核酸プローブを用いて、またPCR法により得ることができる。なお、cDNAライブラリーは、常法に従って、対象とする真核生物より調製した全RNAからオリゴ(dT)セルロースカラムなどを用いてポリ(A)RNAを調製し、次いで得られたポリ(A)RNAからcDNAを作成し、これで宿主細胞(例えば、大腸菌)を形質転換することによって調製することができる。
【0025】
なお、真核生物由来タンパク質のアミノ酸配列をコードする遺伝子は、その真核生物に由来する塩基配列を有するものであってもよいが、上記アミノ酸配列をコードするものであれば、遺伝子組み換えに際して宿主として用いるシュワネラ属に属する細菌において高い頻度で使用されるコドンを用いて設計されたものであってもよい。例えば、各アミノ酸をコードする可能なコドンの種類として表1に記載するものが知られている。
【0026】
【表1】

【0027】
宿主として用いる細胞の種類に応じて繁用されるコドン(アミノ酸翻訳コドン)の種類はある程度判明しており、その参考文献として例えば、ガンサム他、Nuc Acids Res.,第8巻, 1893-1912頁, 1980年;ハアス他、Curr.Biol.,第6巻, 315-324頁, 1996年;ウエイン−ホブソン他、Gene, 第13巻, 355-364頁, 1981年;グロスジャンとファイアース、Gene, 第18巻, 199-209頁, 1982年;ホルム、Nuc Acids Res.,第14巻, 3075-3087頁, 1986年;イケムラ、J.Mol.Biol., 第158巻, 573-597頁, 1982年を挙げることができる。
【0028】
例えば、ヒト型シトクロムcのアミノ酸配列(配列番号3)をコードする天然の遺伝子は前述するように配列番号4に示す塩基配列を有するが、これに限られず、例えば配列番号5に示す塩基配列を有するものであってもよい。かかる塩基配列は、遺伝子組み換えに使用する宿主(シュワネラ属に属する微生物)のコドン使用頻度に応じて、表2に基づいて人為的に設計したヒト型シトクロムcのアミノ酸配列をコードする塩基配列である。なお、図3にヒト型シトクロムcをコードする天然由来の塩基配列(上段)と当該人為的に設計した塩基配列(下段)との対比を示すが、両者は93.02%(293/315)の割合で同一性を有している。
【0029】
本発明で用いられる発現ベクターは、上記目的の真核生物由来タンパク質をコードする遺伝子に加えてシュワネラ属に由来するシグナルペプチドをコードする遺伝子を、宿主として用いるシュワネラ属に属する細菌内で発現可能な状態で含むことを特徴とする。
【0030】
一般に発現ベクターは、目的のタンパク質を対象とする宿主内で発現させるために、転写の下流方向順に必要に応じて(1) プロモーター機能領域、(2) リポソーム結合部位、(3) 翻訳開始コドン、(4) シグナルペプチドをコードする塩基配列をもつDNA、(5)目的構造タンパク質をコードする塩基配列をもつDNA、(6) 翻訳終始コドン、(7) ターミネーター、(8) 選択マーカー遺伝子、(9) 宿主中で自己複製可能な自律性複製配列(レプリコン)、(10)相同領域等を、含むように構築される。
【0031】
本発明の製造方法で用いられる発現ベクターには、目的の真核生物に由来するタンパク質を、シュワネラ属に属する細菌内で発現させ、そして発現したタンパク質を当該菌体の細胞質内からペリプラズムに移行させるための成分を最小限含むことが求められる。
【0032】
かかる発現ベクターは、上記成分のうち、(1)「プロモーター機能領域」として、シュワネラ属に属する細菌で機能するプロモーターを、(4)「シグナルペプチドをコードする塩基配列をもつDNA」として、配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする塩基配列をもつDNAを、(5)「構造タンパク質をコードする塩基配列をもつDNA」として、前述する真核生物由来タンパク質をコードする塩基配列をもつDNAを、(9)「宿主中で自己複製可能な自律性複製配列(レプリコン)」として、シュワネラ属に属する細菌内で機能するレプリコンを有する。
【0033】
なお、発現ベクター内において、(4)「シグナルペプチドをコードする塩基配列をもつDNA」は、(5)「構造タンパク質をコードする塩基配列をもつDNA」の5’末端側に、アミノ酸フレームが一つ続きになるように結合した状態で、(1) プロモーター機能領域(シュワネラ属に属する細菌内で機能するプロモーター)の下流域に発現可能な状態で配置されており、他の構成成分もまた機能可能な状態で連結されて存在する。なお、ここで発現可能とは、発現ベクターをシュワネラ属に属する細菌に導入した場合に、発現ベクターが当該細菌内で目的のタンパク質をコードする遺伝子を発現するように機能することを意味する。また、機能可能とは、発現ベクターをシュワネラ属に属する細菌に導入した場合に、発現ベクターが当該細菌内で目的のタンパク質をコードする遺伝子を発現し、目的のタンパク質を産生するように機能することを意味する。
【0034】
(4)「シグナルペプチドをコードする塩基配列をもつDNA」として本発明で使用するシグナルペプチドは配列番号1に記載するアミノ酸配列からなることを特徴とする。当該シグナルペプチドは、実施例1(1)に示すように、シュワネラ属に属するShewanella oneidensis MR-1(GenBank accession number NC_004347)に由来する4ヘムタンパク質のシグナルペプチドである。
【0035】
図1は、当該Shewanella oneidensis MR-1に由来する4ヘムタンパク質をコードする遺伝子(GeneID: 1170426, locus tag: SO2727)の塩基配列(配列番号6)を示すが、斜体太字で示す4ヘムタンパク質のコード領域の前に位置する下線部領域(配列番号2)が上記シグナルペプチドをコードする領域(シグナルシークエンス)に相当する。なお、当該シグナルペプチドをコードする遺伝子の塩基配列は、配列番号1に示すアミノ酸配列をコードするものであれば、当該図1に示す塩基配列(配列番号2)に限定されず、当該塩基配列において1〜数個の塩基が置換されていてもよい。当該置換は、表1に示すコドン縮重に従って適宜選択することができる。
【0036】
かかるシグナルシークエンスは、本発明で示す塩基配列に基づいて、化学的に合成することによって調製することができる。なお、公知の塩基配列について1乃至複数の塩基を置換する技術は当業界で公知であり、例えば、かかる方法として部位特異的変異法(Site-directed Mutagenesis)、制限酵素処理、合成遺伝子による方法、PCR法などの通常の遺伝子工学的手法を挙げることができる。
【0037】
本発明が宿主として用いる微生物は、細胞膜と細胞壁の間にペリプラズムといわれる空隙を有するシュワネラ(Shewanella)属に属する細菌である。なお、シュワネラ属に属する細菌として、具体的にはShewanella abalonesis, Shewanella affinis, Shewanellaalgae, Shewanella amazonensis, Shewanella aquimarina, Shewanella arctica, Shewanella baltica, Shewanellabenthica, Shewanella colwelliana, Shewanella decolorations, Shewanella denitrificanis, Shewanella fidelis, Shewanellafrigidimarina, Shewanella gaetbuli, Shewanella gelidimarina, Shewanella hafniensis, Shewanella halifaxensis, Shewanellahanedai, Shewanella japonica, Shewanella kaireiae, Shewanella livingstonesis, Shewanella loihica, Shewanellamarinintestina, Shewanella marisflavi, Shewanella massilia, Shewanella morhuae, Shewanella olleyana, Shewanellaoneidensis, Shewanella pacifica, Shewanella pealeana, Shewanella piezotolerans, Shewanella pneumatophori, Shewanella profunda, Shewanella putrefaciens, Shewanellasaccharophilus, Shewanella sairae, Shewanella schlegeliana, Shewanella sedimentalis, Shewanella sediminis, Shewanellasurugaensis, Shewanella taiwanensis, Shewanella violacea, Shewanella waksmanii, Shewanella woodyi, 並びに各種のShewanellasp.を挙げることができる。
【0038】
好ましくはShewanella frigidimarina, Shewanellaputrefaciens, Shewanella japonicaShewanella oneidensisを挙げることができる。より好ましくはShewanellaoneidensis、なかでもShewanella oneidensis MR-1を例示することができる。
【0039】
本発明の発現ベクターに用いられるプロモーターは、かかるシュワネラ属に属する細菌内でプロモーター機能を発揮するものであれば、特に制限されない。好ましくは、グラム陰性菌に由来するものであり、その具体例としては、lacプロモーター、tacプロモーター、およびtrpプロモーターなどを例示することができるが、これらに限定されるものではない。より好ましくはシュワネラ属に属する細菌に由来するものである。
【0040】
なお、これらのプロモーターは、発現系においてプロモーター機能(プロモーターの転写活性)を発揮することを限度として、それを構成する塩基配列の一部が変更または修飾されていてもよい。
【0041】
本発明の発現ベクターで用いられるレプリコンは、シュワネラ属に属する細菌内で自己複製可能なように機能するようなレプリコンであればよい。かかるレプリコンはシュワネラ属 に属する細菌に由来するものであってもよいが、後述する実施例に示すように、必ずしも宿主として使用するシュワネラ属 に属する細菌に由来するものである必要はなく、例えば他のグラム陰性菌に由来するレプリコンを使用することもできる。
【0042】
本発明の発現ベクターは、宿主中で自己複製可能な自律性複製配列として、シュワネラ属に属する細菌内で機能するレプリコンを有するものであればよいが、他にそれ以外のレプリコン(シュワネラ属に属する細菌内で機能しないレプリコン)を含むものであってもよい。かかるレプリコンとしては、特に制限されず、例えば大腸菌、酵母、枯草菌、放射菌、藍藻等の藻類、植物細胞、昆虫細胞及び哺乳動物細胞に由来するレプリコンを挙げることができる。自律性複製配列としてシュワネラ属に属する細菌内で機能するレプリコンとそれ以外のレプリコンを有することによって、発現ベクターは、シュワネラ属に属する細菌とそれ以外の生物の細胞内(例えばレプリコン由来の生物細胞内)で複製可能な状態に構築されており、その意味でシャトルベクターとして位置づけることもできる。例えば、シュワネラ属に属する細菌内で機能するレプリコンと大腸菌由来のレプリコンの2つを含む発現ベクターは、シュワネラ属に属する細菌と大腸菌との間で相互に複製可能な状態に構築されたシャトルベクターということができる。
【0043】
かかる本発明の発現ベクターは、操作の便宜上、さらに好適には少なくとも1つの選択マーカー遺伝子を含むことができる。
【0044】
選択マーカー遺伝子としては、一般に、抗生物質耐性遺伝子または栄養要求性遺伝子などが例示される。具体的には、目的とするタンパク質をコードする遺伝子の発現に用いられる宿主が本発明のように細菌である場合、抗生物質耐性遺伝子を用いることができ、抗生物質耐性遺伝子としてはシクロヘキシミド耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子(β-ラクタマーゼ遺伝子)、テトラマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ブレオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、G−418耐性遺伝子等が例示される。なお、これらの選択マーカーは、1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。しかし、アンピシリン耐性遺伝子およびリファンピシン耐性遺伝子は Shewanella oneidensis MR-1 の宿主に存在することが明らかとされているので、当該細菌を宿主として用いる場合は、これら2つ以外の抗生物質耐性遺伝子を用いることが好ましい。好ましくは、カナマイシン耐性遺伝子、およびテトラサイクリン耐性遺伝子を挙げることが好ましい。
【0045】
本発明の発現ベクターは、他の成分として必要に応じて、(2)リポソーム結合部位、(3)翻訳開始コドン、(6)翻訳終始コドン、(7)ターミネーター、(10)相同領域等、を1または2以上組み合わせて含むことができる。なおこれらの構成成分(DNA配列)は、当該発現ベクターを宿主に導入した場合に、目的とするタンパク質をコードする遺伝子が宿主内で発現及び産生可能に機能するように連結されなることが好ましい。
【0046】
ここで、例えば翻訳開始コドンとしてはATG、翻訳終止コドンとしてはTAA、TGA、またはTAGが例示される。これらそれぞれのコドンは、必要に応じてその各領域において1つ以上組み合わされて配列されてもよく、これらに特に限定はない。
【0047】
ターミネーターとしては、目的とするタンパク質をコードする遺伝子の発現に用いられる宿主 に対応したものであれば、特に制限されず、当業界に技術常識に基づいて選択することができる。
【0048】
また、宿主染色体上に導入するための相同領域としても、目的とするタンパク質をコードする遺伝子の発現に用いられる宿主に対応したものであれば、特に制限されず、当業界に技術常識に基づいて選択することができる。
【0049】
なお、かかる発現ベクターは、各機能成分(DNA成分)を公知のプラスミドに挿入することによって調製することができる。各機能成分のプラスミドへの挿入は、DNA組換えの一般方法、例えば Molecular Cloning.(1989),(Cold Spring Harbor Lab.) に記載の方法に従って行うことができる。
【0050】
なお、以上説明する発現ベクターは、本発明の製造方法で好適に使用される発現ベクターであるが、本発明では、これに代えて、後述する外来タンパク質発現用遺伝子カセットを含む発現ベクターを用いることもできる。
【0051】
本発明の製造方法は、斯くして調製される発現ベクターをシュワネラ属に属する細菌に導入し、形質転換体を調製する工程を備える。
【0052】
当該形質転換体は、上述の発現ベクターを公知の方法によって、宿主となるシュワネラ属に属する細菌に導入することによって調製することができる。当該導入方法には、発現ベクターを大腸菌に導入するために使用される常法が同様に用いることができ、具体的には、コンピテント細胞法(J. Mol. Biol., 53, 154, 1970)、電気パルス法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 81, 7161, 1984)、塩化カルシウム法、塩化ルビジウム法などを制限なく例示することができる。
【0053】
本発明において使用される宿主はシュワネラ属に属する細菌である。シュワネラ属に属する細菌として具体的には、前述するものを同様に挙げることができる。好ましくは、Shewanella frigidimarina, Shewanella putrefaciens, ShewanellajaponicaShewanella oneidensisであり、より好ましくはShewanella oneidensis、なかでもShewanella oneidensis MR-1である。
【0054】
発現ベクターの宿主細胞中での存在様式は、染色体中に挿入されて、あるいは置換されて組み込まれる。またはプラスミド状態で存在してもよい。宿主に導入される外来遺伝子のコピー数は1コピーでも複数であってもよい。
【0055】
このようにして得られた形質転換体は、次いで目的とするタンパク質を産生させるために、その宿主に応じて適切な培地中で培養することができる。なお、上記に記載する形質転換体もまた本発明の対象であり、本発明はかかる形質転換体をも提供するものである。
【0056】
培地には上記形質転換体の生育に必須な炭素源、窒素源、無機物、ビタミン、薬剤などが含有される。培地の一例としては、LB培地(日水製薬)、化学合成培地(Takayama, Y., Shen, Y., and Akutsu, H. (2007) J. Biochem. 141, 121-126)、2xYT培地(Molecular Cloning)、CHL培地(Takayama, Y., Kobayashi, Y., Yahata, N., Saitoh, T., Hori, H., Ikegami, T., and Akutsu, H. (2006) Biochemistry 45, 3163-3169)などを例示することができる。好ましくは2xYT培地である。
【0057】
培養は、通常4〜30℃の温度範囲で数〜360時間程度実施され、必要に応じて通気、攪拌を加えることもできる。培養温度として、好ましくは25〜30℃である。
【0058】
本発明の製造方法は、さらに、斯くして得られる培養物から目的の真核生物由来タンパク質を採取することによって実施される。目的タンパク質の採取は、培養後、形質転換体(シュワネラ属に属する細菌)のペリプラズム中に蓄積された目的のタンパク質を公知の方法で抽出し、また必要に応じて精製することによって行うことができる。なお、この際に、培養によって得られた宿主細菌を破砕してもよく、こうすることでペリプラズム中に蓄積された目的のタンパク質を培養上清に取り出すことができる。分離精製は、例えば、塩析法、溶媒沈澱法、透析法、限外濾過法、ゲル電気泳動法、あるいはゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の公知の手法を組み合わせて行うことができる。
【0059】
(II)外来タンパク質発現用遺伝子カセット
本発明は、前述する真核生物由来タンパク質の製造を簡便に実施するうえで有用な外来タンパク質発現用遺伝子カセットを提供する。
【0060】
本発明において「外来タンパク質発現用遺伝子カセット」とは、所望の外来タンパク質をシュワネラ属に属する細胞のペリプラズム内で発現させるために、「外来タンパク質発現ベクター」に組み込んで使用されるDNAのセットである。なお、本発明が対象とする「外来タンパク質発現ベクター」は、宿主として用いるシュワネラ属に属する細胞に導入して用いられるものであって、導入された際に外来タンパク質を発現させるために必要なDNAのセットからなる。当該ベクターは、シュワネラ属に属する細胞内で複製可能な線状または環状構造物であり、上記「外来タンパク質発現用遺伝子カセット」を含むことを特徴とする。
【0061】
当該外来タンパク質発現カセットがセットとして有するDNAとしては、下記の(a)〜(c)の2種以上の組み合わせを挙げることができる:
(a)シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーター
(b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子、
(c) 外来タンパク質構造遺伝子。
【0062】
これらの組み合わせとしては、(a)と(b)、(b)と(c)、および(a)と(b)と(c)を挙げることができ、具体的には、これらのDNAを下記の(1)〜(3)のいずれかの態様で含むことを特徴とする:
(1) (a)シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーターと、その下流に、(b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子が連結された態様、
(2) (b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子の3’末端に、(c) 外来タンパク質構造遺伝子の5’末端が、アミノ酸フレームが一続きになるように連結してなる態様、
(3) (a)シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーターと、その下流に連結された、(b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子の3’末端に、(c) 外来タンパク質構造遺伝子の5’末端が、アミノ酸フレームが一続きになるように連結してなる態様。
【0063】
(3)の態様からなる本発明のタンパク質発現カセットは、必要に応じて、さらに(i)リポソーム結合部位、(ii) 翻訳開始コドン、(iii) 翻訳終始コドン、(iv) ターミネーター、(v) 選択マーカー遺伝子、(vi) 宿主中で自己複製可能な自律性複製配列(レプリコン)、(vii)相同領域等を、1種または2種以上含んでいてもよい。また、(1)の態様からなる本発明のタンパク質発現カセットは、上記(i)〜(vii)からなる1種以上の任意のDNAに加えて、(c)外来タンパク質構造遺伝子をコードするDNAを、また(2)の態様からなる本発明のタンパク質発現カセットは、上記(i)〜(vii)からなる1種以上の任意のDNAに加えて、(a)シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーターを含んでいてもよい。
【0064】
なお、これらのDNAは、導入された宿主(シュワネラ属に属する細菌)内で、目的とする外来タンパク質を発現させるために、転写の下流方向の順に、(a)シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーター、(i)リポソーム結合部位、(ii)翻訳開始コドン、(b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子、(c)外来タンパク質構造遺伝子、(iii) 翻訳終始コドン、(iv) ターミネーター、(v)選択マーカー遺伝子、(vi) 宿主中で自己複製可能な自律性複製配列(レプリコン)、(vii)相同領域となるような順で構築されることが望ましい。
【0065】
ここで「(a)シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーター」としては、シュワネラ属 に属する細菌内でプロモーター機能を発揮するものを広く用いることができる。好ましくは、グラム陰性菌に由来するものであり、その具体例としては、lacプロモーターや tacプロモーター、trpプロモーターを例示することができる。より好ましくはシュワネラ属 に属する細菌に由来するものである。
【0066】
また「(b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子」は、前述するように、シュワネラ属に属するShewanella oneidensis MR-1(GenBank accession number NC_004347)に由来する4ヘムタンパク質のシグナルペプチドをコードする遺伝子に相当する。この遺伝子の塩基配列としては配列番号2に示すものを挙げることができるが、これに限定されず、塩基配列において1〜複数の塩基が置換されてなる塩基配列であってもよく、かかる塩基配列は前述する表1に示すコドン縮重に従って適宜設計調製することができる。なお、公知の塩基配列について1乃至複数の塩基を置換する技術は当業界で公知であり、例えば、かかる方法として部位特異的変異法(Site-directed Mutagenesis)、制限酵素処理、合成遺伝子による方法、PCR法などの通常の遺伝子工学的手法を挙げることができる。
【0067】
また「(c)外来タンパク質構造遺伝子」は、本発明で宿主として使用するシュワネラ属に属する細菌が有しない遺伝子、すなわち当該細胞が本来産生しないタンパク質をコードしている遺伝子を意味する。この限りにおいて、原核生物、真核生物、植物、動物(ヒトなどの脊椎動物、および昆虫などの無脊椎動物を含む)、微生物などの由来の別を特に問うものではない。産業的価値からいえば、好ましくは、真核生物、特に動物(好ましくは、ヒトを含む脊椎動物)や植物などの高等生物に由来するタンパク質構造遺伝子である。
【0068】
より好ましい外来タンパク質として、従来、大腸菌などの原核細胞や酵母などの真核細胞を用いた遺伝子組み換え法では製造が難しかったヘムタンパク質を挙げることができる。ヘムタンパク質は、分子中に鉄ポルフィリン錯体(ヘム)を有するタンパク質であり、これらのヘムタンパク質には、例えば酵素分子の運搬や貯蔵に関わるヘモグロビンやミオグロビン、様々な酸化反応を触媒するペルオキシダーゼ・カタラーゼ・チトクロームp-450、電子伝達に関わるシトクロム類などが含まれる。好ましくはシトクロム類である。当該シトクロム類は、含有するヘムの種類によって、シトクロムa1やシトクロムa3などのシトクロムa(フォルミルポルフィリン鉄);シトクロムb2、シトクロムb5、シトクロムb559およびシトクロムb563などのシトクロムb(プロトポルフィリン鉄);シトクロムc1、c2、c6、c551およびc553やシトクロムfなどのシトクロムc(メソポルフィリン誘導体鉄);ならびにシトクロムd(ジヒドロポルフィリン誘導体鉄)に分類することができる。好ましくは真核生物に由来するシトクロムc、特にヒトに由来するヒト型シトクロムc(配列番号3)である。
【0069】
また他の好適な外来タンパク質として、プロテインキナーゼのような細胞質内の発現ではプロテアーゼの影響を受けるもの、あるいは分子内もしくは分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質を挙げることができる。
【0070】
なお、これらの外来タンパク質をコードする「(c)外来タンパク質構造遺伝子」は、それが由来する生物が本来有する塩基配列を有するものであってもよいが、そのアミノ酸配列をコードするものであれば、宿主として用いるシュワネラ属に属する細菌において高い頻度で使用されるコドンを用いて設計されたものであってもよい。例えば、ヒト型シトクロムcのアミノ酸配列(配列番号3)をコードする天然の遺伝子は配列番号4に示す塩基配列を有するが、これに限られず、例えば配列番号5に示す塩基配列を有するものであってもよい。かかる塩基配列は、遺伝子組み換えに使用する宿主(シュワネラ属に属する細菌)のコドン使用頻度に応じて、前述する表2に基づいて人為的に設計したヒト型シトクロムcのアミノ酸配列をコードする塩基配列である。
【0071】
当該「(c)外来タンパク質構造遺伝子」は、その5’末端が、(b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子の3’末端に、アミノ酸フレームが一続きになるように連結してなる態様で用いられ、斯くして、外来タンパク質は、シュワネラ属に属する細菌のペリプラズム内で、正常な構造および活性を有する成熟タンパク質として発現産生することができる。
【0072】
なお、本発明の「外来タンパク質発現用遺伝子カセット」の構築は、当業界で一般に広く用いられている遺伝子工学的技術並びに分子生物学的実験操作に従って行うことができる。例えば、J.,Sambrook, E., F., Frisch,T.,Maniatis著、モレキュラークローニング第2版(Molecular Cloning 2nd edition)、コールド・スプリング・ハーバーラボラトリー(Cold Spring Harbor Laboratory press)発行、1989年、及びD.,M.,Glover著、DNAクローニング、IRL発行、1985年などに記載されている方法に従って行うことができる。
【0073】
また、本発明の「外来タンパク質発現用遺伝子カセット」によれば、既存のベクター(プラスミド)にこれを組み込むことによって、前述する外来タンパク質をシュワネラ属に属する細菌のペリプラズム内で発現産生させるための「外来タンパク質発現ベクター」を調製することができるが、当該操作も上記慣用の遺伝子工学的技術ならびに分子生物学的実験操作に従って行うことができる。
【0074】
斯くして調製される発現ベクターをシュワネラ属に属する細菌に導入することによって形質転換体を調製することができる。なお、シュワネラ属に属する細菌として具体的には、前述するものを同様に挙げることができる。好ましくは、Shewanella frigidimarina, Shewanella putrefaciens, ShewanellajaponicaShewanella oneidensisであり、より好ましくはShewanella oneidensis、なかでもShewanella oneidensis MR-1である。
【0075】
このようにして得られた形質転換体は、次いで目的とする外来タンパク質を産生させるために、その宿主(シュワネラ属に属する細菌)に応じて適切な培地中で培養することができる。なお、当該形質転換体もまた本発明の対象であり、本発明はかかる形質転換体をも提供するものである。
【0076】
培地には上記形質転換体の生育に必須な炭素源、窒素源、無機物、ビタミン、薬剤などが含有される。培地の一例としては、LB培地(日水製薬)、化学合成培地(Takayama, Y., Shen, Y., and Akutsu, H. (2007) J. Biochem. 141, 121-126)、2xYT培地(Molecular Cloning)、CHL培地(Takayama, Y., Kobayashi, Y., Yahata, N., Saitoh, T., Hori, H., Ikegami, T., and Akutsu, H. (2006) Biochemistry 45, 3163-3169)などを例示することができる。好ましくは2xYT培地である。
【0077】
培養は、通常4〜30℃の温度範囲で数〜360時間程度実施され、必要に応じて通気、攪拌を加えることもできる。培養温度として、好ましくは25〜30℃である。
【0078】
本発明の製造方法は、さらに、斯くして得られる培養物から目的のタンパク質を採取することによって実施される。目的とする外来タンパク質の採取は、培養後、形質転換体(シュワネラ属に属する細菌)のペリプラズム中に蓄積された目的の外来タンパク質を公知の方法で抽出し、また必要に応じて精製することによって行うことができる。なお、この際に、培養によって得られた宿主細菌を破砕してもよく、こうすることでペリプラズム中に蓄積された目的の外来タンパク質を培養上清に取り出すことができる。分離精製は、例えば、塩析法、溶媒沈澱法、透析法、限外濾過法、ゲル電気泳動法、あるいはゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の手法を組み合わせて行うことができる。
【実施例】
【0079】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を何ら限定するものではない。なお、本発明で用いられる遺伝子工学的技術並びに分子生物学的実験操作は、一般に広く用いられている方法、例えばJ.,Sambrook, E., F., Frisch,T.,Maniatis著、モレキュラークローニング第2版(Molecular Cloning 2nd edition)、コールド・スプリング・ハーバーラボラトリー(Cold Spring Harbor Laboratory press)発行、1989年、及びD.,M.,Glover著、DNAクローニング、IRL発行、1985年などに記載されている方法に従って行うことができる。
【0080】
実施例1 ヒト型シトクロムcの製造
(1)ヒト型シトクロムc発現ベクターの構築(図1〜7参照)
宿主である Shewanella oneidensis MR-1(GenBank accession number NC_004347)に由来する4ヘムタンパク質をコードする遺伝子(GeneID: 1170426, locus tag: SO2727)をゲノム PCR により得た(図1)。図1中、太字斜体部は、Shewanella oneidensis MR-1由来の4ヘムタンパク質のコード領域であり、その前に位置する下線部領域はシグナルペプチドをコードする領域(シグナルシークエンス)である。
【0081】
次いで、図1中、四角で囲んだ部分に、それぞれ制限酵素部位 Pst I と Eco RI の認識部位を導入して、これをpKF19k DNA(GenBank accession number D63847)の制限酵素部位(Pst I と Eco RI)に導入した(図2)。なお、pKF19k DNAは、カナマイシン耐性遺伝子にダブルアンバー変異をもつ(Kmam2)pUCタイプのベクターである。上記GenBankに登録されているpKF19kの塩基配列は、Nde I部位の前のCが欠失した2,203bpのものであるが、Nde I部位の前のCが含まれた2,204bpのものは、タカラバイオからpKF19k-2 DNAとして入手することができる。宿主(Shewanella oneidensis MR-1)内で、pKF19k プラスミドに含まれるカナマイシン耐性遺伝子(Kmam2)を働かせるために、遺伝子中の2つのアンバーコドンを元に戻し(Gene 1995, 152, 271-275)、Shewanella oneidensisMR-1由来の4ヘムタンパク質の遺伝子を含むベクター(pKF19STC)を構築した。次いで、このシグナルシークエンス(下線部)を利用するために、シグナルシークエンス(下線部)と4ヘムタンパク質のコード領域(太字斜体部)の境界域である前後3塩基(GCCGCG)を、 GCC↓GGC と平滑末端で切れるようにNae I 部位を導入した(pKF19sigベクター)。
【0082】
一方、ヒトのミトコンドリア由来のシトクロムcの遺伝子(GeneID: 54205)を宿主(Shewanella oneidensis MR-1)のコドン使用頻度、および GC 含有量にそろえて、 5’ 末端をリン酸化したプライマーで PCR をした。斯くして調製したヒト型シトクロムcをコードする遺伝子の塩基配列を図3に示す。なお、図3はヒト型シトクロムcの遺伝子のもとの塩基配列(上)と、コドン調整した上記の塩基配列(下)を対比したものである。両者は93.02%(293/315)の割合で同一であった。両者はいずれも、図4に示すヒト型シトクロムc(タンパク質)のアミノ酸配列をコードする。
【0083】
上記PCRで得られたDNAをEco RI 部位で処理して、3’ 末端にEco RI 部位を有する、ヒト型シトクロムcの遺伝子を含有するDNAを調製した(図5)。図5中、四角の囲い部分はEco RI 部位を意味する。
【0084】
上記で調製したpKF19sig ベクターを、 制限酵素Nae IとEco RI で消化して、精製した後、上記のヒト型シトクロムc遺伝子を含むDNA(図5)をライゲーションした(図6)。斯くして、図7aに示すDNA配列が入ったヒト型シトクロムc発現ベクター(pKF19signalHcyc)を構築した(図7b)。
【0085】
(2)ヒト型シトクロムcの製造
pKF19signalHcyc のプラスミドを宿主 Shewanella oneidensis MR-1 (American Type Culture Collection 番号: BAA-1096。本実験では Nealson K. H. 博士、California Institute of Technology 所属より頂いた)にエレクトロポレーション法を用いて形質転換した。得られた形質転換体を 10μg/ml リファンピシンと 100μg/ml カナマイシンを含む LB プレート培地で一晩、30℃で培養した。シングルコロニーを3ml の試験管培地(10μg/ml リファンピシンと 100μg/ml カナマイシンを含む LB 培地)に移して、一晩、微好気的に30℃で振とう培養した。培養液1ml を 100ml のフラスコ培地(10μg/ml リファンピシンと 100μg/ml カナマイシンを含む LB 培地)に移して、OD600が 0.5 になるまで、微好気的に30℃で振とう培養した。培養液 100ml を 1L の大型フラスコ培地(10μg/ml リファンピシンと 200μg/ml カナマイシンを含む 2 x YT 培地)に移して、二晩、微好気的に30℃で振とう培養した後、集菌した。なお、シトクロムcは補欠分子族としてヘムを持つ。このため、シトクロムcが発現したかどうかは菌体がピンク色になるか否かで、目視により容易に判断することができる。
【0086】
シトクロムcの精製は4℃で行った。具体的には、シトクロムcを発現した菌体を超音波で破砕後、遠心(70,000 g, 1時間)して上清を取り,50% 硫酸アンモニウム分画をした。上清を透析して脱塩後、陽イオン交換カラムクロマトグラフィにより精製した。カラムはアマシャムファルマシア社製の Q-Sepharose カラム (26/10) を用いた。リン酸緩衝液(pH 7.4)で 0から300mM の塩化ナトリウム勾配により溶出した。シトクロムcはおよそ 250 mM の塩濃度の時に溶出した。精製はSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動と可視紫外吸収スペクトル(3-2 参照)で還元型 410nm の吸収と酸化型 280nm の吸収の比をとり、 4.66 という値から精製度を確認した。410nm はヘムの吸収を、280nm はその他タンパク質を含む吸収を示し、シトクロムcでは 4.45 以上の値で精製が十分であることが知られている(Jeng, W.-Y., Chen, C.-Y., Chang, H.-C., and Chuang, W.-J. 2002, J. Bioenergetics and Biomembranes Vol. 34, pp. 423-431)。その結果、培地1L当り 11mg のシトクロムc を得た。収量は酸化型 410 nm の吸光係数 e410 = 106.1 mM-1 cm-1および還元型 416 nm の吸光係数 e416 = 129.1 mM-1 cm-1より算出した。
【0087】
(3)ヒト型シトクロムcの機能確認
上記方法で得られたヒト型シトクロムcについて、下記の試験を行い、機能および構造を確認した。
【0088】
(3-1) アミノ酸シークエンス
上記で脱塩精製したシトクロムcについて、定法に従ってアミノ酸シークエンスを行った。その結果、上記(2)で得られたヒト型シトクロムcのN領域15残基のアミノ酸配列は、GDVEKGKKIFIMKxS(xは不明。)であった。ここで14番目のアミノ酸は検出できなかったが、後述するように質量分析により Cys と同定された。当該Cys はアミノ酸分析では検出できなかったことから、ヘムと共有結合していると考えられた。斯くして、この配列はヒト型シトクロムcのアミノ酸配列(GenBank accession number: NP_061820;Matsubara, H. et al., J.Biol. Chem, 238, 2732,1963)のN領域15残基のアミノ酸配列と同一であることが確認された。
【0089】
(3-2) 酸化還元特性(図8)
上記で得られたシトクロムcを空気酸化した。当該空気酸化したシトクロムc 溶液 1.8mM を1mm 長の石英セルに入れ、Beckman DU-640 スペクトロメータで測定した。また、シトクロムcの還元は、シトクロムc溶液にジチオナイトナトリウム塩を少量加えて行った。
【0090】
結果を図8に示す。この結果からわかるように、上記(2)で得られたヒト型シトクロムcは、ヘムタンパク質に特徴的なソーレー帯に、酸化型はα,γバンドが、還元型ではα,β,γバンドが現れるという挙動を示した。このことから、上記ヒト型シトクロムcが酸化還元能を有していることが確認できた。
【0091】
(3-3) 質量分析(図9)
上記で脱塩精製したシトクロムc 溶液 1μl に1μl のマトリクス(10mg/ml シナピン酸を 50% アセトニトリルと 0.1% トリフルオロ酢酸溶液に溶かしたもの)を混ぜて、 質量分析用のプレートにのせた。これを MALDI-TOF 質量分析装置(Autoflex, Bruker) を用いて解析した。
【0092】
結果を図9に示す。この結果からわかるように、上記(2)で得られたヒト型シトクロムcの質量(実測値)は約12,224であった。計算上、 ヒト型シトクロムcのペプチド(315 a.a.)(11,586)とヘム(620)の質量の総計は、12,206であり、上記実測値とほぼ同一であることから、上記で得られたヒト型シトクロムcは、ヘムが共有結合しているヘムタンパク質であると判断された。またこの結果から、(2)で得られたヒト型シトクロムcは、アミノ酸の置換、欠損および挿入といった変異がないことが判明した。このことから、(3-1)のアミノ酸シークエンスで検出できなかったN末端から14 番目のアミノ酸は Cys であり、ここにヘムが結合しているために確認できなかったと考えられる。
【0093】
(3-4) NMR分析(図10)
30mM のリン酸緩衝液に溶かした 0.5 mM シトクロムc溶液を凍結乾燥して、溶媒を重水に置き換えた。この際、自然酸化する試料を 5mm の NMR 管にいれ、 Bruker Avance DRX-600 分光器を用いて測定した。この試料に少量のジチオナイトナトリウム塩を加えることで試料の還元を行った。
【0094】
結果を図10に示す。ヒト型シトクロムcのNMRについては既にシグナルの帰属がなされている(BMRB5406)。図10に示す結果は、これと一致していた。特に、配位しているメチオニンのシグナル(還元型)およびヘムメチルシグナル(酸化型)のシグナルはヒト型シトクロムcに特徴的なシグナルであるが、上記(2)で得られたヒト型シトクロムcは、このシグナルを同様に備えていた。このことから、上記(2)で得られたヒト型シトクロムcは、ヒト由来の天然シトクロムcの構造を同様に保持していることが確認された。
【0095】
以上(3-1)〜(3-4)の結果から、本発明の方法で製造された組換えヒト型シトクロムcは、ヒトから得られる天然のシトクロムcと同じ構造および機能を保持した、ヘムタンパク質であると判断することができる。
【0096】
実施例2 カルシウム依存性プロテインキナーゼ2(CDPK2)の製造
・ CDPK2発現ベクターの構築(図11〜12参照)
プライマー(5’-pGCCGAACCAAAACCAGCAACTGAGCCCAAG-3 [5’ 末端をリン酸化したプライマー](配列番号11)、5’-TTGGTGAATTCTTATAAGATTTCTTCACTC-3’ (配列番号12) [下線部領域はEco RI部位])を用いて、PCRにより、Solanum tuberosum(ジャガイモ)由来のカルシウム依存性プロテインキナーゼ2(CDPK2)をコードする遺伝子を含むDNAを取得した。なお、ジャガイモ由来のCDPK2をコードする遺伝子(cdpk2)の塩基配列は、GenBank AB051809に登録されている(12-15025領域が構造遺伝子)(図11)(配列番号9と10)。上記PCRで得られたDNAをEco RI で処理して、3’ 末端にEco RI 部位を有する、ジャガイモ由来のCDPK2をコードする遺伝子(cdpk2)を含有するDNAを調製した(図12の[2])。
【0097】
実施例1(1)で調製したpKF19sig ベクターを、 制限酵素Nae I と Eco RI で消化して精製した後、上記のCDPK2をコードする遺伝子(cdpk2)を含むDNAをライゲーションした(図12)。斯くして、シグナルシークエンスの下流にcdpk2が挿入されたCDPK2発現ベクター(pKFcdpk2sig)を構築した(図13)。
【0098】
(2)CDPK2の製造
実施例1(2)と同様、pKFcdpk2sig [実施例1(2)ではpKF19signalHcycを使用] のプラスミドを宿主 Shewanella oneidensis TSP-C にエレクトロポレーション法を用いて形質転換した。形質転換体を 10μg/ml リファンピシンと 100μg/ml カナマイシンを含む LB プレート培地で一晩、30℃で培養した。シングルコロニーを 3ml の試験管培地(10μg/ml リファンピシンと 100μg/ml カナマイシンを含む LB 培地)に移して、一晩、微好気的に30℃で振とう培養した。培養液1ml を 100ml のフラスコ培地(10μg/ml リファンピシンと 100μg/ml カナマイシンを含む LB 培地)に移して、一晩、微好気的に30℃で振とう培養した後、集菌した。これを超音波破砕後、遠心して上清と沈殿にわけ、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動によりタンパク質の発現を確認した。
【0099】
(3)CDPK2の発現の確認
(2)の集菌体を超音波破砕後に遠心分離して、上清と沈殿にわけ、10%アクリルアミド濃度で SDS-ポリアクリルアミド電気泳動を行った。なお、ゲルはクマシーブリリアントブルー色素で染色した。
【0100】
結果を図14に示す。CDPK2発現ベクター(pKFcdpk2sig)を導入した菌体(+vec)と導入しない菌体(-vec)とで、CDPK2の発現量をウエスタンブロッティングにて比較した。なお、図中、「+vec1」と「+vec2」とは、相違するコロニーについて実験した結果を示す。また「+vec1&Mag」とは、形質転換体の培養に0.5mM MgCl2を添加して培養した場合の結果を示す。各ベクターを導入して培養した菌体を破砕して、上清(可溶性画分:sup)と沈殿(不溶性画分:pellet)に分けて、SDS-PAGEを行ったところ、図14に示すように、可溶性画分にCDPK2の発現が確認された(検出分子量:59kDa)。
【0101】
(3)CDPK2の機能の確認
CDPK2は、ATPとCa2+により自己リン酸化される。このため、上記で製造したCDPK2について自己リン酸能を測定することでその機能を評価した。具体的には、ProQ diamond gel stain法(Takeda, H. et al, Rapid Communications in Mass Spectrometry 17(8), 2075 -081 (2003); Kinoshita, M. et al. Dalton Transactions 1189-1193 (2004); Kinoshita E. et al. Journal of Separation Science 28(2) 155-162 (2005))により自己リン酸化反応を測定した。なお、自己リン酸化反応の測定は、PerkinElmer Japan に委託した。
【0102】
結果を図15に示す。この結果から、上記で得られたCDPK2は、自己リン酸化能を有していることが確認された。またこの分子量から、製造に使用したシグナルペプチドは切断され、matureなジャガイモ由来のCDPK2が得られていることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】Shewanella oneidensis MR-1に由来する4ヘムタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列を示す。図中、太字斜体部は、Shewanella oneidensis MR-1由来の4ヘムタンパク質のコード領域であり、その下流域に位置する下線部領域はシグナルペプチドをコードする領域(シグナルシークエンス)である。四角で囲んだ部分は、5’末側が Pst I認識部位、3’ 末側が Eco RI の認識部位である。
【図2】Shewanella oneidensis MR-1に由来する4ヘムタンパク質をコードする遺伝子を含むベクター(pKF19STC)の構築を示す概念図である。
【図3】ヒト型チロクロームcをコードする遺伝子の天然由来の塩基配列(上段)と実施例1(1)で作成した塩基配列(下段)とを対比した図である。
【図4】ヒト型チロクロームcのアミノ酸配列を示す。
【図5】実施例1(1)で作成したヒト型チロクロームcをコードする遺伝子の塩基配列(波線部)を示す。四角で囲んだ部分は、3’末側に付加したEco RI の認識部位である。
【図6】ヒト型シトクロムc遺伝子を含むDNAの、pKF19sig ベクターへのライゲーション方法を示す概略図である。(1)pKF19STC のインサーション部分をNaeI、Eco RI で消化する[1]。(2) ヒト型シトクロムc遺伝子の5’ 末をリン酸化して、Eco RI で消化する[2]。次いで、(3)上記[1]と[2]を平滑末端、Eco RI 部位で入れ替える。
【図7】構築したヒト型シトクロムc発現ベクター(pKF19signalHcyc)(図b)と、それに導入したヒト型シトクロムc遺伝子を含むDNA 配列(図a)を示す。配列中、直線状の下線部領域は、シグナルペプチドをコードする塩基配列、波線はヒト型シトクロムcをコードする塩基配列である。
【図8】ヒト型シトクロムcの酸化還元特性を示す可視吸収スペクトルである。
【図9】ヒト型シトクロムcの質量分析結果を示す。
【図10】ヒト型シトクロムcのNMR分析結果を示す。
【図11】Solanum tuberosum(ジャガイモ)由来のカルシウム依存性プロテインキナーゼ2(CDPK2)のアミノ酸配列およびそれをコードする遺伝子(cdpk2)の塩基配列を示す。
【図12】pKF19sig ベクターに、Solanum tuberosum(ジャガイモ)由来のカルシウム依存性プロテインキナーゼ2(CDPK2)をコードする遺伝子を含むDNAをライゲーションする方法を示す概略図である。(1)pKF19STC のインサーション部分をNaeI、Eco RI で消化する[1]。(2) CDPK2遺伝子の5’ 末をリン酸化して、Eco RI で消化する[2]。次いで、(3)上記[1]と[2]を平滑末端、Eco RI 部位で入れ替える。
【図13】構築したCDPK2発現ベクター(pKFcdpk2sigd)を示す。
【図14】CDPK2の発現を確認した SDS-ポリアクリルアミド電気泳動の結果を示す。
【図15】CDPK2の機能(自己リン酸化能)を確認した結果を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0104】
配列番号11はCDPK2をコードする遺伝子を含むDNAの取得に使用したセンスプライマーの塩基配列を示す。
配列番号12はCDPK2をコードする遺伝子を含むDNAの取得に使用したアンチセンスプライマーの塩基配列を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子と真核生物由来のタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを用いて形質転換されたシュワネラ属に属する細菌を培養し、得られた培養物から当該細菌のペリプラズム内に産生された真核生物由来のタンパク質を採取する工程を有する、真核生物由来タンパク質の製造方法。
【請求項2】
シグナルペプチドをコードする遺伝子が、配列番号2に記載する塩基配列を有するか、または当該塩基配列において1〜数個の塩基が置換されてなる塩基配列を有するものである請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
真核生物由来のタンパク質がヘムタンパク質または分子内または分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質である請求項1または2に記載する製造方法。
【請求項4】
ヘムタンパク質がヒト型シトクロムcである請求項3に記載する製造方法。
【請求項5】
下記(1)〜(3)のいずれか1つの塩基配列を有することを特徴とする、シュワネラ属に属する細菌のペリプラズム内で外来タンパク質を産生させるために用いられる外来タンパク質発現用遺伝子カセット:
(1) (a)シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーターと、その下流に連結された、(b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子を含む塩基配列、
(2) (b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子の3’末端に、(c) 外来タンパク質構造遺伝子の5’末端が、アミノ酸フレームが一続きになるように連結してなる塩基配列、
(3) (a)シュワネラ属に属する細菌で発現するプロモーターと、その下流に連結された、(b)配列番号1に記載するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドをコードする遺伝子の3’末端に、(c) 外来タンパク質構造遺伝子の5’末端が、アミノ酸フレームが一続きになるように連結してなる塩基配列。
【請求項6】
シグナルペプチドをコードする遺伝子が、配列番号2に記載する塩基配列を有するか、または当該塩基配列において1〜数個の塩基が置換されてなる塩基配列を有するものである請求項5に記載する外来タンパク質発現用遺伝子カセット。
【請求項7】
外来タンパク質がヘムタンパク質または分子内または分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質である請求項5または6に記載する外来タンパク質発現用遺伝子カセット。
【請求項8】
ヘムタンパク質がヒト型シトクロムcである請求項7に記載する外来タンパク質発現用遺伝子カセット。
【請求項9】
請求項5乃至8のいずれかに記載する外来タンパク質発現用遺伝子カセットを含む、シュワネラ属に属する細菌用の外来タンパク質発現ベクター。
【請求項10】
請求項9に記載する外来タンパク質発現ベクターで形質転換されたシュワネラ属に属する細菌。
【請求項11】
請求項9に記載する外来タンパク質発現ベクターを用いてシュワネラ属に属する細菌を形質転換し、次いで形質転換された当該細菌を培養し、得られた培養物から当該細菌のペリプラズム内に産生された外来タンパク質を採取する工程を有する、外来タンパク質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2008−220240(P2008−220240A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−61885(P2007−61885)
【出願日】平成19年3月12日(2007.3.12)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(801000061)財団法人大阪産業振興機構 (168)
【Fターム(参考)】