説明

ヒト肝細胞を有するマウスの処置方法

【課題】 成人肝細胞から増殖したヒト肝細胞が高い割合でマウス肝細胞に置換したマウス個体を得る方法、および若年ヒト肝細胞を移植した免疫不全肝障害マウスの脂肪肝を改善する方法を提供する。
【解決手段】 免疫不全肝障害マウスに成人肝細胞を移植し、このマウスにヒト成長ホルモンを投与することによって、成人肝細胞の置換率を約2倍以上に増加させる。また若年ヒト肝細胞を移植した免疫不全肝障害マウスにヒト成長ホルモンを一定期間持続的に投与することにより脂肪肝を改善する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト肝細胞を有するマウス(以下「ヒト肝細胞キメラマウス」と記載することがある)の処置方法に関するものである。さらに詳しくは、本発明は、ヒト肝細胞キメラマウスに対してヒト成長ホルモンを投与することを特徴とする処置方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医薬品開発において医薬候補物質を選択する段階は製薬会社においてもっとも関心が高い。医薬品開発については300億円以上の膨大な研究開発費と10年以上の歳月を要することは衆知の事実である。それゆえ、医薬候補物質が研究開発の途中で開発を中止するようなことが生じることは避けなければならない。前臨床試験では、サル、イヌ、ラット、マウスなどの動物が使われるが、薬の薬物代謝活性は動物とヒトの間で大きく異なることが知られている。ヒトと動物の薬物代謝活性の種差により、臨床試験の段階で約半分の医薬候補品が開発中止となっている。
【0003】
ヒト肝細胞キメラマウスは、ヒトの薬物動態をヒト個体で評価する場合と近い状態で再現できるため、医薬品開発におけるヒトの薬物動態の予測に利用できると考えられている。これらのことから、ヒト肝細胞キメラマウスは、医薬品開発において、ヒトにおける代謝や毒性などを予測するためのツールとして有効と考えられる。また、患者本人の肝細胞を持つキメラマウスを作製することができるようになれば、患者の病態にあった投薬方法や治療方法の検討に用いることができるテーラーメード医療の実現が可能となる。
【0004】
本発明者らは、アルブミンのエンハンサーとプロモーターに連結したウロキナーゼプラスミノーゲンアクチベーター(uPA)遺伝子を導入したマウス(uPA-Tgマウス)とSCIDマウスを掛け合わせたuPA/SCIDマウスを作製し、このマウスにヒト肝細胞を移植し、補体抑制剤を投与することによりマウス肝臓の70%以上がヒト肝細胞で置換されたヒト肝細胞キメラマウスの作製に成功し、特許出願している(特許文献1)。
【0005】
しかしながら、特許文献1の方法においても、ヒト肝細胞の高置換(70%以上)は若年ヒト肝細胞(特許文献1で確認されているのは14歳以下)を移植した場合に達成可能であり、40歳以上の成人肝細胞をuPA/SCIDマウスに移植しても、その置換率はほとんどの場合は5%以下である。
【0006】
若年ヒト肝細胞と成人肝細胞とでは、例えば薬物の種類によってはその代謝活性の程度が異なる場合があり、薬物代謝や毒性スクリーニングにおいては成人肝細胞が高い割合で置換されたヒト肝細胞キメラマウスの必要性は極めて高い。また、テーラーメード医療のために患者本人の肝細胞キメラマウスを作製する場合にも、成人疾患医療のためには、高置換の成人肝細胞キメラマウスが不可欠である。
【0007】
なお、成長ホルモンが肝細胞におけるFoxm1B遺伝子発現を介して肝細胞の増殖を促進することが明らかとなっており、肝切除した老齢マウスに成長ホルモンを投与することにより、肝細胞増殖能を肝切除除後の若年マウスと同様なレベルに回復できることが知られている(非特許文献1)。またこれに関連して、成長ホルモンおよびFoxM1Bを用いた肝臓疾患および肝臓損傷の処置方法(特許文献2)、ヒト成長ホルモンを有効成分として含有する急性肝不全治療剤(特許文献3)がそれぞれ知られている。さらに、IGF-1(insulin-like growth factor-1; インシュリン様成長因子-1)も肝細胞増殖因子として知られており、その発現は成長ホルモンによって増加することも知られている(例えば非特許文献2、3)。
【0008】
一方、前記のとおり、若年ヒト肝細胞を移植したキメラマウス肝臓は、移植後約60日目でヒト肝細胞の置換率が70%以上となる。この移植後60日頃のヒト肝細胞は、正常ヒト肝臓における肝細胞と形態的に似ているが、その後徐々に肝細胞に脂肪滴が蓄積する場合がある。このような脂肪肝症状を呈するキメラマウスは、脂肪肝モデル動物として有用ではあるが、ヒト肝臓に対する薬物の薬効や毒性を試験するためのツールとしては適切ではない。従って、高置換のヒト肝細胞キメラマウスにおいて発生する脂肪肝症状を改善するための手段が求められていた。
【特許文献1】国際公法WO 03/080821 A1号パンフレット
【特許文献2】特表2005−504010号公報
【特許文献3】特開平9−136840号公報
【非特許文献1】K., Krupczak-Hollis, et al., Hepatology 2003 38:1552-1562
【非特許文献2】Velasco B. et al., Eur. J. Endocrinol. 2001 145(1):73-85
【非特許文献3】Bartke A. et al., Proc. Soc. Exp. Biol. Med. 1999 222(2):113-23
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記のとおり、特許文献1の方法によるヒト肝細胞高置換マウスは、若年ヒト肝細胞を移植した場合にのみ達成され、成人肝臓を移植した場合の置換率は多くの場合約5%以下である。
【0010】
成人における薬物の代謝や毒性をスクリーニングする系として、あるいはテーラーメード医療のための最適治療法スクリーニング系として、成人肝細胞が高い割合で置換されたキメラマウスの必要性は極めて高い。
【0011】
本発明の第1の課題は、キメラマウスにおける成人肝細胞の置換率を約2倍以上に増加させることのできる方法を提供することである。
【0012】
また、若年ヒト肝細胞を移植した場合には、マウス肝細胞の約70%以上をヒト肝細胞に置換することができるが、その場合には、ヒト肝細胞が脂肪肝症状を呈する場合があり、正常ヒト肝細胞の薬効試験や毒性試験等を試験する系としては問題があった。
【0013】
本発明の第2の課題は、高置換のヒト肝細胞キメラマウスにおける脂肪肝を改善する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この出願は、前記の課題を解決するための第1の発明として、免疫不全肝障害マウスに移植した成人肝細胞の置換率を2倍以上に増加させる方法であって、以下の工程:
(1) 免疫不全肝障害マウスに成人肝細胞を移植する工程;
(2) 成人肝細胞が移植されたマウスにヒト成長ホルモンを投与する工程、
を含むことを特徴とする方法を提供する。
【0015】
すなわち本願発明者らは、成人肝細胞を移植したキメラマウスに対して、ヒト成長ホルモンを投与することにより、移植肝細胞を特異的に増殖させることによって、マウス肝細胞に占める成人肝細胞の割合(置換率)を約2倍以上に増加させることに成功した。このような効果は、成長ホルモンの種特異性に依存している。前記のとおり、成長ホルモンは増殖能の低下した肝細胞(成人肝細胞)の増殖を促進するが、その種特異性によってヒト成長ホルモンはヒト肝細胞に特に強く作用する。従って、成人肝細胞キメラマウスに対するヒト成長ホルモンの投与は、ホストマウスの肝細胞への増殖効果は低く(すなわち、マウスの肝障害を回復させることなく)、移植した成人肝細胞のみを増殖させる。結果として、成人肝細胞に由来するヒト肝細胞の置換率を、成長ホルモン未処理の場合と比較して約2倍以上増加させる。
【0016】
またこの出願は、第2の発明として、若年ヒト肝細胞を移植した免疫不全肝障害マウスの脂肪肝を改善する方法であって、若年ヒト肝細胞を移植したマウスに、ヒト成長ホルモンを投与する工程を含むことを特徴とする方法を提供する。
【0017】
すなわち本願発明者らは、高置換のヒト肝細胞キメラマウスが呈する脂肪肝を、ヒト成長ホルモンの一定期間の投与によって改善させることに成功した。
【0018】
なお、成長ホルモンは肝細胞の正常機能(例えばIGF-1の発現など)を維持するために有用である。従って、ヒト肝細胞キメラマウスに対するヒト成長ホルモンの投与は、キメラマウスのヒト肝細胞機能を妨害するものではなく、むしろヒト肝細胞をより正常な状態(ヒト肝臓における肝細胞に近い状態)とするものである。
【0019】
本発明において、「成人肝細胞」とは、例えば、特許文献1の方法によってマウスに移植した場合に置換率が低い、20歳以上、特に40歳以上のヒトから単離した肝細胞を意味する。また「若年ヒト肝細胞」とは、特許文献1の方法によってマウスに移植した場合に高い置換率を示し、その結果として脂肪肝の症状を呈する0〜20歳未満のヒト、特に0〜14歳以下のヒトから単離した肝細胞である。
【0020】
第1の発明において、「置換率を2倍以上に増加」とは、例えば、成人肝細胞をマウスに移植した場合の一般的な置換率である約5%の置換率を約10%以上の置換率へと増加することを意味する。あるいは、例えば成人患者から単離した肝細胞をマウスに移植した場合のヒト肝細胞置換率が10%であった場合、ヒト成長ホルモンを投与することによって、当該肝細胞を移植した場合の置換率が20%以上に増加することを意味する。
【0021】
第2の発明において、「脂肪肝を改善する」とは、肝細胞への脂肪滴蓄積等を軽減または除去することによって、肝細胞の構造および/または機能を正常肝細胞と同一または類似とすることを意味する。また、脂肪肝症状が発生することを未然に防止することも含まれる。
【0022】
以上の各発明におけるその他の態様や用語、概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。またこの発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、この発明の遺伝子工学および分子生物学的技術はSambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている。また、各発明に使用する材料や方法は、特許文献1(国際公法WO 03/080821 A1号パンフレット)の開示内容を参照している。
【発明の効果】
【0023】
本発明の第1の効果は、キメラマウスにおける成人肝細胞の置換率を約2倍以上に増加させることである。これによって、成人における薬物の代謝や毒性をスクリーニングする系として、あるいはテーラーメード医療のための最適治療法スクリーニング系としてのヒト肝細胞キメラマウスの利用可能生が拡大する。
【0024】
本発明の第2の効果は、マウス肝細胞の約70%以上がヒト肝細胞に置換したヒト肝細胞キメラマウスにおける脂肪肝を改善することである。これによって、高置換マウスにおけるより正確な薬効試験や毒性試験が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
第1の発明における工程(1)では、免疫不全肝障害マウスに成人肝細胞を移植して、成人肝細胞キメラマウスを作製する。この工程で使用する免疫不全肝障害マウスは、特許文献1に記載されているような、マウス本来の肝細胞が障害を受けている「肝障害マウス」であり、かつ、異種動物由来の細胞に対して拒絶反応を示さない「免疫不全マウス」である。このような免疫不全肝障害マウスは、肝障害誘発処置(例えば、公知の肝障害誘発物質による処置)と免疫不全処置(例えば免疫抑制剤の投与や胸腺摘出)とを同一マウス個体に施すことによって作製することができる。また、遺伝的肝障害マウス(例えばuPA-Tgマウス)と遺伝的な免疫不全マウス(SCIDマウス、NUDEマウス、RAG2ノックアウトマウス等)とを掛け合わせて作製した遺伝的免疫不全肝障害マウスを使用することも好ましい。さらに、特許文献1に開示されているように、遺伝的免疫不全肝障害マウスは肝障害遺伝子がホモ接合体であるマウスを用いることが好ましいが、ヘミ接合体である遺伝的免疫不全肝障害マウスであっても、その正常な肝細胞増殖を特異的に阻害する物質(たとえばpyrrolizidine alkaloidの一種であるretrorsine、lasiocarpine、seneciphylline、monocrotaline、trichodesmine等)を事前処置することによって、この発明の免疫不全肝障害マウスとして使用可能である。
【0026】
移植する成人肝細胞は、成人の肝臓から公知の手段で摘出した肝臓組織から公知のコラゲナーゼ灌流法等によって分離した肝細胞を使用する。あるいはこのように分離した肝細胞を冷凍保存したものを解凍して使用することもできる。
【0027】
このような成人肝細胞は、マウスの脾臓を経由して肝臓へ移植することができる。また、直接門脈から移植することも可能である。移植するヒト肝細胞の数は、1〜1000000個程度とすることができる。
【0028】
次に、工程(2)において、成人肝細胞キメラマウスにヒト成長ホルモンを投与する。ヒト成長ホルモンは、市販の組換え体ヒト成長ホルモンを使用することができる。投与は、ヒト肝細胞の移植前から行ってもよく、あるいは移植後の任意の時期から行ってもよい。投与は適宜なスケジュール(例えば1−3日に1回)での皮下投与、またはオスミックポンプを皮下に埋め込み、持続投与する。投与量は、マウス体重1g当たり0.1〜10.0μg程度とすることができる。
【0029】
第2の発明は、高置換のヒト肝細胞キメラマウスにおける脂肪肝を改善する方法であって、若年ヒト肝細胞を移植したマウス(すなわち、ヒト肝細胞が高い割合で置換される可能性のあるマウス、または高い割合で置換されたマウス)に、ヒト成長ホルモンを投与する工程を含むことを特徴とする方法である。
【0030】
高置換のヒト肝細胞キメラマウスは、例えば特許文献1に記載された方法で作成することができる。すなわち、特許文献1に記載されているような、マウス本来の肝細胞が障害を受けている「肝障害マウス」であり、かつ、異種動物由来の細胞に対して拒絶反応を示さない「免疫不全マウス」である。このような免疫不全肝障害マウスは、肝障害誘発処置(例えば、公知の肝障害誘発物質による処置)と免疫不全処置(例えば免疫抑制剤の投与や胸腺摘出)とを同一マウス個体に施すことによって作製することができる。また、遺伝的肝障害マウス(例えばuPA-Tgマウス)と遺伝的な免疫不全マウス(SCIDマウス、NUDEマウス、RAG2ノックアウトマウス等)とを掛け合わせて作製した遺伝的免疫不全肝障害マウスを使用することも好ましい。さらに、特許文献1に開示されているように、遺伝的免疫不全肝障害マウスは肝障害遺伝子がホモ接合体であるマウスを用いることが好ましいが、ヘミ接合体である遺伝的免疫不全肝障害マウスであっても、その正常な肝細胞増殖を特異的に阻害する物質(たとえばpyrrolizidine alkaloidの一種であるretrorsine、lasiocarpine、seneciphylline、monocrotaline、trichodesmine等)を事前処置することによって、この発明の免疫不全肝障害マウスとして使用可能である。
【0031】
移植する肝細胞は、若年者の肝臓から公知の手段で摘出した肝臓組織から公知のコラーゲナーゼ灌流法等によって分離した肝細胞を使用する。あるいはこのように分離した肝細胞を冷凍保存したものを解凍して使用することもできる。市販品を使用することもできる。
【0032】
このような若年ヒト肝細胞は、マウスの脾臓を経由して肝臓へ移植することができる。また、直接門脈から移植することも可能である。移植するヒト肝細胞の数は、1〜1000000個程度とすることができる。
【0033】
このようにして作成したヒト肝細胞キメラマウスは、移植から約60日後には、その肝細胞の70%以上がヒト肝細胞に置換する。この70%以上の置換は、例えばマウス血中のヒトアルブミン濃度の上昇(約6 mg/ml以上)によって確認することができる。そして、このようなキメラマウスのヒト肝細胞は、その後に脂肪肝の症状を示す傾向がある。そこで、若年ヒト肝細胞を移植したキメラマウスに対して、ヒト成長ホルモンを投与する。投与は、ヒト肝細胞の移植前から行ってもよく、あるいは移植後の任意の時期から行ってもよい。また、キメラマウスの使用目的に応じて、70%以上の置換が達成した後に行うこともできる。その場合には、例えば、ヒト肝細胞の移植後60−70日後から1−4週間連続でヒト成長ホルモンを投与する。投与方法は例えば、連日の皮下投与、またはオスミックポンプを皮下に埋め込み、持続投与する。ヒト成長ホルモンは、市販の組換え体ヒト成長ホルモンを使用することができる。投与量は、マウス体重1g当たり0.1〜10.0μg程度とすることができる。
【0034】
以下、実施例を示してこの出願の発明についてさらに詳細かつ具体的に説明するが、この出願の発明は以下の例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
成人ヒト肝細胞を移植したuPA/SCIDマウスへのヒト成長ホルモンの投与
1-1 被検物質
ヒト肝細胞キメラマウスの増殖能の評価のため、組換え体ヒト成長ホルモン(和光純薬工業株式会社)を用いた。
1-2 使用動物
レシピエント動物として肝障害と免疫不全の性質を有するマウスであるuPA/SCIDマウスを特許文献1に従って広島県産業科学技術研究所にて作製し使用した。46歳男性(In Vitro Technology社製)の凍結保存肝細胞を文献(Tateno C. et al., Am. J. Pathol. 2004 165:901-912.4)に従って融解し用いた。
1-3 移植および投与
uPA (+/+) /SCIDマウス8匹に、ヒトの肝細胞7.5×105個を脾臓より移植した。移植後26日目より、ヒト成長ホルモンを投与する群、投与しない群に分けた。ヒト成長ホルモンは1日1回2.5μg/g b.w.をエンドトキシンフリー水100μlに溶解し、連日皮下投与した。
1-4 マウス血中ヒトアルブミン濃度測定
血中のヒトアルブミン濃度をラテックスビーズ免疫比濁法(栄研化学株式会社)を用いて週に1回測定した。
1-5ヒト肝細胞による置換率の測定
ヒト肝細胞を移植したuPA (+/+) /SCIDマウスは移植後76日目に肝臓を摘出した。摘出した肝臓から凍結切片を作製し、ヒト肝細胞に特異的に反応するヒト特異的サイトケラチン8/18抗体 (ICN Pharmaceuticals, Inc) を用いて免疫染色を行った。切片面積あたりのサイトケラチン8/18抗体陽性面積の割合をヒト肝細胞による置換率とした。
2. 試験結果
成人男性(46歳)の凍結保存肝細胞を融解し、uPA (+/+) /SCIDマウス1.0×10個ずつ移植した。マウス血中ヒトアルブミン濃度がほぼ同じ6匹のキメラマウスを選択し、移植後26日目より、3匹にヒト成長ホルモンを体重1 gあたり2.5 mg投与し、3匹は投与しなかった。その結果、移植後76日目には、ヒト成長ホルモンを投与した群のほうが、投与しなかった群よりも約1.8倍、ヒトアルブミン濃度が高値であった(図1)。移植後76日目にマウスの肝臓を摘出し、ヒト特異的サイトケラチン8/18抗体を用いて免疫染色を行った。その結果、ヒト成長ホルモンを投与した群のほうが投与しなかった群よりも、約2.0倍、置換率が高かった(図2)。以上の結果よりヒト成長ホルモン投与により、移植した成人ヒト肝細胞の増殖能が高くなり、より高い置換率のキメラマウスが得られることが確認された。
【実施例2】
【0036】
若年ヒト肝細胞を移植したuPA/SCIDマウスへのヒト成長ホルモンの短期間投与
1-1被検物質
ヒト肝細胞キメラマウスの増殖能の評価のため、組換え体ヒト成長ホルモン(和光純薬工業株式会社)を用いた。
1-2 使用動物
レシピエント動物として肝障害と免疫不全の性質を有するマウスであるuPA(+/+)/SCIDマウスを特許文献1に従って広島県産業科学技術研究所にて作製し使用した。ドナー肝細胞として、6歳女児(BD Gentest社製)または9ヶ月男児(In Vitro Technology社製)の凍結保存肝細胞を文献(Tateno C. et al., Am. J. Pathol. 2004 165:901-912.4)に従って融解し用いた。
1-3 移植および投与
uPA (+/+) /SCIDマウス41匹に7.5×105個の6歳女児 ドナー肝細胞を、6匹に9ヶ月男児ドナー肝細胞を脾臓より移植し、特許文献1に従ってキメラマウスを作製した。6歳女児移植キメラマウスを移植後48日から111日の間に屠殺し、血液と肝臓を採取した。41匹中6匹のマウスに屠殺前14日間ヒト成長ホルモンを充填したオスミックポンプを皮下に埋め込んだ。ヒト成長ホルモンをエンドトキシンフリー水に溶解し、2.5μg/g 体重/日となるように、オスミックポンプに充填した。背中の皮膚を切開し、オスミックポンプを皮下に挿入し皮膚を縫合した。肝臓の凍結切片を作製し、Oil Red O脂肪染色を行った。染色標本の写真を撮影し、Oil Red O陽性脂肪滴の程度によって、脂肪化のグレードを0-4まで4段階に設定し、各マウスの肝臓を評価した。肝細胞にほとんど脂肪沈着が認められないものをグレード0、33%以下の肝細胞に脂肪沈着が見られるものをグレード1(軽微)、33〜66%以上の肝細胞に脂肪沈着が認められるものをグレード2(中等度)、66%以上の肝細胞に脂肪沈着が認められるのをグレード3(高度)とした(Matteoni, C.A. et al.:Nonalcohlic fatty liver disease: a spectrum of clinical and pathological severity. Gastroenterology, 116:1413-1419, 1999)。9ヶ月男児移植キメラマウス6匹のうち3匹に屠殺2週間前に同様にヒト成長ホルモンを2.5μg/g 体重/日となるようにオスミックポンプを埋め込み、6匹を移植後72-101日目に屠殺し、肝細胞を採取した。
1-4 マウス血中ヒトアルブミンおよびヒトIGF-1濃度測定
血液を2 μl尾から採取し、ヒトアルブミン濃度をラテックスビーズ免疫比濁法(栄研化学株式会社)を用いて週に1回測定した。6歳女児移植キメラマウスのうち、成長ホルモン非投与マウス3匹、投与マウス3匹の血清中のヒトIGF-1濃度をELISA法(R&D Systems)を用いて測定した。
1-5 キメラマウス肝細胞の分離
成長ホルモン非投与の9ヶ月男児キメラマウス3匹、投与3匹から、コラゲナーゼ灌流法により細胞分散液を得た。細胞分散液を50g、2分の低速遠心分離により沈澱と上澄みに分けた。沈殿の肝実質細胞の1部をRLT bufferに溶解し、-80℃ディープフリーザーで保存した。1部の細胞に本発明者らが作製したヒト肝細胞に特異的な抗体K8216(ハイブリドーマK8216株(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM P-18751として寄託済み。またFERM BP-8333として国際寄託済み。)を4℃で30分反応させ、PBSで3回洗浄後、FITC標識ラットIgG抗体を30分反応させた。PBSで3回洗浄後、10%牛胎児血清含有Dulbecco’s Modified Eagle’s Mediumに分散後、FACS Vantage (Vecton Dickinson) で解析し、肝細胞の中のヒト肝細胞の割合を求めた。
1-6 切除肝からのヒト肝細胞の分離
広島大学病院において肝部分切除を行う患者4例(25〜61歳)からインフォームドコンセントを得た上で、切除肝より切断面と異なる面より正常肝組織を分離した。肝組織は切除後すみやかにUW液で灌流し、UW液中で4℃に保ちながらヒト細胞専用のクリーンルームまで運搬した。肝組織の切断面の太い血管から注射筒を用いて約20分間EGTAを含む緩衝液で灌流した。次にコラゲナーゼを含む緩衝液で組織が柔らかくなるまで灌流した。その後、肝臓被膜を剥がし、培地中で細胞を分散させ、細胞分散液を50gの低速遠心分離により沈澱と上澄みに分けた。沈殿の肝実質細胞をRLT bufferに溶解し、-80℃ディープフリーザーで保存した。
1-7 キメラマウス肝細胞におけるmRNA発現量の測定
キメラマウスおよび切除肝から採取した肝細胞からRNeasy Mini Kit (QIAGEN)を用いてtotal RNAを抽出し、RNAサンプルをRNase-Free DNase Set (QIAGEN)で処理した。Total RNA 1 mgから、PowerScript reverse transcriptaseとOligo dt (12-18) primerを用いてcDNAを合成した。cDNAをテンプレートとして、ヒト遺伝子特異的なプライマーセット、およびSYBR Green PCR master mix (Applied Biosystems) を用いて、PRISM 7700 sequence detector (Applied Biosystems) により、mRNAの発現量を定量性real-time RT-PCR法により測定した。ヒトIGF-1、ヒトIGFALS (Insulin-like growth factor-1 binding protein, acid labile subunit)、ヒトSOCS2 (suppressor of cytokine signaling 2)、ヒトFADS1 (fatty acid desaturase 1)、ヒトFADS2 (fatty acid desaturase 2)、ヒトFASN (fatty acid synthetase)、ヒトSCD (stearoyl-CoA desaturase)、およびヒトGAPDH (glyceraldehydes 3-phosphate dehydrogenase) のサイクル数から△△CT法により、基準としたサンプルの発現量に対する比率を求めた。それぞれの発現レベルをGAPDHの発現レベルで割ることにより補正した。
・ 試験結果
キメラマウスを移植後48日から111日の間に屠殺した6歳女児キメラマウス肝臓の脂肪性病変の評価を行った。移植後60日までは、脂肪化グレードは0-1と低く脂肪滴は少なかった。移植後70日以降脂肪化グレードは増加し、大型の脂肪滴が観察され、肝細胞領域全体にみられるものもあった(図3)。このことから、キメラマウスの肝臓においては、移植後60日頃までは脂肪変化はあまりみられないが、移植後70日以降脂肪変化が見られるマウスが増加し、移植後日数の経過に伴い脂肪変化の程度が強くなった。
【0037】
移植後70-90日の6歳女児キメラマウス肝臓の脂肪性病変の評価を、ヒト成長ホルモン投与マウス(5匹)、非投与マウス(29匹)について行った。その結果、非投与マウスでは、グレード1以上が93%であったが、投与マウスでは5匹ともグレード0であった(図4)。このことから、移植後70日以降のキメラマウスにヒト成長ホルモンを2週間持続投与することにより、脂肪化が改善されることが示された。
【0038】
ヒトの血中のIGF-1は100-350 ng/ml検出されるが、年齢とともに減少する。IGF-1は成長ホルモンの刺激により、肝細胞で作られることが知られている。キメラマウス肝細胞にはヒト成長ホルモンの刺激がないため、IGF-1は産生させていないと考えられる。ヒト成長ホルモン非投与マウス3匹の血清中のIGF-1を測定したところ、すべて検出限界以下(<9.4 ng/ml)であった。ヒト成長ホルモン投与マウスでは、血清中に65-83 ng/mlのIGF-1が検出された(図5)。
【0039】
切除肝(4例)、成長ホルモン投与キメラマウス(3例)、非投与キメラマウス(3例)からコラゲナーゼ灌流法により肝細胞を分離した。ヒト肝細胞特異的な抗体K8216を用いて分離した肝細胞の純度をFACSにより調べたところ、ヒト肝細胞が90%以上含まれていた。成長ホルモンにより遺伝子発現が誘導されることが知られている遺伝子IGF-1、IGFALS、SOCS2のmRNA発現量の比較を行った。その結果、非投与キメラマウスでは、切除肝由来ヒト肝細胞に比べていずれの遺伝子発現も顕著に低かったが、ヒト成長ホルモンを投与したキメラマウスにおいては、切除肝由来ヒト肝細胞の1/3レベルから同レベルの発現量が認められた(図6)。脂質合成や脂肪酸の不飽和の調節に関わる遺伝子、FASN、FADS1、FADS2、SCDの発現も調べた。その結果、FASN、FADS1、FADS2は非投与キメラマウスでは、切除肝由来ヒト肝細胞に比べて高かったが、ヒト成長ホルモンを投与したキメラマウスにおいては、切除肝由来ヒト肝細胞のレベルと同等に低下していた(図7)。また、SCDは非投与キメラマウスと切除肝由来ヒト肝細胞は差は認められなかったが、ヒト成長ホルモンを投与したキメラマウスにおいては低下していた。
【0040】
以上のことから、キメラマウスにおけるヒト肝細胞は成長ホルモンを欠損している状態にあり、そのために、脂質合成などに関わる遺伝子が誘導され、脂肪変化が進むと考えられた。キメラマウスにヒト成長ホルモンを投与することにより、より正常なヒト肝細胞の遺伝子やタンパク質発現を持つヒト化モデルマウスと成りうる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】成人男性の肝細胞を移植したマウスに、ヒト成長ホルモンを投与した群と投与しなかった群のマウス血中ヒトアルブミン濃度を継時的に測定し平均値を示した結果である。
【図2】成人男性の肝細胞を移植したマウスに、ヒト成長ホルモンを投与した群と投与しなかった群のマウスの移植後76日目の肝臓の置換率の平均値と標準偏差を示した結果である。
【図3】女児の肝細胞を移植したキメラマウスの移植後経過日数と脂肪化の程度を示した結果である。
【図4】女児の肝細胞を移植したキメラマウスの移植後70-90日のヒト成長ホルモン投与および非投与キメラマウス肝臓のオイルレッドO染色像および脂肪化の程度を示した結果である。
【図5】女児の肝細胞を移植したヒト成長ホルモン投与および非投与キメラマウスの血清中hIGF-1濃度を示した結果である。
【図6】男児の肝細胞を移植したキメラマウスにヒト成長ホルモンを投与することによりキメラマウス肝細胞でmRNA発現量が増加した遺伝子の、切除肝由来ヒト肝細胞、ヒト成長ホルモン非投与および投与キメラマウス由来肝細胞における発現レベルを示した結果である。
【図7】男児の肝細胞を移植したキメラマウスの脂質合成、代謝に関与する遺伝子の、切除肝由来ヒト肝細胞、ヒト成長ホルモン非投与および投与キメラマウス由来肝細胞における発現レベルを示した結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
免疫不全肝障害マウスに移植した成人肝細胞の置換率を2倍以上に増加させる方法であって、以下の工程:
(1) 免疫不全肝障害マウスに成人肝細胞を移植する工程;
(2) 成人肝細胞が移植されたマウスにヒト成長ホルモンを投与する工程、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
若年ヒト肝細胞を移植した免疫不全肝障害マウスの脂肪肝を改善する方法であって、若年ヒト肝細胞が移植されたマウスに、ヒト成長ホルモンを投与する工程を含むことを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−37542(P2007−37542A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−181621(P2006−181621)
【出願日】平成18年6月30日(2006.6.30)
【出願人】(596063056)財団法人 ひろしま産業振興機構 (24)
【出願人】(503190578)株式会社バイオインテグレンス (5)
【Fターム(参考)】