説明

ヒト肝細胞キメララットの作製方法

【課題】ラットに、ヒト肝細胞キメラマウスから分離したヒト肝細胞を移植する方法の提供。
【解決手段】ラット骨髄細胞の95%以上が免疫不全マウスの骨髄細胞に置換している骨髄細胞置換ラットに、ヒト肝細胞キメラマウスから回収したヒト肝細胞とマウス肝細胞とをヒト肝細胞を特異的に認識する抗体を用いて、分離し、純化したヒト肝細胞を移植する方法、および、X線を照射した若齢ラットに、免疫不全マウスの骨髄を移植した骨髄細胞置換ラット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、作製した免疫不全ラットへ異種細胞であるヒト肝細胞を移植し置換させるヒト肝細胞キメララット作製に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医薬品開発では、前臨床試験においてラットやマウスなどの多くの実験動物が使われている。しかしながら、ヒトと動物では薬物動態が大きく異なることから、臨床試験において、ヒトで薬効が見られなかったり、毒性がみられるケースが少なくない。臨床試験の段階における開発中止の決定は、医薬品業界においては大きな損失となっている。このことから、ヒトの薬物動態をより正確に調べる試験系が望まれてきた。発明者らは、これまで、マウス肝臓のほとんどがヒト肝細胞で置換されたヒト肝細胞キメラマウスの開発を行ってきた(特許文献1、非特許文献1)。このモデルは、薬物代謝や肝炎研究に有用であることが示されている(非特許文献2,3)。また、近年、医療を行う上で薬剤等の効果が人種差、個人差、年齢差、性差、病歴などにより大きく異なることから、テーラーメイド医療が注目されている。このヒト肝細胞キメラマウスは、肝疾患の治療をテーラーメイド化することを目的としての利用も可能である。
【0003】
しかし、マウスは体サイズが小さいことなどから研究利用においての限界が指摘されている。一方でラットはマウスの10倍の体のサイズを有していることから外科的技術習得が容易であり、臨床を模した処置が可能である。さらに、ヒト肝細胞キメラマウスにおいては、マウス肝臓中でヒト肝細胞が約100倍に増殖することから、ラットを用いることにより約1000倍に増殖させることが可能になると推測される。このことより、ラット肝臓内で増殖させたヒト肝細胞は、ヒト肝細胞を用いたin vitro試験、バイオリアクター、および細胞移植技術開発における細胞供給源としての応用が期待される。さらに、これまで創薬等における研究ではラットが多用されており、キメララットを用いて得られた実験データと過去に得られたデータとの互換性を持たせることが可能となる。
【0004】
通常、ラットにヒト肝細胞を移植した場合、異種細胞の移植による免疫反応によりヒト肝細胞は拒絶されるため、無処置のラット肝臓に生着したという例はない。マウスにはT細胞、B細胞を持たないSCIDマウスやRag2ノックアウトマウスが存在している。しかし、ラットでは一般的に入手可能な免疫不全動物としては、T細胞を持たないヌードラットのみである。
【0005】
また、これまでキメララットの作製法として、胎児腹腔または、新生児胸腺にヒト肝細胞を注入することにより免疫寛容を誘導した後、ヒト肝細胞をそのラット肝臓へ移植する方法が報告されている(特許文献2、非特許文献4)。しかしながら、このラット肝臓におけるヒト肝細胞の置換率を文献のデータ(特許文献2、非特許文献5)から計算すると、約0.02%と非常に低いものである。
【0006】
ヒト肝細胞キメラマウス作製には、マウスアルブミンエンハンサープロモーターウロキナーゼプラスミノーゲンアクチベータートランスジェニック(uPA)/SCIDマウスが用いられているが、uPA/ヌードマウスではこれまでヒト肝細胞キメラマウスが作出できたという報告はない。ヒト肝細胞キメラマウスはSCIDマウスで作製可能であるという事実から、ラット骨髄細胞がSCIDマウス骨髄で完全に置換されれば、ヒト肝細胞の生着・増殖が可能となり、ヒト肝細胞キメララットが作出できると考えた。
【0007】
これまで、成体ヌードラットにX線を4 Gy照射後3日目にさらに10 Gy照射し、その翌日にSCIDマウスの骨髄細胞を移植することにより、ヌードラットの骨髄をSCIDマウス骨髄細胞で置換させる方法が報告された。しかし、この文献においては、ラット骨髄の60%程度がSCIDマウス骨髄で置換されたという結果であり、これまで、ラット骨髄細胞が免疫不全マウスの骨髄で95%以上が置換されたという報告はない。この60%骨髄置換ラットにヒト末梢血単核球細胞を移植したところ、移植後17日目においてラットリンパ球のうち70%がヒト由来であったと報告された(非特許文献6、特許文献3)。
【特許文献1】国際公法WO 03/080821 A1号パンフレット
【特許文献2】Unitted States Patent 6,525,242
【特許文献3】United States Patent 5,652,373
【非特許文献1】Tateno C, Yoshizane Y, Saito N, Kataoka M, Utoh R, Yamasaki C, Tachibana A, Soeno Y, Asahina K, Hino H, Asahara T, Yokoi T, Furukawa T and Yoshizato K: Near-completely humanized liver in mice shows human-type metabolic responses to drugs. Am J Pathol 165:901-912, 2004
【非特許文献2】Katoh M, Matsui T, Nakajima M, Tateno C, Kataoka M, Soeno Y, Horie T, Iwasaki K, Yoshizato K and Yokoi Y: Expression of Human CYPs in Chimeric Mice with Humanaized Liver. Drug Metab Dispos 32:1402-1410, 2004
【非特許文献3】Tsuge M, Hiraga N, Takaishi H, Noguchi C, Oga H, Imamura M, Takahashi S, Iwao E, Fujimoto Y, Ochi H, Chayama K, Tateno C and Yoshizato K: Infection of human hepatocyte chimeric mouse with genetially engineered hepatitis B virus. Hepatology 42:1046-1054, 2005
【非特許文献4】Ouyang EC, Wu CH, Walton C, Promrat K and Wu GY: Transplantation of human hepatocytes into tolerized genetically immunocompetent rats. World J Gastroenterol. 7(3):324-30, 2001
【非特許文献5】Wu CH, Ouyang EC, Walton CM and Wu GY: Human hepatocytes transplanted into genetically immunocompetent rats are susceptible to infection by hepatitis B virus in situ. J Viral Hepat. 8(2):111-9, 2001
【非特許文献6】Lubin I, Segall H, Erlich P, David M, Marcus H, Fire G, Burakova T, Kulova L and Reisner Y:Conversion of normal rats into SCID-like animals by means of bone marrow transplantaiton from SCID donors allows engraftment of human peripheral blood mononuclear cells. Transplantation. 60(7):740-7, 1995
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ヒト肝細胞キメララットの作製の上で最初の障壁となるのは、ラットでは異種移植に有用な免疫不全モデルが存在しないことである。そこで、発明者らはラットを免疫不全化する方法を確立した。マウスにはSCIDマウス、Rag2ノックアウトマウス、gc/Rag2ノックアウトマウス、NODマウス、NOGマウス、ヌードマウスなどの様々な重度免疫不全モデルが存在するが、ラットではヌードラットのみである。ヌードマウスを用いたヒト肝細胞キメラマウスの報告がないこと、また早期(生後4週目以降)からT細胞の漏出(Leaky)が認められる、ことからヌードラットを免疫不全ラットとして利用するのは難しいと考えられる。これまで、このヌードラットに適切なX線照射を行い、SCIDマウスの骨髄細胞を移植することにより、免疫不全ラットの作製が可能となることが知られている(非特許文献6)。しかし、これまで、報告されているSCIDマウス骨髄置換ヌードラットの骨髄置換率は60%程度であり、ヒト肝細胞キメララットの作製には不十分と考えられる。従って、SCIDマウスなどの免疫不全マウスの骨髄細胞を移植することによりラット骨髄をほぼ完全に置換する必要があると考えられる。加えて、骨髄置換成立後にヒト肝細胞を移植し、移植したヒト肝細胞がラット肝臓の多くを占めるまで増殖させる期間として60日以上必要と考えられる。そこで、できるだけ若いラットに対して骨髄置換のためのX線照射を行う必要がある。これまでの報告では、成体ラットにおける放射線照射の条件であるため、若齢ラットにおける適切な照射量の選択が必須である。
【0009】
作出した免疫不全ラットにヒト肝細胞を移植しても生着は困難である。通常、移植したドナー肝細胞がレシピエント肝臓に生着し、増殖するためには、レシピエント肝臓に障害を与え肝細胞の増殖を停止し、移植したヒト肝細胞が増殖できる条件を与える必要がある。
【0010】
ラットにヒト肝細胞を移植する場合、ラットはマウスに比べて体のサイズが大きいため、より多くのヒト肝細胞を移植する必要がある。また、キメララットを用いて実験を行う場合、同じドナー由来ヒト肝細胞を用いたキメララットを独立した実験系で複数回行うことが望ましい。これらのことから、肝切除術などで入手したヒト肝細胞はあまり適していない。したがって、同じドナー肝細胞を比較的大量に継続して利用できる方法として、同じドナー肝細胞を用いて作製したヒト肝細胞キメラマウスから分離した新鮮ヒト肝細胞が利用できる。
【0011】
ヒト肝細胞による置換率が高い(マウス血中ヒトアルブミン濃度が10 mg/ml以上)キメラマウスからコラゲナーゼ灌流法により分離したヒト肝細胞は、95%以上がヒト肝細胞であるため、ヒト肝細胞のみを純化する必要はあまりないと思われる。しかし、分離した肝細胞のうち、ヒト肝細胞の純度が低い場合はヒト肝細胞を純化する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
第1の発明は、ラット骨髄細胞の95%以上を、免疫不全マウスの骨髄細胞に置換させる方法であって、X線を照射した若齢ラットに、免疫不全マウスの骨髄を移植する工程を含むことを特徴とする方法である。
【0013】
この第1発明の方法はさらに、免疫不全マウスの骨髄を移植したラットからラット由来リンパ球を除去する工程を含むことを好ましい態様としている。
【0014】
第2の発明は、前記第1発明の方法によって得られ、ラット骨髄細胞の95%以上が免疫不全マウス由来骨髄細胞に置換していることを特徴とする骨髄細胞置換ラットである。
【0015】
第3の発明は、骨髄細胞置換ラット肝細胞をヒト肝細胞で置換させる方法であって、以下の工程:
(1)ヒト肝細胞キメラマウスからヒト肝細胞を採取する工程;
(2)ヒト肝細胞を請求項3の骨髄細胞置換ラットに移植する工程、
を含むことを特徴とする方法である。
【0016】
この第3発明は、工程(1)において、ヒト肝細胞キメラマウスから回収したヒト肝細胞とマウス肝細胞とを分離して、純化したヒト肝細胞を採取することを好ましい態様としている。そして、純化したヒト肝細胞を採取するに際して、
(1)ヒト肝細胞キメラマウスのヒト肝細胞を特異的に認識し、ヒト肝細胞キメラマウスのマウス肝細胞は認識しない抗体、
(2)ヒト肝細胞キメラマウスのマウス肝細胞を特異的に認識し、ヒト肝細胞キメラマウスのヒト肝細胞は認識しない抗体、
の少なくとも一方を用いて、ヒト肝細胞とマウス肝細胞を分離することをさらに好ましい態様としている。
【0017】
さらにこの第3発明は、工程(2)において、骨髄細胞置換ラットの肝臓に肝臓障害処置を施し、部分切除したのち、ヒト肝細胞を移植することを別の好ましい態様としている。

すなわちこの出願の発明者らは、ラット骨髄細胞を免疫不全マウス由来骨髄細胞で95%以上(ほぼ100%)置換させ、その骨髄細胞置換ラット肝臓にヒト肝細胞を生着させることに成功した。
【0018】
以上の各発明における態様や用語、概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。またこの発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、この発明の遺伝子工学および分子生物学的技術はSambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている。また、各発明に使用する材料や方法は、特許文献1(国際公法WO 03/080821 A1号パンフレット)の開示内容を参照している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
第1の発明では、若齢ラットに放射線照射を行う。この工程で使用するラットは、非特許文献6に記載されているような、T細胞を持たないヌードラットまたは、正常な免疫機能を持つラットである。若齢ラットは、生後0日から30日まで使用することができる。また、放射線照射は、1-20 Gy照射し、数日おいた後1-40Gyを照射することができる。移植に用いる骨髄細胞を採取する免疫不全マウスとしては、遺伝的に免疫不全なマウスモデル(SCIDマウス、RAG2ノックアウトマウス、gc /Rag2ダブルノックアウトマウス、NODマウス、NOGマウス等)を用いることができる。
【0020】
またこの発明の好ましい態様として、ラット由来リンパ球を除去するようにしてもよい。これによって、マウス骨髄細胞による置換率をさらに上昇させることができる。ラット由来リンパ球を除去するには、公知のラットリンパ球特異的抗体を使用することができる。
【0021】
このようにして第2発明の骨髄細胞置換ラット、すなわち骨髄細胞の95%以上が免疫不全マウスの骨髄細胞に置換しているラットが得られる。
【0022】
この出願の第3発明の方法では、先ずヒト肝細胞キメラマウスからヒト肝細胞を採取する。具体的には、ヒト肝細胞キメラマウスの肝臓で増殖させたヒト肝細胞を公知のコラゲナーゼ灌流法等によって分離してヒト肝細胞を採取する。あるいはこのように採取した肝細胞を凍結保存したものを融解して使用することもできる。次いで、ヒト肝細胞を前記第2発明の骨髄細胞置換ラットに移植する。具体的には、ヒト肝細胞をラットの脾臓を経由して肝臓へ移植することができる。また、直接門脈から移植することも可能である。移植するヒト肝細胞の数は、1〜10,000,000個程度とすることができる。
【0023】
なお、ヒト肝細胞を移植する骨髄細胞置換ラットは、肝障害を与えて、ラット自らの肝細胞を不活性化させることも有効である。肝障害を与えるモデルとしては、レトロルシン投与70%肝部分切除ラットや、肝細胞に特異的に障害を与えることが可能なトランスジェニックラット(アルブミンエンハンサープロモーターHSV-tkトランスジェニックラットへのガンシクロビル投与系など)が利用できる。また、肝臓のみ局所的にX線照射することにより、肝細胞障害と増殖抑制を誘導することもできる。あるいは、骨髄細胞置換ラットの肝臓を部分的に切除することも有効である。
【0024】
さらに第3発明の方法では、ヒト肝細胞キメラマウスから回収したヒト肝細胞とマウス肝細胞とを分離して、純化したヒト肝細胞を移植用に使用することも好ましい。ヒト肝細胞の純化のためには、分離した肝細胞にヒト肝細胞特異的抗体K8216 (国際公法WO 03/080670 A1号パンフレット)を反応させ、反応した細胞をフローサイトメーター(FACS)や磁気細胞分離装置(MACS)で回収する方法、あるいは、分離した肝細胞にマウス肝細胞特異的抗体(新規ハイブリドーマY0266Zが産生する新規モノクローナル抗体)を反応させ、反応しなかった細胞をFACSやMACSを用いて回収する方法等を採用することができる。
【0025】
以下、参考例および実施例を示してこの出願の発明についてさらに詳細かつ具体的に説明するが、この出願の発明は以下の例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0026】
SCID化ヌードラットの作製とヒト肝細胞の生着1
1 材料と方法
1-1 使用動物
レシピエントラットとして4週令雄性ヌードラット (F344/N - rnu/rnu, 日本クレア製) を、骨髄細胞ドナーとして6週令雄性SCIDマウス(C.B.-17/Icr-scid/scid, 日本クレア製)を用いた。
1-2移植用骨髄細胞および移植用ヒト肝細胞
移植当日(0日目)にSCIDマウスの大腿骨および頸骨を無菌操作で採取し、199培地(Gibco社製)に回収し、細胞数を計測し移植用骨髄細胞とした。
【0027】
ヒト肝細胞ソースは広島県産業科学技術研究所において作製した、ヒト肝細胞キメラマウス肝臓より採取したヒト肝細胞を用いた。特許出願1により置換率95%以上(マウス血中ヒトアルブミン濃度 10 mg/ml以上)のヒト肝細胞キメラマウス(ドナー細胞はBD Gentestより凍結ヒト肝細胞として購入)を作製した。ヒト肝細胞移植当日にコラゲナーゼ灌流法により肝細胞を分離し、細胞数を計測した。この細胞にマウスの細胞表面を特異的に認識するY0266Z抗体および蛍光標識2次抗体を反応させ、標識された細胞の割合をFACSを用いて調べたところ、95%以上がヒト肝細胞であった。この細胞を移植用ヒト肝細胞とした。
1-3 X線照射および骨髄細胞移植
購入し順化させた4週齢ヌードラットに対して様々なレベルのX線照射を骨髄細胞移植3日前(1回目)と移植1日前(2回目)の2回に分けて行った。照射強度は、10 Gy+4 Gy(1回目+2回目)、10 Gy+6 Gy、10 Gy+8 Gy、12 Gy+6 Gy、および10 Gy+10 Gyで、それぞれ2匹に対して行った。2回目のX線照射翌日にSCIDマウス骨髄細胞1.0×108個を尾静脈より移植した。
1-4 骨髄置換率の測定
ヌードラット末梢血単核球細胞中のSCIDマウス由来細胞の割合(骨髄置換率)を確認するために週1回採血を行った。得られた末梢血単核球細胞を蛍光標識ラットMHCクラスI抗体、蛍光標識ラットマクロファージ抗体、または蛍光標識ラットNK細胞抗体(BD Pharmingen社製)および蛍光標識マウスMHCクラスI抗体、蛍光標識マウスマクロファージ抗体、または蛍光標識マウスNK細胞抗体(BD Pharmingen社製)で染色後FACS caliber(BD Biosciences社製)を用いて、骨髄置換率を求めた。
1-5. ヒト肝細胞の移植および移植前のヌードラットへの処理
骨髄移植後9週目に80%以上の骨髄置換率の得られたSCID化ヌードラットに対してヒト肝細胞移植3日前にリポソーム化クロドロネート(10 ml/kg)と抗アシアロ GM1抗体(1.0 mg/0.5 ml/ラット、和光純薬製)を、1日前に抗アシアロ GM1抗体とウサギ抗ラットリンパ球血清(1.0 ml/ラット、Cedarlane社製)を静脈投与した。このラットの肝臓を70%部分切除後、キメラマウスから分離したヒト肝細胞2.5 x 106個を門脈経由で移植した。
1-6. ヒト肝細胞生着の確認
ヒト肝細胞移植後7日目に血清と肝組織をサンプリングした。ラット血清中ヒトアルブミン濃度を高感度ELISA kit(Cygnus Technologies社製)を用いて測定し、ラット肝臓に生着したヒト肝細胞をヒト特異的サイトケラチン8/18抗体(CK 8/18, Cappel社製)を用いて蛍光免疫染色により評価した。
2 結 果
X線照射および骨髄移植をしていないヌードラットに70%肝部分切除を行い、ヒト肝細胞を経門脈的に移植したところ、移植後2日目ではラット肝臓へのヒト肝細胞の生着は認められなかった。また、予めマクロファージの除去を目的とし、リポソーム化クロドロネートを投与した場合、NK細胞の除去を目的として抗アシアロGM 1抗体を投与した場合、あるいは両者の処理を組み合わせた場合でも同様にヒト肝細胞の生着は認められなかった。
【0028】
様々な放射線強度でX線照射を行った4週齢ヌードラットに SCIDマウスの骨髄細胞を移植し、骨髄置換率を経時的に調べた。その結果、骨髄細胞移植後マウスクラスIに特異的に染色される細胞は、10 Gy+4 Gyでは9週目で約80%(図1)、10 Gy+8 Gyでは7週目で約90%、10 Gy+10 Gyでは5週目で95%であった(表1)。
【0029】
【表1】

【0030】
10 Gy+4 Gyで照射後9週目において骨髄置換率が約80%であったヌードラットに、ラットリンパ球を除去できる抗体を投与し、翌日に肝部分切除及びヒト肝細胞移植を行った。移植後1週間目の屠殺時に採取した末梢血単核球細胞の置換率はほぼ100%(98.4%)となった(表1,図2)。
【0031】
また、ラット血清中にヒトアルブミンが2 ng/ml検出(ELISA法)された。さらに、ラット肝組織の凍結切片をヒト特異的サイトケラチン8/18抗体を用いて染色したところ、ラット肝細胞索内に生着したヒト肝細胞を検出することができた(図3)。
【実施例2】
【0032】
SCID化ヌードラットの作製とヒト肝細胞の生着2
1 材料と方法
1-1 使用動物
レシピエントラットとして4週令雄性ヌードラット (F344/N - rnu/rnu, 日本クレア製) を、骨髄細胞ドナーとして6週令雄性SCIDマウス(C.B.-17/Icr-scid/scid, 日本クレア製)を用いた。
1-2移植用骨髄細胞および移植用ヒト肝細胞
移植当日(0日目)にSCIDマウスの大腿骨および頸骨を無菌操作で採取し、199培地(Gibco社製)に回収し、細胞数を計測し移植用骨髄細胞とした。
【0033】
ヒト肝細胞ソースは広島県産業科学技術研究所において作製した、ヒト肝細胞キメラマウス肝臓より採取したヒト肝細胞を用いた。特許出願1により置換率95%以上(マウス血中ヒトアルブミン濃度 10 mg/ml以上)のヒト肝細胞キメラマウス(ドナー細胞はBD Gentestより凍結ヒト肝細胞として購入)を作製した。ヒト肝細胞移植当日にコラゲナーゼ灌流法により肝細胞を分離し、細胞数を計測した。この細胞にマウスの細胞表面を特異的に認識するY0266Z抗体および蛍光標識2次抗体を反応させ、標識された細胞の割合をFACSを用いて調べたところ、95%以上がヒト肝細胞であった。この細胞を移植用ヒト肝細胞とした。
1-3 X線照射および骨髄移植
実施例1の結果より、購入し順化させた4週齢ヌードラットに対してX線照射を骨髄細胞移植3日前に10 Gy(1回目)と移植1日前に10 Gy(2回目)の2回に分けて行った。2回目のX線照射翌日にSCIDマウス骨髄細胞1.0×108個を尾静脈より移植した。
1-4 骨髄置換率の測定
ヌードラット末梢血単核球細胞中のSCIDマウス由来細胞の割合(骨髄置換率)を確認するために週1回採血を行った。得られた末梢血単核球細胞を蛍光標識ラットMHCクラスI抗体、蛍光標識ラットマクロファージ抗体、または蛍光標識ラットNK細胞抗体(BD Pharmingen社製)および蛍光標識マウスMHCクラスI抗体、蛍光標識マウスマクロファージ抗体、または蛍光標識マウスNK細胞抗体(BD Pharmingen社製)で染色後FACS caliber(BD Biosciences社製)を用いて、骨髄置換率を求めた。
1-5. ヒト肝細胞の移植および移植前のヌードラットへのRetrorsine処理
骨髄移植後4週目に90%以上の骨髄置換率の得られたSCID化ヌードラットに対して次の処理を行った。移植ヒト由来肝細胞を効率よく生着させ、さらには生着したヒト由来肝細胞が分裂・増殖する条件を与えるため、骨髄置換後のヌードラットに対して30 mg/kg B.W.の濃度でRetrorsine(SIGMA社製)を骨髄細胞移植後2週目と4週目に投与した。Retrorsineの投与によりラット由来肝細胞において遺伝子複製は生じるが核分裂および細胞分裂は抑制され巨核化および細胞の膨化が生じる(図4)。ヒト肝細胞は2回目のRetrorsine投与後3週目(骨髄移植後7週目)に移植を行った。移植時に40%肝部分切除を行い、キメラマウスから分離したヒト肝細胞5.0 x 106個を門脈経由で移植した。
1-6. ヒト肝細胞生着の確認
ヒト肝細胞移植後7日目に血清と肝組織をサンプリングした。ラット血清中ヒトアルブミン濃度を高感度ELISA kit(Cygnus Technologies社製)を用いて測定し、ラット肝臓に生着したヒト肝細胞をヒト特異的サイトケラチン8/18抗体(CK 8/18, Cappel社製)を用いて蛍光免疫染色により評価した。
2.結果
10 Gy+10 Gyで照射後いずれも骨髄移植後4週目には骨髄キメラ率が90%以上になっているヌードラットに肝障害誘導剤としてRetrorsineを2回投与し、40%肝部分切除とヒト肝細胞移植を行った。移植後1週目からのラット血清中ヒトアルブミン濃度を測定した。表2に示すようにヒト肝細胞移植後1週目〜3・4週目にラット血清中に安定してヒトアルブミンが検出された。いずれの個体においても肝組織の凍結切片における抗ヒトサイトケラチン8/18抗体による免疫組織染色により生着したヒト肝細胞群が同定された(図5)。また、本肝障害惹起モデルでは免疫組織染色で検出されたヒト由来肝細胞はコロニーを形成しており生着後増殖したと考えられる。
【0034】
本工程を用いることにより作出されたラットは免疫系を95%以上マウス(SCID)で置き換えられており、さらにこのラットに肝障害を誘導すると異種であるヒト由来肝細胞を移植すると受け入れられるものである。
【0035】
【表2】

【0036】
10 Gy+10 Gyで照射後4週目において骨髄置換率が90%以上であったヌードラットに骨髄移植後2週目と4週目にRetrorsineを投与し7週目に40%肝部分切除とヒト肝細胞移植を行った。いずれの個体でも安定してラット血清中にヒトアルブミンが検出可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】ヌードラットに10 Gy+4 GyのX線を照射しSCIDマウス骨髄細胞を移植した。骨髄細胞移植後1、3、5、9週目に血液を採取し、マウス MHC クラスI抗体とラットMHC クラスI抗体で染色し、末梢血単核球細胞中のマウス由来細胞の割合をFACSにより解析した結果である。
【図2】ヌードラットに10 Gy+4 GyのX線を照射しSCIDマウス骨髄細胞を移植した。骨髄細胞移植後11週目のラットにラットリンパ球を除去するために抗血清を投与し、翌日70%部分肝切除後にヒト肝細胞を移植した。移植後1週間目に血液を採取し、マウスおよびラットMHC クラスI抗体、マウスおよびラットマクロファージ抗体、マウスおよびラットNK細胞抗体で染色し、それぞれの割合をFACSにより解析した結果である。
【図3】図2のラットの肝臓凍結切片を、ヒト肝細胞特異的抗体(ヒトサイトケラチン8/18抗体)で染色した結果である。矢印で示した細胞がラット肝臓に生着したヒト肝細胞である。
【図4】Retrorsine投与後のラット肝細胞における巨核化と細胞の膨化示した。上段が非投与個体の肝組織切片で下段がRetrorsine投与・肝部分切除を行った個体の肝組織切片である。いずれもH.E.染色。
【図5】Retrorsineにより肝障害を惹起させた骨髄置換ヌードラットに生着したヒト肝細胞像(ヒトサイトケラチン8/18)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラット骨髄細胞の95%以上を、免疫不全マウスの骨髄細胞に置換させる方法であって、X線を照射した若齢ラットに、免疫不全マウスの骨髄を移植する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
さらに、免疫不全マウスの骨髄を移植したラットから、リンパ球を除去する工程を含む請求項1の方法。
【請求項3】
請求項1または2の方法によって得られ、骨髄細胞の95%以上が免疫不全マウスの骨髄細胞に置換していることを特徴とする骨髄細胞置換ラット。
【請求項4】
ラット肝細胞をヒト肝細胞で置換させる方法であって、以下の工程:
(1)ヒト肝細胞キメラマウスからヒト肝細胞を採取する工程;
(2)ヒト肝細胞を請求項3の骨髄細胞置換ラットに移植する工程、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項5】
工程(1)において、ヒト肝細胞キメラマウスから回収したヒト肝細胞とマウス肝細胞とを分離して、純化したヒト肝細胞を採取する請求項4の方法。
【請求項6】
純化したヒト肝細胞を採取するに際して、
(1)ヒト肝細胞キメラマウスのヒト肝細胞を特異的に認識し、ヒト肝細胞キメラマウスのマウス肝細胞は認識しない抗体、
(2)ヒト肝細胞キメラマウスのマウス肝細胞を特異的に認識し、ヒト肝細胞キメラマウスのヒト肝細胞は認識しない抗体、
の少なくとも一方を用いて、ヒト肝細胞とマウス肝細胞を分離する請求項5の方法。
【請求項7】
工程(2)において、骨髄細胞置換ラットの肝臓に肝臓障害処置を施し、かつ部分切除したのち、ヒト肝細胞を移植する請求項4の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−228962(P2007−228962A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−22116(P2007−22116)
【出願日】平成19年1月31日(2007.1.31)
【出願人】(596063056)財団法人 ひろしま産業振興機構 (24)
【出願人】(503449018)株式会社フェニックスバイオ (7)
【出願人】(503190578)株式会社バイオインテグレンス (5)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】