説明

ヒューマンエラー診断システム

【課題】 ヒューマンエラーの発生可能性を診断するヒューマンエラー診断システムを提供する。
【解決手段】 本発明の実施の形態に係るヒューマンエラー診断システムは、2分経過する毎にキーA40−1を押して反応することを要求する展望的記憶課題(S20〜S26)と、5桁の数値暗唱課題(S30〜S34)とを組み合わせたDNNエラー模擬課題により、やるべき行為や判断への注意が他に逸れたときに、やるべき行為や判断が省略されるタイプのヒューマンエラーの発生可能性を診断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人的要因により発生する事故の原因であるヒューマンエラーの発生可能性を診断するヒューマンエラー診断システムに関し、特に認知的発生メカニズムに基づいて分類される特定のヒューマンエラーの発生可能性を診断するヒューマンエラー診断システムに関する。
【背景技術】
【0002】
事故が生じるのは、本来行われるべき事象の流れとは異なった、誤った事象が存在するからである。この誤った事象の発生は、人間のミス、すなわちヒューマンエラーに起因する場合も多い。ところが、ヒューマンエラーは、多種の原因が複雑にからみあったものが多く、その原因を分析し、対策を立案することは、非常に困難な作業である。
【0003】
従来、このようなヒューマンエラーの分析を行い、再発防止の対策立案を支援するためのシステムとして、下記特許文献1に開示された安全管理支援システムが知られている。
【0004】
この安全管理支援システムは、発生した事故を、時期や場所、事故の責任の大きさ等に分類して格納する事故データベースを備えている。また、事故毎に、当事者の誤り(ヒューマンエラー)を示すデータ、事故の直接的な要因を示す直接要因データ(例えば、「信号無視」)、及び事故の背景的な要因を示す背景要因データ(例えば、「飲酒運転」、「怠慢」)等を格納するヒューマンエラーデータベースを備えている。また、過去の事故に対して施した対応策等を格納する対策データベースを備えている。
【0005】
そして、このような構成を有する上記安全管理支援システムは、上記データベース内の情報を用いて、「対前年度分析」、「要因構成比分析」等の集計を行って事故を分析したり、対策を立案したりするように構成されている。
【特許文献1】特開平10−105567号公報
【0006】
また、本出願人は、ヒューマンエラーに対する有効な防止対策を立案するために、効果的なヒューマンエラー分類を行うことが可能なシステムとして、下記特許文献2に開示されたヒューマンエラー分類システムを開発した。
【0007】
このヒューマンエラー分類システムは、人的要因により発生するヒューマンエラーを、認知的発生メカニズムのモデルに基づいたエラータイプに分類するシステムである。
【特許文献2】特開2004−302742号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、ヒューマンエラーを効果的に防止するためには、個人毎のヒューマンエラーの発生可能性を診断し、この診断結果を考慮した対策を施すことが有効であると考えられるが、上述した従来技術では、そのような診断方法は開示されていない。
【0009】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、ヒューマンエラーの発生を有効に防止するために、ヒューマンエラーの発生可能性を診断するヒューマンエラー診断システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明に係るヒューマンエラー診断システムは、所定の課題を被診断者に実行させて、ヒューマンエラーの発生可能性を診断するヒューマンエラー診断システムにおいて、種々の演算処理を行う演算装置と、被診断者が前記課題を実行する際に使用する入力装置と、前記課題を実行するための情報及び前記課題に対する被診断者の反応に関する情報を保持する記憶装置と、前記課題を被診断者に呈示するための表示装置とを備え、前記記憶装置は、前記所定の課題として、所定の時刻に所定の反応を被診断者に求める展望的記憶課題に関する情報を保持しており、前記演算装置は、前記展望的記憶課題に対して被診断者が前記入力装置を介して反応した時刻を前記記憶装置に記録すると共に、前記所定の時刻と被診断者が反応した時刻との差分に基づき、将来実行すべき行為や判断が省略されるタイプのヒューマンエラーの発生可能性を診断することを特徴とする。
【0011】
また、本発明に係るヒューマンエラー診断方法は、演算装置、記憶装置、入力装置及び表示装置を備えたヒューマンエラー診断システムにより、被診断者に所定の課題を実行させて、ヒューマンエラーの発生可能性を診断するヒューマンエラー診断方法であって、前記演算装置が、前記記憶装置に格納されている、所定の時刻に所定の反応を被診断者に求める展望的記憶課題を前記表示装置に呈示する呈示工程と、前記展望的記憶課題に対して前記入力装置を介して被診断者が反応した時刻を前記記憶装置に記録する記録工程と、前記演算装置が、前記所定の時刻と被診断者が反応した時刻との差分に基づき、将来実行すべき行為や判断が省略されるタイプのヒューマンエラーの発生可能性を診断する診断工程と、を備えたことを特徴とする。
【0012】
また、本発明に係るヒューマンエラー診断プログラムは、演算装置、記憶装置、入力装置及び表示装置を備えたコンピュータに、被診断者に所定の課題を実行させて、ヒューマンエラーの発生可能性を診断する作業を実行させるためのヒューマンエラー診断プログラムであって、前記演算装置が、前記記憶装置に格納されている所定の時刻に所定の反応を被診断者に求める展望的記憶課題を前記表示装置に呈示する呈示ステップと、被診断者が前記展望的記憶課題に対して前記入力装置を介して反応した時刻を前記記憶装置に記録する記録ステップと、前記演算装置が、前記所定の時刻と被診断者が反応した時刻との差分に基づき、将来実行すべき行為や判断が省略されるタイプのヒューマンエラーの発生可能性を診断する診断ステップと、をコンピュータに実行させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るヒューマンエラー診断システムによれば、ヒューマンエラーの発生を有効に防止するために、ヒューマンエラーの発生可能性を的確に診断することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0015】
(第1の実施形態)
まず、本発明の第1の実施形態について説明する。図1は、第1の実施形態に係るヒューマンエラー診断システム1の概略構成を示す図である。同図に示すように、本実施の形態に係るヒューマンエラー診断システム1は、パーソナルコンピュータ本体(以下、「PC本体」とする)10、出力表示装置としてのディスプレイ20、入力装置としてのキーボード30及び被診断者が後述する展望的記憶課題を実行する際に使用するための専用キー40とから構成されている。専用キー40は、2つのキー40−1,40−2を備えている。キーA40−1は、被診断者が、所定の時間が経過した際に押して反応するためのキーであり、キーB40−2は、被診断者が経過時間をディスプレイ20に表示させる際に押すためのキーである。
【0016】
また、PC本体10は、各種演算を行う演算装置11、後述するヒューマンエラーの診断に必要な情報及び被診断者がキーボード30を介して入力する情報を保持する記憶装置12及び時間を計測するためのタイマー13を含んでいる。タイマー13は、1ms単位で時間を計測可能である。
【0017】
上記構成を備えたヒューマンエラー診断システム1は、被診断者に展望的記憶課題を実行させることで、認知的発生メカニズムのモデルに基づいた特定のエラータイプを起こす可能性を診断することを特徴とするシステムである。ここで、展望的記憶課題とは、被診断者に所定の時刻に所定の行為や判断を行わせるという課題であり、詳細については後述する。
【0018】
このように、特定のエラータイプを起こす可能性の程度を個人毎に診断することで、現場において適切な人材配置を実施することができ、また、そのエラータイプを起こす可能性の高い個人に対してそのエラーを起こさないように注意を促すことができ、当該エラータイプに対して有効な防止訓練を実施することができる。
【0019】
本ヒューマンエラー診断システム1による診断処理を説明するにあたって、まず、上述した認知的発生メカニズムのモデルに基づいて分類されるエラータイプについて詳細に説明する。
【0020】
まず、図2は、ヒューマンエラー診断システム1が対象とするヒューマンエラーの範囲を示す図である。同図に示すように、本実施の形態に係る「ヒューマンエラー」は、やるべきことが分っている場面でやるべきことを意識的にやらない「違反」は除かれる。また、本実施の形態においては、「ヒューマンエラー」を、やるべきことが分っている場面で生じるエラーである「良定義エラー」と、やるべきことが分らない場面で生じるエラーである「悪定義エラー」とに分けて捉えている。本ヒューマンエラー分離システムの対象は、この「良定義エラー」である。
【0021】
続いて、図3は、上記良定義エラーの発生を説明するためのモデルを示す図である。図3(a)は、「正しく行為が実行されるとき」、図3(b)は、「誤って行為が実行されるとき」を示す図である。同図(a)に示すように、注意が「正しいスキーマ」に向けば、「正しいスキーマ」が刺激され、「正しい行為」が行われる。しかし、同図(b)に示すように、注意が「正しいスキーマ」に向かなければ、すなわち、「刺激」と「正しいスキーマ」間の連合強度が小さかったり、「刺激」と「誤ったスキーマ」間の連合強度が大きかったり、「正しいスキーマ」と「誤ったスキーマ」の出力が競合して「誤ったスキーマ」の出力が勝った場合には、「誤ったスキーマ」が刺激され、「誤った行為」が行われることになる。ここで、「スキーマ」とは、知識の構造とか認知の枠組みであり、人間が大量に保有している知識の相互関係(因果関係とか、論理的な関係)のことをいう。
【0022】
次に、図4は、本実施の形態に係る認知的発生メカニズムのモデルに基づく、ヒューマンエラー分類体系を示す図である。図5は、この分類体系により分類される9つのエラータイプを説明する図である。
【0023】
図4に示すように、本実施の形態に係る分類体系においては、まず、ステップ1(以下、「ステップ」を「S」とする)において、正しいスキーマへの注意が欠損した要因により、「注意の転換遅れ(S)」、「注意の逸れ(D)」、及び「持続的注意の減衰(V)」の三通りに分類される。正しい流れとして、第1のスキーマ(前のスキーマ)から第2のスキーマ(正しいスキーマ)に注意が移行することを前提とすると、「注意転換の遅れ」は、第1のスキーマから第2のスキーマへの注意の移行は行われたが、その転換のタイミングが遅かったことを意味する。また、「注意の逸れ」は、第2のスキーマへの注意が他(例えば、誤ったスキーマ等)に逸れてしまったことを意味する。また、「持続的注意の減衰」とは、第2のスキーマへの注意が減衰してしまったことを意味する。
【0024】
次に、S2において、誤ったスキーマの存在の有無により分類される。すなわち、正しいスキーマ(第2のスキーマ)の代わりに注意が向けられて誤った行為を実行させたスキーマが存在するか否かにより分類される。誤ったスキーマが「なし」であれば、誤ったスキーマにより誤った行為が実行されていないことを意味し、正しいスキーマによる正しい行為が単に実行されなかったことになる。
【0025】
また、上記「注意転換遅れ」の場合には、第1のスキーマから第2のスキーマ(正しいスキーマ)への転換が遅れて行われている、すなわち第1のスキーマに注意が向けられていたのであるから、この第1のスキーマが必ず誤スキーマとして存在し、「あり」となっている。また、「注意の逸れ」及び「持続的注意の減衰」の場合には、誤ったスキーマの有無により、「あり」又は「なし(NN)」に分類される。「なし」の場合には、その後の分類は行われず、「注意の逸れ(D)」−「なし(NN)」であれば、「(5)DNN」のエラータイプ、「持続的注意の減衰(V)」−「なし(NN)」であれば、「(9)VNN」のエラータイプに分類されることになる。
【0026】
次に、S3において、正しいスキーマ(第2のスキーマ)の代わりに注意が向けられた誤スキーマと刺激との連合が強化された要因により分類される。要因としては、その誤スキーマに対して直前に注意が向けられていたから、という「直前活性(P)」、その誤スキーマに注意を向けることが頻繁に行われているから、という「高経験頻度(F)」の二通りに分類される。上記「注意転換遅れ」の場合には、誤スキーマである第1のスキーマに対して、直前に注意が向けられていたのであるから、すべて「直前活性(P)」となる。
【0027】
次に、S4において、誤スキーマの種類によって、分類される。S3において、「直前活性」に分類されている場合には、誤スキーマは直前に注意が向けられていたスキーマであるから、すべて「直前活性スキーマ(P)」に分類される。但し、「注意転換の遅れ」−「あり」−「直前活性」の場合には、誤スキーマが、その前に注意が向けられていた第1のスキーマであるから、直前活性スキーマとは呼ばず、「その前のスキーマ(A)」としている。そして、「注意転換の遅れ(S)」−「あり」−「直前活性(P)」−「その前のスキーマ(A)」の場合には、「(1)SPA」のエラータイプ、「注意の逸れ(D)」−「あり」−「直前活性(P)」−「直前活性スキーマ(P)」の場合には、「(4)DPP」のエラータイプ、「持続的注意の減衰(V)」−「あり」−「直前活性(P)」−「直前活性スキーマ(P)」の場合には、「(8)VPP」のエラータイプとして分類されることになる。
【0028】
また、S3において、「高経験頻度(F)」に分類されている場合には、通常であれば高い確率で正しいスキーマとなる「正スキーマ率高スキーマ(G)」、又は効率的なスキーマである「効率的誤スキーマ(B)」の二通りに分類される。
【0029】
よって、「注意の逸れ(D)」−「あり」−「高経験頻度(F)」−「正スキーマ率高スキーマ(G)」の場合には、「(2)DFG」のエラータイプ、「注意の逸れ(D)」−「あり」−「高経験頻度(F)」−「効率的誤スキーマ(B)」の場合には、「(3)DFB」のエラータイプ、「持続的注意の減衰(V)」−「あり」−「高経験頻度(F)」−「正スキーマ率高スキーマ(G)」の場合には、「(6)VFG」のエラータイプ、「持続的注意の減衰(V)」−「あり」−「高経験頻度(F)」−「効率的誤スキーマ(B)」の場合には、「(7)VFB」のエラータイプに分類されることになる。
【0030】
続いて、図5に基づいて、それぞれのエラータイプについて、さらに、詳細に説明する。
【0031】
同図に示すように、まず、(1)SPAは、「ある作業や判断から別の作業や判断に急速に切替える必要がある際の切替えが遅れる」タイプのエラーである。例えば、航空機の操縦に関して、急な機体の状態変化により、至急操縦パターンを変えなければならないような事態に際して、操縦パターンの切替えが遅れる、といったヒューマンエラーが、(1)SPAに該当する。
【0032】
(2)DFGは、「正しい作業や判断への注意が他に逸れたときに、通常ならば正しい作業や判断が割り込む」タイプのエラーである。例えば、列車の運行遅れが生じているケースにおいて、降雨や多数の乗客によりブレーキ力が弱くなっている(通常とは異なっている)ため、通常とは異なるタイミングでブレーキをかけなければならないのに、注意が列車の遅れに逸れてしまい、通常のタイミングでブレーキをかけてしまって、止まりきれなかった、といったヒューマンエラーが、(2)DFGに該当する。
【0033】
(3)DFBは、「正しい作業や判断への注意が他に逸れたときに、効率的な誤った作業や判断が割り込む」タイプのエラーである。例えば、列車の運行遅れが生じているケースにおいて、列車出発時に出発信号が青であることを確認しなければならないのに、注意が列車遅れに逸れてしまい、信号確認を行わなかった、といったヒューマンエラーが、(3)DFBに該当する。出発信号は、ほとんどの場合、青であり、確認しないほうが効率的であるため、このようなエラーが生じてしまう。
【0034】
(4)DPPは、「正しい作業や判断への注意が他に逸れたときに、直前の作業や判断が割り込む」タイプのエラーである。例えば、前の行路で特急を運転した運転手が運転する列車の運行に遅れが生じているケースにおいて、運転手の注意が列車遅れに逸れてしまったために、特急運転時の停車パターンが割り込んでしまい、準急停車駅を通過してしまった、といったヒューマンエラーが、(4)DPPに該当する。
【0035】
(5)DNNは、「正しい作業や判断への注意が他に逸れたときに、正しい作業や判断が行われない」タイプのエラーである。例えば、故障により列車が駅間で動けなくなり、牽引のための救援列車を要請したケースにおいて、故障が直ったとしても、救援列車が来るまで現場で待つか、直った旨を司令所に連絡する必要があるのに、故障による列車の遅れに注意が逸れ、現場で待つ又は司令所に連絡するという作業を忘れて、列車を動かしてしまう、といったヒューマンエラーが、(5)DNNに該当する。
【0036】
(6)VFGは、「正しい作業や判断からの持続的注意が減衰したときに、通常ならば正しい作業や判断が割り込む」タイプのエラーである。例えば、線路工事により徐行区間が設けられている場合、運転手は徐行信号機とその予告標を探しながら、すなわち予告標に対して継続的に注意を払いながら運転する必要があるが、予告標への注意が散漫になり、予告標への注意を払う必要のない通常時の運転パターンにより運転し、予告標を見落として徐行のためのブレーキが遅れた、といったヒューマンエラーが、(6)VFGに該当する。
【0037】
(7)VFBは、「正しい作業や判断からの持続的注意が減衰したときに、効率的な作業や判断が割り込む」タイプのエラーである。例えば、列車の車庫入れ作業に関して、入換え信号機が故障してしまったケースにおいて、運転手は、作業員の入換え合図を窓から顔を出して確認しながらバックで車庫入れし、作業員からの停止合図が出るまで持続的に入換え合図に注意を払わなければならないのに、大体停止する位置がわかっているために、持続的注意が散漫になり、入換え合図を確認しないという効率的な作業を行ってしまい、作業員からの停止合図が送られた時にブレーキをかけるのが遅れてしまった、といったヒューマンエラーが、(7)VFBに該当する。
【0038】
(8)VPPは、「正しい作業や判断から持続的注意が減衰したときに、直前の作業や判断が割り込む」タイプのエラーである。例えば、列車の運転士は、次の停車駅に対して注意を向け続けながら運転しなければならないのに、持続的注意が散漫になり、前の行路での特急停車駅パターンが思い浮かんでしまって、停車駅を通過してしまった、といったヒューマンエラーが(8)VPPに該当する。
【0039】
(9)VNNは、「正しい作業や判断からの持続的注意が減衰したときに、正しい作業や判断が行われない」タイプのエラーである。例えば、駅間での列車故障により救援列車が要請された際に、救援列車の運転士は、故障列車に持続的に注意を向けながら運転しなければならないが、注意が散漫になり、故障列車のことを忘れてしまい、故障列車の発見が遅れてブレーキをかけるのが遅れてしまった、といったヒューマンエラーが考えられる。
【0040】
以上、認知的発生メカニズムに基づいて分類されるエラータイプについて説明したが、第1の実施形態に係るヒューマンエラー診断システム1は、上記(5)DNNタイプのエラー(以下、「DNNエラー」とする)の発生可能性を診断するシステムである。以下、診断処理について詳細に説明する。
【0041】
本実施の形態に係るDNNエラー発生可能性を診断するための課題としては、展望的記憶課題を用いる。展望的記憶とは、将来行うべき行為や判断に関する記憶であり、梅田聡著「し忘れの脳内メカニズム」(北大路書房、2003年9月)等に詳細に説明されている。
【0042】
この展望的記憶の失敗、すなわち、やるべき行為や判断をやるべきときに思い出すことができず、行為や判断が省略されてしまう展望的記憶エラーは、実行すべき行為や判断に十分に注意が向けられていない時に生じる。実行すべき行為や判断以外の事象に注意が向けられたために生じる展望的記憶エラーは、上述した(5)DNNエラーに相当し、実行すべき行為や判断に向けられている注意が長時間持続できず減衰したために生じる展望的記憶エラーは、上述した(9)VNNエラーに相当する。
そして、展望的記憶課題とは、被診断者に所定の時刻に所定の行為や判断を行わせるという課題である。本明細書では、第1の実施形態において、展望的記憶課題を用いて(5)DNNエラーの発生可能性を診断するシステムを提供し、第2の実施形態において、同じく展望的記憶課題を用いて(9)VNNエラーの発生可能性を診断するシステムを提供する。
【0043】
第1の実施形態に係るDNNエラー発生可能性を診断するためのDNNエラー模擬課題は、主課題である展望的記憶課題に、副課題として数値暗唱課題を組み合わせた課題により行われる。本実施形態に係る展望的記憶課題は、2分経過する毎に、被診断者にキーA40−1を押して反応することを要求する試行を、計15回行わせる課題である。また、数値暗唱課題は、1〜9の数字からなる五桁の数値をPC本体10に接続された図示しないスピーカーから音声によって被診断者に呈示し、4〜6秒後にキーボード30を使ってその数値を入力させる試行を、上記展望的記憶課題が行われている間中、並行して行わせる課題である。
【0044】
DNNエラーの発生可能性診断においては、被診断者の主課題に対する成績に適度なばらつきが生じること、各試行間の時間間隔が長すぎて注意の持続からくる疲労等の原因にならないこと、の2つを考慮して展望的記憶課題の時間間隔を2分に設定している。これは、実際に幾つかの時間間隔を設定して課題を実行した上で、経験則的に適切な診断結果が得られたものである。もちろん、被診断者の年齢や特性、他の条件等に応じて、この時間間隔や試行数を調整しても良いが、経験則的に1分から3分の時間間隔が適切であった。
【0045】
続いて、図面を参照して、本実施形態に係るDNNエラー模擬課題の処理の流れを詳細に説明する。図6は、第1の実施形態に係るDNNエラー模擬課題の流れを示すフローチャートである。図7は、DNNエラー模擬課題が実行される際にディスプレイ20に呈示される画面の内容を示す図である。図8は、DNNエラー模擬課題に関して、記憶装置12に記録される情報を示す図である。
【0046】
S10において、被診断者がキーボード30等の入力装置を操作して診断を開始すると、S20に進み、主課題としての展望的記憶課題が開始されると共に、S30に進み、副課題としての数値暗唱課題が並行して開始される。この主課題及び副課題は、演算装置11が、記憶装置12に保持されている情報に基づいて、タイマー13やディスプレイ20を制御することにより実行される。
【0047】
まず、展望的記憶課題について説明する。展望的記憶課題が開始される(S20)と、S21において、演算装置11はタイマー13をリセットし、経過時間の計時を開始する。S22では、演算装置11が、被診断者によるキーB40−2の押下を監視している。S22において、キーB40−2が押下されると、演算装置11は、タイマー13が計時している経過時間を参照し、図7に示すようにディスプレイ20上に経過時間を2秒間表示する。被診断者は、キーA40−1を押して反応すべき時刻になっているか否かを、キーB40−2を押して経過時間を表示させて確認することができる。また、言い換えれば、被診断者は、自発的にキーB40−2を押下しない限り、経過時間を参照することができない。S22において、キーB40−2が押下されない場合には、S23をスキップしてS24へと進む。
【0048】
S24では、演算装置11が、被診断者によるキーA40−1の押下を監視している。被診断者がn番目の試行である第n試行において2n分経過したと判断し、キーA40−1を押すと、S25において、演算装置11がタイマー13の経過時間を参照し、図7に示すようにその反応時刻を2秒間ディスプレイ20上に表示する。また、キーA40−1が押されない場合には、S22へと戻り、キーB40−2の押下を監視する。
【0049】
S25においては、図8に示すように、演算装置11は、被診断者の反応時刻を、反応すべき時刻(2n分=120n秒)と共に記憶装置12に記録する。
なお、S25においては、演算装置11は、反応すべき時刻である2n分を経過した後の最初のキーA40−1押下を被診断者による反応とみなして表示・記録の処理を行う。そして、最初の2分経過前のキー押下や2n分経過後の2回目以降のキー押下は、誤反応とみなし、誤反応の回数を別途記憶装置12に記録する。
【0050】
例えば、第1試行の場合を例に挙げて説明すると、0秒〜119秒までの間にキーA40−1が押されたとしても、誤反応として記録し、123秒でキーA40−1が押されると、被診断者による反応として表示・記録の処理が行われる(図8の第1試行参照)。さらに、続く124秒〜239秒の間にキーA40−1が押されたとしても、演算装置11は、誤反応として記録し、第2試行の反応すべき時刻である240秒を経過した後の最初のキー押下を、被診断者の反応とみなして表示・記録の処理を行う(図8の第2試行の257秒)。
【0051】
また、被診断者が反応しなかった場合、すなわち、第n分〜第n+1分の間にキーA40−1が押されなかった場合には、演算装置11は、無反応として扱い、その第n試行に関しては反応時刻が記録されない(図8の第3試行参照)。無反応の試行があった場合には、1回分の誤反応として、記憶装置12に記録される。
【0052】
続いて、S26においては、演算装置11は、全15回の試行が終了したか否かを判定する。すなわち、演算装置11は、展望的記憶課題が開始されてから30分(第15試行の反応すべき時刻)経過してキーA40−1が押下されるか、若しくはキーA40−1が押下されないまま、32分を経過した(無反応)場合には、15回の試行が終了したとして、S40へと進み、DNNエラー発生可能性の診断を行う。全15回の試行が終了していない場合には、S22へと戻り、続いて次の試行が同様に繰り返される。
【0053】
次に、数値暗唱課題について説明する。数値暗唱課題が開始される(S30)と、S31において、演算装置11は、被診断者に暗唱させる1〜9までの数字からなる五桁の数値をランダムに決定し、図示しないスピーカーから音声によって呈示する。S31の終了後、4〜6秒経過すると、S32に進み、被診断者に対して暗唱数値を入力するための入力画面が、演算措置11によってディスプレイ20上に表示される。
【0054】
S31とS32の時間間隔は、4〜6秒の間でランダムに決定され、全15回の試行の平均が5秒になるように設定される。数値暗唱課題は、主課題である展望的記憶課題から注意を逸らすための副課題であり、暗唱数値の音声呈示から被診断者に回答させるまでに一定時間を置いたほうが注意を主課題から逸らす役割は大きくなる。一方、時間が長くなると副課題の難度が増してしまい好ましくない。よって、S31〜S32の時間間隔は、暗唱数値の桁数、被診断者の年齢や特性等の条件に鑑みて、適宜設定する必要があるが、本実施の形態では4〜6秒(平均5秒)に設定した。
【0055】
S32の数値入力画面は、図7に示されているように、「覚えた数値を入力してください」とのメッセージと共に、五桁の数値入力欄を呈示する。この数値入力画面は、15秒間呈示される。被診断者、この数値入力画面が呈示されている間に、キーボード30を用いて、暗唱した数値を入力する必要がある。
【0056】
続いて、S33に進み、演算装置11は、被診断者により入力された数値の正誤判定を行い、その結果を記憶装置12に記録する。この際、音声呈示された五桁の暗唱数値と、被診断者が入力した数値とが完全に一致すれば正解、完全に一致しない場合及び数値入力画面が表示されている15秒の間に被診断者が数値を入力しない場合には、不正解として扱われる。
【0057】
続いて、S34に進み、S26と同様に、展望的記憶課題の全15試行が終了しているか否かが判定され、終了していない場合には、S31へと戻り、数値暗唱課題が繰り返される。また、展望的記憶課題が終了している場合には、S40へと進み、図8に示す記憶装置12に記録されている情報に基づいて、DNNエラーの発生可能性が診断される。このように、副課題の数値暗唱課題は、主課題である展望的記憶課題が行われている間、主課題から注意を逸らすための課題として、ずっと並行して行われることになる。
【0058】
次に、S40でのDNNエラー発生可能性の診断処理について詳細に説明する。図9は、この診断基準を示す図である。同図に示すように、本実施形態に係る診断処理では、平均反応誤差、誤反応数及び数値暗唱正答率の3つの診断指標を用いる。
【0059】
平均反応誤差とは、記憶装置12に記録されている各試行の反応すべき時刻と反応時刻との差分(反応誤差)の平均である。図8に示す例では、第1試行の反応誤差は0秒、第2試行の反応誤差は17秒、第4試行の反応誤差は1秒となる。なお、平均反応誤差を求めるにあたって、無反応(図8の第3試行)や誤反応は考慮に入れない。
【0060】
S40において、演算装置11は、記憶装置12に記録されている情報から平均反応誤差を算出し、平均反応誤差が15秒以上であれば、DNNエラー発生可能性が大きいと判定する。
【0061】
誤反応数とは、上述したS25において、誤反応(無反応含む)として記憶装置12に記録されている数である。S40において、演算装置11は、記憶装置12に記録されている誤反応数が5回以上であれば、注意分割場面である展望的記憶課題が適切に行われていなかったものとして、判定不能とする。
【0062】
数値暗唱正答率とは、上述したS33において、記憶装置12に記録されている数値暗唱課題の正誤判定結果から算出することができる。S40において、演算装置11は、記憶装置12に記録されている正答率が0.7未満の場合にも、注意分割場面である展望的記憶課題が適切に行われていなかったものとして、判定不能とする。
【0063】
S40における各閾値は、本実施形態に係るDNNエラー模擬課題の各条件を考慮して、テスト診断を行って経験則的に設定したものであるが、これらの閾値は状況や条件に併せて適宜変更可能である。
【0064】
診断結果は、ディスプレイ20上に表示されても良いし、図示しないネットワークを介してサーバに集めて集計したり、プリンタ等の出力機器により紙に印刷して出力したりしても良い。
【0065】
ここで、本実施形態に係るDNNエラー模擬課題により、DNNエラーの発生可能性を診断できる理由について詳細に説明する。DNNエラーとは、図4及び図5を参照して説明したように、将来実行しなければならない行為や判断(本実施形態では、2n分毎のキー押し)に向けるべき注意が他の事象(本実施形態では、数値暗唱)に逸れたために生じる、やるべき行為や判断の省略エラーである。
【0066】
図10は、DNNエラーの発生を説明するためのモデルを示す図である。図10(a)は、将来実行しなければならない行為や判断が正しく実行されているときのモデル、図10(b)は、注意が逸れたために、将来実行しなければならない行為や判断が実行されなかったときのモデルを示す図である。
【0067】
図10(a)に示すように、将来実行すべきスキーマに注意を向け続けることができていれば、実行すべき時刻になったときに実行すべきスキーマが正しく刺激(活性化)され、実行すべき行為や判断が正しく実行されることになる。
【0068】
本実施形態に当て嵌めれば、2分経過する毎にキーAを押すというスキーマ(展望的記憶課題)に対して、被診断者が注意を向け続けることができていれば、2分毎にキーAを押すという行為を正しく実行できることになる。
【0069】
なお、本実施形態の実行すべきスキーマは、2分毎に行わなければならないため、被診断者は、自ら時刻(経過時間)を確認し続ける必要がある。すなわち、本実施形態では、スキーマを実行する際に時刻(経過時間)を確認するというサブスキーマも課されていることになる。但し、このサブスキーマは、最終的に実行すべきスキーマ(2分毎にキー押し)に注意が向け続けられていれば、適宜時刻(経過時間)を確認する必要が生じ、活性化(刺激)されるものである。
【0070】
これに対して、図10(b)に示すように、注意が他の事象に逸れ、将来実行すべきスキーマに正しく注意を向け続けることができない場合には、実行すべき時刻に実行すべきスキーマが正しく刺激(活性化)されず、実行すべき行為や判断が行われなかったり、遅れて行われたりすることになる。
【0071】
本実施形態に当て嵌めれば、2分経過する毎にキーAを押すというスキーマ(展望的記憶課題)に対して向け続けなければ注意が、数値暗唱課題に逸れてしまい、2分経過した時にキーAが押されなかったり、遅れて押されたりすることになる。
【0072】
このように、本実施形態に係る展望的記憶課題及び数値暗唱課題の組み合わせからなるDNNエラー模擬課題における、無反応や反応の遅れはDNNエラーそのものである。したがって、上述した平均反応誤差、誤反応数、数値暗唱正答率によってDNNエラーの発生可能性を診断することが可能となる。
【0073】
ここで、本実施形態に係るヒューマンエラー診断システム1の上述した診断機能は、PC本体10にこれらの機能を実現するためのプログラムをインストールすることで実現される。
【0074】
以上、詳細に説明したように、本実施形態に係るヒューマンエラー診断システムによれば、認知的発生メカニズムのモデルに基づき分類されたDNNエラーの発生可能性を的確に診断することが可能である。また、この診断結果に基づき、DNNエラー発生可能性の高い個人に対して、DNNエラーに対する注意を促したり、DNNエラー防止訓練を実施したりすることができ、ヒューマンエラーの発生を効果的に防止することができる。また、DNNエラーの発生可能性を考慮した人材配置を行うことでも、効果的にヒューマンエラーの発生を効果的に防止することが可能になる。
【0075】
なお、本実施形態は上記構成に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲内で種々の変形が可能である。
例えば、本実施形態では、2n分経過後のキーA押しのみを、被診断者の反応として扱うようにし、被診断者が焦る等して、2n分よりも前に(例えば1,2秒前に)反応するといった、いわゆる焦燥反応を無視しているが、これを考慮するように構成しても良い。
【0076】
また、本実施形態では、数値暗唱課題として、1〜9の数字からなる五桁の数値を用いたが、各桁の数字が0を含む数字であっても良いし、数値の桁数も五桁に限らず、三桁や六桁であっても良い。
【0077】
また、本実施形態では、キーB40−2が押されることで、ディスプレイ20上に経過時間が2秒間表示されるように構成したが、表示される時間は、2秒間に限られるものではなく、被診断者が経過時間を確認するのに十分な時間であれば良い。
【0078】
また、ディスプレイ上に経過時間を表示するのではなく、周囲に配置されている時計を用いても良い。但し、この場合には、周囲の時計とタイマー13とを正確に同期させる必要がある。また、自発的に時間の確認を行わせるために、時計を裏返しておいたり、被診断者の視界から外れた場所に時計を配置したりすることが望ましい。
【0079】
また、経過時間は、ディスプレイ20上に、常時表示されるような構成にしても良い。但し、この場合には、被診断者に対して、展望的記憶課題を実行するべき時間になったことを示す乏しい手掛かりが常時呈示されることになるため、課題の難易度が下がり、被診断者間のばらつきが少なくならないように留意する必要がある。
【0080】
また、本実施形態では、展望的記憶課題と数値暗唱課題とを並行して行っているため、被診断者にとって、展望的記憶課題の実行と数値暗唱課題の実行とが同じタイミングに重なって要求される可能性がある。このような場合であっても、展望的記憶課題はキー押しという単純作業であり、ほとんど影響はないが、両課題が重なりそうな場合には、数値暗唱課題の暗唱数値の音声呈示(S31)と入力画面呈示(S32)間の時間(4〜6秒)を調整することで、重ならないようにするように構成しても良い。
【0081】
(第2の実施形態)
次に、本発明の第2の実施形態について説明する。第2の実施形態に係るヒューマンエラー診断システムは、第1の実施形態に係るヒューマンエラー診断システムとほぼ同様の構成を有しているので、同様の構成については説明を省略し、異なる構成についてのみ詳細に説明する。
【0082】
第2の実施形態に係るヒューマンエラー診断システム1は、上記(9)VNNタイプのエラー(以下、「VNNエラー」とする)の発生可能性を診断するシステムである点で、第1の実施形態と異なっている。よって、本実施の形態では、VNNエラーの発生可能性を診断するための課題として、被診断者に長時間注意の持続を要求するため、第1の実施形態よりも時間間隔の長い長時間の展望的記憶課題から構成されるVNNエラー模擬課題を採用している。
【0083】
第2の実施形態に係る長時間の展望的記憶課題は、7分経過する毎に、被診断者にキーA40−1を押して反応することを要求する試行を、計15回行わせる課題である。VNNエラーの発生可能性診断においては、被診断者の展望的記憶課題に対する成績に適度なばらつきが生じる必要があり、また被診断者に対して長時間の注意の持続を要求する必要がある。
【0084】
本実施形態では、実際に幾つかの時間間隔を設定して課題を実行した上で、経験則的に適切な診断結果が得られた7分に設定している。もちろん、被診断者の年齢や特性、他の条件等に応じて、この時間間隔や試行数を調整しても良いが、経験則的に5分以上の時間間隔が適切であった。また、時間間隔が長過ぎると、診断時間も長くなってしまうため、効率的に診断するためには、5分〜15分の時間間隔がより好ましい。
【0085】
図面を参照して、本実施形態に係るVNNエラー模擬課題の処理の流れを詳細に説明する。図11は、第2の実施形態に係るVNNエラー模擬課題の流れを示すフローチャートである。VNNエラー模擬課題を構成する長時間の展望的記憶課題は、各試行の時間間隔を除いて、DNNエラー模擬課題の主課題である展望的記憶課題と同じ処理である。
【0086】
S50において、被診断者がキーボード30等の入力装置を操作して診断を開始すると、S60に進み、長時間の展望的記憶課題が開始される。S61では、タイマー13がリセットされ、経過時間の計時が開始される。S62では、被診断者による時間確認のためのキーB40−2押しが監視されており、キーB40−2が押されると、S63において、経過時間が被診断者に2秒間呈示される。
【0087】
また、S64では、被診断者によるキーA40−1押しが監視されており、7n分(第n試行)経過したと判断した被診断者がキーA40−1を押すと、S65において、反応時刻がディスプレイ20に表示されると共に、記憶装置12に記録される。どのタイミングでのキー押しを被診断者の反応として扱うのかといったことや、無反応・誤反応の判断方法、記録される情報は、第1の実施形態と同様である。
【0088】
続いて、S66において、全15回の試行が終了したか否かが判定される。すなわち、展望的記憶課題が開始されてから105分(第15試行の反応すべき時刻)経過してキーA40−1が押下されるか、若しくはキーA40−1が押下されないまま、112分を経過した(無反応)場合には、15回の試行が終了したと判定され、S70へと進む。S70においては、VNNエラー発生可能性の診断が行われる。全15回の試行が終了していない場合には、S62へと戻り、続いて次の試行が繰り返される。
【0089】
S70でのVNNエラー発生可能性の診断処理は、第1の実施形態と同様に、平均反応誤差及び誤反応数の診断指標を用いて行われる。但し、第2の実施形態では、副課題としての数値暗唱課題は課されないため、数値暗唱正答率は診断指標として用いられない。S70における判断基準は、第1の実施形態のS40と同様であり(図9参照)、平均反応誤差が15秒以上であれば、VNNエラー発生可能性が大きいと判定される。また、誤反応数が5回以上であれば、注意分割場面である展望的記憶課題が適切に行われていなかったものとして、判定不能とされる。
【0090】
S70における各閾値も、本実施形態に係るVNNエラー模擬課題の各条件を考慮して経験則的に設定したものであるが、各値は状況や条件に併せて適宜変更可能である。
【0091】
ここで、本実施形態に係るVNNエラー模擬課題により、VNNエラーの発生可能性を診断できる理由について詳細に説明する。VNNエラーとは、図4及び図5を参照して説明したように、将来実行しなければならない行為や判断(本実施形態では、7n分毎のキー押し)に向けるべき注意が減衰したために生じる、やるべき行為や判断の省略エラーである。
【0092】
図12は、VNNエラーの発生を説明するためのモデルを示す図である。図12(a)は、将来実行しなければならない行為や判断が正しく実行されているときのモデル、図12(b)は、注意が減衰したために、将来実行しなければならない行為や判断が実行されなかったときのモデルを示す図である。
【0093】
図12(a)に示すように、将来実行すべきスキーマに注意を向け続けることができていれば、実行すべき時刻になったときに実行すべきスキーマが正しく刺激(活性化)され、実行すべき行為や判断が正しく実行されることになる。
【0094】
本実施形態に当て嵌めれば、7分経過する毎にキーAを押すというスキーマ(長時間の展望的記憶課題)に対して、被診断者が注意を向け続けることができていれば、7分毎にキーAを押すという行為を正しく実行できることになる。
【0095】
これに対して、図12(b)に示すように、注意を向け続けることに疲れる等して注意が減衰し、将来実行すべきスキーマに正しく注意を向け続けることができない場合には、実行すべき時刻に実行すべきスキーマが正しく刺激(活性化)されず、実行すべき行為や判断が行われなかったり、遅れて行われたりすることになる。
【0096】
本実施形態に当て嵌めれば、7分経過する毎にキーAを押すというスキーマ(長時間の展望的記憶課題)に対して向け続けなければ注意が減衰してしまい、7分経過した時にキーAが押されなかったり、遅れて押されたりすることになる。
【0097】
このように、本実施形態に係る長時間の展望的記憶課題により構成されるVNNエラー模擬課題における、無反応や反応の遅れはVNNエラーそのものである。したがって、上述した平均反応誤差、誤反応数によってVNNエラーの発生可能性を診断することが可能となる。
【0098】
ここで、本実施形態に係るヒューマンエラー診断システム1の上述した診断機能は、PC本体10にこれらの機能を実現するためのプログラムをインストールすることで実現される。
【0099】
以上、詳細に説明したように、本実施形態に係るヒューマンエラー診断システムによれば、認知的発生メカニズムのモデルに基づき分類されたVNNエラーの発生可能性を的確に診断することが可能である。また、この診断結果に基づき、VNNエラー発生可能性の高い個人に対して、VNNエラーに対する注意を促したり、VNNエラー防止訓練を実施したりすることができ、ヒューマンエラーの発生を効果的に防止することができる。また、VNNエラーの発生可能性を考慮した人材配置を行うことでも、ヒューマンエラーの発生を効果的に防止することが可能になる。
【0100】
以上、第1及び第2の実施形態に基づいて、本発明について詳細に説明したが、本発明の実施形態は、これらに限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲内で種々の変形が可能である。
【0101】
例えば、第1及び第2の実施形態における試行回数等は適宜変更可能であり、回数を多くすれば、より的確な診断を行うことができる。また、展望的記憶課題に関して、各試行の時間間隔を、第1の実施形態では2分、第2の実施形態では7分と一定の間隔としたが、各試行で時間間隔を異ならせるようにしても良い。但し、課題の難易度が高くなり過ぎ、ニューマンエラーの発生可能性を適切に診断できなくならないように留意する必要がある。
【0102】
また、本実施形態のヒューマンエラー分類システムは、被診断者が課題に対して反応するための専用の入力装置として、専用キー40を備えているが、汎用のマウスやキーボード等を反応のための入力装置として使用しても良い。
【0103】
また、第1及び第2の実施の形態においては、図4及び図5に示すエラー分類体系に基づいて分類されたDNNエラー及びVNNエラーの発生可能性を診断しているが、本発明の診断対象であるエラータイプはこの2つのエラータイプに限定されるものではない。すなわち、第1及び第2の実施形態に係る展望的記憶課題によれば、将来実行しなければならない行為や判断に十分に注意が向けられないために生じる、やるべき行為や判断が省略されるタイプのエラーの発生可能性を診断することが可能である。そして、エラータイプに合わせて、各試行の時間間隔を調整したり、副課題として数値暗唱課題等の別の課題を加えたりすることで、よりそのエラータイプに即したエラー発生可能性を診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0104】
【図1】図1は、本発明の第1の実施形態に係るヒューマンエラー診断システムの概略構成を示す図である。
【図2】図2は、本発明の第1の実施形態に係るヒューマンエラー診断システムが対象とするヒューマンエラーの範囲を示す図である。
【図3】図3は、本発明の第1の実施形態に係る良定義エラーの発生を説明するためのモデルを示す図である。
【図4】図4は、本発明の第1の実施形態に係る認知的発生メカニズムのモデルに基づくヒューマンエラー分類体系を示す図である。
【図5】図5は、本発明の第1の実施形態に係るエラータイプの詳細を説明する図である。
【図6】図6は、本発明の第1の実施形態に係るDNNエラーの発生可能性を診断するための処理の流れを示すフローチャートである。
【図7】図7は、本発明の第1の実施形態に係るDNNエラー模擬課題の内容を説明するための図である。
【図8】図8は、本発明の第1の実施形態に係るDNNエラー模擬課題において記録される情報を説明するための図である。
【図9】図9は、本発明の第1の実施形態に係るDNNエラー模擬課題のける診断基準を示す図である。
【図10】図10は、本発明の第1の実施形態に係るDNNエラーの発生を説明するためのモデルを示す図である。
【図11】図11は、本発明の第2の実施形態に係るVNNエラーの発生を診断するための処理の流れを示すフローチャートである。
【図12】図12は、本発明の第2の実施形態に係るVNNエラーの発生を説明するためのモデルを示す図である。
【符号の説明】
【0105】
1 ヒューマンエラー診断システム
10 PC本体
11 演算装置
12 記憶装置
13 タイマー
20 ディスプレイ
30 キーボード
40 専用キー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の課題を被診断者に実行させて、ヒューマンエラーの発生可能性を診断するヒューマンエラー診断システムにおいて、
種々の演算処理を行う演算装置と、被診断者が前記課題を実行する際に使用する入力装置と、前記課題を実行するための情報及び前記課題に対する被診断者の反応に関する情報を保持する記憶装置と、前記課題を被診断者に呈示するための表示装置とを備え、
前記記憶装置は、前記所定の課題として、所定の時刻に所定の反応を被診断者に求める展望的記憶課題に関する情報を保持しており、
前記演算装置は、前記展望的記憶課題に対して被診断者が前記入力装置を介して反応した時刻を前記記憶装置に記録すると共に、前記所定の時刻と被診断者が反応した時刻との差分に基づき、将来実行すべき行為や判断が省略されるタイプのヒューマンエラーの発生可能性を診断することを特徴とするヒューマンエラー診断システム。
【請求項2】
前記展望的記憶課題は、一定の時間間隔で所定の反応を、複数回求める課題であることを特徴とする請求項1記載のヒューマンエラー診断システム。
【請求項3】
前記一定の時間間隔は、1分〜3分間隔であることを特徴とする請求項2記載のヒューマンエラー診断システム。
【請求項4】
前記演算装置は、前記入力装置を介して被診断者から時刻確認の要求があると、前記表示装置に時刻を所定の時間表示することを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項記載のヒューマンエラー診断システム。
【請求項5】
前記記憶装置は、さらに被診断者の注意を前記展望的記憶課題から逸らすための暗唱課題に関する情報をさらに保持しており、
前記演算装置は、前記展望的記憶課題と前記暗唱課題を並行して被診断者に呈示し、前記暗唱課題に対する被診断者の前記入力装置を介した反応情報も前記記憶装置に記録すると共に、前記暗唱課題に対する反応情報にも基づいて、将来実行すべき行為や判断が省略されるタイプのヒューマンエラーの発生可能性を診断することを特徴とする請求項1乃至4の何れか1項記載のヒューマンエラー診断システム。
【請求項6】
演算装置、記憶装置、入力装置及び表示装置を備えたヒューマンエラー診断システムにより、被診断者に所定の課題を実行させて、ヒューマンエラーの発生可能性を診断するヒューマンエラー診断方法であって、
前記演算装置が、前記記憶装置に格納されている、所定の時刻に所定の反応を被診断者に求める展望的記憶課題を前記表示装置に呈示する呈示工程と、
前記展望的記憶課題に対して前記入力装置を介して被診断者が反応した時刻を前記記憶装置に記録する記録工程と、
前記演算装置が、前記所定の時刻と被診断者が反応した時刻との差分に基づき、将来実行すべき行為や判断が省略されるタイプのヒューマンエラーの発生可能性を診断する診断工程と、を備えたことを特徴とするヒューマンエラー診断方法。
【請求項7】
前記呈示工程は、前記展望的記憶課題を呈示する際に、被診断者の注意を前記展望的記憶課題から逸らすための暗唱課題を並行して被診断者に呈示する工程であることを特徴とする請求項6記載のヒューマンエラー診断方法。
【請求項8】
演算装置、記憶装置、入力装置及び表示装置を備えたコンピュータに、被診断者に所定の課題を実行させて、ヒューマンエラーの発生可能性を診断する作業を実行させるためのヒューマンエラー診断プログラムであって、
前記演算装置が、前記記憶装置に格納されている所定の時刻に所定の反応を被診断者に求める展望的記憶課題を前記表示装置に呈示する呈示ステップと、
被診断者が前記展望的記憶課題に対して前記入力装置を介して反応した時刻を前記記憶装置に記録する記録ステップと、
前記演算装置が、前記所定の時刻と被診断者が反応した時刻との差分に基づき、将来実行すべき行為や判断が省略されるタイプのヒューマンエラーの発生可能性を診断する診断ステップと、をコンピュータに実行させることを特徴とするヒューマンエラー診断プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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