説明

ヒ素の電気化学的測定方法及び装置

【課題】電気化学的方法によるヒ素又はヒ素化合物の検出・濃度測定を、簡便な操作及び装置で、高精度かつ高感度に行うことができる測定方法及び装置を提供する。
【解決手段】試料溶液に金を添加する工程、導電性ダイヤモンド電極の電位を負電位方向に変動させて、前記導電性ダイヤモンド電極表面にヒ素及び金を電着させる電着工程、並びに、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を正電位方向に掃引して、前記導電性ダイヤモンド電極表面に電着したヒ素を前記試料溶液中に溶出させる溶出工程を備えているようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電気化学的手法によるヒ素又はヒ素化合物の検出・濃度測定を、簡便な操作及び装置で、高精度かつ高感度に行うことができる測定方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒ素(As)は飲料水や食物を介して人体に入りやすい元素であり、人体に蓄積されるとヒ素中毒症を引き起こし、死に到らしめる極めて有害な元素である。
【0003】
ヒ素鉱山では、ヒ素含有鉱物を採掘して無水亜ヒ酸を製造しており、亜鉛精錬所では、カドミウムを還元回収する際の脱カドミ浄液工程でアルシン(AsH)が発生する。また、ヒ化ガリウム(GaAs)やヒ化イリジウム(IrAs)を取り扱う半導体工場においてもヒ素化合物を含む廃棄物が発生し、更に、光学ガラスや電気ガラス等の特殊ガラスを製造する過程で清澄剤として無水亜ヒ酸が使用される場合もある。このため、これらの施設からの排水中にヒ素が含まれる可能性がある。更に、ヒ素化合物が木材の防腐剤やシロアリ駆除剤として使用された時期もある。そして、このようなヒ素が地下水に溶け出し、飲料水として人体に取りこまれると、上述のとおりヒ素中毒症を引き起こす恐れがある。
【0004】
このようなヒ素は、水質汚濁防止法では排水基準が0.1ppm(100ppb)以下に規制され、また、WHOの飲料水基準では0.01ppm(10ppb)以下に規制されている。このため、排水や飲料水中のヒ素やヒ素化合物の濃度を簡便に、かつ精度良く検出する方法が求められている。
【0005】
ヒ素を電気化学的に測定する方法としては、例えば、特許文献1〜3に記載の方法等が知られている。しかしながら、特許文献1に記載の方法では、作用電極として金電極を用いているので、As(III)を金電極の表面に電着させて検出することは可能であるが、酸化還元電位の大きい高酸化数のAs(V)を電着させるために大きな負電位を印加すると、電着反応の競合反応として水の電気分解反応が起こり電極表面に水素が発生しやすい一方、As(V)の電着反応が起こりにくくなるので、その検出は困難である。
【0006】
また、特許文献2に記載の方法では、作用電極としてIrイオンが注入されたボロンドープダイヤモンド電極が用いられているが、この電極でも、As(III)→As(V)の酸化電流を直接検出することにより、As(III)の濃度を測定することは可能である。しかしながら、As(V)の濃度を測定することはできない。
【0007】
更に、特許文献3に記載の方法では、作用電極として金が表面に付着したボロンドープダイヤモンド電極(以下、BDD−Au電極という。)が用いられているが、低濃度のAs(V)に対する感度が充分でなく、250ppb以下の濃度のAs(V)を検出することは困難である。また、BDD−Au電極は、ロットごとの差も大きく、信号量や電気寿命等にバラツキがあった。更に、BDD−Au電極を繰り返し使用すると表面に付着した金が溶出することがあり、このため更に感度が低下し、再現性が得られにくいという問題を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−304081
【特許文献2】特開2006−98281
【特許文献3】特開2008−216061
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、電気化学的手法によるヒ素又はヒ素化合物の検出・濃度測定を、簡便な操作及び装置で、高精度かつ高感度に行うことができる測定方法及び装置を提供すべく図ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち本発明に係るヒ素の電気化学的測定方法は、試料溶液中のヒ素の濃度を、対電極と導電性ダイヤモンド電極からなる作用電極とを用いて電気化学的に測定する方法であって、前記試料溶液に金を添加する工程、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を負電位方向に変動させて、前記導電性ダイヤモンド電極表面にヒ素及び金を電着させる電着工程、並びに、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を正電位方向に掃引して、前記導電性ダイヤモンド電極表面に電着したヒ素を前記試料溶液中に溶出させる溶出工程を備えていることを特徴とする。
【0011】
このようなものであれば、試料溶液に金を添加して、ヒ素と金とを試料溶液中に共存させて、前記導電性ダイヤモンド電極の表面にヒ素と金とを共に電着させることにより、低濃度のヒ素であっても極めて高感度に分析することが可能となる。これは、金が予め電極表面に付着している場合と比べて、電極反応の活性サイトとして触媒的に機能する金とヒ素との接触確率が飛躍的に増大し、ヒ素の電極反応が大幅に促進されるためであると考えられる。このため、本発明によれば、BDD−Au電極を用いた従来法では測定条件を最適化しても困難であった250ppb以下のヒ素の検出も可能となり、感度が飛躍的に向上した。
【0012】
また、特許文献3に記載の方法では、予めボロンドープダイヤモンド電極の表面に金を付着させることが必要であるが、本発明では、試料溶液に金を添加しさえすればよく、その操作は極めて簡便である。更に、本発明では、試料溶液に金を添加すればよいので、BDD−Au電極を用いる場合には必要である、ロット間の性能均一化のための高度な制御も不要である。
【0013】
本発明で用いられる導電性ダイヤモンド電極としては、13族又は15族の元素の混入により導電性が付与されたダイヤモンド薄膜を有するものが挙げられ、なかでも、ホウ素、窒素、及び、リンからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素を混入したものが好ましく、特に、ホウ素を混入したボロンドープダイヤモンド電極が好適である。
【0014】
炭素電極等では、−1.0V程度の負電位を印加すると、電着反応の競合反応として水の電気分解反応が起きて水素が発生しやすいため、As(V)の電着が起こりにくく、かつ電極が劣化するという問題があるが、ボロンドープダイヤモンド電極では、−1.0V程度の負電位を印加してもこのような問題が起こりにくい。
【0015】
前記試料溶液は、塩化物イオン濃度が1.5〜2.5Mであり、また、pHが酸性であることが好ましい。ここでpHは0.5〜1.5であることがより好ましい。この条件下で本発明に係るヒ素の電気化学的測定方法を実施すると、ヒ素の検出感度が大幅に向上する。例えば、試料溶液中にNaClを2Mの濃度となるように加え、pHを1.0に調整することにより、特許文献3に記載の条件下(PBS 0.1M、pH5.0)と比べて、50倍程度の高感度が実現される。これは、塩化物イオン濃度が1.5〜2.5Mで、pHが0.5〜1.5であると、ヒ素イオン及び金イオンがそれぞれ塩化物イオンと錯体を形成し、安定化することにより、ヒ素イオンが金イオンの間に均一に分散した状態で電極表面に電着し、金とヒ素との接触面積が更に増大されるためであると考えられる。
【0016】
また、塩化物イオン濃度が上記範囲内であれば、電流ピークそのものの半値幅が極めて小さく、鮮明なピークを得ることができる。これは、ヒ素イオン及び金イオンの塩化物イオンとの錯体形成が電子移動速度に影響を与えることに起因する。また、そのことにより、他の金属等の妨害物質の干渉をほとんど受けることがない。更に、塩化物イオン濃度が上記範囲内であれば、Clイオンが大過剰に存在するので、Br等のアニオンの影響も排除できる。
【0017】
前記金の添加量は、試料溶液中のヒ素に対して大過剰であればよく、ヒ素の濃度に応じて適宜選択すればよいが、例えば、試料溶液中の金の濃度が10〜1000ppmになるように添加すればよい。
【0018】
本発明に係るヒ素の電気化学的測定方法は、例えば以下のような構成を有する測定装置によって実施することができる。即ち、金を添加した試料溶液中のヒ素の濃度を電気化学的に測定するための装置であって、対電極、及び、その電極表面にヒ素及び金を電着させる導電性ダイヤモンド電極からなる作用電極を内蔵するセルと、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を負電位方向に変動させて、前記導電性ダイヤモンド電極表面にヒ素及び金を電着させる電位を供給し、次いで、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を正電位方向に変動させて、前記導電性ダイヤモンド電極表面に電着したヒ素を前記試料溶液中に溶出させる電位を供給する電位変動手段と、前記導電性ダイヤモンド電極の電位の変動に伴う電流変化を検出する検出手段と、前記検出手段により検出された電流変化から、ヒ素の濃度を算出する情報処理装置と、を備えていることを特徴とする。このようなヒ素の電気化学的測定装置もまた、本発明の1つである。
【発明の効果】
【0019】
このように本発明によれば、電気化学的反応を利用してヒ素の検出・濃度測定を行う際に、試料溶液に金を添加することにより、簡便な操作及び装置で、高精度かつ高感度に、再現性良くヒ素の検出・濃度測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施形態に係る電気化学的測定装置の概要図である。
【図2】ボロンドープダイヤモンド電極を用いて、As(V)溶液の電気化学的測定を行い得られた結果を示すグラフであり、(a)はボルタモグラムであり、(b)はAs(V)濃度と検出電流値の相関関係を示すグラフである。
【図3】BDD−Au電極を用いて、As(V)溶液の電気化学的測定を行い得られた結果を示すグラフであり、(a)はボルタモグラムであり、(b)はAs(V)濃度と検出電流値の相関関係を示すグラフである。
【図4】ボロンドープダイヤモンド電極を用いて、pHを変えて、As(III)溶液の電気化学的測定を行い得られたボルタモグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明の一実施形態について図面を参照して説明する。
【0022】
本実施形態に係る電気化学的測定装置1は、図1に模式的に示すように、電気化学的測定用のバッチセルを用いたものである。
【0023】
本実施形態に係る電気化学的測定装置1は、ボロンドープダイヤモンド電極2、対電極3及び参照電極4と、これら3本の電極が内蔵された測定セル5と、を備えており、ボロンドープダイヤモンド電極2、対電極3及び参照電極4は、ポテンショガルバノスタット7に接続され、更にポテンショガルバノスタット7には情報処理装置8が接続されている。また、測定セル5には、試料溶液Sを攪拌する攪拌子6が設けられている。
【0024】
以下に各部を説明する。ボロンドープダイヤモンド電極2は、絶縁体であるダイヤモンドにホウ素が混入されることにより導電性が付与されたものであり、電気化学的測定装置1において作用電極として機能するものである。高濃度でホウ素をドープしたボロンドープダイヤモンド電極2は、電位窓が広く(酸化電位及び還元電位が広い)、他の電極材料と比較してバックグラウンド電流が低く、酸化還元種に対して感度が高く、金や白金等に比べて電極表面に物理的吸着が生じにくいため酸素・水素発生以外のピークが出にくい、といった優れた性質を有している。また、ボロンドープダイヤモンド電極2は、化学的耐久性、機械的耐久性、電気伝導度、耐腐食性等にも優れている。更に、ボロンドープダイヤモンド電極2はその硬度から化学的・物理的な洗浄を行ないやすく、電極表面を清浄な状態に維持しやすいという利点も有する。
【0025】
ダイヤモンドに導電性を付与するために混入するホウ素の添加量は、ダイヤモンドに導電性を付与できる範囲で適宜決定されればよいが、例えば1×10−2〜10−6Ωcm程度の導電性を与える量であることが好ましい。
【0026】
ボロンドープダイヤモンドそれ自体を基材の支持によらず電極とすることも可能であるが、基材上にボロンドープダイヤモンドの薄膜を形成し、この薄膜に導線を接続させ、電極とすることが好ましい。前記基材としては、Si(例えば、単結晶シリコン)、Mo、W、Nb、Ti、Fe、Au、Ni、Co、Al、SiC、Si、ZrO、MgO、黒鉛、単結晶ダイヤモンド、cBN、石英ガラス等が挙げられ、なかでも単結晶シリコン、Mo、W、Nb、Ti、SiC、単結晶ダイヤモンドが好適に用いられる。
【0027】
ボロンドープダイヤモンド薄膜の厚さは特に限定されないが、1〜100μm程度であることが好ましく、より好ましくは5〜50μm程度である。
【0028】
ボロンドープダイヤモンド電極2の形状としては、棒状又は平面状のいずれでもよい。また、電極表面はas−grownのままでも良いが、水素アニール、電解酸化等の化学的表面処理や各種研磨による平坦化等の表面形状の物理的処理が施されていてもよい。
【0029】
対電極3は電解電流を補償するものであり、例えば、白金、炭素、ステンレス、金、ダイヤモンド、SnO等からなる電極を用いることができる。
【0030】
参照電極4としては公知のものを利用することができ、例えば、銀塩化銀電極、カロメル電極、標準水素電極、水素パラジウム電極等を用いることができる。
【0031】
測定セル5は、その内部に試料溶液Sを貯留し、当該試料溶液Sがボロンドープダイヤモンド電極2、対電極3及び参照電極4と接触できるよう構成されているものである。測定セル5は、その内部に試料溶液Sを貯留することができれば材質は特に限定されないが、例えば、できるだけ不純物の溶出を抑えられるポリテトラフルオロエチレン等の樹脂製であることが好ましい。
【0032】
撹拌子6は、測定セル5に貯留された試料溶液Sを撹拌するものである。撹拌子6が試料溶液Sを攪拌することによって、ボロンドープダイヤモンド電極2にヒ素及び金を電着させる際の効率が向上する。撹拌子6は、その羽の形状や材質、羽の動作方法は特に限定されないが、試料溶液Sの充分な攪拌が可能であり、かつ不純物や微粉末等の発生や、電極表面からの気泡発生をできるだけ抑制できるものが好ましく、例えば、十字型攪拌子が好適に用いられる。
【0033】
ポテンショガルバノスタット7は、ボロンドープダイヤモンド電極2の電位を参照電極4に対して一定にした状態で、ボロンドープダイヤモンド電極2と対電極3との間に発生した電流を検出し、その検出信号を情報処理装置8に伝達するものである。ポテンシオスタット7は、電位を一定に保つ機能のほか、電位を一定速度で走査したり、指定した電位に一定時間ごとにステップしたりする機能を持つ。これらの機能は、1台に搭載する必要はなく、例えば電位保持機能と電位走査機能が別体に設けてあってもよい。
【0034】
情報処理装置8は、CPUや、メモリ、入出力チャンネル、キーボード等の入力手段、ディスプレイ等の出力手段、A/D変換器、D/A変換器等を備えた汎用乃至専用のものであり、前記CPU及びその周辺機器が、前記メモリの所定領域に格納されたプログラムに従って協働動作することにより、ポテンショガルバノスタット7で検出された信号が解析され、ヒ素の検出、濃度測定が行われる。なお、情報処理装置8は、物理的に一体である必要はなく、有線又は無線により複数の機器に分割されていてもよい。
【0035】
次に、電気化学的測定装置1を用いてストリッピングボルタンメトリーによりヒ素を検出する方法について説明する。まず、測定対象のヒ素を含有しないキャリア溶液のみを測定セル5に注入し、いわゆるバックグラウンド電流をできるだけ小さくし、かつ安定させる。次に、ヒ素を含有する試料溶液SにHClを0.1Mとなるように加えpHを1にし、NaClを2Mの濃度となるように加える。更に、金イオンの濃度が100ppm程度になるようにAuCl(塩酸中で[AuClとして存在)等の金化合物を添加する。このように調整した後の試料溶液Sを測定セル5に注入する。なお、試料溶液Sへの、HCl及びNaClの添加と金化合物の添加の順番は、どちらが先であってもよい。
【0036】
試料溶液Sを攪拌しながら、ポテンシオスタット7を用いてボロンドープダイヤモンド電極2の電位を負電位の方向に変動させることにより、ヒ素及び金をボロンドープダイヤモンド電極2の表面に電着させる。この際、As(III)を検出対象とする場合は、電位を−0.1Vにし、As(V)又はAs(III)とAs(V)とを共に検出対象とする場合は、2段階で電位を変動させ、まず、電位を−1.0VにしてAs(V)を還元し、次いで、電位を−0.1Vにする。いずれの場合も電位を−0.1Vにした後は、しばらくの間ボロンドープダイヤモンド電極2の電位を−0.1Vに保持することによりヒ素を濃縮し充分に電着させることができる。
【0037】
As(V)又はAs(III)とAs(V)とを共に検出対象とする電着工程における電気化学反応について、以下に、より詳細に説明する。
As(V)の標準酸化電位は次の通りである。
2HAsO+6H+4e=As+5H
(E=−0.036VvsAg/AgCl)
As+HO=2HAsO
HAsO+3H+3e=As+2H
(E=−0.036VvsAg/AgCl)
【0038】
このように、As(V)がボロンドープダイヤモンド電極2の表面に電着(析出)するまでには、還元反応と電着反応との2段階の反応がある。このため、As(V)を電着させるには、まず、電位を−1.0VにしてAs(V)をAs(III)に還元し、次いで、電位を−0.1VにしてAs(III)を電極2の表面に電着させる。
【0039】
ところで、炭素電極等では、−1.0V程度の負電位でも、電着と競合して起こる水の電気分解によって電極表面に水素が発生するので、As(V)が電着しにくくなるとともに、グラッシーカーボンからなる電極では、−1.0V程度の負電位で電極自体も劣化する。これに対し、ボロンドープダイヤモンド電極2は、−1.0V程度までは電極表面に水素が発生しにくく、劣化の問題も生じない。
【0040】
なお、特許文献3に記載のBDD−Au電極を用いた場合では、As(V)を電着するために−1.5Vという大きな負電位を印加しているが、この際に発生する水素により、予め電極表面に付着させた金が不安定になる。そして、このことに起因して、BDD−Au電極を用いた場合は、250ppb以下のヒ素の検出が困難となると考えられる。
【0041】
本実施形態では、まず、電位を−1.0Vに保持して、次いで、水素の発生を避けるために、電位を−0.1Vとし、この電位に所定時間(10秒〜30秒)保持する。これにより、As(V)及びAs(III)が金と共にボロンドープダイヤモンド電極2の表面に電着する。これは、電位を−1.0Vに保持した段階でAs(V)がAs(III)の状態に還元されており、これがAs(III)の電着電位において電着してくるためであると考えられる。
【0042】
一方、As(III)のみを検出対象とする場合は、電位を−0.1Vに保持することにより、As(III)が金と共にボロンドープダイヤモンド電極2の表面に電着する。
【0043】
ボロンドープダイヤモンド電極2の表面にヒ素及び金が電着したら、撹拌子6を停止し、ポテンシオスタット7により、ボロンドープダイヤモンド電極2の電位を−0.1Vから正電位方向に掃引して、ヒ素を試料溶液S中に溶出させる。
【0044】
ヒ素が溶出すると、これに伴い電流が発生する。この際、As(V)とAs(III)とを検出対象として2段階で負電位を印加した場合は、試料溶液S中に存在していたAs(V)とAs(III)との合計量を、As(III)のピーク電流値として検出することができる。
【0045】
このような電気化学的反応によって発生した電流値(電気信号)はポテンシオスタット7に伝達され各電極における信号の制御・検出が行われる。ポテンシオスタット7で検出された信号は情報処理装置8に送信され、予め作成されたヒ素の濃度と電流値との検量線と、得られた電流値とが対比されて、試料溶液中のヒ素濃度が算出される。
【0046】
この際、まず、As(V)とAs(III)とを検出対象として測定を行い、次いで、As(III)のみを検出対象として測定を行い、As全量(As(III)+As(V))の濃度からAs(III)のみの濃度を差し引くことにより、As(V)の濃度を算出することができる。
【0047】
電位の掃引が終わったあと、ボロンドープダイヤモンド電極2の電位を+1.0Vで保持することにより、電着した金及び残留ヒ素は溶出するので、ボロンドープダイヤモンド電極2を測定前の状態に戻して再生することができ、同じ電極を繰り返し使用することが可能となる。ボロンドープダイヤモンド電極2の再生は、一定電位の保持のみだけでなく、広い電位で繰り返し掃引を行うことによっても可能である。
【0048】
このように構成された本実施形態によれば、試料溶液Sに大過剰の金を添加して、金とヒ素とを試料溶液中に共存させて、ボロンドープダイヤモンド電極2表面にヒ素と金とを共に電着させることにより、BDD−Au電極を用いた場合と比べて、電極反応の活性サイトとして触媒的に機能する金とヒ素との接触確率が飛躍的に増大し、ヒ素の電極反応が大幅に促進されるので、ヒ素が低濃度であっても極めて高感度に分析することが可能となる。このため、本実施形態によれば、BDD−Au電極を用いた従来法では測定条件を最適化しても検出が困難であった250ppb以下のヒ素の検出も可能となる。
【0049】
また、BDD−Au電極を用いる場合は、予めボロンドープダイヤモンド電極の表面に金を付着させることが必要であるが、本実施形態によれば、試料溶液Sにただ単に金を添加すればよく、その操作は極めて簡便である。また、本実施形態においては、試料溶液に金を添加しさえすればよいので、BDD−Au電極を用いる場合には必要であった、ロット間の性能均一化のための高度な制御が不要となる。
【0050】
更に、炭素電極等では、−1.0Vより小さな負電位でも、電着と競合して起こる水の電気分解によって電極表面に水素が発生するので、As(V)が電着しにくくなるという問題があるが、ボロンドープダイヤモンド電極2では、−1.0V程度の負電位でAs(V)をAs(III)に還元することができ、−1.0V程度の負電位では水素が発生しにくいので、酸化還元電位が大きいAs(V)の電着も阻害されない。また、本実施形態では、−1.0V程度の負電位でAs(V)をAs(III)に還元し、BDD−Au電極を用いた場合のように−1.5Vまで負電位を大きくしないので、水素が発生しにくく、As(V)のAs(III)への還元反応の効率と、ボロンドープダイヤモンド電極2表面へのAs(0)の電着効率とが、共に向上する。
【0051】
また、試料溶液Sは、NaCl濃度が2Mで、pHが1.0であるように調整されているので、ヒ素イオン及び金イオンがそれぞれ塩化物イオンと錯体を形成し、安定化することより、電極反応が起こりやすくなり、感度が大幅に向上する。
【0052】
また、試料溶液Sが塩化物イオンを大過剰に含有していることにより、電流ピークそのものの半値幅が極めて小さく、鮮明なピークを得ることができる。これは、ヒ素イオン及び金イオンの塩化物イオンとの錯体形成が電子移動速度に影響を与えることに起因する。また、そのことにより、他の金属等の妨害物質の干渉をほとんど受けることがない。更に、試料溶液S中に塩化物イオンが大過剰に存在することにより、Br等のアニオンの影響も排除できる。
【0053】
なお、本発明は前記実施形態に限られるものではない。
【0054】
例えば、測定セル5はバッチ型に限定されず、ストップドフロー型の測定セル5を有する電気化学的測定装置1を使用してもよい。
【0055】
更に、前記実施形態に係る電気化学的測定装置1は、ボロンドープダイヤモンド電極2、対電極3及び参照電極4が備わった三電極法による測定を行うものであるが、本発明に係る測定方法を実施するための電気化学的測定装置1としては、ボロンドープダイヤモンド電極2及び対電極3のみを備えた二電極法によるものであってもよい。三電極法の方が、ボロンドープダイヤモンド電極2と対電極3との間に印加する電圧の絶対値を制御することができるので、精度及び感度の高い測定を行うことが可能であるが、二電極法によれば、用いる電極がボロンドープダイヤモンド電極2及び対電極3の2電極ですむので、測定セル5の構造を単純化、小型化することができ、測定セル5をチップ化し使い捨てとすることも可能で、より簡便な測定を行いうる。
【0056】
試料溶液Sへの金の添加や、pHの調整、塩化物イオン濃度の調整は、試料溶液Sを測定セル5に注入する前にあらかじめ行わなくとも良く、測定セル5中で行っても良い。また、電気化学的測定装置1は、試料溶液Sを測定セル5に注入する前に金の添加や、pHの調整、塩化物イオン濃度の調整を行う調整槽を別途有していてもよい。
【0057】
ヒ素をボロンドープダイヤモンド電極2表面に電着させる負電位としては、−1.0V及び−0.1Vに限定されないが、水素吸脱着の電位を避け、かつ水素発生をできる限り抑えられるように設定することが好ましく、例えば、As(V)では、−0.5V以下が好ましく、−1.0V付近がより好ましい。なお、As(III)の電着電位である−0.1Vでは水素は発生しない。
【0058】
その他、電気化学的測定装置1は、上述のヒ素の電気化学的測定が実施可能なものであれば、専用装置であっても汎用装置を組み合わせたものであってもよく、装置の形状や、セル容量、電極サイズ等は特に限定されない。
【0059】
その他、前述した実施形態や変形実施形態の一部又は全部を適宜組み合わせてもよく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であるのは言うまでもない。
【実施例】
【0060】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0061】
<ボロンドープダイヤモンド電極の作製>
基板としてシリコン基板{Si(100)}を用い、基板表面をテクスチャー処理した後、基板をマイクロ波CVD成膜装置(ASTeX社製)のホルダーにセットした。成膜用ソースとしては、炭素源としてアセトンとメタノールの混合物(液体で、混合比は体積比9:1)を用い、そこにホウ素源としてBをホウ素/炭素(B/C)比で10ppmとなるように溶解したものを用意した。
【0062】
そして、この成膜用ソースにキャリアーガスとして純Hガスを通した後、チャンバー内に導入し、予め別ラインで水素(532ml/min)を流して所定圧力(115Torr=115×133.322Pa)となるように調整した。引き続いて、2.45GHzのマイクロ波電力を注入し、放電させた後、電力が5kWとなるように調整し、安定したところで、成膜用ソースにキャリアーガスとして純Hガス(15ml/min)を流し、成膜速度1〜4μm/hで、マイクロ波プラズマアシストCVD法により成膜を行った。そして、反応時間約8時間で厚さ約30μmの膜(電極面積が1cm2未満)が形成されたボロンドープダイヤモンド電極を得た。基板の温度は定常状態で約850〜950℃であった。
【0063】
<BDD−Au電極の作製>
K[Au(Cl)]水溶液1Mを塩酸0.1Mで10倍に希釈し、この溶液をクロノアンペロメトリーにより−0.4Vで1分間還元して、上記のようにして得られたボロンドープダイヤモンド電極に金を電着することによってBDD−Au電極を作製した。
【0064】
<As(V)溶液の濃度測定>
As(V)源としてNaHAsO・7HOを用いて、As(V)濃度を変化させたAs(V)溶液を調製し、その濃度測定を行った。
(1)ボロンドープダイヤモンド電極
まず、ベース液の調製を行った。ベース液は、溶媒として超純水を用い、そこにNaClを2Mの濃度になるよう添加し、HClを0.1Mの濃度になるよう添加することにより調製した。このベース液に対して金標準液(H[AuCl])1000ppmを、体積比でベース液9に対して1の割合で加え、金ベース液を調製した。次にNaAsOをベース液に加え、As(III)水溶液を調製した。このAs(III)水溶液とAu100ppmに調整された金ベース液とを混合し、測定に供した。
【0065】
測定系としては、ボロンドープダイヤモンド電極を作用電極として用い、参照電極にAg/AgCl電極、対電極にPt電極を使用した。そして、微量成分の検出に有効なストリッピングボルタンメトリー法を採用し、最初に負の電位を印加し、電極上にAsを電着させた後、電位を正電位方向に走査し、そのときの電流値を測定した。
【0066】
測定条件は以下のとおりである。
(1)電着電位を−1.0V、電着時間を30s(攪拌30s)、
(2)電着電位を−0.1V、電着時間を30s(攪拌10s、静止20s)、
(3)走査速度を600mV/s、走査範囲は−0.1〜1.0V、
(4)脱着電位を1.0V、脱着電位を30s、とした。
結果を図2に示す。
【0067】
(2)BDD−Au電極
BDD−Au電極を作用電極として用い、参照電極にAg/AgCl電極、対電極にPt電極を使用し、As(V)を100ppb、300ppb、500ppb、800ppb、1000ppbの濃度で含有する溶液について下記の条件で分析を行った。ストリッピングボルタンメトリー法を採用し、最初に−1.5Vの負電位を作用電極に印加し、その後すぐに−0.4Vの電位にして電着を行い、次に正電位方向に電位を走査し、そのときの電流値を測定した。
【0068】
測定条件は以下のとおりである。
(1)電着電位を−1.5V、
(2)電着電位を−0.4V、電着時間を60s(攪拌30s、静止30s)、
(3)走査速度を200mV/s、走査範囲は−0.4〜1.0V、
(4)脱着電位を1.0V、脱着電位を30s、とした。
結果を図3に示す。
【0069】
(3)結果
As(V)濃度が100ppbである場合について比較すると、BDD−Au電極を用いた場合は、ピーク電流値が0.5μAで、ベースラインも傾いていたのに対して、ボロンドープダイヤモンド電極を用いた場合は、ピーク電流値が15μAで、ベースラインは水平であった。この結果から明らかなように、試料溶液中に金を添加しボロンドープダイヤモンド電極を用いて分析を行った場合の方が、はるかに高感度(30倍)にAs(V)を検出できることが分かった。
【0070】
<試料溶液のpHの影響>
作用電極としてボロンドープダイヤモンド電極を用いて、上記のとおりの測定条件下で、As(III)を0.56ppm含有する試料溶液のpHを変化させて、最初に負の電位を印加し、電極上にAsを電着させた後、電位を正電位方向に走査し、そのときの電流値を測定した。結果を図4に示した。
【0071】
図4に示すとおり、pHが1である場合がピーク電流値が最も大きく、ピークの形状もシャープであった。この結果より、pHを1前後の強酸性にすることにより、ヒ素の検出感度を向上することができることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明によって、地下水中等のヒ素又はヒ素化合物の検出・濃度測定を、簡便な操作及び装置で、高精度かつ高感度に行うことが可能となる。
【符号の説明】
【0073】
1・・・電気化学的測定装置
2・・・ボロンドープダイヤモンド電極
3・・・対電極
4・・・参照電極
5・・・測定セル
6・・・撹拌子
7・・・ポテンシオスタット
8・・・情報処理装置
S・・・試料溶液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液中のヒ素の濃度を、対電極と導電性ダイヤモンド電極からなる作用電極とを用い電気化学的に測定する方法であって、
前記試料溶液に金を添加する工程、
前記導電性ダイヤモンド電極の電位を負電位方向に変動させて、前記導電性ダイヤモンド電極表面にヒ素及び金を電着させる電着工程、並びに、
前記導電性ダイヤモンド電極の電位を正電位方向に掃引して、前記導電性ダイヤモンド電極表面に電着したヒ素を前記試料溶液中に溶出させる溶出工程を備えていることを特徴とするヒ素の電気化学的測定方法。
【請求項2】
前記試料溶液の塩化物イオン濃度が、1.5〜2.5Mである請求項1記載のヒ素の電気化学的測定方法。
【請求項3】
前記試料溶液のpHが、酸性である請求項1又は2記載のヒ素の電気化学的測定方法。
【請求項4】
前記金の濃度が10〜1000ppmになるように、前記試料溶液に金を添加する請求項1、2又は3記載のヒ素の電気化学的測定方法。
【請求項5】
金を添加した試料溶液中のヒ素の濃度を電気化学的に測定するための装置であって、
対電極、及び、その電極表面にヒ素及び金を電着させる導電性ダイヤモンド電極からなる作用電極を内蔵するセルと、
前記導電性ダイヤモンド電極の電位を負電位方向に変動させて、前記導電性ダイヤモンド電極表面にヒ素及び金を電着させる電位を供給し、次いで、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を正電位方向に変動させて、前記導電性ダイヤモンド電極表面に電着したヒ素を前記試料溶液中に溶出させる電位を供給する電位変動手段と、
前記導電性ダイヤモンド電極の電位の変動に伴う電流変化を検出する検出手段と、
前記検出手段により検出された電流変化から、ヒ素の濃度を算出する情報処理装置と、を備えていることを特徴とする電気化学的測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−271236(P2010−271236A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−124266(P2009−124266)
【出願日】平成21年5月22日(2009.5.22)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【出願人】(000222037)東北電力株式会社 (228)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)