説明

ビシクロ環が縮環したα−ニトロピロール化合物

【課題】ビシクロ環を有する可溶性フタロシアニン前駆体を製造するために有用な新規化合物を提供すること。
【解決手段】下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物〔下記式中、R1は、水素原子又はハロゲン原子を表す。R2、R5〜R9は、それぞれ独立に、水素原子又は電子供与性基を表す。R3及びR4は、それぞれ独立に、水素原子、電子供与性基又は電子求引性基を表すか、或いはR3、R4及びこれらが結合している炭素が、ベンゼン環を形成する。〕。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フタロシアニン化合物及びその前駆体を合成するために有用な新規化合物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フタロシアニン化合物は、顔料として盛んに用いられている。またフタロシアニン化合物は、分子全体に大きなπ共役系を有するので、高い導電性を示す有機半導体として注目されている。
【0003】
しかしフタロシアニン化合物は、一般に、溶媒に不溶である。そのため精製が困難であるという欠点を有する。またフタロシアニン化合物を有機半導体として実用化するためには、成膜する必要がある。しかしフタロシアニン化合物は溶媒に不溶であるため、成膜は、真空蒸着法を使用しなければならない。この真空蒸着法は高コストであるため、フタロシアニン化合物を有機半導体として実用化する際のネックになっている。
【0004】
そのため特許文献1〜3では、まず可溶性のフタロシアニン前駆体又はポルフィリン前駆体を合成し、これら前駆体の溶液を基板等に塗布した後、加熱することで、基板等の上に不溶性のフタロシアニン化合物又はポルフィリン化合物を形成する技術が提案されている。
【0005】
上記技術は、逆ディールズ・アルダー反応を利用して、可溶性のフタロシアニン前駆体又はポルフィリン前駆体から、不溶性のフタロシアニン化合物又はポルフィリン化合物を形成するものである。より詳しくは上記技術では、まずビシクロ環を有するフタロシアニン前駆体等を形成する。これらの前駆体は、スタッキングを妨げるビシクロ環が存在するために、溶媒への溶解性が高い。そして前駆体を基板等に塗布した後、下記式で一般化される逆ディールズ・アルダー反応を行うことによって、ビシクロ環部分を、共役ジエンとアルケン(ジエノフィル)とに分解して、不溶性のフタロシアニン化合物等を形成する(下記式中、Q1〜Q10は、水素原子又はアルキル基等の置換基を表す)。
【0006】
【化1】

【0007】
しかし特許文献1では、可溶性前駆体の具体的な合成法としては、ポルフィリン前駆体についてしか記載されておらず、ビシクロ環を有するフタロシアニン前駆体の合成法は開示されていない。また特許文献2及び3では、下記式で示されるジニトリル化合物からフタロシアニン前駆体を合成する方法しか開示されていない(下記式中、Q11及びQ12は、親溶媒性の基を表す)。
【0008】
【化2】

【特許文献1】特開2003−304014号公報
【特許文献2】特開2003−327588号公報
【特許文献3】特開2004−262807号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記のような事情に着目してなされたものであって、その目的は、ビシクロ環を有する可溶性フタロシアニン前駆体を製造するために有用な新規化合物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の新規化合物とは、下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物である。
【0011】
【化3】

【0012】
上記式(Ia)又は(Ib)中、R1は、水素原子又はハロゲン原子を表す。
2、R5〜R9は、それぞれ独立に、水素原子又は電子供与性基を表す。
3及びR4は、それぞれ独立に、水素原子、電子供与性基又は電子求引性基を表すか、或いはR3、R4及びこれらが結合している炭素が、下記式(Ic)で示されるベンゼン環を形成する。
【0013】
【化4】

上記式(Ic)中、R10〜R13は、それぞれ独立に、水素原子、電子供与性基又は電子求引性基を表す。
【0014】
上記式(Ia)及び(Ib)で示される化合物は、ピロール環のα位のニトロ基とR1(水素原子又はハロゲン原子)とが入れ替わっていること以外は、同じものである。以下では、「式(Ia)及び(Ib)」をまとめて「式(I)」と記載し、式(I)の化学式として式(Ia)の化学式を用いるが、本発明を式(Ia)の化合物に限定するものではない。
また以下では「式(I)で示される化合物」を「化合物(I)」と略称することがある。他の化学式で表される化合物及び前駆体も、同様に略称することがある。
【0015】
本発明の化合物(I)中の電子供与性基としては、例えばアルキル基、アリール基、アラルキル基、ヒドロキシル基、アルコキシル基又はアミノ基などが挙げられ、電子求引性基としては、例えばハロゲン原子、シアノ基、ニトロ基、ホルミル基、アシル基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基(カルボン酸エステル基)、スルホ基、スルホン酸エステル基、アルキルスルホニル基又はアリールスルホニル基などが挙げられる。
【発明の効果】
【0016】
ビシクロ環を有する可溶性フタロシアニン前駆体の合成経路としては、従来、上記のようなジニトリル化合物を用いる方法しか知られていない。それに対して、本発明の新規化合物(I)(ビシクロ環が縮環したα−ニトロピロール)は、可溶性フタロシアニン前駆体の新たな合成経路に用いることができる。
【0017】
可溶性フタロシアニン前駆体は、精製が容易であるため、それから高純度のフタロシアニン化合物を得ることができる。またフタロシアニン前駆体の溶液を基板に塗布してから、加熱して逆ディールズ・アルダー反応を行うことによって、低コストで、フタロシアニン化合物を成膜化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
フタロシアニン化合物は、α−アミノイソインドール骨格(α−アミノピロール骨格)を含む。しかしイソインドールもα−アミノピロールも不安定で合成が困難であるため、これまで、これらからフタロシアニン化合物は合成されていない。そこで本発明者らが鋭意検討した結果、下記式で示されるように、本発明の化合物(I)のニトロ基を還元しながら環化することによって、フタロシアニン前駆体(II)を形成するという着想に至った。こうして得られるフタロシアニン前駆体(II)は、加熱による逆ディールズ・アルダー反応で、フタロシアニン化合物(III)に変換することができる。
【0019】
【化5】

【0020】
次に式(I)中の置換基について説明する。R1は、水素原子又はハロゲン原子(例えば臭素原子、塩素原子又は塩素原子)であり、好ましくは水素原子又は臭素原子である。
【0021】
式(I)中の電子供与性基としては、例えばアルキル基、アリール基、アラルキル基、ヒドロキシル基(−OH)、アルコキシル基(−OR)又はアミノ基(−NR’2)などが挙げられ、電子求引性基としては、例えばハロゲン原子、シアノ基(−CN)、ニトロ基(−NO2)、ホルミル基(−CHO)、アシル基(−CRO)、カルボキシル基(−COOH)、アルコキシカルボニル基(カルボン酸エステル基)(−COOR)、スルホ基(−SO3H)、スルホン酸エステル基(−SO3R)、アルキルスルホニル基又はアリールスルホニル基(−SO2R)などが挙げられる(前記の各式中、Rは、それぞれ独立にアルキル基又はアリール基を表し、R’は、水素原子、アルキル基又はアリール基を表す)。
【0022】
アルキル基は、好ましくはC1-10アルキル基(より好ましくはC1-4アルキル基)であり、例えばメチル基、エチル基、ブチル基などを挙げることができる。なお本発明において「Ca-b」とは、炭素数がa〜bであることを意味する。
【0023】
アリール基は、好ましくはC6-24アリール基(より好ましくはC6-18アリール基)であり、例えばフェニル基、ナフチル基などを挙げることができる。アリール基は、ハロゲン原子やアルキル基等の置換基を有していても良い。
【0024】
アラルキル基は、好ましくはC1-10アルキル基(より好ましくはC1-4アルキル基)に、好ましくはC6-24アリール基(より好ましくはC6-18アルキル基)が置換した形状のものであり、例えばベンジル基などを挙げることができる。
【0025】
式(I)中の電子供与性基としては、好ましくはアルキル基(より好ましくはC1-4アルキル基、さらに好ましくはメチル基)、ヒドロキシル基及びアルコキシル基が挙げられる。電子求引性基としては、好ましくはアルコキシカルボニル基(より好ましくはメトキシカルボニル基、−COOMe)及びシアノ基が挙げられる。
【0026】
本発明の化合物(I)として、R3、R4及びこれらが結合している炭素がベンゼン環を形成している物も好ましい。このような化合物(I)は、ナフタロシアニン化合物(フタロシアニンにさらにベンゼン環が縮環した化合物)の製造に利用できるからである。ナフタロシアニン化合物は、通常のフタロシアニン化合物よりもπ共役系が広がっており、有機半導体として高い導電性を発揮すると考えられる。
【0027】
本発明の化合物(I)の好ましい具体例として、下記式(I−1)〜(I−16)で示される化合物が挙げられる。なお本発明において、下記式(I−1)〜(I−16)は、α位のニトロ基とR1(水素原子又は臭素原子)とが入れ替わっている化合物も表すことを意図している。
【0028】
【化6】

【0029】
【化7】

【0030】
1が水素原子である化合物(I)は、下記式で示されるように、化合物(IV)をニトロ化することによって製造することができ、これをハロゲン化することによって、R1がハロゲン原子である化合物(I)を製造することができる(下記式中、R2〜R9は上記と同じものを表し、Xはハロゲン原子を表す。)。
【0031】
【化8】

【0032】
化合物(IV)のニトロ化は、無水酢酸中で濃硝酸を用いることによって行うことができる。硝酸の量は、化合物(IV)1molに対して、通常1.0〜2.0mol(好ましくは1.1〜1.3mol)である。このニトロ化反応は、低温で行うことが望ましく、その反応温度は、好ましくは10℃〜−50℃(より好ましくは0℃〜−20℃)である。
【0033】
1が水素原子である化合物(I)のハロゲン化は、有機合成化学の分野で知られている方法で行うことができる。例えば臭素化剤として著名なN−ブロモスクシンイミドを使用すれば、R1が臭素原子である化合物(I)を合成することができる。上記のようにして得られる化合物(I)(R1=水素原子又はハロゲン原子)は、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、アルミナカラムクロマトグラフィーなどの公知の手段で精製することができる。
【0034】
本発明の化合物(I)を合成するための出発物質である化合物(IV)は、公知物質であり、種々の文献(例えば J. Chem. Soc. Perkin Trans. 1, 1997, pp.3161-3165、及び Tetrahedoron Letters 42 (2001) pp.45-47 など)で、その合成法が開示されている。化合物(IV)は、通常、下記式で示されるように共役ジエンとジエノフィルとのディールズ・アルダー反応を経由して合成することができる(下記式中、R2〜R9は上記と同じものを表し、R21はアルキル基又はアリール基(好ましくはフェニル基)を表し、R22はNO2又はSO221を表し、R23は、アルキル基(好ましくはエチル又はt−ブチル基)を表す。)。
【0035】
【化9】

【0036】
上記式で示されるアルケン(ジエノフィル)は、電子求引性基である−SO221基(場合により−SO221基と−NO2基)を有するので、R2〜R9が水素原子又は電子供与性基である共役ジエンを用いれば、ディールズ・アルダー反応を良好に進行させることができる。こうして得られたビシクロ化合物と、イソシアノ酢酸エステル(CNCH2COOR23)とを反応させることによって、ピロール環を形成することができる。このピロール環上のエステルを、酸(例えばトリフルオロ酢酸など)の存在下で脱炭酸することによって、化合物(IV)を合成することができる。
【0037】
3及びR4が電子求引性基である化合物(IV)(及びそれから得られる化合物(I))は、下記式で示されるように、ジエノフィルとして電子求引性基R3及びR4を有するアルキンを用いることで合成することができる(下記式中、R2〜R9及びR23は、上記と同じものを表す)。
【0038】
【化10】

【0039】
上記のように、共役ジエンとアルキンとのディールズ・アルダー反応によって得られるビシクロ化合物を、クロロチオベンゼン(PhSCl)と反応させ、次いで酸化することで、ビシクロ化合物にフェニルスルホニル基(−SO2Ph)を導入することができる。この化合物を、上記と同様に、イソシアノ酢酸エステルと反応させ、次いで脱炭酸することで、R3及びR4が電子求引性基である化合物(IV)を製造することができる。
【0040】
3、R4及びこれらが結合している炭素がベンゼン環を形成している化合物(IV)(及びそれから得られる化合物(I))は、ディールズ・アルダー反応の共役ジエンとしてナフタレンを用いるか、或いは下記式で示されるように、ジエノフィルとしてベンザインを用いることで合成することができる(下記式中、R2及びR5〜R13は、上記と同じものを表す)。
【0041】
【化11】

【0042】
ベンザインは、ジエノフィルとしての反応性に優れている。そのためディールズ・アルダー反応には、R10〜R13が電子求引性基であるベンザインだけでなく、R10〜R13が電子供与性基であるものも使用できる。このようにして得られたビシクロ化合物から、上記と同様にして、R3及びR4等がベンゼン環を形成した化合物(IV)を合成することができる。
【0043】
ベンザインは、盛んに研究されており、様々な置換基を有するものが知られている。例えば電子供与性基としてアルキル基、アリール基、アルコキシル基、アミノ基等を有するベンザイン;電子供与性基としてハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基等を有するベンザイン;並びに電子供与性基及び電子求引性基の両方を有するベンザインが知られている。
【0044】
ベンザインは、反応性に富むため反応中間体としてしか存在できない。しかしベンザインを発生する様々なベンザイン前駆体が市販されており、そのような前駆体は、例えば東京化成工業株式会社などから入手することができる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0046】
実施例1(化合物(IV−1)のニトロ化)
【0047】
【化12】

【0048】
Tetrahedoron Letters 42 (2001) pp.45-47 の記載にされた方法に従い、出発物質である化合物(IV−1)(4,7−ジヒドロ−4,7−エタノ−2H−イソインドール)を製造した。この化合物(IV−1)4g(27.5mmol)を、アルゴンガスのフロー下で無水酢酸500mlに溶解させ、−10℃まで冷却した。その中に、濃硝酸1.925ml(30.3mmol)をゆっくりと滴下し、−10℃で7時間撹拌した。その後、反応液を冷水に注ぎ、塩化メチレンで抽出操作を行った後、有機相を、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、水、及び飽和食塩水で順次洗浄した。得られた有機相を、硫酸ナトリウムで脱水した後、減圧下で濃縮した。得られた濃縮物を、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製することによって、目的化合物(I−1)を得た。
【0049】
目的化合物(I−1)の合成データ
収量2.85g(15.0mmol)、収率54%
融点:108℃
1H−NMR(CDCl3):δ=1.42〜1.65(m、4H)、3.92(m、1H)、4.59(m、1H)、6.50(m、2H)、6.58(d、1H、J=2.9Hz)、8.78(brs、1H)
【0050】
実施例2(化合物(I−1)のブロモ化)
【0051】
【化13】

【0052】
化合物(I−1)1g(5.26mmol)を、塩化メチレン100ml及びN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)10mlの混合溶媒に溶解させ、−10℃まで冷却した。その中へN−ブロモスクシンイミド(NBS)936mg(5.26mmol)を加え、−10℃で30分間撹拌した後、5℃まで昇温した。3時間後、さらにNBS:240mg(1.35mmol)を加えた。その後、反応液を冷水に注ぎ、塩化メチレンで抽出操作を行った後、有機相を飽和食塩水で洗浄した。得られた有機相を、硫酸ナトリウムで脱水した後、減圧下で濃縮した。得られた濃縮物を、シリカゲルカラムクロマトグラフィー及びアルミナカラムクロマトグラフィーで順次精製することによって、目的化合物(I−2)を得た。
【0053】
目的化合物(I−2)の合成データ
収量830mg(3.08mmol)、収率58%
1H−NMR(CDCl3):δ=1.41〜1.64(m、4H)、3.85(m、1H)、4.58(m、1H)、6.44〜6.53(m、2H)、9.21(brs、1H)
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明の化合物(I)は、ビシクロ環を有するフタロシアニン前駆体の製造に利用できる。このフタロシアニン前駆体から、顔料や有機半導体材料として有用なフタロシアニン化合物を得ることが出来る。フタロシアニン前駆体は、フタロシアニン化合物に比べて溶媒への溶解性が高く、精製が容易であり、また溶液塗布によって容易に成膜化することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物。
【化1】

〔上記式(Ia)又は(Ib)中、R1は、水素原子又はハロゲン原子を表す。
2、R5〜R9は、それぞれ独立に、水素原子又は電子供与性基を表す。
3及びR4は、それぞれ独立に、水素原子、電子供与性基又は電子求引性基を表すか、或いはR3、R4及びこれらが結合している炭素が、下記式(Ic)で示されるベンゼン環を形成する。
【化2】

〈上記式(Ic)中、R10〜R13は、それぞれ独立に、水素原子、電子供与性基又は電子求引性基を表す。〉〕
【請求項2】
前記の電子供与性基が、アルキル基、アリール基、アラルキル基、ヒドロキシル基、アルコキシル基又はアミノ基である請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
前記の電子求引性基が、ハロゲン原子、シアノ基、ニトロ基、ホルミル基、アシル基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基(カルボン酸エステル基)、スルホ基、スルホン酸エステル基、アルキルスルホニル基又はアリールスルホニル基である請求項1又は2に記載の化合物。