説明

ビス(ペンタメチルシクロペンタジエニル)ストロンチウムの製造方法

【課題】酸化ストロンチウムを含有する膜を化学気相成長法や原子層堆積法により形成するための好適な原料であるビス(ペンタメチルシクロペンタジエニル)ストロンチウムを量産することができる製造方法を提供する。
【解決手段】ペンタメチルシクロペンタジエニルナトリウムとヨウ化ストロンチウムをテトラヒドロフラン中で反応させ、ビス(ペンタメチルシクロペンタジエニル)ストロンチウムのテトラヒドロフラン付加体を生成させる工程と、テトラヒドロフランを留去し、トルエンで抽出してトルエン溶液とする工程と、トルエンを留去し、減圧乾燥後、真空下で2回以上昇華させる工程とを経ることにより、ビス(ペンタメチルシクロペンタジエニル)ストロンチウムを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition法;以下、CVD法と表す。)や原子層堆積法(Atomic Layer Deposition法;以下、ALD法と表す。)により、酸化ストロンチウム含有膜を形成するための原料化合物であるビス(ペンタメチルシクロペンタジエニル)ストロンチウムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
CVD法やALD法による高誘電率のSrTiO3、SrBi2Ta29、SrBi4Ti415等の膜は、高集積半導体装置の誘電体として期待されている。また、強誘電体膜の電極として、SrRuO3膜が検討されている。
従来、これらの酸化ストロンチウム(SrO)を含有する膜をCVD法やALD法で形成する際の原料としては、ビス(ジピバロイルメタナト)ストロンチウム(Sr(C111922;以下、Sr(dpm)2と表す。)が主に検討されてきた。
【0003】
しかしながら、Sr(dpm)2は、三量体に会合しているため、蒸気圧が0.1Torr/231℃と非常に低く、供給上の課題を有している。
また、230℃以上になると熱分解が始まるため、ALD法で成膜する場合に望ましい自己律速成長のみならず、制御困難な熱分解が同時に起きるという問題を有していた。
【0004】
したがって、より蒸気圧が高く、また、酸化剤との反応性が高く、かつ、熱安定性の高い有機ストロンチウム化合物が求められている。
【0005】
その候補としては、例えば、公知化合物であるビス(ペンタメチルシクロペンタジエニル)ストロンチウム(Sr[C5(CH352;以下、SrCp*2と表す。)が挙げられる。ここで、SrCp*2は、ジエチルエーテル((C252O;以下、Et2Oと表す。)やテトラヒドロフラン(C48O;以下、THFと表す。)等が配位した付加体ではない。
【0006】
前記付加体は、熱安定性が低く、加熱とともに付加物を放出し、かつ、熱変質するため、安定した蒸気圧とならない。また、酸素原子を付加体に含んでいるため、自己分解により酸素が供給される可能性があり、ALD法の原料としては好ましくない。
【0007】
これに対して、付加体でないSrCp*2は、単量体であるため、有機ストロンチウム化合物の中では、蒸気圧が最も高いものの1つであり、また、酸化剤の水とも瞬時に反応するというALD法の原料として好ましい性質を有している。また、5個のメチル基の影響により、有機溶媒に溶解しやすいという長所も有している。
【0008】
このSrCp*2の製造方法としては、非特許文献1に、ヨウ化ストロンチウム(SrI2)粉末と、固体のペンタメチルシクロペンタジエニルナトリウム(Na[C5(CH35];以下、NaCp*と表す。)とをEt2O中で、室温で36時間撹拌して反応させ、ろ液を濃縮後、−25℃で再結晶し、真空乾燥して、SrCp*2(Et2O)が得られることが記載されている。
さらに、この付加体からEt2Oを除去するために、SrCp*2(Et2O)を100質量倍の大量のトルエンに溶解し、100℃で微減圧下、2〜3時間かけて、トルエンを留去する(トルエンリフラックス)操作を2回繰り返し、トルエンを完全に除去した後、100〜110℃/0.001Torrで昇華させて、SrCp*2が得られることが記載されている。
【0009】
しかしながら、上記非特許文献1記載の製法は、グラムオーダーの実験室レベルのスケールであり、使用されている溶媒のEt2Oは、沸点が32℃と低く、揮発性が非常に高く、引火性が高く、麻酔性がある等の特性から、量産においては取り扱いにくい。しかも、原料や生成物の溶解度があまり高くなく、量産するためには、大量に必要となるため、容積効率にも劣る。
【0010】
また、大量のトルエンで抽出後、100℃の微減圧下で、時間をかけてトルエンを留去する工程では、使用するトルエンの量が非常に多くなり、また、長時間を要するリフラックス操作を2回も繰り返さなければならない等、量産向きの工程とは言い難い。さらに、溶媒使用量が多いと、溶媒中に含まれる微量の水分や酸素により、SrCp*2が変質する可能性も高くなる。
【0011】
このように、上記非特許文献1記載の製法は、そのままスケールアップして、キログラムオーダーの量産体制に適用可能な製法とは言えない。
【0012】
一方、非特許文献2に、SrCp*2への配位力がEt2Oより強く、小さい分子であるTHFをEt2Oの代わりに用いると、SrCp*2(THF)2となることが記載されている。
【0013】
また、上記のようなTHF付加体からのTHFの除去に関しては、同族元素の化合物であるBaCp*2(THF)2については、非特許文献1に、トルエンリフラックス操作でTHFを除去することができることが記載されている。一方、非特許文献3には、CaCp*2(THF)2のTHFは、トルエンリフラックス操作では除去することができないことが記載されている。
また、非特許文献2には、SrCp*2(THF)2が、190〜192℃でTHFを一部離し、分解することが開示されているが、SrCp*2が得られたとの記載はない。
【0014】
したがって、SrCp*2(THF)2については、トルエンリフラックス操作でTHFを除去可能か否か、さらに、それを昇華して、SrCp*2とすることができるか否かについて開示されている文献はない。
すなわち、好適な溶媒であるTHF中で合成したSrCp*2(THF)2からSrCp*2を得る方法は、これまで知られていなかった。
【非特許文献1】C.L.Burns and R.A.Andersen, J.Organomet.Chem Vol.325(1987)31
【非特許文献2】McCormick,M.J. et al. Polyhedron Vol.7, 725(1988)
【非特許文献3】R.A.Williams, T.P.Hanusa and J.C.Huffman, Organometallics Vol.9(1990)1128
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
そこで、本発明者らは、SrCp*2(THF)2について、このTHF付加体からTHFを除去するために、100質量倍程度の大量のトルエンによるリフラックス操作を試みた。トルエンリフラックス操作を2回繰り返し、減圧でトルエンを完全に除去した後、ヘキサン抽出、濃縮、−25℃での再結晶を行い、さらに、得られた粉末を昇華器に仕込み、140〜200℃/0.1Torrで昇華させたところ、昇華物の収率は10%以下であった。
【0016】
すなわち、SrCp*2(THF)2のTHFを除去するためのトルエンリフラックス操作は、副反応が起こりやすいためか、SrCp*2またはSrCp*2(THF)2の収率が非常に低下し、したがって、非特許文献2に記載されているような方法によっては、SrCp*2を量産することは困難であった。
【0017】
本発明は、上記技術的課題を解決するためになされたものであり、SrOを含有する膜をCVD法やALD法により形成するための好適な原料であるSrCp*2を量産することができる製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明に係るSrCp*2の製造方法は、NaCp*とSrI2をTHF中で反応させ、SrCp*2のTHF付加体を生成させる工程と、THFを留去し、トルエンで抽出してトルエン溶液とする工程と、トルエンを留去し、減圧乾燥後、真空下で2回以上昇華させる工程とを経ることを特徴とする。
上記製造方法によれば、SrCp*2のTHF付加体から、THFを完全に除去することができ、SrCp*2の量産が可能となる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係るSrCp*2の製造方法によれば、量産に適したTHFを溶媒として用いてSrCp*2を製造することができる。
したがって、本発明は、CVD法やALD法によるSrO含有膜の量産に寄与し得るものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明について、より詳細に説明する。
本発明に係るSrCp*2の製造方法においては、まず、NaCp*とSrI2をTHF中で反応させ、SrCp*2のTHF付加体を生成させる。そして、THFを留去し、トルエンで抽出してトルエン溶液とし、さらに、トルエンを留去し、減圧乾燥後、真空下で2回以上昇華させることにより、SrCp*2が得られる。
【0021】
前記抽出操作において得られたSrCp*2(THF)2のトルエン溶液から、トルエンを減圧留去し、約100℃で減圧乾燥すると、SrCp*2(THF)2〜1.5の粉末が得られ、これを、140〜180/0.1Torrで昇華させると、SrCp*2(THF)0.5〜0.3程度の結晶が得られる。再度、140〜180℃/0.1Torrで昇華させると、SrCp*2が純白結晶として得られる。
このように、本発明に係る製造方法は、反応溶媒としてTHFを用い、得られたSrCp*2のTHF付加体から、THFを完全に除去することができるため、SrCp*2の量産に好適に適用することができる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例に基づきさらに具体的に説明するが、本発明は下記の実施例により制限されるものではない。
温度計、撹拌子、投入口、還流器を備えた1L三口フラスコに、真空アルゴン置換後、脱水脱酸素したTHF750mlとNaCp*79g(0.50mol)を入れて溶解し、フラスコを水冷しながら、SrI2粉末90g(0.246mol)を加え、25〜40℃で24時間撹拌した。
次いで、減圧で脱溶媒し、乾燥後、脱水脱酸素したトルエン900mlを加え、加熱撹拌による抽出操作を行い、静置後、ろ過し、透明なろ液を得た。減圧し、ろ液からトルエンを留去し、100℃で減圧乾燥した。
固形分をグローブボックス中で取り出し、軽く粉砕すると、淡黄色のさらさらとした粉末(減圧乾燥品)99gが得られた。
この粉末を昇華器に仕込み、140〜180℃/0.1Torrで1回目の昇華を行い、1回昇華品を66g得た。
さらに、この1回昇華品を昇華器に仕込み、再度、140〜180℃/0.1Torrで2回目の昇華を行い、純白な2回昇華品58gが得られた。
この2回昇華品の結晶は、下記に示す分析の結果から、SrCp*2(0.162mol)と同定され、その収率はNaCp*に対して65%であった。
【0023】
以下、各工程において得られた固体の同定分析および物性評価の方法および結果について述べる。
(1)組成分析
2回昇華品を湿式分解して得られた液のICP発光分光分析の結果、Sr含有量は25.1%(理論値24.47%)であった。
また不純物については、Ca<0.2,Mg<0.3,Ba=120,Na<1,K<1,Cr<1,Fe<1,Cu<1,Ni<1(単位:ppm)であり、高純度であることが認められた。
同様に、1回昇華品および減圧乾燥品についても、Sr含有量を測定したところ、それぞれ、19.7%、22.1%であった。
【0024】
(2)1H−NMR
測定条件(装置:JNM−ECA400(400MHz)、溶媒:C66、方法:1D)
図1に2回昇華品、図2に減圧乾燥品、図3に1回昇華品の各測定スペクトルを示す。
【0025】
図1〜3の測定スペクトルにおける各シグナルの位置とHの個数、SrとTHFの比率を考慮して、以下のように帰属を行った。
1.95〜2.03ppm(s):THFが配位していないSrCp*2のC5(C35(全てが等価なCH3
1.79,1.73,0.99,0.97ppm:THFが2個または1個配位したSrCp*2のC5(C35(主に3種の非等価なCH3
3.57〜3.05,1.41〜1.18ppm:THFの−OC2222
【0026】
図2に示した測定スペクトルによれば、減圧乾燥品の平均的化学式はSrCp*2(THF)1.5であり、THFが配位していないSrCp*2のシグナルは全く見られず、いずれも、THFが配位したSrCp*2のシグナルであった。
したがって、SrCp*2(THF)1.5の内訳は、SrCp*2(THF)11molとSrCp*2(THF)21molの混合物であると推定される。
【0027】
図3に示した測定スペクトルによれば、1回昇華品の平均的化学式はSrCp*2(THF)0.5であり、THFが配位していないSrCp*2のH個数100に対して、(THF)2が配位したSrCp*2のH個数は、10.43+10.43+7.68=28.7であった。
したがって、SrCp*2(THF)0.5の内訳は、SrCp*23.5(=100/28.7)molとSrCp*2(THF)21molの混合物であると推定される。
【0028】
図1に示した2回昇華品の測定スペクトルには、THFのシグナルは全く見られなかった。
したがって、図1に示した測定スペクトルから、2回昇華品のδH(ppm)=1.951(s)は、SrCp*2のC5(C35に帰属され、これは、非特許文献1記載のδH(ppm)=1.95とほぼ一致する結果となった。
【0029】
なお、図1に示した2回昇華品の測定スペクトルには、減圧乾燥品や1回昇華品(図1,2)において見られたTHFの配位したSrCp*2(THF)またはSrCp*2(THF)2のシグナル位置(1.79,1.73,0.99,0.97ppm)に、SrCp*2のH個数100に対して、1.88+1.68+0.87=4.43(H個数)が認められた。
この原因は不明であるが、例えば、THFが配位していなくても非等価なCH3が平衡で存在する、また、わずかに配位したTHFはシグナルとして現れない、あるいはまた、NMRサンプル調製時に水分と反応して生成したCp*Hによる等の原因が考えられる。
【0030】
以下に、各工程で得られた固体について、Sr含量分析値と、1H−NMRのSrCp*2各シグナルのH個数とTHFシグナルのH個数の比率から推定した化合物の平均的化学式をまとめて示す。
減圧乾燥品:Sr含量19.7%;SrCp*2(THF)1.5
1回昇華品:Sr含量22.1%;SrCp*2(THF)0.5
2回昇華品:Sr含量25.1%;SrCp*2
【0031】
(3)性状および融点
2回昇華品は、昇華析出時は無色(純白色)であったが、回収時に極微量の酸素混入により、微淡黄色に着色した。
また、下記TG−DTAの測定結果から、その融点は207℃であった。非特許文献1記載の融点は216〜218℃であり、これよりもわずかに低いが、ほぼ一致すると言える。
【0032】
(4)会合度
2回昇華品をベンゼン凝固点降下法による分子量測定を行った結果、分子量は352であった。
したがって、会合度は0.98であり、また、ベンゼンが配位しないことも確認された。
【0033】
(5)TG−DTA
測定条件(試料重量:5.23mg、雰囲気:Ar1気圧、昇温速度:10.0deg/min)
図4に、2回昇華品のTG−DTA測定結果を示す。
図4から、160℃付近まで減量はなく、除去されるTHFは存在していないと推定される。
また、260℃までに94%蒸発していることから、分オーダーの短時間では、260℃以下においては熱劣化することはなく、ALD法やCVD法の原料に求められる熱安定性を有していることが認められる。
【0034】
(6)蒸気圧
気体飽和法測定の結果、0.1Torr/160℃、1Torr/200℃であった。
【0035】
(7)密度
結晶の密度は1.28g/cm3であった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施例に係る2回昇華品の1H−NMRの測定スペクトルを示す図である。
【図2】実施例に係る減圧乾燥品の1H−NMRの測定スペクトルを示す図である。
【図3】実施例に係る1回昇華品の1H−NMRの測定スペクトルを示す図である。
【図4】実施例に係る2回昇華品の1気圧でのTG−DTA測定結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペンタメチルシクロペンタジエニルナトリウムとヨウ化ストロンチウムをテトラヒドロフラン中で反応させ、ビス(ペンタメチルシクロペンタジエニル)ストロンチウムのテトラヒドロフラン付加体を生成させる工程と、テトラヒドロフランを留去し、トルエンで抽出してトルエン溶液とする工程と、トルエンを留去し、減圧乾燥後、真空下で2回以上昇華させる工程とを経ることを特徴とするビス(ペンタメチルシクロペンタジエニル)ストロンチウムの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−143801(P2008−143801A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−330359(P2006−330359)
【出願日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【出願人】(000143411)株式会社高純度化学研究所 (18)
【Fターム(参考)】