説明

ビタミンK低含有納豆及びその製造方法並びにビタミンK低生産性納豆菌及びその選抜方法

【課題】製造された納豆のメナキノン量を厳格に制御することにより、納豆に含まれるメナキノン量を任意に調整でき、医薬の抗血液凝固作用を阻害するおそれのないビタミンK低含有納豆の製造方法。
【解決手段】ビタミンK低生産性納豆菌を選抜する第1工程と、第1工程で選抜されたビタミンK低生産性納豆菌を大豆粉に添加して大豆粉を発酵させ、次いで大豆粉に含まれるメナキノン量を定性する第2工程と、第2工程で生成された大豆粉を納豆用蒸煮大豆に所定量混同する第3工程とを有する構造となっている。これにより、ビタミンK低生産性納豆菌によりメナキノンが生産されるが、第2工程でメナキノン量が定性されるので、第3工程で製造される納豆のメナキノン量を所望の値に設定でき、医薬の抗血液凝固作用を阻害しない納豆を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はメナキノン量の生産が少ない納豆菌及びその納豆菌を使用した納豆の製造方法などに関するものである。
【背景技術】
【0002】
納豆は原料として大豆を使用し、稲ワラや枯れ草等に多く生息する枯草菌(Bacillus subtilis)の亜種である納豆菌(B. subtilis natto)を繁殖させて作った発酵食品であり、その粘性から糸引き納豆ともいわれている。そして、納豆は良質なたんぱく質やイソフラボン等の有効成分を豊富に含み、優良な食品として広く知られている一方、納豆菌が血液凝固因子等の生成に関与するビタミンK(主にビタミンK2(メナキノン))を生産することも知られている。このビタミンKは、ワルファリン等の抗血液凝固作用を有する医薬と拮抗し、医薬の抗血液凝固作用を低下させる等の悪影響を及ぼすおそれがある。
【0003】
従って、ワルファリン等の抗血液凝固作用を有する医薬を服用する血栓塞栓症患者等は、栄養成分を豊富に含むが、納豆中に含まれるビタミンKのために、納豆の厳格な食餌制限がなされている。
【0004】
しかしながら、これでは納豆の効能として知られている更年期障害の改善や骨粗鬆症に対する予防(納豆は骨粗鬆症に対する特定保健用食品としての表示が許可されている)という利益を得ることができないし、また、血栓塞栓症患者に限らず高齢者の場合は加齢に伴い心臓や脳の血管の脆弱化が避けられないため、高齢者の場合も血栓塞栓症患者ほどではないにしても、納豆の食餌に対しては注意を払う必要があった。
【0005】
このような問題点を解決するため、抗生物質が添加された培地に納豆菌を接種し、その後に培地から生育可能な納豆菌(ビタミンK低生産性納豆菌)を選抜し、この選抜された納豆菌により納豆を製造する方法が提案されている(特許文献1)。
【特許文献1】特開2006−230253号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来のビタミンK低生産性納豆菌による納豆の製造方法では、納豆菌体の生産能を低下させても納豆製造時(大豆発酵時)に際して菌体の増殖に伴い納豆としてメナキノン含有量を低下できず、更に、体内で生成されるメナキノン量に関しても制御できないことから、抗血液凝固作用を有する医薬を服用する患者や高齢者にとっては未だ不十分なものとなっていた。
【0007】
本発明の目的は、前記従来の課題に鑑み、製造された納豆のメナキノン量を厳格に制御することにより、納豆に含まれるメナキノン量を任意に設定でき、医薬の抗血液凝固作用を阻害するおそれのないビタミンK低含有納豆の製造方法及びビタミンK低含有納豆を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は前記課題を解決するため、本発明に係るビタミンK低含有納豆の製造方法は、ビタミンK低生産性納豆菌を選抜する第1工程と、第1工程で選抜されたビタミンK低生産性納豆菌を大豆に接種して大豆を発酵させ、次いで大豆に含まれるメナキノン量を定性する第2工程と、第2工程で製造された大豆と納豆用蒸煮大豆とを合わせてなる第3工程とを有する
ビタミンK低生産性納豆菌を選抜する第1工程と、第1工程で選抜されたビタミンK低生産性納豆菌を大豆に接種して発酵させ、次いで大豆に含まれるメナキノン量を定性する第2工程と、第2工程で製造された大豆と納豆用蒸煮大豆とを合わせてなる第3工程とを有する構造となっている。
【0009】
本発明に係るビタミンK低含有納豆の製造方法によれば、ビタミンK低生産性納豆菌によりメナキノンが生産されるが、第2工程でメナキノン量が定性されるので、第3工程で製造される納豆のメナキノン量を任意に設定及び制御することができ、医薬の抗血液凝固作用を阻害しない納豆を製造することができる。
【0010】
また、本発明に係るビタミンK低生産性納豆菌の選抜方法は、抗生物質耐性を有する納豆菌を選抜するビタミンK低生産性納豆菌の選抜方法において、抗生物質耐性を有する納豆菌のうち、低pHで死滅する納豆菌を選抜してなるものである。
【0011】
本発明に係るビタミンK低生産性納豆菌の選抜方法によれば、ビタミンK低生産性納豆菌のうち低pHで死滅する納豆菌が選抜されるため、納豆を摂食した後、生体内で胃酸などの低pH環境下で納豆菌が死滅する可能性があり、腸内に残存してメナキノンを生成するという危険性が低減される。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るビタミンK低含有納豆の製造方法によれば、納豆に含まれるメナキノン量を任意に設定及び制御でき、医薬の抗血液凝固作用を阻害することがない。
【0013】
本発明に係るビタミンK低生産性納豆菌の選抜方法によれば、腸内でメナキノンが生成されるという危険性が低減される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
図1はビタミンK低生産性納豆の製造方法の第1実施形態を示す工程図であり、本発明に係るビタミンK低生産性納豆の製造方法を図1を参照して説明する。
【0015】
本実施形態に係るビタミンK低生産性納豆の製造方法を説明する当たり、その前提技術である従来の納豆製造工程について図2を参照して説明する。
【0016】
一般に納豆を製造するときは、まず、選定された状態の良い大豆を洗浄機で洗浄し、混入した異物を除去したり、大豆の表面に付着した汚れを洗い流す(選定・洗浄工程S1a)。次いで、大豆を水に16〜10時間に亘って浸漬する(浸漬工程S1b)。これにより、大豆が吸水して体積が2倍ほどとなる。この浸漬工程S1bの後に、高圧釜を用いて大豆を蒸す。一般的には原料が丸大豆であれば圧力1.3〜1.5kg/cm2で30〜35分間、ひき割り大豆であれば圧力0.7kg/cm2で1〜2分間に亘って蒸す(蒸煮工程S1c)。蒸煮工程S1cの後、大豆温度80〜90℃で納豆菌を散布する。納豆菌の接種量は104/100g程度となっている(納豆菌散布S1d)。その後、納豆菌を増殖させるために納豆菌が散布された大豆を発酵させる。一般的には、室温30〜40℃で、湿度80〜90%の条件下で18〜20時間に亘って発酵させる(発酵工程S1e)。しかる後、発酵により増殖した納豆菌の生育を休止させ、香味を安定させるために熟成させる。一般的には3〜5℃程度の冷蔵庫内に一昼夜置く(熟成工程S1f)。
【0017】
従来は、以上のような工程で納豆が製造されるが、これでは納豆に含まれるメナキノン量を調整することができない。そこで、本実施形態ではメナキノン量を設定及び制御可能な製造方法を提案する。
【0018】
本実施形態に係る納豆の製造方法は、ビタミンK低生産性納豆菌を選抜する第1工程S10と、第1工程S10で選抜されたビタミンK低生産性納豆菌を大豆粉に接種して大豆粉を発酵させ次いで大豆粉に含まれるメナキノン量を定性する第2工程S20と、第2工程S20で製造された大豆粉を納豆用蒸煮大豆に所定量混同する第3工程S30とから構成される。
【0019】
まず、第1工程S10を説明する。第1工程S10では本実施形態に好適なビタミンK低生産性納豆菌を得る。まず、納豆菌を培養する。この培養工程S10aでは納豆菌の供試菌株を液体培地に接種し、振とう培養を行う(培養工程S10a)。使用される納豆菌は、市販されている納豆菌、市販されている納豆から分離して得られる納豆菌、その他所定の研究施設に保存していた納豆菌、又は、例えば自然界、具体的には土壌、落ち葉、枯れ草花、及び稲ワラ等より分離されて得られる納豆菌を用いてもよい。また、培地は納豆菌の増殖が可能なものであれば、培地組成は何れでもよい。
【0020】
培養工程S10aの後に、納豆菌の培養液を抗生物質添加液体培地に接種し、振とう培養し、その後に増殖した菌株を選抜する(納豆菌生存試験工程S10b)。この選抜方法は、ビタミンK生産能が低下すると抗生物質の取り込み能が低下し耐性を得るという特性を活用したもので、これにより、ビタミンK低生産性納豆菌が選抜される。なお、添加される抗生物質は、納豆菌に作用するものであれば何れでもよいが、アミノグルコシド系抗生物質が好ましい。また、培地組成は培養工程S10aで使用したものと同一のものでよい。
【0021】
納豆菌生存試験工程S10bの後に、pHを低くした緩衝液を生成し、この緩衝液に納豆菌生存試験工程S10bで選抜された菌株を接種して、納豆菌の死滅率を調べた(低pH条件死滅率試験工程S10c)。試験に供した緩衝液は、塩酸-塩化カリウム緩衝液(pH1.0〜2.2)、グリシン-塩酸緩衝液(pH2.2〜3.6)など、pH緩衝能を低域に設定できるものであれば何れのものでもよい。また、培地組成は培養工程S10aで使用したものと同一のものでよい。
【0022】
低pH条件死滅率試験工程S10cで選抜された菌株を用い、従来の納豆製造工程S1で納豆を製造する。製造された納豆の曳糸性及び香味性を試験し、これらの性質に好適な菌株を選抜する(曳糸・香味性試験工程S10d)。なお、納豆製造工程S1の工程中、発酵工程S1eでは室温10〜60℃の間で試験を行っている。
【0023】
以上のような納豆菌選抜工程(S10a〜S10d)により最適な納豆菌、即ち、メナキノン量の生産が少なく、かつ、生体内で胃酸などの低pH環境において死滅する可能性を有する納豆菌が選抜される。
【0024】
納豆菌選抜工程で選抜された納豆菌を抗生物質添加液体培地に接種し、再度、納豆菌の抗生物質耐性(ビタミンK低生産性)を確認しつつ納豆菌を本培養する(ビタミンK低生産性確認工程S10e)。なお、抗生物質添加液体培地は納豆菌生存試験工程S10bと同様の組成でよい。
【0025】
ビタミンK低生産性確認工程S10eで得られた納豆菌培養液を遠心分離にかけ、培養液から集菌する。その際、菌体に付着した培地成分を除去するため、滅菌水又は滅菌生理食塩水を用いて、2〜3回に亘って菌体洗浄と集菌を繰り返し、所定量の納豆菌を集菌する(集菌工程S10f)。
【0026】
集菌工程S10fで得られた菌体を滅菌水で適宜希釈し、この納豆菌を使用するときまで冷凍保存する(納豆菌液調整工程S10g)。
【0027】
以上のような、各工程S10a〜10gにより第1工程が終了する。
【0028】
次に、第2工程について説明する。第2工程では、まず、丸大豆を粉状にした大豆粉と加工水とを混合し(混合比;大豆粉:加工水(10:90〜90:10))、所定量の大豆粉液を成形する(大豆粉液成形工程S20a)。
【0029】
大豆粉液成形工程S20aで製造された大豆粉液を高温高圧下で加熱処理する(温度80〜130℃,時間:10〜120min.)(蒸煮工程20b)。
【0030】
蒸煮工程S20bで成形された大豆粉に納豆菌調整工程S10gで生成された納豆菌液を所定量散布し、大豆粉と納豆菌液を混合する(納豆菌散布工程S20c)。
【0031】
納豆菌散布工程S20cで成形された半流動体状の大豆粉を発酵する(温度:10〜60℃、時間:12〜96hrs.)(発酵工程S20d)。また、培養時間を長期設定することに伴い増殖した納豆菌を溶菌させる。
【0032】
発酵工程S20dで製造された大豆粉(発酵物)を冷凍する(冷凍工程S20e)。この冷凍工程S20eにより発酵物を凍結させ、納豆菌の増殖を抑制する。また、冷凍工程S20eの後に急激に加熱処理を行う(解凍工程S20f)。解凍工程S20gにより菌体にストレスを加え溶菌する。これらの冷凍工程S20e及び解凍工程S20fを多数回繰り返し、納豆菌の溶菌作用を更に促進させる。
【0033】
冷凍工程S20e及び解凍工程S20fの後に所定量のエタノールを発酵物に添加し、紫外線を照射する(UV照射工程S20g)。これにより、納豆菌で生成されたメナキノンが物理的に分解され、発酵物中のメナキノン量を減少させる。
【0034】
UV照射工程S20gが終了したときは、発酵物のメナキノン量を定性し(定性工程S20h)、大豆粉を冷蔵して熟成する(熟成工程S20i)。この定性工程S20hにより、最終製品である納豆のメナキノン含有量が制御されるため、抗血液凝固作用を有する医薬を服用する患者に対しても安全な納豆を提供することができる。
【0035】
以上の各工程S20a〜S20iにより第2工程が終了し、メナキノン量が定性された発酵物を得ることができる。
【0036】
続いて、第3工程について説明する。第3工程では、最終製品の納豆の原材料である大豆を選定・洗浄し(選定・洗浄工程S30a)、その後、低温度条件で所定時間に亘って浸漬し、大豆の体積が2倍程度になるまで吸水させる(浸漬工程S30b)。
【0037】
浸漬工程S30bで吸水拡大した大豆を高温高圧下で加熱処理する(温度:80〜130℃、時間:10〜120min.)(蒸煮工程30c)。
【0038】
蒸煮工程30cの後に前記第2工程を経た発酵物を混合する(混合工程S30d)。ここで、発酵物と蒸煮大豆との混合比率は、前記定性工程S20iで確認した含有量から設定を行い、10〜200μg/100gに制御する。
【0039】
混合工程S30dの後に、高濃度に製造した豆乳などの添加食材を表面に噴霧する(噴霧工程S30e)。前記蒸煮工程を経た納豆は曳糸性を有するが、納豆特有の菌体の被りは得られない。そこで、視覚面の改良として煮大豆液(豆乳)を噴霧した。この噴霧工程S30eにより最終製品である納豆の表面を茶色に着色している。なお、この噴霧工程S30eは納豆の視覚性の改善にあるから、添加食材として豆乳に限定されるものではなく、餅粉、コラーゲン粉末、カルシウム粉末などを用いることができ、これにより、最終製品の納豆の栄養価をコントロールすることができる。
【0040】
噴霧工程S30eを経た大豆は脱酸素剤などにより嫌気条件下に置かれる(熟成工程S30f)。これにより、菌体の増殖を抑制しつつ化学的酵素処理が行われ、納豆の香味を安定させる。
【0041】
以上の各工程S30a〜S30fにて第3工程が終了し、最終製品である納豆が製造される。
【0042】
本実施形態によれば、第1工程で医薬の抗血液凝固作用を阻害しない好適なビタミンK低生産性納豆菌が選抜されるし、また、第2工程でビタミンK低生産性納豆菌により生産されるメナキノン量が定性されるため、第3工程で製造される納豆のメナキノン量を任意の含有量に制御できるという利点を有している。
【0043】
また、第1工程の低pH条件死滅率試験工程S10cで低pHで死滅する納豆菌を選抜しているため、納豆を摂食した後、生体内で胃酸などの低pH環境下で納豆菌が死滅する可能性があり、腸内に残存してメナキノンを生成するという危険性が低減される。
【実施例】
【0044】
以下、本発明に係るビタミンK低生産性納豆の製造方法を実施例を掲げて説明する。
【0045】
[第1工程]
まず、第1工程S10の培養工程S10aで使用される培地は、表1に示す培地を使用した。
【0046】
【表1】

【0047】
この培地を複数の試験管に10mlずつ分注する。各試験管の中に納豆菌体、具体的には市販されている納豆から分離した納豆菌株、納豆菌研究により選抜されたその他の納豆菌株(SI,O−Z,DF3,N5−2i,N5−2p,Oz−6)をそれぞれ1白金耳接種し、それを振とう培養した(回転数:120rpm、温度:27℃、時間:24hrs)。
【0048】
続いて行わる納豆菌生存試験工程S10bでは表2に示す抗生物質(カナマイシン)添加培地を使用した。
【0049】
【表2】

【0050】
この培地を各試験管に10ml分注し、そこに、前記培養工程S10aで納豆菌が培養された培養液を100μm接種し、更にこれを振とう培養した(回転数:120rpm、温度:27℃、時間:48hrs)。なお、抗生物質の添加量(PPm)は20,50,100,…,2000と各種用意して試験した。納豆菌の培養後、各試験管の培養液を攪拌し、生菌濁度(O.D.660nm)を測定し、増殖状況を調べた。この調査の結果、表3に示す結果が得られた。
【0051】
【表3】

【0052】
この表3から次のことが分かる。即ち、納豆菌種SI、O−Z、N5−2i及びN5−2pが抗生物質添加量2000ppmでも生育が可能であり、これらの4株は高濃度の抗生物質添加に対して耐性を示したことから、ビタミンK生産能が低下していることが分かる。
【0053】
低pH条件死滅率試験工程S10cでは表4に示す緩衝液を使用する。
【0054】
【表4】

【0055】
この緩衝液として、塩酸−塩化カリウム緩衝液(pH2.0)とグリシン−塩酸緩衝液(pH3.0)を用いた2種類を用意し、この緩衝液を複数の試験管に10mlずつ分注した。そして、各試験管には納豆菌生存試験工程S10bで選抜された納豆菌種、市販納豆分離株、O−Z、N5−2i及びN5−2pの菌株培養液を100μl接種した。しかる後、37℃で 静置培養を行い、経時的(0min.,60min.,120min.)に希釈平板法により生菌数を計数し、菌体の生存率を調べた。試験の結果、表5のとおりとなった。
【0056】
【表5】

【0057】
試験の結果、市販されている納豆から分離した菌株は60分後に一度増殖傾向を示し120分後においても70〜80%の生存が認められた。その他3株は60分後より減少傾向を示し生存率は15〜50%であった。さらに、120分において、N5−2iはpH3の緩衝液で5.6%、pH2の緩衝液で3.9%であった。この試験結果から、N5−2iは胃酸などにより大多数が死滅することが明らかになった。
【0058】
なお、納豆菌種N5−2iについては、平成19年12月25日付けで受託者表示「Bacillus subtilis NOA−i」及び受託番号「FERMP−21477」で独立行政法人産業技術総合研究所に受託されている。
【0059】
以上のような工程S10a〜S10cを経て適切な納豆菌N5−2iが選抜されるが、本実施例では納豆菌N5−2iによって製造される納豆が食餌に適するか否かを確認するため、従来製法(図3)によって納豆菌N5−2iによる納豆を製造して納豆の曳糸性及び香味性を確かめたところ、食餌に適することが確認された(曳糸・香味性試験工程S10d)。
【0060】
以上の工程S10a〜S10dで選抜された納豆菌N5−2iを用いるときは、再度、ビタミンK低生産性確認工程S10eで確認される。即ち、表2の液体培地を試験管に10mlずつ分注し、そこに、前培養液を500μgずつ接種した。培養量は1菌体当たり5本(50ml)作成した。それを、振とう培養した(回転数;120rpm、温度;27℃、時間;49hrs.)。
【0061】
そして、ビタミンK低生産性確認工程S10eで得られた培養液を遠心分離(回転数;5000rpm、時間;15min.)により集菌した(集菌工程S10f)。また、菌体に付着している培地成分などを完全に除去するために、滅菌水または滅菌生理食塩水を用いて、2〜3回、菌体洗浄及び集菌を繰り返し行った。
【0062】
集菌工程10fで回収された菌体を滅菌水で適宜希釈を行い、その希釈水を直ちに冷凍庫(−80℃)に移し使用時まで凍結させた(納豆菌液調整工程S10g)。
【0063】
以上の工程S10e〜S10gを経て最適な納豆菌が選抜され、また、第2工程S20の納豆菌散布工程S20cの準備が完了する。
【0064】
[第2工程]
第2工程S20の大豆粉液成形工程S20aでは、大豆粉(生大豆)と加工水を混合し(1:1)、全体がペースト状になるようにする。そして、大豆粉ペーストを発酵規模などに合わせて一定量を容器に充填し密閉した。その後、大豆粉ペーストを高温高圧下で蒸煮処理を行った(蒸煮工程S20b)。
【0065】
この蒸煮処理S20bの後、ペースト状の蒸煮大豆粉に第1工程で作成された納豆菌液を散布した(納豆菌散布工程S20c)。この納豆菌散布工程S20cでは、蒸煮大豆粉末を100g取りだして細かく粉砕する一方、1000μmlの納豆菌調整液を解凍し、両者を混合した。この納豆菌散布工程S20cの後、混合大豆粉末を温度45℃、湿度90%以上、72時間で発酵した(発酵工程S20d)。なお、発酵時間が比較的長い時間に設定したため、培養時に増殖した納豆菌の一部が溶出する。
【0066】
次いで、発酵した大豆粉末を−80℃で冷凍処理し(冷凍工程S20e)、続いて、電子レンジで加熱処理を行った(解凍工程S20f)。冷凍工程S20eと解凍工程S20fを一組とする回数と納豆菌数との関係を試験したところ、表6に示す通りとなった。
【0067】
【表6】

【0068】
表6に示す試験結果によれば、冷凍工程S20eと解凍工程S20fを繰り返す回数が多くなればなるほど、納豆菌の個体数が減少するという結果がでた。なお、実施例では冷凍工程S20eと解凍工程S20fを繰り返す回数を10回とした。
【0069】
また、冷解凍工程S20e,S20fによるメナキノン量の減少率を納豆菌毎に試験した結果、表7に示すような結果となった。
【0070】
【表7】

【0071】
表7に示すように、市販納豆菌分離株の減量率を「100%」とするとき、納豆菌N5−2Pが「60%」、納豆菌N5−2iが「62%」、納豆菌O−Zが「66%」となり、納豆菌N5−2P,N5−2i,O−Zの何れもが市販納豆菌分離株と比較してメナキノン量が著しく減少し、優れた効果を示している。
【0072】
冷解凍工程S20e,S20f後に行われるUV照射工程S20gでは、発酵大豆粉末100gに70%エタノールを2000μl添加して攪拌し紫外線を20分間に亘って照射するという処理を、合計6回に亘って繰り返した。
【0073】
ここで、UV照射工程S20gの単独の影響を検討するため、冷解凍工程S20e,S20fを行うことなくUV照射工程S20gを行ったときは(納豆菌はN5−2iを使用)、表8に示す結果が得られた。
【0074】
【表8】

【0075】
表8に示す試験結果によれば、UV照射工程S20gにて紫外線照射処理を行った場合には未処理の場合と比較し、納豆菌N5−2iではメナキノンの分解率が18.8%となり、市販納豆分離株でも分解率が27.4%となっており、菌体の破壊及びメナキノンの物理的分解効果として影響することが明らかとなった。
【0076】
また、冷解凍工程S20e,S20fとUV照射工程S20gを共に行ったときは(納豆菌はN5−2iを使用)、表9に示す結果が得られた。
【0077】
【表9】

【0078】
表9に示す結果によれば、これら各工程S20e,S20f,S20gを行った場合は未処理の場合と比較し、メナキノンの分解率が20.6%まで向上した。
【0079】
以上のように、発酵工程S20d、冷凍工程S20e、解凍工程S20f及びUV照射工程S20gは納豆菌からメナキノンを溶出する溶出工程S20jとなっている。
【0080】
この溶出工程20jの後に行われる定性工程は一つに限定されるものではないが、本実施例では以下のとおり行った。
【0081】
まず、溶出工程S20hを終えた大豆粉末(5g)を乳鉢に取り、そこに研磨剤(ガラスビーズ、海砂)5gを混合した。次いで、70%2−プロパノールを10ml添加し、ペースト状になるまで十分にすり潰した。100ml容三角フラスコに試料全量を移し、そこに、ヘキサン10mlを添加した。室温にて15分間に亘って攪拌・遠心分離を行い、その後、上澄みになるヘキサン層を採取した。このヘキサン層をロータリーエバポレータで減圧乾燥させ、Cep-PakC18カラムを用いてメナキノン成分の精製を行った。Sep-Pak C18 cartriclgeからヘキサンージエチルエーテル(3:97)溶液で溶出させた。さらに、ロータリーエバポレーターで減圧乾燥させた。エタノール1mlにて乾燥試料を溶解した。最後に、吸収波長O.D.248〜261nmlにてメナキノン成分の定性を行った。
【0082】
[第3工程]
第3工程S30の選定・洗浄工程S30aでは、原料大豆として平成15年秋田県産コスズ(小粒)を使用した。続く浸漬工程S30bではこの原料大豆に対して蒸留水600mlを温度10℃にて48時間漬けた。これにより、大豆の体積が2.3倍になった。その後、蒸煮工程S30cで高温高圧下(温度:126℃、圧力:1.2atm.、時間:60min.)で蒸煮した。
【0083】
混合工程S30dでは蒸煮大豆100gに対して第2工程S20で生成された発酵粉末大豆10gを添加し攪拌した。これにより、混合大豆が曳糸性を発揮する。混合工程S30dの後に行われる噴霧工程S30eでは粉末大豆20gを蒸留水300mlで3分間煮沸して煮大豆溶液を得、煮大豆溶液を混合大豆100g当たり3ml添加した。熟成工程S30fでは脱酸素剤をいれた密閉性の高い容器に噴霧工程S30eを終えた混合大豆を入れ、温度45℃で30分間に亘って熟成させた。
【0084】
なお、第3工程S30で製造された納豆のメナキノン含有量を定性したところ、表10に示す結果となった。
【0085】
【表10】

【0086】
この結果から分かるように、第2工程S20の各工程S20e,S20f,S20gを行った場合(125μg/100g)も、また、各工程S20e,S20f,S20gを行わなかった場合(154μg/100g)もメナキノン量の低下率が見られ、特に、各工程S20e,S20f,S20gを行った場合にはその効果が極めて顕著なものとなっている。
【0087】
図3はビタミンK低生産性納豆の製造方法の第2実施形態を示す工程図であり、第1実施形態と同一工程部分は同一符号で示し、その説明を省略する。
【0088】
前記第1実施形態では発酵の対象となる大豆として、大豆を粉状にした大豆粉を用いている。これに対して、第2実施形態では発酵の対象となる大豆として丸大豆を用いた。
【0089】
即ち、第2工程S20において大豆粉液成形工程に代えて丸大豆準備工程20a’を用いる。この丸大豆準備工程20a’において状態の良い丸大豆を選定し、汚れなどを除去して待機し、この丸大豆に第2工程S20の各工程S20b〜S20iを行うようになっている。
【0090】
また、第3工程S30においては、前記第1実施形態の混合工程及び噴霧工程に代えて合わせ工程S30d’を行うようになっている。この合わせ工程S30d’では蒸煮工程S30cを経た納豆用蒸煮大豆と第2工程で成形された定性済みの発酵丸大豆とを合わせて納豆を製造する。なお、この合わせ工程S30d’で納豆用蒸煮大豆と発酵丸大豆を納豆容器に収納する際は、菌体の繁殖が見られる発酵丸大豆を上側(開放蓋側)に配置し、蒸煮大豆を下側(容器の底側)に配置し、製品としての視覚性を損なうことがないようにする。
【0091】
以上のように、本発明に係るビタミンK低生産性納豆の製造方法においては、納豆菌の定性が可能であれば良く、発酵される大豆が粉状であろうと或いは丸大豆であろうと、更にはひき割り状であっても良い。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】第1実施形態に係るビタミンK低生産性納豆の製造方法を示す工程図
【図2】従来の納豆の製造工程図
【図3】第2実施形態に係るビタミンK低生産性納豆の製造方法を示す工程図
【符号の説明】
【0093】
S10…第1工程、S20…第2工程、S30…第3工程。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビタミンK低生産性納豆菌を選抜する第1工程と、
前記第1工程で選抜されたビタミンK低生産性納豆菌を大豆に接種して大豆を発酵させ、次いで大豆に含まれるメナキノン量を定性する第2工程と、
前記第2工程で製造された大豆と納豆用蒸煮大豆とを合わせてなる第3工程とを有する
ビタミンK低含有納豆の製造方法。
【請求項2】
前記第1工程には、前記ビタミンK低生産性納豆菌のビタミンK低生産性を確認するビタミンK低生産性確認工程を有する
ことを特徴とする請求項1記載のビタミンK低含有納豆の製造方法。
【請求項3】
前記第2工程には納豆菌からメナキノンを溶出させる溶出工程を有する
ことを特徴とする請求項1又は請求項2記載のビタミンK低含有納豆の製造方法。
【請求項4】
前記溶出工程は、発酵した大豆に対して冷凍と解凍を繰り返す冷凍・解凍工程又は発酵した大豆粉に紫外線を照射する紫外線照射工程の少なくとも一方からなる
ことを特徴とする請求項3記載のビタミンK低含有納豆の製造方法。
【請求項5】
前記第1工程でビタミンK低生産性納豆菌が接種される大豆として紛状にした大豆粉を用い、
前記第3工程は、大豆粉が添加された納豆用蒸煮大豆に対して豆乳、餅粉、コラーゲン粉末、カルシウム粉末などの添加食材を噴霧する添加食材噴霧工程を有する
ことを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか一項記載のビタミンK低含有納豆の製造方法。
【請求項6】
前記第1工程でビタミンK低生産性納豆菌が接種される大豆として丸大豆を用いた
ことを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか一項記載のビタミンK低含有納豆の製造方法。
【請求項7】
前記請求項1乃至前記請求項6の何れか一項に記載のビタミンK低含有納豆の製造方法によって製造される
ことを特徴とするビタミンK低含有納豆。
【請求項8】
抗生物質耐性を有する納豆菌を選抜するビタミンK低生産性納豆菌の選抜方法において、
抗生物質耐性を有する納豆菌のうち、低pHで死滅する納豆菌を選抜してなる
ことを特徴とするビタミンK低生産性納豆菌の選抜方法。
【請求項9】
前記請求項8のビタミンK低生産性納豆菌の選抜方法で得られた
ビタミンK低生産性納豆菌。
【請求項10】
前記請求項1乃至請求項5の何れか一項に記載のビタミンK低生産性納豆菌は前記請求項9で得られたビタミンK低生産性納豆菌からなる
ことを特徴とするビタミンK低含有納豆の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−183155(P2009−183155A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−23199(P2008−23199)
【出願日】平成20年2月1日(2008.2.1)
【出願人】(300054631)有限会社エフ・テイ・イノベーション (14)
【Fターム(参考)】