説明

ピキア(Pichia)属酵母及びその製造方法

【課題】 耐熱性に優れた新規なアーミング酵母及びその製造方法の提供。
【解決手段】 細胞表層に酵素が提示されたピキア(Pichia)属酵母;かかるピキア属酵母の製造方法であって、分泌シグナル配列、酵素の構造遺伝子配列、糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする配列をこの順で、あるいは分泌シグナル配列、糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする配列、酵素の構造遺伝子配列をこの順で有するプラスミドを調製し、次いでこれをピキア属酵母に導入した後、メタノールを含む培地で培養することを特徴とするピキア属酵母の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母の中でもピキア属酵母を宿主として用いた、細胞表層に酵素が提示されたアーミング酵母及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞表層に酵素を固定化させたアーミング酵母の創製技術により、本来酵母が有していない分泌型酵素、例えばアミラーゼ、リパーゼ、セルラーゼなどを表層に固定化することにより、これまで酵母が分解、利用できなかった炭素源等基質が利用できるようになった。このため、アルコール生産やバイオディーゼル燃料の生産などにおいて生産効率が大きく向上した。このアーミング酵母は、酵素が酵母細胞表層に自発的に固定化され酵母自体が固定化担体としての役割を果たすため、通常の固定化酵素の製造過程で行われる分離、精製、固定化のプロセスを経ることなく、目的の酵素を担体に固定化した状態(固定化酵素剤)として回収することが可能である。このため、発酵母体としての利用のみならず、固定化酵素としての利用も注目されている。
【0003】
アーミング酵母の宿主としては、ビール、ワイン、清酒などのアルコール製造用、パン製造用酵母として古くから知られているサッカロミセス属酵母、中でもサッカロミセス・セレヴィシエ(Saccharomyces cerevisiae)が利用されている。本酵母は、発酵工業で培われてきた研究の歴史に加え、近年のバイオテクノロジーの発展により、発酵学をはじめ、食品化学、生理生化学、遺伝学など様々な分野で有用な真核生物として研究が進んでおり、本酵母に関する情報が豊富に蓄積されている。宿主−ベクター系も開発されており、外来遺伝子の導入も比較的容易である。さらに、古くから発酵食品に利用されていたために、安全性が確保されている点でも優れている。
このように有用なサッカロミセス・セレヴィシエを宿主としたアーミング酵母は発酵母体として優れた特性を発揮する(非特許文献1)。
【非特許文献1】T.Muraiら、Appl. Environ. Microbiol.,63:1362 (1997)、M.Uedaら、J.Biosci.Bioeng.,90:125(2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、化学工業、医薬品工業などで、アーミング酵母を固定化酵素(全細胞体触媒)として利用しようと考えた場合、発酵母体としてアーミング酵母を利用する場合と異なり、大量なアーミング酵母菌体の製造、表層に提示された酵素の高発現・高活性、化学反応中での安定な触媒活性発現、アーミング酵母の繰り返し使用、反応産物(化学工業製品、医薬品)の高品質維持など、更に厳しい性能が要求される。そのためには新たな宿主酵母の探索、より高性能なアーミング酵母の開発が強く望まれている。
【0005】
したがって、本発明は、アーミング酵母菌体の大量製造が容易で、表層に提示された酵素が高発現・高活性を示し、化学反応中での安定な触媒活性を有する等の優れた特性を有するピキア属酵母を宿主としたアーミング酵母及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、アーミング酵母菌体の生産量、導入した外来酵素の発現量の観点からピキア属の酵母、なかでもピキア・パストリス(Pichia pastoris)に着目した。ピキア・パストリスはメタノールを単一炭素源として利用することができ、サッカロミセス・セレヴィシエに比べ、生育速度が速く、工業的高密度培養に適しているため、低コスト大量菌体製造に有利であると考えられる。更に、導入した外来酵素の発現量も多いので、ピキア属酵母を宿主としたアーミング酵母は、化学工業、医薬品工業などで利用される固定化酵素(全細胞体触媒)として極めて有望である。
【0007】
ピキア属酵母を宿主としたアーミング酵母としては、2004年にM.Merglerらがα-アグルチニンのC末端側半分と目的酵素を融合した融合タンパク質をピキア属酵母の細胞表層へ提示した事例が最初である(Appl.Micro.Biotech.,63:418 (2004))。このα-アグルチニンのC末端側半分に存在するGPIアンカリングドメインによる細胞表層提示方法は田中らが既に発表した手法である(特開平11-290078)。この手法により発現させたタンパク質は、N末端側に活性中心があるものであれば細胞表層で十分な活性を示すことができる。しかしながら、C末端側に活性中心がある場合、活性中心と融合したα-アグルチニンのC末端側半分が近すぎることによる立体障害が起こり、十分な活性を示すことができない場合が考えられる。
【0008】
一方、サッカロミセス・セレヴィシエを宿主としたアーミング酵母の創製を種々検討してきた福田らは、サッカロミセス・セレヴィシエにおいてGPIアンカリングドメインの機能を失わせた場合にも、GPIアンカータンパク質が細胞表層に保持されることを見出した。そして、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインさえ含まれていれば、そのN末端側またはC末端側いずれか一方に、あるいはN末端側およびC末端側の両方に目的のタンパク質を発現させるようなプラスミドを構築することで、目的タンパク質を細胞表層に発現させることに成功した(WO02/085935)。
【0009】
そこで、本発明者らは、これらの情報を基に種々研究を行った結果、α-アグルチニンと同様、凝集タンパク質であるFLOタンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインを用いることによって初めてピキア属酵母の細胞表層に目的タンパク質を提示することに成功した。糖鎖結合タンパク質ドメインを用いることにより、C末端側、N末端側いずれに活性中心がある酵素でも活性を示すことができ、従来のピキア属酵母を宿主としたアーミング酵母よりも幅広いタンパク質に有効なアーミング酵母であると言える。
更に、驚くべきことに、新規に創製された当該アーミング酵母が、従来から知られているサッカロミセス・セレヴィシエを宿主としたアーミング酵母に比べ、高い耐熱性を有することを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、細胞表層に酵素が提示されたピキア属酵母を提供する。
また、本発明は、かかるピキア属酵母の製造方法であって、分泌シグナル配列、酵素の構造遺伝子配列、糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする配列をこの順で、あるいは分泌シグナル配列、糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする配列、酵素の構造遺伝子配列をこの順で有するプラスミドを調製し、次いでこれをピキア属酵母に導入して形質転換した後、メタノールを含む培地で培養することを特徴とするピキア属酵母の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明のピキア属酵母を宿主としたアーミング酵母は、大量製造が容易で、表層に提示された酵素が高発現・高活性を示し、化学反応中での安定な触媒活性を有する等の優れた特性を有し、特に従来のアーミング酵母より高い耐熱性を有する。すなわち、例えば合成・分解反応、特に吸熱反応のように高温条件の方が反応速度的に有利である反応を触媒する固定化酵素(全細胞体触媒)として優れており、アーミング酵母の産業利用分野をさらに拡大させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
(アーミング酵母)
本発明において、アーミング酵母とは細胞表層局在タンパク質と種々の機能性タンパク質(酵素・抗原・抗体・レポータータンパク質など)やペプチドを融合させ、細胞表層にディスプレイさせることにより、通常の酵母では有していない新しい機能を有する、あるいは元来有している機能を増強した酵母細胞のことをいう。また、細胞表層とは細胞膜・細胞壁ならびにその間の空間であるペリプラズムのことであり、これらの層を利用し上記の様な要件を満たす酵母細胞をアーミング酵母という。
本発明におけるアーミング酵母の創製は、公開特許公報(特開平11-290078号公報、WO02/085935)を基に行われた。
本発明における酵素および該酵素の配列に関しては次に説明する通りである。
【0013】
(分泌型酵素)
本発明において、分泌型酵素とは、リパーゼ類、アミラーゼ類、セルラーゼ類などが挙げられる。
リパーゼ類とは、油脂から脂肪酸を遊離させ得る活性を有する酵素であり、その起源については特に限定されないが、リゾプス・オリゼア(Rhizopus oryzae)などのカビ由来のリパーゼが好適に用いられる。
アミラーゼ類とはデンプンを加水分解し得る酵素をいう。代表的にはグルコアミラーゼ、α―アミラーゼ、β―アミラーゼなどが挙げられる。アミラーゼ類の酵素についてもその起源は特に限定されない。
セルラーゼ類とは一般的にエンドβ1,4−グルカナーゼをいうが、本発明においては、β1,4−グルコシド結合を切断し、セルロースからグルコースを生産する一群の酵素を称してセルラーゼという。例えば、β1,4−グルカナーゼ、β―グルコシダーゼ、カルボキシメチルセルラーゼなどが挙げられ、その起源については限定されない。
【0014】
(糖鎖結合タンパク質ドメイン)
本発明において、糖鎖結合タンパク質ドメインとは、酵母細胞表層に存在する特定の糖を認識、結合する部位を有することによって、あるいは、複数の糖鎖を有し、この糖鎖が細胞壁中の糖鎖と相互作用または絡み合うことによって、細胞表層に留まることのできるドメインをいう。代表的なものに、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインが挙げられる。
【0015】
(GPIアンカータンパク質)
本発明において、GPIアンカータンパク質とは、細胞表層局在タンパク質であって、細胞膜上に存在するGPIアンカーを介して細胞膜に結合し得るタンパク質をいう。GPIアンカータンパク質にはα-アグルチニン、a-アグルチニン、FLOタンパク質、アルカリホスファターゼなどが挙げられる。本発明で好適に用いられたFLOタンパク質にはFLO1、FLO2、FLO4、FLO5、FLO9、FLO10、FLO11が挙げられる。
【0016】
(GPIアンカリングドメイン)
本発明におけるGPIアンカリングドメインとは、細胞壁アンカリングドメインとGPIアンカー付着認識シグナル配列をいう。通常これらはGPIアンカータンパク質のC末端あるいはその近傍に存在する。
【0017】
(GPIアンカータンパク質の輸送、細胞表層局在)
GPIアンカータンパク質は、N末端側に分泌シグナル配列を有しており、この点では分泌性タンパク質と共通しているが、GPIアンカーを介して細胞膜に固定されて輸送される点が分泌性タンパク質と大きく異なる。
GPIアンカータンパク質は、細胞膜通過の際、GPIアンカリングドメインのうちGPIアンカー付着認識シグナル配列が選択的に切断される。新たに突出したC末端部分で細胞膜上のGPIアンカーと結合して細胞膜に固定される。その後ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼC(PI−PLC)によりGPIアンカーの根元部分が切断される。ついで、細胞膜から切り離されたタンパク質は細胞壁に組み込まれる。ここでは、もうひとつのGPIアンカリングドメインである細胞壁アンカリングドメインに存在する糖鎖が、細胞壁中の糖鎖と結合し、GPIアンカータンパク質は細胞表層に固定される。
【0018】
(分泌シグナル配列)
本発明において、分泌シグナル配列とは、一般に細胞外に分泌されるタンパク質のN−末端に結合している、疎水性に富んだアミノ酸を多く含むアミノ酸配列であり、通常、分泌性タンパク質が細胞内から細胞膜を通して細胞外(ペリプラズムも含む)へ分泌される際に除去される。分泌シグナル配列であれば、どのような分泌シグナル配列でも用いることができ、その起源は問わない。分泌シグナルとしてはグルコアミラーゼの分泌シグナル配列、酵母のα-またはa-アグルチニンのシグナル配列、リパーゼの分泌シグナル配列などが好適に用いられている。また、該酵素の活性に影響を与えないのであれば、分泌シグナルの一部または全部が酵素のN−末端側に残ってもよい。(特開平11-290078号公報、WO02/085935参照)
【0019】
(凝集機能ドメイン)
GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインとは、GPIアンカリングドメインよりもN末端側にあり、複数の糖鎖を有し、酵母細胞間の凝集に関与していると考えられているドメインをいう。
【0020】
本発明において、酵素を細胞表層に発現させるDNAは、以下の配列を有するDNAであることが好ましい。
(1)分泌シグナル配列、酵素の構造遺伝子配列、糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする配列をこの順で有するDNA
(2)分泌シグナル配列、糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする配列、酵素の構造遺伝子配列をこの順で有するDNA
【0021】
なお、上記(1)、(2)の場合は、糖鎖結合タンパク質ドメインが、少なくとも細胞表層局在タンパク質、特にFLOタンパク質の凝集機能ドメインを含む部分であることが好ましい。糖鎖結合タンパク質ドメインを用いた場合、発現した酵素の活性中心がC末端側にあっても、立体障害が起こらず、高い活性を有するアーミング酵母が得られる。
【0022】
(宿主酵母)
本発明におけるアーミング酵母の特徴は、宿主酵母の種類にあり、ピキア属酵母、好ましくはピキア・パストリスを宿主酵母とすることである。
【0023】
本発明のピキア属酵母の製造方法を、上記(2)のDNAを用いた場合について説明する。まず、アンカータンパク質をコードする遺伝子(糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする遺伝子、そのN末端側に分泌シグナル配列をコードする遺伝子を含む)をプロモーターの下流に挿入し、次いでこの遺伝子の下流に酵素をコードする遺伝子(プロ配列及び成熟タンパク質配列)を挿入し、該プロモーター制御下でキメラタンパク質を発現するためのプラスミドを構築する。得られたプラスミドを適当な制限酵素で切断し、ピキア属酵母のゲノム上に導入して形質転換体を得る。得られた形質転換体をメタノールを含む培地で培養し、キメラタンパク質を発現させ、これを採取することによって本発明のピキア属酵母を得ることができる。ここで、アンカータンパク質としては、サッカロミセス・セレヴィシエATCC60715由来のFLO1タンパク質の凝集機能ドメインを用いた、FLO1-shortアンカー(FSアンカー)が好ましい。FSアンカーは、このドメインを含むN末端側から1099アミノ酸を用いたアンカーである。このFSアンカーは、凝集機能ドメインにより酵母細胞壁と非共有結合的に結合し、酵母細胞表層に局在化すると考えられている。このFSアンカーは、サッカロミセス・セレヴィシエを宿主細胞とした場合と同様に、ピキア属酵母、特にピキア・パストリスを宿主細胞とした系においても有用に用いることができる。
上記(1)のDNAを用いる場合は、アンカータンパク質をコードする遺伝子を適当な制限酵素を用いて切断し、酵素をコードする遺伝子を挿入すればよい。
また、上記(1)、(2)のDNAを、プラスミドに組み込まず、宿主となるピキア属酵母の遺伝子に直接組み込んでもよい。
【0024】
このようにして得られるアーミング酵母は、従来のアーミング酵母に比べて耐熱性が高い。
以下、実施例、比較例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこの実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0025】
(リゾプス・オリゼア由来のリパーゼ(ROL)をピキア酵母に導入したアーミング酵母の作成)
A( short型Flo1の遺伝子の取得)
次のようにしてshort型FLO1の遺伝子を取得した。pWIFS (T. Matsumotoら、Appl. Environ. Microbiol., 68:4517 (2002))をテンプレートとし、プライマー(DNA合成装置にて合成)として配列番号1および配列番号2に記載のヌクレオチド配列を用いてPCR増幅し、BglIIおよびBamHIで切断して、約3300bpの長さのBglII-BamHI断片(BglII-BamHI FLO3300bp断片)を得た。この3300bpの断片は、FLO1の5’側の配列(分泌シグナル配列およびFLO1凝集機能ドメイン)を有していると考えられ、FLO1の3’側の配列にコードされているGPIアンカリングドメインのGPIアンカー付着認識シグナル配列は含まれていない。
【0026】
B(リパーゼ遺伝子の取得)
次のようにしてリゾプス・オリゼア由来リパーゼの遺伝子を取得した。PWIFSproROL (T. Matsumotoら、Appl. Environ. Microbiol., 68:4517 (2002))をテンプレートとし、プライマーとして配列番号3および配列番号4に記載のヌクレオチド配列を用いてPCR増幅を行い、BamHIおよびEcoRIで切断して、約1100bpの長さのBamHI-EcoRI断片(BamHI-EcoRIリパーゼ断片)を得た。このリパーゼ断片は、リパーゼのプロ配列および成熟タンパク質配列を有している。
【0027】
C( short型Flo1およびプロリパーゼの構造遺伝子をこの順で有するプラスミドの作製)
目的のDNAを有するプラスミドは、上記Aで得られたshort型FLO1遺伝子と上記Bで得られたプロリパーゼ遺伝子を接続することにより得られる。FLO1誘導体とリパーゼとの融合タンパク質を作成するために、以下の操作を行った。作成の模式図を、図1に示す。
まず、インテグレーション型プラスミドpPIC3.5K(Invitrogen Corporation, Carlsbad, CA)をBamHIで切断し、脱リン酸化後、上記Aで得られたBglII-BamHIFLO3300bp断片を挿入して、プラスミドpPIC3.5KFSを得た。次いで、このプラスミドpPIC3.5KFSを、BamHIおよびEcoRIで切断し、上記Bで得られたBamHI-EcoRIリパーゼ断片を挿入して、pPIC3.5KFSproROLを得た。このプラスミドpPIC3.5KFSproROLに挿入された遺伝子から発現されるタンパク質はshort型FLO1リパーゼ(特開平 11-290078号公報、WO02/085935)と同等のものである。
【0028】
D(ピキア酵母への遺伝子の導入)
上記Cで得られたプラスミドpPIC3.5KFSproROLをSalIで切断後、Pichia EasyComp Kit (Invitrogen Corporation, Carlsbad, CA)を用いてPichia pastoris GS115 (his4) (Invitrogen Corporation, Carlsbad, CA)ゲノム上へ導入した。これをRD寒天培地(1M ソルビトール、2%グルコース、1.34% Yeast Nitrogen Base with Ammonium Sulfate without amino acids、4×10-5% ビオチン、0.005% L-グルタミン酸、0.005% L-メチオニン、0.005% L-リシン、0.005% L-ロイシン、0.005% L-イソロイシン)を用いて培養した。生育した酵母を選択し、short型FLO1リパーゼを発現するアーミング酵母、すなわちピキア・パストリスGS115/FSproROLアーミング酵母を得た。
【0029】
E(ピキア−ROLアーミング酵母の調整)
上記Dで創製したピキア・パストリスGS115/FSproROLアーミング酵母をBMGY液体培地(酵母エキス 1%、ペプトン 2%、グリセロール 1%、ビオチン4ppm、yeast nitrogen base w/o amino acid 1.34%、100mMリン酸カリウム緩衝液pH6.0)に植菌し、30℃で振盪培養した。生育が定常期に入った時点で、培養液にメタノールを、最終濃度が0.5%となるように添加し、ROLの発現を促した。メタノール添加開始より5日間培地中のメタノール濃度を維持するよう添加を続け、6日目に培養を終了した。その間計時的に培養液をサンプリングし、遠心分離により培地と菌体に分離し、菌体のリパーゼ活性(30℃)を市販のキット(リパーゼキットS:大日本製薬製)で確認した(データは示さず)。培養終了した培養液を遠心分離により培地と菌体とに分離した。得られた菌体をピキア―ROLアーミング酵母とした。
【実施例2】
【0030】
(リパーゼ細胞表層提示ピキア酵母の耐熱性)
上記実施例1で得られたピキア−ROLアーミング酵母を50mMリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁し、40℃、50℃、60℃、70℃条件下にて振盪しながらインキュベートした。インキュベートしている間、経時的にサンプリングし、遠心分離により菌体と上清に分離した。得られた菌体のリパーゼ活性(30℃)を市販のキット(リパーゼキットS(大日本製薬製))を用いて行った。この結果を図2に示す。
インキュベート開始時点の菌体のリパーゼ活性を100とした。40℃でインキュベートした場合、菌体のリパーゼ活性は12時間インキュベートしてもほぼ100であった。50℃でインキュベートした場合には、3時間後より徐々に活性が増加し、6時間後には125に達した。さらに驚くべきことに、インキュベート温度を上げ、60℃とした場合には、50℃でインキュベートしたときよりも更に活性が増加し、12時間後には180に達した。しかしながら、70℃までインキュベートを上げると表層に提示したROLが失活してしまったためか、1時間後にはほとんど活性が検出できなかった。
ROL粉末市販酵素は至適温度が40℃であり、45℃を超えると30分インキュベートしただけで活性が大きく低下することが知られている。同一のROLであるにもかかわらず、ピキア酵母の表層に提示することで大幅に耐熱性が向上する上に、活性が増加することが判明した。
【0031】
(比較例1)
a(リゾプス・オリゼア由来のリパーゼ(ROL)をサッカロミセス酵母に導入したアーミング酵母の作成)
細胞表層局在タンパク質であるFLO1 [J.Watariら、Agric. Biol. Chem., 55:1547(1991), G.G.Stewartら、 Can. J. Microbiol., 23:441(1977), I. Russellら、J. Inst. Brew., 86:120(1980), C. W.Lewisら、 J.Inst.Brew., 82:158(1976)]]の5‘側配列(BamHI-BglII約3300bp断片:分泌シグナル配列およびFLO1凝集機能ドメインを含む)と、リゾプス・オリゼアのリパーゼのプロ配列および成熟タンパク質配列を有しているリパーゼ断片(BamHI-SalI約1100bp)を、マルチコピー型プラスミドpWI3に挿入してpWIFSpmROLを得た。詳細なる作成方法はWO02/085935実施例に記載されている。この得られたプラスミドpWIFSpmROLをWO02/085935実施例に従い、サッカロミセス・セレヴィシエMT8-1(MATa ade his3 leu2 trp1 ura3)(Tajimaら Yeast, 1:67-77, 1985)に導入し、サッカロミセス・セレヴィシエ(MT8-1)−ROLアーミング酵母を得た。
【0032】
b(サッカロミセス−ROLアーミング酵母の調整)
上記aで得られたサッカロミセス・セレヴィシエ(MT8-1)−ROLアーミング酵母をSDC液体培地(yeast nitrogen base w/o amino acid 0.67%、カザミノ酸2%、グルコース0.5%)へアデニン0.002%、ウラシル0.008%、L-ヒスチジン0.008%、L-ロイシン0.04%を加えた液体培地に植菌し、30℃で振盪培養した。培地中のグルコース量を消費し、増殖が緩やかになった時点から更に7日間培養を継続し、8日目に培養を終了した。この間計時的に培養液をサンプリングし、遠心分離により培地と菌体に分離し、菌体のリパーゼ活性(30℃)を市販のキット(リパーゼキットS:大日本製薬製)で確認した(データを示さず)。培養終了した培養液遠心分離により培地と菌体とに分離した。得られた菌体をサッカロミセス―ROLアーミング酵母とした。
【0033】
(比較例2)
(リパーゼ細胞表層提示サッカロミセス酵母の耐熱性)
上記比較例1で得られたサッカロミセス−ROLアーミング酵母を50mMリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁し、40℃、50℃、60℃、70℃条件下にて振盪しながらインキュベートした。インキュベートしている間、経時的にサンプリングし、遠心分離により菌体と上清に分離した。得られた菌体のリパーゼ活性(30℃)を市販のキット(リパーゼキットS(大日本製薬製))を用いて行った。この結果を図3に示す。
インキュベート開始時点の菌体のリパーゼ活性を100とする。40℃の条件でインキュベートした場合には、リパーゼ活性はほぼ直線的に減少し、12時間後には25程度まで低下した。50℃の条件でインキュベートした場合には、活性の低下が速まり、4時間後に25程度まで低下してしまった。更にインキュベート温度を上げ、60℃の条件では更に活性の低下が速まり、3時間後には25を下回った。70℃の条件では細胞の表層に提示したROLが失活してしまったためか1時間後には活性が検出できなかった。
【0034】
このように、サッカロミセス−ROLアーミング酵母はROL粉末市販酵素に比べ、耐熱性が向上しているものの、実施例に示したピキア−ROLアーミング酵母の耐熱性に比べるとそのレベルは低いものであった。実施例2および比較例2より、同一酵素を細胞表層に提示しているにもかかわらず、宿主となる酵母により酵素の耐熱性に大きな変化が生じることが判明した。特に宿主酵母としてピキア属酵母を用いると、耐熱性が向上することが示された。
ピキアアーミング酵母とサッカロミセスアーミング酵母でのリパーゼ活性の挙動の違いは明確になっていないが、ピキアアーミング酵母及びサッカロミセスアーミング酵母における、アーミングされた酵素と糖鎖結合タンパク質ドメインからなるキメラタンパク質への糖鎖付加の違いが一因ではないかと考えている。O―型糖鎖は分子構造をリジットにするという報告もあり(N.Jentoftら Trends Biochem. Sci., 15, 291 (1990))、このことが本発明における酵素活性増大の一因ではないかと考え、鋭意研究中である。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のピキア属酵母を宿主としたアーミング酵母は、合成・分解反応、特に吸熱反応のように高温条件の方が反応速度的に有利である反応を触媒する固定化酵素(全細胞体触媒)として有用である。また、本発明のアーミング酵母は、グリーン・サステイナブル・ケミストリーへの幅広い活用が大いに期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】FLO1誘導体とリパーゼとの融合タンパク質を作成するための模式図である。
【図2】ピキア−ROLアーミング酵母を40℃、50℃、60℃、70℃でインキュベートしたときの、菌体のリパーゼ活性の経時変化を示すものである。
【図3】サッカロミセス−ROLアーミング酵母を40℃、50℃、60℃、70℃でインキュベートしたときの、菌体のリパーゼ活性の経時変化を示すものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞表層に酵素が提示されたピキア(Pichia)属酵母。
【請求項2】
酵母がピキア・パストリス(P.pastoris)である請求項1に記載のピキア属酵母。
【請求項3】
酵素が分泌型酵素である請求項1又は2に記載のピキア属酵母。
【請求項4】
酵素がリパーゼである請求項1〜3のいずれか1項に記載のピキア属酵母。
【請求項5】
酵素が、リゾプス・オリゼア(Rhizopus oryzae)由来のリパーゼである請求項1〜4のいずれか1項に記載のピキア属酵母。
【請求項6】
酵素が、分泌シグナル配列、酵素の構造遺伝子配列、糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする配列をこの順で、あるいは分泌シグナル配列、糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする配列、酵素の構造遺伝子配列をこの順で有するDNAによって細胞表層に発現されるものである請求項1〜5のいずれか1項に記載のピキア属酵母。
【請求項7】
糖鎖結合タンパク質ドメインが、少なくとも細胞表層局在タンパク質の凝集機能ドメインを含む部分である請求項6に記載のピキア属酵母。
【請求項8】
糖鎖結合タンパク質ドメインが、FLOタンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインであり、発現した酵素の活性中心がC末端側にあるものである請求項1〜7のいずれか1項に記載のピキア属酵母。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のピキア属酵母の製造方法であって、分泌シグナル配列、酵素の構造遺伝子配列、糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする配列をこの順で、あるいは分泌シグナル配列、糖鎖結合タンパク質ドメインをコードする配列、酵素の構造遺伝子配列をこの順で有するプラスミドを調製し、次いでこれをピキア属酵母に導入して形質転換した後、メタノールを含む培地で培養することを特徴とするピキア属酵母の製造方法。
【請求項10】
糖鎖結合タンパク質ドメインが、サッカロミセス・セレヴィシエ(Saccharomyces cerevisiae)由来のFLO1タンパク質の凝集機能ドメインを含むものであり、酵素がリゾプス・オリゼア由来のリパーゼ遺伝子である請求項9に記載のピキア属酵母の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−174767(P2006−174767A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−371706(P2004−371706)
【出願日】平成16年12月22日(2004.12.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年8月25日 社団法人日本生物工学会発行の「日本生物工学会大会講演要旨集」に発表
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【出願人】(000002886)大日本インキ化学工業株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】