説明

ピコリン酸類の製造方法

本発明は、ピコリン酸類の製造方法に関する。具体的には、本発明は、下記式(I)、(II)又は(III)で表されるフェニル基を含む芳香族化合物と、芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼとを反応させて、ピコリン酸類(I’)、(II’)又は(III’)を得ることを含むピコリン酸類の製造方法に関する。


〔式中、H1は置換基を有していてもよい複素環式基であり、A1は単結合又は置換基を有していてもよい炭素数1〜4のアルキレン基若しくはアルケニレン基であり、P2は置換基を有していてもよいフェニル基であり、C1は置換基を有してもよい環式炭化水素基(但し、フェニル基を除く)である。ただし、式IIはジフェニルアセチレンではない。〕

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の属する技術分野は有機低分子化合物の生触媒工学(biocatalytic engineering)である。具体的には、組換え大腸菌等の組換え微生物を用いた生物変換[バイオコンバージョン(bioconversion);バイオトランスフォーメーション(biotransformation)とも言う]により、産業上有用な有機低分子化合物(工業原料)を製造しようとするものである。さらに具体的には、本発明は、種々のフェニル基(ベンゼン環)を含む芳香族化合物を原料として用い、そこから、フェニル基(ベンゼン環)がピコリン酸(picolinic acid)基に置換された有機化合物(ピコリン酸類)を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シュードモナス・シュードアルカリゲネス(Pseudomonas pseudoalcaligenes)KF707株は、北九州で単離されたビフェニルやポリ塩化ビフェニル(PCB)の分解細菌である。この細菌から、ビフェニルの分解酵素遺伝子群が世界で初めて単離されている(Furukawa,K.及びMiyazaki,T., “Cloning of gene cluster encoding biphenyl and chlorobiphenyl degradation in Pseudomonas pseudoalcaligenes.” J. Bacteriol., 166巻, p.392-398, 1986年)。現在では、ビフェニル分解細菌由来のビフェニル分解酵素遺伝子群を用いた研究は、環境浄化関連のニーズから数多くなされており、遺伝子や酵素の構造や機能に関して多くの知見が集積している(たとえば、Furukawa,K., “Engineering dioxygenases for efficient degradation of environmental pollutants,” Curr. Opinion Biotechnol.,11巻,p.244-249.2000年参照)。最初の4反応のビフェニル分解酵素の機能を以下に示す(Suenaga,H.,Goto,M.,及びFurukawa,K., “Emergence of multifunctional oxygenase activities by random priming recombination.” J. Biol. Chem., 276巻, p.22500-22506, 2001年)。
【化1】

【0003】
上記の全遺伝子、すなわち、bphAbphA1A2A3A4)、bphB、及びbphC遺伝子を大腸菌に導入し発現させると、その大腸菌は、ビフェニルを代謝してメタ解裂化合物を作ることができるとされている。この環解裂物は有機化学合成の原料としては用途がほとんどない付加価値の低いものである。このメタ解裂化合物はBphDにより安息香酸に変換される。
【0004】
すでに、芳香環ジオキシゲナーゼ遺伝子として、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株由来のビフェニルジオキシゲナーゼ遺伝子(bphA)を分子進化工学的手法により改変し、これを導入・発現させた大腸菌又は放線菌を用いて、種々のフェニル基等を含む芳香族化合物からシス(cis)−ジヒドロジオール体を作製した成功例が報告されている(Misawa, N., Shindo, K., Takahashi, H., Suenaga, H., Iguchi, K., Okazaki, H., Harayama, S.,及びFurukawa, K., “Hydroxylation of various molecules including heterocyclic aromatics using recombinant Escherichia coli cells expressing modified biphenyl dioxygenase genes.” Tetrahedron , 58巻, p.9605-9612, 2002年;Shindo, K., Nakamura, R., Chinda, I., Ohnishi, Y. Horinouchi,S., Takahashi, H., Iguchi, K., Harayama, S., Furukawa, K.,及びMisawa, N., “Hydroxylation of ionized aromatics including carboxylic acid or amine using recombinant Streptomyces lividans cells expressing modified biphenyl dioxygenase genes.” Tetrahedron , 59巻, p.1895-1900, 2003年;又は特開2003−269号公報参照)。すなわち、ビフェニルやPCBの分解細菌であるシュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株から単離されたビフェニルジオキシゲナーゼにおける大サブユニット(BphA1)をコードするDNAを、他のビフェニル分解細菌であるブルクホルデリア(Burkholderia)属LB400株由来のビフェニルジオキシゲナーゼの大サブユニット(BphA1)をコードするDNAとの間でDNAシャフリング(DNA shuffling)を行い、基質特異性の幅を広げた遺伝子[bphA1(2072)遺伝子と呼ぶ]が作製されている。このbphA1(2072)遺伝子と、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株由来のビフェニルジオキシゲナーゼの大サブユニット以外の3つの構成要素をコードする遺伝子(bphA2A3A4遺伝子)とからなる改変ビフェニルジオキシゲナーゼ遺伝子(群)の作製も報告されている。該遺伝子を導入・発現させた大腸菌(一部、放線菌)の形質転換体を用いて、種々のフェニル基等を含む芳香族化合物を変換できるか(基質として認識できるか)どうかの検討がなされており、これまで広範に同種の変換実験が行われてきたにもかかわらず、報告が無かった複素環基とフェニル基を分子内に含む有機低分子化合物(2−フェニルキノリン、2−ベンジルベンゾキサゾール、2−フェニルインドール、2−フェニルピリジン、1−フェニルピラゾール、1−ベンジルイミダゾール、1−ベンジルー4−ピロリドン等)の生物変換が可能であることが見出されている(Misawa, N., Shindo, K., Takahashi, H., Suenaga, H., Iguchi, K., Okazaki, H., Harayama, S.,及びFurukawa, K., “Hydroxylation of various molecules including heterocyclic aromatics using recombinant Escherichia coli cells expressing modified biphenyl dioxygenase genes.” Tetrahedron , 58巻, p.9605-9612, 2002年;Shindo, K., Nakamura, R., Chinda, I., Ohnishi, Y. Horinouchi,S., Takahashi, H., Iguchi, K., Harayama, S., Furukawa, K.,及びMisawa, N., “Hydroxylation of ionized aromatics including carboxylic acid or amine using recombinant Streptomyces lividans cells expressing modified biphenyl dioxygenase genes.” Tetrahedron , 59巻, p.1895-1900, 2003年参照)。すなわち、DNAシャフリングした改変ビフェニルジオキシゲナーゼ遺伝子[bphA1(2072)bphA2A3A4bphA(2072)]を含む大腸菌が、上記有機低分子化合物を変換し、フェニル基内の隣接する位置(置換基が存在する位置を1とした場合、2と3の位置)に位置特異的に2つの水酸基と2つの水素が導入された芳香族−シス(cis)−ジヒドロジオール体を立体選択的に生成できることがわかっている。
【0005】
また本発明者らは、上記のbphA(2072)を有する大腸菌により合成された芳香族−シス(cis)−ジヒドロジオール体が、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株由来の芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ(BphB)によりジオール体に変換されることを見い出している(特願2003−57867号(2003年3月4日出願)参照)。本発明者らはまた、上記のbphA(2072)遺伝子とbphB遺伝子を発現する大腸菌が、フラボン、フラバノン、6−ヒドロキシフラボン等のフラボノイドをジオール体に変換できることを見出している(Shindo, K., Kagiyama, Y., Nakamura, R., Hara, A., Ikenaga, H., Furukawa, K.,及びMisawa, N., “Enzymatic synthesis of novel antioxidant flavonoids by Escherichia coli cells expressing modified metabolic genes involved in biphenyl catabolism.” J. Mol. Catalysis B:Enzymatic 23巻, p.9-16, 2003年参照)。
【0006】
一方、分子内にピコリン酸(picolinic acid)を有する化合物(本明細書中「ピコリン酸類」という)(6−置換基−ピリジン−2−カルボン酸)を化学合成により得るのはきわめて煩雑で困難である。また、ピコリン酸類の生物工学的方法による製造法もほとんど知られておらず、わずかに、次の3つの報告が存在するのみである。1つ目の報告は、ビフェニルからピコリン酸類の一種である6−フェニル−ピリジン−2−カルボン酸(6-phenyl-pyridine-2-carboxylic acid)を生成するシュードモナス属(Pseudomonas sp.)を土壌から単離することに成功し、この微生物を用いた6−フェニル−ピリジン−2−カルボン酸の製造法を開示している(特開昭55−000307公報)。2つ目の報告は、カテコール−2,3−ジオキシゲナーゼ遺伝子を発現した大腸菌を用いて、カテコールや3−メチルカテコール等のカテコールに1つの置換基が付いた化合物をメタ解裂体に変換し、これらを化学処理すること、すなわち、25%のアンモニア水中で撹拌すること或いはオートクレーブすることにより、ピコリン酸に変換できることを開示している(Asano, Y., Yamamoto, Y., 及びYamada, H., “Catechol 2,3-dioxygenase-catalyzed synthesis of picolinic acids from catechols.” Biosci. Biotech. Biochem. 58巻, p.2054-2056, 1994年)。3つ目の報告は、トルエン分解性のアシネトバクター(Acinetobacter)属細菌を用いて、ジフェニルアセチレンをメタ解裂体に変換し、上記と同様の化学処理をすることにより、6−フェニルアセチレンピコリン酸に変換することを開示している(Spain, J. C., Nishino, S. F., Witholt, B., Tan, L.-S.,及びDuetz, W. A., “Production of 6-phenylacetylene picolinic acid from diphenylacetylene by a toluene-degrading Acinetobacter strain.” Appl. Environ. Microbiol. 69巻, p.4037-4042, 2003年)。ピコリン酸類は医薬・農薬中間体や付加価値化学品として重要性が期待されるものであるにもかかわらず、以上述べてきたように、その製造法に関する情報は非常に少ないのが現状であった。
【0007】
従って、種々のピコリン酸類を調製するための簡便かつ効率的な方法の開発が望まれていた。
【発明の開示】
【0008】
本発明は、簡便かつ効率的なピコリン酸類の製造方法を提供することを目的とする。
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、芳香環(ビフェニル)ジオキシゲナーゼ(BphA1A2A3A4:BphA)、芳香環(ビフェニル)ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ(BphB)、及び芳香環(ビフェニル)ジオールジオキシゲナーゼ(BphC)をコードする遺伝子を導入し発現させた組換え大腸菌の細胞を、フェニル基(ベンゼン環)を分子内に有する有機低分子化合物の存在下で合成培地内で混合培養すると、メタ解裂化合物ではなく、ピコリン酸類(6−置換基−ピリジン−2−カルボン酸)が生成されることを見出し、本発明を完成させるに至った。なお本発明は、「背景技術」で述べたようなどんな化学処理も必要としないものである。
【0010】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
【0011】
(1)下記式(I)、(II)又は(III):
【化2】

〔式中、H1は置換基を有していてもよい複素環式基であり、A1は単結合又は置換基を有していてもよい炭素数1〜4のアルキレン基若しくはアルケニレン基であり、P2は置換基を有していてもよいフェニル基であり、C1は置換基を有してもよい環式炭化水素基(但し、フェニル基を除く)である。ただし、式IIはジフェニルアセチレンではない。〕
で表されるフェニル基を含む芳香族化合物と、芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼとを反応させて、ピコリン酸類(I’)、(II’)又は(III’):
【化3】

〔式中、H1、A1、P2、及びC1は前記定義のとおりである。〕
を得ることを含むピコリン酸類の製造方法。
【0012】
上記ピコリン酸類の製造方法において、芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼは、ビフェニル分解細菌由来のもの若しくはその変異体又はそれらの分子進化工学的手法による改変体とすることができる。
【0013】
(2)芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼをコードする遺伝子を導入した組換え微生物を、下記式(I)、(II)又は(III):
【化4】

〔式中、H1は置換基を有していてもよい複素環式基であり、A1は単結合又は置換基を有していてもよい炭素数1〜4のアルキレン基若しくはアルケニレン基であり、P2は置換基を有していてもよいフェニル基であり、C1は置換基を有してもよい環式炭化水素基(但し、フェニル基を除く)である。ただし、式IIはジフェニルアセチレンではない。〕
で表される化合物を含む培地で培養して、その培養物又は菌体から、ピコリン酸類(I’)、(II’)又は(III’):
【化5】

〔式中、H1、A1、P2、及びC1は前記定義のとおりである。〕
を得ることを含むピコリン酸類の製造方法。
【0014】
上記ピコリン酸類の製造方法において、芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼをコードする遺伝子は、ビフェニル分解細菌由来のもの若しくはその変異体又はそれらの分子進化工学的手法による改変体とすることができる。また、組換え微生物としては、例えば組換え大腸菌が挙げられる。
【0015】
上記ピコリン酸類の製造方法において、式(I)、(II)又は(III)で表される化合物としては、例えば、フラバノン、フラボン、6−ヒドロキシフラバノン、6−ヒドロキシフラボン、7−ヒドロキシフラバノン、2−フェニルキノリン、2−フェニルベンゾキサゾール、ビフェニル、(トランス−)カルコン、3−フェニル−1−インダノン、及び2−フェニルナフタレンが挙げられる。
【0016】
また、上記ピコリン酸類の製造方法において、芳香環ジオキシゲナーゼの大サブユニットとしては、以下の(a)又は(b)のタンパク質を用いることができる:
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された配列を含み、かつ芳香環ジオキシゲナーゼ大サブユニットとしての機能を有するタンパク質
【0017】
(3)以下の(a)又は(b)のタンパク質:
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された配列を含み、かつ、芳香環ジオキシゲナーゼ大サブユニットとしての機能を有するタンパク質
(4)以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードする遺伝子
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された配列を含み、かつ、芳香環ジオキシゲナーゼ大サブユニットとしての機能を有するタンパク質
(5)配列番号1に示される塩基配列からなるDNAを含む遺伝子
【0018】
本発明により、有機化学合成では製造が困難な有機低分子化合物であるピコリン酸類の新規な製造方法が提供される。本発明に係る方法によれば、酵素反応の基質としてフェニル基(ベンゼン環)を分子内に有する有機低分子化合物を用いればよいため、豊富で安価な種々の市販化学合成基質から、医薬品や農薬等の付加価値の高い工業製品原料を製造することができる。また、本発明に係る方法はフェニル基(ベンゼン環)をピコリン酸に変換する方法を提供するものであり、有機化学合成法の1手法を提供するという点で有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。本願は、2004年3月4日に出願された日本国特許出願第2004−61238号の優先権を主張するものであり、上記特許出願の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【0020】
本発明に係るピコリン酸類の製造方法は、フェニル基(ベンゼン環)を有する有機低分子化合物にビフェニル分解系酵素を作用させることにより、そのフェニル基(ベンゼン環)をピコリン酸に置換することを特徴とするものである。
【0021】
具体的には、ビフェニルジオキシゲナーゼ[BphA1A2A3A4:BphA]、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ(BphB)、及び、芳香環ジオールジオキシゲナーゼ(BphC)を、順次作用させて、フェニル基(ベンゼン環)部分がピコリン酸に置換された有機化合物(6−置換基−ピリジン−2−カルボン酸)の製造方法を提供する。ピコリン酸部分を有する有機化合物は、医薬品、農薬を始めとする種々の工業製品の原料として用いることができ、有用である。
【0022】
1.ビフェニル分解系酵素
本発明においては、ビフェニル分解系の最初の3つの酵素、すなわち、芳香環(ビフェニル)ジオキシゲナーゼ(本明細書中「芳香環ジオキシゲナーゼ」ともいう)、芳香環(ビフェニル)−cis−ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ(デサチュラーゼ)(本明細書中「芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ」ともいう)、及び、芳香環ジオール(ビフェニルジオール)ジオキシゲナーゼ(本明細書中「芳香環ジオールジオキシゲナーゼ」ともいう)の活性を利用する。本明細書中においては、これらの酵素をまとめてビフェニル分解系酵素という。
【0023】
上記3種類の酵素の元々報告されていた機能を下図に示す(Suenaga,H., Goto,M.,及びFurukawa,K., “Emergence of multifunctional oxygenase activities by random priming recombination.” J. Biol. Chem., 276巻, p.22500-22506, 2001年)。
【化6】

【0024】
これらの酵素は、天然に該酵素を産生する微生物、又は該酵素をコードする遺伝子を導入した微生物から得ることができる。あるいは、該酵素の変異体又は分子進化工学的手法による改変体をコードする遺伝子を導入した微生物から得ることができる。
【0025】
2.ビフェニル系分解酵素をコードする遺伝子
芳香環ジオキシゲナーゼ遺伝子は、bphA1bphA2bphA3、及びbphA4からなり、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ遺伝子はbphBからなり、芳香環ジオールジオキシゲナーゼ遺伝子はbphCからなる。本明細書でいう芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼ遺伝子には、これらの遺伝子を有する微生物に由来するものだけでなく、例えば、それらの自然に若しくは人為的に生じた変異体をコードする遺伝子、又はそれらの遺伝子間でDNAシャフリング等の分子進化工学的手法を施して得られる改変体をコードする遺伝子(改変芳香環ジオキシゲナーゼ、改変芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び改変芳香環ジオールジオキシゲナーゼ遺伝子)も含まれる。
【0026】
本発明に用いるBph酵素をコードするbph遺伝子としては、たとえばシュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707由来のものを用いることができる。また、例えばシュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株のbphA1とブルクホルデリア属LB400株のbphA1間でDNAシャフリングを行い、コードされる酵素の基質特異性を広げたbphA1遺伝子[bphA1(2072)]、又は、シュードモナス・プチダKF715株由来のbphA1遺伝子を中央部分に持ち、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株のbphA1遺伝子を両端に持つハイブリッドbphA1遺伝子[bphA1(715−707)](配列番号1)、及び、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株由来のbphA2bphA3bphA4bphB、及びbphC遺伝子を用いることができる。ビフェニルジオキシゲナーゼの大サブユニットをコードするbphA1遺伝子としては、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707由来のものよりも変換効率の点で優れた改変ビフェニルジオキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子であるbphA1(2072)又は[bphA1(715−707)]を用いるのが好ましい。
【0027】
前者の改変ビフェニルジオキシゲナーゼの大サブユニット[BphA1(2072)]のアミノ酸配列はDDBJ/Genbank登録番号AB085748に示されている。また、KF707株の小サブユニット(BphA2)、フェレドキシン(BphA3)、及びフェレドキシンレダクターゼ(BphA4)のアミノ酸配列は、DDBJ/Genbank登録番号M83673に示されている。BphBのアミノ酸配列はDDBJ/Genbank登録番号M83673に示されている。なお、その次の反応を触媒する芳香環ジオールジオキシゲナーゼ(BphC)のアミノ酸配列もDDBJ/Genbank登録番号M83673に示されている。
【0028】
本発明において用いうるbphA1(715−707)遺伝子(配列番号1)は、シュードモナス・プチダKF715株(Hayase,N.,Taira,K. and Furukawa, K., Pseudomonas putida KF715 bphABCD operon encoding biphenyl and polychlorinated biphenyl degradation: Cloning, analysis, and expression in soil bacteria. J. Bacteriol., 172, 1160-1164, 1990)から単離したbphA1配列を中央部分に持ち、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707由来のbphA1配列を両端に持つハイブリッドbphA1遺伝子である。このbphA1(715−707)遺伝子は、カセットPCR手法(特開2000−125871号公報)でシュードモナス・プチダKF715株からbphA1配列を単離し構築されたものであり、酵素反応における変換効率に優れたものである。この遺伝子の塩基配列は配列番号1に、アミノ酸配列は配列番号2に示されている。
【0029】
また、配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質が、芳香環ジオキシゲナーゼ大サブユニットとしての機能を有する限り、当該アミノ酸配列において複数個、好ましくは1若しくは2個のアミノ酸に欠失、置換、付加等の変異が生じてもよい。芳香環ジオキシゲナーゼ大サブユニットとしての機能とは、芳香環ジオキシゲナーゼ酵素における主要構成タンパク質として、基質認識とその酸素添加反応を担う機能を有することを指す。この機能は、芳香環ジオキシゲナーゼの小サブユニット、フェレドキシン、及びフェレドキシンレダクターゼ遺伝子と共に大腸菌内で共発現させ、基質の生変換実験を行うことによって確認することができる。
【0030】
例えば、配列番号2に示されるアミノ酸配列の1〜2個のアミノ酸が欠失してもよく、配列番号2に示されるアミノ酸配列に1〜2個のアミノ酸が付加してもよく、あるいは、配列番号2に示されるアミノ酸配列の1〜2個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換したものも、本発明の芳香環ジオキシゲナーゼ大サブユニットとしての機能を有するタンパク質に含まれる。
【0031】
なお、上記芳香環ジオキシゲナーゼ大サブユニットは、後述するピコリン酸類の製造だけではなく、ジヒドロジオール体やジオール体の製造、さらには、芳香族系化合物(例えばビフェニル、PCB等)の分解反応においても有用である。
【0032】
このbphA1(715−707)遺伝子をシュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707由来のbphA2A3A4遺伝子の上流に連結した芳香環ジオキシゲナーゼ遺伝子[bphA1(715−707)A2A3A4]とともに、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株由来の芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ遺伝子(bphB)及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼ(bphC)を組み込んだJM109(pBPA715−707BC)は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)にブタペスト条約の規定下で2004年2月2日付(原寄託)で国際寄託され、受託番号FERM BP−10210が付与されている。
【0033】
また、上述したビフェニル分解系酵素をコードする遺伝子としては、部位特異的突然変異誘発法等によって変異が導入され、かつ上記機能又は活性を有する変異体であってもよい。なお、遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutan−K(TAKARA社製)やMutan−G(TAKARA社製))などを用いて変異の導入が行われる。また、エラー導入PCRやDNAシャッフリング等の手法により、遺伝子の変異導入やキメラ遺伝子を構築することもできる。エラー導入PCR及びDNAシャッフリング手法は、当技術分野で公知の手法であり、例えばエラー導入PCRについてはChen K, and Arnold FH. 1993, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 90: 5618-5622を、またDNAシャフリングやカセットPCR等の分子進化工学的手法は、例えば、Kurtzman,A.L.,Govindarajan, S., Vahle, K., Jones, J. T., Heinrichs, V., Patten P. A.,Advances in directed protein evolution by recursive genetic recombination: applications to therapeutic proteins. Curr. Opinion Biotechnol.,12, 361-370, 2001、及び、Okuta, A., Ohnishi, A. and Harayama, S., PCR isolation of catechol 2,3-dioxygenase gene fragments from environmental samples and their assembly into functional genes. Gene, 212, 221-228, 1998を参照されたい。
【0034】
なお、上記のビフェニル分解系酵素をコードする遺伝子群は通常、ゲノムDNA又はプラスミドDNA内において、隣接するかごく近傍に存在しているので、いずれか一つの遺伝子の配列を含むクローン、たとえばコスミドクローン等をコロニーハイブリダイゼーション法等により単離すれば、簡単に他の遺伝子も一緒に単離することができる場合が多い。
【0035】
しかしながら、同様の酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子は多数報告され、当業者には周知であるため、本発明はこれらの遺伝子配列を有する組換え微生物から産生される酵素を利用するものに限定されるものではない。
【0036】
3.ビフェニル分解系酵素を産生する微生物
天然に該酵素を産生する微生物としては、例えば、ビフェニルやPCB(ポリ塩化ビフェニル)等を分解するビフェニル分解細菌、例えば、シュードモナス(Pseudomonas)属、コマモナス(Comamonas)属、ブルクホルデリア(Burkholderia)属、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、ラルストニア(Ralstonia)属等に属する細菌を挙げることができる。これらの属に属する細菌の例としては、シュードモナス・シュードアルカリゲネス(Pseudomonas pseudoalcaligenes)、コマモナス・テストステロニ(Comamonas testosteroni)、ブルクホルテリア(Burkholderia)属LB400、スフィンゴモナス・アロマティシボランス(Sphingomonas aromaticivorans)、ロドコッカス・グロベルラス(Rodococcus globerulus)、ラルストニア・オキサラティカ(Ralstonia oxalatica)等を挙げることができる。これらの細菌は、ATCCやDSMZ等のカルチャーコレクションから入手可能である。ただし、本発明で利用可能な微生物は上記のものに限定されず、芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、又は芳香環ジオールジオキシゲナーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子の少なくとも一つを有する微生物であればどのようなものでも利用することができる。
【0037】
芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、又は芳香環ジオールジオキシゲナーゼ遺伝子を有する微生物の一例として、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株(Furukawa,K.及びMiyazaki,T., “Cloning of gene cluster encoding biphenyl and chlorobiphenyl degradation in Pseudomonas pseudoalcaligenes.” J. Bacteriol., 166巻, p.392-398, 1986年)及びブルクホルデリア属LB400株(Pseudomonas属に近い)(Erickson,B.D., Mondello,F.J.,Nucleotide sequencing and transcriptional mapping of the genes encoding biphenyl dioxgenase, a multicomponent polychlorinated-biphenyl-degrading enzyme in Pseudomonas strain LB400. J. Bacteriol., 174, 2903-2912, 1992)の解析が行われ、ビフェニル分解系酵素遺伝子が単離されている。シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株由来の芳香環ジオキシゲナーゼ遺伝子(bphA1A2A3A4)を組み込んだ大腸菌JM109(pKF6622)は、特開2003−269号公報に開示されている。また、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株とブルクホルデリア属LB400株由来のbphA1との間でDNAシャフリングを行い分子進化させたbphA1(2072)遺伝子を含む芳香環ジオキシゲナーゼ遺伝子[bphA1(2072)A2A3A4]を組み込んだ大腸菌JM109(pKF2072)は、特開2003−269号公報に開示されている。
【0038】
本発明では、例えば、前項「2.ビフェニル分解系酵素をコードする遺伝子」で説明した改変芳香環(改変ビフェニル)ジオキシゲナーゼ遺伝子[bphA1(2072)A2A3A4](bphA(2072)と略することがある)又は[bphA1(715−707)A2A3A4](bphA(715−707)と略することがある)、及び、芳香環(ビフェニル)ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ(bphB)遺伝子、及び芳香環(ビフェニル)ジオールジオキシゲナーゼ(bphC)遺伝子を導入・発現させた組換え大腸菌及びその組換え大腸菌が産生する酵素を用いることができる。
【0039】
外来遺伝子を大腸菌に導入・発現する方法は常法により行うことができる(例えば、Sambrook,J.,Russell, D. W., "Molecular cloning -A laboratory manual", Third edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2001)。例えば、大腸菌ベクターとしてpBluescript II SKを用いて、bphA(2072)BC遺伝子やbphA(715−707)BC遺伝子の発現にはlacプロモータを利用することができる。
【0040】
なお、宿主としての微生物は大腸菌に限定されるものではない。たとえば、放線菌であるストレプトマイセス(Streptomyces)属細菌で、上記遺伝子を導入・発現させることも可能であり、そのような形質転換した組換え微生物も用いることができる(Chun,H.K., Ohnishi,Y., Shindo,K., Misawa,N., Furukawa, K., Horinouchi, S., Biotransformation of flavone and flavanone by Streptomyce lividans cells carrying shuffled biphenyl dioxygenase genes. J. Mol. Catalysis B: Enzymatic, 21, 113-121, 2003)。
【0041】
4.ビフェニル分解系酵素の単離及び精製
本発明においては、後述する変換反応のために、ビフェニル分解系酵素を産生する微生物から当該酵素を単離及び精製し、それを使用することができる。
【0042】
ビフェニル分解系酵素は、それをコードする遺伝子を保有する前記微生物を培養し、その培養物から採取することにより得ることができる。「培養物」とは、培養上清、培養細胞、培養菌体、又は細胞若しくは菌体の破砕物のいずれをも意味するものである。本発明の微生物を培地で培養する方法は、微生物の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。
【0043】
細菌等の微生物を培養する培地としては、微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、微生物の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。
【0044】
炭素源としては、グルコース、フラクトース、スクロース、デンプン等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類、そしてジベンゾフラン、ゲンチジン酸、サリチル酸等の芳香族炭化水素が用いられる。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカー、又はその他の含窒素化合物が用いられる。無機物としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等が用いられる。
【0045】
培養は、通常、振盪培養又は通気攪拌培養などの好気的条件下、20〜40℃で行う。培養期間中、pHは約5〜9に保持する。pHの調整は、無機又は有機酸、アルカリ溶液等を用いて行う。培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
【0046】
培養後、目的のビフェニル分解系酵素のタンパク質が菌体内又は細胞内に生産される場合には、菌体又は細胞を破砕することにより当該タンパク質を抽出する。また、目的タンパク質が菌体外又は細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により菌体又は細胞を除去する。その後、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独で又は適宜組み合わせて用いることにより、前記培養物中から目的のタンパク質を単離精製することができる。
【0047】
目的のタンパク質が得られたか否かは、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動等により確認することができる。さらに、目的タンパク質の理化学的性質又は機能を調べるため、種々の試験を行うことができる。試験項目としては、X線結晶解析、CDスペクトル解析、NMR解析等が挙げられる。
【0048】
5.ピコリン酸類への変換反応
本発明に係るピコリン酸類の製造方法においては、上述のような、芳香環ジオキシゲナーゼ遺伝子、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ遺伝子、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼ遺伝子、又はそれらの改変遺伝子を有する微生物が産生する芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼを用いて、下記式(I)、(II)又は(III):
【化7】

〔式中、H1は置換基を有していてもよい複素環式基であり、A1は単結合又は置換基を有していてもよい炭素数1〜4のアルキレン基若しくはアルケニレン基であり、P2は置換基を有していてもよいフェニル基であり、C1は置換基を有してもよい環式炭化水素基(但し、フェニル基を除く)である。ただし、式IIはジフェニルアセチレンではない。〕
で表されるフェニル基を含む芳香族化合物と、芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、芳香環ジオールジオキシゲナーゼ、及び、メタ開裂化合物ヒドロラーゼとを反応させて、ピコリン酸類(I’)、(II’)又は(III’):
【化8】

〔式中、H1、A1、P2、及びC1は前記定義のとおりである。〕
を得る。
【0049】
ここで、「ピコリン酸類」とは、一般的に6−置換基−ピリジン−2−カルボン酸として表すことのできる化合物をいい、ピコリン酸(picolinic acid;ピリジン−2−カルボン酸)の6位に、直接、又はアルキレン基若しくはアルケニレン基を介して複素環式基、フェニル基若しくは環式炭化水素基が結合した構造を持つものである。
【0050】
本明細書でいう「複素環式基」とは、窒素原子、酸素原子、及び硫黄原子からなる群から選択される1以上の異種原子を環原子として含んでなる単環式又は二環式の環状基であって、置換基により置換されていてもよいものを意味する。「複素環式基」の例としては、C1−4アルキル基により置換されていてもよい5〜7員の飽和又は不飽和の単環性複素環式基、及びC1−4アルキル基により置換されていてもよい9〜11員の飽和又は不飽和の二環性複素環式基が挙げられる。「複素環式基」を構成する複素環の具体的な例としては、キノリン、インドール、インダノン、ベンゾチアゾール、ベンゾオキサゾール、ピリジン、3−メチルピリジン、ピリミジン、ピロール、ピラゾール、3−メチルピラゾール、イミダゾール、インチアゾール、ベンゾフラン、チオフェン、クロモン(4H−クロメン−4−オン)、クロマン−4−オン、6−ヒドロキシ−クロマン−4−オン、及びフタルイミド等が挙げられる。
【0051】
アルキレン基は−(CH)n−(式中、nは1〜4の整数)であって、例えば、メチレン基、エチレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基、エチリデン基、イソプロピリデン基、プロピレン基等が挙げられる。
【0052】
アルケニレン基としては、例えば、ビニレン基、1−プロペニレン基、1−ブテニレン基、2−ブテニレン基等が挙げられる。
【0053】
上記複素環式基、アルキレン基及びアルケニレン基は、その基内に−(C=O)−、−O−等の構造を含んでいてもよい。さらに、上記複素環式基、アルキレン基及びアルケニレン基は置換基を有していてもよい。置換基としては、炭素数1〜4のアルキル基、アミノ基、ヒドロキシル基、シアノ基等が挙げられる。
【0054】
また、環式炭化水素基としては炭素数5〜14の飽和又は不飽和の環式炭化水素基が挙げられ、具体的には1−インダノン基、1−ナフチル基、2−ナフチル基、アントラニル基、フェナントレニル基等の芳香族化合物が挙げられる。
【0055】
変換反応の基質として用いられる、フェニル基(ベンゼン環)を分子内に有する有機低分子化合物としては、複素環とベンゼン環がビフェニル結合したもの(例:フラバノン、フラボン、6−ヒドロキシフラバノン、6−ヒドロキシフラボン、7−ヒドロキシフラバノン、2−フェニルキノリン、2−フェニルベンゾキサゾール)だけでなく、複素環とベンゼン環がメチレン基を介して結合したもの(例:2−ベンジルピリジン)や、環化炭化水素基とフェニル環がビフェニル結合したもの(例:ビフェニル、3−フェニル−1−インダノン、1−フェニルナフタレン、2−フェニルナフタレン)や芳香環とフェニル基の間に炭素数3の置換アルケニレン基を有するもの[例:(トランス−)カルコン]が挙げられる。
【0056】
本発明において好適に用いられる基質化合物としては、例えば、以下のような化合物が挙げられる。
【0057】
式(I)の化合物の具体例:
【化9】

【0058】
式(II)の化合物の具体例:
【化10】

【0059】
式(III)の化合物の具体例:
【化11】

【0060】
上記式(I)〜(III)の化合物と、芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼとを反応させるか、又はこれらの酵素を産生する微生物とともに培養することにより、下記式(I’)〜(III’)に示されるように、フェニル基(ベンゼン環)をピコリン酸に置換できる。
【化12】

〔式中、H1、A1、P2、及びC1は前記定義のとおりである〕。
【0061】
即ち、本発明の方法により、例えば、式(I)の具体例として示した7個の化合物からは、以下に示す対応するピコリン酸類[化合物1(フラバノンから)、化合物2(フラボンから)、化合物3(6−ヒドロキシフラバノンから)、化合物4(6−ヒドロキシフラボンから)化合物5(7−ヒドロキシフラバノンから)、化合物6(2−フェニルキノリンから)、化合物7(2−フェニルベンゾキサゾールから)]を得ることができる。これらはすべて新規物質である。
【化13】

また、式(II)の具体例として示した2個の化合物からは、以下に示す対応するピコリン酸類[化合物8(ビフェニルから)、化合物9((トランス−)カルコンから)]を得ることができる。化合物9は新規物質である。
【化14】

【0062】
上記変換産物9においては、元々の基質((トランス−)カルコン)が有していたアルケニレン基(1つの炭素間二重結合)が飽和のアルキレン基に変わっている。
【0063】
また、式(III)の具体例として示した2個の化合物からは以下の対応するピコリン酸類[化合物10(3−フェニル−1−インダノンから)、化合物11(2−フェニルナフタレンから)]を得ることができる。これら2つの化合物は新規物質である。
【化15】

【0064】
上記式(I)〜(III)で表される化合物と、芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び、芳香環ジオールジオキシゲナーゼ(又は、これらの酵素を含む破砕微生物、微生物培養液、粗酵素、精製酵素等)との反応、あるいは上記3つの酵素を産生する微生物とともに培養する方法は、通常の酵素反応又は培養方法と同様にして常法により行うことができる。
【0065】
例えば、上記式(I)〜(III)で表される化合物とともに、芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼを産生する微生物を培養する方法は以下のようにして行うことができる。
【0066】
微生物を培養する培地としては通常、該微生物が生育し得る培地であれば良く、具体的としては、LB培地、M9培地、KB培地、YM培地、KY培地、F101培地、等が例示される。
【0067】
炭素源としては菌体が資化し生育できる炭素化合物であればいずれでも使用可能である。窒素源としては、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム等の無機窒素源、酵母エキス、ペプトン、肉エキスなどの有機窒素源を使用することができる。これらの他に、必要に応じて、無機塩類、金属塩、ビタミンなどを添加することもできる。ただし、ピコリン酸の窒素源はおそらくアンモニアから来ていることが予想されるので、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム等の無機窒素源を主要な窒素源として用いるのが望ましい。
【0068】
培養は、通常、温度20〜40℃、より好ましくは25〜35℃であり、pHは5〜9が好ましい。また、適宜、振盤培養や回転培養としてもよい。
【0069】
培養終了後、培養液を遠心分離機にかけ、上清を回収し、上清液を酢酸エチル等の有機溶媒を用いて抽出する。次いで、抽出液をカラムクロマトグラフィー等で処理することにより目的とするピコリン酸類を得ることができる。
【実施例】
【0070】
以下、実施例により本発明について具体的に説明する。もっとも、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0071】
[実施例1]改変芳香環ジオキシゲナーゼ[bphA(2072)]/芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ/芳香環ジオールオキシゲナーゼ同時発現用プラスミドpSHF1072の作製
ブルクホルデリア属LB400株由来の芳香環(ビフェニル)ジオキシゲナーゼ大サブユニットをコードする遺伝子(bphA1)(GenBank登録番号M86348)とシュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株由来の芳香環(ビフェニル)ジオキシゲナーゼの大サブユニットをコードするDNA(bphA1)(GenBank登録番号M83673)を、共通のフランキング配列からなるbphA1プライマーを用いたPCRにより単離した。bphA1プライマーの塩基配列は以下の通りである:
フォワードプライマー1:5'-CCGAATTCAAGGAGACGTTGAATCATGAGCTCAGC-3'(配列番号3)
リバースプライマー1:5'-TTGAATTCTTCCGGTTGACAGATCT-3'(配列番号4)
【0072】
なお、フォワードプライマー1にはSacI部位が、リバースプライマー1にはBglII部位があり、両側にさらにEcoRI部位が付与されている(いずれも、アンダーラインで示されている)。PCRの条件は、94℃1分、52℃1.5分、72℃1分で、25サイクル行った。
【0073】
単離された上記の2種類のbphA1を混ぜ合わせ、0.15ユニットのDnaseI(宝酒造)で15℃6分間、分解処理した。10−50bpのDNA断片をアガロースゲルから回収後、混合し、セルフプライミングPCR、bphA1プライマーを加えたPCRを行い、ランダムにアミノ酸配列が入れ替わった(DNAシャフリング)種々のキメラbphA1を含むPCR産物を得た。なお、PCRは上記と同じ条件で行い、種々のキメラbphA1を含むPCR産物は、SacI/BglIIで二重消化後、アガロースゲルから精製した。
【0074】
シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株のbphA1A2A3A4−bphB−bphC遺伝子群(GenBank登録番号M83673)を含む発現プラスミドpJHF18(Hirose, J., Suyama, A., Hayashida, S., Furukawa, K., Gene, 138, 27-33, 1994)を有する大腸菌は、メタ開裂まで反応が進むので、ビフェニルを基質とした場合はメタ開裂産物として、2−ヒドロキシ−6−オキソ−6−フェニルヘキサ−2,4−ジエン酸(2-hydroxy-6-oxo-6-phenylhexa-2,4-dienoic acid)を生成すると考えられている。一般に、メタ開裂産物は黄色を呈するので、434nmでモニターすることが可能である。プラスミドpJHF18において、1ヵ所のMluI部位がbphA1内にあるので、MluIで消化し、付着末端を充填した後、再度ライゲーションを行うことにより、bphA1のみを破壊したプラスミドpJHF18△M1uIを作製した(T.Kumamaru,H.Suenaga,M.Mitsuoka, T. Watanabe, K. Furukawa, Nature Biotechnology, 16, 663-666, 1998)。
【0075】
次に、PJHF18△M1uIをSacI/BglIIで二重消化することにより、△bphA1遺伝子をのみを含む1.39kb断片を除き、代わりに、上記で作製した種々のキメラ体を含むPCR産物(SacI/BglIIで二重消化後のもの)を挿入し、種々の改変芳香環ジオキシゲナーゼ遺伝子(改変bphA1::bphA2A3A4遺伝子)とbphBbphC遺伝子を含む一連のプラスミド(pSHF1000シリーズ)を得た。
【0076】
これら一連のプラスミドを有する大腸菌XL1−B1ueにビフェニル蒸気を充て、メタ開裂により黄色を呈することができるコロニーを選抜し、以後の実験に用いた。メタ開裂により黄色を呈することができるコロニーにおいては、DNAシャフリングにより得られた改変bphA1遺伝子が正常に機能できることを意味している。
【0077】
ビフェニル蒸気により黄色を呈することができた、いくつかの大腸菌形質転換体のうちの1つ(この大腸菌に含まれるプラスミドをpSHF1072と命名)は、ビフェニルに対するメタ開裂の分解効率が、それぞれの親(KF707及びLB400)のbphA1遺伝子を持つものより、2倍近く高かっただけでなく、それぞれの親(KF707及びLB400)のbphA1遺伝子を持つものが分解できないベンゼンやトルエンをもメタ開裂により分解することができた。ただし、この分解効率は、シュードモナス・プチダF1の相当遺伝子todC1遺伝子を持つものの1/3位であった。
【0078】
上記のプラスミドpSHF1072由来のシャフリングしたbphA1遺伝子を、bphA1(2072)遺伝子と称する。該bphA1遺伝子の塩基配列はGenBank受託番号AB085748に登録されている。また、bphA2A3A4の塩基配列は前述したように、GenBank受託番号M83673に登録されている。
【0079】
なお、既に、このpSHF1072からbphBCのみを除いて、bphA1(2072)bphA2A3A4遺伝子を発現するプラスミドpKF2072が作製されており、このプラスミドが導入された大腸菌JM109株を用いた種々の生変換(bioconversion)実験の結果が、前述のMisawa, N., Shindo, K., Takahashi, H., Suenaga, H., Iguchi, K., Okazaki, H., Harayama, S.,及びFurukawa, K., “Hydroxylation of various molecules including heterocyclic aromatics using recombinant Escherichia coli cells expressing modified biphenyl dioxygenase genes.” Tetrahedron , 58巻, p.9605-9612, 2002年及び特開2003−269号公報に開示されている。
【0080】
大腸菌(pKF2072)は、種々のフェニル基等を含む複素環芳香族化合物を変換し、フェニル基又は複素環芳香族基内の隣接する位置に位置特異的に2つの水酸基と2つの水素が導入された芳香族−シス(cis)−ジヒドロジオール体を立体選択的に生成できることがわかっている。その中でも代表的な反応特異性の例は、複素環芳香族基とフェニル基が単結合(ビフェニル結合)した芳香環化合物を基質とし、産物として、複素環芳香族基−シス−2,3−ジヒドロベンゼンジオール(heteroaromatic group-cis-2,3-dihydrobenezenediol)を合成する立体特異的反応(stereo-specific reaction)である。
【0081】
なお、上記の改変芳香環ジオキシゲナーゼ遺伝子を組み込んだ大腸菌JM109(pKF2072)は、特開2003−269号公報においてその具体的な作製方法が開示されている。
【0082】
[実施例2]改変芳香環ジオキシゲナーゼ[bphA(715−707)]/芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ/芳香環ジオールオキシゲナーゼ同時発現用プラスミドpBPA715−707BCの作製
種々のビフェニル分解菌の持つビフェニルジオキシゲナーゼ大サブユニット(BphA1)の構造を比較し、それらの間で2箇所の保存性の高いアミノ酸配列が存在することを見いだした。すなわちシュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株由来BphA1のアミノ酸配列90−101番目に相当するAsp-Lys-Ser-Ile-Lys-Val-Phe-Leu-Asn-Gln-Cys-Arg で表されるアミノ酸配列(保存領域1;配列番号5)と、アミノ酸配列386−397番目に相当するAsp-Asp-Gly-Glu-Asn-Trp-Val-Glu-Ile-Gln-Lys-Gly で表されるアミノ酸配列(保存領域2;配列番号6)である。
【0083】
ビフェニル分解菌、シュードモナス・グラミニス(Pseudomonas graminis)KF701株、シュードモナス属(Pseudomonas)KF702株、コマモナス・テストステロニ(Comamonas testosteroni)KF704株、スフィンゴモナス・ヤノイクヤエ(Sphingomonas yanoikuyae)KF706株、ラルストニア・パウクラ(Ralstonia paucula)KF709株、コマモナス・テストステロニ(Comamonas testosteroni)KF712株、シュードモナス・プチダ(Psudomonas putida)KF715株、シュードモナス・プチダ(Psudomonas putida)KF751株をそれぞれ2mlのLB培地で37℃、一晩培養し、常法に従いそれぞれのゲノムDNAを抽出した。これらのゲノムDNAを鋳型とし、上記2箇所のBphA1保存領域のアミノ酸配列をコードするプライマーを用いてPCR反応を行い、それぞれのビフェニルジオキシゲナーゼ大サブユニット遺伝子bphA1の保存領域1及び保存領域2に挟まれた領域に相当する約0.9kbの遺伝子(以下A1カセット領域と称す)を増幅した。用いたプライマーは上記アミノ酸配列をコードする複数のコドンのうち複数のビフェニル分解菌において出現頻度の高いコドン配列を組み合わせた混合物として合成した。以下にプライマーの塩基配列を示す:
フォワードプライマー2:
5’-GACAAGAGCATCAAGGTGTTCCT(A,C,G,T)AACCAGTG(C,T)
CG(A.C.G.T)CA-3’(配列番号7)
リバースプライマー2:
5’-CCCCTTCTGGATCTCCACCCAGTT(C,T)TC(A,C,G,T)CC(A,G)TCGTC-3’(配列番号8)
配列中カッコ内に示した塩基が複数配列の混合部分である。PCRの条件は、94℃1分、61℃1分、72℃1分で、30サイクル行った。
【0084】
次にシュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707由来bphA1遺伝子を鋳型に用い、保存領域1の外側部分及び保存領域2の外側部分、すなわち、アミノ酸配列N末−95番目及びアミノ酸配列393番目−C末をそれぞれコードする遺伝子をPCRにより増幅した。用いたプライマーはアミノ酸配列N末−95番目部分遺伝子(以下5’armと称す)の増幅についてはフォワードプライマー1(実施例1参照)及びリバースプライマー3、アミノ酸配列393番目−C末部分遺伝子(以下3’armと称す)についてはフォワードプライマー3及びリバースプライマー1(実施例1参照)を用いた。リバースプライマー3及びフォワードプライマー3の配列を以下に示す:
リバースプライマー3:5’- AACACCTTGATGCTCTTGTC -3’(配列番号9)
フォワードプライマー3:5’- GGGTGGAGATCCAGAAGGGG -3’(配列番号10)
PCRの条件は、94℃1分、61℃1分、72℃1分で、30サイクル行った。
【0085】
次に各A1カセット領域について、5’−arm及び3’−armを混合し、さらにフォワードプライマー1及びリバースプライマー1を加えてPCR反応を行った。PCRの条件は、94℃1分、61℃1分、72℃2分で、25サイクル行った。このPCR反応においてそれぞれの遺伝子断片は重複部分によりアニーリングし、bphA1遺伝子の全長に相当する約1.5kbの遺伝子がそれぞれ増幅される。増幅された各遺伝子は5’arm−各A1カセット領域−3’armという構造を持っており、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株由来bphA1遺伝子の保存領域1及び保存領域2に挟まれた部分が各KF株由来bphA1遺伝子と入れ替わったハイブリッドbphA1遺伝子である。これらのハイブリッドbphA1遺伝子のそれぞれをシュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株のbphA1A2A3A4−bphB−bphC遺伝子群を含む発現プラスミドpJHF18のbphA1遺伝子と入れ替え、種々の改変芳香環ジオキシゲナーゼ遺伝子(ハイブリッドbphA1::bphA2A3A4遺伝子)とbphBbphC遺伝子を含む種々の発現プラスミド(pBPA7xx−707BCシリーズ)を得た。
【0086】
これら種々のプラスミドを有する大腸菌JM109のコロニーにビフェニル蒸気を充てたところ、すべてのプラスミド保有大腸菌でメタ開裂による黄色を呈し、ハイブリッドbphA1遺伝子が正常に機能していた。次にこれら種々のプラスミド及びpSHF1072を有する大腸菌JM109を100μg/mlのアンピシリンと0.2mMのイソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトピラノシド(IPTG)を含むLB培地で一晩37℃で培養し、各培養液に種々のビフェニル類似基質を100μg/mlの濃度になるように加え、黄色の呈色により基質の分解の有無を確かめた。基質は、1−フェニルナフタレン、2−フェニルナフタレン、6−ヒドロキシフラバノン、7−ヒドロキシフラバノン、7−ヒドロキシフラボン、及び5,7−ヒドロキシフラボンの6種類について検証した。その結果、KF715株とKF707株のハイブリッドbphA1[以下bphA1(715−707)]を有するプラスミドpBPA715−707BCを保有する大腸菌が、1−フェニルナフタレン、2−フェニルナフタレン、6−ヒドロキシフラバノン、及び7−ヒドロキシフラバノンの4種類を分解し、幅広い基質特異性を示した。また、特に1−フェニルナフタレン、2−フェニルナフタレンについてはpSHF1072を有する大腸菌よりも強い黄色を呈し、強い分解活性を持つことが示された。
【0087】
bphA1(715−707)遺伝子の配列を解析したところ、シュードモナス・シュードアルカリゲネスKF707株由来bphA1遺伝子と同じ全長の458個のアミノ酸配列をコードしているが、182,324,325番目の3つのアミノ酸残基が異なっており、KF707株由来のものではアスパラギン酸(182)、セリン(324)、バリン(325)残基であるところが、BphA1(715−707)では、グルタミン酸(182)、スレオニン(324)、イソロイシン(325)残基となっていた。また、BphA1(715−707)のアミノ酸配列は、BphA1(2072)のアミノ酸配列と7ヶ所異なっていた。なお、BphA1(715−707)のアミノ酸配列は配列番号2に、塩基配列は配列番号1に示されている。
【0088】
プラスミドpBPA715−707BCを組み込んだ大腸菌JM109(pBPA715−707BC)は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)にブタペスト条約の規定下で2004年2月2日付(原寄託)で国際寄託され、受託番号FERM BP−10210が付与されている。
【0089】
[実施例3]大腸菌形質転換体の作製
大腸菌形質転換体を作製するための手順は以下のとおりである。
【0090】
実施例1、2で作製した改変芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールオキシゲナーゼ遺伝子を有する組換え大腸菌JM109、すなわち、大腸菌(pSHF1072)又は大腸菌(pBPA715−707BC)を、150μg/m1のアンピシリン(Ap)を含むLB培地(1%トリプトン、0.5%酵母エキス、1%NaC1)で対数期前半まで液体培養し、最終濃度が約30%になるようにグリセロールに懸濁し、−70〜−80℃のディープフリーザーに入れることにより、グリセロール保存株とした。また、コントロールとして、pUC118等のAp耐性のベクターのみを有する大腸菌(JM109株)も同様に培養してグリセロール保存株を作製した。
【0091】
[実施例4]大腸菌形質転換体の基質との共存培養
大腸菌(pSHF1072)又は大腸菌(pBPA715−707BC)との共存培養による基質のピコリン酸への変換反応を開始するにあたって、まず、実施例3で作製した上記のグリセロール保存株1mlを、150μg/mlのアンピシリン(Ap)を含むLB培地100ml(500mlの三角フラスコまたは坂口フラスコを使用)に懸濁し、120rpm、30℃で6〜7時間培養した(前培養)。これでOD600nmが約1になる。次に、前培養液7〜8mlを、150μg/mlのAp、最終濃度1mMのイソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトピラノシド(IPTG)、0.4%(w/v)のグルコース、及び、10mgの基質を含むM9培地(Sambrook,J.,Russell,D.W.,“Molecular cloning- a laboratory manual”, Third edition, Cold Spring harbor Laboratory press, 2001)100ml(500mlの三角フラスコまたは坂口フラスコを使用)に入れ、120rpm、30℃で2日間培養した(共存培養)。なお、基質は前もって、少量のDMSO(100mg/mlの濃度)に溶かしたものを培地に加えた。培養2日目に100mlのメタノールを加え30分間攪拌することにより生成したピコリン酸類を含む脂質成分を抽出し、8,000rpmで5分間遠心分離して上清を集めた。
【0092】
[実施例5]変換産物のHPLC分析
実施例4に従って大腸菌(pSHF1072)又は大腸菌(pBPA715−707BC)と種々の基質との反応により得られた生成物はHPLCにより分析した。分析に用いたHPLC条件は以下の通りである。検出はphotodiode array detector(HITACHI L7100)を用い、200〜500nmの吸収を検出した。
【0093】
カラム:Waters Xterra MSC18(5μm),4.6×100mm
流速:1.0mL/min.
溶媒:A=5%CHCN,20mMリン酸、B=95%CHCN,20mMリン酸
0→3分:A 100%
3→20分:A 100%→B 100%(リニアグラジエント)
20→30分:B 100%
温度:室温
【0094】
〔実施例6〕変換産物の精製・同定
大腸菌(pSHF1072)又は大腸菌(pBPA715−707BC)と、実施例5で変換が確認された基質の混合培養液1L(実施例4の10倍のスケール)に等量のメタノールを添加し、室温で2時間撹拌した。これを7,000rpmにて10分遠心分離し、上清を回収した。上清は減圧下、約500mlまで濃縮し、pH5に調整後、500mlの酢酸エチルで2度抽出した。酢酸エチル層を減圧下濃縮し、生成物含有エキスを得た。エキスをシリカゲル[0.25nm Silica Gel 60(Merck)]を用いた薄層クロマトグラフィー(TLC)にかけ、変換産物の確認を行った後、シリカゲルカラム[20×250mm,Silica Gel 60(Merck)]等を用いたカラムクロマトグラフィーに供し、純品を得た。
【0095】
なお、各基質におけるTLCの展開溶媒は以下の通りである:
フラバノン:CHCl−MeOH−HO(3:1:0.1);
フラボン:CHCl−MeOH(3:1);
6−ヒドロキシフラバノン:CHCl−MeOH−HO(6:1:0.1);
6−ヒドロキシフラボン:CHCl−MeOH−HO(6:1:0.1);
7−ヒドロキシフラバノン:CHCl−MeOH−HO(3:1:0.1);
2−フェニルキノリン:CHCl−MeOH−HO(3:1:0.1);
2−フェニルベンゾキサゾール:CHCl−MeOH−HO(5:1:0.1);
ビフェニル:CHCl−MeOH−HO(4:1:0.1);
(トランス−)カルコン:CHCl−MeOH−HO(3:1:0.1);
3−フェニル−1−インダノン:CHCl−MeOH(4:1);
2−フェニルナフタレン:CHCl−MeOH(4:1).
【0096】
また、各基質におけるシリカゲルカラムクロマトグラフィーの展開溶媒は以下の通りである:
フラバノン:CHCl−MeOH(4:1);
フラボン:CHCl−MeOH−HO(4:1:0.1);
6−ヒドロキシフラバノン:CHCl−MeOH−HO(3:1:0.1);
6−ヒドロキシフラボン:CHCl−MeOH−HO(6:1:0.1);
7−ヒドロキシフラバノン:CHCl−MeOH−HO(3:1:0.1);
2−フェニルキノリン:CHCl−MeOH−HO(4:1:0.1);
2−フェニルベンゾキサゾール:CHCl−MeOH−HO(5:1:0.05);
ビフェニル:CHCl−MeOH−HO(6:1:0.1);
(トランス−)カルコン:CHCl−MeOH−HO(3:1:0.1);
3−フェニル−1−インダノン:CHCl−MeOH−HO(4:1:0.1);
2−フェニルナフタレン:CHCl−MeOH−HO(5:1:0.1).
【0097】
(1)フラバノンの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)、及び、大腸菌(pBPA715−707BC)によりフラバノン(flavanone)の変換実験(各100ml)を行い、HPLCにより変換率の比較を行ったところ、両組換え大腸菌の変換率は同等であった。そこで、大腸菌(pSHF1072)によりフラバノンの変換実験(1L)を行い、その粗抽出物(469mg)をTLCに供したところ、Rf値0.45の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物1(23.8mg)の純品を得た。化合物1はFAB−MS(positive,matrix glycerol)でm/z270に分子イオンピーク(M+H)が観測された。さらに高分解能FAB−MSを測定した結果、本イオンの精密分子量は270.0787と計算された。この結果、本イオンの分子式はC1511NO(calcd for 270.0767)であり、従って変換化合物の分子式はC1511NOと決定された。
【0098】
化合物1をCHCl中でフェナシルブロマイド、TEAと反応させるとフェナシルエステルエステルが得られた。従って化合物1にはカルボン酸が存在することが確認された。次に化合物1のH−H DQF,HMQC,HMBCを測定、解析した結果、フラバノンのA環、C環はそのまま残っていることが判明した。この時点で化合物1を構成する元素の残りから考えて、化合物1にはピリジン環が存在することが強く示唆された。これは、J2’,3’=7.7Hz,J3’,4’=7.6Hzであることや、ピリジン環を構成していると推定される炭素の13C NMRケミカルシフト(δ124.3,δ124.3,δ138.7,δ148.8,δ157.3)からも確認された。またピリジン環を構成するC−2’−C−3’−C−4’間でH−Hビシナルスピンカップリングが観測されることからカルボン酸がC−5’に結合することが確定し、この結果、化合物1を6−(4−オキソ−クロマン−2−イル)−ピリジン−2−カルボン酸(6-(4-oxo-chroman-2-yl)-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。これは新規な化合物であった。その構造とNMRのデータを以下と表1に示す。なお、化学構造式中に書かれた数字は、NMRの表中の数字と対応しており、同定されたIUPAC名の数字とは対応していない(以後も同様)。
【0099】
【化16】

【0100】
【表1】

【0101】
(2)フラボンの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)によりフラボン(flavone)の変換実験(1L)を行った粗抽出物(526mg)をTLCに供したところ、Rf値0.3の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物2(28.0mg)の純品を得た。化合物2はFAB−MSでm/z268に分子イオンピーク(M+H)が観測され、H,13C NMRデータから考え合わせてその分子式はC15NOと決定された。
【0102】
次に化合物2のH−H DQF COSY,HMQC,HMBCを測定した。化合物2のNMRスペクトルはブロードであり充分な構造情報は得られなかったが、化合物1との比較からも解析することにより、化合物2を6−(4−オキソ−4H−クロメン−2−イル)−ピリジン−2−カルボン酸(6-(4-oxo-4H-chromen-2-yl)-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。これは新規な化合物であった。その構造とNMRのデータを表2に示す。
【0103】
【化17】

【0104】
【表2】

【0105】
(3)6−ヒドロキシフラバノンの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)により6−ヒドロキシフラバノン(6-hydroxyflavanone)の変換実験(1L)を行った粗抽出物(124mg)をTLCに供したところ、Rf値0.24の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物3(21.5mg)の純品を得た。化合物3はFAB−MSでm/z286に分子イオンピーク(M+H)が観測され、H,13C NMRデータから考え合わせてその分子式はC1511NOと決定された。
【0106】
次に化合物3のH−H DQF COSY,HMQC,HMBCを測定した。化合物3のNMRスペクトルはブロードであり充分な構造情報は得られなかったが、化合物1との比較からも解析することにより、化合物3を6−(6−ヒドロキシ−4−オキソ−4H−クロマン−2−イル)−ピリジン−2−カルボン酸(6-(6-hydroxy-4-oxo-4H-chroman-2-yl)-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。これは新規な化合物であった。そのNMRのデータを表3に示す。
【0107】
【化18】

【0108】
【表3】

【0109】
(4)6−ヒドロキシフラボンの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)により6−ヒドロキシフラボン(6-hydroxyflavone)の変換実験(1L)を行った粗抽出物(113mg)をTLCに供したところ、Rf値0.3の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物4(37.0mg)の純品を得た。化合物4はFAB−MS(positive, matrix glycerol)でm/z284に分子イオンピーク(M+H)が観測され、H,13C NMRデータから考え合わせてその分子式はC15NOと決定された。
【0110】
次に化合物4のH−H DQF COSY,HMQC,HMBCを測定した。化合物4のNMRスペクトルはブロードであり充分な構造情報は得られなかったが、化合物1との比較からも解析することにより、化合物4を6−(6−ヒドロキシ−4−オキソ−4H−クロメン−2−イル)−ピリジン−2−カルボン酸(6-(6-hydroxy-4-oxo-4H-chromen-2-yl)-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。これは新規な化合物であった。そのNMRのデータを表4に示す。
【0111】
【化19】

【0112】
【表4】

【0113】
(5)7−ヒドロキシフラバノンの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)により7−ヒドロキシフラバノン(7-hydroxyflavanone)の変換実験(1L)を行った粗抽出物(113mg)をTLCに供したところ、Rf値0.3の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物5(68.5mg)の純品を得た。化合物5はFAB−MS(positive,matrix glycerol)でm/z286に分子イオンピーク(M+H)が観測され、H,13C NMRデータから考え合わせてその分子式はC1511NOと決定された。
【0114】
次に化合物5のH−H DQF COSY,HMQC,HMBCを測定した。化合物5のNMRスペクトルはブロードであり充分な構造情報は得られなかったが、化合物1との比較からも解析することにより、化合物5を6−(7−ヒドロキシ−4−オキソ−4H−クロマン−2−イル)−ピリジン−2−カルボン酸(6-(7-hydroxy-4-oxo-4H-chroman-2-yl)-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。これは新規な化合物であった。そのNMRのデータを表5に示す。
【0115】
【化20】

【0116】
【表5】

【0117】
(6)2−フェニルキノリンの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)、及び、大腸菌(pBPA715−707BC)により2−フェニルキノリン(2-phenylquinoline)の変換実験(各100ml)を行い、HPLCにより変換率の比較を行ったところ、両組換え大腸菌の変換率は同等であった。そこで、大腸菌(pSHF1072)により2−フェニルキノリン(2-phenylquinoline)の変換実験(1L)を行い、その粗抽出物(210mg)をTLCに供したところ、Rf値0.3の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィーにより精製後、さらに分取HPLC(カラム:資生堂カプセルパックSG、直径10mm×250mm、溶媒:35%MeOH,0.2%TFA)で精製し、化合物6(21.3mg)の純品を得た。
【0118】
化合物6はFAB−MSでm/z251に分子イオンピーク(M+H)が観測され、1H,13C NMRデータから考え合わせてその分子式はC1510と決定された。
【0119】
次に化合物7のH−H DQF COSY,HMQC,HMBCを測定した。これらから得られた情報及び、化合物1との比較からも解析することにより、化合物6を6−キノリン−2−イル−ピリジン−2−カルボン酸(6-quinolin-2-yl-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。これは新規な化合物であった。その構造とNMRのデータを以下と表6に示す。
【0120】
【化21】

【0121】
【表6】

【0122】
(7)2−フェニル−ベンゾキサゾールの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)により2−フェニルベンゾオキサゾール(2-phenylbenzoxazole)の変換実験(1L)を行った粗抽出物(74mg)をTLCに供したところ、Rf値0.4の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し精製後、さらに分取HPLC(カラム:資生堂カプセルパックSG、直径10mm×250mm、溶媒:50%MeOH,0.2%TFA)で精製し、化合物7(18.0mg)の純品を得た。
【0123】
化合物7はFAB−MSでm/z241に分子イオンピーク(M+H)が観測され、H,13C NMRデータから考え合わせてその分子式はC13と決定された。
【0124】
次に化合物7のH−H DQF COSY,HMQC,HMBCを測定した。これらから得られた情報及び、化合物1との比較から解析することにより、化合物7を6−ベンゾオキサゾール−2−イル−ピリジン−2−カルボン酸(6-benzooxazol-2-yl-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。これは新規な化合物であった。その構造とNMRのデータを以下と表7に示す。
【0125】
【化22】

【0126】
【表7】

【0127】
(8)ビフェニルの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)、及び、大腸菌(pBPA715−707BC)によりビフェニル(biphenyl)の変換実験(各100ml)を行い、HPLCにより変換率の比較を行ったところ、変換率は後者の組換え大腸菌の方が1.5倍高効率であった。そこで、大腸菌(pBPA715−707BC)によりビフェニル(biphenyl)の変換実験(1L)を行った粗抽出物(121.7mg)をTLC(CHCl:MeOH:HO=4:1:0.1)に供したところ、Rf値0.4の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィー(CHCl:MeOH:HO=6:1:0.1)により精製後、さらに分取HPLC(カラム:資生堂カプセルパックSG、直径10mm×250mm、溶媒:60%MeOH,0.2%TFA)で精製し、化合物8(79.2mg)の純品を得た。
【0128】
化合物8はFAB−MSでm/z200に分子イオンピーク(M+H)が観測され、H,13C NMRデータから考え合わせてその分子式はC12NOと決定された。
【0129】
次に化合物8のH−H DQF COSY,HMQC,HMBCを測定した。これらから得られた情報及び化合物1との比較からも解析することにより、化合物8を6−フェニル−ピリジン−2−カルボン酸(6-phenyl-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。その構造とNMRのデータを以下と表8に示す。本化合物はCASに登録のある既知物質(特開昭55−000307公報)であるが、これを作るのに必要な変換酵素遺伝子群を有する組換え微生物を用いた生変換反応による作製は新規な手法である。また、化合物8を作るのに必要な変換酵素やこれをコードする遺伝子は、本発明により初めて明らかにされたものである。
【0130】
【化23】

【0131】
【表8】

【0132】
(9)(トランス−)カルコンの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)又は大腸菌(pBPA715−707BC)によりトランスカルコン((trans-)chalcone)の変換実験(1L)を行った粗抽出物(456mg)をTLCに供したところ、Rf値0.35の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物9(30.7mg)の純品を得た。
【0133】
化合物9はFAB−MSでm/z256に分子イオンピーク(M+H)が観測され、H,13C NMRデータから考え合わせてその分子式はC1513NOと決定された。
【0134】
次に化合物9のH−H DQF COSY,HMQC,HMBCを測定した。化合物6のNMRスペクトルはブロードであり充分な構造情報は得られなかったが、化合物1との比較から解析することにより、化合物9を6−(3−オキソ−3−フェニル−プロピル)−ピリジン−2−カルボン酸(6-(3-oxo-3-phenyl-propyl)-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。これは新規な化合物であった。その構造とNMRのデータを以下と表9に示す。
【0135】
【化24】

【0136】
【表9】

【0137】
(10)3−フェニル−1−インダノンの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)により3-フェニル-1-インダノン(3-phenyl-1-indanone)の変換実験(1L)を行った粗抽出物(79mg)をTLCに供したところ、Rf値0.2の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し精製後、さらに分取HPLC(カラム:資生堂カプセルパックSG、直径10mm×250mm、溶媒:50%MeOH,0.2%TFA)で精製し、化合物10(10.0mg)の純品を得た。
【0138】
化合物10はFAB−MSでm/z253に分子イオンピーク(M+H)が観測され、H,13C NMRデータから考え合わせてその分子式はC1511NOと決定された。
【0139】
次に化合物10のH−H DQF COSY,HMQC,HMBCを測定した。これらから得られた情報及び、化合物1との比較から解析することにより、化合物10を6−(3−オキソ−インダン−1−イル)−ピリジン−2−カルボン酸(6-(3-oxo-indan-1-yl)-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。これは新規な化合物であった。その構造とNMRのデータを以下と表10に示す。
【0140】
【化25】

【0141】
【表10】

【0142】
(11)2−フェニルナフタレンの変換産物の同定
大腸菌(pSHF1072)、及び、大腸菌(pBPA715−707BC)により2-フェニルナフタレン(2-phenylnaphthalene)の変換実験(各100ml)を行い、HPLCにより変換率の比較を行ったところ、変換率は後者の組換え大腸菌の方が1.5倍高効率であった。そこで、大腸菌(pBPA715−707BC)により2−フェニルナフタレン(2-phenylnaphthalene)の変換実験(1L)を行った粗抽出物(101mg)をTLCに供したところ、Rf値0.2の産物が生成していることが判明した。本産物をシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し精製後、さらに分取HPLC(カラム:資生堂カプセルパックSG、直径10mm×250mm、溶媒:70%MeOH,0.2%TFA)で精製し、化合物11(20.1mg)の純品を得た。
【0143】
化合物11はFAB−MSでm/z250に分子イオンピーク(M+H)が観測され、H,13C NMRデータから考え合わせてその分子式はC1611NOと決定された。
【0144】
次に化合物11のH−H DQF COSY,HMQC,HMBCを測定した。これらから得られた情報及び、化合物1との比較から解析することにより、化合物11を6−ナフタレン−2−イル−ピリジン−2−カルボン酸(6-naphthalene-2-yl-pyridine-2-carboxylic acid)と同定した。これは新規な化合物であった。その構造とNMRのデータを以下と表11に示す。
【0145】
【化26】

【0146】
【表11】

【0147】
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許および特許出願は、その全文を参考として本明細書中にとり入れるものとする。
【産業上の利用の可能性】
【0148】
本発明により、有機化学合成では製造が困難な有機低分子化合物であるピコリン酸類の新規な製造方法が提供される。本発明に係る方法によれば、酵素反応の基質としてフェニル基(ベンゼン環)を分子内に有する有機低分子化合物を用いればよいため、豊富で安価な種々の市販化学合成基質から、医薬品や農薬等の付加価値の高い工業製品原料を製造することができる。また、本発明に係る方法はフェニル基(ベンゼン環)をピコリン酸に変換する方法を提供するものであり、有機化学合成法の1手法を提供するという点で有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0149】
配列番号1:合成遺伝子
配列番号2:合成タンパク質
配列番号3及び4:合成オリゴヌクレオチド
配列番号5及び6:合成ペプチド
配列番号7及び8:合成オリゴヌクレオチド(NはA、C、G又はTを表す)
配列番号9及び10:合成オリゴヌクレオチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)、(II)又は(III):

〔式中、H1は置換基を有していてもよい複素環式基であり、A1は単結合又は置換基を有していてもよい炭素数1〜4のアルキレン基若しくはアルケニレン基であり、P2は置換基を有していてもよいフェニル基であり、C1は置換基を有してもよい環式炭化水素基(但し、フェニル基を除く)である。ただし、式IIはジフェニルアセチレンではない。〕
で表されるフェニル基を含む芳香族化合物と、芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼとを反応させて、ピコリン酸類(I’)、(II’)又は(III’):

〔式中、H1、A1、P2、及びC1は前記定義のとおりである。〕
を得ることを含むピコリン酸類の製造方法。
【請求項2】
芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼがビフェニル分解細菌由来のもの若しくはその変異体又はそれらの分子進化工学的手法による改変体である請求項1記載の方法。
【請求項3】
芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼをコードする遺伝子を導入した組換え微生物を、下記式(I)、(II)又は(III):

〔式中、H1は置換基を有していてもよい複素環式基であり、A1は単結合又は置換基を有していてもよい炭素数1〜4のアルキレン基若しくはアルケニレン基であり、P2は置換基を有していてもよいフェニル基であり、C1は置換基を有してもよい環式炭化水素基(但し、フェニル基を除く)である。ただし、式IIはジフェニルアセチレンではない。〕
で表される化合物を含む培地で培養して、その培養物又は菌体から、ピコリン酸類(I’)、(II’)又は(III’):

〔式中、H1、A1、P2、及びC1は前記定義のとおりである。〕
を得ることを含むピコリン酸類の製造方法。
【請求項4】
芳香環ジオキシゲナーゼ、芳香環ジヒドロジオールデヒドロゲナーゼ、及び芳香環ジオールジオキシゲナーゼをコードする遺伝子が、ビフェニル分解細菌由来のもの若しくはその変異体又はそれらの分子進化工学的手法による改変体である請求項3記載の方法。
【請求項5】
組換え微生物が組換え大腸菌である請求項3又は4記載の方法。
【請求項6】
式(I)、(II)又は(III)で表される化合物が、フラバノン、フラボン、6−ヒドロキシフラバノン、6−ヒドロキシフラボン、7−ヒドロキシフラバノン、2−フェニルキノリン、2−フェニルベンゾキサゾール、ビフェニル、(トランス−)カルコン、3−フェニル−1−インダノン、及び2−フェニルナフタレンからなる群より選択されるものである請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
芳香環ジオキシゲナーゼの大サブユニットが以下の(a)又は(b)のタンパク質である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された配列を含み、かつ芳香環ジオキシゲナーゼ大サブユニットとしての機能を有するタンパク質
【請求項8】
以下の(a)又は(b)のタンパク質。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された配列を含み、かつ、芳香環ジオキシゲナーゼ大サブユニットとしての機能を有するタンパク質
【請求項9】
以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードする遺伝子。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された配列を含み、かつ、芳香環ジオキシゲナーゼ大サブユニットとしての機能を有するタンパク質
【請求項10】
配列番号1に示される塩基配列からなるDNAを含む遺伝子。

【国際公開番号】WO2005/085435
【国際公開日】平成17年9月15日(2005.9.15)
【発行日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−510638(P2006−510638)
【国際出願番号】PCT/JP2005/002755
【国際出願日】平成17年2月22日(2005.2.22)
【出願人】(591001949)株式会社海洋バイオテクノロジー研究所 (33)
【Fターム(参考)】