説明

フィルタ設計方法及びプログラム

【課題】フィルタ設計方法及びプログラムにおいて、設計者の熟練度に依存することなくフィルタのパラメータを適切に調整可能とすることを目的とする。
【解決手段】 フィルタ設計方法において、設計対象のフィルタの複数の周波数帯域に対する制約条件を含む設計仕様とフィルタの構造を設定し、フィルタのパワー透過率に関する周波数帯域毎の制約条件を定符号条件(SDC:Sign Definite Condition)として定式化し、前記定符号条件の処理向けに特殊化した限量子消去(SQE: Specialized Quantifier Elimination)を適用してフィルタの設計パラメータの実行可能解の解領域を求め、解領域内の指定された1点を解であるフィルタの伝送信号特性に関する数値シミュレーション結果とし、フィルタの伝送信号特性に関する実験結果と数値シミュレーション結果のフィッティングが良好であるとフィルタの設計仕様を満足するフィルタの構造と設計パラメータを出力するようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピュータ支援設計(CAD:Computer Aided Design)によるフィルタ設計方法及びプログラムに関する。本発明は、このようなプログラムを格納したコンピュータ読み取り可能な記憶媒体にも関する。
【背景技術】
【0002】
CADによるフィルタ設計では、各種フィルタが設計され、例えば複数の周波数帯域に対する制約条件を満足するようなフィルタの設計も行われる。複数の周波数帯域に対する制約条件を満足することが求められるフィルタの一例として、携帯電話等で用いられる表面弾性波フィルタ(SAW Filter:Surface Acoustic Wave Filter)が挙げられる。
【0003】
SAWフィルタの設計では、周波数帯域毎の損失と抑制の形で与えられたSAWフィルタの設計仕様を満足するように、SAWフィルタのパラメータを調整して決定する必要がある。SAWフィルタのパラメータは、周波数帯域毎の損失と抑制のトレードオフ(Tradeoff)の範囲内で、設計者の経験と勘に頼った数値シミュレーションベースで調整される。このため、後述するように、SAWフィルタのパラメータは、熟練した設計者でないと調整して最適化することは難しく、フィルタ設計を効率的に行うことが難しいと共に、設計されたSAWフィルタの性能を保証したりSAWフィルタの性能が向上するように設計を行うことは難しい。
【0004】
図1は、従来のフィルタ設計方法の一例を説明するフローチャートである。図1において、ステップS1では、設計者が設計対象のSAWフィルタの複数の周波数帯域に対する制約条件を設定することでSAWフィルタの設計仕様を設定する。図2は、設定されるSAWフィルタの設計仕様の一例を示す図である。図2中、縦軸はSAWフィルタのパワー透過率を任意単位で示し、横軸は周波数を任意単位で示す。ステップS2では、設計者が図2の設計仕様の損失と抑圧を実現するために経験的に知られたSAWフィルタの構造を設定する。
【0005】
ステップS3では、設計者がSAWフィルタのパラメータ(以下、設計パラメータと言う)を調整する。具体的には、ステップS3では、SAWフィルタの伝送信号特性に関する実験結果とSAWフィルタの伝送信号特性に関する数値シミュレーション結果のフィッティングを行う。図3は、実験結果Iと数値シミュレーション結果IIのフィッティングを説明する図である。図3中、縦軸はSAWフィルタのパワー透過率(dB)、横軸は周波数(GHz)を示す。ステップS4では、設計者が実験結果Iと数値シミュレーション結果IIのフィッティングが良好であるか否かを判断する。例えば、実験結果Iと数値シミュレーション結果IIの誤差が所定閾値以内であれば、フィッティングが良好であると判断する。ステップS4の判断結果がNOであると、処理はステップS3へ戻る。
【0006】
一方、ステップS4の判断結果がYESであると、ステップS5では、設計者がSAWフィルタの設計仕様を満足するSAWフィルタの構造と設計パラメータを出力し、処理は終了する。
【0007】
図4は、SAWフィルタの設計仕様の一例を示す図である。図4は、一例として1920MHz〜1980MHz帯の携帯電話用のSAWフィルタの設計仕様を示す。図4中、周波数はω/2πである。又、図5は、設計されたSAWフィルタの設計仕様を示す図である。図5中、縦軸はSAWフィルタのパワー透過率(Transmittance)S21(dB)を示し、横軸は周波数(Hz)を示す。ここで、|S21(iω)|(dB)=20log10|S21(iω)|である。
【0008】
図6は、SAWフィルタの一例を示す回路図である。SAWフィルタ100は、図6に示す如く接続された複数のSAW共振器101を有する。この例は、SAWフィルタ100がSAW共振器ラダー型フィルタの場合を示す。
【0009】
図7は、SAW共振器101の構造を説明する斜視図である。SAW共振器101は、圧電基板91上に反射器92及び櫛形電極(IDT:Inter-Digital Transducer)93が形成された構造を有し、櫛形電極93にAC電源電圧が印加される。共振周波数をf、SAW速度をv、IDT周期をλで表すと、f〜v/λである。
【0010】
図8は、SAWフィルタ100全体を示す回路図である。図8では、便宜上素子の識別のために各共振子Zにtxs1〜tsx3, txp1, txp2なる添え字が付されており、各インダクタンスLにtx1〜tx3なる添え字が付されている。図8に示す共振子1つ1つのZパラメータは、図9に示すように静電容量C,抵抗R,静電容量C,インダクタンスL,抵抗Rで記述される数式であり、このような共振子が並列又は直列に接続されているので、SAWフィルタ100全体の回路のSパラメータ、Yパラメータ、Fパラメータ、及びZパラメータの計算は、例えばメープルソフト(Maplesoft)社のMaple, Mathematica等の周知の数式処理ツール(数式処理ソフトウェア)を用いて行える。Sパラメータ、Yパラメータ、Fパラメータ、及びZパラメータといったパラメータ自体は周知であるため、その詳細な説明は省略する。
【0011】
【数1】

【0012】
回路定数を共振周波数f(Hz)と静電容量C(pF)の2つの変数で表現すると、次のようになる。
【0013】
(Ω)=R(C
(Ω)=R(C
(Ω)=R(C
(F)=C(C
(H)=1/{(2*π*f*C
上記の表現は一例にすぎないが、数式処理ツールを用いた計算であることから、自由変数の絞り込みが必要であり、この例では共振周波数fと静電容量Cの2つ変数が残る形にして処理を進める。
【0014】
Sパラメータは、2×2行列であり、その(2,1)成分であるパワー透過率S21が、SAWフィルタ100の設計仕様を定めるパラメータとなる。信号線アドミタンスをYで示すと、SパラメータはS=(YI−Y)・(YI+Y)−1で表される。
【0015】
図10は、簡易共振子モデルを示す回路図である。図8に示す共振子1つ1つのZパラメータは、図10に示すように静電容量C,インダクタンスL,及び静電容量Cで記述される数式であり、このような共振子が並列又は直列に接続されているので、SAWフィルタ100全体の回路のSパラメータ、Yパラメータ、Fパラメータ、及びZパラメータの計算は、例えば上記の周知の数式処理ツール(数式処理ソフトウェア)を用いて行える。
【0016】
【数2】

【0017】
図1のステップS2においてSAWフィルタ100の構造を設定する際には、共振子をどう組み合わせるかを決定する。このステップS2の決定には、共振子モデルをどう設定するかも決定する。つまり、SAWフィルタ100の構造を設定する際には、共振子モデルを例えば図9の共振子モデルに設定するか、或いは、図10の簡易共振子モデルに設定するかも決定する。
【0018】
ステップS3において、静電容量C以外の抵抗R等の変数でSAWフィルタ100のパラメータを調整することも可能であるが、パラメータの調整に求められるのは、SAWフィルタ100に対するパワー透過率S21に課せられた損失と抑圧の設計仕様を定符号条件(SDC:Sign Definite Condition)に帰着させることである。
【0019】
図11は、1つの周波数帯域の抑圧を説明する図であり、図12は、他の周波数帯域の抑制を説明する図である。SAWフィルタ100の周波数帯域毎の損失と抑圧は、トレードオフの関係にあるが、この関係を正確に予測することは難しい。又、SAWフィルタ100のパラメータの調整は、周波数帯域毎の損失と抑制のトレードオフの範囲内で、設計者の経験と勘に頼った数値シミュレーションベースで調整される。このため、SAWフィルタ100のパラメータが最適値に調整されたか否かを判断することは難しく、フィッティングが良好であってもパラメータがあり得ない、或いは、現実的ではない不適切な値を取る場合がある。一方、フィッティングが良好に行えない場合は、共振子モデル等の回路モデルの欠陥がどこにあるのかを特定することが難しい。
【0020】
このように、SAWフィルタ100のパラメータは、熟練した設計者でないと調整して最適化することは難しく、フィルタ設計を効率的に行うことが難しいと共に、設計されたSAWフィルタ100の性能を保証したりSAWフィルタ100の性能が向上するように設計を行うことは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】特開2005−70849号公報
【特許文献2】特開2008−140210号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
従来のフィルタ設計方法では、設計者の熟練度への依存が大きいにもかかわらず、数値シミュレーションベースで調整されるフィルタのパラメータが最適値であるか否かの判断は難しいという問題があった。
【0023】
そこで、本発明は、設計者の熟練度に依存することなくフィルタのパラメータを適切に調整可能なフィルタ設計方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明の一観点によれば、コンピュータによるフィルタ設計方法であって、設計対象のフィルタの複数の周波数帯域に対する制約条件を含む設計仕様と、前記フィルタの構造を記憶部に設定する工程と、前記フィルタのパワー透過率に関する周波数帯域毎の制約条件を定符号条件(SDC:Sign Definite Condition)として定式化する工程と、前記定符号条件の処理向けに特殊化した限量子消去(SQE: Specialized Quantifier Elimination)を適用して前記フィルタの設計パラメータの実行可能解の解領域を求め、前記解領域内の指定された1点を解である前記フィルタの伝送信号特性に関する数値シミュレーション結果として前記記憶部に格納する工程と、前記フィルタの伝送信号特性に関する実験結果と前記数値シミュレーション結果のフィッティングを行い、フィッティングが良好であると前記フィルタの設計仕様を満足するフィルタの構造と設計パラメータを出力する工程を前記コンピュータに実行させるフィルタ設計方法が提供される。
【0025】
本発明の一観点によれば、コンピュータにフィルタ設計処理の手順を実行させるプログラムであって、設計対象のフィルタの複数の周波数帯域に対する制約条件を含む設計仕様と、前記フィルタの構造を記憶部に設定させる手順と、前記フィルタのパワー透過率に関する周波数帯域毎の制約条件を定符号条件(SDC:Sign Definite Condition)として定式化させる手順と、前記定符号条件の処理向けに特殊化した限量子消去(SQE: Specialized Quantifier Elimination)を適用して前記フィルタの設計パラメータの実行可能解の解領域を求めさせ、前記解領域内の指定された1点を解である前記フィルタの伝送信号特性に関する数値シミュレーション結果として前記記憶部に格納させる手順と、前記フィルタの伝送信号特性に関する実験結果と前記数値シミュレーション結果のフィッティングを行わせ、フィッティングが良好であると前記フィルタの設計仕様を満足するフィルタの構造と設計パラメータを表示装置に表示させる手順を前記コンピュータに実行させるプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0026】
開示のフィルタ設計方法及びプログラムによれば、設計者の熟練度に依存することなくフィルタのパラメータを適切に調整することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】従来のフィルタ設計方法の一例を説明するフローチャートである。
【図2】SAWフィルタの設計仕様の一例を示す図である。
【図3】実験結果と数値シミュレーション結果のフィッティングを説明する図である。
【図4】SAWフィルタの設計仕様の一例を示す図である。
【図5】設計されたSAWフィルタの仕様を示す図である。
【図6】SAWフィルタの一例を示す回路図である。
【図7】SAW共振器の構造を説明する斜視図である。
【図8】SAWフィルタ全体を示す回路図である。
【図9】SAWフィルタの共振子モデルを示す回路図である。
【図10】簡易共振子モデルを示す回路図である。
【図11】1つの周波数帯域の抑圧を説明する図である。
【図12】他の周波数帯域の抑制を説明する図である。
【図13】コンピュータシステムの一例を示すブロック図である。
【図14】本発明の一実施例におけるフィルタ設計方法を説明するフローチャートである。
【図15】S(iω)とT(iω)のボードゲイン対角周波数のプロットを示すボード線図である。
【図16】SAWフィルタの安定関数及び混合感度関数を説明するモデルを示す図である。
【図17】フルビッツ安定関数及びSQEを適用された感度関数及び相補感度関数の一例を示す図である。
【図18】図17のSQEを適用されていないフルビッツ安定関数及びSQEを適用された感度関数及び相補感度関数の解領域を重ね合わせた結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
開示のフィルタ設計方法及びプログラムでは、フィルタに対し複数の周波数帯域毎の損失と抑制の形で与えられた設計仕様を周波数限定ノルム制約ととらえ、定符号条件(SDC:Sign Definite Condition)に帰着させる。更に、代数計算による制約問題処理技術である限量子消去(QE:Quantifier Elimination)をSDCの処理向けに特殊化したSQE(Specialized Quantifier Elimination)という最適化手法を適用することで、複数の周波数帯域毎の設計仕様を同時に満足する共振子や周辺インダクタンスの特性を記述する設計パラメータ(即ち、物理定数)の数式表現を得る。
【0029】
このような数式表現を用いることにより、例えばキーとなる調整パラメータとその他のパラメータ間の関係を視覚的に表示することで、設計仕様(損失及び抑圧)と設計パラメータの関係を良好に見通すことのできる設計支援を行うことができる。
【0030】
以下に、開示のフィルタ設計方法及びプログラムの各実施例を図面と共に説明する。
【実施例】
【0031】
本発明の一実施例において、CADシステムは、メモリ等の記憶部及びCPU等のプロセッサを有する周知のコンピュータ又はコンピュータシステムにより形成可能である。この場合、記憶部には、プロセッサ(コンピュータ)にフィルタ設計方法(又は、フィルタ設計処理)の手順を実行させてCADシステムの各手段として機能させるプログラム(又は、フィルタ設計プログラム)が格納される。このプログラムは、適切なコンピュータ読み取り可能な記憶媒体に格納しても良い。
【0032】
図13は、コンピュータシステムの一例を示すブロック図である。図13に示すコンピュータシステム10は、CPU11、記憶部12、入力装置13、及び表示装置14がバス15により接続された構成を有する。CPU11は、記憶部12に格納されたプログラムを実行することによりコンピュータシステム10全体を制御する。記憶部12は、半導体記憶装置、磁気記録媒体、光記録媒体、光磁気記録媒体等で形成可能であり、上記のプログラムや各種データを格納すると共に、CPU11が実行する演算の中間結果や演算結果等を一時的に格納する一時メモリとしても機能する。入力装置13は、キーボード等により形成可能である。表示装置14は、設計者に入力装置13からの入力を促すメッセージを表示したり、設計パラメータやその解領域等を表示する。入力装置13及び表示装置14、タッチパネルのように入力装置と表示装置の両方の機能を有する入出力装置で形成しても良い。
【0033】
図14は、本発明の一実施例におけるフィルタ設計方法を説明するフローチャートである。図14の手順は、CPU11が記憶部12に格納されたプログラムを実行することにより実行される。本実施例では、説明の便宜上、設計対象であり複数の周波数帯域に対する制約条件を満足することが求められるフィルタが、携帯電話等で用いられる表面弾性波フィルタ(SAW Filter:Surface Acoustic Wave Filter)であるものとする。
【0034】
図14において、ステップS11は、設計者が入力装置13から入力した設計対象のSAWフィルタの複数の周波数帯域に対する制約条件を記憶部12に設定することでSAWフィルタの設計仕様を記憶部12に設定して格納する。設定されるSAWフィルタの設計仕様の一例は、図2と同様である。ステップS12は、設計者が入力装置13から入力した図2の設計仕様の損失と抑圧を実現するために経験的に知られたSAWフィルタの構造を記憶部12に設定して格納する。
【0035】
ステップS13は、SAWフィルタのパワー透過率S21に関する周波数帯域毎の制約条件を定符号条件(SDC:Sign Definite Condition)として定式化して記憶部12に格納する。
【0036】
ステップS14は、ステップS13で得られて記憶部12に格納されたSDCを読み出して特殊限量子消去(SQE: Specialized Quantifier Elimination)を適用し、設計パラメータの解領域を求めて記憶部12に格納して表示装置14の画面に表示すると共に、設計者に解領域内の1点を解として指定するよう促す。設計者が入力装置13から表示装置14の画面上で指定した解領域内の1点は、解として、即ち、SAWフィルタの伝送信号特性に関する数値シミュレーション結果として記憶部12に格納される。
【0037】
【数3】

【0038】
【数4】

【0039】
【数5】

【0040】
【数6】

【0041】
上記のSDCに書き換えられた(b)感度関数制約及び(c)相補感度関数制約に、周知の特殊限量子消去(SQE:Specialized Quantifier Elimination)を適用することで次のような制御器の設計パラメータの解領域(比例ゲインx、積分ゲインxの空間)が得られる。
【0042】
【数7】

【0043】
図17は、ここで得られた制御器の設計パラメータの解領域を図示したものである。即ち、(a)はフルビッツ安定条件を充たす領域、(b)は感度関数制約を充たす領域、(c)は相補感度関数制約を充たす領域である。図17中、縦軸は比例ゲインxを示し、横軸は積分ゲインxを示し、実行可能解(Feasible Solution)の領域(以下、解領域と言う)はハッチングで示す。
【0044】
図18は、求める設計解空間を示す。即ち、フルビッツ安定条件、感度関数制約、及び相補感度関数制約を同時に充たす領域であり、図17(a)、(b)、(c)の解領域を重ね合わせた(Superimposed)結果を示す図である。図18中、縦軸は比例ゲインxを示し、横軸は積分ゲインxを示す。この例では、設計者はステップS14において図18中ハッチングで示す解領域内の1点を解として指定する。フィルタの設計では、帯域条件が若干複雑にはなるが、計算の手続き自体は、ここで示したフィードバック制御系設計の例と同様である。
【0045】
図14の説明に戻るに、ステップS15は、SAWフィルタの伝送信号特性に関する実験結果とステップS14でえられたSAWフィルタの伝送信号特性に関する数値シミュレーション結果のフィッティングを行い、フィッティングが良好であるか否かを判断する。実験結果と数値シミュレーション結果は、例えば図3の実験結果と数値シミュレーション結果IIの如きものとなるが、この場合の数値シミュレーション結果は、設計者がSAWフィルタの設計パラメータ自体を調整することで得られるものではなく、設計者が図18中ハッチングで示す解領域内の1点を解として指定することにより半自動的に得られるものである。又、ステップS15では、設計者が実験結果と数値シミュレーション結果のフィッティングが良好であるか否かを判断するのではなく、CPU11が判断を行う。CPU11は、実験結果と数値シミュレーション結果の誤差が所定閾値以内であれば、フィッティングが良好であると自動的に判断する。ステップS15の判断結果がNOであると、処理はステップS14へ戻る。
【0046】
一方、ステップS15の判断結果がYESであると、ステップS16は、SAWフィルタの設計仕様を満足するSAWフィルタの構造と設計パラメータを出力し、処理は終了する。具体的には、ステップS16は、SAWフィルタの設計仕様を満足するSAWフィルタの構造と設計パラメータを表示装置14の画面に表示し、処理は終了する。これにより、SAWフィルタに対し複数の周波数帯域毎の損失と抑制の形で与えられた設計仕様を周波数限定ノルム制約ととらえてSDCに帰着させ、SDCの処理に適した代数計算による制約問題処理技術であるSQEという最適化手法を適用することで、複数の周波数帯域毎の設計仕様を同時に満足するSAWフィルタの共振子や周辺インダクタンスの特性を記述する設計パラメータ(即ち、物理定数)の数式表現を得ることができる。このような数式表現を用いることにより、例えばキーとなる調整パラメータとその他のパラメータ間の関係を表示装置14の画面に視覚的に表示することで、設計仕様(損失及び抑圧)と設計パラメータの関係を良好に見通すことのできる設計支援を行うことができる。
【0047】
本実施例によれば、設計者の経験と勘に依存しない設計プロセスの確立、モデルベースの設計プロセスの確立、設計仕様に対する解の存否判定が可能となり、解が存在する場合には最適解を効率的に求めることができる設計プロセスの確立が可能となる。
【0048】
又、見通しの良い設計プロセスの確立、設計仕様(損失及び抑圧)と設計パラメータ(物理定数)の関係を見通すことができる設計プロセスの確立、良好なフィッティングができない場合のモデル(回路)の欠陥がどこにあるかを知ることができる設計プロセスの確立、現実的でない設計解(物理定数)を排除できる設計プロセスの確立が可能となる。
【0049】
このように、本実施例によれば、設計パラメータの調整が見通し良く効率的に行え、従来のような設計者の経験と勘に頼った膨大な数値シミュレーションをベースとする見通しの悪い設計プロセスを解消できる。モデルベースアプローチによる見通しの良い設計プロセスが構築できるので、設計仕様に対する解の存否を確認の上、最適解を効率的に求められる。
【0050】
以上の実施例を含む実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
(付記1)
コンピュータにフィルタ設計処理の手順を実行させるプログラムであって、
設計対象のフィルタの複数の周波数帯域に対する制約条件を含む設計仕様と、前記フィルタの構造を記憶部に設定させる手順と、
前記フィルタのパワー透過率に関する周波数帯域毎の制約条件を定符号条件(SDC:Sign Definite Condition)として定式化させる手順と、
前記定符号条件の処理向けに特殊化した限量子消去(SQE: Specialized Quantifier Elimination)を適用して前記フィルタの設計パラメータの実行可能解の解領域を求めさせ、前記解領域内の指定された1点を解である前記フィルタの伝送信号特性に関する数値シミュレーション結果として前記記憶部に格納させる手順と、
前記フィルタの伝送信号特性に関する実験結果と前記数値シミュレーション結果のフィッティングを行わせ、フィッティングが良好であると前記フィルタの設計仕様を満足するフィルタの構造と設計パラメータを表示装置に表示させる手順
を前記コンピュータに実行させる、プログラム。
(付記2)
前記表示させる手順は、前記実験結果と前記数値シミュレーション結果の誤差が所定閾値以内であると前記フィッティングが良好であると判断する、付記1記載のプログラム。
(付記3)
前記設定させる手順は、前記フィルタに対し複数の周波数帯域毎の損失と抑制の形で与えられた設計仕様を周波数限定ノルム制約ととらえて定符号条件に帰着させ、
前記表示させる手順は、複数の周波数帯域毎の設計仕様を同時に満足する前記フィルタの共振子や周辺インダクタンスの特性を記述する設計パラメータの数式表現を表示する、付記1又は2記載のプログラム。
(付記4)
コンピュータによるフィルタ設計方法であって、
設計対象のフィルタの複数の周波数帯域に対する制約条件を含む設計仕様と、前記フィルタの構造を記憶部に設定する工程と、
前記フィルタのパワー透過率に関する周波数帯域毎の制約条件を定符号条件(SDC:Sign Definite Condition)として定式化する工程と、
前記定符号条件の処理向けに特殊化した限量子消去(SQE: Specialized Quantifier Elimination)を適用して前記フィルタの設計パラメータの実行可能解の解領域を求め、前記解領域内の指定された1点を解である前記フィルタの伝送信号特性に関する数値シミュレーション結果として前記記憶部に格納する工程と、
前記フィルタの伝送信号特性に関する実験結果と前記数値シミュレーション結果のフィッティングを行い、フィッティングが良好であると前記フィルタの設計仕様を満足するフィルタの構造と設計パラメータを出力する工程
を前記コンピュータに実行させる、フィルタ設計方法。
(付記5)
前記出力する工程は、前記実験結果と前記数値シミュレーション結果の誤差が所定閾値以内であると前記フィッティングが良好であると判断する、付記4記載のフィルタ設計方法。
(付記6)
前記設定する工程は、前記フィルタに対し複数の周波数帯域毎の損失と抑制の形で与えられた設計仕様を周波数限定ノルム制約ととらえて定符号条件に帰着させ、
前記出力する工程は、複数の周波数帯域毎の設計仕様を同時に満足する前記フィルタの共振子や周辺インダクタンスの特性を記述する設計パラメータの数式表現を出力する、付記4又は5記載のフィルタ設計方法。
【0051】
以上、開示のフィルタ設計方法及びプログラムを実施例により説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々の変形及び改良が可能であることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0052】
10 コンピュータシステム
11 CPU
12 記憶部
13 入力装置
14 表示装置
15 バス
100 SAWフィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータにフィルタ設計処理の手順を実行させるプログラムであって、
設計対象のフィルタの複数の周波数帯域に対する制約条件を含む設計仕様と、前記フィルタの構造を記憶部に設定させる手順と、
前記フィルタのパワー透過率に関する周波数帯域毎の制約条件を定符号条件(SDC:Sign Definite Condition)として定式化させる手順と、
前記定符号条件の処理向けに特殊化した限量子消去(SQE: Specialized Quantifier Elimination)を適用して前記フィルタの設計パラメータの実行可能解の解領域を求めさせ、前記解領域内の指定された1点を解である前記フィルタの伝送信号特性に関する数値シミュレーション結果として前記記憶部に格納させる手順と、
前記フィルタの伝送信号特性に関する実験結果と前記数値シミュレーション結果のフィッティングを行わせ、フィッティングが良好であると前記フィルタの設計仕様を満足するフィルタの構造と設計パラメータを表示装置に表示させる手順
を前記コンピュータに実行させる、プログラム。
【請求項2】
前記表示させる手順は、前記実験結果と前記数値シミュレーション結果の誤差が所定閾値以内であると前記フィッティングが良好であると判断する、請求項あ記載のプログラム。
【請求項3】
前記設定させる手順は、前記フィルタに対し複数の周波数帯域毎の損失と抑制の形で与えられた設計仕様を周波数限定ノルム制約ととらえて定符号条件に帰着させ、
前記表示させる手順は、複数の周波数帯域毎の設計仕様を同時に満足する前記フィルタの共振子や周辺インダクタンスの特性を記述する設計パラメータの数式表現を表示する、請求項1又は2記載のプログラム。
【請求項4】
コンピュータによるフィルタ設計方法であって、
設計対象のフィルタの複数の周波数帯域に対する制約条件を含む設計仕様と、前記フィルタの構造を記憶部に設定する工程と、
前記フィルタのパワー透過率に関する周波数帯域毎の制約条件を定符号条件(SDC:Sign Definite Condition)として定式化する工程と、
前記定符号条件の処理向けに特殊化した限量子消去(SQE: Specialized Quantifier Elimination)を適用して前記フィルタの設計パラメータの実行可能解の解領域を求め、前記解領域内の指定された1点を解である前記フィルタの伝送信号特性に関する数値シミュレーション結果として前記記憶部に格納する工程と、
前記フィルタの伝送信号特性に関する実験結果と前記数値シミュレーション結果のフィッティングを行い、フィッティングが良好であると前記フィルタの設計仕様を満足するフィルタの構造と設計パラメータを出力する工程
を前記コンピュータに実行させる、フィルタ設計方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図18】
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【図3】
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【図9】
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【図17】
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【公開番号】特開2011−203836(P2011−203836A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−68471(P2010−68471)
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】